Libo

景德傳燈錄 卷第一

宋 · 道原 · 第21巻 / 151

當坐菩提樹覺華而成已

當に菩提樹の下に坐すべし、覺華(かくげ)已(すで)に成就(じょうじゅ)せり。

夜奢復說偈曰。

夜奢、又(また)偈を説きて曰く、

師坐金色地常說真實義

師、金色の地に坐して、常に真實義を説く、

迴光而照我令入三摩諦

光を回(かえ)して我を照(てら)し、我をして三摩諦(さんまだい)に入らしめよ。

尊者知其意。即度出家復具戒品。乃告之曰。如來大法眼藏今付於汝。汝護念之。乃說偈言。

尊者、その心意を知りて、即ち彼を度(ど)して出家せしめ、又(また)具戒品を授け、彼に告げて曰く、如来の大法眼蔵、今、汝に付(ふ)す、汝、護念すべし。ここに偈を説いて曰く、

真體自然真因真說有理

真體(しんたい)、自(おのづか)ら真(しん)なり、真に因(よ)りて理(り)有(あ)りを説く、

領得真真法無行亦無止

真真(しんしん)の法を領得(りょうとく)すれば、行(ぎょう)無し、亦(また)止(し)無し。

尊者付法已。即現神變而入涅槃。化火自焚。四眾各以衣裓(古得切)盛舍利。隨處興塔而供養之。即貞王二十二年己亥歲也(當作二十七年)。

尊者、法を付(ふ)し已(おわ)りて、即ち神變を現じて涅槃に入り、化火(けか)して自ら焚(や)く。四衆、各(おのおの)衣裓(えかい、古得切)を以て舎利を盛(も)り、處(ところ)に随(したが)ひて塔を興建して供養す。その年は周貞王二十二年己亥歳(當に二十七年と作るべし)なり。

第十一祖富那夜奢。華氏國人也。姓瞿曇氏。父寶身。既得法於脇尊者。尋詣波羅柰國。有馬鳴大士迎而作禮。因問曰。我欲識佛。何者即是。師曰。汝欲識佛。不識者是。曰佛既不識焉知是乎。師曰。既不識佛焉知不是。曰此是鋸義。師曰。彼是木義。復問。鋸義者何。曰與師平出。又問。木義者何。師曰。汝被我解。馬鳴豁然惺悟。稽首歸依遂求剃度。師謂眾曰。此大士者。昔為毘舍離國王。其國有一類人如馬裸露。王運神力分身為蠶。彼乃得衣。王後復生中印度。馬人感戀悲鳴。因號馬鳴焉。如來記雲。吾滅度後六百年。當有賢者馬鳴。於波羅柰國摧伏異道。度人無量繼吾傳化。今正是時。即告之曰。如來大法眼藏今付於汝。即說偈曰。

第十一祖富那夜奢は、華氏国の人なり。姓は瞿曇氏。父の名は寶身(ほうしん)。既(すで)に脇尊者の所に於て法を得(え)て、即ち波羅柰国に往(ゆ)く。馬鳴大士ありて迎(むか)へて禮を作(な)し、ここに問ひて曰く、我、仏を識(し)らんと欲(ほつ)す、誰(たれ)か即(すなは)ち是(これ)なりや。師の曰く、汝、仏を識らんと欲(ほつ)す、識らざる者即(すなは)ち是(これ)なり。問ひて曰く、仏、既(すで)に識らざれば、何を以てか是(これ)と知る。師の曰く、既(すで)に仏を識らざれば、何を以てか非(ひ)と知る。問ひて曰く、此れ鋸義(きょぎ)なり。師の曰く、彼れ木義(ぼくぎ)なり。又(また)問ひて曰く、鋸義とは何ぞや。曰く、師と平出(へいしゅつ)す。又(また)問ひて曰く、木義とは何ぞや。師の曰く、汝、我に解(と)かれたり。馬鳴、豁然(かつぜん)として悟(さと)り、稽首(けいしゅ)して歸依(きえ)し、ここに剃度を求む。師、衆に對(むか)ひて曰く、此(こ)の大士、昔は毘舎離国王なりき。その国に一類の人ありて、馬の如く裸露(らろ)す。王、神力を運(はこ)びて、身を分(わか)ちて蠶(かいこ)と化(な)し、彼の人乃(すなは)ち衣を得(え)たり。王、復(ま)た後に中印度に生(しょう)ず。馬人、感戀(かんれん)悲鳴(ひめい)し、此(ここ)を以て馬鳴と號(ごう)す。如来、記(き)して曰く、我が滅度の後六百年、當に賢者馬鳴ありて、波羅柰国に於て異道を摧伏(さいふく)し、人を度(ど)すること無量(むりょう)、我が傳化(でんげ)を紹(つ)がんと。今、正(まさ)に時なり。即ち彼に告げて曰く、如来の大法眼蔵、今、汝に付(ふ)す。即ち偈を説きて曰く、

