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景徳傳燈錄 巻第十二

宋 · 道原 · 第84巻 / 151

前華亭船子德誠禪師法嗣

前華亭船子徳誠禅師の法嗣

澧州夾山善會禪師廣州峴亭人也。姓廖氏。九歲於潭州龍牙山出家。依年受戒。往江陵聽習經論該練三學。遂參禪會勵力參承。初住京口。一夕道吾策杖而至。遇師上堂。僧問。如何是法身。師曰。法身無相。曰如何是法眼。師曰。法眼無瑕。師又曰。目前無法意在目前。不是目前法非耳目所到。道吾乃笑。師乃生疑問吾。何笑。吾曰。和尚一等出世未有師。可往淛中華亭縣參船子和尚去。師曰。訪得獲否。道吾曰。彼師上無片瓦遮頭。下無卓錐之地。師遂易服直詣華亭。會船子鼓櫂而至。師資道契微眹不留(語見船子章)師比遁世忘機。尋以學者交湊廬室星布曉夕參依。唐咸通十一年庚寅海眾卜於夾山遽成院宇。師上堂示眾曰。夫有祖以來時人錯會。相承至今以佛祖句為人師範。如此卻成狂人無智人去。他只指示汝。無法本是道。道無一法。無佛可成。無道可得。無法可捨。故云目前無法意在目前。他不是目前法。若向佛祖邊學。此人未有眼目。皆屬所依之法不得自在。本只為生死茫茫識性無自由分。千里萬裡求善知識。須有正眼永脫虛謬之見。定取目前生死。為復實有。為復實無。若有人定得許汝出頭。上根之人言下明道。中下根器波波浪走。何不向生死中定。當取何處更疑佛疑祖替汝生死。有智人笑汝偈曰。

澧州夾山善会禅師は、広州峴亭の人、姓は廖。九歳にして潭州龍牙山に於て出家す。年に依りて戒を受く。江陵に往きて経論を聴習し、三学を該練す。遂に禅会に参じ、励力参承す。初め京口に住す。一夕、道吾、杖を策して至り、師の上堂に遇う。僧が問う―「いかなるか法身。」師が言う―「法身に相無し。」言う―「いかなるか法眼。」師が言う―「法眼に瑕無し。」師また言う―「目前に法無く、意、目前に在り。是れ目前の法にあらず、耳目の到る所に非ず。」道吾乃ち笑う。師乃ち疑を生じ、吾に何をか笑うと問う。吾が言う―「和尚、一等世に出づるも、いまだ師未有り。浙中華亭県に往きて船子和尚に参ずべし。」師が言う―「訪ね得て獲るや否や。」道吾が言う―「彼の師、上に片瓦の頭を遮る無く、下に錐を卓するの地無し。」師、遂に服を易えて直に華亭に詣る。船子の棹を鼓して至るに会す。師資、道契し、微朕留まらず。(語は船子の章に見る。)師、比して世を遯れ機を忘る。尋いで学者交凑し、廬室星布し、暁夕参依す。唐咸通十一年庚寅、海衆、夾山に卜り、遽かに院宇と成す。師、上堂して衆に示して言う―「それ祖有り以来、時人錯会す。相承けて今に至り、仏祖の句を以て人の師範と為す。是の如くにして却って狂人無智の人と成り去る。他、ただお前に指示す―法無きは本是れ道。道に一法無し。成すべき仏無く、得べき道無く、捨つべき法無し。故に説く、目前に法無し、意は目前に在りと。他は是れ目前の法にあらず。もし仏祖の辺に向かいて学ばば、此の人、いまだ眼目未有り、皆所依の法に属し、自在を得ず。本ただ生死茫茫、識性に自由の分無きが為のみ。千里万里、善知識を求む。須らく正眼有りて、永く虚謬の見を脱すべし。定めて目前の生死を取れ―為復実有か、為復実無か。もし人の定め得る有らば、お前の頭を出ずるを許さん。上根の人、言下に道を明らむ。中下の根器、波波に浪走す。何ぞ生死中に向かいて定当に取らずして、何の処にか更に仏を疑い祖を疑いてお前の生死を替えん。智有る人、お前を笑わん。」偈―

