Libo

卦時

清 · 多隆阿 · 第20巻 / 21

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

卦時明見於經文者,惟觀為八月、兌為正秋二者而已。至於剝為九月、坤為十月、復為十一月、臨為十二月、泰為正月、大壯為二月、夬為三月、乾為四月、姤為五月、遯為六月、否為七月,皆可推求得之。兌為正秋,而坎冬離夏震春亦可類推。他如復之七日、革之己日,亦為卦時。至於孟氏言中孚為十一月時丁冬至,則非經義也。

一卦の主る所の時令は、明白に経文に見えるは、ただ『観』は八月に属し『兑』は正秋に属する両条のみ。此の外は『剥』は九月に属し『坤』は十月に属し『復』は十一月に属し『臨』は十二月に属し『泰』は正月に属し『大壮』は二月に属し『夬』は三月に属し『乾』は四月に属し『姤』は五月に属し『遯』は六月に属し『否』は七月に属するのごときは、皆十二辟卦の陰陽消長の次序に按りて推求して出す可し。『兑』は既に正秋に属せば、則ち坎は冬を主り離は夏を主り震は春を主るもまた此に照りて類推す可し。その他は『復』は「七日来復」と言い『革』は「己日」と言うは、講ずる所は皆卦時なり。至りて漢代の孟喜は『中孚』は十一月に配してまさに冬至のあの日に当たると言うは、則ち経文の本有の意思にあらず。

卦気

革之己日,離納己也,此為土氣;鼎之我仇,畏離克也,此為火氣。稼穡作甘,臨之甘臨亦土氣也;炎上作苦,節之苦節亦火氣也。他如噬嗑之金矢、益之木道、井之寒泉、離之黃離,五行之氣俱備。至於鄭康成之爻辰、乾令升之甲子,亦屬卦氣,而先儒斥之,謂旁生枝節矣。

『革』卦の言う「己日」は、離卦は天干の「己」を納し、己は土に属すを以てなり。これは土気を取るなり。『鼎』九二は「我仇有疾」と言うは、離火の来りて克するを怕るるなり。これは火気を取るなり。『尚書・洪範』の五行を講じて「稼穡作甘」と言い、土の味は甜なれば、ゆえに『臨』卦の「甘臨」もまた土気に属す。また「炎上作苦」と言い、火の味は苦なれば、ゆえに『節』卦の「苦節」もまた火気に属す。その他は『噬嗑』は「得金矢」と言い金に属し、『益』は「木道乃行」と言い木に属し、『井』は「井冽寒泉」と言い水に属し、『離』は「黄離元吉」と言い土色の黄を取る。五行の気は『易』の中に皆斉備せり。至りて鄭玄は「爻辰」を用い干宝は「甲子」を用いて以て卦に配するは、亦た卦気の一路に属す。ただ前代の学者はそれらを批評して、節外生枝と為すと言う。

卦義

卦義者,如乾為君,乾卦皆言君道;坤為臣,坤卦皆言臣道。坎水以內滀為義,故坎卦爻辭內吉而外凶;離火以外明為義,故離卦爻辭內凶而外吉。明夷以退後為義,前往見傷也;晉以前進為義,前往愈明也。隨以後隨前為義,觀以下觀上為義,震動以往來為義,艮止以安居為義,大畜以不應為義,大壯以得正為義,是皆可因卦求之。

いわゆる「卦義」とは、一卦の首尾を貫串する主旨なり。例えば乾は君を象徴すれば、『乾』卦の六爻の講ずる所は皆君と為るの道なり。坤は臣を象徴すれば、『坤』卦の六爻の講ずる所は皆臣と為るの道なり。坎は水にして、内に蓄聚するを義を取りと為れば、ゆえに『坎』卦の爻辞は往往として内卦は吉にして外卦は凶なり。離は火にして、光明の外に発するを義を取りと為れば、ゆえに『離』卦の爻辞は往往として内卦は凶にして外卦は吉なり。『明夷』は後に退蔵するを義と為り、愈々前に往けば愈々傷害を受く。『晋』は向前進取するを義と為り、愈々前に往けば愈々光明を見る。『随』は後に在りて前面に随従するを義と為り、『観』は下に在りて上を仰観するを義と為り、『震』は動して往来不息するを義と為り、『艮』は止して其の所に安処するを義と為り、『大畜』は上下相応ぜずして畜止するを義と為り、『大壮』は壮盛にして能く正を守るを義と為る。凡そ此の種種は、皆一卦の主旨に順って之を尋求す可し。

卦主

六十四卦各有主爻。主爻者,有德而兼得時得位,為一卦之宗主也。主爻之義皆寓於卦辭與《彖傳》中,所以主爻之辭往往與卦辭同。如屯卦辭曰利建侯,屯之初九爻辭亦曰利建侯;謙卦辭曰君子有終,謙之九三爻辭亦曰君子有終。《繫辭傳》曰:知者觀其彖辭,則思過半矣,言得主爻也。

六十四卦は毎一卦皆一個の主爻あり。いわゆる主爻とは、既に卦徳を具え、また其の時を占め其の位に居りて、以て一卦の宗主と為すに足るあの爻を指す。主爻の意義は皆卦辞と『彖伝』の裏に寄托すれば、ゆえに主爻の爻辞は常常として卦辞と相同じ。例えば『屯』卦辞は「利建侯」と言い、『屯』初九の爻辞もまた「利建侯」と言う。『謙』卦辞は「君子有終」と言い、『謙』九三の爻辞もまた「君子有終」と言う。『繋辞伝』は「知者観其彖辞、則思過半矣」と言う、講ずるはまさに能く卦辞の裏より主爻を抓住すれば、全卦の大意は便ち一大半明白するなり。

乾五為主,乾為天,九五曰在天;坤二為主,坤為地,六二《象傳》曰地道。屯初為主,卦辭所云建侯者指初九也;蒙二為主,卦辭所云童蒙求我者,童為六五,我指九二也。需五為主,《彖傳》曰位乎天位;訟五為主,彖辭所謂大人也。師二為主,一陽帥眾陰,卦辭之丈人即二也;比五為主,一陽居尊,眾陰歸之。小畜一陰為主而實九五為主,五陽畜一陰,九五得位,求眾陽之輔以畜六四,《彖傳》所云剛中而志行者指九五也;履亦一陰為主而實九五為主,君威如虎,乃《彖傳》所謂履帝位而不疚者。

