占験四・楠姓の者の董晋侯の為めに病を占う
占驗四、辛卯二月丁未癸卯時,偶有楠姓者,為董晉侯占病,八專。(寅卯空,酉戌落空) 朱六 蛇 子丑寅卯 勾 陰六陰六 財 己酉 陰 貴 亥 辰 龍 酉寅酉寅 子 甲辰 青 后 戌 巳 空 寅未寅丁 鬼 辛亥 貴 陰 酉申未午 虎 玄常
此れ是れ辛卯年二月丁未日癸卯時の課盤。偶然に位の楠姓の人有りて董晋侯の為めに病を占う、課体は「八專」に属し、本旬の寅卯空亡、天盤の酉戌は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは寅の丁に加わり・酉の寅に加わり・寅の未に加わり・酉の寅に加わる。三伝の初伝己酉は是れ財爻にして太陰を乗ず、中伝甲辰は是れ子孫爻にして青龍を乗ず、末伝辛亥は是れ官鬼にして貴人を乗ず。八專課は干支同位・四課只だ両課を成し、人事混雑分かたず、病を占うに内外牽纏を主る。
斷:此病主手足不舉,全無一點生氣,因日祿臨絕地(日祿午加亥為絕地),驛馬投墓鄉(巳為馬臨戌入墓也),又行年游魂,子巳相加,合為死字,三傳死墓絕,安能有救乎?蓋因卯加申、戌加卯,故知主風癲發搐之症。在何日?久病,應卯加申申日子時死矣。
断語に曰く、此の病は手脚皆な擡げ起こす能わざるを主り、全く一点の生気無し。日禄午の亥上に加わるを以て、正に絶地に落つ。駅馬巳の戌に臨みて墓郷に投入す。再加うるに行年の游魂に逢着するを以て、子と巳と相加して一個の「死」の字を合成す、三伝又た尽く是れ死・墓・絶、何處に還た救有らんや。又た卯の申上に加わり・戌の卯上に加わるを以て、故に患う所は是れ風癲抽搐の症なるを知る。何れの一天に死せんや。此の人は是れ久病、応するは卯の申に加わるの申日子時。後来果たして彼の天に死せり。
占験五・王養吾の占いを索む
占驗五、乙丑十月辛亥甲午時,予往金陵成賢街會六壬王養吾索占之課,元首、玄胎。(寅卯空,亥子落空) 六朱 勾 寅卯辰巳 蛇 蛇陰朱后 鬼 乙巳 蛇 龍 丑 午 貴 巳申辰未 財 甲寅 勾 空 子 未 后 申亥未辛 子 辛亥 白 虎 亥戌酉申 陰 常玄
此れ是れ乙丑年十月辛亥日甲午時の課盤。我は金陵成賢街に到りて六壬の名家王養吾に会見し、彼は此の課を索占す、課体は「元首」「玄胎」に属し、本旬の寅卯空亡、天盤の亥子は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは未の辛に加わり・辰の未に加わり・申の亥に加わり・巳の申に加わる。三伝の初伝乙巳は是れ官鬼にして螣蛇を乗ず、中伝甲寅は是れ財爻にして勾陳を乗じて正に空亡に落つ、末伝辛亥は是れ子孫爻にして白虎を乗ず。元首は是れ上の下を克し・尊の卑に臨むの正体、玄胎は則ち病の暗中に孕育して未だ明ならざるを主る。
斷曰:公為陰人占病。主胸膈不寬,飲食少進。曰:果婦病,若何?傳得病玄胎,又四課德鬼發用,巳作閉口,食神乘空,依知病在胸膈,不能飲食。且祿臨絕地,何以養生?目今子支制鬼無妨,恐來年初夏太歲生鬼可慮;況夫占妻豈宜財空,主半路斷絃續娶也。辛日亦不宜占病,因辛作亡神故也。
断語に曰く、您は是れ女眷の為めに病を占う。病象は是れ胸口膈間の舒暢ならず、飲食は喫し下る能わず。彼曰く、果たして是れ内人に病有り、究竟如何。我曰く、三伝は玄胎の象を得、四課中は又た是れ徳鬼発用、巳は「閉口」を作り、食神は空に落つ、此に拠りて病は胸膈に在り・食を進める能わざるを知る。況んや日禄の絶地に臨むをや、何に憑りて身体を将養せん。眼下に子水の鬼爻を制住する有り、還た妨げ無しと算す。只だ怕るは明年初夏太歳の来りて鬼爻を生助すれば、則ち憂慮するに値す。再び説く、丈夫の妻子の為めに占うは、何處に財爻の空に落つるに宜しからんや、中途断絃・日後続娶を主る。辛日は本より亦た病を占うに宜からず、辛は正に亡神を作るを以てなり。
占験六・劉一純の病を占う
占驗六、辛未正月戊申己未時,同鄉彭城衛幕劉一純占病,元首、潤下。(寅卯空,午未落空) 六朱 勾 酉戌亥子 蛇 玄蛇貴勾 兄 甲辰 玄 龍 申 丑 貴 辰子丑酉 子 戊申 龍 空 未 寅 后 子申酉戊 財 壬子 蛇 虎 午巳辰卯 陰 常玄
此れ是れ辛未年正月戊申日己未時の課盤。同郷の彭城衛に在りて幕僚を作す劉一純は来りて病を占う、課体は「元首」「潤下」に属し、本旬の寅卯空亡、天盤の午未は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは酉の戊に加わり・丑の酉に加わり・子の申に加わり・辰の子に加わる。三伝の初伝甲辰は是れ兄弟爻にして玄武を乗ず、中伝戊申は是れ子孫爻にして青龍を乗ず、末伝壬子は是れ財爻にして螣蛇を乗ず、申子辰は会して水局を成す、故に之を潤下課と叫ぶ。元首は是れ上克下の正課、潤下は是れ水局、病を占うに病勢下流して綿延するを主る。
斷曰:病起少陰,目今無慮,但綿纏難脫體。微獨病也,且防賊至。病起少陰者何?從魁臨干為日之敗氣,是因少陰而敗身也。病難脫體者何?傳將合成敗局,生起日之官鬼也。 占病而言賊至者何?玄武發用傳歸支上,主賊人入我內室也。
断語に曰く、此の病は是れ女子の身上より起これり、眼下憂うるを須いず、只だ是れ纏綿して身を脱し難し。而且単に是れ病のみならず、還た須く賊の来るを防ぐべし。何を以て病の少陰より起こると説くや。従魁酉の日干に臨むは、正に是れ日干の敗気、女色に因りて身体を敗壊するを見るべし。何を以て病の体を脱し難しと説くや。三伝の神将が会合して敗局を成し、反って生起して日干の官鬼と為るを以てなり。病を占うに却って賊の要らんことを説き到るは、又た是れ何處より看たる。玄武発用し、一路伝わりて日支の上に到るは、賊人の我が内室に闖入するを主る。
醫當如何?木為官鬼,火作白虎,心脾二經受症,當覓東方之醫,理肝清心,切勿健脾補肺。 何時當愈?甲戌流年方且不保,遑問愈乎?緣戊日玄墓發用,是為收魂殺。又純財生卯木,死氣剋日,故是年冬可慮乎?