勞持生死法唯向佛邊求

労して生死の法を持し、唯だ仏辺に向かいて求む、

目前迷正理撥火覓浮漚

目前に正理を迷い、火を撥きて浮漚を覓む。

僧問。從上立祖意教意。和尚此間為什麼言無。師曰。三年不食飯目前無饑人。曰既無饑人。某甲為什麼不悟。師曰。只為悟迷卻闍梨。師說頌曰。

僧が問う―「上より祖意教意を立つ。和尚、此間に於て何の故ぞ無しと言う。」師が言う―「三年飯を吃せず、目前に飢えたる人無し。」言う―「すでに飢えたる人無ければ、某甲、何の故ぞ悟らざる。」師が言う―「ただ悟の闍梨を迷却するが為にのみ。」師、頌を説く―

明明無悟法悟法卻迷人

明明として悟る法無し、悟る法は却って人を迷わす、

長舒兩腳睡無偽亦無真

長く両脚を舒べて睡る、偽も無く亦た真も無し。

僧問。如何是道。師曰。太陽溢目萬裡不掛片雲。曰如何得會。師曰。清淨之水遊魚自迷。問如何是本。師曰。飲水不迷源。問古人布髮掩泥當為何事。師曰。九烏射盡一翳猶存。一箭墮地天下不黑。問祖意與教意同別。師曰。風吹荷葉滿池青。十里行人較一程。師有小師隨侍日久。師住後遣令行腳。遊歷禪肆無所用心。聞師聚眾道播他室。迴歸省覲而問曰。和尚有如是奇特事。何不早向某甲說。師曰。汝蒸飯吾著火。汝行益吾展缽。什麼處是孤負汝處。小師從此悟入。師一日吃茶了。自烹一椀過與侍者。侍者擬接。師乃縮手曰。是什麼。侍者無對。有一大德來問師。若是教意某甲即不疑。只如禪門中事如何。師曰。老僧也只解變生為熟。問如何是實際之理。師曰。石上無根樹山含不動雲。問如何是出窟師子。師曰。虛空無影象足下野雲生。西川首座遊方至白馬。舉華嚴教語問曰。一塵含法界無邊時如何。白馬曰。如鳥二翼。如車二輪。首座曰。將謂禪門別有奇特事。元來不出教乘。乃迴本地。尋嚮夾山盛化。遣小師持前語而問師。師曰雕沙無鏤玉之譚。結草乖道人之思。小師迴舉似首座。首座乃讚。將謂禪門與教意不殊。元來有奇特之事。問如何是夾山境。師曰。猿抱子歸青嶂裡。鳥銜華落碧巖前。師再闢玄樞逮於一紀。唐中和元年辛丑十一月七日召主事曰。吾與眾僧話道累歲。佛法深旨各應自知。吾今幻質時盡即去。汝等善保護如吾在日。勿得雷同世人輒生惆悵。言訖至於夜奄然而逝。其月二十九日塔於本山。壽七十七臘五十七勅諡傳明大師。塔曰永濟。

