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托本求利章第一百七

明 · 张世宝 · 第14巻 / 17

作盤ガイド: 六爻納甲の立卦, 大衍筮法

(以妻財為主,世應內外為憑。)凡將資本借親鄰,房室用車賃與人。凡放債求息並物件與人取利者,或將房船車轎賃與親朋同斷。卦有子孫逢善客,爻逢官鬼遇強賓,妻財最喜臨生旺,兄弟單憂克世身。爻有子孫妻財,或旺相或生世合世克世者,有財有利。若遇官鬼兄弟發動,沖世克世者,多耗多非,若動亦非吉象,切宜忌之。

本章は本錢を放して息を生ぜしむるを占い、「妻財」をもって主とし、「世」「應」と内外卦とをもって憑とす。およそ資本を親戚鄰里に借し、あるいは房屋・車輛を人に租賃するもみな内に算す。およそ債を放して息を收め、および物件を人に借して利を取り、あるいは房子・船隻・車轎を親友に租るも、みなこの一章に照らして斷ず。卦中に「子孫」あれば、遇うは本分の好主顧。爻上に「官鬼」を見れば、遇うは強横の客人。「妻財」最も生旺の地に臨むを喜び、只だ「兄弟」の來りて「世爻」と卦身とを剋するを怕る。爻中に「子孫」「妻財」あり、あるいは旺相、あるいは「世」を生じ「世」と合し「世」を剋するは、則ち財あり利あり。若し「官鬼」「兄弟」發動して來りて「世」を沖し「世」を剋するに遇えば、則ち耗費多く是非多し。この两爻一動すれば則ち吉象にあらず、切に忌諱を要す。

世空我必心多變,應陷他須意不真,應克世爻遭虎噬,外傷內卦被鯨吞。世空則我不情原,應空則他必灰心。世應兩空,彼此皆休。若應克世爻,他必狠心欺賴。外傷內卦,亦彼不良,必致忘恩負義。

「世爻」空に落ちれば、是れ我自己心思多變。「應爻」陷空せば、是れ對方心意不誠。「應爻」が「世爻」を剋せば、猛虎の吞噬に遭うがごとし。外卦が内卦を傷れば、巨鯨に吞沒せらるがごとし。「世爻」空に落ちれば、是れ我本來情願ならず。「應爻」空に落ちれば、是れ彼すでに灰心せり。「世」「應」两爻俱に空なれば、双方此に就きて罷む。若し「應爻」來りて「世爻」を剋せば、對方一定狠心して帳を賴む。外卦が内卦を傷剋するも、また是れ對方心術不良にして、必ず恩を忘れ義を負くに至る。

上下彼我無相剋,異姓相交勝嫡親,應生身世外生內,借主常思了債根,貞悔比和世生應,也主和諧無異心。內外比和,世應相合,乃兩我和順,同胞無異。若應生世、外生內,是信義不忘,利資不少。世生應、內生外,或比和,亦主義中取利,兩意綢繆永久耳。六合百年顏帶悅,六沖旬日面生嗔,前合後沖交不久,今人卻要細沉吟。六合之卦,魚水相投。六沖之卦,冰炭不投。前合後沖,聚而不久兩分離。前沖後合,分而再合交還可。

上下两卦・彼我两爻相剋なければ、異姓の相交わりも親兄弟に勝れり。「應爻」が卦身と「世爻」とを生じ、外卦が内卦を生ずれば、錢を借る人常に債根を還清せんことを記掛す。本卦・變卦五行比和にして「世爻」往きて「應爻」を生ずるも、また和諧にして二心なきを主ず。内外卦比和、「世」「應」相合は、是れ双方和順にして、親しきこと同胞のごとし。若し「應爻」が「世爻」を生じ、外卦が内卦を生ずれば、是れ對方信義忘れず、本利みな收めて少なからず。若し「世爻」が「應爻」を生じ、内卦が外卦を生じ、あるいは彼此比和するも、また情義の中に利を取るを主じ、两下纏綿にして長久なり。「六合」の卦に逢えば、百年もみな笑臉相對す。「六沖」の卦に逢えば、十日の内に便ち面を翻す。先に合して後に沖するの交情は長久ならず。今人これに於いてさらに細々と斟酌すべし。「六合」の卦は魚が水を得るがごとく、両情相投ず。「六沖」の卦は氷炭同器のごとく、格格として入らず。先に合して後に沖するは、聚まること多からずして便ち分離せん。先に沖して後に合するは、一たび疎遠せども、交情なお復合すべし。

索取債利章第一百八

(以財爻為主,應象為憑。)索債還從世應尋,應爻生世必歡忻,世臨兄弟財難取,應陷空中物送人。放債本圖利息,日久人心更變。若應爻生世,不負信行遂有償還之意。世臨兄弟,財亦休囚必然被騙。應落空亡,彼非逃故,亦是貧乏無力而還也。

本章は欠債の利息を討取するを占い、「妻財」をもって主とし、「應爻」をもって憑とす。債を討つにまた「世」「應」两爻上より尋ぬべし。「應爻」が「世爻」を生ずれば、討うるに必ず心順ひ歡喜す。「世爻」上に「兄弟」を坐せば、錢は要り囘しがたし。「應爻」空亡に陷入せば、物を白く人に送るに等し。債を放つは本是れ點點の利息を圖るに、日子一久しければ人心便ち變ず。若し「應爻」來りて「世爻」を生ずれば、是れ欠債人信義を負かず、自ら償還の心意あり。若し「世爻」上に「兄弟」を臨み、「妻財」また休囚無氣を加えば、必然人に騙賴せらる。若し「應爻」が「空亡」に落ちれば、那人は債を躲れ逃ぐるか、貧窮にして償還の力なきなり。

應值鬼爻如克世,彼生惡計賴其銀,應逢兄弟傷身命,口是心非定不仁。應值鬼爻克世,應臨兄弟克世者,皆主不良,口吐出穢之言,心存奸險之意,不惟無利,資本亦虧,若加雀虎,反有禍非。縱若鬼兄臨此應,不傷身世靜非嗔。但應爻臨兄、臨鬼、靜不傷世者,雖見遲延,終無抵賴。

「應爻」上に「官鬼」を坐してまた來りて「世爻」を剋せば、對方便ち壞主意を生じてこの筆の銀子を賴去せん。「應爻」上に「兄弟」を臨みて卦身と本命とを傷剋すれば、那是れ口是心非・斷じて仁義を講らざる人なり。「應爻」が「官鬼」に値して「世」を剋し、あるいは「應爻」が「兄弟」に臨みて「世」を剋すれば、みな對方居心不良を主じ、嘴上に汚穢難聽の話を說き出し、心裡に奸險の算計を藏す。利息を收むべきなきのみならず、本錢をも虧損せん。若しさらに「朱雀」「白虎」を加えば、反って禍事是非を惹出せん。ただ縱し「官鬼」「兄弟」が「應爻」上に臨むとも、只だそれが安静にして卦身と「世爻」を傷剋せざれば、必ずしも惱を着くべからず。只だ「應爻」雖も「兄弟」あるいは「官鬼」に臨めども、安静にして來りて「世」を傷らざれば、則ち討債雖も拖延すれど、ついに帳を賴むに至らず。

