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繋辞上・第二章

唐 · 孔颖达 · 第24巻 / 31

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

[疏]正義曰:“聖人設卦”至“不利”,此第二章也。前章言天地成象成形,簡易之德,明乾坤之大旨。此章明聖人設卦觀象,爻辭吉凶,悔吝之細別。

孔穎達の疏文は本章を総述す:「聖人設卦観象」の一句より起りて、「吉无不利」の一句に至りて止む、これは《繋辞上》の第二章である。前一章は天地の成象成形および易簡の徳を講じ、《乾》《坤》の大旨を闡明せり。この一章は則ち聖人が卦画を設置し物象を観察し、および爻辞の示すところの吉凶・悔吝の細密の分別を闡明す。

聖人設卦觀象,此總言也。[疏]“聖人”至“觀象”。○正義曰:謂聖人設畫其卦之時,莫不瞻觀物象,法其物象,然後設之,卦象則有吉有凶,故下文云“吉凶者,失得之象也。悔吝者,憂虞之象。變化者,進退之象。剛柔者,晝夜之象”。是施設其卦,有此諸象也。○注“此總言也”。○正義曰:此設卦觀象,總為下而言,故云“此總言也”。

経文に曰く:聖人は卦画を設置し物象を観察す。韓康伯の注は:これは総括の辞なりと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:聖人が卦爻を設画する時は、瞻望して物象を観察し物象に取法せざるなく、然る後に初めて卦画を設立す。卦象の裡に吉あり凶あるに因りて、だから下文に「吉凶者,失得之象也。悔吝者,憂虞之象。変化者,進退之象。剛柔者,昼夜之象」と曰う、これにより施設する所の卦がこれらの物象を具備するを見るべし。孔穎達はまた韓注を疏して曰く:ここの「設卦観象」は総じて下文のために発す、だから韓康伯は「此総言也」と曰う。

繫辭焉而明吉凶,剛柔相推而生變化。繫辭所以明吉凶,剛柔相推所以明變化也。吉凶者,存乎人事也。變化者,存乎運行也。[疏]正義曰:“繫辭焉而明吉凶”者,卦象爻象,有吉有凶。若不繫辭,其理未顯。故繫屬吉凶之文辭於卦爻之下,而顯明此卦爻吉凶也。案吉凶之外,猶有悔吝憂虞,直云而明吉凶者,悔吝憂虞,是凶中之小,別舉吉凶,則包之可知也。“剛柔相推而生變化”者,八純之卦,卦之與爻,其象既定,變化猶少;若剛柔二氣相推,陰爻陽爻交變,分為六十四卦,有三百八十四爻,委曲變化,事非一體,是“而生變化”也。繫辭而明吉凶,明繫辭之意;剛柔相推而生變化,明其推引而生雜卦之意也。

経文に曰く:文辞を繋えて吉凶を闡明し、剛柔は互相に推移して変化を産生す。韓康伯の注は:繋辞は吉凶を闡明するに用い、剛柔相推は変化を闡明するに用いる。吉凶は人事に存在し、変化は運行に存在すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「繋辞焉而明吉凶」は、卦象と爻象はもとより吉あり凶あるも、もし文辞を繋えざれば、その中の道理は顕明する由なし。だから吉凶を断定するの文辞を卦爻の下に系属して、もってこの一卦一爻の吉凶を彰顯す。按ずるに吉凶の外にまた悔吝憂虞あり、ここにただ「明吉凶」と説くは、悔吝憂虞は凶中の較小なる一等に属するに因りて、単に吉凶を挙げればすでにそれらを包括する内に在り。「剛柔相推而生変化」は、八個の純卦に於て、卦と爻の物象すでに定下せり、変化は仍お少なし。一旦剛柔二気が互相に推移し陰爻陽爻が交互変動せば、便ち分衍して六十四卦・三百八十四爻と為り、曲折変化して形態不一なり、これがすなわち「而生変化」である。「繋辞而明吉凶」が講ずるは繋辞の用意にして、「剛柔相推而生変化」が講ずるは推衍して雑卦を生出するの用意である。

是故吉凶者,失得之象也。由有失得,故吉凶生。[疏]正義曰:此下四句《經》,總明諸象不同之事,辭之吉者是得之象;辭之凶者是失之象,故曰“吉凶者,是失得之象也”。初時於事有失有得,積漸成著,乃為吉凶也。然《易》之諸卦及爻不言吉凶者,義有數等。或吉凶據文可知,不須明言吉凶者。若《乾》“元亨利貞”及“九五,飛龍在天,利見大人”之屬,尋文考義,是吉可知,故不須云吉也。若其《剝》“不利有攸往”,《離》之九四“突如其來如,焚如,死如,棄如”之屬,據其文辭,其凶可見,故不言凶也。亦有爻處吉凶之際,吉凶未定,行善則吉,行惡則凶。是吉凶未定,亦不言吉凶,若《乾》之九三“君子終日乾乾,夕惕若,厲無咎”,若《屯》之六二“屯如邅如,乘馬班如,匪寇,婚媾,女子貞不字,十年乃字”,是吉凶未定,亦不言吉凶也。

経文に曰く:それゆえ吉凶は「失」と「得」の象なり。韓康伯の注は:失あり得あるに因りて、吉凶は初めて産生すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:以下の四句の経文は総じて各種の象の不同を説く:辞の吉に属するは「得」の象、辞の凶に属するは「失」の象なり。だから「吉凶者,失得之象也」という。起初に事を辦すに失あり得あり、逐漸積累して顕著と為りて、初めて吉凶と成る。ただし《周易》の諸卦および爻にもまた吉凶を説かざる者あり、情形は好幾類に分かる。或るは吉凶は文に拠りて即ち知暁すべく、明説するを要せず、《乾》卦の「元亨利貞」および九五の「飛龍在天,利見大人」の類のごとく、文辞を尋繹し義理を考究せば、吉なるは知るべし、だから「吉」の字を写すを要せず。或るは《剥》卦の「不利有攸往」、《離》卦九四の「突如其来如,焚如,死如,棄如」の類のごとく、その文辞に拠りてすでにその凶を見る、だから「凶」の字を写さず。もありて爻はまさに吉凶の交界の際に処り、吉凶いまだ定まらず、善を行えば則ち吉、悪を行えば則ち凶、吉凶いまだ定まらざるに因りて、また吉凶を説かず、《乾》卦九三の「君子終日乾乾,夕惕若,厲无咎」、《屯》卦六二の「屯如邅如,乘馬班如,匪寇,婚媾,女子貞不字,十年乃字」のごとく、皆吉凶いまだ定まらずして吉凶を言わざるに属す。

又諸稱無咎者,若不有善應則有咎,若有善應則無咎,此亦不定言吉凶也。諸稱吉凶者,皆嫌其吉凶不明,故言吉凶以正之,若《坤》之六五“黃裳元吉”,以陰居尊位,嫌其不吉,故言吉以明之。推此餘可知也。亦有於事無嫌,吉凶灼然可知,而更明言吉凶者,若《剝》之初六“剝床以足,蔑貞凶”、六二“剝床以辨,蔑貞凶”者,此皆凶狀灼然,而言凶也。或有一卦之內,或一爻之中,得失相形,須言吉凶。若《大過》九三“棟橈凶”、九四“棟隆吉”,是一卦相形也;《屯》卦九五“屯其膏,小貞吉,大貞凶”,是一爻相形也。亦有一事相形,終始有異。若《訟》卦“有孚窒惕,中吉,終凶”之類是也。大略如此。原夫《易》之為書,曲明萬象,苟在釋辭,明其意,達其理,不可以一爻為例,義有變通也。

