景德傳燈錄 卷第一
暫憑悲願力且莫般涅槃
且(しばら)く憑(よ)れ悲願の力、先(ま)づ般涅槃に入ること勿れ。
時毘舍離王亦在河側。復說偈言。
是(かく)て毘舎離王も亦(また)河の側(そば)に在りて、又(また)偈を説きて曰く、
尊者一何速而歸寂滅場
尊者、何ぞ迅速(じんそく)なれば、將(まさ)に寂滅の場所に歸せんとす、
願住須臾間而受於供養
願(ねが)はくは君、稍(やゐ)く片刻を住(とど)まり、供養を受け給へ。
爾時阿難見二國王鹹來勸請。乃說偈言。
爾時、阿難、二(ふた)つの國王の來たりて勸請(かんじょう)するを見て、即ち偈を説きて曰く、
二王善嚴住勿為苦悲戀
二王、善(よ)く安住せよ、苦(く)を爲(な)して悲戀する勿(なか)れ、
涅槃當我淨(舊本作靜此依寶林傳正宗記易此一字)
涅槃、正(まさ)に是(これ)我が清浄(旧本は「静」と作る、今『宝林伝』『正宗記』に依りて「浄」の字と作る)を言(い)ふ、
而無諸有故
則ち諸有(しょう)なきの故なり。
阿難復念。我若偏向一國而般涅槃。諸國爭競。無有是處。應以平等度諸有情。遂於常河中流將入寂滅。是時山河大地六種震動。雪山中有五百仙人。覩茲瑞應飛空而至。禮阿難足胡跪白言。我於長老當證佛法。願垂大慈度脫我等。阿難默然受請。即變殑伽河悉為金地。為其仙眾說諸大法。阿難復念。先所度脫弟子應當來集。須臾五百羅漢從空而下。為諸仙人出家受具。其仙眾中有二羅漢。一名商那和修。二名末田底迦。阿難知是法器。乃告之曰。昔如來以大法眼付大迦葉。迦葉入定而付於我。我今將滅。用傳於汝汝受吾教。當聽偈言。
阿難、又(また)念(おも)へらく、我、若(も)し一國に偏(かたよ)つて般涅槃に入らば、諸國當(まさ)に爭競(そうぎょう)すべし、此(かく)の理(ことわり)なし。當(まさ)に平等(びょうどう)を以て諸の有情を度化すべし。ここに恒河の中流に於て、將(まさ)に寂滅に入らんとす。是(かく)て山河大地、六種に震動す。雪山の中に五百仙人あり、此(こ)の瑞應を見て、空中を飛びて來り、阿難の足を禮拜して胡跪(こき)して曰く、我等、當(まさ)に長老の此(ここ)に於て佛法を證得(しょうとく)すべし、願(ねが)はくは大慈を垂(た)れて我等を度脫せよ。阿難、默然(もくねん)として請(こ)ひを受け、即ち殑伽河(ぎょうがが)を悉く金地と化(な)し、此(こ)の仙衆の爲(ため)に種種の大法を説く。阿難、又(また)念(おも)へらく、先前(さき)に度脫せる弟子、當(まさ)に來り集(つど)ふべし。片時(へんじ)に五百羅漢、空中より下(くだ)り、諸の仙人の爲に出家し受具(じゅぐ)す。仙衆の中に二(ふた)人の羅漢あり、一(ひと)の名は商那和修、二(ふたつ)の名は末田底迦。阿難、彼(か)れを知りて法器と爲(な)し、即ち彼に告げて曰く、昔、如来、大法眼を大迦葉に付(ふ)す。迦葉、定に入りて我に付(ふ)せり。我、今、將(まさ)に滅せんとす、以(も)て汝に傳(つた)えん。汝、我が敎を受けて、當(まさ)に偈を聽(き)くべし、
本來付有法付了言無法
本(もと)、付(ふ)するは法有(う)りと爲(な)る。付(ふ)し了(おわ)りて、卻(かえ)つて無法(むほう)と言(い)ふ、
各各須自悟悟了無無法
各(おのお)の人、須(すべか)らく自(みづか)ら悟(さと)るべし。悟(さと)れば、則ち無無法(むむほう)なり。
