景徳傳燈錄 巻第十二
福州普光和尚。有僧立次。師以手開胸雲。還委老僧事麼。僧雲。猶有遮箇在。師卻掩胸雲。不妨太顯。僧雲。有什麼避處。師雲。的是無避處。僧雲。即今作麼生。師便打。
福州普光和尚。僧有りて立つ次。師、手を以て胸を開きて言う―「還って老僧の事を委るや。」僧が言う―「なおこの箇有る在り。」師、却って胸を掩いて言う―「太だ顯なりと妨げず。」僧が言う―「何の避くる処か有らん。」師が言う―「的に是れ避くる処無し。」僧が言う―「即今作麼生。」師便ち打つ。
景徳傳燈錄 巻第十四
景徳傳燈錄 巻第十五
吉州青原山行思禪師法嗣
吉州青原山行思禅師の法嗣
第四世一十七人澧州龍潭崇信禪師法嗣二人朗州德山宣鑒禪師
第四世一十七人。澧州龍潭崇信禅師の法嗣二人、朗州徳山宣鑑禅師
洪山泐潭寶峰和尚(已上二人見錄)
洪山泐潭宝峰和尚(以上二人は見録)
吉州性空禪師法嗣二人歙州茂源和尚
吉州性空禅師の法嗣二人 歙州茂源和尚
棗山光仁禪師(已上二人見錄)
棗山光仁禅師(以上二人は見録)
京兆翠微無學禪師法嗣五人鄂州清平山令遵禪師
京兆翠微無学禅師の法嗣五人、鄂州清平山令遵禅師
舒州投子山大同禪師
舒州投子山大同禅師
湖州道場山如訥禪師
湖州道場山如訥禅師
建州白雲約禪師(已上四人見錄)
建州白雲約禅師(以上四人は見録)
伏牛山元通禪師(一人無機緣語句不錄)
伏牛山元通禅師(一人は機縁の語句なし、録せず)
潭州道吾山圓智禪師法嗣三人潭州石霜山慶諸禪師
潭州道吾山円智禅師の法嗣三人、潭州石霜山慶諸禅師
潭州漸源仲興禪師
潭州漸源仲興禅師
祿清和尚(已上三人見錄)
禄清和尚(以上三人は見録)
潭州雲巖曇晟禪師法嗣四人筠州洞山良价禪師
潭州雲巌曇晟禅師の法嗣四人、筠州洞山良价禅師
涿州杏山鑒洪禪師
涿州杏山鑑洪禅師
潭州神山僧密禪師
潭州神山僧密禅師
幽谿和尚(已上四人見錄)
幽谿和尚(以上四人は見録)
華亭船子德誠禪師法嗣一人澧州夾山善會禪師(一人見錄)
華亭船子徳誠禅師の法嗣一人、澧州夾山善会禅師(一人見録)
第五世上一十四人舒州投子山大同禪師法嗣一十三人第二世投子溫禪師
第五世上十四人。舒州投子山大同禅師の法嗣一十三人、第二世投子温禅師
福州牛頭微禪師
福州牛頭微禅師
西川香山澄照大師
西川香山澄照大師
陿府天福和尚
陿府天福和尚
濠州思明和尚
濠州思明和尚
鳳翔府招福和尚
鳳翔府招福和尚
興元中梁山遵古禪師
興元中梁山遵古禅師
襄州谷隱和尚
襄州穀隠和尚
安州九嵕山和尚
安州九嵕山和尚
幽州盤山第二世和尚
幽州盤山第二世和尚
九嵕山敬慧禪師
九嵕山敬慧禅師
東京觀音院巖俊禪師(已上一十二人見錄)
東京観音院巌俊禅師(以上一十二人は見録)
桂陽龍福真禪師(一人無機緣語句不錄)
桂陽龍福真禅師(一人は機縁の語句なし、録せず)
鄂州清平山令遵禪師法嗣一人蘄州三角山令珪禪師(一人見錄)
鄂州清平山令遵禅師の法嗣一人、蘄州三角山令珪禅師(一人見録)
行思禪師第四世
行思禅師第四世
前澧州龍潭崇信禪師法嗣
前澧州龍潭崇信禅師の法嗣
朗州德山宣鑒禪師。劍南人也。姓周氏。丱歲出家依年受具精究律藏。於性相諸經貫通旨趣。常講金剛般若。時謂之周金剛。厥後訪尋禪宗。因謂同學曰。一毛吞海海性無虧。纖芥投鋒鋒利不動。學與無學唯我知焉。因造龍潭信禪師。問答皆一語而已(前章出之)師即時辭去。龍潭留之。一夕於室外默坐。龍問。何不歸來。師對曰黑。龍乃點燭與師。師擬接。龍便吹滅。師乃禮拜。龍曰。見什麼。曰從今向去不疑天下老和尚舌頭也。至明日便發。龍潭謂諸徒曰。可中有一箇漢。牙如劍樹口似血盆。一棒打不迴頭。他時向孤峰頂上立吾道在。師抵於溈山。從法堂西過東迴視方丈。溈山無語。師曰。無也無也。便出至僧堂前乃曰。然雖如此不得草草。遂具威儀上再參。才跨門提起坐具喚曰。和尚。溈山擬取拂子。師喝之揚袂而出。溈山晚間問大眾。今日新到僧何在。對曰。那僧見和尚了更不顧僧堂便去也。