孔穎達は続けて曰く:およそ「无咎」と称する者は、もし善の応合なければ便ち過錯あり、善の応合あれば初めて過錯なし、これもまた吉凶不定にして明説せざるの一類に属す。およそ吉凶を明写する者は、皆吉凶の顕豁たるに足らざるを怕れ、だから吉凶を標出してこれを正定す、例えば《坤》卦六五の「黄裳元吉」、陰爻をもって尊位に居り、人は容易にその不吉を疑心す、だから一個の「吉」の字を標して点明す。これに依りて類推すれば、その余は知るべし。もありて事上はもとより疑うべきなく吉凶明明白白なれども、却って仍お吉凶を明写する者、例えば《剥》卦初六の「剥床以足,蔑貞凶」、六二の「剥床以辨,蔑貞凶」、凶の情状は十分に顕豁にして、仍お「凶」の字を写出す。もありては一卦の内或は一爻の中に於て、得と失が彼此対照し、吉凶を説かざるべからざる:《大過》九三の「棟橈凶」、九四の「棟隆吉」は、一卦の内の彼此対照なり。《屯》卦九五の「屯其膏,小貞吉,大貞凶」は、一爻の中の彼此対照なり。もありて同一の事が前後対照して始末不同なる、《訟》卦の卦辞「有孚窒惕,中吉,終凶」の類のごとし。大略かくのごとし。《周易》のこの書を推究するに、曲折に万象を闡明し、文辞を解釈しその意を点明しその理を通達するに重んず、某一爻を取りて通例と為すべからず、義理は変通あるなり。

悔吝者,憂虞之象也。失得之微者,足以致憂虞而巳,故曰悔吝。[疏]正義曰:《經》稱悔吝者,是得失微小,初時憂念虞度之形象也。以憂虞不巳,未是大凶,終致悔吝。悔者,其事巳過,意有追悔之也。吝者,當事之時,可輕鄙恥,故云吝也。吝既是小凶,則《易》之為書亦有小吉,則無咎之屬善補過是也。此亦小吉,而不言者,下《經》備陳之也,故於此不言。其餘元亨利貞,則是吉象之境,有四德別言,故於此不言也。其以祉有慶有福之屬,各於爻卦別言,故不在此而說。且《易》者戒人為惡,故於惡事備言也。

経文に曰く:悔と吝は憂愁疑慮の象なり。韓康伯の注は:得失の軽微なるは、ただ憂愁疑慮を招致するに足るのみ、だから「悔吝」と言うと解く。孔穎達の疏が解して曰く:経文の称する「悔吝」は、得失微小にして、起初に心中に憂念揣度するの形象である。憂慮已まず、まだ大凶と算上するに足らざるといえども、終竟は悔と吝に落下せん。「悔」は事情すでに過去して、心裏に追悔の意ある。「吝」はまさにその事に当たる時に、行為は軽鄙すべく人をして羞恥せしむ、だから「吝」と言う。「吝」はすでに小凶なれば、すなわち《周易》のこの書もまた小吉あるべし、「无咎」の一類は善く過失を補救するはすなわち小吉なり。ここに提げざる所以は、下文の経文が詳細に陳説するに因りて、だから此処は説かず。その余「元亨利貞」のごときは、吉象の範囲に属し、四徳は別に専門の論述あり、だから此処もまた説かず。「有祉」「有慶」「有福」の一類に至りては、各々相応の卦辞爻辞の裡に分かちて講じたり、だからここに於て説かず。況んや《周易》は意は人に悪を為さざらしめんと誡告するに在り、だから凶悪の事に対して講ずる所は格外に周備なり。

變化者,進退之象也。往復相推,迭進退也。[疏]正義曰:萬物之象,皆有陰陽之爻,或從始而上進,或居終而倒退,以其往復相推,或漸變而頓化,故云“進退之象也”。剛柔者,晝夜之象也。晝則陽剛,夜則陰柔,始總言吉凶變化,而下別明悔吝、晝夜者,悔吝則吉凶之類,晝夜亦變化之道,吉凶之類,則同因繫辭而明;變化之道,則俱由剛柔而著,故始總言之,下則明失得之輕重,辨變化之小大,故別序其義也。

経文に曰く:変と化は進と退の象なり。韓康伯の注は:往と復は互相に推移し、交替して進退を呈現すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:万物の物象は皆陰陽の爻に由りて構成す、或るは起始の処より上に前進し、或るは終位に居りて後に倒退す。往復相推するに因りて、或る時は漸々として変じ或る時は頓然として化す、だから「進退之象」という。経文は続けて曰く:剛と柔は昼と夜の象なり。韓康伯の注は:白昼は陽に属して剛、黒夜は陰に属して柔と解く。開頭は総じて吉凶と変化を説き、下文は却って分かちて悔吝と昼夜を講ずるは、悔吝はもとより吉凶の一類に属し、昼夜もまた変化の道に属するに因りて。吉凶の一類は同じく繋辞に憑りて彰明し、変化の道は皆剛柔に由りて顕著す、だから開頭は総説し、下文は則ち得失の軽重・変化の大小を辨明す、それゆえ別行に分別してその義を叙述す。

[疏]“剛柔”至“象也”。○正義曰:晝則陽日照臨,萬物生而堅剛,是晝之象也。夜則陰潤浸被,萬物而皆柔弱,是夜之象也。○注“始總”至“變化”。○正義曰:云:“始總言吉凶變化”者,謂上文云“繫辭焉而明吉凶,剛柔相推而生變化”,是始總言吉凶變化也。云“而下別明悔吝晝夜”者,謂次文云“悔吝者,憂虞之象”,“剛柔者,晝夜之象”,是別明悔吝晝夜也。

孔穎達の疏は経文の「剛柔者,昼夜之象也」を解して曰く:白昼は陽に属する太陽が照臨し、万物は生長して堅強剛勁なり、これは白昼の象である。黒夜は陰に属する潤気が浸潤覆被して、万物は皆柔弱を顕す、これは黒夜の象である。孔穎達はまた韓注の「始総」より「変化」に至る一段を疏して曰く:韓注の講ずる「始総言吉凶変化」は、指すところは上文の「繋辞焉而明吉凶,剛柔相推而生変化」、あれは開頭に総じて吉凶と変化を説く。「而下別明悔吝昼夜」と講ずるは、指すところは続く「悔吝者,憂虞之象」「剛柔者,昼夜之象」、あれは分かちて悔吝と昼夜を闡明す。

言“悔吝則吉凶之類”者,案上文繫辭而明吉凶,次又別序云:“吉凶者,失得之象。”“悔吝者,憂虞之象。”是吉凶之外,別生悔吝,是悔吝亦吉凶之類。大略總言吉凶,是細別之,吉凶之外,別有悔吝也,故云“悔吝則吉凶之類”。云“晝夜亦變化之道”者,案上文云“剛柔相推而生變化”,次文別云“變化者,進退之象”,“剛柔者,晝夜之象”,變化之外,別雲晝夜,總言之則變化晝夜是一,分之則變化晝夜是殊,故云“晝夜亦變化之道”也。

韓注の「悔吝則吉凶之類」と曰うは、上文は繋辞をもって吉凶を闡明し、続いて分別して「吉凶者,失得之象」「悔吝者,憂虞之象」を叙述するに因りて、これにより見れば吉凶の外に別に悔吝を生出し、悔吝もまた吉凶の一類に属す。粗略に総説せばただ吉凶を講ずるのみ、細分せば、吉凶の外に別に悔吝あり。だから「悔吝則吉凶之類」という。韓注の「昼夜亦変化之道」と曰うは、上文は「剛柔相推而生変化」を講じ、下文はまた分かちて「変化者,進退之象」「剛柔者,昼夜之象」を講ずるに因りて、変化の外に別に昼夜を提ぐ。合わせて説けば、変化と昼夜は一回事なり。分かちて説けば、変化と昼夜はまた差別あり。だから「昼夜亦変化之道」という。

云“吉凶之類,則同因繫辭而明”者,案上文云“繫辭焉而明吉凶”,次文別序云“吉凶”“悔吝”,兩事同因上繫辭而明之也,故云“吉凶之類,則同因《繫辭》而明”也。云“變化之道,則俱由剛柔而著”者,上文“剛柔相推而生變化”,次文別序云:“變化者,進退之象。剛柔者,晝夜之象。”上文則變化剛柔合為一,次文則別序變化剛柔分為二。合之則同,分之則異,是變化從剛柔而生,故云“變化之道,俱由剛柔而著”也。

