漸卦
艮下巽上。漸:女歸吉,利貞。漸者,漸進之卦也。“止而巽”,以斯適進,漸進者也。以止巽為進,故“女歸吉”也。進而用正,故“利貞”也。[疏]正義曰:“漸”者,不速之名也。凡物有變移,徐而不速,謂之漸也。“女歸吉”者,歸嫁也。女人生有外成之義,以夫為家,故謂嫁曰“歸”也。婦人之嫁,備禮乃動,故漸之所施,吉在女嫁,故曰“女歸吉”也。“利貞”者,女歸有漸,得禮之正,故曰“利貞”也。
《漸》卦の卦体は艮が下にあり巽が上にある。経文の卦辞曰く:「女帰吉,利貞。」——女子が嫁ぐは吉、正を守るに利あり。王弼の注は、《漸》は漸次に進むことを言う卦で、下卦の艮は止、上卦の巽は順であり、「止而巽」——この姿をもって進むのが順序だって進むことだと解く。静止と謙順をもって進めば「女帰吉」となり、進みて正道を用いるから「利貞」となる。孔穎達の疏がさらに説く:「漸」は速やかでないの意であり、およそ事物が変動・遷移するとき緩やかで促さないのを漸と呼ぶ。「女帰吉」について、「帰」とは嫁ぐことであり、女子は生まれながらに他家に往き家を成す義があり、夫の家を己の家とするから、嫁ぐことを「帰」と称する。婦人の嫁ぎは礼節が備わってから身を発するので、「漸」の道理を施せば、吉なること女子の嫁ぐに過ぎるものはない。だから「女帰吉」という。「利貞」は、女子の嫁ぎが順序に従い礼法の正道に合うから「利貞」という。
《彖》曰:漸,之進也。之於進也。[疏]正義曰:釋卦名也。漸是徐動之名,不當進退,但卦所名“漸”,是“之於進”也。
《彖伝》曰く:「漸,之進也。」王弼の注は、「之進」とは進に趨ることだと解く。孔穎達の疏がさらに説く:これは卦名を解したものである。「漸」はもともと緩やかに動く名称で、それ自体は進退のいずれをも専指しないが、この卦は「漸」を名とする以上、「之於進」——進に赴くという意味を取るのである。
“女歸吉”也。進得位,往有功也。進以正,可以正邦也。其位,剛得中也。以漸進得位也。[疏]“女歸吉也”至“得中也”。○正義曰:“女歸吉也”者,漸漸而進之,施於人事,是女歸之吉也。“進得位,往有功也,進以正,可以正邦也”者,此就九五得位剛中釋“利貞”也。言進而得於貴位,是“往而有功”也。以六二適九五,是進而以正。身既得正,“可以正邦”也。“其位剛得中”者,此卦爻皆得位,上言進得位,嫌是兼二、三、四等,故特言“剛得中”,以明得位言,言唯是九五也。
《彖伝》は続けて曰く:「『女帰吉』也。進得位,往有功也。進以正,可以正邦也。其位,剛得中也。」——女子の嫁ぎが吉なのは、進んでその位を得、往けば功があるからであり、進みて正を以てすれば邦を正しくできるからである。「其位」とは陽剛の爻が中位を得たことである。王弼の注は、漸次の進によって応有の位を得るのだと解く。孔穎達の疏は「女帰吉也」から「得中也」までを説く。○正義曰く:「女帰吉也」とは、一歩一歩前に進めば、人事に落として女子の嫁ぐの吉である。「進得位,往有功也,進以正,可以正邦也」は、九五が位に当たり陽剛が中に居ることによって卦辞の「利貞」を解くものである。進んで尊貴の位を得れば「往而有功」であり、六二が往きて九五に応ずれば進みて正に由ることになり、自らすでに正しければ「可以正邦」となる。「其位剛得中」は、この卦の各爻がみな位に当たるが、上文に「進得位」とあって六二・九三・六四などの爻を兼ね指すと誤解されぬよう、あえて「剛得中」と言い、「得位」とはただ九五一爻を指すことを明らかにしたのである。
止而巽,動不窮也。[疏]正義曰:此就二體廣明漸進之美也。止不為暴,巽能用謙,以斯適進,物無違拒,故能漸而動,進不有困窮也。
《彖伝》はまた曰く:「止而巽,動不窮也。」——静止して謙順だから、動いても窮することはない。孔穎達の疏がさらに説く:これは上下二つの卦体によって漸進の美を広く明らかにするものである。静止すれば暴躁に流れず、謙順すれば謙退を保てる。この姿をもって前に進めば、外物に違逆・抗拒する者なく、だから順序だって行動し、進んで困窮に陥らないのである。
《象》曰:山上有木,漸,君子以居賢德善俗。賢德以止巽則居,風俗以止巽乃善。
《象伝》曰く:「山上有木,漸,君子以居賢徳善俗。」——山上に木があり日々高くなる、これが漸である。君子はこれに法り、賢徳を居せ風俗を善くする。王弼の注は、賢徳は静止と謙順によって蓄え安んじ、風俗は静止と謙順によって美しくなると解く。
漸卦
[疏]正義曰:“山上有木,漸”者,木生山上,因山而高,非是從下忽高,故是漸義也。“君子以居賢德善俗”者,夫止而巽者,漸之美也。君子求賢得使居位,化風俗使清善,皆須文德謙下,漸以進之。若以卒暴威刑,物不從矣。
孔穎達の疏は《象伝》を解して曰く:「山上有木,漸」とは、樹木が山上に生えて山勢に憑って高く見えるのであり、平地から忽然と抜き出たのではないから、「漸」すなわち順序だって進む義を取るのである。「君子以居賢徳善俗」とは、下卦の「艮」は止、上卦の「巽」は順であり、能く止まり能く順なのが漸進の道の貴ばれるところである。君子が賢才を求めてそれぞれその位に安んじさせ、風俗を教化して清明淳善にするには、いずれも文徳と謙卑退譲の姿に憑って一歩一歩進めるべきであり、もし倉猝暴烈の威勢刑罰を動かせば、人も物も従わない。
初六:鴻漸于干,小子厲,有言,無咎。鴻,水鳥也。適進之義,始於下而升者也,故以鴻為喻之。又皆以進而履之為義焉,始進而位乎窮下,又無其應。若履於乾,危不可以安也。始進而未得其位,則困於小子,窮於謗言,故曰“小子厲有言”也。困於小子讒諛之言,未傷君子之義,故曰“無咎”也。
経文に曰く:初六、鴻雁が漸進して水辺の高岸に至る。年少の小子が危難に遭い非議を招くが、咎には至らない。王弼の注は、「鴻」は水鳥であり、漸卦は往きて進取する義を言い、最下より起こり層々に昇るから鴻雁をもって喩えとする。各爻はまたみな「漸進して後に踏实して居る」ことを以て義とする。初六は進み始めたばかりで最下の困窮の位に居り、上に応ずる爻もなく、鴻雁が水岸に落ちるしかないごとく、危険で安穏を得ない。起步してまだ応有の位を得ていなければ、小子に困まれ誹謗の言に窘められるから、爻辞は「小子厲有言」と言う。しかし小子の讒媚の言に困まれても君子の道義を損なわないから「无咎」——咎には至らない、という。
[疏]“初六鴻漸”至“無咎”。正義曰:“鴻漸于干”者,鴻,水鳥也。乾,水涯也。漸進之道,自下升高,故取譬。鴻飛,自下而上也。初之始進,未得祿位,上無應援,體又窮下,若鴻之進於河之幹,不得安寧也,故曰“鴻漸于干”也。“小子厲有言,無咎”者,始進末得顯位,易致陵辱,則是危於小子,而被毀於謗言,故曰“小子厲有言”。小人之言,“未傷君子之義”,故曰“無咎”也。
孔穎達の疏は「初六鴻漸」から「无咎」までの一節を解して曰く:「鴻漸于干」の「鴻」は水鳥、「干」は水辺の高い岸である。漸進の道は下より昇るから、鴻雁を喩えに取る——鴻雁の飛ぶのもまた低きより高きに向かう。初六は進み始めたばかりで、まだ俸禄・官位を得ておらず、上に応援の爻もなく、卦体では最下の困窮の位に居るから、鴻雁が河岸に進むにとどまって安んじないようなものだ。だから「鴻漸于干」という。「小子厲有言,无咎」とは、始まったばかりでまだ顕位を得ていないから、欺凌・侮辱を招きやすく、すなわち小子に危められ謗言に毀られる。だから「小子厲有言」という。小人の言葉は君子の道義を損なわないから「无咎」、咎には至らない。
《象》曰:“小子”之厲,義無咎也。[疏]正義曰:“義無咎”者,備如《經》釋。
《象伝》曰く:「小子」の遭う危難は、道義において咎なし。孔穎達の疏が解いて曰く:「義无咎」の説明は前の爻辞《経》文への疏釈にすでに詳しいから、ここでは繰り返さない。