僧が問う―「いかなるか道。」師が言う―「太陽目に溢れ、万里に片雲を挂けず。」言う―「いかにして会することを得。」師が言う―「清浄の水、游魚自ら迷う。」問う―「いかなるか本。」師が言う―「水を飲みて源を迷わず。」問う―「古人、髪を布き泥を掩うは、当に何の事をか為すべき。」師が言う―「九烏射尽くして一翳なお存す。一箭地に堕ちて天下黒からず。」問う―「祖意と教意と同じか別なるか。」師が言う―「風、荷葉を吹いて池に満つ青、十里の行人、一程に較ぶ。」師、小師有りて随侍すること日久し。師、住し後、遣りて行脚せしむ。禅肆を遊歴し、用心する所無し。師の衆を聚めて道、他室に播まるを聞き、回帰して省覲して問う―「和尚、是のごとき奇特の事有り、何ぞ早く某甲に向かいて説かざりし。」師が言う―「お前、飯を蒸せば吾、火を着く。お前、行益すれば吾、鉢を展ぶ。何の処か是れお前を孤負する処。」小師、此より悟入す。師、一天、茶を吃し了りて、自ら一碗を烹じて侍者に過す。侍者、接せんと擬す。師乃ち手を縮めて言う―「是れ何ぞ。」侍者、対無し。一大徳有りて来りて師に問う―「もし是れ教意なれば某甲すなはち疑わず。ただかくのごとき禅門中の事いかん。」師が言う―「老僧も亦たただ生を変じて熟と為すを解するのみ。」問う―「いかなるか実際の理。」師が言う―「石上根無き樹、山は動かざる雲を含む。」問う―「いかなるか窟を出づる師子。」師が言う―「虚空に影象無く、足下に野雲生ず。」西川首座、方を游びて白馬に至り、『華厳』の教語を挙げて問う―「一塵、法界無辺を含む時いかん。」白馬が言う―「鳥の二翼の如く、車の二輪の如し。」首座が言う―「将に禅門、別に奇特の事有らんと謂えり、元来教乗を出でず。」乃ち本地に回る。尋いで夾山に向かいて化を盛んにし、小師を遣りて前の語を持して師に問わしむ。師が言う―「沙を雕るも玉を鏤るの談無く、草を結ぶも道人の思に乖く。」小師、回りて挙げて首座に似す。首座乃ち賛す―「将に禅門は教意と殊ならずと謂えり、元来奇特の事有り。」問う―「いかなるか夾山の境。」師が言う―「猿、子を抱きて青嶂裏に帰り、鳥、花を銜えて碧巌前に落とす。」師、再び玄枢を辟くこと、一紀に逮ぶ。唐中和元年辛丑十一月七日、主事を召して言う―「吾、衆僧と道を話ること累歳なり。仏法の深旨、各々応に自ら知るべし。吾、今、幻質時尽きればすなはち去らん。お前たち善く保護して、吾が日に在るが如くせよ。世人に雷同して、輙ち惆悵を生ずることを得るなかれ。」言い訖りて夜に至りて奄然として逝く。其の月二十九日、本山に塔す。寿七十七、臘五十七。勅して伝明大師と諡し、塔を永済と曰す。

行思禪師第五世

行思禅師第五世

前舒州投子山大同禪師法嗣

前舒州投子山大同禅師の法嗣

投子感溫禪師(第二世住)僧問。師登寶座接示何人。師曰。如月覆千谿。僧曰。恁麼即滿地不虧也。師曰。莫恁麼道。僧問。父不投為什麼卻投子。師曰。豈是別人屋裡事。僧曰。父與子還屬功也無。師曰。不屬。曰不屬功底如何。師曰。父子各自脫。曰為什麼如此。師曰。汝與我會。師遊山見蟬蛻殼。侍者問曰。殼在遮裡蟬子向什麼處去也。師拈殼就耳畔。搖三五下作蟬響聲。其僧於是開悟。

投子感温禅師(第二世住)。僧が問う―「師、宝座に登りて、何人を接示する。」師が言う―「月の千谿を覆うが如し。」僧が言う―「恁麼なればすなはち地に満ちて虧けざるなり。」師が言う―「恁麼に道うなかれ。」僧が問う―「父は投げざるに、何の故ぞ却って子を投ぐ。」師が言う―「あに是れ別人の屋裏の事ならんや。」僧が言う―「父と子、還って功に属するや無きや。」師が言う―「属せず。」言う―「功に属せざる底いかん。」師が言う―「父子、各々自ら脱す。」言う―「何の故ぞ是の如くなる。」師が言う―「お前、我と会せ。」師、山に游びて蝉の殼を脱ぐるを見る。侍者が問う―「殼、ここに在り、蝉子、何の処に向かいてか去る也。」師、殼を拈じて耳畔に就け、三五下を摇りて蝉响の声を作す。其の僧、是に於て開悟す。

福州牛頭微禪師。師上堂示眾曰。三世諸佛用一點伎倆不得。天下老師口似匾擔。諸人作麼生大不容易。除非知有莫能知之。僧問。如何是和尚家風。師曰。山畬粟米飯野菜澹黃韲。僧曰。忽遇上客來又作麼生。師曰。吃即從君吃不吃任東西。問不問驪龍頷下珠。如何識得家中寶。師曰。忙中爭得作閑人。

