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景徳伝燈録巻第十八

宋 · 道原 · 第96巻 / 151

湖州清淨和尚

湖州清浄和尚

益州永安雪峰和尚

益州永安雪峯和尚

盧僊德明禪師

盧僊徳明禅師

撫州明水懷忠禪師

撫州明水懐忠禅師

益州懷果禪師

益州懐果禅師

杭州耳相行修禪師

杭州耳相行修禅師

嵩山安德禪師(已上一十一人無機緣語句不錄)

嵩山安徳禅師(已上一十一人は機縁の語句無く録せず)

青原山行思禪師第六世之三

青原山行思禅師の第六世其の三

福州雪峰義存禪師法嗣下

福州雪峯義存禅師の法嗣下

福州安國院明真大師弘瑫。泉州人也。姓陳氏。幼絕葷茹自誓出家。於龍華寺東禪始圓戒體。而造於雪峰雪峰觀其少俊堪為法器。乃導以本心信入過量。復遍參禪苑獲諸方三昧卻迴雪峰。雪峰問。什麼處來。曰江西來。雪峰曰。什麼處見達磨。曰分明向和尚道。雪峰曰。道什麼。曰什麼處去來。一日雪峰見師忽搊住曰。盡乾坤是箇解脫門。把手教伊入不肯入。曰和尚怪弘瑫不得。雪峰曰。雖然如此爭奈背後許多師僧何。師因舉國師碑文雲。得之於心伊蘭作栴檀之樹。失之於旨甘露乃蒺䔧之園。拈問僧曰。一語須具得失兩意。汝作麼生道。僧舉拳曰。不可喚作拳頭也。師不肯。亦舉拳別雲。只為喚遮箇作拳頭。師受請止囷山毳徒臻集。後閩帥嚮師道德。命居安國寺大闡玄風。徒餘八百矣。僧問。如何是西來意。師曰。是即是莫錯會。問如何是第一句。師曰。問問。問學人上來未盡其機請師盡機。師良久。僧禮拜。師曰。忽到別處人問汝作麼生舉。曰終不敢錯舉。師曰。未出門已見笑具。問如何是達磨傳底心。師曰。素非後躅。問如何是宗乘中事。師曰。不可為老兄散卻眾也。問不落有無之機請師全道。師曰。汝試斷看。問如何是一毛頭事。師拈起袈裟。僧曰。乞師指示。師曰。抱璞不須頻下淚。來朝更獻楚王看。問寂寂無言時如何。師曰。更進一步。問凡有言句皆落因緣方便。不落因緣方便事如何。師曰。桔橰之士頻逢。抱甕之流罕遇。問向上一路千聖不傳。未審和尚如何傳。師曰。且留口吃飯著。問如何是高尚底人。師曰。河濱無洗耳之叟。磻溪絕垂釣之人。問十二時中如何救得生死。師曰。執缽不須窺眾樂。履氷何得步參差。問學人擬問宗乘。師還許也無。師曰。但問。僧擬問。師乃喝出。問目前生死如何免得。師曰。把將生死來。問知有底人為什麼道不得。師曰。汝爺名什麼。問如何是活人之劍。

福州安国院の明真大師弘瑫は、泉州の人、姓は陳。幼くして葷茹を絶ち、自ら出家を誓った。竜華寺東禅に於て始めて戒体を円し、雪峯に造った。雪峯は其の少俊を観て法器と為すに堪えたりとし、乃ち本心を以て導き、過量に信入せしめた。復た遍く禅苑に参じ、諸方の三昧を獲て、却って雪峯に回った。雪峯が問うた。「何の処か来たる。」言った。「江西より来たり。」雪峯が言った。「何の処か達磨を見る。」言った。「分明に和尚に向かって道う。」雪峯が言った。「何を道う。」言った。「何の処か去り来たる。」ある日雪峯は師を見て忽ち搊い住まりて言った。「乾坤を尽くすは個の解脱門なり。手を把りて伊を教えて入れんも肯じて入らず。」言った。「和尚は弘瑫を怪しむことを得ず。」雪峯が言った。「此の如くと雖も、争奈背後に許多の師僧有るを何。」師は因りて国師の碑文を挙げて言った。「之を心に得れば伊蘭も栴檀の樹を作し、之を旨に失えば甘露も乃ち蒺藜の園なり。」拈じて僧に問うた。「一語は須らく得失の両意を具すべし。お前如何に道う。」僧は拳を挙げて言った。「喚んで拳头と作すべからず。」師は肯んぜず。亦た拳を挙げて別に言った。「只だ此の個を喚んで拳头と作すが為なり。」師は請を受けて囷山に止まり、毳徒は臻り集まった。後に閩帥は師の道徳に向かい、命じて安国寺に居らしめ、大いに玄風を闡いた。徒は八百に余れり。僧が問うた。「如何なるか是れ西来の意。」師は言った。「是は即ち是なり、会を錯る莫れ。」問うた。「如何なるか是れ第一句。」師は言った。「問い問え。」問うた。「学人上り来たりて其の機を尽さず、師に請うて機を尽さん。」師は良久とした。僧は礼拜した。師は言った。「忽ち別の処の人に到りてお前如何に挙ぐると問わば。」言った。「終に敢えて挙げを錯らず。」師は言った。「未だ門を出でずして已に笑具を見たり。」問うた。「如何なるか是れ達磨の伝う底の心。」師は言った。「素より後躅に非ず。」問うた。「如何なるか是れ宗乗中の事。」師は言った。「老兄の為に衆を散却すべからず。」問うた。「有無に落ちざるの機、師に請うて全く道わん。」師は言った。「お前試みに断じて看よ。」問うた。「如何なるか是れ一毛頭の事。」師は袈裟を拈起した。僧は言った。「師に乞うて指示せん。」師は言った。「璞を抱いて頻りに涙を下す須からず、来朝更に楚王に献じて看さん。」問うた。「寂寂として言無き時は如何。」師は言った。「更に一歩を進めよ。」問うた。「凡そ言句有れば皆因縁方便に落つ。因縁方便に落ちざる事は如何。」師は言った。「桔槔の士は頻りに逢い、甕を抱くの流は罕に遇う。」問うた。「向上の一路は千聖伝えず。未だ審らかならず和尚は如何に伝うる。」師は言った。「且く口を留めて飯を喫せよ。」問うた。「如何なるか是れ高尚の底の人。」師は言った。「河浜に耳を洗うの叟無く、磻谿に垂釣の人絶ゆ。」問うた。「十二時の中に如何に生死を救うを得る。」師は言った。「鉢を執りて衆楽を窺う須からず、氷を履みて何ぞ歩の参差なるを得ん。」問うた。「学人宗乗を問わんと擬す、師は還って許すや無か。」師は言った。「但だ問え。」僧は問わんと擬した。師は乃ち喝い出した。問うた。「目前の生死は如何に免れ得る。」師は言った。「生死を把りて将て来れ。」問うた。「有るを知る底の人は何を以てか道い得ざる。」師は言った。「お前の爺の名は何か。」問うた。「如何なるか是れ人を活かすの剣。」

師曰。不敢瞎卻汝。曰如何是殺人之刀。師曰。只遮箇是。問不犯鋒鋩如何知音。師曰。驢年去。問苦澁處乞師一言。師曰。可殺沈吟。曰為什麼如此師曰。也須相悉好。問常居正位底人還消得人天供養否。師曰。消不得。曰為什麼消不得。師曰。是什麼心行。曰什麼人消得。師曰。著衣吃飯底消得。師舉。稜和尚住招慶時。在法堂東角立謂僧曰。遮裡好致一問。僧便問。和尚為何不居正位。稜曰。為汝恁麼來。曰即今作麼生。稜曰。用汝眼作麼。師舉畢乃曰。他家恁麼問別是箇道理。如今作麼生道。後安國曰恁麼即大眾一時散去得也。師亦自代曰。恁麼即大眾一時禮拜。

