Libo

《説卦》の象に重出する三卦

清 · 杭辛斋 · 第19巻 / 23

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

《說卦》象重出者三卦,“震為龍,艮為狗,兌為羊”,皆已見於第五章,而第八章又重出。八章“震為雷”之下,考《虞氏易》及《李氏集解》均作尨,注云幕色。震東方,故為尨。蓋馬八尺以上為尨,尨與龍,音亦同也。

《説卦伝》の中で卦象が重複出現するのは合計三処で、「震は龍」「艮は狗」「兌は羊」は、皆すでに第五章に見え、第八章にまた重出する。第八章の「震は雷」の一条の下に列する「為龍」は、虞翻《周易注》と李鼎祚《周易集解》を査すれば、皆「尨」と作り、注中に雑色と言う。震は東方に居るので、「尨」を取って象とする。按ずるに馬の高さ八尺以上を「尨」と呼び、しかも「尨」と「龍」は読音も同じである。

八章之“艮為狗”,虞氏及《李氏集解》,皆作拘。虞注云“指屈伸制物故為拘”(按:《隨·上六》“拘係之乃從維之”,即此拘也。),而朱氏《漢上易傳》曰“上言艮為狗,乃狗馬之狗。此言為狗者,熊虎子未有文猶狗也”。虞翻以兌艮為虎,艮寅位也,艮究成兌,故艮為虎子,未免迂曲矣。

第八章の「艮は狗」は、虞翻と《李氏集解》は皆「拘」と作る。虞注は「手指は屈する能く伸する能くして外物を制するので、拘と為す」と言う(按:《随卦・上六》の「拘して係え、乃ち従いて維う」は、用いるはまさにこの「拘」の字)。朱震《漢上易伝》はしかし言う。前の第五章の講ずる「艮は狗」は、指すは狗馬の狗である。ここで再び「為狗」と言うのは、熊虎の幼崽でまだ斑紋が長出せず、形状が狗に似る者を指す。虞翻は兌・艮をもって虎と為し、艮が寅位に当たり、艮を推究して極処に至ればまた兌に変ずるので、そこで艮は虎子と言う。これは迂曲を免れない。

艮為羊之異說滋多,虞作“羔”,注云女使,《集解》同。鄭作“陽”,注云此陽謂養無家女行賃炊釁,今時有之,同於妾也。王氏《經義述聞》,謂“羔與羊,《書》、《傳》無訓女使”者。羔當為恙字之誤,恙亦通作養。

「為羊」の一条に至っては(源文は「艮為羊」と作るが、実は兌卦を指す)、異説はさらに多い。虞翻は「羔」と作り、注に女僕と言い、《李氏集解》は同じ。鄭玄は「陽」と作り、注にこの「陽」は夫家なき女子を収養して、彼女に飯を炊かせ釁祭の礼を行わしめると言い、当時なおこの種の人があって、地位は妾に等同しい。王引之《経義述聞》はしかし言う。「羔」と「羊」は《尚書》と各家の伝注の中で女僕と訓した例がなく、「羔」は「恙」の字の誤りであるべく、そして「恙」はまた「養」に通ずべしと。

辛齋按以上諸說均有根據,惟無論為羔為恙為養,均須竄易經文,則不若依鄭說讀羊為陽。羊陽本通用,《春秋左氏傳》“夷養五”亦作“夷陽五”,可不必改經,而於諸家之義均可通矣。

我が杭辛斎按。以上の各家の説法は皆依拠がある。ただ「羔」に改めようと「恙」に改めようと「養」に改めようと、皆経文を竄改せねばならない。それならば鄭玄の説に依り、「羊」を「陽」と読むに如かず。「羊」「陽」はもともと通用し、《春秋左氏伝》の中の「夷養五」も「夷陽五」と作る。このようにすれば経文を改動する必要もなく、各家の意もまた皆講じ通る。

象義一得

八卦取象,精義入神,其微妙乃至不可思議。漢儒言《易》,不離象數,惜多散佚,已無完書。唐人以王弼為宗,言象者不著。其後如宋之邵子,及朱氏子發,與林氏黃中,鄭氏剛中,邱氏富國,黃氏東發;元之胡氏一桂,王氏申子,熊氏與可任重,龍氏仁夫;明之來氏矣鮮,黃氏道周;清之刁氏蒙吉,胡氏滄曉,惠氏仲儒定宇,萬氏彈峰諸家,皆於象義各有發明。

八卦の取象は、精微の義が直に神妙に入り、細緻の処はついに思議すべからざる地步に至った。漢代の儒者は《易》を講ずるに、従来象数を離れなかった。惜しいかな著述は大抵散佚して、すでに完整の本がない。唐人は王弼を宗とし、卦象を講ずる者はすなわち顕れなくなった。この後宋代の邵雍、および朱震(字は子発)・林栗(字は黄中)・鄭剛中・邱富国・黄震(学者は東発先生と称す)、元代の胡一桂・王申子・熊与可(字は任重)・龍仁夫、明代の来知徳(字は矣鮮)・黄道周、清代の刁包(号は蒙吉)・胡煦(号は滄暁)・惠士奇と惠棟の父子(字は仲儒・定宇)・万年淳(号は弾峰)の諸家は、象義において各々発明があった。

而姚氏與端木氏二家,(《姚氏易》及《周易指》)能原本經傳,發抒己見,不依傍昔賢門戶,尤為卓絕一時。雖或有所偏,其精到處皆確切不移,不可泯沒。辛齋為學日淺,僅就昔人之所未言,或言而未盡者,聊以助學《易》者之興趣也。

その中の姚配中と端木国瑚の両家(すなわち《姚氏易》と《周易指》の両部の書)は、経伝をもって根本とし、自己の見解を抒発して、前賢の門戸に依傍せず、特に一時に卓絶した。彼らは各々偏頗もあったが、精到の処は皆確切にして移易すべからず、埋没されるべきでない。我が杭辛斎は学を治める日がなお浅く、ただ前人の未だ言わざる所、あるいは言って尽くさざる所に就いて一点の心得を談じ、姑くもって《易》を学ぶ者の興趣を引き起こすに供するのみである。

凡言象者,不可忘《易》之義。《易》義不易者其體,而交易變易者其用。故八卦之象,無不交錯以見義。故乾為圜而形著於坤,離為日而光被於月。正秋者西也,而日行東陸。出震者東也,而日行西陸。執片面以言象,象不可得而見。泥一義以言象,象不得可而通也。

およそ卦象を講ずる者は、「易」という字そのものの含義を忘れてはならない。《易》には三義がある。「不易」はその本体を講じ、「交易」「変易」はその功用を講ずる。だから八卦の象は、交錯して意を顕さないものはない。乾は円だが、円の形体は坤の上に落実する。離は日だが、日の光輝は月の上に施加する。兌は正秋で方位は西だが、太陽は秋に至って東陸を行る。震は春生の方で方位は東だが、太陽は春に至って西陸を行る。一つの片面を捉えて象を講ずれば、象は見えない。一層の意を死守して象を講ずれば、象は講じ通らない。

凡言象者,不可忘其數,天一地二天三地四天五地六天七地八天九地十。黃帝而後,皆以干支紀之。卦有定位,即有定數。(如坎子一,艮丑二寅三至兌酉十,乾戌亥數無。)《易》數乾元用九,乃天一不用,用地二至地十。數定而象之無定者,可因數而定。故觀象必倚數。如體物者必準諸度量,測遠者必察其角度。自舍數言象,而象茫如捕風矣。

およそ卦象を講ずる者は、その背後の数を忘れてはならない。それはすなわち《繋辞伝》の言う天一・地二・天三・地四・天五・地六・天七・地八・天九・地十である。黄帝以後、これらの数は皆天干地支をもって標記された。卦に既に一定の方位があれば、一定の数がある(例えば坎は子に当たって一、艮は丑に当たって二・寅に当たって三、依り数えて兌は酉に当たって十、乾は戌亥に在って数を占めない)。《周易》の用数は「乾元は九を用う」で、すなわち天一は存して用いず、ただ地二から地十までを用いる。数が一旦定まれば、象の中の不確定の部分もまた数によって確定できる。だから象を観るには必ず数に憑藉せねばならず、ちょうど物体を量度するには必ず尺度に依准し、遠きを測量するには必ず角度を察看するがごとし。人が数を抛って象を講じて以後、象は茫茫として風を捕えるがごとくなった。

凡言象者,不可不明其體。體者用之主也,故卜筮者亦曰取用。(每卦六爻,先取所用者一爻為主,即體也。)以所用者為主,而後察他爻之或從或違或動或靜,為利為害,吉凶始可得而斷焉。

