景徳伝燈録巻第十九
華州草菴法義禪師。問如何是祖師西來意。師曰。爛炒浮漚飽滿吃。問擬心即差動念即乖。學人如何進道。師曰。有人常擬為什麼不差。曰即今事如何。師曰。早成差也。
華州草庵法義禅師。問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「爛炒の浮漚飽滿に喫せ。」問うた。「心を擬すれば即ち差え、念を動かせば即ち乖く。學人如何に道に進まん。」師は言った。「人常に擬す有り、為什麼差えざる。」言った。「即今の事如何。」師は言った。「早く差えと成れり。
韶州華嚴和尚。問既是華嚴還將得來麼。師曰。孤峰頂上千華秀。一句當機對聖明。問如何是道。師曰。靈樹無橫枝天機道合同。
韶州華嚴和尚。問うた。「既に華嚴、還って將て得來るか。」師は言った。「孤峯頂上千華秀ふ、一句機に當りて聖明に對す。」問うた。「如何に是れ道。」師は言った。「靈樹に横枝無く、天機道合同なり。」
前潭州龍牙山居遁禪師法嗣
前潭州龍牙山居遁禅師の法嗣
潭州報慈藏嶼匡化大師。僧問。心眼相見時如何。師曰。向汝道什麼。問如何是實見處。師曰。絲豪不隔。曰恁麼即見也。師曰。南泉甚好去處。問如何是西來意。師曰。昨夜三更送過江。問臨機便用時如何。師曰。海東有果樹頭心。問如何是真如佛性。師曰。阿誰無。問如何是向上一路。師曰。郴連道永。問。和尚年多少。師曰。秋來黃葉落春到便開花。師嘗著真贊曰。日出連山。月圓當戶。不是無身。不欲全露。一日師在帳內坐。僧問。承師有言。不是無身不欲全露。請師全露。師乃撥開帳(法眼別雲。飽叢林)問如何是湖南境。師曰。樓船戰櫂。曰還許學人遊翫也無。師曰。一任闍梨打僜問和尚百年後。有人問如何秖對師曰。分明記取。問如何是龍牙山。師曰。益陽那邊。曰如何即是。師曰。不擬。曰如何是不擬去。師曰。恁麼即不是。問古人面壁意如何。師良久卻喚某甲學人應諾。師曰。爾去別時來。師垂語曰。一句遍大地。一句才問便道。一句問亦不道。問如何是遍大地句。師曰。無空缺。如何是才問便道句。師曰。低聲低聲。如何是問亦不道句。師曰。便合知時。
潭州報慈藏嶼匡化大師。僧問うた。「心眼相見の時如何。」師は言った。「汝に向かいて什麼を道わん。」問うた。「如何に是れ實見の處。」師は言った。「絲毫隔たらず。」言った。「恁么ならば即ち見るなり。」師は言った。「南泉甚だ好き去處。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「昨夜三更江を送りて過ぐ。」問うた。「機に臨み便ち用いる時如何。」師は言った。「海東に果樹の頭心有り。」問うた。「如何に是れ真如の佛性。」師は言った。「阿誰か無き。」問うた。「如何に是れ向上の一路。」師は言った。「郴連道永。」問うた。「和尚年幾多。」師は言った。「秋來れば黃葉落ち、春到れば便ち花開く。」師嘗て真贊を著して言った。「日出でて山を連ね、月圓して戶に當る。是れ身無きに非ず、全く露さんを欲せず。」一日師帳内に在りて坐す。僧問うた。「師に言有るを承く、是れ身無きに非ず全く露さんを欲せずと。師に全く露さんことを請う。」師乃ち帳を撥き開く(法眼別に說く。「叢林を飽く」と)。問うた。「如何に是れ湖南の境。」師は言った。「樓船戰棹。」言った。「還って學人の游玩を許すか無し。」師は言った。「一任に闍梨打僜せよ。」問うた。「和尚百年後、人問い有らば如何に只對せん。」師は言った。「分明に記取せよ。」問うた。「如何に是れ龍牙山。」師は言った。「益陽の彼邊。」言った。「如何にして即ち是れ。」師は言った。「擬せず。」言った。「如何に是れ擬せざるに去る。」師は言った。「恁么ならば即ち是れに非ず。」問うた。「古人の面壁の意如何。」師良久にして却って某甲を喚ぶ、學人應諾す。師は言った。「汝去りて別の時に來れ。」師語を垂れて言った。「一句遍く大地し、一句纔に問えば便ち道い、一句問うも亦道わず。」問うた。「如何に是れ遍大地の句。」師は言った。「空缺無し。」「如何に是れ纔問便道の句。」師は言った。「低聲低聲。」「如何に是れ問うも亦道わざるの句。」師は言った。「便ち時を知るに合す。」
