Libo

景德傳燈錄 卷第一

宋 · 道原 · 第24巻 / 151

入道不通理復身還信施

道に入りて理に通ぜず、身を以て信施を償はんことを要す、

汝年八十一此樹不生耳

汝、八十一歳に至れば、此の樹再び耳を生ぜじ。

長者聞偈彌加歎伏。且曰。弟子衰老不能事師。願捨次子隨師出家。尊者曰。昔如來記此子。當第二五百年為大教主。今之相遇蓋符宿因。即與剃髮執侍。至巴連弗城。聞諸外道慾障佛法計之既久。尊者乃執長旛入彼眾中。彼問尊者曰。汝何不前。尊者曰。汝何不後。又曰。汝似賤人。尊者曰汝似良人。又曰。汝解何法。尊者曰。汝百不解。又曰。我欲得佛。尊者曰。我酌然得佛。又曰。汝不合得。尊者曰。元道我得汝實不得。又曰。汝既不得云何言得。尊者曰。汝有我故所以不得。我無我我故自當得。彼詞既屈。乃問師曰。汝名何等。尊者曰。我名迦那提婆。彼既夙聞師名。乃悔過致謝。時眾中猶互興問難。尊者析以無礙之辯。由是歸伏。乃告上足羅睺羅多而付法眼。偈曰。

長者、偈を聞き訖りて、彌が上に歎服し、且つ曰く、弟子衰老して師に事へる能はず、願はくは次子を捨てて師に隨ひて出家せしめん。尊者曰く、昔如來、此の子に記して、當に第二の五百年に大教主と爲るべしと。今相値ふ、正に宿因に符せり。即ち爲に剃髮して執侍せしむ。巴連弗城に到り、諸の外道、佛法を障礙せんと欲し、計謀已に久しと聞く。尊者、便ち長幡を持ちて彼らが衆中に入る。彼ら、尊者に問ふ、汝何を以てか向前せざる。尊者曰く、汝何を以てか向後せざる。又曰く、汝、賤人に似たり。尊者曰く、汝、良人に似たり。又曰く、汝、何の法をか解する。尊者曰く、汝、百種も解せず。又曰く、我、佛を得んと欲ふ。尊者曰く、我、灼然として佛を得ん。又曰く、汝、得べからず。尊者曰く、元の道の我は得るなり、汝實に得ず。又曰く、汝既に得ざれば、何を以てか得と云ふ。尊者曰く、汝、我あるが故に故に得ず、我は我・我所なきが故に、自然に當に得べし。彼ら、言既に屈し、纔かに師に問ふ、汝の名は何と曰ふ。尊者曰く、我が名は迦那提婆。彼ら、既に早く師の名を聞き、即ち悔過して致謝す。當時衆中に猶遞相に問難を興す、尊者、滯礙なきの辯才を以て折伏し、因りて歸伏す。乃ち上首の弟子羅睺羅多に告げて法眼を付す。偈に曰く、

本對傳法人為說解脫理

本來傳法の人に對して、爲に解脫の理を説く、

於法實無證無終亦無始

法に對して實に證なし、終なく、亦始なし。

尊者說偈已。入奮迅定身放八光而歸寂滅。學眾興塔而供養之。即前漢文帝十九年庚辰歲也。

尊者、偈を説き訖りて、奮迅の定に入り、身に八道の光を放ちて歸寂滅す。學衆、塔を興して供養す。その年は前漢文帝十九年庚辰の歳なり。

第十六祖羅睺羅多者。迦毘羅國人也行化至室羅筏城。有河名曰金水。其味殊美。中流復現五佛影。尊者告眾曰。此河之源凡五百里。有聖者僧伽難提居於彼處。佛誌一千年後當紹聖位。語已領諸學眾泝流而上。至彼見僧伽難提安坐入定。尊者與眾伺之。經三七日方從定起。尊者問曰。汝身定耶。心定耶。曰身心俱定。尊者曰。身心俱定何有出入。曰雖有出入不失定相。如金在井金體常寂。尊者曰。若金在井若金出井金無動靜何物出入。曰言金動靜何物出入。許金出入金非動靜。尊者曰。若金在井出者何金。若金出井在者何物。曰金若出井在者非金。金若在井出者非物。尊者曰。此義不然。曰彼理非著。尊者曰。此義當墮。曰彼義不成。尊者曰。彼義不成我義成矣。曰我義雖成法非我故。尊者曰。我義己成我無我故。曰我無我故復成何義。尊者曰。我無我故故成汝義。曰仁者。師於何聖得是無我。尊者曰。我師迦那提婆證是無我。曰稽首提婆師。而出於仁者。仁者無我故。我欲師仁者。尊者曰。我已無我故。汝須見我我。汝若師我故。知我非我我。難提心意豁然。即求度脫。尊者曰。汝心自在非我所繫。語已即以右手擎金缽舉至梵宮。取彼香飯將齋大眾。而大眾忽生厭惡之心。尊者曰。非我之咎汝等自業。即命僧伽難提分坐同食。眾復訝之。尊者曰汝不得食。皆由此故。當知與吾分坐者。即過去娑羅樹王如來也。愍物降跡。汝輩亦莊嚴劫中已至三果而未證無漏者也。眾曰我師神力斯可信矣。彼雲過去佛者即竊疑焉。僧伽難提知眾生慢。乃曰。世尊在日世界平正。無有丘陵江河溝洫。水悉甘美草木滋茂。國土豐盈無八苦行十善。自雙樹示滅八百餘年。世界丘墟樹木枯悴。人無至信正念輕微。不信真如唯愛神力。言訖。以右手漸展入地。至金剛輪際取甘露水。以瑠璃器持至會所。大眾見之即時欽慕悔過作禮。

