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建禄格

明 · 张楠 · 第8巻 / 24

作盤ガイド: 八字作盤

《喜忌篇》云令早逢建祿,切急會煞為凶。《格解》述前二說俟知察之。此誠宜以傳不犯一智者病,但不悟十建祿一說,又附註正官亦非。舊注:以會殺,為暗針對七殺為凶兆。如甲日用酉月,為官星正氣,若年時子辰,則會起申金為七殺,乃甲之寇,故為凶,固是。然官祿之祿,用令字,與雖逢字建字牽強。況子辰暗會,合申殺。尤牽繢不可從。

《喜忌篇》にいう:月令もし建禄に逢えば、切に忌むべし七殺に会合して凶と為るを(底本の「令早」はまさに「月令」と作り、「切急」はまさに「切忌」と作るべし)。《格解》の一書は前人の両種の説を列挙して、讀者自身に辨察せしむるに留む。この種の疑を存して断ぜざるの做法は本(もと)大病無し、ただそれが「建禄」の果たして何を指すかを領会せず、また附会して正官上に到るも、また錯なり。旧注は「会殺」を講じて暗中に七殺に対上して凶兆と為す:たとえば甲木の日主が酉月を用いて正気の官星と為せば、もし年支時支に子・辰あれば、申金を会起して七殺と為り、甲木の仇寇なり、ゆえに凶と為す。この一層は固(もと)より講じて通ず、しかるに「禄」を解して官禄と作すは、即ち原文の「令」の字・「雖逢」「建」の幾個の字と俱に対せず;況んや子辰が暗に会合して申を合して殺と為すは、さらに牽強にして依従すべからず。

或曰會煞,謂坐見七煞。年時天干顯露,地支隱藏。無制伏者是也。似勝舊注。亦與令字,中逢字建字未受,亦不可從。故或者又作月令建祿,此誠是,但無註解。愚補之曰建祿者,月令十干祿是也,非官祿之祿。如甲乙祿在寅卯,丙戊祿在巳,丁己祿在午,庚祿申,辛祿酉,壬祿癸,亥祿子是也。

また或る人は言う、「会殺」は日支が七殺に坐することを指し、年柱時柱の天干は顕露し地支は隱蔵して、しかして制伏の神無きこれなり。この説法は似たり旧注に勝るも、同じく「令」「雖逢」「建」の幾個の字に接せず、また依従する能わず。ゆえにまた或る人はこれを讀んで「月令建禄」と為す、これはこそ対なり、ただ惜しむべきは注解無きを。私はここに一句を補す:謂うところの建禄は、月令が恰好に十天干の各自の禄位なり、官を為すの俸禄にあらず。たとえば甲の禄は寅に在り乙の禄は卯に在り、丙と戊の禄は巳に在り、丁と己の禄は午に在り、庚の禄は申に在り、辛の禄は酉に在り、壬の禄は亥に在り、癸の禄は子に在りこれなり。

會殺者,天干既見殺,地支會合殺旺之謂也。如甲祿在寅忌庚殺,乙祿旺行為祿,亦不宜過旺。喜見財宮,並天干透露,故曰建祿生提月,財官喜透天,不宜身在旺,惟喜茂財源。又日月令建祿,多無祖屋。

謂うところの会殺は、天干上にすでに七殺を見て、地支はさらに会合成して殺旺の局と為るの謂なり。たとえば甲木の禄は寅に在れば、即ち庚金の七殺を忌む;乙木の禄は卯に在り、禄旺もまた宜しく太く過ぐべからず。この一格は財星官星を見るを喜び、併せて天干に透露するを要す、ゆえにいう「建禄は提月に生じ、財官は天に透き出づるを喜ぶ、身のさらに旺なるを宜とせず、ただ財源の茂盛を喜ぶ」と。また言う月令建禄の人は多くは祖屋無しと。

一見官財,自然成福。則福衰弱,反為凶禍,故日乙木生居卯,庚辛干上逢。火旺人發福,殺地壽元終,又曰:春木無金不是奇,金多尤恐返遭危。柱中取得中和氣,福壽庚寧百事宜。

一たび官星財星を見れば、自ずから福を成す;もし福神それ自身が衰弱なれば、かえって凶禍と成る、ゆえにいう:「乙木は卯に生居し、庚辛は干上に逢う。火旺ければ人は福を発し、殺地に入れば寿元は終る。」乙木は卯において禄を得、天干はしかし庚辛の七殺を透かせ、火運に走りて殺を制せば便ち福を発し、殺旺の地に走れば則ち寿終す。また言う:「春木に金無ければ奇と為るに足らず、金多ければ尤も恐らくはかえって危に遭う。柱中に中和の気を取得せば、福寿康寧にして百事は宜し。」春の木は金の来りて修削する無ければ便ち奇を為すに足らず、しかるに金は多すぎればまた恐らくはかえってその害に遭う、総て中和の気を取得するをもって上と為す。

又曰:月令建祿,會殺為凶可也。又加之以雖逢切忌之辭何也?蓋建祿則身旺,有比肩扶助。宜乎不怕殺。然殺如猛虎,有伏制則貴,若無制會殺旺,不問身強弱,必凶,況建祿格,只喜財官,最不喜干帶殺而支會旺,故曰月令雖逢建祿,切忌會殺凶。

或る人は問う:月令建禄にして殺に会すれば凶と為るだけで足りるのに、なぜさらに「雖逢」「切忌」のごとき字眼を加えるのか。答えていう:建禄は本(もと)より身旺にして、また比肩の相助あり、理に按ずれば殺を怕るべからず。しかるに七殺はたとえば猛虎のごとく、それを制伏する神あれば即ち貴気に転ず;もし毫(ごう)も制伏無くしてまた殺旺の局を会成せば、則ち日主の強弱を問わず必ず凶を招く。況んや建禄格はただ財官を喜び、最も喜ばざるは天干が殺を帯びて地支がまた旺局を会成する。ゆえに原文はこそいう「月令はたとい建禄に逢うとも、切に忌むべし殺に会して凶と為る」と。

則雖逢字切忌字,方有落,令字建明不牽強。故取此說,又為之解以破前二說,又《觀洞玄經》云:“甲以寅祿,庚壬本非駕。”又曰:祿可以興騰,有以乎無用。則雖切忌之辭,有輕重斟酌明矣。

