仏教道教の象数は《易》に備わる
《易》之為書也,廣大悉備。範圍天地,曲成萬物,故凡世界所有,無遠近,無今古,均不能出於《易》教之外。道教佛教,皆後起者也,而佛教創始於西域,更與中國之文化無關。乃聖人之作《易》,早定其數於三千年以前,而概括其教於卦象之中,並其科儀名類,亦皆一一列舉而豫定之。乃後來者冥然罔覺,順天地之理數,以自力進行。初未與《易》相謀,而事事物物胥一一準之,莫能相悖。始信孔子“天且不違況於人乎況於鬼神乎”之贊,為確有徵驗,而非以虛義為頌美之辭焉。
《易》のこの部の書は広大にして備わらざるなし、天地の化を籠括し、万物の情を曲尽す。だからおよそ世界上に有る物は、遠近を論ぜず・古今を論ぜず、皆《易》教の範囲を跳出ること能わず。道教と仏教は皆後起の物で、而も仏教は西域に創始して、中国の文化とさらに何の関係をも談ずに足らない。しかし聖人が《易》を作すや、早くも三千年以前にすでにそれらの数を定下し、両教を皆卦象の中に概括し、それらの儀軌科目・名号分類に連ねても、また一一列挙して預め定め、遺漏せざるなし。後来の人は茫然として覚らず、ただ天地の理数に順い・自身の力量を憑って前に往くのみで、起初は並びに《易》と商量したことがなく、而も事事物物は却って一一《易》と相合して、相い違うこと能わざるなり。これにおいて初めて孔子が《乾・文言》の裡の「天且つ違わず、況んや人に於いてをや。況んや鬼神に於いてをや」の賛語が確かに験有りて、空話を以て頌美の辞と作すではないを信ず。
蓋天地之數,自天一地二至天九地十,八卦之入用準之。至乾而數為無,黃帝甲子,乾五支六,各分陰陽,以合八卦之用。至乾終戌亥,而數有孤虛(子一丑二至酉十盡於兌,至乾數無而於辰為虛。其對宮則為孤)。故乾坤陰陽皆極於己亥,己陽極陰始,亥陰極陽始。陰陽終始於己亥,而己亥實為天地陰陽之兩端(端者始也)。
天地の数は天一・地二から一直に天九・地十に排到り、八卦の入用は皆これを以て準とす。乾位に排到れば、数はすなわち「無」と成る。黄帝が甲子を創めて、天干は五対・地支は六対で、各々陰陽を分かち、以て八卦の用に配合す。乾に排到りて戌亥に終われば、数上に便ち「孤」「虚」有り(子一・丑二と順に酉十に数えて、兌に尽きる。乾に至れば則ち数は無で、而も辰に在るは「虚」で、それと相対する一宮はすなわち「孤」)。だから乾坤陰陽は皆己・亥の両位に終極す。己は陽極にして陰始め、亥は陰極にして陽始め。陰陽はすでに己亥の上に終わってまた始まるので、己亥は便ち天地陰陽の両端である(「端」はすなわち開始)。
聖人合陰陽之撰,通神明之德,先後皆履端伊始。己上先天乾兌卦,己履端始;亥下後天乾兌卦,亥履端始。是以聖人於己亥萬物終始,執其兩端,而用其中於民(天地子午正中,子一勿用。用子正在丑,用午正在未)。乃子丑中,天地協,使民協於中。南北乾坤坎離正中,堯舜通變宜民,垂衣裳而天下治。取諸乾坤,坎離水火,百姓日用而不知是也。
聖人は陰陽の体制を会合し、神明の徳性を通達して、前後は皆「履端」より起算す。己位の上は先天の乾・兌の両卦で、己は履端の始である。亥位の下は後天の乾・兌の両卦で、亥もまた履端の始である。だから聖人は万物終始の己亥の上にその両端を執り、而も「中」を百姓に用いる(天地は子午を以て正中と為し、子一は「用うる勿れ」の位で、子を用いるは実際に丑に落ち、午を用いるは実際に未に落ちる)。ここにおいて子丑の中を取り、天地は相い協い、百姓にもまた中に協わしむ。南北の乾坤坎離は皆正中に居り、堯舜はその変を通じて民を相宜ならしめ、衣裳を垂れて天下大治す。《繋辞伝》はこれは乾坤に象を取ったと言う。坎離水火の用に至っては、則ち百姓が天天に用いて自ら知らざるなり。