韓注の「吉凶之類,則同因繋辞而明」と曰うは、上文は「繋辞焉而明吉凶」を講じ、下文はまた分別して「吉凶」と「悔吝」を叙述す、この両件事は同じく上文の繋辞に憑りて彰明を得るに因りて、だから吉凶の一類は皆《繋辞》に由りて明なりと曰う。韓注の「変化之道,則倶由剛柔而著」と曰うは、上文は「剛柔相推而生変化」を講じ、下文はまた分別して「変化者,進退之象。剛柔者,昼夜之象」を叙述す。上文は変化と剛柔を合わせて一事と為し、下文は則ち変化と剛柔を分かちて両事と為す。合わせて説けば同一回事なり、分かちて説けば初めて差異あり、これにより変化は剛柔より生ずるを見るべし。だから「変化之道,倶由剛柔而著」という。

云“故始總言之”也。上文“繫辭焉而明吉凶”,不云悔吝,是總言之也。又上文“剛柔相推而生變化”,不云晝夜,是總變化言之也。云“下則明失得之輕重,辨變化之小大,故別序其義”者,案次文別序云:“吉凶者,失得之象。”是失得重也;“悔吝者,憂虞之象”。是失得輕也。又次《經》云:“變化者,進退之象。”是變化大也;“剛柔者,晝夜之象”。是變化小也。兩事並言,失得別明輕重,變化別明小大,是別序其義。

韓注の「故始総言之」と曰うは、上文の「繋辞焉而明吉凶」は悔吝を提げず、あれは総説なり。上文の「剛柔相推而生変化」は昼夜を提げず、あれは変化に就きて総説す。韓注の「下則明失得之軽重,辨変化之小大,故別序其義」と曰うは、下文は分別して「吉凶者,失得之象」を叙述す、あれは失得の較重なる一面なり。「悔吝者,憂虞之象」は、あれは失得の較軽なる一面なり。更に下面の経文は「変化者,進退之象」と曰う、あれは変化の較大なる一面なり。「剛柔者,昼夜之象」は、あれは変化の較小なる一面なり。両事は併挙して、失得は分別して軽重を点明し、変化は分別して大小を点明す、これがすなわち分別してその義を叙述するなり。

六爻之動,三極之道也。三極,三材也。兼三材之道,故能見吉凶,成變化也。[疏]正義曰:此覆明變化進退之義,言六爻遞相推動而生變化,是天地人三才至極之道,以其事兼三才,故能見吉凶而成變化也。

経文に曰く:六爻の変動は、「三極」の道を体現す。韓康伯の注は:「三極」はすなわち「三材」にして、天・地・人の三材の道を兼備す、だから能く吉凶を顕現し変化を成就すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:これは再び変化進退の意義を申明す——六爻は逓相推動して変化を産生す、まさに天・地・人の三才の至極の道理である。それは三才を兼摂するに因りて、だから能く吉凶を顕現して変化を成就す。

是故君子所居而安者,易之序也。序,易象之次序。[疏]正義曰:以其在上,吉凶顯其得失,變化明其進退,以此之故,君子觀象知其所處,故可居治之位,而安靜居之,是易位之次序也。若居在乾之初九,而安在勿用,若居在乾之九三,而安在乾乾,是以所居而安者,由觀易之位次序也。

経文に曰く:それゆえ君子の居処して能く安然たるは、《周易》の示すところの次序なり。韓康伯の注は:「序」は《周易》の卦爻の象の次第を指すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:上文すでに吉凶は得失を顕示し変化は進退を顕示すると講明せるに因りて、君子はこれに拠りて象を観て自己の処する地位を知り、ここにおいて能く事を治すべきの位次を占踞し、安静地にその中に居守す、これがすなわち《周易》の爻位の次序である。譬えば身は《乾》卦初九に処せば、便ち「潜龍勿用」に安んじ、身は《乾》卦九三に処せば、便ち「終日乾乾」に安んずるがごとし。これにより居りて安んずる能くする所以は、まさに《周易》の爻位の次序を観察するに由るを見るべし。

所樂而玩者,爻之辭也。是故君子居則觀其象而玩其辭,動則觀其變而玩其占。是以自天祐之,吉無不利。[疏]“所樂”至“無不利”。○正義曰:“所樂而玩者,爻之辭也”者,言君子愛樂而習翫者,是六爻之辭也。辭有吉凶悔吝,見善則思齊其事,見惡則懼而自改,所以愛樂而耽玩也。卦之與爻,皆有其辭,但爻有變化,取象既多,以知得失。故君子尢所愛樂,所以特云“爻之辭”也。“是故君子居則觀其象而玩其辭”者,以易象則明其善惡,辭則示其吉凶,故君子自居處其身,觀看其象,以知身之善惡,而習翫其辭,以曉事之吉凶。

経文に曰く:君子の喜愛して反復玩味する所は、爻辞なり。だから君子は平居する時は便ち卦爻の象を観てその辞を玩味し、行動する所有る時は便ち爻の変動を観てその占を玩味す。それゆえ上天は彼を佑助して、吉祥にして利ならざるなし。孔穎達の疏が解して曰く:「所楽而玩者,爻之辞也」は、君子の喜愛して反復研習玩味するは、まさに六爻の文辞なり。爻辞の裡に吉あり・凶あり・悔あり・吝あり、善を見れば便ちそれに斉しからんことを想い、悪を見れば便ち警懼して自己改正す、だから喜愛して沈玩して已まず。卦と爻は皆各々その辞あるも、ただ爻に変動あり、取るところの物象すでに多く、これに拠りて得失を知る、だから君子は格外に喜愛し、それにより特に「爻之辞」と説く。「是故君子居則観其象而玩其辞」は、卦象は能く善悪を顕明し文辞は能く吉凶を昭示すれば、だから君子は居処安身の時に、卦爻の象を観看して自身の善悪を了解し、その辞を研習玩味して事情の吉凶を通暁すを言う。

“動則觀其變而玩其占”者,言君子出行興動之時,則觀其爻之變化,而習翫其占之吉凶。若《乾》之九四“或躍在淵”,是動則觀其變也。《春秋傳》云:“先王卜征五年。”又云:“卜以決疑。”是動玩其占也。“是以自天祐之,吉無不利”者,君子既能奉遵易象,以居處其身,無有凶害,是以從天以下,悉皆祐之,吉無不利。此《大有》上九爻辭。

孔穎達は続けて疏解す:「動則観其変而玩其占」は、君子が出行して事を挙げる時に、便ち爻の変動を観察し、占う所の吉凶を研習玩味すを言う。《乾》卦九四の「或躍在淵」のごときは、まさに行動の時にその変を観察す。《春秋左氏伝》の記する「先王卜征五年」、また「卜以決疑」を記すは、これがすなわち行動の時にその占を玩味す。「是以自天祐之,吉无不利」は、君子すでに能く《周易》の象を奉行遵守して安身处世して、凶害を招致せざれば、それゆえ上天より以下は、彼を佑助せざるなし、吉祥にして利ならざるなし。この両句はもとより《大有》卦上九の爻辞なり。

繋辞上・第三章

[疏]正義曰:“彖者言乎”至“生之說”,此第三章也。上章明吉凶悔吝繫辭之義,而細意未盡,故此章更委曲說卦爻吉凶之事。是以義理深奧,能彌綸天地之道,仰觀俯察,知死生之說。彖者,言乎象者也。彖總一卦之義也。[疏]正義曰:《彖》謂卦下之辭,言說乎一卦之象也。爻者,言乎變者也。爻各言其變也。[疏]正義曰:謂爻下之辭,言說此爻之象改變也。

孔穎達の疏文は本章を総述す:「彖者,言乎象者也」の一句より起りて、「知死生之説」の一句に至りて止む、これは《繋辞上》の第三章である。上一章は吉凶悔吝と繋辞の意義を闡明して、しかして細微の処はいまだ説き尽くさず、だからこの一章は再び曲折詳説して卦爻の吉凶の事を説く。それにより義理深奥にして、能く天地の道を包羅弥合し、仰いで天文を観て俯して地理を察し、生死の道理を通暁す。経文に曰く:彖辞は卦象を説明するなり。韓康伯の注は:彖辞は一卦の意義を総括すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「彖」は卦下に繋がる文辞を指し、もってこの一卦の物象を説明す。経文はまた曰く:爻辞は変動を説明するなり。韓康伯の注は:毎一爻は各自その変動を説明すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:これは爻下に繋がる文辞を指し、もってこの一爻の物象の発生したる改変を説明す。