第十六祖羅睺羅多は、迦毘羅國の人なり。行化して室羅筏城に至る。河ありて名を金水と曰ひ、味甚だ美にして、中流に又五佛の影を現ず。尊者、衆に告げて曰く、此の河の源、凡そ五百里にして、聖者僧伽難提の彼に住する有り、佛、一千年後に當に聖位を紹繼すべしと記す。言い訖りて、諸の學衆を率ゐて溯流して上る。彼に至りて僧伽難提の安坐入定するを見る。尊者、衆と共に俟つこと二十一日を經て、方に定より起つ。尊者問ふ、汝は身定か、心定か。曰く、身心俱に定なり。尊者曰く、身心俱に定ならば、何ぞ出入あらん。曰く、出入あると雖も、定相を失はず、猶金の井裏に在るが如く、金體は常に寂なり。尊者曰く、若し金在井・金出井と言はば、金に動靜なく、何物か出入する。曰く、金の動靜・何物の出入かと言ふ、金の出入を許せば、金は動靜にあらず。尊者曰く、若し金在井ならば、出づるは何の金ぞ、若し金出井ならば、在るは何物ぞ。曰く、金若し出井ならば、在るは金にあらず、金若し在井ならば、出づるは物にあらず。尊者曰く、此の義、然らず。曰く、彼の理は著せず。尊者曰く、此の義當に堕すべし。曰く、彼の義成り立たず。尊者曰く、彼の義成り立たざれば、我が義成り立てり。曰く、我が義雖かに成り立つと雖も、法は我にあらざるが故なり。尊者曰く、我が義已に成り立てり、我、我無きが故なり。曰く、我、我無きが故に、又成り立つは何の義ぞ。尊者曰く、我、我無きが故に、故に汝が義を成り立たしむ。曰く、仁者の師、那(いず)れの聖にか此の無我を得たる。尊者曰く、我が師迦那提婆、此の無我を證し奉れり。曰く、稽首す提婆師に、して仁者より出づ、仁者、我無きが故に、我、仁者を以て師と爲さんと欲す。尊者曰く、我已に我無きが故に、汝須らく我が我を見るべし。汝若し我を以て師と爲さんが故に、須らく知るべし、我は我が我にあらざるなり。難提、心意豁然として、即ち度脫を求む。尊者曰く、汝の心自在なり、我の繫ぐ能くする所にあらず。言い訖りて、即ち右手を以て金鉢を舉げて梵宮に至り、彼の香飯を取りて將來りて大衆の齋に供す。而して大衆、忽然として厭惡の心を生ず。尊者曰く、我が過にあらず、汝の自らの業なり。即ち僧伽難提をして分座して同じく食せしむ。衆又驚く。尊者曰く、汝ら食を得ざるは、皆此の故なり。當に知るべし、我と座を分かつ者は、即ち過去娑羅樹王如來にして、物を憫むが爲に降跡せるなり、汝ら亦莊嚴劫中に已に三果に至りて、未だ無漏を證せざる者なり。衆曰く、我が師の神力、斯を以て信ずべし、彼は過去佛と云ふ、即ち私に疑ふ。僧伽難提、衆生の憍慢を知りて、即ち曰く、世尊、世に在りし時、世界平正にして丘陵・江河・溝洫なく、水悉く甘美にして、草木滋茂し、國土豐盈にして八苦なく、十善を行ふ。雙樹に示滅してより八百餘年、世界丘墟と變じ、樹木枯悴し、人に至信なく、正念輕微にして、眞如を信ぜず、但神力を愛す。言い訖りて、右手を以て漸々地中に入れて金剛輪際に至り、甘露水を取り、瑠璃の器を以て會所に將至す。大衆、見て即ち欽慕し、悔過して禮を作す。

