繋辞上・第五章
[疏]正義曰:“顯諸仁”至“之門”,此第五章也。上章論神之所為,此章廣明易道之大,與神功不異也。顯諸仁,藏諸用,衣被萬物,故曰“顯諸仁”。日用而不知,故曰“藏諸用”。[疏]正義曰:“顯諸仁”者,言道之為體,顯見仁功,衣被萬物,是“顯諸仁”也。“藏諸用”者,謂潛藏功用,不使物知,是“藏諸用”也。
孔穎達の疏文は本章を総述す:「顕諸仁」の一句より起りて、「道義之門」の一句に至りて止む、これは《繋辞上》の第五章である。上一章は「神」の作為を論じ、この一章は則ち広く易道の宏大を闡明して、神の功用と並びて二致なし。経文に曰く:道は仁に顕現し、用に隠蔵す。韓康伯の注は:それは万物に覆被すれば、だから「顕諸仁」といい、百姓は日々それを用いて自ら知らざれば、だから「蔵諸用」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「顕諸仁」は、道は本体と為して、仁愛の功效を顕現して、万物に覆被すを説く。「蔵諸用」は、それは功用を潜蔵して、万物に察覚せしめざるを説く。
鼓萬物而不與聖人同憂,萬物由之以化,故曰“鼓萬物”也。聖人雖體道以為用,未能全無以為體,故順通天下,則有經營之跡也。[疏]“鼓萬物”至“同憂”。○正義曰:言道之功用,能鼓動萬物,使之化育,故云“鼓萬物”。聖人化物,不能全無以為體,猶有經營之憂;道則虛無為用,無事無為,不與聖人同用,有經營之憂也。○注“聖人雖體以為用”。○正義曰:云“聖人雖體道以為用”者,言聖人不能無憂之事。道則無心無跡,聖人則亦無心有跡,聖人能體附於道,其跡以有為用。云“未能全無以為體”者,道則心跡俱無,是其全無以為體;聖人則無心有跡,是跡有而心無,是不能全無以為體。云“故順通天下,則有經營之跡”者,言聖人順通天下之理,內則雖是無心,外則有經營之跡,則有憂也。道則心跡俱無,無憂無患,故云“不與聖人同憂”也。
経文に曰く:道は万物を鼓動するも、聖人のごとく憂慮を懐抱することなし。韓康伯の注は:万物はそれに由りて化育を得れば、だから「鼓万物」といい、聖人は道を体察してこれに運用を加うるといえども、尚お能く完全に「无」をもって本体と為す能わず、それゆえ天下に順通する時に当たりて、仍お経営の痕跡を留有すと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:道の功用は能く万物を鼓動して、それらをして化生長養せしむ、だから「鼓万物」という。聖人は万物を化育するに、能く完全に「无」をもって体と為す能わず、尚お経営の憂労を帯ぶ。道は則ち虚無をもって用と為して、无事无為にして、聖人の用心と同じからず、経営の憂労なし。孔穎達はまた韓注の「聖人雖体道以為用」を疏して曰く:これは聖人は全然憂なしと致す能わざるを講ず。道は无心にしてまた无跡なり、聖人は則ち无心にして有跡なり。聖人は能く道に体察依附するも、その形跡の上は仍お「有」をもって用と為す。韓注の「未能全无以為体」と曰うは、道の心と跡は皆无に帰するに因りて、あれこそ完全に「无」をもって体と為すを言う。聖人は則ち无心にして有跡あり、跡は有にして心は无なり、だから能く完全に「无」をもって体と為す能わず。韓注の「故順通天下,則有経営之跡」と曰うは、聖人は天下の理に順応貫通して、内裡は无心なるといえども、外面は経営の形跡あり、ここにおいて便ち憂労あらん。道は則ち心と跡が倶に无にして、憂患なし、だから「不与聖人同憂」という。
盛德大業,至矣哉!夫物之所以通,事之所以理,莫不由乎道也。聖人功用之母,體同乎道,盛德大業,所以能至。[疏]正義曰:聖人為功用之母,體同於道,萬物由之而通,眾事以之而理,是聖人極盛之德,廣大之業,至極矣哉!於行謂之德,於事謂之業。富有之謂大業,廣大悉備,故曰“富有”。[疏]正義曰:自此已下,覆說“大業”“盛德”,因廣明易與乾坤,及其占之與事,並明神之體,以廣大悉備,萬事富有,所以謂之“大業”。
経文に曰く:盛大の徳・広大の業、真に極処に到りたるか。韓康伯の注は:万物の通達する所以・万事の条理ある所以は、道に由らざるなし。聖人は一切の功用の根源にして、その体は道と相同なれば、だから盛徳大業は能く極至に臻ると解く。孔穎達の疏が解して曰く:聖人は功用の根源にして、体性は道と相同なり、万物は彼に由りて通達し、衆事は彼に由りて条理あり、これがすなわち聖人の極めて盛大の徳・極めて広大の業にして、真に至極なり。徳行の上に落つるを「徳」と言い、事功の上に落つるを「業」と言う。経文は続けて曰く:富有を「大業」と言う。韓康伯の注は:広大にして備わらざる所なければ、だから「富有」と言うと解く。孔穎達の疏が解して曰く:ここより往下は、回頭して「大業」と「盛徳」を申説し、併せてこれに借りて広く《周易》と《乾》《坤》・占筮と事務を闡明し、一併に「神」の体性を説明す。広大にして備わらざる所なく・万事有らざる所なきに因りて、だから「大業」と言う。
日新之謂盛德。體化合變,故曰“日新”。[疏]正義曰:聖人以能變通體化,合變其德,日日增新,是德之盛極,故謂之盛德也。生生之謂易,陰陽轉易,以成化生。[疏]正義曰:生生,不絕之辭。陰陽變轉,後生次於前生,是萬物恆生,謂之易也。前後之生,變化改易。生必有死,易主勸戒,獎人為善,故云生不云死也。
経文に曰く:日々更新するを「盛徳」と言う。韓康伯の注は:化育を体察し変動に契合せば、だから「日新」と言うと解く。孔穎達の疏が解して曰く:聖人は能く変通して化育を体察し、変動に契合して自己の徳をして日々増新せしむ、これは徳の極盛にして、だから「盛徳」と言う。経文は続けて曰く:生生して已まざるを「易」と言う。韓康伯の注は:陰陽は輾転変易して、従りて化生を成就すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「生生」は断絶せざるの説法なり。陰陽は変転して、後一代の生は前一代の生を接続し、万物は恒久に生じて下る、これを「易」と言う。前後相生するは、皆変化改易の中に在り。生あれば必ず死あるも、しかして《周易》は勧勉誡告・人を奨掖して善に向わしむるに主とせば、だからただ「生」を説きて「死」を説かず。
成象之謂乾,擬乾之象。[疏]正義曰:謂畫卦成乾之象,擬乾之健,故謂卦為乾也。效法之謂坤,效坤之法。[疏]正義曰:謂畫卦效坤之法,擬坤之順,故謂之坤也。極數知來之謂占,通變之謂事,物窮則變,變而通之,事之所由生也。[疏]正義曰:“極數知來之謂占”者,謂窮極蓍策之數,豫知來事,占問吉凶,故云“謂之占”也。“通變之謂事”者,物之窮極,欲使開通,須知其變化,乃得通也。凡天下之事,窮則須變,萬事乃生,故云“通變之謂事”。
経文に曰く:物象を成就するを「乾」と言う。韓康伯の注は:これは《乾》の象に比擬すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:卦を画いて《乾》の物象を成就し、《乾》の剛健に比擬すれば、だからこの一卦を《乾》と言う。経文は続けて曰く:典則を效法するを「坤」と言う。韓康伯の注は:これは《坤》の法則を效法すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:卦を画いて《坤》の法則を效法し、《坤》の柔順に比擬すれば、だからこの一卦を《坤》と言う。経文は続けて曰く:蓍数を窮極して未来を予知するを「占」と言い、変化に通達するを「事」と言う。韓康伯の注は:事物は窮尽の処に到れば便ち変ぜんと欲し、変じてそれを通達せしむ、これはまさに事情の産生する由来なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「極数知来之謂占」は、蓍草策数を窮尽して、将来の事を予め知り、吉凶を占問す、だから「占」と称作す。「通変之謂事」は、事物が窮極の時に、それを開通せしめんと欲せば、必ずその変化を懂得して初めて能く通達す。およそ天下の事は、窮尽せば便ち変通を須要し、万事は初めてこれに由りて産生す、だから「通変之謂事」という。
陰陽不測之謂神。神也者,變化之極,妙萬物而為言,不可以形詰者也,故曰“陰陽不測”。嘗試論之曰:原夫兩儀之運,萬物之動,豈有使之然哉!莫不獨化於大虛,欻爾而自造矣。造之非我,理自玄應;化之無主,數自冥運,故不知所以然,而況之神。是以明兩儀以太極為始,言變化而稱極乎神也。夫唯知天之所為者,窮理體化,坐忘遺照。至虛而善應,則以道為稱。不思而玄覽,則以神為名。蓋資道而同乎道,由神而冥於神也。
経文に曰く:陰陽変化して測度すべからざるを「神」と言う。韓康伯の注は:いわゆる「神」は、変化の極致にして、その万物に於ける微妙に就きて言を立つ、形跡をもって追問する能わず、だから「陰陽不測」というと解く。妨げず試みに申論し一番せよ:天地両儀の運行・万物の活動を推究するに、あに誰か有りてそれらを支使するか。有らざるは皆太虚の中に於て独り化生し、倏然として自ら成る。造化は決して「我」より出づるにあらず、その理は自然に玄妙に相応ず。化育は主宰あることなく、その数は自然に冥然として運行す。まさにそれが何によらんかこうなるを知らざるに因りて、初めて比況してこれを「神」と称す。だから両儀を闡明するは「太極」をもって開端と為し、変化を談論するは則ち「神」に帰極す。ただ上天の為す所を懂得する人のみ、初めて能く物理を窮究し変化を体認し、静坐して忘怀して外照を遺棄す。至りて虚静にして善く物に応ずれば、便ち「道」をもって相称し、思慮を加えずして玄然洞覧すれば、便ち「神」をもって名と為す。大抵は道に凭藉して道と相同じ、神に由って神と冥合す。
[疏]“陰陽”至“謂神”。○正義曰:天下萬物,皆由陰陽,或生或成,本其所由之理,不可測量之謂神也,故云“陰陽不測之謂神”。○注“神也者”至“神也”。○正義曰:云“神也者,變化之極”者,言神之施為,自將變化之極以為名也。云“妙萬物而為言”者,妙謂微妙也。萬物之體,有變象可尋,神則微妙於萬物而為言也,謂不可尋求也。云“不可以形詰”者,杳寂不測,無形無體,不可以物之形容所求而窮語也。
