中国各地の重要取法
公篤曰:地形為相法綱領之一,蓋山水氣候,而化形質故也。古人有南北之分,略而不詳。其大綱有三:凡山多水少者,以形格骨質多占分數;水多山少者,以精神氣息多占分數;山水各半者,以聲音氣色多占分數。茲特分錄如下。
陳公篤が言う。地形は相法の綱領の一つです。なぜなら一方の山水気候は一方の人の形体気質を化育するからです。古人はただ漠然と南方・北方に分け、説くことも簡略で詳しくありませんでした。実は大綱は三条あります。およそ山が多く水が少ない地方は、相を見るに形格・骨質の占める分数を重んじます。水が多く山が少ない地方は、精神・気息の占める分数を重んじます。山水が各半の地方は、声音・気色の占める分数を重んじます。以下にあえて分条して記します。
一.南人:南人者,長江以南之通稱也,以南嶽為地形之重要,而形局濁厚者反為貴格也。蓋南方水多山少,其人物清秀者頗多,而濁厚者反少故也。額為南嶽,其卦象離,而為上炎之義。凡南嶽方拱圓突,玉柱上聳,金城平橫,皆為大貴,具有全國元首資格。如他部不足或陷弱,亦作偉大事業,其亦早而成名,蓋南嶽多占分數故也。
第一、南方の人。いわゆる南人は、長江以南の通称で、相を見るに「南岳」(額)を地形上最も緊要の部位とします。しかも形局が渾厚な者がかえって貴格です。これは南方が水が多く山が少なく、当地の人は清秀の者がとても多く、渾厚な者がかえって少なく、物は稀を以て貴しとするからです。額を南岳と称し、卦象では離に属し、取るのは火性が上炎する義です。およそ額部が方正に拱起し、円潤突出し、「玉柱」(山根が直に上上額を貫く骨)が聳立し、「金城」(髪際の下の一帯)が平正横闊な者は、皆大貴を主り、全国の元首の資格を具備します。たとえその余の部位が不足か低陷でも、同じく偉大な事業を成せ、しかも成名が比較的早いです。なぜなら南方では、額の占める分数が最も重いからです。
二.北人:北人者,黃河以北之通稱也,以地閣水星為地形之重要,而形局清秀者反為貴格也。蓋北方山多水少,其人物濁厚者頗多,清秀者反少故也。頦為地閣,又名北嶽,其卦象坎,而為沉降之義。凡北嶽拱突朝天,燕領重城,皆為大貴,而操全國安危之柄;次則兩腮方突犄角,水星方稜上仰,亦為上貴之局。如他部不足或陷弱,皆作偉大事業,其較遲,而成功亦晚,蓋北嶽多占分數故也。
第二、北方の人。いわゆる北人は、黄河以北の通称で、相を見るに「地閣」(顎)と「水星」(口)を地形上最も緊要の部位とします。しかも形局が清秀な者がかえって貴格です。これは北方が山が多く水が少なく、当地の人は渾厚の者がとても多く、清秀な者がかえって少ないからです。顎を地閣と称し、また「北岳」とも呼ばれ、卦象では坎に属し、取るのは水性が沈降する義です。およそ顎が拱突して天を朝え、頷の下が燕頷のようで腮が重城のような者は、皆大貴を主り、全国の安危の権柄を執掌できます。次等の、両腮が方正に突出して犄角のようで、口形が方正に棱が起って上に仰ぐ者も、上等の貴格です。たとえその余の部位が不足か低陷でも、照様に偉大な事業を成せますが、ただ発跡が比較的遅く、成功も遅いです。なぜなら北方では、顎の占める分数が最も重いからです。
三.中部:中部者,長江以北、黃河以南之通稱也,以中嶽及兩顴為地形之重要。凡山根上貫玉柱,土星勻圓虎形,兩顴上插邊城,三嶽聳突有勢,有此即為上貴特權,而成其盛名事業。如他部不足或陷弱,亦可發達,而成名立功也。其中晚二均吉,蓋以中嶽兩顴多占分數故也。
第三、中部の人。いわゆる中部は、長江以北・黄河以南のこの一帯の通称で、相を見るに「中岳」(鼻)と両顴を地形上最も緊要の部位とします。およそ山根が上へ直貫して玉柱を成し、鼻の頭が匀称円潤で鼻の形が虎のようであり、両顴が上に辺城に插し、鼻と両顴の三箇所が一斉に聳突して気勢がある。この一点があればすなわち上等の貴格で特権を握り、盛名を享ける事業を成就できます。たとえその余の部位が不足か低陷でも、同じく発達し、成名して功を立てられます。この種の人は中年・晚年の両運ともに吉です。なぜなら中部では、鼻と両顴の占める分数が最も重いからです。