六二:鴻漸于磐,飲食衎衎,吉。磐,山石之安者少。進而得位,居中而應,本無祿養,進而得之,其為歡樂,願莫先焉。[疏]“六二鴻漸”至“衎衎吉”。○正義曰:磐,山石之安者也。衎衎,樂也。六二“進而得位,居中而應”,得河安之地,故曰“鴻漸于磐”。既得可安之地,所以“飲食衎衎”然,樂而獲吉福也,故曰“鴻漸于磐,飲食衎衎吉”也。
経文に曰く:六二、鴻雁が漸進して磐石の上に至り、飲食が和楽で吉である。王弼の注は、「磐」は山石の安らかなところ(底本は「者少」と作るが「者也」の誤りであろう)と解く。六二は進んで正位を得、下卦の中に居り九五に応じる。もとより俸禄の養いがなかったが、進んで後それを得、その歓楽はこれに先立つものがない。孔穎達の疏は「六二鴻漸」から「衎衎吉」の一節を解して曰く:「磐」は山石の安らかな所在で、「衎衎」は和楽のさまである。六二は「進而得位,居中而応」し、身を安んずべき地を得たから「鴻漸于磐」といい、すでに安んずべき地を得たから「飲食衎衎」、歓楽して吉福を得る。だから「鴻漸于磐,飲食衎衎吉」という。
○注“磐,山石之安者也”。○正義曰:馬季良云:“山中石磐紆,故稱磐也”。鴻是水鳥,非是集於山石陵陸之禽,而爻辭以此言“鴻漸”者,蓋漸之為義,漸漸之於高,故取山石陵陸,以應漸高之義,不復繫水鳥也。《象》曰:“飲食衎衎”,不素飽也。[疏]正義曰:“不素飽”者,素,故也,故無祿養,今日得之,故“願莫先焉”。
孔穎達はまた王弼の注「磐,山石之安者也」の一句を解して曰く:馬季良(すなわち後漢の馬融、字は季長であろう)が言う、「山の石が盤曲して回るから磐と呼ぶ」と。鴻雁はもともと水鳥で、山石の高地に棲集する禽ではないのに、爻辞がそれを用いて「鴻漸」を言うのは、「漸」の義が一層ずつ高く進むことにあるから、山石の高地を象に取り、次第に昇る義に合わせたのであり、水鳥であることに拘泥しない。《象伝》曰く:「飲食衎衎」——これは空しく飽食するのではない。孔穎達の疏が解いて曰く:「不素飽」の「素」は「往昔・従前」の意で、従前は俸禄の養いがなく今日初めて得たから、「願莫先焉」——これに先立つ願いはない、という。
九三:鴻漸于陸。夫征不復,婦孕不育,凶。利禦寇。陸,高之頂也。進而之陸,與四相得,不能復反者也。“夫征不復”,樂於邪配,則婦亦不能執貞矣。非夫而孕,故不育也。三本艮體而棄乎??丑,與四相得,遂乃不反,至使婦孕不育,見利忘義,貪進忘舊,凶之道也。異體合好,順而相保,物莫能間,故“利禦寇”也。
経文に曰く:九三、鴻雁が漸進して高く平らな陸地に至る。夫が征って帰らず、婦は孕んでも育てず、凶。ただし外寇を御ぐに利あり。王弼の注は、「陸」は高地の頂きと解く。九三は進んで高陸に登り、六四と情意が投合して、もはや振り返らない。「夫征不复」とは、夫が正ならざる配偶に恋いこがれば、婦もまた貞節を守れず、己の夫の骨肉ならずして孕むから、生んでも育たない。九三は本来下卦「艮」体に属するのに、その同類を捨て去り(底本ここに欠字あり、「??」と作る)、六四と情意が投合して、ついに去って返らず、婦の孕みて育たぬに至る——利を見て義を忘れ、新進を貪って旧好を棄てる、これが凶を招く道である。ただし三・四は上下両体に分属して結好し、和順にして互いに保ち合うから、外物は離間する術がない。だから「利御寇」という。
[疏]“九三鴻漸于陸”至“利禦寇”。○正義曰:“鴻漸于陸,夫征不復,婦孕不育,凶”者,陸,高之頂也。九三居下體之上,是進而得高之象,故曰“鴻漸于陸”也。進而之陸,無應於上,與四相比,四亦無應,近而相得。三本是艮體,與初二相同一家,棄其群類,而與四合,好即是夫征而不反覆也。夫既樂於邪配,妻亦不能保其貞。非夫而孕,故“不育”也。“見利忘義,貪進忘舊,凶之道也”,故曰“夫征不復,婦孕不育,凶”也。“利禦寇”者,異體合好,恐有寇難離間之者,然和比相順,其相保安,物莫能間,故曰“利用禦寇”也。○注“陸,高之頂也”。○正義曰:“陸,高之頂也”者,《爾雅》云“高平曰陸”,故曰“高之頂”也。
孔穎達の疏は「九三鴻漸于陸」から「利御寇」までの一節を解して曰く:「鴻漸于陸,夫征不复,婦孕不育,凶」について、「陸」は高地の頂きであり、九三は下卦の最上位に居り、まさに進んで高きに登る象だから「鴻漸于陸」という。進んで陸に登った後、上に応ずる爻がなく、ただ六四と相隣り、六四もまた正応がなく、両爻は相近くして情意が投合する。九三はもともと「艮」体に属し、初六・六二と同じ一家であるのに、いま自らの同類を捨てて六四と結びつく——これが夫の征って返らないことである。夫がすでに正ならざる配偶に恋いこがれば、妻もまた貞節を保てず、己の夫の骨肉ならずして孕むから「不育」である。まさに王弼の言う「見利忘義,貪進忘旧,凶之道也」だから、爻辞は「夫征不复,婦孕不育,凶」という。「利御寇」とは、三・四が上下両体に分属して結好すれば、本来寇難が来て離間する虞があるが、互いに和洽し相親しみ、順い相安らぐから、外物は入り込む術がない。だから「利用御寇」という。孔穎達はまた王弼の注「陸,高之頂也」の一句を解して曰く:《爾雅》に「高平曰陸」とあるから、王弼はこれを「高之頂」と言うのである。
《象》曰:“夫征不復”,離群醜也。“婦孕不育”,失其道也。“利用禦寇”,順相保也。[疏]正義曰:“離群醜”者,丑,類也。言三與初二,雖有陰陽之殊,同體《艮卦》,故謂之“群丑”也。“失其道也”者,非夫而孕,孕而不育,失道故也。“順相保也”者,謂四以陰乘陽,嫌其非順,然好合相得,和比相安,故曰“順相保也”。
《象伝》曰く:「夫征不复」は自らの同類を離棄したこと、「婦孕不育」は正道を失ったこと、「利用御寇」は和順にして互いに保ち合うことである。孔穎達の疏が解して曰く:「離群丑」の「丑」は「同類」の意——九三と初六・六二は陰陽の別はあるが同じく《艮卦》一体に属するから「群丑」と称する。「失其道也」とは、己の夫の骨肉ならずして孕み、孕んでも育てられない、これが正道を失うことである。「順相保也」とは、六四が陰爻をもって九三の陽爻の上に凌駕するのは本来順の義に合わないように見えるが、両爻が結好して投合し、和洽して相親しみて各々その安を得るから「順相保也」という。
六四:鴻漸于木。或得其桷,無咎。鳥而之木,得其宜也。“或得其桷”,遇安棲也。雖乘於剛,志相得也。[疏]正義曰:“鴻漸于木”者,“鳥而之木,得其宜也”。六四進而得位,故曰“鴻漸于木”也。“或得其桷無咎”者,桷,榱也。之木而遇堪為桷之枝,取其易直可安也。六四與二相得,順而相保,故曰“或得其桷”。既與相得,無乘剛之咎,故曰“無咎”。《象》曰:“或得其桷”,順以巽也。[疏]正義曰:“順以巽也”者,言四雖乘三體,巽而附下,三雖被乘,上順而相保,所以六四得其安棲,猶“順以巽也”。
経文に曰く:六四、鴻雁が漸進して樹上に至り、あるいは角の正しい桷のごとき枝を得るかもしれず、咎なし。王弼の注は、鳥が樹に至るはその宜を得ることであり、「或得其桷」は安く棲むべきところに遇うことであり、六四は陰柔をもって九三の陽剛の上に凌駕するが、両者の心志は投合すると解く。孔穎達の疏が解して曰く:「鴻漸于木」とは、まさに王弼の言う「鳥而之木,得其宜也」である。六四は進んで正位を得たから「鴻漸于木」という。「或得其桷无咎」について、「桷」はすなわち「榱」、方形の屋椽である。樹に飛び至って椽とすべき枝に遇うのは、その平かに直く身を安んじやすい義を取る。六四と「二」(文義によれば九三を指すべし)とが情意投合し、和順にして互いに保ち合うから「或得其桷」といい、すでに互いに投合すれば柔をもって剛に乗る過ちもないから「无咎」という。《象伝》曰く:「或得其桷」は柔順にして謙巽なるがゆえである。孔穎達の疏が解いて曰く:「順以巽也」とは、六四は九三の上に凌駕するが、謙巽にして下に附し、九三は凌駕されるが上に順承して互いに保ち合うから、六四は安らかな棲処を得る。これがすなわち「順以巽也」である。
