豊(ほう)の卦
離下震上,中互兌巽。泰。豐為三陽三陰卦,自泰來,虞氏曰泰二之四。豐:亨,王假之,勿憂,宜日中。盛極曰豐,滿極曰豐。豐自亨通,而豐之義惟王乃克當之。夫豐不長豐,此實可憂,然能執中以維之,豐勿過分,如日之中,豐可保也,勿須憂也。此卦為下離上震,離為日,震位東,日出東方,未遽中也,由未中以及於中,為時正多,故曰豐也。
「豊」の卦は下体が離、上体が震、中間に兌卦と巽卦を互出する。これは「泰」卦から変じた。「豊」は三陽三陰の卦で、虞翻は「泰」の第二爻が上行して第四位に至ったと言う。卦辞にいう、「豊、亨。王之を假(おお)いにす。憂うる勿れ、日中に宜し」。興盛して極に至るを「豊」と言い、充満して極に至るをも「豊」と言う。豊盛それ自体は自然に亨通するが、しかし「豊」のこの層の意義は、君王のみが担い得る。豊盛が永遠に豊盛であり得ないことは、確かに憂慮に値する。しかし中道を執守してそれを維持し、豊盛を過分ならしめず、太陽がまさに中天にあるようにできれば、豊盛は保たれ、憂える必要もなくなる。この卦は下離上震で、離は日であり、震は方位において東方に属する。太陽は剛に東より昇り、まだすぐに正中に至らない。未だ正中に至らざるより正中に至るまで算すれば、中間の時は正に長いので「豊」と称す。
彖曰:豐,大也。明以動,故豐。王假之,尚大也。勿憂宜日中,宜照天下也。日中則昃,月盈則食,天地盈虛,與時消息,而況於人乎?況於鬼神乎?豐者,大也。豐何以大?王大之也。馬氏曰:假,大也。王大者何?外卦為震,內卦為離,帝出乎震,相見乎離,王居離位,南面以聽天下,嚮明而治之象也,故曰王大之也。夫豐固無不通,而豐亦不易保,豐實可憂,而聖人曰勿。然主之以離明,濟之以震動,如日方中,幽隱畢照,得處豐之宜矣,何事徒憂為也。
『彖伝』にいう、「豊とは大なり。明にして動く、故に豊なり。王之を假すは、大を尚(たっと)ぶなり。憂うる勿れ日中に宜しきは、宜しく天下を照らすべきなり。日中すれば則ち昃(かたぶ)き、月盈てば則ち食(しょく)す。天地盈虚して、時と消息す。而るを況んや人に於いてをや。況んや鬼神に於いてをや」。「豊」とはすなわち大である。豊は何を以て大と算するか。君王がそれを大にしたのである。馬融によれば、「假」とはすなわち大である。君王が大にするとはどういうことか。外卦は震、内卦は離で、『説卦伝』に「帝、震に出で、離に相見ゆ」と講じ、君王はまさに離の位置に居り、南面して坐して天下を聴治する。これは光明に向かって政を施す象なので、君王がそれを大にしたという。豊盛は固より通達しないことはないが、しかし豊盛は保ち難く、実に憂慮に値する。しかるに聖人は偏に「勿」の一字を言う。それは、離の明察を主とし、再び震の行動を以て配合すれば、太陽がまさに中天にあるようで、幽暗隠蔽の処すら照らし通すことができるので、これが豊盛を処理する恰当な弁法を得たのであり、何を以て空しく愁えようか。
蓋日之所以宜中者,則以日明徧照而未昃也。日居震位,日尚未出,由未出而計及於將出,既出日愈高則愈明,愈明則愈豐,至於日中則明愈大,故曰宜也。然日雖宜中,而日亦豈能長中?日居東位,是日將升;日照東方,是日巳昃。離日在下,反照震位,此日昃象也。顧日豈遽昃?惟中故昃也,中即昃之機也。
太陽が正中を以て宜とする所以は、この時日光が四方を普照してまだ西斜していないからである。太陽が震の方位に処する時は、まだ昇っていない。未だ昇らざるより将に昇らんとするまで算し、昇った後は高いほど明るく、明るいほど豊盛であり、正中に至れば光明は最盛に達するので、『彖伝』は「宜」の一字を言う。しかし太陽は正中を以て宜とするが、太陽がどうして長く正中に留まることができよう。太陽が東方の位に処するのは、将に昇らんとすることであり、太陽が東方を照らすのは、すでに西に偏したのである。離日は下体にあり、反って震のある上体を映照する。これはまさに日がすでに西斜した象である。しかし太陽は斜ると言えばすぐ斜るのか。まさに中天に至ったがゆえに、こそ西斜するのである――「中」それ自体が「昃」の先兆である。
惟月亦然,月不食於未盈而食於既盈。離下伏坎,坎為月,坎月上遇互兌之毀,則月乃缺。坎資離光,離見坎伏,亦象月食,是月之食由於盈,猶日之昃由於中也。中不長中,盈不長盈,豐亦不長豐也。於以知有盈即有虛,有消即有息。豐自泰來,泰二之四,乾變離虛,坤變震動,是為天虛地盈。泰為正月卦,變震為二月,離為五月,是為春消夏息。盈虛消息,天地與時尚且如是,而況於人?盛極衰伏,豈能長豐?而況鬼神陰相天地與時,豈能長豐乎!
月もまた同様である。月は未だ圓ならざる時に亏食せず、偏にすでに圓なった後に亏食する。離の下には坎が潜伏し、坎は月であり、坎月が上って互体兌の毀折に碰えば、月は残缺する。坎月は本来離日の光を借りて明となるべきものだが、今や離は顕れ坎は伏する。これもまた月食の象に似る。見れば月の食する所以は、その円満に起こる。ちょうど日の斜る所以がその正中に起こるようである。中天は長く中に居ることができず、円満は長く満を保つことができず、豊盛もまた自然に長く維持できない。これにより知るべきことは、満あれば亏あり、消あれば長あるということである。「豊」卦は「泰」卦から変じ、「泰」の第二爻が上行して第四位に至り、乾は離に変じて中虚となり、坤は震に変じて動を主る。これが天虚して地盈するである。「泰」は正月に配し、変じ出た震は二月に配し、離は五月に配する。これが春の消えつつあり、夏の長しつつあるである。盈虚消長は、天地と四时すらこのようである。況んや人においてをや。興盛して極点に至れば衰敗を伏す。どうして長く豊盛であられよう。況んや鬼神はただ暗中に天地と四时を輔助するのみである。どうして長く豊盛であられよう!
象曰:雷電皆至,豐。君子以折獄致刑。震雷離電,威明皆至,故象豐。君子用雷之威飭刑,用電之明察獄也。初九:遇其配主,雖旬無咎,往有尚。配,對也。初四皆陽,故曰配;四為震之主爻,故曰主。初為離下,日尚未升,然與四配,已及震位,是震為主,離則遇之。夫震納庚,離納己,自庚至己則為十日,十日為旬。日出庚位,以漸上升,雖至於己,亦不為過。蓋己即離也,日至離位適為日中,故無咎,宜前往也,往有尚矣。象曰:雖旬無咎,過旬災也。初之無咎,由未過旬,過旬則災,蓋過旬即為日昃,昃故災也。
『大象伝』にいう、「雷電皆至るは豊なり。君子は以て獄を折り刑を致す」。震は雷、離は電で、威勢と明察が一斉に至るので「豊」に象る。君子は雷の威勢を取って刑罰を整饬し、電の明亮を取って獄訟を審察する。初九の爻辞にいう、「其の配主に遇う。旬と雖も咎なし。往けば尚(たっと)ばれん」。「配」とは対等である。初九と九四は同じく陽爻なので「配」と言い、九四は震卦の主爻なので「主」と言う。初九は下体の離中にあり、太陽はまだ昇っていないが、しかしそれは九四と相配し、すでに震の位置に够く。震は主であり、離は往ってそれと相遇する。納甲の法に依れば、震は天干の「庚」を納し、離は天干の「己」を納する。庚より己まで数えてちょうど十日で、十日を一旬とする。太陽は庚位から昇り、一歩一歩上に往き、たとえ己位に歩み至っても過分と算ならない――「己」はすなわち離であり、太陽が離位に歩み至るはちょうど正午なので、咎はなく、往くべきで、往けば嘉尚を受ける。『小象伝』にいう、「旬と雖も咎なきは、旬を過ぎれば災なり」。初九に咎がない所以は、まだ一旬を超えていないからである。いったん一旬を超えれば災がある。旬を過ぎれば太陽は西斜し、日頭が一たび斜けば、災禍もそれに随って来る。
六二:豐其蔀,日中見斗,往得疑疾,有孚發若,吉。二為互巽,巽為草木,是二所豐者乃蔀也。蔀,??舒,蔀草名。離日未出,光華未露,而為草木所蔽,晦暗如故。上應震中,震為仰缶,如星之斗,時尚見之。是宜體震之行,循序前往,縱歷巽位以得疑疾,而有孚信啟發之亦吉。蓋震前為巽,巽為疑,震往之巽,故曰往得疑疾;巽前為離,離為日之中位,故曰有孚發若吉也。象曰:有孚發若,信以發志也。孚,信也。信以啟志,使之前往致豐也。
