地勢篇 第十九
經曰:善戰者,以地強,以勢勝;如轉圓石於千仞之谿者,地勢然也。千仞者,險之地;圓石者,轉之勢也。地無千仞而有圓石,置之窳塘之中,則不能復轉;地有千仞而無圓石,投之方稜偏匾,則不能復移。地不因險,不能轉圓石;石不因圓,不能赴深谿。故曰:「兵因地而強,地因兵而固。」
経に曰く――善く作戦する者は、地形を借りて強となり、態勢を凭って勝を取る。円石を千仞の高処より深谷に滾り入るるがごときは、それは地形と態勢の造成する所なり。千仞の高崖は、険要の地形なり。円滾の石头は、能く滾動するの態勢なり。地形に千仞の高なくんば、縦い円石あるも、低窪の池塘の裏に放たば、また滾動する能わず。地形に千仞の高ありと雖も、円石なくんば、扔り下るるは方棱扁平の石块なれば、同じく挪る能わず。地形は険峻を凭らざれば、則ち円石を滾動する能わず。石头は円滾を凭らざれば、則ち深谷を冲下する能わず。故に曰う「軍隊は地形に因りて強盛となり、地形は軍隊に因りて穩固となる」と。
夫善用兵者,高邱勿向,背邱勿迎,負陰抱陽,養生處實,則兵無百病。是故諸侯自戰於地,名曰「散地」。入人之境不深,名曰「輕地」。彼此皆利,名曰「爭地」。彼我可往,名曰「交地」。三屬諸侯之國,名曰「衢地」。深入,背人城邑,名曰「重地」。山林、沮澤、險阻,名曰「圮地」。出入迂隘,彼寡可以擊吾眾,名曰「圍地」。〈「圍」,原作「貪」,下同,依張刻本改,與《孫武子‧九地篇》合。〉疾戰則存,不戰則亡,名曰「死地」。
善く兵を用うる者は、高き丘に向かって仰攻せず、丘を背にして下る敵に迎えて硬く碰たず、営を扎るに陰を背にして陽に向かい、水草豊足・地勢堅実の処を占據すれば、軍中に種種の病患を生ぜざらん。故に曰う、諸侯が自らの封地の上に於て作戦するを「散地」と謂い、敵境に入ること深からざるを「軽地」と謂い、双方が占めて皆利あるを「争地」と謂い、彼此ともに往来通行し得るを「交地」と謂い、三つの諸侯国と接壤する要衝を「衢地」と謂い、敵境に深入して背後に敵の城邑を压るを「重地」と謂い、山林・沼沢・険阻の地を「圮地」と謂い、進出の道路迂曲狭窄にして敵人が少数の兵力を以て我が大軍を打ち得るを「囲地」と謂い、力を奮い速戦して初めて生存し戦わざれば則ち覆滅するを「死地」と謂う。(校記:「囲地」の「囲」原は「貪」と作る、下文同じ、張刻本に依りて改む、《孫武子・九地篇》と相合す。)
故散地無戰,輕地無留,爭地無攻,交地無絶,衢地無合,重地則掠,圮地則行,圍地則謀,死地則戰。是故城有所不攻,計不合也;地有所不爭,未見利也;君命有所不聽,不便事也。凡地之勢,三軍之權,良將行之,智將遵之,而旅將非之,欲幸全勝,飛龜舞蛇,未之有也。
故に散地に於ては交戦するなかれ、軽地に於ては停留するなかれ、争地に於ては強攻するなかれ、交地に於ては隊伍を脱節せしむるなかれ、衢地に於ては孤立無援なるなかれ、重地に於ては地に就いて糧草を掠取せよ、圮地に於ては迅速に通過せよ、囲地に於ては奇謀を出して身を脱せよ、死地に於ては則ち死戦せよ。これに因りて或る城は攻めざるべし、攻むるは算に合わざるが以てなり。或る地は争わざるべし、好処を看出さざるが以てなり。君主の命令に聴かざるべき或るものは、事に不便なるが以てなり。凡そ地形の態勢・三軍の権変は、優秀の将領は之を実行に付し、智謀の将領は之を遵照施行し、平庸の将領は偏に反って來るを為して、卻って僥倖に全勝を取るを指望し、ただあの一套の飛亀舞蛇の占卜の把戯を摆弄することに顧みて、未だ嘗て成功せるあらず。
兵形篇 第二十
經曰:夫兵之興也,有形有神。旗幟金革,依於形;智謀計事,依於神。戰勝攻取,形之事,而用在神;虛實變化,神之功,而用在形。形粗而神細,形無物而不監,神無物而不察。形誑而惑事其外,神密而圓事其內。觀其形不見其神,見其神不見其事。
経に曰く――軍隊一旦興動すれば、「形」ありまた「神」あり。旗幟・鉦鼓・甲兵は「形」の上に落ち、智謀・筹画は「神」の上に落つ。作戦して勝を取り城を攻め地を奪うは、形の一面の事なれど、真に管用するは神なり。虚実変化は、神の一面の功夫なれど、実処に落とすを要すればなお形に依る。形は粗にして神は細、形は一様として照らし出さざるなく、神は一様として察到らざるなし。形は欺誑に凭りて、外に於て事情を弄して迷离ならしめ、神は隠密に凭りて、内に於て事情を弁じて周全ならしむ。其の形を見れば、則ち其の神を見ず。其の神を見れば、また其の具体の做す所を見ず。
以是參之,曳柴揚塵,形其眾也;減灶滅火,形其寡也。勇而無剛,當敵而速去之,形其退也;斥山澤之險,無所不至,形其進也。油幕冠樹,形其強也;偃旗臥鼓,寂若無人,形其弱也。故曰:兵形象陶人之埏土,鳧氏之冶金;為方為圓,或鐘或鼎。金土無常性,因工以立名;戰陣無常勢,因敵以為形。