およそ卦象を講ずる者は、「体」を弄清せざるべからず。体は用の主人である。だから占卜する者もまたそれを「取用」と呼ぶ(毎卦六爻、先ず用いる所のあの一爻を取って主とし、この一爻がすなわち体である)。先ず用いる所のあの一爻を立定して主とし、しかる後にその余の各爻が順従するか違逆するか、動するか静するか、我に利あるか害あるかを見て、吉凶はこれで初めて判断できる。

用有大小,象則因其小而小之。因其大而大之,如乾也。大則為天,小則為木果,如坤也。大則為地,小則為布為釜,坎為大川,小則為溝瀆。離日大明,小亦為螢火。小大無方,各隨其體。明體以達用,象之用乃無窮矣。

用いる対象には大有り小あり、象もまたそれに随って小なれば小を取り、大なれば大を取る。譬えば乾は、大に言えば天で、小に言えば一枚の木果に過ぎない。譬えば坤は、大に言えば地で、小に言えば一塊の布・一口の鍋にすぎない。坎は大に言えば大江大河、小に言えば溝渠である。離は大に言えば太陽の光明、小に言えば一点の螢火である。大小に定準なく、全く取る所の本体に随って変ずる。本体を弄明白にして、再びその功用を推せば、象の用は無窮無尽である。

言凡象者,不可不視其所以。以者與也,及也。(《易》曰“不富以其鄰”及“剝床以足以其國君凶”,“拔茅茹以其匯”,諸“以”字皆與“及”字同訓。)卦因而重之,重為六畫,實具兩象。兩象必以其一為主,則必有所與。而六畫之二三四五中爻之象及其變動所生之象,無一而非與也。

およそ卦象を講ずる者は、その「所以(以)」を見ざるべからず。「以」はすなわち「与」であり、すなわち「及」である(《周易》の中の「富まざるは其の鄰を以てす」、および「床を剥して足を以てす」「其の国君を以て凶」「茅を拔き茹を以て其の彙を以てす」、これらの「以」の字は皆「及」の字と同一の訓釈)。八卦が相重なって六画の卦を成すに、実際は上下二つの象を包含し、両象の中に必ず一つの主なるものがあれば、もう一つはすなわちそれが連帯する対象である。そして六画卦の中の二・三・四・五の諸爻が結成する互体の象、および爻変して後に新生じ出る象は、一つとしてそれが連帯する対象でないものはない。

所與者而善,乃吉之幾。所與者而不善,乃凶之兆。而善惡又有大小之殊,所與者又有遠近之別,《繫傳》曰“遠近相取而悔吝生”,又曰“凡《易》之情,近而不相得,則凶或害之”。悔且吝,故必觀其所與者之善惡之大小,及情偽遠近,然後吉凶生而悔吝著,庶乎可得象之用焉。

連帯する対象が善なれば、すなわち吉の先兆であり、連帯する対象が不善なれば、すなわち凶の徴候である。善悪にはまた大小の差別があり、連帯する所にはまた遠近の分野がある。《繋辞伝》は「遠近相い取りて悔吝生ず」と言い、また「およそ《易》の情は、近くして相い得ざれば則ち凶、或いはこれを害し、悔しみ且つ吝なり」と言う。だから必ず連帯する対象の善悪がどの程度かを見清め、彼此の間が真情か虚偽か、相近いか相遠いかを見て、しかる後に吉凶が顕現し悔吝が彰明し、これで初めてほとんど象の用を掌握したと算することができる。

凡言象者,不可不觀其所由。《繫傳》曰:“辭也者,各指其所之。”此有所之者,即彼有所由。《文言》曰:“臣弒其君,子弒其父,非一朝一夕之故,其所由來者漸矣。”蓋於坤之第一爻“履霜堅冰”,為三百八十四爻之所由來者,舉其例焉。

およそ卦象を講ずる者は、その来路を見ざるべからず。《繋辞伝》は言う。「辞とは、各々その之く所を指す」と。この一頭に往く所あれば、あの一頭にすなわち自ら来る所がある。《坤卦・文言》は言う。「臣がその君を弑し、子がその父を弑するは、一朝一一夕の故に非ず、その来る所の者は漸なり」と。これは坤卦の初爻「霜を履みて堅氷至る」の下に、三百八十四爻が各々来路あるというこの一点に就いて、一つの範例を挙げ出したのである。

觀象者先明定其體象之所在。而更觀其所由來。如乾之姤,若用乾為天,則下巽為風,此風所由來為乾。乾為西北之卦,即西北風也。乾為冰為寒,則其風必寒。若用乾為木果,則巽不取象於風,當取象於蟲。因巽所由來為乾,既用為木果矣,則木果豈能生風?自應作蟲斷焉。舉其一例,餘可類推。不觀所由,象烏乎定哉!

象を観る者は先ず本体の象がどこに落ちるかを認定し、しかる後にその来路を見る。譬えば乾卦の初爻が変じて姤と成る。若し乾を天と取れば、下卦の巽はすなわち風で、この風の来路は乾である。乾は西北方の卦なので、あれはすなわち西北風である。乾はまた冰であり寒なので、さらばこの風は必ず寒冷である。若し乾を木果と取れば、巽は風に象を取るべきでなく、虫に象を取るべきである。巽の来路が乾であり、乾がすでに木果と用いられた以上、木果がどうして風を生じ得ようか。自然に生虫と断ずべきである。この一つの例を挙げれば、その余は皆類推できる。来路を見なければ、象はどうして定められよう。

凡言象者,不可不察其所安。安也者,位也。《繫傳》曰:“君子安其身而後動。”觀象者既定其主體之所在矣,必察其所在之處,能否得位。位得矣,必察其位之能否得時得用,而後其象始可得而言。

およそ卦象を講ずる者は、その「所安」を考察せざるべからず。いわゆる「安」とは、すなわち位である。《繋辞伝》は言う。「君子はその身を安んじて後に動く」と。象を観る者はすでに主体がどの爻に在るかを定めた以上、必ずそれが処する所の位を得るか否かを察看せねばならない。位を得ても、またこの位が時を得るか否か、用を得るか否かを察看して、しかる後にこの一卦の象を論ずるに足る。

如用巽為木,則必察其所處之位為甲乙。或為丙丁壬癸,或為庚辛,為甲乙則當,為丙丁則相。為壬癸則生,而庚辛則死,既當或相與生矣,則更應察衰旺。並視所與者及所由者之如何,則象之情可畢見矣,如巽木處甲為剛木,所由來為乾,必為堅強之果木;所與者為艮,必是園林;為坤而壯者(如在四季月之終或戊己日時),為廣土;其衰者(如春令或甲乙日之類),則為盆缶。其他可準此。

譬えば巽を木と取れば、必ずそれが処する位が甲乙か、丙丁壬癸か、それとも庚辛かを見ねばならない。甲乙の木位に処れば「当令」であり、丙丁の火位に処れば「相」(生を受けて次に旺える)であり、壬癸の水位に処れば「生」(母気の生扶を得る)であり、庚辛の金位に処れば「死」(金に克される)である。すでに当令し、あるいはすでに相を得生を得たなら、さらに一歩進んでその衰旺を察し、再びそれが連帯する所と自ら来る所が何かを見れば、こうすれば象の情状は全て顕現する。例えば巽木が甲位に処れば剛木で、来路が乾ならば必ず堅硬な果木である。連帯する所が艮ならば、あれはすなわち園林である。連帯する所が坤で正に壮盛ならば(四季月の月末に在るがごとき、あるいは戊己日・戊己時)、あれはすなわち広闊の田土である。坤が若し正に衰弱ならば(春令に在るがごとき、あるいは甲乙日の類)、あれはただ盆盆罐罐にすぎない。その余は皆これに照らして推断できる。

凡言象者,不可不明消息。消則滅,息則滋。如復姤臨遁之十二卦,消息之大焉者也。乾息坤,坤消乾。陰陽之大義,造化之橐龠,物理所莫能違,人事所莫能外。故物無大小,事無鉅細。言象者必先明乎消息盈虛之故,而象始可明。

およそ卦象を講ずる者は、消息を明白にせざるべからず。「消」は退滅であり、「息」は滋長である。復・姤・臨・遯などの十二消息卦のごときは、すなわち消長の中の最大の例である。乾陽が滋長すればすなわち坤に侵入し、坤陰が滋長すればすなわち乾を消退する。これは陰陽の大義・造化の風箱で、物理において違背すべからず、人事において例外すべからず。だから物件の大小・事情の巨細を問わず、象を講ずる者は皆必ず先に消長盈虚の道理を弄明白にして、初めて象を講じ明白にできる。

