繋辞下・巻八
[疏]正義曰:此篇章數,諸儒不同,劉瓛為十二章,以對上《繫》十二章也。周氏、莊氏併為九章,今從九章為說也。第一起“八卦成列”至“非曰義”,第二起“古者包犧”至“蓋取諸夬”,第三起“易者象也”至“德之盛”,第四起“困于石”至“勿恆凶”,第五起“乾坤其易之門”至“失得之報”,第六起“《易》之興”至“巽以行權”,第七起“《易》之為書”至“思過半矣”,第八起“二與四”至“謂易之道”,第九起“夫乾天下”至“其辭屈”。
孔穎達の疏に曰く:《繋辞下》の応に分章する多少は、各家の説法は一ならず。劉瓛は十二章に分かちて、もって《繋辞上》の十二章と相対応せしむ。周氏(周弘正)・荘氏は皆九章に分かつ、いま九章の説に依従す。第一章は「八卦成列」より起りて、「非曰義」に止まる。第二章は「古者包犠」より起りて、「蓋取諸夬」に止まる。第三章は「易者象也」より起りて、「徳之盛」に止まる。第四章は「困于石」より起りて、「勿恒凶」に止まる。第五章は「乾坤其易之門」より起りて、「失得之報」に止まる。第六章は「《易》之興」より起りて、「巽以行権」に止まる。第七章は「《易》之為書」より起りて、「思過半矣」に止まる。第八章は「二与四」より起りて、「謂易之道」に止まる。第九章は「夫乾天下」より起りて、「其辞屈」に止まる。
繋辞下・第一章
[疏]正義曰:“八卦成列”至“非曰義”,此第一章。覆釋上繫第二章象爻剛柔吉凶悔吝之事,更具而詳之。八卦成列,象在其中矣。備天下之象也。[疏]正義曰:言八卦各成列位,萬物之象,在其八卦之中也。因而重之,爻在其中矣。夫八卦備天下之理,而未極其變,故因而重之以象其動用,擬諸形容以明治亂之宜,觀其所應以著適時之功,則爻卦之義,所存各異,故爻在其中矣。
孔穎達の疏に曰く:「八卦成列」より「非曰義」に至るは第一章にして、もって《繋辞上》第二章の講ずる所の卦象・爻位・剛柔・吉凶・悔吝の諸事を重新に解釈して、講ずる所は更に完備更に詳細なり。経文に曰く:八卦は各自に行列に排成せば、万物の象は便ちその裏に包含せり。韓康伯の注は:八卦はすでに天下の一切の物象を具備せるに因りてと解す。孔穎達の疏に曰く:これは八卦は各自に自己の位次を形成して、万物の形象は便ちこの八個の卦の裏に在るを講ず。経文はまた曰く:八卦を両両相重ねて六十四卦と為せば、爻は便ちその裏に包含せり。韓康伯の注は:八卦は天下の理を具備すといえども、却っていまだその変化を窮尽せず、だから相重畳してもって事物の動用を象徴するを要す。その形態容貌を比擬して、もって治世と乱世の各自の宜しき所を顕明し、その相応の関係を観察して、もって時に因りて宜を制するの功效を彰顕す。こうすれば、爻の意義と卦の意義は各々主る所有り、だから爻は便ちその中に在るというと解す。
[疏]“因而”至“中矣”。○正義曰:謂因此八卦之象,而更重之,萬物之爻,在其所重之中矣。然象亦有爻,爻亦有象,所以象獨在卦,爻獨在重者,卦則爻少而象多,重則爻多而象少,故在卦舉象,在重論爻也。○注“夫八卦”至“其中矣”。○正義曰:“夫八卦備天下理”者,前注云“備天下之象”,據其體;此云“備天下之理”,據其用也。言八卦大略有八,以備天下大象大理,大者既備,則小者亦備矣。直是不變之備,未是變之備也,故云“未極其變,故因而重之,以象其動用”也。云“則爻卦之義,所存各異”者,謂爻之所存,存乎巳變之義,“因而重之,爻在其中”是也。卦之所存,存於未變之義,“八卦成列,象在其中”是也。
孔穎達の疏は経文の「因而重之,爻在其中矣」を解して曰く:これは八卦の卦象に依りて再び重畳を加えれば、万物の爻は便ち重成する所の卦の裏に在るを講ず。其実は卦象の裏にも爻ありて、爻の裏にも象あり。講ずる時の「象」は単に八卦を説き「爻」を講ずる時は単に重卦を説く所以は、八卦は爻少なくして象多く、重卦は爻多くして象少なきに因りて、だから八卦の処に於て象を挙出して、重卦の処に於て爻を討論す。孔穎達はまた韓康伯の注の「夫八卦備天下之理」の一段を疏して曰く:韓注の前面の「備天下之象」を講ずるは、八卦の本体に就きて説くなり。ここの「備天下之理」を講ずるは、八卦の功用に就きて説くなり。八卦は大略ただ八個のみなるも、すでに天下の大象大理を具備す。大なる既に具備せば、小なるもまた自然に具備す。ただしこれはただいまだ変化を起さざる時の具備にして、仍お変化したる後の具備にあらず、だから韓注に「未極其変,故因而重之,以象其動用」という。韓注の「則爻卦之義,所存各異」と曰うに至りては、爻の主る所はすでに変化したるの意義にして、すなわち「因而重之,爻在其中」なり。卦の主る所はいまだ変化せざるの意義にして、すなわち「八卦成列,象在其中」なりを指す。
剛柔相推,變在其中矣。[疏]正義曰:則上《繫》第二章云“剛柔相推而生變化”,是變化之道,在剛柔相推之中。剛柔即陰陽也。論其氣即謂之陰陽,語其體即謂之剛柔也。繫辭焉而命之,動在其中矣。剛柔相推,況八卦相蕩,或否或泰,繫辭焉而斷其吉凶,況之六爻,動以適時者也。立卦之義,則見於《彖》、《象》,適時之功,見存之爻辭。王氏之例詳矣。
経文に曰く:剛爻と柔爻は互相に推移せば、変化は便ちその裏に包含せり。孔穎達の疏に曰く:これはまさに《繋辞上》第二章の講ずる所の「剛柔相推而生変化」に合す、見れば変化の道は便ち剛柔の互相推移の中に在る。剛柔はすなわちもまた陰陽なり:気より講じては陰陽と言い、体より講じては剛柔と言う。経文はまた曰く:卦爻の下に文辞を繋えてそれに対して命断を加えれば、運動は便ちその裏に包含せり。韓康伯の注は:「剛柔相推」の比況する所は八卦の互相激盪にして、ここにおいて或は《否》と成り或は《泰》と成る。「繋辞焉而断其吉凶」の比況する所は六爻にして、時に随って変動してもって時宜に適応す。一卦の大義を確立するの話頭は《彖伝》《象伝》に見ゆ、時に因りて宜を制するの功效は則ち爻辞の裏に保存す、王弼の《周易略例》は此に対して論述して甚だ詳尽なりと解す。
[疏]“繫辭”至“中矣”。○正義曰:謂繫辭於爻卦之下,而呼命其卦爻得失吉凶,則適時變動好惡,故在其繫辭之中矣。○注“立卦”至“詳矣”。○正義曰:云“立卦之義,則見於《彖》、《象》”者,《彖》、《象》,謂卦下之辭,說其卦之義也。“適時之功,則存於爻辭”者,卦者時也,六爻在一卦之中,各以適當時之所宜以立功也。欲知適時之功用,觀於爻辭也。
孔穎達の疏は経文の「繋辞焉而命之,動在其中矣」を解して曰く:これは卦爻の下に文辞を繋えて、もって該卦該爻の得失吉凶を称説命断するを講ず。すでに得失吉凶あれば、便ち時に随って変動するの好悪取舍あり、だから運動は便ち繋える所の文辞の中に在るという。孔穎達はまた韓康伯の注の「立卦之義……王氏之例詳矣」を疏して曰く:韓注の講ずる「立卦之義,則見於《彖》《象》」の《彖》《象》は、卦の下に繋える文辞を指して、もって一卦の大義を説明す。「適時之功,則存於爻辞」を講ずるは、一卦は一個の「時」を代表して、六爻は一卦の中に処りて、各自に当時の宜しき所に依りて功業を建立すに因りて。時に因りて宜を制するの功用を知らんと欲せば、便ち爻辞を看るを要す。
