景德傳燈錄 卷第三
羊腸藏樞禪師(一人無機緣語句不錄)
羊腸蔵枢禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)
汾州無業國師法嗣二人鎮州常貞禪師
汾州無業国師の法嗣二人 鎮州常貞禅師
鎮州奉先義禪師(已上二人無機緣語句不錄)
鎮州奉先義禅師(以上二人は機縁の語句なきゆえ録せず)
廬山歸宗寺智常禪師法嗣六人福州芙蓉山靈訓禪師
廬山帰宗寺智常禅師の法嗣六人。福州芙蓉山霊訓禅師
漢南穀城縣高亭和尚
漢南穀城県高亭和尚
新羅大茅和尚
新羅大茅和尚
五臺山智通禪師(已上四人見錄)
五台山智通禅師(以上四人は見録)
洪州高安大愚禪師
洪州高安大愚禅師
江州刺史李渤(已上二人無機緣語句不錄)
江州刺史李渤(以上二人は機縁の語句なきゆえ録せず)
魯祖山寶雲禪師法嗣一人雲水和尚(一人無機緣語句不錄)
魯祖山宝雲禅師の法嗣一人。雲水和尚(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)
紫玉山道通禪師法嗣一人唐襄州節度使於頔(一人無機緣語句不錄)
紫玉山道通禅師の法嗣一人。唐の襄州節度使于𬱖(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)
華嚴寺智巖禪師法嗣一人黃州齊安和尚(一人見錄)
華厳寺智巌禅師の法嗣一人。黄州斉安和尚(一人は見録)
懷讓第三世下
懐譲第三世下
前池州南泉普願禪師法嗣
前池州南泉普願禅師の法嗣
湖南長沙景岑號招賢大師。初住鹿苑為第一世。其後居無定所。但徇緣接物隨請說法。故時眾謂之長沙和尚。上堂曰。我若一向舉揚宗教。法堂裡須草深一丈。我事不獲已。所以向汝諸人道。盡十方世界是沙門眼。盡十方世界是沙門全身。盡十方世界是自己光明。盡十方世界在自己光明裡。盡十方世界無一人不是自己。我常向汝諸人道。三世諸佛共盡法界眾生是摩訶般若光。光未發時汝等諸人。向什麼處委。光未發時尚無佛無眾生消息。何處得山河國土來。時有僧問。如何是沙門眼。師雲。長長出不得。又云。成佛成祖出不得。六道輪迴出不得。僧雲。未審出箇什麼不得。師雲。晝見日夜見星。僧雲。學人不會。師雲。妙高山色青又青。僧問。教中雲。而常處此菩提座。如何是座。師雲。老僧正坐大德正立。僧問。如何是大道。師雲。沒卻汝。僧問。諸佛師是誰。師雲。從無始劫來承誰覆蔭。僧師。未有諸佛已前作麼生。師雲。魯祖開堂亦與師僧東道西說。僧問。學人不據地時如何。師雲。汝向什麼處安身立命。僧雲。卻據地時如何。師雲。拕出死屍著。僧問。如何是異類。師雲。尺短寸長。僧問。如何是諸佛師。師雲。不可更拗直作曲邪。僧雲。請和尚向上說。師雲。闍梨眼瞎耳聾作麼。師遣一僧去問同參會和尚雲。和尚見南泉後如何。會默然。僧雲。和尚未見南泉已前作麼生。會雲。不可更別有也。僧迴舉似師。師示一偈曰。
湖南長沙の景岑は、招賢大師と号した。はじめ鹿苑に住して第一世と為し、その後は居所を定めず、ただ縁に徇って物に接し、請に随って法を説いたので、当時の衆はこれを長沙和尚と呼んだ。上堂して説いた――「我がもし一向に宗教を挙揚するならば、法堂の裡に草が一丈も深くなるだろう。我はやむを得ぬ事情があるので、汝ら諸人に向かって説く――十方世界のすべてが沙門の眼、十方世界のすべてが沙門の全身、十方世界のすべてが自己の光明、十方世界のすべてが自己の光明の裡にあり、十方世界のすべてに自己でない者は一人もない。我常に汝ら諸人に説く――三世の諸仏と法界の衆生のすべてが摩訶般若の光である。光が未だ発せざるとき、汝ら諸人は何の処にか委ねる。