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景徳伝燈録巻第二十二

宋 · 道原 · 第119巻 / 151

衡嶽南臺寺藏禪師。問遠遠投師請師一接。師曰。不隔戶。問如何是南臺境。師曰。松韻拂時石不點。孤峰山下壘難齊。曰如何是境中人。師曰。巖前栽野果接待往來賓。曰恁麼即謝供養。師曰。怎生滋味。問如何是法堂。師曰。無壁落。問不顧諸緣時如何師良久。

衡岳南臺寺藏禅師。問うた。「遠く師に投ず、師の一接を請う。」師は言った。「戶を隔てず。」問うた。「如何に是れ南臺の境。」師は言った。「松韻拂う時石點せず、孤峯山下壘齊しから難し。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「巖前に野果を栽えて往來の賓を接待す。」言った。「恁么ならば即ち供養を謝す。」師は言った。「怎生の滋味。」問うた。「如何に是れ法堂。」師は言った。「壁落無し。」問うた。「諸緣を顧みざる時如何。」師良久。

幽州潭柘水從實禪師。僧問。如何是道。師曰。箇中無紫皂。曰如何是禪。師曰。不與白雲連。師問僧。作什麼來。曰親近來。師曰。任汝白雲朝嶽頂。爭奈青霄不展顏。

幽州潭柘水從實禅師。僧問うた。「如何に是れ道。」師は言った。「箇中紫皁無し。」言った。「如何に是れ禪。」師は言った。「白雲と連ならず。」師僧に問うた。「什麼を作しに來る。」言った。「親近し來り。」師は言った。「汝に任く白雲岳頂に朝すとも、争柰靑霄顔を展げざるを。」

潭州雲蓋山證覺禪師。僧問。如何是和尚家風。師曰。四海不曾通。問如何是一塵含法界。師曰。通身體不圓。曰如何是九世剎那分。師曰。繁興不布彩。問如何是宗門中的的意。師曰。萬裡胡僧不入波瀾。

潭州雲蓋山證覺禅師。僧問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「四海曾て通ぜず。」問うた。「如何に是れ一塵法界を含む。」師は言った。「身體を通して圓ならず。」言った。「如何に是れ九世刹那の分。」師は言った。「繁興彩を布せず。」問うた。「如何に是れ宗門中の的的の意。」師は言った。「萬里の胡僧波瀾に入らず。」

前廬山歸宗懷惲禪師法祠

前廬山歸宗懷惲禅師の法嗣(底本は「法祠」と作す)

歸宗寺弘章禪師(第四世住)僧問。學人有疑時如何。師曰。疑來多少時也。問小船渡大海時如何。師曰。較些子。曰如何得渡。師曰。不過來。問枯木生華時如何。師曰。把一朵來。問混然覓不得時如何。師曰。是什麼。

歸宗寺弘章禅師(第四世住)。僧問うた。「學人疑有る時如何。」師は言った。「疑い來ること幾多の時ぞ。」問うた。「小船大海を渡る時如何。」師は言った。「些子を較ぶ。」言った。「如何に渡るを得。」師は言った。「過ぎて來らず。」問うた。「枯木華を生ずる時如何。」師は言った。「一朵を把りて來れ。」問うた。「混然として覓め得ざる時如何。」師は言った。「是れ什麼。」

前池州嵆山章禪師法嗣

前池州嵆山章禅師の法嗣

隨州雙泉山道虔禪師。僧問。洪鍾未扣時如何。師曰。絕音響。曰扣後如何。師曰。絕音響。問如何是在道底人。師曰。無異念。問如何是希有底事。師曰。白蓮華向半天開。師後住安州法雲院示滅。

随州雙泉山道虔禅師。僧問うた。「洪鐘未だ扣かざる時如何。」師は言った。「音響を絕つ。」言った。「扣きし後如何。」師は言った。「音響を絕つ。」問うた。「如何に是れ道に在るの底の人。」師は言った。「異念無し。」問うた。「如何に是れ希有の底の事。」師は言った。「白蓮華半天に向かいて開く。」師後に安州法雲院に住し示滅す。

前洪州雲居第四世懷嶽禪師法嗣

前洪州雲居第四世懷岳禅師の法嗣

揚州風化院令崇禪師(第一世住)舒州宿松人。七歲出家。二十登戒。契緣於雲居懷嶽和尚。開法於信州鵝湖。廬州節帥周本於維揚西南隅創院請師居之。僧問如。何是敵國一著棊。師曰。下將來。問一棒打破虛空時如何。師曰。把將一片來。