云“王氏之例詳矣”者,案《略例·論彖》云:“《彖》者何也?統論一卦之體,明其所由之主者也。夫眾不能治眾,治眾者,至寡者也。論卦體皆以一為主,是卦之大略也。”又《論爻》云:“爻者何也?言乎其變者也。變者何也?情偽之所為也。夫情偽之動,非數之所求也。故合散屈伸,與體相乖。形躁好靜,質柔愛剛。體與情反,質與原違。是故情偽相感,遠近相追,愛惡相攻,屈伸相推。見情者獲,直往則違。此是爻之大略也。”其義既廣,不能備載,是王氏之例詳矣。
孔穎達は続けて曰く:韓注の講ずる「王氏之例詳矣」は、王弼の《周易略例・論彖》に曰えるを査す:《彖》とは何ぞ。これは一卦の体を総論して、この一卦の由る所の主爻を指明するなり。衆多は能く衆多を治理せず、能く衆多を治理するは必ず最も少なきのあの一個なり。一卦の体を論ずるは皆一爻をもって主と為す、これがすなわち卦の大要なり。《略例・論爻》にまた曰く:爻とは何ぞ。これは変化を講ずるなり。変化とはまた何ぞ。これは真情と虚偽の造成する所なり。真情虚偽の発動は、数目推算の求むる所能に凭らず、だから聚散屈伸は常に卦体と相違背す:形体は躁動するも却って静を喜び、性質は柔弱なるも却って剛を愛し、体と情は相反し、質と本原は相違す。それゆえ真情虚偽は彼此に相感し、遠近は彼此に相追い、愛憎は彼此に相攻し、屈伸は彼此に相推す。能く真情を看透するは便ち獲得する所有り、径直に妄進するは便ち違失せらる——これがすなわち爻の大要なり。王弼の論ずる所は意涵は広博にして、ここに全く載録する能わず、彼の体例の講ずる所は甚だ詳尽なるを見るべし。
吉凶悔吝者,生乎動者也。有變動而後有吉凶。[疏]正義曰:上既云動在繫辭之中,動則有吉凶悔吝,所以悔吝生在乎無所動之中也。剛柔者,立本者也。變通者,趣時者也。立本況卦,趣時況爻。[疏]正義曰:“剛柔者,立本者也”,言剛柔之象,立在其卦之根本者也。言卦之根本,皆由剛柔陰陽往來。“變通者,趣時者也”,其剛柔之氣,所以改變會通,趣向於時也。若乾之初九,趣向勿用之時,乾之上九,趣向亢極之時。是諸爻之變,皆臻趣於時也。
経文に曰く:吉・凶・悔・吝は皆「動」の上より産生す。韓康伯の注は:変動ありて、然る後に初めて吉凶ありと解す。孔穎達の疏に曰く:上文すでに運動は便ち繋える所の文辞の中に在るを講じたれば、一たび運動あれば便ち吉凶悔吝あり、だから悔吝はまさにこの「動」の過程の中に産生す(この句の底本は「无所動」と作るも、文字に訛脱あるを疑う)。経文はまた曰く:剛柔は根本を確立する者にして、変通は時宜に趨赴する者なり。韓康伯の注は:「立本」の比況する所は卦にして、「趣時」の比況する所は爻なりと解す。孔穎達の疏に曰く:「剛柔者,立本者也」は、剛柔の象は一卦の根本の上に立つを講ず。一卦の根本は、皆剛柔陰陽の往来に由りて構成す。「変通者,趣時者也」は、剛柔の二気が改変会通する所以は、まさに当時の宜に趨赴せんがためのためなり:譬えば《乾》卦初九の趨赴する所は「潜龍勿用」の時にして、《乾》卦上九の趨赴する所は「亢龍有悔」の時なり、見れば各爻の変動は皆「時」に帰趨す。
其剛柔立本者,若剛定體為乾,若柔定體為坤,陽卦兩陰而一陽,陰卦兩陽而一陰,是立其卦本而不易也。則上“八卦成列,象在其中矣”是也。卦既與爻為本,又是總主其時,故《略例》云“卦者,時也;變通者,趣時者也”。則上“因而重之,爻在其中矣”是也。卦既總主一時,爻則就一時之中,各趣其所宜之時,故《略例》云“爻者,趣時者也”。
孔穎達は続けて曰く:剛柔の立本に至りては、譬えば純剛はその体を定めて《乾》と為し、純柔はその体を定めて《坤》と為す。陽卦は両陰一陽にして、陰卦は両陽一陰なり、これがすなわち一卦の根本を確立して再び改易せず、すなわち上文の説く所の「八卦成列,象在其中矣」なり。卦はすでに爻の根本にして、また一卦の時を総管すれば、だから王弼の《周易略例》に「卦者,時也;変通者,趣時者也」と曰う、すなわち上文の説く所の「因而重之,爻在其中矣」なり。卦すでに一時を総管せば、爻は便ちこの一時の中に於て各自に自己の宜しき所の時に趨赴す、だから《略例》にまた「爻者,趣時者也」と曰う。
吉凶者,貞勝者也。貞者,正也,一也。夫有動則未免乎累,殉吉則未離乎凶。盡會通之變,而不累於吉凶者,其唯貞者乎?《老子》曰:“王侯得一,以為天下貞。”萬變雖殊,可以執一御也。[疏]“吉凶”至“者也”。○正義曰:貞,正也。言吉之與凶,皆由所動不能守一而生吉凶,唯守一貞正,而能克勝此吉凶。謂但能貞正,則免此吉凶之累也。
経文に曰く:吉と凶は、「貞」に倚りて制勝する所なり。韓康伯の注は:「貞」はすなわち正にして、すなわちもまた一なり。およそ動する所有れば便ち牽累を免れず、一味に吉を追逐すれば便ち凶を脱離するなし。能く会合変通の理を窮尽して吉凶に牽累せられざるは、大概ただ貞を守り一を守るの人ならんか。《老子》に曰く:「王侯は一を得て、もって天下の貞と為す。」万般の変化は千差万別なるといえども、却って一個の「一」を執守してもってそれらを駕馭すべしと解す。孔穎達の疏は「吉凶者,貞勝者也」を解して曰く:「貞」はすなわち正なり。吉と凶は皆行動する時に能くあの「一」を守住せざるに由りて初めて産生し、ただ純一貞正を守住してのみ、初めて能くこの吉凶を克制戦勝す。すなわちこれはただ能く貞正自守せば、便ち吉凶の牽累を免除すを説く。
○注“貞者”至“御也”。○正義曰:“貞者,正也,一也”者,言貞之為訓,訓正訓一,正者體傾邪,一者情無差二,寂然無慮,任運而行者也。凡吉凶者,由動而來,若守貞靜寂,何吉何凶之有?是貞正能勝其吉凶也。云“夫有動則未能免乎累”者,寂然不動,則無所可累。若動有營求,則恥累將來,故云動則未免於累也。云“殉吉則未離乎凶”者,殉,求也。若不求其吉,無慮無思,凶禍何因而至?由其求吉,有所貪慾,則凶亦將來,故云殉吉未離乎凶也。云“盡會通之變,而不累於吉凶者,其唯貞者乎”,言若能窮盡萬物會通改變之理,而不繫累於吉凶之事者,唯貞一者乃能然也。猶若少必有老,老必有死,能知此理,是盡會通之變。既知老必將死,是運之自然,何須憂累於死,是不累乎吉凶。唯守貞一,任其自然,故云“其唯貞者乎”。
