景徳伝燈録巻第二十三
襄州廣德延和尚法嗣一人廣德周禪師(一人見錄)
金陵龍光院の澄忋禅師は廣州の人。姓は陳氏。幼くして本州觀音院に出家し、年満ちて韶州南華寺で戒を納めた。尋いで方を游して泉州に抵り、法因大師に参じて心地を印悟した。後に舒州山谷寺に住した。僧が新たに到った。師が問うた。「どの処から来た。」言った。「江南から来ました。」師が言った。「お前はまだ江を渡る船子を礼するか。」言った。「和尚はなぜ江を渡る船子を礼せと教えるか。」師が言った。「これはお前の善知識だ。」また齊安の龍光に住し、前後三処。徒を聚めて法を説き、龍光に終わった。
益州淨眾寺歸信禪師法嗣一人漢州靈龕山和尚(一人無機緣語句不錄)
永興北院の可休禅師(第二世住)。僧が問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「遍く天下に満つ。」僧が言った。「まさにこれか。」師が言った。「是なれば牢く收取せよ。」問うた。「大いに業を作る人が来れば、師はまだ接しますか。」師が言った。「接しない。」言った。「なぜ接しないのですか。」師が言った。「幸いに好人の家の男女だ。」
隋州護國知遠禪師法嗣一人東京開寶常普大師(一人無機緣語句不錄)
郴州太平院の清海禅師。僧が問うた。「古人は道う、請益より得ずと。祖師はなぜ誰が仏を作るを得ると道うか。」師が言った。「悟りて後に方に知る。」問うた。「從上の宗乗、次第に指授する。いまだ今日どう挙唱するかを審らかにせず。」師が言った。「白雲は深洞の裏を透き出し、名華異草は嶺頭に生ず。」問うた。「どういうのが句中の人ですか。」師が言った。「よく辨える。」
行思禪師第八世
連州慈雲普廣大師慧深。僧が問うた。「匿王の請仏はすでに当時に法を奉り、我後の師を延くは概ね此日に宗を興す。幸いに方便を施し、挙揚を吝かにするな。」師が言った。「再び問うを煩わすな。」問うた。「どういうのが人の円鏡ですか。」師が言った。「著。」問うた。「どういうのが向上の事ですか。」師が言った。「分明に聴き取れ。」
前漳州羅漢桂琛禪師法嗣
郢州興陽山の道欽禅師(第二世住)。僧が問うた。「どういうのが興陽の境ですか。」師が言った。「松竹乍ち栽えて山影緑、水流穿って院庭の中を過ぐ。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「さらにこれ何か。」
昇州清涼院文益禪師餘杭人也。姓魯氏。七歲依新定智通院全偉禪師落髮。弱齡稟具於越州開元寺。屬律匠希覺師盛化於明州鄮山育王寺。師往預聽習究其微旨。復傍探儒典遊文雅之場。覺師目為我門之遊夏也。師以玄機一發雜務俱捐。振錫南邁抵福州長慶法會。雖緣心未息而海眾推之。尋更結侶擬之湖外。既行值天雨忽作溪流暴(蒲報切)漲。暫寓城西地藏院因參琛和尚。琛問曰。上座何往。師曰。邐迤行腳去。曰行腳事作麼生。師曰不知。曰不知最親切。師豁然開悟。與同行進山主等四人。因投誠諮決悉皆契會。次第受記各鎮一方。師獨於甘蔗洲卓庵。因議留止。進師等以江表叢林欲期歷覽。命師同往。至臨川州牧請住崇壽院。初開堂日中坐茶筵未起。四眾先圍繞法座。時僧正白師曰。四眾已圍繞和尚法座了。師曰。眾人卻參真善知識。少頃升座。大眾禮請訖。師謂眾曰眾人既盡在此。山僧不可無言。與大眾舉一古人方便。珍重便下座。時有僧出禮拜。師曰。好問著。僧方申問次。師曰。長老未開堂不答話。子方上座自長慶來。師舉先長慶稜和尚偈而問曰。作麼生是萬象之中獨露身。子方舉拂子。師曰。恁麼會又爭得。曰和尚尊意如何。師曰。喚什麼作萬象。曰古人不撥萬象。師曰。萬象之中獨露身。說什麼撥不撥。子方豁然悟解述偈投誠。自是諸方會下有存知解者翕然而至。始則行行如也。師微以激發。皆漸而服膺。海參之眾常不減千計。師上堂大眾立久。乃謂之曰。只恁麼便散去。還有佛法也無。試說看。若無又來遮裡作麼。若有大市裡人聚處亦有。何須到遮裡。諸人各曾看還源觀百門義海華嚴論涅槃經。諸多策子阿那箇教中有遮箇時節。若有試舉看。莫是恁麼經裡有恁麼語是此時節麼。有什麼交涉。所以微言滯於心首。常為緣慮之場。實際居於目前。翻為名相之境。又作麼生得翻去。
前婺州報恩寶資禅師の法嗣