於是尊者命僧伽難提而付法眼。偈曰。

於是乎尊者、僧伽難提を命じて法眼を付す。偈に曰く、

於法實無證不取亦不離

法に對して實に證なし、取らず、亦離れず、

法非有無相內外云何起

法は有無の相にあらず、内外、何を以てか生ぜん。

尊者付法已。安坐歸寂。四眾建塔。此當前漢武帝二十八年戊辰歲也。

尊者、法を付し畢りて、安坐して歸寂す。四衆、塔を建つ。此れ正に前漢武帝二十八年戊辰の歳に當たる。

第十七祖僧伽難提者。室羅閥城寶莊嚴王之子也。生而能言。常讚佛事。七歲即厭世樂。以偈告其父母曰。

第十七祖僧伽難提は、室羅閥城寶莊嚴王の子なり。生まれて即ち言ふこと能く、常に佛事を讚歎す。七歳にして便ち世樂を厭棄し、偈を以て父母に告げて曰く、

稽首大慈父和南骨血母

稽首す大慈の父、問訊す骨血の母、

我今欲出家幸願哀愍故

我、今出家せんと欲す、願はくは哀愍の故を以て。

父母固止之。遂終日不食。乃許其在家。出家號僧伽難提。復命沙門禪利多為之師。積十九載未曾退倦。尊者每自念言。身居王宮胡為出家。一夕天光下屬。見一路坦平不覺徐行。約十里許至大巖前。有石窟焉。乃燕寂於中。父既失子。即擯禪利多出國。訪尋其子不知所在。經十年。尊者得法受記已。行化至摩提國。忽有涼風襲眾身心悅適非常。而不知其然。尊者曰。此道德之風也。當有聖者出世嗣續祖燈乎。言訖。以神力攝諸大眾遊歷山谷。食頃至一峰下謂眾曰。此峰頂有紫雲如蓋。聖人居此矣。即與大眾徘徊久之。見山舍一童子持圓鑑直造尊者前。尊者問。汝幾歲耶。曰百歲。尊者曰。汝年尚幼何言百歲。曰我不會理正百歲耳。尊者曰。汝善機耶。曰佛言若人生百歲。不會諸佛機。未若生一日。而得決了之。師曰。汝手中者當何所表。童曰。諸佛大圓鑑內外無瑕翳。兩人同得見心眼皆相似。彼父母聞子語。即捨令出家。尊者攜至本處。受具戒訖。名伽耶舍多。他時聞風吹殿銅鈴聲。尊者問師曰。鈴鳴耶風鳴耶。師曰。非風非鈴我心鳴耳。尊者曰。心復誰乎。師曰。俱寂靜故。尊者曰。善哉善哉。繼吾道者非子而誰。即付法偈曰。

父母、固く之を止む、遂に終日食せず、方に在家の出家を許し、號して僧伽難提と曰ひ、又沙門禪利多をして其の師と爲さしむ。積累十九年、未だ曾て退倦せず。尊者、每おもほゆらく、身王宮に居り、出家と爲すを何かせんと。一夜、天光下照し、一路平坦なるを見る。不知不覺に徐行して、約十里、大巖の前に至り、石窟あり、即ち其の中に燕寂す。父、既に子を失ひて、便ち禪利多を國を擯出せしめ、子を訪尋するに在る處を知らず。十年を踰えて、尊者、法を得記を受けての後、行化して摩提國に至る。忽然として凉風襲來し、衆人、身心悅適非常なれど、其の故を知らず。尊者曰く、此れ道德の風なり、當に聖者出世して祖燈を嗣續せんとするか。言い訖りて、神力を以て諸の大衆を攝して山谷を遊歴し、一飯の頃、一の峰下に至り、衆に對して曰く、此の峰頂に紫雲ありて蓋の如し、聖人此に居れり。即ち大衆と徘徊すること良久にして、山舍に一童子ありて圓鑑を執り、直に尊者の前に至る。尊者問ふ、汝幾歳ぞ。曰く、百歳。尊者曰く、汝、年尚幼し、何を以てか百歳と云ふ。曰く、我、理を會せず、正好に百歳ならんのみ。尊者曰く、汝、機鋒を善くするか。曰く、佛の曰く、若し人生百歳にして諸佛の機を會せざれば、一日生まれて決了を得るに如かずと。師曰く、汝が手中の物、當に何をか表すべき。童子曰く、諸佛の大圓鑑、内外瑕翳なし。兩人同じく見ることを得たり、心眼俱に相似なり。其の父母、子の言を聞きて、即ち彼を捨てて出家せしむ。尊者、將て本處に至り、具戒を受け訖りて、名を伽耶舍多と曰ふ。後に風の殿上の銅鈴を吹くの聲を聞く。尊者、師に問ふ、鈴鳴るか、風鳴るか。師曰く、風にあらず、鈴にあらず、我が心鳴るなり。尊者曰く、心は又誰ぞ。師曰く、俱に寂靜の故なり。尊者曰く、善哉善哉、我が道を繼ぐ者は汝に非ずして誰か。即ち法を付す。偈に曰く、