孔穎達の疏は韓康伯の注の「貞者,正也,一也」以下の諸句を解して曰く:韓注の講ずる「貞」のこの字は「正」と訓すべく、もまた「一」と訓すべし。「正」は本体に傾側邪僻なきを説き、「一」は心志に二三分歧なく寂然として思慮する所なく、一任して自然に行うを説く。およそ吉凶は皆行動に由りて来たる、もし能く貞正静寂を守住せば、何れの処にか仍お何の吉・何の凶あらん。見れば貞正は能く吉凶に勝過す。韓注の講ずる「夫有動則未能免乎累」は、寂然不動せば便ち牽累する所なし。一旦行動して営求の心を生ぜば、恥ずべきの牽累は便ち随って来たる、だから動すれば便ち牽累を免れずという。韓注の講ずる「殉吉則未離乎凶」の「殉」は求の意思なり:もし吉を求めに往かざれば、思うなく慮るなく、凶禍は何処よりか来たらん。まさに吉を求めて貪欲を起したるに因りて、凶もまた随って来たる、だから吉を追逐するは併せて凶を脱離せざるなり。韓注の講ずる「尽会通之変,而不累於吉凶者,其唯貞者乎」は、能く万物の会合変通の理を窮尽して吉凶の事に系累せられざるは、ただ貞を守り一を守るの人のみ初めて到致し得べし。譬えば年少は必ず衰老し、年老は必ず死亡す、この道理を懂得せば便ち会通の変を窮尽せり。すでに老いれば必定死すべしを知れば、あれは自然の運なり、何ぞ必ず死のために憂愁牽掛せんや、これがすなわち吉凶に牽累せられず。ただ貞一を守住して、一任して自然にせば、だから「其唯貞者乎」という。
云“《老子》曰,王侯得一,以為天下貞”者,王侯若不得一,二三其德,則不能治正天下。若得純粹無二無邪,則能為天下貞也。謂可以貞正天下也。云“萬變雖殊,可以執一御也”者,猶若寒變為暑,暑變為寒,少變為壯,壯變為老,老變為死,禍變為福,盛變為衰,變改不同,是萬變殊也。其變雖異,皆自然而有,若能知其自然,不造不為,無喜無戚,而乘御於此,是可以執一御也。
孔穎達は続けて疏に曰く:韓注の《老子》を引く「王侯得一,以為天下貞」の意思は、王侯もしあの「一」を得ざれば、徳行は三心二意にして、能く天下を整治匡正する能わず。もし純粹に二なく邪曲なきの「一」を得れば、便ち能く天下の貞正の主と為り、すなわちこれは能く天下を貞正すべし。韓注はまた「万変雖殊,可以執一御也」と講ずるは、譬えば寒は変じて暑と為り暑は変じて寒と為り、年少は変じて壮年と為り壮年は変じて衰老と為り衰老は変じて死亡と為り、禍は変じて福と為り盛は変じて衰と為りて、変化の樣子は各々相同ならず、これがすなわち「万変殊」なり。これらの変化は互相に異るといえども、却って皆自然而然に産生するなり。もし能くそれは自然より出ずるを明白にして、造作せず妄為せず、欣喜する所なく悲戚する所なくして、こうしてそれに乘じてそれを駕馭せば、これを便ち「執一以御万変」と言う。
天地之道,貞觀者也。明夫天地萬物,莫不保其貞,以全其用也。[疏]正義曰:謂天覆地載之道,以貞正得一,故其功可為物之所觀也。日月之道,貞明者也。天下之動,貞夫一者也。夫乾,確然示人易矣。夫坤,隤然示人簡矣。確,剛貌也。隤,柔貌也。乾坤皆恆一其德,物由以成,故簡易也。
経文に曰く:天地の道は、貞正に倚りて瞻観に供すべし。韓康伯の注は:これは天地万物はその貞正を保守せざるなきにして、もって自身の功用を成全するを表明すと解す。孔穎達の疏に曰く:これは天覆地載の道を講ず、貞正に因りて「一」を得れば、だからその功效は万物に瞻仰観看せらるべし。経文はまた曰く:日月の道は、貞正に倚りて光明なり。天下万物の運動は、皆あの「一」に帰正す。《乾》は確然として剛健にして、平易を人に昭示す。《坤》は隤然として柔順にして、簡約を人に昭示す。韓康伯の注は:「確」は剛健の様子にして、「隤」は柔順の様子なり。乾坤は皆恒久にその徳を専一して、万物はこれに由りて生成す、だからそれらは平易簡約なりというと解す。
[疏]正義曰:“日月之道,貞明者也”,言日月照臨之道,以貞正得一而為明也。若天覆地載,不以貞正而有二心,則天不能普覆,地不能兼載,則不可以觀。由貞乃得觀見也。日月照臨,若不以貞正,有二之心,則照不普及,不為明也,故以貞而為明也。“天下之動,貞夫一者也”,言天地日月之外,天下萬事之動,皆正乎純一也。若得於純一,則所動遂其性;若失於純一,則所動乖其理。是天下之動,得正在一也。“夫乾,確然示人易矣”者,此明天之得一之道,剛質確然,示人以和易,由其得一無為,物由以生,是示人易也。“夫坤,隤然示人簡矣”者,此明地之得一,以其得一,故坤隤然而柔,自然無為,以成萬物,是示人簡矣。若乾不得一,或有隤然,則不能示人易矣。若坤不隤然,或有確然,則不能示人簡矣。
孔穎達の疏に曰く:「日月之道,貞明者也」は、日月の照臨する道を講じて、貞正に因りて「一」を得て初めてその光明を成す。まさに天覆地載のごとく、もし能く貞正ならずして二心を懐けば、天は能く普遍に覆蓋せず、地は能く兼容承載せず、便ち人に瞻観に供する由なし。まさに貞正なるに因りて、初めて能く人に看見せらる。日月の照臨はもし貞正ならずして二心有れば、光は周遍に照らす能わず、便ちその明と為るにあらず、だから貞正に倚りて光明なりという。「天下之動,貞夫一者也」は、天地日月の外に於て、天下万事の運動は皆純一をもって正と為すを講ず:純一に合せば、動く所は便ちその本性に順遂し、純一を失えば、動く所は便ちその常理に違背す。見れば天下の運動は、その正を得るは便ち「一」に在り。「夫乾,確然示人易矣」は、これは天の「一」を得るの道を説明す:剛健の本質は確然として移らずして、和順平易を人に昭示す。それが「一」を得て造作する所なきに因りて、万物はそれに因りて生ず、これがすなわち「示人易」なり。「夫坤,隤然示人簡矣」は、これは地の「一」を得るを説明す:「一」を得るに因りて、だから坤は柔順隤然として、自然无為にして万物を成就す、これがすなわち「示人簡」なり。仮令《乾》は「一」を得ずして時に或は隤然柔弱なれば、便ち能く平易を人に昭示する能わず。仮令《坤》は能く隤然ならずして時に或は確然剛硬なれば、便ち能く簡約を人に昭示する能わず。
爻也者,效此者也。象也者,像此者也。爻象動乎內,兆數見於卦也。[疏]正義曰:“爻也者,效此者也”,此釋爻之名也。言爻者,效此物之變動也。“象也者,像此者”也。言象此物之形狀也。“爻象動乎內”者,言爻之與象,發動於卦之內也。
経文に曰く:爻は、このを效法する者なり。象は、このを取像する者なり。爻と象は卦体の内に於て発動す。韓康伯の注は:吉凶の征兆と数理は、皆卦の上に顕現すと解す。孔穎達の疏に曰く:「爻也者,效此者也」は「爻」のこの名称を解釈して、意は爻は此物の変動を效法す。「象也者,像此者也」は象は此物の形状を取像すを説く。「爻象動乎内」は、爻と象は皆一卦の内に於て発動すを説く。
吉凶見乎外,失得驗於事也。[疏]正義曰:其爻象吉凶見於卦外,在事物之上也。功業見乎變,功業由變以興,故見乎變也。[疏]正義曰:言功勞事業,由變乃興,故功業見於變也。聖人之情見乎辭。辭也者,各指其所之,故曰情也。[疏]正義曰:辭則言其聖人所用之情,故觀其辭而知其情也。是聖人之情,見乎爻象之辭也。若《乾》之初九,其辭云:“潛龍勿用。”則聖人勿用之情見於初九爻辭也。他皆放此。
