七三限
周易玄悟曰,凡大限小限生旺,帶貴馬德合福祿龍喜財子者吉。遇死墓胎絕,加刑害克破,虎蛇亡劫弔喪羊刃大殺者凶。生合身世者吉,沖刑剋害世身者凶。限凶,則宜見德合以救,限吉,則惡見刑害相殘。吉逢沖剋,吉中有凶,凶逢解救,凶中有吉。吉多凶少為半吉,吉少凶多為半凶。其或吉凶相半,則憂喜俱無也。
《周易玄悟》に言う:およそ大限・小限が生旺の地に行き到り、また貴人・驛馬・天徳・六合・福徳・祿神・青龍・天喜・妻財・子孫を帯ぶるは、吉と為し、死・墓・胎・絶に遇い、再び刑害剋破を加え、白虎・騰蛇・亡神・劫煞・吊客・喪門・羊刃・大煞を帯ぶるは、凶と為す。限爻が身爻・世爻を生合するは吉、世爻・身爻を冲・刑・剋・害するは凶。限運が本凶なれば、即ち天徳・六合の来りて解救するを見るを希望し、限運が本吉なれば、即ち最も刑害の来りて相殘するを見るを怕る。吉にして冲剋に逢うは、吉中に凶を蔵し、凶にして解救に逢うは、凶中に吉を帯ぶ。吉多く凶少なければ半吉と算し、吉少なく凶多ければ半凶と算し、もし吉凶各々半を占めば、則ち憂喜両なきなり。
又曰限爻動,災殃易惹,限爻空,身若飄蓬,限值天羅辰,地網戌,加鬼殺者,數年之間,作事昏迷如夢也。穿王透易曰,限旺則胎福,限弱則孕禍,是猶懷孕在腹,乘時而生育也。故禍福之應,遇太歲觸之而動發。
書中にまた言う:限爻が発動すれば、災殃に惹上り易く、限爻が空に落つれば、此の身は便ち飄蓬の如く漂泊して定まらず。限爻が天羅の辰・地網の戌に遇上り、また官鬼・凶煞を加うるは、此の幾年のあいだ事を為すに昏昏沉沉として、夢裏に在るが如し。《穿王透易》に言う:限運が旺相なれば即ち福気を孕育し、限運が衰弱なれば即ち禍患を孕育す、譬えるに胎兒の腹中に懐くが如くして、時候の到るを等ちて乃ち生み出さん。故に禍福の応験は、総て太歳のそれを触動するを等ちて、乃ち発作し出づ。
若問限中是何禍福,則以限神之性言之。貴人為福,則尊貴扶擢,朝廷徵召,驛馬為福,則馳騁四方,致身雲路。德為慶會,合乃成期。鬼主傷殘,墓多蒙昧。破須傾損,害必侵爭。刑則克傷,沖多搖動。龍為婚姻孕育,雀見火燭官非,勾乃鬥爭訟獄,武則奸宄陰私,虎為疾病死亡,蛇有驚惶怪異,依此而斷萬無一失。
もし此の一限の中に究竟何の禍福なるかを問わば、即ち限神の本身の性質に按じて説く。貴人を福と為すは、尊貴の者の提拔を得・甚だしきは朝廷の徵召を受くるを主り、驛馬を福と為すは、四方に奔走して仕途に躋るを主る。天徳は慶典の聚會を主り、六合は事情成就に期あるを主る。官鬼は傷殘を主り、墓神は多く昏昧不明を主り、破は則ち傾覆・損失、害は則ち侵奪・争競、刑は剋傷を主り、冲は多く動揺す。青龍は婚姻・生育を主り、朱雀は火燭と官非を主り、勾陳は争闘と訟獄を主り、玄武は奸宄と陰私を主り、白虎は疾病・死亡を主り、騰蛇は惊惶・怪異を主る。此の様に照らして断ずれば、万に一も失わず。
身命取三限法
正卦管三十年,變卦管三十年,互卦管三十年。每爻五年為一限,共九十年。如卦值六爻安靜,而無變卦者,則正卦管三十年,互卦管三十年,再從升降取卦管三十年。取之何如,凡在子寅辰午申戌陽時卜者,升初爻於上作卦,如正卦得天風姤,作澤天夬卦斷之。
本卦は三十年を管し、変卦は三十年を管し、互卦は三十年を管す。毎一爻は五年を主りて一限と為し、六爻は合して九十年を成す。仮に卦が六爻安静にして変卦なければ、則ち本卦は三十年を管し・互卦は三十年を管し、再び「升降」の法を用いて別に一卦を取りて後の三十年を管せしむ。「升降」は怎样に取るか?およそ子・寅・辰・午・申・戌これらの陽時に占卦するは、即ち初爻を抽出して最上に升らせ、重新に一卦を組成す。譬えば本卦が《天風姤》を得、初爻の陰爻を上位に升らせれば、便ち《澤天夬》と成り、此の後は即ち《夬》卦を用いて断ず。
又如乾坤二卦,無互,不可升降者,動則正卦管三十年,變卦管三十年,復以變卦,隨陰陽時,取升降作卦。如前法,管三十年,若乾坤二卦,又逢靜而無變者,則正卦管三十年,再以占人生命起卦。
また《乾》《坤》の両卦の如きは本身互卦なく、亦た升降の法を用うる能わず:もし卦中に爻の発動あれば、即ち本卦は三十年を管し・変卦は三十年を管し、然る後再び変卦を拿りて占卦の時辰の陰陽に按じて升降を取り別に一卦を成す、办法は前と同じく、亦た三十年を管す。もし《乾》《坤》の二卦がまた六爻安静・併せて変爻無きに碰上れば、則ち本卦は三十年を管し、再び占卦の人の生辰に依りて別に一卦を起す。
如甲子年,五月,十八日,酉時生人,即從子上起正月,則五月在辰上,又於辰上起初一日,則十八日在酉上,又於酉上起子時,則酉時在午上,酉屬兌,午屬離,即以酉臨午,得澤火革卦,管三十年。
