Libo

行人遠回章第九十五

明 · 张世宝 · 第13巻 / 17

作盤ガイド: 六爻納甲の立卦, 大衍筮法

(以用爻為主,月卦為憑。)世克用爻人未至,用爻克世許他歸。須問占者何人,詳為用爻。若世克用爻,行人尚是逗留,未有歸期。用爻克世,已為輜裝,刻時可到。如臨絕處求生日,凡在空鄉沖必回。用爻逢絕,須看那日來生,乃是輜裝之期。用象若空,必求沖日,方持歸帆,近以日斷,遠以月推。

本章は遠行の人何時にか家に回るを占い、「用神」をもって主體とし、「月卦」(卦身)をもって憑據とす。「世爻」「用神」を剋せば、人還た到らず。「用神」「世爻」を剋せば、則ち彼が回り來るを許せん。先ず須らく占う所の何人たるを問い清め、據りて「用神」を定準すべし。若し「世爻」「用神」を剋せば、行人還た外に逗留して歸期なし。「用神」「世爻」を剋せば、則ち他已に行裝を打點し好けり、頃刻に到らん。「用神」如果「絶」地に落ちれば、則ちそれの生に逢うの日を求めよ。およそ「空亡」の鄕に落つるは、沖に遇えば必ず回らん。「用神」「絶」に逢えば、須らく哪一天に來りてそれを生ずるを看、那便是れ裝を整え身を動かすの期なり。「用神」若し空に落ちれば、必ず沖空の日を求めて、始めて帆を張りて歸來せん。路近きは日に按じて推斷し、路遠きは月に按じて推算す。

若乃卦中無主象,候觀值日散愁眉,卦身合日方言到,用遇生扶可接陪。若卦中內外及互變飛伏俱無用爻,是無主象也,直待日辰透出,乃是歸期。卦身者,即月卦也,與日相合亦作歸程。若干支相合,決到無疑。經云:假令丙子水為身,辛丑日辰以時道。若用爻遇動爻並日辰生扶者,皆是歸來之兆。卦靜應空皆莫望,六合歸魂共舉杯。六爻安靜或值空亡,莫雲倚門凝望。卦逢六合或遇歸魂,即返故園歡會。

倘若卦中に「用神」なければ、則ちそれ日に值るの那天を等ち、愁眉自ら舒展せん。「卦身」日辰と相合せば、始めて家に到ると説き得べし。「用神」生扶に遇えば、則ち風を接し陪するの準備すべし。若し卦中の内外卦および「互卦」「變卦」「飛神」「伏神」裡みな「用神」を見ざれば、那則ち是れ主象なし。只有「日辰」上に「用神」を透出するを等ち、那始めて是れ歸期なり。所謂「卦身」は、則ち是れ「月卦」なり。それ日辰と相合せば、また歸程と斷ずべし。若し天干地支みな相合せば、那則ち斷定して必ず到ること疑いなし。經訣に説く、假如丙子水を「卦身」と爲せば、則ち辛丑こ箇の日辰をもって來りて相合定期すと。「用神」若し動爻および「日辰」の生扶に遇えば、みな是れ歸來の徵兆なり。六爻安静・「應爻」落空せば、みな指望するに及ばず。卦「六合」に逢いあるいは「歸魂」を得れば、就能く同じく杯を擧げて團聚せん。六爻安静あるいは「空亡」に落ちれば、則ち何をか門に倚りて凝望すると説かん。卦「六合」に逢いあるいは「歸魂」に遇えば、人馬上に故園に返回して歡聚せん。

音書遠信章第九十六

(以父母為主,朱雀為憑。)書柬來時父母興,父空雀動口傳音,應爻空絕誰捎寄,妻財持世信水沉。卦中內外父母興隆,千里書文傳至。父母空亡朱雀發動數聲音信傳來。應爻空絕書柬寫成無使雁。財爻持世或發動,當知音信已水沉。

本章は遠方の音信書札を占い、「父母」をもって主體とし、「朱雀」をもって憑據とす。書信來らんと要する時、「父母」爻必ず興旺す。「父母」落空して「朱雀」發動せば、則ち是れ口頭に話を帶ぶるなり。「應爻」落空入絶せば、則ち人のそれに替わりて捎寄するなし。「妻財」「世爻」に臨めば、音信便ち石の大海に沈むがごとし。卦中内外卦の「父母」爻興旺なれば、千里之外の書信文字就將傳到せん。「父母」「空亡」に落ちて「朱雀」發動せば、則ち是れ幾句の口信傳來するあり。「應爻」落空入絶せば、書信雖し已に寫し成すとも書を捎ぶの雁使なし。「妻財」爻「世爻」に臨みあるいは發動せば、則ち當知音信已に沈沒して蹤無きを知るべし。

父帶青龍為喜信,如臨白虎作凶文,須臾得見因朱雀,中途阻隔為勾陳。父母帶青龍,賁來喜慶之書。印綬臨白虎,報傳凶惡之文,加朱雀遍傳迅速,逢勾陳阻滯淹留。印綬化空遺失去,逢沖偷折看虛真。父母化空,中途遺失,決難尋覓。印綬逢沖,被人偷開竅視情由。那日父臨生旺合,決然相遇帶書人。欲覓寄書之人,須看父母之爻,臨生日可見,臨旺日相逢,臨合日會晤耳。

「父母」「青龍」を帶ぶるは是れ喜信にして、若し「白虎」に臨めば則ち是れ凶訊なり。片刻便ち能く收到するは、是れ「朱雀」を帶ぶるに因る。半路阻隔せらるるは、則ち是れ「勾陳」を帶ぶるに因る。「父母」「青龍」を帶ぶれば、捎來するは是れ喜慶の書信なり。「父母」(印綬)「白虎」に臨めば、報來するは是れ凶惡の消息なり。「朱雀」を加えれば則ち傳遞迅速し、「勾陳」に逢えば則ち阻滯淹留す。「父母」空に化せば、信中塗に遺失して、斷じて尋ね回りがたし。「父母」沖に逢えば、是れ人に私自拆き開き内情を偷看せられたるなり。「父母」爻哪一天に生に逢い旺に逢い合に逢うに、那天便ち一定能く信を帶ぶる人に遇う。信を寄する人を尋訪せんと想うに、須らく「父母」爻を看るべし。それ生に逢うの日は見著くべく、旺に逢うの日は相遇すべく、合に逢うの日は便ち會晤し得。見ゆべし音信を問う一事は、「父母」その有無を定め、「六神」その吉凶緩急を定め、生旺合沖の日その應期を定む。三者合わせ看れば、判斷始めて落空せざらん。

覓人訪友章第九十七

(以世爻為主,外卦為憑。)訪友尋人忌六沖,游魂他必往途中,應空應動人非在,實主相逢世不空。爻值六沖,親不見,友難逢。卦是游魂,必在邂逅之間。應爻若空、應爻若動,其人已出外矣,決不在家,幾遍登堂難見面。世位不空、世位不動,不期而會面親歡娛。若覓他人外卦取,如尋親族用爻從,但臨空地終吁嘆,相合相生便得逢。若尋外姓他人,以外卦為用。若尋親戚族人,以六親為用。生若合我,可尋可見。若值旬空、或臨月破,萍蹤浪跡何處追隨。

