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金神格

明 · 张楠 · 第9巻 / 24

作盤ガイド: 八字作盤

楠曰:甲日金神格,取癸酉乙丑己巳三個時。書曰:“甲日金神,偏宜火制。”又曰:“金神遇火貴無疑,金火災殃有之,此格多生大貴。”但論之未明顯。

張楠がいう:甲木日主の金神格は、癸酉・乙丑・己巳のこの三個の時辰を取る。書上に講ず:「甲日の金神は、偏(あ)に火を用いてこれを制するを宜とす。」また講ず:「金神は火に遇えば、貴なるは疑うを必とせず;金と火とが配合して当を失せば、また災殃有るを免がれず。」この一格は多く大貴の人を出す、ただ前人の議論はなお明白なるに足らず。

但甲日四柱氣旺,金神又或有一二點者,遇火制之極貴。此即同時上偏官格一樣看。若金神氣輕,柱中有火制之太過,大畏火鄉太制其金神,又喜金水以助其金神出。

実はただ甲木日主の四柱が気勢強旺にして、金神がまた一二点あれば、火の来りて制するに遇えば便ち極貴、これは「時上偏官格」の看法と完全に一樣なり——金神は甲木にとって即ち七殺にして、殺重く身強く、火ありて制伏してこそ器を成す。もし金神それ自身の気が軽く、柱中の火がすでにそれを制すること太く過ぎれば、則ち最もさらに火鄕に走りて金神を制死するを怕り、かえって金運水運の来りて金神を助起するを喜ぶ。

乙日金神,乙丑、己巳、癸酉三時也,主多貴。己日見巳酉丑金,己日金而洩其氣也,即時上假傷官也。何以言之?書云:“己日金神,偏嫌火制。”若己日干精英涵蓄太過,望見此三時,金清而且秀,己土貪生而洩其秀氣也。

乙木日主の金神も、また乙丑・己巳・癸酉のこの三個の時辰なり、多く顕貴を主す。己土日主が巳酉丑の金を見るは、那は己土が金を生じて自身の気を泄す、時上の假傷官に等し。何をもってかくのごとく言うや。書上に講ず:「己日の金神は、偏(あ)に火の来りて制するを嫌う。」もし己土日主の精気が涵蓄して太く満ちて、正に出口を須(もち)いれば、一たびこの三個の時辰を見れば、金はすでに清くしてしかも秀、己土は便ちそれを生ずるを楽しみ、秀気を皆金の上に泄し去る。

若原滯火金神氣衰,最畏火而傷之。喜金運以助金神,喜水運破火,存起金神,多主富貴。若己日干原衰,金神犯重,己土見金而太洩也,則又宜火運,以破金而存己土也。

もし原局にもとよりすでに火ありて滞留し金神の気弱ければ、則ち最も火のさらに来りてそれを傷るを怕る;この時金運に走りて金神を助起するを喜び、水運に走りて火気を克破して金神を保つを喜び、多く富貴を主す。反対に、もし己土日主が本(もと)すでに衰えて、金神がまた太く重ければ、己土は金を見て泄すること太く狠(はなは)だし、則ち火運に走るを宜とし、火を用いて金を克して己土を保つべし。同じ一個の金神も、日主の強弱に随いて喜忌は相反す、一概に論ずべからず。

舊賦云:夫金神者,只有三時乙丑、己巳、癸酉是也,是乃破敗之神。要柱有火局制伏,運入火鄉為勝。如術中帶羊刃七殺,真貴人也。若四柱中有火局,及運行火氣,便為貴命。若無制伏,則寬猛不濟。柱中怕見木及水鄉運,由為禍矣。亦要月令通金局,或有金氣方論。

旧賦に講ず:金神はただ乙丑・己巳・癸酉の三個の時辰あるのみ、それは本(もと)破敗の神、必ず柱中に火局ありて制伏するを要し、運が火鄕に入りてこそ力を得ると算す。もし命中に同時に羊刃・七殺を帯ば、那は即ち真の貴人なり。四柱中に火局あり、あるいは大運が火気の地に行き到れば、便ち貴命と成る。もし制伏の神無ければ、則ち寛と猛とは済(な)すこと能わず、格局は成らず。柱中は木を見るを怕り、また水郷の運に走るを怕る、それは皆禍を招かん。これ以外にまた月令が金局と相通じ、あるいは柱中に確かに金気あらばこそ、この一格に按じて論ずる能う。

古歌云:金神巳酉丑之時,殺刃中來真貴人。運氣最宜逢火局,水鄉相見禍臨身。又曰:性多狠暴才明敏,遇木相生立困窮。制伏運行運火局,招遷貴顯富顯窮。

古歌にいう:「金神は巳酉丑の時に在り、殺刃の中より来れば真の貴人。運気は最も宜しく火局に逢うべし、水郷に相見れば禍は身に臨む。」金神が巳酉丑の時に落ち、また七殺陽刃の中より来れば、便ち真の貴人;大運は最も宜しく火局に遇うべし、一たび水郷を見れば便ち禍事あり。また言う:「性は多く狠暴にして才は明敏、木に遇いて相生せば立ちどころに困窮す。制伏の運に行きて火局に逢えば、遷を招きて貴顕し貧窮を免かる。」この種の人は性情は狠厲暴烈にして才思は敏捷なり;もし木に遇いて生助せらればかえって困窘と成る;金神を制伏する能う火局の運に走り到れば、便ち昇遷顕貴して、困窮を脱擺する能う。