六二の爻辞にいう、「其の蔀(ぼう)を豊にす。日中に斗を見る。往けば疑疾を得ん。孚ありて発若(ぜんやく)せば吉」。六二は互体巽卦に属し、巽は草木であるので、六二の「豊」にするは日を遮る草蓆――「蔀」、いわゆる「??舒」、一种の草の名称である。この時離日はまだ昇らず、光華はまだ顕露せず、また草木に遮られて、依然として昏暗である。六二は上に向かって震卦の中に応合し、震の卦形は仰口の瓦缶に似て、天上の北斗に譬えられ、この時まだ見ることができる。それゆえそれは震の行動に效法し、次序に従って前に往くべきである。たとえ巽の位置を経て猜疑の患を招来しても、誠信を以て相手を啓発すれば、同じく吉利である。震の前は巽であり、巽には疑虑の義があり、震より巽に向かって往くので「往けば疑疾を得ん」という。巽の前は離であり、離は正に日中の位に当たるので「孚ありて発若せば吉」という。『小象伝』にいう、「孚ありて発若するは、信を以て志を発するなり」。「孚」とはすなわち誠信である。自らの誠信を以て相手の心志を開啓し、彼を促して前に往かせて豊盛を成就する。
九三:豐其沛,日中見沬,折其右肱,無咎。沛沬皆水名。三為互兌,兌為澤,是豐其沛也。汪洋洶湧,莫測津涯,旭日初昇,波影激射,離在互兌之下,水溢日上,故云日中見沬。夫日惟先歷艮位,而後始出於震,由見斗以至見沬,則是已及於震而漸遠夫艮矣。如艮手而遇兌折,往前為右,故云折其右肱。為能前往以成豐,故云無咎。象曰:豐其沛,不可大事也。折其右肱,終不可用也。以卦象言之,乃為無咎;若以人事衡之,豐其沛恐其沈溺,不可以處大事;右肱已折,攜持無具,其何能為?終不可用矣。
九三の爻辞にいう、「其の沛(はい)を豊にす。日中に沬(まい)を見る。其の右肱を折る。咎なし」。「沛」と「沬」はいずれも水の名である。九三は互体兌卦に属し、兌は沢なので「其の沛を豊にす」である。水面は浩瀚として汹涌し、渡口の岸辺を望見できない。朝陽が初めて昇る時、波光は四方に激射する。離日は下にあり互兌の水は上にあり、水気が太陽を漫過するので「日中に沬を見る」という。太陽は常に先ず艮の方位を経て、然る後に震位から昇出する。「斗を見る」から「沬を見る」に至るは、それがすでに震位に入り艮を漸々遠ざかったことを説明する。艮は人身において手であり、今や兌の折損に碰え、人が前に向かう時右手が前にあるので「其の右肱を折る」という。それが到底なお前行して豊盛を成就できるので「咎なし」という。『小象伝』にいう、「其の沛を豊にするは、大事とすべからざるなり。其の右肱を折るは、終に用う可からざるなり」。ただ卦象の上から言えば、この一爻は咎なしと算する。もし人事を以て衡量すれば、水勢がこのように盛大では、淹没されるを恐れて、大事を託付できない。右臂がすでに折断すれば、提携し持取る具がなく、まだ何を為すことができよう。終に用に派さない。
九四:豐其蔀,日中見斗,遇其夷主,吉。二曰豐其蔀,日中見斗;四亦曰豐其蔀,日中見斗。然二之豐其蔀,則為以陰應陰;而四之豐其蔀,則為以陽居陰。二之日中見斗,則為上應震中;四之日中見斗,則為位居震初。又曰遇其夷主者,蓋四原為泰二,二往居四,始變為豐。四為震主,二亦為離主,相等,夷也。震與離遇,明動相資,此漸豐之候也,故吉。象曰:豐其蔀,位不當也。日中見斗,幽不明也。遇其夷主,吉行也。
九四の爻辞にいう、「其の蔀を豊にす。日中に斗を見る。其の夷主に遇う。吉」。六二は「其の蔀を豊にす、日中に斗を見る」と言い、九四も「其の蔀を豊にす、日中に斗を見る」と言うが、しかし両者は同じでない。六二の「其の蔀を豊にす」は陰爻を以て陰爻に応ずるのであり、九四の「其の蔀を豊にす」は陽爻を以て陰位に居るのである。六二の「日中に斗を見る」は上に向かって震卦の中に応合するのであり、九四の「日中に斗を見る」は自らが震卦の起始に処するのである。爻辞がまた「其の夷主に遇う」と言うのは、九四がもともと「泰」卦の第二爻であり、第二爻が上行して四位に居り、初めて「豊」卦に変じたからである。九四は震卦の主爻であり、二爻もまた離卦の主爻で、両者の分量は相等しい――「夷」とはすなわち等同である。震と離とが相遇し、光明と行動が互相憑藉する。これはまさに豊盛が漸々形成する時なので吉利である。『小象伝』にいう、「其の蔀を豊にするは、位当たらざればなり。日中に斗を見るは、幽にして明ならざればなり。其の夷主に遇うは、吉行なればなり」。
六五:來章,有慶譽,吉。章,明也。震為行曰來,應二離中曰來章。初為殘夜之象,二三蔀沛之豐,日尚未出;四日將出,前行始遇夷主;至於五,則已日出於上,光明有耀,故曰來章。福慶嘉譽,惟五有之,此卦辭所謂日中者,豐之至也。象曰:六五之吉,有慶也。
六五の爻辞にいう、「章来たり。慶誉あり。吉」。「章」とはすなわち光明である。震は行走を主るので「来」という。六五は下に六二のある離卦の中に応じ、離は明である。合わせればすなわち「来章」(光明が来る)である。全卦を回顧すれば、初爻は残夜が将に尽きんとする象であり、二爻・三爻の豊にするは草蓆と大水で、太陽はまだ出ず、四爻は太陽が将に昇らんとして、前に往いて初めて勢均力敵の仲間に遇い、五爻に至れば、太陽はすでに高く上に懸り、光明が眼を耀かすので「来章」という。福慶と美誉は、六五のみが享有する――これが卦辞のいう「日中」であり、豊盛は頂点に達した。『小象伝』にいう、「六五の吉は、慶あればなり」。
上六:豐其屋,蔀其家,窺其戶,闃其無人,三歲不覿,凶。上則為日昃矣。日既西昃,日漸不明,而復有屋以蔽之,則暗愈甚。震為木,互兌克木為屋,上為天位,高出天際,是上之所豐者乃其屋也。夫既有屋,即有以屋為家者,而觀其家,則又蔽以??舒蔀,震為竹葦,是為蔀其家。蔽之已甚,至往就其家之戶以窺其家之人,亦闃寂而不可覿,至於三歲之久。闃,寂也。
上六の爻辞にいう、「其の屋を豊にし、其の家を蔀(ほ)うす。其の戸を窺えば、闃(げき)として人なきがごとし。三歳覿(み)えず。凶」。上爻に至れば、太陽はすでに西斜した。日頭がすでに偏西し、光線は漸々昏暗となり、頭の上にまた屋宇を蓋って遮れば、いよいよ黑暗となる。震は木であり、互体兌は木を克し得る(斧斤を木に加える)ので、屋となった。上爻は天位で、房屋は高聳して天際に出るので、上六の「豊」にするはその屋宇であることが見える。すでに屋あれば、屋を以て家とする人がある。しかしその家を見れば、また草蓆を以て重畳に遮蔽してある――震は竹葦であり、これが「其の家を蔀うす」である。遮蔽が甚だしきに過ぎて、人がその家の門口に歩み至って内を窺い見ても、屋裏は一片の寂静で、人影を見ず、一連三年もこのようである。「闃」とはすなわち寂静である。
泰為上坤下乾,乾人坤戶,其象昭然。乃坤變為震,坤戶下塞;乾變為離,人亦不見,故曰窺其戶闃其無人。離為目曰覿,上與離遠,故曰三歲不覿。值豐之極,不能謙退自下,闢門納誨,而乃豐屋蔀家,自蔽其明,此甘於蹈凶而不知悔者也。象曰:豐其屋,天際翔也。窺其戶,闃其無人,自藏也。天際翔,言翬飛鳥革,如翱翔也。自藏者,自蔽也。
「泰」卦は上坤下乾で、乾は人に象り、坤は門戸に象る。この象は本来清清楚楚である。今や坤は震に変じ、坤の象る門戸は下に堵死され、乾は離に変じ、人もまた見えなくなったので「其の戸を窺えば、闃として人なきがごとし」という。離は目であり、見るを「觌」と言う。上六は下体の離から最も遠いので「三歳觌えず」という。豊盛の頂点に処して、謙退して自ら人の下に居り、門戸を大きく開いて規諫を接納することができず、かえって屋宇を高大に造り、家門を厳実に遮り、自ら自らの光明を蒙蔽する――これは甘心して凶険に向かい悔改を知らない人である。『小象伝』にいう、「其の屋を豊にするは、天際に翔るなり。其の戸を窺えば闃として人なきは、自ら蔵するなり」。いわゆる「天際に翔る」とは、『詩経・斯干』のいう「翬(き)の如く斯(こ)に飛び、鳥の如く斯に革(つばさ)ふ」(屋檐が飛び挙がって鳥の翱翔するがごとし)である。いわゆる「自ら蔵す」とは、自らが自らを遮蔽することである。
旅(りょ)の卦