光が未だ発せざるとき、なお仏もなく衆生の消息もないのに、何の処より山河国土を得て来たのか。」時に僧が問うた――「如何なるか是れ沙門の眼。」師が説く――「長々出ることを得ず。」また説く――「仏を成し祖を成すも出ることを得ず、六道輪廻も出ることを得ず。」僧が説く――「未だ審らかならず、箇の什麼を出ることを得ざるとは。」師が説く――「昼は日を見、夜は星を見。」僧が説く――「学人会せず。」師が説く――「妙高山の色は青くまた青し。」僧が問う――「教に説く『而も常に此の菩提座に処す』とは、如何なるか是れ座。」師が説く――「老僧は正しく坐し、大徳は正しく立つ。」僧が問う――「如何なるか是れ大道。」師が説く――「汝を没却す。」僧が問う――「諸仏の師は誰か。」師が説く――「無始の劫来、誰にか覆蔭を承けた。」僧が説く――「未だ諸仏有らざる已前は作麼生。」(底本は「僧師」と作るも、「僧曰」に従うべし。)師が説く――「魯祖は堂を開き、また師僧のために東道西説した。」僧が問う――「学人が地に拠らざるとき如何。」師が説く――「汝は何の処に向かいて身を安んじ命を立てる。」僧が説く――「却って地に拠るとき如何。」師が説く――「死屍を拖き出して著せよ。」僧が問う――「如何なるか是れ異類。」師が説く――「尺は短く寸は長し。」僧が問う――「如何なるか是れ諸仏の師。」師が説く――「更に直を拗して曲と作すことあたわざるか。」僧が説く――「請う、和尚向上に説かんことを。」師が説く――「闍梨は眼瞎え耳聾えて作麼。」師は一僧を遣わして同参の会和尚に問わしめて説かせた――「和尚は南泉を見て後如何。」会は默然とした。僧が説く――「和尚未だ南泉を見ざる已前は作麼生。」会が説く――「更に別有るべからず也。」僧は帰りて挙げて師に似せた。師は一偈を示して説いた――
百丈竿頭不動人雖然得入未為真
百丈竿頭の不動の人、入るを得ると雖も未だ真と為さず。
百丈竿頭須進步十方世界是全身
百丈竿頭に須らく進歩すべし、十方世界はこれ全身。
僧問。只如百丈竿頭如何進步。師雲。朗州山澧州水。僧雲。請師道。師雲。四海五湖皇化裡。有客來謁。師召曰。尚書。其人應諾。師曰。不是尚書本命。對曰。不可離卻即今秖對別有第二主人。師曰。喚尚書作至尊得麼。彼雲。恁麼總不秖對時。莫是弟子主人否。師曰。非但秖對。與不秖對時。無始劫來是箇生死根本。有偈曰。
僧が問う――「只だ百丈竿頭の如きは如何に進歩せん。」師が説く――「朗州の山、澧州の水。」僧が説く――「請う、師に道わんことを。」師が説く――「四海五湖皇化の裡。」客が来りて謁す。師は召して説く――「尚書。」其人は応諾す。師が説く――「是れ尚書の本命にあらず。」対えて説く――「離却せば即今只対あり、別に第二の主人有るべからず。」師が説く――「尚書を喚んで至尊と作すを得るか。」彼が説く――「恁麼に総て不只対のとき、是れ弟子の主人なるか否。」師が説く――「非但だ只対と不只対のときのみならず、無始の劫来、是れ生死の根本なり。」偈有りて説く――
學道之人不識真只為從來認識神
道を学ぶ人は真を識らず、只だ従来識神を認むるが為なり。
無始劫來生死本痴人喚作本來身
無始の劫来の生死の本、痴人は喚んで本来身と作す。
有秀才看佛名經問曰。百千諸佛但見其名。未審居何國土還化物也無。師曰。黃鶴樓崔顥題後秀才還曾題未。曰未曾。師曰。得閑題一篇何妨。僧問。南泉遷化向什麼處去。師雲。東家作驢西家作馬。僧雲。此意如何。師雲。要騎即騎要下即下。僧皓月問。天下善知識證三德涅槃未。師曰。大德問果上涅槃因中涅槃。曰問果上涅槃。師曰。天下善知識未證。曰為什麼未證。師曰。功未齊於諸聖。曰功未齊聖何為善知識。師曰。明見佛性亦得名為善知識。曰未審功齊何道名證大涅槃。師有偈曰。