襄州含珠山審哲禪師。僧問。如何是深深處。師曰。寸釘入木八牛拽不出。問如何是正法眼。師曰。三門前神子。問如何是佛法大意。師曰。貧女抱子渡恩愛競隨流。師問僧曰。有亦不是。無亦不是。不有不無俱不是。汝本來名箇什麼。曰學人已具名了。師曰。具名即不無名箇什麼。曰只遮莫便是否。師曰。且喜沒交涉。曰如何即是。師曰。親切處更請一問。曰學人道不得請和尚道。師曰。別日來與汝道。曰即今為什麼不道。師曰。覓箇領話人不可得。師又問一僧曰。姓王姓張姓李俱不是。汝本來姓什麼。曰與和尚同姓。師曰。同姓即且從本來姓箇什麼。曰待漢水逆流即向和尚道。師曰。即今為什麼不道。曰漢水逆流也未。師乃休。
襄州含珠山審哲禅師。僧問うた。「如何に是れ深深の處。」師は言った。「寸釘木に入りて八牛拽りて出でず。」問うた。「如何に是れ正法眼。」師は言った。「三門前の神子。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「貧女子を抱きて恩愛を渡り競いて流に隨う。」師僧に問うて言った。「有るも亦是れに非ず、無きも亦是れに非ず、不有・不無俱に是れに非ず。汝本來何と名づく。」言った。「學人已に名を具え了れり。」師は言った。「名を具えば即ち無しとあらず、箇の什麼を名づく。」言った。「只だ此れ便ち是か否や莫れ。」師は言った。「且く喜べ、交涉する所無し。」言った。「如何にして即ち是れ。」師は言った。「親切の處更に一問を請え。」言った。「學人道い得ず、和尚に道わんことを請う。」師は言った。「別の日に來れ、汝と道わん。」言った。「即今為什麼道わざる。」師は言った。「箇の話を領く人を覓めて得る可からず。」師又一僧に問うて言った。「姓王姓張姓李俱に是れに非ず。汝本來什麼を姓とする。」言った。「和尚と姓を同じくす。」師は言った。「姓を同じくすれば即ち且く從え、本來箇の什麼を姓とする。」言った。「漢水の逆流するを待ち即ち和尚に向かいて道わん。」師は言った。「即今為什麼道わざる。」言った。「漢水逆流も未だせず。」師乃ち休す。
前京兆華嚴寺休靜禪師法嗣
前京兆華嚴寺休靜禅師の法嗣
鳳翔府紫陵匡一定覺大師。師到盤龍見僧問盤龍雲。碧潭清似鏡盤龍何處安。龍曰。沈沙不見底浮浪足巑岏。師不肯。自答曰。金剛迴透青霄外。潭中豈曉玉輪機。盤龍肯之。師住後僧問曰。未作人身已前作箇什麼來。師曰。石牛步步水中行。返顧休銜日中草。
鳳翔府紫陵匡一定覺大師。師盤龍に到り、僧の盤龍に問うを見て言った。「碧潭清きこと鏡の如し、盤龍何處に安んずる。」龍は言った。「沈沙底を見ず、浮浪巑岏足る。」師肯ぜず。自ら答えて言った。「金剛回りて透ること青霄の外、潭中豈に玉輪の機を曉らん。」盤龍之を肯す。師住して後、僧問うて言った。「未だ人身を作さざる已前、箇の什麼を作して來る。」師は言った。「石牛步步水中に行き、返顧して日中の草を啣むを休せよ。」
前筠州九峰普滿大師法嗣
前筠州九峯普滿大師の法嗣
洪州鳳棲山同安院威禪師。僧問。牛頭未見四祖時如何。師曰。路邊神廟子見者盡擎拳。曰見後如何。師曰。室內無靈床渾家不著孝。問祖意教意如何。師曰。玉兔不曾知曉意。金烏爭肯夜頭明。問如何是同安一曲。師曰。靈琴不引人間韻。知音豈度伯牙門。曰誰人知得。師曰。木馬嘶時從彼聽。石人拊掌阿誰聞。曰知音如何。師曰。知音不度耳達者豈同聞。
洪州鳳棲山同安院威禅師。僧問うた。「牛頭が四祖を見ざる時如何。」師は言った。「路邊の神廟子、見る者盡く拳を擎ぐ。」言った。「見し後如何。」師は言った。「室内に靈床無く、渾家孝を著けず。」問うた。「祖意教意如何。」師は言った。「玉兔曾て曉の意を知らず、金烏争で肯んぜん夜頭明けんと。」問うた。「如何に是れ同安の一曲。」師は言った。「靈琴人間の韻を引かず、知音豈に伯牙の門を度らん。」言った。「誰人か知り得る。」師は言った。「木馬嘶く時彼に從りて聽け、石人掌を拊すを阿誰か聞く。」言った。「知音如何。」師は言った。「知音耳を度らず、達者豈に聞を同じくせん。」
前青林師虔禪師(洞山第三世住)法嗣
前青林師虔禅師(洞山第三世住)の法嗣
韶州龍光和尚。僧問。人王與法王相見時如何。師曰。越國君王不按劍。龍光一句不曾虧。師上堂良久雲。不煩珍重。問如何是西來意。師曰。胡風一扇漢地成機。問撥塵見佛時如何。師拊掌顧視。問如何是龍光一句子。師曰。不空羂索。曰學人不會。師曰唵。問如何極則為人處。師曰。慇懃付囑後人看。問賓頭盧一身為什麼赴四天供。師曰。千江同一月萬戶盡逢春師有偈曰。
