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太白營圖篇 第六十五

唐 · 李荃 · 第9巻 / 17

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

經曰:參七星,伐三星,連體十星,為十將軍,西方白虎宿也,主殺伐。此星出而天下秋,草木搖落,有若軍威,故兵出而法焉。

兵経の上に曰く――参宿に七顆の星あり、伐星に三顆あり、両者は連なりて一体を成し共に十顆、十位の将軍を象徴し、西方白虎七宿に属し、肅殺征伐の事を掌管す。此の一組の星一たび出現すれば、天下は便ち秋令に進入り、草木凋零飄落し、あの気象は甚だ軍威の到る所に似たり。故に軍隊の出征布営は之に取法するを要す。

一將一千人,十將一萬人。幕千人,守地一萬六千尺,積尺得二千六百六十六步,餘四尺;積步得七里,餘一百四十六步四尺;以營四面乘之,一面得地一里,餘三百六步四尺,營內有地一十八頃七十畝,餘一百四十三步五尺三寸三分。

一名の将領は一千人を統領し、十名の将領は共に一万人を統領す。帐幕は毎一千人に一区に按じて安排し、地面一万六千尺を占守し、折合して二千六百六十六歩零四尺、再び折合して七里零一百四十六歩四尺。之を営の四面に按じて均攤すれば、一面は地一里零三百六歩四尺を得。営内に共に地十八頃七十亩零一百四十三歩五尺三寸三分あり。

地主居坎為地主門。和德居艮為和德門。高叢居震為高叢門。大炅居巽為大炅門。天威居離為天威門。大武居坤為大武門。太簇居兌為太簇門。陰德居乾為陰德門。

地主陣は坎位に駐し、此の一面の門を則ち地主門と謂う。和徳陣は艮位に駐し、門を和徳門と謂う。高叢陣は震位に駐し、門を高叢門と謂う。大炅陣は巽位に駐し、門を大炅門と謂う。天威陣は離位に駐し、門を天威門と謂う。大武陣は坤位に駐し、門を大武門と謂う。太簇陣は兌位に駐し、門を太簇門と謂う。陰徳陣は乾位に駐し、門を陰徳門と謂う。

四仲為開門。四維為闔門。外置牙旗遊隊,四維門置鋪,偏將軍居壘內,以禁出入、察奸邪。十將幡旗圖禽,以五色五行列之。

子・午・卯・酉の四個の正位(四仲)は開門と設けて出入を准許し、乾・坤・艮・巽の四個の角位(四維)は闔門と設けて関閉して通ぜず。営外に牙旗と游動の巡隊を布置し、四個の角門に哨鋪を設け、偏将軍は壘内に駐して出入を禁約し奸邪を稽查するを負責す。十位の将領の幡旗の上に皆禽獣の図形を画き、五色を以て五行に配するの次序に按じて排列す。

右一將,行得水,黑幡幟旗,圖熊額白腳青。右二將,行得火,赤幡幟旗,圖鶚額白腳黃。右三將,行得木,青幡幟旗,圖熊額白腳赤。〈○原作「青」,依左三將例改。〉右四將,行得金,白幡幟旗,圖狼額白腳黑。右五將,行得土,黃幡幟旗,圖虎額白腳白。

右廂第一将は水行に配し、黒色の幡旗を用い、旗上に熊を画き、熊の額部は白色・足部は青色。右廂第二将は火行に配し、赤色の幡旗を用い、旗上に鶚(魚鷹)を画き、額部は白色・足部は黄色。右廂第三将は木行に配し、青色の幡旗を用い、旗上に熊を画き、額部は白色・足部は赤色(此処原作は「青」、左三将の体例に依りて改む)。右廂第四将は金行に配し、白色の幡旗を用い、旗上に狼を画き、額部は白色・足部は黒色。右廂第五将は土行に配し、黄色の幡旗を用い、旗上に虎を画き、額部は白色・足部は白色。

左一將,行得水,黑幡幟旗,圖熊額白腳青。左二將,行得火,赤幡幟旗,圖鶚額白腳黃。左三將,行得木,青幡幟旗,圖熊額白腳赤。左四將,行得金,白幡幟旗,圖狼額白腳黑。左五將,行得土,黃幡幟旗,圖虎額白腳白。

左廂第一将は水行に配し、黒色の幡旗を用い、旗上に熊を画き、額部は白色・足部は青色。左廂第二将は火行に配し、赤色の幡旗を用い、旗上に鶚を画き、額部は白色・足部は黄色。左廂第三将は木行に配し、青色の幡旗を用い、旗上に熊を画き、額部は白色・足部は赤色。左廂第四将は金行に配し、白色の幡旗を用い、旗上に狼を画き、額部は白色・足部は黒色。左廂第五将は土行に配し、黄色の幡旗を用い、旗上に虎を画き、額部は白色・足部は白色。左右両廂の十面の将旗は两两相應対し、一望すれば則ち何れの一将の部伍なるかを知る。

中營二千人為左右決勝軍,大將衛五百為幕,二百五十人守地四千尺,積尺得六百六十六步,餘四尺;積步得一里,餘三百六步四尺;以營四面乘之,一面得地一百六十六步,餘四尺。其中營小,每面加四十三步一尺三寸三分,通成二百二十二步一尺三寸三分。每幕相去四尺五寸四分,營內有地二頃四畝,餘一百五十七步一尺五寸九分。

中営は二千人を用いて左右決勝軍を編成し、大将の衛士五百人は別に帐幕を立つ。二百五十人に一区に按じて計算し、地面四千尺を占守し、折合して六百六十六歩零四尺、再び折合して一里零三百六歩四尺。営の四面に按じて均攤すれば、一面は地一百六十六歩零四尺を得。中営偏小たるを以て、毎一面はなお再び四十三歩一尺三寸三分を加えるを要し、合わせ起せば則ち二百二十二歩一尺三寸三分なり。毎两頂の帐幕の間は四尺五寸四分を相隔る。営内に共に地二頃四亩零一百五十七歩一尺五寸九分あり。

