修真煉性章第一百四十一
(修釋以全為主,修道以大為憑。)離官修定瞿曇之佛能成,坎府求玄蓬島之仙可作。人慾超凡入聖,須世旺身安。靈臺修持出塵入定,西方佛子證果皆成,腎水得堅,東來紫氣青牛獨跨超然入關,卦須世旺,又在身安。
本章は真を修め性を煉るを占う。佛を學ぶは金をもって主とし、道を學ぶは木をもって憑とす。《離》宮に在りて定を修すれば、能く釋迦のごときの佛果を成就せん。《坎》府に在りて玄を求めれば、蓬萊仙島上の神仙と作すべし。人凡を超え聖に入らんと想うに、須らく「世爻」旺相・卦身安穩を得べし。心地(靈臺)に用功修持して、塵を出で定に入れば、西方の佛弟子みな果を證し得べし。腎水凝固して泄れざれば、便ち老子の紫氣東來して、獨り青牛を跨り超然として關を出づるがごとし。こ两條みな須らく卦中「世爻」旺相、還た卦身安穩を要す。
無身則聖岸難登,空世則天書不絕,陰陽安伏,心清意靜好修真。內外交重,情亂性剛難學道。若或無身,則彼岸難登。如其空世,則天書不錄。陰陽得位安然不動,是乃心清意靜,真修之善士,若果內外交重,此乃情亂性剛,非為學道之高人。六爻不興,收六賊寧靖,六賊者,眼耳鼻舌身意也。五行恆逆,則五類真全,五行者,心肝脾肺腎也。六賊不興,必心有主宰,固宜修養。五行恆逆,則戕坎填離金丹可就。無合無沖,事無阻隔節得。不空不動,身如磐石之無改移也。
卦中身なければ、則ち聖境の彼岸に登上るべからず。「世爻」落空せば、仙班の名錄上に便ち汝の名字なし。陰陽各おのその位に安んじて潛伏不動なるは、始めて是れ心清意靜にして好く真を修るの人なり。内外卦交重亂動せば、便ち是れ情亂れ性剛にして、道を學ぶこと難し。倘若卦中卦身を見ざれば、彼岸就中登りがたし。倘若「世爻」落空せば、天上の名冊便ち汝を錄せず。陰陽各おのその位を得て安然として動かざるは、こ始めて是れ心清意靜・眞心修行の善士なり。若し内外卦交爻重爻亂動せば、那便是れ情思紛亂・性情剛躁にして、道を學ぶの高人にあらず。六爻妄動せざれば、六賊則ち收伏安寧す。所謂六賊は、是れ眼・耳・鼻・舌・身・意なり。五行常常逆行せば、五藏の真氣就中完全なり。所謂五行は、是れ心・肝・脾・肺・腎なり。六賊起こらざれば、必是れ心中有主宰ありて、正に靜養を宜しとす。五行逆行せば、便能く坎を取りて離を填め、金丹成すべし。卦合なくまた沖なければ、事情就中阻隔なくして節制すべからず。用神落空せずまた發動せざれば、こ身便ち磐石のごとく一般にして移改せざらん。
燒丹養火,喜龍虎之交蟠,面壁坐禪,得坎離之交姤。卦屬金宮,釋門可入;世臨本地,道教宜從。龍虎交蟠者,日青龍與月白虎。或月青龍與日白虎同臨身世即是,降龍伏虎再加財福兩旺,是煉丹得道而成。坎離交媾者,卦值內火外水、或下火上水既濟卦是也,此乃火降水升,禪林上之士,內官秀實之人也。卦居乾兌或居酉申,大利空門之子。世值卯寅或卦臨震巽,誠為道教之徒。
丹を燒き火を養うに、「青龍」「白虎」の交り盤繞するを喜ぶ。壁に面して禪に坐するに、《坎》《離》水火の交媾を得るを要す。卦金宮に屬するは佛門に入るべく、「世爻」本命の地に落つるは道教に從うに宜し。所謂龍虎交蟠とは、是れ日辰上の「青龍」と月建上の「白虎」、あるいは月建上の「青龍」と日辰上の「白虎」、一同に卦身と「世爻」上に臨むにして、則ち降龍伏虎の象なり。さらに「妻財」「子孫」两旺を加えれば、那便是れ丹を煉り道を得て成るなり。所謂坎離交媾とは、是れ卦中内卦火と爲し外卦水と爲し、あるいは下卦火・上卦水の《既濟》卦なり。こ是れ火降り水升るの象にして、こ人を禪林中の上等人物、内裡秀實と主す。卦《乾》《兌》に落ち、あるいは爻「酉」「申」に值れば、大いに佛門弟子を做るに利あり。「世爻」「卯」「寅」に值し、あるいは卦《震》《巽》に臨めば、那眞に是れ道教中の人なり。