艮下離上,中互兌巽。否。旅為三陰三陽卦,自否來,虞氏曰否三之五。姚氏曰:此本否卦,三五交易,去其本體,故曰客旅。蜀才曰:否三升五,柔得中於外,上順於剛;九五降三,降不失其正,止而麗乎明。旅:小亨,旅貞吉。旅,賓旅也,商旅也。賓旅以通往來,商旅以通貨賄,遨遊四方,靡所定處。猶夫旅人為軍眾在旗下露宿於外也,故曰旅也。艮下離上,有旅象,故卦名旅。旅行多阻,僅能小亨;旅處宜慎,貞正則吉。
「旅」の卦は下体が艮、上体が離、中間に兌卦と巽卦を互出する。これは「否」卦から変じた。「旅」は三陰三陽の卦で、虞翻は「否」の第三爻と第五爻が対調したと言う。姚信によれば、この卦はもと「否」卦で、三・五両爻が互換し、自らの元来の本体を離れたので「客旅」と言う。蜀才によれば、「否」の第三爻が五位に昇り、柔爻が外卦で中位を得、上に向かって陽剛に順い、九五が三位に降り、降ると雖もその正を失わず、ここにおいて「止めて明に麗(つ)く」となった。卦辞にいう、「旅、小さく亨る。旅は貞にして吉」。いわゆる「旅」とは、門を出て客となる人を指し、また行商をも指す。賓旅は各地の往来を通暢させ、商旅は貨財を流通させ、四方を漫游して固定の居所がない。これもまた「旅」の字の本義の如く――軍隊が旗幟の下に集結し、野外に露宿するので「旅」と言う。艮下離上は羈旅の象があるので卦名を「旅」とする。門を出て外にあれば阻碍が多く、小さく亨通するのみ。他郷に客居するには謹慎すべきで、正を守ってこそ吉利である。
象曰:旅小亨,柔得中乎外而順乎剛,止而麗乎明,是以小亨旅貞吉也。旅之時義大矣哉。卦之所以名旅者,以卦有旅象也。旅自否來,以否之三上往居五。否三之柔原處偏位,往居於五則謂得中,五為外卦,是謂得中於外。旅之四上皆剛,否以三之坤順往居二剛之內,是謂之柔順乎剛。得中乎外,是旅之亨,而以柔順行之,是亨者為陰,陰為小,故曰小亨也。
ここの伝文(原文には「象曰」と題すが、実はすなわち『彖伝』)にいう、「旅小さく亨るは、柔中を外に得て剛に順い、止めて明に麗す。是を以て小さく亨りて旅貞吉なり。旅の時義大なるかな」。この卦を「旅」と言う所以は、卦中に羈旅の象があるからである。「旅」は「否」から変じ、「否」の第三爻が上行して五位に居ったものである。「否」の第三爻は本来柔爻で、もとは偏斜の位に処したが、今や五位に居れば「中を得る」と言い、五は外卦にあるので「中を外に得る」と言う。「旅」卦の第四爻と上爻はいずれも陽剛で、「否」は第三爻の坤柔を以て上って二つの陽剛の間に居る。これを「柔剛に順う」という。外卦において中を得るのは「旅」が亨通し得る缘由であり、それは柔順を以て行事するのだから、亨通し得るのは陰であり、陰は小であるので「小亨」という。
且以否五來居旅三,變坤為艮止;否三往居旅五,變乾為離明。旅不知止,則無以安身家;旅不能明,則無以防叵測。惟艮止麗以離明,始可以處旅也,故曰旅貞吉也。柔與止為旅之時,明與順為旅之義。知旅之時義者,處常有守,處變達權,旅之時義豈不大哉!
さらに見れば、「否」の第五爻が下って「旅」の三位に居り、坤を艮に変じ、艮は静止を主る。「否」の第三爻が上って「旅」の五位に居り、乾を離に変じ、離は光明を主る。外に客居して止まることを知らなければ、身家を安頓する由がない。外に客居して明察できなければ、意外を防備する由がない。ただ艮の静止を以て離の光明に附麗してこそ、羈旅の中に自処することができるので「旅貞吉」という。柔順と静止は、羈旅の把握すべき「時」であり、明察と順従は、羈旅の体認すべき「義」である。羈旅の時と義を知る人は、平常に処して操守があり、変故に遇って権達に通ずる――羈旅の時と義は、なお重大でないことがあろうか!
象曰:山上有火,旅。君子以明慎用刑而不留獄。火在山上,不能久處,旅之象也。君子體火之明以慎刑,體山火之不久而不留獄。蓋獄乃旅居之至困者。互兌為刑,離明以慎用之;互巽為入,入兌刑中為獄,而遇艮止,故曰不留也。初六:旅瑣瑣斯其所【句】,取災。陰居艮初,又在下位,鄙吝瑣屑,亦旅人所恆有者。陸氏曰:瑣瑣,小也。艮為小石,故曰旅瑣瑣。夫旅本寡親,則囊橐餱糧正賴侶伴之捍衛,乃以瑣瑣之故析其處所,倘有意外之虞,孰為救獲?
『大象伝』にいう、「山の上に火あり、旅なり。君子は以て明慎にして刑を用い獄を留めざるなり」。火が山上に焼くは、長く停留できず、まさに羈旅の象である。君子は火の明亮を体会して、刑罰を審慎に施加するのに用い、山上の火が久しく留まらないことを体会して、案件を積圧しないのに用いる。牢獄はまさに「客居」の中で最も困苦の一種の処境だからである。互体の兌は刑であり、離の明察を以てそれを謹慎に動用する。互体の巽は进入であり、兌の象る刑罰の中に入ればすなわち坐獄であり、しかも前に艮の止住に碰うので「留めず」という。初六の爻辞にいう、「旅は瑣瑣(ささ)として其の所を斯(さ)く。灾を取る」(原書は「所」字の下に「句」の一字を夾注し、多隆阿が句読をここに断ったことを表明する)。陰爻が艮卦の最初に居り、また全卦の最下の位置に処し、人と為りて猥瑣吝嗇で斤々計較する――これもまた旅客の常有の毛病である。陸績によれば、「瑣瑣」とはすなわち細小である。艮は小石塊なので「旅瑣瑣」という。門を出て外にあれば本来親人が少なく、行囊と乾糧は全く同伴の護衛に頼るのに、彼は瑣碎の小事のために人と住処を分かつ。万一意外の虞があれば、誰が来て彼を搭救し扶持しよう。
災之來也,由自取矣。斯,析也,以斧析木曰斯。詩曰:斧以斯之。象曰:旅瑣瑣,志窮災也。六二:旅即次,懷其資,得童僕貞。二體正艮互巽,艮為門闕,巽以入之,旅人就舍象也。即,就;次,舍也。夫旅行於外,不可無資,二為互巽,巽為近利,是巽之資則二懷之。而旅行於外,又不可無助,二居艮中,上下相比,艮為童僕,是艮之童僕則二得之。即次懷資則身已安,童僕貞正則心又安,此旅之善者。象曰:得童僕貞,終無尤也。
灾禍の到来は、彼自身が招惹したものである。「斯」とは劈開の義で、斧頭を以て木を劈くを「斯」と言い、『詩経・陳風・墓門』に「墓門に棘あり、斧を以てこれを斯く」の句がある。『小象伝』にいう、「旅瑣瑣たるは、志窮して灾なり」。六二の爻辞にいう、「旅、次に即き、その資を懐き、童仆の貞を得る」。六二は本体は艮に属し、互体は巽に属し、艮は門闕、巽は进入の義があり、まさに旅客が客舍に投宿する象である。「即」とは靠近・住入であり、「次」とは旅舍である。門を出て外にあれば旅費がなくてはならない。六二は互体巽に属し、巽には「市に利に近きこと三倍」の象があるので、巽の財貨は六二に懐に揣まえられた。門を出て外にあればまた帮手がなくてはならない。六二は艮卦の中に居り、上下両爻と緊鄰し、艮は童仆なので、艮の童仆は六二に得られた。客舍に住み込み、旅費を懐けば、人身はすでに安頓した。童仆が忠誠に正を守れば、心中もまた安穏である――これは羈旅の中の最良の情形である。『小象伝』にいう、「童仆の貞を得るは、終に尤なきなり」。
九三:旅焚其次,喪其童僕,貞厲。旅貴得中,太高則不見容於人,太卑亦易招人之侮。二以得中即次,三以否五下來居艮位,既非正,又鄰離火,故焚其次。二以得中得其童僕,三以艮止上連互兌,艮之童僕而遇兌脫,是童僕已喪。艮門為離火所焚,已無居處;艮僕又因兌脫而喪,益無所依。雖云守貞,亦危厲也。象曰:旅焚其次,亦以傷矣。以旅與下,其義喪也。次焚則棲身無所,故可傷。否五降三,三居五下,故曰以旅與下,下謂童僕。卑以自處,人得玩弄之,是有宜喪之道也。
九三の爻辞にいう、「旅は其の次を焚く。その童仆を喪う。貞なれども厲し」。羈旅はその中を処することを貴ぶ。姿態が高すぎれば人に容れられず、姿態が低すぎれば人の欺侮を招きやすい。六二は中を得たので客舍に住み込むことができた。九三は「否」卦の第五爻が降りて艮位に居ったもので、すでに位に当たらず、また上の離火に緊挨着するので、客舍が焼き去られた。六二は中を得たので童仆を得た。九三は艮の止に属して上に互体兌に連なり、艮の象る童仆が兌の脱落に碰えば、童仆は走り去る。艮の象る門戸は離火に焼毀されて、すでに安身する所がなく、艮の象る童仆はまた兌の脱落に因って喪失し、なおさら依拠する所がない。この時たとえ口に正を守ると称しても、依然として危険である。『小象伝』にいう、「旅は其の次を焚くは、亦た以て傷ましきなり。旅を以て下とするは、その義喪わるればなり」。客舍が焼け棲身する所なきを、ゆえに傷むべしと言う。「否」の第五爻が三位に降り、三はまた五の下にあるので「旅を以て下とす」といい、「下」とは童仆を指す。自ら身段を低く置き過ぎれば、他人は来て軽侮し玩弄する。これは本来童仆を失うべき道理がある。