医治は応に怎様に弁ずべき。木の官鬼を作り・火の白虎を作すは、是れ心・脾両経の病を受くる、当に東方の医生を尋ぬべく、肝気を調理し・心火を清むるべし、切に脾を健め肺を補うべからず。何れの時能く好らんや。甲戌流年に到りては性命すら保ち難し、還た何の痊愈を談ぜん。戊日の玄武は墓を乗じて発用す、此れを「收魂殺」と叫ぶ。又た是れ純財の往きて卯木を生じ、死気の来りて日干を克す、故に彼の一年の冬天は大いに憂慮すべし。
果後三月一賊入室,劉復來言及。餘乃以原數斷云:賊北方道路往來,陳姓年少人也。作賊無伴一人耳,然必告官方獲,玄辰乘相氣,主年少,在子為道路,辰與陳姓同音,玄陰生水,水合一數也。官鬼遙克玄武,公命上神又制盜神,必告官然後捕捉也。何日可獲?告官三日即獲。果陳忠也。
果たして三個月の後に一個の賊有りて彼の家に進入せり、劉一純又た来りて此の事を説起す。我は則ち原先の課数に照らして断じて曰く、此の賊は是れ北方の道路上より往来する、姓は陳、是れ一個の年輕人、作案する時並びに同伙無し、只だ彼一人、但だし必ず官に報じて乃ち捉えるを得。何を以てなれば、玄武の臨む所の辰は相気を乗ず、年紀の輕きを主る。辰は子位に落ち、子は是れ道路。辰と陳とは同音、故に彼の姓は陳と断ず。玄武の陰神は水を生じ、水の成数は一に合す、故に只だ一個人有りと説く。官鬼遥かに玄武を克し、劉公の本命上神又た盗神を制住す、故に必ず官に報じて然る後に乃ち捕獲すべし。何れの天に抓到するを得や。官に報ずるの後三天に則ち抓到せり。後来果たして是れ一個の陳忠と叫ぶ人なりき。
占験七・陳惟一の陳道台の病を占う
占驗七、己丑八月庚戌日壬午時,陳惟一占揚州道臺陳公祖病,伏吟、玄胎。(寅卯空,寅卯落空) 龍空 勾 巳午未申 虎 玄玄虎虎 兄 戊申 虎 六 辰 酉 常 戌戌申申 財 甲寅 蛇 朱 卯 戌 玄 戌戌申庚 官 乙巳 勾 蛇 寅丑子亥 陰 貴後
此れ是れ己丑年八月庚戌日壬午時の課盤。陳惟一は揚州道台陳公祖の為めに病を占う、課体は「伏吟」「玄胎」に属し、本旬の寅卯空亡、天盤の寅卯も亦た正に空亡の地盤の上に落つ。伏吟課は天盤と地盤と相同じ、四課は自ら右より左に至るは申の庚に加わり・申の申に加わり・戌の戌に加わり・戌の戌に加わる。三伝の初伝戊申は是れ兄弟爻にして白虎を乗ず、中伝甲寅は是れ財爻にして螣蛇を乗じて空に落つ、末伝乙巳は是れ官爻にして勾陳を乗ず、申は寅を刑し寅は巳を刑す、是れ逓相刑害して発出するの三伝。
斷:此課不利占病,丁巳日必死。蓋因祿馬(申為驛馬日祿)發用入傳,中空絕之鄉(庚絕於寅),病人見驛馬,乃神氣出遊象。課傳玄胎,主別處投胎之象。虎鬼臨處為畏期。傳既無天醫而末傳巳火剋日,故以日決之。
断語に曰く、此の一課は病を占うに宜からず、丁巳日に到りて必ず死せん。申は既に是れ日禄にして又た是れ駅馬、其れ発用して伝に入るは、中伝の寅は又た是れ空亡にして兼ねて絶地(庚金は寅に絶す)。病人課中に駅馬を見るは、正に是れ神気の体を出游して離るるの象。課伝の玄胎を作るは、別の處に到りて投胎しに往くを主る。白虎と鬼爻との臨む所の處は、則ち是れ畏るべきの応期。三伝の中既に天医無く、末伝の巳火又た来りて日干を克す、故に則ち此の日子を用いて死期を決断す。
占験八・程孝延の鄭姓の為めに病を占う
占驗八、己丑八月乙未日辛巳時徽友程孝延為同鄉鄭姓占病,蒿矢、連茹。(辰巳空,巳午落空) 虎常 空 午未申酉 玄 玄常空龍 鬼 丁酉 玄 龍 巳 戌 陰 酉申午巳 財 戊戌 陰 勾 辰 亥 后 申未巳乙 父 己亥 后 六 卯寅丑子 貴 朱蛇
此れ是れ己丑年八月乙未日辛巳時の課盤。徽州の友人程孝延は同郷の鄭某の為めに病を占う、課体は「蒿矢」「連茹」に属し、本旬の辰巳空亡、天盤の巳午は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは巳の乙に加わり・午の巳に加わり・申の未に加わり・酉の申に加わる。三伝の初伝丁酉は是れ官鬼にして玄武を乗ず、中伝戊戌は是れ財爻にして太陰を乗ず、末伝己亥は是れ父爻にして天后を乗ず、酉戌亥は順次相連なり、故に之を連茹課と叫ぶ。蒿矢は遥克虚浮を主り、連茹は則ち三伝の一位一位を接ぎて断えず、病を占うに最も纏綿して脱し難きを主る。
占病不治,且臨於床,八九月之會是其死期乎?蓋干支互乘絕氣(支上申為干乙絕氣,干上巳為支未絕氣,由此知公獻用五行長生,且以土長生於申也),課傳革故從新,且二馬臨身宅,乘青龍太常,謂之孝服紙錢也。病人見驛馬又非所宜,故不起矣。又身加卯上為床為棺,故臥床也。二陰一陽,中傳戌加酉位,是八九交會之時。果交九月節日死矣。
