景德傳燈錄 卷第三
新羅國洪直禪師(已上三人無機緣語句不錄)
新羅國洪直禪師(以上三人無機縁語句は収録せず)
前蒲州麻谷山寶徹禪師法嗣二人壽州良遂禪師(一人見錄)
前蒲州麻谷山寶徹禪師法嗣二人。壽州良遂禪師(一人見録)
新羅國無染禪師(一人無機緣語句不錄)
新羅國無染禪師(一人無機縁語句は収録せず)
前湖南東寺如會禪師法嗣四人吉州薯山慧超禪師(一人見錄)
前湖南東寺如會禪師法嗣四人。吉州薯山慧超禪師(一人見録)
舒州景諸禪師
舒州景諸禪師
莊嚴寺光肇禪師
莊嚴寺光肇禪師
潭州幕輔山昭禪師(已上三人無機緣語句不錄)
潭州幕輔山昭禪師(以上三人無機縁語句は収録せず)
前京兆章敬寺懷惲禪師法嗣一十六人京兆薦福弘辯禪師
前京兆章敬寺懷惲禪師法嗣一十六人。京兆薦福弘辯禪師
福州龜山智真禪師
福州龜山智真禪師
朗州懷政禪師
朗州懷政禪師
金州操禪師
金州操禪師
朗州古堤和尚
朗州古堤和尚
河中公畿和尚(已上六人見錄)
河中公畿和尚(以上六人見録)
柏林閑雲禪師
柏林閒雲禪師
宣州玄哲禪師
宣州玄哲禪師
河中寶堅禪師
河中寶堅禪師
西京道志禪師
西京道志禪師
絳州神祐禪師
絳州神祐禪師
西京智藏禪師
西京智藏禪師
許州無跡禪師
許州無跡禪師
壽州惟肅禪師
壽州惟肅禪師
新羅國玄昱禪師
新羅國玄昱禪師
新羅國覺體禪師(已上一十人無機緣語句不錄)
新羅國覺體禪師(以上一十人無機縁語句は収録せず)
前百丈懷海禪師法嗣
前百丈懷海禪師法嗣
潭州溈山靈祐禪師者福州長谿人也。姓趙氏。年十五辭親出家。依本郡建善寺法常律師剃髮。於杭州龍興寺受戒。究大小乘經律。二十三遊江西參百丈大智禪師。百丈一見許之入室。遂居參學之首。一日侍立百丈問誰。師曰。靈祐。百丈雲。汝撥鑪中有火否。師撥雲。無火。百丈躬起深撥得少火。舉以示之雲。此不是火。師發悟禮謝陳其所解。百丈曰此乃暫時岐路耳。經云。欲見佛性當觀時節因緣。時節既至如迷忽悟。如忘忽憶。方省己物不從他得。故祖師雲。悟了同未悟。無心得無法。只是無虛妄凡聖等心。本來心法元自備足。汝今既爾善自護持。時司馬頭陀自湖南來。百丈謂之曰。老僧欲往溈山可乎(司馬頭陀參禪外。蘊人倫之鑒。兼窮地理。諸方剏院多取決焉)對雲。溈山奇絕可聚千五百眾。然非和尚所住。百丈雲。何也。對雲。和尚是骨人。彼是肉山。設居之徒不盈千。百丈雲。吾眾中莫有人住得否。對雲。待歷觀之。百丈乃令侍者喚第一坐來(即華林和尚也)問雲。此人如何。頭陀令謦欬一聲行數步。對雲。此人不可。又令喚典坐來(即祐師也)頭陀雲。此正是溈山主也。百丈是夜召師入室。囑雲。吾化緣在此。溈山勝境汝當居之嗣續吾宗廣度後學。時華林聞之曰。某甲忝居上首。祐公何得住持。百丈雲。若能對眾下得一語出格當與住持。即指淨瓶問雲。不得喚作淨瓶。汝喚作什麼。華林雲。不可喚作木𣔻也。百丈不肯。乃問師。師蹋倒淨瓶。百丈笑雲。第一坐輸卻山子也。遂遣師往溈山。是山峭絕敻無人煙。師猿猱為伍橡栗充食。山下居民稍稍知之。帥眾共營梵宇。連率李景讓奏號同慶寺。相國裴公休嘗諮玄奧。繇是天下禪學若輻湊焉。師上堂示眾雲。夫道人之心質直無偽。無背無面無詐妄心行。一切時中視聽尋常更無委曲。亦不閉眼塞耳。但情不附物。即得從上諸聖只是說濁邊過患。
潭州潙山靈祐禪師は、福州長溪の人、姓は趙。年十五にて親に辭して出家し、本郡の建善寺法常律師に依りて髮を剃り、杭州龍興寺に於て戒を受け、大小乘の經律を窮めたり。二十三にて江西に游び、百丈大智禪師に參ず。百丈一見して之を入室せしめ、遂に參學の首に居る。一日侍立す。百丈問ふ、誰ぞ。師曰く、靈祐。百丈曰く、汝、爐の中に火有るかを撥せよ。師撥して曰く、火無し。百丈躬づから起ちて深く撥して、少しの火を得て擧げて之に示して曰く、此れは火にあらずや。師、悟りを發し、禮謝して其の解する所を陳ぶ。百丈曰く、此れ乃ち暫時の歧路なり。經に説く、佛性を見んと欲せば、當に時節因緣を觀ずべし、時節既に至れば、迷ひの忽ち悟り、忘るるの忽ち憶ふが如く、方に己物の他より得ずと省る、故に祖師説く、悟り了れば未悟と同じ、無心にして得法無し、只是れ虚妄の凡聖等の心無きなり、本來心法は元より自ら備へ足れり、汝今既に爾り、善く自ら護持せよ。