世值升爻,漸往天堂之境。身居降位,難逃地獄之途。鬼旺福柔,預布英雄之智量。子強官弱,夙培良善之根核。世值昇陽,天堂堪往。身居降位,地獄難逃。官父旺福神柔,英雄之酌量預逞。子孫強鬼象弱,良善之根芽宿培。官化子孫,先作後修成正道。子之官鬼,始修終作豈昇天?一字精微,萬無漏洩。官化子孫,先作後修而成功不小,有始有卒者能之。子之官鬼,始修終作而結果無真,此先貞後黷者之為也。卦理字字究入精微,易象文爻豈容漏洩。
「世爻」上昇の位に落つれば、便ち漸々天堂の境に走向せん。卦身下降の位に落つれば、則ち地獄の途を逃れがたし。「官鬼」旺にして「子孫」弱ければ、是れ先に英雄の智量を顯出す。「子孫」強くして「官鬼」弱ければ、是れ宿世培い下げし良善の根柢なり。「世爻」上昇の陽位に值せば、天堂往くべし。卦身下降の位に處せば、地獄逃れがたし。「官鬼」「父母」旺にして「子孫」柔弱なれば、是れ英雄の氣度先行顯露す。「子孫」強くして官爻弱ければ、是れ良善の根芽前世に就已に培植せられたるなり。「官鬼」「子孫」を變出するは、是れ先に業を造り後に修行して終に正道を成ず。「子孫」「官鬼」を變出するは、是れ起初修行して終に業を造り、怎んぞ能く天に升るを得ん。こ裡頭一字一句みな極めて精微にして、切に輕易に泄露すべからず。「官鬼」「子孫」に化するは、先に作し後に修めて、成就小ならず。こ是れ始あり終ありの人才だに做し得る所なり。「子孫」「官鬼」に化するは、開頭修行して末了業を造りて、結果竝びに真實ならず。こ是れ先に貞潔にして後に污濁の人の作爲なり。卦理字字みな精微の處に推究し到り、易象爻辭那に半點の疏漏を容得んや。
坐關不語章第一百四十二
(以世爻為主,福德為憑。)閉關不語修心行,打坐參神蓮氣同,一應最宜爻靜合,諸般卻忌世逢沖。閉關者,鎖住心猿意馬。不語者,禁止妄語狂言。打坐者,運轉性真元氣。參禪者,懇求秘旨玄機,諸般功果一切事宜,六爻皆當安靜,身世最忌克沖,凡欲修真須明此理。
本章は關を閉じて静修するを占い、「世爻」をもって主とし、「子孫」(福德)をもって憑とす。關を閉じて語らざるは是れ心を修るの功夫にして、坐を打ち禪を參ずると氣を養うとは同じく一路なり。こ一類の事最も爻位の安静相合を宜しとし、最も「世爻」の沖せらるるを忌む。所謂閉關とは、是れ心猿意馬を鎖住するなり。所謂不語とは、是れ妄言狂語を禁絶するなり。所謂打坐とは、是れ本性の真元の氣を運轉するなり。所謂參禪とは、是れ佛法の秘旨玄機を懇求するなり。これらの功課と一切の相關事宜とは、みな六爻安静を要し、卦身と「世爻」最も剋せられ沖せらるるを忌む。およそ真を修めんと想う人は、必ず先ずこ箇の道理を明白にすべし。
世空自不專誠守,應陷難招施主從。世為一身之主,如遇空絕,畢竟難守空門戒行。應任十方施主,若逢絕時,誰趨法座皈從。身動必然心變革,齊糧缺乏犯財空。心為一身之主,世爻若動,心必變更。財為日用之需,財若空亡,齊糧絕望。