経文に曰く:吉凶は卦体の外に於て顕現す。韓康伯の注は:得失は具体の事情の上に於て応験を得るを須とすと解す。孔穎達の疏に曰く:爻象の含有する吉凶は卦外に顕現して、事物の上面に落実す。経文はまた曰く:功業は変化の上に於て顕現す。韓康伯の注は:功業は変化に由りて興起すれば、だから変化の上に於て顕現すと解す。孔穎達の疏に曰く:功労事業は変化に倚りて初めて興起するを須とす、だから功業は変に見ゆという。経文はまた曰く:聖人の心意は文辞の上に於て顕現す。韓康伯の注は:文辞は各自にその趨向する所の処を指明せば、だからこれを「情」と称すと解す。孔穎達の疏に曰く:文辞の講ずる所は聖人の懐抱する心意なれば、だからその文辞を看れば便ちその心意を知る能く、見れば聖人の情は爻象の文辞の裏に顕現す。譬えば《乾》卦初九の爻辞に「潜龍勿用」と曰えるは、聖人の暫く施用せざるを主張する心意は便ち初九の爻辞の上に顕現す。その余の各爻は皆この類に仿って類推す。
天地之大德曰生,施生而不為,故能常生,故曰大德也。[疏]正義曰:自此己下,欲明聖人同天地之德,廣生萬物之意也。言天地之盛德,在乎無常生,故言曰生。若不常生,則德之不大。以其常生萬物,故云大德也。
経文に曰く:天地の最大の徳は「生」と言う。韓康伯の注は:天地は生機を施与して刻意造作せざれば、だから能く永遠に生生して息まず、それゆえ大徳と称すと解す。孔穎達の疏に曰く:ここより以下は、聖人は天地と同徳にして広く万物を生育するの意思を説明せんと欲す。経文の講ずる天地の盛徳は恒常に生育するに在れば、だからただ一個の「生」の字を説く。もし能く恒常に生ずる能わざれば、徳は便ち大と算するに足らず、まさにそれは恒常に万物を生育するに因りて、だから大徳と称す。(「在乎无常生」の句は、底本は疑うらく応に「在乎恒常生」と作るべし。)
聖人之大寶曰位。夫無用則無所寶,有用則有所寶也。無用而常足者,莫妙乎道,有用而弘道者,莫大乎位,故曰“聖人之大寶曰位”。[疏]正義曰:言聖人大可寶愛者在於位耳,位是有用之地,寶是有用之物。若以居盛位,能廣用無疆,故稱大寶也。
経文に曰く:聖人の最も宝貴すべきの物は「位」と言う。韓康伯の注は:功用なくんば便ち宝貴と謂うなし、功用あれば初めて宝貴と談ずべし。功用を假らずして恒常に自足するは、「道」より精妙なるはなし。功用ありて能く大道を弘揚するは、「位」より重大なるはなし、だから「聖人之大宝曰位」というと解す。孔穎達の疏に曰く:これは聖人の最も珍視愛惜すべきは便ちあの位置に在るを講ず。位は能く功用を発揮するの地位にして、宝は能く功用を発揮するの物事なり。もし崇高の位置に居れば、便ち能く広く無窮の功用を施す、だから大宝と称す。
何以守位?曰仁。何以聚人?曰財。財所以資物生也。[疏]正義曰:“何以守位曰仁”者,言聖人何以保守其位,必信仁愛,故言“曰仁”也。“何以聚人曰財”者,言何以聚集人眾,必須財物,故言“曰財”也。理財正辭,禁民為非曰義。[疏]正義曰:言聖人治理其財,用之有節,正定號令之辭,出之以理,禁約其民為非僻之事,勿使行惡,是謂之義。義,宜也。言以此行之,而得其宜也。
経文に曰く:何に倚りてこの位を守住せんや。仁に倚る。何に倚りて人衆を聚集せんや。財に倚る。韓康伯の注は:財貨はもって万物の生長を資助するに用うと解す。孔穎達の疏に曰く:「何以守位曰仁」は、聖人は何に憑りて自己の位を保守するを講ず、必定に仁愛を篤行するを須とす、だから「曰仁」という。「何以聚人曰財」は、何に憑りて衆人を聚集するを講ず、必ず財物あるを須とす、だから「曰財」という。経文はまた曰く:財貨を治理し、号令の辞を端正し、百姓の悪事を為すを禁止す、これを「義」と言う。孔穎達の疏に曰く:これは聖人は財貨を治理して使用に節あり、号令の文辞を端正確定して発布するに理を得、百姓を約束して邪僻の事を為さしめず彼らをして悪を為さしめず、これを便ち義と言う。「義」はすなわち宜にして、このごとくに照らして為せば便ち各々その宜を得るを説く。
繋辞下・第二章
[疏]正義曰:“古者包犧”至“取諸夬”,此第二章。明聖人法自然之理而作《易》,象《易》以制器而利天下。此一章其義既廣,今各隨文釋之。古者包犧氏之王天下也,仰則觀象於天,俯則觀法於地,觀鳥獸之文,與地之宜,聖人之作《易》,無大不極,無微不究。大則取象天地,細則觀鳥獸之文,與地之宜也。
孔穎達の疏に曰く:「古者包犠」より「取諸夬」に至るは第二章にして、聖人は自然の理を取法して《周易》を作り、また《周易》の卦象に依りて器物を制造してもって天下を利益するを説明す。この一章は意涵は広博にして、下面は便ち経文に随って逐句解釈す。経文に曰く:上古の包犠氏が天下を統治するの時に、頭を擡げれば便ち天上の物象を観察し、頭を俯せば便ち地上の法則を観察し、鳥獣の紋理と土地の宜しき所を観察す。韓康伯の注は:聖人の《周易》を作すや、再び大なるは極処に推至し、再び細微なるは究底に探究す——大なるは便ち天地に於て象を取り、細なるは便ち鳥獣の紋理と土地の宜しき所を観察すと解す。
[疏]正義曰:“自此”至“取諸離”。此一節明包犧法天地造作八卦,法離卦而為罔罟也。云“仰則觀象於天,俯則觀法於地”者,言取象大也。“觀鳥獸之文,與地之宜”者,言取象細也。大之與細,則無所不包也。“地之宜”者,若《周禮》五土,動物植物各有所宜是也。
孔穎達の疏に曰く:ここより「取諸離」に至る、この一節は包犠氏が天地を效法して八卦を創作し、また《離》卦を效法して羅網を制作するを説明す。経文の講ずる「仰則観象於天,俯則観法於地」は、象を取るはその大なる者を取るを説く。「観鳥獣之文,与地之宜」を講ずるは、象を取るはその細なる者を取るを説く。大なる細なるを皆取れば、便ち包まざる所なし。いわゆる「地之宜」は、《周礼》の講ずる所の五種の土壤に就くがごとく、各類の動物植物は各々各々の適宜の処あり。
近取諸身,遠取諸物,於是始作八卦,以通神明之德,以類萬物之情。作結繩而為罔罟,以佃以漁,蓋取諸離。離,麗也。罔罟之用,必審物之所麗也。魚麗於水,獸麗於山也。[疏]正義曰:“近取諸身”者,若耳目鼻口之屬是也。“遠取諸物”者,若雷風山澤之類是也。舉遠近則萬事在其中矣。“於是始作八卦,以通神明之德”者,言萬事云為,皆是神明之德。若不作八卦,此神明之德,閉塞幽隱。既作八卦,則而象之,是通達神明之德也。“以類萬物之情”者,若不作《易》,物情難知。今作八卦以類象萬物之情,皆可見也。
経文に曰く:近きは便ち自身に於て象を取り、遠きは便ち万物に於て象を取り、ここにおいて始めて八卦を創作して、もって神明の徳性に貫通し、もって万物の実情を比類す。また繩索を編結して羅網を做成して、もって猟を打ち魚を捕る、これは大概《離》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:「離」は附麗の意思なり。羅網を使用するは必ず猟物の附着依托する所の処を弄清するを須とす——魚は水に附麗し、獣は山に附麗すと解す。孔穎達の疏に曰く:「近取諸身」は、耳・目・鼻・口のこの一類に就くがごとし。「遠取諸物」は、雷・風・山・沢のこの一類に就くがごとし。遠近の両端を挙出せば、万事は便ち皆その中に包含せり。「於是始作八卦,以通神明之徳」は、万事万物の種種の作為は皆神明の徳なりを講ず。仮令八卦を作さざれば、この神明の徳は便ち閉塞幽隠す。すでに八卦を作出せば、それに依りて象を取れば、便ち神明の徳に貫通す。「以類万物之情」は、仮令《周易》を作さざれば、事物の情は知暁し難し。いま八卦を作してもって万物の情を比類象徴せば、便ち皆能く看清楚なりを講ず。