(師は接いで言った。)「お前を瞎却すること敢えてせず。」言った。「如何なるか是れ人を殺すの刀。」師は言った。「只だ此の個是れ。」問うた。「鋒芒を犯さず如何に知音せん。」師は言った。「驢年に去れ。」問うた。「苦渋の処、師に乞うて一言せん。」師は言った。「殺すべき沈吟。」言った。「何を以てか此の如く。」師は言った。「亦た須らく相悉するを好しとすべし。」問うた。「常に正位に居る底の人は還って人天の供養を消得する否。」師は言った。「消得せず。」言った。「何を以てか消得せざる。」師は言った。「是れ何の心行。」言った。「何人か消得する。」師は言った。「衣を著け飯を喫する底は消得す。」師は挙げた。稜和尚が招慶に住する時、法堂の東角に立ちて僧に対して言った。「此の裏は好く一問を致すべし。」僧は便ち問うた。「和尚は何を為にか正位に居らざる。」稜が言った。「お前の恁么来るが為なり。」言った。「即今如何。」稜が言った。「お前の眼を用いて何を作さん。」師は挙げ畢りて乃ち言った。「他家の恁么問うは別に是れ個の道理有り。如今如何に道う。」後に安国が言った。「恁么ならば即ち大衆は一時に散去し得る也。」師も亦た自ら代えて言った。「恁么ならば即ち大衆は一時に礼拜せん。」

襄州雲蓋山雙泉院歸本禪師(亦曰西雙泉。以隋州有東雙泉故也)京兆府人也。幼出家。十六納戒念法華經。初禮雪峰。雪峰下禪床跨背而坐。師於是省覺。僧問。如何是雙泉。師曰可惜一雙眉。曰學人不會。師曰。不曾煩禹力湍流事不知。問如何是西來的的意。師乃搊住。其僧變色。師曰。我遮裡無遮箇。師手指纖長特異於人。號手相大師。

襄州雲蓋山双泉院の帰本禅師(亦た西双泉と曰う。隋州に東双泉有るを以てなり)は、京兆府の人。幼くして出家し、十六にして戒を納れ法華経を念じた。初め雪峯に礼した。雪峯は禅床を下りて背を跨いで坐った。師は是に於いて省覚した。僧が問うた。「如何なるか是れ双泉。」師は言った。「可惜一双の眉。」言った。「学人は会せず。」師は言った。「嘗て禹の力を煩わさず、湍流の事を知らず。」問うた。「如何なるか是れ西来の的的の意。」師は乃ち搊い住まった。其の僧は色を変えた。師は言った。「我此の裏に此の個無し。」師は手指纖長にして人に異特なり。手相大師と号す。

韶州林泉和尚(先住巘山)僧問。如何是塵。師曰。不覺成丘山。師謁白雲慈光大師辭出。白雲門送扶師下階曰。款款莫教躂倒。師曰。忽然躂倒又作麼生。白雲曰。更不用扶也。師大笑而退。

韶州林泉和尚(先に𪩘山に住す)。僧が問うた。「如何なるか是れ塵。」師は言った。「覚えずして丘山と成る。」師は白雲慈光大師に謁して辞し出でた。白雲は門まで送り、師を扶けて階を下りて言った。「款款たれ、跶倒せしむる莫れ。」師は言った。「忽然として跶倒せば又作么生。」白雲が言った。「更に扶くるを用いず。」師は大笑して退いた。

洛京南院和尚。問如何是法法不生。師曰。生也。有儒士博覽古今。時人呼為張百會。一日來謁師。師曰。莫是張百會麼。曰不敢。師以手於空畫一畫曰。會麼。曰不會。師曰一尚不會。什麼處得百會來。

洛京南院和尚。問うた。「如何なるか是れ法法生ぜず。」師は言った。「生ぜり。」儒士有りて古今を博覧す。時人はこれを張百会と呼ぶ。ある日来りて師に謁した。師は言った。「是れ張百会に非ずや莫し。」言った。「敢えてせず。」師は手を以て空に一画を画きて言った。「会すか。」言った。「会せず。」師は言った。「一すら尚お会せず、何の処か百会を得る。」

越州洞巖可休禪師。問如何是洞巖正主。師曰。開著。問如何是和尚親切為人處。師曰。大海不宿屍。問如何是向上一路。師舉衣領示之。問學人遠來請師方便。師曰。方便了也。

越州洞巖可休禅師。問うた。「如何なるか是れ洞巖の正主。」師は言った。「開きて著く。」問うた。「如何なるか是れ和尚の親切に人を為す処。」師は言った。「大海は屍を宿さず。」問うた。「如何なるか是れ向上の一路。」師は衣領を挙げてこれに示した。問うた。「学人遠く来たり、師に請うて方便せん。」師は言った。「方便し了えり。」

定州法海院行周禪師。問風恬浪靜時如何。師曰。吹倒南牆。問如何是道中寶。師曰。不露光。曰莫便是否。師曰。是即露也。

定州法海院行周禅師。問うた。「風恬かに浪静かなる時は如何。」師は言った。「南牆を吹倒す。」問うた。「如何なるか是れ道中の宝。」師は言った。「光を露わさず。」言った。「便ち是か否や莫し。」師は言った。「是ならば即ち露わる也。」

杭州龍井通禪師。處棲上座問。如何是龍井龍。師曰。意氣天然別。神筆畫不成。曰為什麼畫不成。師曰。出群不戴角不與類中同。曰還解行雨也無。師曰。普潤無邊際處處皆結粒。曰還有宗門中事也無。師曰有。曰如何是宗門中事。師曰從來無形段應物不曾虧。問如何是吹毛劍。師曰。拽出死屍著。

杭州竜井通禅師。処栖上座が問うた。「如何なるか是れ竜井の竜。」師は言った。「意気は天然に別なり、神筆も画き成さず。」言った。「何を以てか画き成さざる。」師は言った。「群を出でて角を戴かず、類中に与に同じからず。」言った。「還って雨を行うを解すや無か。」師は言った。「普く潤して辺際無く、処処皆粒を結ぶ。」言った。「還って宗門中の事有るや無か。」師は言った。「有り。」言った。「如何なるか是れ宗門中の事。」師は言った。「従来形段無し、物に応じて嘗て虧けず。」問うた。「如何なるか是れ毛を吹く剣。」師は言った。「死屍を拽出して著け。」

漳州保福院從展禪師福州人也。姓陳氏。年十五禮雪峰為受業師。十八本州大中寺具戒。遊吳楚間。後歸執侍雪峰。一日忽召曰。還會麼。師欲近前。雪峰以杖拄之。師當下知歸。作禮而退。又常以古今方便詢於長慶稜和尚。稜深許之。長慶稜和尚有時雲。寧說阿羅漢有三毒。不說如來有二種語。不道如來無語。只是無二種語。師曰。作麼生是如來語。曰聾人爭得聞。師曰。情知和尚向第二頭道。長慶卻問。作麼生是如來語。師曰。吃茶去(雲居錫雲。什麼處是長慶向第二頭道處)因舉。盤山雲。光境俱亡復是何物。洞山雲。光境未亡復是何物。師曰。據此二尊者商量猶未得勦絕。乃問長慶。如今作麼生道得勦絕。長慶良久。師曰。情知和尚向山鬼窟裡作活計。長慶卻問。作麼生。師曰。兩手扶犁水過膝。一日長慶問。見色便見心。還見船子麼。師曰見。曰船子且置。作麼生是心。師卻指船子(歸宗柔別雲。和尚只解問人)雪峰謂眾曰。諸上座。到望州亭與上座相見了。到烏石嶺與上座相見了。到僧堂前與上座相見了。師舉問鵝湖曰。僧堂前相見即且置只如望州亭烏石嶺什麼處是相見。鵝湖驟步入方丈。師歸僧堂(東禪齊雲。此二尊宿會處是相見不相見。試斷看)梁貞明四年丁丑歲漳州刺史王公欽承道譽創保福禪苑迎請居之。開堂日王公禮跪三請。躬自扶掖升堂。師曰。須起箇笑端作麼。然雖如此再三不容推免。諸仁者。還識麼。若識得便與古佛齊肩。時有僧出方禮拜。師曰。晴乾不肯去要待雨淋頭。僧乃申問曰。郡守崇建精舍大闡真風。便請和尚舉揚宗教。師曰。還會麼。曰恁麼即群生有賴也。師曰。莫把那不淨塗汙人好。僧出禮拜。師曰。大德好與麼莫覆卻船子。問泯默將何為則。師曰。落在什麼處。曰不會。師曰。𥋙(五合切)睡漢出去。師見一僧乃以杖子打露拄。又打其僧頭。僧作痛聲。師曰。