丁亥、癸丑、己未、癸酉。金溪高谷南少卿,己日金神,土金假傷官。楠曰;日干己未坐金神,土厚金輕理自真。運轉西方金旺地,金輕豈作等閒人。

命造:年柱丁亥、月柱癸丑、日柱己未、時柱癸酉。これは金谿の高谷南少卿の命で、己日金神・土金假傷官格に属す。張楠が断じて言う:日主は己未にして時に金神に坐す;土厚く金軽し、道理は本(もと)自ずから分明なり;大運が西方の金旺の地に転じ到れば;金はすでに軽より転じて旺と為れば、この人はあに等閑の輩ならんや。

己未日主,生於丑月,兩土氣厚,凡身旺多好洩也。見酉丑結成金局,用金為假傷官。又為己日金神,蓋喜有甲乙木之官殺,為傷官格之病,所以運行西方金運破木,其貴宜矣。

己未の日主は丑月に生まれて、日支の未と月支の丑との両重の土、土気は極めて厚し;およそ日主強旺の者は皆宣泄を須(もち)いる。柱中に時支の酉と月支の丑とが金局を結成するを見れば、便ち金を取りて假傷官と為して土を泄す。これはまた正に己日の金神なり。喜ばしきは柱中に甲乙木の官殺ありて、傷官格の病神と成る;ゆえに大運が西方の金運に走りて木気を克破し、病根を去れば、顕貴は理の当然なり。

飛天禄馬格 附:倒冲禄馬格

楠曰:飛天祿馬格,蓋取為官,財為馬。蓋只有庚子曰,見子字多,沖出午中丁火為官星,沖出己土為印星,則庚日得官印矣。蓋欲子多,則能沖出,亦畏有丑字,則欄路道,不能沖出。畏午字丁字己字則破格。壬日有財官金,暗沖出午中丁火為財星,己土為官星,則壬日有財官矣,亦喜子多,則能沖出財官,畏見丑欄之,午破之。

張楠がいう:飛天禄馬格は、禄を把(と)りて官と看(み)、馬を把りて財と看る。ただ庚子日あるのみ、柱中に子の字多くして、こそ午中の丁火を暗冲して官星と作し、午中の己土を冲き出だして印星と作し、かくすれば庚金日主は空より官と印とを得。ゆえに子の字の多きを要してこそ冲して動く能う;また柱中に丑の字ありて子を絆(ほだ)し、去路を挡(さえぎ)りて冲き出だす能わざるを怕る;また午の字・丁の字・己の字を見て填実せば、それは即ち格を破る。壬子日も理は同じ:暗に午中の丁火を冲き出だして財星と為し、己土を官星と為し、壬水日主は便ち財官を有す;同じく子の字多きを喜んでこそ冲き出だす能う、丑の字の来りて絆(ほだ)すを怕り、午の字の来りて填破するを怕る。

又癸亥會,欄中本無官星也。用亥字倒沖出巳中丙火為正財,戊土為正官,畏子字欄住路不能沖,及巳運破其格。蓋亦喜亥多,方能沖出,又丁巳日干,本無官星,喜巳多,暗沖出亥中壬水為官,要巳多方能沖,畏午字攔之,亥字破硌。

さらに癸亥日を看るに、柱中にもとより官星無し、即ち亥の字を用いて巳中の丙火を倒冲して正財と作し、戊土を正官と作す;子の字の路に挡(さえぎ)って冲して動かざるを怕り、および巳運に走りて格局を填破するを怕る。同じく亥の字多きを要してこそ冲き出だす能う。またたとえば丁巳日は、それ自身にもとより官星無し、則ち巳の字多きを喜び、暗に亥中の壬水を冲き出だして官星と作す;必ず巳の字多くしてこそ冲して動く能う、午の字の攔阻するを怕り、また亥の字の出現して格を填実して破るを怕る。

此數格,俱以干月時無官,俱要巳多,暗沖其官星出來。此數格自非造化自然之理,故作聰明鳳取其理。便庚子旺,若見子多似水金洩氣,似要有火暖之。若金水氣寒,失中和之道,亦不可以飛天論之。丙午日,午字多,暗沖子中癸水為官,理亦同前。此格俱繫本然無官星,但以類聚我,又多沖之,以取其官。此取其官。此理似無而又有,似非而僅有是也。

この幾個の格は、俱に年月時上にもとより官無くして、全く同じ一個の字の聚まり多きに頼りて、対宮の官星を暗に冲き出だす。言い極むれば、これは併(あ)せて造化自然の理にあらずして、後人が故(こ)に聡明を作して勉めて安排し出だせる名目なり。たとえば庚子日はたとい身旺なりとも、もし子の字が多すぎれば、金はすでに水に気を泄されて、即ち火ありてこれを温暖するを要す;金水が一片の寒気にして中和の道を失せば、また飛天禄馬を把りてこれを論ずべからず。丙午日に午の字多きは、暗に子中の癸水を冲して官星と作す、道理は前と相同じ。この一類の格局は皆本然に官星無くして、ただ同類の相聚まるを借り、また多く対宮を冲して、官星を取り出だす。この理は似たり無くしてまた有り、似たり非にして僅かに一線の通ぜるを存す。