若也翻去又作麼生得正去。還會麼。莫只恁麼念策子。有什麼用處。僧問。如何披露則得與道相應。師曰。汝幾時披露即與道不相應。問六處不知音時如何。師曰。汝家眷屬一群子。師又曰。作麼生會。莫道恁麼來問便是不得汝道。六處不知音。眼處不知音。耳處不知音。若也根本是有爭解無得。古人道。離聲色著聲色。離名字著名字。所以無想天修得經八萬大劫。一朝退墮諸事儼然。蓋為不知根本真實。次第修行三生六十劫。四生一百劫。如是直到三祇果滿。他古人猶道。不如一念緣起無生超彼三乘權學等見。又道彈指圓成八萬門。剎那滅卻三祇劫。也須體究。若如此用多少氣力。僧問。指即不問如何是月。師曰。阿那箇是汝不問底指。又僧問。月即不問如何是指。師曰月。曰學人問指。和尚為什麼對月。師曰。為汝問指。江南國主重師之道。迎入住報恩禪院。署淨慧禪師。師上堂謂眾曰。古人道。我立地待汝覯去。山僧如今坐地待汝覯去。還有道理也無。那箇親那箇疎。試裁斷看。問洪鍾才繫大眾雲臻請師如是。師曰。大眾會何似汝會。問如何是古佛家風。師曰。什麼處看不足。問十二時中如何行履即得與道相應。師曰。取捨之心成巧偽。問古人傳衣當記何人。師曰。汝什麼處見古人傳衣。問十方賢聖皆入此宗。如何是此宗。師曰。十方賢聖皆入。問如何是佛向上人。師曰。方便呼為佛。問聲色兩字什麼人透得。師卻謂眾曰。諸上座。且道遮箇僧還透得也未。若會此問處透聲色即不難。問求佛知見何路最徑。師曰。無過此。問瑞草不凋時如何。師曰。謾語。問大眾雲集請師頓決疑網。師曰。寮舍內商量茶堂內商量。問雲開見日時如何。師曰。謾語真箇。問如何是沙門所重處。師曰。若有纖毫所重即不名沙門。問千百億化身於中如何是清淨法身。師曰。總是。問簇簇上來師意如何。師曰。是眼不是眼。
處州福林の澄和尚。僧が問うた。「どういうのが伽藍ですか。」師が言った。「幡を勿れ〔この字は巾に従い未識〕。」言った。「どういうのが伽藍中の人ですか。」師が言った。「瞻礼すればすなわち分あり。」問うた。「下堂の一句、師に吝かならぬを請う。」師が言った。「閑吟は唯だ龐居士を憶う、天上人間陪すべからず。」
問全身是義請師一決。師曰。汝義自破。問如何是古佛心。師曰。流出慈悲喜捨。問百年暗室一燈能破。如何是一燈。師曰。論什麼百年。問如何是正真之道。師曰。一願也教汝行二願也教汝行。問如何是一真之地。師曰。地則無一真。曰如何卓立。師曰。轉無交涉。問如何是古佛。師曰。即今也無嫌處。問十二時中如何行履。師曰。步步踏著。問古鏡未開如何顯照。師曰。何必再三。問如何是諸佛玄旨。師曰。是汝也有。問承教有言。從無住本立一切法。如何是無住本。師曰。形興未質名起未名。問亡僧衣眾僧唱。祖師衣什麼人唱。師曰。汝唱得亡僧什麼衣。問蕩子還鄉時如何。師曰。將什麼奉獻。曰無有一物。師曰。日給作麼生。師後遷住清涼。上堂示眾曰。出家人但隨時及節。便得寒即寒熱即熱。欲知佛性義當觀時節因緣。古今方便不少。不見石頭和尚因看肇論雲。會萬物為己者。其唯聖人乎。他家便道。聖人無己靡所不己。有一片言語喚作參同契。末上雲。竺土大僊心無過此語也。中間也只隨時說話。上座今欲會萬物為己去。蓋為大地無一法可見。他又囑人云。光陰莫虛度。適來向上座道。但隨時及節便得。若也移時失候。即是虛度光陰。於非色中作色解。上座於非色中作色解。即是移時失候。且道色作非色解。還當不當。上座若恁麼會便是沒交涉。正是痴狂兩頭走有什麼用處。上座但守分隨時過好珍重。問如何是清涼家風。師曰。汝到別處但道到清涼來。問如何得諸法無當去。師曰。什麼法當著上座。曰爭奈日夕何。師曰。閑言語。問觀身如幻化觀內亦復然時如何。師曰。還得恁麼也無。問要急相應唯言不二。如何是不二之言。師曰。更添些子得麼。問如何是法身。師曰。遮箇是應身。問如何是第一義。師曰。我向汝道是第二義。師問修山主。毫氂有差天地懸隔。兄作麼生會。修曰。
前處州翠峯從欣禅師の法嗣