吉凶者,言乎其失得也。悔吝者,言乎其小疵也。無咎者,善補過也。是故列貴賤者存乎位,爻之所處曰位,六位有貴賤也。[疏]正義曰:“吉凶者,言乎其失得也”者,謂爻卦下辭也。著其吉凶者,言論其卦爻失之與得之義也。前章言據其卦爻之象,故云“吉凶者,失得之象”。此章據其卦爻之辭,故云“吉凶者,言乎其失得”也。“悔吝者,言乎其小疵也”者,辭著悔吝者,言說此卦爻有小疵病也。有小疵病,必預有憂虞,故前章云:“悔吝者,憂虞之象。”但前章據其象,此章論其辭也。

経文に曰く:「吉」「凶」は得失に就きて言うなり。「悔」「吝」は小の瑕疵に就きて言うなり。「无咎」は善く過失を補救するなり。だから貴賤を陈列するは爻位に在り。韓康伯の注は:爻の処する所を「位」と言う、六個の爻位に貴あり賤ありと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「吉凶者,言乎其失得也」が講ずるは卦下爻下に繋がる文辞——文辞は吉凶を標明すれば、すなわちこの一卦一爻が失なるか得なるかを論説す。前一章は卦爻の象に就きて講ずれば、だから「吉凶者,失得之象」と曰い、この一章は卦爻の辞に就きて講ずれば、だから「吉凶者,言乎其失得」という。「悔吝者,言乎其小疵也」は、文辞が悔吝を標出すれば、すなわちこの一卦一爻に小の毛病あるを説く。小の毛病あれば、必ず予め憂愁疑慮を生出す、だから前一章に「悔吝者,憂虞之象」と曰う。ただし前一章の依拠する所は象にして、この一章の論説する所は辞なり。

“無咎者,善補過也”者,辭稱無咎者,即此卦爻能補其過。若不能補過,則有咎也。案《略例》:無咎有二,一者善能補過,故無咎。二者其禍自已招,無所怨咎,故《節》之六三:“不節之嗟,又誰咎也?”但如此者少,此據多者言之,故云“善補過也”。前章舉其大略,故不細言無咎之事,此章備論也。“是故列貴賤者存乎位”者,以爻者言乎變,以此之故,陳列物之貴賤者在存乎六爻之位,皆上貴而下賤也。

孔穎達は続けて疏解す:「无咎者,善補過也」は、文辞の「无咎」と称するは、すなわちこの一卦一爻が能く自己の過失を補救するを言う。もし能く補救せざれば、便ち過錯あらん。按ずるに王弼の《周易略例》の言う所は、「无咎」に両種あり:一種は善く過失を補救して、それにより過錯なし。別の一種は禍患は自ら招きて来たり、別人を怨むべからず、だから《節》卦六三に「不節之嗟,又誰咎也」と曰う。ただし後の一種の情形は甚少なり、ここは多数の情形に就きて説を立つ、だから「善補過也」という。前一章はただその大略を挙げ、それにより「无咎」の事を細講せず、この一章は初めて詳しく論説を加う。「是故列貴賤者存乎位」は、爻は変動を講ずれば、まさにこれに因りて、事物の貴賤を陈列するの関鍵は六爻の位次に在り、一概に上位を貴と為し下位を賤と為す。

齊小大者存乎卦,卦有小大也,齊猶言辨也,即彖者言乎象也。[疏]正義曰:以彖者言乎象,象有小大,故齊辨物之小大者存乎卦也。猶若《泰》則“小往大來,吉亨”,《否》則“大往小來”之類是也。

経文に曰く:小と大を斉一区分するは卦に在り。韓康伯の注は:卦に小あり大あり、「斉」は猶お「辨別」と曰うがごとく、すなわち上文の「彖者言乎象」の意と解く。孔穎達の疏が解して曰く:彖辞は卦象を説明するに因りて、しかして卦象に小あり大あるに因りて、だから事物の小大を辨別するの関鍵は卦に在り。譬えば《泰》卦に「小往大来,吉亨」と曰い、《否》卦に「大往小来」と曰うは、便ちこの一類に属す。

辯吉凶者存乎辭,辭,爻辭也,即“爻者言乎變”也。言象所以明小大,言變所以明吉凶。故小大之義存乎卦,吉凶之狀見乎爻。至於悔吝無咎,其例一也。吉凶悔吝小疵無咎,皆主乎變,事有小大,故下歷言五者之差也。[疏]“辯吉”至“乎辭”。○正義曰:謂辯明卦之與爻之吉凶,存乎卦爻下之言辭是也。○注“辭爻”至“差也”。○正義曰:云:“辭,爻辭也”者,其實卦之與爻,皆有其辭。知是爻辭者,但卦辭變化少,爻辭變化多,此《經》“辯吉凶者存乎辭”,與“齊小大者存乎卦”,二文相對,上既云卦,故此辭為爻辭也。云“言象所以明小大”者,即“齊小大者存乎卦”是也。云“言變化所以明吉凶”者,則“辯吉凶者存乎辭”是也。云“故小大之義存乎卦”者,覆說“言象所以明小大”也。云“吉凶之狀見乎爻”者,覆說“言變所以明吉凶”也。

経文に曰く:吉凶を辨別するは文辞に在り。韓康伯の注は:ここの「辞」は爻辞を指し、すなわち上文の「爻者言乎変」の意なり。「象」を講ずるは小大を闡明するに用い、「変」を講ずるは吉凶を闡明するに用いる。だから小大の意義は卦に存し、吉凶の情状は爻に見る。悔吝と无咎に至りては、体例は一様なり。吉凶・悔吝のごとき小疵および无咎は、皆「変」を主と為す。事情に小あり大あるに因りて、だから下文は逐一にこの五者の差別を説出すと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:一卦と一爻の吉凶を辨明するの関鍵は、卦爻の下に繋がる文辞に在り。孔穎達はまた韓注の「辞,爻辞也」より「五者之差」に至る一段を疏して曰く:韓注の講ずる「辞,爻辞也」は、その実卦と爻は皆各々その辞あるも、ここに専ら爻辞を指すを知る所以は、卦辞の変化は少なく爻辞の変化は多く、しかしてこの句の経文「辯吉凶者存乎辞」は上句の「斉小大者存乎卦」と両両相対し、上句すでに「卦」を説きたれば、此処の「辞」は自然に爻辞なり。韓注の講ずる「言象所以明小大」は、指すところはすなわち「斉小大者存乎卦」なり。講ずる「言変化所以明吉凶」は、指すところはすなわち「辯吉凶者存乎辞」なり。講ずる「故小大之義存乎卦」は、回頭して「言象所以明小大」を申説す。講ずる「吉凶之状見乎爻」は、回頭して「言変所以明吉凶」を申説す。

云“悔吝無咎,其例一也”者,謂悔吝無咎,體例與吉凶一也,皆是存乎辭。云“悔吝小疵無咎,皆生乎變”者,謂皆生於爻也。言乎變者,謂皆從爻變而來。云“事有小大”者,大則為吉凶,小則為悔吝無咎也。云“故下歷言五者之差”者,謂於吉凶下歷次言五者之差別,數五者,謂吉一,凶二,悔三,吝四,無咎五。“然諸儒以為五者,皆數列貴賤者存乎位,”是其一也。“齊小大者存乎卦”,是其二也。“辯吉凶者存乎辭”,是其三也。“憂悔吝者存乎介”,是其四也。“震無咎者存乎無悔”,是其五也。於《經》數之為便,但於《注》理則乖,今並存焉,任後賢所釋。

韓注の「悔吝无咎,其例一也」と曰うは、悔吝と无咎の体例は吉凶と同じく、皆文辞に存るを指す。韓注の悔吝のごとき小疵と无咎の「皆生乎変」と曰うは、それらが皆爻より生ずるを指す。いわゆる「言乎変」は、皆爻の変動より来たるを説く。韓注の「事有小大」と曰うは、大なるは便ち吉凶と成り、小なるは便ち悔吝・无咎と成るを指す。韓注の「故下歴言五者之差」と曰うは、吉凶の下に於て順次に五者の差別を説出すを指す。数える所の五者は、吉を一と為し、凶を二と為し、悔を三と為し、吝を四と為し、无咎を五と為す。しかるに諸家の学者はこの五者は応に別の一種の数法あるべしと為す:「列貴賤者存乎位」を第一と為し、「斉小大者存乎卦」を第二と為し、「辯吉凶者存乎辞」を第三と為し、「憂悔吝者存乎介」を第四と為し、「震无咎者存乎无悔」を第五と為す。経文に照らして数うるは固然に方便なるも、韓注の義理に相違す。いま両説を併存し、後来の賢者の解釈を留待す。