韶州龍光和尚。僧問うた。「人王と法王相見の時如何。」師は言った。「越國の君王劍を按せず、龍光の一句曾て虧かず。」師上堂して良久して言った。「煩わず珍重。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「胡風一扇して漢地機を成す。」問うた。「塵を撥きて佛を見る時如何。」師掌を拊して顧視す。問うた。「如何に是れ龍光の一句子。」師は言った。「不空羂索。」言った。「學人會せず。」師は言った。「唵。」問うた。「如何に極則の人と為る處。」師は言った。「殷勤に付囑して後人に看せしむ。」問うた。「賓頭盧一身、為什麼四天の供に赴く。」師は言った。「千江同一月、萬戶盡く春に逢う。」師偈有りて說く。
龍光山頂寶月輪照耀乾坤爍暗雲
龍光山頂の寶月輪、照耀して乾坤を爍かし暗雲を照らす。
尊者不移元一質千江影現萬家春
尊者元の一質を移さず、千江に影現じ萬家の春。
襄州鳳凰山石門寺獻禪師京兆人也。自青林受記兩處開法。凡對機多雲好好大哥。時謂大哥和尚。初居衡嶽宴坐巖室。屬夾山和尚歸寂。眾請師住持。師遂至潭州。時楚王馬氏出城延接。王問。如何是祖師西來大道。師曰。好好大哥。御駕六龍千古秀。玉堦排仗出金門。王仰重延入天冊府供養數日。方至夾山。坐道場僧問。今日一會何異靈山。師曰。天垂寶蓋重重異。地湧金蓮葉葉新。曰未審將何法示人。師曰。無絃琴韻流沙界。清和普應大千機。問師唱誰家曲。宗風嗣阿誰。師曰。一曲宮商看品弄。辨寶須知碧眼胡。曰恁麼即清流分洞下滿月照青林。師曰。多子塔前分的意。至今異世度洪音。師自夾山遷至石門。開山創寺再闡玄風。上堂示眾曰。瑠璃殿上光輝之日。日無私。七寶山中晃耀之頭。頭有據。泥牛運步木馬嘶聲。野老謳歌樵人舞袖。太陽路上古曲玄音。林下相逢復有何事。僧問。月生雲際時如何。師曰。三箇童兒抱華鼓。好好大哥。莫來攔我毬門路。問如何是和尚家風。師曰。騎駿馬驟高樓。鐵鞭指盡胡人路。問如何是石門境。師曰。遍界黃金無異色。往來遊子罷追尋。曰如何是境中人。師曰。無相不居凡聖位。經行鳥道沒蹤由。問眾手淘金誰是得者。師曰。張三李四出金門。遍握乾坤石人在。曰恁麼即不從人得也。師曰。三公九卿排班位。看取金雞豎也無問道界無窮際通身絕點痕時如何。師曰。渺渺白雲漫雪嶽。轉身玄路莫遲遲。曰未審轉身路在什麼處。師曰。石人舉手分明記。萬年枯骨笑時看。問如如不動時如何。師曰。有什麼了日。曰如何即是。師曰。石戶非關鎖。問如何是石門境。師曰。烏鳶飛叫頻。曰如何是境中人。師曰。風射舊簾櫳。因般若寺遭焚。有人問曰。既是般若為什麼被火燒。師曰。萬裡一條鐵。
襄州鳳凰山石門寺獻禅師は京兆の人なり。青林より記を受けて兩處に法を開く。凡そ機に對し多く好々大哥を說く。時に大哥和尚と謂う。初め衡岳に居りて岩室に宴坐す。夾山和尚の歸寂に屬り、衆師に住持を請う。師遂に潭州に至る。時に楚王馬氏城を出でて延接す。王問うた。「如何に是れ祖師西來の大道。」師は言った。「好々大哥。御駕六龍千古に秀で、玉階仗を排して金門を出づ。」王仰ぎ重ねて天册府に延入し供養すること數日、方に夾山に至る。道場に坐して僧問うた。「今日の一會、靈山に何の異なりや。」師は言った。「天は寶蓋を垂れて重重に異なり、地は金蓮を湧かせて葉葉に新なり。」言った。「未審何の法を將て人に示さん。」師は言った。「弦無き琴の韻沙界に流れ、清和普く大千の機に應ず。」問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「一曲宮商品弄を看よ、寶を辨るに須く碧眼の胡を知るべし。」言った。「恁么ならば即ち清流洞下に分かれ、滿月青林を照らさん。」師は言った。「多子塔前に分の意を辨じ、今に至りて異世に洪音を度す。」師夾山より石門に遷り、山を開き寺を創して再び玄風を闡く。上堂して衆に示して言った。「琉璃殿上光輝の日、日私無し。七寶山中晃耀の頭、頭據有り。泥牛運步して木馬嘶聲し、野老謳歌して樵人舞袖す。太陽路上古曲の玄音、林下相逢して復た何の事か有らん。」僧問うた。「月雲際に生ずる時如何。」師は言った。「三個の童兒華鼓を抱く。好々大哥、來りて我が球門路を攔ぐる莫れ。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「駿馬に騎りて高樓に驟り、鐵鞭指盡くす胡人の路。」