この道理を拿て印证せん――樹枝を拖いて塵土を揚げるは、隊伍を装い人多となすなり。竈頭を減らし火光を熄するは、隊伍を装い人少となすなり。勇にして剛ならざるの様子を做出して、一たび敵人に碰上れば則ち迅速に退開するは、敗退を偽装すなり。偵騎を派して山沢険要に遍布せしめ、到らざる処なからしむるは、進攻を偽装すなり。油布の軍帐を樹梢にまで張掛するは、強盛を偽装すなり。旗幟を放倒し戦鼓を停め、寂静として人なきがごときは、虚弱を偽装すなり。故に曰う、用兵の「形」は、陶工の泥坯を揉捏し鳧氏(《考工記》中の鐘を鋳るを掌る工官)の銅料を熔鋳するがごとし。方に作るべく、また円に作るべし。鐘に鋳るべく、また鼎に鋳るべし。金属と陶土とは本より固定の形性なく、工匠の手芸に随いて名を得、戦陣もまた固定の態勢なく、敵情に随いて形態を変換す。
故兵之極,至於無形;無形,則間諜不能窺,智略不能謀。因形而措勝於眾,眾不能知;人皆知我所以勝之形,莫知吾所以制勝之形。形不因神不能為變化,神不因敵不能為智謀。故水因地而制形,兵因敵而制勝也。
故に兵を用うること極致に至れば、則ち「無形」に帰す。一たび無形に至れば、間諜も窺探する能わず、智者もまた謀算し出だす能わず。形勢に順いて勝利を衆人の面前に擺すれど、衆人は卻って看て明白ならず。人人は皆我が勝を取る時に擺出したあの形を知るも、我が以て勝を制するあの形を知る者なし。形は神に依託せざれば、変化する能わず。神は敵情に針対せざれば、智謀と為る能わず。故に水は地形に随いて流向を定め、兵を用うるは敵情に随いて勝を取るの法を定む。
作戦篇 第二十一
經曰:昔之善戰者,如轉木石。木石之性,圓則行,方則止。行者,非能行而勢不得不行;止者,非能止而勢不得不止。夫戰人者,自鬬於其地,則散;投之於死地,則戰。散者,非能散,勢不得不散;戰者,非能戰,勢不得不戰。行止不在於木石,而制在於人;散戰不在於人,而制在於勢。此因勢而戰人也。
経に曰く――昔、善く作戦する者は、木と石を滾動するがごとし。木石の性質は、円なるは則ち滾り、方なるは則ち停まる。滾るは其の自ら滾らんと欲するに非ず、形勢が之を滾らざるを得ざらしむるなり。停まるは其の自ら停まらんと欲するに非ず、形勢が之を停まらざるを得ざらしむるなり。人を駆りて作戦せしむるもまた同じ。士卒をして自らの門口に於て仗を打たしめば、彼らは容易に潰散せん。彼らを死地に投ぜば、彼らは死を拼せざるを得ず。潰散するは、彼らが散らんと欲するに非ず、形勢が彼らを散らざるを得ざらしむるなり。死戦するは、彼らが戦わんと欲するに非ず、形勢が彼らを戦わざるを得ざらしむるなり。木石の滾るか否かは木石に取决らずして人に取决り、士卒の散るか戦うかは士卒に取决らずして形勢に取决る。これ即ち形勢を凭って人を駆りて作戦せしむるなり。
夫未見利而戰,雖眾必敗;見利而戰,雖寡必勝。利者,彼之所短,我之所長也。見利而起,無利則止;見利乘時,帝王之資。故曰:「時之至,間不容息。」先之則太過,後之則不及。見利不失,遭時不疑,失利後時,反受其害。疾雷不及掩耳,卒電不及暝目。赴之若驚,用之若狂,此因利之戰人也。
乗ずべき利あるを看ずして開戦すれば、兵再び多しとも必ず敗れ、利の処を看准して而る後に開戦すれば、兵少なしと雖も必ず勝たん。謂うところの「利」とは、則ち対方の短所・我が方の長所なり。利あるを見れば則ち動き、利なければ則ち停まる。利を抓住し時機に乗ずるは、正に帝王の業を成就するの本銭なり。故に曰う「時機来臨するとき、中間に一口の気を喘ぐの空隙すらなし」と。前頭に搶えば則ち火に過ぎ、後頭に落れば則ち趕き及ばず。利あるを見て放過せず、時機に遇上て遅疑せず。一旦利を錯失し時機を耽误せば、反って其の害を受けん。疾雷の響き起るに耳を捂ぐに及ばず、閃電の閃き起るに眼を合わするに及ばざるがごとし。奔赴するや驚を受けたるがごとき快さにして、用兵するや狂を発したるがごとき猛さなり――これ即ち有利の勢を凭って人を駆りて作戦せしむるなり。
夫戰者,左川澤,右邱陵,背高向下,處生擊死,此平地之戰人也。逼敵無近於水,彼知不免,致死拒我,困獸猶鬬,蜂蠆有毒,況於人乎!令其半濟而擊之,前者知免,後者慕之,蔑有鬬心。敵逆水而來,迎之於水內,此水上之戰人也。
作戦する時、左は川沢に依り、右は丘陵に靠り、高処を背にして低処に面し、自ら生地を占住して敵の死地を攻むるは、これ平地上に於て人を駆りて作戦せしむるの弁法なり。敵人を逼して水辺に向かわしむるに、逼むること近過ぎるなかれ。彼は自ら退くべき路なきを知れば、則ち死を拼して抵抗せん。困獣なおなお斗わんと欲し、蜂蠆なおなお毒あり、いわんや人をや。彼の半ば渡るを待ちて而る後に打て――前の者は以て身を脱し得べしと為し、後の者はただ前の者を追趕するに顧みて、斗志なからん。敵人もし水に逆らい我に向かい来らば、則ち水中に於て彼を迎撃せよ――これ水上に於て人を駆りて作戦せしむるの弁法なり。
左右山陵、谿谷險狹與敵相遇,我則金鼓蔽山,旗幟依林,登高遠斥,出沒人馬,此山谷之戰人也。勢利者,兵之便;山水平陸者,戰之地。夫善用兵者,以便勝,以地強,以謀取,此勢之戰人也。如建瓴水於高宇之上,砉然而無滯霤;又如破竹,數節之後,迎刃自解,無復著手。