四.山東:古名魯省,因泰山之東而得名也,以山根高貫、年壽有染為地形之重要。其地為陽氣之亢龍,傍山臨海,地勢回曲掩映,故山根高起上貫印堂者為中貴,上貫百會成玉柱者為上貴,加以年壽有樑柱,雄起有勢成捲筒,則為大貴,具有中上才智,而立遠大志向。如再有伏犀骨拱,兩顴上插,此為元首資格,次亦流芳事業,最次亦出將入相、而操全國安危之柄。其人雄果敢,智勇兼備。如山根不高,年壽無樑,伏犀不拱,玉柱不成,則為平常之格,雖他部奇特,亦不過中下之貴耳。蓋地形之偏重,以山根之玉柱、年壽之捲筒多占分數也。
第四、山東。山東は古く魯省と称し、泰山の東にあることに因んで名を得ました。相を見るに山根が高く起って上に貫くこと、「年上寿上」(鼻梁の中段)が挺起して骨あることを地形上最も緊要の部位とします(底本の「有染」は「有梁」とすべき)。この地は陽気が亢盛する区で、山に依り海に臨み、地勢が回環して掩映します。ですから山根が高く起って上に印堂を貫く者は中等の貴格で、一直線に頭頂の百会まで貫いて玉柱を成す者は上等の貴格です。さらに鼻梁の中段に骨梁の支えがあり、雄壮で勢いがあり形が卷筒のような者は、すなわち大貴で、中上等の才智を禀け、遠大な志を立てます。もしさらに伏犀骨が拱起し、両顴が上に插せば、元首の資格を具備し、次等も後世に芳名を流す事業を成就でき、最も下でも将を出し相に入り、全国の安危の権を執掌します。この種の人は雄健果敢で、智勇を兼ね備えます。逆に、もし山根が高くなく、鼻梁に骨がなく、伏犀が拱せず、玉柱を成さなければ、それは平常の格局で、たとえ他の部位が奇特に生えていても、中下等の貴に過ぎません。なぜなら山東という一方の水土が偏り重んじるのは、まさに山根の玉柱と鼻梁の卷筒で、この二箇所の占める分数が最も多いからです。
五.河南:古名豫省,又名中州,居中國之中心,因黃河之南而得名也,以印堂土星為地形之重要。河南上應天心,下應地膽,中嶽嵩山在其地,故印堂方突長橫,有此即為貴格;加以土星圓隆,井灶勻配,或如蒜形,或如截筒,此為上貴之局。如中嶽長植高起,而準頭蘭臺勻圓如珠,合併不分,是名虎形,此為大貴,而作非常事業;如聲音清長,則操全國安危之柄,具元首之資。如山根陷弱,準頭尖小,雖他部奇特,亦為中下之貴,蓋中嶽全部多占分數也。
第五、河南。河南は古く豫省と称し、また中州とも呼ばれ、中国の中心に位し、黄河の南にあることに因んで名を得ました。相を見るに印堂と鼻を地形上最も緊要の部位とします。河南は上に天心に応え、下に地胆に応え、五岳の中の中岳嵩山がまさにこの地にあります。ですから印堂が方正飽満で横に寛長な者は、この一点があればすなわち貴格とみなします。さらに鼻の頭が円隆で、「井竈」(鼻孔)が匀称して相配し、鼻の形が或いは蒜頭のよう、或いは截断した竹筒のようであれば、それは上等の貴格です。もし鼻が長く挺直して高く起り、鼻の准頭と「蘭台」「廷尉」(鼻翼)が匀円して珠のようで、一片に連なって界限を分かち得なければ、これを「虎形」の鼻と呼び、大貴を主り、非常の事業を成せます。もしさらに声音が清亮悠長ならば、全国の安危の権を執掌でき、元首の資質を具備します。逆に、もし山根が低陷単薄、鼻の准頭が尖小ならば、たとえ別の部位が奇特に生えていても、中下等の貴に過ぎません。なぜなら河南では、鼻部全体の占める分数が最も多いからです。
六.山西:古名晉省,因泰山之西而得名也,以日月角、輔角及邊城為地形之重要。其地跨長城之要塞,倚太行山脈之腰枕,輔角傍邊城,為邊地之關鍵。凡晉人以輔角骨高突上插,則為中貴之級;加以日月角高聳上插,此為大貴之局,操全國之安危;如各部再加清奇,此為帝王之局,次亦僭號之格。如日月角不高聳,輔角骨不上插,雖他部清奇,亦不過中下之品級、平常之事業,蓋以日月角輔角為地形之合法,而發達較易也。七.安徽:古名皖省,其地接近長江,又多湖沼,山水化出清秀,而鍾靈毓秀之處頗多。以歷史考之,多出偉大人物,為帝王,為公侯將相,以及文?