九五:鴻漸于陵。婦三歲不孕,終莫之勝,吉。陵,次陸者也。進得中位,而膈乎三四,不得與其應合,故“婦三歲不孕”也。各履正而居中,三四不能久塞其塗者也。不過三歲,必得所願矣。進以正邦,三年有成,成則道濟,故不過三歲也。
経文に曰く:九五、鴻雁が漸進して丘陵に至る。婦は三年孕まず、しかし終にこれに勝る者なく吉。王弼の注は、「陵」は高陸に次ぐ丘陵と解く。九五は進んで上卦の中位を得たが、六三・九四に隔てられ、その正応たる六二と会することができないから「婦三歳不孕」という。二・五はそれぞれ正に居り中に処るから、三・四はその通路を永く塞ぐこと能わず、三年を過ぎずして必ずその願いを遂げる。九五は正道をもって邦国を治めるから、三年にして成すことがあり、成れば大道が通済する。だから三年を過ぎない。
[疏]“九五鴻漸于陵”至“終莫之勝吉”。○正義曰:“鴻漸于陵”者,陵,次陸者也。九五進於中位,處於尊高,故曰“鴻漸于陵”。“婦三歲不孕”者,有應在二而隔乎三、四,不得與其應合,是二、五情意,徒相感說,而隔礙不交,故曰“婦三歲不孕”也。“終莫之勝,吉”者,然二與五合,各履正而居中,三、四不能久塞其路,終得遂其所懷,故曰“終莫之勝,吉”也。○注“進以正邦”至“不過三歲”。○正義曰:“進以正邦,三年有成”者,九五居尊得位,故曰“進以正邦”也。三年有成,則三、四不敢塞其路,故曰“不過三歲”也。
孔穎達の疏は「九五鴻漸于陵」から「終莫之勝吉」までの一節を解して曰く:「鴻漸于陵」について、「陵」は高陸に次ぐ丘陵であり、九五は進んで上卦の中位に至り、尊貴高顕の所に居るから「鴻漸于陵」という。「婦三歳不孕」とは、九五に正応が六二にあるのに、六三・九四に隔てられて正応と会することができない——二・五の両爻は情意相通じ互いに感悦するが、阻隔されて交合できない。だから「婦三歳不孕」という。「終莫之勝,吉」とは、六二と九五は本来結合すべく、それぞれ正に居り中に処るから、三・四はその通路を永く塞げず、終にその心願を遂げる。だから「終莫之勝,吉」という。孔穎達はまた王弼の注の「進以正邦」から「不過三歳」までの一段を解して曰く:「進以正邦,三年有成」とは、九五が尊位に居り当位だから「進以正邦」といい、三年にして政教に成すあれば、三・四も敢えてその路を塞がない。だから「不過三歳」という。
《象》曰:“終莫之勝,吉”,得所願也。[疏]正義曰:“得所願也”者,所願在於與三合好,既各履中正,無能勝之,故終得其所願也。
《象伝》曰く:「終莫之勝,吉」はその願うところを得るがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「得所願也」とは、九五の心願はその正応と結好することにあり(底本は「与三合好」と作るが、文義によれば六二を指すべし)、二・五がすでにそれぞれ中に居り正を守れば、これに勝る者はなく、だから終に願いを遂げるのである。
上九:鴻漸于陸。其羽可用為儀,吉。進處高絜,不累於位,無物可以屈其心而亂其志。峨峨清遠,儀可貴也,故曰“其羽可用為儀,吉”。
経文に曰く:上九、鴻雁が漸進して高陸に至る。その羽毛はもって儀飾の典範とすべく、吉。王弼の注は、上九は進んで高潔の地に至り、爵位に累わされず、屈折しうる外物なくその心、乱しうるものなくその志。高く聳え立ち清遠にして俗を脱し、その儀態は貴ぶべきだから「其羽可用為儀,吉」というと解く。
[疏]正義曰:“鴻漸于陸”者,上九與三皆處卦上,故並稱“陸”。上九最居上極,是“進處高潔”,故曰“鴻漸于陸”也。“其羽可用為儀,吉”者,然居無位之地,是“不累於位”者也。處高而能不以位自累,則其羽可用為物之儀表,可貴可法也,故曰“其羽可用為儀,吉也”。必言“羽”者,既以鴻明漸,故用羽表儀也。《象》曰:“其羽可用為儀,吉”,不可亂也。[疏]正義曰:“不可亂也”者,“進處高潔,不累於位”,無物可以亂其志也。
孔穎達の疏が解して曰く:「鴻漸于陸」とは、上九と九三がともに各々一卦の上に居るから、ともに「陸」と称する。上九は全卦の最上極に居り、まさに王弼の言う「進処高潔」だから「鴻漸于陸」という。「其羽可用為儀,吉」とは、上九が爵位なき位に居り、すなわち「不累於位」であり、高顕に身を処しながら爵位に累わされないなら、その羽毛は万物の儀表とすべく、貴ぶべく法るべきものとなる。だから「其羽可用為儀,吉也」という。必ず「羽」と言うのは、全卦がすでに鴻雁をもって漸進の義を明らかにするから、勢いに随って鴻羽をもって儀則を表したのである。《象伝》曰く:「其羽可用為儀,吉」はその心志が乱されえないがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「不可乱也」とは、すなわち「進処高潔,不累於位」であり、その志を乱しうる外物がないことである。
帰妹卦
兌下震上。歸妹:征凶,無攸利。妹者,少女之稱也。兌為少陰,震為長陽,少陰而乘長陽,說以動,嫁妹之象也。[疏]正義曰:歸妹者,卦名也。婦人謂嫁曰歸,“歸妹”猶言嫁妹也。然《易》論歸妹得名不同,《泰卦》六五云:“帝乙歸妹。”彼據兄嫁妹謂之“歸妹”。此卦名歸妹,以妹從娣而嫁,謂之“歸妹”。故初九爻辭云“歸妹以娣是”也。上咸卦明二少相感,恆卦明二長相承,今此卦以少承長,非是匹敵,明是妹從娣嫁,故謂之歸妹焉。
卦体は下「兌」上「震」。卦辞曰く:帰妹、往けば凶、利あるところなし。王弼の注は、「妹」は少女の称であり、「兌」は少陰、「震」は長陽で、少陰が長陽の上に凌駕し、喜悦の心をもって動く、これが少女を嫁がせる卦象だと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「帰妹」は卦名である。婦人の嫁ぐを「帰」と言い、「帰妹」はすなわち妹を嫁がせることに等しい。ただし《周易》に「帰妹」と言うのも、その名の得たゆえんは同じではない。《泰卦》六五爻辞の「帝乙帰妹」は兄が妹を嫁がせることについて言い、本卦の名づくる「帰妹」は妹が腰嫁の「娣」として随嫁するを指し、それゆえ「帰妹」と称する。だから初九爻辞に「帰妹以娣」とある。前の《咸卦》は少男少女の両少の相感を言い、《恒卦》は長男長女の両長の相承を言った。いま本卦は少女をもって長男に承事せしめ、門当戸対の匹敵ではないから、妹が「娣」の身をもって随嫁するのであり、だから「帰妹」と呼ぶのである。
古者諸侯一取九女,嫡夫人及左右媵皆以侄娣從,故以此卦當之矣。不言歸侄者,女娣是兄弟之行,亦舉尊以包之也。“征凶,無攸利”者,歸妹之戒也。徵謂進有所往也。妹從娣嫁,本非正匹,唯須自守卑退以事元妃。若妾進求寵,則有並後凶咎之敗,故曰“征凶,無攸利”。
孔穎達は続けて言う:古代の諸侯は一度に九人の女子を娶り、正夫人および左右の陪嫁の媵妾は、いずれも姪と妹を随えて行かせたから、この卦をもってこの礼制に当てた。「帰姪」と言わず「帰妹」とだけ言うのは、「娣」が正夫人と同輩の姉妹の行であるからで、尊い方を挙げれば卑い方も併せて含まれる。「征凶,无攸利」は「帰妹」への戒めである。「征」とは前進して往くこと。妹が「娣」の身をもって随嫁するのはもともと正式の匹配ではなく、ただ自ら卑下退譲の本分を守って元妃に仕えるべきである。もし妾媵でありながら進み出て寵を争えば、正后と並ぶ凶咎の害を招く。だから「征凶,无攸利」という。
《彖》曰:歸妹,天地之大義也。天地不交,而萬物不興。歸妹,人之終始也。陰陽既合,長少又交,“天地之大義”,人倫之終始。[疏]正義曰:“歸妹,天地之大義也。天地不交,而萬物不興”者,此舉天地交合,然後萬物蕃興,證美歸妹之義。所以未及釋卦名,先引證者,以歸妹之義,非人情所欲,且違於匹對之理。蓋以聖人制禮,令侄娣從其姑娣而充妾媵者,所以廣其繼嗣,以象天地以少陰少陽、長陰長陽之氣共相交接,所以蕃興萬物也。“歸妹,人之終始也”者,上既引天地交合為證,此又舉人事“歸妹”結合其義也。天地以陰陽相合而得生物不已,人倫以長少相交而得繼嗣不絕,歸妹豈非“天地之大義,人倫之終始”也?