『乾』は九五を以て主爻と為す。乾は天と為り、九五の爻辞は「飛龍在天」と言う。『坤』は六二を以て主爻と為す。坤は地と為り、六二の『象伝』の講ずる所はまさに地道なり。『屯』は初九を以て主爻と為す。卦辞の言う「利建侯」とはすなわち初九を指す。『蒙』は九二を以て主爻と為す。卦辞は「童蒙求我」と言い、「童蒙」は六五を指し、「我」は九二を指す。『需』は九五を以て主爻と為す。『彖伝』は「位乎天位、以正中也」と言う。『訟』は九五を以て主爻と為す。卦辞の言う所の「利見大人」とはすなわちそれを指す。『師』は九二を以て主爻と為す。一個の陽爻は衆陰を統率し、卦辞の裏の「丈人」とはすなわち二爻なり。『比』は九五を以て主爻と為す。一陽は尊位に居りて、衆陰は皆来りて帰附す。『小畜』は表面は一陰を以て主と為るを看るも、其の実は九五を以て主と為す。五陽は一陰を畜止し、九五は位に当たり中を得て、衆陽の相助を求めて六四を畜止す。『彖伝』の言う「剛中而志行」とはまさに九五を指す。『履』もまた表面は一陰を以て主と為るも実は九五を以て主と為す。君は威厳にして猛虎の如く、すなわち『彖伝』の言う所の「履帝位而不疚」のあの一爻なり。

泰五為主,爻辭所云歸妹者,歸二也,五歸二則上下交,其志通;否五為主,大人在上,恆恐其亡,由於上下不交之故也。同人二為主,一陰得中,眾陽欲同之;大有五為主,一陰居尊,有五陽也。謙三為主,即卦辭所云君子有終者;豫四為主,乃《彖傳》所云剛應而志行者。隨初為主,隨以後隨前為義,則自初始,《彖傳》曰剛來而下柔也;蠱上為主,《彖傳》曰剛上而柔下,義取剛上,初爻至五爻皆言蠱,獨上不言蠱,言蠱至上已化,無事宜高尚也。

『泰』は六五を以て主爻と為す。六五の爻辞は「帝乙帰妹」と言い、妹妹を以て九二に下嫁す。五は下りて二に交わり、上下交感して心志相通ず。まさに『泰』の卦義に合す。『否』は九五を以て主爻と為す。大人は上位に高居して時時傾覆滅亡を怕るは、ただ上下阻隔して彼此通彼此通ぜざればなり。『同人』は六二を以て主爻と為す。一個の陰爻は中に居りて正を得て、衆陽は皆之と相同せんと欲す。『大有』は六五を以て主爻と為す。一個の陰爻は尊位に居りて五個の陽爻を擁有す。『謙』は九三を以て主爻と為す。すなわち卦辞の言う所の「君子有終」のあの一爻なり。『豫』は九四を以て主爻と為す。すなわち『彖伝』の言う所の「剛応而志行」のあの一爻なり。『随』は初九を以て主爻と為す。『随』は後面に在りて前面に随従するを義と為し、随従は初爻より開始するを須う。ゆえに『彖伝』は「剛来而下柔」と言う。『蠱』は上九を以て主爻と為す。『彖伝』は「剛上而柔下」と言い、取る所は剛爻の上に居るの義なり。初爻より五爻に至るは皆蠱を治することを講じ、独り上爻は蠱を提せず。蠱は上爻に壞到りて已に整治乾浄して事を為すなければ、まさに其の志を高尚にして王侯に事えざるを宜とす。

臨二為主,下二陽雖同,二為剛中;觀五為主,上二陽雖同,五得中正也。噬嗑五為主,《彖傳》曰柔得中而上行;賁上為主,《彖傳》曰分剛上而文柔,故小利有攸往。剝上為主,一陽僅存,為碩果也;復初為主,一陽反動,見天地之心也。無妄初為主,《彖傳》云剛自外來而為主於內;大畜上為主,上為天位,《彖傳》曰應乎天也。頤上為主,上初二陽雖同,初為震動,非頤養之正,故初凶而上吉;大過四為主,四棟曰隆,與卦辭棟橈異。

『臨』は九二を以て主爻と為す。下面の両個の陽爻は虽同じく陽なれど、九二は中に居りて剛中の徳有り。『観』は九五を以て主爻と為す。上面の両個の陽爻は虽同じく陽なれど、九五は既に中にして且つ正なり。『噬嗑』は六五を以て主爻と為す。『彖伝』は「柔得中而上行」と言う。『賁』は上九を以て主爻と為す。『彖伝』は「分剛上而文柔」と言う。ゆえに卦辞は「小利有攸往」と言う。『剥』は上九を以て主爻と為す。五陰の上はただ此の一個の陽爻を余せば、すなわち「碩果不食」のあの顆の果実なり。『復』は初九を以て主爻と為す。一陽は返回して動く。ここに於いて天地生生の心を見る可し。『无妄』は初九を以て主爻と為す。『彖伝』は「剛自外来而為主于内」と言う。『大畜』は上九を以て主爻と為す。上位は天位にして、『彖伝』は「応乎天也」と言う。『頤』は上九を以て主爻と為す。上爻は初爻と同じく陽なれど、初爻は震に属して動を好み、頤養の正道に合せず。ゆえに初爻は凶にして上爻は吉なり。『大過』は九四を以て主爻と為す。四爻の爻辞は「棟隆」と言い、卦辞の言う所の「棟橈」とまさに相反す。

坎五為主,卦辭所云有孚維心亨者;離二為主,《彖傳》所云柔麗乎中正者,五雖得中,陰居陽位非正,故六五祇曰吉,六二曰元吉也。咸五為主,晦無知覺,不受感也;恆二為主,陽剛居正,能久中也。遯五為主,《彖傳》所云剛當位而應、與時行者;大壯四為主,陽息至四,故曰大壯。晉與明夷皆五為主,晉五乃《彖傳》所云柔進而上行者,明夷之五乃《彖傳》所云內難而能正其志者。家人二為主,卦辭曰利女貞;睽五為主,《彖傳》曰柔進而上行,得中而應乎剛。蹇五為主,卦辭所云利見大人者,言五為大人能濟蹇也;解四為主,卦辭所云往夙吉者指四也,故《彖傳》釋之曰往有功。