第六、山西。山西は古く晋省と称し、太行山の西にあることに因んで名を得ました(底本は「泰山之西」と作るが、「太行山」の誤りとすべき)。相を見るに「日角」「月角」(左右の額角)、「輔角骨」および「辺城」を地形上最も緊要の部位とします。この地は長城の要塞を横に跨ぎ、背に太行山脈の腰身を倚り、そして輔角骨が辺城に緊く挨り、まさに辺地の関鍵の処です。およそ山西人で輔角骨が高く突き出て上に插す者は、すなわち中等の貴格です。さらに日月角が高く聳えて上に插せば、大貴の格局で、全国の安危を掌れます。もしその余の各部がさらに清奇に生えていれば、それは帝王の局で、次等も割拠して僭号する格です。逆に、日月角が高く聳えず、輔角骨が上に插さない者は、たとえ別処が清奇でも、中下等の品級・平常の事業に過ぎません。なぜなら日月角と輔角はまさに山西の地形の取義に合し、この処が良く生えれば発達しやすいからです。第七、安徽。安徽は古く皖省と称し、地は長江に近く、また湖泊沼沢が多く、山水が清秀の気を化育し、鍾霊毓秀の地方がとても多いです。歴史を考するに、この地は多く偉大な人物を出し、帝王を為した者があり、公侯将相を為した者があり、および文某などの流があります(底本の正文はここで戛然として中断し、「文」の字以下が脱落している。巻の分かれた断簡によるものとすべきで、ここに敢えて臆補しない)。
『公篤相法』下篇巻八
新修緊要気色総図
公篤曰:氣色部位全圖,古法繫三百六十五個部位,按周天數之義也。各家所備載,即十三部位總圖,而未詳論應征之候,亦末言及事實之專司。以余考之,是圖出於兩周之時,而非風后氏鑑定之圖也。其中有虛設挪雜、無關輕重者尤多,後人多附會其說,拘泥其文義,呆滯其事實,混亂人之眼目,而不驗也。茲特刪改其緊要部位,為四十五部位,均有重要關係。氣色部位名稱,與限部位名稱不同,各有專司故也。其詳解分類,逐一說明,以便容易記憶,亦容易瞭解,而應驗確實也。
陳公篤が言う。気色部位の全図は、古法では三百六十五箇所の部位と定め、取るのは周天三百六十五度の義です。各家の相書に載せるのは、すなわちあの「十三部位総図」ですが、応験の時を細かく説くこともなく、毎箇所の部位が各々何事を主るかを講じることもありませんでした(底本の「亦末」の「末」は「未」の訛)。私の考究によれば、この図は東西の両周の時に出たもので、黄帝の臣の風后が審定した原図ではありません。図の中には虚設雑湊・軽重に関わらない部位が特に多く、後人はまた多くその説に附会し、字面に拘泥して、活きた事理を死んで講じ、人を眼花繚乱させて、実際に用いると決して霊験ではありません。いま私はあえて刪改し、ただ緊要の四十五箇所の部位を留め、個々に皆重要な関係があります。注意すべきは、気色部位の名称は流年の「限」部位の名称と同じでなく、この二つは各々各の事を主るからです。以下に逐一分類して詳しく解し、記憶に便く、理解にも便くして、応験して初めて確実で頼りになるようにします。
第一章 気色説
公篤曰:古法氣色部位繁緊,名目亦多,地位不實,各家相法盲指瞎謂,各說不一,閱者頗厭其煩,又無把握之認定,亦無稽考之證實。茲特繪其緊要部位,限定地點,及吉凶禍福,各有專司,使閱者容易記億,詳明某輕重之旨,分別其吉凶之要。