《彖伝》曰く:帰妹は天地の大義である。天地の気が交合しなければ万物は興起しない。帰妹は人倫の終始に関わる。王弼の注は、陰陽がすでに交合し、長と少がまた相交接する、これがまさに「天地之大義」であり、人倫の終始のあるところだと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「帰妹,天地之大義也。天地不交,而万物不興」とは、天地が交合して後に万物が繁盛し興起することを挙げて、「帰妹」の義を印証し称美したものである。卦名を解する前に先に引証したのは、「帰妹」は人情の好むところではなく、匹配対等の常理にも背くからである。おそらく聖人が礼法を制して、姪と妹を姑・姉に随えて妾媵とさせたのは、後嗣の繁衍を広げるためで、天地間の少陰少陽の気と長陰長陽の気とがともに交接して万物を繁育する象に取ったのである。「帰妹,人之終始也」とは、上文がすでに天地交合を引いて証としたのに続き、ここでは人事の「帰妹」を挙げてその義を結ぶ。天地は陰陽相合によって万物を生育して止まず、人倫は長少相交によって後嗣が綿々と絶えない。帰妹はまさに「天地之大義,人倫之終始」ではないか。
說以動,所歸妹也。少女而與長男交,少女所不樂也。而今“說以動”,所歸必妹也。雖與長男交,嫁而繫娣,是以“說”也。[疏]正義曰:此就二體釋歸妹之義。少女而與長男交,少女所不樂也。而今“說以動”所歸必妹也,雖與長男交,嫁而繫於娣,是以說也。繫娣所以說者,既繫娣為媵,不得別適,若其不以備數,更有動望之憂,故繫娣而行合禮,“說以動”也。
《彖伝》は続けて曰く:喜悦の心をもって動く、嫁がせる所は少女である。王弼の注は、少女が長男に配するのは本来少女の楽しまぬところであるが、いま「説以動」できるのは、嫁ぐ者が必ず「娣」の身をもって随行する妹だからで、長男に配するが嫁ぐときは正夫人に附属する「娣」だからこそ喜悦するのだと解く。孔穎達の疏が解して曰く:これは上下両体によって「帰妹」の義を解するものである。少女が長男に配するのは本来少女の願いではないが、いま「説以動」であるから、嫁ぐのは必ず妹であり、長男に配しても出嫁は「娣」の名分に附属するから喜悦する。附属して「娣」となることが喜悦しうるのは、すでに附属して媵妾となれば、別に婚配を求めずに済み、もしこれによって九女の数を満たさなければ、かえって非分の企望の患いが生じるからである。だから「娣」に附して行くことが礼にかなう。これが「説以動」である。
“征凶”,位不當也。履於,皆不當位,釋“征凶”之義。位既不當,明非正嫡,因說動而更求進,妖邪之道也,所戒其“征凶”也。“無攸利”,柔乘剛也。以征則有不正之凶,以處則有乘剛之逆。
《彖伝》曰く:「征凶」は爻位が当たらぬがゆえである。王弼の注は、諸爻の処するところ(底本ここに脱文あり)はいずれも位に当たらず、これが「征凶」の意を解するものである。爻位がすでに当たらなければ、正妻・嫡配ではないことが見えるのに、喜悦して躁動し、さらに進寵を求める、これは妖邪の道である。だから「征凶」と戒める。《彖伝》はまた曰く:「无攸利」は柔爻が剛爻の上に凌駕するがゆえである。王弼の注は、往きて進を求めれば位不正の凶があり、安処して動かなければ柔をもって剛に乗る悖逆があると解く。
[疏]“無攸利,柔乘剛也”。○正義曰:此因六三、六五乘剛,釋“無攸利”之義。夫陽貴而陰賤,以妾媵之賤,進求殊寵,即是以賤陵貴,故無施而利也。○注“以征則”至“有乘剛之逆也”。○正義曰:《彖》以失位釋“征凶”,乘剛釋“無攸利”,而《注》連引言之者,《略例》云:“去初、上而論位分,則三、五各在一卦之上,何得不謂之陽?三、四各在一卦之下,何得不謂之陰?然則二、四陰位也,三、五陽位也。”陽應在上,陰應在下,今二、三、四、五,並皆失位,其勢自然柔皆乘剛,其猶妾媵求寵,其勢自然以賤陵貴,以明柔之乘剛,緣於失正而進也。
孔穎達の疏は「无攸利,柔乗剛也」の一句を解して曰く:これは六三・六五が陽剛の上に凌駕することによって「无攸利」の意を解するものである。陽は貴く陰は賤しい。妾媵の卑賤の身をもって上に進み特別の寵を争うのは、卑賤をもって尊貴に凌駕することだから、どう為しても利はない。孔穎達はまた王弼の注の「以征則」から「有乗剛之逆也」までの一段を解して曰く:《彖伝》は本来「失位」をもって「征凶」を解し、「乗剛」をもって「无攸利」を解するが、王弼の注は二句を連ねて言う。これは王弼の《周易略例》に「初爻と上爻を除いて位分を論ずれば、三・五は各々一卦の上に処り、どうして陽位と称せざるをえよう。三・四は各々一卦の下に処り、どうして陰位と称せざるをえよう。かくのごとくなれば二・四は陰位、三・五は陽位である」と言うからである。陽爻は上に居るべく、陰爻は下に居るべきである。いま二・三・四・五の各爻がすべて位を失えば、その勢いは自然に柔爻がいずれも剛爻の上に凌駕し、妾媵が寵を争うがごとく、その勢いは自然に卑賤をもって尊貴に凌駕する。これによって柔の剛に乗るは、まさに正を失って妄進することに由ることを明らかにするのである。
《象》曰:澤上有雷,歸妹。君子以求終知敝。歸妹,相終始之道也,故以“永終知敝”。[疏]正義曰:“澤上有雷”,“說以動”也。故曰“歸妹君子以永終知敝”者,“歸妹相終始之道也”,故君子象此以永長其終,知應有不終之敝故也。
《象伝》曰く:沢上に雷が響く、これが帰妹である。君子はこれによりその終りを永く保ち、弊を予知する。(底本の《象》文は「君子以求終知敝」と作るが、王弼注・孔疏とも「永終知敝」と作るから「永」の字を是とすべきである。)王弼の注は、帰妹は互いに終始する道だから「永終知敝」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「沢上有雷」はまさに「説以動」の象である。「帰妹,君子以永終知敝」というのは、「帰妹」が相互に終始する道だから、君子はこれに象を取り、その終局を長く保とうと力めるとともに、その中にもとより善く終れない弊のあることを知るのである。
初九:歸妹以娣,跛能履,征吉。少女而與長男為耦,非敵之謂,是娣從之義也。妹,少女之稱也。少女之行,善莫若娣。夫承嗣以君之子,雖幼而不妄行,少女以娣,雖“跛能履”,斯乃恆久之義,吉而相承之道也。以斯而進,吉其宜也。
経文に曰く:初九、妹を嫁がせて陪嫁の「娣」の身をもって行き、跛の人がなお行いうるがごとく、往けば吉。王弼の注は、少女が長男に配するのは勢均力敵の匹配とは言えず、これがまさに「娣」をもって相従う義だと解く。「妹」は少女の称であり、少女の出嫁の行事として、「娣」となるほど善いものはない。宗嗣を承継するには国君の嫡子を用い、年幼でも立てれば妄挙ではない。少女が「娣」の身をもって嫁ぐのは、「跛能履」のごとく周全ではないが、まさに恒久の義であり、吉祥にして彼此相承の道である。この身をもって往けば、吉祥を得るは当然である。
[疏]“初九”至“貞吉”。○正義曰:“歸妹以娣”者,少女謂之妹,從娣而行謂之歸。初九以兌適震,非夫婦匹敵,是從娣之義也,故曰“歸妹以娣”也。“跛能履”者,妹而繼姊為娣,雖非正配,不失常道,譬猶跛人之足然。雖不正,不廢能履,故曰“跛能履”也。“征吉”者,少長非偶,為妻而行則凶焉,為娣而行則吉,故曰“征吉”也。○注“夫承嗣以君之子”至“吉其宜也”。○正義曰:“夫承嗣以君之子,雖幼而不妄行”者,此為少女作此例也。言君之子宜為嗣承,以類妃之妹應為娣也。立嗣宜取長,然君之子雖幼而立之,不為妄也。以言行嫁宜匹敵。然妃之妹雖至少,而為娣則可行也。
孔穎達の疏は「初九」から「貞吉」までの一節を解して曰く:「帰妹以娣」とは、少女を「妹」と称し、正夫人に従って「娣」となって行くを「帰」と言う。初九は下卦「兌」をもって上卦「震」に配し、夫婦対等の匹配ではなく、まさに「娣」に従う義だから「帰妹以娣」という。「跛能履」とは、妹が姉に接続して「娣」となるのは、正式の配偶ではないが常道を失わず、跛人の足のごとく正しくはないが歩行を妨げない。だから「跛能履」という。「征吉」とは、年少と年長はもとより佳偶ではなく、正妻の身をもって嫁げば凶、「娣」の身をもって嫁げば吉である。だから「征吉」という。孔穎達はまた王弼の注の「夫承嗣以君之子」から「吉其宜也」までの一段を解して曰く:「夫承嗣以君之子,雖幼而不妄行」とは、これは少女の事のために設けた比喩である。国君の子が宗嗣を承継すべきは、ちょうど正妃の妹が「娣」となるべきに等しい。常理では嗣を立つべきは年長者を取るが、国君の子は年幼であっても立てれば妄挙ではない。同様に、出嫁は本来門当戸対であるべきだが、正妃の妹は年が極めて少なくとも、「娣」として嫁ぐのは行いうるのである。
《象》曰:“歸妹以娣”,以恆也。“跛能履”,吉相承也。[疏]正義曰:“以恆也”者,妹而為娣,恆久之道也。“吉相承也”者,行得其宜,是相承之道也。