休門主一居子。生門主八居艮。傷門主三居卯。杜門主四居巽。景門主九居午。死門主二居坤。驚門主七居酉。開門主六居乾。

休門は一数に配し、位は子に在り。生門は八数に配し、位は艮に在り。傷門は三数に配し、位は卯に在り。杜門は四数に配し、位は巽に在り。景門は九数に配し、位は午に在り。死門は二数に配し、位は坤に在り。驚門は七数に配し、位は酉に在り。開門は六数に配し、位は乾に在り。ここの「主」は掌管・配属の意にして、説く所は毎一門各々一個の数字を領し一個の方位を占むるなり。

右八門,四維,四仲。唯開景門,闔致大將,將軍旗纛、金鼓如握奇法。

以上の八門は、分別に四維と四仲の此の八個の方位の上に落つ。其の中ただ開門と景門とを開通し、其余の各門は一律に関閉し、人馬は皆大将の所在の処に歸攏す。将軍の旗纛と金鼓と如何に設置するやは、握奇陣の弁法に比照して弁理す。

偃月營圖篇 第六十六

經曰:偃月營,形象偃月,背山岡,面陂澤,輪逐山勢,弦隨面直。〈○「弦」字依《御覽》三百三十五補。〉地窄山狹之所下營也。〈○原本「直下有「形」字,「山」作「小」,並依《御覽》刪。〉

兵経の上に曰く――偃月営の形状は一弯の仰臥するの月牙に似、背は山岡に靠り、面は坡地水澤に朝し。弧背は山勢の走向に随いて弯曲し、弦辺は則ち正面に順いて直線に拉成す(「弦」の字は《太平御覧》巻三百三十五に依りて補う)。これは地面狭窄・山勢逼仄の地方に於て営を安ずるの弁法なり(原本「直」の字の下に一個の「形」の字あり、「山」は「小」と作る、皆《太平御覧》に依りて删改す)。

褗月外營,常以四六分幕一萬人,以六千人守地,九千六百尺,積尺得一千六百步;積步得四里,餘一百六十步為營輪。四千人守地六千四百尺,積尺得一千六十六步餘四尺;積步得二里,餘三百四十六步四尺為弦,弦置三門,每門相去三百五十五步一尺五寸五分。營內有地一十八頃八十畝,餘五十八步四尺,右置上弦門,中置偃月門,左置下弦門。

偃月外営は通常一万人を四六両部分に按じて帐幕を安排す――其の中六千人は地面九千六百尺を占守し、折合して一千六百歩、再び折合して四里零一百六十歩、此の一段は月牙形の弧背を構成して「営輪」と謂う。別の四千人は地面六千四百尺を占守し、折合して一千零六十六歩零四尺、再び折合して二里零三百四十六歩四尺、此の一段は月牙の弦辺を構成す。弦辺の上に三座の門を開き、毎門は三百五十五歩一尺五寸五分を相距る。営内に共に地十八頃八十亩零五十八歩四尺あり。右辺に上弦門を開き、中間に偃月門を開き、左辺に下弦門を開く。

偃月中營,以二千五百人守地四千尺,積尺得六百六十六步,餘四尺;積步得一里三百六步,餘四尺。每幕加地四尺五寸四分,每幕中兩廂置土馬一十二疋,大小如常馬,備直鞍,令士卒擐甲冑、櫜弓矢、佩刀劒、持矛盾,左右上下,以習騎射。

偃月中営は二千五百人を用い、地面四千尺を占守し、折合して六百六十六歩零四尺、再び折合して一里三百零六歩零四尺。毎頂の帐幕は別に地四尺五寸四分を加う。毎頂の帐幕の左右両廂に木製の「土馬」十二匹を擺放し、大小は真馬と一様にして、鞍具を配好し、士卒をして甲胄を披き弓箭袋を背負い刀剣を佩び矛と盾を手持せしめ、馬上に於て左右に翻轉し上下に起落して、以て騎射の本領を操練す。

陰陽隊圖篇 第六十七

經曰:陽隊起一至九,陰隊起九至一。隊有五十人,五人為火長,一隊九人,〈○《御覽》二百九十九引此下有「五九」二字。〉不失四十五人之數。卒間容卒,相去二步;隊間容隊,相去一十八步。前後一十步,其隊相去,前後亦如之。黃帝曰:「陣門容陣,隊間容隊,曲間容曲。」是也。

兵経の上に曰く――陽隊の編号は一より順に排して九に至り、陰隊の編号は九より倒に排して一に至る。毎隊五十人、其の中五人は火長を充当し、毎一火の士卒は九人(《太平御覧》巻二百九十九引此の句の下にまた「五九」の二字あり)、五乘じて九に相當し、正好く四十五人の数に少なからず。士卒と士卒との間は一個人の空当を留め得べく、彼此二歩を相距る。隊と隊との間は一個の隊の空当を留め得べく、彼此十八歩を相距る。前後は十歩を相距り、各隊の前後の間距もまた此の数に照らす。黄帝に曰く「陣と陣との間は一個の陣を容れ得、隊と隊との間は一個の隊を容れ得、曲と曲との間は一個の曲を容れ得」と。講ずる所は正に此の道理なり。

一隊布地三十六步,一陣二十二隊,布地七百九十二步。方、圓、斜、曲、長、短皆如之。火長不預教習,其支器仗亦在分數之內。甲三十領六分,戰袍二十領四分,槍五十根十分,牌十面二分,弩十張二分,陌刀十張二分,箭四十副八分,佩刀四十口八分,棓十具六分。

一個の隊は鋪き開きて地三十六歩を占め、一個の陣は二十二個の隊を編み、鋪き開きて地七百九十二歩を占む。方陣・円陣・斜陣・曲陣に擺成するを論ぜず、また長く拉するも短く縮めるも、皆此の数に照らして計算す。火長は教練操演に参加せざれども、彼らの領用するの兵器は照樣に全隊の定額の内に算入す。一隊五十人を以て準と為せば、各項の装備の配比は――铠甲三十領は六分を占め、戦袍二十領は四分を占め、槍五十根は十分を占めて即ち人手一根なり、牌十面は二分を占め、弩十張は二分を占め、陌刀十張は二分を占め、箭四十副は八分を占め、佩刀四十口は八分を占め、棓十具は六分を占む。ここの「分」は、指す所は全隊の人数の十分の几を占むるなり。