時に司馬頭陀湖南より來る。百丈之に謂ひて曰く、老僧、潙山に往かんと欲す可しや。(司馬頭陀は參禪の外に人倫の鑑を蘊め、兼ねて地理を窮めたり、諸方の創院は多く彼に取決す。)對して曰く、潙山は奇絕にして千五百衆を聚む可し、然れども和尚の住する所にあらず。百丈曰く、何ぞ。對して曰く、和尚は是れ骨人にして、彼は是れ肉山なり、設ひ居らば徒千に盈たず。百丈曰く、吾が衆中に住し得る人有ること莫きか。對して曰く、歴觀するを待て。百丈乃ち侍者をして第一座を喚ばしめ來る(即ち華林和尚なり)。問ひて曰く、此の人如何。頭陀、謦咳一聲・行數步せしむ。對して曰く、此の人不可なり。又典座を喚ばしめ來る(即ち祐師なり)。頭陀曰く、此れ正に是れ潙山の主なり。百丈、是の夜師を召して入室せしめ、嘱して曰く、吾が化緣此に在り、潙山の勝境、汝當に之に居りて吾宗を嗣續し廣く後學を度すべし。時に華林聞きて曰く、某甲忝くも上首に居る、祐公何ぞ住持を得ん。百丈曰く、若し能く衆に對して出格の一語を下さば、當に住持を與へん。即ち淨瓶を指して問ひて曰く、淨瓶と喚作することを得ず、汝は何と喚作す。華林曰く、木瓶と喚作す可からず。百丈肯せず、乃ち師に問ふ。師、淨瓶を踏み倒す。百丈笑ひて曰く、第一座、山子を輸却せり。遂に師を遣はして潙山に往かしむ。是の山峭絕にして夐として人煙無し。師、猿猱を伍と爲し橡栗を食に充つ。山下の居民稍稍之を知りて衆を帥ゐて共に梵宇を營む。連帥李景讓、奏して號して同慶寺と曰ふ。相國裴公休、曾て玄奧を咨す。繇れ是天下の禪學、輻湊するが若し。師、上堂して衆に示して曰く、夫れ道人の心は質直にして僞無く、背無く面無く、詐妄の心行無し、一切時中の視聽尋常にして更に委曲無し、亦目を閉ぢ耳を塞がず、但情の物に附せざれば即ち得、上より來る諸聖は只濁邊の過患を説くのみ、
若無如許多惡覺情是想習之事。譬如秋水澄渟。清淨無為澹濘無礙。喚他作道人。亦名無事之人。時有僧問。頓悟之人更有修否。師雲。若真悟得本他自知時。修與不修。是兩頭語如今初心雖從緣得。一念頓悟自理。猶有無始曠劫習氣未能頓淨須教渠淨除現業流識。即是修也。不道別有法教渠修行趣。向。從聞入理聞理深妙。心自圓明不居惑地。縱有百千妙義抑揚當時。此乃得坐披衣自解作活計。以要言之。則實際理地不受一塵。萬行門中不捨一法。若也單刀趣入。則凡聖情盡體露真常。理事不二即如如佛。仰山問。如何是西來意。師雲。大好燈籠。仰山雲。莫只遮箇便是麼。師雲。遮箇是什麼。仰山雲。大好燈籠。師雲。果然不識。一日師謂眾雲。如許多人只得大機(舊本雲大識。今改作大機。按廣燈並別錄。皆雲只得大機。而第十六卷九峰慧禪師章中雲只得大體。未詳孰是)不得大用。仰山舉此語問山下庵主雲。和尚恁麼道意旨何如。庵主雲。更舉看。仰山擬再舉。被庵主蹋倒。歸舉似師。師大笑。師在法堂坐。庫頭擊木魚。火頭擲卻火抄。拊掌大笑。師雲。眾中也有恁麼人。喚來問。作麼生。火頭雲。某甲不吃粥肚飢所以喜歡。師乃點頭(東使聞雲。將知溈山眾裡無人。臥龍雲。將知溈山眾裡有人)普請摘茶。師謂仰山曰。終日摘茶只聞子聲不見子形。請現本形相見。仰山撼茶樹。師雲。子只得其用不得其體。仰山雲。未審和尚如何。師良久。仰山雲。和尚只得其體不得其用。師雲。放子二十棒(玄覺雲。且道過在什麼處)師上堂有僧出雲。請和尚為眾說法。師雲。我為汝得徹困也。僧禮拜(後人舉似雪峰。雪峰雲。古人得恁麼老婆心。玄沙雲。山頭和尚蹉過古人事也。雪峰聞之乃問玄沙。什麼處是老僧蹉過古人事處。玄沙雲。大小溈山被那僧一問得百雜碎。雪峰駭之乃休)。師謂仰山曰。