凡一卦本體之消息,或因時言之,或以位論之。當其消焉,象雖吉而未可言福。當其息焉,象若凶而益長其禍。其時值消而位當息,或位據息而時見消,則須辨其重輕,而異而分劑。或可亭毒均處而劑其平,或雖截短補長終莫齊其數。則又勢為之,未可泥於一端也。蓋勢之所趣,每善不敵惡,福不勝禍,一薰一蕕,十年尚猶有臭。一朝失足,而畢生之功盡棄。此君子之所以戒惡念之萌,而《易》道之所以扶陽而抑陰,嚴堅冰之防於履霜之始也。

一卦本体の消長は、或いは時令に就いて言い、或いは爻位に就いて論ずる。正に消退の時に当たれば、象は吉でも福を論ずるに足らず、正に滋長の時に当たれば、象はたとえ凶でも反ってその禍を助長する。若し時令が消に在って爻位が息に当たるか、あるいは爻位が息に属して時令が消を見せるならば、必ず軽重を分辨し、区別して対待し斟酌調配せねばならない。或るものは調停均衡して両辺を持平せしめることができ、或るものはたとえ長を截り短を補っても、終にその数を凑え斉えることができない。これはまた形勢が成す所で、一端を死守すべからず。大抵形勢の趨く所は、往々にして善は悪に敵せず、福は禍に勝たない――一株の香草と一株の臭草を一緒に置けば、十年の後に聞く所は依然として臭味である。一朝失足すれば、一生の功業は全数丢弃される。これがまさに君子が悪念の剛く萌動する時に戒惧を加える所以であり、まさに《易》道が陽気を扶助し陰気を抑制して、「履霜」の初めに「堅氷」の到来を厳防する所以の緑故である。

言象之大要如此。故夫陰陽之順逆,五行之休廢,氣數之盛衰,均不可不辨焉。向之言《易》者,曰吾治經,非以談休咎,奚用此術數為?而不知《易》以道陰陽,原本天地之數,以著天地之象,以通神明之德,以類萬物之情。非數則無以見《易》,非數即無以見象,未有象不明而能明《易》者也。

象を講ずる大要はすなわちこれである。だから陰陽の順逆・五行の休廃・気数の盛衰は、皆分辨を加えざるべからず。昔《易》を講じた人は常に言う。我は経を治める者で、吉凶禍福を談じに来たのではない。あの一套の術数をして何をせんと。彼らは《荘子・天下》が早くからすでに「《易》はもって陰陽を道う」と言ったことを知らない――《周易》はもともと陰陽を闡明するを職志とし、天地之数に根源して、もって天地の象を顕示し、もって神明の徳性を会通し、もって万物の情状を分類する。数がなければ《易》を見る由なく、数がなければまた象を見る由なし。従来象さえ講じ明白にできずして、《易》を講じ明白にできた人はない。

舍象以言《易》,故宋儒之性理,往往流於禪說而不自知。舍《易》以言象,方士之鼎爐,每每陷於魔道而殺其身。唯之與阿,相去幾何?然方士之說,不足以惑人,尚其為害之小者也。

象を撇いて《易》を講ずれば、だから宋儒が性理を講ずるに、往々にして禅家の路数に流入して自ら覚らない。象を撇いて去って象を講ずれば、だから方士が炉鼎を摆弄し丹薬を焼煉するに、屢々邪道に陥って性命を送り失う。《老子》は「唯と阿との相去ること幾何ぞ」と言う。この両者の距離は実はまた遠くない。ただ方士のあの一套はなお衆人を惑乱するに足らず、害を為すことは終に小と算する。

易學自邵子以前,無八卦之圖。故言象者,除納甲以外,皆卦自為象。其有通兩卦又言者,即卦變及覆卦(來氏曰綜)耳。未有求之於八卦者,先天八卦無論矣。即後天八卦方位,亦鮮探索。惟“西南得朋”,“先甲”“先庚”等《彖》、《象》,注家或求諸卦位,餘則罕見矣。至先天八卦,更為言漢學者眾矢之的。焦氏之《易通釋》亦只以旁通貫串各卦,終不承認八卦之有先天也。

易学は邵雍以前に八卦方位図がなかったので、象を講ずる者は納甲以外は、皆一卦が自ら一象を成していた。たまに两卦を貫通して講ずる者があっても、所詮卦変と覆卦(来知徳は之を「綜」と称す)にすぎず、八卦方位の上に求めに至る者はなく、先天八卦はさらに言うまでもない。後天八卦の方位すら、前人が探索すること少なし。ただ《坤卦》の「西南に朋を得」・《蛊卦》の「甲に先んずること三日」・《巽卦》の「庚に先んずること三日」のこの類の《彖伝》《象伝》の文句に、注家がたまに卦位の上に根拠を求めるのみで、その余は少なく見える。先天八卦に至っては、さらに漢学を講ずる人の衆矢の的となり、焦循の《易通釈》もまたただ「旁通」をもって各卦を貫串し、終始八卦にいわゆる先天があることを承認しない。

今按之六十四卦之《彖》、《爻》,其取象之所由,無不原本於先天後天兩圖。苟明其例,則逐卦逐爻象義相合。如按圖而索驥。否則各爻之象,有決非本卦與互卦及旁通所有者。如山風蠱,六爻有四爻言父,一爻言母。而父母之象,從何而來?不於先後兩圖求之,雖輾轉穿鑿,終不能得。迨考諸先後天,則知先天艮巽之位,即後天乾坤之位。乾父坤母,其所由來了如指掌矣。

今や六十四卦の《彖辞》《爻辞》を取って核対すれば、それらの象を取る来路は先天・後天の两図に本づかないことはない。ただこの体例を弄清すれば、卦を逐い爻を逐って象と義が皆相合し、図に按じて馬を尋ねるがごとく容易である。そうでなければ各爻の象の中に、総じていくらかは決して本卦・互卦・旁通の有し得るものでないものがある。譬えば山風の蛊卦は、六爻の中に四爻が「父」に言及し、一爻が「母」に言及するが、父母の象はどこから来るか。先天後天の两図の上に求めなければ、輾転穿凿に任せても求め出せない。先后天を一たび対照すれば、先天の艮・巽が居る位置は、まさに後天の乾・坤が居る位置であることを知る――乾は父・坤は母で、来路はすなわち掌に指すがごとく瞭たるである。

又如《象傳》天火同人九五,曰“同人之先,以中直也”,“先”字從何而來?無從索解。考諸先後天,則後天離位,即先天乾位,更明析矣。故先天後天二圖,實闡發全《易》之秘籥。非但無可駁議,而先後二字,亦決不可易。或改先天為天地定位圖,後天為帝出乎震圖,乃昧於先後之義者也。

また《象伝》が天火同人の九五を解して「同人の先とは、中直なるを以てなり」と言うが、この「先」の字はどこから来るか。旧説に照らせば索解する由がない。先后天の两図を一考すれば、後天の離が居る位置はまさに先天の乾が居る位置で、そして乾はまさに「先」である。来歴はいっそう明白である。だから先天・後天の两図は実に整部《周易》を闡発する秘鍵で、ただ駁議すべき所がないのみならず、「先天」「後天」の二つの名目すら決して更改してはならない。ある人が先天図を改めて「天地定位図」と称し、後天図を改めて「帝出乎震図」と称せんとするのは、それは「先」「後」の二字の含義を知らない人である。

惟邵子以先天圖為伏羲所畫,後天圖為文王所定,則殊可議。蓋兩圖實體用相生,不能離拆。伏羲既作先天八卦,決不能無後天卦以通其用,故先天後天,與重卦六十四,皆一時並有。其六十四卦之大圓圖與方圖,或為邵子所發明,未必為伏羲氏之所畫也。

ただ邵雍が先天図は伏羲の画いた所、後天図は文王の定めた所と言う、この一点は大いに商榷すべきである。両図は実に体と用が相生するので、拆いて見ることができない。伏羲がすでに先天八卦を画いた以上、決して後天卦なくしてその功用を貫通できたはずがない。だから先天図・後天図は、重畳して成った六十四卦とともに、皆同時に併存していたのである。あの六十四卦の大円図と方図に至っては、或いは邵雍自身が発明したものかも知れず、未だ必ずしも伏羲当年の画いた所ではない。

漢《易》家駁先天圖者,曰:“離南坎北,《說卦傳》明定之方位也。乃以西北之乾置之南,西南之坤移之北。離為火故南方熱,坎為水故北方寒。今以乾居南方,則乾為寒為冰,豈不大謬?”當時以為名言。孰知南極北極,固皆為冰洋,今則三尺之童亦知之矣。駁議已不值一笑。然南北冰洋之發見,近三百年內事耳。乃何以伏羲畫卦時,已預有是象,謂非天下之至神乎?