心地本無生因地從緣起

心地本來生ずることなし、因地縁に從りて起こり、

緣種不相妨華果亦復爾

縁と種と相い妨げず、花と果と亦復是の如し。

尊者付法已。右手攀樹而化。大眾議曰。尊者樹下歸寂。其垂蔭後裔乎。將奉全身於高原建塔。眾力不能舉。即就樹下起塔。當前漢昭帝十三年丁未歲也。

尊者、法を付し畢りて、右手、樹を攀じて化す。大衆議して曰く、尊者、樹下に歸寂せるは、將に後裔に蔭を垂れんとするか。全身を高原に奉りて塔を建てんと擬するに、衆力を用ゐても擧ぐること能はず、即ち樹下に塔を起てり。正に前漢昭帝十三年丁未の歳に當たる。

第十八祖伽耶舍多者。摩提國人也。姓欝頭藍。父天蓋。母方聖。嘗夢大神持鑑因而有娠。凡七日而誕。肌體瑩如瑠璃未嘗洗沐自然香潔。幼好閑靜語非常童。持鑑出遊遇難提尊者得度。領徒至大月氏國。見一婆羅門舍有異氣。尊者將入彼舍。舍主鳩摩羅多問曰。是何徒眾。曰是佛弟子。彼聞佛號心神竦然。即時閉戶。尊者良久自扣其門。羅多曰。此舍無人。尊者曰。答無者誰。羅多聞語知是異人。遽開關延接。尊者曰。昔世尊記曰。吾滅後一千年有大士。出現於月氏國。紹隆玄化。今汝值吾應斯嘉運。於是鳩摩羅多發宿命智。投誠出家受具訖付法。偈曰。

第十八祖伽耶舍多は、摩提國の人なり。姓は郁頭藍。父の名は天蓋、母の名は方聖。曾て大神の鑑を持てるを夢み、因りて娠有り、凡そ七日にして诞生す。肌體瑩徹して瑠璃の如く、曾て洗沐せずして自然に香潔なり。幼くして閒靜を好み、語、凡童に似ず。鑑を持ちて出遊し、難提尊者に遇ひて度を得たり。徒衆を率ゐて大月氏國に至り、一の婆羅門の舍に異氣あるを見る。尊者、將に其の舍に入らんとす、舍主鳩摩羅多、問ひて曰く、是れ何の徒衆ぞ。曰く、是れ佛弟子なり。彼、佛號を聞きて、心神竦然として、即時に門を閉づ。尊者、良久にして自ら門を扣く。羅多曰く、此の舍に人無し。尊者曰く、答へて無しと云ふ者は誰ぞ。羅多、此の語を聞きて、是れ異人と知りて、即ち關を開きて延接す。尊者曰く、昔世尊の記に曰く、我滅後一千年に大士月氏國に出現して玄化を紹隆せんと。今汝、我に値ふ、正に此の嘉運に應ず。於是乎鳩摩羅多、宿命の智を發して、投誠して出家し、受具畢りて、法を付す。偈に曰く、

有種有心地因緣能發萌

種有り、心地有り、因縁能く萌を發す、

於緣不相礙當生生不生

縁に對して相い礙へず、當生にして生じて生ぜず。

尊者付法已。踴身虛空現十八種神變。化火光三昧自焚其身。眾以舍利起塔。當前漢成帝二十年戊申歲也。

尊者、法を付し畢りて、身を踴りて虛空に至り、十八種の神變を現じ、火光三昧を化して其の身を自焚す。衆、舍利を以て塔を起つ。正に前漢成帝二十年戊申の歳に當たる。

第十九祖鳩摩羅多者。大月氏國婆羅門之子也。昔為自在天人(欲界第六天)見菩薩瓔珞。忽起愛心墮生忉利(欲界第二天)聞憍屍迦說般若波羅蜜多。以法勝故升於梵天(色界)以根利故善說法要。諸天尊為導師以繼祖。時至遂降月氏。後至中天竺國。有大士名闍夜多。問曰。我家父母素信三寶而嘗縈疾瘵。凡所營作皆不如意。而我隣家久為旃陀羅行。而身常勇健所作和合。彼何幸而我何辜。尊者曰。何足疑乎。且善惡之報有三時焉。凡人恆見仁夭暴壽逆吉義兇。便謂亡因果虛罪福。殊不知影響相隨毫釐靡忒。縱經百千萬劫亦不磨滅。時闍夜多聞是語已。頓釋所疑。尊者曰。汝雖已信三業。而未明業從惑生。惑因識有。識依不覺。不覺依心。心本清淨無生滅無造作。無報應無勝負。寂寂然靈靈然。汝若入此法門可與諸佛同矣。一切善惡有為無為皆如夢幻。闍夜多承言領旨。即發宿慧懇求出家。既受具。尊者告曰。吾今寂滅時至。汝當紹行化跡。乃付法眼。偈曰。