如帶文書遲可得,應居財福遂吾心,子興財旺兄爻靜,本利無虧倍獲金。如應臨父母不克世者,或加勾陳,不過遲遲而已,終久有財可得。應值財爻或臨福德,縱不生世,財亦如心。若得子興財旺,兄弟或休或靜,本不虧而利倍獲乃上分大吉之卦。兄動財空連本失,鬼化為財須訴論。兄弟動或財空,本利絕望。若鬼化為財,必經官追訴,方可得之。

「應爻」上若し「父母」(文書)を帶びれば、債は要り得べし、只だ遲きのみ。「應爻」上に「妻財」あるいは「子孫」を坐せば、則ち我が心に稱う。「子孫」旺動し「妻財」旺相にして「兄弟」安静ならば、本錢虧からず利息なお加倍を得。若し「應爻」が「父母」に臨みて來りて「世爻」を剋せず、あるいはさらに「勾陳」を加えば、那不過時日を拖延するのみ、錢ついに手に到るを得。「應爻」上に「妻財」を坐しあるいは「子孫」に臨めば、縱し來りて「世爻」を生ぜずとも、錢財願のごとし。若しさらに「子孫」旺動、「妻財」旺相を得、「兄弟」あるいは休囚あるいは安静ならば、則ち本錢虧なくして利息倍收するは、是れ上等大吉の卦なり。「兄弟」發動しあるいは「妻財」空に落ちれば、本錢をも賠進せん。「官鬼」が「妻財」を變出せば、則ち官司を打ちて乃ち追回すべし。「兄弟」一動し、あるいは「妻財」空に落ちれば、本利みな指望なし。若し「官鬼」が「妻財」に化作せば、必ず官に經て狀を告げて追討して、乃ち手に拿ることを得。

借貸財物章第一百九

(以妻財為主,世應為憑。)借求資本要財興,財不空亡無改更,生合日期方可得,六沖爻象定虛名。借本經營,須靠財爻旺相,或不落空或生世克世,決然便得而無阻隔,然待日辰生合財爻之日,方可到手。六沖之卦萬事無成,豈有得財之理者也,休望!休望!

本章は財物を借貸するを占い、「妻財」をもって主とし、「世」「應」をもって憑とす。口を開きて本錢を借るに「妻財」の興旺を要し、この爻「空亡」に落ちざれば、事情中途に變を生ぜず。日辰が「妻財」を生合するの那一天に至りて、錢乃ち手に到る。若し卦に「六沖」に逢えば、說定するもまた是れ一句の空話なり。本錢を借りて買賣を爲すに、全て「妻財」の旺相に賴る。只だそれが旬空に落ちず、あるいは來りて「世爻」を生じ「世爻」を剋せば、錢一定借り得て阻礙なし。ただなお日辰の生扶しあるいは「妻財」を合住するの日子を待ちて、乃ち眞に手に到る。「六沖」の卦に逢えば則ち萬事成らず、何ぞさらに財を得るの理あらん、さらに指望すべからず。

世應不空兄不動,無財有鬼也須成,後查何日財爻值,便是人間交兌情。世應俱不落空,兄弟又不發動,乃無阻隔之神,雖無財爻上卦而有鬼爻出見,必主得財,要知何日得財,財值之期是也。凡若間爻空與絕,其間中保定無能。一卦之中兩間爻,係為中作保之人,但得旺相生合,決然扶助,若遇空遇絕,乃無力無能不能贊囊耳。若動來克世者,反生嫉妒阻撓。

「世」「應」俱に空に落ちず、「兄弟」また發動せざれば、卦中縱し「妻財」を見ずして只だ「官鬼」出現すれども、この筆の借貸もなお照樣辦り成る。此後只だ「妻財」の當值するの日子を推算せば、那便是れ双方銀錢を交割するの時なり。「世」「應」两爻俱に空に落ちず、「兄弟」また發動せざれば、則ち中より阻礙する凶神なし。縱し「妻財」卦に上らずとも、只だ「官鬼」出現あれば、また必ず財を得。いずれの日にか手を得るを知らんと欲せば、則ち「妻財」値日の期を看よ。およそ两个の「間爻」が空に落ちあるいは絶地に臨まば、居間に作保する人一定能耐なし。一卦の中「世」「應」の當中に夾むる两爻は、居間に說合し作保する人を代表す。只だそれらが旺相にして并せて來生合せば、一定肯んじて力を出し扶助せん。若し旬空あるいは絶地に遇えば、便是れ無力無能にして、幫しがたし。若しこの两爻發動して來りて「世爻」を剋せば、反って嫉妬を生じて、中より阻撓せん。

日辰沖應遭人破,月建扶財囊可盈。日辰沖應或加朱雀交重,必被饞言破阻,日月生用或加青龍福德同宮,決然財盈囊門耳。借貸衣舟尋父母,那移禽獸子孫憑。凡借貸之物,各取其用,冠服文書舟車器血之類,父母為用。飛禽走獸鱗介生氣之物,子孫為用。興隆大吉,空絕大凶。

日辰が「應爻」を沖剋するは、是れ人に中より破壞せらるるを要す。月建が「妻財」を扶助すれば、則ち錢囊滿装すべし。日辰が「應爻」を沖し、あるいは「應爻」上にさらに「朱雀」重爻發動を加えば、必ず讒言に攪壞せらる。日辰・月建が用神を生扶し、あるいは「青竜」が「子孫」と同一爻に在れば、則ち一定財行囊に滿つ。衣物・舟車を借用するは「父母」爻を看るべし、禽畜牲口を挪借するは則ち「子孫」爻に憑れ。およそ借貸する所の東西、各々用神あり。衣冠・文書・舟車・器皿これ一類は、「父母」をもって用神とす。飛禽走獸・魚鼈蟲介等生氣ある物は、「子孫」をもって用神とす。用神興旺ならば則ち大吉、落空・入絶ならば則ち大凶。

搖會得失章第一百十

(以財爻主為,世象為憑。)搖會求財忌六沖,財官不失便亨通,世無空破財不絕,管取其銀入手中。搖會者乃實銀赴會,祈而得之,最忌六沖,沖者散也,豈能成會而得財乎?惟要財官並見,生合世爻者必得自然之利。財世兩爻值空值破值絕,此乃用爻被害乃無用也,會豈得成,而銀豈得濟哉?

本章は搖會の得失を占い、「妻財」をもって主とし、「世爻」をもって憑とす。搖會して財を求むるに最も「六沖」を忌み、只だ「妻財」「官鬼」两爻失われざれば、事情便ち亨通す。「世爻」空に落ちず破に遇わず、「妻財」また絶地に臨まざれば、この筆の銀子は管取して手に到らしめん。所謂搖會とは、各人實銀を出して會に赴き、鬮を抓り彩を搖して錢を得るを謂う。最も「六沖」を忌む――沖とは則ち離散なり。會すでに散じて、何ぞさらに錢を得ることを能わんや。只だ「妻財」「官鬼」同時に出現し、また來りて「世」を生じ「世」と合すれば、自然に利を獲ん。若し「妻財」と「世爻」の两爻が旬空に落ち、月破に遭い、絶地に臨まば、那是れ用神害を受けて形同虛設なり。會すでに辦り成らず、銀子またどうして週轉し得よう。

兄爻持世兄爻動,世或空亡財或空。兄弟者,乃阻耗之神,豈宜持世?又或發動卦中大忌。世為主者,財為用爻,安可落空?爻中值此定是會不財不得。無鬼無財皆不實,定然空去費心功。卦內無財則無財利,卦中無鬼則無張主,皆不成事,則枉費心機,徒然一番話柄耳。

