Libo

景徳伝燈録巻第二十三

宋 · 道原 · 第129巻 / 151

泉州上方慧英禪師

侍郎は廣慧和尚に問うた。「尋常和尚に言有るを承く、一切の罪業は皆財寶に因りて生ずと、人に勸めて財利を疏にせしむと。況んや南閻の衆生は財を以て命と為し、邦國は財を以て人を聚む、教中に財法二施有り、何ぞ人に勸めて財を疏にするを得んや。」廣慧が説いた。「幡竿の尖上の鐵龍頭。」侍郎が説いた。「海壇の馬子は驪大に似たり。」廣慧が説いた。「楚の雞は是れ丹山の鳳に非ず。」侍郎が説いた。「佛滅して二千歲、比丘は慚愧少なし。」門僧の表澄に問う。「說に言有るを承く、天上に彌勒無し、地上に彌勒無し。未だ彌勒は什麼の處に在るかを審らかにせず。」澄が説いた。「中原の寶は、ただ是れ酬價する人無し。」興化が説いた。「略して陛下の寶を借りて看ん。」帝は手を以て幞頭の脚を舒べたり。興化が説いた。「君王の寶は、誰か敢えて價を酬いん。」玄覺が説いた。「ただ興化の眼は什麼の處に在るか。もし肯んぜざれば、過は什麼の處に在るか。」侍郎が説いた。「興化がそう只對するは、是れ莊宗を肯んずるか、莊宗を肯んぜざるか。試みに辨じて看よ。」僧の道を談ずるに因りて、侍郎は便ち説いた。「道は人を離れず、人は能く道を弘む。大凡參学の人は、十二時中に長く須らく照顧すべし。南泉の道うを見ずや、三十年一頭の水牯牛を看る、もし他人の苗稼を犯せば、鼻を摘んで拽い回らす。如今露地の白牛に變成して、裸裸地に放すも彼肯んじて去らず。諸人は長く須らく些かの精彩を著けるべし。禅道を説く時に便ち個の照帶底の道理有りて、菜を擇び務を作す時に便ち無き去りと説くべからず。雞の卵を抱くがごとく、もし拋離して起き去れば、暖氣接せず、便ち種子と成らず。如今萬境は森羅し、六根は煩動し、略して照顧を失えば、便ち身命を喪う、小事に非ず。今來此の緣生を受けて、生死に繫縛せらるは、蓋し塵劫已來生滅心に順い、他に随いて流轉して如今に至る。諸人等さあ道え、もし曾て喪失せば、何を以て如今に至るを得たか。露地の白牛を識らんと要するか。試みに鼻孔を把って拽い看よ。」侍郎が説いた。「玄沙和尚が道う、大唐國內の宗門中の事は未だ曾て人の擧唱有らず。人の擧唱有らば、盡大地の人は總て性命を失い却り、孔無き鐵鎚に相似て、一時に鋒を亡び舌を結び去らん。さあ道え是れ甚の道理ぞ。如今假りに個の賓主を立て、兩片の皮を動かし、指頭を豎起し、拂子を拈起すれば、總て颠倒の知見と成り、お前の狂意に順い、お前を教えて個の申問の處有らしむ。もし是れ眼前を明らめたる人ならば、怎生に拈掇し出だすを得ん。ただ魯祖和尚のごとき、僧の來るを見れば便ち壁に面す。長慶が道う、そう接人するは、