孔穎達の疏は経文の「陰陽不測之謂神」を解して曰く:天下の万物は皆陰陽に由りて生じて成る、それらの由る所の道理を推本するに、測量すべからざるを便ち「神」と言う、だから「陰陽不測之謂神」という。孔穎達はまた韓注の「神也者」より「由神而冥於神也」に至る一段を疏して曰く:韓注の講ずる「神也者,変化之極」は、神の施為は、もとより変化の極致を取りて命名すを説く。韓注の講ずる「妙万物而為言」の「妙」は微妙の意なり:万物の形体は皆尋繹すべきの変化の象あり、神は却って万物の上に於て微妙として言を立つ、すなわちこれは尋求する由なきなり。韓注の講ずる「不可以形詰」は、それは杳冥寂静にして測度すべからず、形体なく、事物の形貌を拿りて追問窮究する能わざるを説く。
云“造之非我,理自玄應”者,此言神力也。我,謂宰主之名也。言物之造作,非由我之宰主所為,其造化之理,自然玄空相應,而自然造作也。云“是以明兩儀以太極為始”者,言欲明兩儀天地之體,必以太極虛無為初始,不知所以然,將何為始也?云“言變化而稱極乎神”者,欲言論變化之理,不知涯際,唯“稱極乎神”,神則不可知也。
孔穎達の疏は韓注の「造之非我,理自玄応」を解して曰く:これは神の力量を講ず。「我」は主宰者の名称なり。万物の造作は一個の主宰の「我」の為す所にあらず、それは造化の道理が自然に玄妙虚空に互相感应して、自然而然に造作す。韓注の講ずる「是以明両儀以太極為始」は、天地両儀の本体を闡明せんと欲せば、必定太極の虚無をもって最初の開端と為す——すでにそれが何によらんかこうなるを知らざれば、また何を拿りて開端を作さんや。韓注の講ずる「言変化而称極乎神」は、変化の道理を論説せんと欲するも、却ってその辺際を尋ね得ず、ただ「神」に帰極すと説くのみ能く、しかして神は知暁する由なきなり。
云“夫唯知天之所為者,窮理體化,坐忘遺照”者,言若能知天之所造為者,會能窮其物理,體其變化,靜坐而忘其事,及遺棄所照之物,任其自然之理,不以他事繫心,端然玄寂,如此者,乃能知天之所為也。言天之道亦如此也。“坐忘遺照”之言,事出《莊子·大宗師》篇也。云“至虛而善應,則以道為稱”者,此解道之目也。言至極空虛而善應於物,則乃目之為道,故云“則以道為稱”。
孔穎達の疏は韓注の「夫唯知天之所為者,窮理体化,坐忘遺照」を解して曰く:もし能く上天の造作作為を知らば、便ち一定能く万物の理を窮究しそれらの変化を体認し、静坐して世事を忘却し、観照する所の外物を遺棄し、一任して自然の理にして、別の事を心上に掛けず、端然として玄寂たる。このごとき人のみ初めて能く天の作為を知り、しかして天道の本身もまたまさにこうなり。「坐忘遺照」のこの説法は、《荘子・大宗師》篇より出づ。韓注の講ずる「至虚而善応,則以道為称」は、これは「道」のこの名目を解釈するに在り:極致空虚にしてまた善く万物に応接せば、便ちそれを「道」と称作す、だから「以道為称」という。
云“不思而玄覽,則以神為名”者,謂不可思量而玄遠,覽見者乃目之為神,故云“則以神為名”也。云“蓋資道而同乎道”者,此謂聖人設教,資取乎道,行無為之化,積久而遂同於道,內外皆無也。云“由神而冥於神也”者,言聖人設教,法此神之不測,無體無方,以垂於教,久能積漸,而冥合於神,不可測也。此皆謂聖人初時雖法道法神以為無,體未能全無,但行之不已,遂至全無不測,故云“資道而同於道,由神而冥於神也”。
孔穎達の疏は韓注の「不思而玄覧,則以神為名」を解して曰く:思量を須とせずして能く玄遠に洞覧するは、便ちそれを「神」と称作す、だから「以神為名」という。韓注の講ずる「蓋資道而同乎道」は、聖人は教化を設立し、道に凭藉取法して、无為の教化を推行して、積久して便ち道と相同じ、内外は皆「无」に帰す。韓注の講ずる「由神而冥於神也」は、聖人は教化を設立し、この神の測度すべからざる・无体无方を效法して、もって教化を垂示し、日久漸積して、便ち神と冥然として契合し、同じく測度すべからず。これは皆聖人が起初は道を效法し神を效法して「无」をもって自処するといえども、その本体は尚お能く完全に无に帰する能わざるも、ただこれを行いて已まざれば、終に全然の「无」に達到して測度すべからざるを言う。だから「資道而同於道,由神而冥於神也」という。
夫易,廣矣大矣,以言乎遠則不御;窮幽極深,無所止也。[疏]正義曰:“夫易廣矣,大矣”者,此贊明易理之大,易之變化,極於四遠,是廣矣,窮於上天是大矣,故下云“廣大配天地”也。“以言乎遠則不御”者,御,止也。言乎易之變化,窮極幽深之遠,則不有御止也。謂無所止息也。以言乎邇則靜而正;則近而當。[疏]正義曰:邇,近也。言易之變化,在於邇近之處,則寧靜而得正。謂變化之道,於其近處,物各靜而得正,不煩亂邪僻也。遠尚不御,近則不御可知;近既靜正,則遠亦靜正,互文也。
経文に曰く:《周易》は真に広大なるか。それを遠処に就きて言えば、それは止境なし。韓康伯の注は:幽隠を窮究し深奥を極尽して、停止の地方なしと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「夫易広矣,大矣」は易理の宏大を讃美す——《易》の変化は四方の遠に極まれば、だから「広」といい、上天に窮極すれば、だから「大」といい、それゆえ下文に「広大配天地」と曰う。「以言乎遠則不御」の「御」は止の意なり:《易》の変化は幽深遥遠の処に窮極するも、またそれを阻止する能くするものなし、すなわちこれは止息する所なし。経文は続けて曰く:それを近処に就きて言えば、それは寧静にして端正なり。韓康伯の注は:近処に就きて説けば便ち貼切恰当なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「邇」はすなわち近なり。《易》の変化は近処に落つれば、便ち寧静にしてその正を得、すなわちこれは変化の道が近処に於て万物をして各自安静にして正を得て、煩乱邪僻を致さざるを言う。遠処は尚お阻止する所なく、近処は阻止を受けざるは想い知るべし。近処すでに能く静正なれば、遠処も同じく静正なり——これは互文見義の写法なり。
以言乎天地之間,則備矣。夫乾,其靜也專,其動也直,是以大生焉。專,專一也。直,剛正也。[疏]正義曰:“以言乎天地之間,則備矣”者,變通之道,遍滿天地之內,是則備矣。“夫乾其靜也專,其動也直,是以大生焉”者,上《經》既論易道資陰陽而成,故此《經》明乾,復兼明坤也。乾是純陽,德能普備,無所偏主,唯專一而已。若氣不發動,則靜而專一,故云“其靜也專”。若其運轉,則四時不忒,寒暑無差,則而得正,故云“其動也直”。以其動靜如此,故能大生焉。
経文に曰く:天地の間に就きて言えば、それは備わらざる所なし。また曰く:《乾》は静止の時は専一にして、運動の時は剛直なり、それゆえ能く広大に生養す。韓康伯の注は:「専」は専一にして、「直」は剛正なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「以言乎天地之間,則備矣」は、変通の道は天地の内に遍満すれば、だから備わらざる所なきを説く。「夫乾其静也専,其動也直,是以大生焉」——上文の経文すでに《易》道は陰陽に凭藉して成るを論じたれば、だからここに《乾》を闡明し、続いて兼ねて《坤》に及ぶ。《乾》は純陽にして、徳性は普遍完備して、某一方に偏主せず、ただ専一なるのみ。気もし発動せざれば、便ち静にして専一なり、だから「其静也専」という。それが運転し起るを待ちて、四時はその序を失わず、寒暑は差錯なく、取法に則ありてその正を得、だから「其動也直」という。その動静がこうなるに因りて、だから能く広大に万物を生養す。
夫坤,其靜也翕,其動也闢,是以廣生焉。翕,斂也。止則翕斂其氣,動則關開以生物也。乾統天首物,為變化之元,通乎形外者也。坤則順以承陽,功盡於已,用止乎形者也。故乾以專直言乎其材,坤以翕闢言乎其形。[疏]正義曰:此《經》明坤之德也。坤是陰柔,閉藏翕斂,故“其靜也翕”;動則開生萬物,故“其動也闢”。以其如此,故能廣生於物焉。天體高遠,故乾云“大生”;地體廣博,故坤云“廣生”。對則乾為物始,坤為物生,散則始亦為生,故總云生也。
経文に曰く:《坤》は静止の時は収斂し、運動の時は開辟す、それゆえ能く広大に生養す。韓康伯の注は:「翕」は収斂なり。静止すれば便ちその気を収斂し、運動すれば便ち門戸を開啓して万物を生養す。《乾》は天道を統摂し万物の首に居るは、変化の本元にして、有形の外に貫通す。《坤》は則ち柔順に陽気を承接して、功用は自身に尽く、作用は有形の内に止まる。だから《乾》は「専」「直」を用いてその材質を説き、《坤》は「翕」「辟」を用いてその形態を説くと解く。孔穎達の疏が解して曰く:この一節の経文は《坤》の徳性を闡明す。《坤》は陰柔に属して、閉蔵収斂す、だから「其静也翕」といい、一たび動けば便ち開啓して万物を生養す、だから「其動也辟」という。まさにこれに因りて、だから能く広大に万物を生養す。天体は高遠なれば、だから《乾》は「大生」と説き、地体は広博なれば、だから《坤》は「広生」と説く。相対して説けば、《乾》は万物の始にして、《坤》は万物の生なり。分散して説けば、「始」もまたすなわち「生」なり、だから総称して「生」と為す。
廣大配天地,變通配四時,陰陽之義配日月,易簡之善配至德。《易》之所載配此四義。[疏]正義曰:“廣大配天地”者,此《經》申明易之德,以易道廣大,配合天地,大以配天,廣以配地。“變通配四時”者,四時變通,易理亦能變通,故云“變通配四時”也。“陰陽之義配日月,易簡之善配至德”者,案初章論乾坤易簡,可久可大,配至極微妙之德也。然《易》初章易為賢人之德,簡為賢人之業,今總云“至德”者,對則德業別,散則業由德而來,俱為德也。