揚州風化院令崇禅師(第一世住)は舒州宿松の人。七歲にして出家す。二十にして戒に登る。雲居懷岳和尚に緣を契す。信州鵝湖に於て法を開く。廬州の節帥周本維揚の西南隅に院を創りて師を請じて之に居らしむ。僧問うた。「如何に是れ敵國の一着の棋。」師は言った。「下し將來れ。」問うた。「一棒虚空を打破する時如何。」師は言った。「一片を把り將來れ。」

澧州藥山忠彥禪師(第八世住)僧問。教雲。諸佛放光明助發實相義。光明即不問如何是助發實相義。師曰。會麼。曰莫便是否。師曰。是什麼。問師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。雲嶺龍昌月神風洞上泉。

澧州藥山忠彥禅師(第八世住)。僧問うた。「教に說く、諸佛光明を放ちて實相の義を助發すと。光明は即ち問わず、如何に是れ實相の義を助發する。」師は言った。「會するか。」言った。「便ち是か莫れ。」師は言った。「是れ什麼。」問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「雲嶺の龍昌月、神風の洞上泉。」

梓州龍泉和尚。僧問。如何是祖師西來意。師曰。不在闍梨分上。問學人慾跳萬丈洪崖時如何。師曰。撲殺。

梓州龍泉和尚。僧問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「闍梨の分上に在らず。」問うた。「學人萬丈の洪崖を跳ばんと欲する時如何。」師は言った。「撲殺す。」

前筠州洞山道延禪師法嗣

前筠州洞山道延禅師の法嗣

筠州上藍院慶禪師。初遊方問雪峰。如何是雪峰的的意。雪峰以杖子敲師頭。師應諾。峰大笑。師後承洞山印解居於上藍。僧問如何是上藍無刃劍。師曰無。僧曰。為什麼無。師曰。闍梨諸方有。

筠州上藍院慶禅師。初め方を游びて雪峯に問うた。「如何に是れ雪峯の的的の意。」雪峯杖子を以て師の頭を敲く。師諾と應ず。峯大いに笑う。師後に洞山の印解を承けて上藍に居る。僧問うた。「如何に是れ上藍の刃無き劍。」師は言った。「無。」僧は言った。「為什麼無。」師は言った。「闍梨は諸方に有り。」

前襄州鹿門山處真禪師法嗣

前襄州鹿門山處真禅師の法嗣

益州崇真和尚。僧問。如何是禪。師曰。澄潭釣玉兔。問如何是大人相。師曰。泥揑三官土地堂。

益州崇真和尚。僧問うた。「如何に是れ禪。」師は言った。「澄潭に玉兔を釣る。」問うた。「如何に是れ大人の相。」師は言った。「泥で捏ねたる三官土地の堂。」

襄州鹿門山第二世譚和尚志行大師。僧問。如何是實際理地。師曰。南贍部洲北欝單越。曰恁麼則事同一家也。師曰。隔須彌在。問遠遠投師請師接。師曰。從什麼處來。曰江北來。師曰。南堂裡安下。問如何是清淨法身。師曰。戌亥年生。

襄州鹿門山第二世譚和尚志行大師。僧問うた。「如何に是れ實際の理地。」師は言った。「南贍部洲、北鬱單越。」言った。「恁么なれば則ち事同じく一家なり。」師は言った。「須彌を隔てて在り。」問うた。「遠く師に投ず、師の接を請う。」師は言った。「什麼處より來る。」言った。「江北より來り。」師は言った。「南堂裏に安下せよ。」問うた。「如何に是れ淸淨の法身。」師は言った。「戌亥年の生まれ。」

襄州谷隱智靜悟空大師。僧問。如何是和尚轉身處。師曰。臥單子下。問如何是道。師曰。鳳林關下。曰學人不會。師曰。直至荊南。問如何是指歸之路。師曰。莫用伊。曰還使學人到也無。師曰。什麼處著得汝。問靈山一會何異今時。師曰。不異如今。曰不異底事作麼生。師曰。如來密旨迦葉不傳。

襄州谷隱智靜悟空大師。僧問うた。「如何に是れ和尚の身を轉ずるの處。」師は言った。「臥單子の下。」問うた。「如何に是れ道。」師は言った。「鳳林關下。」言った。「學人會せず。」師は言った。「直に荊南に至る。」問うた。「如何に是れ指歸の路。」師は言った。「伊を用る莫れ。」言った。「還って學人をして到らしめるか無し。」師は言った。「什麼處にか汝を著け得る。」問うた。「靈山の一會今時に何の異なる。」師は言った。「如今に異ならず。」言った。「異ならざるの底の事作么生。」師は言った。「如來の密旨、迦葉傳えず。」