かくすれば「雖逢」の字と「切忌」の字とはこそ着落あり、「月令」「建禄」の幾個の字もまた牽強ならず。ゆえにこの説を採用して、併せてこれに拠りて前の両種の解釈を駁倒す。また《観洞玄経》にいう:「甲木は寅をもって禄と為し、庚金壬水は本(もと)それの駕馭する能う所にあらず。」またいう:禄は人をして騰達せしむる能うも、また全然用無きも有り。見るべし「雖」と「切忌」のこの類の措辞は、もとより軽重の斟酌の意を含むと。

財官を見るを喜ぶ例

庚子、戊子、癸丑、庚申,古韓侍郎造。壬申、丙午、己亥、庚午,趙丞相之造。

その一:年柱庚子、月柱戊子、日柱癸丑、時柱庚申、これは古の韓侍郎の命造。其二:年柱壬申、月柱丙午、日柱己亥、時柱庚午、これは趙丞相の命造。両造は倶に月令建禄にして財官は顕露し、日主は担い得て、ゆえに財官を見るを喜ぶの例に列す。

古の殺を見て制あるの例

辛丑、庚寅、甲辰、乙亥,賀丞相之造。木旺春令,日干頭官殺相連,只論殺,運行丙戌丁,制殺鄉,宜為大貴也。況甲乙與庚辛金各成配偶。所以不忌殺也。

年柱辛丑、月柱庚寅、日柱甲辰、時柱乙亥、これは賀丞相の命造。木は春令に旺じて、日主の上に官星の辛と殺星の庚とが接続して并び列す、官殺が混雑の時はただ七殺に按じて論ず。大運が丙戌・丁運に走れば、皆殺を制するの郷、大貴と為るは理の当然なり。況んや甲は庚に配し乙は辛に配して、各々配偶を成し、殺に帰着あり、ゆえに七殺を忌まず。

古の殺に会して凶と為る例

辛丑、辛卯、乙丑、庚辰,施洪富命之格。乙祿在卯,干頭俱透露庚辛,喜行戌亥二運,木火旺位,制伏之鄉發福。入酉運丑酉會殺旺,死於非命。

年柱辛丑、月柱辛卯、日柱乙丑、時柱庚辰、これは施洪の富命の格局。乙木の禄は卯に在り、正に建禄なり;しかるに天干上に庚辛が俱に透き、官殺は斉(ひと)しく現る。戌・亥の両運に走るを喜ぶ、そこは木火が旺にあたり、官殺を制伏するの郷にして、因って福を発す。運が酉に入るを待ち、丑は酉と会合成して金局と為りて殺勢は大いに旺じ、ついに命ならずして死す。正にこれ「殺に会して凶と為る」の実例なり。

壬寅、丁未、丙寅、壬辰。夏閣老貴命,火有餘水不足格。楠曰:丙火炎光熾若炊,宜行殺運濟江湖。庚辛壬癸登黃閣,印比重重壽心殂。

命造:年柱壬寅、月柱丁未、日柱丙寅、時柱壬辰。これは夏閣老の貴命で、火余ありて水足らざる格局に属す。張楠が断じて言う:丙火の光焰は熾盛にして炊竈(すいそう)のごとし;宜しく七殺の運に走りて、江湖の水を用いて調済すべし;庚辛壬癸の一路の運にて内閣に登る;もし印星比肩が重々しくさらに来れば、寿数は即ち終結せんとす。

丙寅日主,歲月曰上,火氣炎甚,得年時壬水稼出,正謂水火有既濟這功,但四術中火土之氣還勝,金水之氣還輕也,所以運到壬子癸丑,干支皆水,為水氣不跳,以補其水也,所以運登黃閣,為天下這首相也。其貴蓋在月於丁為,透出陽刃,合去壬殺,正謂刃殺相幫,威權萬里。一入甲寅運,助起火氣,則又火有餘而水不足也。蓋因丁火陽刃透也,正謂陽刃倒戈,必作無頭之鬼,甲運死宜矣。

丙寅の日主は、年月日の三処に火気は極めて炎にして、幸い年干と時干とに倶に壬水を透き出だす、正に水火既済の功なり。ただし四柱の中に火土の気はなお上風を占め、金水の気はなお単薄を嫌う、ゆえに大運が壬子・癸丑に走り到れば、干支は皆水にして、足らざる水を補い足し、因って位は内閣に登りて、天下の首相と為りぬ。その貴気は実は月干の丁火に在り:丁は丙の陽刃にして、透き出でて正好壬水の七殺を合去す、謂うところ刃と殺とが彼此相い幇(たす)け、威権は万里に及ぶ。一たび甲寅運に入れば、木は来りて火を助け、また火余ありて水足らざるの局と成る。これに加えて丁火の陽刃は透き出で、正に「陽刃倒戈せば、必ず無頭の鬼を作す」のこの言に応ず、甲運に死するもまた怪しむに足らず。

壬寅、丁未、丙申、壬辰。吾都吳高一,水有餘貧命不足之格。楠曰:丙丁未月火雖炎,水氣重侵又不然。火氣若衰宜木運,再行水運禍連綿。

命造:年柱壬寅、月柱丁未、日柱丙申、時柱壬辰。これはわが同郷の呉高一の貧命で、水余ありて火足らざる格局に属す。張楠が断じて言う:丙丁は未月に生まれて、火は炎盛なれど;しかるに水気は重々しく来りて侵せば、情形は便ち一樣ならず;火気はすでに衰うれば、宜しく木運に走りてこれを生ずべし;もしさらに水運を行けば、禍患は連綿として絶えず。

丙火雖旺,不合夏至後二陰之際,水氣進氣,更加丙臨申位,三合火局,水有餘而火不足也。且在丙火下旬,金水進氣,火氣將衰。若夏閣老生在丙火上旬,火神正旺。此命再行壬子癸丑,豈不殺重身輕乎。

丙火は旺にあたるといえども、奈何せん夏至の後陰気が漸く生ずるの時に生まれ、水気は正に進気の途にあり;況んや日主の丙火は申上に坐し、申子辰の一路の水郷(原文の「三合火局」はまさに水局と作るべし)、水余ありて火足らざると成れり。これに加えて彼は丙火旬の下段に生まれ、金水は進気して火気は将に衰えんとす。夏閣老のあの一造は丙火旬の上段に生まれ、火神は正に旺なり、情形は恰好相反す。この命はさらに壬子・癸丑に走れば、あに七殺重くして日主軽きにあらざらんや。