経文に曰く:《易》の広大は天地と相配し、変通は四時と相配し、陰陽の意義は日月と相配し、易簡の善は至極の徳と相配す。韓康伯の注は:《周易》の記載する所の内容はまさにこの四項と相配すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「広大配天地」は、この一節の経文が《易》の徳性を申明す——易道は広大にして、天地と相配し、「大」は天に配し、「広」は地に配す。「変通配四時」は、四時は能く変通し、易理もまた能く変通すれば、だから変通は四時と相配すと説く。「陰陽之義配日月,易簡之善配至徳」に至りては、按ずるに第一章は《乾》《坤》の易簡を論じて、それが可久可大を説くは、まさに至極微妙の徳と相配す。ただし第一章は「易」は賢人の徳・「簡」は賢人の業と説き、ここは却って総称して「至徳」と為すは、相対して説けば徳と業に別あるに因りて、分散して説けば業は徳に由りて生じ、皆「徳」に帰入すべし。
子曰:“易其至矣乎?夫易,聖人所以崇德而廣業也。窮理入神,其德崇也。兼濟萬物,其業廣也。[疏]正義曰:“子曰易其至矣乎”者,更美易之至極,是語之別端,故言“子曰”。“夫易,聖人所以崇德而廣業”者,言易道至極,聖人用之,增崇其德,廣大其業,故云“崇德而廣業也”。知崇禮卑,知以崇為貴,禮以卑為用。[疏]正義曰:易兼知之與禮,故此明知禮之用。知者通利萬物,象天陽無不覆,以崇為貴也。禮者卑敬於物象,地柔而在下,故以卑為用也。
経文に曰く:孔子の曰く:「《易》は大概極処に到れるか。《易》は聖人がもって徳行を推崇し事業を広大する所なり。」韓康伯の注は:物理を窮究して神妙に深入せば、その徳は便ち崇高なり。万物を兼済せば、その業は便ち広大なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「子曰易其至矣乎」は再び《易》の至極を讃美す、別に一段の話頭を起すに因りて、だから「子曰」を標出す。「夫易,聖人所以崇徳而広業」は、易道は至極にして、聖人はそれを運用して、自己の徳を増崇し自己の業を広大す、だから「崇徳而広業」という。経文は続けて曰く:智慧は崇高を要し、礼節は卑下を要す。韓康伯の注は:智は崇高をもって貴と為し、礼は卑下をもって用と為すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:《易》は兼ねて「知」と「礼」を含むれば、だからここに知と礼の功用を闡明す。智は能く万物を通利して、天陽の覆わざるなきに象を取れば、だから崇高をもって貴と為す。礼は万物に対して卑下恭敬して、地の柔順にして下に居るに象を取れば、だから卑下をもって用と為す。
崇效天,卑法地。極知之崇,象天高而統物;備禮之用,象地廣而載物也。[疏]正義曰:知既崇高,故效天;禮以卑退,故法地也。天地設位,而易行乎其中矣。天地者,易之門戶,而易之為義,兼周萬物,故曰“行乎其中矣”。[疏]正義曰:天地陳設於位,謂知之與禮,而效法天地也。“而易行乎其中矣”者,變易之道,行乎知禮之中。言知禮與易而並行也。若以實象言之,天在上,地在下,是天地設位;天地之間,萬物變化,是易行乎天地之中也。
経文に曰く:崇高は天を效法し、卑下は地を效法す。韓康伯の注は:「知」の崇高を極処に推して、天の高くして万物を統摂するに象を取り、「礼」の功用を備至せしめて、地の広くして万物を承載するに象を取ると解く。孔穎達の疏が解して曰く:智すでに崇高なれば、だから天を效法し、礼は卑下退譲を取れば、だから地を效法す。経文は続けて曰く:天地は各自の位置を設定して、しかして《易》は便ちその中に在りて運行す。韓康伯の注は:天地は《易》の門戸にして、しかして《易》の意義は万物を兼摂周遍すれば、だから「行乎其中矣」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:天地が位に陈设するは、指すところは「知」と「礼」の天地を效法するなり。「而易行乎其中矣」は、変易の道は便ち知と礼の中に運行すを説く、すなわちこれは知・礼と《易》とが并行して悖らざるなり。もし実際の物象に就きて説けば、天は上に在り地は下に在るは、これは天地の位を設くるなり。天地の間に万物の変化して已まざるは、これがすなわち《易》が天地の中に運行するなり。
成性存存,道義之門。物之存成,由乎道義也。[疏]正義曰:此明易道既在天地之中,能成其萬物之性,使物生不失其性,存其萬物之存,使物得其存成也。性,謂稟其始也。存,謂保其終也。道,謂開通也。義,謂得其宜也。既能成性存存,則物之開通,物之得宜,從此易而來,故云“道義之門”,謂易與道義為門戶也。
経文に曰く:万物の本性を成就し、既存の者をして長存せしむ、これは便ち道義の門戸なり。韓康伯の注は:万物の能く存し能く成る所以は、皆道義に由ると解く。孔穎達の疏が解して曰く:これは易道すでに天地の中に運行すれば、便ち能く万物の本性を成就し、万物をして生長してその性を失わざらしむるを闡明す。また能く万物の存する所を保存して、万物をして存続成全を得しむ。「性」は最初に禀受するを指し、「存」は終了に保全するを指す。「道」は開通を指し、「義」は各々その宜しきを得るを指す。すでに能く本性を成就し存する者をして長存せしめば、すなわち万物の開通・万物の各々その宜しきを得るは、皆この《易》より来たる、だから「道義之門」という、意は《易》は乃ち道と義の門戸なり。
繋辞上・第六章
[疏]正義曰:“聖人有以”至“如蘭”,此第六章也。上章既明易道變化,神理不測,聖人法之,所以配於天地,道義從易而生;此章又明聖人擬議易象,以贊成變化。又明人擬議之事,先慎其身,在於慎言語,同心行,動舉措,守謙退,勿驕盈,保靜密,勿貪非位,凡有七事。是行之於急者,故引七卦之議,以證成之。
孔穎達の疏文は本章を総述す:「聖人有以見天下之賾」の一句より起りて、「其臭如蘭」の一句に至りて止む、これは《繋辞上》の第六章である。上一章すでに易道の変化・神理の測度すべからざる、および聖人がそれに取法してそれにより天地と相配し道義が《易》に由りて生ずるを闡明せり。この一章は則ち進んで聖人が易象を擬度議論して、もって万物の変化を赞助成就するを闡明す。また人は擬度議論の事の上に於て、まず自身を謹慎するを要し、具体に説けば言語を慎重し・同心して行い・挙動を審慎し・謙退を守持し・驕盈せず・静密を保持し・非分の位置を貪求せざるに在り、共に七件の事なり。これらは皆急ぎ践行を須とするに因りて、だから七個の卦の議論を援引してこれに印証を加う。
聖人有以見天下之賾,而擬諸其形容,象其物宜,乾剛坤柔,各有其體,故曰“擬諸形容”。[疏]正義曰:“聖人有以見天下之賾”者,賾謂幽深難見,聖人有其神妙,以能見天下深賾之至理也。“而擬諸其形容”者,以此深賾之理,擬度諸物形容也。見此剛理,則擬諸乾之形容;見此柔理,則擬諸坤之形容也。“象其物宜”者,聖人又法象其物之所宜。若象陽物,宜於剛也;若象陰物,宜於柔也,是各象其物之所宜。六十四卦,皆擬諸形容,象其物宜也。若泰卦比擬泰之形容,象其泰之物宜;若否卦則比擬否之形容,象其否之物宜也。舉此而言,諸卦可知也。
経文に曰く:聖人は能く天下の幽深にして見難きの至理を見て、ここにおいてそれらの形貌容状を比擬し、事物の各自の宜しき所に象を取る。韓康伯の注は:《乾》は剛にして《坤》は柔なり、各々自己の体性あり、だから「擬諸形容」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「聖人有以見天下之賾」——「賾」は幽深にして見難きを指し、聖人は神妙の洞察力を具備せば、だから能く天下の幽深の至理を見る。「而擬諸其形容」は、この幽深の理を拿りて各物の形貌容状を比擬す:剛の理を見れば、便ち《乾》の形貌を比擬し、柔の理を見れば、便ち《坤》の形貌を比擬す。「象其物宜」は、聖人はまた物象の各自の宜しき所を取法す:陽物に象を取れば、便ち剛をもって宜と為し、陰物に象を取れば、便ち柔をもって宜と為す、これがすなわち各自その物の宜しき所に象を取るなり。六十四卦は皆形貌を比擬し宜しき所に象を取るなり、譬えば《泰》卦は便ち通泰の形貌を比擬し通泰の物の宜しき所に象を取り、《否》卦は便ち否塞の形貌を比擬し否塞の物の宜しき所に象を取る。この両卦を例に挙ぐれば、その余の各卦は類推すべし。
繋辞上・第六章(前に承く)
是故謂之象。聖人有以見天下之動,而觀其會通,以行其典禮。典禮,適時之所用。[疏]正義曰:“是故謂之象”者,以是之故,謂之象也,謂六十四卦是也,故前章云卦者言乎象者也。此以上結成卦象之義也。“聖人有以見天下之動”者,謂聖人有其微妙,以見天下萬物之動也。“而觀其會通,以行其典禮”者,既知萬物以此變動,觀看其物之會合變通,當此會通之時,以施行其典法禮儀也。
経文は上文に承けて曰く:この縁故を以て、それを「象」と称す。聖人は能く天下万物の運動変化を洞見し、それらの会合貫通の関通の関節を観察し、従りて相応の典章礼法を推行す。韓康伯の注は:いわゆる「典礼」は、当時の情勢に切合して施用すべきの制度なりと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「是故謂之象」は、上述の縁故有るに因りて初めてそれを「象」と言うを説くにして、指すところはすなわち六十四卦なり、だから前一章に「卦は物象に就きて言を立つるなり」と曰う。以上は卦象の意義を総結す。いわゆる「聖人有以見天下之動」は、聖人は幽微精妙の識見を具備して、能く天下万物の運動を看透すを説く。いわゆる「而観其会通,以行其典礼」は、すでに万物がこれに依りて変動するを知りて、便ち万物の会合変通の情状を観察し、この会通の際に当たりて、相応の典章法度と礼儀を施行すを説く。