荊州護國邁禪師

(侍郎は続けて説いた:)驢年に一個を得て去る。我が道う、魯祖もただ是れ羞を識らざるのみ。是れ他の眼前を明らめて人また爭いて肯んじて爾せん。今來事獲已せず、お前の諸人と颠倒の知見を作す、一似たり巾を結びて馬と為し、目を捏して花を生ず。上祖が道う、個に佛知見を開き、佛知見を示し、佛知見を悟り、佛知見に入る。他を教えてそう道わしむれば、多少の威光を抑下せん。さあ道え、諸人の分上は個の什麼を欠少するか。雖も此のごとし、我もしそうお前と知聞せずんば、お前また什麼の處にか見るを得ん。古人道う、恩を知る者は少なし。さあ道え個の甚人の恩を承くるか。此に於て明らかならざれば、露柱に問い取って去れ。」侍郎が説いた。「此の事は大いに難し。釋迦老子は三七日中思惟して、便ち涅槃に入らんと欲したり。帝釋梵王の殷勤の三請にせられて、已むを得ずして之を許したり。始めは鹿苑より、終に拘尸羅城に至る、中間四十九年、大いに佛事を作して、五乘十二分教を説く、瓶の水を注ぐがごとし。後來に至りて靈山會上に於て、目を以て迦葉を視て、大衆に謂うて説く、吾に正法眼有り、已に摩訶大迦葉に付せり。また説く、我は四十九年中曾て一字を説かず。此れ是れ什麼の道理ぞ。もし是れ諸人の分上ならば一字の脚を著くるを得ず。諸人の各々に奇特の事有りて在るが為、奇特と喚ぶは早くも是れ中ならず。我が道う、釋迦は是れ敗軍の將、迦葉は是れ身を喪い命を失う底の人と。お前等の諸人、さあ怎生會せん。道うを見ずや、涅槃生死は俱に是れ夢言、佛と衆生とは並びに增語と為ると。直に須らくそう會取し、外に向かいて馳求する莫れ。もしも此に於て未だ明ならざれば、敢えて諸人は乖張少なからずと道う。」侍郎は『肇論』を擧げて説いた。「萬物を會して己と為す者は、其れ唯だ聖人か。如今山河大地、樹木人物は摐摐地にして、是れ同か是れ別か。もし同と道えば、是れ他の頭頭物物各各同じからず。もし別と道えば、他の古人はまた萬物を會して己有りと道う。さあ怎生會せん。ただ教中に説くがごとき、もし一人の真を發して元に歸する有らば、十方虛空は一時に銷隕す。古德もまた説く、もし人心を識るを得れば、大地に寸土無し。此れ是れ甚の道理ぞ。直下に十方世界を盡くすは、是れお前の一隻眼(底本は「一集眼」、当に「一隻眼」たるべし)。一切の諸佛、天人群生類は、盡くお前の威光を承けて建立す。須らく是れ信及ぶを得て方に得。」侍郎は臨終の前一日、親しく一偈を寫して家人に與え、來日李駙馬の處に送達せしむ。

饒州芝嶺照禪師

偈に曰く:

廬山歸宗師慧禪師

漚生と漚滅と、二法は本來齊し。

廬山歸宗省一禪師

真の歸る處を識らんと欲せば、趙州の東院の西。

襄州延慶通性大師

尉は偈を接得して説いた。「泰山の廟裏に紙錢を賣る。」

廬山歸宗夢欽禪師

『天聖廣燈録』第十八卷より出づ。

洪州舍利玄闡禪師

延祐三年、歲は丙辰に在り。四明の苾芻希渭は、衣鉢を估倡し、一力に工を命じて、廬山穩庵の舊本に依りて道場禅幽庵に翻刊す。茲の善利を集めて、上は四恩を報い、下は三有に資せん。法界の有情、同じく種智を圓にせんことを。

洪州永安明禪師

跋

洪州禪谿可莊禪師

右『景德傳燈録』本は、湖州鐵觀音院に住す僧拱辰の撰む所。書成りて將に京師に游び投進せんとし、途中に一僧と舟を同じくし、因りて出して之を示す。一夕其の僧は之を負いて走る。都に及ぶに至りて、則ち道原なる者は已に進めて賞せられ矣。此の事は郭象の向秀の『莊子注』を竊むと同じ。拱辰が説く、吾が意は佛祖の道を明らめんと欲するのみ。夫れすでに行われ矣、彼に在り此に在り同じ。吾其れ名利を為さんや。絶えて復た言わず。拱辰の用心は此のごとく、吾が孔子の「人亡弓、人得之」の意と同じ。其の取與は必ず私を容れ無し。また楊文公の具に法眼を擇ぶを得たり、長樂の鄭昂が題す。