毫氂有差天地懸隔。師曰。恁麼會又爭得。修曰。和尚如何。師曰。毫氂有差天地懸隔。修便禮拜(東禪齊拈雲。山主恁麼秖對。為什麼不肯。及乎再請益。法眼亦只恁麼道。便得去。且道疑訛在什麼處。若看得透。道上坐有來由)師與悟空禪師向火拈起香匙問悟空雲。不得喚作香匙。兄喚作什麼。悟空雲。香匙。師不肯。悟空卻後二十餘日方明此語(東禪齊拈雲。叢林中總道。悟空好語。法眼須有此語。若恁麼會還夢見也未。除此外別作麼生會法眼意。上坐既不喚作香匙。喚作什麼。別下一轉子看。要知上坐平生眼)因僧齋前上參。師以手指簾。時有二僧同去捲簾。師曰。一得一失(東禪齊拈雲。上坐且作麼生會。有云。為伊不明旨。便去捲簾。亦有道指者即會。不指而去者即失。恁麼會還可不可。既不許恁麼會。且問上坐阿那箇得阿那箇失)因雲門問僧。什麼處來。雲江西來。雲門雲。江西一隊老宿寱語住也未。僧無對。僧問師。不知雲門意作麼生。師曰。大小雲門被遮僧勘破。師問僧。什麼處來。曰道場來。師曰。明合暗合。僧無語。師令僧取土添蓮盆。僧取土到。師曰。橋東取橋西取。曰橋東取。師曰是真實是虛妄。師問僧。什麼處來。曰報恩來。師曰。眾僧還安否。曰安。師曰。吃茶去。師問僧。什麼處來。曰泗州禮拜大聖來。師曰。今年出塔否。曰出。師卻問傍僧曰。汝道伊到泗州不到。師問寶資長老。古人道。山河無隔礙光明處處透。作麼生是處處透底光。資曰。東畔打羅聲(歸宗柔別雲和尚擬隔礙)師指竹問僧。還見麼。曰見。師曰。竹來眼裡眼到竹邊。僧曰總不恁麼(法燈別雲。當時但擘眼向師。歸宗別雲。和尚只是不信某甲)有俗士獻師畫障子。師看了問曰。汝是手巧心巧。曰心巧。師曰。那箇是汝心。俗士無對(歸宗代雲。某甲今日卻成容易)僧問。如何是第二月。師曰。
處州報恩の守真禅師。僧が問うた。「諸官はすでに人天の会を結ぶ。報恩の今日の事はいかに。」師が言った。「闍梨は諸方に到って分明に挙げよ。」問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師が言った。「閃爍として烏の飛ぶ急、奔騰として兎の走る頻り。」
森羅萬象。曰如何是第一月。師曰。萬象森羅師緣被於金陵。三坐大道場朝夕演旨。時諸方叢林鹹遵風化。異域有慕其法者涉遠而至。玄沙正宗中興於江表。師調機順物斥滯磨昏。凡舉諸方三昧。或入室呈解。或叩激請益。皆應病與藥隨根悟入者不可勝紀。以周顯德五年戊午七月十七日示疾。國主親加禮問。閏月五日剃髮沐身告眾訖跏趺而逝。顏貌如生。壽七十有四。臘五十四。城下諸寺院具威儀迎引。公卿李建勳已下素服奉全身於江寧縣丹陽鄉起塔。諡大法眼禪師。塔曰無相。嗣子天台山德韶(吳越國師)文遂(江南國導師)慧炬(高麗國師)等一十四人。先出世並為王侯禮重。次龍光泰欽等四十九人。後開法各化一方。如本章敘之。後因門人行言署玄覺導師。請重諡大智藏大導師。三處法集及著偈頌真讚銘記詮注等凡數萬言。學者繕寫傳布天下。
前襄州鷲嶺明遠禅師の法嗣
襄州清谿山洪進禪師(曾住鄧州谷口)在地藏時居第一座。一日有二僧禮拜。地藏和尚曰。俱錯。二僧無語。下堂請益修山主。修曰。汝自巍巍堂堂。卻禮拜擬問他人。豈不是錯。師聞之不肯。修乃問曰。未審上座作麼生。師曰。汝自迷暗焉可為人。修憤然上法堂請益地藏。地藏指廊下曰。典座入庫頭去也。修乃省過。又一日師問修山主曰。明知生是不生之性。為什麼為生之所留。修曰。筍畢竟成竹去。如今作篾使還得麼。師曰。汝向後自悟去。曰紹修所見只如此。上坐意旨如何。師曰。遮箇是監院房。那箇是典座房。修禮謝。師住後有僧問。眾盲摸象各說異端。忽遇明眼人又作麼生。師曰。汝但舉似諸方。師經行次眾僧隨從。乃謂眾曰。古人有什麼言句大家商量。時有從漪上座出眾擬問次。師曰。遮勿毛驢。漪渙漪然省悟(漪後住天平山)。
襄州鷲嶺の通和尚(第二世住)。僧が問うた。「世尊が道を得た時、地神が虚空神に報じた。和尚が道を得たに、いまだ誰人が報じたかを審らかにせず。」師が言った。「お前の報じ来たを謝す。」