左右皆山陵・渓谷険窄の地方に於て敵人と遭遇せば、我が方は則ち鉦鼓の声をして満山に響徹せしめ、旗幟を樹林に依りて布置し、高きに登り遠く偵察し、人馬をして時に隠れ時に現れしめん――これ山谷の中に於て人を駆りて作戦せしむるの弁法なり。利ある態勢は、用兵の便利なり。山地・水上・平原は、作戦の場地なり。善く兵を用うる者は、便利に靠って勝を取り、地形に靠って強を変じ、謀略に靠って奪取す――これ即ち態勢を凭って人を駆りて作戦せしむるなり。一瓶の水を高き屋頂の上より傾瀉し下ろすがごとく、譁然として直落して滞畄する処なし。また竹を劈くがごとく、頭の几節を劈き過ぎれば、後面は便ち刃に迎え解けて、再び手腳を費やすを用いず。
攻守篇 第二十二
經曰:地所以養人,城所以守地,戰所以守城。內得愛焉,所以攻。〈張刻本「愛」作「人」,葢以意攺也。《司馬法》云:「內得愛焉,所以守也。外得威焉,所以戰也。」此下亦攻守並舉,疑「內得愛焉」之下有脫文。〉守不足,攻有餘;力不足者守,力有餘者攻。
経に曰く――土地は以て人を養活するに用い、城池は以て土地を守住するに用い、作戦は以て城池を保住するに用う。内部に於て百姓の愛戴を得て、初めて力量出撃するあり。防守するは、力量の足らざるが以てなり。進攻するは、力量の余るが以てなり。力量足らざるの一方は防守し、力量余るの一方は進攻す。(校記:「內得愛焉」の「愛」、張刻本は「人」と作る、大概は己意を以て改動せしなり。《司馬法》原文は「內得愛焉、所以守也、外得威焉、所以戦也」と作る。此処の下文もまた攻守並擧す、「內得愛焉」の下に脱文あるを疑う。)
攻人之法,先絶其援,使無外救,料城中之粟,計人日之費。糧多人少,攻而勿圍;糧少人多,圍而勿攻。力未屈、粟未盡、城尚固,而拔者,攻之至也;力屈、粟殫、城壞,而不拔者,守之至也。
敵人を攻打するの弁法は、先ず彼の外援を切断し、彼をして救兵を得る能わざらしめ、再び城中の存糧の数量を估算し、每人毎日の消耗を計算す。糧多くして人少なければ、則ち強攻して久圍を必とせず。糧少なくして人多ければ、則ち圍困して強攻を必とせず。守方の兵力未だ竭きざる・存糧未だ尽きざる・城池なお固きに、攻方能く之を拿下するは、これ進攻の極致なり。守方の兵力已に竭き・存糧已に尽き・城牆已に壞れたるに、攻方なおなお拿下する能わざるは、これ防守の極致なり。
夫守城之法,以城中壯男為一軍,壯女為一軍,男女老弱為一軍。三軍無使相遇,壯男遇壯女,則費力而奸生;壯女遇老弱,則老使壯悲,弱使強憐。悲憐在心,則使勇人更慮,壯夫不戰。故曰:善攻者,敵不知所守;善守者,敵不知所攻。微乎!微乎!至於無形。神乎!神乎!至於無聲,故能為敵之司命。
城を守るの弁法は、城中の壮年男子を編じて一軍と為し、壮年女子を編じて一軍と為し、男女老弱を編じて一軍と為す。この三軍は彼らをして彼此碰面せしむるなかれ。壮男は壮女に遇上れば、則ち心を分かち力を費やして淫乱を滋生せん。壮女は老弱に遇上れば、老人は壮者をして悲傷せしめ、弱者は強者をして怜惜せしむ。悲傷怜惜一たび心頭に上れば、勇敢の人は別に顧慮を生じ、壮士もまた拼命を肯んぜざらん。故に曰う、善く進攻する者は、敵人は何れの処を守るべきかを知らず。善く防守する者は、敵人は何れの処を攻むべきかを知らず。微妙なるかな微妙なるかな、微妙にして形迹なきに至れり。神奇なるかな神奇なるかな、神奇にして声息なきに至れり。故に能く敵人の命運を主宰す。
行人篇 第二十三
經曰:君擇日登拜大將軍,繕甲兵,具卒乘。出則破人之國、敗人之軍、殺人之將、虜人之俘。贏糧萬里,行於敵人之境,而不知敵人之情,將之過也。敵情不可求之於星辰,不可求之於神鬼,不可求之於卜筮,而可求之於天。〈「天」字似誤。文瀾閣本無此句。〉
経に曰く――国君は吉日を選定し、壇に登りて大将軍の職を拜授し、甲冑兵器を修繕し、歩卒車乗を配斉す。軍隊一たび出動せば、則ち人の国家を攻破し人の軍隊を撃敗し人の将領を斬殺し人の士卒を俘獲せんとす。しかれども口糧を背負いて万里を行軍し、敵国の境内を走りて、敵人の実情を了解せざれば、これ将領の過失なり。敵情は星辰に向かって求むべからず、神鬼に向かって求むべからず、また卜筮に向かって求むべからず。下文の説く所に照らせば、ただ人に之を求むるのみ。(校記:原書此の句は「而可求之于天」と作る、「天」の字は讹误あるに似たり。文瀾閣本に此の一句なし。)
昔商之興也,伊尹為夏之庖人;周之興也,呂望為殷之漁父;秦之帝也,李斯為山東之獵夫;漢之王也,韓信為楚之亡卒;魏之伯也,荀彧為袁紹之棄臣;晉之禪也,賈充任魏;魏之起也,崔浩家晉。故七君用之而帝天下。
当年、商朝の興起するに、伊尹は本より夏朝の厨子なりき。周朝の興起するに、呂望は本より殷商の治下の漁翁なりき。秦国の帝を称するに、李斯は本より崤山以東の一介の猟戸なりき。漢家の王を称するに、韓信は本より楚営より逃出した士卒なりき。曹魏の霸を称するに、荀彧は本より袁紹に棄置不用せられた臣属なりき。晋の魏禅を受くるに、賈充は本より魏国に任職せりき。北魏の崛起するに、崔浩は本より晋朝旧族の家に出自せり。この七位の君主は彼らを任用して、初めて天下に帝を称することを得たり。
