Libo

易原(清)多隆阿撰

清 · 多隆阿 · 第1巻 / 21

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

上古の頃、庖犠氏(伏羲)は天を仰ぎ地を俯し、鳥獣の形を観察し、近くは自身の身体に取り、遠くは万物に取って、八卦を画いた。周の文王は六十四卦・…

易経易学典籍

術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。

自序

古者庖犧氏觀象於天地鳥獸,近取諸身,遠取諸物,以畫八卦。文王觀六十四卦、三百八十四爻,繫之以辭,以明吉凶。孔子作十翼,推闡義理,而有大小象傳,則贊《易》亦有取夫象。至於《說卦傳》所云天地、風雷、耳目、手足、馬牛、龍雉、金玉、布釜、草木、果蓏之類,尤為言象之祖。

上古の頃、庖犠氏(伏羲)は天を仰ぎ地を俯し、鳥獣の形を観察し、近くは自身の身体に取り、遠くは万物に取って、八卦を画いた。周の文王は六十四卦・三百八十四爻を推し究め、それらに辞を系げて吉凶を明らかにした。孔子は《十翼》を作り、その義理を推し広めて闡明し、中に《大象伝》《小象伝》があることからも、孔子が《易》を讃述するにあたって同じく「象」を用いたことが分かる。《説卦伝》に挙げられた天・地・風・雷、耳・目・手・足、馬・牛・龍・雉、金・玉・布・釜、草木・果蓏といった物象は、なおさら後世が「象」を語る際の鼻祖となった。

雖及門弟子學《易》者僅有商子木,而橋庇子庸諸人遞相授受,正賴此一線之延。嬴秦焚書,則以《易》為卜筮用,獨免災毀,此漢儒田氏、楊氏、費氏、孟氏等所以能得淵源,相傳於不絕也。縱京君明、焦延壽輩用納甲、飛伏、五行生剋作《易傳》《易林》,旁生枝節,不足羽翼聖經;而鄭傳費學、虞傳孟學,精深渾涵,實有非後學所易窺測者。

孔子の直伝弟子のうち《易》学を専門に修めたのは商瞿(字は子木)ただ一人で、その後、橋庇子庸らが代々受け継ぎ、《易》学はまさにこの一筋の系統によって延々と続いてきた。秦始皇が書を焚いたとき、《易》は卜筮の書と見なされたため、ひとり焚書の災いを免れた。だからこそ漢代の田何・楊何・費直・孟喜らはこの淵源に接続することができ、代々伝えられて絶えなかった。京房(字は君明)・焦延夀らが「納甲」「飛伏」「五行生剋」を用いて《京氏易伝》《焦氏易林》を著し、余計な枝葉を生やしたのは、聖人の経典を輔翼するに足りなかったが、鄭玄が伝えた費直の学、虞翻が伝えた孟喜の学は、義理が精深で内容が渾厚であり、実に後学の容易に窺い測れるものではなかった。

雖用爻辰、旁通、卦時、卦變詮解彖象,近於穿鑿,為王輔嗣所譏,而試質之孔子十傳以及《左氏春秋傳》所占繇辭,往往悉合,惟其師承有自,故與古不相戾也。迨夫兩晉六朝,去古漸遠,而漢儒《易》注多有存者,郭景純、乾令升諸人占筮卦辭,猶能得周史遺意。

漢儒は「爻辰」「旁通」「卦時」「卦変」といった体例で彖辞・象辞を解釈したが、これは穿鑿に近いと見え、王弼(字は輔嗣)に譏られた。しかし孔子の《十翼》や《左伝》に記された占筮の繇辞で検証すると、漢儒の説は往々にしてことごとく合致する。これはまさに彼らの師承に由来があったため、古義と背かなかったのである。両晋・六朝になると古代から次第に遠ざかったが、漢儒の《易》注はなお多く残っており、郭璞(字は景純)・干宝(字は令升)らは占筮して卦辞を説き、なお周代の太史の遺意を得ることができた。

至於有唐,《易》學兩歧,言象言理各分門戶,則侯行果、李鼎祚猶嘗稽求漢魏註疏,詳究象說,匯為成書,以傳後世。《周易集解》今茲盛行,其廣輯博取,不必盡醇,然而古注之一斑僅賴有此,則李氏之功巨矣。宋元以還,惟遵王注,力駁言象之失,而前儒《易》學乃因以漸微。

唐代になると、《易》学は二つに分かれ、象数を語る者と義理を語る者とがそれぞれ門戸を立てた。それでも侯果(字は行果)・李鼎祚は漢魏時代の注疏を考究し、象数の説を詳しく研究して書に編み、後世に伝えた。《周易集解》は今日広く流行しているが、広く蒐め博く取ったため、字字が純正とは限らない。それでも漢魏の古注の一斑を窺うことができるのは全くこの書に拠るのであり、李鼎祚の功績は実に大きい。宋元以来、学者はただ王弼注を遵奉し、象数を語ることの誤りを力いっぱい駁斥したため、先儒の《易》学はこれによって次第に衰微した。

夫《易》有聖人之道四焉,辭、象、變、占相為表裡,使黜象數而言義理,是於聖人之道去其三而僅餘其一也。且於《易》中所言龍馬、鬼神、詘伸往來之文,半歸惝恍,無所依據,又何怪釋道二氏課虛無者剽竊其宗旨以為參悟書哉!

《繋辞伝》は《易》の中に聖人の道が四つあると説く。文辞・物象・変化・占筮で、四者は互いに表裏となる。もし象数を廃して義理だけを語るなら、それは聖人の道の三つを去って一つだけを残すことになる。しかも《易》の言う龍馬・鬼神・屈伸往来といった文字も、その半分は惚恍として依拠するところがなくなってしまう。こうなれば、空や虚を説く仏・道の二家が《易》の宗旨を剽窃して参禅悟道の書とすることも、怪しむに足りない。

漢魏至今,年代愈遠,前儒著述大半淪亡,雖荀慈明、鄭康成、虞仲翔、范長生輩遺文尚在,鮮有完璧。今試廣為纂輯,其見於他書者亦摭拾之,有疑則姑從闕如;而唐宋以後諸儒言象者亦兼取之,以備參考。餘固不敢言學《易》獨有心得,但期古學未墜,欲求《易》象,則斯編或有萬一之小補雲。歲在強圉大淵獻相月初吉自序。

漢魏から今日まで、年代はますます遠ざかり、前代の学者の著述は大半が散佚し、荀爽(字は慈明)・鄭玄(字は康成)・虞翻(字は仲翔)・范長生らの遺文が残っていても、完全無欠なものは稀である。いま私は広く纂輯を試み、他書に散見されるものも併せて採録し、疑わしい箇所はしばらく闕として断語を下さない。唐宋以降の諸儒の象数に関する説も併せて取り、参考に備える。私は《易》を読んで独り得るところがあったなどとは敢えて言わないが、ただ古学が墜ち廃れないことを願うばかりである。《易》象を探求しようとする人にとって、この編は或いは万分の一の小さな補いとなるかもしれない。時は丁亥年(道光七年)七月上旬、自序。

古者聖王傳心,曰性命,曰道德,曰仁義禮知。而孔子繫《易》曰「一陰一陽之謂道,繼之者善,成之者性」,曰「知崇禮卑,崇效天,卑法地」,曰「成性存存,道義之門」,曰「閒邪存誠」「忠信進德」,曰「敬以直內,義以方外」。聖王傳心之要,咸於《易》中備言之,則是《易》兼通卜筮,而實為傳心之書也。