右守用陰隊,左攻用陽隊。矛、盾、弓,佈置各有行列,前後陰陽不同。

右辺は主として守り、陰隊を用いて担任し、左辺は主として攻め、陽隊を用いて担任す。矛・盾・弓の擺放は各々固定の行列あり、前後両面は陰陽の属性同ならざるに因りて、配置もまた之に随いて別あり。

敎旗篇 第六十八

經曰:春秋末,並為戰國,增講武之禮,以為戲樂,用相誇競,而秦更名為角抵。故國雖大,好戰必亡;天下雖安,忘戰必危。天下旣平,〈○此句原本脫去,又衍一「故」字,依《御覽》二百九十七改。此用《司馬法‧仁本篇》文。〉春蒐、夏苗、秋獼、冬狩,振旅理兵,所以不忘戰也。宣尼曰:「以不教民戰,是謂棄之。」今邊軍更名曰教旗。使士卒識金鼓、別旗幟、知行列、諳部分,乃一軍之節制也。

兵経の上に曰く――春秋の末年列国は併り入りて戦国の世と為り、各国は武事を講習するの礼儀を拡充を加え、游戯娯楽を弁成して、彼此に誇耀較量し、秦代に到りて改めて「角抵」と名づく。故に曰う――国家再び大なりとも、戦を好めば必定に滅亡せん。天下再び安定なりとも、戦備を忘掉すれば必定に危険なり。即ち天下已に太平たりとも(此の一句原本脱漏し、また一個の「故」の字を多出す、《太平御覧》巻二百九十七に依りて改正す。ここに用うるは《司馬法・仁本篇》の話なり)、もまた仍お春に蒐礼を行い夏に苗礼を行い秋に狝礼を行い冬に狩礼を行い、四時の田猟を借りて隊伍を整頓し兵馬を操練して、為す所は戦備を忘れざるなり。孔子に曰く「訓練を受けざるの百姓を以て戦いに往かしむるは、則ち彼らを抛弃するに等し」と。如今辺軍は此の類の操演を改めて「教旗」と名づく。其の用意は、士卒をして金鼓の号令を認得し旗幟の種類を分清し行列の排法を懂得し各々自らの編属に熟悉せしむるに在り。これ即ち一支の軍隊の節制の道なり。

凡教旗於平原高山,大將軍居其上,南向;左右各置鼓一十二面、角一十二具,各樹五色旗,六纛居前,旌節次之,監軍、御史、裨副、左右、衙官、騎隊如偃月形為候騎,下臨平野,使士卒目見旌旗、耳聞鼓角、心存號令。乃命十將左右決勝,將總一十二將一萬二千人,兵刃精新,甲馬旗幟分為左右廂,各以兵馬,使為長班布其次。

凡そ教旗を擧行するは、皆平原の上の高処に選ぶ――大将軍は高処に坐し、面は南に朝す。左右各々戦鼓十二面・号角十二具を設け、各々五色旗を樹る。六面の大纛は最前に列し、旌節は其の後に排す。監軍・御史・裨将副将・左右僚属・衙官と騎隊とは、偃月形に排成して候騎を充当し、高に居り下に臨みて平野を俯瞰し、士卒をして眼に旌旗を看見し耳に鼓角を聴聞し心に号令を記住せしむるを好しとす。然る後に十位の将領に命じて分かちて左右決勝軍を掌らしめ、主将を連ねて総計して十二将・一万二千人。兵器は精良嶄新なるべく、甲仗・馬匹と旗幟とは分かちて左右両廂を作り、各々領する所の兵馬に按じ、兵馬使に由りて班首を担任し、依次に排列して行を成す。

陣間容陣,隊間容隊,曲間容曲。以長參短,以短參長。回軍轉陣,以前為後,以後為前。進無速奔,退無趨走。紛紛紜紜,鬬亂而不可亂;渾渾沌沌,形員而不可敗者,奇正是也。〈○《通典》百四十九以此五句為註文,首有「孫子所謂」四字。〉進止有度,徐疾有節,以正合,以奇勝,聽音、望麾,乍合乍離,於是三令五申。

陣と陣との間は一個の陣を容れ得、隊と隊との間は一個の隊を容れ得、曲と曲との間は一個の曲を容れ得。長兵器と短兵器とは交錯配搭し、短兵器と長兵器とは互相に照應す。師を回し陣を転ずるの時、原來の前隊を把りて後隊を変作し、原來の後隊を把りて前隊を変作す。前進は一味に猛冲するを許さず、後退は腿を撒きて乱走するを許さず。人馬紛紛紜紜として、看るに乱斗の中のごとく似たれども、隊伍は卻って乱れず。混混沌沌として、陣形円転周遍し、卻って打ち垮がさず――靠る所は則ち奇兵と正兵との相互配合なり(《通典》巻一百四十九は此の五句を把りて注文と当作り、句首にまた「孫子所謂」の四字あり)。進退に法度あり、快慢に節奏あり、正兵を用いて交鋒し、奇兵を用いて勝を制す。士卒は鼓角の音を聴き指揮の麾旗を望みて、忽ち合攏し忽而散開す。此らは皆三令五申して、反復交代して明白せよ。

白旗點、鼓音動,則左右廂齊合;朱旗點、角音動,則左右廂齊離。離之與合,皆不離子午之地。〈○《通典》「子午」作「中央」。〉左廂陽向而旋,〈○《通典》有「右」字。〉右廂陰向而旋,〈○《通典》有「左」字。〉左右各復本位。白旗掉、鼓音動,左右雲蒸鳥散,彌川絡野,然而不失隊伍之疏密;朱旗掉、角音動,左右各復本位。前後左右無差尺寸。