九四:旅于處,得其資斧,我心不快。人無無事為旅者,人之為旅原非得已,則旅固不可久處。處,止也。四則居離之初,下鄰正艮,離下伏坎,又為互巽。虞氏曰:巽為處。在艮之上,艮為止,入艮門而止之,是為旅于處。得巽利以為資,得離兵以為斧。巽資得則無窘乏之虞,離斧得則有禦侮之器,旅者如是,似可少慰。祗是坎心伏於離下,旅愁擾擾,未能愉快耳。象曰:旅于處,未得位也。得其資斧,心未快也。
九四の爻辞にいう、「旅、処に於いてす。その資斧を得るも、我が心快からず」。人は故なくして門を出て客と為ることはなく、人が羈旅して外にある所以はもともと已むを得ざるに出たので、客居は畢竟久しく留まるに宜しくない。「処」とはすなわち停留である。九四は離卦の起始に位置し、下に本体の艮に緊鄰し、離の下には坎が潜伏し、それはまた互体巽に属する。虞翻によれば、巽は「処」である。九四は艮の上にあり、艮は止を主り、艮の象る門に入れば止まる。これが「旅処に於いてす」である。それは巽の象る財利を得て旅費とし、離の象る兵器を得て利斧とする。巽の銭財があれば窘迫匱乏の憂いなく、離の斧鉞があれば欺侮を抵御する器械がある。羈旅の人がこの歩に至れば、やや寛心できるように思える。ただ坎の象る心がなお離の下に潜伏し、客愁は紛紛擾擾として、終竟快活になれない。『小象伝』にいう、「旅処に於いてするは、未だ位を得ざればなり。其の資斧を得るも、心未だ快ならざればなり」。
六五:射雉一矢亡,終以譽命。五以否三上往為離,下應艮中,又在互巽互兌之上。干氏曰:離為雉,巽為木、為進退,艮為手,兌為決,有木在手,進退其體,矢決於外,射之象也。顧否之三陰既已往前居五,而否之五陽亦遂下來居三。否原以互巽之木飾以乾金成為此矢,今變為離,是離雉得而乾矢亡矣。
六五の爻辞にいう、「雉を射て一矢を亡す。終に誉命を以てす」。六五は「否」卦の第三爻が上行して離体を成したもので、下に向かって艮卦の中に応合し、また高く互体巽・互体兌の上に居る。干宝によれば、離は野鶏、巽は木・進退、艮は手、兌は決断である。合わせれば手中に木杆を執り、身体が一進一退し、箭矢が手中より射出する――まさに射箭の象である。さらに見れば、「否」卦第三爻の陰がすでに上行して五位に居れば、「否」卦第五爻の陽もまたそれに随って下って三位に居る。「否」卦は本来互体巽の木杆を用い、乾金の箭鏃を加えて、この箭を配成した。今や離に変じ、ここにおいて離の象る野鶏は射得られ、しかし乾の象るあの一箭は失われた。
然一矢之亡甚微,而所得之雉乃大。禮曰:士贄雉。有雉為贄,則可以見君行義,而不慮禮儀之缺。且在兌口之上則有譽,下連互巽則有命,故曰終以譽命。此彖傳所謂順乎剛、麗乎明者,此旅之小亨者也。象曰:終以譽命,上逮也。逮,及也。上逮者,否三上及五也。
しかし一箭を失うのは損失が極めて小さく、一隻の野鶏を射得るのは収穫が大である。『礼記』にいう、士人が相見する見面礼は野鶏を用いる。野鶏を以て贄礼とすれば、進んで国君に見え、身份に合う礼義を施行することができ、礼数が周らざるを愁える必要がない。しかも六五は兌の象る口の上に居り、因って称誉があり、下に互体巽に連なり(巽は命令)、因って爵命があるので「終に誉命を以てす」という。これはまさに『彖伝』のいう「剛に順う」「明に麗す」であり、すなわち「旅」卦のいう「小亨」の実際内容である。『小象伝』にいう、「終に誉命を以てするは、上に逮(およ)べばなり」。「逮」とは及・達到であり、いわゆる「上に逮ぶ」とは、「否」の第三爻が上に向かって五位に及んだことである。
上九:鳥焚其巢,旅人先笑後號咷,喪牛于易,凶。人之羈旅,亦猶鳥之棲巢,鳥巢愈高則勢愈危,人旅愈亢則禍愈烈。上以離火下應艮闕,離為飛鳥,為火,其於木為科上槁,槁木火燃,復有巽風以鼓之,廬舍俱毀,延及鳥巢,鳥既無托,人將焉歸?始以居眾之上,下鄰兌說,喜極而笑;繼以為火所焚,下應巽號,悲極而咷。迨乎風止火熄,重尋舊物,離牛且喪,其餘可知,此旅之至凶者矣。
上九の爻辞にいう、「鳥は其の巢を焚かる。旅人は先ず笑い後に号咷(こうとう)す。牛を易(やす)んじて喪う。凶」。人が外に羈旅するは、鳥が樹上に巢を築くがごとし。鳥巢が高いほど、処境は危険である。旅人が驕亢なればなおさら、招来する禍事は猛烈である。上九は離火を以て上にあり、下に向かって艮の象る門闕に応合する。離は飛鳥であり、また火であり、『説卦伝』はそれが樹木の中では「科上槁」(中空にして上端が枯干する)に象ると言う。枯木がいったん火焼を経れば、加えて巽風が旁で鼓動すれば、房舍は全部焼毀し、火勢は鳥巢に蔓延する――鳥はすでに棲托する所なく、人はまたどこへ帰向しよう。初め彼は衆人の上に高踞し、下に兌の喜悦に緊鄰して、得意の極に至って放声して大笑した。続いて房屋が火に焼かれ、下に巽の号呼に応じて、悲痛の極に至って放声して号哭した。風が止み火が熄えるを待って、回頭して再び旧日の家当を尋ねれば、離の象る牛すら失われ、其余は推して知るべし――これは羈旅の中の最も凶険の情形である。
象曰:以旅在上,其義焚也。喪牛于易,終莫之聞也。旅宜柔順,而在上者驕亢過甚,豈能謹慎以防患於未然?人縱灼見及此,而彼訑訑拒人,亦無前席進規者。回祿為災,乃其宜也。又以離反坎,耳終莫得聞喪牛之由焉。
『小象伝』にいう、「旅を以て上に在るは、その義焚かるべきなり。牛を易んじて喪うは、終に之を聞く莫きなり」。羈旅の人は本来柔順であるべきなのに、これは高く人上に居て驕横が甚だし過ぎる。どうしてなお小心謹慎に患を未萌に防ぐことができよう。旁人がたとえこの層を看清しても、彼のあの「訑訑(いい)」たる傲慢の神色(『孟子』はこの種の声音臉色が人を千里の外に拒絶できると言う)は早くから人を門外に挡いていたので、前に凑り進んで規勧諫言しようとする者もいなかった。火神の回禄が灾禍を降したのは、まさに彼が応に得るべきものである。さらに言えば、離卦を倒転すればすなわち坎であり、坎は耳であるので、彼の耳は終竟自らの牛を失った缘由を聞くこともできない。
巽(そん)の卦
【巽下巽上,中互離兌】重巽,純卦。巽:小亨,利有攸往,利見大人。乾索坤初為巽,初陰為主,陰小故亨亦小;陰宜前行,故利有攸往;陰宜從陽,故利見大人。彖曰:「重巽以申命。剛巽乎中正而志行,柔皆順乎剛,是以小亨,利有攸往,利見大人。」
「巽」の卦は下卦が巽、上卦もまた巽で、二爻から四爻は互体して「離」を成し、三爻から五爻は互体して「兌」を成す。両巽が相重なるのは、他象を雑えない「純卦」である。卦辞にいう、巽、小さく亨る。往く所あるに利あり、大人に見るに利あり。乾が坤に向かって初爻を索取して巽を成したので、初六のこの陰爻は全卦の主である。陽は大で陰は小であり、卦主はすでに小者なので、亨通もまた小であるしかない。ゆえに「小亨」と称す。陰は最下に処し、その勢いは前に向かって行くべきなので「利有攸往」という。陰はまた陽に順従すべきなので「利見大人」という。『彖伝』にいう、両巽が相重なるは、政令を反復申明する象である。陽剛が中正の道に謙順して心志が行われ、衆柔がまた皆陽剛に順従するので、小さく亨通し、往くに利あり、大人に見るに利あり。
一陰伏二陽之下曰巽,《雜卦傳》曰「巽,伏也」;一陰入二陽之下曰巽,《說卦傳》曰「巽,入也」。無微不入者惟風,故巽又為風。風行有聲,是以王者之令曰風聲;風行動物,是以王者之令曰風動,故巽又為令。令者,命也,命惟申而人始知之。卦為重巽,巽命重申,而其丁寧告誡亦云至矣,而僅曰小亨者,則以令為治世之具,而非治世之源。古之王者以德化民,必世百年始克淪肌浹髓,深入腠理;若徒以令求之,畏法者有人,玩法者亦有人。畏法者猶非格心,而玩法者尚不能革面,小康可期,化成難致,故曰小亨也。
