Libo

兵斗章第二十九・占験四(戊子二月乙亥日癸未時)

明 · 陈公献(北海张洪注) · 第15巻 / 17

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

占驗四、戊子二月乙亥日癸未時,興化臺中李少文先生相召汪寧牛灣園慮金兵東下占,重審、曲直,申酉空、子丑落空。 朱蛇 六 酉戌亥子 貴 龍玄貴勾 財 癸未 貴 勾 申 丑 后 未卯子申 父 乙亥 蛇 青 未 寅 陰 卯亥申乙 兄 己卯 空 空 午巳辰卯 玄 虎常

第四の例:戊子年二月乙亥日癸未時、興化の台省の官・李少文先生が汪寧の牛湾園で相邀して会集し、清兵の東下を憂えて課を起こした。この課は亥将を未時に加えて布したもので、課体は「重審」に属し、三伝の亥・卯・未が木局を結んで「曲直」となる。本旬の空亡は申・酉にあり、天盤の子・丑の二神がちょうど地盤の申・酉という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の乙は辰に寄宮し、辰の上に申を得、申の上に子を得る。日支の亥の上に卯を得、卯の上に未を得る。四課の上神・申・子・卯・未はそれぞれ順に勾陳・貴人・玄武・青竜を乘る。三伝は、初伝が未で貴人を乘り妻財となり、中伝が亥で螣蛇を乘り父母となり、末伝が卯で天空を乘り兄弟となる。

斷曰:金兵不但不能東下,且不能待久。游都居西南戀生,且離日辰遠;賊符臨干支,水陸布有伏兵。然乘死絕之氣,且初傳休囚夾克,末傳健旺制劫,是守堅敵弱,故知必不能東下而又不能持久也。但太歲合木局以生春夏之木,只今頗能堅守,一交丑年,巳酉丑金局破壞傳中之木,即難支吾矣。次年正月果驗。

判断して曰く:清兵は東下できないばかりか、長く持ちこたえることもできない。游都が西南に居り長生の地に恋着し、日干・日支からまた遠い。賊符は日干・日支に臨んでいるが、水陸両路に兵馬を伏せていることを示すにすぎず、しかもそれは死絶の気を乘っている。加えて初伝は休囚で両側に夹克され、末伝はかえって健旺で劫煞を制伏できる。これは守方が堅固で攻方が虚弱な象なので、敵軍が東下することも長く続くこともできないと断ずる。ただ太歳が木局と相合して春夏当令の木気を滋しているので、目下はなおかなり堅守できる。丑年に交わるや巳酉丑の三合金局が三伝中の木気を破壊し、その時に支えきれなくなる。翌年正月に果たして応じた。

兵斗章第二十九・占験五(己丑正月辛巳日辛卯時・大同姜瓖の乱)

占驗五、己丑正月辛巳日辛卯時,榆林王總兵諱樸者,其子金吾官在揚,聞大同姜總兵亂,占吉凶,元首、炎上。 勾六 青 丑寅卯辰 朱 玄青勾貴 官 壬午 貴 (申酉空、辰巳落空) 空 子 巳 蛇 酉丑寅午 財 戊寅 勾 虎 亥 午 貴 丑巳午辛 印 甲戌 常 常 戌酉申未 后 玄陰

第五の例:己丑年正月辛巳日辛卯時、榆林の王総兵・名は朴、その息子は金吾の官を任じて揚州に駐在し、大同の姜総兵が乱を起こしたと聞いて、吉凶を占い問うた。この課は亥将を卯時に加えて布したもので、課体は「元首」に属し、三伝の寅・午・戌が火局を結んで「炎上」となる。本旬の空亡は申・酉にあり、天盤の辰・巳の二神がちょうど地盤の申・酉という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の辛は戌に寄宮し、戌の上に午を得、午の上に寅を得る。日支の巳の上に丑を得、丑の上に酉を得る。四課の上神・午・寅・丑・酉はそれぞれ順に貴人・勾陳・青竜・玄武を乘る。三伝は、初伝が午で貴人を乘り官鬼となり、中伝が寅で勾陳を乘り妻財となり、末伝が戌で太常を乘り印綬となる。

斷曰:游都居支前,賊符侵酉地,且貴人克干發用,又合中犯煞,西北兵動,據城無疑。初傳旺相生合末傳,定主內外奸人勾連,中傳月建克末傳,必然破城殺將。又旬遁丁神臨辰陽入辰陰,更有當地邊界盜賊蜂起,後來終於歸降。蓋因游都臨合處也。但火局旺相於春夏,死於秋冬,又大吉日墓臨支,是主受客愚而墜客計,交秋事敗歸降矣。 干支互乘墓互相昏昧,支上單乘日墓他昏昧我,干上單乘支墓我昏昧他。

判断して曰く:游都が日支の前に居り、賊符が酉地に侵入し、加えて貴人が日干を克して発用し、合局の中にまた凶煞を犯しているので、西北方は必ず兵を用い、城池を占拠するのは疑いない。初伝が旺相で末伝を生合するのは、必ず城内城外の奸人が互いに結託することを示す。中伝が月建に当たりまた末伝を克するのは、必ず城池を攻破して守将を殺すことを示す。さらに旬遁の丁神が日支の陽神から陰神に落ち込むので、なお当地の辺界の盗賊が次々に起こるが、後に終に帰降する。これは游都が相合する所に落ちるからである。ただ火局は春夏に旺して秋冬に死し、また大吉の丑が日干の墓を作して日支に臨むので、相手の愚弄を受け相手の罠に落ちることを主り、だから秋に交わると事が敗れて投降した。注者が補って言う:日干・日支が互いに墓を乘るのは、彼此ともに糊塗していること。日支の上に単独で日干の墓を乘るのは、相手が我を糊塗させること。日干の上に単独で日支の墓を乘るのは、我が相手を糊塗させることである。

據《清史稿》“(順治)五年十二月辛卯朔……癸巳,姜瓖以大同叛。……六年春正月……辛未,姜瓖黨姚舉等殺冀寧道王昌齡,陷忻州。……癸未,山西賊黨劉遷寇代州,阿濟洛遣軍破走之。……三月……丁卯,土賊王永強陷延安、榆林等十九州縣,延綏巡撫王正志等死之。……夏四月乙卯,賊黨陷汾州,命和碩端重親王博洛為定西大將軍,帥師討之。和碩敬謹親王尼堪移師大同。秋七月戊午朔,攝政王多爾袞復徵大同。乙丑,滿達海、瓦克達徵朔州、寧武。丙戌,吳三桂、李國翰復延綏鎮城。八月癸巳,攝政王多爾袞還京。山西賊黨陷蒲州及臨晉、河津,孟喬芳討平之。滿達海復朔州、馬邑。丁酉,端重親王博洛拔孝義壬子,遣英親王阿濟格、貝子鞏阿岱等徵大同。癸丑,梅勒章京根特等拔猗氏。乙卯,大同賊被圍久,飢死殆盡,偽總兵楊震威斬姜瓖及其弟琳來獻。丙辰,寧武關偽總兵劉偉等率眾降,靜樂、寧化山寨悉平。”

