天に陰陽なし篇 第一
頭・目・鼻・口・舌・歯を鑑るの法
綜合類典籍
通読するより工具書として引くほうが実用的である。他の門類で分からない暦法術語に出会ったら、たいていここで出所をたどれる。
經曰:天圓地方,本乎陰陽。陰陽旣形,逆之則敗,順之則成。葢敬授農時,非用兵也。夫天地不為萬物所有,萬物因天地而有之;陰陽不為萬物所生,萬物因陰陽而生之。天地不仁,以萬物為芻狗。陰陽之於萬物,有何情哉!
経に曰く――天体は渾円にして大地は方正、ともに陰陽二気に本原す。陰陽が一旦形を成せば、これに逆らえば敗れ、これに順えば成る――ただしこの言葉は《尚書・堯典》の「人時を敬授す」という事を説いたもの、すなわち節令に従って農耕を指導するのであって、用兵を説いたのではない。天地は万物に占有されるのではなく、かえって万物が天地に憑って初めて存在し、陰陽は意を用いて万物を生育するのではなく、かえって万物が陰陽に憑って初めて化生する。《老子》に「天地は不仁、万物を以て芻狗と為す」とあり、天地は万物に対してもとより偏愛なく、祭祀に用いる草で編んだ狗のごとく、用い終われば棄てられる。こう見れば、陰陽の万物に対して、どこに好悪の情などあろうか。
夫火之性,自炎,不為焦灼萬物而生其炎;水之性,自濡,不為漂蕩萬物而生其濡。水火者,一其性,而萬物遇之,自有差殊;陰陽者,一其性,而萬物遇之,自有榮枯。若水火有情,能浮石、沉木、堅金、流土,則知陰陽不能勝敗存亡吉凶善惡明矣。
火の本性は自ら燃えることであって、万物を焦がすために火焰を生じたのではない。水の本性は自ら潤すことであって、万物を漂蕩させるために湿性を生じたのではない。水と火は、その本性が終始一貫しており、万物がそれらに遇う際の遭遇は各々に異なる。陰陽も、その本性が終始一貫しており、万物がそれに遇って、或は栄え或は枯れるも各々に異なる。もし水火が真に偏私の情を懐いているならば、石を浮かべ、木を沈ませ、金属を焼いても化せず、泥土をかえって熔流せしめることができるはずだ――事実上それはできない。これより知るべし、陰陽は人事の勝敗・存亡・吉凶・善悪を左右すること能わず。この道理は明白の至りである。
夫春風東來,草木甲坼,而積廩之粟不萌;秋天肅霜,百卉具腓,而蒙蔽之草不傷。陰陽寒暑,為人謀所變;人謀成敗,豈陰陽所變之哉!
春風は東より吹き来たり、草木は紛々として殻を破り芽吹くが、倉廩に囤えた穀は芽吹かない。秋の日に粛殺の厳霜が降れば、百草は一斉に枯萎するが、遮蔽された草は傷を受けない。これより見れば、陰陽寒暑の作用は、かえって人の経営謀画に改変せられ、人が謀画して成した成敗は、いずこにか陰陽の改変し得るところであろうか。
昔王莽徵天下善韜鈐者六十三家,悉備補軍吏,及昆陽之敗,會大雷風至,屋瓦皆飛,雨下如注。當此之時,豈三門不發、〈張刻本作「嚴」。〉五將不具耶!《亭亭白奸》錯太歲月建,誤殆至如此。
かつて王莽は天下の兵法韜鈐に精なる名家六十三家を徴集し、一概に軍中の将吏に補任した。昆陽の一戦に大敗するや、折しも狂風と驚雷がともに発し、屋瓦は漫天に乱れ飛び、暴雨は注ぐがごとしであった。この局面に当たって、はたして奇門遁甲のいう「三門」が開かず、五方の神将が配されなかったのであろうか。これより見れば、《亭亭白奸》の類の陰陽兵書は、太歳・月建などの神煞を推排する上で根本から誤っており、人を誤ること竟にこの地歩に至った。(校記:「發」の字、張刻本は「嚴」と作る。)
古有張伯松者,值亂出居,營內為賊所逼,營中豪傑皆遁。伯松曰:「今日反吟,不可出奔。」俄而賊至,伯松被殺,妻子被虜,財物被掠。桓譚《新論》曰:「至愚之人,解避惡時,不解避惡事。」則陰陽之於人有何情哉!
古に張伯松という人あり、乱世に遇い城外に移り住むと、営塁が賊寇に逼られ、営中の豪傑はみな遁散した。张伯松は却って曰く「今日の日辰は『反吟』を犯す、出奔すべからず」と。「反吟」は術数家の謂う凶格である。言葉が終わるや否や、賊兵が殺到し、张伯松は殺され、妻子児女は擄われ、財物は掠め尽くされた。桓譚《新論》に曰く「至愚の人は、悪時を避けるを解するも、悪事を避けるを解せず」と。こう見れば、陰陽は人に対して何の偏私の情があろうか。
太公曰:「任賢使能,不時日而事利;明法審令,不卜筮而事吉;貴功賞勞,不禳祀而得福。」無厚德而占日月之數,不識敵之強弱而幸於天時,無智無慮而候於風雲,小勇小力而望於天福,怯不能擊而恃龜筮,士卒不勇而恃鬼神,設伏不巧而任向背。凡天道鬼神,視之不見,聽之不聞,索之不得,指虛無之狀,不可以決勝負,不可以制生死,故明將弗法,而眾將不能已也。
姜太公曰く「賢良を任じ能人を使わば、時日を挑揀せずとも事は自ら利し。法度明かにして号令審かなれば、卜筮せずとも事は自ら吉なり。功を貴び労を賞せば、禳祀せずとも福を得ん」と。厚き徳なくして日月星辰の度数を占い、敵の強弱を識らずして天時に僥倖を図り、智慮なくして風雲に候い、小勇小力にして天福を望み、怯えて撃つこと能わずして亀筮に恃み、士卒勇ならざるに鬼神に恃み、設伏巧ならざるに向背に任す。凡そ天道鬼神なるもの、視ても見えず、聴いても聞こえず、索めても得られず、虚無の名目を指すに過ぎず、以て勝負を決すべからず、以て生死を制すべからず。故に明将はこれを法とせず、衆将は已むこと能わざるなり。
孫武曰:「明王聖主、賢臣良將,所以動而勝人,成功出於眾者,先知也。先知,不可取於鬼神,不可求象於事,不可驗之於度,必求於人人。」吳子曰〈舊抄本脫此三字,依張刻本補。〉「料敵有不卜而戰者」,先知也。
孫武は《孫子兵法・用間篇》に曰く「明智の君王・聖明の主上・賢能の臣子・優良の将領が、動けば人に勝り功業が衆を出ずる所以のものは、先知なり。先知なるもの、鬼神より取るべからず、事に象りて求むべからず、度に於て験すべからず、必ず人より求めん」と。呉起もまた「敵を料るに卜せずして戦う者あり」と曰う。同じく事先に実情を掌握することを講ずるなり。(校記:「呉子曰」の三字、旧抄本は脱漏、張刻本に依りて補う。)
范蠡曰:「天時不作,弗為;人事不作,弗始。」天時為敵國有水旱災害、蟲蝗霜雹荒亂之天時,非孤虛向背之天時也。太公曰:「聖人之所生也,欲正後世。」故為譎書而寄勝於天道,無益於兵也。夫如是,則天道於兵,有何陰陽哉!