《喜忌篇》云:內有正倒祿飛,忌官星亦嫌羈絆。楠曰:內有者,蓋言四柱中有庚子、壬子、辛亥、癸亥四日,為正飛天祿馬,固忌官星填露,亦忌合神羈絆。強庚子日要柱中有子字多,虛沖午字出,為庚日之官星。柱中有寅字,則子字貪合不能沖午中之祿。其柱中有子宛午字填實,或丑字絆住,則不貴也。丙己字為七煞偏官,則減分數,歲運亦須忌之。如古蔡妃造。

《喜忌篇》にいう:命中にもし正飛・倒冲の禄馬の格あれば、すでに官星の出現を忌み、また合神の羈絆を嫌う。張楠が解釈す:謂うところの「内有」は、四柱中に庚子・壬子・辛亥・癸亥のこの四個の日あるを指し、正飛天禄馬に属す;すでに官星の填実透露を忌み、また合神ありて用いる所の字を絆(ほだ)すを忌む。たとえば庚子日は、柱中に子の字多きを要して、こそ虚に午を冲き出だして庚金の官星と作す能う;もし柱中に寅の字あれば、子は寅と合するを貪りて午中の禄を冲して動かず。もし柱中にすでに午の字ありて填実し、あるいは丑の字ありて子を絆住せば、則ち貴ならず。丙の字・己の字は庚金にとって七殺偏官にして、見れば分数を減ずを要し、歳運上にもまた忌むを須(もち)いる、たとえば古の蔡妃の命造。

己未 丙子 庚子 丙子 以三子暗沖午,而未合也。如壬子日,要柱中有子字多,虛沖午中己字出,壬日得官星。柱中有壬戌未,得一字可全為妙。亦不要四柱中有丑宛絆住,則子字不能去沖午中之祿。若四柱中午字填字。或丑字絆住,則不貴也。戊己字淡七煞偏官,則減分數,歲運亦須忌之,如古橫行正使浩造。

蔡妃の命造:年柱己未、月柱丙子、日柱庚子、時柱丙子、三個の子に頼りて暗に午を冲し、しかして年支の未はまた午と相合す。またたとえば壬子日は、柱中に子の字多きを要し、虚に午中の己土を冲き出だして壬水の官星と作す;柱中に壬・戌・未ありて、その中の一字を得て成全を来すを妙と為す。同じく丑の字ありて絆住する無きを要し、否(いな)ずんば子は即ち午中の禄を冲して動かず;もし柱中に午の字ありて填実し、あるいは丑の字ありて絆住せば、また貴ならず。戊の字己の字は壬水にとって七殺偏官にして、見れば分を減じ、歳運上にもまた忌諱するを須(もち)いる。たとえば古のあの横行正使浩の命造。

壬子 壬子 壬子 壬寅。壬子 壬子 壬子 丙午 亦三子暗沖午財官出,則以三子沖填實為禍。

その一:年月日の三柱は皆壬子、時柱は壬寅。其二:年月日の三柱は皆壬子、時柱は丙午。前の一造は三個の子に頼りて暗に午を冲し、財官を冲き出だして格を成す;後の一造は同じく三子の午を冲すといえども、しかし時支の午の字がすでに填実するに因りて、かえって禍と成る。両造はただ一個の時支を差(たが)うるのみにして、吉凶は完全に相反す。

《鷓鴣天》云:祿馬飛天識者希,庚壬二日報君知。暗逢丁字為官祿,寅戌來合換紫衣。擎象簡,佩金魚,凌煙閣上姓名題。虛合官星財祿厚,金榜標名到鳳池。

《鷓鴣天》のこの詞にいう:この一格を識得する人は少なく、関鍵はただ庚子・壬子の両個の日に在り。暗に午裡の丁火を冲き出だして官と禄と当作し、さらに寅・戌の両支を得て午を合住せば、便ち紫色の朝服に換える能う。その時に到りては象牙の笏板を手に捧げ、腰間に金魚の符袋を懸け、名字は凌煙閣上に題す。官星は虚に合して来るといえども、財と禄とは極めて豊厚にして、ついに金榜に名を標して中樞に進入する能う。

古歌云:庚寅二日重逢子,虛沖祿馬號飛天。如行金水多清貴,運轉南方數有難。如辛癸二日生亥,柱中亥字多,沖出巳中丙火戊土為官星。柱中要有申酉丑字,但得一字合起為貴。若柱中有戊巳丙三字則壞。此格有戊字,則亥不能去沖,歲運亦忌。運重太歲輕,再見巳字填實。則為禍矣。

古歌にいう:「庚壬の二日に重ねて子に逢う、虚に禄馬を冲して飛天と号す。もし金水に行けば多く清貴なり、運が南方に転ずれば数に難あり。」さらに辛亥・癸亥の両日に生まるる人のごとき、柱中に亥の字多ければ、巳中の丙火・戊土を冲き出だして官星と作す能う;柱中に申・酉・丑の字有るを要し、その中の一字を得て巳を合起すれば便ち貴し。もし柱中に戊・巳・丙のこの三個の字出現せば即ち格を壊す:戊の字あれば、亥は便ち冲して動かず、歳運上にもまた忌なり。軽重に就きて言えば、大運の分量は重く太歳は較(か)く軽し;もしさらに巳の字を見て填実せば、則ち禍と成る。

楠曰:舊經傳甚明。但辛癸日,多逢亥字沖巳,若四柱中有戌字,則亥不能去沖。何也?蓋亥見戌為天羅,主一生蹇滯凶害,所以不能去沖。與他羈絆不同,或者疑舊文戌字,謂恐作寅字,非也。如丞相造:丁未、癸卯、癸亥、癸丑,亥沖丑合。古曹廊中造:壬申、辛亥、癸亥、壬子,亥沖申合。