昇州清涼院休復悟空禪師北海人。姓王氏。幼出家十九納戒。嘗自謂曰。苟尚能詮則為滯筏。將趣凝寂復患墮空。既進退莫決。捨二何之。乃參尋宗匠緣會地藏和尚(法眼章述之)後繼法眼住撫州崇壽。甲辰歲江南國主創清涼大道場延請居之。上堂示眾曰。古聖才生下便周行七步目顧四方雲。天上天下唯我獨尊。他便有遮箇方便奇特。只如諸上座初生下時有箇什麼奇特。試舉看。若道無即對面諱卻。若道有又作麼生通得箇消息。還會麼。上座幸然有奇特事。因什麼不知去。珍重。僧問如何是佛。師曰。汝是眾生。曰還肯也無。師曰。虛施此問。問如何是西來意。師曰。汝道此土還有麼。問省要處乞師一言。師曰。珍重。問如何是道。師曰。本來無一物何處有塵埃。僧禮拜。師曰。莫錯會。問如何是一塵入正受。師曰。色即空。曰如何是諸塵三昧起。師曰。空即色。問諸餘即不問。如何是悟空一句。師曰。兩句也。問牛頭未見四祖時為什麼百鳥銜華。師曰。未見四祖。曰見後為什麼不銜華。師曰。見四祖。問如何是自己事。師曰。幾處問人來。問古人得箇什麼即便休歇去。師曰。汝得箇什麼即不休歇去。問如何是學人出身處。師曰。千般比不得萬般況不及。曰請和尚道。師曰。古亦有今亦有問如何是亡僧面前觸目菩提。師曰。問取髑髏後人問。如何是諸佛本源。師曰。汝喚什麼作諸佛。問雨華動地始起雷音。未審和尚此日稱揚何事。師曰。向上座道什麼。曰恁麼即得遇清涼也。師曰。實即得。問毒龍奮迅萬象同然時如何。師曰。爾什麼處得遮箇問頭。師平日居方丈唯毳一襪。每哂同參法眼多為偈頌。晉天福八年癸卯十月朔日遣僧往報恩院。命法眼禪師至方丈囑付。又致書辭國主。取三日夜子時入滅。國主屢遣使候問。令本院至時擊鍾及期大眾並集。師端坐警眾曰。無棄光影語絕告寂。
前杭州龍華寺志球禅師の法嗣
時國主聞鍾登高臺遙禮清涼。深加哀慕仍致祭。茶毘收舍利建塔。
杭州仁王院の俊禅師。僧が問うた。「古に言があると承る、向上の一路は千聖伝えずと。どういうのが向上の伝えぬ事ですか。」師が言った。「向上に問いて将来。」言った。「そうなればすなわち上來当らずして去る。」師が言った。「すでにこのようと知って、歩を踏んで上って来て何をする。」
撫州龍濟山主紹修禪師。初與大法眼禪師同參地藏。所得謂已臻極。暨同辭至建陽。途中譚次法眼忽問曰。古人道。萬象之中獨露身。是撥萬象不撥萬象。師曰。不撥萬象。法眼曰。說什麼撥不撥。師懵然卻迴地藏。地藏問曰。子去未久何以卻迴。師曰。有事未決豈憚跋涉山川。地藏曰。汝跋涉許多山川也還不惡。師未喻旨乃問曰。古人道。萬象之中獨露身意旨如何。地藏曰。汝道古人撥萬象不撥萬象。師曰。不撥。地藏曰。兩箇也。師駭然沈思而卻問曰。未審古人撥萬象不撥萬象。地藏曰。汝喚什麼作萬象。師方惺悟。再辭地藏覲於法眼。法眼語意與地藏開示前後如一。故法眼先住撫州崇壽大振宗風。師後居龍濟山不務聚徒。而學者奔至。師上堂示眾曰。具足凡夫法凡夫不知。具足聖人法聖人不會。聖人若會即是凡夫。凡夫若知即是聖人。此兩語一理二義。若人辨得不妨於佛法中有箇入處。若辨不得莫道不疑。問見色便見心。露柱是色如何是心。師曰。幸然未會且莫詐明頭。問如何得出三界。師曰。汝恁麼問不妨出得三界。問當陽舉唱誰是委者。師曰。非汝不委。問如何是萬法主。師曰。喚什麼作萬法。問教雲。須彌納芥子芥子納須彌。如何是須彌。師曰。穿破汝心。曰如何是芥子。師曰。塞卻汝眼。曰如何納。師曰。把將須彌與芥子來。曰前言何在。師曰。前有什麼言。師有時示眾曰。聲色不到病在見聞。言詮不及過在唇舌。僧問。離卻聲色請和尚道。師曰。聲色裡問將來。問如何是學人心。師曰。阿誰恁麼問。問劫火洞然大千俱壞。未審這箇還壞也無。師曰。不壞。曰為什麼不壞。師曰。為同於大千。問如何是觸目菩提。師曰。特地令人愁。問如何是西來意。師曰。待汝問西來意。我即向汝道。問巨夜之中以何為眼。師曰暗。問纖毫不隔為什麼覷之不見。師曰。作家弄影漢。問古鏡未磨時如何。
前漳州保福院可儔禅師の法嗣
師曰。照破天地。曰磨後如何。師曰。黑似漆。問如何是普眼。師曰。纖毫覷不見。曰為什麼覷不見。師曰。為伊眼太大。問如何是大敗壞底人。師曰。劫壞不曾遷。曰此人還知有佛法也無。師曰。若知有佛法渾成顛倒。曰如何得不顛倒。師曰。直須知有佛法。曰如何是佛法。師曰。大敗壞。問如何是學人常在底心。師曰。還曾問荷玉麼。曰學人不會。師曰。不會夏末問曹山。師著偈頌六十餘首及諸銘論群經略要等。並行於世。
漳州隆壽の無逸禅師。初め堂を開いて座に昇り、良久して衆に謂うた。「諸上座、もし上根の士ならば早くも耳を掩うたであろう。中下の流は頭を競うて側聴する。かくのごとくといえども、なお已むを得ずして言う。諸上座、他時後日に処々に人到って今日の事を問われん。さあどう彼に挙似するか。もし挙げ得れば舌頭を鼓して舌頭を論ず。もし挙げ得なければ三寸無きが如く、さあどう挙げるか。」僧が問うた。「絶妙の宗風、師に垂示を請う。」師は良久した。僧が言った。「そうなればすなわち頓に疑情を決して便ち心源に契う。向上の宗乗はどう言論しますか。」師が言った。「お前が自ら悟るを待って始めて得る。」