故“人心惟危,道心惟微。惟精惟一,允執厥中”(子坎一,道心寅;艮三,人心子。一純丑,二精子,丑天地正中)。“中庸”乾二用中,皆天地大中之道,帝王立極,聖人立本,於己亥執其兩端,子丑用其中於民。斯堯舜之道,文周孔子所繼述,即《易》道用中之旨也。
だから《尚書・大禹謨》は「人心は惟れ危うく、道心は惟れ微なり。惟れ精に惟れ一に、允に厥の中を執れ」と言う(子は坎一で、道心は寅に属す。艮は三で、人心は子に属す。一は純で、丑に配す。二は精で、子に配す。丑は正に天地の正中)。「中庸」は乾卦九二の用中を取る。皆天地の大中の道である。帝王はこれに拠って極を立て、聖人はこれに拠って本を立てる。己亥の両位の上にその両端を執り、子丑の位の上に中を百姓に用いる。これがすなわち堯舜の道で、また文王・周公・孔子の継承して闡述した所で、すなわち《易》道の「用中」の宗旨である。
兩端各倚於一偏。東南偏辰巳,有陽無陰,主有生無死,道教是也(道教主長生不死)。西北偏戌亥,無陰無陽(乾數無),主無死無生,佛教是也。以其偏於一端也,對於用中而言,謂之異端。然天地既有其數,既開其端,即皆有其教。天地南北,子一陽,物出有,道教始。午一陰,物入無,佛教始。故子出而辰巳有者陽,於午一陰未生,入無之佛未見,其象有,有者皆道教。
すでに「両端」なれば、各自便ち一辺に偏す。東南は辰・巳に偏し、陽有りて陰無く、生有りて死無きを主張す。これがすなわち道教である(道教は長生不死を以て宗と為す)。西北は戌・亥に偏し、陰無くまた陽無し(乾位の数は無)、死無くまた生無きを主張す。これがすなわち仏教である。それらが各々一端に偏するに因り、「用中」に対して言えば便ち異端と呼ばる。しかし天地はすでにこの数有り・すでにこの端を開きた以上、すなわち各々その教有り。天地は南北に分かつ。子位は一陽生じて、万物は出でて「有」と為る。道教はここより始まる。午位は一陰生じて、万物は入りて「無」に帰す。仏教はここより始まる。だから子位より出でて辰巳に至るまで、見る所は皆陽で、あの時午位の一陰はまだ生ぜず、無に帰する仏はなお見るべからず。その象は「有」で、およそ「有」に属するは皆道教である。
孔子刪書斷自唐虞。唐虞日中天,南北用中,日未過中,其唐虞以上書是道教(黃帝為道家之祖,廣成空同皆道家言),非用中之道,故刪書刪之。而《易》之書所以明道,不明道教,是缺南北一偏,則《易》不備,不足以明道,故《易》象往來。自子一出有,其數逆來,起子西北來,而午東南,其卦為水天需,為火風鼎,其象為水火逆運,而以求有生無死。此其有陽無陰之一偏也,東南象也。
孔子が《尚書》を刪定するや、起頭は唐堯虞舜より断たれた。唐虞は譬えば日が中天に在るがごとく、南北は皆用中に帰し、太陽はまだ中を過ぎず。唐虞以上の書は皆道教に属す(黄帝は道家の鼻祖で、広成子・空同の一類の話は皆道家の言)、用中の道に合わざるが故に、書を刪ずる時にそれらを刪去した。しかし《易》のこの部の書は用いて道を明らかにするので、若し道教を説明せざれば、すなわち南北の一偏を欠き、《易》は完備せず、足りて道を明らかにせず。だから《易》象は往有り来有り。子位より一陽出でて有と為るに、その数は逆に行きて来る。子位の西北より来りて、午位の東南に往くに、その卦は水天《需》・火風《鼎》と為り、その象は水火の逆運で、用いて生有りて死無きを求む。これがすなわち陽有りて陰無きの一偏で、東南の象に属す。