断語に曰く、此の病は治好する能わず、人已に床の上に臥せり、八月九月交接の際は則ち彼の死期ならん。日干日支の互相絶気を乗ずるを以てなり。日支上の申は是れ日干乙木の絶地、日干上の巳は是れ日支未土の絶地、此に由りて陳公献の用うる所は是れ五行長生の法、并且土の長生を申に定むるを知るべし。課伝又た革故従新を主る。両重の駅馬の人身と宅第の上に臨み、青龍・太常を乗ずるは、此れ則ち孝服と紙銭と叫ぶ。病人課中に駅馬を見るは本より相宜ならず、故に再び起き上がる能わず。人身又た卯上に加わるは、卯は是れ床にして亦た是れ棺、故に臥床して起きず。課体二陰一陽、中伝戌の酉位に加わるは、正に是れ八九の月交会の時。後来果たして一たび九月の節令に交れば則ち死せり。
増補課例・王国春老師の病を占う
增補課例: 己卯四月壬申日酉將亥時聽說王國春老師有病住院,問吉凶如何。 貴后陰玄 卯辰巳午 蛇 寅 未 常 后玄常空 財 午 玄 朱 丑 申 虎 辰午未酉 鬼 辰 后 子亥戌酉 午申酉壬 子 寅 蛇 六勾龍空
以下は是れ今人の増補する課例。己卯年四月壬申日・酉将亥時、王国春老師の生病して院に入るを聴聞し、吉凶如何を問う。四課は自ら右より左に至るは酉の壬に加わり・未の酉に加わり・午の申に加わり・辰の午に加わる。三伝の初伝午は是れ財爻にして玄武を乗ず、中伝辰は是れ官鬼にして天后を乗ず、末伝寅は是れ子孫爻にして螣蛇を乗ず、午・辰・寅は逆退して相間す、退間の伝に属す。壬申日は本旬空は戌亥に在り、日支上下又た互相脱気し、加うるに課体の顧祖退間・歩歩後退するを以て、病を占うに最も見るを喜ばず。
斷:《大六壬立成大全鈐》云:宅敗人衰,各乘破替。中墓末脫酉乘閉口,又被午克,斷然不利。課體顧祖退間,不吉之象。日空而辰落空,皆不吉,白虎乘金神主病在肝膽,中傳日墓,陽看墓,陰看絕,辰臨午,午年月日是其大限乎? 驗:王老師於己卯年午月戊辰日下午未時去世。
断語に曰く、『大六壬立成大全鈐』の講ずる「宅敗人衰、各乗破替」は、正に此の課に合す。中伝の墓に入り・末伝の脱せらるるは、酉上又た閉口を乗じ、還た午火に克せらる、断然利あらず。課体は是れ顧祖退間、本より不吉の象に属す。日干の空に落ち・日支も亦た空地に落つるは、皆な吉利ならず。白虎の金神を乗ずるは、病は肝胆に在るを主る。中伝は是れ日干の墓、陽日は墓を看・陰日は絶を看る、辰の午上に臨むは、午の年・月・日は只だ怕る彼の大限ならん。験証、王老師は果たして己卯年午月戊辰日の下午未時に去世せり。
出行章第十
出行先看天干蹤(即天上日干所臨處也),務求地道五成逢(天干臨地盤生旺德合相也)。中末兩儀玩其意,七戰當須斷是凶(謂刑沖剋害空墓絕)。 中末逢空初不空,行人半路欲回程。初中空陷末傳助,在此艱難在彼豐。 更忌驛馬居天中,勸君不必似萍蹤。若逢臺土(月建)及關隔(天罡加四仲),道路四塞何時通。
出行を占うは、先ず天干の蹤跡を看る、則ち天盤上の日干の臨む所の彼の一宮。務めて其れ地盤の上に於いて生・旺・徳・合・相の此の五种の好處に遇着せしむべし。中伝・末伝の両處も亦た須く其らの意思を玩味すべし。若し刑・冲・克・害・空・墓・絶の此の七様の交戦を見れば、則ち当に凶と断ずべし。中伝・末伝の空に落ちて初伝空ならざるは、行人は半路に走り到りて便ち回頭せんと想う。初伝・中伝空陥して末伝生扶を得るは、則ち是れ此處艱難・彼處豊足。更に駅馬の天空の地に落つるを忌む、彼れは則ち汝に浮萍の如く四處漂泊するを須いずと勧む。若し月建の土に遇上し、或いは天罡の子午卯酉四仲に加わりて関隔を成せば、道路は四面堵塞し、何れの時に乃ち通ずるを得んや。
逼迫令人難進退,干前之神測何因。狐假虎威休妄動,若逢強動有憂辛。 遠行誰不渡江河,發用支干要合和。干逢生旺宜行陸,支上無傷聽棹歌。 河井相加不可往,卯辰覆立死不爽。太歲遭虛(子中有虛宿)宜避之,登明加季須放槳。
「逼迫」の課を占得するは、人は進退両難、須く日干前の一位の神の上に於いて縁由を測出すべし。「狐仮虎威」の象は妄りに動くべからず、若し硬く強行して動身すれば、則ち憂愁辛苦有らん。遠行の人は誰か能く江河を渡らざらん。発用の神と日干日支とは須く相合和睦を要す。日干の生旺に逢うは、陸路を走るに宜し。日支上に傷克無ければ、則ち以て船歌を聴きて水路を走るべし。河神と井神と相加するは、前往すべからず。卯と辰と覆圧相立するは、死を主り、屡験して爽わらず。太歳の虚宿に遭遇するは(子中に虚宿有り)、回避するに宜し。登明亥の辰戌丑未四季の上に加わるは、正好く棹を放ちて船を行かすべし。
干乘玄劫克命年,陸路提防盜賊連。白虎臨干克命年,斷然抱病客中眠。 年命加支三與六,吾愛吾廬樂潛伏。驛馬居夜靜中看,必俟天明方駕椱。 滅沒(謂四季旺方也)飛符去不宜,長生日德遇合奇。方神最忌年相剋,丑酉未寅(丑加酉未加寅主有風雨)一探之。
日干上に玄武・劫煞を乗じて行年本命を克傷するは、陸路を走るに連連に盗賊を提備せんと要す。白虎の日干に臨みて又た年命を克するは、断じて須く客途に於いて臥病せんと要す。行年本命の日支に加わりて三合・六合を成すは、彼れは則ち自家の屋廬を安享し、深居して出でざるを楽しむ。駅馬の夜間静處に落つるは、必ず天明を待つて乃ち車を駕して啓程すべし。「滅没」(辰戌丑未四季旺方を指す)と「飛符」と当値するは、出行宜しからず。長生・日徳と合神とに遇うは、乃ち奇妙と算す。臨む所の方の神は、最も行年と相克するを忌む。丑の酉に加わり・未の寅に加わるの此の両様は、路上に風雨有るを主り、亦た須く一并に探明すべし。