問うた。「如何に是れ石門の境。」師は言った。「遍界黃金異色無し、往來の游子追尋を罷む。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「相無く凡聖の位に居らず、經行鳥道蹤由を沒す。」問うた。「衆手金を淘するに誰是れ得者。」師は言った。「張三李四金門を出づ、遍く乾坤を握りて石人在り。」言った。「恁么ならば即ち人從り得ず。」師は言った。「三公九卿班位を排す、看取せよ金鶏竪たるや無しや。」問うた。「道界窮際無く通身點痕絶えたる時如何。」師は言った。「渺渺たる白雲雪岳に漫り、身を轉ずる玄路遲遲たる莫れ。」言った。「未審轉身の路什麼處に在る。」師は言った。「石人手を舉げて分明に記す、萬年の枯骨笑う時看よ。」問うた。「如如不動の時如何。」師は言った。「什麼の了日か有る。」言った。「如何にして即ち是れ。」師は言った。「石戶關鎖に非ず。」問うた。「如何に是れ石門の境。」師は言った。「烏鳶飛叫頻りなり。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「風舊帘櫳を射る。」般若寺焚かるるに遭うに因り、人有りて問うて言った。「既に般若、為什麼火に燒かるる。」師は言った。「萬里一條の鐵。」
襄州萬銅山廣德和尚(第一世住)僧問如何是和尚家風。師曰。山前人不住山後更茫茫。問如何是透法身句。師曰。無力登山水茅戶絕知音。問如何是佛法大意。師曰。始嗟黃葉落又見柳條青。問盡大地是一箇死屍。向什麼處葬。師曰。北邙山下千丘萬丘。師因不安。僧問和尚患箇什麼太羸瘦生。師曰。無思不墜的。曰恁麼即知和尚病源也。師曰。爾道老僧患什麼。曰和尚忌口好。師便打。
襄州萬銅山廣德和尚(第一世住)。僧問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「山前人住まず、山後更に茫茫。」問うた。「如何に是れ法身を透す句。」師は言った。「力無く山に登りて水茅の戶に知音絶ゆ。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「始め黃葉の落つるを嗟き、又見る柳條の青きを。」問うた。「盡大地是れ一個の死屍、什麼處に向かいて葬らん。」師は言った。「北邙山下千丘萬丘。」師不安なるに因り、僧問うた。「和尚箇の什麼を患えて太だ羸瘦生。」師は言った。「思無ければ墜の無し。」言った。「恁么ならば即ち和尚の病源を知るなり。」師は言った。「汝道え、老僧什麼を患える。」言った。「和尚忌口好し。」師便ち打つ。
郢州芭蕉和尚。問十二時中如何用心。師曰。櫳樬一木盆。
郢州芭蕉和尚。問うた。「十二時中如何に心を用いる。」師は言った。「櫳樬一木の盆。」
定州石藏慧炬和尚。問如何是伽藍。師曰。只遮箇。曰如何是伽藍中人。師曰。作麼作麼。曰忽遇客來將何秖待。師曰。吃茶去。
定州石藏慧炬和尚。問うた。「如何に是れ伽藍。」師は言った。「只だ此の箇。」言った。「如何に是れ伽藍中の人。」師は言った。「作么作么。」言った。「忽ち客來らば何を將て只待せん。」師は言った。「茶を喫して去れ。」
前洛京白馬遁儒禪師法嗣
前洛京白馬遁儒禅師の法嗣
興元府青剉山和尚。問如何是和尚家風。師曰。無底籃子拾生菜。問如何是白馬境。師曰。三冬華木秀九夏雪霜飛。
興元府青剉山和尚。問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「底無き籃子に生菜を拾う。」問うた。「如何に是れ白馬の境。」師は言った。「三冬花木秀で、九夏雪霜飛ぶ。」
前益州北院通禪師法嗣
前益州北院通禅師の法嗣
京兆香城和尚。初參通和尚問。一似兩箇時如何。通曰。一箇賺汝。師乃省悟。僧問。三光景色謝照燭事如何。師曰。朝邑峰前卓五彩。曰不涉文彩事作麼生。師曰。如今特地過江來。問向上一路請師舉唱。師曰。釣絲鉤不出。問牛頭還得四祖意否。師曰。沙書不點落千字。曰下點後如何。師曰。別將一撮俵人天。曰恁麼即人人有分也。師曰。汝又作麼生。問囊無繫螘之絲廚絕聚蠅之糝時如何。師曰。日捨不求思從妄得。