范蠡曰く「天時の条件未だ現れざれば手を動かすなかれ、人事の条件未だ具わらざれば始を開くなかれ」と。ここにいう天時とは、敵国に水旱の災害・蝗虫の成災・霜雹の稼を傷める・飢饉動乱の類の実在の時機を指し、術数家の謂う「孤虚」「向背」の類の天時ではない。太公曰く「聖人の世に降生する所以は、後代を匡正せんと欲すればなり」と。後人は詭譎の兵書を編造して勝負を天道に託したが、これは用兵に何の益もない。この言に照らせば、天道は用兵に対して、いずこにか陰陽の講ずべきがあろうか。
地に険阻なし篇 第二
經曰:「地利者,兵之助。」猶天時不可恃也。昔三苗氏,左洞庭,右彭蠡,德義不修,禹滅之;夏桀之居,左河濟,右太華,伊闕在其南,羊腸在其北,修政不仁,湯放之;殷紂之國,左孟門,右太行,常山在其北,太河經其南,荒淫怠政,武王殺之;秦之地,左崤函,右汧隴,終南、太華居其前,九原、上郡居其後,刑政苛酷,子嬰迎降於軹道,姚泓面縛於灞上;吳之居,五嶺在其南,三江在其北,左滄浪,右衡山,刑政不修,吳王終於歸命,陳主卒於長城;蜀之分,左巫峽,右卭僰,南有瀘溪之障,北有劍閣之險,時無英雄,劉禪不能守,李勢不能固。
経に曰く「地利は用兵の補助条件に過ぎない」と。それは天時と同じく、恃むべからざるものである。かつて三苗氏は東に洞庭・西に彭蠡を有すれど、徳義を修めず、大禹に剿滅せられた。夏桀の都邑は、東に黄河・済水、西に太華山、南は伊闕、北は羊腸坂があったが、政を不仁に施し、商湯に放逐せられた。殷紂の国都は、東に孟門、西に太行、常山が北面に横たわり、黄河が南面を流れたが、荒淫怠政で、周武王に誅殺せられた。秦国の地盤は、東に崤山・函谷関、西に汧水・隴山、終南山・太華山が前に挡り、九原・上郡が後に守ったが、刑政苛酷で、子嬰はやはり軹道亭にて劉邦を迎え降し、後に後秦の姚泓も灞上で両手を反縛して投降した。呉地の居は、五嶺が南に、三江が北に、東に滄浪の水、西に衡山を有したが、刑政を修めず、呉主孫皓は終に晋に降り「帰命侯」を受け、陳後主も遂に陳氏が呉興長城に起こした基業を断送した。蜀地の分野は、東に巫峡、西に邛僰、南に瀘渓を屏障と為し、北に剣閣の険を有したが、当世に英雄なきに因り、蜀漢の劉禅は守ることができず、成漢の李勢も保つことができなかった。(古人は北に坐し南に向かう故に、文中の「左」は東を指し「右」は西を指す。)
由此言之,天時不能祐無道之主,地利不能濟亂亡之國。地之險易,因人而險,因人而易;無險、無不險,無易、無不易,存亡在於德,戰守在於地,惟聖主智將能守之,地奚有險易哉!
これに由りて言えば、天時は無道の君主を保佑し得ず、地利も乱亡の国家を救い得ない。土地の険要か平易かは、人に因りて険となり、人に因りて易ともなる。絶対の険なく、絶対の不険もなく、絶対の易なく、絶対の不易もない。国家の存亡は徳行に取决り、攻守の憑拠は初めて地形に落ちる。ただ聖明の君主と智謀ある将領のみが守り得るのであり、地形それ自体にいずこか険易の言うべきがあろうか。
人に勇怯なし篇 第三
經曰:勇怯有性,強弱有地。秦人勁,晉人剛,吳人怯,蜀人懦,楚人輕,齊人多詐,越人澆薄,海岱之人壯,崆峒之人武,燕趙之人銳,涼隴之人勇,韓魏之人厚。地勢所生,人氣所受,勇怯然也。且勇怯在謀,強弱在勢。謀能勢成,則怯者勇;謀奪勢失,則勇者怯。
経に曰く――勇敢と怯懦は稟性より出で、強悍と柔弱は地域に係る、と。世人は常に講う――秦地の人は勁健、晋地の人は剛硬、呉地の人は胆小、蜀地の人は軟弱、楚地の人は軽率、斉地の人は多詐、越地の人は浮薄、海岱の間の人は壮実、崆峒一帯の人は尚武、燕趙の人は鋭利、凉州隴右の人は勇猛、韓魏の人は敦厚、と。あたかもこれは地勢の生成・地気の賦与するもので、勇怯は天生のごとくなり。其の実、勇怯は謀略に取决り、強弱は形勢に取决る。謀略得当にして形勢造成されば、胆怯の人もまた勇に変じ、謀略奪われ形勢尽き失せば、勇敢の人もまた怯に変ず。
旣言秦人勁,申屠之子敗於嶢關,杜洪之將北於𤃪水,則秦人何得而稱勁?吳人怯,吳王夫差兵無敵於天下,敗齊於艾陵,長晉於黃池,則吳人何得而稱怯?蜀人懦,諸葛孔明撮巴蜀之眾,窺兵中原,身為殭尸,而威加魏將,則蜀人何得而稱懦?楚人輕,項羽破秦,虜王離,殺蘇角,威加海內,諸侯俯伏,莫敢窺視,則楚人何得而稱輕?
秦地の人は勁健と曰うなれど、申屠氏の子は嶢関の一戦に潰敗し、杜洪の部将は𤃪水に敗北した。秦地の人は何を以て勁健と称するに足らん。呉地の人は胆小と曰うなれど、呉王夫差の軍隊はかつて天下に敵なく、艾陵にて斉軍を大破し、黄池の会に於て晋国を圧倒して盟主の位を争い得た。呉地の人は何を以て胆小と称するに足らん。蜀地の人は軟弱と曰うなれど、諸葛孔明は巴蜀一隅の兵衆を集結するのみで、兵を出して中原を窺伺し、彼が軍中に病死して屍骨未だ寒からざるに至るまで、魏軍の主将司马懿を嚇退せしめた。蜀地の人は何を以て軟弱と称するに足らん。楚地の人は軽率と曰うなれど、項羽は秦軍を撃破し、王離を俘獲し、蘇角を斬殺し、威勢は海内を圧倒し、諸侯は跪伏して地に就き、敢えて眼を抬げて直視する者なし。楚地の人は何を以て軽率と称するに足らん。
齊人多詐:田橫感五百死士,東奔海島,及橫死,同日而伏劒,則齊人何得而稱詐?越人澆薄,越王勾踐以殘亡之國,恤孤老之眾,九年滅吳,以弱攻強,以小取大,則越人何得而稱澆薄?燕趙之人銳,蚩尤敗於涿鹿,燕丹死於易水,王濬縛於薊門,公孫戮於上谷,則燕趙之人何得而稱銳?