第十九祖鳩摩羅多は、大月氏國婆羅門の子なり。昔自在天人(欲界第六天)と爲りて、菩薩の瓔珞を見て、忽然として愛心を生じ、墮ちて忉利(欲界第二天)に生ず。憍尸迦の般若波羅蜜多(義は「彼岸に到る」、即ち生死の此岸より解脫の彼岸に渡る)を説くを聞きて、法の殊勝なるが故に梵天(色界)に升り、根利なるが故に法要を説くこと善く、諸天、彼を尊びて導師と爲す。祖を繼ぐの時至るが故に、月氏に降生す。後に中天竺國に至る。大士ありて名を闍夜多と曰ひ、問ふ、我家の父母、素より三寶を信ずれど、常に疾病に纏繞し、凡そ營爲する所は皆如意ならず、而して我が隣家は久しく旃陀羅の行を爲すも、身體常に勇健にして、所作和合す、彼は何等の幸、我は何等の辜ぞ。尊者曰く、何ぞ疑ふことあらん。況んや善惡の報應に三時あり、凡夫人、常に仁者の夭折し暴人の長壽し、逆なる者の吉に守義の凶に遭ふを見て、便ち因果なく罪福は虛なりと以爲ふ、殊に知らず、影響の相隨ふこと、一毫一釐も差はらず、縱ほ百千萬劫を經ると雖も亦磨滅せざることを。時に闍夜多、此の語を聞き訖りて、頓に疑ふ所を消除す。尊者曰く、汝、已に三業を信ずると雖も、未だ明らめず、業は惑より生じ、惑は識に因りて有り、識は不覺に依り、不覺は心に依る、心は本來清淨にして生滅なく、造作なく、報應なく、勝負なく、寂寂然として靈靈然たり、汝、若し此の法門に入らば、諸佛と同一ならんことを得ん、一切の善惡・有爲無爲は皆夢幻の如し。闍夜多、言を承けて旨を領し、即ち宿慧を發して出家を懇求す。既に受具し、尊者、之に告げて曰く、我、今寂滅の時至れり、汝當に行化の事迹を繼承すべし。於是乎法眼を付す。偈に曰く、

性上本無生為對求人說

性上本來生ずることなし、求人に對するが爲に説く、

於法既無得何懷決不決

法に對して既に得なければ、何ぞ必ず決・不決を懷かん。

師曰。此是妙音如來見性清淨之句。汝宜傳布後學。言訖。即於坐上以指爪𠢐面如紅蓮開。出大光明照耀四眾而人寂滅。闍夜多起塔。當新室十四年壬午歲也。

師曰く、此れ妙音如來見性清淨の句なり、汝當に傳布して後學すべし。言い訖りて、即ち座上に於て爪を以て面を划(こ)き開きて(底本此の字を「𠢐」と作る、文意は爪を以て划き開くなり)、紅蓮の開敷するが如く、大光明を放ち、四衆を照耀して寂滅に入る。闍夜多、塔を起てり。正に新室十四年壬午の歳に當たる。

第二十祖闍夜多者。北天竺國人也。智慧淵沖化導無量。後至羅閱城敷揚頓教。彼有學眾唯尚辯論。為之首者名婆修盤頭(此雲遍行)常一食不臥六時禮佛。清淨無欲為眾所歸。尊者將欲度之。先問彼眾曰。此遍行頭陀能修梵行可得佛道乎。眾曰。我師精進何故不可。尊者曰。汝師與道遠矣。設苦行歷於塵劫皆虛妄之本也。眾曰。尊者蘊何德行而譏我師。尊者曰。我不求道亦不顛倒。我不禮佛亦不輕慢。我不長坐亦不懈怠。我不一食亦不雜食。我不知足亦不貪欲。心無所希名之曰道。時遍行聞已發無漏智歡喜讚歎。尊者又語彼眾曰。會吾語否。吾所以然者。為其求道心切。夫弦急即斷故吾不贊。令其住安樂地入諸佛智。復告遍行曰吾適對眾抑挫仁者得無惱於衷乎。曰我憶念七劫前。生常安樂國。師於智者月淨。記我非久當證斯陀含果。時有大光明菩薩出世。我以老故策杖禮謁。師叱我曰。重子輕父一何鄙哉。時我自謂無過請師示之師曰。汝禮大光明菩薩。以杖倚壁畫佛面。以此過慢遂失二果。我責躬悔過以來。聞諸惡言如風如響。況今獲飲無上甘露而反生熱惱邪。惟願大慈以妙道垂誨。尊者曰。汝久植眾德當繼吾宗。聽吾偈曰。