京兆香城和尚。初め通和尚を參じて問うた。「一似の兩個の時如何。」通は言った。「一個汝を賺す。」師乃ち省悟す。僧問うた。「三光の景色謝し照燭の事如何。」師は言った。「朝邑峯前に五彩を卓す。」言った。「文彩に涉らざる事作么生。」師は言った。「如今特地に江を過ぎて來る。」問うた。「向上の一路、師に舉唱を請う。」師は言った。「釣絲鈎出でず。」問うた。「牛頭還って四祖の意を得るか否。」師は言った。「沙書點を點さず千字を落とす。」言った。「點を下しし後如何。」師は言った。「別に一撮を將て人天に俵う。」言った。「恁么ならば即ち人人分有るなり。」師は言った。「汝又作么生。」問うた。「囊に蟻を繫ぐ絲無く厨に蠅を聚むる糝絶えたる時如何。」師は言った。「日舍求めず思妄從り得。」
前高安白水本仁禪師法嗣
前高安白水本仁禅師の法嗣
京兆重雲智暉禪師鹹秦人也。姓高氏。總角之歲好遊佛宇。誓志出家父不能止。禮圭峰溫和尚剃度。後謁高安仁和尚。獨領微言潛通秘鍵。尋迴洛卜於中灘創溫室院常施藥。有比丘患白癩眾惡之。惟師延迎供養與摩洗垢穢。斯須有神光異香。既而辭去遂失所在。所遺瘡痂馨香酷烈。遂聚而塑觀音像以藏之。梁開平五年忽思林泉。乃歸終南圭峰舊居。師一日閑步。巖岫間倏覩摩衲數珠銅瓶椶笠。觸之即壞。謂侍者曰。此吾前身道具耳。欲就茲建寺以醻昔因。當薙草開基有祥雲蔽日。屯於峰頂久而不散。因目為重雲山。先是谷多猛獸皆自引去。及塞龍潭以通徑。潭中龍亦徙他所。後唐明宗賜額曰長興。學侶臻萃。師上堂有僧問。如何是歸根得旨。師曰。早是忘卻。問不意塵生如何是進身一路。師曰。足下已生草前程萬丈坑。問要路坦然如何履踐。師曰。我若指汝則東西南北去也。問佛未出世時如何。師曰。一堆泥土。問如何是重雲稱。師曰。任將天下勘。問如何是截鐵之言。師曰。寧死不犯。問如何是重雲境。師曰四時不開華三冬盛芳草。師再歸故山創寺聚徒。涉四十五年。誨人之暇撰歌頌千餘首。度弟子一千五百人。永興節度使王彥超。早遊師戶庭嘗欲披緇。師止之曰。汝後當榮顯為教門外護則可矣。厥後果如師言。及鎮永興與師再會益加尊禮。周顯德三年丙辰夏六月師詣府辭王公屬以山門事。至七月二十四日體中無恙。垂誡門人併示一偈曰。
京兆重雲智暉禅師は咸秦の人なり。姓は高氏。總角の歳より佛宇に遊ぶを好み、志を誓いて出家せんとす、父止むること能わず。圭峯溫和尚に禮して剃度す。後に高安仁和尚を謁し、獨り微言を領して潛かに祕鍵に通ず。尋いで洛に回り中灘に卜して溫室院を創り常に藥を施す。比丘白癩を患える有り、衆之を惡む。惟だ師延迎して供養し、摩して垢穢を洗う。斯須に神光異香有り。既にして辭去り遂に所在を失う。遺す所の瘡痂馨香酷烈なり。遂に聚めて觀音像を塑りて之を藏す。梁開平五年忽ち林泉を思い、乃ち終南圭峯の舊居に歸る。師一日閑步す。岩岫の間に倏ち摩衲數珠銅瓶棕笠を睹る。之に觸れば即ち壞る。侍者に謂いて言った。「此れ吾が前身の道具なり。茲に就いて寺を建てて昔因を酬いんと欲す。」薙草開基に當り祥雲日を蔽い、峯頂に屯して久しくして散ぜず。因りて重雲山と目す。先是谷に猛獸多く皆自ら引き去る。及び龍潭を塞ぎて径を通ずるに、潭中の龍も亦他所に徙る。後唐明宗額を賜いて長興と曰う。學侶臻萃す。師上堂し、僧有りて問うた。「如何に是れ根に歸り旨を得。」師は言った。「早く是れ忘却せり。」問うた。「意塵生ぜざる、如何に是れ身を進むる一路。」師は言った。「足下已に草生ぜり、前程萬丈の坑。」問うた。「要路坦然、如何に履踐せん。」師は言った。「我若し汝を指せば則ち東西南北に去らん。」問うた。「佛未だ世に出でざる時如何。」師は言った。「一堆の泥土。」問うた。「如何に是れ重雲の秤。」師は言った。「天下を將て勘うるに任せよ。」問うた。「如何に是れ鐵を截る言。」師は言った。「寧ろ死すとも犯さず。」問うた。「如何に是れ重雲の境。」師は言った。「四時花を開かず、三冬芳草盛んなり。」師再び故山に歸り寺を創り徒を聚む。四十五年を涉る。人を誨るの暇に歌頌千餘首を撰し、弟子一千五百人を度す。永興節度使王彦超、早く師の戶庭に遊び嘗て緇を披かんと欲す。師之を止めて言った。「汝後に榮顯なるに當り、教門の外護と為れば則ち可なり。」厥の後果して師の言の如し。及び永興を鎮め師と再會し益々尊禮を加う。周顯德三年丙辰の夏六月、師府に詣り王公に辭し山門の事を屬す。七月二十四日に至り體中恙無し。門人に垂誡し并びて一偈を示して言った。
我有一間舍父母為修蓋
我に一間の舍有り、父母修蓋を為す。