潭州石霜爽禪師

疏

江西靈山和尚

天童宏智和尚が撰む

廬山佛手巖因禪師

道樞は中虛にして、理は我ならず、其の名像を取る。靈機は內發して、智は我ならず、其の化通を囚う。一念は本源を深徹し、六義は具りて神用を成す。氣を出だし鼻快く、佛口より生ず。眄を轉ずるの間、指を彈くの頃。廓として雷龍の蟄を破るがごとく、炳として霧豹の文を變ずるがごとし。諸方の衲子の傳、一等の丈夫の作。達磨の來りて文字を立てず、威音の後は須らく師承を要す。符は符に合して規矩相投じ、心は心に印して語默俱に到る。燈燈は焰を續ぎ、分かちて世の不斷の光明を照らす。葉葉は芳を聯ね、靈種の枯れざる春色を綴る。嗣は祖譜に連なり、師は誰の宗を紹ぐ。綿綿として踵き、寶公の杖頭の剪刀。節奏は誰に由る、萬回の懷中の花鼓。僧伽は楊枝を擧起し、大士は拍板して歌行す。鳳を網し鼇を釣るは、本分の功夫。蝦蜆を捞摝するは、平生の快活。應接磨礱の妙、對酬錐鑿の方。電卷の機輪、風馳の問答。草を打ち蛇を驚かすの句、竿を探り影草の功。啐啄は同時に、心目は相い照らす。運に任せて騰騰として累無く、懷を平らにして坦坦として羈えられず。出家行脚の因緣、坐脫立亡の時節。之を編簡に紀して古人を見るがごとく、將に蓍龜を以て後學に格すべし。當に神契に諧い、愼んで言を求むる勿れ。恐らくは口耳の流通は、身心の障礙と為らん。比丘思鑑は久しく此の懷を軫し、阿祖は燈を傳えて其の印を成さんと欲す。眼に入るは青白を分かつを要し、口を開けば雌黄を亂る莫れ。葛藤の窠は作して自ら纏う無く、版を擔ぐ漢は人の喚ぶを嫌わず。輙く同道に投じ、相い與に緣を結ばん。

金陵保安止和尚

景德傳燈録の後序

昇州華嚴幽禪師

左朝奉大夫右文殿修撰權發遣台州軍州事を充つ劉棐が撰む

袁州木平道達禪師

『傳燈録』の鏤行は舊し。兵が興ってより以來、其の版は灰飛す。心宗を慕う者は其の書無きを患う。僧思鑑は、婺の人なり。芒屩して道を訪うこと三十年矣。また人に涅槃の妙心を同じく悟らしめんと欲し、而も以て之を資發する所有らんと思う。廣く淨信を募り、復た其の板を鏤る。緇素は讚嘆して助成せり。或る人説く、自心の法は形無し、人より得ず。初祖釋迦より降りて、一祖師として默契して自ら證せざるは無し。故に達磨は直指して文字を立てず、少林九年面壁のみ。二祖は雪に立ち臂を斷ると雖も、一字も亦た為に説かず、但だ其の知見の非を遮るのみ。二祖は是に因りて得て省し、黄龍心は何為れば多福の語を讀して悟る。蓋し言詞は相い寂し、文字は性空、亦た此の道のみ。もし即ち言句文字に於て性相の空寂を見れば、是れ乃ち一超して直に入るなり。吾故に是の書の流布して、心地を發明する者衆しを知る。且つ鑑の募緣なるや、台の寧海邑民の周氏は歎じて説く、吾が地に大梨木有りて、三世を閱せりと。比歲我家の人は各々曾て夢む、其の上に樓閣行庑有りて、無數の僧が其の間に往來すと。每に之を疑い、乃ち今方に悟る、當に此の錄を刊すべき耶と。遂に舍てて版を析し(底本は此の字は木旁㭊に從う、当に「析」たるべし)、且つ鑑を邀えて即ち其の家に工を僦して之を刻さしむ。すでに刻し、周氏は夢む六僧の已刻の者を求めて之を觀ると。周は鑑に問うて説く、「此れ何の僧ぞ耶。」鑑が説く、「此れ六代傳衣の祖師が特に來りて此の事を證明するなり。」嗚呼、是の書を以て一大事と為すは、則ち宜しく感發の祥有りて以て人の心を寤すを發すべし。余故に並びに之を列す、庶幾くば觀る者は小緣に非ざるを知りて其の信心を堅くせんと云う。紹興四年上元日、等慈庵の善男子睢陽劉棐仲忱の序。