「世爻」落空せば、自己則ち能く專心誠意に守持すること能わず。「應爻」陷空せば、また施主の前來皈依するを招き得ず。「世爻」是れ自身の主位にして、若し空亡入絶に遇えば、終に空門の戒行を守り住むべからず。「應爻」は十方施主を代表し、若しそれ絶地に逢えば、誰か還た肯んじて門に上り法座前に到りて皈依せんや。卦身發動せば、心念必然改變せん。「妻財」落空せば、齋糧則ち短缺せん。心是れ一身の主にして、「世爻」若し發動せば、心思必定更改せん。「妻財」是れ日用の所需にして、「妻財」若し「空亡」に落ちれば、齋糧便ち指望なからん。
多災多訟因官動,無始無終為六沖,化出沖時難結果,六爻亂動改西東。官鬼能與災禍,修道之人逢官發動,雖不克世,自然有災有訟,若來克世,其禍不小。但凡求道之占,不宜沖剋,若卦值六沖或化沖擊、或六爻亂動,皆係變遷之象,豈得守真志滿,必然逐物意移。
多災多訟は是れ「官鬼」發動に因り、有頭無尾は是れ卦「六沖」に逢うに因る。變出の爻また相沖せば、事情結果有りがたし。六爻亂動せば、心思則ち忽ち東し忽ち西せん。「官鬼」能く災禍を招致し、道を修るの人若し官爻發動に逢えば、縱しそれ「世爻」を剋せずとも、また自然災あり訟あり。若しそれ來りて「世爻」を剋せば、禍事就中少なからず。およそ道を求むるの占は、みな沖剋を宜しとせず。若し卦「六沖」に逢い、あるいは變爻相沖し、あるいは六爻亂動せば、みな是れ變遷の象にして、那に還た能く真心を守り志念圓滿せんや。必定外物に隨いて心意游移せんとす。
卦無福德空修煉,世值兒孫得大功,父與上爻生合世,天人庇佑福無窮。卦內子孫為福德,若占修道,全賴此神,須要生扶拱合,大則功成行滿白日飛昇,小則還元固本益壽長年。倘落空亡或不上卦,則心無誠敬身有更張,祥關冷落丹室荒蕪,當為畫虎不成之誚耳,如父母並弟六爻生世合身者,天從人願得福無邊。
卦中「子孫」(福德)なければ、修煉便ち落空せん。「世爻」上に「子孫」に坐せば、便能く大功を成就せん。「父母」と上爻と來りて「世」を生じ「世」と合せば、則ち天人庇佑して福分無窮なり。卦内の「子孫」則ち是れ福德の神にして、道を修るを占うは全くこ一爻に靠り、須らくそれ來りて生扶拱合するを要す。大は則ち功行圓滿して白日飛升し、小は則ち精を還し本を固めて延年益壽せん。倘若それ「空亡」に落ちあるいは上卦せざれば、那則ち是れ心中誠敬を缺き身上別に打算ありて、關房冷落し丹室荒蕪して、終に虎を畫きて成らざるの譏笑を落とせん。若し「父母」「兄弟」等の六爻と連ねてみな來りて「世」を生じ身に合せば、那便是れ天人の願に從いて、福を得ること邊なし。
持齋受戒章第一百四十三
(以官爻為主,福德為憑。)心欲皈依五戒專,用爻得地好參神,元神上卦天常佑,忌象臨爻病久纏。凡占參禪修道,須得用爻有氣,元神上卦。用爻有氣,則道心堅固,元神扶助則法力彌高。所忌者,沖用克用之爻,用遭沖剋,病禍易生道心易退。
本章は齋を持ち戒を受くるを占い、「官鬼」をもって主とし、「子孫」(福德)をもって憑とす。心裡皈依せんと想い專ら五戒を守するに、用神地を得て始めて好く神明を參拜す。元神上卦せば、上天常に庇佑を加えん。忌神爻に臨めば、疾病則ち長久身に纏わん。およそ禪を參じ道を修るを占うに、須らく用神氣あり元神上卦するを得べし。用神氣あれば則ち道心堅固にして、元神扶助すれば則ち法力さらに高し。所忌諱は是れ用神を沖し用神を剋するのそれらの爻なり。用神一たび沖剋に遭えば、病禍容易に發生し、道心もまた退失しやすし。
自己奉齋身作主,他人受戒應為先,落空值破遭磨折,遇旺逢生有善緣。有為自己占,或為他人卜,己卜以世為用,他占以應為用,用值旬空月破者,雖則心懷善願,又遭病入膏肓。若得用爻逢生逢旺而發動者,乃宿有善緣終成正果也。