秀才があって『仏名経』を看て問うて説く――「百千の諸仏は但だその名を見るのみ、未だ審らかならず、何れの国土に居して、還た物を化するや無しや。」師が説く――「黄鶴楼に崔顥が題して後、秀才は還て曾て題せざるか。」説く――「未だ曾てせず。」師が説く――「閑を得て一篇を題するも何の妨げかあらん。」僧が問う――「南泉は遷化して何の処に向かいて去る。」師が説く――「東家に於いては驢と作り、西家に於いては馬と作る。」僧が説く――「此の意は如何。」師が説く――「騎らんと要すれば即ち騎り、下らんと要すれば即ち下る。」僧の皓月が問う――「天下の善知識は三徳涅槃を証せしや未だ。」師が説く――「大徳は果上の涅槃を問うか、因中の涅槃を問うか。」説く――「果上の涅槃を問う。」師が説く――「天下の善知識は未だ証せず。」説く――「什麼が為めに未だ証せざる。」師が説く――「功未だ諸聖に斉ならざるが故に。」説く――「功未だ聖に斉ならざれば、何為れん善知識と為る。」師が説く――「明らかに仏性を見れば、亦た名を善知識と為るを得。」説く――「未だ審らかならず、功何の道にか斉ならば、名づけて大涅槃を証するとなす。」師に偈有りて説く――
摩訶般若照解脫甚深法
摩訶般若の照らすは、解脱の甚深の法。
法身寂滅體三一理圓常
法身寂滅の体は、三一の理円なり常なり。
欲識功齊處此名常寂光
功斉ならん処を識らんと欲せば、此れを名づけて常寂光と曰う。
又曰。果上三德涅槃已蒙開示。如何是因中涅槃。師曰。大德是。又問。教中說幻意是有邪。師曰。大德是何言歟。雲恁麼幻意是無邪。師曰。大德是何言歟。雲恁麼即幻意是不有不無邪。師又曰。大德是何言歟。雲如某三明盡不契於幻意。未審和尚如何。明教中幻意。師曰。大德信一切法不思議否。雲佛之誠言那敢不信。師曰。大德言信。二信之中是何信。雲如某所明二信之中是名緣信。師曰。依何教門得生緣信。大德雲。據華嚴雲。菩薩摩訶薩以無障無礙智慧。信一切世間境界。是如來境界。又華嚴雲。諸佛世尊悉知世法及諸佛法性無差別決定無二。又華嚴雲。佛法世間法。若見其真實一切無差別。師曰。大德所舉緣信教門甚有來處。聽老僧與大德明教中幻意。若人見幻本來真。是則名為見佛人。圓通法法無生滅。無滅無生是佛身。又問。蚯蚓斷為兩段兩頭俱動。佛性在阿那頭。師雲。動與不動是何境界。雲言不幹典非智者所談。只如和尚言。動與不動是何境界。出自何經。師曰。灼然言不幹典非智者所談。大德豈不見首楞嚴經云。當知十方無邊不動虛空。並其動搖地水火風均名六大。性真圓融皆如來藏本無生滅。師有偈雲。
また説く――「果上の三徳涅槃は既に開示を蒙った。如何なるか是れ因中の涅槃。」師が説く――「大徳是れなり。」また問う――「教中に説く幻意とは、是れ有りや。」師が説く――「大徳は是れ何の言歟。」説く――「恁麼に幻意は是れ無きや。」師が説く――「大徳は是れ何の言歟。」説く――「恁麼に即ち幻意は是れ不有不无きや。」師がまた説く――「大徳は是れ何の言歟。」説く――「某の明する三に如く尽く幻意に契わざれば、未だ審らかならず、和尚は如何に教中の幻意を明かす。」師が説く――「大徳は一切法が不思議なるを信ずるか否。」説く――「仏の誠言、那んぞ敢えて信て信ぜざらん。」師が説く――「大徳は信と言う。二信の中、是れ何の信ぞ。」説く――「某が明ずる所に如く、二信の中は是れ名づけて縁信と為す。」師が説く――「何の教門に依りて縁信を生ずるを得。」大徳が説く――「『華厳』に拠りて説く――菩薩摩訶���は無障無礙の智慧をもって、一切の世間境界はこれ如来の境界なりと信ず。