《象伝》曰く:「帰妹以娣」はその恒久を取ることであり、「跛能履」の吉は彼此相承にある。孔穎達の疏が解して曰く:「以恒也」とは、妹が「娣」となるは、まさに恒久に維持しうる道である。「吉相承也」とは、行事がその宜に合う、これが彼此に承接し相助ける道である。
九二:眇能視,利幽人之貞。雖失其位,而居內處中,眇猶能視,足以保常也。在內履中,而能守其常,故“利幽人之貞”也。[疏]正義曰:九二不云歸妹者,既在歸妹之卦,歸妹可知,故無不言也。然九二雖失其位,不廢居內處中。以言歸妹,雖非正配,不失交合之道,猶如眇目之人,視雖不正,不廢能視耳,故曰“眇能視”也。“利幽人之貞”者,居內處中,能守其常,施之於人,是處幽而不失其貞正也。故曰“利幽人之貞也”。《象》曰“利幽人之貞”,未變常也。[疏]正義曰:“未變常也”者,貞正者人之常也,九三失位,嫌其變常不貞也,能以履中不偏,故云“未變常”也。
経文に曰く:九二、目が偏盲だがなお見え、幽居守静の人が正固を守るに利あり。王弼の注は、九二は陽爻が陰位に居り位を失するが、内卦に身を処し中位に居り、偏盲の人がなお物を見るがごとく、常道を保守するに足る。内卦に身を処して中道を践み、また常道を守れるから「利幽人之貞」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:九二が「帰妹」の二字を挙げないのは、すでに帰妹の一卦の中に居るから、帰妹の事は推して知るべく、逐爻に言う必要がない。九二は位を失するが、内卦に身を処し中に居ることを妨げない。帰妹について言えば、正式の配偶ではないが交合の道を失わない、ちょうど目の偏盲の人が視力は正しくないが見ることを妨げないごとし。だから「眇能視」という。「利幽人之貞」とは、内卦に身を処し中に居って常道を守れるから、人事に落とせば、幽隠に身を処しながらその貞正を失わない。だから「利幽人之貞也」という。《象伝》曰く:「利幽人之貞」は常道を変えざるがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「未変常也」とは、貞正は人の守るべき常道であり、九三(底本かくのごとし、文義によれば九二と作るべし)が位を失せば、常道を変えて貞ならぬと疑われるが、中道を践みて偏らず倚らないから「未変常」という。
六三:歸妹以須,反歸以娣。室主猶存,而求進焉。進未值時,故有須也。不可以進,故“反歸”待時,“以娣”乃行也。[疏]正義曰:“歸妹以須”者,六三在“歸妹”之時,處下體之上,有欲求為室主之象,而居不當位,則是室主獨存,室主既存,而欲求進,為末值其時也。未當其時,則宜有待,故曰“歸妹以須也”。“反歸以娣”者,既而有須,不可以進,宜反歸待時,以娣乃行,故曰“反歸以娣”。《象》曰:“歸妹以須”,未當也。[疏]正義曰:“未當也”者,未當其時,故宜有待也。
経文に曰く:六三、妹を嫁がせるが須待し、返りて後「娣」の身をもって行く。王弼の注は、正室の女主がなお在るのに、彼女は進みて争おうとする。前進の時機はまだ至らないから、待つべきところがある。進むべからざれば、「反帰」して時機を待ち、「娣」となってこそ出行できると解く。孔穎達の疏が解して曰く:「帰妹以須」とは、六三は「帰妹」の時にあって下卦の最上位に居り、正室の女主を争おうとする気配があるが、その居位は当たらず、すなわち正室の女主はなお位にある。女主がすでにあって進みて争わんとするは、まだ時機に及ばないことである。いまだその時に逢わざれば、待つべきである。だから「帰妹以須也」という。「反帰以娣」とは、待つべきであるから進み出るべからず、返って時機を待ち、「娣」となってこそ出行しうる。だから「反帰以娣」という。《象伝》曰く:「帰妹以須」は時機が当たらぬがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「未当也」とは、まだ適当な時機に及ばないから待つべきである。
九四:歸妹愆期,遲歸有時。夫以不正無應而適人也,必須彼道窮盡,無所與交,然後乃可以往,故“愆期遲歸”,以待時也。[疏]正義曰:九四居下得位,又無其應,以斯適人,“必待彼道窮盡,無所與交,然後乃可以往”,故曰“愆期遲歸有時”也。《象》曰:“愆期”之志,有待而行也。[疏]正義曰:嫁宜及時。今乃過期而遲歸者,此嫁者之志,正欲有所待而後乃行也。
経文に曰く:九四、妹を嫁がせて婚期を過ぎ、遅れて嫁ぐにはおのずからその時機がある。王弼の注は、位正しからず正応なき身をもって嫁ぐには、必ず彼の道が窮尽し、婚配すべき対象がなくなって後、初めて往くべきであるから、「愆期遅帰」は時機を待つためであると解く。孔穎達の疏が解して曰く:九四の処する位(底本は「居下得位」と作る)はまた応ずる爻なく、このような处境をもって嫁ぐは、まさに王弼の言う「必待彼道窮尽,无所与交,然後乃可以往」である。だから「愆期遅帰有時」という。《象伝》曰く:婚期を過ぐる心意は、待つべきところあって後に出行せんとする。孔穎達の疏が解して曰く:出嫁は本来時に及ぶべきに、いま期限を過ぎて遅々として嫁ぐは、出嫁する者本人の心意で、まさに待つべきところあって後に出行せんとするものである。
六五:帝乙歸妹,其君之袂,不如其娣之袂良。月幾望,吉。歸妹之中,獨處貴位,故謂之“帝乙歸妹”也。袂,衣袖,所以為禮容者也。“其君之袂”,為帝乙所寵也,即五也。為帝乙所崇飾,故謂之“其君之袂”也。配在九二,兌少震長,以長從少,不若以少從長之為美也,故曰“不若其娣之袂良”也。位在乎中,以貴而行,極陰之盛,以斯適配,雖不若少,往亦必合,故曰“月幾望,吉”也。
経文に曰く:六五、帝乙が妹を嫁がせる。その君女の衣袖は、その陪嫁の「娣」の衣袖の華美に如かず。月は満ちんとして未だ満ちず、吉。王弼の注は、六五は帰妹の一卦の中にあって独り尊貴の位に居るから「帝乙帰妹」と称すると解く。「袂」は衣袖で、礼儀容止を表すために用いる。「其君之袂」とは帝乙に寵愛されるお方を指し、すなわち六五である。帝乙に隆重に装飾されるから、その衣袖を「其君之袂」と称する。その配偶は九二にあり、「兌」は少、「震」は長である。年長者をもって年少者に従うは、年少者をもって年長者に従うに如かない。だから「不若其娣之袂良」という。しかし上卦の中に位し、尊貴の身をもって行き、陰気極盛の時に処る。この身をもって婚配すれば、年少者の相宜に如かないが、往けば必ず会合しうる。だから「月幾望,吉」という。
[疏]“六五帝乙”至“幾望吉”。○正義曰:“帝乙歸妹”者,六五居歸妹之中,“獨處貴位”,是帝王之所嫁妹也,故曰“帝乙歸妹”。“其君之袂,不如其娣之袂良”者,六五雖處貴位,卦是長陽之卦,若以爻為人,即是婦人之道,故為帝乙之妹。既居長卦,乃是長女之象,其君即五也。袂,衣袖也,所舉斂以為禮容,帝王嫁妹,為之崇飾,故曰“其君之袂”也。“配在九二,兌少震長,以長從少”者,可以從少,雖有其君崇飾之袂,猶不若以少從長之為美,故曰“不如其娣之袂良”也。“月幾望吉”者,陰而貴盛,如月之近望,以斯適配,雖不如以少從長,然以貴而行,往必合志,故得吉也,故曰“月幾望,吉”也。
孔穎達の疏は「六五帝乙」から「幾望吉」までの一節を解して曰く:「帝乙帰妹」とは、六五が帰妹の一卦の中にあって「独処貴位」し、まさに帝王の嫁がせる妹だから「帝乙帰妹」という。「其君之袂,不如其娣之袂良」とは、六五は貴位に居るが、上卦「震」は長陽の卦であり、爻位を人に比すれば婦人の道だから、彼女を帝乙の妹と指す。すでに長男の卦に処れば長女の象であり、「其君」とは六五この一爻を指す。「袂」は衣袖で、手を挙げ容を斂めて礼を行うとき儀容を示すために用いる。帝王が妹を嫁がせるに、特に彼女のために隆重に装飾するから「其君之袂」という。「配在九二,兌少震長,以長従少」とは、彼女は本来年少の九二に従いうるが、たとい帝王の盛飾する衣袖があっても、年少をもって年長に従うに如かない。だから「不如其娣之袂良」という。「月幾望吉」の「望」は旧暦十五日月輪盈満の日で、「幾望」は満ちんとして未だ全く満ちないことである。彼女は陰柔の身にして尊貴隆盛で、月の満望に近きがごとし。この身をもって婚配すれば、少をもって長に従うに如かないが、尊貴の身をもって行けば、往きて必ず心志が契合し、だから吉を得る。だから「月幾望,吉」という。
《象》曰:“帝乙歸妹,不如其娣之袂良”也。其位在中,以貴行也。[疏]“象曰”至“以貴行也”。○正義曰:“帝乙歸妹,不如其娣之袂良”者,釋其六五雖所居貴位,言長不如少也,言不必少女,而從於長男也。“其位在中,以貴行也”者,釋“月幾望,吉”也。既以長適少,非歸妹之美而得吉者,其位在五之中,以貴盛而行,所往必得合,而獲吉也。