漳州保福院の従展禅師は、福州の人、姓は陳。年十五にして雪峯に礼して受業師と為し、十八に本州大中寺にて戒を具えた。呉楚の間を遊んだ。後に帰りて雪峯に執侍した。ある日忽ち召して言った。「還って会すか。」師は前に近づかんと欲した。雪峯は杖を以てこれを拄いた。師は当下に帰するを知り、礼を作して退いた。又常に古今の方便を以て長慶稜和尚に詢ねた。稜は深くこれを許した。長慶稜和尚は時に言った。「寧ろ阿羅漢に三毒有りと説け、如来に二種の語有りと説く莫れ。如来の語無しと道わず、只だ是れ二種の語無し。」師は言った。「如何なるか是れ如来の語。」言った。「聾人は争でか聞くを得ん。」師は言った。「情知す、和尚は第二頭に向かって道うを。」長慶は却って問うた。「如何なるか是れ如来の語。」師は言った。「茶を喫しに去れ。」(雲居の錫が言った。「何の処か是れ長慶が第二頭に向かって道う処。」)盤山の説くを挙げるの因り、「光境俱に亡びて復た是れ何物。」洞山が言った。「光境未だ亡びざれば復た是れ何物。」師は言った。「此に拠れば二尊者の商量は猶お剿絶を得ず。」乃ち長慶に問うた。「如今如何に道えば剿絶を得る。」長慶は良久とした。師は言った。「情知す、和尚は山鬼の窟裏に向かって活計を作すを。」長慶は却って問うた。「如何。」師は言った。「両手に犁を扶け水は膝に過ぐ。」ある日長慶が問うた。「色を見れば便ち心を見る。還って船子を見るか。」師は言った。「見る。」言った。「船子は且く置く、如何なるか是れ心。」師は却って船子を指した。(帰宗の柔が別に言った。「和尚は只だ人に問うを解す。」)雪峯は衆に対して言った。「諸の上座、望州亭に到りて上座と相見えり、烏石嶺に到りて上座と相見えり、僧堂の前に到りて上座と相見えり。」師は挙げて鵝湖に問うた。「僧堂の前の相見は即ち且く置く、只だ望州亭・烏石嶺は何の処か是れ相見の如き。」鵝湖は驟りて歩み方丈に入った。師は僧堂に帰った。(東禅の斉が言った。「此の二尊宿の会する処は是れ相見か不相見か。試みに断じて看よ。」)梁の貞明四年丁丑の歳、漳州刺史王公は道誉を欽承し、保福禅苑を創して迎請して居らしめた。堂を開く日、王公は礼跪して三請し、躬ら自ら扶掖して堂に升らしめた。師は言った。「個の笑端を起さんと須らく何を作さん。然りと雖も再三推免を容れず。諸の仁者、還って識るか。若し識得せば便ち古仏と肩を斉えん。」時に僧有りて出でて方に礼拜した。師は言った。「晴乾には肯じて去らず、雨淋頭を待つを要す。」僧は乃ち問を申した。「郡守は精舎を崇建して真風を大いに闡く。便ち和尚に請うて宗教を挙揚せん。」師は言った。「還って会すか。」言った。「恁么ならば即ち群生は頼み有る也。」師は言った。「那不浄を把りて人を塗污する好き莫れ。」僧は出でて礼拜した。師は言った。「大徳は好し與么、船子を覆却する莫れ。」問うた。「泯黙は何を将てか則と為す。」師は言った。「何の処に落つる。」言った。「会せず。」師は言った。「瞌睡の漢は出去せよ。」(底本は此の字を「𥋙」と作す)師は一僧を見て乃ち杖子を以て露柱を打ち、又其の僧の頭を打った。僧は痛みの声を作した。師は言った、

那箇為什麼不痛。僧無對(玄覺代雲。貪行拄杖)問摩騰入漢一藏分明。達磨西來將何指示。師曰。上座行腳事作麼生。曰不會。師曰。不會會取好。莫傍家取人處分。若是久在叢林。麁委些子遠近。可以隨處任真。其有初心後學未知次序。山僧所以不惜口業。向汝道塵劫來事。只在如今還會麼。然佛法付囑國王大臣郡守。昔同佛會今方如是。若是福祿榮貴則且不論。只如當時受佛付囑底事。還記得麼。若識得便與千聖齊肩。儻未識得直須諦信。此事不從人得。自己亦非言多。去道轉遠。直道言語道斷心行處滅。猶未是在。久立珍重。異日上堂大眾雲集。師曰。有人從佛殿後過見是張三李四。從佛殿前過為什麼不見。且道佛法利害在什麼處。僧曰。為有一分麁境所以不見。師乃叱之。自代曰。若是佛殿即不見。僧曰。不是佛殿還可見否。師曰。不是佛殿見什麼。問十二時中如何據驗。師曰。恰好據驗。曰學人為什麼不見。師曰。不可更揑目去也。問主伴重重極十方而齊唱。如何是極十方而齊唱。師曰。汝何不教別人問。問因言辯意時如何。師曰。因什麼言。僧低頭良久。師曰。擊電之機徒勞佇思。問欲入無為海須乘般若船。如何是般若船。師曰。便請。曰便恁麼進去時如何。師曰。也是涅槃堂裡漢。師見僧吃飯乃托缽曰。家常。僧曰。和尚是什麼心行。有尼到參。師曰。阿誰。侍者報曰。覺師姑。師曰。既是覺師姑用來作麼。尼曰。仁義道中即不無。師自別雲。和尚是什麼心行(玄覺因舉。法眼見僧擔土。乃以一塊土放擔上雲。吾助汝。僧雲。謝和尚慈悲。法眼不肯。有一僧別雲。和尚是什麼心行。法眼便休。玄覺徵雲。此三則語一般別有道理。什麼處是心行處)閩帥遣使送朱記到。師上堂曰。去即印住住即印破。僧曰。不去不住用印奚為。師乃打之。僧曰。恁麼即山鬼窟裡全因今日也。