陳公篤が言う。古法における気色の部位はまた繁くまた密で、名目も多く、しかし指す地位は落ち着きません。各家の相書はやみくもに指し乱説し、各々一説を執り、読む人はまず厭煩します。把握して認定するもなく、稽考して証実する処もありません。いま私はあえて緊要の部位を図に絵り、毎箇所の部位の地点を劃定して清楚にし、あわせてそれが各々どの類の吉凶禍福を主るかを説明し、読者に容易く記憶させ(底本の「記億」は「記憶」とすべき)、その中の孰が軽く孰が重いかの意旨を明白にし、吉凶の関鍵の在所を分け清楚にします。
夫氣者,為先天之動機,不根據五臟六俯,無定位也;色者,為後天之華表,根據五行四時,順天道也。蓋氣隱於皮膚之內,為事實之先表,在三十日以前則潛伏,合兩節令之氣候也;其關係之大者,有前一百八十日潛伏之,合陰陽之氣候也。色浮於皮膚之外,為事實之應驗,在十五日以前則潛伏之,合一節令之氣候也;其關係之大者,有前九十日潛伏之,合半陰陽之氣候也。二者如雪上之霜、水上之冰,大體相似而實異也。如不細心考察,則有差寸誤尺,而無標準之應驗矣。
いわゆる「気」は、先天が発動する機兆で、それは五臓六腑に依附せず、固定の位置がありません。いわゆる「色」は、後天が顕露する表徴で、それは五行と四時に依って変わり、天道に順応します。気は皮膚の内に隠れ蔵れ、事がまだ発生しない前の先兆で、一般に事発の三十日前に潜伏し、ちょうど二箇の節令の気候の数に合します。関係が重大な者は、さらに百八十日前にすでに潜伏し、一年の陰陽消長の気候に合します。色は皮膚の外に浮現し、事がまさに応験せんとする顕示で、一般に事発の十五日前に潜伏し、ちょうど一箇の節令の気候に合します。関係が重大な者は、九十日前に潜伏し、半年の陰陽の気候に合します。この両者はたとえば雪の上に結ぶ霜、水面に結ぶ氷のようで、大体相似するも実質は同じでありません。もし細心に考察しなければ、毫釐を差せば千里を謬り、応験にも准じるところがなくなります。
其法如何?蓋先分虛實,次分清濁,再別其長短大小,又別其濃淡輕重,最後分其枯燥靜潤,又別其剋制生化,以五行四時而論禍福吉凶,則事實之應驗、時間之早遲,有所決定矣。其中分兩種:一為有氣無色,此為潛伏種因,而時間末至,則考其它部位之變化,而判其成功與中阻;一為有色無氣,此為虛浮引線,而事實有變,則考其它部位之生化,而判其暫時與過渡。有氣有色,則為定論不移,而限定時期應證也。
具体的にはどう見るか。まず虚と実を分け、次に清と濁を分け、さらにその長短大小を辨し、またその濃淡軽重を辨し、最後にその枯燥か静潤かを辨し、さらにそれと時令の間が相克相制か相生相化かを辨します。それから五行四時に按じて禍福吉凶を論断すれば、事の応験するか否か・時の来るのが早いか遅いかが、皆定められます。その中にまた二種の情形を分けます。一つは「気有りて色無し」で、これは禍福の種子がすでに埋下され潜伏して未だ発せず、時がまだ至っていない(底本の「末至」の「末」は「未」の訛)ので、この時は他の部位の変化を察看して、この事が最終に成功するか中途で阻まれるかを判断します。もう一つは「色有りて気無し」で、これは虚浮の引線で、事はまた変を生じ、この時は他の部位の生化を察看して、それがただ暫時の現象か一箇の過渡かを判断します。もし気と色がともにあれば、それは鉄のごとく定まって移らない結論で、時期を限定してその応験を断じられます。
故充足者,其事實應驗必速;沉滯者,其事實應驗必遲;長濃者,其事實之關係較大;短淡者,其事實之關係較小。其破敗之氣,有九年不敬盡者,亦有七年五年三年,至少則應一年;其色有驗一年不敬盡者,亦有一季一月,至少則應半月。其發達之氣,有五年不改變者,亦有三年二年,至少則應一年;其色有驗一年不改變者,亦有一季一月,至少則應十五日。此為一定時間。