古代の聖王が代々伝えた心法は、「性命」と呼ばれ、「道徳」と呼ばれ、「仁・義・礼・知」と呼ばれた。孔子は《易》に《繋辞》を作って「一陰一陽之謂道、継之者善、成之者性」と言い、「知崇礼卑、崇効天、卑法地」と言い、「成性存存、道義之門」と言い、「閑邪存其誠」「忠信所以進徳」と言い、「敬以直内、義以方外」と言った。聖王伝心の要旨は、いずれも《易》の中に備えて言い尽くされている。これを見れば、《易》は卜筮の用を兼ねているものの、実は伝心の書なのである。

蓋自商子受《易》,五傳而至田子莊;子莊轉受東武王、丁將軍等,支流愈遠,門戶漸分。如京氏之《易傳》、焦氏之《易林》,僅可為玩占用;而馬、鄭、荀、虞各有疏解,如以卦氣、卦候、卦位、卦變、爻辰、旁通、納甲、飛伏立說,不無穿鑿之失。

そもそも商瞿が孔子から《易》を受けて以来、五代伝えて田何(字は子庄)に至った。田何はまた東武の王同・丁寛(人は丁将軍と呼ぶ)らに転授し、支流は伝えるほど遠ざかり、門戸も次第に分かれた。京房の《京氏易伝》、焦延夀の《焦氏易林》の類は、占筮を玩味するための用にすぎない。馬融・鄭玄・荀爽・虞翻はそれぞれ疏解を持つが、「卦気」「卦候」「卦位」「卦変」「爻辰」「旁通」「納甲」「飛伏」といった体例で説を立てたため、穿鑿附会の失を免れなかった。

王輔嗣忽倡得言忘象之議,於眾口紛雜之餘,亦可謂不囿流俗矣;然而獨憑臆見,援引莊老,悖畔聖經,其非固不待辨。至於將眾儒師承之說一掃而空之,後人詆為罪浮桀紂,良有以也。

王弼は突然「言を得て象を忘る」の議を唱えた。衆説紛々のさなかにおいては、流俗に囿らなかったとも言える。しかし彼はひたすら臆見に拠り、荘子・老子を援引して《易》を解き、聖人の経旨に背き離れた。その非は本来、弁明を待つまでもない。まして諸儒の師承の説を一掃して空しくしたことは、後人がその罪は桀・紂よりも重いと詬ったのも、まことに理由がある。

嘗讀《漢書·藝文志》,彼時注《易》者十有三家,施、孟、梁邱之《易》皆列學官,費、高之學民間私相授受,今其書多不傳,所傳者惟馬、鄭、荀、虞諸子,而簡斷編殘,文義缺略,僅存梗槩。則其說卦曰辟、曰互、曰陰陽消息,實得三聖之心,學者加意玩索,從此類推,註疏之精彷彿可得。儻必因其不純而一例廢之,是懼噎廢食、懼覆廢車也,奚可哉!

かつて《漢書・芸文志》を読んだが、当時《易》に注をつけた者は十三家あった。施讐・孟喜・梁丘賀の《易》学はいずれも学官に立てられ、費直・高相の学は民間で私相授受された。今やこれらの書は多く伝わらず、伝わるのは馬融・鄭玄・荀爽・虞翻の諸家のみで、しかも簡冊は断れ編次は残欠し、文義は脱漏して概略を残すのみである。それでも彼らが卦象を説くにあたって語った「辟卦」「互体」「陰陽消息」は、実に伏羲・文王・孔子の三聖の心を得たものである。学者が意を用いて玩味推索し、ここから類推すれば、漢儒注疏の精髄は彷彿として得られよう。もし純粋でないからといって一律に廃棄するなら、それは噎せることを恐れて食を廃し、覆ることを恐れて車を廃するようなもので、どうしてよかろうか。

夫《詩》言風雅而義歸無邪,《書》言政事而義歸執中,禮樂言儀文詠歌而義歸陶情淑性,是古人立言未有窮高極遠、恍惚難據者。《易》雖極陰陽之變,窮物類之微,而大旨在「震無咎者存乎悔」「無咎者善補過」也。人非聖賢,不能無過,有過能補,轉凶為吉,則補過兩言與《詩》之無邪、《書》之執中、禮樂之陶情淑性,一而二、二而一者也,故曰《易》為聖王傳心之書也。

《詩経》は風雅を語りながらその義は「思無邪」に帰し、《尚書》は政事を語りながらその義は「允執厥中」に帰し、礼楽は儀文・詠歌を語りながらその義は情を陶し性を淑やかにすることに帰する。これを見れば、古人が言を立てるにあたり、話を高遠玄虚に極めて惚恍として拠り所のないものにしたことはない。《易》は陰陽の変化を極め、物類の精微を窮めるが、その大旨は《繋辞伝》の言う「震无咎者存乎悔」「无咎者善補過」にある――警惧して悔い改めることができれば災いはなく、災いがないというのは過ちを善く補うからである。人は聖賢でなければ過ちなしではいられず、過ちがあっても補うことができれば、凶を転じて吉とすることができる。このように見れば、「補過」の二字は《詩》の「無邪」、《書》の「執中」、礼楽の陶情淑性と、まさに一にして二、二にして一の事柄である。だから《易》は聖王伝心の書だと言うのである。

唐宋以還,注《易》者代有其人,而惟《程傳》《本義》盛行於世。朱子《本義》雖本《程傳》,而多用卦變,與程子已不能強同。程子注損三爻,亦曰三陽同行則損九三以益上,三陰同行則損上六以益三,仍不廢損自泰來之說。一卦如是,他卦亦宜如是,漢儒注經實有依據,即此可見一斑也,是宜因一斑窺全豹矣。

唐宋以来、《易》に注する者は代々に人を欠かなかったが、世に盛行したのは程頤の《伊川易伝》と朱熹の《周易本義》だけである。朱熹の《本義》は《程伝》を本としながらも、「卦変」を多用しており、程頤と強いて同じにすることはできない。しかし程頤が《損》卦の九三爻に注する際にも、「三陽が同行すれば九三を損して上爻を益し、三陰が同行すれば上六を損して三爻を益す」と言っており、やはり《損》卦が《泰》卦から変じて来たという説を廃していない。一卦がかくのごとくなら、他の卦もまたそうあるべきで、漢儒の経注には実に根拠がある。ここから一斑を窺うことができ、まさにこの一斑から全豹を窺うべきなのである。

餘自弱齡讀《易》,僅能記誦,少而習焉,稍長粗能解釋;成童以後,就學遼瀋,得見學校藏書,參以師友講論,不揣固陋,僭為折衷,輯成篇帙,私藏於篋已十數年,草凡五易,釐為十六卷,名之曰《易原》。

私は幼い頃から《易》を読み、初めは暗誦できるだけだった。少年の頃反復して習い、少し長ずると粗く説明できるようになった。十五歳以降は遼陽・瀋陽のあたりに学び、学校の蔵書を見ることができ、師友の講論にも参酌した。そこで固陋を顧みず、あえて諸説を折衷して書稿に編み、箧に私蔵することすでに十数年、草稿は前後五回改め、十六巻に釐定して、名づけて《易原》とした。

原者,本原也,推原也,言漢儒學有本原,餘因漢說而推原之。原古字作厡,亦作源,是水之源也。餘以漢說為源,漢以施、孟、梁邱、費氏等為源,而此諸子又以田氏為源,實以虞氏子乘、周氏子家、馯氏子弓、橋氏子庸、商氏子木為源也。疏導其源,冀使中無壅塞,流庶孔長云爾。時道光丁酉,白山滿洲舒穆祿氏多隆阿又序。