初行西方,尚作蹇滯守儒,再行北方,作乞丐宜矣。此命本不當編入此例,但與夏推州之造只差一字,故同編,以便比例故也。視者詳之。

彼は初め西方の金運を行きて、なおただ困頓不遇にして儒生の本分を守るのみ;さらに北方の水運に走れば、乞丐に淪落するもまた怪しむに足らず。この命は本(もと)「財官を見るを喜ぶ」のこの一類の例に編入すべからざるも、ただそれが夏閣老のあの一造とわずかに一字を差(たが)うるがゆえに、ゆえに并びて一緒に編む、対照比較に便(べん)ならんがためなり。看る者はまさにその中の分別を細看すべし。

庚午、辛巳、丙申、壬辰。吾都何泳一,火少金水多。楠曰:丙火雖生得祿鄉,不堪財殺重茫茫。變強成弱多貧夭,再入財鄉壽豈長。

命造:年柱庚午、月柱辛巳、日柱丙申、時柱壬辰。これはわが同郷の何泳一の命で、火少なくして金水多し。張楠が断じて言う:丙火は巳月に生まれて禄の郷を得るといえども;しかるに財星殺星の茫茫たる一片に堪えず;本(もと)強きはかえって変じて弱と為りて、多くは貧困夭折を主す;さらに財鄕に走入れば、寿数はいずくんぞ長久ならんや。

丙火雖得祿於巳,不合四柱多水之氣勝,早行午未運,火旺助身,衣食頗給,一入申運,財殺太多,帶疾而死,有乙未時生人,火旺頗旺,入西方頗可,此是吾都詹獎五命也。

丙火は巳月において禄を得るといえども、奈何せん四柱に水気が上風を占む。早年に午・未運に走れば、火は旺じて身を助け、衣食はなお過ごし得べし;一たび申運に入れば、財と殺と倶に多すぎて、身弱くして勝(た)えず、疾を帯びて亡ぶ。また同年月日に生まれて乙未時に在る一人あり、木火は身を幇(たす)けて較(か)く旺にして、西方の運に走るはなお可なり、これはわが同郷の詹奨五の命なり。

専禄格

《纂要》云:此格甲寅乙卯庚申辛酉是也。柱中忌官殺,不宜刑沖破害,藏運亦同。《元理賦》云:八專日支同類,殺運殺年多凶,正此之謂此。

《纂要》にいう:この格は甲寅・乙卯・庚申・辛酉の幾個の日を指し、日主は自ら禄地に坐す。柱中は官殺を見るを忌み、また刑冲破害を宜とせず、大運が暗蔵の官殺の処に走るも同じく忌なり。《元理賦》にいう:八専の日は、日支と日干とが同じく一類に属し、七殺の運を走り七殺の年に逢えば多く凶険あり。講ずる所は正にこの一格なり。

壬辰、庚戌、辛酉、辛卯。金溪徐龍岡命,專祿格,以官殺為病格。楠曰:辛酉分明專祿格,戊中有火喜神沖。殺星原是柱中病,去殺方知祿位榮。

命造:年柱壬辰、月柱庚戌、日柱辛酉、時柱辛卯。これは金谿の徐龍岡の命で、専禄格にして官殺をもって病神と為す。張楠が断じて言う:辛酉の日主は分明に専禄格;戌中に丁火を蔵して、正に神の来りてこれを冲開するを喜ぶ(原文の「戊中」はまさに「戌中」と作るべし);殺星はもとより柱中の病;殺星を去りて、こそ禄位の榮顕を知る。

辛酉專祿,見戌有丁,為損祿之病神,辰字去之,所以有病者貴。癸丑運癸丑年,丑刑戌火去病盡矣。聯登黃甲,其貴宜矣,只畏丙丁兩字損祿。

辛酉日は自ら専禄に坐し、月支の戌中に丁火を蔵するを見れば、これ禄気を損傷する病神;年支の辰が来りて戌を冲し、病神を去る、ゆえにいう病ある命はかえって貴しと。癸丑運の癸丑流年に至りては、丑は戌と相刑して、戌中の火を徹底的に刑去し、病根は尽く除かる、ここにおいて連々(れんれん)として挙に中り、進士甲科に登る、顕貴は理の当然なり。この一造はただ丙・丁の两字の出現して禄気を損傷するを怕る。

雑気財官印綬格 附:時墓格

楠曰:雜氣財官者,蓋辰戌丑未四字,乃天地不正之氣,為天地四個牢獄之所,又為天地四個收藏之庫。如丙丁日生辰月,若天干透也戊己多,則作雜氣火土傷官格;如透出乙木多,則作雜氣印綬格;如透出癸水多,方作雜氣財官格;如戊日生戌月,身弱透丁火多,作雜印綬格,透辛金作雜氣傷官格。

張楠がいう:謂うところの雑気財官は、辰戌丑未のこの四個の字に就きて言う。それらは天地の間の不純正の気にして、天地の四座の牢獄の所にたとえ、また天地の四個の收藏の庫なり。たとえば丙丁の日主が辰月に生まれて、天干にもし多く戊己の土を透かせば、則ち雑気火土傷官格と作す;もし多く乙木を透かせば、則ち雑気印綬格と作す;もし多く癸水を透かせば、こそ雑気財官格と作す。またたとえば戊土の日主が戌月に生まれて、日主弱くして多く丁火を透かせば、雑気印綬格と作し;辛金を透き出だせば、則ち雑気傷官格と作す。見るべし同じ一個の月令も、何を透き出だすかを看てこそ格を定むるなり。

又曰:雜氣財官喜見沖。惟日干旺,用雜氣財官者,喜見之,原財藏天地之庫中,牢密堅固。如戊日生辰月,癸乙為財官,錢在庫中,十分牢固,若無戌時鎖匙,豈能開之,沖開財庫,福興隆然也。若不用財官,則不可把沖開作論。當以中和偏枯看,或嫌其沖為害神,再沖也來,其害愈甚。

また言う:雑気財官は冲せらるるを喜ぶ。この言はただ日主が強旺にして正に雑気財官を取りて用と為す命に対してのみ成立す。因るに財は本(もと)天地の庫裡に蔵し、封じて極めて牢固なり:たとえば戊土の日主が辰月に生まれ、辰中の癸水は財・乙木は官にして、銭は庫中に鎖されて十分に堅牢、もし戌のこの把の鎖匙(ようし)無くして開くは、いずくんぞ取り出すを得んや。財庫を冲開せば、福気は自ずから興隆す。しかるにもしこの一局が併(あ)せて財官を取りて用と為さざれば、一概に「冲開をもって美と為す」に按じて論ずべからず、まさに中和と偏枯の角度よりこれを看るべし:時として冲はかえって害神と為り、冲すること多ければ、害することいよいよ重し。

如丙日生辰月,露出乙木印星,再看又有乙木休貼作印綬格。柱中原略有金氣,原印星衰也,若再行戌運,戌中辛金,沖破我辰中乙木,此原是貪財壞印看,豈可雜氣財官喜見沖論乎?