福州牛頭微禅師。師、上堂して衆に示して言う―「三世諸仏、一点の伎倆を用うることを得ず。天下の老師、口は匾担に似たり。諸人、作麼生、大いに容易ならず。除く有るを知るに非ざれば、能く之を知る莫し。」僧が問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「山畬の粟米飯、野菜の淡黄齏。」僧が言う―「忽ち上客の来るに遇わばまた作麼生。」師が言う―「吃せばすなはち君に従いて吃し、吃せざれば東西に任る。」問う―「驪龍の頷下の珠を問わず。いかにして家中の宝を識得せん。」師が言う―「忙中、争でか閑人を作るを得ん。」

西川青城香山澄照大師。僧問。諸佛有難向火焰裡藏身。未審衲僧有難向什麼處藏身。師曰。水精甕裡著波斯。問如何是初生月。師曰。太半人不見。

西川青城香山澄照大師。僧が問う―「諸仏に難有らば火焰裏に向かいて身を蔵す。いまだ審らかならず、衲僧に難有らば何の処に向かいてか身を蔵する。」師が言う―「水精の瓮裏に波斯を着ける。」問う―「いかなるか初生の月。」師が言う―「太半の人見えず。」

陝府天福和尚。僧問。如何是佛法大意。師曰。黃河無滴水華嶽總平治。

陿府天福和尚。僧が問う―「いかなるか仏法の大意。」師が言う―「黄河に滴水無く、華岳総ぼて平治なり。」

濠州思明和尚在投子眾時。有僧問。如何是上座沙彌童行。師曰諾。僧問。如何是清淨法身。師曰。屎裡蛆兒頭出頭沒。

濠州思明和尚、投子の衆に在りし時。僧有りて問う―「いかなるか上座沙弥童行。」師が言う―「諾。」僧が問う―「いかなるか清浄の法身。」師が言う―「屎裏の蛆児、頭出で頭没す。」

鳳翔府招福和尚。僧問。東牙烏牙皆出隊。和尚為什麼不出隊。師曰。住持各不同。闍梨爭得怪。

鳳翔府招福和尚。僧が問う―「東牙烏牙、皆隊を出づ。和尚、何の故ぞ隊を出でざる。」師が言う―「住持、各々同じからず。闍梨、争でか怪み得ん。」

興元府中梁山遵古禪師。問空劫無人能問法。即今有問法何安。師曰。大悲菩薩甕裡坐。問如何是祖師西來意。師曰。道士擔漏巵。

興元府中梁山遵古禅師。問う―「空劫に人の法を問う能き無し。即今、法を問う有りて何をか安んずる。」師が言う―「大悲菩薩、瓮裏に坐す。」問う―「いかなるか祖師西来意。」師が言う―「道士、漏卮を担う。」

襄州谷隱和尚。僧問。如何是不觸白雲機。師曰。鶴帶鵶顏浮生不棄。

襄州穀隠和尚。僧が問う―「いかなるか白雲の機に触れざる。」師が言う―「鶴、鴉の顔を帯び、浮生棄てられず。」

安州九𡽀山和尚。僧問。如何是佛。師曰。即汝是。問遠聞九𡽀及至到來只見一𡽀。師曰。闍梨只見一𡽀不見九𡽀。曰如何是九𡽀。師曰。水急浪華麁。

安州九𡽀山和尚。僧が問う―「いかなるか仏。」師が言う―「即ちお前是れ。」問う―「遠く九𡽀を聞く、及び到り来ればただ一𡽀を見るのみ。」師が言う―「闍梨、ただ一𡽀を見て九𡽀を見ず。」言う―「いかなるか九𡽀。」師が言う―「水急にして浪花粗し。」

盤山和尚(幽州第二世住)僧問。如何出得三界。師曰。在裡頭來多少時耶。曰如何出得。師曰。青山不礙白雲飛。問承教有言。如化人煩惱如石女兒。此理如何。師曰。闍梨直如石女兒去。