「原」とは、一には本原、一には推原である。漢儒の学にはそれぞれ本原があるということ、私は漢人の説に依拠してこの本原を推し求めるということである。「原」の字の古文は「厡」と作り、また「源」とも作り、本来は水の源を指す。私は漢人の説を源とし、漢人は施讐・孟喜・梁丘賀・費直らの諸家を源とし、その諸家はさらに田何を源とする。突き詰めれば、実に虞氏子乗・周氏子家・馯氏子弓・橋氏子庸・商氏子木という一脈の相承を源とする。この源流を疎導して、途中に壅塞がなく、流れが長く続くことを願うのみである。時は道光丁酉年(一八三七)、白山満洲の舒穆禄氏・多隆阿が再び序す。

易原巻一

慧珠閣原本,岫巖多隆阿雯溪。

本巻は慧珠閣の原刻本に拠る。撰者は岫岩の人・多隆阿、字は雯溪。

周易上経(一)

易者,移也。《大傳》所謂「變動不居,剛柔相易」是也。曰周者,其辭為文王所繫,兼以別夏商也。夏《易》曰《連山》,商《易》曰《歸藏》。

「易」とは移易変動のことで、《繋辞伝》(本書では《大伝》と称する)の言う「変動不居、剛柔相易」がまさにこれを説いている。「周」と称するのは、一つには卦爻辞が周の文王の系げたものであるため、一つには夏・商の二代の易書と区別するためである。夏代の易は《連山》、商代の易は《帰蔵》という。

乾卦

【乾下乾上,中互重乾】重乾,純卦。乾,元亨利貞。一奇畫陽數,伏羲畫三陽以名乾,又重之為六畫以成卦。八卦因而重之為六十四卦,兩合之卦各別有名,惟八純卦不易名,此卦以所重亦乾,故仍名乾,餘七純卦放此。

【下卦は乾、上卦は乾、中間の互体も重乾】本卦は乾の上に乾を重ねた「純卦」である。卦辞:乾、元亨利貞。切れ目のない一画の奇画は陽数を表す。伏羲は三つの陽爻を画いて「乾」と名づけ、さらにそれを重ねて六画として一卦を成した。八卦を二つずつ重ねると六十四卦となる。二つの異なる卦が合わさってできた卦にはそれぞれ別の名があるが、上下同体の八つの「純卦」だけは名を改めない。この卦は重ねたものも乾なので、依然として「乾」と名づける。残りの七つの純卦もこれに準ずる。

乾以下,文王所繫之辭也,名彖辭,又名卦辭。夏《易》首艮,商《易》首坤,惟《周易》始首乾。乾,天也。天德難名,而以難名者名之,則元始、亨通、利和、貞固四者,乃天德也。人君體乾以出治,元善長人,亨嘉合禮,利物和義,貞固幹事,天德咸備,人事自應,惟聖王乃克當此矣。

「乾」の字以下の「元亨利貞」は文王の系げた辞で、「彖辞」と称し、「卦辞」とも称する。夏代の《連山》は《艮》卦を首とし、商代の《帰蔵》は《坤》卦を首とし、《周易》だけが《乾》卦を首とする。乾とは天である。天徳は本来名づけがたいが、名づけがたいものをあえて名づけるなら、「元」は万物の始まり、「亨」は亨通、「利」は和順、「貞」は固守、この四つが天徳である。人君は乾道に体して治を出す。「元」をもって諸善の長となり万民を長養し、「亨」をもって嘉美を会聚して礼に合し、「利」をもって万物をそれぞれの宜しきに得させて義に合し、「貞」をもって正道を固守して事業を幹す。天徳が悉く備われば人事は自らこれに応じるが、これに当たり得るのは聖王のみである。

初九:潛龍勿用。此名爻辭,亦名象辭。初,始也。凡畫卦皆自下而上,下三爻曰內卦,上三爻曰外卦,下爻曰初。九,陽數。陽數九,陰數六。凡畫卦皆以三起數,三三為九,故陽數曰九;二三為六,故陰數曰六。《說卦傳》所謂「參天兩地而倚數」是也。

爻辞:初九、潜龍勿用。この種の文字は「爻辞」と呼ばれ、「象辞」とも呼ばれる。「初」は始まりである。卦を画くときはすべて下から上へ画き、下の三爻を「内卦」、上の三爻を「外卦」、最下の爻を「初」という。「九」は陽数の代称で、陽は九を用い、陰は六を用いる。卦を画くにはすべて三をもって数を起こし、三三が九となるので陽爻を「九」と称し、二三が六となるので陰爻を「六」と称する。《説卦伝》の言う「参天两地而倚数」がまさにこの理を説いている。

乾卦六爻皆陽,在十二闢卦為四月卦,四月純陽無陰,是陽在四月為極盛。然陽雖盛於四月,而陽之生則始於十一月,故於【於:乾】氏謂初九為十一月之時,九二為十二月之時,九三為正月之時,九四為二月之時,九五為三月之時,上九為四月之時也。

乾卦の六爻はすべて陽爻で、十二「辟卦」(消息卦)のうちでは四月の卦に属する。四月は純陽にして陰がなく、陽気は四月に極めて盛んであることが分かる。しかし陽は四月に最も盛んであっても、陽気の初生は十一月の冬至の一陽来復に始まる。だから干宝(原文は「于氏」と作るが、校記により「于」は「干」に作るべきとされる)は、初九は十一月、九二は十二月、九三は正月、九四は二月、九五は三月、上九は四月に相当すると考えた。

夫闢卦皆以陰陽消息為義,而乾卦則為以陽消陰。初僅消坤一陰,一陽生於五陰之下,猶之龍潛地下也。龍,乾象。《九家易》曰「乾為龍」,萬物莫神於龍,故以龍象乾。初則尚在坤地之下,故曰潛。蓋其時尚宜隱以休養其德,而未用於世耳。

辟卦はいずれも陰陽の消長を義とするが、乾卦は陽をもって陰を消することを説く。初九は《坤》の陰爻一つを消しただけで、一陽が五陰の下に生じたことになり、ちょうど龍が地底に潜むようなものである。龍は乾の取象で、《九家易》に「乾為龍」とある。万物のうち龍ほど神妙測りがたいものはないので、龍をもって乾を象徴する。初九はまだ坤地の下にいるので「潜」という。この時はまさに隠れて徳性を涵養すべきで、世に出て用いられる時ではないのである。

九二:見龍在田,利見大人。二則消坤二陰,已出乎潛,不在地下矣。地上為田,龍在田是龍見也。夫龍為君象,即大人;龍見即大人見。於【於:乾】氏曰:「陽氣將施,聖人將顯。」有此盛德,位雖未尊,而其德已足以化民,故利見之。

爻辞:九二、龍が田野に現れ、大人に見るに利あり。九二に至ると、陽は《坤》の陰爻二つを消し、龍は潜伏の境を脱して地下にいない。地面の上が「田」で、龍が田にいるとは龍が現れたということである。龍は君主の象、すなわち「大人」であり、龍の出現はすなわち大人の出現である。干宝は「陽気まさに施さんとし、聖人まさに顕れんとす」と言う。これほどの盛徳があれば、地位はまだ尊顕でなくとも、徳はすでに民を感化するに足る。だから「利見」というのである。

九三:君子終日乾乾,夕惕若厲,無咎。惕,懼也。厲,危也。於【於:乾】氏曰:「爻以氣表,繇以龍興,嫌其不關人事,故著君子焉。」君子雖秉天德,亦盡人事。位居兩乾之間,乾而又乾,惟恐內外或有間斷,其惕若也,蓋自朝至夕終日如是矣。日陽象,故乾象日。內卦已終,故曰終日。虞氏曰「坤為夕」,三消三陰,外坤全見,故曰夕。夫惕懼則必危厲,而進德修業,又何過之不補哉,故無咎。