(師は接いで言った。)「那の個は何を為にか痛まざる。」僧は対えず。(玄覚が代えて言った。「拄杖を行ずるを貪る。」)問うた。「摩騰の漢に入りて一蔵分明なり。達磨の西来は何を将てか指示せん。」師は言った。「上座の行脚の事は如何。」言った。「会せず。」師は言った。「会せざれば会取するを好しとせよ。傍家に人の処分を取る莫れ。若し是れ久しく叢林に在らば、粗く些子の遠近を委ね、随処に任真すべし。其の初心後学の未だ次序を知らざる有り、山僧の口業を惜しまざる所以、お前に向かって塵劫来の事を道う、只だ如今在るのみ。還って会すか。然るに佛法は国王大臣郡守に付嘱す。昔は仏会に同じく今方に此の如し。若し是れ福禄栄貴ならば則ち且く論ぜず。只だ当時仏の付嘱を受くる底の事の如き、還って記え得るか。若し識得せば便ち千聖と肩を斉えん。儻し未だ識得せざれば直ちに須らく諦信すべし。此の事は人より得ず、自己も亦た非ず。言多ければ道に去ること転た遠し。直ちに道えば言語道断し心行の処滅す、猶お未だ是に在らず。久しく立ちて珍重。」異日上堂して大衆雲の如く集まる。師は言った。「人有りて仏殿の後より過ぎて是れ張三李四を見、仏殿の前より過ぐれば何を為にか見ざる。且く道え、佛法の利害は何の処に在る。」僧は言った。「一分の粗境有るが為に見えざる所以。」師は乃ちこれを叱った。自ら代えて言った。「若し是れ仏殿ならば即ち見えず。」僧は言った。「仏殿に非ざれば還って見るべき否。」師は言った。「仏殿に非ざれば何を見る。」問うた。「十二時の中に如何に拠験する。」師は言った。「恰好に拠験す。」言った。「学人は何を為にか見ざる。」師は言った。「更に目を捏むべからず。」問うた。「主伴重重にして十方を極めて斉しく唱う。如何なるか是れ十方を極めて斉しく唱う。」師は言った。「お前何ぞ別人を教えて問わしめざる。」問うた。「言に因りて意を辨ずる時は如何。」師は言った。「何の言に因る。」僧は頭を低れて良久とした。師は言った。「電を撃つの機は徒らに佇思の労。」問うた。「無為の海に入らんと欲せば須らく般若の船に乗るべし。如何なるか是れ般若の船。」師は言った。「便ち請え。」言った。「便ち恁么に進入する時は如何。」師は言った。「亦是れ涅槃堂裏の漢。」師は僧の飯を喫するを見て乃ち鉢を托して言った。「家常。」僧は言った。「和尚は是れ何の心行。」尼有りて到りて参じた。師は言った。「阿誰。」侍者が報じて言った。「覚師姑。」師は言った。「既に是れ覚師姑ならば用いて来たりて何を作さん。」尼は言った。「仁義の道中には即ち無からず。」師は自ら別に言った。「和尚は是れ何の心行。」(玄覚は因りて挙げた。法眼は僧の土を担うを見、乃ち一塊の土を以て担の上に放して言った。「吾はお前を助く。」僧は言った。「和尚の慈悲を謝す。」法眼は肯んぜず。一僧有りて別に言った。「和尚は是れ何の心行。」法眼は便ち休んだ。玄覚は征して言った。「此の三則の語は一般にして別に道理有り。何の処か是れ心行の処。」)閩帥は使を遣わし朱印を送りて到らしめた。師は上堂して言った。「去れば即ち印住し、住すれば即ち印破る。」僧は言った。「去らず住せざれば印を用いて奚を為さん。」師は乃ちこれを打った。僧は言った。「恁么ならば即ち山鬼の窟裏は全く今日に因る也。」

師默而已(玄覺雲。什麼處是山鬼窟。叢林中道住在不去不住處。便是山鬼窟。所以打破。如此商量正是鬼窟。且道。保福打伊意作麼生)師問僧。什麼處來。曰江西。師曰。學得底那。曰拈不出。師曰。作麼生(法眼別雲。謾語)僧無對。師舉洞山真讚雲。徒觀紙與墨不是山中人。僧問。如何是山中人。師曰。汝試貌掠看。曰若不黠兒幾成貌掠。師曰。汝是黠兒。曰和尚是什麼心行。師曰。來言不豐。師見僧數錢乃展手曰。乞我一錢。曰和尚因何到恁麼地。師曰。我到恁麼地。曰若到恁麼地將取一文去。師曰。汝為何到恁麼地。師問僧什麼處來。曰江西觀音。師曰。還見觀音麼。曰見。師曰。左邊見右邊見。曰見時不歷左右(法眼別雲如和尚見)問如何是入火不燒入水不溺。師曰。若是水火即被燒溺。師問飯頭。鑊闊多少。曰和尚試量看。師以手作量勢。曰。和尚莫謾某甲。師曰。卻是汝謾我。問欲達無生路應須識本源。如何是本源。師良久卻問侍者。適來僧問什麼。其僧再舉。師乃喝出。曰我不患聾。問學人近入叢林乞師全示入路。師曰。若教全示我卻禮拜汝。師見一僧乃曰。汝作什麼業來得恁麼長大。曰和尚短多少。師蹲身作短勢。僧曰。和尚莫謾人好。師曰。卻是汝謾我。師令侍者屈隆壽長老雲。但獨自來莫將侍者來。壽曰。不許將來爭解離得。師曰。大殺恩愛。壽無對。師自代曰。更謝和尚上足傳示。師住保福僅一紀。學眾常不下七百。其接機利物不可備錄。閩帥禮重為奏命服。唐天成三年戊子示有微疾。僧入丈室問訊。師謂之曰。吾與汝相識年深。有何方術相救。僧曰。方術甚有。聞說和尚不解忌口(法燈別雲。和尚解忌口麼)又謂眾曰。吾旬日來氣力困劣別無他。只是時至。僧問。時既至矣。師去即是住即是。師曰道。曰恁麼即某甲不敢造次。師曰。失錢遭罪。言訖跏趺告寂。

(僧は接いで言った。師は黙のみ。)(玄覚が言った。「何の処か是れ山鬼の窟。叢林の中に道う、去らず住せざる処に住するは便ち是れ山鬼の窟、所以に打破す。此の如く商量するは正に是れ鬼の窟。且く道え、保福が伊を打つの意は如何。」)師は僧に問うた。「何の処か来たる。」言った。「江西。」師は言った。「学び得る底か那。」言った。「拈出せず。」師は言った。「如何。」(法眼が別に言った。「謾語。」)僧は対えず。師は洞山の真賛を挙げて言った。「徒らに紙と墨とを観るは是れ山中の人に非ず。」僧が問うた。「如何なるか是れ山中の人。」師は言った。「お前試みに貌掠して看よ。」言った。「若し黠児に非ざれば幾らくも貌掠を成さん。」師は言った。「お前は是れ黠児。」言った。「和尚は是れ何の心行。」師は言った。「来言は豊かならず。」師は僧の銭を数えるを見て乃ち手を展げて言った。「我一銭を乞わん。」言った。「和尚は因何に恁么の地に到る。」師は言った。「我は恁么の地に到る。」言った。「若し恁么の地に到らば一文を将て取りて去れ。」師は言った。「お前は何を為に恁么の地に到る。」師は僧に問うた。「何の処か来たる。」言った。「江西の観音。」師は言った。「還って観音を見るか。」言った。「見る。」師は言った。「左辺に見るか右辺に見るか。」言った。「見る時は左右を歴らず。」(法眼が別に言った。「和尚の見るが如し。」)問うた。「如何なるか是れ火に入りて焼かれず水に入りて溺れざる。」師は言った。「若し是れ水火ならば即ち焼溺せられん。」師は飯頭に問うた。「鑊の闊さは多少。」言った。「和尚試みに量りて看よ。」師は手を以て量るの勢を作した。言った。「和尚は某甲を謾する莫れ。」師は言った。「却って是れお前が我を謾する。」問うた。「無生の路に達せんと欲せば応に須らく本源を識るべし。如何なるか是れ本源。」師は良久として却って侍者に問うた。「適来の僧は何を問うた。」其の僧は再び挙げた。師は乃ち喝い出した。言った。「我は聾を患えず。」問うた。「学人近く叢林に入りて師に乞うて全く入路を示さん。」師は言った。「若し全く示さしめば我は却ってお前を礼拜せん。」師は一僧を見て乃ち言った。「お前何の業を作して恁么の長大を得て来たる。」言った。「和尚は短きこと多少。」師は身を蹲めて短きの勢を作した。僧は言った。「和尚は人を謾する好き莫れ。」師は言った。「却って是れお前が我を謾する。」師は侍者を令して隆寿長老を屈して言った。「但だ独自に来たれ、侍者を将て来る莫れ。」寿が言った。「将て来るを許さずんば争でか離れるを解せん。」師は言った。「大いに殺す恩愛。」寿は対えず。師は自ら代えて言った。「更に和尚の上足の伝示を謝す。」師は保福に住すること僅かに一紀。学衆は常に七百を下らず。其の機を接し物を利するは備え録すべからず。閩帥は礼を重んじ為に命服を奏した。唐の天成三年戊子に微疾有るを示した。僧は丈室に入りて問訊した。師は之に対して言った。「吾はお前と相識ること年深し。何の方術か有りて相救う。」僧は言った。「方術は甚だ有り。聞くに和尚は忌口を解せずと。」(法燈が別に言った。「和尚は忌口を解するか。」)又衆に対して言った。「吾は旬日の来気力困劣にして別に他無し。只だ是れ時至れり。」僧が問うた。「時既に至れり。師は去る即是か住する即是か。」師は言った。「道。」言った。「恁么ならば即ち某甲は敢えて造次せず。」師は言った。「銭を失いて罪に遭う。」言い訖りて跏趺して寂を告げた。