又『華厳』に説く――諸仏世尊は悉く世法及び諸仏の法性に差別無きを知る、決定に二に非ず。又『華厳』に説く――仏法・世間法、若しその真実を見れば、一切差別無し。」師が説く――「大徳の挙げたる縁信の教門は甚だ来処有り。老僧が大徳のために教中の幻意を明かすを聴け。若し人が幻は本来真なりと見れば、是れ則ち名づけて見仏の人と為す。円通に法法生滅無し。無滅無生は是れ仏身。」また問う――「蚯蚓は断かれて両段と為るも、両頭俱に動く。仏性は阿那の頭に在る。」師が説く――「動と不動とは是れ何の境界ぞ。」説く――「言典に干からざれば、智者の談ずる所に非ず。只だ和尚が言う動と不動とは是れ何の境界ぞ、何れの経に出づ。」師が説く――「灼然として言典に干からざれば、智者の談ずる所に非ず。大徳豈に見ざらんや『首楞厳経』に説く――まさに知るべし、十方の無辺不動の虚空、並びに其の動揺の地水火風は、均しく六大と名づく。性は真円融にして、皆如来蔵なり、本より生滅無し。」師に偈有りて説く――
最甚深最甚深法界人身便是心
最も甚深、最も甚深、法界の人身は便ち是れ心なり。
迷者迷心為眾色悟時剎境是真心
迷える者は心を迷いて衆色と為し、悟る時は刹境は是れ真心。
身界二塵無實相分明達此號知音
身界二塵に実相無し、分明に此を達して号けて知音と為す。
又問。如何是陀羅尼。師指禪床右邊曰。遮箇師僧卻誦得。又問。別有人誦得否。又指禪床左邊曰。遮箇師僧亦誦得。雲某甲為什麼不聞。師曰。大德豈不聞道。真誦無響真聽無聞。雲恁麼則音聲不入法界性也。師曰。離色求觀非正見。離聲求聽是邪聞。雲如何不離色是正見。不離聲是真聞。師乃有偈曰。
また問う――「如何なるか是れ陀羅尼。」師は禅床の右辺を指して説く――「這箇の師僧は却って誦するを得。」また問う――「別に誦するを得る人有るか。」また禅床の左辺を指して説く――「這箇の師僧も亦た誦するを得。」説く――「某甲は什麼が為めに聞えざる。」師が説く――「大徳豈に聞かざらんや道――真の誦は響無く、真の聴は聞無し。」説く――「恁麼ならば則ち音声は法界性に入らざる也。」師が説く――「色を離れて観を求むるは正見に非ず、声を離れて聴を求むるは是れ邪聞。」説く――「如何にか色を離れずして是れ正見、声を離れずして是れ真聞ならん。」師乃ち偈有りて説く――
滿眼本非色滿耳本非聲
眼に満つるは本より色に非ず、耳に満つるは本より声に非ず。
文殊常觸目觀音塞耳根
文殊は常に目に触れ、観音は耳根を塞ぐ。
會三元一體達四本同真
三元一体に会し、四本同真に達す。
堂堂法界性無佛亦無人
堂堂たる法界性、仏も無く人も無し。
僧問。南泉雲。貍奴白牯卻知有。三世諸佛不知有。為什麼三世諸佛不知有。師曰。未入鹿苑時猶較些子。僧曰。貍奴白牯為什麼卻知有。師曰。汝爭怪得伊。僧問。和尚繼嗣何人。師曰。我無人得繼嗣。僧曰。還參學也無。師曰。我自參學。僧曰。師意如何。師有偈曰。
僧が問う――「南泉は説く、狸奴・白牯は却って有るを知り、三世の諸仏は有るを知らずと。什麼が為めに三世の諸仏は有るを知らざる。」師が説く――「未だ鹿苑に入らざる時は猶お些子較めたり。」僧が説く――「狸奴・白牯は什麼が為めに却って有るを知る。」師が説く――「汝争でん伊を怪むを得んや。」僧が問う――「和尚は何人に継嗣する。」師が説く――「我に継嗣するを得る人無し。」僧が説く――「還た参学するや無しや。」師が説く――「我は自ずから参学す。」僧が説く――「師の意は如何。」師に偈有りて説く――
虛空問萬象萬象答虛空
虚空は万象に問い、万象は虚空に答う。
誰人親得聞木叉丱角童
誰人か親く聞くを得たる、木叉丱角の童。