譬えば甲子年の五月十八日の酉時に生まれたる人は:まず十二支盤の子位の上に正月を起し、順に数えて五月に至れば便ち辰位に落ち、再び辰位の上に初一日を起し、順に数えて十八日に至れば便ち酉位に落ち、また酉位の上に子時を起し、順に数えて酉時に至れば便ち午位に落つ。酉は兌に属し、午は離に属し、酉を以て午の上に臨ませ、兌上・離下にして、即ち《澤火革》卦を得、此の一卦は便ち三十年を管す。
再以來占年月日時起卦,如甲子年,正月,下十五日,卯時占,便從子上起正月,則正月即在子上,又於子上起初一日,則十五日在寅上,又於寅上起子時,則卯時到巳上,卯屬震,巳屬巽,即以卯臨巳,得雷風恆卦,管三十年,共九十年。若年高至九旬已外者,再從正卦,世爻,一年一位,在陰陽順逆行之,以定吉凶。
再び前に来りて占問するの年・月・日・時に依りて別に一卦を起す。譬えば甲子年の正月下旬の十五日の卯時に来りて占えば:便ち子位の上より正月を起し、正月は即ち子位に落ち、再び子位の上に初一日を起し、数えて十五日に至れば寅位に落ち、また寅位の上に子時を起し、数えて卯時に至れば巳位に落つ。卯は震に属し、巳は巽に属し、卯を以て巳の上に臨ませ、震上・巽下にして、即ち《雷風恒》卦を得、此の一卦も亦た三十年を管し、前の両卦と前後に合して九十年を成す。もし寿数高くして九十歳以外に至り、九十年已に行き尽くせば、即ち再び本卦の世爻より起算し、一年に一位を占め、爻の陰陽に按じて分かちて順行・逆行に推し下りて、以て毎一年の吉凶を定む。
按此式,出自龐眉道人易學空青抄本,言此式見於八神筮法,及李淳風占燈法,耶律氏錦囊集三書,世人鮮得其傳,故至坤乾無互,與不動不變之乾,則不能通,惟此式為全備也。
按ずるに:此の一套の格式は龐眉道人の《易學空青》の抄本に出づ。書中に此の式は《八神筮法》《李淳風占燈法》と耶律氏《錦囊集》の三部の書に見ゆと言うに、世上に伝授を得る人很少し。故に一たび《坤》《乾》の互卦無きおよび動かず変らざるの《乾》卦に碰上れば、別の方法は皆推し通る能わず、ただ此の一式のみ最も完備す。
大限行運法
大限五年一度,行運世應兼取,單論天干。如天山遁卦,世丙火,應壬水,火數二,水數一,共三數,則三行運也,即於世上起三歲,至七歲,五年為一限,陽世順行,陰世逆行(甲丙戊庚壬為陽,乙丁巳辛癸為陰)。如遁卦二爻陽世,則運宜順行,八歲至十二歲輪在三爻,十三歲至十八歲,輪在四爻,餘仿此。如孩提未起運已前,即於世上起一歲斷之(出管公口訣,管公曰,運,故從天干)。
大限は毎五年に一轉し、行運を推す時は世爻・応爻を併せて取用し、しかもただ天干を論ず。譬えば《天山遯》卦は、世爻は丙を納し火に属し、応爻は壬を納し水に属す:火の数は二、水の数は一、合わせて三数、便ち三歳に運を起す。ここにおいて世爻の上より三歳を起し、行きて七歳に至る、五年を一限と為す。陽世は爻位に順い上に行き、陰世は爻位に逆らい下に行く——甲・丙・戊・庚・壬は陽干と為し、乙・丁・己・辛・癸は陰干と為す。《遯》卦の世は第二爻に在りて陽に属せば、運は即ち順行すべし:八歳より十二歳に至るは第三爻に輪り、十三歳より十八歳に至るは第四爻に輪る、其余はこれに照らして類推す。もし尚ほ襁褓に在り・還た運を起さざる小兒なれば、即ち直ちに世爻の上に一歳を起して断ず。此の法は《管公口訣》に出づ、管公は行運は天に属すと言うが故に、天干より数を取る。
小限行運法
小限一載一宮,亦世爻起數,陽順陰逆,亦正卦值三十年,變卦值三十年,互卦值三十年,其無互不變之卦俱從前式取之。
小限は一年に一箇の爻位を行き、同じく世爻より起りて数え、陽世は順行し・陰世は逆行す。それも亦た大限と同じく、本卦は三十年を主り・変卦は三十年を主り・互卦は三十年を主る。互卦なく・また発動せず変化せざるの卦に遇うは、一概に前の「身命取三限法」の裏の办法に照らして別に一卦を取りて以て补足す。
推流年月建法
陽世初爻起十一月,陰世初爻起五月,正變二卦並取,共成期年之運
流年の内の逐月の月建を推す:世爻が陽に属するは、初爻より十一月を起し、依次に順に数え上り、世爻が陰に属するは、初爻より五月を起す。本卦と変卦の両卦を併用し、六爻に六爻を加え、恰好一整年十二箇月の運程に凑足す。
三限飛行式
正卦,變卦,互卦,各從世爻起。如卜得澤天夬卦,化雷天大壯卦,互純乾卦為例。正卦世爻丁火二數,應爻甲木三數,五行運也。丁酉,正卦、變卦、互卦。十歲至十四歲,四十五至四十九,六十五至六十九。世。大限起五歲至九歲,四十歲至四十四,九十至九十四。二十歲至三十四,三十五至三十九,八十五至八十九。甲寅,廿五歲至廿九,六十歲至六十四,八十至八十四。應。二十歲至廿四,五十五至五十九,七十五至七十九。十五歲至十九,五十至五十四,七十至七十四。小限每卦管三十年,亦各從世爻起一歲,不如前論五起運。