廬山佛手巖行因禪師者雁門人也。未詳姓氏。早習儒學。一旦捨俗出家。志求真諦乃遊方。首謁襄陽鹿門山真禪師。師資道契。尋抵江淮登廬山。山之北有巖如五指。下有石窟深邃可三丈餘。師宴處其中。因號佛手巖和尚不度弟子。有隣庵僧為之供侍。常有異鹿錦囊鳥馴繞其側。江南國主李氏嚮仰。三遣使徵召不起。堅請就棲賢寺開法。不踰月潛歸巖室。僧問如何是對現色身。師竪起一指(法眼別雲。還有也未)一日示有微疾。謂侍僧曰。日將午吾去矣。侍僧方對。師下床行數步屹立而化。巖頂上有松一株同日枯瘁。壽七十餘。國主命畫工寫影。備香薪焚爇收遺骨塔於巖之陰。

廬山佛手巖行因禅師は雁門の人なり。姓氏未だ詳かならず。早く儒學を習う。一旦俗を舍てて出家す。志真諦を求めて乃ち方を游ぶ。首めに襄陽鹿門山真禅師を謁す。師資道契す。尋いで江淮に抵り廬山に登る。山の北に五指の如き巖有り。下に石窟深邃にして三丈餘可なり。師其の中に宴處す。因りて佛手巖和尚と號す、弟子を度さず。鄰庵の僧の之が供侍を為す有り。常に異鹿錦囊の鳥其の側に馴繞す有り。江南の國主李氏向仰す。三たび使を遣わして徵召するも起たず。堅く請うて栖賢寺に就きて法を開かしむ。月を逾えず潛かに巖室に歸る。僧問うた。「如何に是れ現の色身に對する。」師一指を竪起す(法眼別に說く。「還って有るか未だ」)一日微疾有るを示して侍僧に謂いて言った。「日將に午ならんとす、吾去らん。」侍僧方に對せんとす。師床を下りて數步を行きて屹立して化す。巖頂上に松一株有りて同日に枯瘁す。壽七十餘。國主畫工を命じて影を寫さしむ。香薪を備えて焚爇し遺骨を收めて巖の陰に塔す。

前撫州曹山第二世慧霞禪師法嗣

前撫州曹山第二世慧霞禅師の法嗣

嘉州東汀和尚。僧問。如何是卻去底人。師曰。石女紡麻纑。曰如何是卻來底人。師曰。扇車關𭢿良計斷。

嘉州東汀和尚。僧問うた。「如何に是れ卻って去るの底の人。」師は言った。「石女麻纑を紡ぐ。」言った。「如何に是れ卻って來るの底の人。」師は言った。「扇車關〔此の字手に從う未だ識らず〕良計斷。」

前華州草菴法義禪師法嗣

前華州草庵法義禅師の法嗣

泉州龜洋慧忠禪師本州僊遊縣人也。姓陳氏。九歲依本山出家。既具戒杖錫觀方謁草菴和尚。草菴問曰。何方而來。師曰。六眸峰來。草菴曰。還具六通否。師曰。患非重瞳。草菴然之。師迴故山。屬唐武宗廢教例為白衣。暨宣宗中興。師曰。古人有言。上昇道士不受籙。成佛沙彌不具戒法。遂過中不食不宇而禪。乃述偈三首曰。

泉州龜洋慧忠禅師は本州仙遊縣の人なり。姓は陳氏。九歲にして本山に依りて出家す。既に戒を具えて錫を杖して方を觀て草庵和尚を謁す。草庵問うて言った。「何の方より而して來る。」師は言った。「六眸峯より來り。」草庵が言った。「還って六通を具えるか否。」師は言った。「重瞳に非ざるを患う。」草庵之を然とす。師故山に回る。唐武宗の教を廢するに屬して例に依りて白衣と為る。暨ち宣宗中興す。師は言った。「古人に言有り、上昇の道士は箓を受けず、佛と成るの沙彌は戒法を具えずと。」遂に中を過ぎて食わず宇せずして禅す。乃ち偈三首を述べて言った。