白旗一たび点じ鼓声一たび響けば、左右両廂は則ち一斉に合攏す。朱旗一たび点じ角声一たび響けば、左右両廂は則ち一斉に散開す。散開するも合攏するも、皆子午の此の南北の中軸線を離れず(《通典》は「子午」を「中央」と作る)。左廂は朝陽の一側に向かいて旋轉し(《通典》此処に一個の「右」の字を多し)、右廂は朝陰の一側に向かいて旋轉し(《通典》此処に一個の「左」の字を多し)、転じ完れば各々自ら原位に回帰す。白旗一たび揮い鼓声一たび響けば、左右の人馬は雲気の蒸騰し飛鳥の四散するがごとく鋪展し開き去り、川を漫じ野を遍うも、可なり隊伍の疏密は終始乱れず。朱旗一たび揮い角声一たび響けば、左右各々自ら退回して原位に至り、前後左右の方位は分毫差えず。

經曰:〈○張刻本無此二字,《通典》引同。〉散則法天,聚則法地。如此三合而三離,三聚而三散。不如法者,吏士之罪,可從軍令。〈○張刻本云「可以軍法從事」。〉於是大將軍出五彩旗一十二面,各樹於左右陣前,每旗選壯勇士五十人守旗,選壯勇士五十人奪旗;右廂奪左廂旗,左廂奪右廂旗。鼓音動而奪,角音動而止。得旗者勝,失旗者負,勝賞、負罰。離合之勢,聚散之形,勝負之理,賞罸之信,因是以教之。

兵経の上に曰く(張刻本に「經曰」の二字なし、《通典》引文相同なり)――散開する時は天の広布に取法し、聚攏する時は地の凝定に取法す。就中かくのごとく三合三離・三聚三散して反復演練す。法度に照らして做さざる有れば、則ち将吏士卒の罪過にして、軍令に按じて処置すべし(張刻本は「可以軍法從事」と作る)。続いて大将軍は五彩旗十二面を拿出して、分別に左右の陣前に樹て、毎面の旗に健壯勇敢の士卒五十人を挑んで旗を守らしめ、別に五十人を挑んで旗を奪いに往かしむ――右廂は左廂の旗を奪い、左廂は右廂の旗を奪う。鼓声一たび響けば則ち奪い開き、角声一たび響けば則ち手を住む。旗を奪い到るは勝と算し、旗を丢すは負と算し、勝のは賞あり、負のは罰を受く。分と合の態勢・聚と散の陣形・勝と負の道理・賞と罰の信実は、皆此の場の演練を借りて一併に士卒に教うるなり。

草教圖篇 第六十九

經曰:古之諸侯畋獵者,為田除害,上以供祭祀,下以習武事。〈○《御覽》二百九十七引此二句,云「上所以共承宗廟,下所以閑習武事」。〉太古之時,人食鳥獸之肉,衣鳥獸之皮;後代人民眾多,鳥獸寡少,衣食不足。於是神農教其種植,導其紡績,以代鳥獸之命。

兵経の上に曰く――古代の諸侯は田猟を擧行するは、農田の為に禽獣の害を除去し、往ぐに上りて以て祭祀の所需を供給し、往ぐに下りて以て武事を操習すべし(《太平御覧》巻二百九十七引此の两句は「上所以共承宗廟、下所以閑習武事」と作る)。遠古の時、人は鳥獣の肉を喫し鳥獣の皮を穿き、後世に到りて人口漸く多く鳥獣漸く少なくなれば、衣食は則ち用に足らざらん。是に於て神農氏は人に教えて五穀を種植し人を引導して紡紗織布せしめ、農桑を以て鳥獣を宰殺して衣食を取るに替代せしめたり。

自是以後,禽獸復盈山林,下平土〈○此句依《御覽》補。〉害禾稼,人民苦之。於是王公秋冬無事,教習畋獵,簡練兵革,奮揚威武,以戒非常。季冬之月,臘日太陰用事,萬物畢成,蟄蟲以伏,乃具卒乘,從禽於山澤以教之,令知部分進退之儀也。

此より以後、禽獣はまた山林の裏に於て繁衍満盈し、下りて平地に至りて庄稼を糟蹋す(此の一句は《太平御覧》に依りて補う)、百姓は深く其の苦しみを受く。是に於て王公たちは秋冬の農事已に畢るの空閑に趁り、田猟を教習し、兵器甲仗を検点操練し、威武を振揚して、以て意外の変に防備す。冬季の最後の一个月の腊日に到りて、陰気は正に令に当たり、万物は皆已に成熟収蔵し、蟄虫は皆已に潜伏せれば、則ち歩卒と車騎とを集合して、山林水澤の間に到りて禽獣を追逐し、此の機会を借りて部隊を教練し、彼らをして編隊分属と進退の規矩とに熟悉せしむ。

一人守圍地三尺,一十二將守地三萬六千尺,積尺得六千步,〈○原作「得步六千」,依《御覽》乙轉。〉積步得一十五里,餘六十步。圍中徑闊得地五里,餘二十步,以左右決勝將為校頭,其次左右將各主士伍為行列,皆以金鼓、旌旗為節制。其初,起圍張翼,隨山林地勢,無遠近部分。其合圍地,虞候先擇,定訖,以善弧矢者為圍中騎。其步卒槍幡守圍,有漏禽獸者,坐守圍吏。大獸公之,小獸私之,以觀進止。