即三月二十一日也。

即ち三月二十一日なり。

泉州睡龍山道溥號弘教大師。福州福唐人也。姓鄭氏。寶林院受業。自雪峰印心住五峰。上堂曰。莫道空山無秖待。便歸方丈。僧問。凡有言句不出大千頂。未審頂外事如何。師曰。凡有言句不是大千頂。曰如何是大千頂。師曰。摩醯首羅天猶是小千界。問初心後學近入叢林方便門中乞師指示。師敲門枋。僧曰。向上還有事也無。師曰有。曰如何是向上事。師再敲門枋。

泉州睡竜山の道溥は、弘教大師と号す。福州福唐の人、姓は鄭。宝林院に業を受けた。雪峯より心を印されて五峯に住した。上堂して言った。「空山に只待無しと道う莫れ。」便ち方丈に帰った。僧が問うた。「凡そ言句有れば大千の頂を出でず。未だ審らかならず頂外の事如何。」師は言った。「凡そ言句有れば是れ大千の頂に非ず。」言った。「如何なるか是れ大千の頂。」師は言った。「摩醯首羅天は猶お是れ小千の界。」問うた。「初心後学近く叢林に入る方便門の中、師に乞うて指示せん。」師は門枋を敲いた。僧は言った。「向上に還って事有るや無か。」師は言った。「有り。」言った。「如何なるか是れ向上の事。」師は再び門枋を敲いた。

杭州龍興宗靖禪師台州人也。初參雪峰密承宗印。乃自誓充飯頭服勞逾十載。嘗於眾堂中袒一膊釘簾。雪峰覩而記曰。汝向後住持有千僧。其中無一人衲子也。師悔過辭歸故鄉住六通院。錢王命居龍興寺。有眾千餘唯三學講誦之徒。果如雪峰所誌。周廣順初年八十一。錢王請於寺之大殿演無上乘。黑白駢擁。僧問。如何是六通奇特之唱。師曰。天下舉去。問如何是六通家風。師曰。一條布衲一斤有餘。僧問。如何是學人進前一路。師曰。誰敢謾汝。曰豈無方便。師曰。早是屈抑也。問如何是和尚家風。師曰。早朝粥齋時飯。曰更請和尚道。師曰。老僧困。曰畢竟作麼生。師大笑而已。錢王特加禮重屢延入府。以始住院署六通大師。顯德元年甲寅季冬月示滅。壽八十四。塔於大慈山。

杭州竜興の宗靖禅師は、台州の人。初め雪峯に参じて密かに宗印を承け、乃ち自ら誓いて飯頭を充て労に服すこと十載に逾えた。嘗て衆堂の中に於て一膊を袒いで簾を釘づけた。雪峯は睹て記して言った。「お前は後に向かって住持せん、千僧有らんも其の中に一人の衲子も無からん。」師は過を悔い辞して故郷に帰り六通院に住した。銭王は命じて竜興寺に居らしめた。衆千余有りて唯だ三学講誦の徒のみ、果たして雪峯の志せるが如し。周の広順初年に八十一。銭王は請うて寺の大殿に於て無上乘を演ぜしめた。黑白は駢り擁した。僧が問うた。「如何なるか是れ六通の奇特の唱。」師は言った。「天下に挙げて去れ。」問うた。「如何なるか是れ六通の家風。」師は言った。「一条の布衲は一斤余有り。」僧が問うた。「如何なるか是れ学人の前に進む一路。」師は言った。「誰か敢えてお前を謾する。」言った。「豈に方便無けんや。」師は言った。「早く已に是れ屈抑なり。」問うた。「如何なるか是れ和尚の家風。」師は言った。「早朝の粥、斎時の飯。」言った。「更に和尚に請うて道わん。」師は言った。「老僧は困れたり。」言った。「畢竟如何。」師は大笑するのみ。銭王は特に礼を加え重んじ、屢々府に延入した。始めて院に住するを以て六通大師を署した。顕徳元年甲寅季冬の月に滅を示した。寿は八十四。大慈山に塔す。

福州南禪契璠禪師上堂曰。若是名言妙句諸方總道了也。今日眾中還有超第一義者。致得一句麼。若有即不孤負於人。時有僧問。如何是第一義。師曰。何不問第一義。曰見問。師曰。已落第二義也。問古佛曲調請師和。師曰。我不和汝雜亂底。曰未審為什麼人和。師曰。什麼處去來。

福州南禅契璠禅師は上堂して言った。「若し是れ名言妙句ならば諸方は總て道い了えり。今日衆中に還って第一義を超える者有り、一句を致すを得るか。若し有らば即ち人を孤負せず。」時に僧が問うた。「如何なるか是れ第一義。」師は言った。「何ぞ第一義を問わざる。」言った。「問うを見る。」師は言った。「已に第二義に落ちたり。」問うた。「古仏の曲調、師に請うて和せん。」師は言った。「我はお前の雑乱の底に和せず。」言った。「未だ審らかならず何人の為に和する。」師は言った。「何の処か去り来たる。」

越州諸暨縣越山師鼐號鑒真禪師。初參雪峰而染指。後因閩王請於清風樓齋。坐久。舉目忽覩日光。豁然頓曉。而有偈曰。

越州諸曁県越山の師鼐は、鑑真禅師と号す。初め雪峯に参じて指を染めた。後に閩王の請うて清風楼に斎するの因り、坐すること久し。目を挙げて忽ち日光を睹て、豁然として頓に暁えた。而して偈有りて言った。

清風樓上赴官齋此日平生眼豁開

清風楼上に官斎に赴き、此の日平生の眼豁らかに開く。

方知普通年遠事不從蔥嶺路將來

方に知る普通年遠の事、葱嶺の路より将て来らざるを。

歸呈雪峰。雪峰然之。僧問。如何是佛身。師曰。汝問那箇佛身。曰釋伽佛身。師曰。舌覆三千界。師臨終時集眾。示一偈曰。

帰りて雪峯に呈した。雪峯はこれを然とした。僧が問うた。「如何なるか是れ仏身。」師は言った。「お前那の個の仏身を問う。」言った。「釈迦の仏身。」師は言った。「舌は三千界を覆う。」師は終わるに臨みて衆を集め、一偈を示して言った。