本章は人を尋ね友を訪うを占い、「世爻」を主体とし、外卦を拠り所とする。友を訪い人を尋ぬるに最も忌むは「六沖」。「遊魂」卦を得ば、その人必ず途中にあり。「應爻」が空に落ちあるいは發動すれば、人は家に在らず。真に相逢うを得るは、「世爻」が空に落ちざるなり。爻が「六沖」に逢えば、親しき人も見えず朋友も遇いがたし。卦が「遊魂」なれば、多くは路上に偶然碰うのみ。「應爻」若し落空し若し發動せば、その人すでに出門して、斷じて家に在らず、幾度足を運ぶとも面を見ず。「世爻」空に落ちず發動せずば、却って期せずして遇い、歡然と相聚うべし。若し外姓の傍人を尋ぬれば、外卦を取りて「用神」とす。若し親戚族人を尋ぬれば、六親によりて「用神」を定む。「用神」若し來りて我を生じ我と合すれば、人は尋ね得見うるを得。若し「旬空」に値しあるいは「月破」に臨まば、その人萍蹤浪跡、いずれの方へ尋ね逐わんや。見るべし、此章の要領は「六沖」と「遊魂」とが見得るや否やを決し、「應爻」の空動が人の在宅・不在を決し、「用神」と我との生合が尋訪の成否を決す。三處相參すれば、登門の先にすでに有無を知るなり。

中途候客章第九十八

(親族以用爻為主,他人以應象為憑。)凡候鄰朋,應位怕臨月破。但迎親戚,用神忌值旬空。如卜官員官莫陷,若占僧道福宜興。凡途中守候之人,各有用爻。若鄰舍鄉里之人,以應為用。族中親眷,以六親取用。有祿之人,以官鬼為用。僧尼巫道,以子孫為用。其用興隆生合者,楚客吳賓終會合。若遇旬空月破者,魚沉雁杳永無音。

本章は半路に客を候ぐを占い、親族は「用神」を主体とし、外人は「應爻」を拠り所とする。およそ鄰里の朋友を候ぐに、「應爻」の「月破」に臨むを怕れ、若し親戚を迎ふれば、「用神」の「旬空」に落つるを忌む。若し卜する所が官員ならば、「官鬼」は落陷すべからず。若し占う所が僧道ならば、「子孫」(福德)は興旺を宜しとす。およそ途中に候ぐ人、各々「用神」あり。鄰舍鄕里の人は「應爻」を「用神」とし、族中の親眷は六親によりて「用神」を取り、官職俸祿ある人は「官鬼」を「用神」とし、僧尼・巫道は「子孫」を「用神」とす。「用神」興旺にしてまた來りて我を生じ我と合するは、楚地の客・呉地の賓ついに會合を得。若し「旬空」「月破」に遇わば、則ち魚沈雁杳、永く音信なし。

游魂但化歸魂,轉回故里。世動再加應動,復往他鄉。游魂變作歸魂,旅商獲利跨鶴還鄉。世動又兼應動,騷人乘興泛棹他邦。騷人,詩人也。世破世沖,自己無心久候。應空應絕,他人無意來迎。世位或沖或陷,自己灰心難等。應爻遇絕遇空,他人事糾難來。

「遊魂」卦が「歸魂」卦に變ずれば、人は轉じて故鄕に歸らんとす。「世爻」發動しさらに「應爻」も發動せば、人はまた他鄕に往かんとす。「遊魂」が「歸魂」に變ずるは、行商利を獲て、鶴に跨るがごとく故里に返るなり。「世爻」動きて「應爻」も動くは、文人雅士興に乘じて船を駕し別處に往きしなり――「騷人」とは即ち詩人の謂なり。「世爻」破られ沖せられれば、自家久しく待つ心なし。「應爻」空に落ち絶に入れば、對方前來相迎の意なし。「世爻」あるいは沖せられ、あるいは落陷すれば、自家灰心して更に待ちがたし。「應爻」絶に遇い空に遇えば、對方は事情糾纏して來ること難し。

世應二爻生合,聲未絕兮相逢。內外兩卦刑沖,眼望穿而未遇。世應相生相合,邂逅三生有幸。六沖之卦,望穿兩眼無蹤。日傷應位,當日難來。時克他爻,過時方至。日來克應,定知當日不來,時來傷用,便待過時可遇。旁爻動合應爻,遇朋留款。彼象化成空象,見路遊行。若見旁爻動合應爻,故友相邀留戀。用爻若成空象,尋花問柳閒行。捕賊捕逃,必要世爻克應。迎待親朋,須得用爻生世,斟酌吉凶稱理,參詳衰旺玄微。

「世」「應」两爻相生相合せば、話音落ちざるに人相逢う。内外两卦互相刑沖せば、眼を望穿ぐとも遇わず。「世」「應」相生相合は、是れ三生の幸ある邂逅なり。「六沖」の卦は、両眼を望穿ぐとも蹤影を見ず。「日辰」が「應爻」を傷れば、當日は來ること能わず。時辰が「用神」を剋せば、この時辰を過ぎて乃ち至る。「日辰」來りて「應爻」を剋せば、彼の當日來らずと斷ず。時辰來りて「用神」を傷れば、その時辰を過ぎて乃ち相遇う。旁爻發動して來りて「應爻」と合するは、彼が朋友に遇いて留められ款待せらるなり。「應爻」空亡の象に化するは、彼が路上に閑遊するなり。若し旁爻發動して「應爻」を合住するを見れば、是れ老朋友の相邀挽留なり。「用神」若し空象に化すれば、是れ彼が花を尋ね柳を問いて四處閑逛するなり。盗賊を緝捕し逃犯を追捕するに至りては、必ず「世爻」が「應爻」を剋して乃ち成る。親友を迎候招待するは、「用神」の來りて「世爻」を生ずるを須ちて乃ちよし。吉凶は斟酌して情理に合せしめ、衰旺は參詳して玄妙精微を出づべし。

招賓接客章第九十九

(以應爻為主,福德為憑。)涉險趨遐攬接貨,財通貿易掃門下榻,惟全信義款佳賓。未議商人之美惡,須憑易卦之精微。月合福生於世象,定接忠良。日沖應克於身爻,必招奸佞。開張行次之得失,招納商賈之往睞,難免奔馳,未知凶吉。若月日生世、子孫生世者,定有忠信之人千里來投,財利豈饒,信義允協。倘日辰沖世應爻克世者,決有奸佞之徒,一朝聚寓非惟無利,抑且有害。

本章は賓客を招徠し商旅を接納するを占い、「應爻」を主体とし、「子孫」(福德)を拠り所とする。險を冒し遠く行きて貨物を攬接し、錢財流通・貿易往來せんとすれば、榻を掃いて賓を迎え、ひとえに信義をもって佳客を款待せざるべからず。往來する商人の善惡を評議せんとすれば、《易》卦の精微に憑れ。「月建」と「用神」と相合し、「子孫」來りて「世爻」を生ずれば、接待するは必ず忠厚良善の人。「日辰」が「世」を沖し、「應爻」が「身爻」を剋せば、招くは必ず奸邪の徒。行棧を開設するの得失、客商を招納するの往來、一番の奔波を免れずといえども、吉凶いかんを知らず。若し「月建」「日辰」が「世爻」を生じ、あるいは「子孫」が「世爻」を生ずれば、必ず忠信の人千里より來投す。財利豐厚なるのみならず、信義も彼此相合す。儻し「日辰」が「世爻」を沖し、「應爻」が「世爻」を剋せば、斷じて奸佞の徒あり。一旦寓所に聚居せば、利なきのみならず、反って害あらん。

六沖乃實主無緣,空來空往。六合乃始終有利,能遇能逢。合處逢沖,縱得來而復去;沖中化合,雖未就以還成。六沖之卦,杳無客至,空在長途等候。六合之爻,定有商臨兼帶豐資到舍。倘遇合處逢沖,車馬臨門而復去。若得沖中化合,或被阻隔畢竟來歸。

「六沖」は主客緣なし、白來白往。「六合」は始終利あり、遇うこと能く逢うこと能し。「合處逢沖」は、客縱し來るともまた去らん。「沖中化合」は、事未だ成らざれどなお能く成らん。「六沖」の卦は、杳として客至らず、徒らに長路に等候す。「六合」の爻は、必ず客商豊厚なる資本を帶びて家に至る。儻し「合處逢沖」に遇わば、是れ車馬すでに門前に至りてまた回頭して去る。若し「沖中化合」を得ば、縱し中途に阻隔せらるとも、畢竟なお來らん。故に沖と合とは客の來否を定むるのみならず、また客の留まるか否かを定む。