注者が『清史稿』を引いてこの兵乱の始末を記す:順治五年十二月初一辛卯、癸巳日に至り、姜瓖が大同に拠って反した。六年春正月辛未、姜瓖の党羽・姚挙らが冀寧道の王昌齢を殺して忻州を攻め落とした。癸未、山西の賊党・劉遷が代州を侵犯したが、阿済洛が兵を派して撃退した。三月丁卯、土寇の王永強が延安・楡林など十九の州県を攻め落とし、延綏巡撫の王正志らが殉難した。夏四月乙卯、賊党が汾州を攻め落とし、朝廷は和碩端重親王・博洛を定西大将軍として兵を領して討たせ、和碩敬謹親王・尼堪が大同に移軍した。秋七月初一戊午、摂政王ドルゴンが再び大同に出征した。乙丑、満達海・瓦克達が朔州と寧武に進討した。丙戌、呉三桂・李国翰が延綏の鎮城を回復した。八月癸巳にドルゴンは京に帰り、山西の賊党はまた蒲州および臨晋・河津を攻め落としたが、孟喬芳に討平され、満達海が朔州・馬邑を回復した。丁酉、博洛が孝義を攻め下し、壬子にまた英親王阿済格・貝子鞏阿岱らを遣わして大同を征し、癸丑、梅勒章京根特らが猗氏を攻め下した。乙卯の日に至り、大同城は包囲されて日が久しく、城中の人は餓死して尽きようとし、姜瓖の配下の総兵・楊震威が姜瓖とその弟・姜琳を斬首して献じた。丙辰、寧武関の総兵・劉偉らが衆を率いて投降し、静楽・寧化の山…

兵斗章第二十九・占験六(丁亥日寅将子時・武昌城)

占驗六、己丑三月偶有六壬諸友相晤,持有丁亥日寅將子時課與余斷,云:有賊兵攻武昌,看城池安危,重審、極陰,午未空、申酉落空。 蛇貴 朱 未申酉戌 后 空常陰貴 財 乙酉 貴 六 午 亥 陰 卯丑亥酉 鬼 丁亥 陰 勾 巳 子 玄 丑亥酉丁 子 己丑 常 青 辰卯寅丑 常 空虎

第六の例:己丑年三月、たまたま六壬を習う友人数名と集まり、彼らが丁亥日に寅将を子時に加えて起こした課を出して私に判断させ、賊兵が武昌を攻めているので城の安危を見てほしいと言った。この課は課体が「重審」に属し、三伝がすべて陰支で、「極陰」と称する。本旬の空亡は午・未にあり、天盤の申・酉の二神がちょうど地盤の午・未という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の丁は未に寄宮し、未の上に酉を得、酉の上に亥を得る。日支の亥の上に丑を得、丑の上に卯を得る。四課の上神・酉・亥・丑・卯はそれぞれ順に貴人・太陰・太常・天空を乘る。三伝は、初伝が酉で貴人を乘り妻財となり、中伝が亥で太陰を乘り官鬼となり、末伝が丑で太常を乘り子孫となる。

斷:賊自西南而來,城必無虞。曰:游都離日辰甚遠,何以知賊之必來?曰:酉貴臨干發用,故知其來而自西南也。曰:有眾幾何?曰:游都臨日辰遠,干上貴又空,惟以正時上下合斷,約有七九六千三百。曰:城無虞者何?蓋貴臨干受克,故知賊不攻城而退也。

判断して曰く:賊兵は西南の方から来るが、城は必ず恙ない。衆人が尋ねた:游都は日干・日支から遠いのに、何をもって賊が必ず来ると断ずるのか。私は言った:酉の上に貴人を乘せて日干に臨み発用するので、賊が来ると知り、しかも西南の方向から来る。又問う:賊衆はどれほどか。私は言った:游都が日干・日支から遠く、日干の上の貴人がまた空に落ちるので、ただ占時の上下二神の相合にもとづいて推算するしかなく、およそ六千三百の上下であろう。さらに問う:城が恙ないとはまた何故か。貴人が日干に臨みながらかえって克制を受けるので、賊兵は城を攻めずに自ら退き去ると断ずるのである。

此課乃晉元帝時因毛寶叛兵屯邾城,命宰相戴洋占後載之於史。予初不知,不意斷法竟與古事相合,然純陰之課,子之陰神魯都剋日,主賊有埋伏,又支為城,上神克之,而上神又被陰神所克,主居守不仁且欲自相攻擊。又末傳生合初貴,主內有暗降之人,此數事皆前人未盡之秘,予不惜筆之於書,以授後之學者。

この課はもともと晋の元帝の時に毛宝の叛兵が邾城に屯駐したため、朝廷が戴洋に占卜させ、後に史書に記された旧課である。私は初めこの来歴を知らなかったが、思いもかけず自分の断法が古事と合致した。さらに数点を補う:この課は純粋に陰支で、子の陰神の上に「魯都」が来て日干を克するので、賊兵に伏兵を設けていることを主る。日支は城を表し、その上神が来てこれを克し、しかもこの上神がまた陰神に克されるので、城を守る者が仁政を施さず、内部でまた自ら相攻撃することを主る。末伝がまた初伝の貴人を生合するのは、城里に暗に投降する者がいることを主る。これら数層の意はいずれも前人が言い尽くさなかった秘訣で、私は惜しまず書に記して後の学者に遺す。

兵斗章第二十九・占験七(甲申五月庚子日辛巳時・高傑揚州を囲む)

占驗七、甲申五月庚子日辛巳時,高兵自黃河北來,圍困揚城近半月,江都令諱日成李父師占城池安危,蒿矢、三交,辰巳空、未申落空。 勾六 青 申酉戌亥 朱 白陰后朱 鬼 甲午 白 空 未 子 蛇 午卯寅亥 兄 丁酉 勾 虎 午 丑 貴 卯子亥庚 子 庚子 蛇 常 巳辰卯寅 后 玄陰