迷悟如隱顯明暗不相離

迷悟(めいご)は隱顯(いんけん)の如く、明暗(みょうあん)相離(あいはな)れず、

今付隱顯法非一亦非二

今、此(こ)の隱顯の法を付(ふ)す、一(いち)にあらず、亦(また)二(に)にあらず。

尊者付法已。即現神變湛然圓寂。眾興寶塔以閟全身。即安王十四年戊戌歲也(當作十九年)。

尊者が法を付し畢わり、即ち神変を現じて湛然として寂む。衆人、宝塔を興して全身を掩蔵す。その年は周安王十四年戊戌の歳なり。(當に十九年と作るべし。)

第十二祖馬鳴大士者。波羅柰國人也。亦名功勝。以有作無作諸功德最為殊勝故名焉。既受法於夜奢尊者。後於華氏國轉妙法輪。忽有老人坐前仆地。師謂眾曰。此非庸流當有異相。言訖不見。俄從地踴出一金色人。復化為女子右手指師。而說偈曰。

第十二祖馬鳴大士は、波羅柰國の人なり。亦の名は功勝、有作・無作の諸の功德最も殊勝なるが故に、かくのごとく名づく。既に夜奢尊者の所にて法を受け、後に華氏國にて妙法輪を轉ず。忽然として一の老人ありて前に坐し、僕れて地に伏す。師、衆に謂ひて曰く、此れ平庸の流にあらず、當に異相あらんと。言い訖りて便ち見えず。未久しくして地中より金色の人を涌出し、又化して女子と爲り、右の手をもて師を指して偈を説いて曰く、

稽首長老尊當受如來記

稽首(けいしゅ)す長老の尊、當に如來の授記を受くべし、

今於此地上宣通第一義

如今(にょこん)此の地に於て、第一義を宣通せよと。

說偈已瞥然不見。師曰。將有魔來與吾校力。有頃風雨暴至天地晦冥。師曰。魔之來信矣。吾當除之。即指空中現一大金龍。奮發威神震動山嶽。師儼然於坐魔事隨滅。經七日有一小蟲。大若蟭螟潛形坐下。師以手取之示眾曰。斯乃魔之所變。盜聽吾法耳。乃放之令去。魔不能動。師告之曰。汝但歸依三寶即得神通。遂復本形作禮懺悔。師問曰。汝名誰耶。眷屬多少。曰我名迦毘摩羅有三千眷屬。師。曰。汝盡神力變化若何。曰我化巨海極為小事。師曰。汝化性海得否。曰何謂性海。我未嘗知。師即為說性海雲。山河大地皆依建立。三昧六通(舊雲六神通依正宗記除神字)由茲發現。迦毘摩羅聞言遂發信心與徒眾三千俱求剃度。師乃召五百羅漢與授具戒。復告之曰。如來大法眼藏今當付汝。汝聽偈言。

偈を説き訖りて、眨眼(しゃばがん)の間に便ち見えず。師曰く、當に魔來りて我と力を校(くら)べんと。少頃して風雨暴に至り、天地晦冥(かいめい)す。師曰く、魔の來れること信なり。我當に之を除くべしと。即ち空中を指して、一條の大金龍を現じ、威神を奮發して山岳を震動す。師、座上に儼然として動かず、魔事即ち滅去す。七日を經て、一の小蟲あり、大なること蟭螟(しようめい)の若くして、座下に潛藏す。師、手をもて取り出だして衆に示して曰く、此れ魔の變じたる所にして、竊かに我が法を聽かんと來りしなりと。乃ち之を放てば、魔、動くこと能はず。師、之に告げて曰く、汝但し三寶に歸依せば、便ち神通を得んと。於是乎本形を復し、禮を作して懺悔す。師問ふ、汝の名は誰と曰ひ、眷屬多少あると。曰く、我が名は迦毘摩羅にして、三千の眷屬あり。師曰く、汝が神力を盡して變化せば何如と。曰く、我、巨海を變化するも極めて小さき事なり。師曰く、汝、性海を變化せんや、得るや否やと。曰く、何をか性海と謂ふ、我未だ曾て知らず。師、即ち爲に性海を説く、山河大地は皆依りて建立し、三昧・六通(舊説「六神通」と云ふ、《正宗記》に依りて「神」の字を去る)は此に由りて發現すと。迦毘摩羅、聞きて便ち信心を發し、徒衆三千と俱に剃度を求む。師、乃ち五百の羅漢を召集して、彼らが爲に具戒を授け、又之に告げて曰く、如來の大法眼藏を今當に汝に付すべし。汝、偈を聽けと。