干乘凶將支上吉,急往他鄉應有益。支見惡煞干上無,若安本分憂疑釋。 斗繫日本利家棲,天網張時急避宜。庶人占得大吉課,出門有益在家危。 初傳旺相末傳否,前去行藏嘆不偶。初傳囚死末傳旺,彼處機緣真個有。
日干上に凶将を乗じて日支上は是れ吉将なるは、急ぎて外郷に往くは反って益有り。日支上に悪煞を見て日干上に無ければ、彼れは則ち本分を安守し、憂疑自然に消解せん。斗柄の日の本命に系るは、家に在りて安居するに利し。天網の張開するの時は、宜しく急ぎて躲避すべし。平民百姓の「大吉課」を占得するは、門を出るに益有り、家に留まるは反って危険なり。初伝旺相にして末伝旺ならざれば、此の往く所行止遇わず、只だ嘆息する有り。初伝囚死にして末伝旺相なれば、彼の邊は確実に真に機縁有り。
未丁馬加季奔走,傳陰傳陽兩法推(謂二陰包陽、二陽包陰)。傳陽宜動傳陰靜,須求數理不須猜。 (似是遊子課之傳陰傳陰。) 喪亡道路死絕臨,羈絆旅程財墓見。善惡課體細推詳,神煞乘之吉凶驗。
未神・丁神と駅馬との辰戌丑未四季の上に加わるは、奔走して停まらざるを主る。三伝は還た須く「伝陰」「伝陽」の両法を分かちて推求すべし。則ち是れ両陰の一陽を夹み・両陽の一陰を夹む。伝陽は動身するに宜しく、伝陰は安静に宜し、此れは須く数理の上より求め、空に凭りて猜測すべからず(看るに指す所は則ち游子課の伝陰伝陽)。喪門・亡神の道路の神に臨みて而も死絶に逢うは、旅程必ず羈絆を受く。財爻の墓に入るを見るも、亦た是れ同様。課体の善悪は須く細細に推詳し、再び乗ずる所の神煞を看れば、吉凶自然に応験せん。
旺祿出門羅網加,墓空登路霧雲遮。虎蛇作鬼凶重至,貴德登門吉事誇。 補談:日祿歸支,日課歸支,自干傳支,皆在家不能行之象,即驛馬發用,亦不能行。但日祿、日課歸支而受支克,自支傳干,必是逼迫而行。 又:課得鑄印,亦是出行之象。只是不要破模。
旺相の禄神は本より門を出るべきも、偏偏として又た天羅地網を加う。墓神と空亡と路に当たるは、登程するに雲霧の眼を遮るに比す。白虎・螣蛇の鬼爻を作すは、凶険重重として至る。貴人・徳神の門に登るは、吉事則ち称道するに値す。幾句を補充して談ず。日禄の日支に帰し・日課の日支に帰し・日干より日支に伝わるは、皆な是れ家に留まりて走り成らざるの象、便ち駅馬発用すとも、一様に出で去る能わず。但だし若し日禄・日課の支に帰して而も反って日支に克せらる、或いは日支より日干に向かい伝われば、彼れは則ち一定に是れ逼迫せられて路に上る。另外、鋳印課を占得するも亦た是れ出行の象、只だ是れ印模を弄破する勿れ。
占験一・徐盟鹿の眷を携えて遠行す
占驗一、庚寅五月庚申日丁丑時,徐盟鹿占得此課問遠行,攜有妻子同往,看吉凶,八專、絕嗣。 貴后 蛇 子丑寅卯 陰 六陰六陰 父戌六 朱 亥 辰 玄 戌卯戌卯 官巳常 六 戌 巳 常 卯申卯庚 子子蛇 勾 酉申未午 虎 青空
此れ是れ庚寅年五月庚申日丁丑時の課盤。徐盟鹿は此の課を占得し、遠行の吉凶を問う、彼は妻子を帯びて同じく往く、課体は「八專」「絶嗣」に属す。四課は自ら右より左に至るは卯の庚に加わり・戌の卯に加わり・卯の申に加わり・戌の卯に加わる。三伝の初伝戌は是れ父爻にして六合を乗ず、中伝巳は是れ官爻にして太常を乗ず、末伝子は是れ子孫爻にして螣蛇を乗ず、子は正に是れ庚金の死地にして而も空亡に落つ。
斷:男女遠行俱不得意,中途被劫,死於他鄉,有沉溺破舟之虞。蓋因男干女支行入空墓之地,中傳劫煞旬丁刑剋支干,末傳日死加巳,是陽生臨陽絕,合為死字。且壬戌加卯發用,是河井相加,卯受干克,主車船破壞,其禍必矣。近江西百餘里,男女五人被盜而死。
断語に曰く、夫妻二人の遠行は皆な称心する能わず、中途に於いて搶劫に遭い、異郷に死し、還た翻船溺水の虞有り。男は日干を看・女は日支を看るを以て、両者皆な空亡と墓地とに行入す。中伝は劫煞と本旬の丁神とを帯び、日干日支を刑克す。末伝は是れ日干の死神にして巳上に加わり、陽生は陽絶に臨着し、一個の「死」の字を合成す。再び言う、壬戌の卯上に加わりて発用するは、正に是れ河と井との相加、卯又た日干に克せらるるを受く、車船破損を主り、此の禍事は是れ躲け去る能わず。後来彼らは江西より離るる一百余里の地方に走り到り、一行の五個の男女皆な強盗に殺害せらる。
増補占例一・次日門を出るを占う
增補課例: 占例一、己卯年酉月辰將辛卯日酉時,占次日出門如何。 朱蛇貴后 子丑寅卯 玄勾朱玄 父 戌 勾 六 亥 辰 陰 巳戌子巳 鬼 巳 玄 勾 戌 巳 玄 戌卯巳辛 子 子 朱 酉申未午 龍空虎常 斷曰:馬星臨干克干,不得自由,加支克支為之贅婿,亦身不由己。初傳生日乘勾,有人來找,陰神官星乘玄,必難為於我,末傳見子孫朱雀,要多說些好話。總斷是出不了門,要在家裡等待。 驗:次日大隊支書讓去算提留款數目,幾次返工,二人略有口舌,門未出成。