第七の例:甲申年五月庚子日辛巳時、高傑の軍隊が黄河以北から南下し、揚州城を包囲して半月に近づき、江都県令・李日成先生が城の安危を占い問うた。この課は申将を巳時に加えて布したもので、課体は「蒿矢」に属し、「三交」の格を兼ねる。本旬の空亡は辰・巳にあり、天盤の未・申の二神がちょうど地盤の辰・巳という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の庚は申に寄宮し、申の上に亥を得、亥の上に寅を得る。日支の子の上に卯を得、卯の上に午を得る。四課の上神・亥・寅・卯・午はそれぞれ順に朱雀・天后・太陰・白虎を乘る。三伝は、初伝が午で白虎を乘り官鬼となり、中伝が酉で勾陳を乘り兄弟となり、末伝が子で螣蛇を乘り子孫となる。

斷:凶必無虞,不日圍困可解。蓋因干支休囚,旺氣在內故也。格合羅網,初傳魯都虎鬼月建,彼兵雖凶,然末傳遊者將星,又係蛇沖剋初傳,此為以凶制凶,不過虎頭蛇尾,故不日圍解。

判断して曰く:凶であるが終に恙なく、数日も出ずに包囲は解ける。日干・日支がともに休囚に処し、旺気が城内に蓄えられているからである。この課は羅網の格を結び、初伝の上に魯都・白虎・官鬼がありまた月建に当たるので、相手の兵勢は確かに凶猛である。しかし末伝は游都の化した将星で、また螣蛇を乘って回頭して初伝を冲克する。これを以凶制凶といい、来勢は虎頭蛇尾にすぎず、だから数日も経ずに囲みが解けるのである。

《明史》:京師陷,(高)傑南走,福王封傑興平伯,列於四鎮,領揚州,駐城外。傑固欲入城,揚州民畏傑不納。傑攻城急,日掠廂村婦女,民益惡之。知府馬鳴騄、推官湯來賀堅守月餘。傑知不可攻,意稍怠。閣部史可法議以瓜州予傑,乃止。九月命傑移駐徐州,以左中允衛胤文兼兵科給事中監其軍西討。

注者が『明史』を引いて証とする:北京が陥落したのち、高傑は南下し、福王は彼を興平伯に封じ、江北四鎮の中に列し、揚州を彼の統轄に割り当て、部隊は城外に駐在した。高傑は一心に城に入ろうとしたが、揚州の百姓は彼を恐れて受け入れようとしなかった。彼はそこで城池を猛攻し、毎日兵を放って附近の村镇の婦女を掠奪させたので、百姓はいよいよ彼を嫌悪した。知府の馬鳴騄・推官の湯来賀が一か月余り堅守し、高傑は攻め落とせないと知って攻勢をやや緩めた。のちに内閣大学士の史可法が出面して調停し、瓜洲を高傑に割くと議定して、やっとこれで済んだ。九月、朝廷は高傑に徐州への移駐を命じ、左中允・衛胤文を遣わして兵科給事中を兼ねさせ、彼の軍隊の西征を監督させた。

羅網課最宜捕盜尋失,兵戰亦是吉象。

注者が補って言う:羅網という課体は、盗賊の捕捉や失物の捜索を占うのに最も適しており、兵戈・戦陣に用いても同じく吉利の象である。

兵斗章第二十九・占験八(甲申三月丙午日甲午時・真定被囲)

占驗八、甲申三月丙午日甲午時,卞孟井聞真定被圍,占城安否,知一、玄胎,寅卯空、巳午落空。 朱蛇 六 申酉戌亥 貴 后朱貴六 財 戊申 六 勾 未 子 后 子酉亥申 官 辛亥 貴 青 午 丑 陰 酉午申丙 父 甲寅 玄 空 巳辰卯寅 玄 虎常

第八の例:甲申年三月丙午日甲午時、卞孟井が真定が包囲されたと聞き、城が安穏かどうかを占い問うた。この課は酉将を午時に加えて布したもので、課体は「知一」に属し、「玄胎」の格を兼ねる。本旬の空亡は寅・卯にあり、天盤の巳・午の二神がちょうど地盤の寅・卯という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の丙は巳に寄宮し、巳の上に申を得、申の上に亥を得る。日支の午の上に酉を得、酉の上に子を得る。四課の上神・申・亥・酉・子はそれぞれ順に六合・貴人・朱雀・天后を乘る。三伝は、初伝が申で六合を乘り妻財となり、中伝が亥で貴人を乘り官鬼となり、末伝が寅で玄武を乘り父母となる。

斷:不惟真定內變城破,即燕京亦有他虞。蓋因初傳財爻內戰,又乘相氣沖剋旬空之末傳,干支又被兩陰神所克,支又克支上神,主居民心散,兵馬為錢糧內變,左右獻城弒主之象。且末傳寅為幽燕,被初傳申馬沖剋,燕京安能無虞?即此日京城亦被賊所破,月餘聞報,餘言皆驗矣。

判断して曰く:真定が内変で城破るだけでなく、北京にも別の禍患がある。初伝の財爻が内部で交戦し、また相気を乘って旬空に落ちる末伝を冲克し、日干・日支がまた二重の陰神に克され、日支がさらに日支の上神を反克するので、居民の人心が渙散し、軍隊が銭糧のために嘩変し、まさに左右の近臣が城を献じ主を弑する形象である。まして末伝の寅は幽燕の地で、初伝の申の上の駅馬に冲克されるのだから、北京がどうして恙なくいられようか。まさにこの日に京城もまた賊兵に攻め破られ、一か月余り後に消息が伝わり、私の言ったことはすべて応験した。

兵斗章第二十九・占験九(乙酉四月辛酉日丙申時・左良玉南侵)

占驗九、乙酉四月辛酉日丙申時,左藩南侵,總漕田百原恩師奉命勤王,已進發矣,諸將士索占吉凶,重審、進茹,子丑空、丑寅落空。 后陰 貴 午未申酉 玄 虎常空虎 子 癸亥 虎 蛇 巳 戌 常 亥戌子亥 子 甲子 空 朱 辰 亥 虎 戌酉亥辛 父 乙丑 龍 六 卯寅丑子 空 勾青

第九の例:乙酉年四月辛酉日丙申時、左良玉が兵を率いて南下し、漕運を総督する田百元恩師が命を奉じて兵を起こして勤王し、隊伍はすでに出発しており、衆将士が吉凶を占うよう請うた。この課は酉将を申時に加えて布したもので、課体は「重審」に属し、三伝の亥・子・丑が位を逐って递進し、「進茹」と称する。本旬の空亡は子・丑にあり、天盤の丑・寅の二神がちょうど地盤の子・丑という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の辛は戌に寄宮し、戌の上に亥を得、亥の上に子を得る。日支の酉の上に戌を得、戌の上にやはり亥を得る。四課の上神・亥・子・戌・亥はそれぞれ順に白虎・天空・太常・白虎を乘る。三伝は、初伝が亥で白虎を乘り子孫となり、中伝が子で天空を乘りやはり子孫となり、末伝が丑で青竜を乘り父母となる。