「兄弟」爻が「世」上に坐し、あるいは「兄弟」爻發動し、あるいはまた「世爻」空に落ち「妻財」空に落つれば、これら幾種の情形はみな利ならず。「兄弟」は是れ阻隔耗財の凶神にして、何ぞ「世」を持するを宜しとせんや。それ若しさらに發動せば、さらに是れ卦中の大忌なり。「世爻」は是れ占者自身の主位にして、「妻財」は是れ本章の用神なり。この两爻何ぞ空に落ちることを得んや。爻中一旦犯上せば、必定是れ會既に搖り成らず、錢もまた拿らず。卦中既に「官鬼」なくまた「妻財」なければ、事情みな落實せず、注定して白く一趟を跑り、空しく心力を費やす。卦内に「妻財」なければ則ち財利言うべきなし、卦中に「官鬼」なければ則ち出面して主持する人なし。两樣ともに事を辦り成らず、白く心を勞し神を費やして、最後は只だ一場の空話を落とすのみ。

變產求財章第一百十一

(以應爻為主,財象為憑。)要知產業何時脫,財值提綱便可拋,世應相沖多退悔,勾陳持世永堅牢。變賣產業,但看財爻生旺月日,便可賣去,財爻衰弱終難交易。世應相沖,彼此退悔兩不成交。勾陳者,乃職專田主,又為遲滯之神,若持世或動者,決難更變,永久無移,經云:勾陳職專田土,凡事終見遲留。

本章は産業を變賣して財を求むるを占い、「應爻」をもって主とし、「妻財」をもって憑とす。田産房業いずれの時にか脱手するを知らんと欲せば、「妻財」が月建(提綱)に占住する時便ち拋售すべし。「世」「應」相沖すれば則ち双方多く反悔し、「勾陳」が「世」上に坐せば則ち産業牢牢に守住して賣れず。産業を變賣するは只だ「妻財」が生旺に逢うの月份・日子を看る。彼時便ち賣出すことを得。「妻財」衰弱なれば、ついに成交しがたし。「世」「應」两爻相沖するは、是れ彼此俱に反悔せんとして、買賣爲り成らず。「勾陳」のこ神は專ら田土を管し、また是れ遲滯の神なり。若しそれ「世」を持しあるいは發動せば、産業斷じて更易しがたく、長久にしても轉じ出づべからず。經文に曰く、「勾陳」は專ら田土を司り、凡事ついに遲延拖沓すと。

應居空破誰人買,卦乏官爻孰與交,應生合世妻財旺,爭奪相求價必高。應爻為承買之人,若落空亡乃無力成交。日辰沖破,被人撓阻。用戶內外無官,亦難成事。應爻生世合世,又或財旺來生合,紛紛爭奪產價頓增。兄動財安難脫卸,鬼加雀動訟非招。兄弟若興,財爻安靜,又或空衰,決然難脫,不必多疑,若鬼鼓雀噪,必有訟累非招,牽纏不泰。

「應爻」若し空に落ち破に遭えば、則ち來りて買う人なし。卦中「官鬼」缺くれば、また人に汝と成交するなし。「應爻」來りて「世」を生じ「世」と合し「妻財」また旺んば、則ち買主爭い相い求購し、價錢必定擡高す。「應爻」は承買の人を代表す。若しそれ「空亡」に落ちれば、便ち成交する力なし。若し日辰に沖破せられれば、是れ人の中より阻撓するあり。内外卦ともに「官鬼」を見ざれば、こ椿の買賣もまた辦り成りがたし。若し「應爻」が「世」を生じ「世」と合し、またあるいは「妻財」旺相にして來りて「世爻」を生合せば、則ち買主紛紛として爭奪し、産價立刻上漲す。「兄弟」發動して「妻財」安静なれば、産業脱手しがたし。「官鬼」さらに「朱雀」を加えて發動すれば、なお官司を招惹せん。「兄弟」若し旺んば而も「妻財」安静、あるいは落空・衰弱なれば、那是れ斷じて賣り切れぬなり、さらに猶疑するに及ばず。若し「官鬼」鼓噪し「朱雀」聒噪せば、必定訟累・是非を招きて、糾纏して清まらず。

博戲求財章第一百十二

(以財福為主,世應為憑。)呼盧博戲忌兄興,子絕財空賭不亨。賭錢博奕之事,若兄弟興隆,必被抽籌竅碼,明取暗耗色不順而心不快,財物當輸。若子財不空不絕稍稍而已。一逢空,縱有萬貫囊資,渾如片雪投湯。

本章は賭博して財を求むるを占い、「妻財」「子孫」をもって主とし、「世」「應」をもって憑とす。骰を擲ち錢を賭するに最も「兄弟」の興旺を忌み、「子孫」絶に入り「妻財」空に落つれば、こ一場の賭局は則ち順ならず。錢を賭し棋を下すこれ類の事は、若し「兄弟」爻旺盛ならば、必定人に抽頭・扣碼せられ、明に抽せられ暗に耗せられて、骰色順ならずして心裡痛快ならず。錢財注定して輸せん。若し「子孫」「妻財」空に落ちずまた絶に臨まざれば、不過小さく輸贏あるのみ。一旦落空すれば、縱し萬貫の家資を身上に帶ぶるありとも、一片の雪を滾湯に投ずるがごとく、轉眼に化け盡くさん。

世克應爻我已勝,應來傷世被他贏。世為自己應作他人,倘不傷克,彼我無異。克有數端;旺相能克休囚,休囚不能克旺相。安靜者,受克。發動者,難傷。故經云:靜休當受克,興旺決難傷。世克應爻者,我當全勝必滿心積意而返。應傷世象者,我必大敗,盡囊倒盧而歸。若旺世而生休應,若帶財子亦當大勝。不帶財子,稍得數文而已。旺應而生衰世,則彼來隨我,無不吉利。世應比和相生,彼此謙讓勝負無偏。

「世爻」が「應爻」を剋するは是れ我が嬴るなり、「應爻」が「世爻」を傷るは是れ他が嬴るなり。「世爻」は自己を代表し、「應爻」は對家を代表す。両邊若し互相傷剋せざれば、勝負は上下を分かたず。相剋また幾種の情形に分かつ。旺相の爻は能く休囚の爻を剋し、休囚の爻は旺相の爻を剋し得ず。安静の爻は剋を捱り、發動の爻は傷を被りがたし。故に經文に曰く、安静休囚のは當に剋を受くべく、興旺發動のは傷を受けがたしと。「世爻」が「應爻」を剋するは、我必ず大勝して、滿心得意して回らん。「應爻」が「世爻」を傷るは、我必ず大敗して、囊中を傾け盡くして歸らん。若し「世爻」旺にして往きて休囚の「應爻」を生ずれば、只だ「世爻」が「妻財」「子孫」を帶びれば、なお是大勝なり。財子を帶びざれば、只だ幾文の小錢を嬴るのみ。若し「應爻」旺にして來りて衰弱の「世爻」を生ずれば、那是れ對方我に就くにして、吉利ならざるなし。「世」「應」比和にしてまた相生すれば、則ち彼此謙讓して、勝負一方に偏せず。

應空難遇輸錢客,世陷還遭資本傾。若應值空絕,場中寂寞而無對手。世當沖陷,袖裡空虛惟剩空拳。鬼靜兄衰財福旺,君回定唱凱歌聲。或遇官鬼安靜,兄弟衰絕,財爻旺相,子象興隆,乃獲大利,爽心遂意,復遊笑樂而歸矣。