爻辞:九三、君子は終日乾乾として、夕には惕れて危ぶむがごとく、咎なし。「惕」は戒惧、「厉」は危険である。干宝は「爻は節気をもって表し、繇辞は龍を借りて興を起こす。人事と関わりがないように見えるのを嫌い、あえて『君子』を点出した」と言う。君子は天徳を秉りながらも、人事の功も尽くさなければならない。九三は上下二つの乾体の間に位し、乾にまた乾を重ね、内卦と外卦の間に一絲の間断があることを恐れて、時時警惕し、朝から夕まで終日このごとくである。日は陽の象徴なので乾は日に取象する。内卦は九三で終わるので「終日」という。虞翻は「坤為夕」と言い、九三は三つの陰爻を消して外卦の坤象がすべて現れるので「夕」という。戒惧の心があるのは、必ず危疑の地に身を置くからである。徳を進め業を修めることを不断に続ければ、補えない過失があろうか。だから「无咎」――災いはないのである。

九四:或躍在淵,無咎。五為天位,四與五比,則近於天矣。然陽息至四,五、上兩爻猶為陰,陰水象,四居二陰之下,故曰在淵。淵者,下不離地而上可與天接,故《文言傳》曰「中不在人」也。四龍雖不在人,而尚未及於天,倘欲下離於淵,則不能不需夫躍。於【於:乾】氏曰:「躍者,暫起之言;或,疑辭。」審時而躍,不致躁進,故無咎。

爻辞:九四、あるいは躍り上がり、あるいはなお深淵にあって、咎なし。第五爻は天位で、九四は九五に比すれば、すでに天に近い。しかし陽気が第四爻まで生長した時点では、五・上の二爻はなお陰である。陰は水に取象し、九四はちょうど二つの陰爻の下にいるので「在淵」という。「淵」とは、下は地を離れず、上は天に接することができる位置なので、《文言伝》は「中不在人」と言う。九四の龍は人位にいないが、まだ天位にも及ばない。深淵を離れて上に行こうとすれば、「躍」に頼らざるを得ない。干宝は「躍とは、しばらく起き上がること、『或』は疑い定まらぬ語気」と言う。時機を審らかにしてから躍れば、躁進には至らず、だから咎はないのである。

九五:飛龍在天,利見大人。五為卦主,此乾天也,既有天德,又居天位,取象於龍,則已出淵而在天。蓋神化莫測,乘氣以上飛矣。陽動上升,故曰飛。盛德大業,萬物樂覩,見此大人,何利如之。

爻辞:九五、飛龍天に在り、大人に見るに利あり。第五爻は全卦の主爻で、まさに乾天の位にある。天徳を具えてかつ天位に居るので、龍に取象すれば、すでに深淵を出て天に昇ったことになる。龍の神妙な変化は測り知ることができず、気に乗って上に飛騰する。陽は動を主とし上昇するので「飛」という。このような盛徳大業があれば、万物は皆喜んで瞻仰する。このような大人に見ることができれば、これに勝る利があろうか。

上九:亢龍有悔。陽息至上,坤象不見,剛而無柔,此龍之亢者。王氏曰:「窮高曰亢,知進罔退,故有悔。」用九:見群龍無首,吉。乾六爻皆剛,至上則剛極而亢,欲用陽剛,則宜以柔濟之,有群龍無首之象。六爻皆陽,故象群龍;上位為首,以上亢為戒,不欲以剛見用,故曰無首。首為一身之陽,身動首必先之,龍無首則動不可見,是首藏也。蓋刃利先缺,弦急先絕,惟剛不過剛者乃得其平也,故吉。

爻辞:上九、高く飛びすぎた龍には悔いがある。陽気が上爻まで生長すると、坤の陰象は見えなくなり、純剛にして柔なし。これが龍の「亢」である。王弼は「高きを極めたを『亢』といい、進むを知って退くを知らぬがゆえに悔いあり」と言う。用九の爻辞:群龍が首を争わないのを見る、吉。乾卦の六爻はすべて剛爻で、上爻に至れば剛は極まって亢となる。陽剛を運用しようとすれば、柔をもって調節すべきで、そこに「群龍无首」の象がある。六爻が皆陽なので「群龍」に取象し、上爻の位置は「首」である。上九の亢を鑑戒として、ひたすら剛を用いようとはしないので「无首」という。首は一身の陽の集まるところで、身が動けば首は必ず先に動く。龍が首を露わさなければ、動きは見えようがない。これは「首」を蔵することである。刃は利すぎれば先に缺け、弦は急すぎれば先に絶える。剛でありながら剛に過ぎない者のみが平正を得るので、吉なのである。

彖曰:大哉乾元,萬物資始,乃統天。此為彖傳,孔子所作,以釋彖釋辭。《大傳》曰「彖者材也」,謂統論一卦之體材也。大哉,讚辭。元,始也。《九家易》曰「陽稱大」,六爻純陽,故曰大。乾者純陽,天之象。觀乾之始以知天德,惟天為大,惟乾則之,故曰大哉。元者,氣之始也,乾之元氣,萬物之初生皆資之,此一元為乾之本也。統,本也,故乾元曰統天。此釋乾元也。

《彖伝》に曰く、大いなるかな乾の元、万物はこれに資りて始まり、すなわち天を統べる、と。この篇は《彖伝》で、孔子の作りたるもの、彖辞・卦辞を解釈するためのものである。《繋辞伝》に「彖者材也」とあるのは、《彖伝》が一卦の体質材幹を総論することを言う。「大哉」は讃嘆の辞。「元」は始まりである。《九家易》に「陽称大」とあり、乾卦の六爻は純陽なので「大」と称する。乾は純陽で天の象であり、乾の始まりを観れば天徳を知ることができる。天は最も大きく、乾はまさに天に則るので「大哉」と言う。「元」は気の始まりであり、乾の元気は万物の初生が皆これに資るもので、この「一元」が乾の根本である。「統」は根本なので、乾元は「統天」と言う。この句は卦辞の「元」を解釈したものである。

雲行雨施,品物流形。萬物之資生惟天,天生之,天又有以養之。雲行雨施,澤溥無垠,則流動形見者生機蓋莫遏也。此釋乾亨也。大明終始,六位時成,時乘六龍以御天。有繼天之聖出,體乾四德之義,而大明夫貞之終統於元之始,則原始要終,終則有始,四德往來循環不息,而一卦之時位成焉。卦有六位,位各有時,六位皆陽,是為六龍。初、二、三、四、五、上為位,潛、見、惕、躍、飛、亢為時,位以時成,龍以時乘,御行天下,化馳若神,此聖與天合德之象也,蓋由元而亨也。

《彖伝》に曰く、雲行き雨施り、品物形を流す、と。万物が生ずるに資るのは天のみで、天はそれらを生じ、またそれらを養う方がある。雲行雨施、恩沢は普く辺際なく、そこで万物は流動して形を成し、生機を遏めるものはない。この句は卦辞の「亨」を解釈したものである。《彖伝》はまた言う、大明は終始し、六位は時に成り、時に六龍を乗じて天を御す、と。天道を継ぐ聖人が世に出て、乾徳の元亨利貞の義を体し、「貞」の終わりがまた「元」の始まりに統攝されることを大明して見る。そこで始まりを推原し終わりに要し、終わればまた始まる。四徳は往来して循環し息まず、一卦の時と位はこれによって成る。一卦には六つの爻位があり、各位にはそれぞれ応じる時がある。六位は皆陽爻、これが六龍である。初・二・三・四・五・上が「位」、潜・見・惕・躍・飛・亢が「時」である。位は時に随って成り、龍は時に随って乗じ、天道を御して天下に行い、教化の流布は神のごとく速い。これは聖人が天と徳を合わせる景象であり、まさに「元」から「亨」に進むことである。