斉地の人は多詐と曰うなれど、田横は五百の壮士を感召して東は海島に奔り、田横が自殺するや五百人は同日に皆剣に伏して殉死した。斉地の人は何を以て狡詐と称するに足らん。越地の人は浮薄と曰うなれど、越王勾践は残破将亡の一国を凭って、孤児老人を抚恤し、九年を休養して呉国を滅ぼし、弱を以て強を撃ち小を以て大に勝った。越地の人は何を以て浮薄と称するに足らん。燕趙の人は鋭利と曰うなれど、蚩尤は涿鹿に敗れ、燕太子丹は易水に死し、西晋の幽州都督王浚は薊門にて石勒に擒縛され、幽燕に割拠した公孫瓚もまた上谷一帯に誅戮せられた。燕趙の人は何を以て鋭利と称するに足らん。
涼隴之人勇。〈文瀾閣本無此五字。張刻本連上句,云「則燕趙汧隴亦未必勇且銳也」。按:舊抄本此下空三十餘格,葢原書殘缺,傳寫者遂以意刪改之。〉所以勇怯在乎法,成敗在乎智;怯人使之以刑,則勇;勇人使之以賞,則死。能移人之性、變人之心者,在刑賞之間。勇之與怯,於人何有哉!
凉州隴右の人は勇猛と曰うに至っても、同じくこうした追問に堪えない。故に曰う、勇敢と怯懦は法令に取决り、成功と失敗は智謀に取决る、と。怯懦の人を刑罰を以て駆使せば、彼は勇敢に変じ、勇敢の人を重賞を以て駆使せば、彼は肯んじて死を效す。人の稟性を移易し人の心志を改換し得るものは、刑と賞の間に在り。勇敢と怯懦は、人に対してもとより何を算え得ようか。(校記:「凉隴之人勇」の五字、文瀾閣本になし。張刻本はこれを上句に連ね、「則燕趙汧隴亦未必勇且鋭也」と作る。按するに旧抄本は此処以下三十余格を空け、原書は当に残欠あるべく、伝抄の人は己意を以て删改せしなり。)
主に道徳あり篇 第四
經曰:古者,三皇得道之統,立於中央,神與化遊,〈「化」,原作「天」,依張刻本改。此用《淮南‧原道訓》語。〉以撫四方,天下無所歸其功;五帝則天法地,有言有令,而天下太平,君臣相讓其功。道德廢,王者出,而尚仁義;仁義廢,伯者出,而尚智力;智力廢,戰國出,而尚譎詐。聖人知道不足以理,則用法;法不足以理,則用術;術不足以理,則用權;權不足以理,則用勢;勢用,則大兼小、強吞弱。
経に曰く――上古の時、三皇は「道」の綱統を掌握し、天下の中に端居して、精神は造化と同游し、以て四方を安撫すれば、天下人は竟に帰功すべき対象を見出すことができなかった。五帝は天に取法し地に効法して、教誨あり政令あり、天下は因りて太平となり、君臣の間は互いに功労を推譲した。道徳が廃棄せられるや、王者出でて仁義を崇尚し、仁義が廃棄せられるや、霸主出でて智力を崇尚し、智力が廃棄せられるや、戦国の世出でて詭詐を崇尚した。聖人は明白に知る、「道」のみに頼っては治るに足らざれば「法」を動用し、法は治るに足らざれば「術」を動用し、術は治るに足らざれば「権」を動用し、権は治るに足らざれば「勢」を動用す。「勢」一旦用いられんか、則ち大国が小国を兼并し強国が弱国を吞滅するの局面なり。(校記:「化」の字、原は「天」と作る、張刻本に依りて改む。此処は《淮南子・原道訓》の語を用う。)
周建一千八百諸侯,其後並為六國,六國連兵結難,戰爭方起。六國之君非疏道德而親權勢;權勢用,不得不親;道德廢,不得不疏;其理然也。唯聖人能反始復本,以正理國,以奇用兵,以無事理天下。正者,名法也。奇者,權術也。以名法理國,則萬物不能亂;以權術用兵,則天下不能敵;以無事理天下,則萬物不能〈此上二十三字原缺,依文瀾閣木補。〉撓。
周朝は千八百の諸侯を分封したが、後に兼并して六国と為り、六国は連年兵を用いて仇怨を結び、戦争これに由りて大いに起った。六国の君主は故に道徳を疎遠にして権勢に親近するを意図したに非ず。権勢が既に管用せば、親近せざるを得ず。道徳が既に廃棄せられれば、疎遠せざるを得ず。事理はもとよりかくのごとし。ただ聖人のみ能く本原に返回し根本を恢復し、「正」を以て国を治め、「奇」を以て兵を用い、「无事」を以て天下を治む。謂うところの「正」とは、名を循して実を責むる法度なり。謂うところの「奇」とは、機に随い変に応ずる権術なり。名法を以て国を治めれば、万物は之を擾乱し得ず。権術を以て兵を用いれば、天下に对手なし。无事の道を以て天下を治めれば、万物は之を擾動し得ず。(校記:「撓」の字以上二十三字原缺す、文瀾閣本に依りて補う。)
不撓,則神清。神清者,智之原。智者,心之府。〈文瀾閣本「智」下有「平」字。〉神清、智平,乃能形物之情。人主知萬物之情,裁而用之,則君子小人不失其位。夫德厚而位卑者,謂之過;德薄而位尊者,謂之失。寕過於君子,無失於小人。過於君子,則人闕其理;失於小人,則物罹其殃。故曰:「人不鑑於流水,而鑑於止水。」以其清且平也。
擾動せられざれば、精神は清明なり。精神清明は、智慧の源頭なり。智慧は、心の府庫なり。精神清明・智慧平正にして、初めて事物の実情を照見し得る。君主は万物の実情を了解し、これに拠りて裁断任用すれば、君子と小人と各々其の位を得る。徳行深厚にして官位低下なるを「過」と謂い、徳行浅薄にして官位尊貴なるを「失」と謂う。寧ろ君子の身上に「過」あるべく、小人の身上に「失」あるべからず。君子の身上に過あるは、人材をして些か委屈を受けしむるに過ぎず。小人の身上に失あるは、万物をして殃に遭わしむるなり。故に《荘子・徳充符》に曰く「人は流れる水を以て鏡と為さず、ただ止まれる水を以て鏡と為す」と。静水は清にして平なるが故なり。(校記:文瀾閣本「智」の字の下に「平」の字あり。)
人主之道清平,則任人不失其才,六官各守其職。四封之內,百姓之事,任之於相;四封之外,敵國之事,任之於將。語曰:「將、相明,國無兵。」舜以干鏚而服有苗,魯以頖宮而來淮夷。以道勝者,帝;以德勝者,王;以謀勝者,伯;以力勝者,強。強兵滅,伯兵絶,帝王之兵前無敵。人主之道,信其然矣。
君主の道は清明平正なれば、人を用いて才を用い錯らず、六官各々其の職を守る。四境の内の百姓の事は宰相に交し、四境の外の敵国の事は将領に交す。古語に曰く「将と相と皆賢明なれば、国家は兵を動かすを用いず」と。虞舜は干戚を執りて舞いて有苗を帰服せしめ、魯僖公は泮宮を修成して淮夷の朝献を招きたり。この二事は各々《尚書・大禹謨》と《詩経・魯頌・泮水》に見ゆ。「道」を凭って勝を取るは帝業を成就し、「徳」を凭って勝を取るは王業を成就し、謀略を凭って勝を取るは霸業を成就し、武力を凭って勝を取るはただ強を称すのみ。強を逞しゅうする軍隊は終に覆滅し、霸を称する軍隊は終に断絶す。ただ帝王の師のみ向かう所敵なし。君主の道は、確かに即ちかくのごとし。