隱顯即本法明暗元不二

隱顯(いんけん)即ち本法(ほんぽふ)、明暗(めいあん)元來二ならず、

今付悟了法非取亦非離

今此(こ)の悟りたる法を付す、取(しゅ)にあらず、亦(また)離(り)にあらず。

付法已。即入龍奮迅三昧。挺身空中如日輪相。然後示滅。四眾以真體藏之龍龕。即顯王三十七年甲午歲也(當作四十二年)。

法を付し畢りて、便ち龍奮迅三昧に入り、身を空に挺して日輪の相の如くして、然る後示滅す。四衆、眞體を龍龕に藏す。その年は周顯王三十七年甲午の歳なり。(當に四十二年と作るべし。)

第十三祖迦毘摩羅者。華氏國人也。初為外道有徒三千通諸異論。後於馬鳴尊者得法領徒至西印度。彼有太子。名雲自在。仰尊者名請於宮中供養尊者曰。如來有教沙門不得親近國王大臣權勢之家。太子曰。今我國城之北有大山焉。山中有一石窟。師可禪寂於此否。尊者曰諾。即入彼山行數裡逢一大蟒。尊者直進不顧。遂盤繞師身。師因與受三歸依。蟒聽訖而去。尊者將至石窟。復有一老人素服而出合掌問訊。尊者曰。汝何所止。答曰。我昔甞為比丘多樂寂靜。有初學比丘數來請益。而我煩於應答起瞋恨想。命終墮為蟒身。住是窟中今已千載。適遇尊者。獲聞戒法故來謝耳。尊者問曰。此山更有何人居止。曰北去十里有大樹蔭覆五百大龍。其樹王名龍樹。常為龍眾說法。我亦聽受耳。尊者遂與徒眾詣彼。龍樹出迎尊者曰。深山孤寂龍蟒所居。大德至尊何枉神足。師曰。吾非至尊來訪賢者。龍樹默唸曰。此師得決定性明道眼否。是大聖繼真乘否。師曰。汝雖心語吾已意知。但辦出家。何慮吾之不聖。龍樹聞已悔謝。尊者即與度脫。及五百龍眾俱受具戒。復告龍樹曰。今以如來大法眼藏付囑於汝。諦聽偈言。

第十三祖迦毘摩羅は、華氏國の人なり。始め外道を作りて、徒弟三千あり、諸家の異論に通曉せり。後に馬鳴尊者の所にて法を得、徒衆を率ゐて西印度に至る。彼に太子ありて、名を雲自在と曰ひ、尊者の名を仰慕して、宮中に請じて供養す。尊者曰く、如來に教あり、沙門は國王・大臣・權勢の家に親近することを得ずと。太子曰く、今我が國城の北に一大山あり、山中に一石窟あり、師、彼に於て禪寂すること可ならんやと。尊者曰く、諾と。即ち其の山に入る。數里を行きて、一の大蟒に逢ふ。尊者直進して顧みず、蟒、遂に師の身を盤遶す。師、因りて之が爲に三歸依を授く。蟒、聞き訖りて去る。尊者、將に石窟に至らんとして、又一位の老人、素服を著けて出で、合掌して問訊す。尊者曰く、汝、何の處にか住する。答曰く、我、昔曾て比丘と爲り、寂靜を好めり。初學の比丘、屢來りて請益するに、我、應答に煩ひて、瞋恨の想を生じ、命終して蟒身に墮ち、此の窟中に住し、于今已に一千年なり。適(さき)に尊者に逢ひ、戒法を聽聞することを得たり、故に來りて致謝す。尊者問ふ、此の山に更に人の居ることあらんやと。曰く、北十里に大樹あり、蔭して五百の大龍を覆ふ。其の樹王は名を龍樹と曰ひ、常に龍衆の爲に法を説き、我亦聽受す。尊者、乃ち徒衆と俱に彼に詣る。龍樹、出でて迎ふ。尊者曰く、深山孤寂、龍蟒の居る所、大德至尊、何故に神足を屈せるや。師曰く、我は至尊にあらず、賢者を訪はんと來るなり。龍樹、心裏默念す、此の師、決定性を得、道眼を明らめたるか、是大聖にして眞乘を繼ぐかと。師曰く、汝雖かに心中語ると雖も、我已に意上に知れり。但出家を辦せよ、何ぞ我の聖ならざるを憂へんや。龍樹、聞きて便ち悔謝す。尊者、即ち彼を度脫し、及び五百の龍衆、皆具戒を受く。又龍樹に告げて曰く、今如來の大法眼藏を汝に付嘱す。諦かに偈を聽けと。