應空則賓不能招,縱招不至。世陷則主不能得,縱得難諧。應落空亡,則無客商,縱使接而不來,來而不久。世遭空陷,自無力量,勉強而為,為而不振。克爻合應傷身,同類人唆人去。應動化爻合世,忠心客引客來。妻強子旺,倍得財源。父發兄興,反虧資本。兄弟者,為詐為虛,又為伴侶,若動來合應而傷世者,乃忠良之客。輾轉舉薦必是商賈填門。子財俱旺,財利倍增,父兄併發,本資當失。無福則休迎其客,無財則莫望其資,無鬼則所為不就,無身則所作不成,既明奇偶,便見虧盈。卦無子孫休迎客,爻內無財莫望財,無世無身難成就,無官無鬼主無商,大象盈虧,用心斟酌。

「應爻」空に落ちれば、賓客は招くべからず、縱し招くとも到らず。「世爻」落陷すれば、主人は留めがたし、縱し留むとも和せざらん。「應爻」が「空亡」に落ちれば、客商なし。縱し往きて彼を接するも來らず、來るとも久しからず。「世爻」空に遭い落陷すれば、自家力なし。強いて之を爲すも、爲して振起せず。爻の來りて「世」を剋しまた「應」と合して「身」を傷るは、同行の人が挑唆して客を去らしめしなり。「應爻」發動し、化する所の爻が來りて「世爻」と合するは、忠心の客が別の客を引薦して來るなり。「妻財」強く「子孫」旺んば、財源加倍す。「父母」發動し「兄弟」興起せば、反って本錢を虧折す。「兄弟」の一爻は、詐僞虛假を主じ、また同伴を主ず。それが若し發動して來りて「應爻」と合し「世爻」を傷れば(底本の注文は歌訣の指す所と相反す。當に歌訣の「同類人唆人去」を正とすべし)、輾轉の擧薦の下、商賈自ずから門に填まらん。「子孫」と「妻財」とともに旺んば、財利倍增す。「父母」と「兄弟」と一齊に發動せば、本錢虧失せんとす。總じて言えば、卦中に「子孫」(福德)なければ、客を迎えんこと毋かれ。「妻財」なければ、人の資本を指望するなかれ。「官鬼」なければ、爲す所の事成らず。「卦身」なければ、辦する所の事も成らず。すでに陰陽奇偶の數を明白せば、盈虧得失自ずから見ゆべし。卦中に「子孫」なければ客を迎えんなかれ、爻裡に「妻財」なければ財利を指望するなかれ、「世爻」なく「卦身」なければ成就しがたし、「官鬼」なければ客商なきを主す。整個の卦象の盈虧、みな用心して斟酌すべし。

陪賓優劣章第一百

(以應爻為主,福德為憑。)家延門客號陪賓,應上還須論淺深,不動不沖能久處,不空不絕永歡忻。陪賓者,乃宦豪之幕主也,以應爻為用,但喜不動不沖不空不絕,即攸久相處而無間阻。若得世應相生,彼此和諧之兆。又云:應生世,乃客來求謁於主。世生應,乃主去聘賓耳。

本章は家中に請う所の門客を占い、「應爻」を取りて用神とし、さらに「子孫」(福德)をもって參驗とす。歌訣に曰く、人の家に延納して門下に至る清客を、これを「陪賓」と謂う。賓主交情の深淺は、全て「應爻」上に分辨すべし。この一爻、發動せず沖を受けざれば、賓主長く相處すること能く、旬空に落ちず絶地に臨まざれば、彼此始終歡洽なることを能くす。所謂陪賓とは、官宦豪門の聘い來たる幕客を指す。占斷するに「應爻」を用神とし、只だこの爻が安静不動、日辰・月建の沖擊を受けず、旬空に落ちず、絶鄕に入らざれば、則ち賓主長く相聚うるを主じて中間阻隔なし。若し卦中「世爻」と「應爻」と互相生扶せば、便是れ彼此和睦投契の徵兆なり。前人また曰く、「應爻」が「世爻」を生ずるは、客人自ら登門して主家に見えんと求むるなり。「世爻」が「應爻」を生ずるは、則ち主家出面して賓客を延聘するなり。

應如克世賓欺主,鬼雀兄搖惹禍臨。若應來克世,必定賓欺主人。若帶龍德貴人來克,是逞多能確勢欺壓主人。若帶劫殺凶神,必奸食佞狂妄侮賤而已。若合財爻,興奴僕同欺,加咸池玄武,恐恃淫亂而至此。若得雀虎兄鬼臨克、又或興旺決致禍患不寧。

歌訣に曰く、「應爻」若し來りて「世爻」を剋せば、便是れ賓客の主人を欺凌するなり。さらに「官鬼」「朱雀」「兄弟」の幾爻搖動せば、禍事便ち門に臨まん。卦中「應爻」前來して「世爻」を克制せば、必ず是れ聘う所の賓客が主家を欺壓するなり。若しこの來剋の「應爻」上に「龍德」「貴人」一類の吉神を帶びれば、是れその人自ら恃みて才能出衆、聲勢に倚仗して主人を壓制するなり。若し「劫殺」等の凶神を帶びれば、便是れ奸猾諂佞・狂妄輕慢、ただ主家を侮弄するのみ。若し「應爻」が「妻財」爻と相合せば、是れ彼が家中の奴僕と串通して俱に主を欺くなり。さらに「咸池」「玄武」を加えば、只怕しくはなお男女淫亂の關係に倚仗して乃ちこの地步に鬧至せしなり。若し「朱雀」「白虎」「兄弟」「官鬼」一齊に剋世の爻に臨み、あるいはこれらの凶爻また正に旺相ならば、則ち必ず禍患を招きて、家宅安寧を得ざらん。

福德交重好佞滅,六沖不日兩灰心。子孫發動、或生世或生應,名為解歡之神群好自退。倘值六沖,彼此情疏漸漸分散矣!倘然幕府迎參贊,獨喜官興忌子孫。凡公門將佐、師府參隨之類,最喜官興財動以生扶,惟對子發兄搖而克害。

歌訣に曰く、「子孫」(福德)爻が交爻・重爻の形式をもって發動せば、賓客中の奸佞の輩自ずから消滅す。卦が「六沖」に逢えば、賓主多少の時日を消せずして雙雙灰心せん。「子孫」爻發動し、あるいは往きて「世爻」を生扶し、あるいは往きて「應爻」を生扶すれば、この一爻は嫌隙を化解し歡好を調停する神なり。それあれば、趨附取巧の小人自ずから退去せん。儻し卦が「六沖」に逢えば、賓主の間情分疎遠にして、日子久しきに便ち漸く星散せん。歌訣また曰く、儻し占う所が幕府中に參贊の謀士を延請するならば、則ち單に「官鬼」の興旺を喜び、反って「子孫」を忌諱す。およそ衙門裡の將佐、軍府中の參隨幕僚これ一類の人は、最も「官鬼」旺相、「妻財」發動して來りて官爻を生扶するを喜び、獨り「子孫」發動、「兄弟」搖動を怕る。是れこの二爻まさに官爻を剋傷する者なればなり。

交朋結友章第一百一

(以世應為主,生克為憑。)交友往來如手足,卦中兄弟忌空亡。交友者,各有不同,有同氣連枝,有邂逅鳥合、或同藝業、或同遊俠、或長幼之不同,或貴賤之嫌避。既為朋交,兄弟可推,不宜空絕。