若し如許多の惡覺・情見・想習の事無ければ、譬へば秋水の澄渟し清淨無爲にして澹濘として礙無きが如し、他を喚んで道人と作し、亦名づけて無事の人と曰ふ。時に僧有りて問ふ、頓悟の人、更に修有るか。師曰く、若し眞に悟りて本を得ば、他自ら時を知らん、修と不修とは是れ兩頭の語なり、如今初心は緣に從ひて得ると雖も、一念頓悟して理に自らすれど、猶無始曠劫の習氣有りて未だ頓に淨めず、須らく渠を敎へて現業の流識を淨除せしめよ、即ち是れ修なり、別に法有りて渠を敎へて修行して趣向するを道はず、聞より理に入りて、理を聞くこと深妙なれば、心自ら圓明にして惑地に居らず、縱ほ百千の妙義抑揚の當時有りと雖も、此れ乃ち坐を得て衣を披き、自ら活計を作すを解す、要を以て之を言へば、則ち實際理地に一塵を受けず、萬行門中に一法を捨てず、若しも單刀趣入せば則ち凡聖の情盡きて體露して眞常なり、理事不二にして即ち如如の佛なり。仰山問ふ、如何なるか是れ西來意。師曰く、大好燈籠。仰山曰く、莫れも只此の箇便是か。師曰く、此の箇は是れ甚麼。仰山曰く、大好燈籠。師曰く、果然識らず。一日師、衆に謂ひて曰く、如許多の人は只大機を得て(舊本は大識と説く、今改めて大機と作す、『廣燈』並びに別録を按ずるに皆只大機を得と説く、而して第十六卷の九峰慧禪師の章の中に只大體を得と説く、未だ詳かに孰れか是なるを知らず)、大用を得ず。仰山、此の語を擧げて山下の庵主に問ひて曰く、和尚恁麼に道ふ、意旨如何。庵主曰く、更に擧げて看よ。仰山、擬して再び擧げんとして庵主に踏み倒さる。歸りて師に擧げて似す。師大笑す。師、法堂に坐す。庫頭、木魚を擊つ。火頭、火抄を擲却して掌を拊して大笑す。師曰く、衆中にも恁麼の人有り。喚び來りて問ふ、作麼生。火頭曰く、某甲、粥を喫せず肚饑なり、所以に喜歡す。師乃ち點頭す(東使聞きて曰く、將に知らん潙山衆裏に人無きを、臥龍曰く、將に知らん潙山衆裏に人有るを)。普請して茶を摘む。師、仰山に謂ひて曰く、終日茶を摘めど只子の聲を聞きて子の形を見ず、請ふ本形を現じて相見せん。仰山、茶樹を撼す。師曰く、子只其の用を得て其の體を得ず。仰山曰く、未だ審らかに和尚如何。師良久す。仰山曰く、和尚只其の體を得て其の用を得ず。師曰く、子を放つこと二十棒。(玄覺曰く、且く道へ過は甚麼の處に在る。)師上堂す、僧有りて出でて曰く、請ふ和尚衆の爲に法を説かん。師曰く、我汝が爲に徹困を得なり。僧禮拜す(後人擧げて雪峯に似す、雪峯曰く、古人恁麼の老婆心を得たり、玄沙曰く、山頭和尚、古人事を蹉過せり、雪峯之を聞きて乃ち玄沙に問ふ、甚麼の處か是れ老僧の古人事を蹉過せる處、玄沙曰く、大小の潙山、那の僧の一問に被りて百雜碎を得たり、雪峯之を駭きて乃ち休む)。師、仰山に謂ひて曰く、
寂子速道莫入陰界。仰山雲。慧寂信亦不立。師雲。子信了不立不信不立。仰山雲。只是慧寂更信阿誰。師雲。若恁麼即是定性聲聞。仰山雲。慧寂佛亦不見。師問仰山。涅槃經四十卷多少佛說多少魔說。仰山雲。總是魔說。師雲。已後無人奈子何。仰山雲。慧寂即一期之事。行履在什麼處。師雲。只貴子眼正。不說子行履。仰山蹋衣次提起問師雲。正恁麼時和尚作麼生。師雲。正恁麼時我遮裡無作麼生。仰山雲。和尚有身而無用。師良久卻拈起問。汝正恁麼時作麼生。仰山雲。正恁麼時和尚還見伊否。師雲汝有用而無身(此語是二月中問答)師忽問仰山。汝春間有話未圓。今試道看。仰山雲。正恁麼時切忌勃塑。師雲。停囚長智。師一日喚院主。院主來。師雲。我喚院主汝來作什麼。院主無對(曹山代雲。也知和尚不喚某甲)又令侍者喚第一座。第一座來。師雲。我喚第一座汝來作什麼。亦無對(曹山代雲。若令侍者喚恐不來。法眼別雲。適來侍者喚)師問新到僧名什麼。僧雲。名月輪。師作一圓相問。何似遮箇。僧雲。和尚恁麼語話。諸方大有人不肯在。師雲。貧道即恁麼。闍梨作麼生。僧雲。還見月輪麼。師雲。闍梨恁麼道。此間大有人不肯諸方。師問雲巖雲。聞汝久在藥山是否。巖雲是。師雲。藥山大人相如何。雲巖雲。涅槃後有。師雲。涅槃後有如何。雲巖雲。水灑不著。雲巖卻問師。百丈大人相如何。師雲。巍巍堂堂煒煒煌煌。聲前非聲。色後非色。蚊子上鐵牛。無汝下嘴處。師過淨瓶與仰山。仰山擬接。師卻縮手雲。是什麼。仰山雲。和尚還見箇什麼。師雲。若恁麼何用更就吾覓。仰山雲。雖然如此仁義道中與和尚提瓶挈水亦是本分事。師乃過淨瓶與仰山師與仰山行次指柏樹子問雲。前面是什麼。仰山雲。只遮箇柏樹子。師卻指背後田翁雲。遮阿翁向後亦有五百眾。師問仰山。從何處歸。