杭州天龍寺秀禪師(先住歲豊)師上堂謂眾曰。諸上座多少無事。十二時中在何世界安身立命。且子細點檢看。何不覓箇歇處。因什麼卻與別人點檢。若恁麼去早落第二頭也。時有僧問。承師有言。恁麼去早落第二頭。學人總不恁麼上來。師如何辨白。師曰。汝卻作家。曰恁麼即今日得遇於師也。師曰。汝且莫詐明頭。問承古有言。二人俱錯。未審古人意旨如何。師曰。汝何不自檢責。曰恁麼即人天有賴也。師曰。汝不妨靈利。本國署清慧大師。
前潭州延壽寺慧輪禅師の法嗣
潞州延慶院傳殷禪師。僧問。見色便見心。燈籠是色那箇是心。師曰。汝不會古人意。曰如何是古人意。師曰。燈籠是心。問若能轉物即同如來。未審轉什麼物。師曰。道什麼。僧擬進語。師曰。遮漆桶。
廬山歸宗第十二世の道詮禅師は吉州安福の人。姓は劉氏。生まれながら葷血を悪み、髫齔に本州の思和尚に礼して業を受けた。慧輪和尚の化が長沙に被ると聞き、時に馬氏が荆楚を竊據して建康と接壤していた。師は年二十五で友を結び、険を冒して遠く参尋に来た。馬氏が劉言を滅ぼし其他あるに会い、王逵をもって劉言に代えてその事を領せしめた。逵は師を江表の諜者と疑い、乃ち令して捕えて江に沈めんとした。師は怡然として怖れなかった。逵はこれを異とし、且つ輪和尚に詢ねた。輪が言った。「これは皆法のために躯を忘れる人だ。老僧の虚誉を聞いて故に来たりて決擇するのみ。」逵は悦んでこれを釈き、仍ねて礼重を加えた。師は延壽に栖泊して十稔を経た。輪和尚が寂に帰し、乃ち廬山に回って開先に錫を駐めた。乾德の初め、山の東南の牛首峯の下に茅を結んで室と為した。開寶五年、洪帥の林仁肇が筠陽九峯の隆済院に居るを請い、宗旨を闡揚した。本国は大沙門の号を賜った。僧が問うた。「和尚が親しく延壽に見えたと承る、是か否か。」師が言った。「山前の麦は熟したか否か。」問うた。「九峯山中にまだ佛法があるか否か。」師が言った。「ある。」言った。「どういうのが九峯山中の佛法ですか。」師が言った。「山中の石頭、大なるは大、小なるは小。」尋いで江南国が絶えるに属し、僧徒は例により経業を試された。師の徒衆は並びに禅観を習っていた。乃ち一偈を述べて州牧に聞かせて曰く、
衡嶽南臺守安禪師初住江州悟空院。有僧問。人人盡有長安路如何得到。師曰。即今在什麼處。問如何是西來意。師曰。是什麼意。問如何是本來身。師曰。是什麼身。問寂寂無依時如何。師曰。寂寂底聻。師因有頌曰。
言を忘れて太虚に合せんと比拟す、和気に親疎あらしめんことを免れん。
南臺靜坐一罏香亙日凝然萬事忘
誰か道と徳と全く用無きを知らん、今日僧と為るは書を識るを貴ぶ。
不是息心除忘想都緣無事可思量
時に州牧がこれを閲し、僚佐と議して言った。「旃檀林中は必ず雑樹無し。唯だ師の一院は特に奏して経の試を免ぜよ。」太平興國九年、南康知軍の張南金が先ず疏を具えて師に白し、然る後に道俗を集めて迎請して歸宗道場に坐せしめた。僧が問うた。「どういうのが歸宗の境ですか。」師が言った。「千邪は一直に如かず。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「雪の消うる後を得て待てば、自然に春到来す。」問うた。「どういうのが学人の自己ですか。」師が言った。「床狭ければ先ず臥し、粥稀なれば後に坐す。」問うた。「古人は道う、風の動くに非ず幡の動くに非ず、いかに。」師が言った。「來日路口に市あり。」師は雍熙二年十一月二十八日、中夜に趺坐し、衆に白して順寂した。寿五十六、臘三十七。荼毗して舍利を牛首庵所に塔した。師は頗る歌頌あって世に流伝した。
前福州僊宗契符清法大師法嗣
潭州龍興の裕禅師。僧が問うた。「これ何ぞや、学人の自己は。」師が言った。「張三李四。」言った。「比來自己を問うのに、なぜ張三李四と道うか。」師が言った。「お前は且く草草とするな。」問うた。「諸余は則ち問わない。どういうのが和尚の家風ですか。」師が言った。「家風は則ち且く置く。どれがお前の問わぬ諸余か。」