洪州大寧道邁禪師

魏府華嚴長老の衆に示す

楚州龍興德賓禪師

佛法の事は日用の處に在り、お前の行住坐臥の處、茶を喫い飯を喫う處、言語相い問う處に在り。作す所為す所、心を擧げ念を動かすも、また却って是れに非ず。會するか。もし會し得れば、即今無礙自在の真人。もし未だ會せざれば、則ち是れ個の檐枷鎖を帶ぶる重罪の人。何の故に此のごとし。佛法は遠からず、塵沙の劫を隔つ。お前の一念の中に見得るは、お前の眉毛鼻孔の上に在り。お前もし見得ざれば、竹を接ぎて月を點ずるがごとし。處に在りて切に思惟する莫れ、言語すべからず。お前の時中に何の恩力を承くるか。もし知得せば、お前は須らく個の歡喜の處有るべし。古人道う、常に寂寂、常に歷歷と。諸佛は世頭枿枿地、口は子吧吧地、眼は子眨眨地。無常の殺鬼が到來して床上に向かえば、なお似たり心を使い行を用い、財を戀い境を戀う。驀然として驅られて閻老子に見ゆるに去れば、一詞措かず、鐵爐火炭・銅柱刀山は盡く戲玩と為る。そう時に追悔すれば、大段として免離し難し。お前如今は病いまだ身を尋ねざるに來らず、何ぞ十二時中に於て一毫の善利を求め、津梁を辨取せざる。幻化の色身は何を憑えて實と為さん。諸佛は過去に經を留め論を造し、一切の善法はお前の初学底の人と為し、罪を懺め障を滅して、漸漸に利益を增長す。善知識を求めて、解脱の法門を開示す。無明の性中に向かいて個の真實の主人を認取せよ。萬劫の中に人の身を得るも容易ならず。お前還って個の身の本性は佛と同時にして、本より欠少無きを知るか。一大事有りてお前の尿囊裏・糞堆頭に在りて、光爍爍地、圓陀陀地。還って信及ぶを得るか。もし信及ばざれば、またお前に從いて深坑罪海に永く沈淪せん。お前もし光を回し返照せば、一刹那中に於て即ち心念息まる。時中の迷惑煩惱・痴暗狂情は、頓に自ら消滅す。諸緣境界は轉じて甘露醍醐安樂國土と為る。豈に是れ好ならざる否。聖人道う、万法は心より生じ、万法は心より滅すと。皆お前の心に由る。善惡もただお前の心に由る。地獄天堂もただお前の心に由る。只今相應して佛と合す。

鄂州黃龍仁禪師

(師は続けて言う:)智即是れ佛なり、さらに相い誑く無し。直下に信を奉じて疑無ければ、心即ち正覺。また何ぞ必ずしも僧祇大劫を歷らん。此の身今生は甚だ遇い難し。我は是れ凡夫と道う莫れ、自家に退屈す。千經萬論はただ衆生の迷亂して、本性を識らざるが為のみ。お前暫時の間あの些子の物を貪る底の功夫を取りて、經書上の義理を看よ。ただ衆生は一切の境に攝せられ、欲に著くの故と言う。山僧は苦口にして、實に忉忉と為る。お前還って肯んずるか。お前還って信ずるか。尋常に寒を著き熱を著き、些子の情に違えば、辛を喫い苦を受けて卻るを得ず。日用の時中に於て自ら醒悟せず。整頓して取るは須らく是れお前自家の著力、前程は自ら辦ず。お前もし一切有為の功德を作せば、ただ是れ業を造り、頑福を增長して、個の清淨の知見を生ぜず。山僧は雖も供養を求得すとも、日夜安んぜず、慮るに未だ是れに在らざるを為る。還って知るか。一任にお前は諸方に向かいて説け。耆宿は我を笑う也、山僧の得ざるを嫌う。お前の施主に問わんと欲す錢を得る處、お前は應に人に濟潤せず、貧苦する者を救拔せざると想う。了了として取りて喰い休め。了して取りて著き休め。早く修行して休め。此の身を度して休め。心を悔い取りて休め。心を悔い取りて休め。伏して惟るに珍重。

洪州西山道聳禪師(已上二十人無機緣語句不錄)

景德伝燈録巻第三十

襄州清谿洪進禪師法嗣二人相州天平山從漪禪師

(記文は続けて書く:)生無きは即ち虛妄無き、乃ち是れ空寂の心。空寂を知りて法身を了し、法身を了して真の解脱なり。

廬山圓通緣德禪師(已上二人見錄)

南嶽石頭和尚の參同契

金陵清涼休復禪師法嗣二人金陵奉先慧同禪師(一人見錄)

竺土大仙の心。東西密かに相い付す。人根に利鈍有り。道に南北の祖無し。靈源は明らかに皎潔。枝派は暗に流注す。事を執るは元より是れ迷。理に契するもまた悟に非ず。門門一切の境。回互回互せず。回りてさらに相い涉る。爾ならざれば位に依りて住す。色は本より質象に殊なり。聲は元より樂苦に異なり。暗は上中の言に合し。明は清濁の句を明らむ。四大の性は自ら復す。子の其の母を得るがごとし。火は熱く風は動搖。水は濕く地は堅固。眼は色、耳は音聲。鼻は香、舌は鹹醋。然るに一一の法に依り。根に依りて葉分布す。本末は須らく宗に歸すべし。尊卑は其の語を用う。明中に暗有るを當り。暗を以て相い遇う勿れ。暗中に明有るを當り。明を以て相い睹る勿れ。明暗は各々相い對す。比すれば前後の步。萬物は自ら功有り。當に用および處を言うべし。事は函蓋の合を存し。理は箭鋒の拄に應ず。言を承くるは須らく宗を會すべし。自ら規矩を立てる勿れ。目に觸れて道を會せざれば。足を運ばして焉んぞ路を知らん。步を進むるは近遠に非ず。迷えば山河の固に隔たる。謹んで參玄の人に白す。光陰は虛しく度る莫れ。