寂子速やかに道へ、陰界に入ること莫れ。仰山曰く、慧寂、信も亦立たず。師曰く、子は信し了りて立たずか、信せずして立たずか。仰山曰く、只是れ慧寂、更に阿誰を信ぜん。師曰く、若し恁麼ならば即ち是れ定性聲聞。仰山曰く、慧寂、佛も亦見ず。師、仰山に問ふ、『涅槃經』四十卷、多少か是れ佛説、多少か是れ魔説。仰山曰く、總て是れ魔説。師曰く、已後人の子を奈何する無からん。仰山曰く、慧寂、即ち一期の事、行履は甚麼の處に在る。師曰く、只子が眼の正なるを貴ぶ、子が行履を説はず。仰山、衣を踏む次、提起して師に問ひて曰く、正に恁麼の時、和尚作麼生。師曰く、正に恁麼の時、我が此裏に作麼生無し。仰山曰く、和尚は身有りて用無し。師良久にして却て拈起して問ふ、汝正に恁麼の時作麼生。仰山曰く、正に恁麼の時、和尚還た伊を見るか。師曰く、汝は用有りて身無し。(此の語は是れ二月中の問答。)師忽ち仰山に問ふ、汝、春間に話有りて未だ圓ならず、今試みに道へて看よ。仰山曰く、正に恁麼の時、切に勃塑を忌む。師曰く、停囚長智。師一日院主を喚ぶ。院主來る。師曰く、我は院主を喚ぶ、汝來りて何を作す。院主對無し(曹山代に曰く、も知る和尚は某甲を喚ばざるを)。又侍者をして第一座を喚ばしむ。第一座來る。師曰く、我は第一座を喚ぶ、汝來りて何を作す。亦對無し(曹山代に曰く、若し侍者をして喚ばしめば恐らくは來らざらん、法眼別に曰く、適かに來るは侍者の喚ぶなり)。師、新到の僧に問ふ、名は甚麼。僧曰く、名は月輪。師、一の圓相を作して問ふ、此の箇に何に似たる。僧曰く、和尚恁麼に語話すれば諸方大いに人肯ぜざる在り。師曰く、貧道即ち恁麼なり、闍梨作麼生。僧曰く、還た月輪を見るか。師曰く、闍梨恁麼に道はば、此間大いに人諸方を肯ぜず。師、雲巖に問ひて曰く、聞く汝久しく藥山に在り、是か否か。巖曰く、是。師曰く、藥山の大人相如何。雲巖曰く、涅槃の後有り。師曰く、涅槃の後有るは如何。雲巖曰く、水灑ぎ著からず。雲巖却て師に問ふ、百丈の大人相如何。師曰く、巍巍堂堂、煒煒煌煌、聲前は聲に非ず色後は色に非ず、蚊子が鐵牛に上るには汝が嘴を下す處無し。師、淨瓶を仰山に過す。仰山擬して接けんとす。師却て手を縮めて曰く、是れ甚麼。仰山曰く、和尚還た箇の甚麼を見る。師曰く、若し恁麼ならば、何ぞ用ゐん更に吾に就きて覓めるを。仰山曰く、然りと雖も仁義道中に和尚と瓶を提げ水を挈ぐるも亦是れ本分事。師乃ち淨瓶を仰山に過す。師、仰山と行く次、柏樹子を指して問ひて曰く、前面は是れ甚麼。仰山曰く、只此の箇の柏樹子。師却て背後の田翁を指して曰く、此の阿翁、向後も亦五百衆有らん。師、仰山に問ふ、何の處より歸る。
仰山雲。田中歸。師雲。禾好刈也未。仰山雲。好刈也。師雲。作青見作黃見作不青不黃見。仰山雲。和尚背後是什麼。師雲。子還見麼。仰山拈起禾穗雲。和尚何曾問遮箇。師雲。此是鵝王擇乳。冬月師問仰山。天寒人寒。仰山雲。大家在遮裡。師雲。何不直說。仰山雲。適來也不曲和尚如何。師雲。直須隨流。有僧來禮拜。師作起勢。僧雲。誰和尚不起。師雲。老僧未曾坐。僧雲。某甲亦未曾禮師雲。何故無禮。僧無對(同安代雲。和尚不怪)石霜會下有二禪客到雲。此間無一人會禪。後普請般柴。仰山見二禪客歇。將一橛柴問雲。還道得麼。俱無語。仰山雲。莫道無人會禪好。歸舉似溈山雲。今日二禪客被慧寂勘破。師雲。什麼處被子勘破。仰山便舉前話。師雲。寂子又被吾勘破(雲居錫雲。什麼處是溈山勘破仰山處)師睡次仰山問訊。師便迴面向壁。仰山雲。和尚何得如此。師起雲。我適來得一夢。汝試為我原看。仰山取一盆水與師洗面。少頃香嚴亦來問訊。師雲。我適來得一夢寂子原了。汝更與我原看。香嚴乃點一椀茶來。師雲。二子見解過於鶖子。僧雲。不作溈山一頂笠。無由得到莫傜村。如何是溈山一頂笠。師即蹋之。師上堂示眾雲。老僧百年後向山下作一頭水牯牛。左脅書五字雲溈山僧某甲。此時喚作溈山僧。又是水牯牛。喚作水牯牛。又云溈山僧。喚作什麼即得(雲居代雲。師無異號。資福代作圓相。托起古人頌雲。不道溈山不道牛。一身兩號實難醻。離卻兩頭應須道。如何道得出常流)師敷揚宗教凡四十餘年。達者不可勝數。入室弟子四十一人。唐大中七年正月九日盥漱敷坐怡然而寂。壽八十三。臘六十四。塔於本山。勅諡大圓禪師。塔曰清淨。