たとえば丙火の日主が辰月に生まれて、辰中の乙木印星が透き出で、柱中にまた別に乙木ありて身に貼して相い幇(たす)くれば、これは即ち印綬格と作して看る。もし柱裡にもとより略(や)や金気を帯びて、印星はすでに衰弱に属し、この時さらに戌運に走れば、戌中の辛金は辰中の乙木を冲破す、那(な)は分明に貪財壊印の凶象、いずくんぞ「雑気財官は冲を見るを喜ぶ」のこの句を把(と)りてこれに套(かぶ)せんや。

又如丙丁日生戌月,透出戊土多,作雜氣傷官格看,原日干丙丁屬火,到九月授衣之月,火氣寒涼,見土多洩弱火之精,喜東主木運,克去其傷官,不來洩我,喜木運又來資我則吉。若到辰運,再沖出戌中戊土來,愈洩弱我精神,安得不死,此亦不可作雜氣財官喜見沖也。惟身旺有財官,方喜沖開,早年發達。此格與傷官甚難看,此格要露庫中何物也來,方可定用神。書之中概以沖開為美,豈不謬也。

またたとえば丙丁の日主が戌月に生まれて、天干に多く戊土を透かせば、雑気傷官格と作して看る。丙丁は火に属し、九月の天寒くして衣を授くるの時に到れば、火気はもとより清冷、さらに土多きを見てその精華を泄し来るを、則ちさらに弱し。この時東方の木運に走るを喜ぶ、一には木は戊土を克して、傷官をしてさらに我を泄せしめず;二には木はまた回頭して我を生ず、ゆえに吉と為す。もし辰運に走り到れば、辰は戌を冲して戌中の戊土を冲し出だし、我を泄すこといよいよ狠(はなは)だしく、いずくんぞ死せざるを得んや。これもまた「雑気財官は冲を見るを喜ぶ」と算作すべからず。ただ身旺にして柱中に財官ある者のみ、こそ庫門を冲開するを喜び、早年に便ち発達する能う。この一格は傷官格と同じく看難し、関鍵は庫中の何物を透き出だすかを看るに要して、こそ用神を定むる能う。命書は一概に冲開を把(と)りて美事と作す、あに荒謬ならざらんや。

古歌云:雜氣財官印月官,天干透露始為豐。財多官旺宜沖破,切忌干支壓伏重。補曰:財者,養命之源;官者,扶身之本;印綬者,資身之基也。此三者藏蓄於辰戌丑未之月,乃四隅之氣,非天地東西南北之正氣,故曰雜氣財官印綬格。

古歌にいう:「雑気財官は印の月宮に在り、天干に透露して始めて豊と為る。財多く官旺なれば宜しく冲破し、切に忌むべし干支の圧伏重きを。」補って説明す:財は命を養うの源頭、官は身を扶くの根本、印綬は身を立つるの基礎なり。この三樣は辰戌丑未のこの四個の月に蔵蓄して、四隅の気に属し、東西南北の四方の純正の気にあらず、ゆえに「雑気財官印綬格」と呼ぶ。

此格喜透露,喜刑沖破害,或用財官,而財官透,或用印綬而印綬透,透財則富,透官則貴,透印則吉,享萬物之見成,故曰始為豐。若財官印閉錮於庫中,不中不刑,則少年不發庫中人,所以宜沖破也。若支干則遇比劫之壓伏,官遇食傷之壓伏,印綬遇財星之壓伏,而且太多,則欲其富貴,而享現成之福也難矣,故曰切忌干支壓伏重。

この一格は庫中の物が天干に透き出づるを喜び、また刑冲破害の来りて庫を開くを喜ぶ:財官を取りて用と為して財官が透き出づ、印綬を取りて用と為して印綬が透き出づ、財を透かせば則ち富み、官を透かせば則ち貴く、印を透かせば則ち吉なり、現成の福分は享用すべし、ゆえに「始めて豊と為る」と言う。もし財官印が一直に庫裡に鎖されて、冲もせず刑もせざれば、則ち「少年は庫中の人を発せず」の言に応ず、ゆえに冲破を宜とす。反対に、もし地支天干上に財が比劫に遇いて圧伏せられ、官が食傷に遇いて圧伏せられ、印綬が財星に遇いて圧伏せられ、しかも圧すること太く重ければ、則ち富貴を欲し現成の福を享けんとするもまた難し、ゆえに「切に忌むべし干支の圧伏重きを」と言う。

又曰:辰戌丑未為四季,印綬財官居雜氣。干頭透出格為真,只論財多為尊貴。補曰:辰有乙戊癸,乃水土之墓庫,為春季;戌中有辛戊丁,乃火之墓庫,為秋季;丑中有癸巳辛,乃金之墓庫,為冬季;未中有丁己乙,乃為木之墓庫,為夏季。此四季中,所藏印綬財官,皆天地不正之氣,故曰居雜氣。須看格中透出,何字為福。大概雜氣格,透出貴氣固為妙,亦以財多為尊貴,所謂無官見財,亦能生官,多為及第之命是巳。