「應爻」空に落ちれば、賭場上に肯んじて錢を輸する對家に遇わず。「世爻」陷空せば、自己の本錢をも輸光せん。若し「應爻」旬空に落ちあるいは絶地に臨まば、賭場冷清にして對賭する人なし。若し「世爻」沖せられ、空に落ちれば、那是れ袖中空空にして、只だ両空拳を剩すのみ。「官鬼」安静、「兄弟」衰弱、「妻財」「子孫」旺盛ならば、汝回る時は必ず凱歌を唱せんとす。若し「官鬼」安静、「兄弟」衰敗して絶に入り、「妻財」旺相、「子孫」興隆に遇えば、則ち大いにその利を獲て、心に稱い意に快く、興を盡くして嬉遊し、說笑して家に歸らん。

捕獵畋漁章第一百十三

(以妻財為主,世應內外為憑。)漁獵皆宜財旺相,爻中無鬼莫興張,財官兩備方能獲,一象逢空便不昌。凡漁翁獵戶來占,惟取財官為用,卦中缺一便不為美,必得財旺官隆並見,乃漁得巨鱗獵擒大獸。若財鬼二爻一值空亡,則鵝飛戾天魚躍於淵,空張戈矢而不能御。

本章は魚を打ち獵を行うを占い、「妻財」をもって主とし、「世」「應」と内外卦とをもって憑とす。漁獵みな「妻財」旺相を宜しとし、卦中若し「官鬼」を見ざれば出動するなかれ。「妻財」「官鬼」两爻俱全して乃ち收獲あり、その中一爻空に落ちれば便ち吉利ならず。およそ漁翁・獵戶來りて占うは、只だ「妻財」「官鬼」を取りて用神とす。卦中その一を缺けば便ち美滿ならず。必ず「妻財」旺相・「官鬼」興隆の两爻并見を得て、乃ち能く大魚を漁り大獸を獵せん。若し「妻財」「官鬼」两爻の中に一爻「空亡」に落ちれば、則ち飛鳥天に高翔し遊魚淵に深潛す。白く弓箭・羅網を張るとも攔み得ざらん。

世克應爻內克外,管教年得利非常,外爻克內應傷世,枉費心機空自忙。世為人應為物,內為人外為物。若我克物,漁獵盡善俱獲大利。若物傷我,縱有強弓硬弩密網張戈,決難捕捉。世落旬空兄弟動,縱然有物不收藏。若世值旬空月破,乃自無良技奇能,或有兄弟發動,定是靈禽異獸怪鱗智介,畢竟高飛遠遁而難收捕。

「世爻」が「應爻」を剋し、内卦が外卦を剋せば、管取この一年利を獲ること非常ならしめん。外卦が内卦を剋し、「應爻」が「世爻」を傷れば、則ち白く心機を費やし、空しく忙ばん。「世爻」は獵人を代表し、「應爻」は獵物を代表す。内卦は人を代表し、外卦は物を代表す。若し我がこちら物を剋住すれば、漁獵順遂ならざるなく、みな大いに所獲あらん。若し物反って我を傷れば、縱し強弓硬弩・密網利戈あれども、斷じて捕捉し得ざらん。「世爻」旬空に落ちて「兄弟」また發動せば、縱し獵物を見るとも網裡に收め得ざらん。若し「世爻」旬空に落ち月破に遭えば、是れ自己好本事・奇技なきなり。さらに「兄弟」發動を加えれば、それらの鳥獸魚鼈もみな靈異機警にして、ついに高飛遠遁して捕獲しがたし。

安寄財物章第一百十四

(以妻財為主,世應為憑。)物寄他家宜財靜,官衰子旺,無妨貨藏彼處。畏兄興世破應空有失。如占寄他家宜財靜,官衰子旺,無妨貨藏彼處。畏兄興世破應空有失。如占寄頓財貨於他家,須要財爻安靜,官鬼不動子孫旺相為最,兄弟發動不美。世爻被沖應落空亡,畢竟消耗財物,伏托豈為美哉?

本章は財物を別家に寄放するを占い、「妻財」をもって主とし、「世」「應」をもって憑とす。東西を別人家に寄放するに、「妻財」の安静を宜しとし、「官鬼」衰弱にして「子孫」旺相ならば、貨物彼邊に藏れども妨なし。只だ「兄弟」旺動、「世爻」破に遭い、「應爻」空に落つるを怕れれば、則ち損失あらん。此處底本文句重出し、再び申すに寄物は財静・官衰・子旺を宜しとし、兄興・世破・應空を怕る。およそ財貨を別人家中に寄頓するを占うに、須ち「妻財」爻安静、「官鬼」動かずして「子孫」旺相なるを要す。これ最もよき格局なり。「兄弟」發動すれば則ち美ならず。若し「世爻」沖せられ「應爻」空亡に落ちれば、ついに財物を耗損せん。こごとき托付は豈に妥當と算すべけんや。

應傷衰世他非善,世隨鬼墓我非祥。世為我應為彼,而世不可空,若被旺應傷克衰世,他必非是善良之輩。或世隨官鬼入墓,而財為主象,忌入空亡,靜無後患之辭,動有變爻之論。貨物悉以財爻為主,當形象於六爻,切忌空亡無氣。財明沉靜,則久久無損。興發則有變動之機兆也。

「應爻」が衰弱の「世爻」を傷剋せば、寄放する那家人は善類にあらず。「世爻」が「官鬼」に隨いて墓に入れば、我がこちらもまた吉祥ならず。「世爻」は我を代表し、「應爻」は對方を代表す。「世爻」は空に落つべからず。若し旺相の「應爻」來りて衰弱の「世爻」を傷剋せば、那家人必定善良の輩にあらず。あるいは「世爻」が「官鬼」に隨いて一同に墓に入れば、また是れ凶象なり。「妻財」に至りては是れ本章の主象にして、「空亡」に落つるを忌む。それ安静なれば後患あるべきなし、一發動すれば則ち變爻に按じて斷ずべし。寄存の貨物全て「妻財」爻をもって主とし、要は六爻の中にその形貌を看清せよ。切に落空・無氣を忌む。「妻財」爻明朗にして沈靜なれば、貨物便ち長久に損なし。一旦興動發揚すれば、變故の出づるの苗頭あり。

化絕化空,終遭虧損。化兄化鬼,豈不成傷。動者化機括,化者動之變遷,如財爻一至於化絕則絕,無可生之理;或財爻一至於化空則空,寧有盈實之肘,故日終遭虧損。兄弟乃克財之神,化兄則財遭剝伐,鬼爻為洩氣之輩,化鬼則財被侵謀,故日豈不侵傷者也。

「妻財」が絶地を變出し空亡を變出せば、ついに虧損を遭わん。「兄弟」を變出し「官鬼」を變出せば、何ぞ損傷を受けざらんや。發動は是れ變化の機關にして、變爻は則ち發動之後の轉折なり。「妻財」一旦絶地に變ずれば則ち眞に絶えて、さらに生發の道理なし。「妻財」一旦空亡に變ずれば則ち眞に空し、何ぞさらに盈實言うべきあらん。故に曰く、ついに虧損を遭わんと。「兄弟」は是れ「妻財」を剋する凶神にして、「妻財」が「兄弟」を變出せば、財便ち剝奪せらる。「官鬼」は是れ「妻財」の氣を泄るの爻にして、「妻財」が「官鬼」を變出せば、財便ち人に算計侵吞せらる。故に曰く、何ぞ侵損を受けざらんやと。