国に富强あり篇 第五
經曰:國之所以富強者,審權以操柄,審數以御人。課農者,術之事,而富在粟;謀戰者,權之事,而強在兵。故曰:「興兵而伐叛,則武爵任;武爵任,則兵強。按兵而勸農桑,農桑勸,則國富。」國不法地,不足以成其富;兵不法謀,不足以成其強。古者,聖人法天而皇,賢君法地而帝,智主法人而伯。乘天之時,因地之利,用人之力,乃可富強。
経に曰く――国家の富強たり得る所以は、権柄を審明にして牢くこれを握り、治術を審明にしてこれに拠りて衆人を駕御するに在り、と。農事を督課するは「術」の範疇に属し、富足は糧食に体現す。作戦を謀划するは「権」の範疇に属し、強盛は兵力に体現す。故に曰う「兵を興して叛逆を討伐せば、軍功爵位に人の肯んじて挣り行く者あり。軍功爵位に人の挣り行く者あれば、兵力強し。兵を按えて動かさず農桑を奨勧すれば、農桑奨勧を得て、国家富む」と。国を治めて大地に効法せざれば、其の富を成就し得ず。兵を用いて謀略を講求せざれば、其の強を成就し得ず。古に、聖人は上天に効法して皇と称し、賢君は大地に効法して帝と称し、智主は人事に効法して霸を称した。天時に順応し、地利を憑藉し、人力を使用して、然る後に富強を談ずるに足る。
乘天之時者,春植穀、秋植麥、夏長成、冬備藏。因地之利者,國有沃野之饒,而人不足於食者,器用不備也;國有山海之利,而人不足於財者,商旅不備也。通四方之珍異,以有易無,謂之商旅。飭力以長地之財,用資軍實,謂之農。夫理絲麻,以成衣服,謂之女功。
謂うところの天時に順応するとは、春に穀を種き、秋に麦を種き、夏に庄稼を成長せしめ、冬に儲蔵を好くするなり。謂うところの地利を憑藉するとは――国家に明かに沃野の豊饒ありて百姓が飽食せざるは、農具器械の斉備せざるなり。国家に明かに山林川海の利ありて百姓が富裕せざるは、商貿往来の通暢せざるなり。四方の珍奇特産を流通せしめ、有余を以て不足を換う、これを「商旅」と謂う。力を尽くして耕作し以て土地上の財貨を増殖し、用いて軍需を供給す、これを「農」と謂う。糸麻を整治して縫い衣服と成す、これを「女功」と謂う。
雲夢之毛羽,黔溪之丹砂,荊揚之皮革角骨,江衡之柟梓,會稽之竹箭,燕齊之魚鹽旃裘,兗豫之漆枲絺薴,鄭之刀,宋之斤,魯之削,吳之劒,燕之角,荊之簳,汾胡之笴,吳越之金錫,此地之財也。燕之涿鹿,趙之邯鄲,魏之溫、軹,韓之滎陽,齊之臨淄,陳之宛邱,鄭之陽翟,洛川之二周,越之具區,楚之雲夢,齊之鉅鹿,宋之孟瀦,此地之良也。
雲夢沢の鳥羽、黔渓の丹砂、荊州・揚州の皮革と角骨、長江と衡山一帯の楠木梓木、会稽の箭竹、燕地斉地の魚鹽毡裘、兖州豫州の漆・麻・細葛と苧布、鄭国の刀、宋国の斧、魯国の書刀、呉国の剣、燕地の角、荊地の箭杆、汾水と胡地の箭笴、呉越の銅と錫――これらはみな土地の出産する財貨である。燕国の涿鹿、趙国の邯鄲、魏国の温邑と軹邑、韓国の滎陽、斉国の臨淄、陳国の宛丘、鄭国の陽翟、洛水流域の東周と西周、越国の具区(太湖)、楚国の雲夢、斉国の巨鹿、宋国の孟渚――これらはみな土地中の膏腴の良壤である。(校記:文瀾閣本は此の下に「共居其地」の四字あり。)
非有災害疾病而貧者,非惰則奢;世無奇業而獨富貴者,非儉則力。同列而相臣妾者,貧富使然也;同貫〈文瀾閣本作「貴」。〉而相兼併者,強弱使然也;同地而或強或弱者,理亂使然也。茍有道理,地足容身,事可致也;茍有市井,交易所通,貨財可積也。
災害疾病に遇わざるに貧困に陥る者は、懶惰ならずんば奢侈なり。世に特別の営生なくして独り富貴なる者は、節倹ならずんば力を出すを肯んずるなり。同一の等級の人が互いに臣妾に淪するは、貧富の為すところなり。同一の門第の人が相互に兼并するは、強弱の為すところなり。同じ一塊の土地上に或は強く或は弱きは、治と乱の為すところなり。ただ治理法に得れば、土地は身を容るるに足るのみなりとも、事業は作り起し得べし。ただ市集ありて交易流通し得れば、貨財もまた積み攒え得べし。(校記:「同貫」の「貫」、文瀾閣本は「貴」と作る。)
夫有容身之地,智者不言弱;有市井之利;智者不言貧。地誠任,不患無財;人誠用;不畏強禦。故神農教耕而王天下,湯武戰伐而服諸侯。國愚,則智可以強國;國智,則力可以強人。用智者,可以強於內而富於外;用力者,可以富於內而強於外。〈原脫「用力者可以」五字,張刻本有。以下文攷之正合。〉
一塊の容身すべき土地あれば、明智の人は自ら弱しと言わざるなり。市集の利あれば、明智の人は自ら窮すと言わざるなり。土地真に使用を得れば、財貨なきを愁えず。人力真に発揮を得れば、強敵を怕れず。故に神農は民に耕種を教えて天下に王と称し、商湯・周武は征伐を以て諸侯を帰服せしめたり。国人未だ愚鈍ならば、智謀を以て国家を強盛ならしめん。国人すでに智巧ならば、実力を以て人衆を強盛ならしめん。智謀を用うる者は、能く内に強盛にして外に富足たらん。人力を用うる者は、能く内に富足にして外に強盛たらん。(校記:「用力者可以」の五字原脱す、張刻本にあり、下文を参照して正しく相吻合す。)
是以漢武帝南平百粵,以為園囿;𨚫羌胡,以為苑圃;珍怪異物,充於後宮;騊駼駃騠;實於外廐;匹庶乘堅良,人間厭柚橘。此謂智強於內而富於外。
故に漢武帝は南に向かいて百越を平定し、其の土地を以て自らの園囿と為し、北に向かいて羌人胡人を撃退し、其の草原を以て自らの苑圃と為した。珍奇怪異の宝物は後宮に堆み満ち、騊駼・駃騠の類の良馬は外厩に塞がり満ち、平民すら堅固なる好車に乗じ、市井の間は柚子橘子すらも飽き厭うに至る。これを内に智謀を以て強盛にして外に富足を獲得すと謂う。
秦孝公行墾草之令,使商不得糴,農不得糶;廢逆旅,禁山澤;貴酒肉之價,重關市之賦,使農佚而商勞。行之數年而倉庾實,人知禮義。至於始皇,以為之資,東向而併吞諸侯。此為力富於內而強於外也。故知伯王之業,非智不戰,非農不贍,過此以往而致富強者,未之有也。