本章は朋友を結び交るを占い、「世爻」「應爻」を取りて主とし、两爻の生剋をもって拠り所とす。歌訣に曰く、朋友往來親密なること手足のごとく、故に卦中の「兄弟」爻は最も「空亡」に落つるを忌む。所謂交友は、情形各々同からず。本是れ同胞骨肉・同氣連枝なるあり、偶然邂逅して鳥群の暫く聚まるがごときあり、一門の手藝行業を同じく操るあり、同じく遊俠豪客を爲すあり、また年紀長幼の懸殊あるあり、また身分貴賤相隔たりて彼此避嫌するあり。すでに朋輩の交を論ずれば、「兄弟」爻を用いて推斷す。この一爻、旬空に落つるを宜しとせず、また絶地に臨むを宜しとせず。

世空我意多遷變,應破他心每改張。相合相生如管鮑,相沖相剋如孫龐,比和彼我無高下,世位卑憂應克傷。世空世動,則我之猶豫未決。應破應虛,乃彼之更變不常。若日世應生合者,情孚契合。世應克者兩必參商。世應生合,必為攸久和同,而無彼此。惟獨應克世爻,占者大忌。

歌訣に曰く、「世爻」空に落ちれば、是れ我が一方の心意反覆不定。「應爻」沖破せられれば、是れ對方の主意時々更改す。两爻相生相合せば、交情は管仲と鮑叔牙のごとく生死不渝。两爻相沖相剋せば、孫臏と龐涓のごとく反目して仇と成る。两爻五行「比和」ならば、則ち彼此平等にして高下の分なし。ただ怕るらくは「世爻」低微にして「應爻」に剋傷せらるるを。「世爻」旬空に落ちあるいは發動すれば、是れ我自己猶豫不決。「應爻」月破せられあるいは虛浮無力なれば、是れ對方變化無常。若し日辰「世」「應」をして相生相合せしめば、便是れ情投意合なり。「世」「應」互相克制せば、双方必ず嫌隙を生ず。「世」「應」生合するは、必ず長久和睦にして彼此を分かたず。獨り「應爻」の來りて「世爻」を剋するは、占卜の人最も忌諱す。

結議官員官鬼淪,相知僧道福神當。男占女色財宜旺,女卜男情鬼要強。又論用爻,假如有緣之人,以官鬼為用,朋友結主之類,以兄弟為用,男占女以財為用,女占男以鬼為用。師巫僧道,以子孫為用,朋友結義之類,以兄弟為用,男占女以財為用,女占男以鬼為用。師巫僧道,以子孫為用,餘皆仿此詳之。

歌訣に曰く、官場中の人と結交るは、「官鬼」爻上に落つ。相知の僧人道士は、當に「子孫」(福德)を取りて用とすべし。男子が女方の情意を占うは、「妻財」爻旺むるを宜しとす。女子が男方の心意を卜するは、「官鬼」爻強きを要す。此處さらに用神の取法を申明す。たとえば交る所が官職の因縁ある人なれば、則ち「官鬼」をもって用神とす。結拜の朋友の類は、「兄弟」をもって用神とす。男が女を占うは「妻財」をもって用神とし、女が男を占うは「官鬼」をもって用神とす。師巫僧道は、「子孫」をもって用神とす。此處の底本文句重出し、反覆して結義は「兄弟」を取り、男の女を占うは「財」を取り、女の男を占うは「鬼」を取り、僧道は「子孫」を取るを申說す。その餘各色の人等、みなこの體例に照らして類推詳斷すべし。

用爻若也傷身世,來往終須反受殃,合世生身終有益,用臨空絕少禎祥。用爻固不可無,如有而來克世者,不惟無益反受其虧,必得生世合世,方好信義益友。用臨空絕之鄉,彼此非美,交朋大忌。

歌訣に曰く、用神爻若し反って卦身と「世爻」を傷剋せば、このごとき朋友は往來久しくして終にその害を受けん。用神が「世」と合し「身」を生ずれば、交往到底益あり。用神が「旬空」に落ち「絶地」に入れば、則ち吉慶少なし。用神爻固より缺くべからざれど、若し卦中にそれ有りてそれ偏に來りて「世爻」を剋せば、則ちこの段の交情は益あるのみならず、反って虧損を蒙受せん。必ず用神が「世爻」を生じ「世爻」と合するを要して、乃ち是れ信義を講り我に助益する良友なり。用神が旬空・絶地に落ちれば、双方ともに美滿ならず。これ交朋結友の占斷中の大忌なり。

雀同鬼發招非訟,合處逢沖豈久長。朱雀招唇吻,白虎作凶強,玄武能奸磅興,同官鬼而動者,乃雞豚狗尋同群奸盜,詐偽靡所不為訟非種種而生,豈可交結乎?又憑合處逢沖交朋合侶若然犯此,聚不多時意冷情寒漸漸而解矣,大意不成,亦從此決。

歌訣に曰く、「朱雀」と「官鬼」と同時に發動せば、必ず是非官司を招く。卦本來相合せどまた沖に逢えば、交情豈に長久ならんや。「朱雀」は口舌の爭端を主じ、「白虎」は凶暴強横を主じ、「玄武」は奸邪暗昧を主ず。これら幾種の神煞、若し「官鬼」と同爻發動せば、交る所は便ち雞鳴狗盜・結黨爲奸の人にして、欺詐虛僞爲すところなからしめ、各樣の是非訟累此より層出して窮まらず。これ如何の人ぞ、豈に結交すべけんや。さらにまた「合處逢沖」を看るべし。交朋結伴若しこの一條に犯れば、聚まること久しからずして意冷め情寒し、慢慢として散ぜん。およそ事の成らざるも、またこれに據りて斷定すべし。

糾合夥伴章第一百二

(以世應為主,生克為憑。)凡去糾人,先究相生相剋;如來合夥,次憑相合相沖。土若生賓,挈人之美。應如扶世,益已之為。凡糾人合夥者,須看卦中生克報合,便見吉凶,若世生應爻或內生外卦,皆主扶人而得成,引入而得進,如應生世或外生內者,必然委之而得力,賴之而有功。

本章は人を招きて合夥するを占い、なお「世爻」「應爻」をもって主とし、生剋をもって憑とす。およそ我が往きて他人を邀約するは、まず两爻の相生相剋を推究し、若し他人前來して我と合夥するは、さらに两爻の相合相沖を看る。「世爻」若し往きて「應爻」を生ずれば、是れ我が他人を提攜するの美。「應爻」若し來りて「世爻」を扶くれば、是れ我が自己に益あり。およそ糾合夥伴を占うは、只だ卦中の生剋刑合を看るを須ち、吉凶便ち自ずから分明なり。若し「世爻」が「應爻」を生じ、あるいは内卦が外卦を生ずれば、みな我が別人を扶助して事を成し、他人を引薦して對方をして進めしむるを主ず。若し「應爻」が「世爻」を生じ、あるいは外卦が内卦を生ずれば、則ち必ず彼に托付して得力、彼に依靠して成功せん。

吾克他爻,久服吾之驅使。彼傷我象,終被彼之侵虧。卦得比和,雖異姓交如骨肉。爻逢沖擊,縱親人一似冤仇。凡占以世為我,應為他,世如克應,彼必心悅誠服,愈久而如堅。若世被應克者,其心不善,定見侵欺。世應若得比和,彼此相得,情同管鮑。卦若六沖,兩心相反,仇若孫龐。本卦雖吉,若變出六沖,或合處逢沖,是皆有始無終之兆也。

我が一方が對方の爻を剋住せば、彼は長久して我が調度に聽憑す。對方が我が一爻を傷剋せば、我は終に彼に侵占虧蝕せられん。卦中两爻五行「比和」なれば、異姓の相交わりといえども、情誼は骨肉のごとく親し。两爻互相沖擊せば、縱し至親なりとも、仇人のごとし。およそ合夥を占うは、「世爻」を我とし、「應爻」を對方とす。「世爻」若し「應爻」を剋せば、對方必ず心說誠服して、相處すること久しきほど牢靠なり。「世爻」若し反って「應爻」の剋する所と為れば、その人存心不良にして、必ず來りて侵吞欺騙せん。「世」「應」两爻若し比和を得れば、彼此相投じて情は管仲・鮑叔のごとし。卦若し「六沖」に逢えば、两下心思相背して、怨を結ぶこと孫臏・龐涓のごとし。本卦縱し吉利なりとも、若し變卦に「六沖」を變出し、あるいは本來相合せど中途沖に遇えば、みな有始無終の徵兆なり。

倘合長親,父宜合世。但糾下輩,子忌沖身。如糾伯叔上人為伴者,父作用爻,官宜旺相,生世合世尤佳。若合子侄下輩同處者,子為主象,大忌空亡,又不宜沖世克成也。共作生涯,財絕兄興皆費本;同行買賣,世空應陷兩無情。凡合夥生意,須要妻財有氣,兄弟休囚,世應不空,方為大吉。倘若財臨空絕,兄又交重,反虧資本。卦內財爻縱旺,倘若世空,則自心疏懶,應空則他意更張。世應俱空,兩無情況,豈成伴侶乎?