また言う:「辰戌丑未は四季と為り、印綬財官は雑気に居す。干頭に透き出でて格は真と為り、ただ財多きを論じて尊貴と為す。」補って説明す:辰中は乙・戊・癸を蔵し、水の墓庫にして、春季の末に属す;戌中は辛・戊・丁を蔵し、火の墓庫にして、秋季の末に属す;丑中は癸・己・辛を蔵し、金の墓庫にして、冬季の末に属す;未中は丁・己・乙を蔵し、木の墓庫にして、夏季の末に属す。この四個の季月の蔵する印綬財官は、皆天地の不正の気にして、ゆえに「雑気に居す」と呼ぶ。須(すべか)らく格中に透き出づる、どの字かを看てこそ福を成す。大体雑気格の裡に貴気を透き出だすは固(もと)より妙を為すも、また財多きをもって尊貴と為す、謂うところ官無くとも財を見れば一樣に官を生ずる能う、多くは科第の命なり。

又曰:雜氣從來自不純,天干透出始為真,身強財旺生官祿,運見沖刑聚寶珍。補曰:辰戌丑未,居於四隅,雖非東西北純然之正氣,然天元透露,方為真格。身強,如庚申辛酉之類。財旺,如未木行東方,戌火行南方,辰水行北方,丑金行西方,生旺之地,則自有青紫貴,而發官發祿矣。四柱無人沖刑,而運逢之,則珍寶自聚,所謂他倉庫豐盈金滿屋是巳。

また言う:「雑気は従来より自ずから不純なり、天干に透き出でて始めて真と為す、身強く財旺じて官禄を生じ、運に冲刑を見れば宝珍を聚む。」補って説明す:辰戌丑未は四隅に処し、東西南北のごとき純粋の正気にあらざるといえども、ただ天元に蔵する所の物を透露せば、こそ真格と算す。謂うところの身強は、たとえば日主が庚申・辛酉のこの類の自ら禄旺に坐する;謂うところの財旺は、たとえば未中の乙木が東方に走り、戌中の丁火が南方に走り、辰中の癸水が北方に走り、丑中の辛金が西方に走り、各々生旺の地に帰すれば、自ずから紫袍青綬の貴気ありて、官禄は両発す。四柱それ自身に冲刑無くして、大運がこれに碰上せば、則ち珍宝は自ずから聚まり、正に謂うところ倉庫は豊盈して黄金は屋に満つこれなり。

又曰:五行四季月支逢,印綬干頭再顯榮。四柱相生喜官殺,更饒財產有崢嶸。補曰:甲乙生於丑月,丙丁生於辰月,戊己生於戌未月,庚金生於辰戌月,壬癸生於戌月,皆月支逢季月也,各有印綬藏庫,喜干頭顯露,又要柱中官殺相生,財星有氣,則財生官,官生印,印生身。身克財則榮貴,所謂印賴殺生,官因財旺是巳。或曰此以雜氣綬言,有官祿,不惟貴顯,更資財產業饒盛,亦不要見財。

また言う:「五行は四季の月支に逢い、印綬は干頭にさらに榮を顕す。四柱相生して官殺を喜び、さらに財産を饒(あ)まして崢嶸(そうこう)あり。」補って説明す:甲乙木は丑月に生まれ、丙丁火は辰月に生まれ、戊己土は戌月未月に生まれ、庚金は辰月戌月に生まれ、壬癸水は戌月に生まるるは、皆月支が季月に落つ、各自に印綬を庫中に蔵して、それが天干に透き出づるを喜ぶ;また柱中に官殺の来りて相生し、財星に気あるを要す、かくのごとく財は官を生じ、官は印を生じ、印は身を生じ、日主はさらに回頭して財を制すれば、便ち榮貴を成す。これが謂うところの「印は殺に頼りて生じ、官は財に因りて旺す」なり。或る人はまた言う、この一条は雑気印綬に就きて言う、命に官禄ある者はただ顕貴のみならず、さらに産業をして豊饒ならしむる能う;ただしすでに印をもって用と為せば、すなわち財星を多く見るを宜とせず。

又曰:月令提綱不可沖,十沖九命返為凶。惟有財官逢墓庫,運行到此返成功。補曰:財官遇於提月,最不可沖,沖則十有九凶。惟財官居庫,不沖不發,須行運方能發福。

また言う:「月令提綱は冲すべからず、十冲すれば九命はかえって凶と為る。ただ財官が墓庫に逢うのみ、運がこの處に行き到ればかえって功を成す。」補って説明す:財官はもし正に月令提綱にあたれば、最も冲すべからず、一たび冲すれば十に九は凶。ただ財官が墓庫裡に鎖さるるのみ、冲せざれば発せず、必ず大運が冲開し得る地支に走り到るを待ちて、こそ福を発する能う。この两句は看るに矛盾するも、その分別は正に財官が当令して用を得るか、それとも庫中に閉鎖せらるかに在り。

又曰:生旺須逢墓庫絕,墓庫必來生旺發。生中生旺過非宜,墓庫逢休終不發。補曰:生加生旺過非宜,此申上文生財須逢墓庫絕而言也,非有別意。墓庫逢休終不發,日上文墓庫必來生旺發言也,亦非有別意。如柱中財官印生旺,不宜入財官印墓也,故曰旺官旺印與旺財,入墓有禍。如日干生旺,不宜入日干庫地,故曰身旺入庫必興災。墓必來生旺發,如財官居墓庫,必來財官生之地發財發官。如身主墓庫,必來身主生財之地可以發身。

また言う:「生旺は須(すべか)らく墓庫絶に逢うを要し、墓庫は必ず生旺に来りて発す。生に加えて旺しき過ぐるは宜ならず、墓庫が休に逢えば終に発せず。」補って説明す:「生に加えて旺しき過ぐるは宜ならず」は、上句「生旺は須らく墓庫絶に逢うを要す」の意を申説するにして、別の含意無し;「墓庫が休に逢えば終に発せず」は、上句「墓庫は必ず生旺に来りて発す」の意を申説するにして、また別の含意無し。たとえば柱中の財官印が本(もと)すでに生旺なれば、宜しくさらに財官印の墓地に入るべからず、ゆえにいう旺官・旺印と旺財とは墓に入れば便ち禍ありと。またたとえば日主が本(もと)すでに生旺なれば、宜しく日主の庫地に進入すべからず、ゆえにいう身旺して庫に入れば必ず災を興すと。「墓庫は必ず生旺に来りて発す」に至りては、これは言う財官がもし墓庫に居れば、須らく財官の生を得る地に走り到りてこそ財を発し官を発す;日主がもし墓庫に居れば、須らく日主の生を得る地に走り到りてこそ身を振起する能う。