福州僊宗洞明真覺大師。僧問。拏雲不假風雷便。𤀹浪如何透得身。師曰。何得棄本逐末。
前韶州白雲祥和尚の法嗣
泉州福清廣法大師行欽。初住雲臺院。師上堂謂眾曰。還有人鑒得出麼。若有人鑒得。是什麼湖裡破草鞋。若也鑒不出。落地作金聲。無事久立。僧問。如何是佛法大意。師曰。諸上座大家道取。問如何是譚真逆俗。師曰。客作漢問什麼。曰如何是順俗違真。師曰。吃茶去。問如何是然燈前。師曰。然燈後。曰如何是然燈後。師曰。然燈前。曰如何是正然燈。師曰。吃茶去。問如何是第二月。師曰。汝問我答。師問僧。汝念什麼經。曰法華經。師曰。彼此話墮。
韶州大歴和尚は初め白雲を参じた。白雲が拳を挙げて言った。「我近来そうせず。」師は旨を領して礼拝した。これより入室した。住してのち僧が問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「破草鞋。」問うた。「どういうのが無為ですか。」師は乃ち手を摆った。問うた。「施主の供養に何をもって報答するか。」師は手をもって髭を捻った。僧が言った。「髭あればすなわち捻る、髭なければいかに。」師が言った。「公の境界に非ず。」師が暗室に坐していた。僧が来たりて不審した。師は乃ち一掌を与えた。僧は測らなかった。
前杭州天龍重機大師法嗣
連州寶華和尚。師が上堂して衆に示して言った。「天を看地を看る。新羅国の裏。和南不審。日に万両の黄金を消す。かくのごとくといえども、なお少分なり。」また言った。「十方世界を尽くすは個の木羅漢。幡竿の頭上で一句を道え。」また言った。「天上に龍飛び鳳走り、山間に虎嘯き猿啼く。拈じて鼻孔に向かい一句を道え。」僧が問うた。「どういうのが寶華の境ですか。」師が言った。「前頭は緑水、後面は青山。」僧が言った。「会しません。」師が言った。「末後の一句。」師が僧に問うた。「どの処から来た。」言った。「大容から来ました。」師が言った。「大容は近日どうか。」言った。「近来一瓮の醤を合えました。」師が言った。「沙弥、一碗の水を將りてこの僧に影を照らせ。」僧が問うたに因る。大容が言った。「天賜の六銖を披掛して、後に何をもって我が皇恩に報いん。」大容が言った。「来たりて三事の衲を披き、帰りて六銖の衣を掛く。」師はこれを聞きて乃ち言った。「この老凍〔この字は鼻に従い未識〕、そういう語話を作す。」大容は聞いて人をして語を伝えさせて言った。「何ぞ奴に縁あって断えざるに似ん。」師が言った。「比ねて磚を抛つのはただ玉を引かんと図る。」師が一僧が法堂の階下を過ぐるを見た。師は乃ち繩床を敲いた。僧が言った。「もしこの個ならば請じて拈出せず。」師は喜んで地に下りて之を問うたが、並びに説く処なし。師は乃ち打った。師は時に冠子を戴いて衆に謂うた。「もし俗と道えば且く身に袈裟を披き、もし僧と道えばまた頭に冠子を戴く。」大衆に對なし。
高麗雪嶽令光禪師。僧問。如何是和尚家風。師曰。分明記取。問如何是諸法之根源。師曰。謝指示。
韶州月華和尚は初め白雲に謁した。雲が問うて言った。「業はどんな個か。」師が対して言った。「孔雀経を念ず。」白雲が言った。「好個の人家の男子が鳥雀の後に随う。」師は語を聞いて驚異し、遂に依附して久しくして乃ち旨を契えた。尋いで月華に住した。僧が問うた。「どういうのが月華の家風ですか。」師が言った。「もし家風を問えばすなわち家風を答える。」言った。「学人は家風を問う。」師が言った。「金銅の羅漢。」師が僧に問うた。「どの処から来た。」言った。「大容から来ました。」師が言った。「東路から来たか西路から来たか。」言った。「西路から来ました。」師が言った。「まだ弥陀を見たか。」僧は良久して礼拝した。師が言った。「月華を礼拝して何をする。」師は京に入り上堂した。一官人が出でて礼拝し、起きて頭を低くして良久とした。師が言った。「電を撃つ機は徒らに佇思す。」老宿が法堂に入り到り、東西を顧視して言った。「好個の法堂だが且つ主無し。」師は方丈でこれを聞いて言った。「且く坐せよ。」老宿が問うて言った。「玄中の最的はなお亀毛兎角。二諦の中に向かわずして修めずば、どう密用するか。」師が言った。「側。」言った。「そうなれば則ち拄杖を拗折し草鞋を割断して去る。」師が言った。「細かにして之を詳らかにせよ。」