阿難付法眼藏竟。踴身虛空作十八變。入風奮迅三昧分身四分。一分奉忉利天。一分奉娑竭羅龍宮。一分奉毘舍離(舊本作毘舍離龍王今依寶林傳正宗記除龍字)王。一分奉阿闍世王。各造寶塔而供養之。乃厲王十二年癸巳歲也(當作十年)。
阿難、法眼蔵を付(ふ)し已(おわ)りて、踊身(ようしん)して虛空(こくう)に至り、十八變(へん)を作(な)し、風奮迅三昧(ふうふんじんざんまい)に入り、身體を四分(しぶん)と爲(な)す。一分は忉利天(とうりてん)に奉(ほう)じ、一分は娑竭羅龍宮(しゃかつらりゅうぐう)に奉(ほう)じ、一分は毘舎離王(旧本は「毘舎離龍王」と作る、今『宝林伝』『正宗記』に依りて「龍」の字を去る)に奉(ほう)じ、一分は阿闍世王に奉(ほう)ず。各(おのおの)寶塔を建てて供養す。その年は周厲王十二年癸巳歳(當に十年と作るべし)なり。
第三祖商那和修者(正宗記雲。梵語商諾迦此雲自然服。以生時身自有衣也。洪覺範志林雲。謂僧伽梨衣與雲巖同也。而傳燈曰自然服。即西域九枝秀草名未詳)摩突羅國人也。亦名舍那婆斯姓毘舍多。父林勝。母憍奢耶。在胎六年而生。梵雲商諾迦。此雲自然服。即西域九枝秀草名也。若羅漢聖人降生則此草生於淨潔之地。和脩生時瑞草斯應。昔如來行化至摩突羅國。見一青林枝葉茂盛。語阿難曰。此林地名優留茶。吾滅度後一百年。有比丘商那和脩。於此地轉妙法輪。後百歲果誕。和脩出家證道。受慶喜尊者法眼。化導有情及止此林。降二火龍歸順佛教。龍因施其地以建梵宮。尊者化緣既久思付正法。尋於吒利國得優波毱多以為給侍。因問毱多曰。汝年幾耶。答曰。我年十七。師曰。汝身十七性十七耶。答曰。師髮已白。為髮白耶。心白耶。師曰。我但髮白。非心白耳。毱多曰。我身十七。非性十七也。和脩知是法器。後三載遂為落髮受具。乃告曰昔如來以無上法眼藏付囑迦葉。展轉相授而至於我。我今付汝勿令斷絕。汝受吾教。聽吾偈言。
第三祖商那和修(『正宗記』にいう、梵語商諾迦、此(こ)に自然服と訳(やく)す、生れて身に自有する衣あるを以てなり。洪覚範『志林』にいう、僧伽梨衣を指す、雲巖と同じと。而(しか)るに『傳燈録』は自然服を西域九枝秀草の名と為す、未詳)、摩突羅国の人なり、亦(また)舎那婆斯と曰(い)う。姓は毎舎多。父の名は林勝、母の名は憍奢耶。胎に在ること六年にして出生す。梵語商諾迦、此(こ)に自然服と訳(やく)す、即ち西域九枝秀草の名なり。若し羅漢聖人降生せば、此の草即ち淨潔の地に生ず。和修の生まるる時、瑞草応現せり。昔、如来行化して摩突羅国に至り、一片の青林を見て、枝葉茂盛なり。阿難に對(むか)ひて曰く、此の林地、名を優留茶と曰(い)う。我が滅度の後、百年ありて、比丘商那和修、此の地に於て妙法輪を轉ずと。百年後、果して誕生せり。和修、出家して道を證し、慶喜尊者の法眼を受け、有情を化導し、並せて此の林中に住し、二(ふた)つの火龍を降伏して、仏教に歸順せしむ。龍、此(ここ)を以て此の地を施して梵宮を建立せしむ。尊者、化縁已(すで)に久(ひさ)し、正法を付(ふ)せんと欲(ほつ)し、尋訪(じんぼう)の中に咤利国に於て優波毱多を得て給侍と為(な)す。すなわち毱多に問ひて曰く、汝、年幾歳なるや。答へて曰く、我、十七歳。師の曰く、汝の身は十七歳か、將(ま)た性は十七歳か。答へて曰く、師の髮已(すで)に白し、髮の白きか、將(ま)た心の白きか。師の曰く、我、但(ただ)髮の白きのみ、心の白きにあらず。毱多の曰く、我が身は十七歳なり、性の十七歳にあらず。和修、彼を知りて法器と為(な)す。三年の後、為(ため)に落髮して受具せしめ、彼に告げて曰く、昔、如来、無上法眼蔵を迦葉に付嘱(ふぞく)し、展轉相授(てんてんそうじゅ)して我に至る。我、今、汝に付(ふ)す、断絶せしむること勿(なか)れ。汝、我が敎を受けて、我が偈を聽(き)け。