『坎』は九五を以て主爻と為す。卦辞の言う所の「有孚維心亨」とはすなわちそれを指す。『離』は六二を以て主爻と為す。『彖伝』の言う所の「柔麗乎中正」とはすなわちそれを指す。六五もまた中に居ると雖も、陰爻を以て陽位に居れば、正を得たりと算せず。ゆえに六五はただ「吉」と言い、而して六二は「元吉」と言う。『咸』は九五を以て主爻と為す。九五の講ずる所は背脊の肉にして、麻木して知覚なく、感応せざれば、まさに交感の難を見す。『恒』は九二を以て主爻と為す。陽剛は中に居りて正を守れば、ゆえに能く中道を長久に保持す。『遯』は九五を以て主爻と為す。すなわち『彖伝』の言う所の「剛当位而応、与時行也」なり。『大壮』は九四を以て主爻と為す。陽気は第四爻に生長して、陽は盛に已極すれば、ゆえに「大壮」と言う。『晋』と『明夷』とは皆五爻を以て主爻と為す。『晋』六五は『彖伝』の言う所の「柔進而上行」、『明夷』六五は『彖伝』の言う所の「内難而能正其志」なり。『家人』は六二を以て主爻と為す。卦辞は「利女貞」と言う。『睽』は六五を以て主爻と為す。『彖伝』は「柔進而上行、得中而応乎剛」と言う。『蹇』は九五を以て主爻と為す。卦辞は「利見大人」と言う、これは言う、九五あの大人は能く険難を濟解す。『解』は九四を以て主爻と為す。卦辞は「有攸往、夙吉」と言うはすなわち四爻を指し、ゆえに『彖伝』は解釈して「往有功也」と言う。

損上為主,《彖傳》所云損下益上、其道上行者也,爻辭言無咎、貞吉、利有攸往,與卦辭略同;益初為主,《彖傳》所云損上益下、其道大光者。夬上為主,五陽決上一陰也;姤初為主,五陽下遇一陰也。萃五為主,卦辭言利見大人,見九五也;升二為主,卦辭言用見大人,見九二也。困井皆五為主,困五為大人,困不失其亨;井五為寒泉,井養而不窮。革五為主,言大人有革權也;鼎五為主,《彖傳》曰柔進而上行,得中而應乎剛,是以元亨。震初為主,震動於下也;艮上為主,艮止於終也。

『損』は上九を以て主爻と為す。すなわち『彖伝』の言う所の「損下益上、其道上行」なり。上九の爻辞は「无咎、貞吉、利有攸往」と言い、卦辞と大致相同じて、まさに主爻の通例に合す。『益』は初九を以て主爻と為す。すなわち『彖伝』の言う所の「損上益下、其道大光」なり。『夬』は上六を以て主爻と為す。五個の陽爻は合力して上面の此の一陰を決去す。『姤』は初六を以て主爻と為す。五個の陽爻は上に在りて下面の此の一陰に遇着す。『萃』は九五を以て主爻と為す。卦辞は「利見大人」と言う、すなわち九五を指す。『升』は九二を以て主爻と為す。卦辞は「用見大人」と言う、すなわち九二を指す。『困』と『井』とは皆五爻を以て主爻と為す。『困』九五は身は困境に陷りて仍ほ亨通を失わざるの大人にして、『井』九五は「井冽寒泉食」にして、人を養いて窮竭せざるなり。『革』は九五を以て主爻と為す。これは言う、ただ大人のみ変革の権を握有す。『鼎』は六五を以て主爻と為す。『彖伝』は「柔進而上行、得中而応乎剛、是以元亨」と言う。『震』は初九を以て主爻と為す。雷は下面より動起するなり。『艮』は上九を以て主爻と為す。止は最末一爻に於いて止するなり。

漸五為主,《彖傳》曰剛得中;歸妹五為主,帝王歸妹,以歸為正,與卦義相反。豐五為主,乃卦辭所云日中也;旅五為主,《彖傳》所謂柔得中乎外而順乎剛者;巽四為主,乃卦辭所云利有攸往、利見大人者;兌初為主,言初獨與陰遠,得兌說之正。渙五為主,《彖傳》曰王假有廟,王乃在中,五為王也;節五為主,《彖傳》曰當位以節,中正以通。中孚四為主,卦名中孚,由於三四,而四得位,五為天位,四孚應之,此《彖傳》所云應乎天者;小過五為主,《彖傳》云柔得中,小事吉,指五也。既濟二為主,卦辭所云初吉者;未濟五為主,《彖傳》所云柔得中者。

『漸』は九五を以て主爻と為す。『彖伝』は「剛得中也」と言う。『帰妹』は六五を以て主爻と為す。帝王は女を下嫁し、出嫁を以て正理と為すは、全卦の譏刺する所の不正の帰とまさに相対照を成す。『豊』は六五を以て主爻と為す。すなわち卦辞の言う所の「宜日中」なり。『旅』は六五を以て主爻と為す。すなわち『彖伝』の言う所の柔爻は外体に於いて中に居りて剛爻に順従するなり。『巽』は六四を以て主爻と為す。すなわち卦辞の言う所の「利有攸往、利見大人」なり。『兑』は初九を以て主爻と為す。初爻は上面の陰爻を離るること最も遠く、陰柔の媚を受けず、最も和悦にして其の正を失わざるの本義に合すればなり。『渙』は九五を以て主爻と為す。『彖伝』は「王假有廟、王乃在中也」と言い、五爻はすなわち此の王なり。『節』は九五を以て主爻と為す。『彖伝』は「当位以節、中正以通」と言う。『中孚』は六四を以て主爻と為す。卦名は「中孚」と曰い、三・四両爻の中に居りて虚なるより来り、而して四爻は位に当たる。五爻は天位にして、四爻は誠信を以て五に上応す。これはすなわち『彖伝』の言う所の「乃応乎天也」なり。『小過』は六五を以て主爻と為す。『彖伝』は「柔得中、是以小事吉也」と言う、すなわち五爻を指す。『既済』は六二を以て主爻と為す。すなわち卦辞の言う所の「初吉」なり。『未済』は六五を以て主爻と為す。すなわち『彖伝』の言う所の「柔得中也」なり。