囲を合する時は每人に囲線三尺を占守せしめ、十二将の人馬は共に囲線三万六千尺を守り、折合して六千歩(原作は「得步六千」、《太平御覧》に依りて詞序を乙正す)、再び折合して十五里零六十歩。囲圈の当中の直径は五里零二十歩を得べし。左右決勝軍の将領を以て校頭を充当し、其の下は左右の各将に由りて分別に本部の士卒を統率して行列を排成し、一律に金鼓と旌旗を以て節制指揮す。開頭は両翼を張開して包囲圈を合攏し、山林の地勢に順いて推進し、遠近を拘らず部位を划分す。合囲の地点は虞候に由りて預め勘察選定し、定まり下來して後に、射を善くするの人を挑んで囲内の騎手を充当せしむ。歩卒は手に長槍と幡旗を執りて囲線を把守し、禽獣をして漏れ出でしむる有れば、則ち囲を守る官吏の罪責を追究す。猟得せる大獣は公に歸し、小獣は猟獲者本人に歸す。主将は則ち此の場の囲猟を借りて全軍の進退の合度せるや否やを観察す。

教弩圖篇 第七十

經曰:弩者,怒也。言其聲勢威響如怒,故以名其弓也。〈○《御覽》三百四十八,「弓」作「弩」。〉穿剛洞堅,自近及遠。古有黃連、百竹、八擔、雙弩之名。〈○《通典》百四十九引作「雙弓之號」。〉今有絞車弩,射七百步,攻城拔壘用之;臂張弩,射三百步,步戰用之;馬弩,射二百步,馬戰用之。

兵経の上に曰く――「弩」は「怒」の意を取る、是れ其の発射する時の声勢威猛として怒るがごときを説き、故に此の字を用いて此の種の弓に命名す(《太平御覧》巻三百四十八は「弓」を「弩」と作る)。それは能く堅甲硬盾を穿透し、近より遠に及ぶまで皆射到る能し。古の時は黄連弩・百竹弩・八担弩・雙弩の此らの名目あり(《通典》巻一百四十九引は「雙弓之號」と作る)。如今は絞車弩あり、射程七百歩にして、城を攻め壘を拔くの時に之を用い。臂張弩あり、射程三百歩にして、歩戦の時に之を用い。馬弩あり、射程二百歩にして、騎戦の時に之を用う。

弩張遲,臨敵不過三發,所以戰陣不便於弩,非弩不利於戰,而將不明於用弩也。夫弩不離於短兵,〈○《通典》「離」作「雜」。〉當別為隊,攢箭注射,則前無立兵,對無橫陣;復以陣中張陣外射,番次輪回,張而復出,射而復入,則弩無絶聲,敵無薄我。置弩必處於高,爭山奪水,守隘塞口,破驍陷陣,果非弩不利也。〈○此四句,張刻本云「爭山奪川隘塞之日,摧堅破銳,果非弩不克也」。〉

弩の上弦は慢く、陣に臨みて最多ただ三次発し得るのみ。故に人々は列陣して作戦するに弩を用いるは不便なりと覚う。其の実弩が作戦に利あらざるに非ず、将領が如何に弩を用いるかを懂得せざるなり。弩は短兵器の掩護を離るる能わず(《通典》は「離」を「雜」と作る)、当に弩手を別に編成して隊と為し、箭矢を集中して一斉に攅射すべし。かくすれば正面に站りて脚を得べきの敵兵なく、対面にも横列の陣勢を擺成し得ず。再び弩手をして陣内に於て上弦し陣外に到りて発射せしめ、一批一批輪換して、弦を上好すれば則ち陣を出で、射し完れば則ち退回せば、是に於て弩声連綿として断えず、敵人もまた我が軍に逼近するに由なし。弩位を安放するは必ず高処を選ぶを要す。山頭水源を争奪し険隘要口を扼守し敵軍の驍鋭を撃破し敵人の陣列を冲垮するは、果然として弩に非ずんば奏效する能わず(此の四句、張刻本は「爭山奪川隘塞之日、摧堅破銳、果非弩不克也」と作る)。

張弩後,左廂丁字立,當弩八字立,高揎手垂衫襟,左手承撞,右手迎上,當心開張。張有闊狹,左䏶右轉,〈○《通典》「轉」作「膊」。〉還復當心,安箭高舉。射賊若遠,高擡弩頭;賊若近,平身放;左右有賊,回身放;賊在高處,挈腳放。放箭訖,喝殺,𨚫掣拗蠍尾,覆弩還著地。

上弦の姿勢は――弩身の左側に站る時は両脚は丁字形を呈して站定し、正に弩に對する時は両脚は八字形を呈して站定す。袖子を高く挽起し、衫襟をして自然に垂下せしむ。左手は弩身を托住し、右手は上に向かいて弓弦を迎住し、胸口の正中に對して弦を張開す。弦を張るの幅度は寛あり窄あり、左胯は配合して右に向かいて旋轉し(《通典》は「轉」を「膊」と作る)、轉じ回りて仍旧に胸口の正中に對准し、箭を安上し、弩を擧げ高うす。遠処の敵人を射れば、則ち弩頭を抬げ高うし、敵人近処に在れば、則ち身を平うして発射し、左右両側に敵人有れば、則ち身を轉じて発射し、敵人高処に在れば、則ち脚を提起して発射す。箭放ち完れば、高く声に「殺」と喊び、随い即ち手を回して弩後の蝎尾扳機を扳動し、弩を翻轉して回りて地上に放回す。

合して一陣を為すの圖篇 第七十一

經曰:從一陣之中,離為八陣,從八陣復合而為一;〈○此句張刻本補。〉聽音望麾,以出四奇,飛龍、虎翼、鳥翔、蛇蟠為四奇陣,天、地、風、雲為四正陣。夫善戰者,以正合,以奇勝,奇正相生,〈○「奇正」二字,依張刻本補。此用《孫子‧兵勢篇》文。〉如循環之無端,孰能窮之?奇為陽,正為陰,陰陽相薄,而四時行焉;奇為剛,正為柔,剛柔相得,而萬物成焉。奇正之用,萬物無所不勝焉。所謂合者,即合奇正八陣而為一也。〈○此二句,依張刻本補。〉