自己齋を奉ずるは「世爻」(自身)をもって主とし、別人に替わりて受戒を問えば則ち「應爻」をもって先とす。用神落空遭破せば、則ち磨難を經受せん。用神旺に遇い生に逢えば、便ち是れ善緣ありなり。占卜に自己のために占うあり、また別人に替わりて卜するあり。自己占うは「世爻」をもって用神と爲し、人に替わりて占うは「應爻」をもって用神と爲す。用神若し旬空に落ち月破に遭えば、那人雖し心懷に善願あれども、卻ってまた病膏肓に入るの苦に遭わん。若し用神生に逢い旺に當りてまた發動せば、那便是れ宿世善緣ありて、終に能く正果を修成せん。
虎雀爻興心不盡,游魂卦發意多遷,子孫旺相根栽善,官鬼交重孽未完。爻逢雀虎,卦值游魂者,中多事故,雀動有口舌,虎動多禍擾。游魂之卦,遷移不定,僧道遠比,方可修行。若遇諸凶迭發,則素心奢侈賦性狂。惟有子孫為之福德,旺相興隆,前世植有善種,愈久愈堅。獨怪官鬼為之孽冤,乃前生所造未得頓除。
「白虎」「朱雀」旺動せば、心願便ち到り盡くし得ず發さん。「遊魂」卦發動せば、心意則ち多く遷移せん。「子孫」旺相なれば、是れ善根栽えられて深し。「官鬼」交爻・重爻をもって發動せば、是れ宿孽還た了結せざるなり。爻上「朱雀」「白虎」に遇い、卦また「遊魂」に值するは、中間多く變故あり。「朱雀」動けば則ち口舌あり、「白虎」動けば則ち禍擾多し。「遊魂」の卦は遷移定まらざるを主じ、僧道の人只だ原處に遠離して、始めて好く修行す。若し諸般の凶神接續して發動せば、那便是れ本心奢侈にして天性狂放なり。唯だ「子孫」是れ福德の神にして、それ旺相興隆なるは、前世善種を種え、久しければ越すほど堅固なるを説明す。單に「官鬼」は是れ宿孽冤業にして、那是れ前生の所造にして、一時還た消除し掉ぐるを得ざるを怕る。
用與六爻生合者,天從人願永長年,六沖早晚開齋戒,內外相生道必全。持齋受戒欲求功成,須得內外相生六爻相合,乃道念和同義情寧靜永久無更,苦值六沖道不成而齋必破,心不安而行己虧,凡事無成矣!空淡戒鹹求卻病,守箴絕欲保身安,印經塑像皆祈福,一應修行共此篇。凡修行之人,有戒鹹食淡者,乃以六根之穢守箴。絕欲者,乃蘊五內之玄,誦讀祖師之經懺繪塑神聖之儀容,延生延福消罪消災,諸般戒行一體推詳。
用神と六爻と互いに生合するは、天人の願に從い長く遐齡を享くるなり。卦「六沖」に逢うは、早晚戒を開き齋を破らんとす。内外卦互いに生扶するは、道行必定圓滿せん。齋を持ち戒を受けて功行成就を求めんと想うに、須らく内外卦相生・六爻相合を得べし。那始めて是れ道念和同・情義安寧にして長久變わらず。若し不幸「六沖」に逢えば、道修め成らずして齋戒必ず破れ、心安まらず修行もまた虧欠ありて、一事成ることなし。淡を喫し鹹を戒むるは是れ病を卻くるが爲にして、箴戒を守持し情欲を斷絶するは是れ身を保ち平安なるが爲なり。經を印し像を塑るはみな福を祈るが爲にして、一切の修行みなこ一章裡に推斷す。およそ修行の人、鹹を戒め淡を喫するあり、是れ清淡を用いて六根の污穢を洗滌するなり。情欲を斷絶するあり、是れ五藏の内の玄機を蘊養せんと要するなり。至りて祖師の經懴を誦讀し、神聖の儀容を繪塑するは、みな是れ壽を延べ福を延び、罪を消し災を消さんが爲なり。各樣の戒行、みなこ一套の道理に照りて一竝に推詳せよ。
開齋破戒章第一百四十四
(以用爻為主,福德為憑。)開齋開戒還宜福,鬼若交重禍便生,急要元神居旺地,不宜忌象值的興。凡占開齋破戒,須以子孫為用神,若得旺相或發動,去後平安。若子孫衰靜,官鬼興隆,乃無人制服多生災禍來侵。又宜元神旺相生助,助則有益,不堪忌神發動,動則生殃。用爻若也空而絕,必犯災危捐壽齡,助鬼傷隨鬼墓,逢之多病豈康寧。用爻若值空亡或逢墓絕,破齋破戒之後,多災之禍損壽損元。或助鬼傷身、或隨官入墓,皆係不祥之兆。