仰山曰く、田中より歸る。師曰く、禾、好く刈るや未だ。仰山曰く、好く刈れり。師曰く、青と作して見るか、黃と作して見るか、不青不黃と作して見るか。仰山曰く、和尚の背後は是れ甚麼。師曰く、子還た見るか。仰山、禾穗を拈起して曰く、和尚何ぞ曾て此の箇を問はん。師曰く、此れ是れ鵝王の乳を擇ぶ。冬月、師仰山に問ふ、天寒か人寒か。仰山曰く、大家此裏に在り。師曰く、何ぞ直説せざる。仰山曰く、適かに來るも亦曲ならず、和尚如何。師曰く、直に須らく流に隨ふべし。僧有りて來り禮拜す。師、起勢を作す。僧曰く、和尚起たず。師曰く、老僧未だ曾て坐せず。僧曰く、某甲亦未だ曾て禮せず。師曰く、何故に禮無き。僧對無し(同安代に曰く、和尚怪しまず)。石霜の會下に二の禪客ありて到りて曰く、此間に一人も禪を會する無し。後に普請して柴を搬ぶ。仰山、二禪客の歇するを見て一橛の柴を將て問ひて曰く、還た道へ得るか。俱に語無し。仰山曰く、人無くして禪を會すると道ふこと莫れ、好し。歸りて潙山に擧げて似して曰く、今日二禪客、慧寂に勘破せられり。師曰く、甚麼の處か子に勘破せられたる。仰山便ち前話を擧ぐ。師曰く、寂子又被れ吾に勘破せられたり。(雲居錫曰く、甚麼の處か是れ潙山の仰山を勘破せる處。)師、睡る次、仰山問訊す。師便ち面を回し壁に向かふ。仰山曰く、和尚何ぞ此の如くするを得る。師起ちて曰く、我適かに一の夢を得たり、汝試みに我が爲に原ねて看よ。仰山、一盆の水を取りて師に面を洗はしむ。少頃、香嚴亦來りて問訊す。師曰く、我適かに一の夢を得たり、寂子原め了りぬ、汝更に我と原ねて看よ。香嚴乃ち一碗の茶を點じて來る。師曰く、二子の見解は鶖子に過ぎたり。僧曰く、潙山の一頂の笠と作さずば莫傜村に到る由無し、如何なるか是れ潙山の一頂の笠。師即ち之を踏む。師上堂して衆に示して曰く、老僧百年の後山下に向かひて一頭の水牯牛と作さん、左脇に五字を書して潙山僧某甲と説かん、此の時、潙山僧と喚作せば又是れ水牯牛、水牯牛と喚作せば又潙山僧と説く、何と喚作せば即ち得。(雲居代に曰く、師に異號無し、資福代に圓相を作す、古人の頌を托起して曰く、潙山を道はず牛を道はず、一身の兩號實に酬へ難し、兩頭を離れて應に須らく道ふべし、如何に道へば出でて常流を得ん。)師、宗教を敷揚すること凡そ四十餘年、達者は數へて勝ぐ可からず、入室弟子四十一人。唐大中七年正月九日、盥漱して坐を敷きて怡然として寂す。壽八十三・臘六十四。本山に塔す。敕諡して大圓禪師、塔を清淨と曰ふ。
洪州黃檗希運禪師閩人也。幼於本州黃檗山出家。額間隆起如肉珠。音辭朗潤志意沖澹。後遊天台逢一僧。與之言笑如舊相識。熟視之目光射人。乃偕行屬㵎水暴漲。乃捐笠植杖而止。其僧率師同渡。師曰。兄要渡自渡。彼即褰衣躡波若履平地。迴顧雲。渡來渡來。師曰。咄遮自了漢。吾早知當斫汝脛。其僧歎曰。真大乘法器我所不及。言訖不見。師後遊京師。因人啟發乃往參百丈。問曰。從上宗承如何指示。百丈良久。師雲。不可教後人斷絕去也。百丈雲。將謂汝是箇人。乃起入方丈。師隨後入雲。某甲特來。百丈雲若爾則他後不得孤負吾。百丈一日問師。什麼處去來。曰大雄山下采菌子來。百丈曰。還見大蟲麼。師便作虎聲百丈拈斧作斫勢。師即打百丈一摑。百丈吟吟大笑便歸。上堂謂眾曰。大雄山下有一大蟲汝等諸人也須好看。百丈老漢今日親遭一口。師在南泉時普請擇菜。南泉問什麼處去。曰擇菜去。南泉曰。將什麼擇。師舉起刀子。南泉曰。大家擇菜去。一日南泉謂師曰。老僧偶述牧牛歌。請長老和。師雲。某甲自有師在。師辭南泉。門送提起師笠子云。長老身材勿量大。笠子太小生。師雲。雖然如此大千世界總在裡許。南泉雲。王老師聻。師便戴笠子而去。後居洪州大安寺海眾奔湊。裴相國休鎮宛陵。建大禪苑請師說法。以師酷愛舊山。還以黃檗名之。又請師至郡以所解一編示師。師接置於坐略不拔閱。良久雲。會麼。公雲。未測。師雲。若便恁麼會得猶較些子。若也形於紙墨何有吾宗。裴乃贈詩一章曰。