廬山寶慶庵道習禪師(一人無語句不錄)

五台山鎮国大師澄觀の皇太子の心要を問うに答う

撫州龍濟山紹修禪師法嗣一人河東廣原和尚(一人見錄)

至道は其の心に本づく。心法は無住に本づく。住無き心體は靈知。性相を昧からずとして寂然。德用を包含し、內外を該攝す。能く深く能く廣し、有に非ず空に非ず。生せず滅せず、終わり無く始め無し。之を求めて得ず、之を棄てて離れず。迷えば現量は惑苦紛然、寤れば真性は空明廓徹。即心即佛と雖も、唯だ證する者のみ知る。然るに證有り知有れば、則ち慧日は有地に沈没す。もし照無く悟無ければ、則ち昏雲は空門を掩蔽す。もし一念生ぜざれば、則ち前後際斷ゆ。照體は獨立し、物我皆如なり。直に心源に造り、智無く得無し。取らず捨てず、對無く修無し。然るに迷悟はさらに依り、真妄は相い待つ。もし真を求めて妄を去れば、なお影を棄てて形を労するがごとし。もし妄を體して即ち真なれば、陰に處りて影滅するに似たり。もし心無くして照を忘れば、則ち萬慮は都て捐なり。もし運に任せて寂知すれば、則ち衆行は爰に起こる。放曠して其の去住に任せ、靜鑑して其の源流を覺る。語默は玄微を失わず、動靜は未だ法界を離れず。言を止めれば則ち知寂双亡し、觀を論ずれば則ち寂知双照す。語の證は則ち人に示すべからず、理を説けば則ち證に非ざれば了らず。是を以て寂を悟りて寂無く、真に知りて知無し。知寂不二の一心を以て、空有双融の中道に契す。住無く著無く、攝むる莫れ収むる莫れ。是非は兩亡し、能所は双絶す。斯の絶もまた寂なれば、則ち般若現前す。般若は心外の新生に非ず、智性は乃ち本來具足す。然るに本寂は自ら現ずる能わず、實に般若の功に由る。般若の智性と、翻覆して相い成す。本智の始修と、實に兩體無し。双亡して正に入れば、則ち妙覺圓明。始末該融すれば、則ち因果交徹す。心心は佛を作し、一心の佛心に非ざる無し。處處に道を成し、一塵の佛國に非ざる無し。故に真妄物我は、一を舉げて全く収む。心佛衆生は、浑然として齊致す。是れ知る、迷えば人は法に随い、法法萬差して人同じからず。悟れば法は人に随い、人人一智にして萬境を融る。言は窮まり慮は絶え、何の果か何の因か。體は本より寂寥、孰れか同じく孰れか異なる。唯だ懷を忘れて虛朗、消息は冲融す。其れなお水を透る月華のごとく、虛にして見るべし。心無くして象を鑑るは、照らして常に空なり。

衡嶽南臺守安禪師法嗣二人襄州鷲嶺善美禪師(一人見錄)

杭州五雲和尚の坐禅箴

安州慧日院明禪師(一人無機緣語句不錄)