住來八十年近來覺損壞
往來八十年、近來損壞を覺ゆ。
早擬移住處事涉有憎愛
早く住處を移さんと擬す、事憎愛に涉る有り。
待他摧毀時彼此無相礙
他の摧毀する時を待てば、彼此相礙無し。
趺坐而逝。壽八十有四。臘六十四。塔於本山。
跏趺坐して逝く。壽八十有四、臘六十四。本山に塔す。
杭州瑞龍院幼璋禪師。唐相國夏矦孜之猶子也。大中初伯父司空出鎮廣陵。師方七歲遊慧照寺。聞諷蓮經志求出家。伯父初不允。因絕不飲食。不得已而許之。禮慧遠為師。十七具戒。二十五遊諸禪會。薯山白水鹹受心訣。二宗匠深器之。咸通十三年至江陵。會騰騰和尚囑之曰。汝往天台尋靜而棲遇安即止。又值憨憨和尚撫而記曰。汝卻後四十年。有巾子下菩薩王於江南。當此時吾道昌矣。二逸士各有密言授之。尋抵天台山於靜安鄉創福唐院。乃契騰騰之言。又眾請住隱龍院。中和四年浙東饑疫。師於溫臺明三郡。收瘞遺骸數千。時謂悲增大士。乾寧中雪峰和尚經遊。遺師椶櫚拂子而去。天祐三年錢尚父遣使童建齎衣服香藥入山致請。師領徒至府庭。署志德大師。就功臣堂安置。日親問法師請每年於天台山建金光明道場。諸郡黑白大會逾月而散(光明大會始於師也)師將辭歸山。王加戀慕於府城建瑞龍院(文穆王改為寶山院)延請開法。時禪門興盛。斯則憨憨懸記應矣。師上堂謂眾曰。老僧頃年遊歷江外嶺南荊湖但有知識叢林無不參問來。蓋為今日與諸人聚會。各要知箇去處。然諸方終無異說。只教當人歇卻狂心休從他覓。但隨方任真亦無真可任。隨時受用亦無時可用。設垂慈苦口。且不可呼晝作夜。更饒善巧。終不能指東為西。脫或能爾。自是神通作怪非幹我事。若是學語之輩不自省己知非直。欲向空裡採華波中取月。還著得心力麼。汝今各且退思忽然肯去。始知瑞龍老漢事不獲已迂迴太甚。還肯麼。時有僧。問如何是瑞龍境。師曰。汝道不見得麼。曰如何是境中人。師曰。後生可畏。問廓然無雲如何是中秋月。師曰。最好是無雲。曰恁麼即一輪高掛萬國同觀去也。師曰。揑目之子難與言至。天成二年丁亥夏四月師乞墳塔。尚父命陸仁璋。於西關選勝地建塔創院。賜名額令僧守護。仍改天台隱龍為隱跡。
杭州瑞龍院幼璋禅師は唐の相國夏侯孜の猶子なり。(底本「矦」は「侯」の譌)大中初伯父司空出でて廣陵を鎮む。師方に七歳にして慧照寺に遊び、諷りて蓮經を聞き志して出家を求む。伯父初め允さず。因りて絶ちて飲食せず。已むことを得ずして之を許す。慧遠に禮して師と為す。十七にして戒を具し、二十五にして諸の禪會に遊ぶ。薯山白水咸く心訣を受く。二の宗匠深く之を器とす。咸通十三年江陵に至る。騰騰和尚に會い之を囑して言った。「汝天臺に往きて靜を尋ねて栖れ、安に遇えば即止れ。」又憨憨和尚に值い撫でて記して言った。「汝却って後四十年、巾子下の菩薩王江南に有らん。此の時に當り吾が道昌えん。」二の逸士各々密言有りて之に授く。尋いで天臺山に抵り靜安鄉に福唐院を創る。乃ち騰騰の言に契う。又衆請いで隱龍院に住す。中和四年浙東飢疫す。師溫臺明の三郡に於て遺骸數千を收瘞す。時に悲增大士と謂う。乾寧中雪峯和尚經游し、師に棕櫚の拂子を遺して去る。天祐三年錢尚父使童建を遣わして衣服香藥を齎せしめ山に入りて請を致す。師徒を領して府庭に至る。志德大師を署し、功臣堂に就きて安置す。日に親しく法を問う。師毎年天臺山に金光明道場を建てんことを請う。諸郡黑白の大會月を逾えて散ず(光明大會は師より始まる)。師將に辭して山に歸らんとす。王戀慕を加えて府城に瑞龍院を建つ(文穆王寶山院と改む)延請して法を開く。時に禪門興盛す。斯れ則ち憨憨の懸記應えり。師上堂して衆に謂いて言った。「老僧頃年江外嶺南荊湖を游歷し、知識の叢林有るに但し參問せざる無し。蓋し今日諸人と聚會せるが為なり。各々箇の去處を知るを要す。然れど諸方終に異說無く、只だ當人に狂心を歇却し他に從いて覓めるを休せしむを教う。但だ方に隨い真に任るも亦任る可き真無し、時に隨いて受用すも亦用う可き時無し。設し慈を垂れ口を苦しむとも、且く晝を呼んで夜と作すべからず。更に饒くば善巧、終に東を指して西と為すこと能わず。脫ち或いは能く爾らば、自是れ神通作怪、我が事に干らず。若し是れ語を學ぶの輩、自ら己を省みて非を知らざれば、直に空裏に向かいて華を採り波中に月を取らんと欲す。還って心力を著け得るか。汝今各々且く退思せよ、忽然として肯去せば、始めて知らん瑞龍老漢事獲已とせず迂回太甚なるを。