兵経の上に曰く――一個の大陣の中より分離して八個の陣を出だし、八個の陣はまた能く重新に合攏して一個の大陣を成す(此の一句は張刻本に依りて補う)。士卒は鼓角の音を聴き指揮の麾旗を望みて、四支の奇兵を放ち出す――飛龍・虎翼・鳥翔・蛇蟠は四個の奇陣にして、天・地・風・雲は四個の正陣なり。善く仗を打つ者は、正兵を用いて敵と交鋒し、奇兵を用いて勝を制し、奇と正とは互相に化生す(「奇正」の二字は張刻本に依りて補う。ここに用うるは《孫子・兵勢篇》の話なり)。円環の旋轉するがごとくして其の頭尾を找得るなく、誰か能く其の変化を窮尽せんや。奇は陽に属し、正は陰に属し、陰陽相互に激蕩して、四季は則ち運行して息まず。奇は剛と為り、正は柔と為り、剛柔彼此に配合して、万物は則ち生成して已まず。奇正は配合して運用すれば、如何なる對手に対しても往きて勝たざるなし。謂うところの「合」は、則ち奇正の八陣を重新に併りて一個の大陣を成すなり(此の两句は張刻本に依りて補う)。

離れて八陣を為すの圖篇 第七十二

經曰:風后演《握奇圖》,自一陣之中,分為八陣。

兵経の上に曰く――風后の《握奇図》を推演するは、則ち一個の大陣の当中より、八個の陣を分かち出だすなり。

天有衝,或圓布。黃帝曰:天陣圓,〈○《御覽》三百一引作「少則為圓」,張刻本無「為」字。〉利為主,色尚元,為乾。

天陣は「冲」の此の突撃部位を設け、或は円形に布成す。黄帝に曰く――天陣は円形を取り(《太平御覧》巻三百一引は「少則為圓」と作る、張刻本に「為」の字なし)、迎战の主方を作るに利あり、旗色は玄黒を崇尚し、八卦の乾位に配す。ここの「主」は地に拠りて敵を待つ一方を指し、「客」は遠く來りて進攻する一方を指す。

地陣方,〈○《御覽》「壯則為方」上有「黃帝雲」三字。〉利為客,色尚黃,為坤。風附於天,〈○《御覽》此下有「峰」字。〉風象,其形銳首,利為客,色尚赤,為㢲。

地陣は方形を取り(《太平御覧》は「壯則為方」の上面に「黄帝云」の三字あり)、進攻の客方を作るに利あり、旗色は黄を崇尚し、坤位に配す。風陣は天陣に附属す(《太平御覧》は此の下に一個の「峰」の字あり)、風の形象を取り、陣頭尖鋭にして、進攻の客方を作るに利あり、旗色は赤を崇尚し、巽位に配す。

雲附於地。太公曰:左右相向是也,其形銳首,利為客,色尚白,為坎。飛龍,其形屈曲,似龍,〈○張刻本云「龍形屈曲,變化莫測,其陣象之,敵亦莫得而測」也。〉利為主,色上元下赤,為震。

雲陣は地陣に附属す。姜太公に曰く――左右両部の相向して排列するは則ち雲陣なり、其の陣頭もまた尖なり、進攻の客方を作るに利あり、旗色は白を崇尚し、坎位に配す。飛龍陣の形態は屈曲して一條の龍のごとく(張刻本は「龍形屈曲、變化莫測、此陣取象於龍、所以敵人也無從測度」と作る)、迎战の主方を作るに利あり、旗色は上玄下赤にして、震位に配す。

虎翼,居中,法翼而進,其形空,〈○《御覽》「法」作「張」,「空」作「踞」。〉利為主,色上黃下青,為兌。鳥翔。太公曰:鳥翔者,突擊之義也,其形迅急,利為客,色上元下白,為離。〈○此下二圖,舊抄本傳寫錯亂,姑從張刻本。〉

虎翼陣は中央に居り、老虎の両翼を張開するの樣子を仿照して前に向かって推進し、陣形の中間は是れ空なり(《太平御覧》は「法」を「張」と作り、「空」を「踞」と作る)、迎战の主方を作るに利あり、旗色は上黄下青にして、兌位に配す。鳥翔陣は、姜太公に曰く――謂うところの鳥翔は、突然襲撃の意を取る、陣形迅疾急驟にして、進攻の客方を作るに利あり、旗色は上玄下白にして、離位に配す(以下の两幅の図は、旧抄本伝写錯乱し、姑く張刻本に依照す)。

蛇蟠。太公曰:蛇蟠者,圍繞之義也,〈○「繞」字依《御覽》補。〉其形宛轉,利為主,色上黃下赤,為艮。

蛇蟠陣は、姜太公に曰く――謂うところの蛇蟠は、盤繞囲裹の意を取る(「繞」の字は《太平御覧》に依りて補う)、陣形回環宛転にして、迎战の主方を作るに利あり、旗色は上黄下赤にして、艮位に配す。

《神機制敵太白陰經》巻六 終

祭文總序

經曰:古者,天子望于山川,徧於群神;諸侯祭其封內興雲出雨之山川神祗。出師皆祭,〈○「出師」二字,依張刻本補。〉並所過名山大川,福及生人神祗。《爾雅》云:「是類是禡,〈○兩「是」字, 閣本並作「旣」,依張刻本改,與《爾雅》合。〉師祭也;旣伯旣禱,馬祭也。」師初出,則禡軍之牙門,禱馬群廐。蚩尤氏造五兵,制旗鼓,師出亦祭之。其名山大川風伯雨師並所過則祭,不過則否。

兵経の上に曰く――古の時、天子は遥かに天下の山川を祭り、各路の神靈を遍く祭り、諸侯はただ自らの封地の内の能く雲を興し雨を降らすの山川神祇を祭るのみ。兵を出だすの時は皆祭祀を擧行す(「出師」の二字は張刻本に依りて補う)、凡そ沿途経過するの名山大川、および福澤の百姓に施及するの神祇は、一併に祭告す。《爾雅・釋天》に曰く「『是類是禡』は、出師の祭を講ずるなり。『既伯既禱』は、馬の祭を講ずるなり」と。軍隊剛に出發すれば、則ち軍中牙門に於て禡祭を擧行し、馬廐に到りて馬群の為に祈禱す。蚩尤は五種の兵器を造出し旗鼓の法を創制せり、師を出だす時もまた彼を祭る要す。名山大川と風伯・雨師とに至りては、凡そ行軍経過するは則ち祭り、経過せざるは則ち祭らず。