眼光隨色盡耳識逐聲消

眼光は色に随いて尽き、耳識は声を逐いて消ゆ。

還源無別旨今日與明朝

源に還るに別の旨無し、今日と明朝と。

偈畢跏趺而逝。

偈畢りて跏趺して逝いた。

南嶽金輪可觀禪師福州福唐人也。姓蘇氏。依石佛寺齊合禪師披剃戒度既圓。便參雪峰。雪峰曰。近前。師方近前作禮。雪峰舉足蹋之。師忽然冥契。師事十二載。復歷叢林止南嶽法輪峰。師上堂謂眾曰。我在雪峰遭他一蹋。直至如今眼不開。不知是何境界。僧問。如何是西來意。師曰。不是。大眾夜參後下堂。師召曰大眾。眾迴首。師曰。看月。大眾看月。師曰月似彎弓少雨多風。眾無對。問古人道。毘盧有師法身有主。如何是毘盧師法身主。師曰。不可床上安床。問如何是日用事。師拊掌三下。僧曰。學人未領此意。師曰。更待什麼。問從上宗乘如何為人。師曰。我今日未吃茶。曰請師指示。師曰。過也。問正則不問請師傍指。師曰。抱取貓兒去。師問僧。什麼處來。曰華光。師即托出閉門。僧無對。問路逢達道人不將語默對未審將何對。師曰。咄出去。師問僧。作麼生是覿面事。曰請師鑒。師曰。恁麼道還當麼。曰故為即不可。師曰。別是一著。問如何是靈源一路。師曰。蹋過作麼。雪峰院主有書來招師曰。山頭和尚年尊也長老何不再入嶺一轉。師迴書曰。待山頭和尚別有見解即入嶺。有僧問。如何是雪峰見解。師曰。我也驚。

南岳金輪の可観禅師は、福州福唐の人、姓は蘇。石仏寺の斉合禅師に依りて披剃した。戒度既に円し、便ち雪峯に参じた。雪峯が言った。「前に近づけ。」師は方に前に近づき礼を作した。雪峯は足を挙げてこれを踏んだ。師は忽然として冥契した。師事すること十二載。復た叢林を歴りて南岳法輪峯に止まった。師は上堂して衆に対して言った。「我は雪峯に在りて他の一踏に遭い、直ちに如今に至るまで眼開かず。是れ何の境界かを知らず。」僧が問うた。「如何なるか是れ西来の意。」師は言った。「是に非ず。」大衆は夜参の後堂を下る。師は召して言った。「大衆。」衆は首を回らした。師は言った。「月を看よ。」大衆は月を看た。師は言った。「月は弯弓に似て雨少なく風多し。」衆は対えず。問うた。「古人の道う、毘盧に師有り法身に主有り。如何なるか是れ毘盧の師、法身の主。」師は言った。「床上に床を安ずべからず。」問うた。「如何なるか是れ日用の事。」師は掌を三度拊いた。僧は言った。「学人は未だ此の意を領せず。」師は言った。「更に何を待たん。」問うた。「従上の宗乗は如何に人を為す。」師は言った。「我は今日未だ茶を喫せず。」言った。「師に請うて指示せん。」師は言った。「過ぎたり。」問うた。「正ならば則ち問わず、師に請うて傍らに指さん。」師は言った。「猫児を抱取して去れ。」師は僧に問うた。「何の処か来たる。」言った。「華光。」師は即ち托出して門を閉じた。僧は対えず。問うた。「路に達道の人に逢い語黙を将て対せず、未だ審らかならず何を将てか対せん。」師は言った。「咄、出去せよ。」師は僧に問うた。「如何なるか是れ覿面の事。」言った。「師に請うて鑑せん。」師は言った。「恁么道えば還って当たるか。」言った。「故に為すは即ち不可。」師は言った。「別に是れ一著。」問うた。「如何なるか是れ霊源の一路。」師は言った。「踏み過ぎて何を作さん。」雪峯の院主に書有りて来たり師を招きて言う。「山頭和尚は年尊きなり。長老は何ぞ再び嶺に入りて一転せざる。」師は書を回して言った。「山頭和尚が別に見解有るを待ちて即ち嶺に入らん。」僧有りて問うた。「如何なるか是れ雪峯の見解。」師は言った。「我も亦た驚く。」

泉州福清院玄訥禪師高麗人也。初住福清道場傳象骨之燈。學者歸慕。泉守王公問。如何是宗乘中事。師叱之。僧問。如何是觸目菩提。師曰。闍梨失卻半年糧。曰為什麼失卻半年糧。師曰。只為圖他一斗米。問如何是清淨法身。師曰。蝦蟇曲蟮。問教雲。唯一堅密身一切塵中現。如何是堅密身。師曰。驢馬貓兒。曰乞師指示。師曰。驢馬也不會。問如何是物物上辨明。師展一足示之。師住福清三十年。大闡玄風終於本山。

泉州福清院の玄訥禅師は、高麗の人。初め福清道場に住して象骨の燈を伝えた。学者は帰慕した。泉守の王公が問うた。「如何なるか是れ宗乗中の事。」師は之を叱った。僧が問うた。「如何なるか是れ触处の菩提。」師は言った。「闍梨は半年の糧を失却せり。」言った。「何を為にか半年の糧を失却する。」師は言った。「只だ他の一斗の米を図るが為なり。」問うた。「如何なるか是れ清浄の法身。」師は言った。「蝦蟆と曲蟮。」問うた。「教に云う、唯だ一堅密の身は一切塵中に現ず。如何なるか是れ堅密の身。」師は言った。「驢馬と猫児。」言った。「師に乞うて指示せん。」師は言った。「驢馬すらも会せず。」問うた。「如何なるか是れ物物の上に辨明する。」師は一足を展げて之に示した。師は福清に住すること三十年。大いに玄風を闡きて本山に終わった。

韶州雲門山文偃禪師。姑蘇嘉興人也。姓張氏。初參睦州陳尊宿發明大旨。後造雪峰而益資玄要。因藏器混眾。於韶州靈樹敏禪師法席居第一座。敏將滅度遺書於廣主。請接踵住持。師不忘本以雪峰為師。開堂日廣主親臨曰。弟子請益。師曰。目前無異路(法眼別雲。不可無益於人)師雲。莫道今日謾諸人好抑不得。已向諸人道遮裡作一場狼藉。忽遇明眼人見謂之一場笑具。如今亦不能避得也。且問爾諸人。從上來有什麼事。欠少什麼。向爾道無事亦是謾爾也。須到遮田地始得。亦莫趁口頭亂問。自己心裡黑漫漫地。明朝後日大有事在。爾若是根性遲迴。且向古人建化門庭東覻西覻看。是箇什麼道理。汝欲得會麼。都緣是汝自家無量劫來妄想濃厚。一期聞人說著便生疑心。問佛問祖。向上向下求覓解會。轉沒交涉。擬心即差。況復有言。莫是不擬心麼。更有什麼事。珍重。師上堂雲。我事不獲已。向爾諸人道直下無事。早是相埋沒了也。爾諸人更擬進步。向前尋言逐句求覓解會。千差萬巧廣設問難。只是贏得一場口滑。去道轉遠有什麼休歇時。此箇事若在言語上。三乘十二分教豈是無言語。因什麼更道教外別傳。若從學解機智得。只如十地聖人說法如雲如雨。猶被呵責。見性如隔羅縠。以此故知。一切有心天地懸殊。雖然如此若是得底人。道火不可燒。口終日說事不曾掛著唇齒。未曾道著一字。終日著衣吃飯。未嘗觸一粒米掛一縷線。雖然如此猶是門庭之說也。須實得恁麼始得。若約衲僧門下。句裡呈機徒勞佇思。直饒一句下承當得。猶是瞌睡漢。師雲。三乘十二分教橫說竪說。天下老和尚縱橫十字說。與我捻針鋒許說底道理來看。恁麼道死馬醫。雖然如此且有幾箇到此境界。不敢望汝言中有響句裡藏鋒。瞬目千差風恬浪靜。伏惟尚饗珍重。師上堂雲。諸兄弟。盡是諸方參尋知識決擇生死。

