Libo

偃臺の感山主が圓通院に到りて相看せり。第一座が問うて言った。「圓通に路無し、山主は争いで來るを得たか。」(歸宗の柔が代わりて言う、「期せずしてまた相見するを得たり。」)

宋 · 道原 · 第151巻 / 151

傳燈錄鏤行舊矣。兵興以來其版灰飛。慕心宗者患無其書。僧思鑒婺人也。芒屩訪道三十年矣。亦欲人同悟涅槃妙心。而思有以資發之也。廣募淨信。復鏤其板。緇素贊歎而助成焉。或曰。自心之法無形。不從人得。初祖釋迦而降。無一祖師非默契而自證者。故達磨直指不立文字。少林九年面壁而已。雖二祖立雪斷臂。一字亦不為說。但遮其知見之非。二祖因是得正知見。豁然大省。則二祖亦不從達磨言句中入迺自證也。且百丈卷席。雪峰輥毬。魯祖面壁。石鞏駕箭。道吾舞笏。鳥窠吹布毛。俱胝舉一指。古德如此示人甚多。不在言句之間故也。言句且爾。況文字乎。心宗要當自參。祖師言句於我何與焉。餘曰。不然。心法雖曰無形。然遍一切處。翠竹真如也。黃花般若也。蛙蚓發機管絃傳心。乃至牆壁瓦礫無非說法。故靈雲見桃花悟道。玄沙謂語燕深談實相。然則大地皆是悟門。孰非此道。況明心宗言句乎。況載明心宗文字乎。若二者於心宗果無與耶。薦福古何為閱雲門錄而省。黃龍心何為讀多福語而悟。蓋言詞相寂文字性空。亦此道耳。若即言句文字。而見性相之空寂。是乃一超而直入也。吾故知是書之流佈。發明心地者眾矣。且鑒之募緣也。臺之寧海邑民周氏歎曰。吾地有大梨木。閱三世矣。比歲我家之人各嘗夢。其上有樓閣行廡。而無數僧往來於其間。每疑之乃今方悟。當刊此錄耶。遂捨以㭊版。且邀鑒即其家僦工而刻之。既刻。周氏夢六僧求已刻者觀焉。周問鑒曰。此何僧耶。鑒曰。此六代傳衣祖師特來證明此事也。嗚呼是書用為一大事。則宜有感發之祥以發寤人心。餘故並列之庶觀者。知非小緣而堅其信心雲。紹興四年上元日。等慈菴善男子睢陽劉棐仲忱序。

隋州護國の知遠禅師の法嗣一人 東京開寶の常普大師(一人、機縁の語句なし、録さず)

魏府華嚴長老示眾

行思禅師第八世

佛法事在日用處。在爾行住坐臥處吃茶吃飯處言語相問處。所作所為舉心動念又卻不是也。會麼。若會得即今無礙自在真人。若也未會則是箇簷枷帶鎖重罪之人。何故如此。佛法不遠隔塵沙劫。爾一念中見得。在爾眉毛鼻孔上。爾若不見得。如接竹點月在處。切莫思惟不可言語。爾時中承何恩力。若知得爾須有箇歡喜處。古人道。常寂寂常歷歷。諸佛不求覓。眾生斷消息。爾會得麼。一切諸法本無情。一切諸佛本自靈。混然同太虛無欠亦無餘。會麼。若不會直是箇觸途成滯。不知箇身落地處茫茫劫劫只是戀物著境認色為實。不捨恩愛痴迷財寶。立我爭人一團子意氣。些子箇違情面青面赤。說強道弱。我不受人欺瞞。我是大丈夫兒。養妻養子。爾豈知在業海之中罪坑之內。吃肉如似餓鬼吞屍。噇酒如餓狗飲水。愛色如渴蠅咂血。不知此身是大禍患恣縱無明愚養意氣。不久敗壞浪死虛生。枉經千劫徒然出沒。何不識取金剛堅固之體長生不滅之道。在世頭枿枿地。口子吧吧地。眼子眨眨地。無常殺鬼到來向床上。猶似使心用行戀財戀境。驀然驅去見閻老子。一詞不措鐵罏火炭銅柱刀山盡為戲翫。恁時追悔大段難為免離。爾如今病未來尋身。何不於十二時中求一毫善利辨取津梁。幻化色身憑何為實。諸佛過去留經造論。一切善法與爾初學底人。懺罪滅障漸漸增長利益。求善知識開示解脫法門。向無明性中認取箇真實主人。於萬劫中得箇人身也不容易。爾還知箇身本性與佛同時本無欠少。有一大事在爾尿囊裡糞堆頭。光爍爍地圓陀陀地。還信得及麼。若信不及也從爾深坑罪海永墮沈淪。爾若迴光返照。於一剎那中即心念息。時中迷惑煩惱痴暗狂情頓自消滅。諸緣境界轉為甘露醍醐安樂國土。豈不是好否。聖人道。萬法從心生。萬法從心滅。皆由爾心。善惡也只由爾心。地獄天堂也只由爾心。只今相應與佛合。