儻し合夥する所が尊長の親屬ならば、則ち「父母」爻の來りて「世爻」と合するを要す。若し邀約する所が晩輩ならば、則ち「子孫」爻の卦身を沖剋するを忌む。たとえば伯父・叔父等の長輩を邀えて伴と為せば、便ち「父母」をもって用神とし、「官鬼」は旺相を宜しとし、能く「世」を生じ「世」と合すればなおよし。若し子・姪の晩輩を邀えて事を共にせば、則ち「子孫」をもって主象とし、最もその「空亡」に落つるを忌み、またその「世」を沖し「世」を剋するを宜しとせず。生計を共に經營するに至りては、「妻財」絶に入り「兄弟」旺動せば、みな本錢を折損す。同行して買賣を爲すに、「世爻」空に落ち「應爻」陷空せば、两邊ともに情義なし。およそ合夥して生意を爲すに、須ち「妻財」氣あり、「兄弟」休囚、「世」「應」两爻ともに空に落ちざるを要して、乃ち大吉と算す。儻し「妻財」旬空・絶地に臨み、「兄弟」また重爻發動せば、反って本錢を虧蝕せん。卦中「妻財」縱し旺相なりとも、若し「世爻」空に落ちれば、是れ我自己懶散にして心を用いず。「應爻」空に落ちれば、是れ對方別に打算あり。「世」「應」俱に空なれば、两邊ともに情意なし。豈にさらに夥伴を結ぶべけんや。

問利有無,察財爻之消息。觀人勤惰,憑用象之興衰。問得利之多寡,惟看財爻,旺則多,而衰則少,空則無。財克世則有,世克財則無。要知人之勤惰,當察用爻,旺則勤儉,衰則疏懶,空則無能無力也。最喜財業克我。

この椿の買賣に利息あるや否やを問わば、則ち「妻財」爻の盛衰消長を察せよ。合夥人の勤なりや惰なりやを看んと欲せば、則ち用神爻の興旺衰弱に憑りて判斷せよ。獲利の多少を問うは、只だ「妻財」の一爻を看る。旺相ならば則ち利厚く、衰弱ならば則ち利薄く、落空ならば則ち圖るべき利なし。「妻財」來りて「世爻」を剋せば、錢財自ずから我に歸せん。「世爻」反って往きて「妻財」を剋せば、反って得る所なし。合夥人の勤なりや惰なりやを知らんと欲せば、當に彼を代表する用神爻を察看すべし。旺相は是れ勤謹儉省、衰弱は是れ疎懶怠工、落空は則ち無能無力なり。故に最も喜ぶ所は、財業の爻の來りて我を剋するなり。

投行損益章第一百三

(以應爻為主,官鬼為憑。)賓來投主,難知美惡之心;貨脫求財,未審淺深之利。惟憑神卜,方得忠良。凡占脫貨求財,必托牙行專主。忠信者固有,奸偽者亦多,易觀面貌,難議心田,欲從善美,謾看吉凶。

本章は牙行に投托するの得失を占い、「應爻」をもって主とし、「官鬼」をもって憑とす。客商前來して行主に投奔するに、對方の心地の善惡を看透了かしがたし。貨物を脱手して利を求むるに、またこの一趟の利潤の厚薄を知らず。ただ卜筮に憑りて、乃ち忠厚可靠の人を選ぶを得。およそ貨物を出脱して利息を求取するを占うに、必ず牙行に托付して經手主持せしむるを要す。牙行中に忠實守信なるは固よりあれども、奸詐虛僞なるもまた少なからず。一人の相貌は看るに易く、心地は評斷しがたし。善良可靠なるを挑まんと欲せば、且く卦中の吉凶いかんを看よ。

官若興隆,行主有千觸之力。應如空陷,牙人無毫忽之能。官旺應又旺,主人命亨、心實、行確、言忠,四方信服,千金盡托。應空官又空,其人家發必險力竭瞧喪外張聲勢,內蓄侵欺,不可交遊,遠之遠之。

「官鬼」爻若し興旺ならば、行主便ち極大の辦事能力あり。「應爻」若し落空陷ならば、牙人便ち一點の本事もなし。「官鬼」旺相にして「應爻」また旺んば、この行主は命運亨通・心地實在・行事穏當・言語可信にして、四方の人皆彼を信服す。縱し千金の貨物なりとも盡く托付すべし。若し「應爻」空に落ち「官鬼」また空に落ちれば、この人は家業將に敗れんとして必ず凶險あり、氣力すでに竭きて神色沮喪し、外に虛張聲勢して、心裡には卻って侵吞欺騙の念を存す。絶對に彼と往來すべからず、務めて遠く避くべし。

世被應傷,憂人抖欠。財遭兄克,慮彼侵欺。應克世爻,舊帳且延新帳難清楚。兄克財爻,後貨那償前貨終被侵欺。兄動則貨難脫卸,子興則物易交關。兄弟動,阻隔迭生,貨難盡脫。子孫興,價值屯增,利息培厚。

「世爻」が「應爻」に傷剋せられれば、對方の貨款を拖欠せんことを憂うべし。「妻財」が「兄弟」に克制せられれば、彼の中に侵吞せんことを提防すべし。「應爻」が「世爻」を剋するは、舊帳なお拖欠して新帳また結清しがたきなり。「兄弟」が「妻財」を剋するは、後一批の貨の錢を拿りて前一批の欠款を抵當し、ついに彼に侵占せらるるなり。「兄弟」爻發動せば、貨物便ち脱手しがたし。「子孫」爻興旺なれば、貨物便ち成交しやすし。「兄弟」一動すれば、阻礙相繼ぎて來りて、貨は賣り淨からず。「子孫」一旺んば、價錢節々上漲して、利息もまた厚し。

買物反要財衰,更要身持兄弟。脫貨正宜財旺,兼宜世值官爻。將錢買物,財衰易得,又宜世克財爻。若脫貨求財,妻興可去,偏喜財爻生克世爻。兄雀並搖,難逃口舌,武官同發不免穿偷。朱雀隨兄動時,招咭聒。玄武並官興,每遭盜賊。

貨物を買進するは反って「妻財」の衰弱を要し、また卦身上に「兄弟」爻を帶ぶるを要す。貨物を出脱するは則ち正に「妻財」の旺相を宜しとし、兼ねて「世爻」上に「官鬼」を坐すを宜しとす。錢を拿りて東西を買うは、「妻財」衰弱して乃ち買い易し。また「世爻」の往きて「妻財」を剋するを宜しとす。若し脱貨して利を求むれば、「妻財」興旺して貨便ち出で得べし。殊に「妻財」の來りて「世爻」を生じあるいは「世爻」を剋するを喜ぶ。「兄弟」と「朱雀」と一同に搖動せば、口舌を招惹するを免れず。「玄武」と「官鬼」と一同に發動せば、竊に遭うを免れず。「朱雀」が「兄弟」爻に隨いて發動すれば、則ち吵嚷爭執を招かん。「玄武」が「官鬼」と同時に興起すれば、常に盗賊に遇うべし。