毘沙門神,本西胡法,佛說四天王,則北方天王也,於闐城有廟。身被金甲,右手持㦸,左手擎塔,祗從群神,殊形異狀,胡人事之。

毗沙門神は本來西域胡人の信仰より出で、佛経の裏の謂う所の四大天王にして、彼は則ち其の中の北方天王なり。于闐城中に彼の廟を建有り。神像は身に金甲を披り、右手は戟を握り、左手は塔を托し、随侍の衆神は形貌各々異り姿態奇特にして、胡人は世代彼を供奉す。

往年吐蕃圍於闐,〈○此下原有「吐蕃人」三字,今依張本。〉夜見金人被髮持㦸行於城上,吐蕃眾數十萬悉患瘡疾,莫能勝,兵又化黑鼠,咬弓弦,無不斷絶,吐蕃扶病而遁。國家知其神,乃詔於邊方立廟,元帥亦圖其形於旗上,號曰神旗。出居旗節之前。故軍出而祭之,至今府州縣多立天王廟焉。

早年吐蕃は于闐を囲攻せり(此の句の下に原有「吐蕃人」の三字、今張刻本に依る)、夜裏人有りて一位の頭髪を披散し長戟を手持するの金甲神人が城頭の上に走動するを看見せり。吐蕃の几十万人馬は随い即ち全て瘡病を生じ、再也支撑する能わず。神兵はまた黒鼠と化作り、専ら弓弦を咬み、凡そ咬到せらるるは断えざるなし。吐蕃は只好く病号を扶りて逃走せり。朝廷は此の神の靈驗を知道して、則ち詔を下して辺地に廟を立たしめ、兵を統べる元帥もまた彼の形象を旗の上に画きて、「神旗」と称作して、師を出だす時旗節の最前に排す。故に軍隊の出征するは皆彼を祭る要し、今天に至るまで各府州县は大多天王廟を建有り。

一本云:昔吐蕃圍安西,北庭表奏求救,唐元宗曰:「安西去京師一萬二千里,須八月方到,到則無及矣。」左右請召不空三藏,令請毘沙門天王。師至,請帝執香爐,師誦眞言,帝忽見甲士立前。帝問不空,不空曰:「天王遣二子獨揵將兵〈○張刻本作「獨領徤兵」。〉救安西,來辭陛下。」後安西奏云:「城東北三十里雲霧中,見兵人各長一丈,約五六里,至酉時鳴鼓角,震三百里,停二日。康居等五國抽兵彼營中,有金鼠咬弓弩絃器械並損。須臾,北樓天王現身。」

別の一種の本子に記載す――従前吐蕃は安西を囲攻し、北庭は表を上げて救援を奏請せり。唐玄宗は曰く「安西は京城を離るること一万二千里、援兵は八個月を走りて初めて到り得べく、到るも及ばざるなり」と。左右は建議して不空三蔵を召來し、彼に請うて毗沙門天王を祈請せしめん。不空法師到りて後、皇帝に請うて親手に香爐を捧げ、法師は真言を念誦し、皇帝は忽然として一隊の甲士が面前に站るを看見せり。皇帝は不空に問うて是れ怎様の回事ぞ、不空は曰く「天王は第二個の兒子獨揵を派して兵を領して(張刻本は「獨領健兵」と作る)安西を救いに往かしめ、特地に來りて陛下に辞行するなり」と。後來安西の奏報して曰く「城東北三十里の雲霧の中に、許多の兵士出現し、每人の身高一丈、綿延約五六里。酉の時に到りて鼓角を擂響せば、声は三百里を震い、一連に两天を持続せり。康居等の五国は城を囲むの営中より兵馬を撤走し、営裏に金鼠ありて弓弩の弦を咬斷し、器械もまた一併に損壊せり。片刻の後、天王は城北楼の上に現身せり」と。

禡牙文篇 第七十三

維某年,歲次某甲,某月朔,某日,某將軍某,敢以牲牢之奠,告於牙軍之神。〈○此「軍」字,張刻本作「旗」。〉曰:在昔三皇無師,五帝有師,所以伐姦凶、禦桀驁。封豕逞兇,〈○張刻本作「薦食」。〉長蛇流毒,寇掠我生聚,殘害我邊陲。我君恥不祥之器,以伐謀為兵,愛不戰而屈人,借前箸為籌策,〈○「籌」字依張刻本補。〉遂得東夷貢矢,西旅獻獒,川明海澄,〈○張刻本作「宴」。〉歷有年矣。

某年、歳次某某、某月初一、某日、某将軍某人、謹んで牛羊牲牢を用いて祭品を作り、牙軍の神に祭告す(此の「軍」の字、張刻本は「旗」と作る)。祝辞に曰く――従前三皇の世は軍隊を設けず、五帝の世に到りて初めて軍隊有り、以て奸凶を討伐し強横を抵御す。如今大野猪の一般の凶徒は其の殘暴を逞しゅうし(張刻本は「薦食」と作る、意思は歩歩に吞噬するなり)、長蛇の一般の惡敵は四處に毒を流し、我らの聚居するの百姓を搶掠し、我らの辺地を殘害す。我らの君主は兵器の此の不祥の物を動用するを以て恥と為し、謀略を用いて勝を取るを当作りて真の用兵と為し、交戦を経ずして敵人を屈服せしむるを看重して、張良の筷子を借りて漢高祖の為に籌画したるがごとく方略を定下し、是に於て東夷は良箭を進貢し西方部族は猛犬を献上し、江河清明にして海波澄静なり(張刻本は「澄」を「宴」と作る)、此の般の太平已に好些年なり。