秦孝公は荒草を開墾するの法令を推行し、商人に糧食の籴入れを許さず、農民に糧食の粜出しを許さず。旅店を廃除し、山林川沢を封禁し、酒肉の価銭を抬高し、関卡と市場の賦税を加重して、務農を安逸にして経商を辛苦ならしめた。数年を推行して、倉廩充実し、百姓は礼義を識るに至る。秦始皇の時に至りて、この積累を以て本銭と為し、東に向かいて六国の諸侯を兼并した。これを内に人力を以て富足にして外に因りて強盛を致すと謂う。これに由りて知るべし、霸王の功業は、智謀なくんば戦を打ち成せず、農事なくんば供養し起す能わず。この二条を除いてなお富強を求めんとする者、未だ嘗て有らざるなり。
賢に遇時あり篇 第六
經曰:賢人之生於世,無籍地,無貴宗,無奇狀,無智勇;或賢或愚,乍醉乍醒,不可以事蹟求,不可以人物得。其得之者,在明君之心,道合而志同,信符而言順,如覆水於地,先流其濕;如燎火於原,先就其燥。
経に曰く――賢人は世に生まれて、顕赫の籍貫なく、高貴の宗族なく、奇特の相貌なく、また必ずしも智勇を外露せず。彼らは時に賢に似、時に愚に似、忽ち如醉し、忽ち如醒め、既往の事迹に凭って搜寻する能わず、外表の人品に凭って獲得する能わず。真に賢人を得るは、全く明君の一片の心に在り。道理相合し志向相同じく、信義相符し言語相投ずるは、水を地上に潑ぐに如く、先ず潮湿の処に向かいて流れ、原野に火を放つに如く、先ず乾燥の処に向かいて焼く。
故伊尹,有莘之耕夫,夏癸之酒保,湯得之於鼎飪之間,升陑而放桀。太公,朝歌之鼓刀,棘津之賣漿,周得之於垂綸之下,殺紂而立武庚。伍員被髮徒跣,挾弓矢乞食於吳,闔閭向風而高其義,下階迎之,三日與語,無復疑者。
故に伊尹はもと有莘国の農夫にして夏桀(名は履癸)の手下の厨役なりしが、商湯は彼が鼎鑊を操持し烹調するの際に彼を発見し、ここに陑山より兵を進めて夏桀を放逐した。太公はもと朝歌の屠戸・棘津の浆を売る人なりしが、周室は彼が渭水に垂钓するの処に彼を得、終に商紂を誅滅して武庚を立てて殷祀を続かしめた。伍員(伍子胥)は髪を披き脚を赤くして行き、弓箭を帯びて呉国に乞食したが、呉王闔閭は風を聞いて彼の節義を看重し、階を下りて自ら迎接し、三日を交談して再び一糸の疑慮なかりき。
范蠡生於五戶之墟,為童時,內視若盲,反聽若聾,時人謂之至狂;大夫種來觀而知其賢,扣門請謁,相與歸於地戶。管夷吾束縛於魯,齊桓任之以相。百里奚自鬻於虞,秦穆任之以政。韓信,南鄭之亡卒,淮陰之怯夫,漢高歸之以謀。
范蠡は五戸人家のみの荒村に出生し、孩童の時より内視すれば盲の如く反聴すれば聾の如く、当時の人は皆彼を十足の狂人と曰うた。大夫文種は来りて察看し、一眼に彼の賢能を認出し、登門して見を求め、两人はここに伴を結びて東南の「地戸」の方位に位居する越国に投奔した。管夷吾(管仲)はかつて绑縛せられて鲁国より押解せられたるが、斉桓公は却って彼を以て相と任じた。百里奚はかつて虞国に其身を自売せしが、秦穆公は却って国政を彼に交した。韓信は南鄭より逃亡した士卒にして淮陰の市上に跨下の辱めを受けた怯懦の人なりしが、漢高祖は却って全軍の謀划を彼に托付した。
故曰:「明君之心,如明鑑,如澄泉。」圓明於中,形物於外,則使賢任能,不失其時。若非心之見,非智之知,因人之視,借人之聽,其猶眩耄叟以黼黻,聒聾夫以《韶》《濩》,玄黃宮徵無貫於心,欲求得人,而幸其伯,未之有也。故五帝得其道而興,三王失其道而廢。廢興之道,在人主之心、得賢之用,非在兵強、地廣、人殷、國富也。
故に曰う「明君の心は、明亮の鏡の如く、澄清の泉水の如し」と。内裏円融明澈なれば、外物は照らして分明となり、賢能を任用して自ら時機を錯らざらん。倘若自ら心里に見、自ら智慧に判定するに非ざれば、ただ他人の眼睛を借りて看、他人の耳朵を借りて聴くのみ、それは華美の黼黻紋様を以て老眼昏花の老人を晃がすに如く、《韶》《濩》のごとき雅楽を以て聾子を吵がすに如く、色彩と音律とは根本より彼の心に貫き入らず。こうしてなお人材を求め僥倖に霸業を成就せんとするは、未だ嘗て有らざるなり。故に五帝はこの路を得着して興盛し、三王はこの路を失掉して衰廃せり。興廢の関鍵は、君主のこの一顆の心に在り、賢才を得て之を任用するに在り、兵力強く土地広く人口多く国家富むに在らず。
将有智謀篇 第七
經曰:太古之初,有栢皇氏,至於容成氏,不令而人自化,不罰而人自齊,不賞而人自勸,不知怒,不知喜,俞然若赤子。庖犧氏、神農氏,教而不誅;軒轅氏、陶唐氏、有虞氏,誅而不怨。葢三皇之政以道,五帝之政以德。夏商衰,湯武廢道德,任智謀。〈此處似有脫誤。張刻本云:「夏商周室弱,春秋戰國廢道德,任智謀。」亦以意改。〉
経に曰く――太古の初め、柏皇氏より容成氏に至るまで、命令を下さずして百姓は自然に帰化し、懲罰を施さずして百姓は自然に斉整し、奨賞を与えずして百姓は自然に勤勉し、怒るを識らずまた欣喜を識らず、安然和順にして初生の嬰児のごとし。庖犠氏(伏羲)・神農氏は、ただ教化を施して刑誅を加えず。軒轅氏(黄帝)・陶唐氏(堯)・有虞氏(舜)は、刑誅を用うるも百姓は怨まず。大抵三皇の天下を治むるは「道」に凭り、五帝の天下を治むるは「徳」に凭る。夏・商の衰敗に至りて、商湯・周武は便ち道徳を廃棄し、改用して智謀と為したり。(校記:此処は脱误あるに似たり。張刻本は「夏商周室弱、春秋戦国廃道徳、任智謀」と作るも、亦た己意を以て改動せしなり。)
秦任商鞅、李斯之智,而並諸侯;漢任張良、陳平之智,而滅項籍;光武任寇恂、馮異之智,而降樊崇;曹公任許攸、曹仁之智,而破袁紹;孫權任周瑜、魯肅之智,而敗魏武;劉備任諸葛亮之智,而王西蜀;晉任杜預、王濬之智,而平吳;苻堅任王猛之智,而定八表之眾;石勒任張賓之智,而生擒王淩;拓拔任崔浩之智,而保河朔之師;宇文任李穆之智,而挫高歡之銳;梁任王僧辯之智,而戮侯景;隋任高熲之智,而面縛陳主;太宗任李靖之智,而敗頡利可汗。有國家者,未有不任智謀而成王業也。故曰:將軍之事,以靜正理,以神察微,以智役物。見福於重關之內,慮患於杳冥之外者,將之智謀也。