又生加旺過非宜,如身居生旺,加以身財官生旺之運,則太過必禍,所謂遇生地之相逢,宜退身主生旺之運,則太過有咎。所謂財多無財,運逢化殺生災,官多無官,太旺傾危是己。如身居生旺,加以身主生旺之運,則太必弱。所謂遇生地之相逢,宜退身而避位,生地相逢,壯年不祿是己。墓庫逢休終不發,如財官居墓庫之地,又逢身主休敗之運,何以發身。

さらに言う「生に加えて旺しき過ぐるは宜ならず」:日主は本(もと)すでに生旺の地に処して、さらに日主と財官と倶に生旺の大運を加えれば、則ち太く過ぎて必ず禍患を生ず、謂うところ生地の相逢に遇えば、かえって退いて位を避くるべし。財は多すぎればかえって無財に等しく、運が財に逢いて化して殺と為れば即ち災を生ず;官は多すぎればかえって無官に等しく、太く旺なれば即ち傾覆せんとす。日主は本(もと)生旺に居りて、また日主生旺の運を加えれば、看るに強極のごとくも、実は物は極まれば必ず反りて弱に転ず、ゆえにいう「生地相逢えば、壮年にして禄あらず」と。「墓庫が休に逢えば終に発せず」に至りては、これは言う財官はすでに墓庫の地に居りて、また日主の休囚敗絶の大運に碰上せば、何をもってか身を発せんや。

《三車》云:財官雜氣格透也財者富,透也官者貴,透也印綬者享父母田產宅舍財帛之富,有文書宣敕廕庇之貴。如無透出,沖開少許則發,身旺為妙,不宜身弱、沖刑太過。《景鑑》云:“雜氣財官身旺,有沖而發,若太過反受孤貧。”孤貧者,身弱閉財浩蕩,兩年刑沖是也。

《三車》にいう:財官雑気格の裡に、財を透き出だす者は富を主り、官を透き出だす者は貴を主り、印綬を透き出だす者は父母の遺す田産房舎と財帛の富を享くる能う、併せて文書誥敕・祖蔭庇護の貴あり。もし一樣も透き出ださざれば、ただ少々冲開せばも発する能う;総じて日主の旺なるをもって妙と為し、宜しく日主の弱くして冲刑また太く過ぐるを取らず。《景鑑》にいう:「雑気財官にして日主旺なれば、冲ありて便ち発す;もし冲すること太く過ぎれば、かえって孤苦貧寒を受く。」謂うところの孤貧は、日主が本(もと)弱く、庫中の財は浩蕩にして任じ難く、また連年に刑冲に遭うの情形を指す。

《集說》云:庫財者蓄藏這謂,辰戌丑未是也。如月令透出者,或歲時透也才,亦不要一點官星,可用此格。由見辰土庫為財庫,須四柱天干透出戊己為妙。大抵四柱中,有財氣多者,無不入貴格。無官見財亦能生官,多入財第之命。但不要財藏於庫中,須要刑沖破害,以開其局鑰,方能發福。

《集説》に講ず:謂うところの庫財は、蓄蔵の意なり、辰戌丑未の四庫を指す。もし月令中に蔵する財が天干に透き出づ、あるいは年時上に財星を透き出だせば、たとい一点の官星無くとも、またこの格を用いる能う。たとえば辰土の庫をもって財庫と為せば、則ち須らく四柱の天干に戊己を透き出だしてこそ妙なり。大体四柱中に財気多き者は、貴格に入らざるは無し;たとい官無くとも、財を見れば能く官を生じ、多くは科第の命なり。ただ財をして一直に庫中に閉せしむべからず、必ず刑冲破害ありてこの把の鎖鑰を開きてこそ、福を発する能う。

又曰:夫庫官者,蓄藏之謂也,以辰戌丑未四季月令得之是也,但不知庫中所透何物,用月干透出七殺。不怕刑沖破害,尤喜制伏之地,又要有合,方可為貴。如無制伏,又無合,本身又弱,必為害也。如丙子日見辰時為庫官,必難發於少年,多屬水庫。但不要天干傷官,如作品官主宰號晚成。行運亦不要行傷官之地,喜官星之鄉,喜身旺官旺,喜沖喜露,天干財印忌閉。

また言う:謂うところの「庫官」も、また蓄蔵の意なり、月令が辰戌丑未の四季月に落つるに就きて言う。ただ庫中の透き出づるは何物なるかを知らず、もし月干の透き出だすは七殺なれば、則ち刑冲破害を怕れず、尤も制伏し得るの地に走るを喜び、また合ありてこれを羈絆するを要して、こそ貴を成す能う。もしすでに制伏無く、また合神無く、日主それ自身はまた弱ければ、那(な)は必ず害を成す。たとえば丙子日に辰時を見れば、辰は水庫にして官を蔵す、かかる命は少年に発し難く、多くは水庫の一類に属す。柱中は天干に傷官を見るを要せず;もし官を為す能わば、また大器晩成を主す。行運も同じく傷官の地に走るを要せず、官星の鄕に走るを喜び、身旺にして官もまた旺なるを喜び、庫門を冲開し官星が透露するを喜び、最も忌むは天干上の財印がそれを閉鎖する。

又曰:如丙丁生人,以辰庫官,水土庫於辰故也。須年月日時有木,或亥卯未並寅為清。如無木,則土奪丙丁之官,則濁卑而不清,亦不榮顯。《洪範》云:“時逢乙木與南墓。雖富而不仁,丙遇金陰而北墓,縱貧而有德。”補曰:南墓謂未庫也,北墓謂丑庫也,陰金,謂辛金丙火之正財也。

また言う:たとえば丙丁に生まるる人は、辰をもって庫官と為す、水と土と倶に辰に墓すればなり。かかる命は須らく年月日時中に木あるを要し、あるいは亥卯未および寅の字あれば、格局はこそ清と算す。もし一点の木も無ければ、辰中の戊土は丙丁の官星たる癸水を奪い去り、格局は便ち濁にして卑下、榮顕する能わず。《洪範》にいう:「時に乙木に逢い南墓に入れば、富むといえども仁ならず;丙は陰金に遇いて北墓に入れば、貧しといえども徳あり。」補って説明す:南墓は未庫を指し、北墓は丑庫を指す;陰金は辛金を指し、丙火の正財なり。