韶州雲門山の文偃禅師は、姑蘇嘉興の人、姓は張。初め睦州の陳尊宿に参じて大旨を発明した。後に雪峯に造りて益々玄要に資えた。器を蔵して衆に混ずるの因り、韶州霊樹敏禅師の法席に於て第一座に居った。敏は将に滅度せんとして書を広主に遺し、踵を接いで住持せしめんことを請うた。師は本を忘れず、雪峯を以て師と為した。堂を開く日、広主は親ら臨みて言った。「弟子は益を請う。」師は言った。「目前に異路無し。」(法眼が別に言った。「人に益無きべからず。」)師は言った。「今日諸人を謾すと道う莫れ。抑も已むを得ずして諸人に向かって道う、此の裏に一場の狼藉を作す。忽ち明眼の人に遇い見れば、之を一場の笑具と謂わん。如今も亦た避くる能わざるなり。且くお前諸人に問う。従上来りて何の事か有る。何を欠少する。お前に向かって事無しと道うも亦是れお前を謾するなり。須らく此の田地に到って始めて得べし。亦た口頭に趁りて乱りに問う莫れ。自心の裏は黒漫漫たり。明朝後日に大いに事有りて在り。お前若し是れ根性の遲回ならば、且く古人の建化の門庭に向かい東に覗き西に覗いて看よ。是れ箇の何の道理か。お前会せんことを欲するか。都て是れお前自家の無量劫来の妄想濃厚に縁る。一期人の説き著るを聞けば便ち疑心を生じ、仏を問い祖を問い、向上に向下に解会を求覓し、転た没交渉す。心を擬すれば即ち差し、況んや復た言有るをや。是れ心を擬せざるに非ざるや莫し。更に何の事か有る。珍重。」師は上堂して言った。「我事已むを得ずしてお前諸人に向かって道う、直下に事無し、早く已に是れ相埋没する也。お前諸人は更に歩を進めて前に向かい言を尋ね句を逐いて解会を求覓せんと擬す。千差万巧に広く問難を設くるも、只だ一場の口滑を贏得するのみ。道に去ること転た遠くして何の休歇の時か有らん。此の個の事若し言語の上に在らば、三乗十二分教は豈に是れ言語無けんや。因何に更に教外別伝と道う。若し学解の機智より得れば、只だ十地の聖人の法を説くこと雲の如く雨の如くなるも、猶お呵責を被り、性を見ること羅縠を隔つるが如し。此を以て故に知る、一切の有心は天地懸殊なり。此の如くと雖も若し是れ得る底の人ならば、火を道うも焼くべからず、口は終日事を説いて嘗て唇歯に挂著せず、未曾て一字を道い著せず、終日衣を著け飯を喫して未だ嘗て一粒の米に触れず一縷の線に挂からず。此の如くと雖も猶お是れ門庭の説なり。須らく実に恁么を得て始めて得べし。若し衲僧の門下に約すれば、句裏に機を呈すは徒らに佇思の労、直饒一句の下に承当し得るも、猶お是れ瞌睡の漢。」師は言った。「三乗十二分教は横に説き竪に説き、天下の老和尚は縦横十字に説く。我と針鋒許りに説く底の道理を捻じて来りて看よ。恁么道うは死馬を医す。此の如くと雖も且く幾つかの此の境界に到る有り。敢えてお前の言中に響有り句裏に鋒を蔵むを望まず。目を瞬くれば千差、風恬かに浪静かなり。伏して惟れ尚く飨れ、珍重。」師は上堂して言った。「諸の兄弟、尽く是れ諸方の知識に参尋して生死を決択す。

到處豈無尊宿垂慈方便之詞。還有透不得底句麼。出來舉看。老漢大家共爾商量。時有僧出來禮拜擬舉次師雲。去去西天路迢迢十萬餘。問學人簇簇地商量箇什麼。雲。大眾久立。師雲。舉一則語。教汝直下承當。早是撒尿著汝頭上。直饒捻一毫頭。盡大地一時明得。也是剜肉作瘡。雖然如此汝亦須實到遮箇田地始得。若未切不得掠。虛卻須退步向自己根腳下推尋看。是箇甚麼道理。實無絲髮與汝作解會與汝作疑惑。汝等各各且當人一段事大用現前。更不煩汝一毫頭氣力。便與祖佛無別。自是諸人信根淺薄惡業濃厚。突然起得許多頭角。擔缽囊千鄉萬裡受屈。且汝諸人有什麼不足處。大丈夫漢阿誰無分。觸目承當得猶是不著便。不可受人欺謾取人處分。才見老和尚動口。便好把特石驀口塞。便是屎上青蠅相似鬪競接將去。三箇五箇聚頭地商量。苦屈。兄弟。他古德一期為爾諸人不奈何。所以方便垂一言半句通汝入路。遮般事拈放一邊。獨自著些子筋骨。豈不是有少許相親處。快與快與。時不待人出息不保入息。更有什麼身心別處閑用。切須在意在意珍重。師雲。盡乾坤把一時將來著汝眼睫上。爾諸人聞恁麼道。不敢望爾出來性𭟡把老漢打一摑。且緩緩子細看。是有是無。是箇什麼道理。直饒向遮裡明得。若遇衲僧門下好搥折兩腳。汝若是箇人。聞說道什麼處有老宿出世。便好驀面唾汙我耳目。汝若不是箇腳手。才聞人舉便當荷得早落第二機也。汝且看。他德山和尚才見僧上來拽拄杖便打趁。睦州和尚才見入門來。便雲。且放汝三十棒。或時雲見成公案自餘之輩合作麼生。若是一般掠虛漢。食人涎唾記得一堆。一擔骨董到處逞。驢唇馬嘴誇我解問十轉五轉話。饒爾從朝問到夜論劫。恁麼還曾夢見也未。什麼處是與人著力處。似遮般底。有人屈衲僧齋。也道我得飯吃。堪什麼共語。