化子化財咸吉慶,化生化旺永平寧。子孫是福神,生財之母也。財爻為主宰,安寄之司也。咸皆吉慶,是為至理。財化生源,物化旺相,永獲平寧,而豈妄焉。化水防上下之玄冥,亥子父動皆然。玄冥,水神也。財化水爻,或卦申水火發動,恐遭上漏下溼而致腐爛也。化火防內外之祝融,巳午鬼興同意。祝融,火神也。財如化火,或爻中火鬼交重,應慮內失外延焚如之慘。

「妻財」が「子孫」を變出し「妻財」を變出するは、みな是れ吉慶なり。長生の地を變出し旺相の鄕を變出せば、則ち長久平安なり。「子孫」は是れ福德の神にして、また是れ財を生ずるの母氣なり。「妻財」は是れ本章の主宰にして、寄存の事を掌管する用神なり。この两樣みな是れ吉慶の象にして、乃ち至當の道理なり。「妻財」生地を變出し、貨物變りて旺相なれば、自然長く平安を保つ、決して虛言にあらず。「妻財」が水爻に變ずれば、「玄冥」の水神の作祟を防ぐを要す。「亥」「子」水爻上の「父母」發動もまた同じくなり。玄冥則ち是れ水神なり。「妻財」が水爻に變じ、あるいは卦中水爻・火爻發動せば、只だ上頭漏雨・下頭返潮して、貨物を泡爛せしめんことを怕る。「妻財」火爻に變ずれば、「祝融」の火神の作祟を防ぐを要す。「巳」「午」火上の「官鬼」旺動もまた同一の意なり。祝融則ち是れ火神なり。「妻財」若し火爻に變じ、あるいは爻中火性の「官鬼」重爻發動せば、則ち屋內失火・延燒屋外の慘禍に慮を及ばすべし。

遇玄武,恆憂偷盜。逢朱雀,每恐生非。玄武是賊人,恆者常也,常常憂盜賊侵偷子財。朱雀唇吻也,每亦常也,每每恐怕激生口舌。六合最宜寄頓,六沖豈可安藏。六合之爻或日辰合世應,大官寄財頓物因其彼此心口投機。六沖之爻,或日沖主用,不得安貨藏財為其付託,後有更變也。後之學者宜細參詳。總言受讀之者,更宜參酌推詳,不可以其易而忽諸。

卦中「玄武」に遇えば、常に偷盗を防ぐを要す。「朱雀」に逢えば、常に是非を惹くを怕るべし。「玄武」は賊人を代表し、「恒」は則ち常常なり。故に時時に盗賊の來りて寄存の財物を偷竊せんことを憂慮を要す。「朱雀」は口舌の爭端を主じ、「每」もまた是れ常常なり。故に處處に口角を激出せんことを提防を要す。卦に「六合」に逢うは最も東西を寄放するに適す。卦に「六沖」に逢えば、何ぞ安心して存藏せんや。「六合」の卦に逢い、あるいは日辰が「世」「應」と相合せば、最も財を寄し物を頓くるに宜し、双方心口相投ずればなり。「六沖」の卦に逢い、あるいは日辰が主要の用神を沖剋せば、則ち貨財を彼處に存放すること能わず、托付の後必ず變故を生ずればなり。後來この道を學ぶ人は當に細々と參詳すべし。總じて言えば、こ章を讀む人は、さらに該當反覆して斟酌推求し、その文字の淺近なるをもって軽忽するなかれ。

取贖人產章第一百十五

(以世爻為主,用象為憑。)收回人畜產和書,贖取衣衾實其珠,俱怕六沖兄獨發,還嫌世位值空時。但凡回贖男女、離獸、房產、車船、書籍、衣飾珍寶之類,皆忌六沖之卦。兄弟為阻節之神,不宜獨發。世象乃贖物之主,最怕空亡。

本章は當に出したる人口・産業を贖回するを占い、「世爻」をもって主とし、各物の用神をもって憑とす。人口・牲畜・田産・文書を收回し、衣被および珠寶の類を贖取するは、みな卦に「六沖」と「兄弟」の獨自發動とに逢うを怕れ、また「世爻」正に旬空に落つるを嫌う。およそ男女人口・牲口・房産・車船・書籍・衣飾珍寶これ一類の東西を回贖するは、みな「六沖」の卦を忌む。「兄弟」は是れ阻隔留難の凶神にして、單獨に發動を宜しとせず。「世爻」は是れ物を贖う人の主位にして、最も「空亡」に落つるを怕る。

更愁日月來沖世,合處加沖變定知,應克世爻難合就,用空鬼失嘆虛辭。凡占以世為自己,最嫌日月來沖,又怕應爻來克。世應雖逢相合,若被日主或變象沖開當允諧後必悔更。世象縱無沖破,鞝若用值旬空或卦無鬼,豈得如心,決難回贖。

さらに愁うるは日辰・月建が前來して「世爻」を沖剋するなり。本來相合するにまた一沖を添えば、事情必ず變卦を生ず。「應爻」來りて「世爻」を剋すれば、双方談かれ合わず。用神空に落ち、卦中「官鬼」を失えば、説き定めたる好話も空談と成る。およそ占うに「世爻」をもって自己と爲すに、最も日辰・月建の來りて沖するを嫌い、また「應爻」の來りて剋するを怕る。「世」「應」两爻相合すと雖も、若し日辰あるいは變爻に沖開せられば、當時は爽快に應諾すと雖も、事後必ず翻悔せん。「世爻」縱し沖破なくとも、倘し用神旬空に落ち、あるいは卦中に「官鬼」無ければ、また稱心しがたく、こ産業は斷じて贖い回らざらん。

諸般不犯方為得,見一一徒勞意相痴,再問所求何物件,用爻入卦原能知。但占回贖貨物,所忌六沖兄動,世空世破,合處逢沖用象落空,六爻無鬼,以上數端毫無所犯者,事必勝心,物能返璧。如犯忌爻,終當絕望,細查所贖何物,方定用爻。問妻僕、而看財爻,占書籍而觀父母,占禽獸而推福德,贖田地而察勾陳,若得用爻上卦,不值旬空便能如原。

以上の各條、一つも犯さざるを得てこそ贖回し得べし。其中の一條を犯せば便ち白く心を操り、空しく痴想するなり。所贖の果たして何物なるやに至りては、用神の上卦するや否やを看れば便ち明白なり。およそ貨物を回贖するを占うに、忌諱する所は卦に「六沖」に逢う、「兄弟」發動、「世爻」落空あるいは破に遭う、本合して中途沖に逢う、用神落空、六爻に「官鬼」を見ざるなり。以上の幾項一條も犯さざれば、事情必ず稱心して、東西能く完璧に歸還せん。若し忌爻を犯せば、終に絶望あるのみ。さらに細かに所贖の何物たるを察して、乃ち用神を定むべし。妻妾奴僕を贖うは「妻財」を看、書籍を贖うは「父母」を看、禽獸を贖うは「子孫」(福德)を推し、田地を贖うは則ち「勾陳」を察す。只だ用神上卦して旬空に落ちざれば、便ち願いのごとく收回し得べし。