本卦・変卦・互卦の三卦は、各自皆世爻より起算す。譬えば占いて《澤天夬》卦を得、《雷天大壮》卦を変出し、互卦は純《乾》卦なれば、即ちそれを拿りて以て例と作す:本卦の世爻は丁を納し火に属し、数は二、応爻は甲を納し木に属し、数は三、合共五数、故にこれ五歳に運を起す。排し成したる飛行式は下の如し——丁酉の一行の下に、分列して本卦・変卦・互卦の三欄:本卦は十歳より十四歳、変卦は四十五より四十九、互卦は六十五より六十九、次の一格は「世」を標し、世爻の在る所の位なり、再び下に本卦の大限は五歳より九歳を起し、変卦は四十歳より四十四、互卦は九十より九十四、再び下に本卦は二十歳より三十四、変卦は三十五より三十九、互卦は八十五より八十九。甲寅の一行の下に:本卦は廿五歳より廿九、変卦は六十歳より六十四、互卦は八十より八十四、次の一格は「応」を標し、応爻の在る所の位なり、再び下に本卦は二十歳より廿四、変卦は五十五より五十九、互卦は七十五より七十九、最下に本卦は十五歳より十九、変卦は五十より五十四、互卦は七十より七十四。小限に至っては、毎卦は仍ほ三十年を管し、亦た各々世爻より一歳を起し順に数え下りて、大限の如く先に起運の数を算い出し・五年に一轉するを象らず。
三限論
人生貴賤貧富不恆,或先榮後落,或先寂後響,皆以其時也。夫時者,旺衰刑德之所主也。旺相貴馬德合之爻,雖大象休囚,根基不厚,限逢旺爻吉神,亦主所為得意。凶克刑破無氣之爻,縱大象旺相,根基殷厚,亦主蹇滯災危,起自衰限也。故大限,小限,遇衰空刑破者凶,遇貴德合馬者吉。
人の一生の貴賤貧富は併せて固定不変にあらず、あるいは先に栄えて後に衰え、あるいは先に冷落して後に响亮す、これは皆「時」に取決めらる。謂う所の時は、即ち旺衰と刑徳とが主るその一段の運なり。もし某の爻が旺相にして貴人・驛馬・天徳・六合を帯ぶれば、たとい整卦の大彖が休囚し・根基併せて深厚ならずとも、ただ限運がこの種の旺爻・吉神の上に行き到ればさえ、亦た作為する所称心・得意するを主る。反って、もし某の爻が凶剋・刑破を受けて毫も生気無ければ、たとい大彖が旺相・家底殷実なりとも、亦た困頓・災危を主りて、しかもこの災危はまさに衰限の上より起るなり。故に大限・小限が衰・空・刑・破に遇うを凶と為し、貴人・天徳・六合・驛馬に遇うを吉と為す。
或限爻原有貴馬德合,臨生旺之位,適其爻動,變為死墓絕胎,或變為克破刑害空亡,退神,則吉化為凶。炎炎之際,忽爾寂寂,且有不測之禍。如刑沖剋害,空死墓絕胎之爻,化出貴馬德合,生旺,生扶,退神者,是為有救,禍雖發而可解也。
またあるいは限爻が本来貴人・驛馬・天徳・六合を帯び、また生旺の位に臨みて、偏に此の一爻が発動し、変じて死・墓・絶・胎と為り、あるいは変じて剋・破・刑・害・空亡と退神と為れば、則ち吉より転じて凶と為る:まさに紅火・興旺するの際に当たり、忽然として冷落し下りて、しかも意想の外の禍事あらん。反って、もし刑冲剋害を受け・空・死・墓・絶・胎の上に落つる爻が、貴人・驛馬・天徳・六合を変出し、あるいは生旺・生扶と退神を変出すれば、これは即ち救有りと算し、禍は発作すと雖も、仍ほ化解する能し。
按長生訣,於日辰取之(管公口訣)。如寅日卜得坎宮革卦,四爻丁亥持世,為兄弟,坎卦屬水,亥又水爻,寅日大象爻神,俱入病鄉,故其人必多病,而氣稟虛弱也。至於死墓絕胎四爻,凶尤甚,若貴馬德合扶之,猶不免於太歲衰敗刑破之年,有重病災厄。若有刑破而無救,則將死之期也。
「長生訣」に按じて推算する時は、日辰の上より取るを要す、これは《管公口訣》の説法なり。譬えば寅日に占いて坎宮の《革》卦を得、第四爻の丁亥が世を持ち、これは兄弟爻なり、坎卦は水に属し、亥はまた水爻にして、しかるに寅日の裏に、全卦の大彖と爻神と皆「病」の地に落ち入れば、故に此の人は必ず病多く・稟賦虚弱なり。限行して死・墓・絶・胎のこの四爻に到るに至っては、凶険は尤其に厲害なり、たとい貴人・驛馬・天徳・六合の扶助あらんとも、太歳の衰敗・刑破する年份に重病を得・災厄に遭うを免れず。もしも既に刑破ありてまた救無ければ、則ち将に死せんとするの期なり。
蓋限之吉凶,必遇歲君相觸而始發。凡流年太歲與二限生合比和,更遇流年太歲貴馬入限旺相,則主奮揚發福,凶限禍亦可輕。若限在死墓絕胎四凶之爻,更遇流年太歲臨限衰處,立便為災,更看流年太歲到處之限,與世爻刑破之有無,有刑破而無貴馬德合救之,不可度也。