ですから気色が飽満充足していれば、事の応験は必ず速く、沈滯して揚がらなければ、応験は必ず遅いです。色沢が長くて濃いものは、関わる事が比較的大きく、短くて淡いものは、関わる事が比較的小さいです。破敗を主る気は、九年を延びてもまだ消え尽きないものがあり(底本の「敬尽」は「散尽」とすべき)、七年・五年・三年のもあり、最も短くても一年は応じます。破敗を主る色は、一年を足して応じてもまだ散り尽きないものがあり、一季・一月のもあり、最も短くても半月は応じます。発達を主る気は、五年変わらないものがあり、三年・二年のもあり、最も短くて一年を応じます。発達を主る色は、一年を足して応じて変わらないものがあり、一季・一月のもあり、最も短くて十五日を応じます。これが気色応期の定数です。
至於氣色之形式不一,或如粟如豆,如絲如髮,或碎如米,或圓如珠,或方加印,或長如針,或如浮雲飛鳥,或如晚霞蜿蜒,總以現於何部而關係何事,變成何色而關係何項,俱宜按時令之生剋制化、來去之久暫重經,為一定之斷驗也。
気色の現れる形狀に至っては様々あります。あるものは小米に似て豆粒に似て、あるものは糸に似て髪に似て、あるものは細かく砕けて米屑のよう、あるものは円潤して珠子のよう、あるものは方正して印章のよう、あるものは細長して針のよう、あるものは浮雲や飛鳥に似て、あるものは晩霞のように蜿蜿として敷き広がります。要するにそれがいずれの部位に現れるかを見れば、どの類の事に関わるかが分かり、どの色に変わるかを見れば、どの項の吉凶に関わるかが分かります。断験するには皆当令の時節の生克制化、およびこの一団の気色の来去の久暫と軽重(底本の「重經」は「軽重」とすべき)に按じて、初めて確切な結論を定められます。
第二章 気色認法
青色分三種:一.青色屬木,其卦屬震,其音為角,其令為春,是為天氣上升之初也。故青而明潤、有生氣者,是為青色之正色。二.滑色,為青色之別種,青中帶黃,青黃夾雜,合而為一色,是為滑色。三.膩色,為青色之別種,青淡而有浮光,似豬脂之塗,一為青白含色,是為膩色。
青色は三種に分かれます。第一種「青色」。五行の木に属し、卦では震に属し、五音では角に属し、時令では春に属し、天地の気が上昇し始める段階です。ですから青くして明亮潤沢で、生機を透すものこそ、青色の正色です。第二種「滑色」は、青色の変種です。青の中に黄を帯び、青黄が夾雑して混じり一色を成すのを、滑色と呼びます。第三種「腻色」も、青色の変種です。色が青くて淡く、表面に一層の光が浮き、豚油を塗ったようなものです。もう一つは青白が相含むもので、これも腻色に帰します。
紅色分五種:一.紅色屬火,其卦屬離,其音為徵,是為麗明之象,其令為夏,天氣上升之極也。紅而活潤,得其正色,是為紅色。二.紫色為紅色之別種,紅而極淡,如紫霰之經,形雲之淡,紫而光潤,是為紫色。三.燥色,為紅色之別種,為紅色之不足,紫色之有餘,是為燥色,紅淡而浮也。四.赤色,為紅色之別種,深紅而停滯,紅中帶黑色,紅黑合併為一,如豬肝色,是為赤色。五.絳色,為紅色之別種,紅而有粉光如膏如脂,其色聚而浮露,是為絳色。