憂悔吝者存乎介,介,纖介也。王弼曰:憂悔吝之時,其介不可慢也。即“悔吝者言乎小疵也”。[疏]正義曰:介謂纖介,謂小小疵病。能預憂虞悔吝者,存於細小之疵病也。震無咎者存乎無悔。無咎者,善補過也。震,動也。故動而無咎,存乎無悔過也。[疏]正義曰:震,動也。動而無咎者,存乎能自悔過也。

経文に曰く:悔吝を憂慮するは「介」に在り。韓康伯の注は:「介」は細微の意なり。王弼の説に、まさに悔吝を憂慮する時に当たりて、あの細微の処は軽忽すべからず、すなわち上文の「悔吝者言乎小疵也」の意なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「介」は纎細微小を指し、すなわち小小の毛病なり。能く予め悔吝を憂慮する人は、着眼する所はまさにこれらの細小の毛病の上に在り。経文は続けて曰く:動にして无咎なるは、能く悔恨なからしむるに在り。韓康伯の注は:「无咎」はすなわち善く過失を補救するなり。「震」は動の意なり、だから行動して過錯を致さざるは、関鍵は能く悔恨を遺さざるに在りと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「震」は動なり、行動して過錯なからんは、能く自己の過失を悔改するに在り。

是故卦有小大,辭有險易。其道光明曰大,君子道消曰小;之泰則其辭易,之否則其辭險。[疏]正義曰:其道光明謂之大,其道消散謂之小。若之適通泰,其辭則說易,若之適否塞,其辭則難險也。辭也者,各指其所之。《易》與天地準,作《易》以準天地。

経文に曰く:それゆえ卦に小あり大あり、辞に険あり易あり。韓康伯の注は:その道の光明なるを「大」と言い、君子の道の消退するを「小」と言う。通泰に趨向するは、その文辞は便ち平易なり。否塞に趨向するは、その文辞は便ち険難なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:その道光明なれば便ち大と称し、その道消散すれば便ち小と称す。もし通達安泰に走向せば、文辞は便ち和悦平易なり。もし閉塞不通に走向せば、文辞は便ち艱難険峻なり。経文は続けて曰く:文辞は各自その趨向する所の方向を指示す。《周易》は天地と斉準す。韓康伯の注は:《周易》を作すはまさにもって天地に比準するなりと解く。

[疏]正義曰:“辭也者,各指其所之”者,謂爻卦之辭,各斥其爻卦之之適也。若之適於善,則其辭善。若之適於惡,則其辭惡也。“《易》與天地準”者,自此已上,論卦爻辭理之義;自此已下,廣明《易》道之美。言聖人作《易》,與天地相準。謂準擬天地,則乾健以法天,坤順以法地之類是也。

孔穎達の疏が解して曰く:「辞也者,各指其所之」は、卦辞と爻辞は各自その卦その爻の趨向を指明すを言う:善に趨向せば、文辞は便ち善なり。悪に趨向せば、文辞は便ち悪なり。「《易》与天地準」の一句に至りては、この句より以上は、卦爻文辞の義理の問題を論ず。この句より以下は、則ち広く《周易》の道の美善を闡明す。これは聖人が《周易》を作して天地と斉準するを説くにして、すなわちこれは天地に比擬す——《乾》は剛健をもって天に取法し、《坤》は柔順をもって地に取法す、便ちこの一類に属す。

故能彌綸天地之道,仰以觀於天文,俯以察於地理,是故知幽明之故。原始反終,故知死生之說。幽明者,有形無形之象。死生者,終始之數也。[疏]正義曰:“故能彌綸天地之道”者,以《易》與天地相準,為此之故聖人用易,能彌綸天地之道,彌謂彌縫補合,綸謂經綸牽引,能補合牽引天地之道,用此易道也。““仰以觀於天文,俯以察於地理”者,天有懸象而成文章,故稱文也。地有山川原隰,各有條理,故稱理也。“是故知幽明之故”者,故謂事也。故以用易道,仰觀俯察,知無形之幽,有形之明,義理事故也。“原始反終,故知生死之說”者,言用易理,原窮事物之初始,反覆事物之終末,始終吉凶,皆悉包羅,以此之故,知死生之數也。正謂用易道參其逆順,則禍福可知;用蓍策求其吉凶,則死生可識也。

経文に曰く:それゆえ《周易》は能く天地の道を包羅弥合す。頭を仰ぎて天上の文象を観察し、身を俯して地上の理則を審察すれば、それゆえ幽隠と顕明の縁故を通暁す。事物の開端を推原し、事物の終結を反求すれば、それゆえ生と死の道理を通暁す。韓康伯の注は:「幽明」は有形と无形の象を指し、「死生」は終と始の気数を指すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「故能弥綸天地之道」は《周易》が天地と斉準するに因りて、だから聖人は《周易》を運用して能く天地の道を弥綸す。「弥」は弥縫補合にして、「綸」は経綸牽引なり、能く天地の道を補合牽引するは、倚る所はまさにこの易道なり。「仰以観於天文,俯以察於地理」は、天上に懸垂の物象ありて文采と成れば、だから「文」と称し、地上に山川原野と低湿の地ありて、各々条理あれば、だから「理」と称す。「是故知幽明之故」の「故」は事を指す。易道を運用して仰観俯察せば、便ち能く无形の幽・有形の明、およびその中の義理と事情を知る。「原始反終,故知生死之説」は、易理を運用して、事物の最初に推究し、反復して事物の終末に推尋せば、始終吉凶は包羅せざるなく、それゆえ能く生死の気数を知るを言う。これはまさに説く:易道を用いて事情の逆順を参験せば、禍福は便ち能く予知す。蓍草策数を用いて吉凶を推求せば、生死は便ち能く辨識す。

繋辞上・第四章

[疏]正義曰:“精氣為物”至“鮮矣”,此第四章也。上章明卦爻之義,其事類稍盡,但卦爻未明鬼神情狀。此章說物之改變而為鬼神,易能通鬼神之變化,故於此章明之。精氣為物,游魂為變,精氣煙熅,聚而成物。聚極則散,而游魂為變也。游魂,言其遊散也。[疏]正義曰:云:“精氣為物”者,謂陰陽精靈之氣,氤氳積聚而為萬物也。“游魂為變”者,物既積聚,極則分散,將散之時,浮游精魂,去離物形,而為改變,則生變為死,成變為敗,或未死之間,變為異類也。

孔穎達の疏文は本章を総述す:「精気為物」の一句より起りて、「故君子之道鮮矣」の一句に至りて止む、これは《繋辞上》の第四章である。上一章は卦爻の意義を闡明して、事類大略すでに尽く、ただいまだ鬼神の情状を講明せず。この一章は事物が改変して鬼神と為り、《周易》は能く鬼神の変化を貫通すを説く、だから本章に於て闡明を加う。経文に曰く:精気は凝聚して物と為り、魂気は游散して変を形成す。韓康伯の注は:精気は氤氳して、聚合して物と成る。聚ること極点に到れば便ち離散せん、ここにおいて魂気は游散して変を形成す——「游魂」は説くところはまさにそれが游蕩離散するなりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「精気為物」は、陰陽の精霊の気が氤氳積聚して万物と為るを指す。「游魂為変」は、万物すでに積聚して、極点に到れば便ち分散せんと欲し、まさに散ずる時に、浮游の精魂は物の形体を脱離して改変を発生す——生は変じて死と為り、成は変じて敗と為り、或はいまだ死亡せざるの際に、変じて別の種類と為る。