一つの陰爻が二つの陽爻の下に潜伏するのを巽と言い、ゆえに『雑卦伝』に「巽は潜伏なり」と言う。一つの陰爻が二つの陽爻の下に侵入するのもまた巽と言い、ゆえに『説卦伝』に「巽は进入なり」と言う。天下に孔があれば入らないことのないものは風のみなので、巽はまた風を象徴する。風が一吹すれば声響があるので、君王の号令を「風声」と称し、風が一吹すれば万物を吹動するので、君王の号令を「風動」と称す――ここにおいて巽はまた政令を象徴する。いわゆる「令」とはすなわち「命」であり、命令は必ず反復申説してこそ人民が知る。この卦は上下ともに巽で、まさに政令を一再申明する象であり、その叮嚀告戒は周到極まると謂うべきである。しかし卦辞はただ「小亨」と言うのは、政令は治世の工具であって、治世の根源ではないからである。古代の王者は德行を以て百姓を感化し、三十年乃至上百年を経てこそ、薬力が肌肤に浸み紋理に深透するように人心に化入することができた。もし政令のみに頼って治を求めれば、法を怕れる者は固よりいるが、法を玩ぶ者も同じくいる。法を怕れる者はまだ内心が正に帰する地步に至らず、法を玩ぶ者は表面すら改められない。このようでは、暫時の小安は望むべくも、風俗の大化は達成し難いので「小亨」という。
夫巽亨所以小者,以陰為主故也。陽大陰小,巽為一陰二陽,一陰居下,志在於行,而中正之剛又巽之。二剛在外,足以有為,而在內之柔又順之。剛巽於柔,則柔前往無阻,故攸往利也;柔順於剛,剛為大人,柔得見之以為柔主,故見大人利也。
巽卦の亨通がただ小である所以は、全卦が陰爻を主とするからである。陽は大で陰は小であり、巽は一陰二陽の体で、その一つの陰爻は最下に居り、心志は前行に在り、中に居り正を得た陽剛はまたそれに譲譲するを肯んず。上の二つの陽剛は外にあり、本来有為に足りるのに、内にある柔爻がまた彼らに順従するを肯んず。陽剛がすでに陰柔に対して譲譲するを肯んずれば、陰柔は前行して阻なきので「利有攸往」という。陰柔がすでに陽剛に順従できれば、陽剛はすなわちいわゆる「大人」であり、陰柔がそれを見て、それを奉じて自らの主と為すことを得るので「利見大人」という。
象曰:「隨風,巽。君子以申命行事。」隨,從也。卦為重巽,後巽從前巽,故曰隨風。申命行事者,荀氏曰:「巽為號令,兩巽相隨,故申命也。」法教百端,令行為上,貴其必從,故曰行事也。初六:進退,利武人之貞。巽為進退,初為巽主,陰柔在下,故進退焉。夫事成於斷而敗於疑,宜以剛勇濟之,如武人之貞正則利矣。象曰:「進退,志疑也;利武人之貞,志治也。」治,理也,言志決則事治也。
『大象伝』にいう、一陣の風に一陣の風が随う――これが巽卦の象である。君子はこれより領悟して、政令を反復申明し、事情を推行し去るべきを悟る。「随」とは跟従であり、卦体の上下は皆巽で、後の一陣の風が前の一陣の風に随うので「随風」という。「命を申して事を行う」について、荀爽によれば、「巽は号令を象徴し、両巽が相随うので、反復して命を申すのである」。教化法度は頭緒百端であるが、その中で政令が推行し得るを第一とする。貴ぶべきところは必ず遵行されることにあるので「事を行う」という。初六の爻辞、あるいは進みあるいは退く、武人のように正を守持するに宜しい。巽には進退不定の象があり、初六はまた全卦の主で、陰柔を以て最下に居るので、進退に猶豫する。事は決断に成り迟疑に敗る。剛強勇武を以てそれを救い、武人のように正を守れば、利がある。『小象伝』にいう、「進退定まらざるは、心志が疑惑なればなり。武人のように正を守るに宜しきは、心志に整治あるを致さんと欲するなり」。「治」とはすなわち理であり、心志が一たび決断すれば、事は理順するということである。
九二:巽在床下,用史巫【句】,紛若,吉,無咎。宋氏曰:「巽為木,二陽在上,初陰在下,床之象也。」二無應於上,退而據初,心在於下,故曰巽在床下也。初陰過柔,二巽初陰,則初之進退多疑,二亦同之。夫有疑則貴決,而決疑則用史巫。史掌卜筮,巫司禱祝,史巫兼用,則事紛紜雜亂者咸歸順理。若,順也。二體互兌,兌為巫、為口舌、為附決,故象史巫。如是則事之疑者以有決而斷,奮然思起,不甘卑巽,故吉無咎也。象曰:「紛若之吉,得中也。」
九二の爻辞、床の下に謙伏し、史と巫を任用すれば(ここに断句)、紛乱の事は皆顺理に帰し、吉祥で咎なし。宋衷(そうちゅう)によれば、「巽は木を象徴し、二つの陽爻が上にあり、一つの陰爻が下にあるのは、まさに床の形象である」。九二は上に正応がなく、やむを得ず退いて初六に倚靠し、心思は皆下にあるので「巽、床下に在り」という。初六は陰柔に過ぎ、九二はまた初六に対して譲譲し、初六は本来進退に多疑であり、九二もまたそれに随って疑う。疑あれば決断を貴ぶべきであり、疑を決するには史と巫を用いる。史官は卜筮を掌管し、巫祝は祷告を掌管する。史巫を併用すれば、あの紛紜雑乱の事は皆顺理に帰する。「若」とはすなわち順である。九二は互体兌の中に処し、兌は巫を象徴し、口舌を象徴し、決断取舍を象徴するので、史巫の象がある。このようになれば、疑うべき事は決断あるがゆえに判定され、人もまた奮然として振起し、ひたすら卑下柔順に甘んじないので、吉祥で咎なし。『小象伝』にいう、「紛乱して終に吉を得るは、九二が中に居り中道に合すればなり」。
九三:頻巽,吝。三居內外之間,下巽接上巽,故曰頻巽。夫陽居陽位,原不能巽,惟不能巽,力欲求巽,故至於頻。蓋由內卦已終,頻巽而仍不得巽,致困窮也,吝矣。象曰:「頻巽之吝,志窮也。」六四:悔亡,田獲三品。古者田獵所以講武。四之承乘皆剛,且近五位,五為大人,四宜輔之。觀彼巽陰似宜有悔,能與陽比則悔已亡。蓋四為正巽,又為互離互兌,以離之甲冑戈兵入於巽草之中,兌為毀折、為刑人,刑殺禽獸,所獲孔多,三品咸備。三品者,《禮》所謂一為乾豆、二為賓客、三為充君之庖也。四宜從五,此卦辭所云利有攸往者。象曰:「田獲三品,有功也。」
九三の爻辞、一再に謙伏すれば憾惜あり。九三は内外卦の交接の処に処し、下の巽が上の巽に接するので「頻巽」――屡屡として巽すると言う。陽爻が陽位に居り、本性は剛亢で、本来謙順を為し得ない。まさに為し得ないがゆえに、格別に力を用いて謙順を求め、ここにおいて屡試屡為の様を弄成した。加えて内卦はここに至ってすでに終わり、一再に巽を求めて終竟巽を成さず、困窮に至るので憾惜がある。『小象伝』にいう、「頻巽の憾惜は、心志が窮蹙せるなり」。六四の爻辞、悔恨は消失し、田獵して三類の獲物を得る。古人の田獵は武事を操演するためである。六四の承ける九五、乗じる九三はいずれも陽剛で、また九五の位に靠近し、九五は「大人」であり、六四はまさに彼を輔佐すべきである。それが陰柔を以て巽体に居るを見れば、悔あるべきに似るが、陽剛と親比し得れば、悔もまたない。六四は正体の巽中に処し、また互離・互兌を兼ねる。離は甲胄戈兵を象徴し、巽の象る草莽の中に入り、兌は毀折・刑戮を象徴し、ここにおいて禽獣を殺獲して、得る所極めて多く、三種の用途が皆斉備する。いわゆる「三品」とは、『礼』書のいう、上等は干肉を作り祭祀に供し、中等は賓客を待ち、下等は君主の厨房を充実する、である。六四は理宜九五に追随すべきで、これはまさに卦辞のいう「利有攸往」である。『小象伝』にいう、「田獵して三品を獲るは、功労あるなり」。
九五:貞吉,悔亡,無不利,無初有終,先庚三日,後庚三日,吉。五居中位則貞吉,五在巽上不牽於陰則悔亡。五以陽居陽位,此卦辭所謂大人可以為所欲為者,故無不利。雖下近四陰,而陽剛勝柔,可以力行不疑。先庚三日,丁戊己也;後庚三日,辛壬癸也。甲乙為十干之初,壬癸為十干之終,巽初為陰,是無甲乙,故曰無初;巽上皆陽,是有壬癸,故曰有終。無初則剛而能決,不下繫於一陰之私;有終則巽而能立,自克當九五之位,故吉也。象曰:「九五之吉,位正中也。」