“作結繩而為罔罟,以佃以漁”者,用此罟罔,或陸畋以羅鳥獸,或水澤以罔魚鱉也。“蓋取諸離”者,離,麗也。麗謂附著也。言罔罟之用,必審知鳥獸魚無所附著之處。故稱離卦之名,為罔罟也。案諸儒象卦制器,皆取卦之爻象之體,今韓氏之意,直取卦名,因以制器。案上《繫》云:“以制器者,尚其象”,則取象不取名也。韓氏乃取名不取象,於義未善矣。今既遵韓氏之學,且依此釋之也。
孔穎達は続けて疏に曰く:「作結繩而為罔罟,以佃以漁」は、この種の網罟を用いるを講じて、或は陸地の上に於て猟を打ちてもって鳥獣を網羅し、或は水沢の中に於て網を張って魚鼈を捕捞す。「蓋取諸離」の「離」はすなわち麗にして、麗は附着依托の意思なり、説く所は羅網を使用するは必ずまず鳥獣魚鼈の附着棲止する所の処を弄清するを須とし、だから《離》卦の卦名を借りて羅網の制を称説す。按するに:各家の儒者の卦に依りて器を制するを講ずるは、皆一卦の爻象の形体を取るなり。いま韓康伯の意思は却って径直に卦名を取りて、卦名に拠りて器を制す。《繋辞上》の「以制器者,尚其象」と曰えるを査すれば、見れば応に卦象を取りて卦名を取るべからざるべし。韓康伯は却って名を取りて象を取らず、義理の上に於て仍お完善に足らず。ただしいますでに韓氏の学を遵用せば、姑らく彼の説法に依りて解釈を加う。
包犧氏沒,神農氏作,斫木為耜,揉木為耒,耒耨之利,以教天下,蓋取諸益。制器致豐,以益萬物。日中為巿,致天下之民,聚天下之貨,交易而退,各得其所,蓋取諸噬嗑。噬嗑,合也。巿人之所聚,異方之所合,設法以合物,噬嗑之義也。[疏]正義曰:“包犧氏”至“取諸噬嗑”,此一節明神農取卦造器之義。一者制耒耜,取於益卦,以利益民也。二者日中為巿,聚合天下之貨,設法以合物,取於噬嗑,象物噬齧,乃得通也。
経文に曰く:包犠氏は去世したる後、神農氏は興起して、木材を砍削して耜を做成し、木材を揉曲して耒を做成し、耒耜耕耨の便利をもって天下に教導す、これは大概《益》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:器具を制作して豊収を招致するは、まさに万物を増益するなりと解す。経文はまた曰く:正午の時に集市を開設して、天下の百姓を招き、天下の貨物を聚集し、交易完畢せば便ち各自に散去して、人人は各々その所を得、これは大概《噬嗑》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:「噬嗑」はすなわち合なり。集市は人群の聚集の処にして四方の物の会合の地なり、法度を設立して物と物を相合せしむるは、まさに《噬嗑》の意義なりと解す。孔穎達の疏に曰く:「包犠氏」より「取諸噬嗑」に至る、この一節は神農氏が卦を取りて器を造るの意義を説明す:一は耒耜を制作して、《益》卦に取りて、もって百姓を利益す。二は正午に市を開きて、天下の貨物を聚合して、法度を設立して物を相合せしめて、《噬嗑》卦に取るは、物は咀嚼嚙合を経て初めて通達を得るを象徴す。
包犧者,案《帝王世紀》云:大皞帝包犧氏,風姓也。母曰華胥,燧人之世,有大人跡出於雷澤,華胥履之而生包犧。長於成紀,蛇身人首,有聖德,取犧牲以充包廚,故號曰“包犧氏”。後世音謬,故或謂之伏犧,或謂之虙犧,一號皇雄氏,在位一百一十年。包犧氏沒,女媧氏代立為女皇,亦風姓也。女媧氏沒,次有大庭氏、柏黃氏、中央氏、栗陸氏、驪連氏、赫胥氏、尊盧氏、混沌氏、皞英氏、有巢氏、朱襄氏、葛天氏、陰康氏、無懷氏,凡十五世,皆習包犧氏之號也。
孔穎達は続けて考証して曰く:包犠を講ずるに至りては、皇甫謐の《帝王世紀》の記載を査す:大皞帝包犠氏は、風姓なり。母の名は華胥なり。燧人氏の世に於て、巨人の足跡の雷沢に出現するあり、華胥はそれを踩めば便ち包犠を生む。包犠は成紀に生長して、蛇身人首にして、聖徳を具有し、犠牲を取用してもって庖厨を充実す、だから「包犠氏」と号称す。後世は読音は訛変して、それゆえ或は彼を伏犠と称し、或は彼を虙犠と称し、また皇雄氏と号して、位に在ること一百一十年なり。包犠氏は去世したる後、女媧氏は彼を接替して女皇と立つ、もまた風姓なり。女媧氏の後に、依次に大庭氏・柏黄氏・中央氏・栗陸氏・驪連氏・赫胥氏・尊盧氏・混沌氏・皞英氏・有巣氏・朱襄氏・葛天氏・陰康氏・无懐氏あり、共に十五代にして、皆包犠氏の名号を沿用す。
神農者,案《帝王世紀》云:炎帝神農氏,姜姓也。母曰任己,有蟜氏女,名曰女登。為少典正妃,遊華山之陽,有神龍首感女登於尚羊,生炎帝,人身牛首,長於姜水,有聖德,繼無懷之後,本起烈山,或稱烈山氏,在位一百二十年而崩。納奔水氏,女曰聽談,生帝臨魁,次帝承,次帝明,次帝直,次帝釐,次帝哀,次帝榆罔,凡八代及軒轅氏也。
孔穎達は続けて曰く:神農を講ずるに至りては、《帝王世紀》の記載を査す:炎帝神農氏は、姜姓なり。母の名は任己にして、有蟜氏の女にして、名は女登、少典の正妃と為す。彼女は華山の南を遊歴して、神龍の首が尚羊の地に於て女登に感应し、ここにおいて炎帝を生む。炎帝は人身牛首にして、姜水に生長して、聖徳を具有し、无懐氏の後を承接して、本は烈山より起れり、だからまた烈山氏と称して、位に在ること一百二十年にして去世す。彼は奔水氏の女の名は聴談を娶りて、帝臨魁を生む。この後は依次に帝承・帝明・帝直・帝釐・帝哀・帝楡罔にして、共に八代を伝えて、然る後に初めて軒轅黄帝に輪到す。
神農氏沒,黃帝、堯、舜氏作,通其變,使民不倦;通物之變,故樂其器用,不解倦也。[疏]正義曰:“神農氏沒”至“吉無不利”,此一節明神農氏沒後,乃至黃帝、堯、舜、通其《易》之變理,於是廣制器物。此節與下制器物為引緒之勢,為下起文。
経文に曰く:神農氏は去世したる後、黄帝・尭・舜は興起して、変化の理に貫通して、百姓をして用いるに倦厭を覚えざらしむ。韓康伯の注は:能く事物の変化に貫通せば、だから百姓はこれらの器具を使用するを楽しみて懈怠倦厭せずと解す。孔穎達の疏に曰く:「神農氏没」より「吉无不利」に至る、この一節は神農氏の去世したる後、黄帝・尭・舜に至るまで、貫通し《周易》の変化の理を、ここにおいて広く器物を制作するを説明す。この一節は下文の器物を制作するを講ずるに替りて引緒鋪墊を作りて、下文のために起頭を為す。