還って肯するか。」時に僧有り。問うた。「如何に是れ瑞龍の境。」師は言った。「汝道え、見えざるか。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「後生畏る可し。」問うた。「廓然として雲無き、如何に是れ中秋の月。」師は言った。「最も好きは雲無きなり。」言った。「恁么ならば即ち一輪高く挂りて萬國同じく觀て去らん。」師は言った。「目を捏ねる子とは與に至を言い難し。」天成二年丁亥の夏四月師墳塔を乞う。尚父陸仁璋に命じて西關に於て勝地を選び塔を建て院を創り、名額を賜い僧をして守護せしむ。仍りて天臺の隱龍を改めて隱迹と為す。
修塔畢。師入府庭辭尚父。囑以護法恤民之事。剋期順寂。尚父悲悼遣僧主集在城宿德迎引入塔。壽八十有七。臘七十。
塔を修め畢り、師府庭に入りて尚父に辭す。法を護り民を恤うるの事を以て囑す。期を克めて順寂す。尚父悲悼して僧主を遣わし在城の宿德を集め迎え引きて塔に入る。壽八十七、臘七十。
前撫州疎山匡仁禪師法嗣
前撫州疎山匡仁禅師の法嗣
疎山證禪師(第二世住)初參仁和尚。得旨後遊歷諸方。謁投子同禪師。投子問曰。近離什麼處。曰延平來。投子曰。還將得劍來麼。曰將得來投子曰。呈似老僧看。師乃指面前地上。投子便休。師遂去。三日後投子問主事。新到僧在什麼處。曰當時去也。投子曰。三十年學馬伎昨日被驢撲。師住後僧問。如何是就事學師曰。著衣掃地。曰如何是就理學。師曰。騎牛去穢。曰向上事如何。師曰。溥際不收。問如何是聲色中混融一句。師曰。不辨消不及。曰如何是聲色外別行一句。師曰。難逢不可得。
疏山證禅師(第二世住)。初め仁和尚を參じ、旨を得て後諸方を游歷す。投子同禅師を謁す。投子問うて言った。「近く什麼處を離れたる。」言った。「延平より來り。」投子は言った。「還って劍を將て得來るか。」言った。「將て得來れり。」投子は言った。「老僧に呈して看せしめよ。」師乃ち面前の地上を指す。投子便ち休す。師遂に去る。三日の後投子主事に問うた。「新到の僧什麼處に在る。」言った。「當時に去りしなり。」投子は言った。「三十年馬伎を學びて昨日驢に撲たれたり。」師住して後、僧問うた。「如何に是れ事に就いての學。」師は言った。「衣を著けて地を掃う。」言った。「如何に是れ理に就いての學。」師は言った。「牛に騎りて穢れを去る。」言った。「向上の事如何。」師は言った。「溥際收めず。」問うた。「如何に是れ聲色中の混融の一句。」師は言った。「辨じて消えず及ばず。」言った。「如何に是れ聲色外に別行する一句。」師は言った。「逢い難く得る可からず。」
洪州百丈安和尚號明照禪師(第十世住)問一藏圓光如何是體。師曰。勞汝遠來。曰莫是一藏圓光麼。師曰。更吃一椀茶。問如何是和尚家風。師曰。手巾寸半布。問萬法歸一一歸何處。師曰。未有一箇不問。問如何是極則事。師曰。空王殿裡登九五。野老門前不立人。問隨緣認得時如何。師曰。未認得時作麼生。師本新羅國人。自百丈統眾所度弟子。道亙等凡七人。各從參嗣僉化一方。師滅後門人寫影。法眼讚曰。對目誰寫蟾輝。碧池日面月面。輪圓須彌須彌。一指月面豪芒。明照禪師詎曰。違方方塵不指。大悲何起我謂。玄功胡是非是。
洪州百丈安和尚、號明照禅師(第十世住)。問うた。「一藏の圓光、如何に是れ體。」師は言った。「汝の遠來に勞す。」言った。「是れ一藏の圓光か莫れ。」師は言った。「更に一碗の茶を喫せ。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「手巾寸半の布。」問うた。「萬法一に歸す、一は何處に歸する。」師は言った。「未だ一個の問わざる有らず。」問うた。「如何に是れ極則の事。」師は言った。「空王殿裏に九五に登り、野老の門前に人を立てず。」問うた。「緣に隨い認め得る時如何。」師は言った。「未だ認め得ざる時作么生。」師本是れ新羅國の人なり。百丈に衆を統べてより度する所の弟子、道亘等凡そ七人、各々參嗣に從り僉に一方を化す。師滅して後門人影を寫す。法眼贊して言った。「對目誰か蟾輝を寫す。碧池の日面月面。輪圓の須彌須彌。一指月面の毫芒。」明照禅師詎えて說く。「方を違れど方塵指さず。大悲何の起こるか我謂う。玄功胡ぞ是に非ざる是非ぞ。」