探物真僞章第一百十六

(以用爻為主,不空不絕為佳。)物之真偽卻難憑,爻察虛盈必有因,僧道獸禽憑福德,神仙妖怪鬼為尊,珍珠古物財中取,印信文書父上尋,蘆藤竹木查寅卯,玉石鋼銅辨酉申,綾羅絹緞須從火,如此將來定用神。探辨物之真假,由加意而窺測難信虛浮遽為實切,必察物之虧盈,庶免彼之悔弄,緇流羽上子孫上究。飛禽走獸,福德中求。鬼是神仙妖怪,財乃玩器珠珍,父母尋印信文書,寅卯作蘆藤竹木,金銀銅鐵玉石莫逃於申酉,綾羅一疋絹絲,可索於南離,如斯剖決用神也。

本章は物件の真假を辨別するを占い、用神をもって主とし、用神の空に落ちず絶に入らざるをもって佳とす。東西の是れ真なるや假なるやは、單に眼力に憑りて斷定しがたく、爻上よりその虛實を察看すれば必ず縁由あり。僧道および飛禽走獸は「子孫」(福德)に憑り、神仙妖怪は「官鬼」をもって主とし、珍珠古玩は「妻財」上より取り、官印文書は「父母」上に往きて尋ね、蘆葦藤條竹木は「寅」「卯」を査し、玉石鋼銅は「酉」「申」に辨じ、綾羅絹緞は須らく火爻上より看るべし。こ樣に照らせば便ち用神を定め下し得。物件の真僞を探辨するに、留心して窺測し、輕しく浮華の外表を信じて真品と當るべからず。必ずその虧損と完好とを察看して、始めて人に愚弄せらるるを免れん。僧人道士は「子孫」爻上より推究し、飛禽走獸もまた「子孫」(福德)中に求め、「官鬼」は神仙妖怪を主じ、「妻財」は玩器珠寶を主じ、「父母」上に官印文書を尋ね、「寅」「卯」木爻は蘆藤竹木を代表し、金銀銅鐵玉石は「申」「酉」金爻を逃れ出づべからず。綾羅絹絲の一類は則ち南方離火中に向かいて找るべし。こ樣のごとくすれば便ち用神を剖判し出づべし。

遇空絕推為假,逢旺逢生斷作真,受克受沖物必損,有扶有合價如金。用若空亡死絕,定為假物。用如旺相長生,非是贗品,為被克被沖,物身瑕玷有損,逢扶逢合,價值高貴不低。若伏生中宜用負,如居克下不須擒。設若伏處遇生,買之得當。倘伏制於克下,卻為非宜。世克用爻能易得,用爻克世最難求。易得易求之物,定是世克用爻。難求難取之珍,斷然用爻克世。物理隱蘊於幽微,人心旁搜於洞察。

用神旬空に遇い絶地に入れば、贗品と推斷す。旺相に逢い生扶を得れば、真貨と斷定す。用神剋を受け沖を受ければ、物件必ず損傷あり。扶あり合あれば、價錢黄金のごとく貴し。用神若し「空亡」に落ちあるいは死絶せば、一定假東西なり。用神若し旺相あるいは長生に坐せば、便ち贗品にあらず。若し剋せられ沖せられば、こ件の東西身上に瑕疵破損あり。若し生扶に逢い合に逢えば、價値必定高昂す。用神伏藏して生扶を得るは買い下ぐるに宜しく、伏藏して剋神の下に壓せらるれば則ち取りに行くに及ばず。假に伏神の所在の處生に遇わば、買い進めるに正に合適す。倘若伏神上面の飛神に剋制せられば、反って下手するに宜しからず。「世爻」用神を剋すれば則ち得手しやすく、用神「世爻」を剋すれば則ち求取最も難し。到手しやすく求得しやすき東西は、一定是れ「世爻」用神を剋すなり。求めがたく取りがたき珍品は、斷じて用神「世爻」を剋すなり。物中の道理は幽微の處に隱れて、人心は卻って旁より多方に搜求して、始めて看るに透徹す。

臥牀趨避章第一百十七

(以三爻為主,鬼靜為憑。)凡人問卜置眠床,卻把三爻作用詳。寢室為歇息之所,眠床乃寢臥之區,置之迪吉,居之定安,百姓下以否藏三爻用為判斷,忌值鬼爻多病疾,宜加財福永安康。用爻若逢官鬼,名曰忌神管攝,便有疾病生焉。如遇財福是為吉象,豈不安寧?

本章は臥牀を安置するの宜忌を占い、第三爻をもって主とし、「官鬼」の安静をもって憑とす。およそ人の來りて眠牀の安置を占うは、便ち第三爻を把りて用神と當り細推す。寢室は歇息の所在にして、眠牀は睡臥の處なり。安置吉利なるを得て、住みて始めて安穩なり。百姓家中の安藏するや否やは、みな第三爻をもって用神と爲して判斷す。こ一爻は「官鬼」に坐するを忌諱し、かくのごとくすれば多く病痛を生ず。「妻財」「子孫」を加うるに宜しくして、始めて長久安康なり。用神爻若し「官鬼」に遇わば、那は則ち忌神に管住せらると叫作して、疾病便ちこより生ず。若し「妻財」「子孫」に遇わば、便ち吉象にして、怎んぞ安寧ならざらんや。

但逢兄弟妻當厄,僧道占之反吉祥。財為妻室,兄爻鬼之定主荊人有厄,兄是比和,孤獨見之,即為同伴何妨。床爻克世身遭患,如臨父母損兒郎。凡是我御之者,得之安,則世世安然。凡克世爻者遭之否,則常常染患。父母為傷兒之殺,不可親臨。

牀爻若し「兄弟」に坐せば、妻子災厄に遭うべし。但だ僧人道士の占い得るは反って吉祥なり。「妻財」は妻室を代表し、「兄弟」は「妻財」を剋するの爻なり。牀上に「兄弟」を見れば、一定家中の妻室に難あるを主す。不過「兄弟」は我と同類比和の爻にして、孤身獨處の出家人それを見れば、只だ同伴の相陪するに當るのみ、竝びに妨礙なし。牀爻若し「世爻」を剋せば、自身病患に染まるべし。牀爻若し「父母」に臨まば、則ち兒女を損傷す。およそ我の駕馭し得る爻は、それを得れば便ち安穩にして、一世みな平安なり。およそ「世爻」を剋する爻は、それに遇えば便ち不利にして、常常病むべし。「父母」は子孫を傷剋するの凶煞にして、牀爻上に臨むべからざるなり。

推官不獨三爻上,凡鬼交重便作殃。官若作殃,不獨三爻而見,鬼能為禍,寧辭六位而推。六沖非是安身,所用神不可犯空亡。床欲安身,沖並難能寧諡,三為床體,空亡豈得安祥?屋猶榻定夫婦之居,床即房為蕃息之處,事非小可,樂莫大焉。

「官鬼」を推斷するに第三爻に限らず。六爻中およそ「官鬼」交爻・重爻をもって發動せば、みな作祟せん。「官鬼」の作祟は竝びに第三爻上に出現するのみならず。それ能く爲禍するは、六箇の爻位みな一竝に推詳すべし。卦「六沖」に逢えば便ち安身の象にあらず。所取の用神もまた「空亡」を犯すべからず。牀は用いて安身する所にして、卦沖擊に逢えば安寧を得がたし。第三爻は正に牀身にして、一旦落空せば、那裏にかさらに安穩あらん。屋子は譬えば一張の榻のごとく、定まるは夫婦同居の所なり。牀の所在の房は、正に子嗣を生養するの地方なり。こ件事は竝びに小可にあらず。安頓し好ければ、人生の快樂こより大なるはなし。