張楠がいう:旧経の伝え下せるこれらの講法はすでに甚だ明白なり。ただ一点を補するを要す:辛亥・癸亥日は多く亥の字に逢いて巳を冲す、もし四柱中に戌の字あれば、亥は即ち冲して動かず。何となれば、亥は戌を見て「天羅」と呼び、一生蹇滞多凶害を主り、ゆえに冲き出だす能わず、これは別の合神羈絆と性質同じからず。或る人は旧文の「戌」の字はまさに「寅」の字と作るべしと疑う、那(な)は対ならず。たとえば某丞相の命造:年柱丁未、月柱癸卯、日柱癸亥、時柱癸丑——亥によりて巳を冲し、さらに丑によりて巳中の金気を合起す。またたとえば古の曹廊中の命造:年柱壬申、月柱辛亥、日柱癸亥、時柱壬子——亥によりて巳を冲し、さらに申によりて巳を合起す。両造は倶に「亥多くして巳を冲し、申酉丑の一字を得て合する」の条件に合す。

《鷓鴣天》云:飛天祿馬貴非常,辛癸都來二日強。無庚丙戌生官祿,逢合沖官近聖王。利祿俱顯姓名揚,酉丑一位最高強。運逢巳午凶災起,歲歲年年受禍殃。

《鷓鴣天》のこの詞にいう:この格は貴なること奇に出で、辛亥・癸亥の両日は最も力を得る。柱中に庚金・丙火と戌土の来りて妨碍するを見ざれば、官と禄とは自ずから生出す;一冲一合に頼りて官星を手に取り到れば、便ち聖明の君に親近する能う。その時に到りては名利は双顕して声名は遠く揚がり、しかして酉を帯ぶるあるいは丑を帯ぶるの一種は最も高強なり。一たび大運が巳・午に走り到りて冲局を填実せば、凶災は随いて起こり、年を経歳を経て禍に遭う。

庚子、甲申、庚子、甲申。高功韶尚書,飛天祿馬格。楠曰:庚申日主子申重,午內財官暗喜沖。金水兩千無剝雜,邦家萬世有奇功。

命造:年柱庚子、月柱甲申、日柱庚子、時柱甲申。これは高功韶尚書の命で、飛天禄馬格に属す。張楠が断じて言う:庚金の日主にして子・申の两字は重複す;午中に蔵する財官は、正に暗冲せらるるを喜ぶ;金水の両様は清純にして剥雑無し;因って国家の為に万世の奇功を立つる能う。

庚生申月,下通申子之氣,水盛則能動午中丁己作財官。再行北方,重重水氣沖之,如喜身主有氣,飛天祿馬格真也。

庚金は申月に生まれて、地支は申と子との水気に通ず;水勢は一たび盛んなれば、即ち午中の丁火・己土を撼動して、取り来たりて財と官と作す能う。大運がさらに北方に走れば、重々の水気は午を冲しに往き、格局はさらに成る。これに加えて日主の庚金は申において禄に坐して本身に気あり、こ の番の冲动に担(た)える、ゆえにこの飛天禄馬格は真格なり。

倒沖祿馬格。舊賦雲丙午日,柱中用午字多,沖出子宮癸水為官星,不論帶合。若柱中有未字絆信,則午不能去沖,柱中大忌見子字則禍也。如丁巳日,柱中用巳字多,沖出亥中壬水為官星,柱中忌見壬亥字不美也,不論合。若四柱中有辰字,則巳不能去沖,歲君大運亦同,運重歲君輕。

さらに倒冲禄馬格を言う。旧賦に講ず:丙午日は、柱中に午の字多きを用いて、子宮の癸水を冲き出だして官星と作す、この一格は合を帯ぶるを講究せず。もし柱中に未の字ありて午を絆(ほだ)せば、午は即ち冲して動かず;柱中に最も忌むは子の字を見て填実する、見れば便ち禍あり。またたとえば丁巳日は、柱中に巳の字多きを用いて、亥中の壬水を冲き出だして官星と作す;柱中に壬の字・亥の字を見るを忌む、見れば即ち美ならず、同じく合を論ぜず。もし四柱中に辰の字あれば、巳は便ち冲き出だす能わず。太歳と大運との道理は相同じ、ただ大運の分量は重く太歳は較(か)く軽し。

楠曰:舊經文明白。但丁日巳字多沖亥,若四柱中有辰字,則巳不能去沖。何也?蓋巳見辰為地網,主多生蹇滯凶害,所以不能去沖,與他羈絆不同。而或有疑舊文辰字,當作申字,亦非也。《易散》云:丙丁離巽動江湖,歲運無官入仕途。厚利榮名還有利,定教榮貴感皇都。

張楠がいう:旧経文は本(もと)より説く明白なり。ただ一句を補するを須(もち)いる:丁巳日は巳の字多きに頼りて亥を冲す、もし四柱中に辰の字あれば、巳は即ち冲して動かず。何となれば、巳は辰を見て「地網」と呼び、多く蹇滞凶害を生ずるを主り、ゆえに冲き出だす能わず、これは別の合神羈絆と性質同じからず。しかして或る人は旧文の「辰」の字はまさに「申」の字と作るべしと疑う、また対ならず。《易散》にいう:「丙丁は離巽(りそん)して江湖を動かし、歳運に官無くして仕途に入る。厚利榮名はさらに利あり、定めて榮貴をして皇都に感ぜしむ。」