夫賢人出奔,必有佞臣持君之衡。是以失度佐有扈,孤功專驩兜,成均權三苗,推移佞桀,崇侯諂紂,優旃惑晉。故曰:三仁去而殷墟,二老歸而周熾,子胥死而吳亡,范蠡存而越伯,五羖入而秦喜,樂毅出而燕懼。將能收敵國之人而任之,以索其情,戰何患乎不克?故曰:「羅其英,敵國傾;羅其雄,敵國空。」它山之石,可以攻玉。
賢人の他国に出走する所以のものは、必ず佞臣の君主の権衡を把持するあるに因るなり。故に失度は有扈氏に輔佐し、孤功は驩兜に專擅し、成均是三苗に権を弄し、推移は夏桀に諂事し、崇侯虎は商紂に諂事し、優旃は晋君を惑乱せしめたり――これらは皆佞臣の道に当たり賢人を逼走せしめたるの例子なり。故に曰う、微子・箕子・比干の三位の仁人一たび去れば、殷商は便ち廃墟と為り、伯夷・太公の两位の老人一たび帰附すれば、周室は便ち興旺し、伍子胥一たび死すれば、呉国は便ち滅亡し、范蠡なお在れば、越国は便ち称霸し、百里奚は五張の羊皮を以て贖われて秦に入れば、秦国は便ち振作し、楽毅一たび出走すれば、燕国は便ち恐懼す。将領もし能く敵国の人材を收納して任用を加え、彼らを用いて敵方の実情を搜求せば、仗を打つになお勝を打たざるを愁えんや。故に曰う「対方の英才を羅致せば、敵国は則ち傾覆し、対方の雄傑を羅致せば、敵国は則ち空虚ならん」と。正に《詩経・小雅・鶴鳴》の謂うがごとく、別の山上の石头は、以て自らの玉を琢磨すべきなり。
夫行人之用事有二。一曰:因敵國之人來觀釁於我,我高其爵、重其祿、察其辭、覆其事;實則任之,虛則誅之;任之以鄕導。二曰:吾使行人觀敵國之君臣,左右執事,孰賢孰愚?中外近人,孰貪孰廉?舍人謁者,孰君子孰小人?吾得其情,因而隨之,可就吾事。
「行人」とは、即ち敵国に出使するの間使にして、事を弁ずるに两条の路子あり。第一条――敵国に人の来りて我が方の破綻を窺探するあらば、我は則ち彼の爵位を抬高し彼の俸禄を加厚し、彼の言辞を細察し、彼の説く所の事を反復に核験す。査実して真なれば則ち彼を任用し、假なれば則ち彼を殺し、任用する時は彼をして郷導を充当せしめん。第二条――我は行人を派して敵国の君臣を観察せしむ。左右に事を弁ずるの人は、誰か賢にして誰か愚なるか。宮内宮外の近臣は、誰か貪にして誰か廉なるか。舍人・謁者のこれら近侍は、誰か君子にして誰か小人なるか。我はこれらの実情を摸清し、勢に順いて利用を加えれば、則ち我が方の事を成就し得べし。
夫三軍之重者,莫重於行人;三軍之密者,莫密於行人。行人之謀未發,有漏者與告者皆死。謀發之日,削其藳、焚其草、金其口、木其舌,無使內謀之洩。若鷹隼之入重林,無其蹤;若游魚之赴深潭,無其跡。離婁俛首,不見其形;師曠傾耳,不聆其聲。微乎!微乎!與纖塵俱飛,豈飽食醉酒爭力輕合之將,而得見行人之事哉!
三軍の中の最も要緊なるは、行人より要緊なるなし。三軍の中の最も保密を須とするは、行人より保密を須とするなし。行人の謀划未だ発動せざるに、凡そ消息を走漏せる人と聴聞して転告せる人とは、一律に処死せよ。謀划発動の日、底稿を削り去り草紙を焼き掉り、嘴を封ずること銅鋳のごとく、舌を压えること木頭のごとくして、内部の謀划をして外泄せしめざれ。鷹隼の密林に鉆り入りて蹤影を尋ぬる能わざるがごとく、游魚の深潭に潜入して痕迹を覓むる能わざるがごとくせよ。離婁のごとき目力人に過ぐる者をして頭を低くして細看せしむるも、その形を見る能わず。師曠のごとき耳力人に過ぐる者をして耳を側して傾聴せしむるも、その声を聴く能わず。微妙なるかな微妙なるかな、細にして微塵とともに飛揚し得るに至れり。あれらの飽食醉酒・闘力を知るのみにして軽率に接戦するの将領は、いずこにか行人のこの一層の門道を看見せんや。
鑑才篇 第二十四
經曰:人稟元氣所生,陰陽所成。淳和平淡,元氣也;聰明俊傑,陰陽也。淳和不知權變,聰明不知至道。夫人柔順安恕,失於斷決,可與循節,難與權宜。強悍剛猛,失於猜忌,可與涉難,難與持守。貞良畏愼,失於狐疑,可與樂成,難與謀始。清介廉潔,失於局執,可與立節,難與通變。韜晦沉靜,失於遲回,可與深慮,難與應㨗。
経に曰く――人は元気を禀受して生じ、陰陽に由りて凝成せらる。淳厚平和・恬淡にして露ならざるは、元気より出づ。聡明衆に出で・才具俊抜は、陰陽より出づ。淳和の人は権変を識らず、聡明の人は至道を識らず。柔順寛恕の人は、短所は決断を缺少するに在り。彼と同じく班に就き部に按って規矩を守るべく、彼と同じく機に随いて変に応ずること難し。強悍剛猛の人は、短所は多疑猜忌するに在り。彼とともに危難に共赴すべく、彼とともに成業を持守する難し。忠貞善良・敬畏謹慎の人は、短所は猶豫不決するに在り。彼とともに成功を共享すべく、彼とともに開創を謀划する難し。清高耿介・廉潔自守の人は、短所は拘泥固執するに在り。彼とともに節操を樹立すべく、彼とともに権に通じ変に達する難し。深藏不露・沈黙安静の人は、短所は遅疑回旋するに在り。彼とともに深謀遠慮すべく、彼とともに急変を応付する難し。
夫聰明秀出之謂英,膽力過人之謂雄。英者,智也;雄者,力也。英不能果敢,雄不能智謀,故英得雄而行,雄得英而成。