大凡そ限運の吉凶は、必定要に当年の太歳の来りてそれを触動するに遇いて乃ち発作す。およそ流年の太歳が大限・小限と相生・相合あるいは比和し、再び流年の太歳の帯来する貴人・驛馬の限に入りて旺相するに遇えば、則ち奮發して名を揚げ・大いに福気を得るを主り、たとい凶限なりとも、禍も亦た軽減する能し。もし限が死・墓・絶・胎のこの四凶の爻に落ち、また流年の太歳がまさに限爻の衰敗の処に臨むに遇えば、災禍は立刻に来る。此の外また流年の太歳の到る所のその一限と世爻とのあいだに刑破の有無あるかを看るを要す:刑破ありてまた貴人・驛馬・天徳・六合の来りて救う無ければ、此の一關は便ち過ぎ去る能わず。
如大限在寅,太歲在亥,限爻至長生處,其世雖處衰刑,亦主無事。若世在生旺貴馬德合之爻,更流年太歲貴馬德合入限,其年必大發財祿。如限在申爻,其爻屬四凶,流年太歲在戌,又值申金衰處,若世在辰未二位,戌年沖辰刑未,是有刑破也,其人主四月有病,為四月建巳,刑申限也。世爻屬土,四月土絕,故有災病。
譬えば大限が寅に在り、太歳が亥に在れば、寅木は亥水の相生を得てまさに長生の地に当たり、此の時世爻はたとい衰弱し刑を受くるの位置に処るとも、亦た平安・無事を主る。もし世爻が本来即ち生旺に在りてまた貴馬徳合ある爻の上に在り、再び流年の太歳の貴馬徳合の限に入るを加えば、その一年は必ず大いに財祿を発す。また限が申爻に在るが如きは、申は四凶の位に属し、流年の太歳が戌に在れば、まさに申金の衰敗の処に值う、仮に世爻が辰・未の両位に落つれば、戌年は既に辰を冲しまた未を刑す、これは便ち刑破有りなり。此の人は四月に病あるを主る、四月は巳を建て、巳は去りて申限を刑するが故に、しかして世爻は土に属し、土は四月に絶ゆれば、故に災病を生出す。
又限在申爻,居四凶之位,看其爻是何親屬,有氣無氣。如值太歲無氣之年,又被太歲刑害克破者,或爻屬父母,或爻屬兄弟妻子,則其年先有父母兄弟妻子之憂,後有自身之災難也。若限逢太歲旺相之年,更有流年貴馬德合入其爻上,則其年先須父母兄弟子孫發達,妻妾得喜,然後福澤得及其身也(看限爻上是何親好)。傍要與世不相刑害克破,乃為吉耳。
再び限が申爻に在りて四凶の位に居る時を説くに、此の一爻がどの一位の親属に属するか・気あるか気無きかを看るを要す。仮に太歳の気無きの年に碰上り、また太歳に刑・害・剋・破せられ、しかして該の爻があるいは父母に属し・あるいは兄弟・妻子に属せば、則ち此の一年は先に父母・兄弟・妻子の憂患ありて、随後して乃ち自身の災難に輪る。もし限が太歳の旺相の年に逢い、また流年の貴人・驛馬・天徳・六合の此の一爻の上に進むあれば、則ち此の一年は先に父母・兄弟・子孫が発達し・妻妾に喜ありて、然る後に福沢は乃ち自身に輪る、故に限爻の上に坐するは究竟どの一位の親人なるかを看るを要す。旁に還た世爻と互いに刑害剋破せざるを要し、これ乃ち真の吉と算す。
又如丁酉年戊申月,甲申日,卜得雷天大壯卦,庚午持世,甲子臨應,庚金四數,甲木三數,共七數,乃七行運也。陽世順行,即從世上起七歲,乃午限也。申日火值病鄉,又午為匿刑,此人必多病。若飛宮六親同居此爻,即斷其親屬有病也。十二歲申限,十七歲戌限,廿二歲子限,俱生旺之爻為吉。
再び一例を挙ぐ:丁酉年・戊申月・甲申日に、占いて《雷天大壮》卦を得、庚午が世を持ち、甲子が応に臨む。庚金の数は四、甲木の数は三、合共七数、便ち七歳に運を起す。世爻は陽に属し、運は順行を要し、即ち世爻の上より七歳を起し、此の一限は午に落つ。申日の中に火はまさに「病」の地に值い、午はまた「匿刑」を犯すれば、故に此の人は必ず病多し、もし飛宮の六親も亦た此の一爻の上に同じく坐せば、即ち彼の親属に病あると断ず。此の後毎五年に一位を進む:十二歳は申限を行き、十七歳は戌限を行き、廿二歳は子限を行き、此の幾限は皆生旺の爻の上に落つれば、故に皆吉運と算す。
廿七歲交寅限,寅木絕於日建申中,又申日刑沖剋寅爻,且臨官鬼,名伏刑之鬼,其人若遇太歲巳午之年,必有災迍(木病於巳,死於午也)。寅德在未,未年稍可,申年酉年,限入太歲絕胎處,若不逢流年太歲,貴馬德合解救,死更無疑。此命所以不死者,為申年驛馬在寅,酉年歲德在寅,故雖有極危之厄,瀕死而不至於死也。
廿七歳に到りて寅限に交入すれば、寅木は日建の申金の中に絶え、申日はまた寅爻を刑冲・剋制し、しかして寅の上は還た官鬼に臨み、「伏刑の鬼」と叫ぶ。此の人はもし太歳の巳・午に在るの年份に遇えば、必ず災厄あらん、木は巳に病み・午に死するが故に。寅の天徳は未に在れば、故に未年は還た稍平安な可し、申年・酉年に到れば、限運は太歳の絶地と胎地に進入し、もし流年の太歳の貴人・驛馬・天徳・六合の来りて解救する無ければ、必ず死せんとして疑い無し。此の命の能く還た死せざる所以は、申年の驛馬がまさに寅に在り、酉年の歳徳も亦た寅に在れば、故に極危の厄あれども、死境に瀕して終竟死せざるなり。