“黃帝、堯、舜氏作”者,案:《世紀》云:黃帝有熊氏,少典之子,姬姓也。母曰附寶,其先即炎帝母家有蟜氏之女。附寶見大電光繞北斗樞星,照於郊野,感附寶,孕二十四月而生黃帝於壽丘。長於姬水,龍顏有聖德,戰蚩尢於涿鹿,擒之。在位一百年崩。子青陽代立,是為少皞。
孔穎達は続けて考証して曰く:経文の講ずる「黄帝、尭、舜氏作」は、皇甫謐の《帝王世紀》の記載を査す:黄帝有熊氏は、少典の子にして、姫姓なり。母の名は附宝にして、彼女の先世はすなわち炎帝の母家の有蟜氏の女なり。附宝は大電光の北斗枢星を環繞して、郊野の上に照耀するを見て、それにより感应する所有りて、二十四個月を懐胎して、寿丘に於て黄帝を生む。黄帝は姫水に生長して、龍顔の貌にして聖徳を具有し、涿鹿に於て蚩尤と交戦して彼を擒獲し、位に在ること一百年にして去世す。その子の青陽は接替して即位す、すなわちこれは少皞なり。
少皞帝名摯,字青陽,姬姓也。母曰女節,黃帝時,大星如斗,下臨華渚,女節夢接意感,生少皞,在位八十四年而崩。顓頊高陽氏,黃帝之孫,昌意之子。母曰昌僕,蜀山氏之女,為昌意正妃,謂之女樞。瑤光之星,貫月如虹,感女樞於幽房之宮,生顓頊於弱水,在位七十八年而崩。
孔穎達は続けて曰く:少皞帝の名は摯にして、字は青陽、姫姓なり。母の名は女節なり。黄帝の時に、大星の形状は斗のごときありて、華渚に垂照し、女節は夢中に於てそれと交接して心意に感ありて、少皞を生み、位に在ること八十四年にして去世す。顓頊高陽氏は、黄帝の孫にして昌意の子なり。母の名は昌仆にして、蜀山氏の女にして、昌意の正妃と為り、人は彼女を女枢と称す。瑶光の星は月輪を貫穿して、形状は虹のごとく、幽房の宮に於て女枢に感应して、ここにおいて弱水に於て顓頊を生み、顓頊は位に在ること七十八年にして去世す。
少皞之孫,蟜極之子代立,是為帝嚳。帝嚳高辛氏,姬姓也。其母不見。生而神異,自言其名,在位七十年而崩。子帝摯立,在位九年。摯立不肖而崩,弟放勳代立,是為帝堯。帝堯陶唐氏,伊祈姓,母曰慶都,生而神異,常有黃雲覆其上。為帝嚳妃,出以觀河,遇赤龍,晻然陰風而感慶都,孕十四月而生堯於丹陵,即位九十八年而崩。帝舜代立。帝舜姚姓,其先出自顓頊。顓頊生窮蟬,窮蟬生敬康,敬康生句芒,句芒生蟜牛,蟜牛生瞽瞍,瞍之妻握登,見大虹,意感而生舜於姚墟,故姓姚氏。
孔穎達は続けて曰く:少皞の孫・蟜極の子は接替して即位す、すなわちこれは帝嚳なり。帝嚳高辛氏は、姫姓にして、彼の母は誰なりやは史に明文なし。彼は生まれて便ち神異不凡にして、能く自己の名字を説出し、位に在ること七十年にして去世す。その子の帝摯は即位して、位に在ること九年なり。帝摯は賢ならずして死し、その弟の放勲は接替して即位す、すなわちこれは帝尭なり。帝尭陶唐氏は、伊祈姓にして、母の名は慶都、生まれて便ち神異不凡にして、頭頂の上に常に黄雲の覆蓋あり。慶都は帝嚳の妃子と為りて、門を出でて黄河を観看する時に赤龍に遇遇して、天色は晦暗にして陰風は驟起して慶都に感应し、十四個月を懐孕して、丹陵に於て尭を生む。尭は即位すること九十八年にして去世し、帝舜は接替して即位す。帝舜は姚姓にして、先世は顓頊より出ず:顓頊は窮蝉を生み、窮蝉は敬康を生み、敬康は句芒を生み、句芒は蟜牛を生み、蟜牛は瞽瞍を生む。瞽瞍の妻の握登は大虹を見て、心意に感ありて姚墟に於て舜を生めば、だから姚を姓とす。
此歷序三皇之後至堯舜之前所為君也。此既云黃帝即雲堯舜者,略舉五帝之終始,則少皞、顓頊、帝嚳在其間也。“通其變,使民不倦”者,事久不變,則民倦而變。今皇帝、堯、舜之等,以其事久或窮,故開通其變,量時制器,使民用之日新,不有懈倦也。
孔穎達は続けて曰く:以上は依次に三皇の後・尭舜の前に於て君主を做したるの諸位を叙述す。ここにすでに黄帝を説けば便ち直ちに尭舜を説くは、五帝の首尾を略挙して、少皞・顓頊・帝嚳は自然に中間に包含せり。経文の講ずる「通其変,使民不倦」は、一件の事は久しくして改変せざれば、百姓は便ち厭倦して変を思うを説く。いま黄帝・尭・舜のこれらの聖王は、旧法は用いること久しくして或は窮窘あるに因りて、だからその変化を開通して、時勢を衡量して器物を制作して、百姓の用度をして天天更新せしめて、懈怠倦厭に至らざらしむ。(文中の「皇帝」は応に「黄帝」と作るべし。)
神而化之,使民宜之。易窮則變,變則通,通則久。通變則無窮,故可久也。[疏]正義曰:“神而化之,使民宜之”者,言所以“通其變”者,欲使神理微妙而變化之,使民各得其宜。若黃帝已上,衣鳥獸之皮,其後人多獸少,事或窮乏。故以絲麻布帛而制衣裳,是神而變化,使民得宜也。“易窮則變,變則通,通則久”者,此覆說上文“通則變”之事,所以“通其變”者,言易道若窮,則須隨時改變。所以須變者,變則開通得久長,故云“通則久”也。
経文に曰く:それを神妙に化育して、百姓をして各々その宜を得しむ。易道は窮尽せば便ち変じ、変ずれば便ち通達し、通達せば便ち能く長久す。韓康伯の注は:能く変化に貫通せば便ち窮尽なく、だから能く長久すと解す。孔穎達の疏に曰く:「神而化之,使民宜之」は、「通其変」を要する所以は、神妙微眇の理をして変化の功を発揮せしめ、百姓をして各々その宜しき所を得しめんと欲するを講ず。譬えば黄帝以上の時代は、人々は鳥獣の毛皮を穿ち、後來は人多くして獣少なくして、事情は便ち窮乏し、ここにおいて改めて糸麻布帛を用いて衣裳を制作す、これがすなわち神妙に変化を加えて百姓をして宜を得しむるなり。「易窮則変,変則通,通則久」は、これは上文の「通其変」の事を重複申説す:易道もし窮処に走至せば、必ず時に随って改変するを須とす。必ず変ずるを須とする所以は、一たび変ずれば便ち開通して能く長久なるに因りて、だから「通則久」という。
是以自天祐之,吉無不利。[疏]正義曰:此明若能通變,則無所不利,故引《易》文,證結變通之善,上《繫》引此文者,證明人事之信順,此乃明易道道之變通,俱得天之祐,故各引其文也。黃帝、堯、舜垂衣裳而天下治,蓋取諸乾、坤。垂衣裳以辨貴賤,乾尊坤卑之義也。
経文に曰く:それゆえ上天は彼を保祐して、吉祥にして利ならざるなし。孔穎達の疏に曰く:これはもし能く通変せば、便ち利ならざる所なきを表明して、だから《大有》上九の爻辞を引いて印証し併せて「変通」の善を収束す。《繋辞上》のこの句を引用するは、人事の誠信和順を証明せんがためなり。ここに引用するは、則ち易道の変通を表明せんがためなり——両処は皆能く上天の保祐を獲得せば、だから各自にそれを引きたり。経文はまた曰く:黄帝・尭・舜は衣裳を垂れて天下は大治す、これは大概《乾》《坤》両卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:衣裳を垂示するはもって貴賤を分辨するに用い、まさに乾尊坤卑の意義に合すと解す。