洪州黃檗希運禪師は、閩の人。幼にして本州黃檗山に於て出家す。額間隆起して肉珠の如く、音辭朗潤にして志意沖澹なり。後に天臺に游びて一僧に逢ひて之と言笑すること舊相識の如し。熟視すれば目光人を射る、乃ち偕に行く。澗水暴漲するに屬して乃ち笠を捐て杖を植ゑて止まる。其の僧、師を率ゐて同じく渡らんとす。師曰く、兄、渡らんと要せば自ら渡れ。彼即ち衣を褰ねて波を蹑みて平地を履むが若く、回顧して曰く、渡り來れ、渡り來れ。師曰く、咄、此の自了漢、吾早く知らば當に汝が脛を斫らん。其の僧歎じて曰く、眞に是れ大乘の法器、我の及ぶ所にあらず。言い訖りて見えず。師後に京師に游び、人の啓發に因りて乃ち往きて百丈に參ず。問ひて曰く、上より來る宗承如何に指示する。百丈良久す。師曰く、後人に斷絕せしめ去らしむる可からず。百丈曰く、將に謂ふ汝は是れ箇の人なりと。乃ち起ちて方丈に入る。師、隨後に入りて曰く、某甲特に來れり。百丈曰く、若し爾ならば則ち他後吾を孤負するを得ず。百丈一日師に問ふ、甚麼の處に去りて來る。曰く、大雄山下に菌子を采りて來る。百丈曰く、還た大蟲を見たるか。師便ち虎聲を作す。百丈斧を拈りて斫る勢を作す。師即ち百丈に一掴を打つ。百丈吟吟として大笑して便ち歸る。上堂して衆に謂ひて曰く、大雄山下に一の大蟲有り、汝等諸人も須らく好く看るべし、百丈の老漢今日親しく一口を遭へり。師、南泉に在る時普請して菜を擇ぶ。南泉問ふ、甚麼の處に去る。曰く、菜を擇びに去る。南泉曰く、將て何を以て擇ぶ。師刀子を擧起す。南泉曰く、大家菜を擇びに去れ。一日南泉、師に謂ひて曰く、老僧偶に牧牛歌を述べたり、請ふ長老和せん。師曰く、某甲自ら師有り。師、南泉に辭す。門に送り、師の笠子を提起して曰く、長老身材勿れ量大なり、笠子太小生なり。師曰く、然りと雖も大千世界總て裏許に在り。南泉曰く、王老師は。師便ち笠子を戴きて去る。後に洪州大安寺に居りて海衆奔湊す。裴相國休、宛陵を鎭め大禪苑を建てて師を請じて法を説かしむ。師、酷く舊山を愛するを以て還た黃檗と名づく。又師を請じて郡に至りて以て解する所の一編を師に示す。師接けて坐に置きて略も披閱せず。良久にして曰く、會すか。公曰く、未だ測らず。師曰く、若し便ち恁麼に會し得ば猶較く些子を、若しも紙墨に形さば何ぞ吾宗有らん。裴乃ち詩一章を贈りて曰く、
自從大士傳心印額有圓珠七尺身
大士心印を傳ふるより來りて、額に圓珠有りて七尺の身。
掛錫十年棲蜀水浮盃今日渡章濱
錫を挂けて十年蜀水に棲み、杯を浮かべて今日章濱を渡る。
一千龍象隨高步萬裡香華結勝因
一千の龍象高き步みに隨ひ、萬里の香花勝因を結ぶ。
擬欲事師為弟子不知將法付何人
師に事へて弟子と爲らんと擬すれど、法を將て何人に付せんかを知らず。
(觀前所敘。則運禪師居洪州大安寺。後裴公在宣州剏寺請師居之。號曰黃蘗。而贈以詩也。然所敘之事與詩意全不相合。今詳此詩。乃裴公在洪州時作也。言掛錫十年棲蜀水者。謂師先住高安之黃蘗已十年也。按前漢地理志。豫章郡建成縣有蜀水。建成者即唐之高安縣也。浮盃今日渡章濱者。謂自黃蘗請師來至洪城也。按前漢地理誌。豫章水出贛縣西南北入大江。洪州城在章水之濱。而郡名豫章也。又裴公作傳心法要序雲。有大禪師號希運。住洪州高安縣黃蘗山鷲峰下。海眾常千餘人。予會昌二年廉於鍾陵。自山迎至州憩龍興寺。旦夕問道。大中二年廉於宛陵。復禮迎至所部。寓開元寺云云。鍾陵洪州也。宛陵宣州也。觀此序所述。亦謂師先住高安黃蘗。而裴公請至洪州。與前詩正合。逮其廉於宣州。雖復迎請師。但寓開元寺而已。初無建寺之說。不知本章何以差誤若此。蓋當以裴公法要序與詩為正。且會昌三年武宗廢教其二年。言師居黃蘗已十載。此必然之理也。裴公在宣州請師。乃大中重興之後。而師再聚徒於黃蘗之時也。故千頃南公章中雲。大中初裴公出撫宛陵。請黃蘗和尚出山。而南公隨之也。其餘在裴公章中辨之矣)。