又如限在午,其爻無氣,又為匿刑,其人自入此限,必多憂危災病。如太歲在寅(火生)卯(沐浴)辰(冠帶)巳(臨官)午(火旺)未(火衰)申(火病)年,此數年,雖行衰限,無甚危險。惟每年七月(火病)八月(火死)十月(火絕)十一月(火胎)有小災耳(九月午戌合雖墓不凶)。為流年太歲與限爻生合,未到四凶之處。
また限が午爻に落つるが如きは、此の爻は気無く、また「匿刑」を犯せば、則ち此の人は此の一限に進入して自り、必ず憂多く險多く・災病不断なり。もし太歳が寅年に行けば、火は寅に長生し、卯年は、火は卯に沐浴し、辰年は、火は辰に冠帶し、巳年は、火は巳に臨官し、午年は、火は午に帝旺し、未年は、火は未に衰え、申年は、火は申に病む——此の幾年は衰限を走ると雖も、却って大の危険なく、ただ毎年七月の火病・八月の火死・十月の火絶・十一月の火胎の此の幾箇月に些かの小災あるのみなり、九月は午と戌と相合して、墓に入ると雖も亦た凶と算せず。これは流年の太歳が限爻と還た相生相合して、未だ四凶の処に走り到らざるが故なり。
若遇酉年子年,而限中本無貴馬德合相扶者,必不可度。為午死於酉,胎於子也。戌亥之年,尤可度者,以午戌三合,午德在亥,此為勅助耳。更看流年太歲之前後,有何凶殺臨於世上,與限上或喪門弔客官符病符二耗亡劫之類,諸殺各隨其凶性,言其禍福,察其限爻,是何親屬,即知禍福臨於何人也。
もし酉年・子年に遇い、しかも限の中に本来即ち貴人・驛馬・天徳・六合の相扶無ければ、此の一關は必ず過ぎ去る能わず、午火は酉に死し・子に胎するが故に。戌年・亥年は反って還た過ぎ去る能し、午は戌と三合して局を成し、午の天徳はまた亥に在れば、これは即ち一分の救助の力あるに等しきが故なり。此の外また流年の太歳の前後を看て、何の凶煞か世爻の上と限爻の上に臨むあるか、譬えば喪門・弔客・官符・病符・大耗小耗・亡神・劫煞の類、諸般の凶煞は各々それが本身の凶性に按じて禍福を説き、再び限爻がどの一位の親属に属するかを察看すれば、即ち禍福は何人の身上に落つるを要するかを知る。
如限爻在午,太歲在申,弔客在歲後二辰,正值午上,申為火之病鄉,看午爻是何親屬,必其人七月後有親屬之災,後有己身之災也。又如限在己,居四凶之爻,流年太歲在未,乃火限始衰處,流年弔客在歲後二辰,正值己上,看己爻是何親屬,必其人正月前,先有親屬之憂,後有自身之憂也。
譬えば限爻が午に在り、太歳が申に在れば、弔客は太歳の後の第二位に落ち、正好く午の上に落ち、しかして申はまた火の病鄕なり、此の時午爻がどの位の親属に属するかを看れば、便ち此の人は七月以後に先に親属の災ありて、随後して乃ち自身の災なるを断ずる能し。また限が巳に落つるが如きは、四凶の爻に居り、流年の太歳が未に在れば、まさに火限の衰退を開始するの処にして、流年の弔客は太歳の後の第二位に在りて、恰好巳の上に落つ、再び巳爻がどの位の親属に属するかを看れば、便ち此の人は正月以前に先に親属の憂ありて、随後して乃ち自身の憂なるを断ずる能し。
歸藏易曰,限帶休氣,必多疾病,限帶囚氣,必多獄訟,吉神主限,凶災自輕,凶神主限,禍來難免,察其臨限之六神,則知禍福何自而起。
《歸藏易》に言う:限運が「休」の気を帯ぶれば、必ず疾病多く、限運が「囚」の気を帯ぶれば、必ず牢獄と訟事多し。吉神有りて此の一限を主管せば、凶災は自然に軽減し、凶神有りて此の一限を主管せば、禍事は即ち幸免れ難し。ただ限の上に臨むはどの一位の六神なるかを細察すれば、即ち禍福は何の地方より生起するかを知る。
八歳君
太歲之流年,禍福之吏神也。蓋身命之卦限,爻之吉凶,俱於占時四值上取之,以為異日禍福之驗。福伏于吉爻之中,禍伏於凶爻之中,伏者不觸則不發,故知禍福之發觸,以流年之太歲也。如限爻本吉旺,而流年太歲,又值限之吉旺處,則吉與吉會,而應其吉也。限爻本凶衰,而流年太歲,又值限之凶衰處,則凶與凶會,而應其凶也。
太歳は即ち流年にして、それは禍福を掌管する吏神なり。身命卦中の限運と各爻の吉凶とは、皆占卦の当時の年・月・日・時の四值の上に取定するに在りて、以て日后の禍福を預験するを用う。福気は吉爻の中に潜伏し、禍患は凶爻の中に潜伏す、既に潜伏するよりは、それを触動せずんば発作せず、故に禍福のいつ触発するかを知らんには、全く流年の太歳を看る。譬えば限爻が本来また吉にしてまた旺、流年の太歳がまたまさに此の一限の吉旺の処に值えば、彼は便ち吉と吉と相会し、それが吉に応験し、限爻が本来また凶にしてまた衰、流年の太歳がまたまさに此の一限の凶衰の処に值えば、彼は便ち凶と凶と相会し、それが凶に応験す。
断帶疾延年