紅色は五種に分かれます。第一種「紅色」。五行の火に属し、卦では離に属し、五音では徵に属し(底本は「征」と作る)、取るのは附麗して光明なる象です。時令では夏に属し、天地の気が上昇して極点に至る段階です。紅くして鮮活潤沢なものこそ、その正色で、これを初めて紅色と呼びます。第二種「紫色」は、紅色の変種です。紅が極めて淡く、淡紫の霰雪のよう、稀薄の彩雲のようで、紫にして光潤あるのを、紫色と呼びます。第三種「燥色」も、紅色の変種です。正紅に比べて足りず、紫色に比べて余りあり、紅くして淡くかつ表面に浮くのを、燥色と呼びます。第四種「赤色」も、紅色の変種です。深紅で凝滯して動かず、紅の中に黒を帯び、紅黒が併びて一色を成し、猪肝の色のようなのを、赤色と呼びます。第五種「絳色」も、同じく紅色の変種です。紅の中に一層の粉光を帯び、油膏のよう・脂肪のようで、顔色が一塊に聚まって外に浮露するのを、絳色と呼びます。
黃色分二種:一.黃色屬土,其卦屬坤,其音為宮,其令為三六九全月,是為天氣半升半沉之間,辰戍丑末之四隅也。黃而活潤,是為正色之黃色。二.黯色,為黃色之別種,其色黃中帶黑,停滯不潤如油垢,是為黯色,或名暗色。白色分二種:一.白色屬金,其卦屬兌,其音為商,其令為秋,是為天氣下降之初也。白而瑩潔,是為正色之白色。二.慘色,為白色之別種,白滯而浸色,內白外膩,合而為一色,是為慘色,或枯色,即白如枯骨之謂也。
黄色は二種に分かれます。第一種「黄色」。五行の土に属し、卦では坤に属し、五音では宮に属し、時令では三月・六月・九月・十二月のこの四箇月に属し(底本は「三六九全月」を例に挙ぐ)、まさに天地の気が半ば昇り半ば沈む際、すなわち辰・戌・丑・未の四つの土支の居る四隅の位です。黄くして鮮活潤沢なものは、黄色の正色です。第二種「黯色」は、黄色の変種です。黄の中に黒を帯び、凝滯して潤わず、油垢が沾り付いたようなのを、黯色と呼び、また暗色とも呼びます。白色は二種に分かれます。第一種「白色」。五行の金に属し、卦では兌に属し、五音では商に属し、時令では秋に属し、天地の気が下降し始める段階です。白くして晶瑩潔淨なものは、白色の正色です。第二種「慘色」は、白色の変種です。白くして凝滯し、水に浸されたようで、裏層は白く泛き外層は腻を帯び、両者が合わさって一色を成すのを、慘色と呼び、また枯色とも呼び、すなわち枯骨のように白い義です。
黑色分二種:一.黑色屬水,其卦為坎,其音為羽,其令為冬,是為天氣沉降之深也。黑而明潤如鴉翎,是為正黑之色。二.晦色,為黑色之別種,其色昏沉,為地灰之溼,與慘色相似,而慘色略淡侵,晦色略深溼,其中有薄紗染皂,皆為晦色,或為滯色,而有塵垢之例。
黒色は二種に分かれます。第一種「黒色」。五行の水に属し、卦では坎に属し、五音では羽に属し、時令では冬に属し、天地の気が沈降して最深に至る段階です。黒くして明亮潤沢、烏鴉の羽毛のようなものこそ、純正の黒色です。第二種「晦色」は、黒色の変種です。顔色が昏暗低沉で、地に上がった湿り気の灰土のようで、見れば慘色と相似します。分別は、慘色はやや淡くして浸潤し、晦色はやや深くして湿重であることにあります。その中にまた一種、薄紗が黒皂色に染まったようなものがあり、皆晦色に帰し、あるいは滯色と呼ばれ、見れば一層の塵垢を蒙ったようです。
公篤曰:綜上各色,共十四種,其中最難分辨者,紅色之五種耳,皆以深淡濃而分類也。凡學風鑑術者,能分辨紅色之五種,其它各色皆易辨認也;次則青色之三種,為第一之難分辨也。至於黃白黑三種,以明潤而有生氣為正色,以滯暗而無生氣為別種,故有一定之認法,不可依稀彷彿,疑是疑非,而出範圍也。根據上例十四種之分,方是正宗而合法也。