前漳州羅漢の桂琛禅師の法嗣

智即是佛也更無相誑。直下奉信無疑心即正覺。又何必歷僧祇大劫。此身今生甚大難遇。莫道我是凡夫自家退屈。千經萬論只為眾生迷亂不識本性。爾暫時間那取些子貪物底工夫。看經書上義理。只言眾生被一切境攝。著慾之故。山僧苦口實為忉忉。爾還肯麼。爾還信麼。尋常著寒著熱。些子違情吃辛受苦不得卻。於日用時中自不醒悟。整頓取心好為取身好。百年如箭富貴如夢。恩情也只不久。百年無多日。頭白是病來。病是業債來。業債是死來。死是地獄來。爾莫道。我為人平生好心吉善。只依本分不作惡事我無罪過。別教爾有箇好生處。我即今朝未信爾在何故爾平等在甚處。爾還知否。不依佛法一切法皆是邪法外道見解。更莫說擔人擔。我貪色愛財餐魚啖肉妄言綺語。日費上事罪業極深。爾莫道。我捨財造塔起殿設僧轉經。便為長久功德。以此為實未可託倚眾中。老和尚也為爾不得。爾還知麼。爾有千般萬種無明罪業。佛亦為爾不得。須是爾自家著力前程自辦。爾若作一切有為功德。只是造業增長頑福。不生箇清淨知見。山僧雖然。求得供養日夜不安為慮未是在。還知麼。一任爾說向諸方。耆宿笑我也。嫌山僧不得。欲問爾施主得錢處。想爾應不濟潤於人。不救拔貧苦者。了得了取吃休。了取著休。早修行休。度此身休。悔取心休。悔取心休伏惟珍重。

昇州清涼院の文益禅師は余杭の人で、姓は魯氏。七歳で新定の智通院の全偉禅師について剃髪し、二十歳で越州の開元寺で具足戒を受けた。時に律匠の希覚師が明州鄮山の育王寺で大いに教化していたので、師はそこに赴いて聴聞に与り、その微旨を究めた。また傍ら儒典を探り、文雅の場に遊んだ。覚師は師を我が門の游・夏と見なした。師は玄機が一たび発すると、雑務をすべて捨て、錫を振って南へ向かい、福州の長慶の法会に至った。縁心はいまだ息まなかったが、海衆はこれを推した。まもなくさらに道伴を結んで湖外に行こうとした。出発して天雨に遭い、溪流がたちまち漲った。しばらく城西の地藏院に寓し、そこで琛和尚を参じた。琛が問うた。「上座はどこへ行く。」師が言った。「あてもなく行脚します。」琛が言った。「行脚のことはどうか。」師が言った。「知りません。」琛が言った。「不知がいちばん親切だ。」師は豁然として悟りを開いた。同行の进山主ら四人とともに、誠を投げて咨決したので皆契会し、順に記を受けてそれぞれ一方を鎮めた。師はひとり甘蔗洲に庵を結び、留まる議があった。進師らは江表の叢林を歴覧しようと期して、師に同行を命じた。臨川に至り、州牧が崇寿院に住することを請うた。初めての開堂の日、日の中頃茶筵に坐してまだ起たない。四衆が先に法座を取り囲んだ。時に僧正が師に白して言った。「四衆がすでに和尚の法座を取り囲みました。」師が言った。「衆人はかえって真の善知識を参ずるのだ。」しばらくして座に昇った。大衆が礼請し終わると、師は衆に謂うた。「衆人はすでに尽くここにいる。山僧は無言ではいられない。大衆のために古人の一つの方便を挙げよう。珍重。」すなわち座を下りた。時に僧が出て礼拝した。師が言った。「よい問いだ。」僧がまさに問いを申そうとすると、師が言った。「長老はまだ開堂していないので話には答えない。」子方上座が長慶から来た。師は先の長慶の稜和尚の偈を挙げて問うた。「どういうのが万象の中に独り身を露わすか。」子方は拂子を挙げた。師が言った。「そう会してどうする。」子方が言った。「和尚の尊意はいかに。」師が言った。「何を万象と呼ぶか。」子方が言った。「古人は万象を撥ねません。」師が言った。「万象の中に独り身を露わす。撥ねる撥ねないを何と言うか。」子方は豁然として悟り解き、偈を述べて誠を投じた。これより諸方の会下に知解を存する者は翕然として至り、初めは行行たるが、師が微かに激発すると皆漸く服膺した。参海の衆は常に千計を減らなかった。師が上堂すると大衆が久しく立った。そこでこれに謂うた。「ただそうやって散れば、まだ仏法があるかないか。試しに言ってみよ。なければまたここに来て何をする。あれば大市の人の集まる処にもある。どうしてここまで来る必要があろう。諸人は各々かつて『還源観』『百門義海』『華厳論』『涅槃経』を看た。諸多の策子、どの教の中にこの時節がある。あれば試しに挙げてみよ。もしやこのような経の中にこのような語があるのがこの時節か。何の交渉がある。ゆえに微言は心首に滞り、常に縁慮の場となる。実際は目前に居り、翻って名相の境となる。またどうすれば翻し去れるか。'