繫辭焉以斷其吉凶,是故謂之爻。言天下之至賾而不可惡也。言天下之至動而不可亂也。《易》之為書,不可遠也。惡之則逆於順,錯之則乖於理。[疏]正義曰:“繫辭焉以斷其吉凶”者,既觀其會通而行其典禮,以定爻之通變,而有三百八十四爻。於此爻下繫屬文辭,以斷定其吉凶。若會通典禮得則為吉,若會通典禮失則為凶也。“是故謂之爻”者,以是之故,議此會通之事而為爻也。夫爻者效也,效諸物之通變,故上章云“爻者,言乎變者也”。自此巳上,結爻義也。
経文に曰く:毎一爻の下に文辞を繋えて吉凶を判断し、それゆえそれを「爻」と称す。また曰く:天下の最も幽深繁雑の道理は軽慢厭棄すべからず、天下の最も紛紜不息の変動は錯乱して看待すべからず。韓康伯の注は:《周易》のこの書は疎遠すべからざるなり、それを厭棄すれば便ち順理に違逆し、措置錯乱せば便ち正理に乖違すと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「繋辞焉以断其吉凶」は、すでに万物の会合変通を観察して典礼を推行せば、便ちこれに拠りて爻の通変を確定し、ここにおいて三百八十四爻あり。毎一爻の下に文辞を系属して、もって吉凶を断定す——もし会通と典礼が得当なれば便ち吉、もし会通と典礼が失当なれば便ち凶。いわゆる「是故謂之爻」は、この縁故有るに因りて、この会通の事を商議して「爻」と為立すを説く。「爻」の意思はすなわち「效」にして、万物の通変を效法す、だから上一章に「爻は変化に就きて言を立つるなり」と曰う。ここより往上は、「爻」の意義を総結す。
“言天下之至賾,而不可惡也”者,此覆說前文“見天下之賾”,卦象義也。謂聖人於天下至賾之理,必重慎明之,不可鄙賤輕惡也。若鄙賤輕惡,不存意明之,則逆於順道也。“言天下之至動,而不可亂”者,覆說上聖人“見天下之至動”,爻之義也。謂天下至賾變動之理,論說之時,明不可錯亂也。若錯亂,則乖違正理也。若以文勢上下言之,宜云“至動而不可亂也”。
孔穎達は続けて申説す:いわゆる「言天下之至賾,而不可悪也」は、回頭して前文の「見天下之賾」を重申す、講ずる所は卦象の意義なり。意は聖人は天下の最も幽深繁雑の道理に対して、必定に鄭重審慎にこれを闡明し、鄙薄軽慢すべからず。もし鄙薄軽慢して肯んじて心を用いて闡明せざれば、便ち順理の道に違逆す。いわゆる「言天下之至動,而不可乱」は、回頭して上文の聖人の「見天下之至動」を重申す、講ずる所は爻の意義なり。意は天下の極めて幽深の変動の理は、論説する時に当たりて、必ずそれは錯乱すべからざるを明白にせん。一旦錯乱せば、便ち正理に乖違す。もし上下文の語勢に依りて見れば、この一句は応に「至動而不可乱也」と作すれば初めて順なり。
擬之而後言,議之而後動,擬議以成其變化。擬議以動,則盡變化之道。[疏]正義曰:“擬之而後言”者,覆說上“天下之至賾不可惡也”,聖人慾言之時,必擬度之而後言也。“議之而後動”者,覆說上“天下之至動不可亂也”,謂欲動之時,必議論之而後動也。“擬議以成其變化”者,言則先擬也,動則先議也,則能成盡其變化之道也。
経文に曰く:まず揣度比擬して然る後に口を開き、まず商議斟酌して然る後に行動す、このごときの擬議に憑りて事物の変化を成就す。韓康伯の注は:およそ挙動あれば皆まず擬議を経て、便ち能く変化の道を窮尽すと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「擬之而后言」は、回頭して上文の「天下之至賾不可悪也」を重申す、聖人が口を開きて説話せんと欲する時は、必ずまず揣度比擬して然る後に初めて説く。いわゆる「議之而后動」は、上文の「天下之至動不可乱也」を重申す、行動する所有らんと欲する時は、必ずまず商議斟酌して然る後に動く。いわゆる「擬議以成其変化」は、発言はまず擬度し行動はまず商議せば、こうすれば便ち能く変化の道を成就し窮尽すを説く。
“鳴鶴在陰,其子和之;我有好爵,吾與爾靡之”。鶴鳴則子和,脩誠則物應,我有好爵,與物散之,物亦以善應也。明擬議之道,繼以斯義者,誠以吉凶失得存乎無所動。同乎道者,道亦得之;同乎失者,失亦違之。莫不以同相順,以類相應。動之斯來,緩之斯至。鶴鳴於陰,氣同則和。出言戶庭,千里或應。出言猶然,況其大者乎;千里或應,況其邇者乎。故夫憂悔吝者,存乎纖介;定失得者,慎於樞機。是以君子擬議以動,慎其微也。
経文は《中孚》九二の爻辞を引いて曰く:「鳴叫の鶴は背陰の処に在り、その幼雛は声に応じて相和す。我に好酒好爵あり、願くは汝と共同に分享せん。」韓康伯の注は:鶴は一たび鳴叫すれば幼雛は便ち相和し、人は誠信を修養すれば外物は便ち回応す。我に美好の爵禄あり、肯んじて人と分享すれば、外物もまた善をもって回応す。経文は擬議の道を講明したる後に続いてこの層の意思を挙出す、実は吉凶得失は皆人の一挙一動に系るに因りて。「道」と相同なれば、道もまた彼を成全し、「失」と相同なれば、失もまた彼に背離す。相同をもって相順い同類をもって相応せざるはなし:これを招けば則ち来たり、これを緩くすも亦至らん。鶴は背陰の処に在りて鳴叫するも、気類相同なれば便ち能く相和す。戸庭の内に在りて言を出せば、千里の外もまた回応するを得べし。言を出すは尚おしかなり、況んや更に重大の挙動をや。千里の外は尚お回応す、況んや近旁の人をや。だから憂慮悔恨吝惜は、極細微の処に起り、得失を決定するは、門枢弩牙のごとき関鍵の上に謹慎す。それゆえ君子はまず擬議して然る後に行動し、細微の際に謹慎すと解す。
[疏]正義曰:“鳴鶴在陰”者,上既明擬議而動,若擬議於善,則善來應之;若擬於惡,則惡亦隨之。故引鳴鶴在陰,取同類相應以證之。此引《中孚》九二爻辭也。鳴鶴在幽陰之處,雖在幽陰而鳴,其子則在遠而和之,以其同類相感召故也。“我有好爵”者,言我有美好之爵,而在我身。“吾與爾靡之”者,言我雖有好爵,不自獨有,吾與汝外物共靡散之。謂我既有好爵,能靡散以施於物,物則有感我之恩,亦來歸從於我。是善往則善者來,皆證明擬議之事。我擬議於善以及物,物亦以善而應我也。
孔穎達は進んで申説す:いわゆる「鳴鶴在陰」は、上文すでに擬議して然る後に行動するを講明せれば、すなわち善を擬議せば、善は便ち来たりて相応じ、悪を擬議せば、悪もまた随って来たる、だから「鳴鶴在陰」を引くは、同類相応の義を取りて印証を加うるなり。これは《中孚》卦九二の爻辞を引く。鶴は幽暗背陰の処に在りて鳴叫す、幽陰に処るに鳴くといえども、その幼雛は却って遠処に在りて声に応じて相和す、これは同類の間は能く互相感召するの縁故による。いわゆる「我有好爵」は、我に美好の爵禄ありて、便ち我が自身の上に在るを説く。いわゆる「吾与爾靡之」は、我は好爵あるといえども、独り占有せず、願くは汝の外人と共同に分享散施するを説く。意は我すでに好爵あり、能く他人に散施せば、他人は便ち我が恩惠を感念して、も来たりて我に帰附隨従す。これがすなわち善行は出去して善報は回来して、皆擬議の事を証明するに在り:我は善意をもって擬議して外物に施及せば、外物もまた善をもって我に回応す。
子曰:“君子居其室,出其言善,則千里之外應之,況其邇者乎;居其室,出其言不善,則千里之外違之,況其邇者乎。言出乎身,加乎民;行發乎邇,見乎遠。言行,君子之樞機。樞機,制動之主。[疏]“子曰君子”至“樞機”。正義曰:“子曰君子居其室”者,既引《易》辭,前語巳絕,故言“子曰”。“況其邇者乎”者,出其言善遠尚應之,則近應可知,故曰“況其邇者乎”。此證明擬議而動之事。言身有善惡,無問遠近皆應之也。“言行,君子之樞機”者,樞謂戶樞,機謂弩牙。言戶樞之轉,或明或闇;弩牙之發,或中或否,猶言行之動,從身而發,以及於物,或是或非也。
経文に曰く:孔子の曰く:「君子は自己の室中に居処して、説出する話が善なれば、千里之外の人も皆来たりて回応す、況んや近旁の人をや。自己の室中に居処して、説出する話が不善なれば、千里之外の人も皆背離せん、況んや近旁の人をや。言語は自身より出でて、影響は百姓に及ぶ。行為は近処より発して、顕現は遠方に在り。言と行は、君子の門枢と弩牙なり。」韓康伯の注は:門枢弩牙は、発動を控制するの関鍵なりと解す。孔穎達の疏は「子曰君子」より「枢機」に至る一段を解して曰く:いわゆる「子曰君子居其室」は、前面すでに《周易》の爻辞を引きたれば、あの段の話はすでに説き尽くせり、だからここに別に「子曰」を標す。いわゆる「況其邇者乎」は、出言の善なるは遠方さえ尚お回応せば、すなわち近処の回応は想い知るべし、だから「何ぞ近旁の人をや」という。これは擬議して然る後に行動するの事を印証して、人の自身に善あり悪あり、遠近を論わず皆相応ずるを説く。いわゆる「言行,君子之枢機」の「枢」は門軸を指し、「機」は弩牙を指す:門軸は一たび転ぜば、或は明処に向かい或は暗処に向かう。弩牙は一たび発せば、或は射中し或は射中せず——まさに言行の発動は、自身より出でて、外物に影響して、或は是なり或は非なりのごとし。
樞機之發,榮辱之主也。言行,君子之所以動天地也,可不慎乎?”“同人先號咷而後笑”。子曰:“君子之道,或出或處,或默或語,二人同心,其利斷金。”同人終獲後笑者,以有同心之應也。夫所況同者,豈繫乎一方哉!君子出處默語,不違其中,則其跡雖異,道同則應。
経文は続けて曰く:門枢弩牙は一たび発動せば、便ち栄辱の主宰なり。言と行は、君子がもって天地を感動するの憑借なり、何ぞ謹慎せざるべけんや。経文はまた《同人》九五の爻辞「同人先号咷而後笑」を引きて、併せて曰く:孔子の曰く:「君子の処世の道は、或は出仕し或は退処し、或は沈黙し或は言談す。両人はただ同心なれば、その鋒利は金属を斩断するに足る。」韓康伯の注は:《同人》は最終に後笑を得るは、同心者の相応ずるあるに因りて。いわゆる「同」は、あにただ某の一種の方式に限定せんや。君子は出仕退処・沈黙言談を論わず、ただ中道に違背せざれば、すなわち行跡は相同ならざるといえども、道は相同なれば便ち能く感应すと解す。