第二十祖闍夜多は、北天竺國の人なり。智慧淵深にして冲虛、化導無量なり。後に羅閱城に至りて頓教を敷揚す。彼に學衆ありて、唯辯論を崇尚し、首領と爲す者は名を婆修盤頭と曰ふ(此には遍行と譯す)、常に一食不臥、六時に佛を禮し、淸淨無欲にして、衆人の歸する所と爲る。尊者、將に彼を度せんとして、先ず其の衆に問ふ、此の遍行頭陀、能く梵行を修して佛道を得べきか。衆曰く、我が師精進す、何故に不可ならん。尊者曰く、汝の師、道と遠し、縱ほ苦行、塵劫を經ると雖も、皆虛妄の本なり。衆曰く、尊者、何の德をか藴蓄して、却て我が師を譏する。尊者曰く、我、道を求めず、亦不顛倒せず、我、佛を禮せず、亦輕慢せず、我、長坐せず、亦懈怠慢せず、我、一食せず、亦雜食せず、我、足ることを知らず、亦貪婪せず、心、希求する所なく、名づけて道と曰ふ。當時遍行、聞き訖りて、無漏の智を發して歡喜讚歎す。尊者、又其の衆に謂ひて曰く、我が言を領會せるか、我が然る所以は、彼の求道の心太だ急なるが故なり、弦太だ緊まれば即ち斷つ、故に我は讚せず、彼をして安樂の地に住せしめ、諸佛の智に入らしむと。又遍行に告げて曰く、我適(さき)に衆に對して仁者を挫抑せり、心裏惱なきか。曰く、我、七劫前を憶念す、常安樂國に生まれ、師、智者月淨の所に在りて、我に記す、久しからずして當に斯陀含果を證せんと、當時大光明菩薩出世せり、我、年老いたるを以て、杖を柱して往きて禮拜せんとす、師、我を呵叱して曰く、子を重んじ父を輕んず、何ぞ鄙陋なるやと、我、當時自ら過なしと以爲ひ、師に開示を請ふ、師曰く、汝、大光明菩薩を禮して、杖を壁上に畫ける佛面に倚せたり、此の過慢を以て、便ち二果を失ひぬ、我、責躬悔過してより已來、種種の惡言を聞くこと、風の如く響の如し、況んや今無上の甘露を飮むことを得て、却て熱惱を生ぜんや、唯願はくは大慈、妙道を以て垂誨せんことを。尊者曰く、汝、久しく衆德を培植せり、當に我が宗を繼ぐべし。我が偈を聽け。

言下合無生同於法界性

言下に無生に契合して、法界の性に同じ、

若能如是解通達事理竟

若能く是のごとく解するあらば、事理に通達すること畢れり。

尊者付法已。不起於坐奄然歸寂。闍維收舍利建塔。當後漢明帝十七年甲戌歲也。

尊者、法を付し畢りて、座より起たずして奄然として歸寂す。荼毘して舍利を收めて塔を建つ。正に後漢明帝十七年甲戌の歳に當たる。

第二十一祖婆修盤頭者。羅閱城人也。姓毘舍佉。父光蓋。母嚴一。家富而無子。父母禱於佛塔而求嗣焉。一夕母夢吞明暗二珠。覺而有孕。經七日有一羅漢。名賢眾。至其家。光蓋設禮。賢眾端坐受之。嚴一齣拜。賢眾避席雲。迴禮法身大士。光蓋罔測其由。遂取一寶珠跪獻賢眾試其真偽。賢眾即受之殊無遜謝。光蓋不能忍。問曰。我是丈夫致禮不顧。我妻何德尊者避之。賢眾曰。我受禮納珠貴福汝耳。汝婦懷聖子。生當為世燈慧日故吾避之。非重女人也。賢眾又曰汝婦當生二子。一名婆修盤頭。則吾所尊者也。二名芻尼(此雲野鵲子)昔如來在雪山修道。芻尼巢於頂上。佛既成道芻尼受報。為那提國王。佛記雲。汝至第二五百年生羅閱城毘舍佉家與聖同胞。今無爽矣。後一月果產子。尊者婆修盤頭年至十五禮光度羅漢出家。感毘婆訶菩薩與之授戒。行化至那提國。彼王名常自在。有二子。一名摩訶羅。次名摩拏羅。王問尊者曰。羅閱城土風與此同(舊本作何)異。尊者曰。彼土曾三佛出世。今王國有二師化導。曰二師者誰。尊者曰。佛記第二五百年有一神力大士出家繼聖。即王之次子摩拏羅是其一也。吾雖德薄敢當其一。王曰。誠如尊者所言。當捨此子作沙門。尊者曰。善哉大王。能遵佛旨。即與受具。付法偈曰。