以下は是れ今人の増補する課例。己卯年酉月・辰将、辛卯日酉時、第二天門を出る如何を占う。四課は自ら右より左に至るは巳の辛に加わり・子の巳に加わり・戌の卯に加わり・巳の戌に加わる。三伝の初伝戌は是れ父爻にして勾陳を乗ず、中伝巳は是れ官鬼にして玄武を乗ず、末伝子は是れ子孫爻にして朱雀を乗ず。断語に曰く、駅馬の日干に臨みて却って日干を克するは、人身自由を得ず。其れ日支に加わりて又た往きて支を克するは、入贅の女婿の如く、同じく身は己に由らず。初伝の日干を生じて勾陳を乗ずるは、人有りて我を找し来るを主る。其の陰神は是れ官星にして玄武を乗ず、彼の人必ず我を為難せんと要す。末伝に子孫爻の朱雀を乗ずるを見るは、須く多く几句の好話を説くべし。総の断語は是れ門の出ずること成らず、只だ能く家の裡に在りて等るのみ。験証、第二天大隊支書は彼を叫びて提留款の数目を核算せしめ、来り回りて返工する好き几次、両人還た一点の口角を起こせり、門果たして出で成らざりき。
増補占例二・戊子日に次日の行止を占う
己卯年酉月巳將戊子日子時,占次日如何。 六勾龍空 戌亥子丑 朱 酉 寅 虎 六陰常六 父 巳 陰 蛇 申 卯 常 戌巳卯戌 比 戌 六 未午巳辰 巳子戌戊 官 卯 常 貴后陰玄 斷:日課臨支而克支,又被支克其祿,又父爻太陰發用,雖空但為月將,主有婦人因公府中事找我。要坐車了去,且要去好幾個地方。 驗:身體不適,不想出門,但濰坊一老總之妻來,接去為之策劃升官事,又有幾個局長相請,轉了幾個地方,方始回來。 後記:身體不適未曾看出,後始悟,乃地網覆日,且陰不備,陰陽不調節之兆也。坐車者,鑄印乘軒也。轉好幾個地方,課得迴環也。
己卯年酉月・巳将、戊子日子時、第二天の行止を占う。四課は自ら右より左に至るは戌の戊に加わり・卯の戌に加わり・巳の子に加わり・戌の巳に加わる。三伝の初伝巳は是れ父爻にして太陰を乗ず、中伝戌は是れ比肩爻にして六合を乗ず、末伝卯は是れ官爻にして太常を乗ず。断語に曰く、日上の課の日支に臨みて又た往きて其れを克するは、日干の禄神反って日支に克せらる。父爻の太陰を乗じて発用するは、雖も空に落つるも却って正に是れ当月の月将、婦人有りて官府裡の事を為すに因りて我を找し来るを主り、還た須く車に坐りて前往し、而且須く好き几個の地方を跑るべし。験証、彼の天身体舒服ならず、本より門を出ざらんと想いしも、可も濰坊の一位の老総の妻子来りて、彼を接して往きて人の為めに升官の事を籌画せしめ、又た几位の局長相請し、幾個の地方を転じて乃ち回り来れり。事後追記す、身体不適の此の一点は当時看出さざりき、後来乃ち領悟す、彼れ是れ地網の日干を覆圧し・又た陰不備に逢う、陰陽調和せざるの征兆なり。車に坐るを要するは、是れ鋳印乗軒の象。幾個の地方を転ずるは、是れ課の回環を得るの象。
行人章第十一
行人占法實多門,學者還當仔細論。二馬命年入傳課,歸期有法後詩存。 傳逆貴逆日用前,白虎催程返故園。更求末足即末傳抵辰日,干支互臨又何延。 支上傳干人固來,干傳支上亦同測。干若克支離彼方,反此卜歸歸未得。
行人を占うの方法は実に甚だ多し、学者は当に仔細に論断すべし。駅馬・天馬の両馬と本命・行年との課伝に入るは、帰期自ら法則有り、皆な後面の歌訣の裡に存す。三伝逆行し・貴人逆布して発用は日干の前に在り、加うるに白虎の後に於いて催程するを以て、行人便ち故郷に回らんと要す。還た須く末伝の是れ足数なるか否かを看るべし、則ち是れ末伝の日支に抵到するの彼の一天。日干日支の互相加臨するは、帰期又た何處に拖延すること有らんや。日支上神の日干に伝わるは、人は固より来らんと要す。日干の日支上に伝わるは、亦た同じ道理に照らして測算す。日干若し日支を克せば、是れ行人正に彼の地方を離れんと欲す。若し帰期を占いて而も反って此の象を成せば、人は帰り成らず。
剛日伏吟丁馬見,立刻遊人到草堂。柔日丁馬逢刑戰,關河雖遠亦還鄉。 初傳若是逢空陷,有阻還當逐類推。末遇天中鄰近滯,仍詳神將為何遲。 中傳空亡途路阻,詳察何神知為誰。返吟四絕人必至(剛日為四絕體,柔日不是),雖見天中亦不羈。
陽日に伏吟を占得して丁神・駅馬を見るは、門を出る人は立刻に草堂に到らん。陰日に丁神・駅馬を見て而も又た刑冲交戦に逢うは、関山江河雖も遠しと雖も、彼も亦た郷に還らんと要す。初伝若し空陥に落ちば、途中有阻、還た須く類に按じて推尋すべし。末伝の天空に遇上するは、是れ近處に於いて耽擱し、仍ほ須く乗ずる所の神将を詳審し、看て是れ何を為めに遅延するかを知るべし。中伝空亡は、是れ道路上に於いて受阻す、彼れ是れ何の神なるかを詳察すれば、則ち誰に絆せらるるかを知る。返吟して四絶の体を成すは、人必定到來す(陽日のみ乃ち四絶の体と算し、陰日は是れに非ず)、縱令天空を見るとも、亦た彼を羈絆して住ましむる能わず。
四季玄臨法最奇,六三合用地盤宜(以用神合處斷來期,近用六合,遠用三合)。玄神乘季傳末入,更在支辰下位知(斷來期)。 正時天乙入支干,湖海行人會不難。久出不知蹤跡處,游年分野細推看(以行人天上行年所加之分野測之)。 天干(原文作“吐”,當是干之誤)行年遇陷空,遊人染患客幃中。行年加孟他鄉吉,加仲為災臨季凶。