秦国は商鞅・李斯の智謀を任用して諸侯を兼并し、漢朝は張良・陳平の智謀を任用して項籍を消滅し、光武帝は寇恂・馮異の智謀を任用して赤眉軍の樊崇を招降し、曹操は許攸・曹仁の智謀を任用して袁紹を攻破し、孫権は周瑜・魯粛の智謀を任用して赤壁に魏武帝を撃破し、劉備は諸葛亮の智謀を任用して西蜀に王を称し、西晋は杜預・王濬の智謀を任用して東呉を平定し、苻堅は王猛の智謀を任用して八方の衆を安定し、石勒は張賓の智謀を任用して王浚を生擒せり(原文は「王淩」と作るは当に「王浚」の误なるべし)。拓跋氏は崔浩の智謀を任用して河朔の軍隊を保全し、宇文氏は李穆の智謀を任用して高歓の鋭気を挫敗せしめ、梁朝は王僧弁の智謀を任用して侯景を誅戮し、隋朝は高颎の智謀を任用して陳後主を反縛俘獲し、唐太宗は李靖の智謀を任用して頡利可汗を撃敗せり。凡そ国家を擁する者、智謀に依らずして王業を成就せるあらず。故に曰う、将軍を為すの事は、沈静を以て条理を端正し、神明を以て細微を察知し、智謀を以て万物を役使するなり。能く重々なる関塞の内に於て予め福祥を看、杳冥として測り難きの外に於て予め禍患を憂う、これ将領の智謀なり。
術に陰謀あり篇 第八
經曰:古之善用兵者,必重天下之權,而研諸侯之慮。重權不審,不知輕重強弱之稱;揣情不審,不知隱匿變化之動靜。〈張刻本無「靜」字。〉重莫難於周知,揣莫難於悉舉,事莫難於必成,此三者,聖人能任之,故兵有百戰百勝之術,非善之善者也;不如不戰而屈人之兵,善之善者也。
経に曰く――古の善く兵を用うる者は、必ず先ず天下の権勢の軽重を掂量し、再び各国諸侯の心思打算を細研す。権勢を掂量するに周密ならざれば、軽重強弱の分量を弄清楚し得ず。実情を揣度するに周密ならざれば、对方の隠蔵変化の動静を摸透し得ず。掂量の最も難きは全面に知曉するに在り、揣度の最も難きは毫も遺漏なきに在り、事を為すの最も難きは必ず成功するに在り。この三事は、ただ聖人のみ担当するに堪える。故に兵を用うるに縦い百戦百勝の法術あるも、好中の好と算うに足らず。干戈を動かさずして敵人を屈服せしむるに如かず。これなんぞ好中の好なり。(校記:張刻本に「静」の字なし。)
夫太上用計謀,其次用人事,其下用戰伐。用計謀者,熒惑敵國之主,陰移諂臣,以事佐之;惑以巫覡,使其尊鬼事神;重其彩色文繡,使賤其菽粟,令空其倉庾;遺之美好,使熒其志;〈文瀾閣本此下有「蕩其心」三字。〉遺之巧匠,使起宮室高臺,以竭其財、役其力;易其性,使化改淫俗。〈文瀾閣本作「酗」。〉
上策は計謀を用うるに在り、其次は人事を用うるに在り、最下は初めて征戦を用うるに在り。計謀を用うるの做法は――敵国の君主を迷惑せしめ、暗中に彼の左右の諂佞の臣を收買し、これらの人をして旁より帮衬せしめ、巫覡を派して彼を蛊惑せしめ、彼をして鬼を敬い神に事えしめ、彩帛刺繍の身価を抬高して、彼をして糧食を軽賤せしめ、倉廩を掏空せしめ、美色珍玩を送りて彼の心志を眩惑せしめ、能工巧匠を送りて彼を誘いて宮室高台を大いに興建せしめ、彼の財力を耗尽せしめ彼の民力を役使せしめ、彼の秉性を改易して、彼をして荒淫の風気を沾染せしむ、なり。(校記:「使熒其志」の下、文瀾閣本に「蕩其心」の三字多し。「淫俗」の「淫」、文瀾閣本は「酗」と作る。)
奢暴驕恣,賢臣結舌,莫肯匡助;濫賞淫刑,任其喜怒,政令不行;信卜祠鬼,逆忠進諂,〈文瀾閣本「逆」作「退」。〉請謁公行。而無聖人之政,愛而與官,無功而爵,未勞而賞;喜則赦罪,怒則肆殺;法居而自順,令出而不行,信蓍龜、卜筮、鬼神、禱祠、讒佞、奇技,〈此四字,文瀾閣本作「讒諂諛佞,奇技貨財」。〉亂行於門戶。
ここに於て彼は奢侈暴虐・驕横放縦となり、賢臣は口を鉗めて言わず、匡正輔佐を肯んずる者なし。賞賜は濫れ刑罰は泛れ、一切は喜怒に聴憑し、政令は行き下らず。占卜を篤信し鬼神を祭祷し、忠良を排斥して諂媚を進用し、私相請託は公然と通行す。かくして国中に再び聖人の政なし。一時の喜愛を凭って官を授け、毫も功労なくして爵を封じ、曾て力を出さずして賞を行い、喜べば則ち罪犯を赦免し、怒れば則ち肆意に人を殺す。法令は彼処に擺れてただ自らの意に順うに用い、命令は発せらるるも執行する人なし。一味に蓍草・亀甲・卜筮・鬼神・祷祠を相信じ、讒佞の小人と奇技淫巧の徒とに門庭の間に横行胡為するを任す。(校記:「逆忠」の「逆」、文瀾閣本は「退」と作る。「讒佞・奇技」の四字、文瀾閣本は「讒諂諛佞、奇技貨財」と作る。)
其所謂是者皆非,非者皆是。離君臣之際,塞忠讜之路。然後淫之以色,攻之以利,娛之以樂,養之以味。以信為欺,以欺為信,以忠為叛,以叛為忠。忠諫者死,諂佞者賞。令君子在野,小人在位,急令暴刑,人不堪命。所謂未戰以陰謀傾之,其國已破矣。
彼が対と認定するは全て錯りであり、錯と認定するは全て対である。ここに於て彼の君臣の間の情分を離間し、忠直に進言するの路径を堵死す。続いて美色を以て彼を浸淫し、財利を以て彼を勾引し、声楽を以て彼を娱悦せしめ、美味を以て彼を豢養す。守信を以て欺騙と為し、欺騙を以て守信と為し、忠誠を以て叛逆と為し、叛逆を以て忠誠と為す。忠言を進諫する者は処死せられ、諂媚阿諛する者は奨賞を受く。君子をして草野に流落せしめ小人をして高位を窃据せしめ、法令は急迫にして刑罰は残虐、百姓は活命するの法なし。これを未だ開戦せざるに、先ず陰謀を以て彼を傾覆せしめ、彼の国家は其の実すでに破亡せりと謂う。
以兵從之,其君可虜,其國可隳,其城可拔,其眾可潰。故湯用此而桀放,周用此而紂殺,越用此而吳國墟,楚用此而陳蔡舉,三家用此而魯國弱,韓魏用此而東周分。
この時に再び兵を発して跟進せば、彼の君主は生擒し得べく、彼の国家は毁壊し得べく、彼の城池は攻取し得べく、彼の軍隊は撃潰し得べし。故に商湯はこの一手を用いて夏桀は放逐せられ、周はこの一手を用いて商紂は誅殺せられ、越国はこの一手を用いて呉国は廃墟と化し、楚国はこの一手を用いて陳・蔡は呑併せられ、魯国の三桓はこの一手を用いて魯国は日益衰弱し、韓・魏はこの一手を用いて東周は分割せられたり。
儒生之言皆曰:「兵強大者必勝,小弱者必亡。」是則小國之君無伯王之業,萬乘之主無破亡之兆。昔夏廣而湯狹,殷大而周小,越弱而吳強,所謂不戰而勝者,陰傾之術,夜行之道,文武之教。聖人昭然獨見,忻然獨樂,其在茲乎!