(師が続けて言う。)「もし翻し去ったらまたどうすれば正しくいけるか。まだ会するか。ただそうやって策子を念じるばかりで、何の用があろう。」僧が問うた。「どう披露すれば道と相応することが得られますか。」師が言った。「お前がいつ披露するか、すなわち道と相応しない。」問うた。「六処が音を知らない時はどうですか。」師が言った。「お前の家の眷属一団。」師はまた言った。「どう会するか。ただそう来て問えば、得ないことを道うな。六処が音を知らず、眼処が音を知らず、耳処が音を知らない。もし根本が有ならば、争い解けて無の得があろうか。古人は道うた。声色を離れて声色に著き、名字を離れて名字に著く。ゆえに無想天に修めて八万大劫を経ても、一朝退堕すれば諸事は儼然とある。概ね根本の真実を知らないためだ。次第に修行して三生六十劫、四生一百劫、かくのごとく三祇の果満に至るまで、かの古人はなお道う。一念の縁起の無生に如かず、かの三乗の権学の等見を超えると。また道う、弹指に八万門を円成し、刹那に三祇劫を滅却すると。まさに体究すべし。かくのごとくするのにどれほどの気力を用いるか。」僧が問うた。「指は問いません。どういうのが月ですか。」師が言った。「どれがお前の問わない指か。」また僧が問うた。「月は問いません。どういうのが指ですか。」師が言った。「月。」僧が言った。「学人は指を問うのに、和尚はなぜ月に対するのですか。」師が言った。「お前が指を問うたためだ。」江南の国主は師の道を重んじ、迎えて報恩禅院に住せしめ、浄慧禅師と署した。師が上堂して衆に謂うた。「古人は道うた。我は立ちてお前が覿面するのを待つと。山僧は今坐してお前が覿面するのを待つ。まだ道理があるか。どれが親でどれが疎か。試しに裁断してみよ。」問うた。「洪鐘を撃てば大衆が雲のように集まる。師にお請いします。」(底本は「系」に作る)師が言った。「大衆の会するはお前の会するに何に似る。」問うた。「どういうのが古仏の家風ですか。」師が言った。「どこか見足りない処があるか。」問うた。「十二時の中にどう行履すれば道と相応が得られますか。」師が言った。「取舍の心が巧偽を成す。」問うた。「古人が衣を伝えた時、誰に記すべきですか。」師が言った。「お前はどこで古人が衣を伝えたのを見たか。」問うた。「十方の賢聖は皆この宗に入る。どういうのがこの宗ですか。」師が言った。「十方の賢聖が皆入る。」問うた。「どういうのが仏の向上の人ですか。」師が言った。「方便に仏と呼ぶ。」問うた。「声色の二字はどんな人が透り得るか。」師は却って衆に謂うた。「諸上座。さあ、この僧はまだ透り得たかどうか。この問いの処を会すれば、声色を透るは難くない。」問うた。「仏の知見を求めるにどの路がいちばん近いか。」師が言った。「これを過ぎるはなし。」問うた。「瑞草が凋まない時はどうですか。」師が言った。「謾語。」問うた。「大衆が雲集する、師に請うて頓に疑網を決したい。」師が言った。「寮舎の内に商量し、茶堂の内に商量せよ。」問うた。「雲が開けて日を見る時はどうですか。」師が言った。「謾語、まことに。」問うた。「どういうのが沙門の重んずる処ですか。」師が言った。「もし繊毫でも重んずる所があれば沙門とは名づけない。」問うた。「千百億の化身、その中でどういうのが清浄の法身ですか。」師が言った。「すべてそうだ。」問うた。「簇簇として上る、師意はいかに。」師が言った。「眼である、眼でない。'

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