雪後始諳松桂別雲收方見濟河分

雪の後始めて松桂の別を諳える、雲收まりて方に濟河の分を見る。

不因世主教還俗那辨雞群與鶴群

世主の教還俗に因らざれば、那で鷄群と鶴群とを辨ぜん。

多年塵事謾騰騰雖著方袍未是僧

多年の塵事徒らに騰騰たり、方袍を着くと雖も未だ是れ僧に非ず。

今日修行依善慧滿頭留髮候然燈

今日修行は善慧に依り、滿頭髮を留めて燃燈を候ぐ。

形容雖變道常存混俗心源亦不昏

形容變わると雖も道常に存し、俗に混じりても心源も亦昏らず。

更讀善財巡禮偈當時何處作沙門

更に善財の巡禮の偈を讀む、當時何の處にか沙門と作りし。

師始從參禮以至返初示滅未嘗下山。葬於無了和尚塔之東隅二百步。目為東塔。經數載其塔忽坼裂連階丈餘。時主塔僧將發之。於夜宴寂中見西塔定身言曰。吾之遺質既勞汝重瘞。今東塔不煩更出也。塔主稟乎靈感召檀信重修補嚴飾。逮今香燈不絕。時謂陳沈二真身是也。其無了禪師嗣馬祖事蹟。廣如別章。

師始め參禮より以至て初めに返りて滅を示すまで未だ嘗て山を下らず。無了和尚の塔の東隅二百步に葬る。目して東塔と為す。數載を經て其の塔忽ち坼裂して階に連なること丈餘。時に主塔の僧將に之を發かんとす。夜の宴寂中に於て西塔の定身の言うを見る、曰く「吾が遺質既に汝の重ねて瘞めるを勞す。今東塔更に出づるを煩はさず」と。塔主靈感を稟けて檀信を召し重ねて修補し嚴飾す。今に逮んで香燈絕えず。時に謂う陳沈の二真身是れなり。其の無了禅師の馬祖に嗣ぐの事迹、廣く別章の如し。

前襄州含珠山審哲禪師法嗣

前襄州含珠山審哲禅師の法嗣

洋州龍穴山和尚。僧問。如何是祖師西來意。師曰。騎虎唱巴歌。問大善知識為什麼卻與土地燒錢。師曰。彼上人者難為醻對。

洋州龍穴山和尚。僧問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「虎に騎りて巴歌を唱う。」問うた。「大善知識為什麼却って土地に錢を燒く。」師は言った。「彼の上人は酬對し難し。」

唐州大乘山和尚。問枯樹逢春時如何。師曰。世間希有。問如何是四面上事。師曰。升子裡𨁝跳斗子內轉身。

唐州大乘山和尚。問うた。「枯樹春に逢う時如何。」師は言った。「世間希有。」問うた。「如何に是れ四面上の事。」師は言った。「升子裏に跳びて、斗子內に身を轉ず。」(底本此の字足に從う、疑い存す)

襄州鳳山延慶院歸曉慧廣大師。僧問。言語道斷時如何師曰兩重公案。曰如何領會。師曰。分明舉似洞山問如何是鳳山境。師曰。好生看取曰如何是境中人。師曰。識麼。

襄州鳳山延慶院歸曉慧廣大師。僧問うた。「言語の道斷ずる時如何。」師は言った。「兩重の公案。」言った。「如何に領會せん。」師は言った。「分明に洞山に舉似す。」問うた。「如何に是れ鳳山の境。」師は言った。「好く看取せよ。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「識るか。」

襄州含珠山真和尚(第三世住)僧問。師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。含珠密意同道者知。曰恁麼即不假羽翼便登翠嶺也。師曰鈍。問古鏡未磨時如何。師曰。昧不得。曰磨後如何。師曰。黑如漆。

襄州含珠山真和尚(第三世住)。僧問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「含珠の密意、同道の者知る。」言った。「恁么ならば即ち羽翼を假らずして便ち翠嶺に登るなり。」師は言った。「鈍。」問うた。「古鏡未だ磨かざる時如何。」師は言った。「昧るを得ず。」言った。「磨きし後如何。」師は言った。「黑きこと漆の如し。」

前鳳翔府紫陵匡一大師法嗣

前鳳翔府紫陵匡一大師の法嗣

幷州廣福道隱禪師。僧問。如何是指南一路。師曰。妙引靈機事澄波顯異輪。問三家同到請未審赴誰家。師曰。月應千家水門門盡有僧。

并州廣福道隱禅師。僧問うた。「如何に是れ南を指すの一路。」師は言った。「妙に靈機を引く事、澄波異輪を顯す。」問うた。「三家同じく請うに至らば、未審誰が家に赴かん。」師は言った。「月千家の水に應じ、門門盡く僧有り。」

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