儒生たちは総じて曰う「兵力強大なるは必ず勝を取り、弱小なるは必ず滅亡す」と。この説に照らせば、小国の君は永遠に霸王の業を為すことを得ず、万乗の大国の主は永遠に破亡の征兆あるべからざるなり。しかれども当年、夏の疆土は広くして商湯の地盤は窄く、殷国は大にして周国は小、越国は弱にして呉国は強なりしが、結果は全て倒せり。謂うところの戦わずして勝つは、正に暗中に傾覆するの手段・夜裏に潜行するの門道に凭り、正に文治と武功と併用するの教法なり。聖人は独り透亮に看、独り欣然として自ら楽しむは、大抵この上に在るのであろう。
数に探心あり篇 第九
經曰:古者,鄰國烽煙相望,雞犬相聞,而足跡不接於諸侯之境,車軌不結於千里之外,以道存生,以德安形,人樂其居。後世澆風起而淳樸散,權智用而譎詐生,鄰國往來用間諜。縱橫之事,用檃括之人矣。
経に曰く――古の時、相隣る国家は炊烟烽火を彼此望見し、鶏鳴狗吠を彼此聴得着し、しかれども人の足跡は別国の境内に越えず、車轍も千里の外に通ぜず。彼らは「道」を凭って生命を保全し、「徳」を凭って形体を安頓し、百姓は自らの居処に安んじたり。後世に至りて、澆薄の風興りて淳樸の俗涣散し、権謀智巧一たび動用せられんか、詭詐はこれに随いて生じ、隣国の間の往来は間諜を動用するに至った。合縦連横の類の勾当は、則ち「檃括」の木を矯めるがごとき、人の心を揉捏して形を成し得るの説客を起用すべきなり。
徐守仁義,社稷邱墟。魯尊儒墨,宗廟泯滅。非達奧知微,不能禦敵;不勞心苦思,不能原事;不悉見情偽,不能成名;材智不明,不能用兵;忠實不眞,〈張刻本「眞」作「明」。文瀾閣本作「忠直不伸」。〉不能知人。是以鬼谷先生述《捭闔》、《揣摩》、《飛箝》、《抵巇》之篇,以教蘇秦、張儀遊說於六國而探諸侯之心,於是術行焉。
徐国は仁義を死守するも社稷は終に廃墟と為り、鲁国は儒墨を尊崇するも宗廟は照様断絶せり。幽奥を通達し細微を洞察せざれば、敵人を抵御し得ず。心を労し思を苦しまざれば、事情の本原を推究し得ず。真情と偽飾とを看て透徹せざれば、名を成し得ず。才干智慧明ならざれば、兵を用いる能わず。忠誠篤実は真心より出でざれば、人を識るに従来なし。これに因りて鬼谷先生は《捭闔》《揣摩》《飛箝》《抵巇》の諸篇を撰述し、蘇秦・張儀に六国に游説せしめて諸侯の心思を探測せしめ、探心の術はこれより流行し開いたり。(校記:「忠実不真」の「真」、張刻本は「明」と作る。文瀾閣本は此の句を「忠直不伸」と作る。)
夫用探心之術者,先以道德、仁義、禮樂、忠信、詩書、經傳、子史、謀略、成敗渾而雜說,包而羅之,澄其心,靜其志,伺人之情,有所愛惡去就,從欲而攻之,陰慮陽發。此虛言而往,彼實心而來,因其心,察其容,聽其聲,考其辭。言不合者,反而求之,其應必出。
探心の術を運用する者は、先ず道徳・仁義・礼楽・忠信・詩書・経伝・諸子史籍・謀略および成敗得失を一処に混えて雑説を一通りし、話題を包羅して殆ど尽くさしめ、同時に自らの心を澄清し、自らの志を安定せしめ、暗中に対方の実情を窺伺す――彼は何を愛し何を憎み、走らんと欲するか留まらんと欲するか。彼の欲望に順いて彼の心を攻め、心里に暗暗に筹算して表面に従容として道出す。我が方の送るは虚話にして、対方は却って实心を交出す。ここに於て彼の心意に順い、彼の神色を察看し、彼の声気を聴辨し、彼の措辞を考較す。凡そ話頭の対せざる者は、則ち反って追問すれば、彼の反応は必ず破綻を露出せん。
旣得其心,反射其意,符應不失,契合無二。膠而漆之,無使反覆,如養由之操弓,逢蒙之挾矢,百發無不中正。猶設罝□,以罹魚兔,張其會,磔其腰,脇其虛,必衝綱而掛目,亦奚有孑遺哉!