本章は齋を開き戒を破るを占い、用神をもって主とし、「子孫」(福德)をもって憑とす。齋を開き戒を破らんと要するに還た「子孫」に靠るを得べし。「官鬼」若し交爻・重爻をもって發動せば、禍事就ち來らん。緊要は是れ元神旺地に落つるにして、忌神正に興旺に當るを宜しとせず。およそ齋を開き戒を破るを占うに、須らく「子孫」をもって用神と爲すべし。それ若し旺相あるいは發動せば、戒を破るの後仍お平安なり。若し「子孫」衰弱安静にして「官鬼」興隆なれば、便ち人の官爻を制伏するなく、則ち多く災禍の來侵せん。さらに元神旺相にして來りて生助するを宜しとし、生助あれば便ち益あり。最も怕るは忌神發動にして、一動すれば則ち災殃を生ぜん。用神若しまた落空しまた絶に入れば、必定要して災に遭い險に遇い、壽數を折損せん。若し「妻財」「官鬼」を助けて卦身を傷剋し、あるいは「世爻」「官鬼」に隨いて墓に入れば、こらに遇上れば多く病み、那に還た康寧を談ずるを得んや。用神若し「空亡」に落ちあるいは墓絶に逢えば、那麼齋を破り戒を破るの後、災多く禍多く、壽を損し元を折らん。あるいは「妻財」鬼を助け身を傷り、あるいは「官鬼」に隨いて墓に入るは、みな是れ不祥の兆なり。
歸宗還俗章第一百四十五
(以世身為主,財福為憑。)僧道今占還俗宗,世人復祖概相同,皆宜財福興而旺,各忌兄官交與重。凡僧道若占還俗與贅繼歸宗同論,惟喜妻財若旺,則歸宗足有衣祿之用,子孫旺動,則家室安寧,獨怪官興兄發,官興則是非接踵災病纏綿,兄動則財源耗散,藝業蕭條。
本章は俗に還り宗に歸るを占い、「世爻」と卦身とをもって主とし、「妻財」「子孫」をもって憑とす。僧道の俗に還り宗に歸るを占うは、俗人の祖を認め宗に歸るの斷法と大體相同なり。みな「妻財」「子孫」の興旺を宜しとし、みな「兄弟」「官鬼」の交爻・重爻をもって發動するを忌む。およそ僧道の還俗を占うに、入贅・過繼の後宗に歸ると同論す。只だ「妻財」旺相を喜べば、那麼宗に歸るの後衣食祿用充足せん。「子孫」旺動せば、則ち家室安寧なり。單に「官鬼」興旺・「兄弟」發動を怕る。官爻一旺すれば、是非踵を接して來り災病身に纏わん。「兄弟」一動すれば、財源耗散し手藝行業蕭條せん。
世上有空誰曰吉,身中無破那雲凶,八純未可歸宗族,卦得歸魂返舍榮。世是平生之本,只宜旺相興隆,豈可空破?一值空沖其身無倚,焉得亨通?八純者皆係六沖,沖者散也,乃是無情之象,占者遇此百無一就,寧得遂其為乎?倘卜歸魂之卦或化歸魂,方可歸宗。故經云:游魂化入歸魂返舍回來大吉。
「世爻」上に空亡を帶ぶれば、誰か能く是れ吉と説かん。卦身破損なければ、また那に凶を談ずるを得んや。八純卦を占い得るも還た宗に歸るべからず、歸魂卦を占い得て始めて是れ家に回りて榮あらん。「世爻」是れ一生の根本にして、只だ旺相興隆を宜しとし、怎んぞ落空遭破すべけんや。一旦空に逢い沖に遇えば、こ身倚靠する所なく、那に還た能く亨通せんや。八純卦みな「六沖」に屬し、沖は則ち離散にして、是れ無情の象なり。占卜の人それに遇上れば百事成ることなく、怎んぞ能く稱心如意せんや。倘若「歸魂」の卦を卜得し、あるいは變卦化成して「歸魂」となれば、那始めて能く宗に歸るべし。故に經文に曰く、「遊魂」「歸魂」に化入れば、家に回り舍に返りて、大吉なりと。