是以西北來東南,其對卦言姤(西北乾對東南巽,為天風姤)言復(西南坤對東北艮,反震為地雷復),姤奼女而復嬰兒,需鼎服食以求長生之道者也。變則鼎折足需于泥而道敗,有生有死,有需“不速之客三人來”,道家所謂“三尸”“三彭”是也。故《易》四三為人爻,而游魂歸魂為鬼《易》(遊歸亦在四三兩爻。凡上五爻為天《易》,四三爻為人《易》,二初爻為地《易》,游魂歸魂為鬼《易》)。
これに因って西北より来りて東南に至るに、その対宮の卦に就いて言えば、一は《姤》(西北の乾が東南の巽に対して、天風《姤》を成す)、一は《復》(西南の坤が東北の艮に対して、反って震と為り、地雷《復》を成す)。《姤》は丹家の言う所の「姹女」で、《復》は丹家の言う所の「嬰児」で、《需》《鼎》は則ち服食煉養して以て長生を求むの道である。一旦変壊すれば、便ち《鼎》の「鼎足を折る」・《需》の「泥に需く」で、道術は敗壊し、依然として生有り死有り。《需》卦にまた「速ならざるの客三人来る」有れば、すなわち道家の言う所の「三尸」「三彭」である。だから《易》は三・四の両爻を以て人爻と為し、而も游魂・帰魂の両類の卦は鬼《易》と為す(游魂帰魂もまた三・四の両爻の上に在り。およそ上爻・五爻は天《易》、四・三の両爻は人《易》、二・初の両爻は地《易》、游魂帰魂は鬼《易》)。
精氣為物,游魂為變,是故知鬼神之情狀。精氣為物者神,其道所謂神仙是也(艮寅人道,艮為山,故仙字從山從人。艮止其所,人極所自立也)。游魂為變者鬼,其道所謂尸彭是也。先天乾坤之位,而後天離坎居之。火上水下,其道未濟,魂升魄降(離魂坎魄),是死道也。故道以逆行。
《繋辞伝》は「精気は物を為し、游魂は変を為す。是の故に鬼神の情状を知る」と言う。精気が聚まりて物を為すは神で、道教の裡ではすなわちいわゆる神仙である(艮寅は人道の位で、艮は山なので、「仙」の字は山に従い人に従う。艮はその所に止まるで、まさに人極の自立する処)。游魂が散じて変を為すは鬼で、道教の裡ではすなわちいわゆる尸・彭である。先天乾坤の方位は、後天は離・坎に由って占拠せらる。火は上に水は下にありて、その卦は《未済》で、魂は往いて上昇し魄は往いて下降す(離は魂を主とし坎は魄を主とす)。これは死亡に走向する道である。だから道家の修煉は逆らって走るを要す。
降炎上之火,升潤下之水,龍飛在天(震為龍,震下一陽由坎而出,龍飛在天,即取坎填離之說。丹家所謂龍從火裡出者是也。震位東方,亦青龍之位,其德為仁。仁屬陽,主升,乾九五爻其候也),虎履其尾(兌為虎,兌上一陰為陰之始,而位於正西白虎之位,其德為義。義屬陰,陰主降,降則變兌見為巽伏。故道家曰伏虎,又曰虎向水中生也),皆於三四兩爻反復其道。
本来炎上する火を降し下し、本来潤下する水を升し上る。これがすなわち「龍の天に飛ぶ」(震は龍で、震の下面のあの一陽は坎の裡より出でた。「飛龍天に在り」はすなわち丹家の「坎を取りて離に填む」の説で、すなわち彼らの言う所の「龍は火の裡より出ず」。震位は東方に在り、すなわち青龍の位で、その徳は仁である。仁は陽に属し、上昇を主とし、乾卦の九五爻は正にそれの時である)、すなわち「虎の其の尾を履む」(兌は虎で、兌の上面のあの一陰は陰の開始で、位は正西の白虎の位に在り、その徳は義である。義は陰に属し、陰は下降を主とし、一降すれば則ち兌の顕は変じて巽の伏と為る。だから道家は「虎を伏す」と言い、また「虎は水の中に向かいて生ず」と言う)。これらは皆三・四の両爻の上にその道を反復する。