世應對沖行卻改,財官共合主方投,飛伏闡明,行藏自定。世沖應。應沖世,其行或改或移。鬼合妻、妻合鬼、其主堪投堪托。精詳飛伏互變,斷決休咎行藏。

「世」「應」两爻相沖せば、この牙行は則ち別に一家に換うべし。「妻財」と「官鬼」と相合せば、この行主乃ち投靠に値す。「飛神」「伏神」の關係を推究明白せば、去留行止自ずから定まる。「世爻」が「應爻」を沖し、あるいは「應爻」が「世爻」を沖せば、投ずる所の行家は改換するか遷移するかなり。「官鬼」が「妻財」と相合し、あるいは「妻財」が「官鬼」と相合せば、この行主は便ち投奔すべく托付すべし。「飛神」「伏神」と本爻・變爻との間の互相變化を子細に推詳すれば、便ち吉凶禍福と該走・該留とを斷定すること能わり。

求財覓利章第一百四

(將本以財爻為主,福德為憑。空拳以官爻為主,財象為憑。)將財求利,財為用,凡值旬空月破,凶旺相生身兼死世。金銀倍得利無窮,財源增益。搖福德資本虧傷,動弟兄父發助兄能克子,生涯有始定無終。將本求財,以財為用,不可空無,如遇旬空月破,不但無利,本亦虧折。如若旺來克世者,利息津津。生世者,財源滾滾。若得子孫發動,乃生財之神,財如源水流而不竭,故經云:子動會青龍,乃生財之大道,若兄動而子不動者,本利俱無,若父動而兄不動更加白虎,乃在克子孫元神,財無生助,故經云:父興臨白虎,為絕利之根源也。

本章は財を求め利を謀るを占い、両路に分かちて用神を取る。本錢を帶びて買賣を爲すは、「妻財」をもって主とし「子孫」(福德)をもって憑とす。空手にて錢を賺ぐは、「官鬼」をもって主とし「妻財」をもって憑とす。本を帶びて利を求むるに「妻財」をもって用神とす。この爻若し「旬空」「月破」に落ちれば、便是れ凶象なり。「妻財」旺相にして卦身を生じ「世爻」を剋せば、則ち金銀倍收・利息無窮にして、財源不斷に增長す。若し「子孫」搖動せば本來財を生ずべしといえども、「兄弟」發動せば卻って本錢を虧折し、「父母」發動すればさらに「兄弟」を助長して「子孫」を剋傷す。この門の生意は便ち有始無終なり。本錢を帶びて財を求むるに、「妻財」をもって用神とす。この爻は缺くべからず、空なるべからず。若し旬空・月破に遇えば、利息なきのみならず、本錢をも折損せん。若し「妻財」旺相にして前來して「世爻」を剋せば、利息源源たり。若し來りて「世爻」を生ずれば、財源滾滾たり。若し「子孫」發動せば、それは財を生ずる元神にして、財は有源の水のごとく流れて竭きず。故に經文に曰く、「子孫」發動してまた「青竜」に逢うは、正に是れ財を生ずる大道なり。若し「兄弟」動きて「子孫」動かざれば、本錢・利息ともに保ちがたし。若し「父母」動きて「兄弟」動かざれば、さらに「白虎」を加え、是れ專ら「子孫」の生財元神を剋し、「妻財」生助を失う。故に經文に曰く、「父母」旺動してまた「白虎」に臨むは、是れ利路を斷絶するの根源なり。

空拳問利宜官旺,財作元神莫犯空,反怪子興來制鬼,不嫌父母值興隆。空拳問利者,九流之輩。工匠餐食之流,皆名白手求財,以官為主,須要興隆生世合世,又喜財爻興旺而來扶助,此為大吉。犯忌子孫動,動則傷官,而用無用也。父母發動,空拳無害,將本為殃。將本為殃,有資本者遭殃。

空手にて利を求むる人は「官鬼」の旺相を宜しとし、「妻財」をもってその元神と爲して空に落ちざるべからず。反って「子孫」の發動して來りて「官鬼」を克制するを怕れ、卻って「父母」爻の興旺を嫌わず。所謂空手求利とは、九流術業の輩、および手藝をもって飯を討喰する工匠を指し、みな白手にて財を求むと算し、「官鬼」を取りて用神とす。須ちそれが興旺にして「世爻」を生じ「世爻」と合することを要し、また「妻財」旺相にして來りて官爻を扶助するを喜ぶ。これ乃ち大吉の象なり。此類の占は最も「子孫」の發動を忌み、一動すれば則ち「官鬼」を傷り、用神もまた作用を失う。「父母」發動は、空手にて財を求むる人には害なく、帶本經營の人には卻って災殃なり。所謂帶本爲殃とは、資本ある人のみがこの層の損害を遭うを謂うなり。

衙門但怕官傷世,店肆惟愁卦六沖,走水官衰無險厄,祝巫鬼旺有神通。公門之役,官為用爻但不可傷世,若加白虎,必有刑之憂。店肆肄業,切忌六沖,沖則主僱難聚,貨物不豈。若涉江湖而覓利,風波不險全賴官衰。惟有圓光召將、施符設咒太保師巫等類,必仗官興鬼旺,其應如音。經云:請師來巫水祈延術、蓍龜之卜,官旺合真人之應,法必高明。鬼空,無野祟之靈道非通撤。

衙門に差を當るは、只だ「官鬼」の「世爻」を傷剋するを怕る。店を開き營業するは、只だ卦の「六沖」に逢うを愁う。水路を走り行商するは、「官鬼」衰弱して乃ち凶險なし。法事を作る巫祝は、「官鬼」旺盛にして乃ち靈驗を顯す。衙門裡の差役は「官鬼」をもって用神とす、然れどこの一爻は「世爻」を傷剋すべからず。若しさらに「白虎」を加えば、必ず刑刑責の憂あり。店を開きて生意を爲すに、最も「六沖」の卦を忌み、一一沖すれば則ち主顧聚まらず、貨物も發出せず。若し江湖上に船を行きて利を求むれば、風浪の險ならざる所以は、全て「官鬼」の衰弱に賴る。唯だ圓光・請將・畫符・念咒の太保師巫これ一類の人は、必ず「官鬼」の興旺に仰仗して、法術乃ち響のごとく應驗す。經文に曰く、師を請して法を作し、祈禱延生の術、および蓍草・龜甲の卜筮は、「官鬼」旺相にして真人の氣と相合せば、法力必ず高明なり。「官鬼」空に落ちれば、便ち幽冥に通ぜず、道術もまた靈驗ならず。

血財更慮文書發,頓貨財衰利轉濃,脫物用爻宜發動,開張主象莫交重。若是收養六畜,偏怪父母交重而克害子孫者,則畜不長而財利輕。頓貨偏要財爻衰弱而可置。脫貨最宜財旺而動則易洩。開張店業,只要財靜,縱若舉動必定敗移。

牲畜を養いて利を求むるに、最も「父母」爻の發動を怕る。貨物を囤積するに、「妻財」衰弱して反って利厚し。貨物を出脱するに、用神爻は發動を宜しとす。店鋪を新開するに、主象は卻って重爻亂動すべからず。若し六畜を收養すれば、最も「父母」の重爻發動して來りて「子孫」を剋害するを忌む。則ち牲口長養せず、財利もまた單薄なり。貨を囤むには偏に「妻財」の衰弱を要し、價賤ければ乃ち買進によし。貨を脱ぐるに最も「妻財」の旺相にしてまた發動するを宜しとす、貨便ち出手し易し。店業を新開するは只だ「妻財」の安静にして守得住するを要す。一旦妄動せば必ず敗落遷移せん。