[疏]正義曰:“言行,君子之所以動天地”者,言行雖初在於身,其善惡積而不已,所感動天地,豈可不慎乎?“同人先號咷而後笑”者,證擬議而動,則同類相應。以同人初未和同,故先號咷;後得同類,故後笑也。“子曰君子之道”者,各引《易》之後,其文勢已絕,故言“子曰”。“或出或處,或默或語”者,言同類相應,本在於心,不必共同一事。或此物而出,或彼物而處;或此物而默,或彼物而語,出處默語,其時雖異,其感應之事,其意則同,或處應於出,或默應於語。“二人同心,其利斷金”者,二人若同齊其心,其纖利能斷截於金。金是堅剛之物,能斷而截之,盛言利之甚也。此謂二人心行同也。同心之言,其臭如蘭。[疏]正義曰:言二人同齊其心,吐發言語,氤氳臭氣,香馥如蘭也。此謂二人言同也。
孔穎達は進んで申説す:いわゆる「言行,君子之所以動天地」は、言行は起初はただ自身に在るといえども、善悪は積累して止まざれば、感ずる所は便ち能く天地を動かす、何ぞ謹慎せざるべけんや。いわゆる「同人先号咷而後笑」は、擬議して然る後に行動せば則ち同類相応するを印証す:《同人》は起初はいまだ和同する能わざるに因りて、だからまず号咷す。後来に同類を得れば、だから後に歓笑す。いわゆる「子曰君子之道」は、毎回《周易》を援引したる後は文勢すでに断たれば、だから別に「子曰」を標す。いわゆる「或出或処,或黙或語」は、同類相応するは、根本は内心に在り、必ずしも同一の事を作さざるを説く:この人を出仕せしめかの人を退処せしむべく、この人を沈黙せしめかの人を言談せしむべし。出処黙語の時機は相同ならざるといえども、感应の事の用意は相同なり、或は退処をもって出仕に応和し、或は沈黙をもって言談に応和す。いわゆる「二人同心,其利断金」は、両人もし同心一致せば、その鋒利は能く金属を斩断す。金は堅剛の物にして、尚お能く截断せらる、これは極言してその鋒利の盛なるなり。この一句が講ずるは両人の心跡行事の相同なるなり。経文は続けて曰く:同心の人の説出する言語は、気味芬芳して蘭のごとし。孔穎達は申説す:これは両人の同心一致を講じて、吐露し出ずる言語は氤氳芬芳して、香気は蘭のごとし。この一句が講ずるは両人の言語の相同なるなり。
繋辞上・第七章
[疏]正義曰:“初六藉用”至“盜之招也”,此第七章也。此章欲求外物來應,必須擬議謹慎,則外物來應之。故引“藉用白茅無咎”之事,以證謹慎之理。“初六:藉用白茅,無咎”。子曰:“苟錯諸地而可矣,藉之用茅,何咎之有?慎之至也。夫茅之為物薄,而用可重也。慎斯術也以往,其無所失矣。”[疏]正義曰:此“藉用白茅”,《大過》初六爻辭也。“子曰:苟錯諸地而可矣”者,苟,且也;錯,置也。凡薦獻之物,且置於地,其理可矣。言今乃謹慎,薦藉此物而用絜白之茅,可置於地。“藉之用茅,何咎之有”者,何愆咎之有,是謹慎之至也。
孔穎達は章旨を標明して曰く:「初六藉用」より「盗之招也」に至るは、《繋辞上》の第七章なり。本章の意は:外物の来たりて相応ずるを求めんと欲せば、必ず擬議謹慎せば、外物は初めて回応す、だから「藉用白茅无咎」の一事を引いて謹慎の理を印証す。経文は《大過》初六の爻辞を引いて曰く:「初六:墊鋪に潔白の茅草を用いる、過なし。」孔子の曰く:「姑らく祭品を地上に放置するもまた可なり、況んやまた茅草を墊くをや、何の過錯かあらん。これは謹慎の極点に到れるなり。茅草のこの物は本身は甚だ微薄なれども、しかしてその用处は却って重きを致すべし。能くこの種の謹慎の法に依りて事を行わば、便ち閃失あるべからず。」孔穎達は進んで申説す:ここの「藉用白茅」は、《大過》卦初六の爻辞なり。いわゆる「子曰:苟錯諸地而可矣」の「苟」は姑らくにして、「錯」は放置なり:およそ進献の物は、姑らく地上に放置するも、理に於ても説き過ぐべし。説く所はいま却ってこのごとく謹慎にして、祭品を潔白の茅草の上に墊くるは、本来は直ちに地上に放置するもまた未だ嘗て可ならざらざるなり。いわゆる「藉之用茅,何咎之有」は、何れの処にか仍お愆咎あらん、これはまさに謹慎の極致なり。
“勞謙,君子有終,吉。”子曰:“勞而不伐,有功而不德,厚之至也。語以其功下人者也。[疏]正義曰:“勞謙君子有終吉”者,欲求外物來應,非唯謹慎,又須謙以下人。故引《謙》卦九三爻辭以證之也。“子曰勞而不伐”者,以引卦之後,故言“子曰”。“勞而不伐”者,雖謙退疲勞,而不自伐其善也。“有功而不德,厚之至”者,雖有其功,而不自以為恩德,是篤厚之至極。“語以其功下人”者,言《易》之所言者,語說其《謙》卦九三,能以其有功卑下於人者也。
経文は《謙》卦九三の爻辞を引いて曰く:「勤労にして謙退なれば、君子は能く善始善終して、吉祥なり。」孔子の曰く:「勤労にして誇耀せず、功ありて自己の徳に居らず、これは篤厚の極点に到れるなり。これは彼が自己の功労をもって人下に甘居するを説くなり。」孔穎達は進んで申説す:いわゆる「労謙君子有終吉」は、外物の来たりて相応ずるを求めんと欲せば、ただ謹慎なるのみならず、また謙虚にして人下に甘居するを須とす、だから《謙》卦九三の爻辞を引いて印証を加う。いわゆる「子曰労而不伐」は、卦爻辞を援引したる後に在るに因りて、だから別に「子曰」を標す。いわゆる「労而不伐」は、謙退辛労なるといえども、自らその善を誇耀せざるを説く。いわゆる「有功而不徳,厚之至」は、功労あるといえども、自ら以て人に恩徳ありと為さず、これは篤厚の極致なり。いわゆる「語以其功下人」は、《周易》の講ずる所は、まさに《謙》卦九三が能く自己の功労に憑りて人に卑下するを説くなり。
德言盛,禮言恭。謙也者,致恭以存其位者也。”[疏]正義曰:“德言盛,禮言恭”者,謂德以盛為本,禮以恭為主:德貴盛新,禮尚恭敬,故曰“德言盛,禮言恭”。“謙也者,致恭以存其位”者,言謙退致其恭敬,以存其位者也。言由恭德,保其祿位也。
経文は続けて曰く:徳を論ずるは盛大をもって本と為し、礼を論ずるは恭敬をもって主と為す。いわゆる「謙」は、すなわち恭敬を極尽して自己の位置を保住するなり。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「徳言盛,礼言恭」は、徳は盛大をもって根本と為し、礼は恭敬をもって主導と為すを説く:徳は日盛日新を貴び、礼は恭謹敬慎を崇尚す、だから「徳言盛,礼言恭」という。いわゆる「謙也者,致恭以存其位」は、謙退の人はその恭敬を極尽して、それにより自己の位置を保住す。意は恭敬の徳に憑藉して禄位を保全す。
“亢龍有悔。”子曰:“貴而無位,高而無民,賢人在下,位而無輔,是以動而有悔也。”[疏]正義曰:“亢龍有悔”者,上既以謙德保位,此明無謙則有悔。故引《乾》之上九“亢龍有悔”,證驕亢不謙也。
経文は《乾》卦上九の爻辞を引いて曰く:「龍は高く飛び過ぎれば、悔恨あらん。」孔子の曰く:「身分は尊貴なるも実位なく、高亢に居処するも民衆なく、賢人は皆下位に在りて来たりて輔佐せず、このごときの位置に処りて相助する人なし、だから一たび挙動あれば便ち悔恨を招致す。」孔穎達は進んで申説す:いわゆる「亢龍有悔」は、上文すでに謙徳をもって禄位を保住するを講じたれば、ここに謙ならざれば便ち悔あるを説明す、だから《乾》卦上九の「亢龍有悔」を引いて、もって驕亢不謙の害処を印証す。
“不出戶庭,無咎”子曰:“亂之所生也,則言語以為階。”[疏]正義曰:“不出戶庭,無咎”者,又明擬議之道,非但謙而不驕,又當謹慎周密,故引《節》之初九周密之事以明之。“子曰:亂之所生,則言語以為階”者,階謂梯也。言亂之所生,則由言語以為亂之階梯也。
経文は《節》卦初九の爻辞を引いて曰く:「門庭より出ず、過なし。」孔子の曰く:「禍乱の産生する所以は、言語をもって階梯と為したるなり。」孔穎達は進んで申説す:いわゆる「不出戸庭,无咎」は、また擬議の道はただ謙にして驕らざるのみならず、また応に謹慎周密なるべきを説明す、だから《節》卦初九の周密を講ずる爻辞を引いて闡明す。いわゆる「子曰:乱之所生,則言語以為階」の「階」はすなわち梯子にして、禍乱の産生する所以は、言語が致乱の階梯を充当したるに由るを説く。
君不密則失臣,臣不密則失身,幾事不密則害成。是以君子慎密而不出也。[疏]正義曰:“君不密則失臣”者,臣既盡忠,不避危難,為君謀事,君不慎密乃彰露臣之所為,使在下聞之,眾共嫉怒,害此臣而殺之,是失臣也。“臣不密則失身”者,言臣之言行,既有虧失,則失身也。“幾事不密則害成”者,幾謂幾微之事,當須密慎,預防禍害。若其不密而漏洩,禍害交起,是害成也。“是以君子慎密而不出”者,於易言之,是身慎密不出戶庭,於此義言之,亦謂不妄出言語也。
経文に曰く:君主は周密ならざれば便ち臣子を失い、臣子は周密ならざれば便ち自身を喪い、機微の事は周密ならざれば便ち禍害を醸成す。だから君子は周密を謹守して軽易に言を出さず。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「君不密則失臣」は、臣子すでに忠誠を竭尽し危難を避けずして君主のために謀劃するも、君主は却って慎密ならず、かえって臣子の作為を張揚して、下面の人に聞かしめ、衆人は共同に嫉恨憤怒して、この臣子を加害してこれを殺す、これがすなわち臣子を失うなり。いわゆる「臣不密則失身」は、臣子の言行すでに亏失泄漏あれば、便ち自身を喪失す。いわゆる「幾事不密則害成」の「幾」は幾微の事を指し、応に周密審慎にして予め禍害を防范すべし。もし周密ならずして泄漏し出去せば、禍害は交相に起る、これがすなわち禍害を醸成す。いわゆる「是以君子慎密而不出」は、《節》卦の爻辞に就きて説けば、自身を謹慎周密にして門庭より出ざるなり。この一層の義理に就きて説けば、もまた随分に言を出さざるを指す。
子曰:“作《易》者,其知盜乎?言盜亦乘釁而至也。[疏]正義曰:此結上不密失身之事,事若不密,人則乘此機危而害之,猶若財之不密,盜則乘此機危而竊之。易者,愛惡相攻,遠近相取,盛衰相變,若此爻有釁隙衰弱,則彼爻乘變而奪之。故云:“作《易》者,其知盜乎?”