漢学の一派で先天図を駁斥する人は言う。「離は南・坎は北、これは《説卦伝》が明々に定めた方位である。先天図はところが本來西北に在るべき乾を南方に摆き、本來西南に在るべき坤を北方に挪した。離は火なので南方は炎熱であり、坎は水なので北方は寒冷である。今乾を南方に居らしめて、《説卦》はまた乾は寒であり冰であると言う。これは大錯特錯ではないか」と。この一番の言は当時名言と奉じられた。誰が料ったか、南極北極はもともと皆冰封の海洋で、今日は三尺の孩童すら知っている。あの一套の駁議はすでに一笑に値しない。しかし南北の冰洋が発見されたのは、近三百年間の事に過ぎない。なぜ伏羲が卦を画いた時に預めこの象を具備していたのか。これはまさに天下の最も神妙な事ではないか。

乾為圜。圜者,渾圓,非平圓也。故《易》道之圓象,直四面凌空,不能僅觀其一面。鄉之言象者,目光不出於書外,泥於紙上之一圈,以為圓。錢竹汀至以地勢北高南下,駁乾南坤北之圖。具此目光以觀象,何異鄉愚觀李思訓山水。雖尺幅千里,以為不如春牛圖之得情,豈不辜負良工心苦!

《説卦》は「乾は圜」と言う。いわゆる「圜」とは、立体の渾円球体で、平面の円圏ではない。だから《易》道の講ずる円象は、四面凌空の球体で、ただその一面を見ることはできない。昔象を講じた人は眼光が書本を跳出できず、紙上に画かれたあの圏子を死に盯着して円と為した。銭大昕(号は竹汀)は甚だしくは地勢が北高南低であるをもって「乾南坤北」の先天図を駁斥した。このような眼光をもって象を観れば、郷下人が唐代李思訓の山水画を見るのと何の異なりがあろう――画の中の尺幅の内に千里の勢があるのに、彼は衙署の裡に張貼した春牛図のほど親切でないを嫌う。豈に画家の一片の苦心を辜くことならんや。

乾為天,亦渾圓之天。故初潛而上亢。南極入地不見,潛也。北極出地,亢也。若在赤道以南觀之,則北極入地,而南極出地。若於正中赤道下觀之,則南北極皆不見,而成大過象。故大過曰“顛也,本末弱也”。

「乾は天」とは、この天もまた渾円の球体である。だから乾卦の初爻を「潜」と呼び上爻を「亢」と呼ぶ。中国の在る北半球に立って見れば、南極は地下に沈んで見えず、これがすなわち潜であり、北極は地面より高出し、これがすなわち亢である。若し赤道以南に換えて見れば、便ち反対となる。北極は地下に沈み、南極は地面より高出する。若し正に中に当たる赤道の下に立って見れば、南北両極とも見えず、大過卦の象となる――上下の两爻が皆陰で中間四爻が皆陽である。だから《大過・彖伝》は「大過とは顛なり」と言い、また「本末弱し」と言う。

六爻以三四兩爻為人爻,合言之,則上天下地中人。三極之道,與天地參者也。分言之,則人於天地間,只估三分之一。故乾以六爻言天行,則六龍皆為星象。言人道,則六龍以喻君子。言地勢,則中二爻為人居之地。初九、九二、九五、上九,皆龍之所宅。龍所宅,則海洋耳。即一卦分合言之,無不各具至理。舉乾而他卦可隅反矣。

六爻の中で、三・四の两爻をもって人爻とする。合わせて見れば、すなわち上は天・下は地・中は人で、まさに《繋辞伝》の言う「三極の道」で、人は天地と並び列んで三と為るを得る。分けて見れば、人は天地の間でただ三分の一を占める。だから乾卦を若し六爻に就いて天体運行を講ずれば、あの六条の龍は皆星象(東方蒼龍七宿)であり、若し人道を講ずれば、あの六条の龍は便ち君子の比喻であり、若し地勢を講ずれば、中間の两爻は人の居住する陸地で、初九・九二・九五・上九は皆龍の栖息する所――龍の栖息する所は、すなわち海洋である。一卦に就いて論ずれば、分けて講じ合わせて講じて、各々極めて深い道理がないことはない。乾卦を挙げて例とすれば、その余の各卦は皆これによって反推できる。

坎陷也,險也。說者謂以一陽陷兩陰之中,故險也。似矣,而未盡也。論卦象,坎為坤體,坤為順,何險之有?然正以上下皆順,如一人處至順之境,則陷溺其中而不自知。上下皆順,惟我是從,則更無匡弼輔導之資,其險莫險於是矣。反觀夫離,以一陰陷二陽之中,厥狀相等,何以不曰陷曰險,而乃曰麗?則離為乾體,乾德剛健,能匡輔之,乃剛柔相濟,自無險陷之虞矣。聖人取象之精,意極深遠。徒以陰陽言之,不免皮相之論也。

坎は陥であり、険である。経を解する者は言う、一つの陽爻が二つの陰爻の中間に陥るので、険と為ると。この言は正しいようだが、言い尽くしてはいない。卦象に就いて論ずれば、坎の本体は坤に属し、坤は順で、どこから来る険があろう。しかし正に上下が皆順なればこそ、譬えば一人の人が样样順遂の境地に身を処して、その中に陥溺して自ら毫も覚らないがごとき。上下皆順で人々唯々として我に従えば、再び匡正輔弼の憑藉がなく、天下の険でこれより険しきはない。反って離卦を見れば、一つの陰爻が二つの陽爻の中間に陥り、形状は坎と相当するのに、なぜ「陥」と呼ばず「険」と呼ばず、反って「麗」(附麗)と呼ぶか。離の本体は乾に属し、乾徳は剛健で、それを匡正し輔助できるからで、そこで剛柔相済い、自ずと険陥の憂いがない。聖人の象を取るの精微、用意は極めて深遠である。ただ陰陽爻位の上から講ずれば、皮相の論に流れるを免れない。

巽為雞,離為雉。雉俗呼為野雞,亦雞類也。巽既為雞,何不足以概雞,又特著於離?似近煩複矣。乃細察象義,則巽二陽在上,陽以象雞之翅。二陽重疊不分,故雞不能飛。離則兩陽在外,兩翅開張,故雉能飛。取象之妙,其細微不遺如此。

《説卦》は巽は鶏・離は雉と言う。雉は俗に野鶏と称し、また鶏の類に属する。巽がすでに鶏と為った以上、なぜなお鶏を全部概括するに足らずして、必ず離の下に再び特別に一つの雉を標出するのか。見れば近く重複するようである。しかし細かに象義を察すれば明白となる。巽卦は二つの陽爻が皆上に在り、陽爻は鶏の翅膀を象徴し、两陽が重畳して分かれないので、家鶏は飛び上がれない。離卦はすなわち二つの陽爻が外に分列し、两翅の張開するがごときなので、野雉は飛ぶことができる。象を取るの巧妙は、細微にこの地步に至るまで遺漏しない。

兌為羊,說者謂羊性外柔內剛,故《陰符》曰“猛如虎狠如羊”。羊見死絕下畏避,且不號呼,切齒瞪目以就刃,剛狠極矣。而外極柔順,故以象兌之外柔內剛是也,猶未盡焉。兌,正秋也,五行屬金。土能生金,兌金為羊,故土可種羊,而土之怪亦曰羵羊。象理物理之妙合。實不可思議。

《説卦》は兌は羊と言う。経を解する者は羊の性情は外柔内剛なので、《陰符経》に「猛きこと虎のごとく、狠きこと羊のごとし」の言があると言う。羊は眼に見て宰殺されんとするも、決して退縮躲避せず、哀号もせず、ただ牙関を咬緊め眼睛を瞪いて刀口に向かう。剛狠は極点に至り、しかも外表はまた極めて柔順である。だからこれをもって兌卦の外柔内剛を象徴する――この説法は錯ではないが、ただまだ言い尽くしていない。兌は正秋の卦で、五行は金に属する。土は金を生じ得、兌金は象を羊に取るので、土の中に「種」して羊を出すことができる。《国語》は季桓子が井を掘って土怪を得たを記し、孔子はあれを「羵羊」と呼ぶと言い、まさにこれは土中の羊である。象理と物理がこのように巧合するのは、実に思議すべからずである。