坐は身を拘えず、禅は境に涉らず。拘えば乃ち疲れ、涉れば則ち靜ならず。涉らず拘えず、真光は迥く孤なり。六門は齊しく應じ、萬行は同じく敷く。嗟く爾の初機、未だ玄微に達せず。處りて沈み掉に随い、能所は支離す。權巧有らざれば、胡として對治せん。驅策抑按して、惛亂を均調す。慮を息め緣を忘れば、乍ち死漢に同じ。宜に随いて開を合せば、壁觀に專らならず。(達磨大師は法眼を正しく付する外、初機に心を修めるの要を委示し、四門四行を啟き、專一に匪ざるなり。)想を馳する多し、安那般那。(あるいは掉擧猛利および惛住等は、宜しく觀を易え、數息を修し、あるいは出あるいは入、交互するを得ず。)流に沿い劍閣を過ぐること、木鵝に滯無し。火の水を得るがごとく、病の醫を得るがごとし。病瘳えて醫罷み、火滅びて水傾く。一念清淨にして、體寂常靈。是れ靈是れ寂、靈に非ず寂に非ず。是非は迭い生じ、過を犯して極無し。前滅し後興るは、還って步み走るがごとし。患うは知らざる、知れば則ち咎無し。日は夜を背くに由り、鏡は奚ぞ後を照らさん。此れ則ち然らず、圓明通透。照らして緣らず、寂として誰か守らん。萬象は瀛漚、太虛は閃電。魔宮を摧壞し、佛殿を衝倒す。跛く者は履を得、瞽く者は見を發す。法界塵寰、輪を齊うくして頓に現ず。曠蕩たる郊市、あるいは坐しあるいは眠る(底本の「市」字は网に從う、当に「市」たるべし)。すでに方便を明らめば、乃ち金仙と號す。吾は強いて説くと雖も、爰に聖言に符う。聖言は何ぞや、要は重ねて宣ぶを假る。動かず禅ならず、是れ無生の禅。また説く、もし諸の三昧を学ばば、是れ動にして坐禅に非ず。心は境界に随いて流る、云何して定と名づけん。故に歷代の祖を知る、唯だ此の一心を傳う。祖光はすでに遠大、吾子は幸いに任ずるに堪えたり。聊か無言の旨を述べて、乃ち坐禅箴と曰う。

漳州報劬院玄應禪師法嗣一人報劬第二世仁義禪師(一人無機緣語句不錄)

永嘉真覺大師の證道歌

漳州隆壽無逸禪師法嗣一人漳州隆壽法騫禪師(一人見錄)

君見ずや。學を絶ち無為の閑道人。妄想を除かず真を求めず。無明の實性は即ち佛性。幻化の空身は即ち法身。法身は覺了して一物無し。本源自性は天真の佛。五陰は浮雲のごとく空しく去來す。三毒は水泡のごとく虛しく出沒す。實相を證して人法無し。刹那に阿鼻の業を滅卻す。もし妄語を將て衆生を誑かば。自ら拔舌塵沙の劫を招かん。頓に覺了す如来禅。六度萬行は體中に圓す。夢裏は明明として六趣有り。覺後は空空として大千無し。罪福無く損益無し。寂滅の性中は問覓する莫れ。比來塵境は未だ曾て磨らず。今日分明に須らく剖析すべし。誰か念無く誰か生無し。もし實に生無ければ生ぜざる無し。機關木人に喚び取りて問え。佛を求めて功を施せば早晚に成らん。四大を放ちて把捉する莫れ。寂滅の性中に飮啄に随え。諸行は無常にして一切空。即是れ如来の大圓覺。決定して説いて真乘を表す。人肯んぜずして情に任せて征する者有り。直截の根源は佛の印す所。葉を摘み枝を尋ぬるは我不能なり。摩尼珠は人識らず。如来藏裏に親しく収得す。六般の神用は空にして空ならず。一顆の圓光は色にして色に非ず。五眼を淨めて五力を得。唯だ證して乃ち知る誰か測らん。鏡裏に形を看るは見難からず。水中の月を捉えんと争い拈ぐを得ん。常に獨り行き常に獨り步す。達する者は同じく涅槃の路に游ぶ。調古神清にして風自ら高し。貌は悴み骨は剛にして人顧みず。窮き釋子は口に貧を稱す。實に是れ身貧にして道貧ならず。貧なれば則ち身常に縷褐を披く。道なれば即ち心に無價の珍を藏す。無價の珍は用盡きず。物を利し時に應じて終に吝まず。三身四智は體中に圓す。八解六通は心地に印す。上士は一たび決すれば一切了す。中下は多聞多く信ぜず。但だ自ら懷中の垢衣を解するのみ。誰か能く外に向かいて精進を誇らん。他の謗るに從い他の非に任す。火を把りて天を燒くは徒らに自ら疲る。我が聞くは恰似たり甘露を飮むに。銷融して頓に不思議に入る。惡言を觀ずれば是れ功德。此れ則ち吾が善知識を成す。訕謗に因りて怨親を起こさざれば。何を以て無生慈忍の力を表せん。宗も通じ説も通ず。定慧圓明にして空に滯らず。非だただ我今獨り達了す。河沙の諸佛は體皆同じ。師子吼して畏れ無き説。百獸之を聞けば皆腦裂す。香象は奔波して威を失い却る。天龍は寂として聽きて欣悅を生ず。江海に游び山川を涉る。師を尋ね道を訪い禅を參ずるが為。自ら曹溪の路を認得してより。生死は相い干らざるを了知す。行くも禅坐するも禅。語默動靜は體安然たり。縱い鋒刀に遇うとも常に坦坦たり。假饒毒藥もまた閑閑たり。我が師は然燈佛を見るを得たり。多劫に曾て忍辱仙と為る。幾回生じ幾回死す。生死は悠悠として定止無し。自ら頓悟して無生を了してより。諸の榮辱に於て何の憂喜ぞあらん。深山に入り蘭若に住す。岑崟幽邃の長松の下。優游靜坐する野僧の家。闃寂安居して實に瀟灑なり。覺れば即ち了して功を施さず。一切有為の法は同じからず。

