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景徳伝燈録巻第十五

宋 · 道原 · 第90巻 / 151

大光山玄禪師

大光山の玄禅師

漳州藤霞和尚

漳州藤霞和尚

宋州淨覺和尚

宋州浄覚和尚

華州崇勝證和尚

華州崇勝の証和尚

鄂州永壽和尚

鄂州永寿和尚

鄂州靈竹和尚(已上六人無機緣語句不錄)

鄂州霊竹和尚(以上六人、機縁語句なしのため録さず)

筠州九峰道虔禪師法嗣一十人

筠州九峯の道虔禅師の法嗣一十人

新羅清院和尚

新羅の清院和尚

洪州泐潭神黨禪師

洪州泐潭の神黨禅師

吉州南源山行修禪師

吉州南源山の行修禅師

洪州泐潭明禪師

洪州泐潭の明禅師

吉州秋山和尚

吉州秋山和尚

洪州泐潭延茂禪師

洪州泐潭の延茂禅師

洪州同安常察禪師

洪州同安の常察禅師

洪州泐潭悟禪師

洪州泐潭の悟禅師

吉州禾山無殷禪師

吉州禾山の無殷禅師

洪州泐潭牟和尚(已上十人見錄)

洪州泐潭の牟和尚(以上十人見録)

台州湧泉景欣禪師法嗣一人

台州涌泉の景欣禅師の法嗣一人

台州六通院紹禪師(一人見錄)

台州六通院の紹禅師(一人見録)

潭州雲蓋山志元禪師法嗣三人

潭州雲蓋山の志元禅師の法嗣三人

雲蓋山志罕禪師

雲蓋山の志罕禅師

新羅臥龍和尚

新羅の臥龍和尚

彭州天台和尚(已上三人見錄)

彭州の天台和尚(以上三人見録)

潭州谷山藏禪師法嗣三人

潭州谷山の蔵禅師の法嗣三人

新羅瑞巖和尚

新羅の瑞巖和尚

新羅泊嚴和尚

新羅の泊巖和尚

新羅大嶺和尚(已上三人見錄)

新羅の大嶺和尚(以上三人見録)

潭州中雲蓋山和尚法嗣一人

潭州中雲蓋山の和尚の法嗣一人

雲蓋山景和尚(一人見錄)

雲蓋山の景和尚(一人見録)

河中府棲巖存壽禪師法嗣一人

河中府栖巖の存寿禅師の法嗣一人

道德禪師(一人無機緣語句不錄)

道徳禅師(一人、機縁語句なしのため録さず)

吉州青原行思禪師第五世

吉州青原の行思禅師第五世

袁州洞山良价禪師法嗣

袁州洞山の良价禅師の法嗣

洪州雲居道膺禪師幽州玉田人也。姓王氏。童丱依師稟教。二十五受具於範陽延壽寺。本師令習聲聞篇聚。乃歎曰。大丈夫豈可桎梏於律儀耶。乃去詣翠微山問道。經三載有雲遊僧自豫章來。盛稱洞山價禪師法席。師遂造焉。洞山問曰闍梨名什麼。曰道膺。洞山雲。向上更道。師雲。向上道即不名道膺。洞山曰。與吾在雲巖時秖對無異也。後師問。如何是祖師意。洞山曰。闍梨他後有一把茅蓋頭。忽有人問闍梨如何秖對。曰道膺罪過。洞山有時謂師曰。吾聞思大和尚生倭國作王虛實。曰若是思大佛亦不作。況乎國王。洞山然之。一日洞山問。什麼處去來。師曰。蹋山來。洞山曰。阿那箇山堪住。曰阿那箇山不堪住。洞山曰。恁麼即國內總被闍梨占卻也。曰不然。洞山曰。恁麼即子得箇入路。曰無路。洞山曰。若無路爭得與老僧相見。曰若有路即與和尚隔生去也。洞山曰。此子已後千人萬人把不住。師隨洞山渡水。洞山問水深淺。曰不濕。洞山曰。麁人。曰請師道。洞山曰。不乾。洞山謂師曰。昔南泉問講彌勒下生經僧曰。彌勒什麼時下生。曰見在天宮當來下生。南泉曰。天上無彌勒地下無彌勒。師隨舉而問曰。只如天上無彌勒地下無彌勒。未審誰與安字。洞山直得禪床震動乃曰。膺闍梨。師合醬次洞山問。作什麼。師曰。合醬。洞山曰。用多少鹽。曰旋入。洞山曰。作何滋味。師曰得。洞山問。大闡提人殺父害母出佛身血破和合僧。如是種種孝養何在。師曰。始得孝養。自爾洞山許之為室中領袖。初止三峰其化未廣。後開雲居山四眾臻萃。一日上堂。因舉古人云。地獄未是苦。向此衣服下不明大事失卻。最苦。師乃謂眾曰。汝等既在遮箇行。流十分去。九不較多也。更著些力便是上坐不屈平生。行腳不孤負叢林。古人道。欲得保任此事。須向高高山頂立深深水底行。方有些子氣力。汝若大事未辦。