往来左右

自下之上曰往,自上之下曰來,上往為順,下來為逆,往前為右,來後為左。豐三折其右肱,言往前遇互兌之毀也;明夷四之入于左腹,言退後避上夷也。

爻は下位より上位に移るを「往」と言い、上位より下位に移るを「来」と言う。上に向かって走るを順と為し、下に向かって走るを逆と為す。往きて進むの一側を右と算し、退きて後に返るの一側を左と算す。ゆえに『豊』九三は「折其右肱」と言う、これは言う、往きて進めば互体の兑卦に碰上し、兑は毁折を主れば、因りて右の臂を傷つ。『明夷』六四は「入于左腹」と言う、これは言う、後に退避して、上爻あの光明を戕害する人を躲开す。

大小体

頤體象大離,故初言靈龜;大過體象大坎,故上言滅頂。觀象兼畫之艮,故卦辭言廟祀;大壯象兼畫之兌,故爻辭言羝羊。餘可類推。

いわゆる「大小体」とは、陽は大にして陰は小なり。陽爻は大きく一個の陽爻を以て主と為す卦は「大」に属し、陰爻は小さく一個の陰爻を以て主と為す卦は「小」に属す。例えば『大有』は一陰を以て五陽を統有するは、所有する所の物は大なれば「大」なり。『小畜』は五陽を以て一陰を畜止するは、畜止する所の対象は小なれば「小」なり。

互体

互體者,除初上兩爻,取中四爻互觀之。乾坤陰陽純,既濟未濟陰陽分,四卦無互象,餘皆有之,詳後圖中。

いわゆる「互体」とは、一卦の中間の四爻の上下交互して成る所の別の一卦なり。初爻と上爻とを除き、二・三・四爻は一卦を為り、三・四・五爻はまた一卦を為る。此の両卦は本卦の中に交互相嵌せるは、すなわち互体なり。互体は以て卦中の隠含するの情理を推究するに用いる可し。

数目

畫卦以三起數,故經中泛言數目皆曰三,如三錫、三狐之類。至於陽數則言九七,如震之九陵、復之七日是也;陰數則用二十,如損之二簋、屯之十年是也。

いわゆる「数目」とは、爻位の高低の等第の数を指す。初・二・三・四・五・上はすなわち爻位の序数にして、初爻は下に在りて最も卑しく、上爻は上に在りて最も尊し。九・六は則ち爻画の陰陽の数にして、九は陽、六は陰なり。卦爻の辞句の中に「九三」「六四」のごとく言うは、皆此の数目を用いて爻位を標明するなり。

承

下承上曰承。否之包承,二承三也;歸妹相承,初承二也。

いわゆる「承」とは、下の爻が上の爻を承受し奉承するの謂なり。陰爻は陽爻の下に居りて之を承うは、すなわち卑が尊を承するの義なり。例えば『節』六四の『象伝』は「承上道也」と言い、上の九五を承奉承するを指す。

乘

上乘下曰乘。屯二乘剛,乘初也;豫五乘剛,乘四也。夬之柔乘五剛,是以一陰乘五陽;歸妹之柔乘剛,又是震以二陰下乘一陽,兌以一陰下乘二陽也。

いわゆる「乘」とは、上の爻が下の爻の上に騎臨するの謂なり。陰爻は陽爻の上に居りて之を乘ずるは、すなわち柔が剛を乘ずるなり。経伝の中に「乘剛」と言うは、多く陰爻が陽爻の上に居るの不利を指す。

敵

陽對陽、陰對陰曰敵。八純卦六爻皆陰陽相敵,而《彖傳》惟於艮卦指其例者,為敵於艮背之義尤切也。同人二曰敵剛,言九三與初九敵,此陽對陽也;中孚三曰得敵,荀慈明謂三敵四,此陰對陰也。

いわゆる「敵」とは、上下相応すべき両爻の同性相拒するを指す。初と四・二と五・三と上とは、本と当に一陰一陽にして相応和すべきも、若し両爻俱に陽或いは俱に陰なれば、則ち相対峙して「敵」と為り、応和を成す能わず。

応

陽應陰、陰應陽曰應。初四相應,二五相應,三上相應,如恆與未濟《彖傳》皆言剛柔應,是其例也。又有一陽得位而眾陰應之、一陰得位而眾陽應之者,比與大有《彖傳》皆言上下應,此又非一爻應一爻之例。至於相近相鄰之爻,先儒名之曰比,而不見於經文,故置之。

いわゆる「応」とは、上下相応すべき両爻の陰陽相和するを指す。初爻は四爻と応し、二爻は五爻と応し、三爻は上爻と応す。一陰一陽は相感応して、すなわち「応」有りと為す。経伝の中に「剛応」「応乎剛」のごとく言うは、皆此の義を取るなり。

八卦次序図

《說卦傳》曰:乾天也,故稱乎父;坤地也,故稱乎母;震一索而得男,故謂之長男;巽一索而得女,故謂之長女;坎再索而得男,故謂之中男;離再索而得女,故謂之中女;艮三索而得男,故謂之少男;兌三索而得女,故謂之少女。按:乾為老陽稱父,坤為老陰稱母。索,求也。震坎艮為少陽,巽離兌為少陰。坤求乾初為震,故曰長男;乾求坤初為巽,故曰長女;坤求乾中為坎,故曰中男;乾求坤中為離,故曰中女;坤求乾上為艮,故曰少男;乾求坤上為兌,故曰少女。

伏義の八卦を画くの次序は、乾一・兑二・離三・震四・巽五・坎六・艮七・坤八にして、此の図に載す所の如し。陽儀の上に一陽を加えれば則ち乾を得、一陰を加えれば則ち兑を得。陰儀の上に一陽を加えれば則ち離を得、一陰を加えれば則ち震を得。陽儀の上に再び一陽を加えれば則ち巽を得、一陰を加えれば則ち坎を得。陰儀の上に再び一陽を加えれば則ち艮を得、一陰を加えれば則ち坤を得。此の図は先儒の所列する所にして、以て八卦の生成の次序を示す。