すでに彼の心を摸清たれば、則ち反って彼の心意に迎合し、験するに符契のごとく一糸も差なし。再び膠漆のごとき手段を以て彼を黏牢にし、彼をして反悔翻覆せしめず。養由基の弓を持ち逢蒙の箭を搭るがごとく、百発百中なり。これまた罝網の類の器具を張設して魚を捕え兎を捉るに好比す。網口を張開し、網腰を撑開し、空処を繃緊せば、獲物は必ず網縄に撞き掛り網眼に挂り、いずこにか一隻の漏網を残し得ようか。(原書此処に一字を缺く、「□」を以て疑を存す。)
夫探仁人之心,必以信,勿以財;探勇士之心,必以義,勿以懼;探智士之心,必以忠,勿以欺;探愚人之心,必以蔽,勿以明;探不肖之心,必以懼,勿以常;探好財之心,必以賄,勿以廉。
仁厚の人の心を探測するには、必ず誠信を用いよ、財貨を用うるなかれ。勇士の心を探測するには、必ず道義を用いよ、恐嚇を用うるなかれ。智士の心を探測するには、必ず忠誠を用いよ、欺瞞を用うるなかれ。愚人の心を探測するには、必ず遮遮掩掩、話を挑明するなかれ。不肖の徒の心を探測するには、必ず威嚇を用いよ、常規に照らすなかれ。貪財の人の心を探測するには、必ず賄賂を用いよ、彼に廉潔を講ずるなかれ。
夫與智者言,依於博,智有涯而博無涯,則智不可以測博;與博者言,依於辨,博師古而辨應今,則博不可以應辨。與貴者言,依於勢,貴位高而勢制高,則位不可以禁勢。與富者言,依於物,富積財而物可寶,則財不足以易寶。
智慧の人と言うには、見聞の広博を凭とすべし。智慧は辺際ありて広博は辺際なし、智慧は広博を測り透る能わず。博学の人と言うには、機弁を凭とすべし。博学は古人に取法して機弁は当今に応付す、博学は機弁を応付し得ず。顕貴の人と言うには、権勢を凭とすべし。顕貴は位高きに過ぎず、権勢は正に位高きを制服し得、官位は権勢を圧し住え得ず。富有の人と言うには、奇珍を凭とすべし。富人は財を積むに過ぎず、奇珍は其の身すなわち宝なり、銭財は真の宝を換い得ず。
與貧者言,依於利,貧匱乏而利豐贍,則乏不可以賙豐。與賤者言,依於謙,賤人下而謙降下,則賤不可以語謙。與勇者言,依於敢,勇不懼而敢剛毅,則勇不可以懾剛。與愚者言,〈已上二十一字原缺,依文瀾閣本補。〉依於銳,愚質樸而銳聰明,則樸不可以察聰。
貧寒の人と言うには、実利を凭とすべし。貧寒は匱乏にして、実利は豊足なり、匱乏は豊足を賑済し得ず。卑賤の人と言うには、謙下を凭とすべし。卑賤は人の下に処るにして、謙下は自ら下に居るを甘んず、卑賤は謙下を以て人を圧するの法なし。勇武の人と言うには、果敢を凭とすべし。勇は畏るる所なくして、敢は剛毅決断なり、勇のみを以ては剛毅を震懾し得ず。愚鈍の人と言うには、機敏を凭とすべし。愚は質朴より出でて、機敏は聡明より出ず、質朴は聡明の手段を察覚し得ず。(校記:「與愚者言」以上二十一字原缺す、文瀾閣本に依りて補う。)
此八者,皆本同其道,而末異其表。同其道,人所欲聽;異其表,聽而不曉。如此,則不測淺、不測深,吾得出無間、入無朕,獨往而獨來,或縱而或橫;如偃枯草,使東而東,使西而西;如引停水決之則流,壅之則止。謀何患乎不從哉!
この八種の応対は、根の上では対方と同じ路数を走り、末の上では対方の表面と異なる。路数が同じであれば、人家は初めて聴くことを肯んじ、表面が異なれば、人家は聴いても参り透ることができない。かくして、対方は既に我が浅きを測ることができず、また我が深きを測ることもできない。我は便ち出でて縫を求めるなく、入りて跡を見るなく、独り来り独り往き、時に縦し時に横し。一片の枯草を放倒するがごとく、それに東ならんと欲すれば東に、西ならんと欲すれば西にせしめ、また一潭の死水を牽引するがごとく、掘り開けば流れ、堵し止めば停まる。こうあれば、なお計謀の採納せられざるを愁えんや。
夫道貴制人,不貴制於人。制人者握權,制於人者遵命也。制人之術,避人之長,攻人之短;見己之所長,蔽己之所短。故獸之動,必先爪牙;禽之動,必先觜距;螫蟲之動,必以毒;介蟲之動,必以甲。夫鳥獸蟲豸尚用所長以制物,兄其智者乎!
用兵の道は、人を制服するを貴び、人に制服せらるるを貴ばず。人を制服する者は主動権を握り、人に制服せらるる者はただ命に聴くのみ。人を制服するの手段は、対方の長所を避けて彼の短所を攻め、自らの長所を顕露して自らの短所を遮るなり。故に野獣の出動するや、先ず爪牙を用い、飛禽の出動するや、先ず喙と距とを用い、毒虫の出動するや、必ず毒を用い、甲虫の出動するや、必ず甲を用う。飛禽走獣虫豸ですらなお各々其の長を用いて他物を制服するに、いわんや智慧ある人をや。(按:「兄」は当に「况」の字の误なるべし。)
夫人好說道德者,必以仁義折之;好言儒墨者,必以縱橫禦之;好談法律者,必以權術挫之。必乘其始、合其終、摧其牙、落其角,無使出吾之右。徐以慶弔之言,憂喜其心,使其神不得為心之主。長生、安樂、富貴、尊榮、聲色、喜說,慶言也;死亡、憂患、貧賤、苦辱、刑戮、誅罰,弔言也。
対方が道徳を談ずるを愛する者には、仁義を以て彼を折服せよ。儒墨を講ずるを愛する者には、縦横の術を以て彼を抵挡せよ。法律を談ずるを愛する者には、権術を以て彼を挫敗せよ。必ず彼の口を開くの頭緒に順いて切り入り、彼の尾を収むるの結論を扣住し、彼の牙を摧き彼の角を打ち落として、彼をして我が一頭を圧過せしめざれ。然る後に徐々に道賀と吊唁の類の話を以て、彼を攪じて忽ち憂い忽ち喜ばしめ、彼の精神をして心の主を為さしめざれ。長生・安楽・富貴・尊栄・声色・歓愉は、「慶」の一路の話に属し、死亡・憂患・貧賤・苦辱・刑戮・誅罰は、「吊」の一路の話に属す。
與貴者談,言弔則悲;與賤者談,言慶則悅。將其心,迎其意,或慶或弔,以惑其志,〈文瀾閣本「惑」作「感」。〉情變於內者,形變於外,常以所見而觀其所隱,所謂測隱探心之術也。雖有先王之道,聖智之術,而無此者,不足以成伯王之業也。
顕貴の人と交談するに、吊唁の一路の話を説けば、彼は悲傷し、卑賤の人と交談するに、道賀の一路の話を説けば、彼は歓喜す。彼の心に順い、彼の意に迎えて、或は慶し或は吊して、以て彼の心志を攪乱す。内裏の情緒一たび動けば、外表は便ち形迹を現出し、ここに於て常に見える表象を凭って彼の隠蔵するものを窺探す――これ即ち謂うところの測隠探心の術なり。縦い先王の道・聖智の術を掌握すとも、この一手を缺けば、霸王の功業を成就するに足らず。(校記:「以惑其志」の「惑」、文瀾閣本は「感」と作る。)