官鬼持身世爻,或持用爻,名貼身鬼。如帶破碎殺主有破相。在乾宮主頭而咳嗽之疾。坎主雨耳,腎家之疾。艮主兩臂,鼻背之疾,帶四廢,則腰曲背駝。巽主股膝疝氣之疾。震主氣促驚悸之疾。離主眼目心經之疾。坤主肚腹胸胃之疾。兌主牙齒缺唇之疾。
官鬼爻が身爻・世爻の上に持し、あるいは用神爻の上に持するを、「貼身鬼」と叫ぶ。もし再び破碎の煞を帯ぶれば、身上に破相あるを主る。貼身鬼が乾宮に在れば、頭部の毛病と咳嗽を主り、坎宮に在れば、両耳と腎臓の病を主り、艮宮に在れば、両臂と鼻梁・脊背の病を主り、もし再び四廃の煞を帯ぶれば、便ち腰弯り背駝る。巽宮に在れば、大腿・膝蓋と疝気の病を主り、震宮に在れば、気喘・急促と心惊・膽悸を主り、離宮に在れば、眼目と心経の病を主り、坤宮に在れば、肚腹・胸胃の病を主り、兌宮に在れば、牙齒の殘缺・嘴唇の破損の病を主る。
又本命爻,帶官鬼,加天刑四廢殺刑害克沖身世者,必帶疾也。凶殺屬木主瘋癲。屬水主冷瘟。屬火主心目疾。屬土逢絕氣,主麻瘋。屬金逢絕氣,主癱瘓。又用爻,世身爻伏鬼,被日辰並起者,主帶疾。
また、本命爻の上に官鬼を帯び、また天刑・四廃などの凶煞を加え、去りて身爻・世爻を刑・害・剋・冲するは、此の人は必ず身に殘疾を帯ぶ。凶煞が木に属すれば、瘋癲を主り、水に属すれば、寒瘧・冷瘟を主り、火に属すれば、心病と眼疾を主り、土に属して絶気に逢えば、麻風を主り、金に属して絶気に逢えば、癱瘓を主る。またもし用神爻あるいは世爻・身爻の下に官鬼を伏し、しかして日辰に併び起さるるは、亦た身上に疾を帯ぶるを主る。
坎宮金下伏土鬼,主耳聾。震巽宮木下伏金鬼,主四肢帶疾。離宮,火下伏水鬼,主心目之疾,加羊刃,必青盲。坤艮宮土下伏木鬼,主蠱脹脾傷。乾宮水下伏火鬼,血竭容憔。兌宮金下伏火鬼,主口疙唇缺,動爻化鬼亦然。又用爻,世身爻,伏鬼者,為胎裡宿疾。用爻世身化鬼,與鬼克世身用爻者,則後來新染之疾也。
坎宮の金爻の下に土鬼を伏するは、耳聾を主り、震宮・巽宮の木爻の下に金鬼を伏するは、四肢に殘疾あるを主り、離宮の火爻の下に水鬼を伏するは、心病・眼疾を主り、もし再び羊刃を加えば、必ず青光眼の一類の失明なり、坤宮・艮宮の土爻の下に木鬼を伏するは、鼓脹と脾臓の受傷を主り、乾宮の水爻の下に火鬼を伏するは、血枯れて形容憔悴するを主り、兌宮の金爻の下に火鬼を伏するは、口に疙瘩を生じ・嘴唇殘缺するを主る、動爻が官鬼を変出するも、断法は同じ。またもし用神爻と世爻・身爻の下に官鬼を伏するは、それは胎裏より帯来する宿疾なり、もし用神爻・世爻・身爻が官鬼を変出し、あるいは官鬼が前り来りて世爻・身爻・用爻を剋するは、則ち後來新たに染上するの病なり。
又五殺歌曰,蹺啞盲聾□五端,但愁並起值孤驚,旺則必危衰則減,生扶合處一般般,五殺中惟地蹺殺,旺則蹺,衰則廉瘡,其餘四殺不分衰旺也。以上鬼殺,若遇天醫天解月解伏福化福者,不可泥此而論也。
《五殺歌》に言う:跛脚・口唖・目盲・耳聾、再び一種の此の処底本缺字の病症を加え、合して五端と為す。ただ此の幾樣が一斉に発動し、また孤辰と驚神に碰上るを怕る、旺相の時は病情必ず重く、衰弱の時は以て軽減する能く、生扶・会合の処に落つるは、情形も皆差不多なり。五煞の中にただ「地蹺煞」のみは旺衰を分つを要す:旺の時は真の跛足、衰の時は不過廉瘡を生ずるのみ、其余の四煞は則ち旺衰を分たず、一律に照らして断ず。以上のこれらの鬼煞は、もし天医・天解・月解に遇い、あるいは下に子孫を伏し・子孫を変出するあれば、即ち此の説に拘泥して断ずる可からず。
辯性情
以八卦論用爻與世爻,在乾直好高,有德有威也。在坤性厚重,寡言笑,寬大能容也。在坎心情委曲,巇嶮多威,凶則狡詐心亂,事多更變也。在離明白剛烈,爽直有氣節,無氣則性暴,作事有頭無尾也。在震志大言高,馳騖聲名,凶則心多叵測,胸無定見,心急事滯也。在巽性和柔,好卑奉,無氣則隨波逐流也。在艮吉則安靜有執持,凶則事多退縮不前也。在兌性和悅饒舌,見物多感,好聲音酒色,無氣則奴顏婢膝也。
八卦を用いて用神爻と世爻とを論ず:乾宮に落つるは、人と為りて正直にして志気高く、徳行ありて亦た威厳あり、坤宮に落つるは、性情敦厚にして穏重・苟も言笑せず、寛大にして人を容るる能し、坎宮に落つるは、心思曲折にして、处境険峻にして自ら威厳あり、卦もし凶なれば狡詐にして心乱れ、事を為すに屡々改変す、離宮に落つるは、明白にして剛烈・爽直にして気節あり、気無ければ性子暴躁・事を為すに頭有りて尾無し、震宮に落つるは、志向大にして口気高く、一味に名声を追逐し、卦もし凶なれば心思測り難く・胸に定見無く、心裏急にして事情は反って遅滞す、巽宮に落つるは、性情柔和にして、卑順・奉承するを喜び、気無ければ波に隨い流に逐う、艮宮に落つるは、吉なれば安静にして操守あり、凶なれば事に遇い退縮して前せず、兌宮に落つるは、性情和悦にして言多く、物を見て易く感触を生じ、音楽と酒色を喜好し、気無ければ奴顔婢膝す。