乾道變化,各正性命,保合太和,乃利貞。乾道一陰陽也,陰陽變化莫測端倪。鄭氏曰:「先有蒨形漸漸改者謂之變,雖有蒨形忽改者謂之化。」凡物秉受太和之氣以為性命者,道皆有以保合之,使之各正以遂其生。此釋乾之利貞也。

《彖伝》に曰く、乾道変化して、各々其の性命を正しくし、太和を保合して、乃ち利貞なり、と。乾道とは一陰一陽であり、陰陽の変化には端倪を窺うことができない。鄭玄は「もと形迹があって漸々改まるを『変』といい、形迹がありながら忽ち改まるを『化』という」と言う。凡そ太和の気を禀受して性命を成す事物について、乾道は必ずこれを保全聚合する方があり、それらを各々正しく帰らせて生を遂げさせる。この句は卦辞の「利貞」を解釈したものである。

首出庶物,萬國咸寧。聖人體利貞以為天下王,則庶物康阜,粲乎隱隱,各得其所。象曰:天行健,君子以自強不息。此名大象,孔子所作,以釋一卦之象。天,乾之象;健,乾之德。行者,陽德主動,天體三百六十五度有奇,天一日一周,固健於行也。君子體乾象,自強如乾之健,不息如乾之行也。

《彖伝》に曰く、庶物に首出でて、万国咸く寧し、と。聖人が「利貞」の徳を体して天下の王となれば、庶物は康楽にして豊かになり、粲乎として隠隠と興り、各々其の所を得る。《大象伝》に曰く、天の行は健なり、君子以て自ら強め息まず、と。この段は「大象」と呼ばれ、孔子の作りたるもの、一卦の全体の象を解釈する。「天」は乾の取象、「健」は乾の徳性である。「行」とは、陽徳が動を主とすることを言う。天体の一周は三百六十五度余り、天は一日夜に一周するから、実に行に健である。君子は乾象に体し、乾のように剛健に自ら強め、乾のように运行して息まないのである。

潛龍勿用,陽在下也。此謂之小象,又名象傳,釋爻辭也。陽,龍也;下,潛也。見龍在田,德施普也。功雖未著,而德之及物已遠也。終日乾乾,反復道也。反覆乾道,無少間斷。或躍在淵,進無咎也。躍不遽躍,見可而進。飛龍在天,大人造也。鄭氏曰:「造,為也。」大人在位,所為乘時也。亢龍有悔,盈不可久也。天道虧盈,故不可久。用久,天德不可為首也。不可為首,無首乃宜。

《小象伝》に曰く、「潜龍勿用」は陽が下位にあるからである。これらは「小象」と呼ばれ、《象伝》とも呼ばれ、爻辞を解釈する。「陽」とは龍、「下」とは潜である。「見龍在田、徳施普也」――功業はまだ著しくなくとも、徳の物に及ぶことはすでに遠い。「終日乾乾、反復道也」――乾道を反復して行い、少しの間断もない。「或躍在淵、進无咎也」――躍んでも軽率には躍ばず、可行と見てから進む。「飛龍在天、大人造也」――鄭玄は「造とは、なすこと」と言う。大人が其の位に居り、すべての所作は時に乗じる。「亢龍有悔、盈不可久也」――天道は盈たるを損うので、長く保つことはできない。「用九、天徳不可為首也」(原文の「用久」は「用九」に作るべき)――先んじて首となろうとせず、「无首」こそ宜しいのである。

文言曰:元者善之長也,亨者嘉之會也,利者義之和也,貞者事之幹也。此名文言傳,孔子作之以繹文王之辭,故曰文言。元,始也,於時為春,萬物各得其性,故曰善之長。亨者,通也,於時為夏,萬物各成其形,故曰嘉之會。利者,和也,於時為秋,萬物各協其宜,故曰義之和。貞者,固也,於時為冬,萬物各歸其根,故曰事之幹。乾者,木之本,枝葉所倚也。此釋四德之體也。

《文言伝》に曰く、元とは善の長なり、亨とは嘉の会なり、利とは義の和なり、貞とは事の幹なり、と。この篇は《文言伝》と呼ばれ、孔子が文王の卦辞を演繹するため作ったので「文言」という。「元」は始まりで、四時では春に当たり、万物が各々其の本性を得るので「善之長」という。「亨」は通達で、四時では夏に当たり、万物が各々其の形体を成すので「嘉之会」という。「利」は和順で、四時では秋に当たり、万物が各々其の宜しきを協えるので「義之和」という。「貞」は堅固で、四時では冬に当たり、万物が各々其の根に帰り命を復すので「事之幹」という。「幹」とは樹木の主幹で、枝葉は皆これに倚って立つ。この段は元亨利貞の四徳の本体を解釈したものである。

君子體仁足以長人,嘉會足以合禮,利物足以和義,貞固足以幹事,君子行此四德者,故曰乾元亨利貞。元德為仁,惟仁可以統萬善;亨德為禮,惟禮可以合眾美;利德為義,物不得宜則乖而不和;貞德為智,事不有乾則散而難固。四德在天曰元亨利貞,四德在人曰仁義禮智,而不及信者,以信分寄仁義禮智中也。此釋四德之用也。此第一節申彖辭。

《文言伝》に曰く、君子は仁に体して以て人を長するに足り、嘉会にて以て礼に合するに足り、物を利して以て義を和するに足り、貞固にて以て事を幹するに足り、と。君子がこの四徳を行うので「乾、元亨利貞」と言う。「元」の徳は仁に当たり、仁のみが万善を統攝し得る。「亨」の徳は礼に当たり、礼のみが衆美を会合し得る。「利」の徳は義に当たり、物が其の宜を得なければ乖戻して和しない。「貞」の徳は智に当たり、事に主幹がなければ散乱して固めがたい。四徳は天において元亨利貞といい、人において仁義礼智という。ここで「信」を挙げないのは、信がすでに仁義礼智の中に分かれて寄託されているからである。この段は四徳の功用を解釈したものである。以上は第一節、彖辞を申述する。

初九曰:潛龍勿用,何謂也?子曰:龍德而隱者也。不易乎世,不成乎名,遯世無悶,不見世而無悶,樂則行之,憂則違之,確乎其不可拔,潛龍也。此釋初九爻辭也。易謂變易,不見是者,人不以隱為是也。鄭氏曰:「確,堅高之貌;拔,移也。」陽德至剛,剛則有守,變坤之初而居下位,不求人知,不為人譽。體為震,震為動,為喜笑,震動固可行也,然必樂而後行;前猶有五陰為坤,坤為亂,坤亂又宜違也,然必憂而始違。龍德之潛,用舍不失其守,其隱居有如此者。

《文言伝》に曰く、初九の爻辞「潜龍勿用」とは何を言うのか、と。孔子は言う、これは龍のごとき徳性を持ちながら隠居する人である。世俗のために己を変えず、名を成そうともせず、世を避けて隠れても煩悶せず、世に認められなくても煩悶せず、心の楽しむところはこれを行い、心の憂えるところはこれを避け、確乎として抜くべからざるもの、これが「潜龍」である。この段は初九の爻辞を解釈する。「易」は変易、「不見是」とは、世人が隠居を正しいと認めないことを言う。鄭玄は「確とは堅く高き貌、抜とは移ること」と言う。陽徳は至剛であり、剛であれば持守がある。初九は《坤》の初爻が変じて下位に居るので、人知を求めず、人誉を図らない。初爻が変動すれば震体となり、震は動を主とし、また喜笑とする。震動は本来行うべきであるが、必ず心が楽しんでから行う。その前にはなお五つの陰爻が坤を成し、坤は乱である。乱に遇えば本当は避けるべきだが、必ず心が憂えてから避ける。龍徳の潜む時、用いられても捨てられても其の守りを失わない。隠居の道はまさにこのごとしである。