難者曰:坤土為牛,火能生土,何以火不能種牛?巽木為雞,水能生木,何以水不能種雞?曰:物各有理,非可概論。羊於辰屬未,坤貞未土,故土之生羊,不盡因於土金之相生焉。他物之生,各有原理。恨吾人學識尚淺,未能悉知之耳。

ある人が詰難して言う。坤は土であり牛である。火は土を生じ得るのに、なぜ火の中に種して牛を出せないか。巽は木であり鶏である。水は木を生じ得るのに、なぜ水の中に種して鶏を出せないか。答えて曰く。万物は各々その道理があって、一概に論じられない。羊は十二地支の中で未に属し、そして坤卦の貞位はまさに未土に落ちる。だから土は羊を生じ得るのであって、全て土金相生のこの一層に因るのではない。その他の物類の化生は、各々その原理があって、ただ我々の学識がなお浅く、一一知ることができないを恨むのみである。

坎為水,離為火。水火天地之大用,道家謂為人生之至寶。修道之功,歸結於取坎填離。而平時所致力者,所謂龍虎升降。二五交媾,皆不越坎離之功用。古來傳記,所載物類能煉形修道者,惟狐為最多。且其收效之易且速,恆為人類所不及。雖為經史所未載,然不盡為荒唐無稽之語,可斷言也。

坎は水、離は火。水火は天地間の最大の功用で、道家はそれらを人生の至宝と見做す。道を修める功夫は「坎を取って離を填む」に帰結し、平日に着力する所のいわゆる龍虎升降・二五交媾も、皆坎離の作用範囲を出ない。古来よりの伝記の中で、物類が形を煉し道を修めること能くするを記載するは、狐狸をもって最多とし、しかもそれが効を見るの容易さ・迅速さは、往々にして人類を超過する。この類の事は正経正史に見えないが、しかし一概に荒唐無稽の談と為すこともできない。この一点は断言できる。

要皆未能證明其理,乃考之於《易》,狐為坎象(《荀九家補》)。而水火既濟、火水未濟之兩卦,皆取象於狐。夫既濟未濟,非道家之乾坤,《參同契》之關鍵乎?乃文王作《彖》,周公繫《爻》,皆取象於狐。則狐之性靈形體,必與人近。或其內體有特異之機能,合於水火升降之作用,有非為人所及者,故能事半而功倍。古聖必已確知其故,因以繫諸離坎交媾之兩卦,非偶然也。

ただ従来その中の道理を証明できた人がいない。そこで《周易》を取って考察するに、狐は坎の卦象である(《荀九家易》の補した逸象に見える)、そして水火既済・火水未済の両卦は皆狐に象を取る。既済・未済はまさに道家の言う乾坤・《参同契》の一書の関鍵ではないか。文王が《彖辞》を作り、周公が《爻辞》を繋げて、偏偏ともこの两卦の上に狐に象を取った。さらば狐の性霊と形体は必ず人に相近く、或いはその体内に或る特異の機能があって、恰好水火升降の作用に合し、人の及ばない所である故に、修煉すれば功半にして事倍す。古代の聖人は必ず早くからこの縁故を確知して、初めて狐を離坎交媾のこの两卦の上に繋げたのであって、決して偶然ではない。

但非詳於動物生理學者,不能剖此疑團。在北京時,會以質諸大學教習日耳曼人沙某。沙亦向喜中國古學。而精於生理解剖者也。辛齋詳語其故,而沙乃鼓掌狂喜曰:“此足與吾國學者之研究相印證矣!近年解剖之學日精,凡人類與動物之身體之結構,無不明晰其作用:如人之腦筋有十二對,若者司觀,若者司聽司嗅,無不條分縷析。獨狐之腦筋,異常繁複。經多數博士之考驗,迄今尚未能解決。今由《易》象,可得其端倪。即從心腎兩臟以探察之,或可得其要領乎?”即此以觀,可見吾人於科學知識未能充分,而《易》象之精深奧衍,則斷非一知半解之腐儒所可擬議矣。

しかし若し動物生理学に精通した人でなければ、この疑団を剖き開くことはできない。私が北京に在った時、かつてこの問題を取って大学の中のドイツ人教習沙某に請教した。沙氏は平素中国の古学を喜好し、また生理解剖に精しい。私はその中の縁由を細々と彼に講じて聴かせると、彼はついに鼓掌して大いに喜んで言った。「これは我が国の学者の研究と互いに印証するに足る。近年解剖の学は日に日に精密となり、およそ人類と動物の身体の構造は、作用として明白にし尽くされないことはない。例えば人の脳神経は十二対あり、どの一対が視覚を管り、どの一対が聴覚・嗅覚を管るか、皆条分縷析である。ただ狐の脳神経のみが異常に繁複で、許多の博士が反復検験しても、今日までなお解決できていない。今《易》象から倒して端倪を得ることができる――すなわち心・腎の两臓から手を入れて探察すれば、或いは要領を摑めるかも知れない」と。この事から見れば、我々の科学知識はなお充分でなく、《易》象の精深宏富は、決して一知半解の腐儒の妄りに議論を加え得る所ではないことが見える。

凡卦之象,合言之各有陰陽剛柔之別。陰陽以氣言,剛柔以形言。如乾為天為剛,坤為地為柔,坎為水為氣之形,離為火為形之氣,是也。而分言之,每卦又各自有其剛柔氣形之用。如乾為天為圜為父為君,又為玉為金為寒為冰,又為大赤,為良馬為老馬為瘠馬為駁馬,又為木果。

およそ卦の象は、合わせて見れば、各々陰陽剛柔の分別がある。陰陽は気に就いて言い、剛柔は形に就いて言う。譬えば乾は天であり剛であり、坤は地であり柔であり、坎は水で気の凝りて成した形であり、離は火で形の化して成した気である。この意である。分けて見れば、毎一卦がまた各々剛柔気形の種種の作用を具備する。譬えば乾は、《説卦伝》はそれを天と為し圜と為し父と為し君と為し、また玉と為し金と為し寒と為し冰と為し、また大赤と為し、良馬・老馬・瘠馬・駮馬と為し、また木果と為すと列す。

說者謂乾元資始,天與圜乾之體也,父與君,人之元也。玉與金,物之元也。寒與冰,氣之元也。大赤,色之元也。馬與木果,動物植物之元也。又來瞿唐云:“乾為馬,良馬其本體也。時變為老,形變為瘠,色變為駁,皆能得觀象之要者也。”學者由此類推,更可得無窮之精義。

経を解する者は言う。乾元は万物の創始の根源で、天と圜は乾の本体である。父と君は人倫の中の元であり、玉と金は物質の中の元であり、寒と冰は気の中の元であり、大赤は顔色の中の元であり、馬と木果は動物・植物の中の元である。来知徳(号は瞿唐)はまた言う。「乾は馬である。良馬はその本体で、時間に随って変じれば老馬と成り、形体に随って変じれば瘦馬と成り、毛色に随って変じれば雑色馬と成る」と。これらの講法は皆象を観る要領を摑み得る。学者はこれによって類推すれば、なお無窮の精義を得ることができる。

如為玉為金,金玉乃物質之最堅最精最純正者。《乾·文言》曰“剛健中正,純粹精也”,故以金玉象之。然物質之發明,日進無窮。近世所寶貴之金剛石,在畫卦時未必有是物也。而乾之剛純粹精,已酷肖其象。故自金剛石出世,而金玉失其貴。擬乾之象,當亦以金剛石為最肖矣。

譬えば乾の「玉と為す」「金と為す」は、金と玉は物質の裡で最も堅硬・最も精美・最も純正の物である。《乾卦・文言》は「剛健中正、純粹にして精なり」と言う。だから金玉をもってそれを象徴する。しかし物質の発見は日に新たに月に異なり、近世に至宝と視られる金剛石は、卦を画いた時代に未だ必ずしも出現していなかったかも知れないが、乾卦の剛健純粹精一の徳は、早くからすでに酷似してその形象のごとし。だから金剛石が世に問われて以後、金玉は便ち従前の尊貴を失った。今日乾の象に比擬するにも、また金剛石をもって最も相像るとすべきである。

蓋乾乃純粹之氣,而凝合成形,又極剛極堅,無物足以比擬。據近世化學家所考驗,金剛石乃純粹之炭氣所凝結,化之仍散而為氣,絕無渣滓。夫至精至純至剛至堅,又光明通達,聚之成質,而散仍復為氣。非乾之全德,又烏足以肖之?此象之可以物理之確當而補之者也。