又曰:辰戌丑未全備乃財庫,富貴之尊。又曰:財星入墓,正主刑沖必定刑妻。又曰:冠帶互逢,定是風聲之丑。補曰:辰戌丑未互換,犯之故曰互逢,定主風聲不美,此以女命言。男命遇之,大富貴,終主克父母。又曰:四柱有鬼之墓,乃無巳入黃泉,歲運無星絕之鄉,定主鴛配分飛異路。

また言う:辰戌丑未の四庫が斉備せば、便ち財庫は俱全にして、富貴の尊顕を主す。また言う:財星が墓庫に落ちて、もし正に刑冲に遇えば、必ず妻子を刑克す。また言う:冠帯の位が互相いに交わり逢えば、定めて好からざる名声あり。補って説明す:辰戌丑未が彼此交換して出現するを「互逢」と呼ぶ、これを犯せば必ず声名の美ならざるを主す、これは女命に就きて言う;男命がこれに遇えばかえって大富大貴、ただついに父母を克するを要す。また言う:四柱中に官鬼の墓あれば、配偶は即ち黄泉に入るの虞あり;歳運がさらに夫星の絶敗の鄕に走り到れば、必ず夫妻は分飛して各々異路に奔るを主す。

《集說》曰:八字之中,甲以辛為無,遇丑是金鬼之庫。若重見辛,必主夫巳死入黃泉也。流年大運入官鬼絕敗之地,定主夫婦死別之兆。又曰:財星入墓,少許刑沖必發。《四言獨步》云:月生四季,日坐庚金。何愁主弱,旺地成名。

《集説》に講ず:八字の中に、甲木は辛金をもって官鬼と為す(女命は即ち夫星)、丑に遇えば即ち金鬼の庫なり。もし柱中に重ねて辛を見れば、必ず丈夫の早く亡びて黄泉に入るを主す。流年大運が官鬼の絶敗の地に走り到れば、また定めて夫婦死別の兆あり。また言う:財星が墓に入る者は、ただ少々の刑冲あれば便ち発する能う。《四言独歩》にいう:「月は四季に生じ、日は庚金に坐す。何をか愁えん主の弱きを、旺地にして名を成す。」日主が四季月に生まれて坐下に庚金の相助あれば、日主の弱きを憂慮するを須(もち)いず、旺地に走り到れば一樣に名を成す。

又曰:壬日戌提,癸干未月。運喜東方,逢克則絕。前或改為逢沖則絕。又曰:戌己丑月,比肩不忌。疊金入格,忌逢午戌。又曰:曲直丑月,比記憶肩帶印多金,壬癸丑日,土厚多金。補曰:曲直謂甲乙木生丑月。多金則貴,印能化殺敵也。壬癸生丑月,土厚則貴。以其金庫生申故也。

また言う:壬水の日主は戌をもって月令提綱と為し、癸水の日主は未月に生まる、大運は倶に東方の木地を喜び、一たび克に逢えば便ち絶つ——或る人はまた「逢克」を改めて「逢冲」と作す。また言う:戊己土の日主が丑月に生まれ、比肩を見れば忌むを必とせず;金が層層疊疊として格に入る者は、午・戌の来りて金を克するに逢うを忌む。また言う:甲乙木が丑月に生まれて比肩を帯び印を帯びてまた金多き、および壬癸水が丑日丑月に生まれて土厚くして金多きは、皆取るべき格なり。補って説明す:「曲直」は甲乙木が丑月に生まるるを指し、この時金多ければかえって貴し、印ありて殺を化して生と為す能えばなり。壬癸水が丑月に生まれ、土厚ければ則ち貴し、丑は金庫にして、金は申において生を得て、土の殺を化して水を生ずる能えばなり。

古歌云:財官遇在庫中藏,不露光芒福不昌。若得庫門開透露,定教官貴不尋常。《繼善篇》云:納粟奏名,財庫居生旺之地。此段《格解》附正財下誤矣,今正定。

古歌にいう:「財官は庫中に遇い蔵さる、光芒を露さざれば福は昌ならず。もし庫門を開きて透露するを得ば、定めて官貴をして尋常ならざらしむ。」財官は庫裡に蔵して光を見ざれば、福気は便ち昌盛ならず;一たび庫門が打開して財官が透露せば、官職貴気は自ずから尋常と同じからず。《継善篇》にいう:能く米粟を捐納して官名を取得する人は、命中の財庫が生旺の地に落つ。この一段を《格解》はそれを正財の条目の下に附す、これは錯なり、いま正して定む。

補曰:此段有二說,一說財庫居生旺,如金人生於未月,是謂財庫。要日干居於自生自旺鄉,方能長財發福。此說可從。《格解》謂但解本文未順,非也。蓋取用憑憑藉於生月,取四季之月,為雜氣財庫,或雜氣時,本本國有日坐庫,如辛未日,而取格者也。況雜氣喜身旺,謂日干取於生地,如甲子日居子自旺,如甲寅之類,生於辰月財庫。

補って説明す:この一段に両種の解釈あり。第一種はいう「財庫は生旺に居す」、たとえば金の日主が未月に生まれ、未は木庫にして金に対しては財庫;必ず日主それ自身が長生あるいは帝旺の郷に処してこそ、財を積み福を発する能う。この一説は依従すべし。《格解》はいう本文に照らして解釈せば順ならずと、実はこれ対ならず。取用は本(もと)より生月に憑借す:四季の月を取りて雑気財庫と作し、あるいは雑気の時を取る、また日主が自ら庫位に坐する有り、たとえば辛未日は即ちこれに拠りて格を取る。況んや雑気格は身旺を喜び、謂うところ日干は生の地を得るを要す、たとえば甲子日は子に坐して沐浴にして自ら旺にし、甲寅日は禄に坐するのたぐい、さらに辰月のごとき財庫の月に生まれんを。

舊注:謂須要一物開之,如戌沖開辰庫是也。經曰:“少年難發庫中人。只怕有物壓之,故曰納粟奏名。”此說誠順而有理,何謂不順!