九五の爻辞、正を守れば吉、悔恨は消失し、利ならざるなし。初めになく終わりにあり。「庚」日の前の三日、「庚」日の後の三日、吉。九五は上卦の中位に居るので、正を守って吉である。それは巽体の上位にあり、下の陰爻に牵累されないので、悔恨が消失する。九五は陽爻を以て陽位に居り、まさに卦辞のいうあの「大人」で、放手して施為でき、ゆえに利ならざるなし。下に六四の陰に挨着しているが、陽剛は陰柔に勝るので、放胆して力行して迟疑する必要がない。「先庚三日」とは丁・戊・己の三日を指し、「後庚三日」とは辛・壬・癸の三日を指す。甲・乙は十天干の首であり、壬・癸は十天干の末である。巽の初爻は陰で、甲乙がないに等しいので「初なし」という。巽の上体は全て陽で、壬癸があるに等しいので「終あり」という。「初」がなければ、剛健にして能く決断し、下に向かって一つの陰爻の私情に牵系しない。「終」があれば、謙順にして能く自立し、自然と九五の位に配するに足るので吉祥である。『小象伝』にいう、「九五の吉は、その居る位が正にして中なればなり」。
上九:巽在床下,喪其資斧,貞凶。初為床之下,二以比初曰巽在床下;上以窮極返初,曰巽在床下。夫巽已少果決之才,而床下尤非振作之地。二陽得中,又體互兌,猶可用史巫以成巽德之吉;若上則祇宜安居自守。巽卦已終,是喪巽利之資;位出互離之外,是喪離兵之斧。資斧所以濟巽之窮,喪之則巽極無倚,雖貞亦凶,蓋過乎巽則有失無得也。象曰:「巽在床下,上窮也;喪其資斧,正乎凶也。」正,貞也,言雖正亦凶。
上九の爻辞、床の下に謙伏し、資財と斧具を喪失し、正を守ると雖も凶険あり。初六は床の下方にあり、九二は初六に親比するがゆえに「巽、床下に在り」と言った。上九は則ち窮極して回頭して下に向かい、また「巽、床下に在り」と言う。巽はもともと果決の才が乏しく、しかも床の下はさらに奮発振作する場所ではない。九二は陽爻で中位を得、また互体兌の中に処し、なお史巫を借りて疑を決し、巽徳の吉を成就することができる。上九はただ分を安んじ自守するに宜しいのみ。巽卦はここに至ってすでに終わり、巽の依恃する資財を喪失したに等しい。爻位はまた互体離の外に出て、離の象る兵器の斧を喪失したに等しい。資と斧は本来巽道の窮を救うのに用いるもので、それらを失えば、巽が極に至って憑依する所なく、正を守ると雖も凶険を免れない――謙伏が頭を越えれば、損失のみあって得る所がないからである。『小象伝』にいう、「床下に謙伏するは、上九が窮極せればなり。資斧を喪失するは、正なれども仍ほ凶なればなり」。「正」とはすなわち貞で、正を守ると雖も、仍ほ凶あるということである。
兌(だ)の卦
【兌下兌上,中互巽離】重兌,純卦。兌:亨,利貞。乾索坤上為兌,二陽內藏,一陰外見,陰柔接物,不失於剛暴,故曰亨;但恐失內陽之正也,故勖以利貞。彖曰:「兌,說也。剛中而柔外,說以利貞,是以順乎天而應乎人。說以先民,民亡其勞;說以犯難,民亡其死。說之大,民勸矣哉!」
「兌」の卦は下卦が兌、上卦もまた兌で、二爻から四爻は互体して「巽」を成し、三爻から五爻は互体して「離」を成す。両兌が相重なるは純卦である。卦辞にいう、兌、亨通す。貞に利あり。乾が坤に向かって上爻を索取して兌を成した。二つの陽爻は内に蔵れ、一つの陰爻は外に顕れる。陰柔を以て物に接し人に待てば、剛暴に流れず、ゆえに「亨」という。ただそれが内裏の陽剛の正道を失うを恐れて、それを勉励して「利貞」という。『彖伝』にいう、兌とはすなわち喜悦である。剛健が中に居り柔順が外にあり、喜悦を以て正固を守持するので、上は天道に順い下は人心に応ずる。喜悦を以て百姓を先導すれば、百姓は労苦を忘れる。喜悦を以て彼らを難に赴かせれば、百姓は生死を忘れる。喜悦の作用がこのように大きいので、百姓は自然に互いに勉励する。
兌象為澤,兌德為說。澤,水匯聚也。水氣屬陰,二陰外見、一陽中實則象流水,故坎象為水;一陰上見,下有窒塞不能旁洩則象止水,故兌象為澤。說,悅懌也。兌為口舌,而兌又以一陰居二陽之上,剛體中實,柔知外見,如人之光澤其顏,喜動辭色然者。且德惠生民曰膏澤,文飾政教曰潤澤,是澤亦有說意,故兌德為說。
兌は物象において沢であり、徳性において喜悦である。いわゆる沢とは、水の汇聚である。水気は陰に属す。両陰が外に顕れ一陽が中に実るは、流動する水の様であり、ゆえに坎の物象は水である。一陰が上に顕れ、下が壅塞して旁泄できないは、静止する水の様であり、ゆえに兌の物象は沢である。「説」とはすなわち欣悦である。兌は口舌を象徴し、また兌は一つの陰爻が二つの陽爻の上に居る。剛が内にあれば中が実り、柔が外にあれば外に顕れ、ちょうど一人の面色が光潤し喜色が辞令に形るがごとし。しかも徳恵を以て百姓を養育するを「膏沢」と言い、文采を以て政教を修飾するを「潤沢」と言う。見れば「沢」の字それ自体に喜悦の意が含まれるので、兌の徳性は喜悦である。
夫說固自亨通,而說又貴貞正。天道無私,則說宜順乎天;人心至實,則說宜應乎人。上為天位,上六居之,是為順天;中為人位,六三居之,是為應人。順天應人,兌說如此,可謂貞矣。雖然,說之貞又有進也。陽剛為君,陰柔為民,君上使民實以勞民,民惜其力,即怨其勞;若以兌貞先之,雖兌澤象坎,而不若坎體上下皆虛,坎之勞卦變為兌說,是民亡其勞也。
喜悦は本来自然に亨通するが、喜悦はまた貞正を貴ぶ。天道は私なく、ゆえに喜悦は上に天道に順うべきである。人心は至って誠実で、ゆえに喜悦は下に人心に応ずべきである。上爻は天位であり、上六がそれに居る――これが「天に順う」である。三爻は人位であり、六三がそれに居る――これが「人に応ずる」である。上に天に順い下に人に応じ、兌の喜悦がこの地步に至れば、「貞」と称するに足る。しかしながら、喜悦の貞にはさらに一層進んだ説がある。陽剛を君上に比し、陰柔を百姓に比すれば、君上が百姓を役使するのは、実は百姓を労苦させることであり、百姓は自らの気力を愛惜して、この労役を怨恨する。もし先に兌の貞正を以て前に倡導できれば、情形は同じでなくなる。兌は沢を象とし坎と同じく水類であるが、卦体は坎のように上下両爻が皆虚とはならない――『説卦伝』は坎を「労卦」と称し、今や労苦の坎が喜悦の兌に変じたので、百姓もまた労苦を忘れる。
兌本乾體,乾索坤上以成兌,坤為死,坎為險難,兌下塞坎以犯之,祇見兌說,不見坎難,一陰僅得坤之一體,而陽多於陰,是民亡其死也。顧勞與死,民豈能無故而忘,惟交相勸勉,庶幾忘之。卦為兩兌,兌口互相告語,有勸象。夫勸民以說猶恐民違,至於民不待勸而自相勸,是惟不徇私情、咸喻公義乃可能也,洵非說之大不至此。
兌はもともと乾体から出た。乾が坤に向かって上爻を索取して兌を成した。坤は死亡を象徴し、坎は険難を象徴する。兌は坎の下画を填実して険難を冒犯するので、人々は兌の喜悦のみを見て、坎の艱険を見ない。しかも兌の中には一つの陰爻があるのみで、坤体の一部分を得たに過ぎず、陽が多く陰が少ないので、百姓が死亡を忘れたという。ただ労苦と死亡を、百姓がどうして故なく忘れられよう。ただ彼此が勧勉してこそ、ほぼ忘れ得るのである。この卦は二つの兌が相重なり、二枚の口が互いに告語する――まさに勧勉の象がある。喜悦を以て百姓を勧導しても、なお百姓が背逆するを恐れる。百姓が人の勧を待たずして自相勧勉するに至れば、それは人人が私情を徇らず皆公義を明らかにせずにはいられない――実に喜悦の道が極大に達しなければ、この地步に至らない。
象曰:「麗澤,兌。君子以朋友講習。」麗,耦也。《周禮》:「麗馬一圉,八麗一師。」又兩也。《聘禮》曰:「上介奉幣,儷皮。」《士冠禮》曰:「主人酬賓,束帛儷皮。」麗與儷同。卦為重兌,故曰麗澤;二兌同類,故云朋友;兌口同言,故云講習。初九:和兌,吉。說中節謂之和。卦有四陽,惟初不比陰,得說之正,故曰和兌吉。象曰:「和兌之吉,行未疑也。」未疑者,言不繫於陰也。