壽木喜忌章第一百十八

(以用爻為主,福德為憑。)修合壽木用爻求,安靜興隆百載留。人以百歲為期,棺以七寸普厚,為親而充虞敦匠,因子而顏路請車治造,或吉歲而閏年停閣,原千秋而萬紀,取舍憑占,喜忌愛卜。用爻安靜綿遠淹留,主象旺興延長永久。

本章は棺木を預造するの宜忌を占い、用神をもって主とし、「子孫」(福德)をもって憑とす。壽材を修造するは用神上に求むべし。用神安静して興旺なれば、棺木便ち存放して百年べし。人は百歲をもって壽限と爲し、棺木は七寸の厚さをもって常制と爲す。孟子かつて充虞を遣わして棺椁を督造せしめて母を葬り、顏路もまたかつて子顏回の喪事のために車を賣り椁を買わんことを請う。あるいは好年成・閏年に趁りて先に備えて停放する。本意みなそれ千秋萬世壞れざるを求むるなり。做るや做らざるやは全く占卜に憑り、喜忌何處に在るやもまた卦に問うべし。用神安静なれば、棺木便ち存放して長久なり。主象旺相興隆なれば、また延年して久遠を主す。

如陷如無延數日,逢生逢旺度千秋。用若原無或傾陷,止活數日而已。用如長生或旺相,壽享長一。化空化鬼身難久,無破無傷壽未休。主爻化空化鬼,其身難久不損,無沖厥壽靡竅。

用神若し陷空しあるいは上卦せざれば、壽命只だ幾日の間に在り。用神若し生に逢い旺に逢えば、則ち長く千秋を享くべし。用神元本上卦せず、あるいは落空傾陷せば、那は則ち只だ再び幾日を活くるのみ。用神若し長生に坐しあるいは旺相に當れば、壽元便ち長久なり。用神空亡を變出し「官鬼」を變出せば、身體久持しがたし。破に遭わず傷を受けざれば、壽數便ちさらに到頭せず。主爻空に變じ鬼に變ずれば、こ人の身子和えて多久を撑えず。反って若し損せず沖せざれば、その壽命もまた窮盡なし。

鬼動忌興休合槨,龍搖子發任興修。鬼爻為凶惡之神,忌神乃克用之煞,故不宜動,動則不可做材。龍福乃禎之兆,青龍為喜慶之星,興搖允宜合木。鬼克世身終害己,隨官入墓即丁憂。應克世身者,鬼也。忌興而反來克害於我,亦何益矣!葬埋棺槨者,墳也。忌鬼而反去,隨官入墓,豈不憂哉?

「官鬼」發動し忌神旺起せば、則ち手を動かして棺椁を合造するなかれ。「青龍」搖動し「子孫」發動せば、則ち盡く放手して興修すべし。「官鬼」は是れ凶惡の神にして、忌神は是れ用神を剋制するの煞なり。故にみな發動を宜しとせず、一動すれば便ち材を做るべからず。「青龍」と「子孫」は是れ祥瑞の兆にして、「青龍」さらに是れ喜慶の星なり。それ一發動すれば、正に木を合わせ棺を造るに宜し。「官鬼」「世爻」と卦身とを剋すれば、終に自己に害を及ぼす。「世爻」「官鬼」に隨いて墓に入れば、則ち喪事に遭遇せん。來りて「世爻」と卦身とを剋するは、正に是れ「官鬼」なり。本來すでにそれの旺起を忌むに、それ卻って反って來りて我を剋害す。こ何の好處かあらん。棺椁埋め下ぐる所歸の處は便ち墳墓なり。本來すでに「官鬼」を忌むに、「世爻」卻って反ってそれに隨いて一同に墓に入れば、怎んぞ人をして憂懼せしめざらんや。

凡遇間爻傷世者,尤防工匠起奸謀。匠人在間爻上看,不發動傷世,工師不謀損於吾。若發動克身,匠作必肆奸害於我。倘然驚倒尋官鬼,縱動無官莫慮愁。又有一等木匠不存恆心主人家,或有怠慢,則魔禳陰害,但官鬼不作,萬無妨己,縱然別爻發動,不繫官鬼,亦何愁慮之有?

およそ「間爻」の「世爻」を傷剋するに遇えば、尤も工匠の壞心を起すを提防すべし。匠人は「間爻」上に看るべし。こ爻發動せず「世」を傷らざれば、工匠師傅便ち我を算計せざらん。若しそれ發動して來りて卦身を剋せば、匠人一定要して奸を施し壞を使いて我を害せん。倘若人に暗算せられんことを擔心せば、便ち往きて「官鬼」を査せよ。縱し爻發動するありて「官鬼」にあらざるとも、また憂愁するに及ばず。さらに一等の木匠は主家に對して長久の心を存せず。主人些か怠慢あれば、他便ち厭勝の法を用いて暗中に加害す。但だ「官鬼」發動せざれば、萬萬自己を傷るに及ばず。縱し別の爻發動すとも、只だ「官鬼」に屬せざれば、また何の憂慮すべきかあらん。

妻僕去留章第一百十九

(以財爻為主,應象為憑。)留妻留僕財為用,逢旺逢生必遂機,應帶煞神沖剋世,陰謀誠恐害身軀。男女原有室家,夫得婦以陪衾枕,無今人不成君子主得僕以當侯門屙,或去或留決同人之美惡,宜取宜舍,究藏獲之吉凶。妻房以妻財為主,童僕以財象為憑,旺相而妻女在心,生扶而廝養得力,應帶官鬼大煞而沖剋於世,我後被設陰險之謀。用坐煞害而刑傷於我,世被彼生奸宄之驗。

本章は妻妾奴僕の去留を占い、「妻財」をもって主とし、「應爻」をもって憑とす。妻室僕役を留下せんと欲するは、みな「妻財」をもって用神と爲す。こ爻旺に逢い生に逢えば、必定稱心せん。「應爻」凶煞を帶びて「世爻」を沖剋せば、只だそれ暗中に計を設けて本人を傷害せんことを怕る。男女本來各おの家室あるべく、丈夫たるは妻子を得て共に枕し同じ衾し、主人たるは僕役を得て門戶を看守す。去留取舍は、全くこらの人の品性の好壞を看、留むべく遣わすべく、みな奴婢僕從の吉凶を推究すべし。妻室は「妻財」をもって主と爲し、童僕もまた「妻財」をもって憑と爲す。こ爻旺相なるは、是れ妻女一心にして家裡に向かうなり。こ爻生扶を得るは、是れ僕役力を出し上ぐるを得るなり。若し「應爻」が「官鬼」大煞を帶びて前來して「世爻」を沖剋せば、日後我必ずそれ陰險の道に著かん。若し用神凶煞に坐して我を刑傷せば、また是れ「世爻」それに奸邪の心を生ぜしめらるの應驗なり。

應空身在心不在,財破情虛命又虛,應不空亡財不破,妻無他意僕無欺。應空則身浮心詐,財破則壽夭情虛,若得應不空亡,雖荊布而同心力,則無破損不欺主而赤膽忠心。財安子動留還吉,鬼發兄興去速宜,六合始終無變易,六沖朝夕應分離。凡留妻僕,最宜財安子旺相。招養屬,不宜鬼發兄興,六合則有始有終,永無更變。六沖則難防不測,早晚分離。