非法亦非心(舊本作非法亦非法今依寶林傳正宗記改作非法亦非心也)
法にあらず、亦(また)心にあらず(旧本は「非法亦非法」と作る、今『宝林伝』『正宗記』に依りて「非法亦非心」と作る)。
無心亦無法說是心法時
心無し、亦(また)法無し。この心法を説く時、
是法非心法
この法、並(なら)びに心法にあらず。
說偈已。即隱於罽賓國南象白山中。後於三昧中見弟子毱多。有五百徒眾常多懈慢。尊者乃往彼。現龍奮迅三昧以調伏之。而說偈曰。
偈を説き已(おわ)りて、即ち罽賓国の南の象白山に隱居(いんきょ)す。後に三昧の中に於て、弟子毱多に五百の徒衆ありて、常に懈怠憍慢(けたいきょうまん)するを見る。尊者、即ち彼の所に往(ゆ)き、龍奮迅三昧を現出(げんしゅつ)して彼を調伏(ちょうふく)せり。并せて偈を説いて曰く、
通達非彼此至聖無長短
通達するに彼此(ひし)にあらず、至聖には長短(ちょうたん)なし、
汝除輕慢意疾得阿羅漢
汝等(なんじら)、軽慢(きょうまん)の心意を除(のぞ)けば、速(すみ)やかに阿羅漢を得ん。
五百比丘聞偈已。依教奉行皆獲無漏。尊者乃作十八變火光三昧用焚其身。毱多收舍利葬於梵迦羅山。五百比丘人持一幡。迎導至彼建塔供養。乃宣王二十三年乙未歲也(當作二十二年)。
五百比丘、偈を聴(き)く已(おわ)りて、敎に依りて奉行し、皆、無漏(むろ)を獲(え)たり。尊者、すなわち十八變を作(な)し、火光三昧を以て身を焚(や)く。毱多、舎利を収め、梵迦羅山に葬(ほうむ)る。五百比丘、各(おのおの)一面の幡(ばん)を持(たづさ)へて、迎送(げいそう)して彼の所に至り、塔を建てて供養す。その年は周宣王二十三年乙未歳(當に二十二年と作るべし)なり。
第四祖優波毱多者。吒利國人也。亦名優波崛多。又名鄔波毱多。姓首陀。父善意。十七出家。二十證果。隨方行化至摩突羅國。得度者甚眾。由是魔宮震動。波旬愁怖遂竭其魔力以害正法。尊者即入三昧觀其所由。波旬復伺便。密持瓔珞縻之於頸。及尊者出定。乃取人狗蛇三屍化為華鬘。軟言慰諭波旬曰。汝與我瓔珞甚是珍妙。吾有華鬘以相酬奉波旬大喜引頸受之。即變為三種臭屍蟲蛆壞爛。波旬厭惡大生憂惱。盡己神力不能移動。乃升六慾天告諸天王。又詣梵王求其解免。彼各告言。十力弟子所作神變。我輩凡陋何能去之。波旬曰。然則奈何。梵王曰。汝可歸心尊者即能除斷。乃為說偈令其迴向曰。
第四祖優波毱多は、咤利国の人なり、亦(また)優波崛多と曰(い)い、又(また)鄔波毱多と云(い)う。姓は首陀。父の名は善意。十七歳にして出家し、二十歳にして果を證す。方に随ひて行化し、摩突羅国に至り、得度する者甚(はなは)だ多し。此(ここ)を以て魔宮震動し、波旬(はじゅん)愁怖(しゅうふ)して、乃ち魔力を盡(つく)して正法を傷害せんとす。尊者、即ち三昧に入り、其中の縁由を觀察す。波旬、又(また)覗(うかが)ひて、密(ひそか)に瓔珞を持(たづさ)へて、彼が頸(くび)に纒(まと)ふ。