《象伝》曰く:「帝乙帰妹,不如其娣之袂良」は、六五の位が中に居り、尊貴の身をもって行くがゆえである。孔穎達の疏は「象曰」から「以貴行也」までの一節を解して曰く:「帝乙帰妹,不如其娣之袂良」とは、六五が貴位に身を居すが、配对について言えば年長は年少に如かないことを解する。すなわちここは少女が長男に従うのではなく、まさにその逆である。「其位在中,以貴行也」は「月幾望,吉」を解する。すでに年長者をもって年少者に嫁ぐのは、本来帰妹の美善の象ではないが、なお吉を得るのは、その位が第五爻の中位に居り、尊貴隆盛の身をもって行くから、往く所は必ず会合し、それによって吉祥を得るのである。
上六:女承筐,無實,士刲羊,無血,無攸利。羊謂三也。處卦之窮,仰無所承,下又無應,為女而承命,則筐虛而莫之與。為士而下命,則“刲羊”而“無血”。“刲血”而“無血”,不應所命也。進退莫與,故曰“無攸利”也。[疏]“上六”至“無攸利”。○正義曰:女之為行,以上有承順為美;士之為功,以下有應命為貴,上六處卦之窮,仰則無所承受,故為女承筐,則虛而無實。又下無其應,下命則無應之者,故為“士刲羊”則乾而“無和”,故曰“女承筐,無實,士刲羊無血。”則進退莫與,故無所利。
経文に曰く:上六、女子が竹筐を捧ぐが中に一物もなく、男子が羊牲を宰割するが血が流れない。利あるところなし。王弼の注は、「羊」は六三を指す。上六は全卦の窮極の位に居り、上には承奉すべき対象がなく、下には正応の爻もない。女子として上の命令を承ければ、その竹筐は空しく、物を入れてくれる者がいない。男子として下に命令を発すれば、「刲羊」して「无血」——羊を宰っても血が見えないのは、その命令に応える者がないからである。進退ともに相与する者がいないから「无攸利」という。孔穎達の疏は「上六」から「无攸利」までの一節を解して曰く:女子の行事は上に承順すべき対象があることを美とし、男子の功業は下に命令に応える者があることを貴ぶ。上六は全卦の窮極の位に居り、上に承受すべき対象がないから、女子が筐を捧げれば空虚にして実物なく、下に応ずる爻がなく、令を発しても応える者なし。だから「士刲羊」すなわち乾枯して「无血」(底本は「无和」と作る)。だから「女承筐,无実,士刲羊无血」という。かくのごとく進退ともに相与する者なし。だから利が全くない。
《象》曰:上六“無實”,承虛筐也。[疏]正義曰:“承虛筐”者,筐本盛幣,以幣為實。今之“無實”,正是承捧虛筐,空無所有也。
《象伝》曰く:上六の「无実」とは、空の筐を捧げることである。孔穎達の疏が解して曰く:「承虚筐」とは、竹筐はもともと幣帛を盛るもので、幣帛をもってその中の実とする。いま「无実」と言うは、まさに空の筐を捧げて中に一物もないことを指す。
下経豊伝巻六
豊卦
離下震上。豐:亨,王假之。大而亨者,王之所至。[疏]正義曰:“豐,亨”者,“豐”,卦名也,《彖》及《序卦》皆以“大”訓“豐”也,然則豐者,多大之名,盈足之義,財多德大,故謂之為豐。德大則無所不容,財多則無所不齊。無所擁礙謂之為“亨”,故曰“豐,亨”。“王假之”者,假,至也,豐亨之道,王之所尚,非有王者之德,不能至之,故曰“王假之”也。
卦体は下「離」上「震」。卦辞曰く:豊、亨通り、王はこれに到る。王弼の注は、盛大にして亨通る、これは君王だからこそ到りうると解く。孔穎達の疏が解して曰く:「豊,亨」の「豊」は卦名で、《彖伝》と《序卦伝》はともに「大」をもって「豊」を訓釈する。これで見れば、「豊」は多くして盛大の名、充盈して富足の義——財貨が多く徳業が大きいから「豊」と言う。徳業が大きければ包み容れられぬものなく、財貨が多ければ備えられぬものない。少しも壅塞・阻碍がないのを「亨」と言う。だから「豊,亨」という。「王假之」の「假」は「至、到達」の意:豊大亨通の道は君王の尚ぶところであり、王者の徳なくして到達しえない。だから「王假之」という。
勿憂,宜日中。豐之為義,闡弘微細,通夫隱滯者也,為天下之主,而令微隱者不亨,憂未巳也,故至“豐亨”,乃得勿憂也。用夫豐亨不憂之德,宜處天中,以偏照者也,故曰“宜日中”也。[疏]正義曰:勿,無也。王能至於豐亨,乃得無復憂慮,故曰“勿憂也”。用夫豐亨無憂之德,然後可以君臨萬國,遍照四方,如日中之時,遍照天下,故曰“宜日中”也。
卦辞は続けて曰く:憂うことなかれ、日中のごときに宜し。王弼の注は、「豊」の義は細微なる物を闡揚弘大し、隠伏郁滞の情を疏通することにある。天下の主たる身が、細微にして隠伏なる者を亨通せしめられなければ、憂いは止まない。だから「豊亨」の境に至ればこそ憂うなかれといえる。この豊亨にして憂なき徳に憑って、まさに日の中天に居るがごとく万方を普照すべきである。だから「宜日中」という。孔穎達の疏が解して曰く:「勿」は「无、するなかれ」である。君王が豊大亨通に到りうればこそ、もはや憂いなく、だから「勿憂」という。この豊亨にして憂なき徳に憑って、後に万国に君臨し四方を遍く照らすことができ、正午の日が天下を普照するがごとし。だから「宜日中」という。
《彖》曰:豐,大也。音闡大之大也。[疏]“彖曰:豐,大也”。○正義曰:“豐,大也”者,釋卦名,正是弘大之義也。○注“音闡大之大也”。○正義曰:闡者,弘廣之言,凡物之大,其有二種,一者自然之大,一者由人之闡弘使大。“豐”之為義,既闡弘微細,則豐之稱大,乃闡大之大,非自然之大,故音之也。
《彖伝》曰く:豊とは大である。王弼の注は、この「大」は「闡大」の「大」と読むと解く。孔穎達の疏は「彖曰:豊,大也」を解して曰く:「豊,大也」とは卦名を解するもので、まさに弘大の義である。孔穎達はまた王弼の注「音闡大之大也」を解して曰く:「闡」は弘揚して拡めるの意である。およそ物が大と称されるには二種ある。一つは自然にもとから大きいこと、一つは人によって闡揚弘大されて大となることである。「豊」の義はすでに細微なる物を闡揚弘大することにあるから、「豊」の称する「大」は「闡大」の大であって、自然本来の大ではない。だから王弼は特に音を注して区別を示したのである。
明以動,故豐。王假之,尚大也。大者王之所尚,故至之也。[疏]正義曰:“動故豐”者,此就二體,釋卦得名,為豐之意,動而不明,未能光大,資明以動,乃能致豐,故曰“明以動故豐”也。“王假之,尚大也”者,豐大之道,王所崇尚,所以王能至之,以能尚大故也。
《彖伝》曰く:明をもって後に動く、だから豊大なりうる。「王假之」は盛大を尚ぶことである。王弼の注は、盛大は君王の尚ぶところだから到りうると解く。孔穎達の疏が解して曰く:「動故豊」とは、これは上下両体によってこの卦が「豊」と名づく意を解するものである——下卦「離」は明、上卦「震」は動である。ただ動いて明察しなければ光大しえず、必ず明察に憑って後に動いてこそ豊大を招きうる。だから「明以動故豊」という。「王假之,尚大也」とは、豊大の道が君王に尚ばれるから君王はこれに到りうるのであり、まさに盛大を尚ぶがゆえである。
“勿憂,宜日中”,宜照天下也。以勿憂之德,故宜照天下也。[疏]正義曰:日中之時,遍照天下,王無憂慮,德乃光被,同於日中之盈,故曰“勿憂,宜日中,宜照天下也”。
《彖伝》曰く:「勿憂,宜日中」は天下を遍く照らすべしということである。王弼の注は、この憂うなかれの徳に憑って、天下を遍く照らすべきだと解く。孔穎達の疏が解して曰く:正午の時、日の光は天下に遍く照る。君王に憂いがなければ、徳沢は四方に広く及び、正午の日光の充盈と同じである。だから「勿憂,宜日中,宜照天下也」という。
日中則昃,月盈則食,天地盈虛,與時消息,而況於人乎?況於鬼神乎?豐之為用,困於昃食者也。施於未足則尚豐,施於巳盈則方溢,不可以為常,故具陳消息之道者也。[疏]正義曰:此孔子因豐設戒,以上言王者以豐大之德,照臨天下,同於日中。然盛必有衰,自然常理。日中至盛,過中則昃;月滿則盈,過盈則食。天之寒暑往來,地之陵谷遷貿,盈則與時而息,虛則與時而消。天地日月,尚不能久,況於人與鬼神,而能長保其盈盛乎?勉令及時脩德,仍戒居存慮亡也。
《彖伝》曰く:日は正午に至れば西に傾き、月は満ちれば欠ける。天地の盈満と空虚は、みな時序に随って消し生ず。いわんや人をや、いわんや鬼神をや。王弼の注は、「豊」の用は日傾き月欠けるの規律に制せられる——未だ充足せざるところに用いれば豊と称しうるが、すでに盈満したところに用いれば漫溢し、常態とすべからず。だから《彖伝》は消長の道を詳しく陳べたと解く。孔穎達の疏が解して曰く:これは孔子が「豊」卦に借りて戒めを設けたものである。上文は君王が豊大の徳をもって天下を照臨し、正午の日のごとしと言う。しかし興盛には必ず衰落がある、これは自然の常理である。日は正午に最も盛んで、午を過ぎれば西に傾き、月は十五に最も円え、盈満を過ぎれば欠ける。天には寒来暑往あり、地には陵谷の変遷あり、盈満の時は時序に随って生じ、空虚の時は時序に随って消える。天地日月なお久しく保てず、いわんや人と鬼神、どうしてその盈満興盛を長く保てよう。これは人に時に及んで徳を修めることを励まし、同時に安存の時に身を処して危亡を慮ることを戒めるのである。