又曰:丙午丁巳名倒刑,若無辰未絆相宜。不逢壬癸來真實,富貴雙全大出奇。《繼善篇》云:得佐聖君,貴在沖官逢合。此正倒祿飛之謂也。

また言う:「丙午・丁巳は名づけて倒冲、もし辰未の来りて絆(ほだ)す無ければ最も相宜なり。壬癸の来りて官星を填実するに逢わざれば、便ち富貴双全にして大いに奇に出づ。」《継善篇》にいう:能く聖明の君主を輔佐する人は、貴なる処は即ち官星は冲き出だされ来たるにして、また合に逢いて成全するに在り。講ずる所は正に正飛天禄馬と倒冲禄馬のこの両格なり。

子遥巳格

楠曰:子遙巳,取甲子日甲子時,蓋取子中癸水,遙運巳中戊土,戊土動丙火。丙火合辛金,甲木取辛金為官星也。忌四柱天干有庚金七煞絆住甲字,但此遙遠作合,理亦通也。月令有正格可用為是,無正格以此取用。此下場近是百非,屢試亦有驗。畏西方申酉戌巳酉丑運,實了官星也。

張楠がいう:子遥巳格は、甲子日に甲子時を配るを取る。その推法は:子中の癸水は遙かに巳中の戊土を牽動し、戊土はさらに巳中の丙火を引動し、丙火は辛金と相合して、しかして甲木は正に辛金をもって官星と為す、官星はかくのごとく遥かに牽引き出ださる。この一格は四柱の天干に庚金の七殺ありて甲木を絆(ほだ)すを忌む。この種の位を隔てて遥かに合するは、道理上にも勉めてまた講じて通ず。もし月令に別に正格の用いるべきあれば、なお正格をもって准と為す;実に正格無くて、こそそれを用いて取用す。この一類の格法は大抵百の中に一はなり難し、ただし屡々試験すればまた確かに応験する有り。それは西方の申酉戌と巳酉丑の運に走るを怕る、それは官星を填実せしめん。

《喜忌篇》云甲子日再遇子時,畏庚辛申酉丑午。曰此格舊傳以甲子日見甲子時,其子遙合巳宮戊土,來動丙,又去合酉中辛金為官星,要行身旺鄉,如月令通木,方論歲運。及四柱中忌有辛申酉字為官殺填實,子忌丑字絆住,午字沖子,不能去遙,並未有喜官運之說,而《格解》喜官運何也?

《喜忌篇》にいう:甲子日にさらに甲子時に遇うは、庚・辛・申・酉・丑・午のこの幾個の字を怕る。或る人は解釈す:この一格は旧伝に甲子日が甲子時を見るをもって、子を用いて巳宮の戊土を遥合し、戊土は丙火を引動し、丙火はさらに酉中の辛金を合しに往きて官星と作す;身旺の郷に走るを要し、もし月令が木に通じて根あれば、こそ歳運を論ずる能う。四柱中に辛・申・酉の字ありて官殺を填実するを忌み、子は丑の字の絆住するを怕り、午の字の来りて子を冲するを怕る、一たび絆冲せられれば即ち遥かに動く能わず。旧説の裡に従来より「官運を喜ぶ」のこの一条無く、しかるに《格解》はしかし官運を喜ぶと言う、これは何の故ぞや。

作曰:此格固不可見正官星,若生春月,又坐印重重,並生冬月,印愈旺矣。無官則身旺無極,歲運遇見官星,多有資財昌盛,功名顯達,大富貴者,作嘗驗之矣。故曰木旺得金,方成棟樑,官印兩全,乃是貴人。此待格局,亦當通變,不可執一,以為不可見官星,《格解》此說極是。經曰:“通變以為神”,是也。

答えていう:この一格は原局に固(もと)より正官星を見るべからざれど、もし春月に生まれて、坐下に印星ありてまた重々しく;あるいは冬月に生まれて、水印はいよいよ旺なり。原局にすでに官星無ければ、日主は旺じて約束無し;この時歳運上に官星に遇見せば、多くは資財は昌盛し功名は顕達して、大富大貴を成す、われ曾て自ら験証せり。ゆえにいう木は旺じて金の修削を得て、こそ棟梁の材と成り、官と印と両全なれば、こそ貴人なり。格局に対待するもまたまさに通権達変すべく、一条を死守して、絶に官星を見るべからずと認定すべからず。《格解》のこの説法は極めて対なり。経上に講ず「能く通変するをこそ神と呼ぶ」、正にこの意なり。

觀古歌云:“甲子重逢甲子時,休言生旺不相宜。月生日主根元壯,運入官鄉反得奇。”則《格解》非無稽也,可見矣。蔌者不司此歌,改月生日主根元壯而為無根壯,又改運入官反得奇而為反不奇,俱非。辦以生春月冬月,干支水木太多者論,要輕重較量。如生傷官食神印綬財官之月,只以六格斷之,不可作予遙。不然則差之毫釐,謬之千里。