『大象伝』にいう、両沢が相連なる――これが兌卦の象である。君子はこれより朋友とともに講論研習することを思う。「麗」とは成双の義である。『周礼』に「麗馬一圉、八麗一師」と言い、一「麗」とはすなわち両匹である。『儀礼・聘礼』に「上介、幣を奉じ、儷皮」と言い、『儀礼・士冠礼』に「主人、賓を酬ゆるに、束帛儷皮」と言う――「麗」と「儷」は同じ字である。この卦は両兌が相重なるので「麗沢」という。二つの兌は同類なので「朋友」と称し、二枚の兌口が一同に話すので「講習」と称す。初九の爻辞、和悦にして吉祥。喜悦にして節度に合するを「和」と言う。全卦に四つの陽爻があり、ただ初九のみが陰爻と相鄰せず、喜悦の正を得たので「和兌、吉」という。『小象伝』にいう、「和兌の吉なる所以は、その行いに疑うべき所なきなり」。いわゆる不疑とは、それが陰爻に牵系しないことを言う。
九二:孚兌,吉,悔亡。二則比三陰矣,然居內卦之中,陽中為孚,故曰孚兌。兌說有孚,是能正其志、不牽於私意者,故吉悔亡也。象曰:「孚兌之吉,信志也。」六三:來兌,凶。三居兩兌之間,內兌將終,外兌又至,故曰來兌。兌宜無私,說來自外,溺於說矣,故凶。象曰:「來兌之凶,位不當也。」
九二の爻辞、誠信を以て喜悦すれば吉祥、悔恨は消失す。九二はすでに六三の陰と相鄰したが、それは内卦の中に居り、陽爻が中に居ればすなわち「孚」であり、すなわち誠信であるので「孚兌」と言う。喜悦して誠信あれば、すなわち自らの心志を端正し私意に牵引されない者であるので、吉祥にして悔恨は消失す。『小象伝』にいう、「孚兌の吉なる所以は、その心志が誠信なればなり」。六三の爻辞、喜悦を招来すれば凶険あり。六三は二つの兌の間に処し、内卦の兌は将に終わらんとし、外卦の兌はまた続けて来るので「来兌」と言う。喜悦は本来無私より出ずべきもので、今や喜悦は外より招来したものなので、それは取悦に沈溺するので凶険である。『小象伝』にいう、「来兌の凶は、その居る位が当たらざればなり」。
九四:商兌未寧,介疾有喜。鄭氏曰:「商,隱度也。」四為互巽,巽為不果,故曰商兌。夫事待商度則未寧,未寧則有疾,而疾之有則由於介,蓋四居上下之介故也。然與五同體,終不下比於三陰,得兌說之正,故有喜。象曰:「九四之喜,有慶也。」
九四の爻辞、反復して喜悦すべきか否かを揣度し、心に安寧を得ず。界限分明にして病を防ぐことができれば、喜慶あり。鄭玄によれば、「商」とはすなわち暗中に揣度することである。九四は互体巽の中に処し、巽の性情は不果決なので「商兌」という。事が反復揣度を要すれば、心は安寧を得ない。安寧を得なければ病痛を生じ、病痛の由来は一つの「介」の字にある――九四がまさに上下卦の交界の処に処するからである。ただそれは九五と同じく上体にあり、終竟下の六三の陰に親比することを肯んじず、兌悦の正道を得たので喜あり。『小象伝』にいう、「九四の喜は、福慶あるなり」。
九五:孚于剝,有厲。上為兌主,與六三同。然三介眾陽之間,則說猶不足以惑人;至於上為兌之極,兌陰剝陽,則如以柔克剛,浸潤不驟,將有入之至深而人尚不覺者。受其剝削,不惟不疑,轉孚信之。陽居外卦之中而信及上陰,是誤信也,故危厲。象曰:「孚于剝,位正當也。」上六:引兌。此兌主也,是牽引眾人以為說者。不能引人以道,而徒事容說,非兌之正矣。象曰:「上六引兌,未光也。」
九五の爻辞、陽剛を剥蝕する者に誠心を以て信従すれば、危険あり。上六は兌卦の主で、六三はそれと同じく陰爻である。ただ六三は衆陽の間に挟まれ、その取悦はなお人を迷惑するに足らない。上六は兌の極処に処し、陰を以て陽を剥し、柔を以て剛に勝つがごとく、慢慢と浸潤して急驟せず、往々にして極深に侵入しても人はなお覚察しない。その剥削を受けて、疑いを生ぜざるのみならず、かえって誠心を以てそれを信任する。九五は陽爻を以て外卦の中に居るのに、信任を上の陰爻に与えたのは、信任を錯付したので、危厲がある。『小象伝』にいう、「剥蝕する者に誠信するは、その居る位がちょうど九五の上に当たればなり」。上六の爻辞、人を牵引して取悦する。上六はすなわち兌卦の主で、衆人を牵引して討好取悦する者である。正道を以て人を引導することができず、ただ容色辞令の上で人に欢喜を討うのは、兌の正道ではない。『小象伝』にいう、「上六は牵引を以て悦を求む、その道は未だ光大する能わざるなり」。
易原 巻十二・周易下経(六)
慧珠閣原本,岫巖多隆阿雯溪。周易下經(六):渙、節、中孚、小過、既濟、未濟。
本巻は慧珠閣原刻本に依り、作者は岫巖の人・多隆阿(字は雯渓)である。この巻は『周易』下経の第六部分を解し、順に「渙」「節」「中孚」「小過」「既済」「未済」の六卦を扱う。
渙(かん)の卦
【坎下巽上,中互艮震】否:渙為三陰三陽卦,自否來。《九家易》曰:「此本否卦。」虞氏曰:「否四之二。」渙:亨,王假有廟,利涉大川,利貞。渙,水流散貌,凡物之散者皆曰渙。物有患其積滯者,必因散而始通,渙自得亨。而以巽上坎下卦象觀之,有王象,有廟象,有大川象。廟則宜假,川則宜涉,但假廟恐或黷於祭祀,涉川恐或不避險阻,故利貞也。
『渙』の卦は下卦が坎、上卦が巽で、二から四爻は互体して「艮」を成し、三から五爻は互体して「震」を成す。それは『否』卦から変じた。渙は三陰三陽の卦で、『否』から来る。『九家易』にいう、「此の卦は本と否卦なり」。虞翻にいう、「否卦の第四爻と第二爻とが互に易(か)わる」。卦辞にいう、渙、亨通す。君王は宗廟に親至する。大河を渡るに宜しく、正を守るに宜し。「渙」とは水流れ散ずる貌で、凡そ物の離散するを皆渙という。事物凡そ積滞して通ぜざるに苦しむ者は、必ず散ずるを以てこそ再び通暢するゆえ、渙はそれ自体亨通し得る。さらに巽上坎下の卦象より見れば、君王の象あり、宗廟の象あり、大河の象あり。廟あれば親至すべく、川あれば渡越すべし。ただし親至は祭祀過頻にして褻慢に流るるを恐れ、渡越は険阻を避けず妄進するを恐るるゆえ、また「利貞」という。
彖曰:「渙,亨,剛來而不窮,柔得位乎外而上同。王假有廟,王乃在中也。利涉大川,乘木有功也。」巽與坎無所為渙,而卦之所以名渙者,以陰陽本聚,至此則渙,故名渙也。蓋渙自否來,否為乾上坤下,陰陽類聚,乃四與二易,散否之陽下來成坎,又散否之陰上往為巽。坎為通,通則不窮,則此不窮者由於陽剛下來故也。巽以一陰上同二陽,則四為陰。否之四原非陰,陽居於四未為得位,坤二之四,柔始得位於外。是三陽外聚非渙,而四陽下來始為渙;三陰內聚非渙,而二陰上往始為渙。惟渙則剛柔始有相濟之美,故渙亨也。
『彖伝』にいう、渙の亨通する所以は、陽剛が下卦に来たって困窮に至らず、陰柔が外卦に正位を得て上の陽と同心するがゆえなり。「王假有廟」は、君王がまさに中位に処するを言う。「利渉大川」は、木舟に乗じて功を成し得るを言う。単に巽と坎とを見れば、それ自体に渙散の意はないが、この卦の渙と名づくる所以は、陰陽がもともと各々一処に聚まり、ここに至って初めて散ずるがゆえに渙という。渙卦は『否』から変じた。否は乾上坤下で、陰と陽とが各々類聚する。今や第四爻と第二爻とが互換し、否卦の陽を散じ下して坎を成し、また否卦の陰を散じ上して巽を成す。坎の性質は通であり、通なれば困窮せず、この「不窮」はまさに陽剛が下来るに因る。巽は一つの陰爻が下にあって上に向かい両陽と同心し、ここにおいて第四爻が陰となった。否卦の第四爻はもともと陰ではなく、陽が第四位に居るは位を得ない。坤の第二爻が上って四に居れば、陰柔は初めて外卦に正位を得る。見れば三つの陽が上に挤れても渙とは算ならず、第四爻の陽が下来って初めて渙を成す。三つの陰が下に挤れても渙とは算ならず、第二爻の陰が上去って初めて渙を成す。ただ散開してこそ剛と柔とに互相済助の美あり、ゆえに渙は亨通し得る。
夫四既因渙為柔,亦即連三柔以成互艮;二既因渙為剛,亦遂合兩陰以成正坎。艮為宗廟,坎為大川,廟則宜假,川則宜涉。蓋五為君位象王,艮為門闕象廟,坎為隱伏象鬼神,艮為少男,坎為中男,互震為長男,同處廟中。王以艮手持巽白茅,用坎酒灌地以降鬼神,此王格有廟象也。