八卦方位図

《說卦傳》曰:萬物出乎震,震東方也;齊乎巽,巽東南也;離也者明也,萬物皆相見,南方之卦也;乾西北之卦也;坎者水也,正北方之卦也;艮東北之卦也。按:震巽離乾坎艮六卦傳皆明言方位,惟坤兌二卦缺如,而可即此推之。坤卦辭曰西南得朋,蹇卦辭曰利西南,則西南皆指坤言;小畜卦辭曰我自西郊,西郊為互兌,小過爻辭同,隨上六爻辭曰王用亨于西山,西山亦為兌,是坤位西南、兌位正西,考之經文皆非無據也。

後天の八卦の方位は、震は東に居り、兑は西に居り、離は南に居り、坎は北に居り、乾は西北に居り、坤は西南に居り、巽は東南に居り、艮は東北に居るなり。此の方位は『説卦伝』の「帝出乎震」一章に本づきて排定する所にして、万物の出成収蔵は皆四時の推移に随い、四正四隅は各々其の位を得。古人は之を以て方位と気候とを配合して、以て天人相応の理を明かにす。

八卦徳象図

《說卦傳》云:乾為天,坤為地,震為雷,巽為風,坎為水,離為火,艮為山,兌為澤;乾健也,坤順也,震動也,巽入也,坎陷也,離麗也,艮止也,兌說也。按:天地雷風水火山澤為象,健順動入陷麗止說為德。巽象為風,而經文或曰木;坎象為水,而經文或曰泉、曰雨、曰云;離象為火,而經文或曰日、曰電。坎德陷也,而《象傳》多曰險,蓋古人設險多取於水,是陷人無有如水者;離德麗也,《彖傳》祇言明,蓋火必有所麗而後生,火亦物之至明者。則坎險離明皆兼德象為義。

八卦の徳性と取象とは、各々其の大綱ありて、聖人は卦を設けて象を観せば、則ち因りて此の徳象に準拠せり。健・順・動・入・陷・麗・止・説は八卦の徳にして、天・地・雷・風・水・火・山・沢は八卦の象なり。此の図は両者を合わせて列し、学ぶ人をして一卦を觀れば則ち其の徳と其の象とを得しむ。

八卦分配五行図

徐氏曰:八卦以震巽離坤兌乾坎艮為次者,震巽生木,木生火,故離次之;火生土,故坤次之;土生金,故兌乾次之;金生水,故坎次之;水非土亦不能生木,故艮次之。陳氏曰:火氣極熱,物無由而成;水氣極寒,物無由而生;惟土氣最為中和,故金火之交有坤土,水木之交有艮土也。按:舊本有河圖洛書、先天八卦及伏羲六十四卦諸圖,以經文考之,悉與易象無涉,故不復備錄。

徐氏は言う、八卦は震・巽・離・坤・兑・乾・坎・艮の順序に按りて排列するは、五行相生に依据せり。震・巽は木に属し、木は火を生ず。ゆえに離は後に排す。火は土を生ず。ゆえに坤は接ぐ。土は金を生ず。ゆえに兑・乾は接ぐ。金は水を生ず。ゆえに坎は接ぐ。而して水は土なければもまた木を生ずる能わず。ゆえに最後に一個の土に属する艮を安して、再び震木に帰る。陳氏は言う、火気は太熱にして万物は成就する所なく、水気は太寒にして万物は生発する所なし。ただ土気のみ最も中和なるがゆえに、金と火との交接の処に一個の坤土を安し、水と木との交接の処に一個の艮土を安して以て調和す。按ずるに、旧刻本の裏にはまた『河図』『洛書』・先天八卦及び伏羲六十四卦等の図を附有す。経文を拿りて考核すれば、皆『易』の卦象と関わりなし。ゆえにここは再び収録せず。

十二辟卦図

按:漢晉儒者演易,於《彖傳》爻辭多用十二闢卦為母,往來易移,以作詮解。則以此十二卦陰陽類聚,自一卦分之可得數卦,變化神明皆從此生,雖不能處處盡合,而於陰陽消息之幾已推闡盡意。蓋大易專言陰陽虛盈消長之理,聖人每反覆致意,則闢卦實為易象之樞紐。闢,君也,言此十二卦為諸卦之君,故列圖如右以備考核雲。

按ずるに、漢代・晋代の学者は『易』理を推演し、『彖伝』と爻辞とを解釈する時、多く十二辟卦を以て母卦と為し、爻をして上下の間に往来移換せしめて、此に拠りて説を立つ。これは此の十二卦は陰陽は各々自ら一類を聚成し、一卦より分派して出でて好幾個の卦を得る可きを以てなり。種種の変化神妙は皆ここより生出す。處處に皆講ぜらる能くせざると雖も、然れども陰陽消長の幾微の処に対しては已に甚だ透徹に闡発せり。『周易』の講ずる所は本と陰陽盈虚消長の道理にして、聖人は反復して此に致意す。ゆえに辟卦は実に『易』象の枢紐なり。「辟」はすなわち君の意思にして、此の十二卦は乃ち其の余の各卦の君主なるを言う。因りて図を右に列して、以て查考に備う。

八卦納甲図

納甲者,蓋以月光之盈虛比附卦象之陰陽。震象初生之月,昏居庚方,故震納庚;兌象上弦之月,昏居丁方,故兌納丁;艮象將盡之月,曉居丙方,故艮納丙;巽象下弦之月,曉居辛方,故巽納辛。月之盈象乾,月之滅象坤,月盈則昏見於甲,月滅則曉見於乙;月盈外明內暗象離,月滅內明外暗象坎,故乾納甲兼壬,與離同;坤納乙兼癸,與坎同。漢魏諸儒演易多用此以釋西南得朋諸卦辭,固近穿鑿,然其源甚遠,而己日乃革、雖旬無咎之文,非納甲亦不能明,故附此圖雲。