経文に曰く:孔子の曰く:「《周易》を作す者は、大概盗賊の道理を懂得せるか。」韓康伯の注は:これは盗賊もまた人の空隙に乗じて来たるを説くと解す。孔穎達は進んで申説す:これは上文の「不密則失身」の事を総結す——事情もし周密ならざれば、別人は便ちこの乗ずべきの機に乗じて来たりて加害す。まさに財物が蔵を加えざれば、盗賊は便ちこの乗ずべきの機に乗じて来たりて偷窃するがごとし。《周易》の道理は:愛と悪は互相に攻取し、遠と近は互相に取用し、盛と衰は互相に転変す。もしこの爻に空隙出現して衰弱に趨向せば、すなわちあの爻は便ち変化に乗じて来たりてこれを奪取す。だから「作《易》者,其知盗乎」という。
《易》曰:‘負且乘,致寇至。’負也者,小人之事也。乘也者,君子之器也。小人而乘君子之器,盜思奪之矣。上慢下暴,盜思伐之矣。慢藏誨盜,冶容誨淫。[疏]“《易》曰”至“誨淫”。○正義曰:“《易》曰:負且乘,致寇至”者,此又明擬議之道,當量身而行,不可以小處大,以賤貪貴,故引《解》卦六三以明之也。“負也者,小人之事也”,負者,擔負於物,合是小人所為也。“乘也者,君子之器”者,言乘車者,君子之器物。言君子合乘車。今應負之人而乘車,是小人乘君子之器也,則盜竊之人,思欲奪之矣。
経文に曰く:《周易》に曰く:「物を背負して却って車に乘る、強盗を招来す。」物を背負するは、小人の干る所の事なり。車乘は、君子の使用する器具なり。小人は却って君子の器具に乘坐すれば、盗賊は便ち来たりて彼を奪搶せんと着想す。上位に在る者は傲慢にして、下に対してまた暴虐なれば、盗賊は便ち来たりて彼を討伐せんと着想す。財物を収蔵するに馬虎なれば、偷盗を教唆するに等しく、容貌打扮を妖冶なれば、淫邪を招引するに等し。孔穎達の疏は「《易》曰」より「誨淫」に至る一段を解して曰く:いわゆる「《易》曰:負且乘,致寇至」は、これはまた擬議の道は応に力を量りて行うべく、卑小の身をもって高大の位に処り、低賤の身をもって尊貴を貪求すべからずを説明す、だから《解》卦六三の爻辞を引いて闡明す。「負也者,小人之事也」の「負」は肩を用いて物件を背負す、本は小人の為すべき所の事なり。いわゆる「乘也者,君子之器」は、車に乘るは君子の使用する器物にして、君子のみ車に乘るに合す。いま本は物を背負すべきの人が却って車に乘れば、これはすなわち小人が君子の器具に乘坐す、すなわち盗窃の人は便ち来たりて奪取せんと着想す。
“上慢下暴,盜思伐之矣”者,小人居上位必驕慢,而在下必暴虐。為政如此,大盜思欲伐之矣。“慢藏誨盜,冶容誨淫”者,若慢藏財物,守掌不謹,則教誨於盜者,使來取此物;女子妖冶其容,身不精愨,是教誨淫者,使來淫巳也。以此小人而居貴位,驕矜而不謹慎,而致寇至也。《易》曰:‘負且乘,致寇至’,盜之招也。[疏]正義曰:又引《易》之所云,是盜之招來也,言自招來於盜。以慎重其事,故首尾皆稱“《易》曰”,而載《易》之爻辭也。
孔穎達は続けて申説す:いわゆる「上慢下暴,盗思伐之矣」は、小人は上位に居れば必定驕横傲慢にして、下面に処せば必定暴虐なり。政を為すにこうなれば、大盗は便ち来たりて彼を討伐せんと着想す。いわゆる「慢蔵誨盗,冶容誨淫」は、もし財物を収蔵するに馬虎にして看守謹まざれば、盗賊を教唆するに等しく、彼をしてこれらの財物を取走らしむ。女子が容貌を打扮するに妖冶として、自身は専誠謹慎ならざれば、淫邪の人を教唆するに等しく、彼をして来たりて自己を淫犯せしむ。このごときの小人に憑りて尊貴の位に占踞し、驕矜にして謹慎ならざれば、ここにおいて強盗を招来す。経文は最後に重申す:《周易》に曰く「物を背負して却って車に乘る、強盗を招来す」、これは自己が盗賊を招来するなり。孔穎達は申説す:これは再び《周易》の説く所を援引して、これは盗賊が招引せられて来たるを指出す、意は自己が盗賊を招来するなり。鄭重に事を致さんと欲するに因りて、だから首尾は皆「《易》曰」と称して、両度《周易》の爻辞を載録す。
繋辞上・第八章
[疏]正義曰:“大衍之數”至“祐神矣”,此第八章,明占筮之法、揲蓍之體,顯天地之數,定乾坤之策,以為六十四卦,而生三百八十四爻。大衍之數五十,其用四十有九。王弼曰:演天地之數,所賴者五十也。其用四十有九,則其一不用也。不用而用以之通,非數而數以之成,斯易之太極也。四十有九,數之極也。夫無不可以無明,必因於有,故常於有物之極,而必明其所由之宗也。
孔穎達は章旨を標明して曰く:「大衍之数」より「祐神矣」に至るは、《繋辞上》の第八章にして、占筮の方法・揲蓍の体例を闡明し、天地の数を顕示し、乾坤両卦の策数を確定し、これに由りて六十四卦を形成し、しかして三百八十四爻を生出す。経文に曰く:大衍の数は五十にして、実際に使用するは四十九なり。韓康伯の注は王弼の話を引きて解して曰く:天地の数を推演するに、憑借する所は五十なり。実際に四十九を使用せば、すなわちその中の一根は用いざるなり。用いずして用いる所の数はそれに因りて貫通を得、本身は数にあらずして諸数はそれに因りて生成を得、これがすなわち《周易》の「太極」なり。四十九は、数の極致なり。「无」は「无」の本身をもって闡明すべからず、必定「有」に憑借して、だから常に有形の物の極致の処に於て、それらの由来する所の宗本を闡明す。
[疏]“大衍”至“有九”。○正義曰:京房云:“五十者,謂十日、十二辰、二十八宿也,凡五十。其一不用者,天之生氣,將欲以虛來實,故用四十九焉。”馬季長云:“易有太極,謂北辰也。太極生兩儀,兩儀生日月,日月生四時,四時生五行,五行生十二月,十二月生二十四氣。北辰居位不動,其餘四十九轉運而用也。”荀爽云:“卦各有六爻,六八四十八,加乾、坤二用,凡有五十。《乾》初九‘潛龍勿用’,故用四十九也。”鄭康成云:“天地之數五十有五,以五行氣通。凡五行減五,大衍又減一,故四十九也。”姚信、董遇云:“天地之數五十有五者,其六以象六畫之數,故減之而用四十九。”
孔穎達の疏は「大衍」より「有九」に至る一段を解して、まず前代諸家の解説を列挙す。京房の説に:「いわゆる五十は、十天干・十二地支・二十八宿を指し、共計五十なり。その中の一根を用いざるは、天の生気はまさに虚をもって実を納れんとするに因りて、だから四十九を用う。」馬融(字は季長)の説に:「《易》に太極あるは、北極星を指す。太極は両儀を生じ、両儀は日月を生じ、日月は四時を生じ、四時は五行を生じ、五行は十二月を生じ、十二月は二十四節気を生ず。北極星は位に居りて動かず、その余の四十九は旋転運行して使用せらる。」荀爽の説に:「八卦は各々六爻あり、六に八を乘じて四十八を得、乾・坤両卦の『用九』『用六』を加上せば、共有五十なり。《乾》卦初九に『潜龍勿用』と曰えば、だからただ四十九を用う。」鄭玄(字は康成)の説に:「天地の数は五十五にして、五行の気は相通ずるに因りて、およそ五行は五を減じ、大衍はまた一を減ず、だから四十九なり。」姚信・董遇の説に:「天地の数は五十五にして、その中の六はもって一卦六画の数を象徴す、だから六を減じて四十九を用う。」
但五十之數,義有多家,各有其說,未知孰是。今案王弼云“演天地之數,所賴者五十”,據王弼此說,其意皆與諸儒不同。萬物之策,凡有萬一千五百二十。其用此策推演天地之數,唯用五十策也。一謂自然所須策者唯用五十,就五十策中,其所用揲蓍者,唯用四十有九。其一不用,以其虛無,非所用也,故不數之。顧歡同王弼此說。故顧歡云:“立此五十數,以數神,神雖非數,因數而顯。故虛其一數,以明不可言之義。”只如此意,則別無所以,自然而有此五十也。今依用之。
孔穎達は評断して曰く:ただし「五十」のこの数目は、義解は好幾家ありて、各々各々の説法あり、何れの一家を是と為すを知らず。いま王弼の説く「天地の数を推演するに、憑借する所は五十なり」を考察するに、王弼のこの一説に依れば、その用意は諸家の儒者と皆相同ならず。万物の総策数は共に一万一千五百二十あり、これらの策を用いて天地の数を推演するに、ただ五十策を取る。いわゆる「一」は、自然の須要する策はただ五十を用うを説く。この五十策の中に於て、真正に揲蓍に用いるはただ四十九根なり。その中の一根を用いざるは、それは虚無に属して使用の列に在らざるに因りて、だからその中に計入せず。顧歓は王弼の此説と相同じ、だから顧歓の説に:「この五十の数を立下するは、もって『神』を測度す。神は数にあらざるといえども、却って数に借着して顕現す、だからその中の一数を虚置して、もってあの言説すべからざるの義理を表明す。」この意思に照らせば、便ち別の縁由なく、五十の数は自然而然にこうあるなり。今日は便ちこの一説に依従す。
○注“王弼”至“宗也”。○正義曰:“王弼云:演天地之數,所賴者五十”者,韓氏親受業於王弼,承王弼之旨,故引王弼云以證成其義。“演天地之數,所賴者五十,”謂萬物籌,策雖萬有一千五百二十,若用之推演天地之數,所賴者唯賴五十,其餘不賴也。但賴五十者,自然如此,不知其所以然。云“則其一不用”者,《經》既云“五十”,又云“其用四十九”也。既稱其“用”,明知五十之內,其一是不用者也。言不用而用以之通者,若全不用,理應不賴。此既當論用,所以並言不用為用。五十者,雖是不用,其有用從不用而來,以不用而得用也。故云“不用而用以之通”。所用者則四十九蓍也。蓍所以堪用者,從造化虛無而生也。若無造化之生,此蓍何由得用也?