前婺州國泰瑫禪師法嗣
南雄州地藏和尚が上堂すると僧が問うた。「すでに地藏、地藏はまだ来るか。」師が言った。「仏殿の門を打開き、香を装し水を換えよ。」師は大容和尚とともに白雲に火路を開いた。大容が言った。「三道の寶階は個の火路に何に似るか。」師が言った。「どの処がそうでないか。」
婺州齊雲寶勝禪師。僧問。如何是齊雲境。師曰。龍潭徹底清烏龜得繼名。曰莫即遮箇便是麼。師曰。道高龍虎伏八僊連太平。問如何是齊雲水。師曰。龍潭常徹底擬問即波瀾。曰莫只遮箇便是麼。師曰。古殿無香煙誰人辨清濁。曰未審深深處如何。師曰。闍梨欲識深深處。直須腳下絕雲生。
英州樂淨の含匡禅師は開堂の日に衆に謂うた。「摩竭提国に親しくこの令を行う。擔簦を去却して請う、流を截って相見せん。」僧が問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「耳を側めても功なし。」問うた。「どういうのが樂淨の家風ですか。」師が言った。「天地は人を養う。」問うた。「どういうのが樂淨の境ですか。」師が言った。「功あれば竹を種うるを貪り、暇あれば松を栽えずは無し。」言った。「忽ち客来たるに遇わば、何を將て供養するか。」師が言った。「満園の秋果熟す、要する者は前に近く嘗めよ。」問うた。「菩提座に坐せずして直に彼の邊を過ぐるはいかに。」師が言った。「放過。」問うた。「師は誰の家の曲を唱え、宗風は阿誰を嗣ぐか。」師が言った。「新たに世界を斬り、特に乾坤を地する。」問うた。「龍門に意あり、透る者はいかに。」師が言った。「灘下に接取せよ。」言った。「学人は会しません。」師が言った。「行頭を喚び来い。」問うた。「ただ本を得れば末を愁うなかれ。どういうのが本ですか。」師が言った。「人に問うことを要せず。」言った。「どういうのが末ですか。」師は乃ち指を竪てた。問うた。「どういうのが樂淨の境ですか。」師が言った。「満月團圓は菩薩の面、庭前の棕樹は夜叉の頭。」僧が辞した。師が問うた。「どの処へ行く。」言った。「大容へ行きます。」師が言った。「大容もし楽淨の近日何の言教あるかを問わば、お前はどう対えるか。」僧は語なし。師は代わりて言った。「ただ道え、楽淨近日大容を肯ぜずと。」普請して籬を打つ次に因り、僧が問うた。「古人は種種に方便の門を開く。和尚はなぜ却って攔截するか。」師が言った。「牢く橛を下し著け。」
前福州昇山白龍院道希禪師法嗣
韶州後白雲和尚。初め堂を開いて座に登り衆に謂うた。「從上の宗風は佇思を容れずと不審す。しかれども諸仏の初心の敬禮を念い、后代相承の事は須く方便あるべし。三十年後埋没するを得ず。もし高賢上士ならばその流に在らず。後学初心に個の入路を示す。大衆の頭上を看取せよ。もしも会せざれば葛藤を聴いて去れ。」師は良久してまた言った。「上は諸仏より下は含識に至るまで、個の真心を共にす。さあどれが諸人の心か。まさに情と無情と一体を共にするか。そう見解するは三家里に何に似るか。すでにこのようで得ざればまたどう会するか。直ちに下って会得するも早くも自ら鈍置を相う。もし祖師の門下に據れば、豈にこの階梯を立てんや。眉毛の上を眨ぐも早くも蹉過する。何況んや声前に薦得し句後に投機するをや。会中にまだ知音の者あるか。擔簦を去却して請う、流を截って相見せん。」時に僧が礼拝した。師が言った。「俊なるかな龍象の蹴踏、辺を潤さず。三乗五性皆惺悟す。」僧が再び問を伸べんと拟した。師が言った。「去れ。」問うた。「古琴の絶韻、師に彈くを請う。」師が言った。「伯牙妙手と雖も、時人の聴く者稀なり。」言った。「そうなればすなわち再び子期に遇う。」師が言った。「笑い発して弦を驚かし断つ。寧んぞ調の同じからざるを知らんや。」問うた。「昔日霊山の一会、梵王を主と為す。いまだ白雲は誰人を主と為すかを審らかにせず。」師が言った。「常侍有り。」言った。「そうなればすなわち法雨〔次の一字は雨に従い未識〕群生に頼りあり。」師が言った。「お前はここで梔子を売るな。」