筠州黃蘗山慧禪師洛陽人也。少出家業經論學。因增受菩薩戒而歎曰。大士攝律儀與吾本受聲聞戒。俱止持作犯也。然於篇聚增減支本通別制意且殊。既微細難防。復於攝善中未嘗行於少分。況饒益有情乎。且世間泡幻身命何可留戀哉。由是置講課。欲以身捐於水中飼鱗甲之類。念已將行。偶二禪者接之款話。謂南方頗多知識。師何滯於一隅也。師從此迴志參尋。屬關津嚴緊。乃謂守吏曰。吾非翫山水。誓求祖道。他日必不忘恩也。守者察其志遂不苛留。且謂之曰。師既為法忘身。迴時願無吝所聞。師欣謝直造疎山。時仁和尚坐法堂受參。師先顧視大眾然後致問曰。剎那便去時如何。疎山曰畐塞。虛空汝作麼生去。師曰。畐塞虛空不如不去。疎山便休。師下堂參第一座。第一座曰。適觀座主秖對和尚語甚奇特。師曰。此乃率爾實自偶然。敢望慈悲開示愚迷。第一座曰。一剎那間還有擬議否。師於言下頓省禮謝。退於茶堂悲喜交盈。如是三日。尋住黃蘗山聚眾開法(第二世住)終於本山。今塔中全身如生。
筠州黃檗山慧禅師は洛陽の人なり。少くして出家し經論を學ぶを業とす。增して菩薩戒を受くるに因りて歎じて言った。「大士の律儀を攝するは吾が本受の聲聞戒と、俱に止持作犯なり。然れど篇聚に於て增減支本の通別制意且く殊なり。既に微細にして防ぎ難く、復た攝善の中に於て未だ嘗て少分を行ぜず。況んや有情を饒益せんや。且く世間泡幻の身命何ぞ留戀せん。」是に由りて講課を置き、身を以て水中に捐てて鱗甲の類に飼わんと欲す。念將に行かんとす。偶ま二禪者之を接して款話す。南方頗る知識多し、師何ぞ一隅に滯するやと謂う。師此より志を回らして參尋す。關津の嚴緊に屬る。乃ち守吏に謂いて言った。「吾山を玩び水を樂しむに非ず。誓いて祖道を求む。他日必ず恩を忘れざるなり。」守者其の志を察して遂に苛らず留めず。且く之に謂いて言った。「師既に法の為に身を忘る。回る時願わくば聞く所を吝かにする無かれ。」師欣んで謝して直ちに疏山に造る。時に仁和尚法堂に坐して參を受く。師先ず大衆を顧視し然る後に問を致して言った。「刹那に便ち去る時如何。」疏山が言った。「逼塞する虚空を汝作么生去る。」(底本は「畐塞」と作す)師は言った。「逼塞する虚空は去らざるに如かず。」疏山便ち休す。師堂を下りて第一座を參ず。第一座言った。「適來座主の和尚に只對する語、甚だ奇特なりを觀たり。」師は言った。「此乃ち率爾にして實に自ら偶然なり。敢えて慈悲の愚迷を開示せんを望む。」第一座言った。「一刹那の間に還って擬議有るか否。」師言下に於て頓ちに省みて禮謝す。退りて茶堂に於て悲喜交盈す。是くの如く三日。尋いで黃檗山に住して衆を聚め法を開く(第二世住)。本山にて終わる。今塔中全身生けるが如し。
隋州隋城山護國院守澄淨果大師。問如何是佛師曰。遮驢漢問盡大地是一隻眼底人來師如何。師曰。堦下漢。問諸佛不倒處什麼人履踐。師曰。聃耳鬅頭。曰何人通得彼中信。師曰。驢面獸顋。問隨緣認得時如何。師曰錯。問如何是西來意。師曰。一人傳虛萬人傳實。問不落於將手如何是太阿。師曰。七星光采耀六國罷煙塵。
隋州隋城山護國院守澄淨果大師。問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「此の驢漢め。」問うた。「盡大地是れ一隻の眼、底の人來りて師如何。」師は言った。「階下の漢。」問うた。「諸佛倒れざる處、什麼人か履踐する。」師は言った。「聃耳鬅頭。」言った。「何人か彼中の信を通ずるを得。」師は言った。「驢面獸腮。」問うた。「緣に隨い認め得る時如何。」師は言った。「錯。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「一人虛を傳え萬人實を傳う。」問うた。「將手に落ちざる如何に是れ太阿。」師は言った。「七星の光采耀く、六國煙塵を罷む。」
洛京長水靈泉歸仁禪師。問如何是祖師意。師曰。仰面獨揚眉迴頭自拍手。問如何是祖師西來的的意。師曰。洛河水逆流。問如何是和尚家風。師曰。騎牛戴席帽過水著靴衫。
洛京長水靈泉歸仁禅師。問うた。「如何に是れ祖師意。」師は言った。「面を仰ぎ獨り眉を揚げ、回頭して自ら手を拍つ。」問うた。「如何に是れ祖師西來の的の意。」師は言った。「洛河の水逆流す。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「牛に騎りて席帽を戴き、水を過ぎて靴衫を著く。」