第二十一祖婆修盤頭は、羅閱城の人なり。姓は毘舍佉。父の名は光蓋、母の名は嚴一。家富めりと雖も子無し。父母、佛塔に禱して後嗣を求む。一夜、母、明暗二珠を吞むを夢み、覺めて娠有り。七日を踰えて、一羅漢ありて名を賢衆と曰ひ、其の家に至る。光蓋、禮を設く、賢衆端坐して受く。嚴一、出でて拜す、賢衆、座席を離れて曰く、回禮す法身大士。光蓋、其の故を測る能はず、便ち一の寶珠を取りて跪いて賢衆に獻じ、其の眞僞を試みんとす。賢衆、即ち之を受くるも全く遜謝せず。光蓋、忍ぶこと能はず、問ふ、我は丈夫なり、禮を致せば亦不顧みず、我が妻、何の德か有りて、尊者却て避くる。賢衆曰く、我、禮を受け珠を取るは、福を汝に加へんが爲なり、汝の婦人、聖子を懷けり、生まれて當に世間の燈・慧日と爲るべし、故に我は避く、女人を重んずるにあらず。賢衆又曰く、汝の婦人、當に二子を生むべし、一の名は婆修盤頭、即ち我の敬む所なり、二の名は芻尼(此には野鵲子と譯す)、昔如來、雪山に修道するに、芻尼、頂上に巢を作れり、佛既に道を成じ、芻尼、報を受けて那提國王と爲る、佛の記に曰く、汝、第二の五百年に至りて、羅閱城毘舍佉家に生まれ、聖人と同胞ならんと、今差忒なし。一月の後、果して子を生む。尊者婆修盤頭、年十五に至りて、光度羅漢に禮して出家し、毘婆訶菩薩に感應して爲に戒を授けしむ。行化して那提國に至る。彼の國王、名を常自在と曰ひ、二子有り、一の名は摩訶羅、次は摩拏羅と曰ふ。王、尊者に問ふ、羅閱城の土風は此と同(舊本は「何」と作る)異ぞ。尊者曰く、彼の土、曾て三佛出世せり、今王國に兩師の化導有り。問ふ、兩師は何人ぞ。尊者曰く、佛の記、第二の五百年に一の神力大士出家して聖を繼ぐ、即ち王の次子摩拏羅、此れ其の一なり、我、德薄しと雖も、敢て其の一に當たらん。王曰く、果して尊者の説の如くんば、當に此の子を捨てて沙門と作すべし。尊者曰く、善哉大王、能く佛旨に遵へり。即ち與に受具す。法を付すの偈に曰く、

泡幻同無礙如何不了悟

泡幻、同じく滯礙なく、何ぞ了悟せざらん、

達法在其中非今亦非古

法に達するは其の中に在り、今にあらず、亦古にあらず。

尊者付法已。踴身高半由旬屹然而住。四眾仰瞻虔請復坐跏趺而逝。荼毘得舍利建塔。當後漢殤帝十二年丁巳歲也(當作安帝十一年蓋殤帝在位止一年耳)。

尊者、法を付し畢りて、身を踴りて半由旬の高さにして屹然として住す。四衆、仰瞻し、虔に請求し、又坐りて結跏趺して逝す。荼毘して舍利を得て塔を建つ。正に後漢殤帝十二年丁巳の歳に當たる。(當に安帝十一年と作るべし、殤帝は位に在ること僅かに一年なればなり。)