[疏]正義曰:自此已下,凡有九事,皆黃帝、堯、舜取易卦以制象,此於九事之第一也。所以連雲堯、舜者,謂此九事黃帝制其初,堯舜成其末,事相連接,共有九事之功,故連云“黃帝堯舜”也。案皇甫謐《帝王世紀》載此九事,皆為黃帝之功。若如所論,則堯舜無事,《易·繫》何須連云“堯舜”?則皇甫之言,未可用也。“垂衣裳”者,以前衣皮,其制短小,今衣絲麻布帛所作衣裳,其制長大,故云“垂衣裳”也。“取諸乾坤”者,衣裳辨貴賤,乾坤則上下殊體,故云“取諸乾坤”也。
孔穎達の疏に曰く:ここより以下は共有九件の事ありて、皆黄帝・尭・舜は《周易》の卦象を取りて器物を制作す、これは九事の中の第一件なり。連続して尭・舜を説く所以は、この九件の事は黄帝がその始を開創し尭舜がその終を完成して、前後相接して、共同に九事の功を成就せるに因りて、だから連称して「黄帝尭舜」という。皇甫謐の《帝王世紀》はこの九件の事を皆黄帝の功業と算作するを査す。もし彼の説く所に照らせば、尭舜は便ち為すべき事なし、《繋辞》は何ぞ必ずしも連称して「尭舜」せんや。見れば皇甫謐の説法は採用すべからず。いわゆる「垂衣裳」は、従前は獣皮を穿ちて、形制は短小なるに因りて。いまは糸麻布帛の做する所の衣裳を穿ちて、形制は長大なり、だから「垂衣裳」という。いわゆる「取諸乾坤」は、衣裳はもって貴賤を分辨するに用いて、しかして乾坤はまさに上下異体なれば、だから「取諸乾坤」という。
刳木為舟,剡木為楫。舟楫之利,以濟不通,致遠以利天下,蓋取諸渙。渙者,乘理以散通也。[疏]正義曰:“此九事之第二也。舟必用大木,刳鑿其中,故云“刳木也”。“剡木為楫”者,楫必須纖長,理當剡削,故曰“剡木”也。“取諸渙”者,渙,散也。渙卦之義,取乘理以散動也。舟楫以乘水以載運,故取諸渙也。
経文に曰く:木頭を剖鑿して船を做成し、木頭を削制して桨を做成し、舟楫の便利をもって不通の処を渡済して、能く遠方に抵達して天下を利益す、これは大概《渙》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:《渙》は物理に順乘してそれを疏散通行せしむと解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第二件なり。船を造るは必ず大木を用いるを須として、その中間を剖鑿して空にす、だから「刳木」という。「剡木為楫」は、桨は必ず細長なるを須として、理に按じて応に削制すべし、だから「剡木」という。いわゆる「取諸渙」の「渙」はすなわち散なり。《渙》卦の意義は物理に順乘してそれを散動せしむにして、舟楫はまさに水に乘りて載運するを以てす、だから《渙》に於て象を取る。
服牛乘馬,引重致遠,以利天下,蓋取諸隨。隨,隨宜也。服牛乘馬,隨物所之,各得其宜也。[疏]正義曰:此九事之第三也。隨者謂隨時之所宜也,今服用其牛,乘駕其馬,服牛以引重,乘馬以致遠,是以人之所用,各得其宜,故取諸“隨”也。
経文に曰く:牛に駕し馬に乘りて、重載を牽引し遠方に抵達して、もって天下を利益す、これは大概《随》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:「随」はその宜しき所に随順す。牛に駕し馬に乘るは、物性の往く所に随順して、各々その宜を得と解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第三件なり。「随」は当時の宜しき所に随順するを説く。いまあの牛を駆使しあの馬を乘駕して、牛を用いて重載を牽引し、馬を用いて遠方に抵達す、これがすなわち人の用いる所は各々その宜を得、だから《随》に於て象を取る。
重門擊柝,以待暴客,蓋取諸豫。取其豫備。[疏]正義曰:此九事之第四也。豫者取其豫有防備,韓氏以此九事,皆以卦名而為義者。特以此象文,取備豫之義,其事相合。故其餘八事,皆以卦名解義,量為此也。斷木為杵,掘地為臼,臼杵之利,萬民以濟,蓋取諸小過。以小用而濟物也。[疏]正義曰:此九事之第五也。杵須短木,故斷木為杵;臼須鑿地,故掘地為臼。取諸小過,以小事之用過而濟物,杵臼亦小事,過越而用以利民,故取諸小過也。
経文に曰く:重重の門戸を設置し木梆を敲撃して夜を巡りて、もって凶暴の来客を防備す、これは大概《豫》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:それの予め防備するの意思を取ると解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第四件なり。《豫》は予め防備する所有るの義を取るなり。韓康伯はこの九件の事を一律に卦名に按じて義を立つ、ただこの一条の卦象と経文の取る所の「豫備」の義が恰好に事と相合するに因るのみ、だからその余の八件もまた皆卦名を用いて義を解すは、これはこの一条を比照して推定するなり。経文はまた曰く:木頭を截断して杵を做成し、地を掘りて臼を做成し、杵臼の便利は万民をして接済を得しむ、これは大概《小過》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:小なる功用をもって万物を救済すと解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第五件なり。杵は短木を用いるを須とせば、だから木を截して杵と為す。臼は地を鑿りて成るを要せば、だから地を掘りて臼と為す。《小過》に於て象を取るは、小事の功用は稍稍過越して能く物を済すの義を取るなり。杵臼もまた小事にして、稍加に過越してもって民を利するに用う、だから《小過》に於て象を取る。
弦木為弧,剡木為矢,弧矢之利,以威天下,蓋取諸睽。睽,乖也。物乖則爭興,弧矢之用,所以威乖爭也。[疏]正義曰:此九事之第六也。案《爾雅》:“弧,木弓也。”故云“弦木為弧”。“取諸睽”者,睽謂乖離,弧矢所以服此乖離之人,故取諸睽也。案弧、矢、杵、臼、服牛、乘馬、舟、楫皆云之“利”,此皆器物益人,故稱“利”也。重門擊柝,非如舟楫杵臼,故不云“利”也。變稱“以御暴客”,是以利也。垂衣裳不言利者,此亦隨便立稱,故云“天下治”,治亦利也。此皆義便而言,不可以一例取也。
経文に曰く:木材を彎曲して弦を上げて弓を做成し、木材を削制して箭を做成し、弓箭の便利をもって天下を威懾す、これは大概《睽》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:「睽」は乖背なり。事物は乖背すれば便ち争闘を興起し、弓箭の用处はまさにこの種の乖違争闘を威懾すと解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第六件なり。《爾雅》の「弧は、木弓なり」と曰えるを査せば、だから経文に「弦木為弧」という。いわゆる「取諸睽」の「睽」は乖離にして、弓箭はもってこれらの乖離の人を懾服するに用う、だから《睽》に於て象を取る。また按ずるに:弓・箭・杵・臼・服牛・乘馬・舟・楫は皆「利」と称すは、これらの器物は皆人に有益あるに因りて、だから「利」と称す。重門撃柝は舟楫杵臼のごとくならざれば、だから「利」と説かずして、しかして個別の説法に換えて「以御暴客」と称す、其実はすなわちもまた利なり。衣裳を垂るるは「利」と説かざるも、もまた文に随って名を立つるなり、だから「天下治」という、治もすなわち利なり。これらは皆文義の便に随って言うにして、能く一個の格式を拿りて套るべからず。