「納甲」此の一套の弁法は、月亮の盈虧出没の方位を拿りて卦象の陰陽を比附するなり。初生の新月は黄昏時に庚の方位に出現し、震は初月を象れば、ゆえに震は庚を納す。上弦月は黄昏時に丁の方位に在り、兑は上弦を象れば、ゆえに兑は丁を納す。将尽の残月は清晨に丙の方位に見ゆ、艮は残月を象れば、ゆえに艮は丙を納す。下弦月は清晨に辛の方位に在り、巽は下弦を象れば、ゆえに巽は辛を納す。満月は乾を象り、晦月は坤を象る。月は圓る時は黄昏に甲方に見え、月は尽くる時は清晨に乙方に見ゆ。満月は外明内暗にして離に像し、晦月は内明外暗にして坎に像す。ゆえに乾は甲を納して兼ねて壬を納し、離と相同じ。坤は乙を納して兼ねて癸を納し、坎と相同じ。漢魏の諸儒が『易』を解するに多く此の一套の弁法を用いて「西南得朋」の類の卦辞を講ずるは、固より穿鑿に近しと雖も、然れども其の来源は甚だ古し。而して『革』卦の「己日」変革・『豊』卦の「雖旬无咎」此の類の文字を講ずるは、納甲を用いざれば亦た講じ明かす能わず。ゆえに此の図を附上す。

文王序卦図

卦有正對反對交對。交對者,謂上卦與下卦顛倒互見;反對者,謂正觀之成一卦,反觀之又成一卦;正對者,謂兩卦對觀,陽對陰、陰對陽也。文王序卦惟用反對,其不能反對者則用正對。上下經正對者止八卦,乾坤、坎離、頤大過、中孚小過是也,其餘五十六卦皆為反對。上經正對卦凡六,反對卦二十有四;下經正對卦凡二,反對卦三十有二。正對卦不變,反對卦俱變。上經二十四反對卦變為十二卦,合六正對卦計之,得卦十八;下經三十二反對卦變為十六卦,合二正對卦計之,亦得卦十八。朱子謂上下經卦數多寡相均,蓋以此也。

卦の配対は正対・反対・交対の三種あり。交対とは、上卦と下卦との位置を調換して観るなり。反対とは、順に観れば一卦を成し倒して観ればまた別の一卦を成すなり。正対とは、両卦を並観して、此の卦の陽の処は彼の卦に即ち陰と為り、此の卦の陰の処は彼の卦に即ち陽と為るなり。文王の卦序を排定するはただ反対を用い、倒して観るも仍ほ原卦にして反対す可からざるに遇うに、始めて正対を用う。上下経の中に正対に属するはただ八卦のみ、すなわち『乾』『坤』、『坎』『離』、『頤』『大過』、『中孚』『小過』にして、其の余の五十六卦は皆反対を用う。上経の正対の卦は六個、反対の卦は二十四個。下経の正対の卦は二個、反対の卦は三十二個。正対の卦は倒しても変わらず、反対の卦は倒せば則ち別の一卦と変成す。上経の二十四個の反対卦は両両相合してただ十二卦と算し、六個の正対卦を加えれば、共に十八卦を得。下経の三十二個の反対卦は両両相合してただ十六卦と算し、二個の正対卦を加えれば、亦た十八卦を得。朱熹は上下経の卦数の多少は均衡すると言うは、道理はまさにここに在り。

文王孔子演易図

歷代儒者演易,於《彖傳》剛柔往來之文,類取他卦為母,上下移易立解,而間有不合者,以其不專取闢卦乾卦,義例頗亂,頭緒紛然,不能畫一。朱子作卦變圖,亦云凡一陽一陰之卦皆自剝復姤夬來,二陽二陰之卦皆自臨觀遯大壯來,三陽三陰之卦皆自泰否來,其云睽自中孚來、蹇自小過來,而於乾卦亦兼取之。程子雖不信卦變,而解損益爻辭亦不能廢損自泰來、益自否來之說,則知漢儒注經實有師承,源流最遠,深得三聖作易之旨,祇是時值南北朝,屢經兵火,書少完璧,可惜也。

歴代の学者は『易』理を推演し、『彖伝』の裏の「剛来」「柔進」「剛上」「柔下」此の類の文字を解釈する時、大都別に一卦を取りて母卦に当て、爻を上下移換せしめて以て説を立つ。然れども常に講じ通ぜざる処あれば、則ち彼らの専ら辟卦と干卦とを取らざるに因りて、義例混乱して頭緒紛雑し、一致に帰する能わざればなり。朱熹は『卦変図』を作りて、亦た言う、凡そ一陽五陰・一陰五陽の卦は皆『剥』『復』『姤』『夬』より来り、二陽四陰・二陰四陽の卦は皆『臨』『観』『遯』『大壮』より来り、三陽三陰の卦は皆『泰』『否』より来るなり。彼はまた『睽』は『中孚』より来り『蹇』は『小過』より来ると言う。見れば干卦に於いてもまた一并に採用せり。程頤は卦変の説を信信ぜざると雖も、然れども『損』『益』の爻辞を解釈する時にもまた「『損』は自ら『泰』より来り『益』は自ら『否』より来る」の講法を廃棄する能わず。これに由りて知る可し、漢代の学者の経に注するは確かに師承ありて、源流最も古く、深く伏羲・文王・孔子の三位の聖人の『易』を作るの本旨を得たり。ただ惜しむらくは正に南北朝の世に逢い、屢々兵火に遭い、古書は甚だ少く完整に流伝するを得たり。

餘今考先儒箋註,參之經文,則闢卦乾卦,文王繫爻辭取諸此,夫子解彖辭亦取諸此也,故列此圖以通諸家之牖。至於或用爻辰、或用旁通、或用乾坤六子、或用正對反對立說者,悉置之,使歸一轍焉。

我は今、前代の学者の箋注を考察し、再び経文を参照して、辟卦と干卦との此の一路を認定す。正に文王が爻辞を系属する時に依拠する所にして、また孔子が彖辞を解釈する時に依拠する所なり。因りて此の図を列出して、以て各家の説を貫通するの門窓と為す。至りて或る人は爻辰を用い、或る人は旁通を用い、或る人は乾坤六子を用い、或る人は正対反対を用いて以て説を立つるは、ここは一概に擱置して取らず、好んで易例を一途に帰せしめんとす。

八純卦(八卦正体)

三陽為乾,三陰為坤。坤索乾初為震,乾索坤初為巽;坤索乾中為坎,乾索坤中為離;坤索乾上為艮,乾索坤上為兌。因而重之,乾坤震巽坎離艮兌不易原名,故曰純,此先儒所謂不易之易也。