洪州の雲居道膺禅師は、幽州玉田の人で、姓は王氏。幼い頃より師について教えを受け、二十五の時、范陽の延壽寺で具足戒を受けた。本師は声聞の篇聚を学ばせようとした。そこで師は嘆じて言った。「大丈夫がどうして律儀に桎梏されることがあろうか。」そこで翠微山に赴いて道を問い、三年を経て、雲遊の僧が豫章から来て洞山价禅師の法席を大いに称賛した。師はそこに赴いた。洞山が問うた。「闍梨の名は何か。」答えて言った。「道膺。」洞山が言った。「さらに向上して言え。」師が言った。「向上して言えば道膺とは名づけない。」洞山が言った。「これはわしが雲巖にいた時の応対と異ならない。」のちに師が問うた。「どういうのが祖師の意か。」洞山が言った。「闍梨は後日、一束の茅を頭に被る時があるだろう。その時ひとが闍梨に問うたらどう応対する。」師は言った。「道膺の罪過です。」洞山は時々師に言った。「思大和尚が倭国に生まれて王となったと聞くが、虚実はどうか。」師は言った。「思大であるならば仏でさえ作らない。まして国王であろうか。」洞山はこれを是とした。ある日、洞山が問うた。「どこから来た。」師は言った。「山を踏んで来た。」洞山が言った。「どの山が住むに堪えるか。」師は言った。「どの山も住むに堪えない。」洞山が言った。「そうであれば国内はことごとく闍梨に占められてしまうではないか。」師は言った。「そうではない。」洞山が言った。「そうであれば、お前は入る路を得たわけだ。」師は言った。「路はない。」洞山が言った。「路がなければどうして老僧と相見ることができたか。」師は言った。「路があれば和尚と隔生してしまいます。」洞山が言った。「この子はのちに千人万人でも捉えきれない。」師は洞山に随いて水を渡った。洞山が水の深浅を問うた。師は言った。「濡れません。」洞山が言った。「麁い人だ。」師は言った。「師に言っていただきたい。」洞山が言った。「乾いてはいない。」洞山は師に言った。「昔、南泉が『弥勒下生経』を講ずる僧に問うた。『弥勒はいつ下生するか。』僧は言った。『現在、天宮にあり、当来に下生する。』南泉は言った。『天上に弥勒なく、地下に弥勒なし。』」師はすぐにこれを挙して問うた。「ただ天上に弥勒なく地下に弥勒なしとあれば、誰が名を安立するのか、承伏できません。」洞山はたまらず禅床が震動するほどで、そして言った。「膺闍梨。」師が醤を合わせている時、洞山が問うた。「何をしているか。」師は言った。「合醤しています。」洞山が言った。「塩をどれくらい用いたか。」師は言った。「適宜入れます。」洞山が言った。「どんな味になるか。」師は言った。「得ております。」洞山が問うた。「大闡提の人は、父を殺し母を害し、仏身から血を出し、和合僧を破る。このような種々の業において、孝養はどこにあるか。」師は言った。「これでこそ孝養が得られます。」これ以降、洞山は師を室中の領袖と許した。初めは三峰に止まり、その教化は広がらなかった。後に雲居山を開くと、四衆が集まった。ある日上堂して、古人の言葉を挙して言った。「地獄は未だ苦ではない。この衣服の下に大事を明らめずして失うこと、それが最も苦なのだ。」師はすなわち衆に言った。「お前たちはすでにこの行の流れにいるのだから、十分のうち九を去っても多くを比べるに足らない。さらに少し力を着ければ、上座として平生を屈せず、行脚として叢林を孤負しないことになる。古人は言った。この事を保任せんと欲すれば、高き山の頂に立ち、深き水の底に行かねば、わずかばかりの気力も得られない。お前がもし大事いまだ辦えざるならば、