梨園不忌官和弟,搏戲猶嫌鬼興兄,屠戶官宜臨白虎,空門子要帶青龍。搬演走戲、傀儡偶兒等類,不是二人所為之事,又要主僱來尋,兄弟為之伴侶,官鬼為用爻,若得兩動,方為全美,故云不怕官興兄發。博弈賭錢關採爭勝,乃係財物往來而決輸贏,兄弟耗財,官鬼剋剝,若值兄隆鬼旺,必致全輸。屠宰之流須見血,必得官騎白虎,空門修道要安然,惟祈子跨青龍者也。

戲班子は「官鬼」と「兄弟」とを忌まず、賭博は卻ってこの两爻の興旺を嫌う。屠戶は「官鬼」の「白虎」に臨むを宜しとし、出家の人は則ち「子孫」の「青竜」を帶ぶるを要す。戲文を搬演し傀儡木偶を耍るこれ一類の營生は、一兩人にて成るべくもあらず、また主顧の上門來請を要す。「兄弟」は正に同班の伙伴を代表し、「官鬼」はこの一行の用神なり。两爻ともに發動して乃ち完美と算す。故に「官鬼」旺んば、「兄弟」動くを怕れずと曰う。錢を賭け彩を博して勝負を爭うは、全て財物往來して輸贏を見る。「兄弟」は錢財を耗散し、「官鬼」は資本を剋剝す。若し「兄弟」旺盛、「官鬼」強健に遇えば、必ず精光に輸せん。屠宰の一行は血光を見るを要し、必ず「官鬼」が「白虎」上に騎るを得べし。出家して道を修め安穏を求むるは、只だ「子孫」が「青竜」を跨ぐを盼す。

抽豐卻喜財官旺,合會須憂世應空,開礦淘沙兼取藏,伏財有氣福駢從。抽豐者,晉眉侯門餐食伊利,以官為用,惟喜官旺官生官合,彼必慨然厚贈,又得財動助鬼,則積心遂意。而回合會者,糾集親朋湊財濟急以世空為主,但得應爻生世合世,乃易成易得,若應空他人見卻,應被日沖月破、或兄弟動沖,皆主被人擾阻不成。若世空,我不能興,雖興物難入手。若世應兩空或值六沖,則彼此灰心難濟其事,地中寶乃藏而不露,但只取伏財為用,須要有氣可獲。沙內之金乃理而禾吐必得。財隱旺土動而變化淘之方,有劈山開曠破石尋珍以此無異,一理同推。

上門して秋風を打つは「妻財」「官鬼」俱に旺なるを喜び、分子を湊り會を集むるは則ち「世」「應」の落空を怕る。礦を開き金を淘き、および埋藏の物を掘取するは、「伏財」氣あるを要して、福分乃ち相繼ぎて來る。所謂抽豐とは、侯門大戶に登りて人の周濟を求むるに、「官鬼」をもって用神とす。只だ官爻旺相にして來りて「世爻」を生じ「世爻」と合するを喜べば、對方便ち慷慨厚贈せん。さらに「妻財」發動して往きて「官鬼」を助けば、さらに心に稱い意に合う。合會に至りては、親友を糾集して錢を湊り急を救うに、「世爻」の空に落ちざるを以て要とす。只だ「應爻」が「世」を生じ「世」と合すれば、錢便ち湊り成りて到手し易し。若し「應爻」空に落ちれば、他人便ち推辭して應ぜず。「應爻」が日辰に沖せられ月建に破せられ、あるいは「兄弟」動きて來りて沖剋すれば、みな人の中より攪擾して成らざるを主ず。若し「世爻」空に落ちれば、是れ我自己張羅し起すこと能わず、縱し強いて張羅すとも、錢もまた到手しがたし。若し「世」「應」两爻俱に空に落ち、あるいは卦に「六沖」に逢えば、則ち彼此灰心して事成りがたし。地下の寶藏は埋れて露れず、只だ伏藏の「妻財」を取りて用神とし、須ちそれ氣あるを要して乃ち取ることを得。沙裡の金子は淘洗して乃ち得べし。「妻財」隱伏して旺んば、土爻發動して變化を生ず、正に是れ下手して淘取すべき方位なり。山を劈き礦を開き、石を破り珍を尋ぬるに至りては、道理これと致す所ならず、一倂に類推すべし。

又云欲知何日得錢財,但逢合處定歡諧。凡一應求財,要知何日到手,但以日辰生合財爻是期矣!經云:財合日辰,方能入手。死絕財爻生日得,太旺財爻死墓來。財爻逢衰絕之地,必得日辰生扶,乃可得之期。若財爻太旺太多,決定墓日免有。故經云:財逢墓庫便可歸還,又云多財反覆,必須墓庫以收藏。卦中有福無財者,財星值日也開懷。六爻無財出現,雖有子孫尚未可獲,必逢財爻值日,物乃歸囊。

前人また曰く、いずれの日にか錢財を得るを知らんと欲せば、只だ「妻財」が合に逢うの日子を看よ。その日必ず歡喜諧美なり。およそ一切の求財、何の日にか手に到るを知らんと欲せば、只だ日辰の生扶しあるいは「妻財」爻を合住するの日をもって期とす。經文に曰く、「妻財」が日辰と相合せば、錢乃ち手に進む。「妻財」死絶するは、それを生扶するの日を待ちて乃ち得べし。「妻財」太旺なるは、反ってそれが死墓に入るの日を待ちて乃ち收めん。「妻財」が衰絶の地に落ちれば、必ず日辰の來生扶を得て、それ一天乃ち財を得るの期なり。若し「妻財」太旺太多なれば、則ち必ず墓に入るの日にして乃ち着落あり。故に經文に曰く、「妻財」墓庫に逢えば便ち收歸すべしと。また曰く、財多ければ則ち反覆不定、必ず墓庫に賴りて收藏すと。卦中に只だ「子孫」ありて「妻財」を見ざるは、「妻財」の當值するの日に至りて乃ち心に稱う。六爻の中に「妻財」出現せざれば、縱し「子孫」財を生ずるありともなお得ることを得ず、必ず「妻財」値日を待ちて、東西乃ち囊中に歸入せん。

開張店肆章第一百五

(將本以財爻為主,福德為憑。空拳以官爻為主,財象為憑。)開張口訣無多語,卦內須求財福全,福德臨門人濟濟,妻財持世利綿綿,空拳財鬼皆宜動,將本財官各要安。開張店業亦有二端:將本求財者,以財為用,須要財子兩全,財興則財源熾盛無窮。子動則主僱絡紜不絕,但不宜兄動又值世克財者,縱是勤謹之人,終無利息。故經云:世克動財若越沙場之馬。空拳問利者,以官為主,必得財鬼並值,財動則助鬼,鬼動則發財。九流之術,無中生有,空手得財,故經云:空拳問利,官爻喜遇興隆。

本章は店鋪を開設するを占い、なお両路に分かつ。帶本經營は「妻財」をもって主とし「子孫」(福德)をもって憑とし、空手にて生を謀るは「官鬼」をもって主とし「妻財」をもって憑とす。開張の口訣は多くの言を用いず、ただ卦裡に「妻財」「子孫」両全するを要す。「子孫」門に臨まば則ち顧客門に盈ち、「妻財」が「世」を持せば則ち利息綿長なり。空手にて利を求むるは「妻財」「官鬼」俱に發動を宜しとし、帶本經營の「妻財」「官鬼」は卻って各々安静を要す。店を開きて生意を爲すにもまた二種の情形あり。帶本にて財を求むるは「妻財」をもって用神とし、須ち「妻財」「子孫」两爻俱全を要す。「妻財」興旺ならば則ち財源熾盛無窮、「子孫」發動ならば則ち主顧絡繹不絶。ただ「兄弟」の發動を宜しとせず、また「世爻」の往きて「妻財」を剋するを宜しとせず。若しこの忌に犯れば、縱し勤謹の人なりとも、ついに利息なし。故に經文に曰く、「世爻」が往きて發動の「妻財」を剋するは、馬を放ちて沙場を過ぐるがごとく、白く一趟を走る。空手にて利を問うは「官鬼」をもって主とし、必ず「妻財」「官鬼」同時に卦に上るを得べし。「妻財」發動すれば則ち官爻を助起し、「官鬼」發動すれば則ち財路を帶來す。九流術業は本是れ無中より有を生じ、空手にて財を得。故に經文に曰く、空手にて利を問うは、「官鬼」最も興隆に遇うを喜ぶと。