今戎狄遺噍,虺蠍遠出,〈○原作「起蜥遠山」,今依張刻本。〉紂犬吠堯,獍集狼顧。〈○「集」字依張刻本補。〉天子授我斧鉞,錫我彤弓,鑿門分閫,使專征伐。惟爾乃神,翼茲威武,左霹靂,右雷公,天乙在前,太乙在後,風雹雨霰,克勝群醜,枹鼓未揮,元兇授首。惟爾英靈,來歆旨酒。

如今戎狄はなお残存の活口を留め、毒虺惡蝎はまた遠方より竄出し(原作は「起蜥遠山」、今張刻本に依る)、桀紂の豢養する惡犬が唐堯に向かって狂吠するに似、父を食うの惡獣獍の聚りて一伙を成すがごとく、頭を回して張望して狼の窺伺するがごとし(「集」の字は張刻本に依りて補う)。天子は斧鉞を我が手裏に交り、朱紅の弓を我に賜い、城門を凿開して我の為に送行し我の兵を統べるの界限を划定して、我に全權を以て征伐の事を処置せしむ。願わくは神明の此の一たびの出師の威武を護佑せよ――左に霹靂あり、右に雷公あり、天乙星は前に在りて道を開き、太乙星は後に在りて陣を壓し、狂風冰雹雨雪は一斉に傾き下り、一擧に此の群の醜類を戰勝して、鼓槌未だ揮動せざるに、元凶已に首を授けん。願わくは神明の英靈の前來して此の杯の美酒を享用せんことを。

禡馬文篇 第七十四

維某年,歲次某甲,某月朔,某日,某將軍某,謹以清酌少牢之奠,祭爾群牧馬之神。曰:古者,庖犧氏作服牛乘馬,引重致遠,以代人勞。爾能節齊和鸞,舉應鼙鼓,〈○「應」字依張刻本補。〉陷矢石殪,奔禽聲嘶而涼風立至,影滅而浮雲猶見。

某年、歳次某某、某月初一、某日、某将軍某人、謹んで清酒と少牢を用いて祭品を作り、你ら群牧の馬匹の神に祭告す。祝辞に曰く――古の時伏羲氏は牛に駕し馬に騎るの弁法を創出し、牲口を用いて重物を拉し遠路を走らしめ、人力の辛勞に代替せしめたり。你らは能く車鈴の節拍に應じて行止斉整にして、一たび戦鼓を聽けば則ち声を聞きて動き(「應」の字は張刻本に依りて補う)、箭矢滾石の中に冲り進みて倒斃を甘んず。奔馳し起れば飛禽に追得上し、一声長嘶して涼風随即に至り、馬影已に見えずして、揚起せる浮雲なおあそこに留在せり。

穆滿八駿,足跡接於瑤池;王良駟馬,人事標於天漢,國家恩覃八埏,光宅九土,〈○原本「八」作「無」,「九」作「有」,並依張刻本改。〉王化潛謐,〈○張刻本「皇仁四隘」。〉白旗來庭,浮鐵沈毛,貢金納帛。〈○張刻本作「罽」。〉而豺狼難厭,反首逆鱗,學三苗之不恭,慕九黎之亂德。叛而不討,何以示威?

周穆王滿は八匹の駿馬を駕して、足迹一直に西王母の瑶池に踏み到る。善く車を駕するの王良の御する所の駟馬は、事迹は天上銀河の星宿の間に標記せらる。国家の恩澤は八方の辺遠の地に遍及し、光輝は九州の疆土を籠罩し(原本「八」は「无」と作り「九」は「有」と作る、皆張刻本に依りて改む)、王者の教化は悄然として四方を安定せしめ(張刻本は「皇仁四隘」と作る)、遠方の部族は白旗を打ちて來り朝見し、あれらの鉄能く水に浮き毛會い水に沉むの殊方異域すらも來り歸附し、金銀を進獻し布帛を繳納す(張刻本は「帛」を「罽」と作る、即ち毛毯なり)。可なりや豺狼の一般の敵人は貪心滿ち難く、頭を掉轉して背叛し、天子の逆鱗を触犯し、三苗の如き不恭順を學び、九黎の如き徳義を敗壞することを慕う。彼ら反叛するも我ら往きて討伐せずんば、なお何を拿りて国家の威嚴を顯示せんや。

天子齋壇場,拜飛將。將軍身衛琱戈,〈○原作「彫城」,依張刻本改。〉手提金鼓,揮陣雲〈○張刻本作「清風」。〉以出塞,乘明月而渡河,誓將揮種埋落,擒魑摘魅,火烈具舉,我武維揚。〈○張刻本「疾如飄風」。〉惟爾馬神,使我馬肥,風馳電轉,龍驤虎奔,〈○原作「龍驟魚奔」,今依張刻本。〉晶甲霜明,草木皆偃,飛矢星落,江河斡旋,一舉成功,投戈脫甲,示不復用,休爾於華山之陽而已矣。〈○張刻本無此三字。〉

天子は斎戒の壇場に於て將を拜し、兵權を飛將軍に交付す。將軍の身辺は雕飾の長戈を護衛して(原作は「彫城」、張刻本に依りて改む)、手中に金鼓を掌り、陣前の雲気を撥開して塞を出で(張刻本は「陣雲」を「清風」と作る)、明月に趁りて大河を渡り、誓いて敵人の族種を鏟除し彼らの部落を掩埋し、一切の魑魅魍魎を捉盡せんとす。烈火一斉に燃起し、我が軍の武威此に由りて張揚す(張刻本は「疾如飄風」と作る)。願わくは你ら馬神の我が軍の馬匹を肥壯にして、跑るや風馳電掣し、蛟龍の騰躍するがごとく猛虎の奔突するがごとくせよ(原作は「龍驟魚奔」、今張刻本に依る)。铠甲は晶亮として霜のごとく、過ぐる所の草木は伏倒し、射出すの箭は流星の墜落するがごとく、江河之が為に回旋せん。一擧に成功した後は、則ち兵戈を丟下し铠甲を脱去して、再び武を動かさざるを表示し、你らをして華山の南に於て安然に歇息せしめん(張刻本に「而已矣」の三字なし)。

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