溈山問眾。還識遮阿師也無。眾曰。不識溈曰。是伊將來有把茅蓋頭。罵佛罵祖去在。師住澧陽三十年。屬唐武宗廢教。避難於獨浮山之石室。大中初武陵太守薛廷望再崇德山精舍。號古德禪院(相國裴休題額見存)將訪求哲匠住持。聆師道行屢請不下山。廷望乃設詭計。遣吏以茶鹽誣之言犯禁法。取師入州瞻禮。堅請居之。大闡宗風(總印禪師開山創院鑒即第二世住也)師上堂謂眾曰。於己無事則勿妄求。妄求而得亦非得也。汝但無事於心無心於事。則虛而靈空而妙。若毛端許言之本末者皆為自欺。毫氂繫念三塗業因。瞥爾生情萬劫羇鎖。聖名凡號盡是虛聲。殊相劣形皆為幻色。汝欲求之得無累乎。及其厭之又成大患。終而無益。師上堂曰。今夜不得問話。問話者三十拄杖。時有僧出方禮拜。師乃打之。僧曰。某甲話也未問。和尚因什麼打某甲。師曰。汝是什麼處人。曰新羅人。師曰。
朗州徳山宣鑑禅師は、剣南の人、姓は周。丱歳に出家し、年に依りて具を受け、律蔵を精究す。性相の諸経に於て旨趣を貫通す。常に『金剛般若』を講じ、時に之を周金剛と謂う。其の後、禅宗を訪尋し、因りて同学に対して言う―「一毛、海を呑みて海性損なわれず。繊芥、鋒に投ぜられて鋒利動かず。学与無学、唯だ我之を知る。」因りて龍潭信禅師に造る、問答皆ただ一語のみ。(前の章に之を出す。)師、即時に辞して去らんとす。龍潭、之を留む。一夕、室外に於て黙坐す。龍が問う―「何うか帰らざる。」師、対して言う―「黒し。」龍乃ち燭を点じて師に与う。師、接せんと擬す、龍便ち吹いて滅す。師乃ち礼拝す。龍が言う―「何をか見た。」言う―「今より向かい去りて、天下の老和尚の舌頭を疑わざらん。」明日に至りて便ち発つ。龍潭、諸の徒に対して言う―「可中に一箇の漢有り、牙は剣樹の如く、口は血盆に似たり。一棒打つも頭を回さず。他時、孤峰頂上に向かいて吾が道を立てる在り。」師、潙山に抵り、法堂の西より東に過ぎ、方丈を回視す。潙山、語無し。師が言う―「無し無し。」便ち出づ。僧堂前に至りて乃ち言う―「然れども此のごとしといえども、草草なることを得ず。」遂に威儀を具えて上りて再び参ず。纔かに門を跨ぎて坐具を提起し、喚びて言う―「和尚。」潙山、払子を取らんと擬す。師、之を喝し、袂を揚げて出づ。潙山、晩間、大衆に問う―「今日の新到の僧、何にか在る。」対して言う―「那の僧、和尚に見え已り、更に僧堂を顧みず、便ち去れり。」潙山、衆に問う―「還ってこの阿師を識るや無きや。」衆が言う―「識らず。」潙が言う―「是れ伊、将来、茅を把りて頭を蓋い、仏を罵り祖を罵りて去る在り。」師、澧陽に住すること三十年。唐武宗の教を廃するに属し、独浮山の石室に難を避く。大中初、武陵太守薛廷望、再び徳山精舎を崇め、古徳禅院と号す(相国裴休の題額、現に存す)、将に哲匠を訪求して住持せしめんとす。師の道行を聆き、屡ば請うも山を下らず。廷望乃ち詭計を設け、吏を遣りて茶塩を以て之を誣え、禁法を犯すと言い、師を取りて州に入れて瞻礼し、堅く請うて之に居らしめ、大いに宗風を闡く。(総印禅師、山を開き院を創る、鑑すなはち第二世住なり。)師、上堂して衆に対して言う―「己に於て事無ければ則ち妄求するなかれ。妄求して得れば、亦た得に非ざるなり。お前、ただ心に於て事無く、事に於て心無ければ、則ち虚にして霊なり、空にして妙なり。もし毛端許りに言の本末を言えば、皆自ら欺くと為る。毫厘の繋念、三塗の業因。瞥爾として情を生ずれば、万劫の羈鎖。聖名凡号、尽く是れ虚声。殊相劣形、皆是れ幻色。お前、之を求めんと欲せば、累うこと無きを得る乎。及び之を厭うに及びて、また大患と成る。終に益無し。」師、上堂して言う―「今夜、話を問うことを得ず。話を問う者は三十拄杖。」時に僧有りて出でて方に礼拝す、師乃ち之を打つ。僧が言う―「某甲、話もいまだ問わず、和尚、何に因りて某甲を打つ。」師が言う―「お前は是れ何の処の人ぞ。」言う―「新羅の人。」師が言う―