以五行論申金,主重義,馳騁聲譽,無氣則好勇好殺,好音樂也。酉金,主剛明不苟,無氣,則多貪慾,嗜酒色也。寅木,主雍和,有文章才藝,無氣,則執拗散亂也。卯木,主力健騁雄,剛直不阿,無氣,則心毒多機械也。
改めて五行を用いて用爻の性情を論ず:爻が申金に属するは、此の人が義気を看重し・四方に奔走して声誉を博取するを主り、気無ければ勇を好み殺を好み、また偏に声色・音楽を愛す。爻が酉金に属するは、人と為りて剛強明快にして苟且せざるを肯ぜざるを主り、気無ければ貪欲熾盛にして、酒色に沉溺す。爻が寅木に属するは、性情温和にして雍容・文章才藝あるを主り、気無ければ執拗にして散漫にして章無し。爻が卯木に属するは、筋力強健にして強を逞し雄を争い・剛直にして阿らざるを主り、気無ければ心思狠毒・詭計多端なり。
子水,主清高正直,不好姦汙,智謀深沉,無氣,則浮浪不實,作事有初無終也。亥水,主性圓通,與物和同,無氣,則譎詐輕淫也,又水旺則性緩,衰則性急,發動,沖動,心多機變,若動逢合住,或臨死墓絕胎,必無知覺。如動逢沖散,則搏激之水,必是立志無恆,疑惑不定者也。
子水は清高・正直を主り、奸邪・污穢を喜ばず、智謀深沈にして、気無ければ浮浪・不実・事を為すに始有りて終無し。亥水は性情円通を主り、人と和同して相处る能く、気無ければ詭詐にして輕浮淫佚す。また水旺の人は性子舒緩にして、水衰の人は性子急躁なり、水爻が発動しあるいは冲動せらるるは、心思機変百出し、もし発動して却って合住せらるるか、あるいは死・墓・絶・胎に臨まば、則ち遲鈍にして毫も知覚無く、もし発動して冲散に逢えば、まさに水の搏撃・激蕩を受くるが如く、此の人は必ず志を立てて恒無く・疑慮不定の輩なり。
巳火,主好華美修容,性快,不隱匿,無氣性暴慢,生平饒為起滅也。午火,主強敏無私,好勝,為事急疾,無氣,剛暴無終,急終有慢也。辰戌土主厚重有威望,聰明正直,不信神物,不畏鬼怪,無氣,賦性酷毒也。丑未土,主寬宏廉直,耿介無私,多仁多義(木庫為仁,金庫為義),無氣,則拙鈍無能而已。
巳火は華美を喜好し・修飾・儀容を講究し、性子爽快にして、心裏事を蔵する能わざるを主り、気無ければ性情暴躁・怠慢にして、一生事端を生ずる多し。午火は剛強敏捷・事を処するに私無く・好勝心強く・事を為す急速を主り、気無ければ剛暴にして結果無く、先に急躁にして後に懈怠す。辰戌土は敦厚・穏重にして威望あるを主り、聰明正直にして、神霊を迷信せず・鬼怪を畏懼せず、気無ければ秉性酷毒なり。丑未土は寬宏・廉正を主り、耿介にして私無く・仁多く義多し——木庫は仁を主り・金庫は義を主るが故に、気無ければ不過笨拙・遲鈍・作為する所無きのみ。
以六親論,動財則好奢不好學也。化父則憂道不憂貧也。子世逢空,羊質而虎皮也。兄持入世,酒囊而飯袋也。世持鬼殺,笑裡藏刀也。鬼殺逢空,怒中無毒也。
六親を用いて論ず:妻財が発動する人は奢華を好みて読書を好まず、父母を変出する人は、憂慮する所は道義にして貧窮にあらず。子孫が世を持ちまた空に落つるは、外強く中干し・虎皮を披るの羊なり、兄弟が世を持ち身に臨むは、ただ喫喝する能くのみの酒囊・飯袋なり。世爻が官鬼・凶煞を持するは、笑裏に刀を蔵するの人なり、官鬼・凶煞が空に落つれば、則ち発怒すと雖も亦た狠毒ならず。
以六神論,青龍則慈和樂易,明敏從容也。朱雀則快言語,多口舌,帶殺則喜生是非,多招誹謗也。勾陳則厚重有規矩,行事遲鈍。不動,則無轉變也。騰蛇則多心機疑慮,虛浮詐偽也。白虎則性急不仁,好勇鬥狠也。玄武則陰謀秘算,狡譎多端。同兄弟,則貪吝。加咸池,則淫邪也。
改めて六神を用いて人の性情を論ず:青龍に臨むは、慈祥・和順・平易近人にして、明敏にして従容不迫なり、朱雀に臨むは、言語爽利にして口舌・是非多く、もし凶煞を帯ぶれば、便ち是を惹き非を生ずるを好み、屡々誹謗を招来す、勾陳に臨むは、敦厚にして規矩を守るも、行事遲鈍にして、倘も安静にして動かざれば、則ち一味に旧を守りて毫も変通無し、騰蛇に臨むは、心機深く疑慮多く、人と為りて虚浮にして詐偽なり、白虎に臨むは、性子急躁にして仁厚を存せず、勇を好み狠に闘る、玄武に臨むは、善く暗中に謀算し・狡詐多端にして、もし兄弟爻と同じく臨まば、便ちまた貪婪にしてまた吝嗇、もし再び咸池を加えば、即ち淫邪・好色の人なり。
龍逢蛇克,媚而不忠也。虎逢龍克,勇而有禮也。雀受克傷者,多謗。蛇逢合制者,多智也。財合玄,貪財好色也。子合玄,嗜酒多情也。兄合勾者魯鈍,福合龍者清和也。龍衰靜,樂飢自得也。虎加兄,小人跨霸也。玄加刃,量慳見小也。