廬山歸宗道詮禪師法嗣一人筠州九峰義詮禪師(一人見錄)

(歌は続けて唱う:)相に住して布施すれば天福を生ず。なお箭を仰仰ぎて虛空を射るがごとし。勢力盡きて箭は還って墮つ。招き來るは來生の不如意。爭い似ん無為實相の門。一超して直に如来地に入る。但だ本を得れば末を愁う莫れ。淨瑠璃の寶月を含むがごとし。すでに能く此の如意珠を解すれば。自利利他は終に竭きず。江月照らし松風吹く。永夜清宵に何を為さん。佛性戒珠は心地に印す。霧露雲霞は體上の衣。龍を降す鉢は虎を解す錫。兩股の金環は歴歴と鳴る。是れ形を標る虛事の持に非ず。如来の寶仗は親しく蹤跡す。真を求めず妄を斷ぜず。二法の空にして相無きを了知す。相無く空無くして空ならざる無し。即是れ如来の真實相。心鏡は明らかにして鑑礙無し。廓然として瑩徹して沙界を周す。萬象森羅は影の中に現ず。一顆の圓明は內外に非ず。豁達の空は因果を撥く。漭漭蕩蕩として殃禍を招く。有を棄てて空に著くも病は然り。還って溺を避けて火に投ずるがごとし。妄心を捨てて真理を取る。取捨の心は巧僞と成る。学人は了らずして修行を用う。真成して賊を認めて將て子と為す。法財を損し功德を滅す。斯の心意識に由らざる莫し。是を以て禅門は心を了却して。頓に無生の智見力に入る。大丈夫は慧劍を秉る。般若の鋒は金剛の焰。能く外道の心を摧くのみならず。早く曾て天魔の膽を落し却れり。法雷を振い法鼓を撃つ。慈雲を布きて甘露を灑ぐ。龍象は蹴蹋して潤うは邊無し。三乘五性は皆惺悟す。雪山の肥膩はさらに雜無し。純に醍醐を出だす我常に納す。一性は圓通して一切性。一法は遍く一切法を含む。一月は普く一切水に現ず。一切の水月は一月に攝す。諸佛の法身は我性に入る。我性は還って共に如来と合す。一地は一切地を具足す。色に非ず心に非ず行業に非ず。彈指に八萬門を圓成す。刹那に阿鼻の業を滅卻す。一切の數句は數句に非ず。吾が靈覺と何の交涉有らん。毀るべからず讚ずべからず。體は虛空のごとく涯岸勿れ。當處を離れず常に湛然。覓めれば則ち君は見るべからざるを知る。取るを得ず捨てるを得ず。得べからざる中にただそう得。默の時は説き説の時は默。大施の門は開きて壅塞無し。人有りて我に問う何の宗を解するか。報えて道う摩訶般若の力と。あるいは是あるいは非にして人識らず。逆行順行は天測る莫れ。吾は早く曾て多劫に修す。是れ等閑に相い誑惑するに非ず。法幢を建て宗旨を立つ。明明として佛は曹溪を敕す。第一は迦葉首に燈を傳う。二十八代は西天に記す。法は東流して此の土に入る。菩提達磨は初祖と為る。六代は衣を傳えて天下に聞こゆ。後人の道を得るは何ぞ數に窮まらん。真は立たず妄は本より空。有無俱に遣わして空に空ならず。二十の空門は元より著かず。一性の如来は體共同。心是れ根法はれ塵。兩種はなお鏡上の痕のごとし。痕垢盡き除けば光始めて現ず。心法双亡して性即ち真。嗟く末法惡時の世。衆生は福薄くして調制し難し。

眉州黃龍繼達禪師法嗣一人第二世黃龍和尚(一人見錄)