此辭先陳天地,後言人、鬼、神者,欲以輕譬重,亦先尊後卑也。而日月先天地者,承上“宜日中”之下,遂言其昃食,因舉日月以對之,然後並陳天地,作文之體也。《象》曰:雷電皆至,豐。君子以折獄致刑。文明以動,不失情理也。
孔穎達は続けて言う:この段は先に天地を陳べ、後に人と鬼神を言うのは、分量の軽いものをもって重いものに比するためであり、同時に先尊後卑の順序でもある。そして先に日月を言い後に天地を言うのは、上文の「宜日中」に承接するからであり、勢いに随って日傾き月欠けるに及び、日月を両両対させて後に併せて天地を陳べる——これは行文の体例である。《象伝》曰く:雷と電がともに至る、これが豊である。君子はこれにより訟獄を折決し刑罰を致す。王弼の注は、文采光を明らかにして後に動けば、案情と事理に違失しないと解く。
[疏]正義曰:“雷電皆至,豐”者,雷者,天之威動,電者,天之光耀。雷電俱至,則威明備,足以為豐也。“君子以折獄致刑”者,君子法象天威而用刑罰,亦當文明以動,折獄斷決也。斷決獄訟,須得虛實之情;致用刑罰,必得輕重之中。若動而不明,則淫濫斯及,故君子象於此卦而折獄致刑。
孔穎達の疏が解して曰く:「雷電皆至,豊」とは、雷は上天の威厳の震動で、電は上天の光明の照曜である。雷と電がともに至れば、威厳と明察がともに備わり、「豊」を構成するに足る。「君子以折獄致刑」とは、君子が上天の威厳に法って刑罰を施すにも、文采の光明の下で動き、それによって訟獄を判決すべきだということである。訟獄の断決には、必ず虚実の実情を察明せねばならず、刑罰の施用には、必ず軽重の適中を得ねばならない。もし動いて明察なければ、濫刑が随って来る。だから君子はこの卦に象を取って訟獄を判決し刑罰を施すのである。
初九:遇其配主,雖旬無咎,往有尚。處豐之初,其配在四,以陽適陽,以明之動,能相光大者也。旬,均也。雖均無咎,往有尚也。初、四俱陽爻,故曰“均”也。[疏]正義曰:“遇其配主”者,豐者,文明必動,尚乎光大者也。初配在四,俱是陽爻,以陽適陽,以明之動,能相光大者也。故曰“遇其配主”也。“雖旬無咎,往有尚”者,旬,均也,俱是陽爻,謂之為均,非是陰陽相應,嫌其有咎,以其能相光大,故雖均,可以無咎,而往有嘉尚也,故曰“雖均無咎,往有尚”也。
経文に曰く:初九、自らに配する主爻に遇う。彼此均しいが咎なく、往けば嘉尚を受ける。王弼の注は、初九は豊卦の初めに居り、それに配するは九四であり、陽爻をもって陽爻に就き、光明に憑って動けば、両者は互いに光大しうる。「旬」は「均等」の意:均等でありながら咎なく、往けば嘉尚を受ける——初九と九四はともに陽爻だから「均」という。孔穎達の疏が解して曰く:「遇其配主」とは、豊卦は文采光明にして必ず動きあり、光大を尚ぶことを言う。初九の配するは九四であり、両者とも陽爻で、陽をもって陽に就き光明に憑って動けば、互いに光大しうる。だから「遇其配主」という。「雖旬无咎,往有尚」について、「旬」はすなわち均等である。両者とも陽爻でこれを「均」と称し、陰陽の相応ではないから咎ありと疑われるが、互いに光大しうるから、均等といえども咎なく、往けば嘉尚を得られる。だから「雖均无咎,往有尚」という。
《象》曰:“雖旬無咎”,過旬災也。過均則爭,交斯叛也。[疏]“象曰”至“災也”。○正義曰:“過旬災光”者,言勢若不均,則相傾奪。既相傾奪,則爭競乃興,而相違背,災咎至焉,故曰“過旬災也”。○注“過均”至“叛也”。○正義曰:初,四應配,謂之為交,勢若不均,則初、四之相交,於斯乖叛矣。
《象伝》曰く:「雖旬无咎」、均しきを過を過ぎれば災いあり。王弼の注は、均しきを過ぎれば相争い、相交する両方はこれに背離すると解く。孔穎達の疏は「象曰」から「災也」までの一節を解して曰く:「過旬災」(底本は「災光」と作るが「災也」と作るべし)とは、双方の勢力が均しくなければ互いに傾軋し奪い合い、既に傾奪し合えば争競が興り彼此相背し、災禍・咎害が随って至る。だから「過旬災也」という。孔穎達はまた王弼の注の「過均」から「叛也」までの一段を解して曰く:初九と九四は本来相応相配で、これを「交」と称す。双方の勢力が均しくなければ、初・四の間の交好はこれにより乖離し背反するのである。
六二:豐其蔀,日中見斗。往得疑疾,有孚發若,吉。蔀,覆曖,鄣光明之物也。處明動之時,不能自豐以光大之德,既處乎內,而又以陰居陰,所豐在蔀,幽而無睹者也,故曰“豐其蔀,日中見斗”也。日中者,明之盛也;斗見者,闇之極也。處盛明而豐其蔀,故曰“日中見斗”。不能自發,故往得疑疾。然履中當位,處闇不邪,有孚者也。若,辭也。有孚可以發其志,不困於闇,故獲吉也。
経文に曰く:六二、遮蔽する物を極めて厚く加え、正午にしてかえって北斗星を見る。往けば猜疑の病いを招くが、誠信あってその心志を感発せば吉。王弼の注は、「蔀」は覆い遮蔽し光明を阻ぐ物と解く。六二は光明にして動く時に身を処すが、豊大光明の徳によって自らを盛大にできない。内卦に処り、かつ陰爻が陰位に居るから、豊かにするのはあえて遮蔽の物であり、幽暗にして見えるものなし。だから「豊其蔀,日中見斗」という。正午は光明最盛の時であり、北斗を見るは昏暗極まることである。極盛の光明に身を処して遮蔽を厚く増すから「日中見斗」という。自ら奮発することができないから、往けば猜疑の病いを招く。しかし中道を践み居位が当たるから、昏暗に処しながら邪路に走らず、誠信がある。「若」は語助詞である。誠信あればその心志を感発でき、昏暗に困られず、だから吉祥を得る。
[疏]“六二豐其蔀”至“有孚發若吉”。○正義曰:“豐其蔀”者,二以陰居遙又處於內,幽闇無所睹見,所豐在於覆蔽,故曰“豐其蔀”也。蔀者,覆曖,障光明之物也。“日中見斗”者,二居離卦之中,如日正中,則至極盛者也。處日中盛明之時,而斗星顯見,是二之至闇,使斗星見明者也。處光大之世,而為極闇之行,譬日中而斗星見,故曰“日中見斗”也。二、五俱陰,二巳見斗之闇,不能自發,以自求於五,往則得見疑之疾,故曰“往得疑疾”也。然居中履正,處闇不邪,是有信者也。有信以自發其志,不困於闇,故獲吉也。故曰“有孚發若,吉”也。《象》曰:“有孚發若”,信以發志也。[疏]正義曰:信以發志者,雖處幽闇而不為邪,是有信以發其豐大之志,故得吉也。
孔穎達の疏は「六二豊其蔀」から「有孚発若吉」までの一節を解して曰く:「豊其蔀」とは、六二は陰爻が陰位に居り(底本は「居遥」と作るが「居陰」と作るべし)、また内卦に処し、幽暗にして何も見えず、豊かにするはまさに覆い遮蔽の物である。だから「豊其蔀」という。「蔀」はすなわち覆い遮蔽して光明を阻ぐ物である。「日中見斗」とは、六二は《離》卦の中に居り、日のまさに中天に当たるがごとく、光明極盛の時である。正午盛明の際に斗星が現れるのを見るは、六二の昏暗が極まって斗星を顕出せしめたものである。光大の時世に身を処しながら極昏暗の行事をなすは、正午にして斗星の見えるがごとし。だから「日中見斗」という。六二と六五はともに陰爻であり、六二はすでに斗を見るごとき昏暗に陷り、自ら奮発して六五に援を求めることができず、往けば猜疑の病いを招く。だから「往得疑疾」という。しかし中に居り正を守り、昏暗に処して邪路に走らず、誠信あり。誠信をもってその心志を感発して昏暗に困られず、だから吉祥を得る。だから「有孚発若,吉」という。《象伝》曰く:「有孚発若」は誠信をもって心志を感発することである。孔穎達の疏が解して曰く:「信以発志」とは、六二が幽暗に身を処しながら邪僻の事を為さない、これが誠信をもってその豊大の志を感発するのであり、だから吉を得る。
九三:豐其沛,日中見沬。折其右肱,無咎。沛,幡幔,所以御盛光也。沬,微昧之明也。應在上六,志在乎陰,雖愈乎以陰處陰,亦未足以免於闇也。所豐在沛,日中則見沬之謂也。施明,則見沬而巳,施用,則折其右肱,故可以自守而巳,未足用也。[疏]正義曰:“豐其沛,日中見沬”者,沛,幡幔,所以御盛光也。沬,微昧之明也,以九三應在上六,志在乎陰,雖愈於六二以陰處陰,亦未見免於闇也,是所以“豐在沛,日中見沬”。夫處光大之時,而豐沛見沬,雖愈於豐蔀見斗,然施於大事,終不可用。假如折其右肱,自守而巳,乃得無咎,故曰“折其右肱,無咎”。