三画全陽なるは乾にして、三画全陰なるは坤なり。坤は乾のあの所に到りて初爻の陽を求めれば則ち震を成し、乾は坤のあの所に到りて初爻の陰を求めれば則ち巽を成す。坤は乾の中爻を求めれば坎を成し、乾は坤の中爻を求めれば離を成す。坤は乾の上爻を求めれば艮を成し、乾は坤の上爻を求めれば兑を成す。此の八個の経卦を各自上下相重ねて六画卦と為れば、名称は仍ほ乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兑と言い、一字も改めず。ゆえに「純卦」と称す。これはすなわち前代の学者の言う所の「不易之易」にして、万変の中の不変のあの一類なり。

乾,乾下乾上,純乾卦。坤,坤下坤上,純坤卦。震,震下震上,純震卦。巽,巽下巽上,純巽卦。坎,坎下坎上,純坎卦。離,離下離上,純離卦。艮,艮下艮上,純艮卦。兌,兌下兌上,純兌卦。

八純卦の卦体は下の如し。『乾』は下体乾・上体乾にして、純乾の卦なり。『坤』は下体坤・上体坤にして、純坤の卦なり。『震』は下体震・上体震にして、純震の卦なり。『巽』は下体巽・上体巽にして、純巽の卦なり。『坎』は下体坎・上体坎にして、純坎の卦なり。『離』は下体離・上体離にして、純離の卦なり。『艮』は下体艮・上体艮にして、純艮の卦なり。『兑』は下体兑・上体兑にして、純兑の卦なり。以上の八卦は上下両体相同なれば、ゆえに卦名は経卦と一样にして、別に新名を立てず。

十二類聚卦(八卦変体)

乾坤重卦純陽純陰,而震巽六子卦既重之後陰陽分錯,皆不能推移。惟復、臨、泰、大壯、夬、姤、遯、否、觀、剝、中孚、小過十二卦陰陽類聚,猶具純卦之體,故聖人推移之以繫易辭。其陽息陰消之卦體象震兌,陰息陽消之卦體象艮巽。先儒謂復臨以下十卦曰辟卦,闢者君也;謂頤、大過、中孚、小過四卦曰乾卦,乾,坎離也。類則為群,聚則宜分,則凡一陽之卦來自剝復,一陰之卦來自姤夬,二陽之卦來自臨觀小過,二陰之卦來自遯大壯中孚,三陽三陰之卦來自泰否。頤與大過雖亦乾卦,而陰陽外峙,中互乾坤,重畫坎離之體,不似中孚小過之純,故與乾坤同屬不易,是以十二卦為闢為乾,其餘四十二卦皆從此推移焉。

『乾』『坤』は上下相重ねた後も仍ほ純陽純陰にして、而して震・巽等の六子卦は相重ねた後は陰陽交錯分散して、皆再び推移を作す能わず。ただ『復』『臨』『泰』『大壮』『夬』『姤』『遯』『否』『観』『剥』『中孚』『小過』の此の十二卦のみは、陰陽は各々一処に聚まりて、いまだ純卦の体段を保留す。ゆえに聖人はそれらを拿りて母卦と為して推移変化して、拠りて『易』辞を系上す。其の中の陽長陰消の幾卦は、卦体は震に像し兑に像す。陰長陽消の幾卦は、卦体は艮に像し巽に像す。前代の学者は『復』『臨』以下の十卦を「辟卦」と称し、「辟」はすなわち君なり。『頤』『大過』『中孚』『小過』の四卦を「干卦」と称し、「干」は坎離を指す。同類は聚まりて一群を成し、聚まりてまた分派し出すべし。凡そ一陽五陰の卦は皆『剥』『復』より推来し、一陰五陽の卦は皆『姤』『夬』より推来し、二陽の卦は『臨』『観』『小過』より推来し、二』より推来し、二陰の卦は『遯』『大壮』『中孚』より推来し、三陽三陰の卦は『泰』『否』より推来す。『頤』と『大過』とは干卦と算すと雖も、然れども両頭は陰陽対峙して中間は互いに乾坤を出すは、重画の坎離の体段にして、『中孚』『小過』の如く純粋ならず。ゆえに『乾』『坤』と同じく不変の列に帰入す。因りて此の十二卦は或いは辟と為り或いは干と為りて、其の余の四十二卦は皆それらより推移して出づるなり。

乾坤分体卦

泰:陽息至三,乾長坤消,陽大陰小,故卦辭曰小往大來;陽升陰降,故《象傳》曰天地交。否:陰息至三,坤長乾消,陰小陽大,故卦辭曰大往小來;陰降陽升,故《象傳》曰天地不交。

『泰』:陽気は第三爻に生長して、乾は一日々々長じ坤は一日々々消し、陽は大にして陰は小、陰は去り陽は来る。ゆえに卦辞は「小往大来」と言う。陽気は上昇し陰気は下降して、両気は交會す。ゆえに『大象伝』は「天地交、泰」と言う。『否』:陰気は第三爻に生長して、坤は一日々々長じ乾は一日々々消し、陰は小にして陽は大、陽は去り陰は来る。ゆえに卦辞は「大往小来」と言う。陰は一味に沈降し陽は一味に上昇して、彼此背離す。ゆえに『大象伝』は「天地不交、否」と言う。

乾坤兼六子体卦

夬:五陽決一陰為乾,卦名夬。夬上猶餘一陰,兼兌體,兌為羊、為口舌,故爻辭曰羊、曰號。姤:乾下遇一陰,卦名姤。姤上五陽,下來一陰,兼巽體,巽為木、為魚,故爻辭曰柅、曰杞、曰魚。

『夬』:五個の陽爻は最上の一陰を決去すれば則ち純乾を成す。ゆえに卦名を「夬」と曰い、夬はすなわち決去なり。『夬』の上面はいまだ一個の陰爻を余し、卦体は兼ねて兑有り。兑は羊と為り口舌と為れば、ゆえに爻辞の裏に「牽羊悔亡」と言い、また惕惧呼号の辞有り。『姤』:乾体は下に在りて一個の陰爻に遇上す。ゆえに卦名を「姤」と曰い、姤はすなわち相遇なり。『姤』は上面に五個の陽爻、下面に一個の陰爻の来る有り、卦体は兼ねて巽有り。巽は木と為り魚と為れば、ゆえに爻辞は「繫于金柅」と言い「以杞包瓜」と言い「包有魚」と言う。