(前の叙する所を看れば、則ち運禪師は洪州大安寺に居り、後に裴公宣州に在りて寺を創り師を請じて之に居らしめ、號して黃檗と曰ひて詩を以て贈る。然れど叙する所の事は詩の意と全く相合せず。今此の詩を詳かにするに、乃ち裴公洪州に在る時の作なり、「錫を挂けて十年蜀水に棲む」と説く的は、師先に高安の黃檗に住すること已に十年なるを謂ふ、『前漢・地理志』を按ずるに豫章郡建成縣に蜀水有り、建成は即ち唐の高安縣なり、「杯を浮かべて今日章濱を渡る」のは黃檗より師を請じて洪城に來らしむるを謂ふ、『前漢・地理志』を按ずるに豫章水は贛縣の西に出でて南北に大江に入る、洪州城は章水の濱に在りて郡名は豫章なり。又裴公『傳心法要序』を作りて曰く、大禪師ありて號を希運と曰ひ洪州高安縣黃檗山鷲峰の下に住し、海衆常に千餘人、予會昌二年鍾陵に廉め、山より迎へて州に至りて龍興寺に憩め旦夕道を問ふ、大中二年宛陵に廉め復た禮して迎へて所部に至りて開元寺に寓す云云と。鍾陵は洪州、宛陵は宣州なり、此の序の述ぶる所を觀るに亦師先に高安黃檗に住して裴公請じて洪州に至らしむと謂ふ、前の詩と正に合す。其の宣州に廉むに逮ぶや、復た師を迎へて請ふと雖も但開元寺に寓するのみ、初め建寺の説無し、本章何を以てか差誤せること此の如くなるを知らず、蓋し當に裴公の『法要序』と詩とを以て正と爲すべし、且つ會昌三年武宗教を廢し、其の二年に師黃檗に居ること已に十載と言ふは此れ必然の理なり、裴公宣州に在りて師を請ふたるは乃ち大中重興の後にして師再び徒を黃檗に聚むるの時なり、故に千頃南公の章の中に説く、大中初め裴公出でて宛陵を撫して黃檗和尚を請じて山を出でしめ、而して南公之に隨ふと、其の餘は裴公の章の中に於て之を辨ず。)
師亦無喜色。自爾黃蘗門風盛於江表矣。一日上堂大眾雲集。乃曰。汝等諸人慾何所求。因以棒趁散雲。盡是吃酒糟漢恁麼行腳取笑於人。但見八百一千人處便去。不可只圖熱鬧也。老漢行腳時或遇草根下有一箇漢。便從頂上一錐看他。若知痛癢可以布。袋盛米供養。可中總似汝如此容易。何處更有今日事也。汝等既稱行腳。亦須著些精神好還知道。大唐國內無禪師麼。時有一僧出問雲諸方尊宿盡聚眾開化。為什麼道無禪師。師雲不道無禪只道無師。闍梨不見。馬大師下有八十八人坐道場。得馬師正眼者。止三兩人。廬山和尚是其一人。夫出家人須知有從上來事分。且如四祖下牛頭融大師橫說堅說。猶未知向上關棙子。有此眼腦方辨得邪正宗黨。且當人事宜不能體會得。但知學言語。念向皮袋裡安著到處稱我會禪。還替得汝生死麼輕忽老宿入地獄如箭。我才見入門來。便識得汝了也。還知麼。急須努力莫容易事。持片衣口食空過一生。明眼人笑。汝久後總被俗漢算將去在。宜自看遠近。是阿誰面上事若會即便會。若不會即散去。問如何是西來意。師便打。自餘施設皆被上機。中下之流莫窺涯涘。唐大中年終於本山。勅諡斷際禪師。塔曰廣業。
師、亦喜色無し。自ら爾れ黃檗門風江表に盛んなり。一日上堂して大衆雲集し、乃ち曰く、汝等諸人何を求めんと欲する。因りて棒を以て趁り散じて曰く、盡く是れ酒糟を喫する漢なり、恁麼に行脚して人に笑はるるを取る、但見る八百一千人の處有れば便ち去りて只熱鬧を圖る可からざるなり、老漢行脚の時、或は草根の下に一個の漢有るに遇へば便ち頂上より一錐して彼を看る、若し痛癢を知れば布袋に米を盛りて供養す可し、中に總て汝の此の如く容易に似たらば何の處に更に今日の事有らん、汝等既に行脚と稱すれば亦須らく些かの精神を著けて好かるべし、還た知るか大唐國內に禪師無きを。時に一僧ありて出でて問ひて曰く、諸方の尊宿盡く衆を聚めて化を開く、何を以て禪師無しと道ふ。師曰く、禪無しと道はず、只師無しと道ふ、闍梨見ざるか、馬大師の下に八十八人の道場を坐する有りて馬師の正眼を得る者は止まること三兩人なり、廬山和尚は是れ其の一人なり、夫れ出家の人は須らく上より來る事分有るを知るべし、且つ四祖の下の牛頭融大師の如くは橫説豎説しても猶未だ向上の關棙子を知らず、此の眼腦有りて方に邪正の宗黨を辨じ得、且つ當人の事宜を體會し得る能はず、但言語を學びて皮袋裏に安著し念じて到處我禪を會すと稱す、還た汝が生死に替はるを得るか、老宿を輕忽せば地獄に入ること箭の如し、我纔かに入門に來るを見れば便ち汝を識得せり、還た知るか、急に須らく努力すべし容易なること莫れ、片衣口食の事を持して一生を空しく過さば明眼の人汝を笑はん、久しき後總て俗漢に算して將て去ること在り、宜しく自ら遠近を看るべし、是れ阿誰の面上の事ぞ、若し會せば即便ち會せ、若し會せざれば即ち散去せよ。問ふ、如何なるか是れ西來意。師便ち打つ。自餘の施設は皆上機に被る、中下の流は涯涘を窺ふ莫し。唐大中年に本山に終はる。敕諡して斷際禪師、塔を廣業と曰ふ。