「應爻」落空せば、こ人は是れ身子こ處に在りて心早く已に在らず。「妻財」破に遭えば、是れ情意虛假にして壽命もまた長くがたし。「應爻」落空せず、「妻財」破に遭わざれば、妻子便ち二心なく僕人もまた主を欺かず。「應爻」落空するは、是れ人浮きて心詐なるなり。「妻財」破に遭うは、是れ壽短く情虛なるなり。若し「應爻」空亡に落ちざれば、妻室縱し荆釵布裙なりとも肯んじて我と同心協力せん。「妻財」破損を受けざれば、僕役便ち主を欺かずして赤膽忠心なり。「妻財」安静、「子孫」發動せば、留下するは是れ吉なり。「官鬼」發動、「兄弟」旺起せば、則ち早々に打發して去らしむるに宜し。卦「六合」に逢えば、始終變ずることなし。卦「六沖」に逢えば、早晚分離せん。およそ妻妾僕役を留住せんと欲するに、最も「妻財」安静にして「子孫」旺相なるを宜しとす。招收收養こ一類は、「官鬼」發動、「兄弟」興旺を宜しとせず。「六合」に逢えば則ち始あり終あり、永く更改なし。「六沖」に逢えば則ち意外を防ぎがたく、遲早離散せん。

如留子侄兒憂絕,若用他人應莫虛,手足卻嫌兄弟陷,各分用象決高低。如留子孫,取子孫為主,留他人,取應象為憑。留手足,觀乎兄弟。留尊長,察其文書,各定用爻,莫臨空絕。凡用爻生世合世則吉,沖世克世則凶。用應有拱向之理,世我大要生扶,若也無情而不如始不相識,如臨有益而門祚到底竟克合終。

若し子侄輩を留下せんと欲すれば、只だ「子孫」爻の絶に入るを怕る。若し外人を留用せんと欲すれば、「應爻」虛空なるべからず。若し留むるは兄弟手足なれば、便ち「兄弟」爻の陷空を嫌う。各おの身位に按じて用神を分定して、始めて去留の高下を判じ出づべし。子侄を留むるは、「子孫」を取りて主と爲す。外人を留むるは、「應爻」を取りて憑と爲す。兄弟を留むるは、便ち「兄弟」爻を看。尊長を留むるは、便ち「父母」(文書)爻を察す。各おの用神を定準して、みな旬空に落ち絶地に臨むべからず。およそ用神「世」を生じ「世」と合すれば便ち吉、「世」を沖し「世」を剋すれば便ち凶。用神と「應爻」は本來拱護相向の道理あり、「世爻」に對しても大いに生扶を要す。若し彼此情なければ、當初根本相識らざりしに如かず。若し相扶有益なるを得ば、こ一門の福祚は始より終に至りて克に諧和圓滿せん。

鬭毆爭競章第一百二十

(以世應為主,生克為憑。)彼我相爭世應尋,忌沖忌克喜相生。凡占爭鬥,只把世應分為兩我,若世應行合,彼此並無大忿,亦無大損大益,倘遇克害刑沖,則爭長競短,各用機謀,故經云:欲分勝負,先將世應推詳。

本章は鬭毆爭競を占い、「世」「應」をもって主とし、两爻の生剋をもって憑とす。彼我相爭うは、便ち「世」「應」两爻上に消息を尋ね、相沖するを忌み相剋するを忌み、彼此相生するを喜ぶ。およそ爭鬭を占うに、只だ「世」「應」を把りて两方と分作す。两爻若し相合せば、双方竝びに大なる忿爭なく、また大損大益を談ずるに及ばず。倘若剋害刑沖に遇えば、那は則ち長を爭い短を論じ、各おの機謀を出さん。故に經文に曰く、勝負を分かたんと欲せば、先ず「世」「應」を推究明白にせよと。

日月沖身我受辱,交重克應彼遭刑。世乃我之用爻,豈可傷克?若日辰月建沖剋世者,我必被辱。若內外動爻克應者,彼必受虧。應爻克世他當勝,世爻克應我當贏。應爻為彼,若克我世者,我必有虧。彼旺克我,世又衰微大受損傷。若帶官兄雀虎劫煞等神來克者,小則受辱破財,大則經官被責,莫可輕視。倘或應雖伐世,彼當衰絕之鄉,或被日辰月將沖應克世者,名曰自己受制無能害人,我雖被克決無大害,空則亦然。若世旺克應或世動克應、日辰生我克應、或動爻助我克應者,則不費心力理直勢順,大獲全功。

日辰・月建が卦身を沖剋せば、我がこちら屈辱を受くべし。動爻が「應爻」を剋せば、對方損を吃すべし。「世爻」は我の用神にして、怎んぞ傷剋せらるるを得んや。若し日辰・月建が「世爻」を沖剋せば、我必ず欺辱を受く。若し内外卦の動爻が「應爻」を剋せば、對方必定損を吃す。「應爻」が「世爻」を剋するは、是れ彼が嬴たんとするなり。「世爻」が「應爻」を剋するは、是れ我が勝たんとするなり。「應爻」は對方を代表し、それ若し我が「世爻」を剋せば、我必ず損失あり。況んや彼旺にして我衰うるに、「世爻」さらに大いに損傷を受けん。若し來りて剋するの爻上にさらに「官鬼」「兄弟」「朱雀」「白虎」「劫煞」等の凶神を帶びれば、輕ければ辱められ財を破り、重ければ官司を打ち責罰を挨りて、軽視すべからず。倘若「應爻」雖し來りて「世爻」を伐つとも、自ら正に衰絶の地に處し、あるいは日辰・月將に沖住せられれば、雖し「世爻」を剋するとも無力なり。こを彼自身先に制を受けて人を害し得ずと叫作し、我縱し剋せらるとも大礙なし。「應爻」が落空するもまた同じ道理なり。若し「世爻」旺にして「應」を剋し、あるいは「世爻」發動して「應」を剋し、あるいは日辰我を生じて「應」を剋し、あるいは動爻あって我を助けて往きて「應」を剋せば、那は則ち何の氣力をも費やさず、理直にして勢順に、大いに全勝を獲るべし。

世空自退無相敵,應空彼避不相徵。如世爻逢旬空,乃自己理屈心辰有始無終而已,但得天乙青龍天喜吉神動扶,當有維持之力,若值兄鬼兩動,必要破財。應爻落空,乃虎頭蛇尾之事,彼必漸退,訟無了結。世應兩空,則彼此甘休,官父並衰,乃公私盡釋。

「世爻」落空せば、是れ我自己退讓して敵に對する心なし。「應爻」落空せば、是れ彼が躲避して來りて相爭わず。「世爻」若し旬空に逢えば、是れ自己理虧して心虛に、事情始ありて終なし。不過若し「天乙」「青龍」「天喜」等の吉神發動して來りて扶るを得れば、さらに人中より維持するあり。若し「兄弟」「官鬼」两爻俱に動くに碰上れば、那は則ち必定財を破らん。「應爻」落空せば、事情是れ虎頭蛇尾にして、對方漸漸退讓し、官司もまた了とせずして了せん。「世」「應」两爻俱に落空せば、則ち双方甘心して罷休す。「官鬼」「父母」两爻同じく衰うれば、則ち公事私怨みな一竝に了結せん。

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