斷:此行不吉,主至半途而回。蓋白虎驛馬臨干,雖有虎假虎威之勢,賴戌土實能剋制,如彼猖狂妄動,定有阻塞。但我兵此行,中末俱空,豈能前進?況辛日南征為滅沒旺方,于軍不利,干神臨支恐有銳卒前擾後至。後至揚州,高兵出城搶舡,遂與閣部商議,抽兵而退。

判断して曰く:このたびの出師は吉でなく、中途まで行けば引き返すことを主る。白虎と駅馬がともに日干に臨むので、相手は狐が虎の威を借る勢いがあるが、幸い日干の寄宮する戌土は確かにそれを克制でき、彼が猖狂に妄動すれば必ず到るところで阻まれる。しかし我方の今回の進兵は、中伝・末伝がともに空亡に落ちるので、どうして前進できようか。まして辛日に南へ出征するのはちょうど滅没の臨む旺方に突き当たり、用兵に利さない。日干の神が日支に臨むので、おそらく精鋭の兵が前で騷ぎ後で追って来ることがあろう。のちに部隊が揚州に至ると、高傑の兵が城を出て船を奪ったので、そこで史閣部と協議して兵を撤して引き返した。

左良玉(1598—1645年)。 凡初實中末空者,無論衰旺進退,概以真空論,主事中途而止,強進必有禍也。此《畢法》“進茹空亡宜退步”也。

左良玉は一五九八年に生まれ、一六四五年に卒した。注者が補って言う:およそ初伝が実を落として中伝・末伝がみな空の課は、その衰旺・進退がいかんであれ、一概に真空として論じ、事が中途に至って止まることを主り、強いて進めば必ず禍を招く。これはまさに『畢法賦』のいう「進茹空亡は退步すべし」である。

兵斗章第二十九・占験十(己丑十一月戊辰日甲戌時・沢州)

占驗十、己丑十一月戊辰日甲戌時,山西同化南占得此時課,持來問予看地方有事否,彈射、潤下,戌亥空,寅卯落空。 六勾 朱 酉戌亥子 青 龍蛇空朱 財 甲子 龍 蛇 申 丑 空 子申丑酉 比 戊辰 玄 貴 未 寅 虎 申辰酉戊 子 壬申 蛇 后 午巳辰卯 常 陰玄

第十の例:己丑年十一月戊辰日甲戌時、山西の司化南がこの時課を占い得て、彼の故郷の地方に事が起こるかどうかを私に問うために持ち来た。この課は寅将を戌時に加えて布したもので、課体は「弾射」に属し、三伝の申・子・辰が水局を結んで「潤下」となる。本旬の空亡は戌・亥にあり、天盤の寅・卯の二神がちょうど地盤の戌・亥という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の戊は巳に寄宮し、巳の上に酉を得、酉の上に丑を得る。日支の辰の上に申を得、申の上に子を得る。四課の上神・酉・丑・申・子はそれぞれ順に朱雀・天空・螣蛇・青竜を乘る。三伝は、初伝が子で青竜を乘り妻財となり、中伝が辰で玄武を乘り比肩となり、末伝が申で螣蛇を乘り子孫となる。

斷:此地如何得無事?蓋游都乘蛇臨支,定有兵擾,但城中人民尚結居守,糧草器械無一不備。因支生支上神,建壬為財,且初傳子乃北方輕剽之兵,必自北面來。幸中傳辰土山崗所隔,干上昴星作日之敗氣,來兵必怯而退,城中人民終於歸順。蓋龍化為蛇,不能成其大,傳將三六合,末傳又生合初傳,居守必然歸順。曰:此敝地澤州也。果一一如所占。

判断して曰く:この地方に事がないはずがあろうか。游都が螣蛇を乘って日支に臨むので、必ず兵馬の騷擾がある。ただし城中の百姓はなお寨を結んで自守でき、糧草・器械は様々に備わっている。日支が日支の上神を生じ、月建の壬がまた財爻に化しているからである。初伝の子は北方の軽捷で剽悍な兵を表し、必ず北面から来る。幸い中伝の辰土が山岡のごとく中に横わって阻み、日干の上の昴星がまた日干の敗気なので、来兵は必ず怯えて退き、城中の百姓は終に帰順する。青竜が螣蛇に変じるのは、来勢が大きな気候を成せないことを示し、三伝の天将が三重に六合し、末伝がまた初伝を生合するので、城に拠って自守する者は必ず帰順する。司化南が言った:これはまさに我が故郷の沢州である。のちに果たして一々占いの通りになった。

兵斗章第二十九・占験十一(乙酉五月乙酉日庚辰時・南都帰降)

占驗十一、乙酉五月乙酉日庚辰時,予避難於福終庵,同盟副師楊九苞督舟師隨徵時,修書差官相召同事,予因幼兒隨身固辭,乃占一課寄之,元首、九丑、潤下,午未空、戌亥落空。 朱蛇 六 酉戌亥子 貴 白後貴勾 官 甲申 勾 勾 申 丑 后 巳丑子申 父 戊子 貴 青 未 寅 陰 丑酉申乙 財 壬辰 常 空 午巳辰卯 玄 虎常

第十一の例:乙酉年五月乙酉日庚辰時、私は福終庵に避難して住んでいた。同盟の副師・楊九苞が水軍を統領して大軍に随い出征し、手紙を書いて官員を遣わして私を招き共に事に当たらせようとしたが、私は幼い子を連れているために堅く辞して行かず、そこで一課を占って彼に寄せた。この課は申将を辰時に加えて布したもので、課体は「元首」に属し、「九丑」を兼ね、三伝の申・子・辰が水局を結んで「潤下」となる。本旬の空亡は午・未にあり、天盤の戌・亥の二神がちょうど地盤の午・未という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の乙は辰に寄宮し、辰の上に申を得、申の上に子を得る。日支の酉の上に丑を得、丑の上に巳を得る。四課の上神・申・子・丑・巳はそれぞれ順に勾陳・貴人・天后・白虎を乘る。三伝は、初伝が申で勾陳を乘り官鬼となり、中伝が子で貴人を乘り父母となり、末伝が辰で太常を乘り妻財となる。

斷:南都定然歸順,放心前行,但防東南有兵變之虞。蓋因末傳旺相,財爻生合初傳官貴,且結水局生日,又合中無煞,是為主者必歸順而貢降也。且干支休囚,則旺氣在內,其城不可拔,亦無屠戮之慘,辰陰見太乙白虎建旺合克酉支,因而提防東南兵變也。後果如所占。