九四六三,陰陽反覆,是為雷澤歸妹,故歸妹天地大義人終始,為六十四卦之大歸魂卦也。先天乾,後天離,火天大有;先天坤,後天坎,地水師。大有眾也,師眾也。三人為眾,皆需之不速之客三人,故魂魄具而三尸即伏於中,是必損之三人損一,而後致一得天地之道。是《易》於道教明著其象,而魏伯陽之《參同契》,借《易》卦以明丹學,與《易》義無涉者,猶不與焉。儒者禁言異端,於他書則是,於《易》則非。《易》備萬物萬象,此道教東南一偏象,不可不知者也。
九四と六三は陰陽を互換して反復すれば、すなわち雷沢《帰妹》を成す。だから《帰妹》は「天地の大義」「人の終始」で、六十四卦の中の最大の帰魂卦である。先天の乾位は後天の離に由って居られ、合して火天《大有》を為し、先天の坤位は後天の坎に由って居られ、合して地水《師》を為す。《大有》は衆で、《師》もまた衆で、三人は衆を成して、皆《需》卦の「速ならざるの客三人来る」のあの三人である。だから魂魄は一たび具備すれば、三尸はすなわちその中に潜伏す。必ず《損》卦の言う所の「三人行けば則ち一人を損す」のごとく、一個を減去して、然る後に「一を致して」天地の道を得る。これは《易》が道教の上に明白に顕示し出した象である。魏伯陽の《参同契》に至っては、《易》卦を借りて丹学を講ずるも《易》義と並びに相干渉せざるは、なお算内に入れず。儒者が異端を談ずるを禁止するは、別の書に用いれば是であり、《易》の上に用いれば則ち非である。《易》は万物万象を備う。道教のこの東南偏象は、知らざるべからざるなり。
天地南北子一陽物出有,為恆有象(先天西南巽,東北震,為雷風恆象)。午一陰物入無,為咸無象(先天東南兌,西北艮,為澤山咸象)。咸無佛教也。午一陰生,午而戌亥,萬物歸無,為後天西北乾象。咸無反恆有,《春秋·莊七年》“夏四月夜,恆星不見”,為周莊王甲午,即佛誕生之日矣。佛誕生,天地咸象感,而恆星不見,而《易》已早徵其兆於先後天卦矣。
天地は南北に分かつ。子位は一陽生じて万物は出でて有と為るは、《恒》の「有」の象である(先天の西南は巽・東北は震で、合して雷風《恒》を成す)。午位は一陰生じて万物は入りて無に帰するは、《咸》の「無」の象である(先天の東南は兌・西北は艮で、合して沢山《咸》を成す)。《咸》の主とする「無」はすなわち仏教である。午位の一陰が生起し、午より戌亥に至るに、万物は無に帰して、正に後天西北の乾象である。《咸》の「無」は《恒》の「有」と相反する。《春秋》の荘公七年は「夏四月夜、恒星見えず」と記す。あの年は正に周荘王の甲午で、すなわち仏の誕生の日である。仏の誕生する時、天地は《咸》象に感じたので、恒星は見えず。而も《易》は早くよりすでに先天後天の両卦の上にこの徴兆を顕した。
故八卦於咸無順往,自東南午,而西北子,其卦為風火家人,為天水訟。家人由內出外,訟違行不親,其象為火水順滅,而以歸無死無生。此其無陰無陽之一偏也。西北乾剛乾金,故佛金剛不壞。佛說經金剛獨顯,為咸感應象。西北戌入夜明火,而佛始燃燈,西北天地以濟不通,而佛度彼岸(《易》利涉大川,皆由坎之乾東北往西南卦)。
だから八卦は《咸》の「無」の上に順行して往く。東南の午位より西北の子位に走向するに、その卦は風火《家人》・天水《訟》と為る。《家人》は内より出でて外にし、《訟》は行く所が相い違いて相い親しまず。その象は火水が順次に熄滅して、死無く生無きに帰す。これがすなわち陰無く陽無きの一偏である。西北は乾に属し、乾は剛にして金と為る。だから仏家は「金剛不壊」と言う。仏の説いた経の裡に独り《金剛経》を以て最も顕れたは、正に《咸》卦の感応する象である。西北の戌位は夜に入りて火を明らかにす。だから仏家に燃燈の説有り。西北は天地阻隔して相い済通せず。だから仏家は彼岸に度るを講ず(《易》の中でおよそ「大川を渉るに利し」と言うは、皆坎より乾に往き・東北より西南に往く卦である)。