非隱非顯法說是真實際

隱にあらず、亦顯にあらざるの法、説くは眞實際、

悟此隱顯法非愚亦非智

此の隱顯の法を悟れば、愚にあらず、亦智にあらず。

付法已。即現神變化火焚身。龍樹收五色舍利建塔瘞之。即𧹞王四十一年壬辰歲也(當作四十六年)。

法を付し畢りて、即ち神變を現じ、化火に身を焚く。龍樹、五色の舍利を收め、塔を建てて埋藏す。その年は周赧王(底本此の字を「𧹞」と作る、即ち赧)四十一年壬辰の歳なり。(當に四十六年と作るべし。)

第十四祖龍樹尊者。西天竺國人也。亦名龍勝。始於毘羅尊者得法。後至南印度。彼國之人多信福業。聞尊者為說妙法遞相謂曰。人有福業世間第一。徒言佛信誰能覩之。尊者曰。汝欲見佛性先須除我慢。彼人曰。佛性大小。尊者曰。非大非小非廣非狹。無福無報不死不生。彼聞理勝悉迴初心。尊者復於座上現自在身如滿月輪。一切眾唯聞法音不覩師相。彼眾中有長者子。名迦那提婆。謂眾曰。識此相否。眾曰。目所未覩安能辨識。提婆曰。此是尊者現佛性體相以示我等。何以知之。蓋以。無相三昧形如滿月。佛性之義廓然虛明。言訖。輪相即隱復居本座。而說偈言。

第十四祖龍樹尊者は、西天竺國の人なり。亦の名は龍勝。始め毘羅尊者の所にて法を得、後に南印度に至る。彼の國の人、多く福業を信ず。尊者が彼らが爲に妙法を説くを聽きて、遞相(たがひ)に曰く、人の福業あるは世間第一なり、空しく佛性を説きて誰か見るを得んと。尊者曰く、汝、佛性を見んと欲せば、先ず須らく我慢を除くべし。其の人問ふ、佛性は大か小か。尊者曰く、大にあらず、小にあらず、廣にあらず、狹にあらず、福なく、報なく、死せず、生ぜず。彼ら、理の己れに勝れるを聞き、皆初心を回す。尊者又座上に於て自在の身を現ず、滿月輪の如し。一切の大衆、但法音を聞きて師の相を見ず。衆中に長者の子ありて、名を迦那提婆と曰ひ、衆に謂ひて曰く、此の相を識るか。衆曰く、目、曾て見ず、豈に辨識せんや。提婆曰く、此れ尊者が佛性の體相を現じて我等に示すなり。何以てか知る、無相三昧は形の滿月の如く、佛性の義は廓然として虛明なればなり。言い訖りて、輪相便ち隱れ、又本座に就きて偈を説いて曰く、

身現圓月相以表諸佛體

身に圓月の相を現ず、以て諸佛の體を表さんが爲、

說法無其形用辨非聲色

法を説くに形なく、以て声色にあらざるを辨ず。

彼眾聞偈頓悟無生。鹹願出家以求解脫。尊者即為剃髮命諸聖授具。其國先有外道五千餘人。作大幻術眾皆宗仰。尊者悉為化之令歸三寶。復造大智度論中論十二門論垂之於世。後告上首弟子迦那提婆曰。如來大法眼藏今當付汝。聽吾偈言。

其の人、偈を聞き訖りて、頓に無生に悟入し、悉く出家して解脫を求めんことを願ふ。尊者、即ち彼らが爲に剃髮し、諸聖に具を授けしむ。其の國、先だって外道五千餘人あり、大いなる幻術を作し、衆皆宗仰せり。尊者、悉く之を教化して、三寶に歸依せしむ。又《大智度論》《中論》《十二門論》を撰造して世に流布す。後に上首の弟子迦那提婆に告げて曰く、如來の大法眼藏を今當に汝に付すべし。我が偈を聽けと。

為明隱顯法方說解脫理

隱顯の法を標明せんが爲に、方に解脫の理を説く、

於法心不證無瞋亦無喜

法に對して心證せず、瞋なく、亦喜なし。

付法訖入月輪三昧廣現神變。復就本座凝然禪寂。迦那提婆與諸四眾。共建寶塔以葬焉。即秦始皇三十五年己丑歲也。

法を付し畢りて、月輪三昧に入り、神變を廣く現じ、又本座に就きて凝然として禪寂す。迦那提婆、諸の四衆と共に宝塔を建造して安葬す。その年は秦始皇三十五年己丑の歳なり。

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