且須履踐玄途。問如何是沙門所重。師曰。心識不到處。問佛與祖有何階級。師曰。俱是階級。問如何是西來意。師曰。古路不逢人。可觀上座問。的罷標指請師速接。師曰。即今作麼生。觀曰。道即不無莫領話好。師曰。何必闍梨問如何是口訣。師曰。近前來向汝道。僧近前曰。請師道。師曰也知也知。師擲癢和問。眾還會麼。眾曰。不會。師曰。趁雀兒也不會。問如何得不惱亂和尚。師曰與我喚處德來。僧遂去喚來。師曰。與我閉卻門。問馬祖出八十八人善知識。未審和尚出多少人。師展手示之。問如何是向上人行履處。師曰。天下太平。問遊子歸家時如何。師曰。且喜歸來。曰將何奉獻。師曰。朝打三千暮打八百。師謂眾曰。如好獵狗。只解尋得有縱跡底。忽遇羚羊掛角。莫道跡氣亦不識。僧問。羚羊掛角時如何。師曰。六六三十六。又曰。會麼。僧曰。不會。師曰。不見道無蹤跡(有僧舉似趙州。趙州雲。雲居師兄猶在。僧乃問。羚羊掛角時如何。趙州雲。六六三十六)眾僧夜參侍者持燈來。見影在壁上有僧便問。兩箇相似時如何。師曰。一箇是影。問學人擬欲歸鄉時如何。師曰。只遮是。新羅僧問。佛陀波利見文殊。為什麼卻迴去。師曰。只為不將來所以卻迴去。師謂眾曰。學佛法底人如斬釘截鐵始得。時一僧出曰。便請和尚釘鐵。師曰。口裡底是什麼。僧問。承教有言。是人先世罪業應墮惡道以今世人輕賤。此意如何。師曰動即應墮惡道。靜即為人輕賤(崇壽稠答雲。心外有法應墮惡道。守住自己為人輕賤)僧問。香積之飯什麼人得吃。師曰。須知得吃底人。入口也須抉出。有一僧在房內念經。師隔窓問。闍梨念者是什麼經。對曰。維摩經。師曰。不問維摩經。念者是什麼經。其僧從此得入。問孤逈峭巍巍時如何。師曰。孤逈峭巍巍。僧曰。不會。師曰。面前案山子也不會。新羅僧問。