判断して曰く:南京は必ず帰順する。安心して行くがよい。ただ東南一帯に兵変が起こるのを防がねばならない。末伝が旺相で、財爻が初伝の官星・貴人を生合し、三伝がまた水局を結んで日干を生じ、合局の中に凶煞がないので、主を作す者が必ず帰順して降を納れることが分かる。加えて日干・日支がともに休囚に処し、旺気が城内に蓄えられているので、あの城は攻め落とせず、屠城の惨禍もない。ただ日支の陰神の上に太乙の巳と白虎が当旺で見え、合して日支の酉を克制するので、東南方の兵変を防ぐべきである。のちに果たして占いと合致した。

此課占行軍出行吉凶,以三傳合局生日,無空亡,合中無煞,大吉之兆。不然,雖生日,亦有他非。 畢法賦有“貴德臨身消萬禍格”,謂日德加干上,不畏三傳鬼殺也。但此格必須其餘地方吉,方以此論,否則以鬼論。此課日德申臨日,且為月將,有利於之人,陰神貴陽人生干,三傳為生氣,故以全吉斷。

注者が補って言う:この課が占ったのは行軍・出行の吉凶である。三伝が合局を結んでまた来て日干を生じ、空亡がなく、合局の中にも凶煞を帯びないのは大吉の兆である。もしこれらの条件を備えなければ、たとえ三伝が日干を生じても、なお別の枝節が生じる。『畢法賦』に「貴徳身に臨めば万禍を消す」という格があり、日徳が日干の上に加われば、三伝中の鬼殺を畏れないと説く。しかしこの格は必ずその他の各所も吉利でなければこのように論じられず、さもなければやはり官鬼として見る。この課は日徳の申が日干に臨み、しかも申はまさに当令の月将なので、人に利がある。陰神の上の貴人は陽に属して来て日干を生じ、三伝がまたすべて生気なので、全吉と断じたのである。

凡泛占吉凶,遇有干支之陰神沖剋干支者,每以內亂斷之,試之屢驗。 南都者,明以北京為國都,以金陵為陪都,號為南京,也有六部九卿,稱為南京六部九卿。甲申年崇禎帝自縊,南京諸臣擁小福王即位,是為南明。此時占的事是因為清軍南下,這個楊九苞是奉命勤王,因為勝敗生死攸關,所以占一下。南都即指南明小朝廷的國都南京。後來果然南明投降,清兵除了在揚州與史可法有大戰外,餘無戰事。

注者がまた言う:およそ泛泛に吉凶を占う場合、日干または日支の陰神が回頭して日干・日支を冲克するのに逢ったら、往々にして内乱として断ずる。屡試して屡々験あり。ここにいう南都は、明朝が北京を国都とし金陵を陪都として南京と号したことによる。そこにも同じく六部九卿を設け、南京六部九卿と称した。甲申年に崇禎皇帝が自縊し、南京の大臣たちは小福王を擁立して即位させ、史は南明と称す。この課が占ったのはまさに清軍の南下の事で、楊九苞は命を奉じて勤王し、勝敗・生死が一挙に係るので一課を占う要があったのである。南都とは南明の小朝廷の国都・南京を指す。のちに南明は果たして投降し、清兵は揚州で史可法と大戦したほかは、残りの各所では戦事がなかった。

兵斗章第二十九・占験十二(辛未四月丙子日丁酉時・登莱の変)

占驗十二、辛未四月丙子日丁酉時,萊陽遲父師與同鄉宋氏昆弟相召,占東省地方安否,伏吟、玄胎,申酉空、申酉落空。 六朱 勾 巳午未申 蛇 玄玄勾勾 比 辛巳 勾 青 辰 酉 貴 子子巳巳 財 甲申 蛇 空 卯 戌 后 子子巳丙 父 戊寅 虎 虎 寅丑子亥 陰 常玄

第十二の例:辛未年四月丙子日丁酉時、莱陽の遅老師と同郷の宋氏兄弟が相邀して、山東地方が平安かどうかを占い問うた。この課は酉将を酉時に加えて布したもので、月将と占時が同位で、天地両盤が完全に重なり合い、課体は「伏吟」に属し、「玄胎」の格を兼ねる。本旬の空亡は申・酉にあり、伏吟なので、天盤の申・酉もちょうど地盤の申・酉という二つの空位に坐している。四課は右から左へ:日干の丙は巳に寄宮し、巳の上にやはり巳を得、巳の上にやはり巳を得る。日支の子の上にやはり子を得、子の上にやはり子を得る。四課の上神・巳・巳・子・子はそれぞれ順に勾陳・勾陳・玄武・玄武を乘る。三伝は、初伝が巳で勾陳を乘り比肩となり、中伝が申で螣蛇を乘り妻財となり、末伝が寅で白虎を乘り父母となる。

斷:東南齊分主有伏地兵將作亂,兩軍敵戰盡遭傷也。日上勾陳月建被支之玄武將星剋制,且乘天鬼凶煞,是以有伏地兵將屠殺破城之虞。又傳將遞克,伏吟見丁馬,官防參劾,大民流亡。冬月水旺時,玄武得令,孔耿李三將兵起破登府七州縣,人民逃竄,總兵張可大自縊,孫巡撫逮問典刑。

判断して曰く:東南方の斉地の分野内に、当地に潜伏する兵将が起って乱を為し、両軍が交戦していずれも創傷を受ける。日干の上の勾陳がちょうど月建に当たるが、日支の上の玄武の化した将星に克制され、また天鬼の凶煞を乘るので、伏兵の将領が城を屠り邑を破る憂いがある。三伝と天将が層層に相克し、伏吟の中にまた丁神と駅馬が見えるので、官にある者は弾劾されるのを防がねばならず、百姓は流離して所を失う。冬月に水が旺する時に至り、玄武が当令となり、孔有徳・耿仲明・李九成の三将が兵を起こし、登州府の所属する七つの州県を攻破し、百姓は四方に逃散し、総兵の張可大は自縊して殉難し、巡撫の孫元化は逮捕されて罪に問われ処刑された。

此三傳遞克應於官遭彈章。 大民流亡應於何徵?需待來者。

注者が言う:ここで三伝が層層に相克するのは、官にある者が弾劾を受けるという事に応じたのである。「大民流亡」という一句がどの徴象に応じたのかは、注者には一時見えないので、やむなく後の人の解答に俟つことにする。