(師は接いで言った。)処に到るごとに豈に尊宿の慈悲方便の詞無けんや。還って透り得ざる底の句有るか。出でて来りて挙げて看よ。老汉は大家お前と共に商量せん。」時に僧有りて出でて来り礼拜して挙げんと擬する次に、師は言った。「去れ去れ。西天の路は迢迢として十万余り。」問うた。「学人は簇簇として個の何を商量する。」言った。「大衆久しく立つ。」師は言った。「一則の語を挙げてお前を教えて直下に承当せしめんも、早く已に是れ尿を撒きてお前の頭上に著く。直饒一毫頭を捻ずるも、大地を尽くして一時に明るく得るも、亦是れ肉を剜いて瘡を作す。此の如くと雖もお前も亦た須らく実に此の田地に到って始めて得べし。若し未だ切ならざれば虚を掠るを得ず、却って須らく歩を退きて自己の根脚の下に向かい推尋して看よ。是れ箇の甚麽の道理か。実に糸髪も無くお前に与りて解会を作しお前に与りて疑惑を作さず。お前等各々且く当人の一段の事の大用现前に当たれ。更にお前の一毫頭の気力を煩わさず。便ち祖仏と別無し。自ら是れ諸人の信根浅薄にして悪業濃厚なり、突然として許多の頭角を起し得て、鉢囊を担いで千郷万里屈を受く。且くお前諸人に何の不足の処か有る。大丈夫漢は阿誰か分無き。目に触れて承当し得るも猶お是れ便に著かざるなり。人の欺謾を受け人の処分を取るべからず。才だに老和尚の口を動かすを見れば、便ち好く特石を把りて蓦く口を塞ぐべし。便ち是れ屎上の青蠅に相似て鬥競して接し将て去る。三個五個聚頭して地に商量す。苦しき屈なり兄弟。他の古徳は一期お前諸人を為に奈何ともせざれば、方便に一言半句を垂れてお前の入路を通ず所以なり。此の般の事は拈じて一辺に放ち、独自に些子の筋骨を著けよ。豈に是れ少許の相親の処有らざらんや。快し與え快し與え。時は人を待たず。出息は入息を保たず。更に何の身心か別の処に閑用有らん。切に須らく意に在意せよ、珍重。」師は言った。「乾坤を尽くして一時に把りて将て来りてお前の眼睫の上に著く。お前諸人は恁么道うを聞く、敢えてお前の出でて来り性燥にして老汉を把りて一掴を打つを望まず。」(底本は此の字を「𭟡」と作す、即ち燥)「且く緩緩として子細に看よ。是れ有るか是れ無るか。是れ箇の何の道理か。直饒此の裏に向かい明るく得るも、若し衲僧の門下に遇わば好く两脚を搥折すべし。お前若し是れ個の人ならば、何の処にか老宿の出世する有りと道うを聞かば、便ち好く面を蓦いて我の耳目を唾污すべし。お前若し是れ個の脚手に非ざれば、才だに人の挙ぐるを聞かば便ち荷得して早く第二機に落つるを当たるべし。お前且く看よ。他の徳山和尚は才だに僧の上り来たるを見れば拄杖を拽いて便ち打ち趁す。睦州和尚は才だに門に入り来たるを見れば便ち説く、且くお前の三十棒を放すと。或る時は見成の公案を説く。自余の輩は如何に作すべきを合する。若し是れ一般の虚を掠る漢、人の涎唾を食らいて一堆を記え得て、一担の骨董を処に到るごとに逞しゅうし、驢唇馬嘴に我が十転五転の話を問うを解すと夸る。お前を饒して朝より問い夜に至るまで劫を論ぜしむるも、恁么なるも嘗て夢にも見るや未だ。何の処か是れ人と力を著くる処。此の般の底に似たるは、人有りて衲僧の斎に屈すれば、亦た道う我は飯を喫するを得ると。何を堪えて共に語らん。

他日閻羅王面前不取爾口解說。諸兄弟。若是得底人他家依眾遣日。若也未得切莫容易。過時。大須子細。古人大有葛藤相為處。即如雪峰和尚道。盡大地是汝。夾山雲。百草頭識取老僧。市門頭認取天子。樂普雲。一塵才舉大地全收。一毛師子全身。總是汝把取翻覆思量日久歲深。自然有箇入路。此事無爾替代處。莫非各在當人分上。老和尚出世只是為爾證明。汝若有少許來由。且昧爾亦不得。爾若實未得方便撥汝。則不可兄弟一等是蹋破草鞋。拋卻師僧父母行腳。直須著些子精彩始得實。若有箇入頭處遇著一個咬豬狗腳手。不惜性命入泥入水相為。有可咬嚼。劄上眉毛高掛缽囊。拗折拄杖。十年二十年擬取徹頭。莫愁不成辦。直是今生未得徹頭。來生亦不失人身。向此箇門中亦乃省力。不虛孤負平生。亦不孤負師僧父母十方施主。直須在意。莫空遊州獵縣橫擔柱杖一千二千里走趁。遮邊經冬那邊過夏。好山水堪取性。多齋供易得衣缽。苦屈圖他一粒米。失卻半年糧。如此行腳有什麼利益。信心檀越把菜粒米作麼生消得。直須自看。時不待人。忽然一日眼光落地到來前頭將什麼抵擬。莫一似落湯螃蟹手腳忙亂。無爾掠虛說大話處。莫將等閑空過時光。一失人身萬劫不復。不是小事。莫據目前。古人尚道朝聞道夕死可矣。況我沙門。日夕合履踐箇什麼事。大須努力。努力珍重。師雲。汝等沒可恁麼了見人道著祖意。便問箇超佛越祖之談。汝且喚那箇為佛那箇為祖。且說箇超佛越祖底道理。問箇出三界。爾把將三界來看。有什麼見聞覺知隔礙著爾有什麼聲色可與爾了了什麼椀。以阿那箇為差殊之見。他古聖不奈何。橫身為物道箇舉體全真物物覿體不可得。我向爾道。直下有什麼事。早是相埋沒了也。爾若實未有入頭處。且中私獨自參詳。除卻著衣吃飯屙屎送尿。更有什麼事。無端起得許多妄想作什麼。

(師は続けて言った。)「他日閻羅王の面前にて、お前の口で解説するとは取られぬぞ。諸兄弟、得たる人ならば他家の衆に依りて日を遣れ。まだ得ざれば切に容易に時を過ごすな。大いに子細たれ。古人は大いに葛藤を相為する處あり。即ち雪峯和尚の道うが如し、盡大地は是れ汝なりと。夾山は言う、百草頭に老僧を識り取り、市門頭に天子を認め取れと。樂普は言う、一塵纔かに挙げれば大地全く收む、一毛は師子の全身なりと。總じて是れ汝把取して翻覆思量すること日久く歲深ければ、自然に箇の入路有らん。此の事に汝の替代する處無し。各が当人の分上に在るのみ。老和尚の出世は只だ汝が為に證明するのみ。汝若し少許の來由有れば、且く昧くとも汝を得せざるなり。汝若し實に未だ得ざれば、方便にて汝を撥けば則ち不可なり。兄弟は一等に草鞋を踏破り、師僧父母を抛却して行脚す。直ちに些子の精彩を著けて始めて實とすべし。若し箇の入頭處有りて一個の猪狗を咬む脚手に遇わば、性命を惜しまず泥に入り水に入りて相為せ。咬み嚼む可き有り。眉毛を札り上げ鉢嚢を高く挂け、拄杖を拗折して、十年二十年徹頭を擬取せん。成辦せざるを愁うる莫れ。直に今生未だ徹頭を得ずとも、來生も人身を失わず。此の箇の門中に向かうも亦乃ち省力なり。虛しく平生を孤負せず、亦師僧父母十方の施主を孤負せず。直ちに在意すべし。空しく州を遊び縣を獵り、拄杖を横担して一千二千里を走趁する莫れ。こちらにて冬を經え彼方にて夏を過ごし、好山水は性を取るに堪え、多き齋供は衣鉢を得易し。苦屈して他の一粒米を圖り、半年の粮を失却せん。如此の行脚、什麼の利益か有らん。信心の檀越の把る菜粒の米を作么生消得せん。直ちに自ら看よ。時は人を待たず。忽然として一日眼光落地して前頭に到來せば、何を將て抵擬せん。落湯の螃蟹のごとく手脚忙亂する莫れ。汝に掠虛して大話を說く處無し。等閑を將にして空しく時光を過ごす莫れ。一たび人身を失えば萬劫復たせん。小事に非ず。目前に據る莫れ。古人も尚道う、朝に道を聞けば夕に死す可しと。況んや我が沙門。日夕に履踐すべき箇の何事ぞ。大いに努力努力、珍重。」師は言った。「汝らは恁么する可きが無い。人が祖意を道著するを見れば、便ち箇の超佛越祖の談を問う。汝且く阿那箇を佛と喚び阿那箇を祖とせん。且く箇の超佛越祖の道理を說け。箇の三界を出づるを問わば、汝三界を把將して來り看よ。什麼の見聞覺知か有りて汝を隔礙する。什麼の聲色か汝と了了する可き、什麼の碗。阿那箇を以て差殊の見と為す。他の古聖も奈何せず、橫身して物と為り、箇の舉體全真を道い、物物觌體得すべからず。我汝に道う、直下に什麼の事かある。早く是れ相埋沒せり。汝若し實に未だ入頭の處有らざれば、且く中私に獨り參詳せよ。著衣喫飯屙屎送尿を除却して、更に什麼の事かある。無端に許多の妄想を起して什麼とする。」

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