聡明才智抜類出萃するを「英」と謂い、胆量気力常人に超過するを「雄」と謂う。「英」は智に偏し、「雄」は力に偏す。「英」は果敢を缺少し、「雄」は智謀を缺少す。故に「英」は「雄」の配合を得て初めて行き通り得、「雄」は「英」の輔助を得て初めて弁じ成り得。
夫人有八性不同,仁義、忠信、智勇、貪愚。仁者好施,義者好親,忠者好直,信者好守,智者好謀,勇者好決,貪者好取,愚者好矜。人君合於仁義,則天下親;合於忠信,則四海賓;合於智勇,則諸侯臣;合於貪愚,則制於人。仁義可以謀縱,智勇可以謀橫;縱成者王,橫成者伯。王伯之道,不在兵強士勇之際,而在仁義智勇之間,此亦偏才未足以言大將軍。
人の秉性に八種あり、彼此相同ならず、両々相配して四組と為す――「仁」と「義」、「忠」と「信」、「智」と「勇」、「貪」と「愚」なり。仁厚の人は施与を喜好し、重義の人は人と相親するを喜好し、忠直の人は話を把りて直く説くを喜好し、守信の人は承諾を守住するを喜好し、多智の人は謀划を喜好し、勇決の人は機に当たりて立断するを喜好し、貪心の人は占取を喜好し、愚昧の人は自ら誇耀するを喜好す。君主を為す者もし仁義の士と相合せば、天下人は来りて親附し、忠信の士と相合せば、四海は来りて賓服し、智勇の士と相合せば、諸侯は来りて臣を称し、ただ貪愚の輩と相合せば、反って別人に控制せられん。仁義の士は彼の為に合縦を謀划し得べく、智勇の士は彼の為に連横を謀划し得べし。合縦成功するは王業を成就し、連横成功するは霸業を成就す。これより見れば王業霸業を成就するの関鍵は、兵器の精良・士卒の勇猛に在らずして、仁・義・智・勇のこれら几種の品性の配合に在り。ただし以上の八種はただ一端に偏するの才性にして、なお全軍を統領するの大将軍と称するに足らず。
若夫能柔能剛,能翕能張,能英而有勇,能雄而有謀,圓而能轉,環而無端,智周乎萬物,而道濟於天下,此曰通才,可以為大將軍矣。故曰:「將者,國之輔。輔周則國強,輔隙則國弱,是謂人之司命、國家安危之主,不可不察也。」
あの種の能く柔和にしてまた能く剛強、能く収斂にしてまた能く舒展するの人に至っては、英才の聡明あって而も人に過ぐるの胆勇を兼具し、雄傑の膂力あって而も周密の謀算を兼具し、円器のごとく以て勢に随いて転動し、円環のごとく起訖首尾を尋ぬる能わず、智慧は万物に遍く及び、行う所の道は以て天下を救済するに足る。これを「通才」と謂い、以て大将軍を担任すべし。故に《孫子兵法》に曰く「主将は国家の輔木なり。輔木と車身と貼合して隙なくんば、国家は則ち強盛し、輔木と車身と縫隙を出現せば、国家は則ち衰弱す。かくのごとき人は万民の性命の主宰・国家の安危の主管なり、仔細に考察せざるべからず」と。この几句は各々《孫子兵法》の〈謀攻〉と〈作戦〉の两篇より出づ。
明主所以擇人者,閱其才通而周鑑,其貌厚而貴;察其心貞而明,居高而遠望,徐視而審聽,神其形,聚其精,若山之高不可極,若泉之深不可測。然後審其賢愚以言辭,擇其智勇以任事,乃可任之也。
英明の君主が将才を挑選するには、彼の才具の通達にして能く周遍に照察するかを検視し、形貌の敦厚にして貴相あるかを検視すべし。彼の内心の貞正清明なるかを考察し、彼の能く高く站ち遠く望み、従容に看、審慎に聴き、神情凝定・精気内聚して、高山のごとく高くして頂を望見ず、深泉のごとく深くして底を測らざるに到るかを看るべし。然る後に再び言談応対を凭って彼の賢か愚かを辨別し、事を弁ずるの実績を凭って彼の智謀と胆勇を挑出し、かくして初めて彼を任用すべし。
夫擇聖以道,擇賢以德,擇智以謀,擇勇以力,擇貪以利,擇奸以隙,擇愚以危。事或同而觀其道,或異而觀其德,或權變而觀其謀,或攻取而觀其勇,或貨財而觀其利,或捭闔而觀其間,或恐懼而觀其安危。故曰:欲求其來,先察其往;欲求其古,先察其今。先察而任者昌,先任而察者亡。
聖者を挑選するは「道」を以て衡量し、賢者を挑選するは「徳」を以て衡量し、智者を挑選するは謀略を以て衡量し、勇者を挑選するは気力を以て衡量し、貪者を挑選するは財利を以て試探し、奸者を挑選するは乗ずべきの縫隙を以て試探し、愚者を挑選するは危難を以て試探す。事情を以て考察す――彼をして人と同じく一事を做らしめ、彼の正道を守るか否かを看、彼をして人と做法異ならしめ、彼の徳行あるか否かを看、彼をして機に随いて変に応ぜしめ、彼の謀略有るか否かを看、彼をして城を攻め地を奪わしめ、彼の胆勇あるか否かを看、彼をして貨物銭財を経手せしめ、彼の利を見て義を忘るるか否かを看、彼をして往来游説・時に開き時に合せしめ、彼の中より離間するか否かを看、彼をして恐懼の中に身を処せしめ、彼の安危の関頭に於て鎮定なるか否かを看よ。故に曰う、一人の将来如何なるかを知らんと欲せば、先ず彼の過去如何なりしかを考察せよ。彼の早年の為人を知らんと欲せば、先ず彼の今日の作為を考察せよ。先ず考察して清かにして而る後に任用するは、事業昌盛す。先ず任用して而る後に回頭考察するは、事業敗亡す。