若遇六沖兄弟發,定是開張不滿年。卦值六沖,不論將本空拳者,畢竟不成,成來不久,豈有利祿哉?若兄弟獨發,將本猶嫌,空拳無忌。又云世動己心多改易,應空夥伴再宜更。世為自己,豈宜發動,動則心有變多端。應為伴夥,亦宜安靜,動則懷反背之心,空則無能亦不久遠,若動而克世者,尤當欺害而分離。財化鬼兄無結果,財之子象有收成。財為根本,不可更變。若化鬼變兄,則財被耗散,兩途無益,終難結果,若財化子孫,則利祿津津,永久無韁。

若し卦に「六沖」に逢い「兄弟」また發動せば、この店鋪は必ず一年を滿ぜずして開かれざらん。卦が六沖に値するは、帶本と空手とを論ぜず、ついに開き成ること能わず。たとえ開き成るとも維持すること久しからず、何ぞさらに利祿を談ぜんや。若し單に「兄弟」一爻發動のみならば、帶本經營はなおその事を礙ぐるを嫌い、空手にて利を求むるは必ずしも忌諱せず。歌訣また曰く、「世爻」發動は是れ自己の心思屢々改變す、「應爻」落空は是れ夥伴なお別に換うべし。「世爻」は自身を代表す、何ぞ發動を宜しとせんや。一動すれば則ち心意多變す。「應爻」は合夥人を代表す、また安静を宜しとす。一動すれば則ち背離の心を懷き、落空すれば則ち能くすることなく、また長久ならず。若し發動して來りて「世爻」を剋せば、さらに是れ我を欺害してついに夥を拆かんとす。「妻財」が「官鬼」「兄弟」を變出すれば則ち結果なし、「子孫」を變出して乃ち收成あり。「妻財」は是れ買賣の根本にして、更變すべからず。若し「官鬼」あるいは「兄弟」に變ずれば、錢財便ち耗散せられ、两条路ともに益なく、ついに結果を得がたし。若し「妻財」が「子孫」を變出せば、則ち利息源源不絶、長久にして止境なし。

收頓貨物章第一百六

(以妻財為主,衰旺為憑。)凡占頓貨,先訪脫期。有遲速之不同,取旺衰之名異,近買近賣,於本月當旺相而得財。今置後脫,於經年值休囚而有利。置買貨物慾求利息,專看遲速之期,可覓厚薄子財。近買即賣,求目下財旺之日而利入手。今制後脫,待年餘財逢生旺之日而可入囊。

本章は貨物を囤積するを占い、「妻財」をもって主とし、その衰旺をもって憑とす。およそ貨を囤むを占うに、まず脱手の日期を問い清むべし。出手に早遲あれば、「妻財」の旺相・衰弱を取用するもまた同からず。近期に買進し近期に賣出するは、本月の内「妻財」旺相を看て乃ち財を得。現在買進して日後に脱ぐるは、反って「妻財」の眼下休囚を要して、將來乃ち厚利あり。貨物を買進して利息を求めんと欲せば、專ら脱手の遲速の期限を看て、これに據りて所得の財利の厚薄を估量す。近く買い即ち賣るは、眼前「妻財」旺相の日を求めれば、利息便ち手に到る。現在囤いて日後に脱ぐるは、一年有餘を待ちて「妻財」が生旺に逢うの日に、錢乃ち囊に進むべし。

且如冬藏夏貨,宜巳午之財爻。秋放春收,喜卯寅之妻位。夏育冬魚利見水,春培秋果要逢金。假令冬收夏發,乃夏旺於火,在四五巳午之期有財。秋置春賣,乃春旺於木,故正二月卯寅之期大吉。夏養冬魚,乃冬旺於水,是十月十一月亥子節而得利。春種秋收,乃秋旺於金,在七八月申酉之令而財可得。

たとえば冬に囤いて夏に用ゆる貨は、「巳」「午」火の「妻財」爻を取るを宜しとす。秋に買進して春に出手を待つは、「卯」「寅」木の財位を喜ぶ。夏に養いて冬に賣る魚は、利は水を見るに在り。春に栽培して秋に收むる果は、金氣に逢うを要す。たとえば冬に收進して夏に發賣するは、夏の火旺なるをもって、故に四月五月巳午の時にして乃ち財あり。秋に買進して春に賣出するは、春の木旺なるをもって、故に正月二月寅卯の期大吉なり。夏に養いて冬に賣らんとする魚は、冬の水旺なるをもって、故に十月十一月亥子の節にして乃ち利を得。春に下種して秋に收成するは、秋の金旺なるをもって、故に七月八月申酉の令に錢乃ち手に到る。

買時,世克財當賤;賣時,財克世為高。兄臨月將,價不長而宜收。財值提綱,利當興而可脫。但世克財爻、或兄臨月將、或財值休囚,皆係價值賤而貨宜買。若財爻克世或財值月建,皆屬貨價高而利倍增,各趕其時不可挫也。

買進するの時、「世爻」が「妻財」を剋せば、行情必ず賤し。賣出するの時、「妻財」が「世爻」を剋せば、價錢必ず高し。「兄弟」月建に占住せば、價錢漲り上がらず、正に收進を宜しとす。「妻財」月建に占住せば、利頭正に旺んば、脱手すべし。およそ「世爻」が「妻財」を剋し、あるいは「兄弟」が月建に臨み、あるいは「妻財」正に休囚に當るは、みな貨賤くして買うに宜しきの象に屬す。若し「妻財」來りて「世爻」を剋し、あるいは「妻財」正に月建に臨むは、みな貨價高昂・利息倍增の象に屬す。買賣各々この時機に趕りて、錯過すべからず。

內宮為目下之時,外卦乃未來之節。內強外弱,必前重而後輕。內弱外強,必前輕而後重。凡內卦為近時,外卦為遠期,內卦旺相外卦衰,彼決見前貴後賤,外象強盛內象無氣,必然後重前輕。置脫用子孫發動,始終嫌兄弟交重。貴賤趕時,盈虧據卜。大凡脫貨制貨,最宜子動,子動生財,獨忌兄興,興則克財,大概如此據理推詳。

内卦は眼下の行情を代表し、外卦は將來の時節を代表す。内卦強く外卦弱ければ、必ず先に貴にして後に賤し。内卦弱く外卦強ければ、必ず先に賤にして後に貴し。およそ内卦をもって近期とし、外卦をもって遠期とす。内卦旺相にして外卦衰弱なれば、一定眼前價高く日後價落つ。外卦強盛にして内卦氣なければ、一定日後價高く眼前價低し。買進・賣出みな「子孫」の發動を要し、自始至終みな「兄弟」の重爻亂動を嫌う。價錢の高低は時節に趕るを要し、盈虧の多少は卦に憑りて斷定す。大凡脱貨・囤貨は、最も「子孫」の發動を宜しとす、「子孫」は能く「妻財」を生ずればなり。單に「兄弟」の興旺を忌み、一旺んば則ち「妻財」を剋せん。大略このごとく、その餘は理に依りて推詳すべし。

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