九二曰:見龍在田,利見大人,何謂也?子曰:龍德而正中者也。庸言之信,庸行之謹,閒邪存其誠,善世而不伐,德博而化。《易》曰「見龍在田,利見大人」,君德也。此釋九二爻辭也。《九家易》曰「乾為言」,乾陽至健,陽為動物,故曰行。庸,常也。誠者,實心也。陽實陰虛,陽正陰邪,二變坤中存陽,誠實以防閒陰邪。善公諸世,德博及人,已足以君天下。虞氏曰「乾為善為德」,《說卦傳》曰「乾為君」,二位正中,故以君德歸之。

《文言伝》に曰く、九二の爻辞「見龍在田、利見大人」とは何を言うのか、と。孔子は言う、これは龍徳を持ちながら中に居り正を守る人である。平常の言葉には信実を講じ、平常の行いには謹慎を講じ、邪念を防いで誠心を存し、善行を世に及ぼしても自ら誇らず、徳は広くして人を化する。《易》の言う「見龍在田、利見大人」は、まさに君主の徳を言うのである。この段は九二の爻辞を解釈する。《九家易》に「乾為言」とあり、乾陽は至って剛健で、陽は動く物に属するので「行」と言う。「庸」は平常、「誠」は実在の心である。陽は実で陰は虚、陽は正で陰は邪。九二が変ずれば坤体となるが、坤の中になお陽爻を存するのは、誠実をもって陰邪を防ぐからである。善行を世に公にし、徳を広く人に及ぼせば、すでに天下に君たるに足る。虞翻は「乾為善為徳」と言い、《説卦伝》は「乾為君」と言う。九二はまた内卦の正中に居るので、「君徳」をこれに帰すのである。

九三曰:君子終日乾乾,夕惕若厲,無咎,何謂也?子曰:君子進德修業。忠信所以進德也,修辭立其誠所以居業也。知至至之,可與幾也;知終終之,可與存義也。是故居上位而不驕,在下位而不憂,故乾乾因其時而惕,雖危無咎矣。此釋九三爻辭也。虞氏曰:「乾為德,坤為業。」乾陽前往以消坤陰,故曰進德;坤柔得陽以剛相濟,故曰修業。乾陽內實曰忠信,乾為言曰修辭,陽剛德健故誠曰立,陽性主動故曰至之,內卦已盡故曰終之,居內卦外卦之間故曰上位下位。蓋言三進德居業,不忘乾惕,所以無驕憂之咎,居上下而各得其所也。

《文言伝》に曰く、九三の爻辞「君子終日乾乾、夕惕若厲、无咎」とは何を言うのか、と。孔子は言う、君子は徳を進め業を修める。忠信は徳を進めるためのもの、言辞を修め誠意を立てるのは業を守るためのものである。到達すべき目標を知って努力して到達すれば、幾微の理を語ることができる。終結すべきところを知って期に終結すれば、道義を共に守ることができる。だから上位に居ても驕らず、下位に処っても憂えず、このゆえに終日勤勉し、時に随って警惕し、危境に処っても咎がない。この段は九三の爻辞を解釈する。虞翻は「乾為徳、坤為業」と言う。乾陽が前に進んで坤陰を消すので「進徳」といい、坤の柔が陽剛に剛をもって済わせるので「修業」という。乾陽は内に充実しているので「忠信」といい、乾は言葉なので「修辞」という。陽剛の徳性は剛健なので誠意を「立」と言い、陽性は動を主とするので「至之」といい、内卦は九三で尽きるので「終之」といい、九三は内卦と外卦の境に居るので「上位」「下位」の説がある。これは九三が徳を進め業を守って勤勉戒惧を忘れず、だから驕矜や憂惧の過失がなく、上に居ても下に居ても各々其の所を得ることを言うのである。

九四曰:或躍在淵,無咎,何謂也?子曰:上下無常,非為邪也;進退無恆,非離群也。君子進德修業,欲及時也,故無咎。此釋九四爻辭也。四居外卦之初,前息消坤,宜上不宜下,宜進不宜退,而乃無常無恆者,非為陰邪所惑,坤陰之群難離也。蓋進德修業,意在審時前往,不欲躁進耳。

《文言伝》に曰く、九四の爻辞「或躍在淵、无咎」とは何を言うのか、と。孔子は言う、上に行き下に行きて常なきは、邪僻の事を為さんとするのではない。進み退きて恒なきは、同類を離れんとするのではない。君子が徳を進め業を修めるのは、時機に及ばんと欲するからで、だから咎がない。この段は九四の爻辞を解釈する。九四は外卦の初めに居り、前に生長して坤陰を消し、本当は上るべきで下るべきではなく、進むべきで退くべきではない。それなのに上下に常なく進退に恒がないのは、陰邪に惑わされたのでもなく、坤陰の群を離れがたいのでもない。徳を進め業を修める意は、時機を審らかにしてから往こうとするにあり、躁進を欲しないだけである。

九五曰:飛龍在天,利見大人,何謂也?子曰:同聲相應,同氣相求,水流溼,火就燥,雲從龍,風從虎,聖人作而萬物覩,本乎天者親上,本乎地者親下,則各從其類也。此釋九五爻辭也。陽息至五,則乾天得位,下有伏坤,有似天位乎上,地位於天之下然者。因是天地之間萬象昭著:震雷、巽風各以聲應,兌澤、艮山各以氣求,坎水流溼,離火就燥,且云生山澤之內以從乾龍,風助雷震之勢以從坤虎,莫不默然感通,交相契合。

《文言伝》に曰く、九五の爻辞「飛龍在天、利見大人」とは何を言うのか、と。孔子は言う、同じ声は互いに応和し、同じ気は互いに求め合う。水は低湿に流れ、火は乾燥に就く。雲は龍に従って生じ、風は虎に従って起こる。聖人が興れば万物は皆瞻仰する。天に本ずる者は上に親しみ、地に本ずる者は下に親しみ、各々其の類に従うのである。この段は九五の爻辞を解釈する。陽気が第五爻まで生長すれば、乾天は正位を得、下には坤体が伏して、天位が上にあり地位が天の下にあるような格局となる。このために天地の間の万象は昭然として著しい。震は雷、巽は風で、二者は声をもって応じる。兌は沢、艮は山で、二者は気をもって求める。坎水は低湿に流れ、離火は乾燥に就く。また雲は山沢の中に生じて乾龍に従い、風は雷震の勢いを助けて坤虎に従う。一つとして黙然として感通し、交り契合しないものはない。

虞氏曰:「乾為龍,雲生天故從龍也;坤為虎,風生地故從虎也。」是乾天坤地為六子所從出,而雷風山澤水火亦因以相應、相求、相流、相就者,感應天地,猶之聖王興起於上,制作文為,萬物樂覩。凡物之得乾氣者生俱親上,物之得坤氣者生俱親下,物雖不一,各以類從,故曰飛龍在天,利見大人也。

虞翻は言う、「乾為龍、雲は天に生ずるが故に龍に従う。坤為虎、風は地に生ずるが故に虎に従う」と。これを見れば乾天坤地は震・坎・艮・巽・離・兌の六子卦の出づる父母であり、雷・風・山・沢・水・火はこれによって応じ求め流れ就く関係を持つ。その感応は天地の感応である。これはちょうど聖王が上に興り、文物典章を創制すれば、万物が皆喜んで瞻仰するようなものである。凡そ乾気を禀けた物類は、生まれながらに皆上に親しみ、坤気を禀けた物類は、生まれながらに皆下に親しむ。万物は一様ではないが、各々類に随って相従する。だから「飛龍在天、利見大人」と言うのである。