青龍が騰蛇に剋せらるるは、人と為りて諂媚する能くして忠実ならず、白虎が青龍に剋せらるるは、勇猛なりと雖も礼節を懂得す。朱雀が剋を受け傷を受くるは、一生屡々毀謗に遭い、騰蛇が会合せられ・制伏せらるるは、反って智謀多し。妻財と玄武と相合するは、既に財を貪りまた色を好み、子孫と玄武と相合するは、酒を飲むを嗜好して多情、兄弟と勾陳と相合するは、人と為りて魯鈍・遲滞なり、子孫と青龍と相合するは、人と為りて清雅・平和なり。青龍が衰弱にして安静なるは、能く清貧に安んじ・自ら其の楽を得、白虎に兄弟を加うるは、郷里に横行し・一方に称覇する小人なり、玄武に羊刃を加うれば、則ち器量吝嗇・眼光短浅なり。
燃犀錄曰。逢沖者伶俐,入墓者呆痴,臨刑害者多嗜殺,居胎養者欠老成。空動而無生無克者,率意猖狂,旺靜而無克無沖者,抗懷高潔,衰值時辰,器局卑偏,旺臨月將,度量淵宏,沖多好鬥,刑多好訟。帶貴,則有威德而不狂侫。帶馬,則志四方而遨遊。帶德則恭儉溫良。帶合,則從容和雅。八純性宜躁急,六合性必寬和也。
《燃犀録》に言う:爻が冲に逢う人は伶俐、墓に入る人は呆痴、刑害に臨む人は殺を好み、胎養の地に居る人は老成に足らず。爻が空に落ちてまた発動し・既に生無く亦た剋無きは、任性・猖狂し、爻が旺相にして安静・既に剋無く亦た冲無きは、志趣清高なり。爻が衰弱にしてただ時辰に值うるは、器局卑下・偏狭なり、爻が旺相にして月将に臨むは、度量淵博・宏大なり。冲する多きは闘を好み、刑する多きは訟を好む。貴人を帯ぶれば、則ち威徳ありて狂妄・諂佞せず、驛馬を帯ぶれば、則ち志は四方に在りて遨游を喜好し、天徳を帯ぶれば、則ち恭謹・儉朴・温良にし、六合を帯ぶれば、則ち従容にして和雅なり。八純卦の人は性子多く躁急にして、六合卦の人は性子必ず寛和なり。
辨身體容貌
鬼谷分爻
六爻,頭髮。五爻,耳目口、面須手、鼻人中。四爻,胸、背、乳。三爻,腹小腹、臀肛門、腰小便。二爻,股膝。一爻,足。
鬼谷分爻の法は、人身の各部位を六爻の上に分配するなり:第六爻は頭と頭髪を主り、第五爻は耳・目・口および面・鬚・手、還た鼻と人中を主り、第四爻は胸・背・乳を主り、第三爻は腹と小腹・臀と肛門・腰と小便を主り、第二爻は大腿と膝蓋を主り、第一爻即ち初爻は、脚足を主る。身體容貌を占問する時は、先にこの分野に按じて對応する爻位を找到し、再び該の爻の上の五行・六親と六神を看て、逐項に推詳す。
一形體
以卦身為用,金瘦小,火形尖,木形長,土形矮。水柔而剛且多汗,木旺胖長,衰則瘦長。土旺矮胖,衰則短小。勾兄來刑剋,必矮子。金木臨死絕,更被刑害克沖,瘦不可言,化出水木鬼,身多溼氣痠疼。土金逢合,行坐從容也。
形體を推すに「卦身」を以て用神と為す:卦身が金に属する人は瘦小、火に属するは形貌尖削、木に属するは身材頎長、土に属するは个子矮し。水に属するは外柔にして内剛、しかも汗を出し易し。木旺はまた高くまた胖、木衰は則ち瘦にして長く、土旺は矮胖、土衰は短小なり。勾陳・兄弟が前り来りて卦身を刑剋するは、必ず矮子なり。金爻・木爻が死地・絶地に臨み、再び刑・害・剋・冲せらるるは、瘦るること樣子を成さず、卦身が水鬼・木鬼を変出するは、身上に濕気と酸痛多し。土爻・金爻が合に逢うは、行走・坐臥皆従容にして度あり。
二頭
以六爻乾宮父母為用,辰戌鬼帶刑害動,或遇勾兄合住者,主縮頭。臨金,頭有異骨突出。以六神定其骨在何處,雀前,武后,龍左,虎右,勾蛇居中,或在四隅。帶刑頭有角,金福動必癩頭。木化火鬼,必白癩,或發有節疤。土頭縮,木頭長,火頭尖,水頭多汗。化木水鬼主頭瘋,化火鬼主頭疼。乾圓,坤方,震長,巽直。合則正,克則歪,沖則搖。六爻帶火□殺,頭必帶疾,忌臨鬼爻。
頭部を推すに第六爻・乾宮の父母爻を以て用神と為す。辰・戌の官鬼が刑害を帯びて発動し、あるいは勾陳・兄弟に遇いてそれを合住せらるるは、此の人が脖子を縮むるを主る。六爻が金に臨まば、頭上に異骨の突起あり、再び六神を用いて此の塊の骨の何の部位に在るかを定む:朱雀は前額に在り、玄武は後腦に在り、青龍は左に在り、白虎は右に在り、勾陳・騰蛇は正中に在り、あるいは四角に在り。刑を帯ぶるは、頭上に角狀の突起あり、金爻・子孫が発動すれば、必ず癩頭を生ず。木が火鬼に変ずれば、必ず白癩か、あるいは髮中に節疤あり。土は頭の縮むるを主り、木は頭の長きを主り、火は頭の尖るを主り、水は頭上の汗多きを主る。木鬼・水鬼を変出するは頭風を主り、火鬼を変出するは頭痛を主る。乾は頭の圓を主り、坤は頭の方を主り、震は頭の長きを主り、巽は頭の直きを主り、合に逢えば則ち端正、剋を被れば則ち歪斜、冲に逢えば則ち搖動す。第六爻が火と此の処底本缺字の凶煞とを帯ぶれば、頭上は必ず病を帯び、尤其に官鬼爻に臨むを忌諱す。