(師は続けて言った。)「且つ玄途を履践せねばならない。」問うた。「どういうのが沙門の重んずるところか。」師は言った。「心識の到らないところ。」問うた。「仏と祖とにどんな階級があるか。」師は言った。「すべて階級だ。」問うた。「どういうのが西来の意か。」師は言った。「古路に人に逢わず。」可観上座が問うた。「標指を罷めた的確なところを、師に速やかに接していただきたい。」師は言った。「いま即ちどうする。」観が言った。「道はないではないが、話を領解されるのは避けてほしい。」師は言った。「どうして闍梨が。」問うた。「どういうのが口訣か。」師は言った。「近くに来い。お前に道ってやる。」僧が近づいて言った。「師に道っていただきたい。」師は言った。「知った知った。」師は癢和を擲って問うた。「衆は会するか。」衆は言った。「会しません。」師は言った。「雀を追うことも会せぬか。」問うた。「どうすれば和尚を惱乱せずにいられますか。」師は言った。「わしのために処徳を呼んで来い。」僧はすなわち呼びに行った。師は言った。「わしのために門を閉じよ。」問うた。「馬祖は八十八人の善知識を出した。和尚は何人を出されますか。」師は手を展げて示した。問うた。「どういうところが向上の人の行履するところか。」師は言った。「天下太平。」問うた。「遊子が家に帰る時は如何。」師は言った。「帰って来たことを喜ぼう。」言った。「何をもって奉献しましょう。」師は言った。「朝は三千を打ち、暮は八百を打つ。」師は衆に言った。「よい猟狗のようなものは、ただ縦迹のあるものを尋ね得るばかり。忽然として羚羊が角を掛けるに遇えば、迹気はおろか識ることもできない。」僧が問うた。「羚羊が角を掛ける時は如何。」師は言った。「六六三十六。」また言った。「会したか。」僧は言った。「会しません。」師は言った。「無蹤迹と道われるのを見ぬか。」(ある僧が趙州に挙似した。趙州が言った。「雲居の師兄はまだ健在だ。」僧はすなわち問うた。「羚羊が角を掛ける時は如何。」趙州が言った。「六六三十六。」)衆僧が夜参し、侍者が燈を持って来た。影が壁に在るのを見て、ある僧がすなわち問うた。「二つが相似している時は如何。」師は言った。「一つは影だ。」問うた。「学人が帰郷せんと欲する時は如何。」師は言った。「ただこれだ。」新羅の僧が問うた。「佛陀波利は文殊に見えたのに、なぜ帰って行ったのですか。」師は言った。「ただ将来せぬがため、それで帰って行ったのだ。」師は衆に言った。「仏法を学ぶ人は、釘を斬り鐵を截るが如くであってこそはじめて得る。」時に一僧が出て言った。「便ち和尚に釘鐵を請います。」師は言った。「口裏にあるのは何だ。」僧が問うた。「教に言うのを承ります。この人は先世の罪業により悪道に堕つべきが、今世の人に軽賤される。此の意は如何。」師は言った。「動けば即ち悪道に堕つべく、静ならば即ち人の軽賤するところとなる。」(崇寿稠は答えて言った。「心外に法あれば悪道に堕つべし。自己に守り住すれば人の軽賤するところとなる。」)僧が問うた。「香積の飯はどんな人が喫し得ますか。」師は言った。「喫し得る人を知るべし。口に入るもまた抉り出すべし。」ある僧が房内で経を念じていた。師は窓を隔てて問うた。「闍梨が念じているのは何の経か。」対えて言った。「維摩経です。」師は言った。「維摩経とは問わない。念じている者は何の経か。」その僧はこれによって入るところを得た。問うた。「孤迥峭巍巍の時は如何。」師は言った。「孤迥峭巍巍。」僧は言った。「会しません。」師は言った。「面前の案山子さえも会せぬか。」新羅の僧が問うた。

是什麼得恁麼難道。師曰。有什麼難道。曰便請和尚道。師曰。新羅新羅。問明眼人為什麼黑如漆。師曰。何怪。荊南節度使成汭遣大將入山送供。問曰。世尊有密語迦葉不覆藏。如何是世尊密語。師召曰。尚書。其人應諾。師曰。會麼。曰不會。師曰。汝若不會世尊密語。汝若會迦葉不覆藏。僧問。才生為什麼不知有。師曰。不同生。曰未生時如何。師曰。不曾滅。曰未生時在什麼處。師曰。有處不收。曰什麼人受滅。師曰。是滅不得者。師謂眾曰。汝等師僧家。發言吐氣須有來由。凡問事須識好惡。尊卑良賤信口無益。傍家到處覓相似語。所以尋常向兄弟道。莫怪不相似。恐同學太多去。第一莫將來。將來不相似。八十老人出場屋。不是小兒戲。一言參差千里萬裡難為收攝。直至敲骨打髓須有來由。言語如鉗夾鉤鎖相續不斷。始得頭頭上具物物上新。可不是精得妙底事。道汝。知有底人終不取次。十度擬發言九度卻休去。為什麼如此。恐怕無利益。體得底人心如臘月扇。口邊直得醭出。不是汝彊為任運如此。欲得恁麼事須是恁麼人。既是恁麼人何愁恁麼事。學佛邊事是錯用心。假饒解千經萬論。講得天華落石點頭。亦不幹自己事。況乎其餘有何用處。若將有限心識。作無限中用。如將方木逗圓孔多少差訛。設使攢花簇錦。事事及得及盡一切事。亦只喚作了事人無過人。終不喚作尊貴。將知尊貴邊。著得什麼物。不見從門入者非寶。棒上不成龍知麼。師如是三十年開發玄楗。徒眾常及千五百之數。南昌周氏尤所欽風。唐天復元年秋示微疾。十二月二十八日為大眾開最後方便。敘出世始卒之意。眾皆愴然。越明年正月三日跏趺長往。今本山影堂存焉。勅諡弘覺大師。塔曰圓寂。