乾はもともと純粹の気が凝聚して形を成し、また極剛極堅で、別に比擬できる物がないからである。近世の化学家の検験に拠れば、金剛石はまさに純粹の炭素が凝結して成ったもので、焼化した後に依然として散じて気体となり、一点の渣滓もない。至精・至純・至剛・至堅で、しかも光明通透し、聚めれば実体と成り、散じればまた気に還元する――乾の全部の徳性を具備するのでなければ、どこにそれに比擬するに配する所があろう。これがすなわち確切の物理知識をもって卦象を補充し得る一つの例である。

凡卦之擬象,有自其陰陽之本體言者,有自其陰陽既合以後言者。如乾道成男,坤道成女,為男為女,是各就其本體言也。若乾為父,坤為母為婦,則自其陰陽既合以後而言也。凡卦之擬象,有取其全體者,有取三畫中之一畫者。乾坤為陰陽之宗,故取象皆以其全體。六子各分乾坤之一爻,故取象亦各就其一爻而言。如震巽以下爻,坎離以中爻,艮兌以上爻是也。

およそ卦の取象は、或いは陰陽の本体の上から言い、或いは陰陽が交合して後より言う。譬えば《繋辞伝》が講ずる「乾の道は男を成し、坤の道は女を成す」とは、それを男と為し女と為すのは、すなわち各々本体に就いて言うのである。乾を父と為し、坤を母と為し婦と為すと言うに至っては、あれはすなわち陰陽交合して後より言うのである。またおよそ卦の取象は、或いは整卦全体を取り、或いはただ三画の中の某一画を取る。乾坤は陰陽の総源頭なので、取象は皆全体を用いる。六子は各々乾坤の一爻を分かち得たので、取象もまた各々あの一爻に就いて言う。震・巽は下爻を取り、坎・離は中爻を取り、艮・兌は上爻を取る。この道理である。

六子既各分乾坤之一爻,故即分乾坤之象。如乾為馬,震坎皆言馬。坤為牛,離亦為牛。坤為腹,離為大腹。乾為首,坎為大首。“大腹”見於《傳》而不見於《經》,“大首”見於《經》而不見於《傳》,此尤見經傳互相發明之妙也。

六子はすでに各々乾坤の一爻を分かち得たので、また各々乾坤の一部分の卦象を分かち得た。譬えば乾は馬で、震と坎は皆馬に言及し、坤は牛で、離もまた牛であり、坤は腹で、離は便ち大腹であり、乾は首で、坎は便ち大首である。その中の「大腹」はただ《説卦伝》に見えて経文に見えず、「大首」はただ経文に見えて《説卦伝》に見えない。一は伝に在り、一は経に在り、恰好相い補う。これは特に経と伝が彼此発明するの巧妙を見るに足る。

震為聲。凡天下之聲,無不由動而發者也。震為群動之宗,故又為聲。然《說卦傳》未言震為聲者,以巽之為臭對照而可得者也。《說卦》一言象,往往於相對待者舉其一端。如舉坤為眾,知乾之為一。舉乾為寒,知坤之為暑。舉坎為憂,知離之為樂。此以對卦互見其義者也,亦有反對互見其義者。如震為大塗,而艮為徑路。巽為疑而兌為決。此皆《說卦》所明言者,則其未明言者可類推而知矣。如舉巽為長為高,則知兌為渺小為纖細。舉艮為門闕,則知震為盤桓。非神而明之,象義莫能見矣。

震は声である。天下の一切の声音で、動に由って発しないものはない。震は万動の総源頭なので、また声と為る。しかし《説卦伝》は並びに明らかに震は声と言わず、これは巽は気味とするを取って対照して初めて推し出せる。《説卦伝》が象を講ずるに、常に相対する两者の中でただ一端を挙げる。坤は衆と挙げれば、乾は一であることを知り、乾は寒と挙げれば、坤は暑であることを知り、坎は憂と挙げれば、離は楽であることを知る――これは相対の卦をもって互いにその義を見るである。また反対の卦をもって互いにその義を見る者もある。震は大路で、艮は便ち小径であり、巽は疑で、兌は便ち決断である。これらは皆《説卦伝》が明白に講じ出したもので、さらばそれが講じ出さなかったもまた類推して知るべきである。巽は長であり高と挙げれば、兌は渺小・纖細であることを知り、艮は門闕と挙げれば、震は盤桓であることを知る。若し心領神会できなければ、象義は見出せない。

坎為水,離為火,其單象也。而陰陽既合,而離又為電為光為熱。物理之作用,非水不能溶解,非光熱不能融合。無論動物之生,不能離水火與光力熱力,為循環之挹注。既礦物諸質,其凝結之初,亦無不由此。故以電光熱之力,無物不可化分,亦無物不可以化合。故《易》以坎離為六十四卦之中樞,而殿之以水火既濟火水未濟。

坎は水・離は火、これはそれらの単純の象である。陰陽が交合して後に至っては、離はまた電と為り光と為り熱と為る。物理の作用に就いて言えば、水がなければ溶解する法なく、光熱がなければ融合する法なし。ただ動物の生長が水火と光力・熱力の循環不断の補給を離れられないのみならず、各種の鉱物質も最初凝結する時に、皆これに由って来ないことはない。だから電・光・熱の力量に憑れば、分解できない物なく、化合できない物もなし。正にこの因をもって、《周易》は坎離をもって六十四卦の中枢と為し、水火既済・火水未済の两卦をもって全書の殿軍とする。

或問:乾為天,又為木果。小大之不倫,何懸絕若是?曰:天者元也,元無所不至。木果雖小,即乾之貞,而為元之所伏也。剝之上九曰“碩果不食”,反而為復,貞下起元,故終則有始也。其取象於木果者,以其形圓。圓內有核,核內有仁,仁內即元之所存,物雖小而生意無窮。至初爻變為巽,則元已不可見。故巽為不果,又為伏。伏者即謂元之伏藏而不可見,即無首之義也。《易》象之妙,極深研幾,無一字不有精義存乎其間。

ある人が問う。乾は既に天であり、また木果と為る。大小がこのように相称せず、なぜ懸殊がこの般の地步に至ったか。答えて曰く。天はすなわち「元」で、元は至らない所なし。木果は小さいが、まさに乾の「貞」であり、すなわち元の潜蔵する所である。《剥卦》上九は「碩果食われず」と言う。剥極まりて返れば復卦と成り、貞尽きて元また起こる。だから終有れば必ず始有る。木果に象を取るのは、その形状が渾円なるに因る。円の裡に核あり、核の裡に仁あり、仁の裡はすなわち元の存する所――物は小さいが生機は無窮である。乾の初爻が一変して巽と成れば、元は見えなくなる。だから《説卦》は巽は「果たさず」と為し、また「伏」と為すと言う。いわゆる「伏」とは、まさに元が潜蔵して見えざるべからずを言い、すなわち《乾》の用九「群龍を見るに首なし」の意である。《易》象の妙は、賾を探り幾を研じて、一つの字として精義を含まないものはない。

或問:乾為木果,即乾上爻之象乎?曰:碩果不食,上爻之象也。而窮上反下,則為初爻。故“木果”二字,須合兩爻以見義。經於剝上曰“碩果”,曰“不食”,二字均有分寸,不可不深思熟察也。

ある人が問う。乾は木果、これはすなわち乾卦上爻の象か。答えて曰く。「碩果食われず」は確かに上爻の象だが、上に窮まれば下に返らねばならず、そこでまた初爻と成る。だから「木果」の二字は、上爻と初爻の両処を合わせて初めてその意義を見出せる。経文が《剥卦》上九に「碩果」と言い、また「食われず」と言うに、「碩」と「食われず」の両処の措辞は皆極めて分寸があり、深思細察せざるべからず。

或問:乾乃純陽,何以為寒為冰?曰:陽畜於陰,寒與冰,皆以陰畜陽。乾居西北,固陰沍寒。陰陽相薄,凝而為冰(所謂陰陽既合以後之象也)。故乾西北對東南巽。乾巽曰小畜,乾居西北,於先天之位為艮,艮乾曰大畜,大畜小畜而陽始生,猶必潛以養之,勿用以守之。剛健純粹,夫豈一朝一夕之故哉!