孔穎達は再び韓康伯の注の「王弼」より「宗也」に至る一段を疏して曰く:いわゆる「王弼云:演天地之数,所頼者五十」は、韓康伯が親しく王弼に受業して、王弼の宗旨を承接せるに因りて、だから王弼の話を引いてその義を証成す。「天地の数を推演するに、憑借する所は五十なり」は、万物の籌策は一万一千五百二十あるといえども、もしこれを用いて天地の数を推演せば、憑借する所はただ五十のみ、その余は皆憑借せず。しかしてただ五十を憑借するは、自然にこうあれども、その所以然を説出する能わず。注中の「則其一不用」と曰うは、経文すでに「五十」を説き、また「其用四十有九」と曰うに因りて。すでに一個の「用」の字を称せば、五十の内に一根の用いざるあるを知るべし。いわゆる「不用而用以之通」は、もし全然用いざれば、理に按じて応にそれを憑借すべからざるを説く。ここにすでに「用」に就きて論を立つれば、だから用いざるをも一併に説きて用と為す。この五十の中のあの一根は用いざるといえども、ただし用ある者はまさに不用より来たりて、不用に憑借して初めて有用を得、だから「不用而用以之通」という。真正に用いる所はすなわち四十九根の蓍草なり。しかして蓍草の堪えて用ある所以は、造化の虚無の中より生出して来たる——もし造化の化生なければ、これらの蓍草は何に憑りてか使用せられるを得ん。
言“非數而數以之成”者,太一虛無,無形無數,是非可數也。然有形之數,由非數而得成也。即四十九是有形之數,原從非數而來,故將非數之一,總為五十。故云“非數而數以之成也”。言“斯易之太極”者,斯,此也。言此其一不用者,是易之太極之虛無也。無形,即無數也。凡有皆從無而來,故易從太一為始也。言“夫無不可以無明,必因於有”者,言虛無之體,處處皆虛,何可以無說之,明其虛無也。若欲明虛無之理,必因於有物之境,可以無本虛無。猶若春生秋殺之事,於虛無之時,不見生殺之象,是不可以無明也。就有境之中,見其生殺,卻推於無,始知無中有生殺之理,是明無必因於有也。
孔穎達は続けて申説す:注中の「非数而数以之成」と曰うは、「太一」は虚無にして、形なきも数なき、もとより計数すべからざるを指す。しかるに有形の数は、まさにこの計数すべからざる者に由りて生成を得。四十九は有形の数にして、もとより非数より来たる、だからあの非数に属する一根を合入して、総じて五十と成す、それゆえ「非数而数以之成」という。注中の「斯易之太極」と曰うの「斯」はすなわち「此」なり、説く所はこの不用の一根は、すなわち《周易》の太極の虚無なり。无形はすなわちまた无数なり。およそ「有」は皆「无」より来たる、だから《周易》は太一をもって開端と為す。注中の「夫无不可以无明,必因於有」と曰うは、虚無の体は処々皆虚にして、何ぞ能く「无」の本身をもってそれを解説しその虚無を闡明せんや。もし虚無の理を闡明せんと欲せば、必定有形の物の境域に憑借して、初めて能くこれに由りてあの本然の虚無に上溯すべし。譬えば春生秋殺の事は、虚無の状態の中に於て生殺の形象を見ず、これがすなわち「无」をもって闡明すべからざるなり。有形の境域の中に到りて生殺の実を見、再び回頭して「无」に推及せば、初めて「无」の中に生殺の理を含有するを知る——これがすなわち「无」を闡明するに必ず「有」に憑借す。
言“故常於有物之極,而必明其所由之宗”者,言欲明於無,常須因有物至極之處,而明其所由宗。若易由太,有由於無,變化由於神,皆是所由之宗也。言有且何因如此,皆由於虛無自然而來也。
孔穎達は最後に申説す:注中の「故常於有物之極,而必明其所由之宗」と曰うは、「无」を闡明せんと欲せば、常に有形の物に憑借して極致の処に達到して、もってそれらの由来する所の宗本を闡明するを須とす。譬えば《易》は太極に由りて来たり、「有」は「无」に由りて来たり、変化は「神」に由りて来たるがごとく、これらは皆由来する所の宗本なり。「有」が究竟何に因りて能くこうなるに至りて説けば、答えは皆虚無自然に由りて来たるなり。
分而為二以象兩,掛一以象三,揲之以四,以象四時,歸奇於扐以象閏。五歲再閏,故再扐而後掛。奇,況四揲之餘,不足復揲者也。分而為二,既揲之餘,合掛於一,故曰“再扐而後掛”。凡閏,十九年七閏為一章,五歲再閏者二,故略舉其凡也。
経文に曰く:蓍草を随意に両份に分けて、もって天地両儀を象徴す。その中より一根を取出して掛けて、もって天地人の三才を象徴す。再び四根毎を一組として分数し、もって四時を象徴す。四四分数したる後に余る零頭を指間に夾扐して、もって閏月を象徴す。五年の中に両個の閏月あれば、だから両度夾扐したる後に再び挂を行う。韓康伯の注は:「奇」は、四四分数したる後に余る所の余数を比況し、すなわち再び一組の四数を湊成するに足らざるの部分なり。蓍草を両份に分けたる後、両辺の分数する所余は、皆合併して掛起したるあの一根に帰挂す、だから「再扐而后挂」という。およそ閏を置くの法は、十九年に七個の閏月を設けて一「章」と為し、その中の「五歳再閏」の情形は両度あり、だから経文はただその大略を挙げて言うと解す。
[疏]正義曰:“分而為二以象兩”者,五十之內,去其一,餘有四十九,合同未分,是象太一也。今以四十九分而為二,以象兩儀也。“掛一以象三”者,就兩儀之間,於天數之中,分掛其一,而配兩儀,以象三才也。“揲之以四,以象四時”者,分揲其蓍,皆以四四為數,以象四時。“歸奇於扐以象閏”者,奇謂四揲之餘,歸此殘奇於所扐之策而成數,以法象天道。歸殘聚餘,分而成閏也。“五歲再閏”者,凡前閏後閏,相去大略三十二月,在五歲之中,故五歲再閏。“再扐而後掛”者,既分天地,天於左手,地於右手,乃四四揲天之數,最末之餘,歸之合於扐掛之一處,是一揲也。又以四四揲地之數,最末之餘,又合於前所歸之扐而裛掛之,是再扐而後掛也。
孔穎達は進んで申説す:いわゆる「分而為二以象両」は、五十根の中に於て一根を除去し、余下の四十九根は、一処に合して未だ分かたざるは、これは「太一」を象徴す。いまこの四十九根を両份に分かつは、もって両儀を象徴す。いわゆる「挂一以象三」は、両儀の間に於て、天に属する一份の中より、一根を分け出して掛けて、両儀と相配して、もって三才を象徴す。いわゆる「揲之以四,以象四時」は、蓍草を分数する時は皆四根を一組として計数して、もって四時を象徴す。いわゆる「帰奇於扐以象閏」の「奇」は四四分数したる後の余数を指し、この残余の零頭を夾扐する所の策に帰併して数を成すは、もって天道に取法す:残余を帰聚して、分け出せば便ち閏月と為る。いわゆる「五歳再閏」は、前の一個の閏月と後の一個の閏月とは相関隔して大約三十二個月にして、五年の内に落つ、だから五年両閏という。いわゆる「再扐而后挂」は、すでに天地両份を分け出せば、天の一份は左手に在り、地の一份は右手に在り、まず四四に天の一份を分数し、最後に余る所の数は、掛くる所のあの一処に帰併す、これは第一次の揲なり。再び四四に地の一份を分数し、最後に余る所の数は、また前面に帰する所の扐に合して一併に掛起す、これがすなわち「再扐而后挂」なり。
天數五。五,奇也。[疏]正義曰:謂一、三、五、七、九也。地數五。五,耦也。[疏]正義曰:謂二、四、六、八、十也。五位相得而各有合,天地之數各五,五數相配,以合成金、木、水、火、土。[疏]正義曰:若天一與地六相得,合為水,地二與天七相得,合為火,天三與地八相得,合為木,地四與天九相得合為金,天五與地十相得,合為土也。
経文に曰く:天数は五個あり。韓康伯の注は:この五個は皆奇数なりと解す。孔穎達は申説す:指すところは一・三・五・七・九なり。経文に曰く:地数は五個あり。韓康伯の注は:この五個は皆偶数なりと解す。孔穎達は申説す:指すところは二・四・六・八・十なり。経文に曰く:五個の方位上の天数と地数は各自相配して各々会合あり。韓康伯の注は:天数地数は各々五個あり、五組の数は両両相配して、会合して金・木・水・火・土を生成すと解す。孔穎達は申説す:例えば天一は地六と相配して、会合して水と為り、地二は天七と相配して会合して火と為り、天三は地八と相配して会合して木と為り、地四は天九と相配して会合して金と為り、天五は地十と相配して会合して土と為るがごとし。
天數二十有五,五奇合為二十五。[疏]正義曰:總合五奇之數。地數三十。五耦合為三十。[疏]正義曰:總合五耦之類也。凡天地之數五十有五。此所以成變化而行鬼神也。變化以此成,鬼神以此行。[疏]正義曰:“凡天地之數五十有五”者,是天地二數相合為五十五,此乃天地陰陽奇耦之數,非是上文演天地之策也。“此所以成變化而行鬼神”者,言此陽奇陰耦之數,成就其變化。言變化以此陰陽而成,故云“成變化”也。而宣行鬼神之用,言鬼神以此陰陽而得宣行,故云“而行鬼神也”。