尊者の出定に及びて、即ち人・狗(いぬ)・蛇(へび)の三(みつ)つの尸(し)を取りて花鬘(けまん)と化(な)し、軟語(にゃんご)を以て波旬を慰(なぐさ)めて曰く、汝、我に與(あた)へたる瓔珞、甚(はなは)だ珍妙なり。我、花鬘あり、用(もち)いて酬謝(しゅうしゃ)せん。波旬、大喜して、頸(うなじ)を伸ばして受く。隨(つい)で三種の臭尸(しゅうし)と變(へん)じ、蟲蛆(ちゅうそ)壞爛(えらん)せり。波旬、厭惡(えんお)して、大(おお)いに憂惱(ゆうのう)し、自己の神力を盡(つく)すも能(よ)く動(うご)かすこと能(あた)はず。即ち六欲天に昇(のぼ)りて諸の天王に告げ、又(また)梵王の所に至りて解除を求む。彼、各(おのおの)之を告げて曰く、十力弟子の作(な)す所の神變、我等、凡陋(ぼんろう)の人、何を以てか去(さ)らん。波旬の曰く、然らば則ち何(いか)んせん。梵王の曰く、汝、尊者に歸心して懺除(せんじょ)せば、則ち除(のぞ)くべし。ここに偈を説いて彼に回向(えこう)せしめて曰く、
若因地倒還因地起離地求起
若(も)し地に因(よ)りて倒れん、還(ま)た地に因(よ)りて起(た)つべし。地を離れて起(た)つを求むるは、
終無其理
終(つい)に此(かく)の理(ことわり)なし。
波旬受教已。即下天宮禮尊者足哀露懺悔。毱多告曰。汝自今去。於如來正法更不作嬈害否。波旬曰。我誓迴向佛道永斷不善。毱多曰。若然者汝可口自唱言歸依三寶。魔王合掌三唱。華鬘悉除乃歡喜踴躍。作禮尊者而說偈曰。
波旬、敎を受け已(おわ)りて、即ち天宮に下(くだ)り、尊者の足を禮拜し、哀痛して懺悔を露(あら)わす。毱多、彼に告げて曰く、汝、今(こん)已(い)後、如来正法に對して、猶(な)ほ嬈害(ぎょうがい)を作(な)すや。波旬の曰く、我、佛道に回向(えこう)し、永(なが)く不善を斷(た)つことを誓(ちか)ふ。毱多の曰く、若(も)し是(かく)の如くんば、汝、自(みづか)ら口を開(ひら)きて三寶に歸依(きえ)を唱(とな)ふべし。魔王、合掌して三(み)遍(べん)を唱(とな)へ、花鬘悉(ことごと)く除(のぞ)かれ、ここに歡喜踊躍(かんぎゆうやく)し、尊者に向(むか)ひて禮を作(な)して偈を曰く、
稽首三昧尊十力聖弟子
稽首(けいしゅ)三昧の尊、十力の聖弟子、
我今願迴向勿令有劣弱
我、今、願(ねが)はくは回向(えこう)せむ、我をして劣弱(れつじゃく)あらしめ勿(なか)れ。
尊者在世化導證果最多。每度一人以一籌置於石室。其室縱十八肘。廣十二肘。充滿其間。最後有一長者子。名曰香眾。來禮尊者志求出家。尊者問曰。汝身出家心出家。答曰。我來出家非為身心。尊者曰。不為身心復誰出家。答曰。夫出家者無我我故。無我我故即心不生滅。心不生滅即是常道。諸佛亦常。心無形相其體亦然。尊者曰。汝當大悟心自通達。宜依佛法僧紹隆聖種。即為剃度受具足戒仍告之曰。汝父嘗夢金日而生汝。可名提多迦。復謂曰。如來以大法眼藏。次第傳授以至於我。今復付汝。聽吾偈言。