旧注にいう:必ず一様の物ありて庫門を開くを須(もち)いる、たとえば戌を用いて辰庫を冲開するこれなり。経上に講ず:「少年は庫中の人を発し難し。」ただ庫上に別に他物ありて圧しえて開く能わざるを怕る、ゆえにただ米粟を捐納して官名を取得するに頼り、科第の正途を循(したが)うにあらず。この説法は確かに順暢にして理あり、いずくんぞそれを順ならずと言わんや。

一說此言世之人納粟奏名者,乃是身臨財庫。居於月令生旺之守。假令金以木傑財,庫於未,辛未日生人,是身臨財庫,若生於冬月,謂之財庫居生地,若生於有春月,謂之財庫居旺地,故日財庫居生旺之地。此說亦似牽強。

第二種の説法は認む:世の捐納して官を得る人は、日主それ自身が財庫に臨みて、しかしてこの財庫がまた月令の生旺の位に居す。たとえば金は木をもって財と為し、木庫は未に在り、辛未日に生まるる人は便ち身が財庫に臨む;もし冬月に生まれ、木は亥において長生を得れば、即ち財庫は生地に居すと呼ぶ;もし春月に生まれ、木は正に旺にあたれば、即ち財庫は旺地に居すと呼ぶ。ゆえにいう「財庫は生旺の地に居す」と。この一説はしかるに似たり牽強なり。

蓋雜氣喜愛身旺,如身居休囚也,天元贏弱,正為富室貧人,豈能納粟奏名乎?財庫固要生旺,須要身居生旺,可以當之。此說不如前說,亦當參者。如身居生旺,財庫亦生旺更妙,可外身而專言財庫生旺乎?

因るに雑気格は首要として日主の強旺を喜ぶ;もし日主が休囚の地に処し、天元は贏弱(えいじゃく)なれば、那(な)は満屋の財貨を守りても受用する能わざる「富室の貧人」、いずくんぞさらに捐納して官を得る能わんや。財庫は固(もと)より生旺を要す、さらに日主それ自身が生旺してこそこれに担(た)える。ゆえに第二説は第一説に如かず、ただしまた参看すべし。もし日主が生旺し財庫もまた生旺なれば、那は自ずからさらに妙なり;いずくんぞ日主を撇(す)てて単に財庫の生旺を講ずる能わんや。

《鷓鴣天》云:雜氣財官仔細推,乾坤四季吐光輝。身強財旺生官位,運至中年掛紫衣。官星顯達利名齊,輕裘肥馬鳳凰池。英雄若得開財庫,五花官誥拜丹墀。

《鷓鴣天》のこの詞は専ら雑気財官を詠み、この一格を必ず細かく推詳するを要すと言う、天地の間に辰戌丑未の四個の季月は自ずから一段の光華あり。日主が強健して財星が旺盛にして能く官位を生起する人は、大運が中年に走り到れば便ち紫色の朝服に換える能う。官星は一たび顕達せば、名と利とが同時に手に到り、これより軽暖の皮裘を着て肥壮の駿馬に騎り、中樞の要地に出入す。英雄豪傑はもし鎖さるる財庫を打開する能わば、便ち五色の誥命を捧げて、丹墀の下に君恩を拝受する能う。

又曰:印綬生身稟氣清,辰戌丑未月中生。四柱無財當顯達,遇印升加福壽增。官旺之運定享通,龍樓鳳閣也馳名。無滯早年癸甲第,一聲霹靂振家聲。

また唱えていう:「印綬は身を生じて禀気清し、辰戌丑未の月中に生す。四柱に財無ければまさに顕達すべし、印に遇えば升加して福寿は増す。官旺の運は定めて亨通を享け、龍楼鳳閣にも名を馳す。滞り無く早年に甲第に登り、一声の霹靂は家声を振るわす。」これは言う雑気印綬格の人は禀気が清純にして、四季の月に生す;四柱に財の来りて印を壊すを見ざれば、まさに顕達すべし;さらに印星の来りて加うるに遇えば、福寿は俱に増す;官旺の運を走れば必ず亨通して、宮闕に出入して声名は遠く播(ま)きる;早年に順利に科に登り、一声の霹靂のごとく家門を震動す。

《玄機賦》云:旺官旺印與旺財,入墓有禍。傷官食神並身旺,遇庫興災。補曰:官輕印財輕,入墓無妨。如四柱財官,三合太旺,則天元贏弱,又入墓運三合,則官旺克身,財旺生殺,則贏弱太過必禍。如上柱印綬太旺,重重三合,又入墓運三合,則生氣太過必禍。空謂木盛水漂,土多金埋是已。

《玄機賦》にいう:旺官・旺印と旺財とは、墓に入れば便ち禍あり;傷官食神は日主と同じく旺にして、庫に遇えば便ち災を興す。補って説明す:官軽く・印軽く・財軽き者は、墓に入るは併(あ)せて事を妨げず。もし四柱の財官が三合を経て太く旺なれば、日主の天元はかえって贏弱、この時さらに墓運に走入りてまた三合に逢えば、官旺なれば即ち来りて身を克し、財旺なれば即ち往きて殺を生じ、贏弱は極処に到りて必ず禍患を生ず。またもし柱中に印綬が太く旺にして、重々の三合、さらに墓運の三合に入れば、生気が太く過ぎてもまた必ず禍を生ず、正に木は太く盛んにして水は漂わされ、土は多すぎて金は埋めらるるがごとし。

柱內傷官食神經,遇庫無災,若傷官食神三合太旺,又遇墓合,則絕氣,愈甚必災,此以身弱之極而言。已注論傷官格內。身弱遇庫無災,惟四柱比劫三合,則身旺已無倚劫,又遇庫身愈旺,無制必災,此以身旺之極而言。故曰旺雖逢墓庫絕,生加生旺過非宜。又曰中和為福,偏黨為災。

柱中に傷官食神の分量軽き者は、庫に遇えて併せて災禍無し;もし傷官食神が三合にして太く旺に、また墓庫の来りて合するに遇えば、日主は絶気してさらに甚だしく、必ず災を生ず——これは日主が衰弱して極点に到るに就きて言う、前の傷官格を論ずる時にすでに注明せり。反対に、日主が弱き時に庫に遇うは本(もと)災無し;ただ四柱の比劫が三合せば、日主はすでに旺じて劫財の相助を須(もち)いず、さらに庫の来りて旺を助くるに遇いて制伏の神無ければ、また必ず災を生ず——これは日主が強旺して極点に到るに就きて言う。ゆえにいう「旺は墓庫絶に逢うといえども、生に加えて旺しき過ぐるは宜ならず」、また言う中和はこそ福と為り、一党に偏すれば便ち災と成る。

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