天地數有無,以輔相左右民。左為輔,天地數甲三庚九,三九為二十七輔,是乾震無妄卦,乃天地有之數,而知無者妄也。右為相,天地數辛四乙八,四八為三十二相,是巽坤觀卦,乃天地無之數,而知觀者空也。故佛說以三十二相觀,不可以三十二相觀。
天地の数は「有」有り「無」有りて、用いて百姓を左右に輔佐す。左辺は「輔」と為す。天地の数は甲は三・庚は九で、三九は合して二十七輔。卦象は乾下震上の《无妄》で、これは天地の「有」の数で、知るべし「無」を講ずるは妄なりと。右辺は「相」と為す。天地の数は辛は四・乙は八で、四八は合して三十二相。卦象は坤下巽上の《観》で、これは天地の「無」の数で、知るべし観ずる所は空なりと。だから仏家は一面で三十二相を以て観ずべしと言い、一面でまた三十二相を以て観ずべからずと言う。
是以戌西北巽入無,辛四西北物往來入無。有乙八辛四,坤巽入,升不來,而四於東南巽不果。西北乾木果,故佛說四果,謂入而實無所入。往來而實無往來,不來而實無不來,有法而實無有法,為四果,皆西北四戌入無數。四西北右相合一(合子一),即是一合相,而無見有,即非一合相,皆西北數西北相也。
これに因って戌は西北に在り、巽は入りて無に帰するを主とす。辛数は四にして西北に居り、万物の往来は終に無に帰す。乙八と辛四と有りて、坤・巽の二卦は入るを主とし、ただ升り上るのみで帰り来らず。「四」は東南の巽に在れば「果たさず」で、西北の乾に在れば則ち「木果」で、だから仏家は「四果」と言う。入りて其の実入る所無く・往来して其の実往来無く・来らずして其の実来らざる無く・法有りて其の実法有る無しの、この四様は便ち四果で、皆西北の「四」と「戌」が無に入るの数である。「四」は西北に在りて右の「相」で、「一」と相合すれば(すなわち子位の一と合す)、すなわち「一合相」で、而も無の中より有を見れば、便ちまた「即ち一合相に非ず」と言う。これらは皆西北の数・西北の相である。
西北戌亥數無為空,而乾為門,故佛教曰空門。先天西北艮,艮為山,故佛門曰山門,佛祖曰開山。先後天乾艮合為遁,故又曰遁入空門。全《易》陰陽爻數,各一百零八,故佛之紀數,皆一百零八。西北陰,陰數窮於六,故佛至六祖而止(陰數窮於九,故道家丹以九轉)。西北咸,神無方而《易》無體,不疾而速,不行而至。咸感至神,故佛道感應至神。《易》備萬物萬象,此佛教於西北一偏象,不可不知者也。以上據端木鶴田氏之說而推衍之,其義尚多未盡,然亦可見其大概矣。
西北の戌亥の数は無で空で、而も乾はまた門なので、仏教は「空門」と称す。先天の西北は艮で、艮は山なので、仏門は「山門」と称し、仏祖を「開山」と称す。先天の乾と後天の艮と相合して《遯》卦と為るので、また「空門に遯れ入る」と言う。全部《易》の陰爻陽爻は各々一百八なので、仏家が数を紀るに皆一百八を用いる。西北は陰に属し、陰数は六に窮尽す。だから禅宗は第六祖に伝わりて便ち止まった(陽数は九に窮尽す。だから道家の煉丹は九転を講ず)。西北は《咸》で、「神は方なく《易》は体なし」、急がずして自然に速く、行かずして自然に至る。《咸》は感応を主として神妙に至る。だから仏道の両家は皆感応の神を講ず。《易》は万物万象を備う。仏教のこの西北偏象は、知らざるべからざるなり。以上は端木鶴田氏の説法に拠って推衍を加えたもので、その中の意思にはなお多く言い尽くさざる所有るが、しかしまた大概を見るに足る。