上古穴居而野處,後世聖人易之以宮室,上棟下宇,以待風雨,蓋取大壯。宮室壯大於穴居,故制為宮室,取諸大壯也。[疏]正義曰:此九事之第七也。巳前不云“上古”,已下三事,或言“上古”,或言“古”,與上不同者,巳前未造此器之前,更無餘物之用,非是後物以替前物,故不云“上古”也。此巳下三事皆是未造此物之前,巳更別有所用,今將後用而代前用,欲明前用所有,故本之云“上古”及“古”者,案未有衣裳之前,則衣鳥獸之皮,亦是巳前有用,不云“上古”者,雖云古者衣皮,必不專衣皮也,或衣草衣木,事無定體,故不得稱上古衣皮也。若此穴居野處,及結繩以治,唯專一事,故可稱上古,由後物代之也。“取諸大壯”者,以造制宮室,壯大於穴居野處,故取大壯之名也。
経文に曰く:上古の時に人々は洞穴の裏に居住し野外に棲身し、後世の聖人は宮室に改換して、上に棟梁ありて下に屋檐ありて、もって風雨を抵御す、これは大概《大壮》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:宮室は穴居より壮大にして、だから宮室を制作して、《大壮》に於て象を取ると解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第七件なり。前面の幾件は「上古」を説かずして、これ以下の三件は却って或は「上古」を説き或は「古」を説くは、前面と不同なり、その縁故は:前面の幾件はあの器物を造出する前に、併せて別の可用するの物なくして、後物をもって前物に替代するは存在せず、だから「上古」を説かず。これ以下の三件は皆此物を造出する前にすでに別に用いる所有りて、いま後來の办法を用いて先前の办法に取代して、先前はすでにその用あるを表明せんがために、だから本を追い源を遡って「上古」或は「古」を説く。按ずるに:衣裳なきの前に人々は鳥獣の皮を穿つるは、あれもまた先前すでに有りしの用途なるも、却って「上古」を説かざるは、古人は皮を穿つと説くといえども、も必ずしも専ら皮を穿つにあらず、或は草を披き或は木を披きて、固定の形式なく、だから能く「上古衣皮」と称する能わず。穴居野処および結繩して治むるに至りては、皆専ら一事を行う、だから能く「上古」と称すべし、後來の物はそれらに取代せるに因りて。いわゆる「取諸大壮」は、宮室を営造するは穴居野処より壮大なるに因りて、だから《大壮》の名を取る。
古之葬者厚衣之以薪,葬之中野,不封不樹,喪期無數,後世聖人易之以棺槨,蓋取諸大過。取其過厚。[疏]正義曰:此九事之第八也。不云“上古”,直云“古之葬者”,若極遠者,則云“上古”,其次遠者,則直云“古”。則厚衣之以薪,葬之中野,猶在穴居結繩之後,故直云“古”也。“不封不樹”者,不積土為墳,是不封也。不種樹以標其處,是不樹也。“喪期無數”者,哀除則止,無日月限數也。“後世聖人易之以棺槨”者,若《禮記》云“有虞氏瓦棺”,未必用木為棺也。則《禮記》又云“殷人之棺槨”,以前云槨,無文也。“取諸大過”者,送終追遠,欲其甚大過厚,故取諸大過也。案《書》稱堯崩,百姓如喪考妣,三載四海遏密八音,則喪期無數,在堯巳前,而棺槨自殷已後,則夏已前,棺槨未具也。所以其文參差,前後不齊者,但此文舉大略,明前後相代之義,不必確在一時故九事上從黃帝,下稱堯舜,連延不絕,更相增脩也。
経文に曰く:古時に人は死者を埋葬するに、柴薪を用いて厚厚に覆蓋して、原野の中に葬りて、土を堆めて墳を為さず、樹を種えて記を為さず、服喪の期限もまた定数なし。後世の聖人は棺椁を用うるに改換す、これは大概《大過》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:それの過度に厚重なるの義を取ると解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第八件なり。ここに「上古」を説かずして、ただ「古之葬者」と説くは、極めて久遠なるのみ「上古」と称し、次一等の久遠なるは便ちただ「古」と説く。柴薪を用いて厚覆し原野に葬るは、仍お穴居・結繩の後に在れば、だからただ「古」を説く。「不封不樹」は、泥土を堆積して墳丘を做成せざるはすなわち「不封」にして、樹を種えてもって地点を標明せざるはすなわち「不樹」なり。「喪期无数」は、哀情は消解せば便ち止みて、日月の定限なきを説く。「後世聖人易之以棺椁」は、《礼記》の「有虞氏瓦棺」と説くがごとく、必ずしも木を用いて棺を做すにあらず。《礼記》はまた「殷人之棺椁」と曰えり、此より以前に「椁」を講じたるの記載はこれ有らざるなり。いわゆる「取諸大過」は、終を送り遠を追うは格外に厚重に辦せんことを希望するに因りて、だから《大過》に於て象を取る。《尚書》は尭の去世する時に百姓は父母を喪うがごとく、三年の内に四海は一切の楽声を停止すと称するを査すれば、見れば喪期は定数なきは仍お尭より以前に在り。しかして棺椁は殷代より以後に初めて有れば、すなわち夏代より以前は棺椁はいまだ完備せず。これらの文字の前後に参差斉ならざる所以は、ただこの段の話はその大略を挙げて、前後の相代するの意思を説明するに因るのみ、必ずしも同一時代に確指するを須とせず。だからこの九件の事は上は黄帝に遡り、下は尭舜に称し、綿延断絶せずして、彼此に逓相増補修飾す。
上古結繩而治,後世聖人易之以書契,百官以治,萬民以察,蓋取諸夬。夬,決也。書契所以決斷萬事也。[疏]正義曰:此明九事之終也。夬者,決也。造立書契,所以決斷萬事,故取諸夬也。“結繩”者,鄭康成注云:“事大大結其繩,事小小結其繩。”義或然也。
経文に曰く:上古は結繩の办法を用いて治理し、後世の聖人は文字契券に改換して、百官はそれに憑りて事を治め、万民はそれに憑りて稽察す、これは大概《夬》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:「夬」は決断なり。書契はもって万事を決断するに用うと解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の最後の一件なり。「夬」はすなわち決断にして、文字契券を創立するはもって万事を決断するに用う、だから《夬》に於て象を取る。「結繩」に至りては、鄭康成の注に曰く:事情は大なれば便ち繩結を大に打ち、事情は小なれば便ち繩結を小に打つ。この説法は或は是ならん。