福州廣平玄旨禪師曾住黃檗。上堂示眾曰。還有人證明麼。若有人證明。亦免孤負上祖埋沒後來。若是尋言數句大藏分明。若是祖宗門中怪及什麼處。恁麼道亦是傍瞥之辭。僧問。如何是廣平境。師曰。地擎名山秀谿連海水清。曰如何是境中人。師曰。汝問我答。問如何是法身體。師曰。廓落虛空絕玷瑕。曰如何是體中物。師曰。一輪明月散秋江。曰未審體與物分不分。師曰。適來道什麼。曰恁麼即不分也。師曰。穿耳胡僧笑點頭。
前朗州德山緣密大師の法嗣
福州昇山白龍清慕禪師。僧問。如何是白龍密用一機。師曰。汝每日用什麼。曰恁麼即徒勞側聆。禪便喝出。問一切眾生日用而不知。如何是日用底。師曰。別秖對爾爭得。問不責上來聲前一句請師道。師曰。莫是不辨麼。
潭州鹿苑の文襲禅師。僧が問うた。「遙々師に投ず、師に接するを請う。」師が言った。「五門巷の裏に消息なし。」僧は良久した。師が言った。「会するか。」言った。「会しません。」師が言った。「長樂坡頭に信通わず。」
福州靈峰志恩禪師。僧問。如何是吹毛劍。師曰。我進前汝退後。曰恁麼即學人喪身命去也。師曰。不打水魚自驚。問如何是佛。師曰。更是阿誰。曰既然如此為什麼迷妄有差殊。師曰。但自不亡羊何須泣岐路。問如何是靈峰境。師曰。萬疊青山如飣出。兩條綠水若圖成。曰如何是境中人。師曰。明明密密密密明明。
澧州藥山の可瓊禅師(第九世住)、後に江陵延壽に住した。僧が問うた。「師に話に答えるを請う。」師が言った。「好し。」言った。「まだ当ることを得るか。」師が言った。「さらに問え。」僧が問うて言った。「巨嶽はかつて寸土に乏しまず。師の今苦口は何人のためか。」師が言った。「延壽もまた道い過ぐるを要す。」言った。「この問を申せざれば、焉んぞ我が師を辨えん。」師は喝した。その僧は礼拝した。師は便ち打った。
福州東禪玄亮禪師。僧問。本無迷悟為什麼卻有眾生。師曰。話墮。問祖祖相傳傳法印。師今繼嗣嗣何方。師曰。特謝證明。曰恁麼即白龍當時親受記。今日應聖度迷津。師曰。汝莫錯認定盤星。
前西川青城香林澄遠禅師の法嗣
漳州報劬院玄應定慧禪師泉州晉江縣人也。姓吳氏。幼出家於本州開元寺九佛院。稟具探律乘。閱大藏終秩。乃之福州謁白龍希和尚印可心地。卻歸本州清豁。會清豁長老罷唱保福庵。於貴湖一見。以同道相契。豁命檀信於庵之西青陽山創室。請師宴處二十餘載。開寶三年屬泉州帥陳洪進仲子文顥任漳州刺史於水南創大禪苑曰報劬。屢請師住持。固辭不往。師之兄仁濟為軍校。文顥因遣仁濟入山述意勤懇。師不得已出山。時參學四集。僅千五百人隨從入院大啟法筵。僧問。如何是第一義。師曰。如何是第一義。曰學人請益。師何以倒問學人。師曰。汝適來請益什麼。曰第一義。師曰。汝謂之倒問耶。問如何是古佛道場。師曰。今夏堂中千五百僧。陳帥以師之道德聞於太祖皇帝。賜紫衣師號。開寶八年將順世。先七日遺書辭陳守。仍示一偈曰。
灌州羅漢和尚。僧が問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師が言った。「井中の紅焰、日裏の浮漚。」言った。「どう領会しますか。」師が言った。「遙かに扶桑の日の彼の邊を指す。」(底本は「摶桑」に作る)問うた。「どういうのが羅漢の境ですか。」師が言った。「地は香積水に連なり、門は聖峯山に對す。」問うた。「すでに羅漢、なぜ却って人の轉動を受けるか。」師が言った。「眼睛を換え髑髏を轉じ却れ。」
今年六十六世壽有延促
前鄂州黄龍晦機禅師の法嗣
無生火熾然有為薪不續
洛京長水紫蓋の善沼禅師。僧が問うた。「死中に活を得る時はどうか。」師が言った。「鎌を抱き骨を刮って天地を熏り、棺中に炮烈して托生を求む。」問うた。「纔かに生まれて便ち死する時はどうか。」師が言った。「疾を覚るを頼み得る。」
出谷與歸源一時俱備足
眉州黄龍の繼達禅師。僧が問うた。「どういうのが衲ですか。」師が言った。「針去りて線回らず。」言った。「どういうのが帔ですか。」師が言った。「横に四世界を铺き、竪に一乾坤を蓋う。」言った。「道満ちて到来する時はいかに。」師が言った。「羹を要すれば羹を与え、飯を要すれば飯を与える。」問うた。「黄龍世に出でて金翅鳥空に満ちて飛ぶ時はいかに。」師が言った。「お前の金翅鳥に問う、まだ飽を得るか否か。」