第四爻がすでに渙散に因って柔に変じたれば、すなわち六三の柔と連なって互体艮を組み、第二爻がすでに渙散に因って剛に変じたれば、すなわち上下両陰と合して正体坎を成す。艮は宗廟を象徴し、坎は大河を象徴す。廟あれば親至すべく、川あれば渡越すべし。さらに細かく見れば、五は君位で君王に象り、艮は門闕で宗廟に象り、坎は隠伏で鬼神に象る。艮は少男、坎は中男、互体震は長男で、父子兄弟がともに廟中にあり。君王は艮の象る手を以て巽の象る白茅を持ち、坎の象る酒を用いて地に灌ぎて神霊を招降す――これがすなわち「王假有廟」の卦象である。
坎為水,互震正巽為木,巽繩為纖,艮手持之,巽風助之,有乘風破浪、雲帆飛渡之槩,此利涉大川象也。鬼散無憑,而於假廟聚之;人散難收,面於涉川聚之。假廟者敬則心不敢渙,涉川者險則力不敢渙,是假廟涉川皆所以濟渙也。
坎は水を象徴し、互体の震と正体の巽はともに木を象徴し、巽の繩索は纎索を象徴し、艮の象る手がそれを牽き、巽の象る風がまたそれに一臂を助くれば、大いに乗風破潤・雲帆疾渡の気概あり――これがすなわち「利渉大川」の象である。鬼神が離散して憑依する所なければ、宗廟に親至してそれらを聚めるを用いる。人心が離散して収拾し難ければ、大河を共渡してそれらを聚めるを用いる。宗廟に親至すれば、心に敬畏が存して敢えて渙散せず。大河を共渡すれば、身が険境に処して敢えて懈怠せず――見れば假廟も渉川も皆渙散を救治する弁法である。
象曰:「風行水上,渙。先王以享于帝立廟。」風行水上,波瀾散流,渙之象也。先王以享于帝立廟者,荀氏曰:「謂受命之王收集散民,上享天帝,下立宗廟也。」上為天位帝象,艮手持巽茅灌坎酒於地以享之;艮為門闕,上覆巽木,下居坎坤,立廟象也。
『大象伝』にいう、風が水面に吹行するは、これ渙卦の象なり。先王はこれに由り祭天の礼を挙げ、宗廟を建立す。風が水の上を行けば、波潤は四散奔流して、まさに渙散の象なり。「享于帝、立廟」に就いて、荀爽にいう、「これは天命を受けた君王が離散せる百姓を収集し、上は天帝に祭享し、下は宗廟を建立するを言うなり」。上爻は天位で天帝に象り、艮の象る手は巽の象る茅草を持ち、坎の象る酒を地に澆いて祭享す。艮はまた門闕に象り、上に巽の象る木を覆い、下に坎と坤との上に座す――これがすなわち宗廟建立の象である。
初六:用拯馬壯,吉。物渙宜拯,拯渙用馬,馬復為壯者,則渙可濟。蓋初與二比,即賴二拯,二為坎中,坎馬美脊,是壯馬也。拯渙在初,其勢易為,故不言渙而祇言拯,拯則吉也。象曰:「初六之吉,順也。」九二:渙奔其機,悔亡。二自否之四來,有似下來求安者,故曰奔。夫安身莫如機,二因渙居於此,則為奔其機。虞氏曰:「坎為棘、為矯輮,震為足,輮棘有足,艮肱據之,憑機之象也。」幾俗作機。《春秋傳》曰:「設機而不倚。」有所憑依,雖渙不危,故悔亡。象曰:「渙奔其機,得所願也。」
初六の爻辞、救拯に用いる馬が強壮なれば吉祥。事物が渙散すれば救拯すべく、渙散を救拯するは馬に頼り、馬がまた強壮なれば、渙散は救い得る。初六は九二と相鄰し、ちょうど九二を頼って救拯するに宜しく、九二は坎の中爻で、『説卦伝』は坎の象る馬を「美脊」といい、まさに壮馬である。渙の開頭に於いて着手して救拯すれば、形勢は最も措手し易し。ゆえに爻辞は「渙」の字を提げずしてただ「拯」というのみ。救拯し得れば吉祥なり。『小象伝』にいう、「初六の吉は、その柔順なればなり」。九二の爻辞、渙散の時に己が憑几に奔る、悔恨消失す。九二は否卦の第四爻より降りて来たりて、下来って安身を求めるに似たるがゆえに「奔」という。安身の物は憑几に過ぐるなし。九二は渙散に因って此の位に居るは、すなわち「奔其机」なり。虞翻にいう、「坎は棘木を象徴し揉曲せる木材を象徴し、震は足を象徴す。揉曲せる棘木に足あり、また艮の象る臂肘を以てそれに倚らば、まさに憑几の象なり」。「几」は俗に「机」と作る。『春秋伝』にいう、「几案を設けて倚らざるなり」。憑依する所有れば、渙散の中に在ると雖も危険ならず、ゆえに悔恨消失す。『小象伝』にいう、「渙散の中に憑几に奔るは、その願う所を得ればなり」。
六三:渙其躬,無悔。三與上應,志在濟渙,所謂事君致身者也。荀氏曰:「體中曰躬。」鞠躬盡瘁,如渙其躬以救渙者,故無悔。象曰:「渙其躬,志在外也。」外謂上也,渙惟三上相應,故志在外。六四:渙其群,元吉;渙有丘,匪夷所思。否上三陽為群,乃四下之二,則三陽之群渙矣,故曰渙其群。夫群則非渙,渙似不群,不知古大臣經理天下,必散盡眾民朋黨,乃克成大同之治。至渙之已久,而私意盡化,人心固結,實有成邑成都、一聚而不可動搖者,此渙有邱象也。四體互艮,艮為山稱邱。當其為群,人孰欲渙;及其已渙,似難再聚。則此以渙為聚之道,是非常人思慮之所能及也。夷,平常也。此渙之元吉者。象曰:「渙其群元吉,光大也。」
六三の爻辞、己が身の私念を散ずれば悔恨なし。六三は上九と相応し、心志は渙散を救済するに在り、すなわち『論語・学而』のいう「君に事えて能く其の身を致す」のような人なり。荀爽にいう、「身体の中段を躬と曰う」。鞠躬尽瘁し、このように己が身すら舍て出して以て渙散を拯救すれば、ゆえに悔恨なし。『小象伝』にいう、「其の身を散ずるは、心志が外に在ればなり」。「外」とは上九を指す。渙卦の中ではただ三と上とが互相呼应するのみ、ゆえに心志が外に在りという。六四の爻辞、朋党の群を散ずれば大吉。渙散の中に反って山丘を成し聚むるは、これ常人の思い及ぶ所にあらず。否卦の上面の三つの陽爻は一羣を結成し、今や第四爻が第二位に降れば、三陽の羣は散ず、ゆえに「渙其羣」という。羣を結ぶはもともと渙にあらず、渙散すれば羣を成さざるがごとし。然れども古代の大臣が天下を治むるに、必ず民間の朋党を尽く散尽してこそ大同の治を成就し得るを知らざるなり。散ずること久しきに及んで、私意は化尽し、人心は反って牢結し、真に邑を成し都を成し、一旦聚合すれば動揺せざる局面を現出す。これがすなわち「渙有丘」の象なり。六四は互体艮の中に処し、艮は山を象徴するがゆえに丘と称す。彼らがなお朋党を結ぶ時は、誰か肯んじて散ぜん。已に散開するに及んで、また再び聚まること難きがごとし。然らばこの散を以て聚と為すの道理は、尋常人の思慮の想い及ぶ所にあらず。「夷」とは平常なり。これが渙卦の「元吉」ある所以なり。『小象伝』にいう、「其の朋党を散じて大吉なるは、その道が光明盛大なればなり」。
九五:渙汗其大號,渙王居,無咎。五為巽中,巽為命令,有王者欲通天下壅塞、銷天下之錮蔽、發號施令之象焉。《九家易》曰:「宣佈號令,百姓被澤,若汗之出於身不還反也。此本否卦,體乾為首,來下處二成坎水,汗之象也。」陽稱大,故曰渙汗其大號也。夫王者豈可言渙,然以大號言渙,則渙汗又為王者宜有之渙也。王者如此,居之無咎矣。象曰:「王居無咎,正位也。」上九:渙其血,去逖出,無咎。逖,遠也。渙至於上,則渙已極,雖下與三應,三體坎為血,而上已渙其血,去已遠矣,是出險不肯蹈危也,故無咎。象曰:「渙其血,遠害也。」害謂坎血,遠害者去逖出也。
九五の爻辞、汗の出るがごとく重大号令を発布し、王者の積聚せる一切を散ずれば、過なし。九五は巽の中位に処し、巽は命令を象徴するがゆえに、君王が天下の壅塞を打通し天下の錮蔽を銷解しようと号施を発する象あり。『九家易』にいう、「号令を宣布すれば、百姓は恩沢を蒙ること、汗が身より出づれば再び回流せざるがごとし。此の卦は本と否卦にして、乾体は頭を象徴す。下来って第二位に居りて坎水を成すは、まさに汗の形象なり」。陽は大と称すがゆえに「渙汗其大号」という。君王はどうして渙散を談ぜられよう。然れども重大号令を以て渙を言えば、この「渙汗」はまさに君王の応有の渙散なり。君王がかくのごとく能くすれば、其の位に居って過なし。『小象伝』にいう、「王居って咎なきは、その居る所が正位なればなり」。上九の爻辞、血光の灾を散じ、遥かに離れ去れば、過なし。「逖」とはすなわち遠なり。渙散が上爻に至れば、すでに極処なり。上九は六三と相応すと雖も、六三は坎体に属し坎は血を象徴すれど、上九は早くにこの血光を散じ尽し、遠く離れ離れ、これ険境を脱出して再び険を踏まんと肯んぜざるなり。ゆえに過なし。『小象伝』にいう、「其の血を散ずるは、禍害を遠離すればなり」。いわゆる害とはすなわち坎の象る血で、禍害を遠離するを「去逖出」という。