ある人が問う。乾は純陽であるのに、なぜ《説卦》はそれを寒と為し冰と為すと言うか。答えて曰く。これは陽が陰に畜聚された故である――寒と冰は皆陰をもって陽を畜する。乾は後天方位で西北に居り、もともと陰気が凝閉して寒冷で、陰陽が相迫って、凝結して冰と成る(これはまさにいわゆる陰陽交合して後の象)。だから乾は西北に在って、正に東南の巽に対する。上巽下乾はすなわち小畜である。乾の居る西北は、先天方位の上では艮である。上艮下乾はすなわち大畜である。大畜・小畜の畜養を経て、陽気は初めて生発する。それでもなお、必ず乾卦初九のごとく潜蔵をもってそれを涵養し、「勿用」をもってそれを守護せねばならない。剛健純粹の乾徳は、どこに一朝一夕に成就し得る所があろう。

或問:艮為虎,兌亦為虎。艮為虎,乃荀九家之說。按之於《經》,則履之“虎尾”,革之“虎變”,皆似兌象。究何從乎?曰:履與革,固有兌象。而頤之“虎視眈眈”,則艮象也。此即前文所謂以對卦而相通之一例也。

ある人が問う。艮は虎で、兌もまた虎である。艮が虎であるのは《荀九家易》の補象に出るが、経文を取って核対すれば、《履卦》の「虎尾を履む」・《革卦》の「大人虎変」は、見れば皆兌象に似る。果たしてどれに依従すべきか。答えて曰く。履卦と革卦は確かに皆兌象を含み、そして《頤卦》六四の「虎視耽耽」はすなわち艮象である。これはまさに前の言う所の、相対の卦をもって彼此相通ずる一つの例である。

考八卦之象,艮為狗,因艮外剛而內柔,狗之性似之,故為狗。然艮有成終成始之德,能與剛德相終始,則為虎。兌之本象為羊,履之“虎尾”,革之“虎變”,曰“尾”曰“變”,明非兌之本象也。至兌之為虎,乃另屬一義。兌居西方,上直昂宿白虎之位,亦如乾卦之取象蒼龍,則因位而取象。與剛柔之說無與矣。

八卦の象を考察すれば、艮は狗であるのは、艮が外剛にして内柔で、狗の性情が正にこれと相似るに因り、だから狗を取って象とする。しかし艮はまた「終を成し始を成す」の徳性があって、剛徳と相始終し得るので、そこでまた虎と為り得る。兌の本象は羊である。《履》は「虎尾」を言い《革》は「虎変」を言うが、一処は「尾」を言い一処は「変」を言い、分明に皆兌の本象ではない。兌が虎と為る所以に至っては、別に一義に属する。兌は西方に居り、正に昴宿白虎七宿の位に当たる。これはちょうど乾卦が東方蒼龍に象を取るがごとく、方位に依って象を取るので、外柔内剛のあの一套の説法と関係ない。

或問:坤為布為釜,乃坤之本象乎?曰:非也。此皆陰陽化合而生之象也。坤與乾合,則陰陽經緯而有布象。坤得離坎,則水火濟用而有釜象或缶象。缶亦釜也。《易》有缶而無釜,因上古火化之始,未有釜也。觀比之盈缶,坎用缶,離鼓缶,可會通其義矣。曰:陰陽經緯,既乾坤相合之象,何獨於坤言之?曰:陽氣而陰質也。曰:乾亦有稱布乎?曰:有諸。乾施坤受,施亦布也。布五行於四時,乾之布也。布同而義殊矣。妙哉!《易》之為書也。

ある人が問う。坤は布であり釜である。これは坤の本象か。答えて曰く。否である。これは皆陰陽化合して後に生じた象である。坤と乾とが相合して、陰陽が縦横交織して、そこで布の象がある。坤が離と坎を得れば、水火が交わり相いに用を為して、そこで釜あるいは缶の象がある――缶はすなわち釜である。《周易》の経文の中にはただ缶があって釜がない。上古が剛く火を会して熟食するとき、まだ釜という器皿がなかったからである。《比卦》上六の「孚あれば缶に盈つ」・《坎卦》六四の「樽酒簋貳、缶を用う」・《離卦》九三の「缶を鼓して歌わず」を見れば、その中の意を会通できる。また問う。陰陽縦横交織はすでに乾坤相合の象であるのに、なぜ単に坤の下に布を言うか。答えて曰く。陽はただ気で、陰こそ質だからである。また問う。乾もまた布と称し得るか。答えて曰く。ある。乾は施与し坤は承受する。「施」はすなわち布である。五行を四時の中に布散するは、まさに乾の布である。同じ一つの「布」の字で意義は同じでない。《周易》という書は、真に奇妙である。

或問:離為鼈、為蟹、為蠃、為蚌、為龜。此五者,惟龜象見於頤與損益,餘象皆不見經傳,其義何居?曰:五者皆水族也。不屬諸坎而屬諸離,以見陰陽互藏之妙焉。舊說以五者皆甲蟲,外剛內柔,故以取象。是矣,而未盡也。離中虛能受,故能納五行之精。得巽木之精為鱉,得震雷之精為蟹,得兌月之精為蚌,得乾金之精為蠃,得坎艮之精為龜,而畢受化於坤土。觀象於頤可得其義。推而廣之,其象可見也。(焦氏《易通釋》謂《易》之言敝即鱉也,言解即蟹也,言贏即蠃也,言邦即蚌也,於義亦通。)

ある人が問う。《説卦》は離は鼈であり蟹であり螺であり蚌であり亀であると言う。この五種の中でただ亀の象のみ《頤》と《損》《益》に見え、その余の四種は皆経伝に見えない。取象の用意は何に在るか。答えて曰く。この五種は皆水族であるが、坎に隷属せず離に隷属するのは、正に陰陽が互いに含蔵する奥妙を見せる。旧説はこの五種は皆甲殻ある虫類で、外は剛硬にして内は柔軟なので、取りて象と為すと考えた――言は錯ではないが、ただ言い尽くしていない。離卦は中間が空虚で、虚なれば則ち容受し得る。だから五行の精気を納蔵し得る。巽木の精を得て鼈と成り、震雷の精を得て蟹と成り、兌月の精を得て蚌と成り、乾金の精を得て螺と成り、坎艮の精を得て亀と成り、そして最後に皆坤土に由って化育される。《頤卦》の上に象を観れば、この層の意を明白にできる。推し広めて行けば、これらの象は皆見出せる。(焦循《易通釈》は言う。《周易》経文の中の「敝」はすなわち鼈、「解」はすなわち蟹、「贏」はすなわち螺、「邦」はすなわち蚌で、義理の上でも講じ通ると。)

或曰:坎為月,今以兌為月,是非邵子之象乎?曰:非也。卦之言象,以相對見義。坎離相對,離為日,則坎為月。離為火,則坎為水。兌之為月,對於震巽取義。《易》之言月者,除日月對舉者則指坎。餘皆指兌言也。

ある人が言う。坎は月であるのに、今や兌をもって月と為す。これは邵雍の一派の取象ではないか。答えて曰く。否である。卦が象を取るは、相対の中に意義を見出すを要とする。坎と離は相対す。離は日ならば、坎は便ち月である。離は火ならば、坎は便ち水である。兌の月と為るに至っては、震・巽に対して義を取るのである。《周易》経文がおよそ月に言及する所は、日月対挙の場合が坎を指すを除く外、その余は皆兌を指す。

或問:《繫下傳》“龍蛇之蟄以存身焉”,是否指乾卦之象?曰:然。咸卦三爻至五爻互乾,乾四爻之“上不在天下不在田中不在人”者,以此四爻乃在乾卦之中。《咸·象》曰“君子以虛受人”者,即此一爻,故稱龍蛇。龍蛇者,未確指其為龍為蛇,與“或躍在淵”之或字相應者也。蓋乾之對宮為巽,巽於十二辰,貞在辰巳,辰為龍,巳為蛇。躍者,超越而上之名,言四爻能超躍越過巳之一位,即及於離午而為飛龍。不能及於離午,則在巳而為蛇。辭意極為明析。按之於象數,無不絲絲人扣者。聖人之文,真與造化同一工也!