剝:五陰剝一陽為坤,卦名剝。下為五陰,上餘一陽,兼艮體,坤為輿,艮為廬,爻辭曰小人剝廬,言剝落上陽為坤也。復:坤下一陽初生,卦名復。上五陰,下生一陽,兼震體,震位居東,於時為春,於德為仁,二爻《象傳》曰仁,謂震也。

『剥』:五個の陰爻は僅存の一陽を剥尽すれば則ち純坤を成す。ゆえに卦名を「剥」と曰う。下面の五爻は全て陰にして、上面はただ一陽を余し、卦体は兼ねて艮有り。坤は車輿と為り、艮は廬舍と為れば、ゆえに上九の爻辞は「小人剥廬」と言い、意思は上面の此の陽爻を剥落して去れば則ち坤を成すなり。『復』:坤体の下に一陽は初生す。ゆえに卦名を「復」と曰う。上面に五個の陰爻、下面に新生の一陽有り、卦体は兼ねて震有り。震の位は東方に在り、時令に配すれば春天にして、徳性に配すれば仁なれば、ゆえに六二の『象伝』は「休復之吉、以下仁也」と言い、此の「仁」とはすなわち震を指す。

大過:二陰居外,四陽居中,卦名大過,言陽過也。中互重乾,外兼坎體,上應純乾卦,下乾純坎卦,《象傳》言獨立不懼、遯世無悶者,乾象也;爻辭言過涉滅頂者,坎象也。頤:二陽居外,四陰居中,卦名頤,言象口輔也。中互重坤,外兼離體,上應純坤卦,下乾純離卦,《象傳》言養為坤象,蓋坤地萬物皆致養焉;爻辭言靈龜為離象,蓋離為龜也。夫夬姤剝復大過頤六卦,是乾坤兼六子也。一陰一陽之卦皆可自夬姤剝復推移,而頤大過二卦雖具坎離之體,實為互坤互乾,乾坤為不易卦,故此二卦亦無可移也。

『大過』:両個の陰爻は外に在り、四個の陽爻は中に居り、卦名を「大過」と曰う。これは言う、陽は太過なり。中間の四爻は互いに重乾を出し、外形はまた兼ねて坎の体段有り。上辺は純乾に応じ、下辺は純坎に接すれば、ゆえに『大象伝』は「独立不惧、遯世无悶」と言う。これは乾の剛健の象なり。上六の爻辞は「過渉滅頂」と言う。これは坎水の象なり。『頤』:両個の陽爻は外に在り、四個の陰爻は中に居り、卦名を「頤」と曰う。取る所は上下の頤頰の口を張るの形象なり。中間の四爻は互いに重坤を出し、外形は兼ねて離の体段有り。上辺は純坤に応じ、下辺は純離に接すれば、ゆえに『彖伝』は「養」を講ずるは、坤の象にして、大地は万物を一々養育し起こすなり。初九の爻辞は「舍爾霊龜」と言うは、離の象にして、離は龜と為るなり。総じて言えば、『夬』『姤』『剥』『復』『大過』『頤』の此の六卦は、皆乾坤が六子の体を兼帯するなり。凡そ一陰或いは一陽の卦は、皆『夬』『姤』『剥』『復』より推移して来る可し。至りて『頤』『大過』の両卦は、坎離の体段有ると雖も、実際は中間に互出するは坤と乾にして、而して乾坤は不変の卦なれば、ゆえに此の両卦もまた推移する所なし。

重画震卦

臨:此重卦之震也。乾天為生物之本為元,震位東方,於時為春,亦生物之始,故卦辭曰元;儻取兌象,不得雲元矣。

『臨』:これは震卦を放大して重画したるの卦体にして、二陽は下に在り、まさに震の一陽の下に在るが如し。乾天は万物を生養する根本なれば、ゆえに「元」と称す。震の位は東方に在り、時令に配すれば春にして、亦た万物の生発の開端なれば、ゆえに『臨』の卦辞は「元亨利貞」と言い、一個の「元」の字を標出す。仮令ただ下体の兑の象を取らば、則ち此の「元」の字を説き出す能わず。

重画艮卦

觀:此重卦之艮也。艮為門闕,為鬼冥門,故卦辭曰觀盥而不薦,爻辭曰窺觀利女貞也。

『観』:これは艮卦を放大して重画したるの卦体にして、二陽は上に在り、まさに艮の一陽の上に在るが如し。艮は門闕と為り、また幽冥の門と為れば、ゆえに卦辞は宗廟の祭を講じ、「盥而不薦」と言い、ただ酒を灌りて神を降すの礼を行いて牲物を進献せず。六二の爻辞は「窺観、利女貞」と言う、亦た門の縫より窺看するの意思なり。

重画巽卦

遯:此重卦之巽也。巽伏也,有意遯。

『遯』:これは巽卦を放大して重画したるの卦体にして、二陰は下に在り、まさに巽の一陰の下に伏するが如し。巽の徳性は潜伏なれば、ゆえに此の卦は隠退避世の意思を含有す。

故卦曰遯,巽為繩,故爻辭曰繫。

正に隠退の義を取るがゆえに、卦名を「遯」と曰い、すなわち退避なり。巽はまた繩索と為れば、ゆえに九三・九四の爻辞は「繫遯」と言い、繩索を用いて牽繫して、退避は成らざるなり。

重画兑卦

大壯:此重卦之兌也。兌為羊,故爻辭曰羝羊觸籓、喪羊于易。

『大壮』:これは兑卦を放大して重画したるの卦体にして、四陽は下に在り二陰は上に在り、上半はまさに兑の一陰の上に在るが如し。兑は羊と為れば、ゆえに爻辞は「羝羊触籓」と言い、公羊は角を以て籬笆を頂く、進退両難なり。また「喪羊于易」と言い、田畔の辺上に於いて羊を喪失す。

重画坎卦

小過:此重卦之坎也。坎為陷,為弓,故爻辭曰弋、曰穴。

『小過』:これは坎卦を放大して重画したるの卦体にして、中間に二陽、上下各々二陰有り、まさに坎の一陽の両陰の中に陷るが如し。坎は坑陷と為り、また弓と為れば、ゆえに六五の爻辞は「公弋取彼在穴」と言い、繩を繫えた箭を以て洞穴の裏に躲蔵する物を射取す。「弋」は弓の象を取り、「穴」は陷の象を取る。

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