上九曰:亢龍有悔,何謂也?子曰:貴而無位,高而無民,賢人在下位而無輔,是以動而有悔也。此釋上九爻辭也。位謂君位,處君之上故無位;陰為民,上九消坤已盡,純陽無陰,故無民;陽剛過亢,不能下賢,在下諸賢亦無為上輔者,故動有悔也。此第二節申爻辭。

《文言伝》に曰く、上九の爻辞「亢龍有悔」とは何を言うのか、と。孔子は言う、地位は尊貴でも実位がなく、高く立っても民衆がなく、賢人は下位にいて輔佐に来ない。だから一たび動けば悔いを招く。この段は上九の爻辞を解釈する。「位」とは君位で、上九は君位の上に処るので「无位」という。陰は民を表し、上九は坤陰を消し尽くして純陽無陰なので「无民」という。陽剛は亢に過ぎて、己を屈して賢に下ることができず、下にいる衆賢もその輔佐となる者がいない。だから動けば悔いがある。以上は第二節、爻辞を申述する。

潛龍勿用,下也。言在下未用。見龍在田,時舍也。舍,次也,言暫次於田也。終日乾乾,行事也。行謂進修,事謂德業。或躍在淵,自試也。欲用於世,自試以審之。飛龍在天,上治也。既在其位,平治天下。亢龍有悔,窮之災也。盛極衰伏。乾元用九,天下治也。用九曰乾元者,卦盡則反,貞下起元也。上治謂治天下,天下治謂天下已治。此第三節再申爻辭,以人事明之。

《文言伝》に曰く、「潜龍勿用」は下位にあるから――身が下位にあってまだ任用されないことを言う。「見龍在田、時舍也」――「舍」は止宿で、しばらく田間に駐留することを言う。「終日乾乾、行事也」――「行」は徳を進め身を修めること、「事」は徳行事業を言う。「或躍在淵、自試也」――世に用いられようとして、まず自ら試して時機を審らかにする。「飛龍在天、上治也」――すでに其の位に居れば、天下を平治する。「亢龍有悔、窮之災也」――盛んなのが極まれば、衰えはすでにその中に伏している。「乾元用九、天下治也」――用九を「乾元」と称するのは、一卦が尽きれば本原に返り、貞の終わりの後にまた元の始まりが起こるからである。「上治」とは天下を治めに行くこと、「天下治」とは天下がすでに治まったことを言う。以上は第三節、再び爻辞を申述し、人事をもって明らかにする。

潛龍勿用,陽氣潛藏。初生一陽,卦為復,建子之月,陽伏重陰之下,故曰潛。見龍在田,天下文明。二陽上見,卦為臨,建丑之月,陽出於地,萬物各含生意,故曰天下文明。雖不在位,然天下已被其化,文王以文德興周,周公以禮樂成周,雖居臣位而天下文明矣。終日乾乾,與時偕行。三陽已著,卦為泰,建寅之月,陽氣畢達,生息不已,行與時偕也。

《文言伝》に曰く、「潜龍勿用」は陽気がまだ潜蔵しているから――初めて一陽が生じた時、卦は《復》で、建子の十一月に当たり、陽気は重ねた陰の下に伏しているので「潜」という。「見龍在田、天下文明」――二陽が上に現れた時、卦は《臨》で、建丑の十二月に当たり、陽気は地面に出て、万物は各々生機を含み蓄えるので、天下に文采が明るいと言う。この時君位にはいないが、天下はすでにその化を受けている。文王は文徳をもって周を興し、周公は礼楽をもって周を成し、二人は臣位に居りながら、天下はすでに文明であった。「終日乾乾、与時偕行」――三陽がすでに著しい時、卦は《泰》で、建寅の正月に当たり、陽気は完全に通達して生息が止まず、その運行は天時と歩を一にする。

或躍在淵,乾道乃革。陽至四爻,卦為大壯,建卯之月,乾道內外更革之時。革,更革也,言萬物至此坼甲脫胎,有變化焉。飛龍在天,乃位乎天德。五陽得位,卦為夬,建辰之月,天下之物咸樂天德,承帝澤焉,惟有是德故居是位。亢龍有悔,與時偕極。上為純乾,建已之月,陽氣極盛也。與時偕行則無悔,偕極則窮,故有悔也。乾元用九,乃見天則。則,法也,陽濟以陰,萬物成實,天之法則也。此第四節重申爻辭,以天道明之。

《文言伝》に曰く、「或躍在淵、乾道乃革」――陽気が第四爻に至る時、卦は《大壮》で、建卯の二月に当たり、まさに乾道が内外卦の間で更革される時である。「革」は更改变革で、万物がここに至って殻を破り胎を脱し、変化が起こることを言う。「飛龍在天、乃位乎天徳」――五陽が位を得た時、卦は《夬》で、建辰の三月に当たり、天下の万物は皆天徳に欣び、帝の恩沢を承ける。このような徳があるからこそ、このような位に居るのである。「亢龍有悔、与時偕極」――上爻は純乾で、建巳の四月に当たり、陽気は盛んなのが極まる。時と偕に行えば悔いはないが、時と偕に極まれば窮まる。だから悔いがある。「乾元用九、乃見天則」――「則」は法度で、陽が陰をもって済され、万物が実を結んで成熟すること、これが天の法則である。以上は第四節、重ねて爻辞を申述し、天道をもって明らかにする。

乾元者,始而亨者也;利貞者,性情也。乾有四德,以體言之,由物之始以及物之終,莫不畢貫,至於性情胥見,則物成矣。乾始能以美利利天下,不言所利,大矣哉。至於四德之用,則更廣遠無垠,美利利物而不言利,蓋以利倘可名,則利狹矣。

《文言伝》に曰く、「乾元」とは、万物が始まって通達すること。「利貞」とは、万物の性と情である。乾には元亨利貞の四徳があり、本体から言えば、万物の始まりから万物の終わりに至るまで、貫かないところがない。万物の性情が悉く現れるに及んで、物は成るのである。《文言伝》はまた言う、乾は始めから美しき利をもって天下を利することができながら、自らの施す利を言わない。これはなんと偉大なことか。四徳の功用に至っては、さらに広遠にして辺際がない。美利を万物に施しながら「利」を口にしないのは、「利」がもし名ざしできるなら、その利は狭くなってしまうからである。

大哉乾乎,剛健中正,純粹精也;六爻發揮,旁通情也。以六爻之體言,惟九五為大。純粹,不雜也;精,密也;旁廣通達也。五以陽居陽位,不雜陰柔,故曰純粹;居中得正,不鄰邪曲,故曰精。其餘諸爻亦各有義,宜並五爻發揮之,推廣以盡其蘊也,蓋其體既大,其用亦廣。

《文言伝》に曰く、大いなるかな乾、剛健中正、純粋にして精なり。六爻発揮して、旁らに通ずる情なり、と。六爻の爻体から言えば、「大」に当たるのは九五だけである。「純粋」は雑らないこと、「精」は精密、「旁通」は広博通達である。九五は陽爻をもって陽位に居り、陰柔を雑えないので「純粋」という。中に居りて正を得、邪曲と隣り合わないので「精」という。その余の各爻もそれぞれ意味を持ち、九五と併せて発揮し、広げてその蘊奥を尽くすべきである。本体がすでに広大なら、功用も自ずと広いのである。

時乘六龍以御天也,雲行雨施,天下平也。六爻又有其用,蓋六爻即六龍也。龍以時興,乘之以御天下。龍之所託為雲,龍之所降為雨,雲行雨施,澤被萬物,無不得其所也。此第五節合彖辭爻辭體用而總贊之。