さらに古歌の謂うを看るに:「甲子は重ねて甲子時に逢う、休(や)めよ生旺は相宜ならずと言うを。月は日主を生じて根元壮んなり、運が官鄕に入ればかえって奇を得。」見るべし《格解》は併(あ)せて無稽の談にあらざると。浅陋の人はこの歌を暁(あきら)かにせず、「月生日主根元壮」を改めて「無根壮」と為し、また「運入官郷反得奇」を改めて「反不奇」と為す、倶に錯なり。要(よう)するに春月・冬月に生まれて干支に水木が多すぎるの情形に按じて論ずべく、また軽重を権衡するを須(もち)いる。もし傷官・食神・印綬・財官のこれらの月に生まれれば、ただ六個の正格に按じて断ずるのみ、子遥巳を作して看るべからず。さもなくば、毫厘を差(たが)えば千里を謬(あやま)らん。

己亥 乙亥 甲子 甲子 古錢丞相造。自十六七後,就行金鄉酉申運,並運干庚辛金四十年不斷,官至宰相,則生月多印綬,當行官運也明矣。

古の銭丞相の命造:年柱己亥、月柱乙亥、日柱甲子、時柱甲子。彼は十六七歳の後より、即ち一路に酉・申の金郷の運に走り、運干の庚辛金を加えて、四十年断えず、官は宰相に到りぬ。見るべし生月に印綬多き子遥巳格は、正に官運に行くべきにして、この道理は甚だ明白なり。

丙寅 壬辰 甲子 甲子 古趙知府造。三十旬內,行申酉官鄉運,功名顯達,官至知府,則生春身旺之月,喜行官旺也明矣。豈可以遙巳為皆不可見官星填實哉。

古の趙知府の命造:年柱丙寅、月柱壬辰、日柱甲子、時柱甲子。彼は三十幾歳のあの幾年裡に申・酉の官鄕の運に走り、功名は顕達して、官は知府に到りぬ。見るべし春天の身旺の月に生まるるは、正に官旺の運に行くを喜ぶにして、これもまた甚だ明白なり。いずくんぞ一概に子遥巳格は皆官星を見て填実すべからずと認定せんや。

《鷓鴣天》云:甲臨子位日時全,遙作蟾宮折桂仙。癸水子中遙巳動,丙戊相合用祿權。財滾滾,福綿綿,白衣脫去紫維穿。庚辛申酉丑午絕,富貴榮華四十年。

《鷓鴣天》のこの詞にいう:甲木の日主にして日・時の両柱が倶に子に逢えば、便ち遥かに科第に中るを得て、月宮に桂を折るがごとし。子裡の癸水は遥かに巳宮を牽動し、丙火と戊土との相合を引き出だし、官禄権柄はこれよりして来る。ここにおいて財源は滾滾(こんこん)として、福沢は綿長たり、白衣を脱きて紫服に換る。ただ柱中に庚・辛・申・酉・丑・午のこの幾個の破格の字を断絶せば、即ち四十年の富貴榮華あり。

丑遥巳格

楠曰:丑遙巳格,取癸丑日,丑字多遙合巳中戊土為官星。要丑字多,又辛丑日,亦遙合巳中丙火為官星。畏有巳字填實,畏有寅字絆了丑,不能遙,理亦同前。辛癸日多逢丑地,不喜官星。歲時逢子巳二宮,虛名虛利。

張楠がいう:丑遥巳格は、癸丑日を取り、柱中の多個の丑の字を用いて巳中の戊土を遥合す、戊土は便ち癸水の官星、ゆえに必ず丑の字多きを須(もち)いる。辛丑日もまた一樣にして、巳中の丙火を遥合して辛金の官星と作す。この一格は巳の字ありて来りて填実するを怕り、また寅の字ありて丑を絆(ほだ)して遥かに動かざらしむるを怕る、道理は前の子遥巳格と相同じ。辛日癸日が多く丑地に逢うは、本身は併(あ)せてさらに官星を見るを喜ばず;もし年・時にまた子・巳の両宮に逢いて攪擾(かくじょう)せば、便ちただ虚名虚利に落つ。

或曰:此格舊傳以辛丑、癸丑二日用丑多為主,以丑辛動巳中丙火戊土為官星。喜申酉二字,但得一字合起為妙。若四柱中原有子字絆住,巳字填實,不能去遙,歲運亦同,原無官星,方用此格。未有喜官運之說,而《格解》謂喜官運,何也?

或る人は言う:この一格は旧伝に辛丑・癸丑の両日をもって主と為し、多個の丑の字を用いて巳中の丙火・戊土を牽動して官星と作す;申・酉の両字あるを喜び、その中の一字を得て巳を合起せば便ち妙なり。もし四柱中にもとより子の字ありて丑を絆住し、あるいは巳の字ありて填実せば、即ち遥かに動く能わず、歳運上の忌諱もまた一樣なり;必ず原局に官星無くて、こそこの格を用いる。旧説の裡に従来より「官運を喜ぶ」のこの一条無く、しかるに《格解》はしかし官運を喜ぶと講ず、これは何の故ぞや。

何曰:此格固不可見官星,然四柱身極旺,亦喜官鄉,運與子遙同斷。故古歌云:“辛日癸日多逢丑,名為遙巳合官星。莫言不喜官星旺,誰信官來返有成。”又觀古歌云:“諸般貴氣雖合格,六格大綱維去得。更看向背運辰行,不可一途而取格。”子遙丑遙二格身大旺,喜向官運益明矣。