昔市偷自鬻於晉,晉察而用之,勝楚。伊尹自鬻於湯,湯察而用之,放桀。智能之士,不在遠近。仁人不因困阨,無以廣其德;智士不因時棄,無以舉其功。王者不因絶亡,無以立其義;霸者不因強敵,無以遺其患。
昔、市井の裏の一個の偸児ありて自らを晋国に推薦し、晋人は考察の後に彼を任用し、彼の本事に靠って楚国に戦勝せり。伊尹は自らを商湯に推薦し、商湯は考察の後に彼を任用し、終に夏桀を放逐せり。これより見れば智慧才能ある者は、遠近親疎を分かたず。仁徳の人は困頓険阻を経暦せざれば、其の徳行を拡充するに従来なし。智謀の士は一時の棄置不用を経暦せざれば、其の功業を建立するに従来なし。王道を行うの君主は滅絶に瀕するの危局に遇上せざれば、其の道義を確立するに従来なし。霸道を行うの君主は強勁の对手に遇上せざれば、其の日後の禍患を除去するに従来なし。
明主任人,不失其能;直士舉賢,不離於口。無萬人之智者,不可據於萬人之上。故曰:〈○「曰」字原脫,依文瀾閣本補。此下八句乃《孫武子‧謀攻篇》文。〉「不知軍中之事,而同軍中之政者,則軍士惑矣。不知三軍之權,而同三軍之任者,則軍士疑矣。三軍旣惑且疑,則諸侯之難至矣。」夫如是,則君不虛王,臣不虛貴。所謂君道知使臣,臣術知事君者。
英明の君主が人材を任用するは、彼の才能を埋没せしめず。正直の臣子が賢人を擧薦するは、総じてこの事を嘴边に挂けて罷まざるなり。万人に勝るの智慧なくんば、万人の上の位置に占據すべからず。故に《孫子兵法・謀攻》に曰く「軍中の実情を了解せずして、卻って手を插して軍中の政令を干預せんとすれば、将士は則ち迷惑す。三軍の権変を識得せずして、卻って手を插して三軍の任使指揮を干預せんとすれば、将士は則ち疑慮す。三軍既に迷惑し又疑慮せば、各国諸侯の隙に乗じて来り犯すの禍難もまた到らん」と。(校記:「曰」の字原本脱漏す、文瀾閣本に拠りて補う。以下の八句は《孫子・謀攻》の原文なり。)能くかくのごとく為さば、君主の王位は虚に其の名有るに非ず、臣子の顕貴もまた徒に其の位を占るに非ず。これ即ち謂うところの君主の道は臣下を駆使するを識るに在り、臣子の術は君主に侍奉するを識るに在るなり。
《神機制敵太白陰經》巻二 終
授鉞篇 第二十五
經曰:國有疆埸之役,則天子居正殿,命將軍,詔之曰:「朕以不德,謬承大運,致寇敵侵擾,攻掠邊陲,日旰忘食,憂在寤寐,勞將軍之神武,帥師以應之。」
本経に曰く――国家に辺境上の戦事あれば、天子は則ち正殿に臨御し、将軍を任命し、詔を下りて彼に対して曰く「朕は徳行浅薄にして、误りて天命大運を承け、以致して敵寇の来り侵擾し辺地を攻掠するを致せり。朕はこれが為に天色已に晩きに至るもなお飯を喰うに顧みず、睡裏夢裏に於ても憂心せり。如今将軍の神威武略に労して、大軍を統率して前に往きて彼らを応付せん」と。
將軍再拜受詔,乃令太史卜,齋三日,於太廟拂龜。太史擇日以授鉞,君入太廟,西面立,親操鉞,以授將軍,曰:「從此以往,上至於天,將軍制之。」復操斧柄,授將軍曰:「從此以往,下至於泉,將軍制之。」
将軍は二たび拜して詔命を接受し、随い即ち太史に命じて占卜せしめ、三日を齋戒して、太廟の裏に於て亀甲を拂拭す。太史は吉日を選定して授鉞の礼を挙行す。君主は太廟に進入り、西に面向して站立し、手ずから鉞を握住して、鉞を将軍に交して曰く「これより上、天頂に至るまで、皆将軍の裁断に由れ」と。また斧柄を握住して、斧を将軍に交して曰く「これより下、黄泉に至るまで、皆将軍の裁断に由れ」と。
將軍旣受命,跪而荅曰:「臣聞國不可從外治,軍不可從內御。二心不可以事君,疑志不可以應敵。臣旣受命,專斧鉞之威,臣不願生還,請君亦埀一言之命於臣。〈○以《六韜‧立將篇》校之,此下脫「君不許臣」句。〉臣不敢將;君許臣,乃辭而行。」
将軍は任命を接受した後、跪きて回答して曰く「臣聞く、国政は朝廷の外に由りて治理する能わず、軍事は宮廷の内に由りて遥制する能わず。二心を懐く者は君主に侍奉する能わず、疑慮を存する者は強敵に応対する能わず。臣既に命を受けて、斧鉞の威権を独掌する以上、生きて帰るを指望せず、ただ君主もまた臣に一句の明白の話を給え。(校記:《六韜・立将》を用いて対校すれば、此処の下面に「君不許臣」の一句を脱漏す。)君主もし許さずんば、臣は敢えて兵を領せず。君主臣に許せば、臣は初めて辞別して出征せん」と。
三軍之事,不聞君命,皆由於將出,臨敵決戰無有二心。若此無天於上,無地於下,中無君命,傍無敵人。是故智者為之慮,勇者為之鬬,氣厲青雲,疾若馳騖,兵不接刃而敵降伏,戰勝於外,功立於內。於是將軍乃縞素避舍,請於君,君命舍之。
これより三軍の中の一切の事務は、再び君命を聴候せず、全く主将より発出す。陣に臨みて敵と決戦するに、絶えて三心二意なし。この一歩を做り到れば、将軍の眼中は上に天を見ず下に地を見ず、中に居りて君命の牽制を受けず、身旁もまた敵人を眼裏に放れず。これに因りて智謀ある者は肯んじて彼の為に謀划し、胆勇ある者は肯んじて彼の為に拼殺し、士気は高漲して青雲に直沖し、行動は迅疾にして奔馬のごとし。刀刃未だ交鋒せざるに敵人は已に投降し、外に於て勝仗を打ち、内に於て功勲を建立す。班師の後、将軍は便ち素服を穿上し正室を離れて別に偏舎に居り、君主に向かって処分を請求し、君主は令を下りて彼の自責を免去す。