玄武の辰戌丑未四季の上に臨むは、此の一法最も奇妙なり。来期を断ずるに須く六合と三合とを用い、其れ地盤の何處に落つるかを看て乃ち合宜なり。用神の相合する處を以て帰期を断ず、近期は六合を用い、遠期は三合を用う。玄武の四季の神を乗じて末伝又た其の中に入るは、更に須く日支の下位に到りて推知して来期を得べし。占時の神と貴人と一同に日干日支に進入すれば、彼れ遠く湖海に在る行人も、相会する亦た難しとせず。若し久しく外に出でて蹤跡を知らざれば、則ち行年の加わる所の分野を細看すべし。行人天盤上の行年の臨む所の分野を用いて去りて測算す。日干と行年と空陥に遇上するは、門を出る人は正に客舎の中に於いて病に染む。行年の寅申巳亥四孟に加わるは、他郷に在りて尚お吉。子午卯酉四仲に加わるは、災有るを主る。辰戌丑未四季に臨むは、則ち凶なり。
年居生旺比和喜,刑剋墓絕悲哀擬。吉凶好向課傳看,此法從來為正理。 遙遙年命離支辰,地角天涯幾度春。巳亥若臨歸日近,無期因是在寅申(巳亥乃門戶之間,巳近於辰地網,亥居於亥天門,皆歸象。寅申乃道路之神也)。 不識行年何以分,又當辰上致殷勤。相生旺相俱為吉,惡煞刑沖作晦雲。
行年の生地・旺地に落ちて日と相比和するは、是れ可喜の象。刑・克・墓・絶の處に落つるは、則ち須く悲哀と擬作すべし。吉凶は最も好く課伝の上より看る、此の法則は従来則ち是れ正理。行年本命の遠く日支を離るるは、彼れ是れ人は天涯地角、已に好き几個の春天を過ぐり。巳・亥若し其の上に臨まば、帰期則ち近し。毫も帰期無きは、是れ寅・申に落つるに因る。巳と亥とは門戸の間に在り、巳は辰の地網に近く、亥は則ち天門に居り、皆な是れ回帰の象。寅と申と則ち是れ道路の神。若し行年を怎様に分辨するかを知らざれば、彼れは則ち日支上に到りて殷勤に尋求すべし。相生・旺相は皆な吉と為り、悪煞刑冲に遇上すれば、便ち陰雲の日を蔽うが如し。
日與年神生合吉,日上年神刑害凶。支水干陸宜乘吉,玄劫並河禍事重。 年臨三四來期速,日之二課到時遲(日為外辰為內,行人行年居辰二課,是已進宅矣,故主速)。書信幾番人未至,支前四位上神知。 孟遲仲中罡季速,用神墓絕日歸來(陽日墓所臨之下來,陰日絕所臨之下來)。游神加孟歸期遠,仲在途間季速回。
日干と行年の神と相生相合するは吉と為り、日上の神と行年と刑害するは凶と為る。日支は水路を主り・日干は陸路を主る、皆な宜しく吉将を乗ずべし。若し玄武・劫煞再び河神を并せば、禍事則ち重し。行年の第三課・第四課に臨むは、来期快し(日は是れ外・辰は是れ内、行人の行年の日支の此の両課に落つるは、是れ已に門に進み入る、故に快を主る)。日干の頭の両課に落つるは、到ること則ち遅し。書信は几回も来れど人而だ未到せば、須く日支前の第四位の上神を看て乃ち明白なり。行年の四孟に加わるは遅を主り、四仲に加わるは中に居り、天罡の四季に加わるは則ち快し。用神の所在する墓・絶の日は則ち是れ帰来の期。陽日は墓の臨む所の下を看、陰日は絶の臨む所の下を看る。游神の四孟に加わるは、帰期尚お遠し。四仲に在れば、人は還た途中に在り。四季に在れば、甚だ快く回らん。
所占若入課傳中,逐其類兮天盤探。將神之司各有門,子父財官須一勘。 發用前於本日支,便觀天上日臨時。若還發用居他處,旅次盤桓未動移。 三千里外卜將軍,千里須令看歲支。五百之遙看月建,百里干臨五十時。
占う所の人事若し已に課伝の中に進入せば、則ち其の類別に按じて天盤上に到りて探尋すべし。各位の天将各々司る所の門類有り、子孫・父母・妻財・官鬼は皆な須く一一に勘験すべし。発用の神若し本日日支の前に在れば、則ち天盤上の日干の臨む所の時辰を看る。発用若し別處に落ちば、彼の人は還た旅舎に於いて盤桓し、並びに動身せず。三千里の外の将軍を占うは、須く太歳を看るべし。千里之外は歳支を看、五百里之遥は月建を看、百里之内は日干の臨む所を看、五十里之内は占時を看る。
須度門限與二至,不度何須望遙徵。更逢遊戲二馬到,生日之神定何程。 傳墓入墓不須疑,征途攬轡歸心迫。間進間退兩課名,他鄉阻隔分明白。 末傳與支會日干,三會歸時早晚間。魁罡二將乘二馬,雖不入傳回故山。
行人は須く門限と冬夏二至とを越過するを得、越過する能わざれば、則ち彼の遠行帰来を指望するを須いず。若し再び游神と駅馬・天馬の両馬と同じく到るに遇えば、則ち生日の神を用いて彼の路程を定む。三伝の墓に入り・用神の墓に入るは、遅疑するを須いず、彼れ是れ征途上に於いて馬を勒して回頭し・帰心急切なり。「間進」「間退」の此の両種の課体は、明明白るく是れ他郷に於いて阻隔を受けたり。末伝と日支と会合して日干と三合会局を成すは、帰期則ち早晚の間に在り。河魁・天罡の二将若し駅馬・天馬を乗ずれば、縱令三伝に入らずとも、人も亦た故郷に回らんと要す。