《文言伝》に曰く、時に六龍を乗じて天を御し、雲行き雨施れて、天下平らかなり、と。六爻にはまたそれぞれの用がある。六爻とはすなわち六龍である。龍は時に随って興り、聖人はこれに乗じて天下を御する。龍の托するところは雲、龍の降らすところは雨。雲行雨施、恩沢は万物に及び、得る所を得ない物はない。以上は第五節、彖辞と爻辞の体と用を合わせて総括して讃嘆したものである。

君子以成德為行,日可見之行也。潛之為言也,隱而未見,行而未成,是以君子弗用也。德修既成,然後可見諸行事以為世用,初行未成,故宜潛。曰君子弗用者,斯未能信而遽任重責,君子不如此也。

《文言伝》に曰く、君子は徳を成すことを以て行とし、日々に見るべき行なり。「潜」と言うのは、隠れてまだ見えず、行われてまだ成らないからで、これが君子の用いない所以である。徳の修養がすでに成ってから、初めて行事に現れて世に用いられる。初九の段階では行がまだ成っていないので、潜むべきである。「君子弗用」と言うのは、まだ人に信を取っていないのに急いで重任を担うようなことを、君子はしないからである。

君子學以聚之,問以辨之,寬以居之,仁以行之。《易》曰「見龍在田,利見大人」,君德也。君子之德有由成,則在學問寬仁數事。虞氏曰:陽在二,兌為口,震為言,為講論,坤為文,故學以聚之,問以辨之;震為寬,仁為行,謂居寬行仁,德博而化也。重言君德者,大人善世不伐,信有君德,後天而奉天時,故詳言之。

《文言伝》に曰く、君子は学を以てこれを聚め、問を以てこれを辨じ、寛を以てこれに居り、仁を以てこれを行う、と。《易》の言う「見龍在田、利見大人」は、君徳を言うのである。君子の徳の成り立つ由縁は、学・問・寛・仁の数事にある。虞翻は言う、陽爻が第二位にあり、二から四の互体は兌、兌は口。下卦は震、震は言語・講論。坤は文。だから「学以聚之、問以辨之」という。震にはまた寛厚の象があり、仁は行事に現れる。すなわち心を寛に居り、行いを仁にする。徳が広くて人を化するのである。ここで重ねて「君徳」と言うのは、大人が善行を世に及ぼして自ら誇らず、実に君徳を具え、天の後にあって天時を奉ずるから、特に詳しく申し述べるのである。

九三重剛而不中,上不在天,下不在田,故乾乾因其時而惕,雖危無咎矣。三以陽居陽位曰重剛,上不及五,下已踰二,居可危之位,而乾惕以處之,此敬慎所以不敗也。

《文言伝》に曰く、九三は剛を重ねて中にあらず、上は天に在らず、下は田に在らず。故に乾乾として其の時に因りて惕れ、危うしといえども咎なし、と。九三は陽爻をもって陽位に居るので「重剛」という。上は九五に及ばず、下は九二をすでに踰え、危うきを招きやすい位に居りながら、勤勉戒惧の態度をもって処する。これが恭敬謹慎によって敗れない所以である。

九四重剛而不中,上不在天,下不在田,中不在人,故或之。或之者,疑之也,故無咎。四以上乾接下乾,亦曰重剛。三四人位,而曰中不在人者,以居三之上而與天相近也。值上下難定之際,而有所疑以審可否,則無躁進之咎矣。

《文言伝》に曰く、九四は剛を重ねて中にあらず、上は天に在らず、下は田に在らず、中は人に在らず。故に之を或とす。或とは疑うことで、故に咎なし、と。九四は上卦の乾が下卦の乾に接するので、これも「重剛」という。三・四の二爻は本来人位だが、ここで「中不在人」と言うのは、九四が九三の上に居り、すでに天位に近いからである。上下進退が決めがたい際に当たって、疑いを抱いて可否を審らかにすれば、躁進の咎はないのである。

夫大人者,與天地合其德,與日月合其明,與四時合其序,與鬼神合其吉凶,先天而天弗違,後天而奉天時,天且弗違,而況於人乎?況於鬼神乎?初則言潛,二則言見,三則言惕,四則言躍,而不言飛者,以初德未成,三四德成而未得中,二雖得中,二非君位。然則德位兼全者,其惟九五之大人乎。

《文言伝》に曰く、大人とは、天地と其の徳を合し、日月と其の明を合し、四時と其の序を合し、鬼神と其の吉凶を合する者である。天に先んじても天は違わず、天に後れては天時を奉ずる。天ですら違わないのに、いわんや人においてをや、いわんや鬼神においてをや、と。六爻のうち、初九は「潜」、九二は「見」、九三は「惕」、九四は「躍」と言い、「飛」と言わないのは、初九は徳が未成で、三・四の二爻は徳は成っても中位を得ておらず、九二は中位を得ても君位ではないからである。然らば徳と位を兼ね全うする者は、ただ九五のこの大人のみである。

夫大人者,據天德,履天位,以應天運。天之所覆者為地,天地之德即大人之德也;日月皆麗乎天,日月之明即大人之明也;天運一周,四時已備,四時之序即大人之序也;天分陰陽,陽為神,陰為鬼,神吉鬼凶,神鬼之吉凶即大人之吉凶也。

大人とは、天徳を拠りどころとし、天位を履み、天運に応じる者である。天の覆うものが地で、天地の徳はすなわち大人の徳である。日月は皆天に麗しく附いているので、日月の明はすなわち大人の明である。天運は一周して四時が備わるので、四時の序はすなわち大人の序である。天は陰陽に分かれ、陽は神、陰は鬼で、神は吉を主り鬼は凶を主る。鬼神の吉凶はすなわち大人の吉凶である。ここで合わせた地・日月・四時・鬼神は、すべて「天」から層層に推し出されたものである。だから大人は天地と徳を合わせると言うのである。

大人先天以出治,而天應大人,是天在大人之後,凡休徵祥應不違大人之治也;大人後天以出治,而大人承天,是大人在天之後,因節宣氣化以奉行天之時也。蓋大人即天也。人為日戴天而不知天之高者,鬼神乃天所使令者,人與鬼神不敢違天,豈敢違大人乎。

大人は天に先んじて治を出せば、天は大人に応じる。これは天が大人の後にあるということで、凡そ休徴・祥応は大人の治に違わない。大人が天に後れて治を出せば、大人は天を承ける。これは大人が天の後にあるということで、気化の運行を節宣して天の時を奉行するのである。要するに大人とは天そのものである。人は日々天を戴きながら天の高さを知らず、鬼神は天の使い令うところである。人と鬼神が天に違うことを敢えてしないのに、どうして大人に違うことを敢えてしようか。

亢之為言也,知進而不知退,知存而不知亡,知得而不知喪。惟知進存得,不知退亡喪,此所以為亢也。其惟聖人乎,知進退存亡而不失其正者,其惟聖人乎。不失進退存亡之正,非聖人不能。重言以贊之,所以戒亢悔,以見群龍無首之吉也。此第六節言六爻進德之序,始言成德,終言達天,以見作聖之功備於易也。

《文言伝》に曰く、「亢」と言うのは、進むを知って退くを知らず、存するを知って亡ぶを知らず、得るを知って喪うを知らないことである。進・存・得のみを知って退・亡・喪を知らない、これが亢の所以である。あれはただ聖人のみか。進退存亡を知って其の正を失わない者は、ただ聖人のみか。進退存亡の正を失わないことは、聖人でなければできない。重ねて讃嘆するのは、「亢」がもたらす悔いを戒め、もって「群龍无首」の吉を見せるためである。以上は第六節、六爻の進徳の次第を言い、始めに徳を成すことを言い、終わりに天に達することを言う。聖人となる工夫が《易》に備わっていることがこれで分かる。

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