盤山和尚(幽州第二世住)。僧が問う―「いかにして三界を出で得。」師が言う―「裏頭に在ること多少の時耶。」言う―「いかにして出で得。」師が言う―「青山、白雲の飛ぶを礙げず。」問う―「教の言有りと承く―化人の煩悩の如く、石女の児の如しと。この理いかん。」師が言う―「闍梨、直に石女の児の如くして去れ。」

安州九𡽀敬慧禪師(第二世住)僧問。解脫深坑如何過得。師曰。不求過。僧曰。如何過得。師曰。求過亦非。

安州九𡽀敬慧禅師(第二世住)。僧が問う―「解脱の深坑、いかにして過ることを得。」師が言う―「過るを求めず。」僧が言う―「いかにして過ることを得。」師が言う―「過るを求むるも亦た非なり。」

東京觀音院巖俊禪師邢臺人也。姓廉氏。初參祖席遍歷衡廬岷蜀。嘗經鳳林深谷。歘覩珍寶發現。同侶相顧意將取之。師曰。古人鋤園觸黃金若瓦礫。待吾菅茆覆頂。須此供四方僧。言訖捨去。造謁投子。投子問曰。子昨宿何處。師曰。在不動道場。曰既言不動曷由至此。師曰。至此豈是動耶。曰元來宿不著處然。投子默認許之。尋抵東京。會有梁少保李鄑。即河陽節度使罕之兄也。雅信內典尤重於師。因捨宅建院曰觀音明聖。請師居之。周高祖世宗二帝潛隱時。每登方丈必施跪禮。及即位特賜紫。號淨戒大師。眾常數百。乾德丙寅三月示疾垂誡門人訖。怡顏合掌而滅。壽八十五。臘六十五。其年四月八日塔於東郊豐臺村。

東京観音院巌俊禅師は、邢台の人、姓は廉。初めて祖席に参じ、衡廬岷蜀を遍歴す。曽て鳳林の深谷を経て、欻として珍宝の発見するを睹る。同侶、相い顧みて意に将に之を取らんとす。師が言う―「古人、園を鋤いて黄金に触るること瓦礫の若し。吾が菅茅の頂を覆うを待たば、須らく此を以て四方の僧に供すべし。」言い訖りて捨てて去る。造りて投子を謁す。投子が問う―「子、昨、何の処にか宿せし。」師が言う―「不動道場に在り。」言う―「すでに不動と言う、曷が由りてか此に至る。」師が言う―「此に至ること、あに是れ動ならんや。」言う―「元来、処に着けずして宿す。」然るに投子、黙して之を認許す。尋いで東京に抵る。梁少保李鄑有るに会う、すなはち河陽節度使罕之の兄なり。雅く内典を信じ、尤も師を重んず。因りて宅を捨てて院を建て、観音明聖と曰い、師を請じて之に居らしむ。周高祖、世宗の二帝、潜隠の時、每に方丈に登れば必ず跪礼を施す。即位に及びて、特に紫を賜い、浄戒大師と号す。衆、常に数百。乾徳丙寅三月、疾を示し、垂れて門人を誡め訖りて、怡顔合掌して滅す。寿八十五、臘六十五。其の年四月八日、東郊豊台村に塔す。

前鄂州清平山令遵禪師法嗣

前鄂州清平山令遵禅師の法嗣

蘄州三角山令珪禪師初參清平。清平問曰。來作麼。師曰。來禮拜。曰禮拜阿誰。師曰。特來禮拜和尚。清平咄曰。遮鈍根阿師。師乃禮拜。清平於師頸上以手斫一下。師從此摳衣密領宗旨。住後僧問。如何是佛。師曰。明日來向汝道。如今道不得。

蘄州三角山令珪禅師、初めて清平に参ず。清平が問う―「来りて作么。」師が言う―「礼拝しに来た。」言う―「阿誰を礼拝する。」師が言う―「特に来りて和尚を礼拝す。」清平、咄して言う―「この鈍根の阿師。」師乃ち礼拝す。清平、師の頸上に於て手を以て一斫す。師、此より衣を抠きて、密かに宗旨を領す。住し後、僧が問う―「いかなるか仏。」師が言う―「明日来りてお前に向かいて道わん。如今、道うことを得ず。」

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