尊者、世に在りて化導し、果を證する者最(もつと)も多し。毎(こぞ)りて一人を度すれば、即ち一(ひと)つの籌(ちゅう)を以て石室の中に投(おと)ず。その石室、縦(たて)十八肘(ちゅう)、横(よこ)十二肘、籌(ちゅう)悉(ことごと)く充滿(じゅうまん)せり。最後に一(ひと)つの長者の子、名を香衆と曰(い)ひ、來りて尊者を禮拜し、立志して出家を求む。尊者の問ふ、汝、身に出家するか、將(ま)た心に出家するか。答へて曰く、我、來りて出家するは、身心の為(ため)にあらず。尊者の曰く、身心の為(ため)にあらざれば、又(また)誰(たれ)か出家する。答へて曰く、出家と曰(い)ふは、我(が)・我所(がしょ)なきを以ての故(ゆえ)なり。我・我所なければ、即ち心は生滅せず。心、生滅せざれば即ち常道なり。諸仏亦(また)常なり。心に形相なし、その體(たい)も亦(また)然(しか)り。尊者の曰く、汝、當に大悟すべし、心、自(おのづか)ら通達す。宜(よろ)しく佛法僧に依止して、聖種を紹隆(しょうりゅう)すべし。即ち為(ため)に剃度(ていど)し、具足戒を授け、還(ま)た彼に告げて曰く、汝の父、曽(かつ)て金色の日の輪(わ)を夢みて汝を生(う)みき。以(も)て名を提多迦(だいたか)と名(な)づくべし。又(また)彼に曰く、如来、大法眼蔵を次第に傳授して、我に至る。今、再び汝に付(ふ)す。我が偈を聽(き)け、
心自本來心本心非有法
心、自(おのづか)ら本來是(これ)心なり。本心、並(なら)びに有法(うほう)にあらず。
有法有本心非心非本法
有法あって、始(はじ)めて本心あらん。心にあらず、亦(また)本法にあらず。
付法已。乃踴身虛空呈十八變。然復本坐跏趺而逝。多迦以室內籌用焚其軀。收舍利建塔供養即平王三十一年庚子歲也(當作三十年)。
法を付(ふ)し已(おわ)りて、即ち踊身(ようしん)して虛空に至り、十八變を呈(てい)し、然(しか)る後本座に還(かえ)りて結跏趺(けつかふ)して逝(ゆ)く。提多迦、室中の籌(ちゅう)を以て彼が身軀を焚(や)き、舎利を収めて塔を建てて供養す。その年は周平王三十一年庚子歳(當に三十年と作るべし)なり。
第五祖提多迦者。摩伽陀國人也。初生之時父夢金日自屋而出照耀天地。前有大山諸寶嚴飾。山頂泉湧滂沱四流。後遇毱多尊者。為解之曰。寶山者吾身也。泉湧者法無盡也。日從屋出者汝今入道之相也。照耀天地者汝智慧超越也。尊者本名香眾。師因易今名焉。梵雲提多迦。此雲通真量也。多迦聞師說已歡喜踴躍。而唱偈言。
第五祖提多迦は、摩伽陀国の人なり。初(はじ)めて生るる時、父、一(ひと)つの金色の日輪(にちりん)の屋裏(おくり)より出でて、天地を照耀するを夢みる。前に大山あり、諸寶嚴飾(しょほうごんしょく)せり。山頂、泉涌(せんゆう)出して、滂沱(ぼうだ)として四向(しこう)に流る。後に毱多尊者に遇(あ)ひて、彼に解釋(かいしゃく)せらる。寶山は我が身體なり、泉涌は法の窮(きは)まりなきなり、日の屋裏より出づるは汝が今、入道の相なり、天地を照耀するは汝が智慧の超越なり。尊者、本(もと)名を香衆と曰(い)ひ、師、因(よ)りて今の名に改む。梵語提多迦、此(こ)に通真量(つうしんりょう)と訳(やく)す。多迦、師の解説を聴(き)き已(おわ)りて、歡喜踊躍(かんぎゆうやく)し、偈を唱(とな)へて曰く、
巍巍七寶山常出智慧泉
巍巍(ぎぎ)たる七寶の山、常に智慧の泉を涌出す、
迴為真法味能度諸有緣
回(かえ)りて眞の法味(ほうみ)を成(な)し、能(よ)く諸の有縁を度脱(どたつ)せん。
毱多尊者亦說偈曰。
毱多尊者、亦(また)偈を説きて曰く、
我法傳於汝當現大智慧
我が法、汝に傳(つた)へん、汝、當に大智慧を現ずべし、
金日從屋出照耀於天地
金色の日輪、屋裏より出づ、天地を照曜(しょうよう)せり。