天罡加在日辰前,千里迢迢必著鞭。若要居在日辰後,縱然咫尺不思旋。 卯酉為隔子午關,魁罡加處事多艱。津樑風雨時時阻,中路行人未得還。(魁罡臨卯子為天關,為天時而隔;臨酉午為地格,為地利而隔。)
天罡辰の日辰の前に加わるは、縱令千里之遥有りとも、行人も亦た必定鞭を揚げて路を趕らん。若し其れ日辰の後に落ちば、縱令咫尺の近きに在りとも、彼も亦た回り来らんと想わず。卯と酉とは是れ隔、子と午とは是れ関、河魁・天罡の此の几處に加臨するは、事便ち多く艱難なり。渡口橋梁時時に風雨に阻断せられ、行人は半路上に於いて回り来る能わず。河魁天罡の卯に臨み・子に臨むを「天関」と叫ぶ、是れ天時に隔てらるるを受く。酉に臨み・午に臨むを「地格」と叫ぶ、是れ地利に隔てらるるを受く。
朱雀天雞及信神,課傳乘馬信音頻(白虎生日亦主有信或電話)。三神若或逢空陷,魚雁寥寥尺素淪。 剋日生合書必來(克我生我皆他干預於我,我生我克皆我干預於他。《金口》所云“上克下,外人徵用自己;下克上,自己徵用他人”,正與此相表裡。),干克用神書不寄。天日臨時有便鴻,逐類求之職何事。
朱雀・天鶏と信神との此の三位、若し課伝中に於いて駅馬を乗ずれば、音信便ち頻頻として来る(白虎の日干を生ずるは、亦た書信或いは音訊有るを主る)。此の三神若し空陥に逢えば、魚雁稀少にして、一紙の書札も亦た沈没して見えず。用神の日干を克し・或いは日干と生合するは、書信必ず到る。我を克し我を生ずるは皆な是れ彼の来りて我に干渉し、我が生じ我が克するは皆な是れ我が往きて彼に干渉す、『金口訣』の謂う所の「上克下、外人徴用自己、下克上、自己徴用他人」は、正に此れと互に表裏と為る。日干反って往きて用神を克するは、信は則ち寄せ来る能わず。天盤日干の占時に臨むは、便ち順路の鴻雁の信を捎す有らん。再び類に按じて推求すれば、則ち為す所は何事なるかを知らん。
循環周遍兩課名,旦夕遊人抵家下。初克末兮人已還,末克初兮車未駕。 傳將若合三六中,眷戀他鄉資斧豐。支干上逢羅網罩,淹留客舍嘆漂蓬。 遊子斬關退作傳,丁馬再動歸舊處。游煞丁馬行不停,退則來兮進則去。(順則遊,逆則歸,自然之理也。)
「循環」「周遍」の此の両種の課体は、門を出る人の早晚便ち家に抵到せんとするを主る。初伝の末伝を克するは、人已に回り来れり。末伝の初伝を克するは、彼は連れ車すら還た套上げず。三伝の神将若し三合・六合の中に合入すれば、彼れ是れ他郷を眷恋し・盤纏豊足なり。日干日支上に天羅地網の籠罩するに遇着するは、人は則ち客舎に滞留し、空しく蓬の如く漂泊するを嘆ず。游子課は斬関退行を以て三伝と作り、再び丁神・駅馬の発動を見れば、便ち原處に回らんと要す。游煞と丁馬とは行走して停まらざるを主る。退行は来を主り、進行は去を主る。順行は則ち是れ継続して游荡し、逆行は則ち是れ回帰す、此れ是れ自然の理。
更詳年月節旬候,日辰正時鱗次透(年發用主年內之類)。應期再向此中求,諸法精奇無注漏。 增補:若問行人來與否,先從課體看奇偶。生日為至克亦來,日生日克空心有。(我克他生他,都是我想他來也。)連茹鱗次有人至,空亡信息賴電傳。(連茹必連續有人到也。)
還た須く年・月・節令・旬中の日候、及び日辰と正時と依次に透出するの層級を詳察すべし。譬えば太歳発用するは、事は則ち本年之内に応ず。応期は再び此の裡頭より往きて求むべし、各种の法門精妙奇特にして、遺漏無し。今人の増補して曰く、若し行人の来るか来らざるかを問わば、先ず課体より奇偶を看る。用神の日干を生ずるは必至と為り、日干を克するも亦た来らん。日干の往きて其れを生じ・日干の往きて其れを克するは、只だ是れ自己空しく一場を盼ずのみ。我が往きて彼を克し・我が往きて彼を生ずるは、皆な不過是れ我が彼の来らんことを想うのみ。三伝の連茹鱗次相接するは、接連して人到る有るを主る。空亡に逢着すれば、音信は則ち只だ能く電話伝逓に靠るのみ。連茹は必ず是れ接連して人の来到する有り。
占験一・劉漢式公祖の占う
占驗一、乙酉七月庚子日甲申時,揚州兵鹽道諱漢式劉公祖占,不言某事,涉害、顧祖。(辰巳空,寅卯落空) 六勾 朱 卯辰巳午 龍 白玄六龍 鬼 甲午 龍 蛇 寅 未 空 申戌辰午 父 甲辰 六 貴 丑 申 虎 戌子午庚 財 壬寅 蛇 后 子亥戌酉 常 陰玄
此れ是れ乙酉年七月庚子日甲申時の課盤。揚州兵鹽道劉漢式公祖は来りて占う、却って占う所は何事なるかを説かず、課体は「渉害」「顧祖」に属し、本旬の辰巳空亡、天盤の寅卯は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは午の庚に加わり・辰の午に加わり・戌の子に加わり・申の戌に加わる。三伝の初伝甲午は是れ官鬼にして青龍を乗ず、中伝甲辰は是れ父爻にして六合を乗じて空に落つ、末伝壬寅は是れ財爻にして螣蛇を乗ず。渉害課は渉害の深き一神を取りて発用し、顧祖は則ち末伝の初伝の祖を回顧す、両者皆な事の回顧牽絆・始め有りて終り難きを主る。