《明史》載:五年(1632)春正月辛丑,孔有德陷登州,游擊陳良謨戰死,總兵官張可大死之。巡撫都御史孫元化、副使宋光蘭等被執,尋縱還。辛亥,孔有德陷黃縣。丙寅,總兵官楊御蕃、王洪率師討孔有德,敗績於新城鎮。二月己巳朔,孔有德圍萊州,巡撫都御史徐從治固守。辛巳,孔有德陷平度。三月壬寅,兵部侍郎劉宇烈督理山東軍務,討孔有德。夏四月甲戌,劉宇烈敗績於沙河。癸未,徐從治中傷卒。

注者が『明史』を引いてこの変乱を記す:崇禎五年、すなわち一六三二年春正月辛丑、孔有徳が登州を攻め陥れ、遊撃の陳良謨が戦死し、総兵官の張可大も殉難し、巡撫都御史の孫元化・副使の宋光蘭らが俘えられたが、まもなくまた放し戻された。辛亥、孔有徳が黄県を攻め陥れた。丙寅、総兵官の楊御蕃・王洪が兵を率いて孔有徳を討ち、新城鎮で敗戦を喫した。二月初一己巳、孔有徳が莱州を包囲し、巡撫都御史の徐従治が城に拠って固守した。辛巳、孔有徳が平度を攻め陥れた。三月壬寅、兵部侍郎の劉宇烈が山東の軍務を督理して、孔有徳を討ちに赴いた。夏四月甲戌、劉宇烈が沙河で戦に敗れた。癸未、徐従治が箭に当たって負傷して死んだ。この一連の戦事は、まさに前の課が断じた伏地の兵将が乱を為し両軍が交戦して尽く傷を蒙る、および総兵の自縊・巡撫の下獄という結末に応じたのである。

癸卯,孔有德偽降,誘執登萊巡撫都御史謝璉,萊州知府朱萬年死之。己未,孫元化棄市。逮劉宇烈下獄,甲申,硃大典督軍救萊州,前鋒參將祖寬敗賊於沙河。乙酉,萊州圍解。癸巳,官軍大敗孔有德於黃縣,進圍登州。六年戊子,總兵官陳洪範等克登州水城。辛卯,孔有德遁入海,山東平。

『明史』は続けて記す:癸卯の日、孔有徳が假意に降し、登莱巡撫都御史の謝璉を誘い捕え、莱州知府の朱万年が殉難した。己未、孫元化が棄市に処され、劉宇烈もまた逮捕されて獄に下った。甲申、朱大典が軍を率いて莱州を救援し、前鋒の参将・祖寛が沙河で叛軍を撃破した。乙酉、莱州の囲みが解かれた。癸巳、官軍が黄県で孔有徳を大いに破り、進んで登州を囲んだ。崇禎六年戊子日に至り、総兵官の陳洪范らが登州の水城を攻克した。辛卯、孔有徳は海を泛かって逃走し、山東はやっと平定した。

兵斗章第二十九・占験十三(甲申正月丁亥日己酉時・京城陥落)

占驗十三、甲申正月丁亥己酉時,程翔雲居廣陵,聞兵警,占歲內吉凶,昴星、炎上,午未空、酉戌落空。 后陰 貴 申酉戌亥 玄 勾虎常后 兄 甲午 六 蛇 未 子 常 巳寅丑戌 子 丙戌 后 朱 午 丑 虎 寅亥戌丁 印 庚寅 虎 六 巳辰卯寅 空 勾青

第十三の例:甲申年正月丁亥日己酉時、程翔雲が広陵に住み、兵警の消息を聞いて、この一年のうちの吉凶を占い問うた。この課は子将を酉時に加えて布したもので、課体は「昴星」に属し、三伝の寅・午・戌が火局を結んで「炎上」となる。本旬の空亡は午・未にあり、天盤の酉・戌の二神がちょうど地盤の午・未という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の丁は未に寄宮し、未の上に戌を得、戌の上に丑を得る。日支の亥の上に寅を得、寅の上に巳を得る。四課の上神・戌・丑・寅・巳はそれぞれ順に天后・太常・白虎・勾陳を乘る。三伝は、初伝が午で六合を乘り兄弟となり、中伝が戌で天后を乘り子孫となり、末伝が寅で白虎を乘り印綬となる。

雲斷曰:墓神覆日,虎符朝支,又喪吊入傳,末見歲刑白虎,定有兵喪不測事。勾陳游都入辰陰幽燕之地,又見死神陰煞,是以兵戈難免,且干支乘脫,內外空虛,支陰游都刑剋太歲,於君不利,日陰克辰,西北有兵變急進之虞,支又克辰陰,城東邊將兵民必生離異。其後賊果犯燕京,城中內變,而有三月十九日事。

程翔雲が判断して曰く:墓神が反覆して日干の上に圧し、白虎と兵符が日支に向かい、喪門・吊客がまたみな三伝に入り、末伝にさらに歳刑と白虎が見えるので、必ず兵禍・喪亡の類の意外の事がある。勾陳と游都が日支の陰神、すなわち幽燕の地に落ち込み、また死神と陰煞が見えるので、兵戈は免れない。加えて日干・日支がともに脱気の神を乘り、裏外一片に空虚である。日支の陰神の上の游都が太歳を刑克するのは、君王に不利である。日干の陰神が日支を克するのは、西北方に兵変が急進する憂いがある。日支がまた日支の陰神を克するのは、城東一帯の辺将と軍民が必ず離心離徳になることである。のちに賊兵は果たして北京を侵犯し、城中に内変が起こり、そこで三月十九日のあの大禍があった。

三合章第三十

三合奇妙少人知,五行成局各消息。從革靜變看順逆,曲直仁惡旺衰時。火局雖得不長久,水局對下卻相宜。土局不得便言靜,還有歲功巡察期。異方三合難聚會,作事欲帶還得遲。 三傳課之斷法,其三合者,僅一象而已。斷課仍宜詳之發用課傳,與他課斷法如一,若前章之斷例,三傳分論乃正法也。切記!