答えていう:この一格は原局に固(もと)より官星を見るべからざれど、しかるに四柱の日主が極旺の時は、同じく官鄕に走るを喜び、断法は子遥巳格と相同じ。ゆえに古歌にいう:「辛日癸日は多く丑に逢う、名づけて遥巳にして官星を合す。莫言(もい)え官星の旺を喜ばずと、誰か信ぜん官の来ればかえって成る有るを。」また古歌を看るにいう:「諸般の貴気は格に合すといえども、六格の大綱は去り得るを須(もち)いる。さらに向背の運辰の行を看向せよ、一途をもって格を取るべからず。」見るべし子遥・丑遥の両格は、ただ日主が大いに旺なれば、即ち官運に走るを喜ぶ、この道理はいよいよ明白なり。

《鷓鴣天》云:癸辛二日丑宮中,遙合巳上得官星。申酉合巳功名顯,富貴榮華萬事通。丙丁破,戊己沖,重茵列鼎所恩榮。年時有子終為絆,如無此字位三公。補曰:丙丁破,是言辛日大運遇丙丁官殺也。戊己 言癸日大運遇戊己官殺也,重茵列鼎反恩榮,正《格解》反謂喜官運也。

《鷓鴣天》に唱えていう:「癸辛の二日は丑宮中に在り、遥かに巳上を合して官星を得。申酉が巳を合せば功名は顕れ、富貴榮華にして万事は通ず。丙丁は破り、戊己は冲す、重茵(ちょういん)に坐して鼎を列べて恩榮を受く。年時に子あれば終に絆(ほだ)しと為り、もしこの字無ければ位は三公に至る。」補って説明す:謂うところの「丙丁破」は、辛日の大運が丙丁のこの類の官殺に遇うを指す;謂うところの「戊己」は、癸日の大運が戊己のこの類の官殺に遇うを指す。すでにそれらに遇うはかえって能く重席に坐し鼎食を列べて恩榮を受くと言えば、正に《格解》の講ずる官運を喜ぶに印証すべし。

壬騎龍背格

格言:壬騎龍背格,取壬辰日辰字多,則能沖出戌中丁火為財星,要辰字寅字多,寅多則能以騎龍為言,非根正理,但美名以取運人聽信。取辰字多沖戌,理亦頗有,不可專以此論禍福。八字中無正格,方以此矣看。

格法に講ず:壬騎龍背格は壬辰日を取り、柱中に辰の字多ければ、即ち戌中の丁火を冲き出だして財星と作す能う;辰の字あるいは寅の字多きを要す。「騎龍」と呼ぶ所以は、辰は龍と為り、壬水は龍背の上に騎(の)る——この名目は併(あ)せて正理に出づるにあらず、ただ聴きよき名を取りて人の信服せしめんがためのみ。多個の辰を用いて戌を冲するに至りては、道理はかえってまた講じて過ぐ、ただ単にこの一点に憑りて吉凶禍福を断ずべからず。八字の中に実に正格の取るべき無き時に、こそこの一格に按じて看る。

《喜忌篇》云:陽水疊逢辰位,是壬騎龍背之鄉。古賦云:此格以壬辰日為主,四見辰字多貴。寅字多者富。壬日坐辰土,以丁為財,以己為官,以辰沖戌中丁戊,壬辰日得財官。而寅午戌三合,以壬日坐寅,卻要年月時上,多聚辰字,方可為貴。

《喜忌篇》にいう:陽水の壬日は重疊して辰の位に逢えば、即ち壬騎龍背の郷なり。古賦に講ず:この一格は壬辰日をもって主と為し、柱中に辰の字多きは貴を主り、寅の字多きは富を主す。壬水は辰土上に坐し、丁火をもって財と為し己土をもって官と為す;辰を用いて戌中の丁火と戊土とを冲すれば、壬辰日は便ち空より財官を得。しかして寅午戌は三合して火局と成るもまた財にして、壬日はもし寅に坐せば、さらに年月時上に多く辰の字を聚めるを須(もち)いて、こそ貴を成す能う。

若壬辰日有,年月時上皆有寅字。只為富命,以寅午戌為財得地。若年月時皆辰字,則沖出財官所以名揚四海,威振八方,而大貴也。古歌云:壬騎龍背怕官居,重疊逢辰貴有餘。設若寅多辰字少,須應豪富比陶朱。

もし壬辰日にして年月時上に皆寅の字あれば、那はただ富命と算す、寅午戌は火に合して財星は地を得るのみなればなり。もし年月時に皆辰の字あれば、戌中の財官を冲き出だして、便ち名は四海に揚がり威は八方に震い大貴を成す能う。古歌にいう:「壬騎龍背は官の居るを怕る、重疊して辰に逢えば貴は余あり。設(も)し寅多くして辰の字少なければ、須(すべか)らく豪富にして陶朱に比すべし。」——原局にすでに官星ありて填実するを怕り、辰多ければ則ち貴く、寅多くして辰少なければ則ちただ陶朱公のごとき豪富なり。

《鷓鴣天》云:壬綺龍背喜非常,寅子多兮福命祥。辰字若多官印重,韜略英雄佐聖王。榮封紫誥綬金章,澄清四海鎮邊疆。先賢立就窮天理,肅整威儀壓四方。

《鷓鴣天》のこの詞にいう:この一格は喜ぶべきこと尋常に同じからず。柱中に寅・子の两字多き者は、福厚くして命は祥なり;辰の字多き者は、冲き出だす官と印との分量は即ち重く、胸中に韜略を抱く人は聖主を輔佐する能う。その時に到りては紫色の誥命の封を受け、金印綬帯を佩びて、天下を澄清して辺関を鎮守す。前賢がこの法を立つるは、天地の理を窮究して来れるなり;その人は儀容は粛整にして、威勢は四方を懾服するに足る。