(僧は続けて問うた。)「何がそんなに道い難いのですか。」師は言った。「何が道い難いことがあろう。」言った。「便ち和尚に道っていただきたい。」師は言った。「新羅、新羅。」問うた。「明眼の人がなぜ漆のように黒いのですか。」師は言った。「何を怪しむ。」荊南節度使の成汭が大将を遣わして山に入り供を送らせた。問うた。「世尊に密語あり、迦葉は覆蔵せず。どういうのが世尊の密語か。」師は召して言った。「尚書。」その人は応諾した。師は言った。「会したか。」言った。「会しません。」師は言った。「お前はもし会せぬならば世尊の密語、お前がもし会せば迦葉は覆蔵せず。」僧が問うた。「生まれたばかりでなぜ有を知らないのですか。」師は言った。「生と同じではない。」言った。「未だ生まれぬ時は如何。」師は言った。「曾て滅せず。」言った。「未だ生まれぬ時はどこに在りますか。」師は言った。「収め得るところがない。」言った。「どんな人が滅を受けますか。」師は言った。「滅せられない者だ。」師は衆に言った。「お前たち師僧の家は、言を発し気を吐くに来由があるべきだ。およそ事を問うには好悪を識るべし。尊卑良賤、口を信じて放つは益なし。傍家の至るところ相似の語を覓う。だから寻常、兄弟に向かって道う。怪しまないでほしい、相似しないのを。同じ学のものが多すぎるのを恐れる。第一に将来するな。将来すれば相似しない。八十の老人が場屋を出るは、小児の戯れではない。一言が参差すれば、千里万里、収攝するに難い。骨を敲き髄を打つに至るまで来由があるべし。言語が鉗の如く夾の如く鉤鎖の如く相続して断えず、はじめて頭頭の上に具わり、物物の上に新たなり。精にして妙なる事ではないか。お前に道う。有を知る人は終に取次ではない。十度発言せんと擬して九度は休する。なぜこうであるか。利益がないことを恐れるからだ。体し得た人は心は臘月の扇の如く、口辺には醭が出るほどだ。お前が強為するのではなく、任運としてこうだ。かくの如き事を得んと欲すればかくの如き人たるべし。既にかくの如き人であれば、何をかかくの如き事を愁えん。仏の辺の事を学ぶは、用心を錯ることだ。仮に千経万論を解し、天華の落ち石の点頭するほど講じ得ても、自己の事には干らない。ましてその余は何の用処があろう。有限の心識をもって無限の中に用いれば、方木を円孔に逗めるが如く、差訛すること多かろう。設い華を攅え錦を簇せ、事事に及び一切の事に及び尽くしても、ただ了事人・無過人と喚ぶのみ。終に尊貴とは喚ばない。尊貴の辺に何物を著けるか、まさに知るべし。門より入る者は宝に非ずと見えぬか。棒の上に龍は成らない。知ったか。」師はかくの如く三十年、玄楗を開発した。徒衆は常に千五百の数に及んだ。南昌の周氏がとりわけその風を欽慕した。唐の天復元年秋、微かな疾を示した。十二月二十八日、大衆のために最後の方便を開き、出世の始卒の意を叙した。衆はみな愴然とした。明年の正月三日を越えて跏趺して長往した。いま本山に影堂が存する。勅により弘覚大師と諡し、塔を円寂と曰う。

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