ある人が問う。《繋辞下伝》は「龍蛇の蟄は、もって身を存するなり」と言うが、これは乾卦の象を指すか。答えて曰く。その通りである。咸卦の三爻から五爻は互いに乾体を成し、そして乾卦九四のいわゆる「上は天に在らず、下は田に在らず、中は人に在らず」は、まさにこの一爻が乾卦の中間の過渡地位に処るに因る。《咸卦・大象》は「君子は虚をもって人を受く」と言い、指すもまたまさにこの一爻なので、それを「龍蛇」と称する。「龍蛇」と称するのは、確かにそれが果たして龍か蛇かを指さないので、九四爻辞の「或いは躍り淵に在り」のあの「或」の字と相呼応する。もともと乾の対宮は巽で、巽は十二辰の中で貞位が辰・巳に落ちる。辰は龍、巳は蛇である。「躍」は超越して上る名目で、意は九四が一躍して巳のこの一位を越えれば、すなわち離午に至って飛龍と成り、越えられなければ、依然として巳位に留まってただ蛇である。辞の意は極めて明白で、象数を取って核対すれば、糸糸として扣に入らないことなし。聖人の文字は、真に造化と同一の手筆である。

或問:《說卦》“離為龜”,乃六十四卦之有離者,均不言龜,獨見之於頤與損益何也?曰:頤與損益,皆剛外柔內,有離之象。來氏所謂大象是也。頤與損益,大象似離,故言龜。亦即聖人示人以取象之一例焉。

ある人が問う。《説卦伝》は「離は亀」と言うが、六十四卦の中でおよそ離体を含む卦は皆亀を言わず、偏偏とただ《頤》と《損》《益》の裡に出現する。これは何の故か。答えて曰く。頤卦と損・益の両卦は、皆外剛にして内柔で、離の形状を具え、すなわち来知徳の言う「大象」である。この三卦の整体の輪郭は離に似るので、亀に言及する。これもまたまさに聖人が人に示範して見せる一条の取象通例である。

曰:在損益皆稱“十朋之龜”何也?曰:十者,取其最多之數,即天一至地十之數也。朋者,陰陽相合。以天一地二天三地四,數各有合,故曰朋。此“龜”字與震卦“億喪貝”之貝字同。古人無錢布,龜與貝皆寶貨之一類也,故以象言之。頤之龜乃活龜,而損益之龜則龜版耳。

また問う。《損》《益》の両卦は皆「十朋の亀」と言う。これは何の縁故か。答えて曰く。「十」は最大の数を取るので、すなわち天一から地十までのこの一串の数の尽頭である。「朋」は陰陽が相配する。天一は地二に配し、天三は地四に配し、毎一数に各々配偶があるので「朋」と呼ぶ。ここの「亀」の字は、《震卦》六二の「億、貝を喪う」の「貝」の字と同類である。古人は銅銭布幣がなく、亀甲と貝殻は皆宝貨の一類に属したので、取りて象とした。《頤卦》の言う亀は活亀で、《損》《益》の言う亀はすなわち占卜に用いる亀甲に過ぎない。

或問:巽為寡髮,《李氏集解》作宣髮。虞注曰巽為白,故宣髮。將何說之從?曰:兩說皆可通也,巽為長女。凡女之愆時未嫁。及早嫁而生育過多者。血皆失其經而髮禿。故曰寡髮。禿必於前額,故亦可曰宣髮。《考工記》“半矩謂之宣”,似宣之義更能形容酷肖,較寡字尤周到也。

ある人が問う。《説卦》は巽は「寡髪」と為すと言うが、李鼎祚《周易集解》は却って「宣髪」と作り、虞翻の注は巽は白色なので「宣髪」と言う。果たしてどの説に依従すべきか。答えて曰く。両説とも講じ通る。巽は長女で、およそ女子が婚期を過ぎてまだ嫁がないか、あるいは早く嫁いで生育が多すぎる者は、血が皆常度を失い、頭髪がそれによって稀禿となるので「寡髪」と言う。そして禿は必ず前額から始まるので、また「宣髪」と言い得る。《周礼・考工記》は「矩の半を宣と謂う」と言い、「宣」には前額が寛露の義があって、似たも「寡」の字より形容が逼真で、また周到である。

或問:巽為近利市三倍,其於象也何居?曰:此象之微妙,非通全卦而觀之,僅就巽之三畫以探索之,無從得其義焉。巽為入,有入而無出,得坤吝嗇之性。然坤柔順,故雖吝音,尚不致為貪。而巽之體,則乾體也。以乾體之健,行坤性之吝,更兼其本性之人。三者合之,所謂三倍也。

ある人が問う。《説卦》は巽は「近く利市三倍」と為すと言うが、象の上に根拠は何に在るか。答えて曰く。この象は甚だ微妙で、全卦を通観せずしてただ巽の三画の上に摸索するだけでは、その意を求め出せない。巽は「入」で、ただ進んで出ず、坤卦の吝嗇の性情を得た。しかし坤の性は柔順なので、吝嗇ではあるが、まだ貪と成るには至らない。そして巽の本体は却って乾体である。乾体の剛健をもって、坤性の吝嗇を行い、さらにそれ自身の「入」の本性を加えれば、三者合わさって、すなわちいわゆる「三倍」である(源文の「吝音」は「吝嗇」と作るべく、「本性之人」は「本性之入」と作るべし)。

然則近利市三字之象,又從何而來也?曰:此則須索之於八卦方位也。八卦巽居東南,其前則東震也,其後則南離也。離與震,火雷噬嗑。日中為市,致天下之民,聚天下之貨,交易而退,各得其所,蓋取諸噬嗑。今巽之方位,適介於噬嗑上下卦之間,非近利市而何?故聖人之於象,一字一義,必有根據。潛心以求之,多方以索之,方能知其妙。若以不解解之,其奧義終莫能得也。

さらば「近利市」の三字の象はまたどこから来るか。答えて曰く。これはすなわち八卦方位の上に求めねばならない。八卦の中で巽は東南に居り、その前は正東の震で、後は正南の離である。離と震が相合すれば、まさに火雷噬嗑卦である。《繋辞下伝》は言う。「日の中に市を為し、天下の民を致し、天下の貨を聚め、交易して退き、各々その所を得るは、蓋しこれを噬嗑に取る」と。今巽の方位は恰好噬嗑の上下両卦の間に挟まる。これが「利市に近し」でなくて何であろう。これで見れば聖人の象を立つるに、一つの字・一層の意義も必ず根拠がある。潜心して求め多方に索して、初めてその妙処を知ることができる。若し一知半解を取って敷衍解釈すれば、あれらの奥義は終に得られない。

或曰:宣髮與近利市三倍,其象義之妙既聞之矣。而巽又為多白眼,亦必有妙義,可得聞歟?曰:此則前人已有言之者矣。曰離柔居中,為目之正。巽陰反下,而二陽上,故多白眼。似為來氏之說。於義頗近,尚未明暢。請申言之。

ある人が言う。「宣髪」と「近利市三倍」の二条の象義の精妙は、すでに教を領いた。巽はまた「白眼多し」と為す。思うにまた妙義があろう。私に説いて聴かせてくれないか。答えて曰く。この一条は前人がすでに講じた。彼らは言う。離卦は柔爻が中に居り、眼睛が端正の象である。巽卦の陰爻は反って下に在り、二つの陽爻が上に在るので、眼白が多い。これは似たも来知徳の説法で、意は相当に近いが、ただまだ講じ明暢していない。私がさらに申し説く番を容れよう。

離為目,巽之下,即離之上也。離之下,即兌之上也。此即虞氏所謂半象。故經文於兌稱“眇目”,履與歸妹皆兌,皆曰“眇能視”是也。以兌例巽,則巽亦眇耳。惟巽又為白。白者,上二陽也。是巽之眇,白且占三分之二。非多自眼而何?“多白眼”二字,不啻將巽之眇活畫出來。神哉化工之筆也!

離は目である。巽の下半は、まさに離の上半であり、離の下半は、まさに兌の上半である――これがすなわち虞翻の言う「半象」である。だから経文は兌卦の上に「眇目」と称し、《履》と《帰妹》は皆兌体を含み、皆「眇も能く視る」(一隻眼が瞎れてなお見ることができる)と言う。兌を取って巽に比照すれば、巽も同じく「眇」である。ただ巽はまた白と為る。いわゆる白とは、指すは上のあの二つの陽爻である。このようになれば、巽の「眇」の裡に白色がついに三分の二を占める。「白眼多し」と呼ばずして何と呼ぶか(源文は「多自眼」と作る。「自」は「白」の誤り)。「白眼多し」のこの名目は、まさに巽のあの白み泛ぶ眼睛を活画した。真に造化神工の手筆である。

或問:坎,其於人為加憂,為心病,為耳痛。舊解為陽陷陰中,心危慮深,故加憂。憂之甚為心病,心以虛為體。剛畫梗於其中故病。惟耳亦然。坎為耳,外陰內陽,取象陽之總也。又為耳痛,象陽畫之梗於其中也。其說當乎?

ある人が問う。《説卦》は坎は「人に於いては、憂を加え、心病を為し、耳痛を為す」と言う。旧注は解釈して言う。陽爻が陰爻の中間に陥り、心裡に危惧して思慮が深いので「憂を加う」とし、憂が極処に至れば便ち「心病」と成る。心は虚空をもって本体とするので、一根の剛爻が中間に横梗するので病を生ず。耳朵も同じで、坎は耳で、外陰内陽で、陽気の会聚に象を取る。それを「耳痛を為す」と言うのも、またあの根の陽爻が中間に横梗するを象徴する。この説法は妥当か。

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