是故知鬼神之情狀。盡聚散之理,則能知變化之道,無幽而不通也。[疏]“是故”至“情狀”。○正義曰:能窮易理,盡生死變化,以此之故,能知鬼神之內外情狀也。物既以聚而生,以散而死,皆是鬼神所為,但極聚散之理,則知鬼神之情狀也。言聖人以易之理面能然也。○注“知變化之道”。○正義曰:案下云“神無方”,韓氏云自此以上皆言神之所為。則此《經》“情狀”是虛地之神。聖人極虛無之神,如變化之道,幽冥悉通,故能知鬼神之情狀。

経文に曰く:それゆえ能く鬼神の情状を知る。韓康伯の注は:聚と散の道理を窮尽せば、便ち能く変化の道を懂得し、更に幽隠なるも通達せざるなしと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:能く易理を窮究し、生死変化を尽知せば、それゆえ能く鬼神の内外の情状を知る。事物すでに聚に因りて生じ散に因りて死するは、皆鬼神の作為なり、ただ聚散の理を窮尽せば、便ち鬼神の情状を知る。これは聖人が《周易》の義理に憑りて初めて能くこうあるを説く。孔穎達はまた韓注の「知変化之道」を疏して曰く:按ずるに下文に「神无方」の一句あり、韓康伯の講ずる彼処より往上は皆「神」の作為を説く、すなわちこの句の経文の説く「情状」は、指すところは虚位に処する神なり。聖人は虚無の神を窮極すること、変化の道を窮極するに如同しく、幽冥の事は貫通せざるなし、だから能く鬼神の情状を知る。

與天地相似,故不違。德合天地,故曰相似。[疏]正義曰:天地能知鬼神,任其變化。聖人亦窮神盡性,能知鬼神,是與天地相似,所為所作,故不違於天地,能與天地合也。知周乎萬物,而道濟天下,故不過。知周萬物,則能以道濟天下也。[疏]正義曰:“知周乎萬物,而道濟天下”者,聖人無物不知,是知周於萬物。天下皆養,是道濟天下也。“故不過”者,所為皆得其宜,不有愆過,使物失分也。

経文に曰く:聖人は天地と相似たり、だから天地に違背せず。韓康伯の注は:彼の徳は天地と相合すれば、だから「相似」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:天地は能く鬼神を知り、それの変化に任す。聖人もまた神妙を窮究し物性を尽知して、能く鬼神を知る、これは便ち天地と相似たり、それゆえ彼の一切の作為は皆天地に違背せず、能く天地と相合する能く。経文は続けて曰く:智慧は万物に遍及して、しかもその道をもって天下を救助す、だから過失なし。韓康伯の注は:智慧は万物に周遍すれば、便ち能くその道を用いて天下を救助すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「知周乎万物,而道済天下」は、聖人は知らざる所なきを言う、これがすなわち智慧は万物に周遍す。天下は皆その養育を受く、これがすなわち道をもって天下を救助す。「故不過」は、その作為する所は皆各々その宜しきを得て、差錯を生ぜず、万物をして応有の本分を失わしめざるを言う。

旁行而不流,應變旁通,而不流淫也。[疏]正義曰:言聖人之德,應變旁行,無不被及,而不有流移淫過。若不應變化,非理而動,則為流淫也。樂天知命,故不憂。順天之化,故曰樂也。[疏]正義曰:順天施化,是歡樂於天;識物始終,是自知性命。順天道之常數,知性命之始終,任自然之理,故不憂也。

経文に曰く:四方に旁通して流蕩放縦せず。韓康伯の注は:変化に随応して四方に旁通すれども、放縦過度に流れざると解く。孔穎達の疏が解して曰く:聖人の徳は変化に随応して四方に旁行し、施及せざる所なし、しかして流移放縦の過失なし。仮令能く変化に随応せず、常理に違背して妄動せば、すなわちあれは流蕩放縦と成る。経文は続けて曰く:天を楽しみ命を知れば、だから憂愁せず。韓康伯の注は:上天の化育に順応すれば、だから「楽」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:上天の化育を施行するに順応するは、これは天をもって楽と為す。万物の始終を識得するは、これは自ら性命を知るなり。天道の恒常の規律に順い、性命の始終を通暁し、一任して自然の理なれば、だから憂愁せず。

安土敦乎仁,故能愛。安土敦仁者,萬物之情也。物順其情,則仁功贍矣。[疏]正義曰:言萬物之性,皆欲安靜於土,敦厚於仁。聖人能行此安土敦仁之化,故能愛養萬物也。範圍天地之化而不過。範圍者,擬範天地,而周備其理也。[疏]正義曰:範謂模範,圍謂周圍,言聖人所為所作,模範周圍天地之化養,言法則天地以施其化,而不有過失違天地者也。

経文に曰く:処する所の土地に安んじて仁に敦厚なれば、だから能く人を愛し物を愛す。韓康伯の注は:安土敦仁は、もとより万物の情性なり。万物はその情に順遂せば、仁の功效は便ち周贍なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:万物の本性は皆安静に土地上に処り敦厚に仁を守らんと欲す。聖人は能くこの種の「安土敦仁」の教化を推行すれば、だから能く万物を愛護養育す。経文は続けて曰く:天地の化育を模擬規範して過差せず。韓康伯の注は:いわゆる「範囲」は、天地を模擬規範し、その中の道理を周遍に涵盖するなりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「範」は模範にして、「囲」は周围なり。説く所は聖人の一切の作為は、天地の化育を模擬規範し周遍涵盖す、すなわちこれは天地を效法して教化を施行す、過失あって天地に違背せざるなり。

曲成萬物而不遺。曲成者,乘變以應物,不繫一方者也,則物宜得矣。[疏]正義曰:言聖人隨變而應,屈曲委細,成就萬物,而不有遺棄細小而不成也。通乎晝夜之道而知。通幽明之故,則無不知也。[疏]正義曰:言聖人通曉於晝夜之道,晝則明也,夜則幽也,言通曉於幽明之道,而無事不知也。自此以上,皆神之所為,聖人能極神之幽隱之德也。

経文に曰く:曲尽委細に万物を成就して遺漏なし。韓康伯の注は:いわゆる「曲成」は、変化に乗じて万物に応接し、某一方に拘執せず、こうすれば万物は便ち各々その宜しきを得ると解く。孔穎達の疏が解して曰く:聖人は変化に随って応接して、曲折委細に万物を成就し、細小の物を遺棄してそれを成就せざらんことなし。経文は続けて曰く:昼夜の道を通暁して知らざる所なし。韓康伯の注は:幽隠顕明の縁由を通達せば、便ち知らざる所有らずと解く。孔穎達の疏が解して曰く:聖人は昼夜の道を通暁す——白昼は明にして、黒夜は幽なり、すなわちこれは幽明の道を通暁す、それにより知らざる事なし。ここより往上は、講ずる所は皆「神」の作為なり、聖人は能く神の幽深隠微の徳を窮極す。

故神無方,而易無體。自此以上,皆言神之所為也。方、體者,皆繫於形器者也。神則陰陽不測,易則唯變所適,不可以一方、一體明。[疏]“故神”至“無體”。○正義曰:神則寂然虛無,陰陽深遠,不可求難,是無一方可明也。易則隨物改變,應變而往,無一體可定也。○注“自此以上”。○正義曰:自此以上,皆言神之所為者,謂從“神無方”以上,至“精氣為物”以下,《經》之所云,皆言神所施為。神者,微妙玄通,不可測量,故能知鬼神之情狀,與天地相似。知周萬物,樂天知命,安土敦仁,範圍天地,曲成萬物,通乎晝夜,此皆神之功用也。作《易》者因自然之神以垂教,欲使聖人用此神道以被天下,雖是神之所為,亦是聖人所為。

経文に曰く:それゆえ「神」に固定の方所なく、《易》に固定の形体なし。韓康伯の注は:この句より往上は、講ずる所は皆神の作為なり。「方」と「体」は皆有形の器に系属す。神は則ち陰陽変化にして測度すべからず、《易》は則ちただ変化に随って往くのみ、皆某の一個の方所・某の一種の形体をもって説明する能わずと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:神は寂然として虚無にして、陰陽は幽深遥遠にして、尋求し難し、だから一個の方所ありて指明すべからず。《易》は事物に随って改変し、変化に応じて推移す、だから一種の形体ありて固定すべからず。孔穎達はまた韓注の「自此以上」を疏して曰く:いわゆる此より往上は皆神の作為を講ずとは、指すところは「神无方」より向上して「精気為物」に至るこの一整段、経文の説く所は皆神の施為なり。神は微妙玄通にして、測量すべからず、だから能く鬼神の情状を知り、天地と相似たり。智慧は万物に周遍し・楽天知命・安土敦仁・範囲天地・曲成万物・通乎昼夜するは、これらは皆神の功用なり。《周易》を作す者は自然の神に依りて教化を垂示し、聖人をしてこの神道を運用して天下に覆被せしめんと欲す。これらは神の作為なるといえども、同時にまたすなわち聖人の作為なり。