部署篇 第二十六
經曰:兵有四正四奇,總有八陣,或合為一,或離為八。以正合,以奇勝,餘奇為握奇,聚散之勢,節制之度也。
本経に曰く――用兵に四支の正兵・四支の奇兵あり、合わせて共に八陣と成す。八陣は合并して一個の整体と為すべく、また分散して八個の独立の陣と為すべし。作戦する時は正兵を以て敵人と正面交合し、奇兵を以て其の不意を出して勝を取り、剩余の奇兵は主将が自ら掌握す。これを「握奇」と謂う。これ即ち聚合と分散の態勢にして、また部伍を節制するの法度なり。
一萬二千五百人為一軍。一萬二千象十有二月,五百象閏餘,窮陰極陽,備物成功,徵無義,伐無道。聖人得以興,亂人得以廢。興廢存亡昏明之術,皆由兵也。
一万二千五百人を編じて一軍と為す。其の中の一万二千の数目は一年の十二月に取象し、五百の数目は暦法上の閏余に取象す。軍隊の数は陰陽を窮尽し、物力斉備して事功成るべく、以て不義の人を征討し無道の国を討伐す。聖明の人は之に靠って興起し、昏乱の人は之に因りて敗亡す。興起と廃亡・生存と滅絶・昏暗と清明の種種の手段は、皆軍事を経由して実現せんとす。
司馬穰苴曰:「五人為伍,十伍為部。」〈○原本誤作「五」。五為伍,伍伍為部,以人數計之,不合。張刻本作「二伍為部」,亦以意改也。以《通典》百四十八引《穰苴兵法》文校正。〉
司馬穰苴曰く「五人を編じて一伍と為し、十伍を編じて一部と為す」と。(校記:原本此処に误りて「五」と作る、もし「五人為伍、五伍為部」に照らして人数を推算すれば並びに吻合せず。張刻本は改めて「二伍為部」と作るも、また意思を凭って臆改せしなり。今《通典》巻一百四十八の引く所の《穰苴兵法》原文に拠りて校正す。)
部,隊也。一軍凡二百五十隊,每十隊以三為奇。風后曰:「餘奇握奇。」故一軍以三千七百五十人為奇兵,隊七十有五,外餘八千七百五十人,部隊一百七十五分為八陣,陣有一千九十三人七分五銖,隊有二十二火人為一陣之部署。今舉一軍,則千軍可知矣。
「部」とは則ち「隊」なり。一軍は共に二百五十隊あり、毎十隊の裏より三隊を抽出して奇兵を充当せしむ。風后曰く「剩余の奇兵は主将の親握する所なり」と。故に一軍は三千七百五十人を以て奇兵と為し、合わせて七十五隊なり。このほか剩余の八千七百五十人は、共に一百七十五隊、分編して八陣と為し、毎陣一千零九十三人零七分五銖(即ち一人に足らざるの四分の三の零頭)、毎陣は下轄して二十二隊の人馬あり。これ便ち一陣の部署なり。此処はただ一軍を挙げて例と為すのみ、これに照らして推算せば、千軍の編制もまた皆清楚ならん。
將軍篇 第二十七
經曰:三軍之眾,萬人之師,張設輕重,在於一人,不可不察也。一人大將軍,智、信、仁、勇、嚴、謹、賢、明者任。二人副將軍,智、信、仁、勇、嚴、毅、平、直者任,一人主軍糧,一人主徵馬。四人總管,嚴識軍容者任,二人主左右虞候,二人主左右押衙。八人子將,明行陣、辨金革、曉部署者任。
本経に曰く――三軍の衆・上万の人の部隊は、布置の当否・分量の軽重如何は、全く主将一人の身上に係り、考察を慎重せざるべからず。大将軍一人は、智謀・誠信・仁愛・勇決・厳明・謹慎・賢良・明察を兼備する人に由りて担任せしむ。副将軍二人は、智謀・誠信・仁愛・勇決・厳明・剛毅・公平・正直を兼備する人に由りて担任せしめ、其の中の一人は軍糧を主管し、一人は戦馬を主管す。総管四人は、軍を治むること厳整にして軍容儀法に熟悉する人に由りて担任せしめ、其の中の二人は分かちて左右虞候を掌り、二人は分かちて左右押衙を掌る。子将八人は、行軍布陣に熟悉し鳴金と撃鼓の号令を分辨し得、部署の法に通暁する人に由りて担任せしむ。
八人大將軍別奏,十六人大將軍傔,〈侍從官吏。○文瀾閣本此下有「八人副大將別奏」句。〉一十六人總管傔,八人子將別奏,一十六人子將傔,忠勇、驍果、孝義、有藝能者任。一人判官,沉深謹密、計事精敏者任,濡鈍勿用。一人軍正,主軍令斬決罪隸及行軍禮儀、祭祀、賓客進止。四人軍典,謹厚、明書算者任。
大将軍の別奏八人、大将軍の傔従十六人(原注:傔は則ち侍従官吏なり。校記:文瀾閣本は此の句の下面にまた「八人副大将別奏」の一句あり)、総管の傔従十六人、子将の別奏八人、子将の傔従十六人。これらの人は皆忠誠勇敢・驍健果決・孝順重義・身に技芸を懐くの人に由りて担任せしむ。判官一人は、沈穏細密にして事情を筹算するに精明敏捷の人に由りて担任せしめ、遅鈍拖沓の人は任用すべからず。軍正一人は、軍令に依りて罪ある隷卒を斬決するを主管し、および行軍中の礼儀・祭祀と賓客往来の進退の安排とを主管す。軍典四人は、謹慎篤厚にして文書算術に精通する人に由りて担任せしむ。
陣將篇 第二十八
經曰:古者,君立於陽,大夫立於陰,是以臣不得窺君,下不得窺上,則君臣上下之道隔矣。夫智均不能相使,力均不能相勝,權均不能相懸。〈○張刻本作「援」。〉道同則不能相君,勢同則不能相王,情同則不能相順。情異則理,情同則亂。故大將以智,裨將以勇。以智使勇,則何得而不從哉!