斷;勝光同天馬,來意問行人,過月望赤龍,眷屬到門庭。曰:然。蓋因中末空亡,是以月內不來,過月驛馬臨辰,故應丙辰日。 曰:此課占功名能復舊缺否?余曰:顧祖中末空,有初必無終。龍化為蛇例,請告始得榮。蓋因初龍末蛇,止於兵憲,龍神克下,上官不足,復任月餘,被劾逮問。 詳此課,占官之事分為二段:月將龍神作官星發用,官職必遷之象,以月將為當時之主宰也。此官不為長久,以課得顧祖且中末空亡也。此過程之法甚是精妙,宜詳思之。
断語に曰く、勝光午は天馬と同じくし、来意は是れ行人を問う。此の月の望日を過ぎて、眷属則ち門庭に到らん。劉公曰く、正に是れ。此れ中伝・末伝皆な空亡に落つるを以て、故に月内は来る能わず。月を過ぎて、駅馬の辰上に臨むを以て、因りて丙辰日に応ず。劉公又た問う、此の一課功名を占うに、能く我が旧職を復すや否や。我曰く、顧祖の課にして中末空に落つるは、開頭有りて必ず結局無し。此れ是れ青龍の螣蛇に化するの例子、只だ假を請い官を辞して乃ち栄名を保住するを得。初伝の青龍を乗じ・末伝の螣蛇を乗ずるを以て、官位は只だ兵憲に止まる。青龍又た下神を克するは、上司の支持足らず。後来彼は復任して一個余月、則ち弾劾を被りて逮問せらる。細看此の一課、官の事を占うに分かちて両段と作りて断ず。月将は青龍を帯びて官星を作りて発用するは、是れ官職必ず昇遷を得るの象、月将は是れ当時の主宰を以てなり。但だし此の官は長久するを作る能わず、課体は是れ顧祖にして中末又た空なるを以てなり。此の種の分段推断の方法は甚だ精妙なり、当に仔細に体会すべし。
占験二・倪子玄の女の京に到るを占う
占驗二、戊辰十一月壬戌乙巳時,餘在上京,江都倪子玄占女何日到京,路途平安否,元首、玄胎。(子丑空,酉戌落空) 朱蛇 六 寅卯辰巳 貴 蛇陰貴玄 財 丁巳 貴 勾 丑 午 后 辰未巳申 子 甲寅 六 龍 子 未 陰 未戌申壬 比 癸亥 空 空 亥戌酉申 玄 虎常
此れ是れ戊辰年十一月壬戌日乙巳時の課盤。我は当時京城に在り、江都人倪子玄は来りて彼の女儿の何れの一天京に到るか・路上是れ平安なるか否かを占う、課体は「元首」「玄胎」に属し、本旬の子丑空亡、天盤の酉戌は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは申の壬に加わり・巳の申に加わり・未の戌に加わり・辰の未に加わる。三伝の初伝丁巳は是れ財爻にして貴人を乗ず、中伝甲寅は是れ子孫爻にして六合を乗ず、末伝癸亥は是れ比肩爻にして天空を乗ず。元首は是れ上克下の正体、玄胎は事の暗中に於いて成形するを主り、行人を占うに正に途中別に変故有るに合す。
斷曰:行人已抵燕界,丙寅日方到,但途過馬賊劫奪。蓋二馬見於課傳,末足臨寅,乃幽燕之分,二陰夾陽,中傳見寅,故主寅日到。玄武驛馬臨干,遙克庚午命神,主大路有馬賊劫奪之應。果寅日到平子門外,雪中遇雪賊,劫銀四十兩。
断語に曰く、行人已に燕地の地界に到り、須く丙寅日に到りて乃ち京に進まん、只だ是れ路上に於いて馬賊の搶劫に遇わん。駅馬・天馬の両馬皆な課伝に於いて見ゆるを以て、末伝足数にして寅に臨み、寅は正に是れ幽燕の分野。課体両陰は一陽を夹み、中伝又た寅を見る、故に寅日に到ると断ず。玄武は駅馬を帯びて日干に臨み、遥かに彼女の庚午本命の神を克す、正に大路上に馬賊の劫奪有るに応ず。後来果たして寅日に平子門外に到り、雪地の裡に於いて盗賊に遇上し、四十両の銀子を劫去せらる。
占験三・李梅公の行人を占う
占驗三、庚寅七月丁丑午將巳時,江西吉水少司馬李梅公先生住揚時占行人,重審、連茹。(申酉空,酉戌落空) 勾六 龍 午未申酉 朱 常玄朱六 財 甲申六 空 巳 戌 蛇 卯寅酉申 財 乙酉朱 虎 辰 亥 貴 寅丑申丁 子 甲戌蛇 常 卯寅丑子 后 玄陰
此れ是れ庚寅年七月丁丑日・午将巳時の課盤。江西吉水の少司馬李梅公先生は揚州に寓居する時行人を占う、課体は「重審」「連茹」に属し、本旬の申酉空亡、天盤の酉戌は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは申の丁に加わり・酉の申に加わり・寅の丑に加わり・卯の寅に加わる。三伝の初伝甲申は是れ財爻にして六合を乗ず、中伝乙酉は是れ財爻にして朱雀を乗ず、此の両伝皆な空亡に落ち、末伝甲戌は是れ子孫爻にして螣蛇を乗ず。重審は是れ下の上を賊して発用し、連茹の三伝相連なりて断えず、行人を占うに一程一程を接ぐるを主り、来ること遅緩なり。
行人尚未起程,九月節後子丑日方能到揚州。曰:何以遲來?蓋因連茹逢空,玄武劫殺入辰之陰陽,主當地及交界兵戈盜賊擾害,宅中眷屬退避山水之間,遲來必矣。果九月郎同親家劉左車臨揚。
断語に曰く、行人還た起程せず、須く九月の節令の後・子日丑日に逢りて乃ち揚州に到るを得。李公問う、何を以て来ること此の様に遅きや。答えて曰く、連茹の伝は偏偏として空に逢い、玄武又た劫煞を帯びて日支の陰神陽神に進入す、当地及び交界の處に兵戈盗賊の扰害有るを主り、家中の眷属は只だ好く山水の間に躲避するのみ、来ること遅きは是れ必然なり。後来果たして九月の裡、彼の児子は親家の劉左車と同じく一起に揚州に到れり。