杭州大慈山寰中禪師蒲坂人也。姓盧氏。頂骨圓聳其聲如鍾。少丁母憂廬於墓所。服闋思報罔極。於幷州童子寺出家。嵩嶽登戒習諸律學。後參百丈受心印。辭往南嶽常樂寺結茅于山頂。一日南泉至問。如何是庵中主。師雲蒼天蒼天。南泉雲。蒼天且置。如何是庵中主。師雲。會即便會莫忉忉南泉拂袖而出。後住浙江北大慈山。上堂雲。山僧不解答話。只能識病。時有一僧出師前立。師便下座歸方丈(法眼雲。眾中喚作病在目前不識。玄覺雲。且道大慈識病不識病。此僧出來是病不是病。若言是病。每日行住不可總是病。若言不是病出來。又作麼生)趙州問。般若以何為體。師雲。般若以何為體趙州大笑而出。師明日見趙州掃地。問般若以何為體。趙州置箒拊掌大笑。師便歸方丈。有僧辨。師雲。去什麼處。僧雲。暫去江西。師雲。我勞汝一段事得否。僧雲。和尚有什麼事。師雲。將取老僧去。僧雲。更有過於和尚者。亦不能將得去。師便休。其僧後舉似洞山。洞山雲。闍梨爭合恁麼道。僧雲。和尚作麼生。洞山雲得(法眼別雲。和尚若去某甲提笠子)洞山又問其僧。大慈別有什麼言句。僧雲。有時示眾雲。說得一丈不如行取一尺。說得一尺不如行取一寸。洞山雲。我不恁麼道。僧雲。作麼生。洞山雲。說取行不得底。行取說不得底(雲居雲。行時無說路。說時無行路。不說不行時合行什麼路。樂普雲。行說俱到即本事無。行說俱不到即本事在)後屬唐武宗廢教。師短褐隱居。大中壬申歲重剃染大揚宗旨。咸通三年二月十五日不疾而逝。壽八十三。臘五十四。僖宗諡性空大師定慧之塔。
杭州大慈山寰中禪師は、蒲坂の人、姓は盧。頂骨圓く聳えて其の聲鐘の如し。少にして母の憂に丁り墓所に廬す。服闋して罔極に報ゆるを思ひ、并州童子寺に於て出家す。嵩嶽に登戒して諸の律學を習ふ。後に百丈に參じて心印を受く。辭して南岳常樂寺に往きて山頂に茅を結ぶ。一日南泉至りて問ふ、如何なるか是れ庵中の主。師曰く、蒼天蒼天。南泉曰く、蒼天且く置け、如何なるか是れ庵中の主。師曰く、會せば即便ち會せ、忉忉すること莫れ。南泉袖を拂ひて出づ。後に浙江北大慈山に住す。上堂して曰く、山僧、話に答ふるを解せず、只能く病を識る。時に一僧ありて出でて師前に立つ。師便ち座を下りて方丈に歸る(法眼曰く、衆中喚んで病在目前にして識らずと作す、玄覺曰く、且く道へ大慈は病を識るか識らざるか、此の僧出で來るは是れ病か病に非ずや、若し是れ病と言はば每日の行住總て是れ病と爲す可からず、若し是れ病に非ずと言はば出で來りて又作麼生)。趙州問ふ、般若は何を以て體と爲す。師曰く、般若は何を以て體と爲す。趙州大笑して出づ。師明日趙州の地を掃くを見て問ふ、般若は何を以て體と爲す。趙州帚を置きて掌を拊して大笑す。師便ち方丈に歸る。僧あり辭す。師曰く、甚麼の處に去る。僧曰く、暫く江西に去る。師曰く、我、汝に一段の事を勞するを得るか。僧曰く、和尚に甚麼の事か有る。師曰く、老僧を將て取りて去れ。僧曰く、更に和尚に過ぐる者有りて亦將て去ること能はず。師便ち休む。其の僧後に擧げて洞山に似す。洞山曰く、闍梨爭ぞ恁麼に道ふに合せる。僧曰く、和尚作麼生。洞山曰く、得。(法眼別に曰く、和尚若し去らば某甲笠子を提げん。)洞山又其の僧に問ふ、大慈別に甚麼の言句か有る。僧曰く、有時衆に示して曰く、一丈を説き得るは一尺を行取るに如かず、一尺を説き得るは一寸を行取るに如かず。洞山曰く、我は恁麼に道はず。僧曰く、作麼生。洞山曰く、説き取るは行ひ得ざる底、行ひ取るは説き得ざる底。(雲居曰く、行く時は説路無し、説く時は行路無し、説かず行かざる時は合して何の路をか行く、樂普曰く、行説俱に到れば即ち本事無し、行説俱に到らざれば即ち本事在り。)後に唐武宗の教を廢するに屬して師短褐にして隱居す。大中壬申の歳、重ねて剃染して大いに宗旨を揚ぐ。咸通三年二月十五日、疾なくして逝す。壽八十三・臘五十四。僖宗諡して性空大師・定慧の塔。