三合の奥妙を真に解する者は稀である。五行はそれぞれ三合局を結び、消息もそれぞれ同じでない。金局の「従革」はそれが安静か変動か、順行か逆行かを見なければならない。木局の「曲直」は主る所が仁厚か凶悪かを分かち、また当時の旺衰を併せ見なければならない。火局の「炎上」はたとえ勢いを得ても、その力は長く保てない。水局の「潤下」は下位に居る者にかえって相宜しい。土局は一見すれば静を主ると言ってはならず、その中にまだ歳功巡察の期限がある。もし三合の神が異なる方位に散らばって聚合し難いときは、事を為そうとしても促成できず、ついに遅延する。続いてまた注意を促す:三伝課の断法において、三合はその中の一つの象にすぎない。課を断ずるにはなお発用と四課・三伝を細かく見なければならず、他の課体の断法とまったく同じである。前の各章に挙げた断例のように、三伝を分かち層ごとに論断するのこそ正法であり、必ず記えておくべきである。

三合章第三十・占例一(己卯年寅月癸巳日戌時)

占例一、己卯年寅月癸巳日戌時,在濰坊擺卦攤的吳學亮來,問今日發生何事。元首、從革。(錯課正斷) 朱六勾龍 丑寅卯辰 陰朱空陰 財 己巳 空 蛇 子 巳 空 酉丑巳酉 鬼 乙丑 朱 貴 亥 午 虎 丑巳酉癸 父 癸酉 陰 戌酉申未 后陰玄常

第一の例:己卯年寅月癸巳日戌時、濰坊で卦の露店を張る呉学亮が来て、今日何事が起こるかを問うた。課体は「元首」に属し、三伝の巳・丑・酉が金局を結んで「従革」となる。題下に注す「錯課正断」とは、この課が起こし誤りで断は誤らなかったことをいう——課盤の天盤が地盤より四位退いており、午将を戌時に加えたのと等しく、寅月は本来亥将を用いるべきであった。四課は右から左へ:日干の癸は丑に寄宮し、丑の上に酉を得、酉の上に巳を得る。日支の巳の上に丑を得、丑の上にやはり酉を得る。四課の上神・酉・巳・丑・酉はそれぞれ順に太陰・天空・朱雀・太陰を乘る。三伝は、初伝が巳で天空を乘り妻財となり、中伝が丑で朱雀を乘り官鬼となり、末伝が酉で太陰を乘り父母となる。

斷:三合局,今日必有聚會之事。課得迴環,今天跑路不少。三傳遞生日干,但末傳與干上自刑,《畢法云》:“合中犯煞蜜裡砒”,太陰為女人,初傳天空為空門,中傳鬼乘朱雀,必因算卦事與一女子發生爭矛盾。

判断して曰く:三伝が合局を結ぶので、今日は必ず聚会の類の事がある。課がまた回環の格を結ぶので、今日は行き来して奔走する道のりが少なくない。三伝が層々に日干を生ずるが、末伝と日干の上神が自刑を構成する。『畢法賦』に「合中に煞を犯すは蜜裏の砒」とあり、甘さの中に毒を蔵す。太陰は女子を主り、初伝の天空は空門・落空する言語を主り、中伝の官鬼はまた朱雀を乘って口舌を主るので、必ず卦を算するという事のために一人の女子と争いを起こすであろう。

驗:今日去濰坊,與幾個易友討論了一些梅花易理,然後在濰坊的幾個算卦地段來回轉了幾趟。巳時來一女子抱著不信的態度算卦,並言明算不准不給錢,因此事發生口舌。但財運尚可。

応験の情形は:この日彼は濰坊に行き、数名の易学の同好と梅花易数の道理をいくらか議論し、続いてまた濰坊の幾つかの卦の露店を張る地段を行き来して幾度も回った。巳時に至って一人の女子が来て、信じない態度を抱いて卦を求め、しかも先に当たらなければ銭を払わないと言明したので、二人はこのために口角を起こした。ただこの日の財運はまあまあ良かった。

巻之四 大六壬神煞指南

神煞全圖(凡看神煞,須干支神將刑剋,其事乃發)。 上位圓圖,一起太歲,二起歲驛,餘則直列於旁,而歲煞備矣。三起儀神,四起奇神,而旬煞備矣。下位圓圖,一起天喜,二起月建,三起月合,四起月驛,五起成神,六起天馬,七起聖心,餘則方列於右,而月煞備矣。煞列於方圖,而干支煞備矣。

これは神煞全図の説明である。およそ神煞を見るには、必ずそれが日干・日支・天将との間に刑克を生じてはじめて、主るところの事が発動する。上の円図の排法:第一層は太歳を起こし、第二層は歳駅を起こし、残りの各煞は竪列して傍らにあり、太歳一系に属する歳煞がこれで備わる。第三層は儀神を起こし、第四層は奇神を起こし、旬中に属する旬煞もまたこれで備わる。下の円図の排法:第一層は天喜を起こし、第二層は月建、第三層は月合、第四層は月駅、第五層は成神、第六層は天馬、第七層は聖心を起こし、残りの各煞は方列して右側にあり、月令に属する月煞がこれで備わる。干支によって起こる各種の煞については、別途方図の中に排してある。

月 正二三四五六七八九十冬臘 天德丁坤壬辛乾甲癸艮丙乙巽庚 天合壬 丁丙 己戊 辛庚 乙 月德丙甲壬庚丙甲壬庚丙甲壬庚 月合辛己丁乙辛己丁乙辛己丁乙 天解(見圓圖內) 地解申申酉酉戌戌亥亥午午未未 解神申申戌戌子子寅寅辰辰午午 皇恩戌丑辰未酉卯子午寅巳申亥 會神未戌寅亥酉子丑午巳卯申辰 信神申戌寅丑亥辰巳未巳未申戌 大德午午午辰辰辰子子子寅寅寅 游神丑丑丑子子子亥亥亥戌戌戌 戲神巳巳巳子子子酉酉酉辰辰辰

これは月によって起こる神煞表の上半段である。いちばん上の横の行には正月から臘月までの十二か月を標し、以下の各行は一つの神煞で、月に照応して査取する。「天徳」は正月から順に、丁・坤・壬・辛・乾・甲・癸・艮・丙・乙・巽・庚である。「天合」は一つおきの月にだけ現れ、順に壬・丁・丙・己・戊・辛・庚・乙である。「月徳」は四か月で一循環し、丙・甲・壬・庚で、一年に三度巡る。「月合」はそれと相配し、辛・己・丁・乙で、同じく三度巡る。「天解」はこの表に列していないので、円図の中で見なければならない。「地解」は正月から、申・申・酉・酉・戌・戌・亥・亥・午・午・未・未である。「解神」は申・申・戌・戌・子・子・寅・寅・辰・辰・午・午である。「皇恩」は戌・丑・辰・未・酉・卯・子・午・寅・巳・申・亥。「会神」は未・戌・寅・亥・酉・子・丑・午・巳・卯・申・辰。「信神」は申・戌・寅・丑・亥・辰・巳・未・巳・未・申・戌。「大徳」は三か月ごとに変わり、午・辰・子・寅の四段とする。「游神」は丑・子・亥・戌の四段とする。「戯神」は巳・子・酉・辰の四段で、各段はそれぞれ三か月を管する。