経文に曰く:天数は総計二十五なり。韓康伯の注は:五個の奇数を相加して合わせて二十五と為すと解す。孔穎達は申説す:これは五個の奇数を総合するなり。経文に曰く:地数は総計三十なり。韓康伯の注は:五個の偶数を相加して合わせて三十と為すと解す。孔穎達は申説す:これは五個の偶数を総合するなり。経文に曰く:天地の数は合計五十五にして、まさにこれに倚りて変化を成就し鬼神を通行す。韓康伯の注は:変化はこれに由りて成り、鬼神はこれに由りて行わると解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「凡天地之数五十有五」は、天数と地数が相合して五十五と為る、これは乃ち天地陰陽の奇偶の数にして、上文の天地の数を推演するに用いたるあれらの策にあらず。いわゆる「此所以成変化而行鬼神」は、この陽奇陰偶の数は万物の変化を成就す——変化はこの陰陽に由りて成れば、だから「成変化」といい、また鬼神の功用を宣行す——鬼神はこの陰陽に由りて宣行を得れば、だから「而行鬼神」という。
《乾》之策二百一十有六,陽爻六,一爻三十六策,六爻二百一十六策。[疏]正義曰:以乾老陽,一爻有三十六策,六爻凡有二百一十六策也。乾之少陽,一爻有二十八策,六爻則有一百六十八策,此《經》據老陽之策也。坤之策百四十有四,陰爻六,一爻二十四策,六爻百四十四策。[疏]正義曰:坤之老陰,一爻有二十四策,六爻故一百四十有四策也。若坤之少陰,一爻有三十二,六爻則有一百九十二。此《經》據坤之老陰,故百四十有四也。
経文に曰く:《乾》卦の策数は二百一十六なり。韓康伯の注は:《乾》は六個の陽爻あり、一爻は三十六策、六爻は共に二百一十六策なりと解す。孔穎達は申説す:《乾》は老陽に属するに因りて、一爻に三十六策あり、六爻は共に二百一十六策あり。もし《乾》の少陽なれば、一爻はただ二十八策のみ、六爻は便ち一百六十八策なり——ここに経文の依拠する所は老陽の策なり。経文に曰く:《坤》卦の策数は一百四十四なり。韓康伯の注は:《坤》は六個の陰爻あり、一爻は二十四策、六爻は共に一百四十四策なりと解す。孔穎達は申説す:《坤》の老陰は一爻に二十四策あり、だから六爻は共に一百四十四策なり。もし《坤》の少陰なれば、一爻に三十二策あり、六爻は便ち一百九十二なり——ここに経文の依拠する所は《坤》の老陰なり、だから一百四十四なり。
凡三百有六十,當期之日。二篇之策,萬有一千五百二十,當萬物之數也。二篇三百八十四爻,陰陽各半,合萬一千五百二十策。[疏]正義曰:“凡三百有六十,當期之日”者,舉合乾、坤兩策,有三百有六十,當期之數。三百六十日,舉其大略,不數五日四分日之一也。“二篇之策,萬有一千五百二十,當萬物之數”者,二篇之爻,總有三百八十四爻,陰陽各半,陽爻一百九十二爻,爻別三十六,總有六千九百一十二也。陰爻亦一百九十二爻,爻別二十四,總有四千六百八也。陰陽總合,萬有一千五百二十,當萬物之數也。
経文に曰く:乾坤両卦の策数を合わせて共に三百六十にして、まさに一周年の日数に相当す。上下両篇の総策数は一万一千五百二十にして、まさに万物の数目に相当す。韓康伯の注は:上下両篇は共に三百八十四爻あり、陰陽は各々半分を占め、合計一万一千五百二十策なりと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「凡三百有六十,当期之日」は、乾・坤両卦の策数を合わせて共に三百六十にして、一周年の数に相当す。三百六十日と説くは、ただその大略を挙げるにして、多出する五および四分の一日を計算の内に入れざるなり。いわゆる「二篇之策,万有一千五百二十,当万物之数」は、上下両篇の爻は共有三百八十四にして、陰陽は各々半分を占むるを説く:陽爻は一百九十二にして、毎爻三十六策、共計六千九百一十二。陰爻もまた一百九十二にして、毎爻二十四策、共計四千六百八。陰陽を合わせればまさに一万一千五百二十にして、万物の数に相当す。
是故四營而成易,分而為二,以象兩,一營也。掛一以象三,二營也。揲之以四,三營也。歸奇於扐,四營也。[疏]正義曰:營謂經營,謂四度經營蓍策,乃成易之一變也。十有八變而成卦,八卦而小成。引而伸之。伸之六十四卦。
経文に曰く:それゆえ四度の営求を経て初めて《易》の一変を成就す。韓康伯の注は:分かちて二と為しもって両儀を象るは、第一営なり。一根を挂出してもって三才を象るは、第二営なり。四四分数するは、第三営なり。余数を扐に帰夾するは、第四営なりと解す。孔穎達は申説す:「営」はすなわち経営にして、四度蓍策を経営して、初めて《易》の一変を完成すを説く。経文は続けて曰く:十八次の変を経て初めて一卦と成り、八卦はただ初步の小成なり。再びこれに引申拡充を加う。韓康伯の注は:いわゆる引申は、八卦を推衍して六十四卦と為すなりと解す。
[疏]正義曰:“十有八變而成卦”者,每一爻有三變,謂初一揲,不五則九,是一變也。第二揲,不四則八,是二變也。第三揲,亦不四則八,是三變也。若三者俱多為老陰,謂初得九,第二、第三俱得八也。若三者俱少為老陽,謂初得五,第二第三,俱得四也。若兩少一多為少陰,謂初與二、三之間,或有四或有五而有八也。或有二個四而有一個九,此為兩少一多也。其兩多一少為少陽者,謂三揲之間,或有一個九,有一個八而有一個四,或有二個八,而有一個五,此為兩多一少也。如此三變既畢,乃定一爻。六爻則十有八變,乃始成卦也。
孔穎達は進んで申説す:いわゆる「十有八変而成卦」は、毎一爻は三変を経るを須とす——第一次の揲蓍の得る所は、五ならざれば則ち九、これは第一変なり。第二次の揲蓍の得る所は、四ならざれば則ち八、これは第二変なり。第三次の揲蓍の得る所は、もまた四ならざれば八、これは第三変なり。もし三次の得る所が皆多数に属せば、便ち老陰なり、すなわち第一次に九を得、第二第三次に皆八を得る。もし三次の得る所が皆少数に属せば、便ち老陽なり、すなわち第一次に五を得、第二第三次に皆四を得る。もし両少一多なれば、便ち少陰なり、すなわち第一次と第二・第三次の間に、或は四あるいは五ありてまた一個の八あり。も可能なりて両個の四ありて一個の九あるは、これは皆両少一多と算す。両多一少を少陽と為るに至りては、三次の揲蓍の間に、或は一個の九・一個の八ありて一個の四あり、或は両個の八ありて一個の五ありを説く、これがすなわち両多一少なり。こうして三変完畢して、初めて一爻を定下す。六爻は便ち十八変を要して、初めて成卦と算す。
“八卦而小成”者,象天地雷風日月山澤,於大象略盡,是易道小成。“引而伸之”者,謂引長八卦而伸盡之,謂引之為六十四卦也。觸類而長之,天下之能事畢矣。[疏]正義曰:“觸類而長之”者,謂觸逢事類而增長之,若觸剛之事類,以次增長於剛。若觸柔之事類,以次增長於柔。“天下之能事畢矣”者,天下萬事,皆如此例,各以類增長,則天下所能之事,法象皆盡,故曰“天下之能事畢矣”也。
孔穎達は続けて申説す:いわゆる「八卦而小成」は、八卦は分別して天・地・雷・風・日・月・山・沢を象徴して、大なる物象に対してすでに大致に囊括す、これがすなわち《易》道の初步の完成なり。いわゆる「引而伸之」は、八卦を引長して充分に展開す、すなわちこれは六十四卦に推衍す。経文は続けて曰く:再び類に遇て推広して増益せば、天下の能く有る所の事は便ち皆包羅して遺さず。孔穎達は申説す:いわゆる「触類而長之」は、某の一類の事に遇えば便ちそれに順って推広増益す——剛に属する一類の事に遇えば、便ち依次に剛の方面に向けて推広し、柔に属する一類の事に遇えば、便ち依次に柔の方面に向けて推広す。いわゆる「天下之能事畢矣」は、天下の万事は皆この体例に照らして、各々その類に依りて推広せば、すなわち天下の能く有る所の事は、その法則物象は便ち全く窮尽す、だから「天下之能事畢矣」という。
顯道,顯,明也。神德行。由神以成其用。[疏]正義曰:言易理備盡天下之能事,故可以顯明無為之道,而神靈其德行之事。言大虛以養萬物為德行,今易道以其神靈助太虛而養物,是神其德行也。
経文に曰く:《易》は能く「道」を顕明し、能く「徳行」を神化す。韓康伯の注は:「顕」はすなわち彰明なり。いわゆる神化徳行は、「神」に憑借してその功用を成就すと解す。孔穎達は進んで申説す:これは《易》理はすでに天下の能く有る所の事を完備窮尽せれば、だから能くあの无為の道を彰明し、併せて徳行の事を神妙霊通せしむるを説く。太虚は万物を養育するをもってその徳行と為す、いま《易》道はその神霊の用に憑りて太虚を協助して万物を養育す、これがすなわち徳行を神妙ならしむるなり。
是故可與酬酢,可與祐神矣。可以應對萬物之求助,成神化之功也。酬酢,猶應對也。[疏]正義曰:“是故可與酬酢”者,酬酢,謂應對報答,言易道如此。若萬物有所求為,此易道可與應答,萬物有求則報,故曰“可與酬酢也”。“可與祐神矣”者,祐,助也。易道弘大,可與助成神化之功也。
経文に曰く:それゆえ《易》はもって酬答応対するべく、もって神化を輔助するべし。韓康伯の注は:それは能く万物の求助に応対し、神化の功を成就す。「酬酢」は便ち応対に相当すと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「是故可与酬酢」の「酬酢」は応対報答の意にして、《易》道はまさにこうなるを説く——万物もし求め为す所有れば、この《易》道は皆能く応答を給与し、およそ求むる所有れば便ち回報する所有り、だから「可与酬酢」という。いわゆる「可与祐神矣」の「祐」はすなわち輔助にして、《易》道は弘大にして、能く神化の功を輔助成就するべしを説く。