云“方體者,皆繫於形器”者,方是處所之名,體是形質之稱。凡處所形質,非是虛無,皆繫著於器物,故云“皆繫於形器”也。云“神則陰陽不測”者,既幽微不可測度,不可測,則何有處所,是“神無方”也。云“易則唯變所適”者,既是變易,唯變之適,不有定往,何可有體,是“易無體”也。云“不可以一方一體明”者,解“無方”“無體”也。凡“無方”“無體”,各有二義。一者神則不見其處所云為,是無方也;二則周遊運動,不常在一處,亦是無方也。無體者,一是自然而變,而不知變之所由,是無形體也;二則隨變而往,無定在一體,亦是無體也。

孔穎達の疏は韓注の「方体者,皆系於形器」を解して曰く:「方」は処所の名称にして、「体」は形質の称谓なり。およそ処所と形質は皆虚無に属せず、皆器物に系着す、だから「皆系於形器」という。韓注の「神則陰陽不測」と曰うは、神はすでに幽微にして測度すべからざるに因りて、測度すべからざれば便ち処所の謂なく、これがすなわち「神无方」なり。韓注の「易則唯変所適」と曰うは、《易》はすでに変易なるに因りて、ただ変化に随って往くのみ、固定の去向なく、何れの処にか形体あらん、これがすなわち「易无体」なり。韓注の「不可以一方一体明」と曰うは、「无方」と「无体」を解釈するに在り。およそ「无方」「无体」と説くは、各々両層の意思あり:「无方」に就きて説けば、一は神はその処所と挙動を顕現せず、二はそれは周游運動して常に一処に在らず。「无体」に就きて説けば、一は自然而変ずるも、変の何より来たるを知らず、それにより形体なし、二は変に随って往きて、某の一形体上に固定せず、もまた形体なし。

一陰一陽之謂道,道者何?無之稱也,無不通也,無不由也,況之曰道。寂然天體,不可為象。必有之用極,而無之功顯,故至乎“神無方,而易無體”,而道可見矣。故窮變以盡神,因神以明道,陰陽雖殊,無一以待之。在陰為無陰,陰以之生;在陽為無陽,陽以之成,故曰“一陰一陽”也。

経文に曰く:一陰一陽の交替して運行するを「道」と言う。韓康伯の注は:「道」とは何ぞや。これは「无」の称谓なり。それは通せざる所なく、由らざる所なし、姑らく比況してこれを「道」と称す。それは寂然沈静にして形体なく(注文は「寂然天体」と作るも、「天」は応に「无」の字の訛なり)、形象をもって描摹する能わず。必ず「有」の功用の極処に発揮するを待ちて、「无」の功效は初めて顕現す。だから「神无方,而易无体」のこの層に到りて、「道」は初めて見るべし。それゆえ変化を窮究して神の妙を尽くし、神に憑りて道を闡明す。陰と陽は相同ならざるといえども、皆「无」のこの「一」を用いてそれらを対待す:陰の中に在りて却って陰の謂なく、陰はそれに由りて生ず。陽の中に在りて却って陽の謂なく、陽はそれに由りて成る。だから「一陰一陽」というと解く。

[疏]“一陰”至“謂道”。○正義曰:一謂無也,無陰無陽,乃謂之道。一得為無者,無是虛無,虛無是大虛,不可分別,唯一而已,故以一為無也。若其有境,則彼此相形,有二有不得為一。故在陰之時,而不見為陰之功;在陽之時,而不見為陽之力,自然而有陰陽,自然無所營為,此則道之謂也。故以言之為道,以數言之謂之一,以體言之謂之無,以物得開通謂之道,以微妙不測謂之神,以應機變化謂之易,總而言之,皆虛無之謂也。聖人以人事名之,隨其義理,立其稱號。

孔穎達の疏は経文の「一陰一陽之謂道」を解して曰く:ここの「一」は「无」を指す——すでに陰の謂なく、また陽の謂なく、初めてこれを「道」と言う。「一」の解作して「无」と為る能くする所以は、「无」はすなわち虚無にして、虚無はすなわち太虚にして、分別すべからず、ただ一の已るのみ、だから「一」をもって「无」と為す。もし「有」の境域に落ちれば、便ち彼此互相に対形して、二あるを有し「有」あるを有し、便ち「一」と称する能わず。だから陰に在る時は、それの陰と為すの功用を見ず。陽に在る時は、それの陽と為すの力量を見ず。陰陽は自然にして有り、自然にして営為する所なし、これを「道」と言う。それゆえ、言説の上に於ては「道」と言い、数目の上に於ては「一」と言い、体性の上に於ては「无」と言い、万物がそれに由りて開通するの上に於ては「道」と言い、微妙にして測度すべからざるの上に於ては「神」と言い、機に応じて変化するの上に於ては「易」と言う。総じて言えば、皆虚無の称谓なり。聖人は人事に依りて命名し、その義理に随ってこれらの称号を立下せり。

○注“道者”至“一陽也”。○正義曰:云:“道者何?無之稱”者,此韓氏自問其道而釋之也。道是虛無之稱,以虛無能開通於物,故稱之曰道。云“無不通,無不由”者,若處於有,有則為物礙難,不可當通。道既虛無為體,則不為礙難,故曰“無不通”也。“無不由”者,言萬物皆因之而通,由之而有。云“況之曰道”者,比況道路以為稱也。“寂然無體,不可為象”者,謂寂然幽靜而無體,不可以形象求,是不可為象。至如天覆地載,日照月臨,冬寒夏暑,春生秋殺,萬物運動,皆由道而然,豈見其所營,知其所為?是“寂然無體,不可為象”也。

孔穎達の疏は韓注の「道者何」より「故曰一陰一陽也」に至る一段を解して曰く:韓注の講ずる「道者何?无之称」は、これは韓康伯が自ら問答を設けて「道」を解釈す——道は虚無の称谓にして、虚無は能く万物を開通せしむるに因りて、だからそれを「道」と称す。韓注の講ずる「无不通,无不由」は、もし「有」の一辺に処せば、「有」は便ち別の物に阻碍困難せられ、処々通達を談ずべからず。道はすでに虚無をもって体と為せば、阻碍を受けず、だから「无不通」という。いわゆる「无不由」は、万物は皆それに因りて通じそれに由りて有るを説く。韓注の講ずる「況之曰道」は、道路に比擬して名を立つ。韓注の講ずる「寂然无体,不可為象」は、それは寂然幽静にして形体なく、形象に憑りて尋求する能わざるを説く。天の覆盖・地の承載、日の照耀・月の臨照、冬寒夏暑、春生秋殺、万物の運行して息まざることのごとき、皆道に由りてこうあれども、誰かその経営を見、またその作為を知らんや。これがすなわち「寂然无体,不可為象」である。

云“必有之用,極而無之功顯”者,猶若風雨是有之所用,當用之時,以無為心,風雨既極之後,萬物賴此風雨而得生育,是生育之功,由風雨無心而成。是“有之用極,而無之功顯”,是神之發作動用,以生萬物,其功成就,乃在於無形。應機變化,雖有功用,本其用之所以,亦在於無也。故至乎“神無方,而《易》無體”,自然無為之道,可顯見矣。當其有用之時,道未見也。

孔穎達の疏は韓注の「必有之用,極而无之功顕」を解して曰く:譬えば風雨は「有」の功用に属し、それが施用する際に当たりては、「无心」をもって心と為す。風雨の止息する後を待ちて、万物はこの風雨に倚りて生育を得、この生育の功はまさに風雨の无心に由りて成就せらる。これがすなわち「有之用極,而无之功顕」——神は発動施用して万物を生養するも、しかしてその功業の成就は、却って无形の処に落つ。機に応じて変化するは功用あるといえども、この功用の所以然を推究するも、また仍お「无」に在り。だから「神无方,而《易》无体」のこの層に到りて、自然无為の道は初めて顕現す。それがまさに施用する時に当たりては、道は見るべからざるなり。