井欄叉格

楠曰:井欄叉格,蓋取庚子庚申庚辰三日,要申子辰全,沖動午財官,為庚日之財官也。畏有寅午戌字,則破壞格矣。庚日時逢潤下,忌壬癸巳午之方,時遇子申,其福減半。舊注曰:“此論井欄叉格。”蓋言六庚日生人,地支得申子辰全,乃謂全逢潤下。蓋庚用丁為官,而子沖午,庚用未為財,而申沖寅。戌中戊土為庚之印,而辰沖之,以申子辰三義來沖寅午戌,為財官印綬。

張楠がいう:井欄叉格は、庚子・庚申・庚辰のこの三個の日を取り、地支の申子辰が斉全するを要して、午位を冲动しに往き、午中の財官を冲き出だして庚金の財官と作す。最も怕るるは柱中に寅・午・戌の字ある、一見すれば即ち格を破る。有る説いう「庚日に時が潤下に逢えば、壬癸巳午の方を忌む;時に子申に遇えば、その福は半減す」、旧注に講ず:「これは井欄叉格を論ず。」意は六個の庚日に生まるる人、地支に申子辰が斉全するを得れば、即ち全く潤下に逢うと謂う。庚金は丁火をもって官と為し、子を用いて午を冲す;乙木をもって財と為し、申を用いて寅を冲す;戌中の戊土は庚金の印にして、辰を用いて戌を冲す。申子辰の三字をもって斉しく来りて寅午戌を冲せば、財・官・印綬は即ち皆取り到りぬ。

四柱中須用申子辰全為貴,不必三個庚子,若有三庚尤妙。只要庚日生庚年日時,北方傷官,南方火地不為貴,此乃壬癸巳午之方,而此格最忌者也。若是時遇丙子。則是時上偏官。若時是申時,則是歸祿格,其福減半,則福氣不全,虛名薄利而已。

四柱の中に必ず申子辰が俱全してこそ貴なり、併(あ)せて必ず三個の庚子を要せず;もし天干に三個の庚あれば、那は即ちさらに妙なり。ただ庚日に生まれて年・日・時にもまた庚を見るを要す。北方の水地は庚金の傷官、南方の火地はその官殺にして、この両処に走るは倶に貴と為らず、それは正に「壬癸巳午の方」にして、また本格の最も忌む所なればなり。もし時柱が丙子なれば、則ち時上偏官格と成る;もし時柱が申時なれば、則ち帰禄格と成る、福分は半減して、福気は全からず、ただ虚名薄利のみ。

補曰:忌壬癸巳午之方,謂忌北方傷官,南方官運雲。舊注甚明。可改壬癸巳午之方,為忌壬癸之方何也?傳云:“中和為福,偏黨為災。”格中申子辰,會傷官之旺,若再遇北方壬癸運,則傷民洩氣太過必禍。正所謂四柱若三合傷官之殺,乃運行傷官。其禍不可言也。

補って説明す:謂うところの壬癸巳午の方を忌むは、これは言うすでに北方の傷官の地を忌み、また南方の官運を忌むと、旧注の講ずるは甚だ明白なり。或る人は「壬癸巳午の方」を改めてただ「壬癸の方」を忌むと為さんと欲す、これはまた何の故ぞや。経伝上に講ず:「中和は福と為り、一党に偏すれば災と為る。」この一格の裡の申子辰は本(もと)すでに傷官の旺局を会成し、もしさらに北方の壬癸の運に走れば、気を泄すこと太く過ぎて必ず禍を招かん。正に謂うところ四柱はすでに三合して傷官の勢を成し、大運はさらに傷官を行けば、その禍は言うべからざるなり。

《鷓鴣天》云:庚日全逢申子辰,井欄叉格合官星。相逢三格多官星,巳午未臨受苦辛。壬癸破,丙丁沖,柱運無逢得顯名。不作蓬萊三島客,出須金榜玉偕行。

《鷓鴣天》のこの詞にいう:庚金の日主は地支に申・子・辰の三字を凑(あつ)め斉えば、この一格は便ち暗に官星を合出す。しかるに三個の字が一か所に聚まれば、官星もまた随いて多きを嫌う;一たび巳・午・未の三支が来臨せば、即ち辛苦を受け尽くすを要す。壬癸の水は格を泄破し、丙丁の火は来りて冲填す、ただ原局と大運とが俱にそれらに碰上せざれば、便ち名を揚ぐる能う。かかる人はもし蓬莱仙島に往きて方外の客を為らざれば、一たび仕へ出れば便ち金榜に題名して腰に玉帯を擊(くく)る顕宦なり。

觀壬癸破之句,則考經文又謂忌壬癸者可見。又觀吾邑王封君造:癸卯、庚申、庚子、庚辰,合此井欄叉格,宦成名立,敕封御史。至壬子運,癸亥歲,干支俱傷官太過不祿,則經文所謂忌壬癸者益信。

「壬癸破」のこの一句を看れば、即ち経文裡の謂う忌む壬癸は確かに拠る所有るを知るべし。またわが県の王封君の命造を看るに:年柱癸卯、月柱庚申、日柱庚子、時柱庚辰、正にこの井欄叉格に合して、因って官を成し名を立て、敕封されて御史と為りぬ。壬子運の癸亥年に至りては、干支は倶に水にして、傷官の気を泄すこと太く過ぎて歿す。これ即ちさらに経文の謂う忌む壬癸は虚ならざるを証実す。

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