第二十二祖摩拏羅者。那提國常自在王之子也。年三十遇婆修祖師出家傳法。至西印度。彼國王名得度。即瞿曇種族。歸依佛乘勤行精進。一日於行道處現一小塔。欲取供養眾莫能舉。王即大會梵行禪觀呪術等三眾。欲問所疑。時尊者亦赴此會。是三眾皆莫能辯。尊者即為王廣說塔之所因(阿育王造塔此不繁錄)今之出現王福力之所致也。王聞是說乃曰。至聖難逢世樂非久。即傳位太子投祖出家。七日而證四果。尊者深加慰誨曰。汝居此國善自度人。今異域有大法器。吾當化令得度。曰師應跡十方動念當至。寧勞往邪。尊者曰。然。於是焚香遙語月氏國鶴勒那比丘曰。汝在彼國教導鶴眾。道果將證宜自知之。時鶴勒那為彼國王寶印說修多羅偈。忽覩異香成穗。王曰。是何祥也。曰此是西印度傳佛心印祖師摩拏羅將至。先降信香耳。曰此師神力何如。答曰。此師遠承佛記。當於此土廣宣玄化。時王與鶴勒那俱遙作禮。尊者知已。即辭得度比丘。往月氏國。受王與鶴勒那供養。後鶴勒那問尊者曰。我止林間已經九白(印度以一年為一白)有弟子龍子者。幼而聰慧。我於三世推窮莫知其本。尊者曰。此子於第五劫中。生妙喜國婆羅門家。曾以旃檀施於佛宇。作槌撞鐘。受報聰敏為眾欽仰。又問。我有何緣而感鶴眾。尊者曰。汝第四劫中嘗為比丘。當赴會龍宮。汝諸弟子鹹欲隨從。汝觀五百眾中。無有一人堪任妙供。時諸子曰。師常說法。於食等者於法亦等。今既不然何聖之有汝即令赴會。自汝捨生趣生轉化諸國。其五百弟子以福微德薄生於羽族。今感汝之惠故為鶴眾相隨。鶴勒那聞語曰。以何方便令彼解脫。尊者曰。我有無上法寶。汝當聽受化未來際。而說偈曰。

第二十二祖摩拏羅は、那提國常自在王の子なり。年三十にして婆修祖師に遇ひ、出家して法を傳へ、西印度に至る。彼の國王、名を得度と曰ふ、即ち瞿曇の種族にして、佛乘に歸依し、勤行精進せり。一日、行道の處に一の小塔を現出し、取りて供養せんと欲するも、衆、擧ぐること能はず。王、乃ち梵行・禪觀・咒術等の三衆を大會して、疑ふ所を問はんと欲す。時に尊者、亦此の會に赴く。此の三衆、皆辯する能はず。尊者、即ち王の爲に塔の因由を廣く説く(阿育王の造塔、此に繁錄せず)、今出現するは王の福力の致す所なりと。王、此言を聞きて即ち曰く、至聖は逢ひ難し、世樂は長久なる能はず。即ち太子に傳位して、祖に投じて出家す。七日にして即ち四果を證す。尊者、深く慰誨を加へて曰く、汝、此の國に住して、善く自ら人を度るべし、今異域に大法器あり、我當に教化して得度せしむべしと。曰く、師、十方に應迹し、念を動かせば當に至るべし、何ぞ往くを勞せん。尊者曰く、然り。於是乎香を焚きて、遥かに月氏國の鶴勒那比丘に對して曰く、汝、彼の國に在りて鶴衆を教導す、道果將に證せんとす、當に自ら知るべし。時に鶴勒那、彼の國王寶印の爲に修多羅の偈を説く、忽ち異香の穗を成すを見る。王曰く、此れ何の祥瑞ぞ。曰く、此れ西印度、佛の心印を傳へる祖師摩拏羅、將に至らんとす、先だって信香を降せしなり。問ふ、此の師の神力何如。答曰く、此の師、遠く佛記を承け、當に此の方に玄化を廣宣すべし。時に王と鶴勒那、俱に遥かに禮を作す。尊者、知りて、即ち得度比丘に辭して、月氏國に往きて、王と鶴勒那の供養を受く。後に鶴勒那、尊者に問ふ、我、林間に住すること已に九白(印度は一年を以て一白と爲す)、弟子の龍子有り、幼にして聰慧なり、我、三世より推窮するに、其の本を知らず。尊者曰く、此の子、第五劫中に妙喜國婆羅門家に生まれ、曾て旃檀を以て佛宇に施して槌を作りて鐘を撞けり、報を受けて聰敏にして、衆人の欽仰する所と爲る。又問ふ、我、何の因縁か有りて鶴衆を感得する。尊者曰く、汝、第四劫中に曾て比丘と爲れり、當に龍宮の會に赴かんとして、汝の諸弟子、皆隨從せんと欲せり、汝、五百衆中を觀るに一人も妙供に堪へる者なし、時に諸弟子曰く、師、常に法を説きて、食に於て平等なるは、法に於ても亦平等なり、今既に然らずんば、何の聖か有らん、汝即ち彼らをして會に赴かしむ、汝、生を捨て生に趣きて諸國を轉化してより已來、其の五百弟子、福微德薄なるを以て、羽族と爲りて生ず、今汝の惠を感じて、故に鶴衆と爲りて相隨ふ。鶴勒那、話を聞きて曰く、何の方便を以てか彼らをして解脫せしめん。尊者曰く、我に無上の法寶有り、汝當に聽受して未來際を教化すべし。於是乎偈を説いて曰く、

心隨萬境轉轉處實能幽

心、萬境に隨ひて轉ず、轉ずる處實に能く幽なり、

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