云“故窮變以盡神”者,神則杳然不測,千變萬化。聖人則窮此千變萬化,以盡神之妙理,故云窮變化以盡神。云“因神以明道”者,謂盡神之理,唯在虛無,因此虛無之神,以明道之所在,道亦虛無,故云“因神以明道”也。“陰陽雖殊,無一以待之”者,言陰之與陽,雖有兩氣,恆用虛無之一,以擬待之。言在陽之時,亦以為虛無,無此陽也。在陰之時,亦以為虛無,無此陰也。

孔穎達の疏は韓注の「故窮変以尽神」を解して曰く:神は杳然として測度すべからず、千変万化す。聖人はこの千変万化を窮究して、神の妙理を尽くすをもってす、だから変化を窮究して神を尽くすと曰う。韓注の講ずる「因神以明道」は、神の理を尽くすはただ虚無に在り、この虚無の神に憑りて道の所在を闡明す——道もまた虚無なり、だから「因神以明道」という。韓注の講ずる「陰陽雖殊,无一以待之」は、陰と陽は両種の気なるといえども、始終虚無のこの「一」を用いてそれらを比擬対待すを説く:陽に在る時もまた、それを虚無と看作して、この陽ありとせず。陰に在る時もまた、それを虚無と看作して、この陰ありとせず。

云“在陰為無陰,陰以之生”者,謂道雖在於陰,而無於陰,言道所生皆無陰也。雖無於陰,陰終由道而生,故言“陰以之生”也。“在陽為無陽,陽以之成”者,謂道雖在陽,陽中必無道也。雖無於陽,陽必由道而成,故言“陽以成之”也。道雖無於陰陽,然亦不離於陰陽,陰陽雖由道成,即陰陽亦非道,故曰“一陰一陽”也。

孔穎達の疏は韓注の「在陰為无陰,陰以之生」を解して曰く:道はすなわち陰の中に在るといえども、却って陰の謂なく、意は道の生ずる所の一切は皆陰相を着けず。陰相を着けざるといえども、陰は終竟道に由りて生ず、だから「陰以之生」という。韓注の講ずる「在陽為无陽,陽以之成」は、道はすなわち陽の中に在るといえども、陽の裡は却って道あるを見ず。陽相を着けざるといえども、陽は必定道に由りて成る、だから「陽以成之」という。道は陰陽に着けざるといえども、また陰陽を離れず。陰陽は道に由りて成るといえども、陰陽の本身は却ってすなわち道にあらず、だから「一陰一陽之謂道」という。

繼之者善也,成之者性也。仁者見之謂之仁,知者見之謂之知,仁者資道以見其仁,知者資道以見其知,各盡其分。[疏]正義曰:“繼之者善也”者,道是生物開通,善是順理養物,故繼道之功者,唯善行也。“成之者性也”者,若能成就此道者,是人之本性。若性仁者成就此道為仁性,知者成就此道為知也。故云“仁者見之謂之仁,知者見之謂之知”。是仁之與知,皆資道而得成仁知也。

経文に曰く:それを承継するは善にして、それを成就するは性なり。仁者はそれを見て便ち仁と称し、智者はそれを見て便ち智と称す。韓康伯の注は:仁者は道に凭藉してその仁を顕現し、智者は道に凭藉してその智を顕現し、各自その本分を尽くすと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「継之者善也」——道の作用は万物を生養し万物を開通し、善の作用は理に順って万物を養育す、だから能く道の功を承継するは、ただ善の徳行のみ。「成之者性也」——能くこの道を成就するは、まさに人の本性なり。本性が仁に属するは、この道を成就して便ち仁の性と為り、本性が智に属するは、この道を成就して便ち智と為る。だから「仁者見之謂之仁,知者見之謂之知」という、これにより仁と智は皆道に凭藉して初めてその仁・その智を成就するを得るを見るべし。

百姓日用而不知,故君子之道鮮矣。君子體道以為用也。仁知則滯於所見,百姓則日用而不知。體斯道者,不亦鮮矣?故“常無慾,以觀其妙”,始可以語至而言極也。[疏]“百姓”至“鮮矣”。○正義曰:“百姓日用而不知”者,言萬方百姓,恆日日賴用此道而得生,而不知道之功力也。言道冥昧不以功為功,故百姓日用而不能知也。“故君子之道鮮矣”者,君子謂聖人也。仁知則各滯於所見,百姓則日用不知,明體道君子,不亦少乎?

経文に曰く:百姓は日々それを用いて自ら知らず、だから能く道を体する君子は便ち稀少なり。韓康伯の注は:君子は道を体察してこれに運用を加うる人なり。仁者と智者は各自自己の見る所の一偏に滞碍し、百姓は則ち日々それを用いて自ら知らず、能くこの道を体察するは、あに少なからずや。だから《老子》に「常无欲,以観其妙」と曰う、こうして初めて能く至理を談論し極処に説及すべしと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:「百姓日用而不知」は、四方の百姓は日々この道に倚頼して初めて生存するを得るも、しかしてその功力の所在を知らざるを説く。道は幽隠昏昧にして、自らの功労をもって功労と為さざるに因りて、だから百姓は日々それを用いて能く知らず。「故君子之道鮮矣」——ここの「君子」は聖人を指す。仁者智者は各自見る所の一偏に滞碍し、百姓はまた日用して知らず、これにより能く道を体する君子は実に太少なりを見るべし。

○注“君子體道”至“極也”。○正義曰:“君子體道以為用”者,謂聖人為君子,體履於至道,法道而施政,則《老子》云“為而不宰,功成不居”是也。云“仁知則滯於所見”者,言仁知雖賢猶有偏,見仁者觀道謂道為仁,知者觀道謂道為知,不能遍曉,是滯於所見也。是道既以無為用,若以仁以知,則滯所見也。至於百姓,但日用通生之道,又不知通生由道而來,故云“百姓日用而不知”也。

孔穎達の疏は韓注の「君子体道以為用」より「而言極也」に至る一段を解して曰く:いわゆる「君子体道以為用」は、聖人を君子と称作し、彼は至道を身体力行し、道を效法して政教を施行す、すなわちこれは《老子》の説く「為而不宰,功成不居」なり。韓注の「仁知則滞於所見」と曰うは、仁者智者は賢明なるといえども、仍お偏あるを免れず:仁者は道を観れば便ち道を仁と説き、智者は道を観れば便ち道を智と説く、能く周遍通暁せず、これがすなわち自己の見る所に滞碍するなり。道はすでに「无」をもって用と為せば、もし仁を拿り智を拿りてそれを看れば、便ち偏見の裡に落つ。百姓に至りては、ただ日々この万物を通生するの道を用いるのみ、またこの通生はまさに道より来たるを知らず、だから「百姓日用而不知」という。

云“體斯道者,不亦鮮矣”者,是聖人君子獨能悟道,故云“不亦鮮矣”。云“故常無慾以觀其妙”者,引《老子·道經》之文,以結成此義。“無慾”謂無心,若能寂然無心無慾,觀其道之妙趣,謂不為所為,得道之妙理也。云“始可以語至而言極也”者,若能無慾觀此道之妙理,無事無為,如此,可以語說其至理,而言其極趣也。若不如此,不可語至而言極也。

孔穎達は続けて疏解す:韓注の「体斯道者,不亦鮮矣」と曰うは、ただ聖人君子のみ能く道を悟るに因りて、だから「あに少なからずや」と曰う。韓注の「故常无欲以観其妙」と曰うは、《老子・道経》の文句を引いてこの層の意思を収結す:「无欲」はすなわち无心なり、もし能く寂然として无心无欲にして、道の微妙の旨趣を観照せば、すなわちあれは刻意して作為する所なくして道の妙理を得るなり。韓注の「始可以語至而言極也」と曰うは、もし能く无欲の心をもって道の妙理を観照して、无事无為なれば、こうして初めて能く道の至理を談論しその極致に説及すべし。もしこの点を作る能わざれば、便ち至理を説き極致を論ずるに談ずべからず。

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