本経に曰く――古の時、君主は朝堂の陽に向かうの位置に站ち、大夫は陰を背にするの位置に站つ。これに因りて臣下は君上を窺測するに従来なく、下級は上級を窺測するに従来なく、君臣上下の間の分際は便ち隔開せらる。两人の智力相當なれば、則ち誰も誰を支使し動かす能わず。気力相當なれば、則ち誰も誰を圧倒する能わず。権位相當なれば、則ち誰も誰を懸制する能わず(校記:「懸」の字、張刻本は「援」と作る)。守る所の道相同なれば、則ち互相に以て君と相尊する能わず。権勢相同なれば、則ち互相に以て王と相奉する能わず。性情相同なれば、則ち互相に順服する能わず。性情に差別あって、秩序初めて理り順ず。性情完全に一様なれば、反って乱を生ず。故に大将は智謀に靠り、副将は勇力に靠る。智謀を以て勇力を駆使せば、なお指揮し動かさざるの何れかあらんや。
一人偏將軍,勇猛果敢、輕命好戰者任。二人副偏將軍,無謀於敵、有死於力、守成規而不失者任。四人子將,目明旌旗、耳察金鼓、心存號令、宣佈威德者任。二人虞候,擒奸摘伏、深覘非常、伺察動靜、飛符走檄、安忍好殺、事任惟時者任。二人承局,差點均平、更漏無失、糾舉必中者任。
偏将軍一人は、勇猛果敢にして生死を軽んじ戦を好むの人に由りて担任せしむ。副偏将軍二人は、必ずしも別に敵人に対して謀を設けず、肯んじて死を拼して力を出だし、成規を恪守して差錯を出ださざるの人に由りて担任せしむ。子将四人は、眼能く旌旗を辨認し耳能く金鼓を聴清し、心裏に号令を牢記し、能く主将の威信恩徳を宣佈し下らせるの人に由りて担任せしむ。虞候二人は、能く奸細を擒獲し潛伏の徒を擧発し、異常の情况に深く偵察し、敵我の動静を探聴し、符信を飛伝して檄文を奔走し、心腸の狠得下にして敢えて誅殺し、事を弁ずるに能く時に因りて宜を制するの人に由りて担任せしむ。承局二人は、派差点卯の公平均匀・値守更漏に差錯を出ださず・糾察擧発は必ず実情に切中するの人に由りて担任せしむ。
六人偏將軍別奏,一十二人偏將軍傔,六人副偏將軍別奏,十二人副偏將軍傔,八人虞候兼充子虞候,並忠勇、驍果、孝義、藝能者任。一人判官,主倉糧財帛出納,軍器刑書公平者任。二人軍典,明書記、謹厚者任。
偏将軍の別奏六人、偏将軍の傔従十二人、副偏将軍の別奏六人、副偏将軍の傔従十二人、虞候八人は子虞候を兼充す。皆忠誠勇敢・驍健果決・孝順重義・身に技芸を懐くの人に由りて担任せしむ。判官一人は、倉儲糧秣と財物布帛の出入収支を主管し、軍械・刑獄の文書を掌管して能く持平公正なるの人に由りて担任せしむ。軍典二人は、文書記録に通暁し謹慎篤厚の人に由りて担任せしむ。
隊將篇 第二十九
經曰:智者之使愚也,聾其耳,瞽其目,迷其心,任其力,然後用其命。如驅群羊,驅而往,驅而來,莫知所之。與之登高去其梯,入諸侯之境廢其梁。役之以事,勿告之以謀;語之以利,勿告之以害。則士可以得其心而主其身。如此,則死生聚散,聽之於我,是謂良將。
本経に曰く――智謀ある者は愚朴の士卒を駆使するに、彼らの耳を塞住し彼らの眼を遮住して、彼らをして心裏に雑念を生ぜしめず、ただ彼らの気力を用い、然る後に初めて彼らの性命を支配し得べし。これは一群の羊を駆赶するに似たり。赶り過ごし、また赶り帰り、羊は終始自ら何れの処に往くかを知らず。彼らを帯びて高処に登れば則ち梯子を撤掉し、別国の境内に入れば則ち橋梁を毀壊す。ただ彼らを派して具体の事を做らしめ、謀划を彼らに告げず。ただかく為すの好処を講じて、其の中の危険を講ぜず。かくして則ち士卒の心を収服し士卒の身を主宰し得べし。この一歩を做り到れば、全軍の生死聚散は皆我が一人の調度に聴憑す。これを良将と謂う。
一人隊將,經軍陣、習戰鬬、識進止者任。一人隊管、一人隊頭、二人副隊頭,主文書、酬功賞、知勞苦、明部分行列疎密,並責成於副隊頭,公直明曉者任。一人秉旗、二人副旗,並勇壯者任。一人枹鼓,主昏明發警、進退節制,氣勇志銳者任。一人吹角,主收軍退陣,謹守節制、懦怯忠謹者任。
隊将一人は、軍陣を経暦し戦闘に熟習し、何れの時進み何れの時止まるかを識得するの人に由りて担任せしむ。隊管一人・隊頭一人・副隊頭二人は、文書を主管し功労賞賜を酬報し、士卒の労苦を体恤し、本隊の編排行列の疏密を明了するを主管す。これらの事は一併に副隊頭に責成して弁理せしめ、公正正直・事理を明白するの人に由りて担任せしむ。掌旗一人・副旗二人は、皆勇健強壮の人に由りて担任せしむ。鼓槌を掌り鼓を撃つ一人は、早晚に警号を発出し進退の節奏を掌握するを主管し、気盛んにして胆勇・意志鋭利の人に由りて担任せしむ。角を吹く一人は、兵を収め陣を退くを主管し、能く節度を謹守し性情柔弱にして忠誠謹慎の人に由りて担任せしむ。
一人司兵,主五兵銳利、支分器仗,明解者任。一人司倉,主支分財帛、給付軍糧,清廉者任。一人承局,主雜供差料,無人情、惡口舌者任。五人火長,主廚膳飯食、養病、守火、內衣、資樵採、戰陣不預,仁義者任。
司兵一人は、「五兵」(戈・殳・戟・酋矛・夷矛、泛して全隊の兵器を指す)の鋒利を保持し、および各類の器械儀仗を分発するを主管し、兵器に通暁するの人に由りて担任せしむ。司倉一人は、財物布帛を分発し軍糧を供給するを主管し、清正廉潔の人に由りて担任せしむ。承局一人は、各種の雑項供応と差派物料を主管し、私情を徇らず口舌を搬弄するを厭悪するの人に由りて担任せしむ。火長五人は、厨房膳食・病員の照料・炊火の看守・内衣の料理・柴を打ち薪を取るの供応を主管し、列陣作戦に参加せず、仁厚重義の人に由りて担任せしむ。