(歌は続けて唱う:)聖を去る遠くして邪見深し。魔強く法弱くして怨害多し。如来の頓教門を聞き説くや。滅除せざるを恨みて瓦碎せしめんとす。心に作し身に殃す。怨訴し人を尤むを須いず。無間の業を招かざるを得んと欲せば。如来の正法輪を謗る莫れ。旃檀の林に雜樹無し。本來空。未了にして還って宿債を償うを須う。饑えて王膳に逢えど餐す能わず。病みて醫王に遇えど爭い差るを得ん。欲に在りて禅を行ずるは知見力。火中に蓮を生ずれば終に壞れず。勇施は重を犯して無生を悟る。早時に佛と成りて今に於て在り。師子吼して畏れ無き説。深く懵懂の頑皮靼を嗟く(多達切)。ただ重を犯して菩提を障ぐるを知るのみ。如来の秘訣を開くを見ず。二の比丘有りて淫殺を犯す。波離は螢光を增じて罪結す。維摩大士は頓に疑を除く。還って赫日の霜雪を銷すに同じ。不思議の解脱力。此れ即ち吾が善知識を成す。四事の供養は敢えて労を辭す。萬兩の黄金もまた銷得す。粉骨碎身も未だ酬うに足らず。一句は了然として百億を超ゆ。法中の王は最高勝。河沙の如来は同じく共に證す。我今此の如意珠を解す。信受する者は皆相應す。了了として見れば一物無し。亦人無く亦佛無し。大千世界は海中の漚。一切の聖賢は電の拂くがごとし。仮使鐵輪頂上に旋ずとも。定慧圓明は終に失わず。日は冷えべく月は熱すべし。衆魔は能く真説を壞らず。象駕は峥嵘として谩に途を進む。誰か螗蜋の能く轍を拒ぐを見ん。大象は兔径に游ばず。大悟は小節に拘えられず。管見を將て蒼蒼を謗る莫れ。未了は吾今君の為に決せん。

朗州梁山緣觀禪師法嗣一人郢州大陽山警玄禪師(一人見錄)

騰騰和尚の了元歌

第十世

道を修するも修すべき無し。法を問うも問うべき無し。迷う人は色空を了らず。悟る者は本より逆順無し。八萬四千の法門。至理は方寸を離れず。自家の城郭を識り取れ。他の鄉郡を谩に尋ぬる莫れ。廣学多聞を用いず。辯才聰俊を要せず。月の大小を知らず。歲の餘閏を管せず。煩惱即是れ菩提。淨華は泥糞に生ず。人來りて我に問えば若為せん。伊と共に談論する能わず。寅朝に粥を用いて饑を充たす。齋時にさらに一頓を餐す。今日は運に任せて騰騰。明日は騰騰にして運に任す。心中は了了として總て知る。さあ佯痴して縛鈍を作さん。

天台山德韶國師法嗣四十九人杭州永明寺延壽禪師

南嶽懶瓚和尚の歌

溫州大寧可弘禪師

兀然として事無くして改換無し。事無ければ何ぞ須らく一段を論ぜん。直心は散亂無し、他の事は斷ずるを須いず。過去は已に過去し、未來はなお算する莫れ。兀然として事無く坐し、何曽て人の喚ぶ有らん。外に向かいて功夫を覓むるは、總て是れ痴頑の漢。糧は一粒を畜えず、飯に逢えば但だ食すを知るのみ(此の字は未だ識らず、反切は陟立切、文意は飯に遇えば便ち喰うの一類、正字を硬く猜せず)。世間の事多き人は、相い趁って渾く及ばず。我は天に生を樂まず、また福田を愛せず。饑え來れば飯を喰い、困れば即ち眠る。愚人は我を笑い、智は乃ち之を知る。是れ痴鈍に非ず、本體は然るがごとし。去らんと要すれば即ち去り、住まんと要すれば即ち住む。慮を亡して緣を忘る。巧説は得べからず、ただ心を以て傳う。さらに一語有り、真與に過ぎる無し。細きこと毫末のごとく、大ききこと方所無し。本より圓成して、機杼を労せず。世事は悠悠として、山丘に如かず。青松は日を蔽い、碧澗は長く流る(底本の「澗」字は水旁㵎に從う、当に「澗」たるべし)。山雲は幕に當り、夜月は鈎と為る。藤蘿の下に臥し、塊石に枕す。天子に朝せず、豈に王侯を羨まん。生死に慮無く、さらに何の憂え有らん。水月は形無く、我常にただ寧なり。万法皆爾、本より自ら生無し。兀然として事無く坐すれば、春來れば草自ら青し。

蘇州長壽朋彥大師

石頭和尚の草庵歌

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