天車 巳 辰 未 酉 死別 戌 未 辰 丑 奸神 寅 亥 申 巳 飛禍 申 寅 巳 亥 時盜 巳 卯 酉 子 破碎酉巳丑酉巳丑酉巳丑酉巳丑 日表未辰丑未辰丑未辰丑未辰丑 歸忌丑寅子丑寅子丑寅子丑寅子 飛廉戌巳午未申酉辰亥子丑寅卯 往亡寅巳申亥卯午酉子辰未戌丑 月刑 天賊辰酉寅未子巳戌卯申丑午亥 五鬼午辰寅酉卯申丑巳子亥未戌 泰神丑 子 戌 亥 憂神辰戌丑未辰戌丑未辰戌丑未 天赦春寅夏午秋申冬子 相負亥亥丑丑卯卯巳巳未未酉酉 枉屈巳巳未未酉酉亥亥丑丑卯卯 瓦煞巳子丑寅卯辰亥午未申酉戌 門煞戌酉辰卯戌酉辰卯戌酉戌亥

これは月によって起こる神煞表の下半段で、読み方は上半段と同じである。「天車」「死別」「奸神」「飛禍」「時盗」の五煞は三か月ごとにやっと一位を換える:天車は順に巳・辰・未・酉に落ち、死別は戌・未・辰・丑、奸神は寅・亥・申・巳、飛禍は申・寅・巳・亥、時盗は巳・卯・酉・子である。「破碎」は三か月で一循環し、酉・巳・丑である。「日表」は未・辰・丑である。「帰忌」は丑・寅・子で、いずれも一年に四度巡る。「飛廉」は正月から、戌・巳・午・未・申・酉・辰・亥・子・丑・寅・卯である。「往亡」は寅・巳・申・亥・卯・午・酉・子・辰・未・戌・丑である。「月刑」の一行は原表が地支を填めていない。「天賊」は辰・酉・寅・未・子・巳・戌・卯・申・丑・午・亥である。「五鬼」は午・辰・寅・酉・卯・申・丑・巳・子・亥・未・戌である。「泰神」は三月ごとに一変し、丑・子・戌・亥とする。「憂神」は四か月で一循環し、辰・戌・丑・未である。「天赦」は四季によって起こり、春は寅・夏は午・秋は申・冬は子である。「相負」は二か月ごとに一変し、亥・丑・卯・巳・未・酉である。「枉屈」は巳・未・酉・亥・丑・卯である。「瓦煞」は正月から、巳・子・丑・寅・卯・辰・亥・午・未・申・酉・戌である。「門煞」は戌・酉・辰・卯・戌・酉・辰・卯・戌・酉・戌・亥である。

年 甲乙丙丁戊己庚辛壬癸 天庭丑寅辰巳辰巳未申戌亥 死符申申亥亥寅寅巳巳辰辰 年 子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥 歲刑 卯戌巳子辰申午丑寅酉未亥 大將軍酉 子 卯 午 酉

以下の二つの小表は太歳によって起こる。前の表は年の天干を綱とし、横行に甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十干を列す:「天庭」は順に丑・寅・辰・巳・辰・巳・未・申・戌・亥に落ちる。「死符」は順に申・申・亥・亥・寅・寅・巳・巳・辰・辰に落ちる。後の表は年の地支を綱とし、横行に子から亥までの十二支を列す:「歳刑」は順に卯・戌・巳・子・辰・申・午・丑・寅・酉・未・亥に落ちる。「大将軍」は三年ごとに一移し、順に酉・子・卯・午に坐し、周を終ってまた酉に帰る。

日 甲乙丙丁戊己庚辛 壬 癸 德 寅申巳亥巳寅申巳 亥 巳 合 未申戌亥丑寅辰巳 未 巳 官 酉申亥子卯寅巳午丑未辰戌 祿 寅卯巳午巳午申酉 亥 子 長生亥亥寅寅申申巳巳 申 申 恩赦寅辰巳未巳未申戌亥丑 干奇午巳辰卯寅丑未申酉戌 日解亥申未丑酉亥申未丑酉 日醫卯亥丑未巳卯亥丑未巳 賢貴丑申寅寅午丑申寅寅午 福星子丑子子未未丑丑巳巳 文星亥亥寅寅午午巳巳申申 進神退神

この表は日の天干によって起こり、横行に甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十干を列し、各行はそれぞれ:「徳」は寅・申・巳・亥・巳・寅・申・巳・亥・巳。「合」は未・申・戌・亥・丑・寅・辰・巳・未・巳。「官」は酉・申・亥・子・卯・寅・巳・午で、壬日は兼ねて丑・未を取り、癸日は兼ねて辰・戌を取る。「禄」は寅・卯・巳・午・巳・午・申・酉・亥・子。「長生」は亥・亥・寅・寅・申・申・巳・巳・申・申。以下の各行も同じく十干に順読する:「恩赦」は寅・辰・巳・未・巳・未・申・戌・亥・丑。「干奇」は午・巳・辰・卯・寅・丑・未・申・酉・戌。「日解」は亥・申・未・丑・酉・亥・申・未・丑・酉。「日医」は卯・亥・丑・未・巳・卯・亥・丑・未・巳。「賢貴」は丑・申・寅・寅・午・丑・申・寅・寅・午。「福星」は子・丑・子・子・未・未・丑・丑・巳・巳。「文星」は亥・亥・寅・寅・午・午・巳・巳・申・申。末に「進神」「退神」の二項を標出し、その排法は別途後の文に見る。

日干神煞表(下)

日鬼、日墓、日刑、日沖 飛符巳辰卯寅丑午未申酉戌 羊刃、飛刃、游都、魯都 日賊辰午申亥寅辰午申亥寅 日盜子亥卯申巳子亥卯申巳 日奸亥酉辰申巳亥酉辰申巳 日淫午午未未戌戌寅寅巳巳

この欄は上の表を承けて、やはり甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十の「日干」に逐位して排列する。日鬼・日墓・日刑・日冲の四項は地支を別注しない。それらは各々、我を克するを鬼とする、五行が庫に入る、地支の相刑、地支の相冲という通例によって推し得るからである。「飛符」は甲日から巳を起こして逆行し、己日に至って午に折り返して順行する。羊刃・飛刃・游都・魯都も各々起例があり、後の文の歌訣に見る。日賊・日盗・日奸の三項は、甲己・乙庚・丙辛・丁壬・戊癸が各々一位を共用するので、十干に五数しか見えない。日淫は甲乙・丙丁・戊己・庚辛・壬癸が両々同じである。

The original text is in the public domain. The Japanese is a machine-assisted translation of this library’s own Chinese paraphrase, checked against a fixed glossary so that technical terms match the definitions used elsewhere on this site. It is a reading aid and does not replace the original.