経文に曰く:九三、遮光の帷幔を厚く張り、正午にして微弱の星光のみを見る。自らの右肱を折るが咎なし。王弼の注は、「沛」は幡幔のごとき帷帳で、強盛の日光を遮るに用い、「沬」は微弱昏昧の光亮と解く。九三の正応は上六にあり、心志が陰柔に係るから、六二の陰爻居陰位よりは強いが、なお昏暗を免れるに足らない。その豊かにするは帷幔であり、これが正午にして微光のみを見るの意である。これを照明に施しても微光を見るに過ぎず、事に任ぜられれば右肱を折るに等しいから、ただ自守するのみで、任用に足らない。孔穎達の疏が解して曰く:「豊其沛,日中見沬」の「沛」は幡幔で、強盛の日光を遮るに用い、「沬」は微弱昏昧の光亮である。九三の正応が上六にあり、心志が陰柔に係るから、六二の陰居陰よりは好いが、なお昏暗を免れない。これが「豊在沛,日中見沬」である。光大の時に身を処しながら帷幔厚くして微光のみを見るは、六二の「豊蔀見斗」よりやや勝るが、大事に用いれば終に任用に堪えない。ちょうど自らの右肱を折るがごとく、自守するのみで、かくてこそ咎なし。だから「折其右肱,无咎」という。
《象》曰:豐其沛,不可大事也。明不足也。[疏]正義曰:“不可大事”者,當光大之時,可為大事,明不足,故不可為大事也。折其右肱,終不可用也。雖有左在,不足用也。[疏]正義曰:“終不可用”者,凡用事在右肱,右肱既折,雖有左在,終不可用也。
《象伝》曰く:「豊其沛」は大事を為すべからずということである。王弼の注は、明察足らざるがゆえと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「不可大事」とは、光大の時に身を処すれば本来大事を為しうるが、ただ明察足らざるがゆえに大事を為すべからず。《象伝》はまた曰く:「折其右肱」は終に任用に堪えぬということである。王弼の注は、なお左肱あれども任用に足らぬと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「終不可用」とは、およそ事を為すは右肱に頼るもので、右肱すでに折れれば、たとい左肱あれども終に任用に堪えない。
九四:豐其蔀,日中見斗。遇其夷主,吉。以陽居陰,豐其蔀也。得初以發,夷主吉也。[疏]正義曰:“豐其蔀”者,九四以陽居陰,闇同於六二,故曰“豐其蔀”也。“日中見斗,遇其夷主,吉”者,夷,平也。四應在初,而同是陽爻,能相顯發,而得其吉,故曰“遇其夷主,吉”也。言四之與初交相為主者,若賓主之義也。若據初適四,則以四為主,故曰“遇其配主”。自四之初,則以初為主,故曰“遇其夷主”也。二陽體敵,兩主均平,故初謂四為“旬”,而四謂初為“夷”也。
経文に曰く:九四、遮蔽の物を極めて厚く加え、正午にして北斗星を見る。自らと均平の主爻に遇い、吉。王弼の注は、九四は陽爻が陰位に居るから「豊其蔀」であり、初九を得て自らを感発せしめる、これが「夷主吉」と解く。孔穎達の疏が解して曰く:「豊其蔀」とは、九四は陽爻が陰位に居り、昏暗は六二と同じだから「豊其蔀」という。「日中見斗,遇其夷主,吉」の「夷」は「平等」の意。九四の応ずる爻は初九にあり、両者とも陽爻で互いに彰顕・感発しうるから吉を得る。だから「遇其夷主,吉」という。九四と初九が交互に主となるのは、賓と主の関係のごとし:初九より九四に往くに就いて見れば九四を主とするから、初九爻辞は「遇其配主」と言い、九四より初九に回りて見れば初九を主とするから、九四爻辞は「遇其夷主」という。二つの陽爻は体勢相当し、両主は彼此均平であるから、初九は九四を「旬」と称し、九四は初九を「夷」と称す。
《象》曰:“豐其蔀”,位不當也。“日中見斗”,幽不明也。“遇其夷主”,吉行也。[疏]正義曰:“位不當”者,止謂以陽居陰,而位不當,所以豐蔀而闇者也。“幽不明也”者,日中盛則反而見斗,以譬當光大而居陰,是應明而幽闇不明也。“吉行也”者,處於陰位,為闇巳甚,更應於陰,無由獲吉,猶與陽相遇,故得吉行也。
《象伝》曰く:「豊其蔀」は爻位当たらざるがゆえであり、「日中見斗」は幽暗にして明ならざるであり、「遇其夷主」は吉祥の行である。孔穎達の疏が解して曰く:「位不当」とは、ただ九四が陽爻をもって陰位に居り位置当たらず、だから遮蔽を厚く増して昏暗に陷ることを言う。「幽不明也」とは、正午はもともと最盛の時であるのにかえって斗星を見る、これは本来光大すべきなのに陰位に身を居するを比喩し、明るいはずなのにかえって幽暗不明である。「吉行也」とは、九四は陰位に処して昏暗すでに深く、もしさらに陰爻と相応せば吉祥を得る由なし。幸いにその応ずるはなお陽爻の初九だから、吉祥の行をなしうるのである。
六五:來章有慶譽,吉。以陰之質,來適尊陽之位,能自光大,章顯其德,獲慶譽也。[疏]正義曰:六五處豐大之世,以陰柔之質,來適尊陽之位,能自光大,章顯其德,而獲慶善也。故曰“來章有慶譽,吉”也。《象》曰:六五之吉,有慶也。[疏]正義曰:“有慶也”者,言六五以柔處尊,履得其中,故致慶譽也。
経文に曰く:六五、文采光華を招来し、福慶と美誉あり、吉。王弼の注は、六五は陰柔の資質をもって、来て尊貴の陽位に居り、自ら光大してその徳を彰顕しうるから、福慶と誉れを得ると解く。孔穎達の疏が解して曰く:六五は豊大の時世に処し、陰柔の資質をもって来て尊貴の陽位に居り、自ら光大してその徳を彰顕しうるから、福慶美善を得る。だから「来章有慶誉,吉」という。《象伝》曰く:六五の吉は福慶あるがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「有慶也」とは、六五が陰柔の質をもって尊位に居り、践んで中道を得るから、福慶・美誉を招致するのである。
上六:豐其屋,蔀其家,闚其戶,闃其無人。三歲不覿,凶。屋,藏蔭之物,以陰處極而最在外,不履於位,深自幽隱,絕跡深藏者也。既豐其屋,又蔀其家,屋厚家覆,闇之甚也。雖闚其戶,闃其無人,棄其所處,而自深藏也。處於明動尚大之,時而深自幽隱,以高其行;大道既濟,而猶不見,隱不為賢,更為反道,凶其宜也。三年,豐道之成。治道未濟,隱猶可也;既濟而隱,是以治為亂者也。
経文に曰く:上六、房屋を高く大きく造り、居室を遮蔽し、門の隙間より窺えば寂として人なし。三年も彼を見ず、凶。王弼の注は、「屋」は身を蔵し遮蔽するに用いる物と解く。上六は陰爻をもって最上極に処し最外に位し、職位を担わず、深く己を幽隠に蔵し、絶跡して深藏する。すでに房屋を高く造り、また居室を遮蔽すれば、屋厚く家掩れて昏暗極まる。門の隙間より窺うも寂として人なし。それは彼が処すべき位置を棄てて自ら深蔵したからである。光明にして動き盛大を尚ぶ時世に身を処しながら、深く自ら幽隠し、もって自らの品行を高くする。大道すでに通済するも彼はなお露面せず——このとき隠居は賢とは言えず、かえって常道に背くこととなり、凶は当然である。「三年」は豊大の道が成る期限である。治世の道が未だ成らざるときは隠居もまた可なり。すでに成ってなお隠居するは、すなわち已治の世を乱世と為すことである。
[疏]“上六豐其屋”至“不覿”。○正義曰:屋者,藏蔭隱蔽之物也。上六,以陰處陰,極以處外,不履於位,是深自幽隱,絕跡深藏也。事同豐厚於屋者也。既豐厚其屋,而又覆鄣其家,屋厚家闇,蔽鄣之甚也。雖闚視其戶,而闃寂無人,棄其所處,而自深藏也。處於豐大之世,隱不為賢。治道未濟,隱猶可也;三年豐道巳成,而猶不見,所以為凶,故曰“豐其屋,蔀其家,闚其戶,闃其無人,三歲不覿,凶”。
孔穎達の疏は「上六豊其屋」から「不覿」までの一節を解して曰く:「屋」は身を蔵し遮蔽する物である。上六は陰爻をもって陰位に居り、最上極に処して最外にあって職位を担わず、これが深く自ら幽隠して絶跡深蔵することで、その事はちょうど房屋を高く厚く造るがごとし。すでに房屋を高く厚く造り、また居室を覆い遮れば、屋厚く家暗く、遮蔽極まる。門の隙間より窺うも寂として人を見ず、それは彼が処すべき位置を棄てて自ら深蔵したからである。豊大の時世に身を処して隠居するは賢徳と言えない。治世の道が未だ成らざるときは隠居はまだ言い訳が立つが、いま三年にして豊大の道すでに成るも彼はなお露面せず。だから凶とする。だから「豊其屋,蔀其家,闚其戸,闃其无人,三歳不覿,凶」という。
《象》曰:“豐其屋”,天際翔也。翳光最甚者也。[疏]正義曰:“天祭翔也”者,如鳥之飛翔於天際,言隱翳之深也。“闚其戶,闃其無人”,自藏也。可以出而不出,自藏之謂也,非有為而藏。不出戶庭,失時致凶,況自藏乎?凶其宜也。[疏]正義曰:“自藏也”者,言非有為而當自藏,可以出而不出,無事自為隱藏也。
《象伝》曰く:「豊其屋」は天辺に翱翔するがごとし。王弼の注は、これは光明を遮蔽すること最も甚だしき情形と解く。孔穎達の疏が解して曰く:「天際翔也」(底本は「際」を「祭」と訛る)は、鳥の天辺に飛翔するがごとく、その隠蔽の極めて深きを形容する。《象伝》はまた曰く:「闚其戸,闃其无人」は自ら蔵れたることである。王弼の注は、出でて事を為すべきに出でず、これを自蔵と言い、有所為あるがゆえに隠るるにあらずと解く。戸庭の内に滞留して出でざるすら、なお時機を失して凶を招く、いわんや自ら深蔵するをや。凶は当然である。孔穎達の疏が解して曰く:「自蔵也」とは、彼が有所為あるがゆえに隠るべきにあらずして、出でて事を為しうるに出でず、故なく自ら蔵匿することを言う。