陳公篤が言う。上面に列ねたのを綜合すると、各色は全部で十四種あり、その中で最も分辨し難いのは紅色のあの五種で、それらは全て深淺濃淡に拠って分類します。およそ相を学ぶ人は、ただ紅色の五種を分け清楚にできれば、その余の各色は皆辨認しやすいです。次に難しいのは青色の三種で、これも初学の時の第一の難関です。黄・白・黒の三種に至っては、一律に明亮潤沢で生機を透すものを正色とし、凝滯晦暗で毫も生機なきものを変種とし、認法は固定していて、模模糊糊・似是而非に、この範囲を越えて乱に猜してはなりません。上に挙げた十四種の分類に依って見れば、初めて正宗にして法度に合します。
第三章 浮沉定批注
公篤曰:氣色前分十四種,是為綱領,尚有三色,即浮色、沉色、定色也。然此三色,也括各色之分類,而變法則多,可以十四種氣色而化出四十二種氣色也。然其繁煩中有簡便認定之處,其大體之根據如下三項。
陳公篤が言う。前に気色を十四種に分けたのは、あれは総綱です。このほかにまた三種があり、すなわち「浮色」「沈色」「定色」です。この三色は実は前面の各色をさらに一層区別するもので、変化は多くなります。十四種の気色が各々浮・沈・定の三態を配すれば、すなわち四十二種の気色を化出します。見れば繁瑣のようですが、その中に簡便な認定の弁法があり、大体下面の三項に依拠します。
一.浮色。浮者,浮出皮膚之外,膩然有光,如塗脂塗膏也,而各色皆有浮色。其事實如上論,與有色無氣相等,則為事實之虛浮影子,尚有變局在後,由此項關係,發生彼項關係。凡有浮色之發現於各部,雖有十分把握之略,萬分穩當之名利,皆有時局影響,人事變遷,而不收功也。某處危險驚險,方可化解,而有救,或為直接之保留,或為間接之救護。至於官訟是非、哭泣損失,皆不為害,而有生機之轉移也。故有青浮之色、膩浮之色、滑浮之色、黃浮之色、黯浮之色,其它紅自黑晦,均有浮色在內也。其認定法,則分遠近耳:其遠看有此色,近看無比色,均通稱為浮色。故上述有十四種氣色,則浮色亦有十四種氣色也。
第一種は「浮色」です。いわゆる浮は、顔色が皮膚の外に浮き出て、油膩として光を泛べ、脂膏を塗ったようなものです。十四色の中の每一色も皆浮態を呈し得ます。それが主る事は、前に言った「色有りて気無し」のごとく、ただ事の一つの虚影で、後にまた変局があり、往々にしてこの一端の関係からまた彼の一端の関係を牽き出します。およそある部位に浮色が現れれば、たとえ謀劃に十分の把捉があり名利が万分穏当に見えても、終に時局の影響・人事の変遷に擾されて功を収められません。逆に、もしある処にもともと危険驚恐があれば、浮色を見てかえって化解して救いを得、あるいは直接に保全され、あるいは間接に人の救護を得ます。官司是非・哭泣損失の類に至っては、浮色を見ても皆大きな害を成さず、なお生機に転じ出られます。ですから青浮色・腻浮色・滑浮色・黄浮色・黯浮色があり、その余の紅・白・黒・晦(底本の「紅自」の「自」は「白」の訛)の各色も、皆各々その浮色があります。認定の弁法はただ遠近の別に在りて、遠く見ればこの顔色があり、近づいて見れば無いのを、一概に浮色と称します。ですから上の十四種の気色に対し、浮色もすなわち十四種あります。
二.沉色。沉者,隱於皮膚之內,凝滯無光,晦昧不明也,而各色皆有沉色。其事實如上論,即有氣無色相等,則為事實之羈留久延,雖有其可能之性質,中有糾紛發生,為牽制之點,或為人事變遷,或為天時轉移,或為地形災患,此為意外之障礙,中道改組也,是為種因之例,或過渡之例,欲速而反遲,欲進而反勞。其官祿財源之所,遲遲不發表也;行動條約之所決,遲遲不就範也。至於遺累官訟、口舌損失,皆為似是而非、若有若無之類也。故有紅沉之色、赤沉之色、燥沉之色、絳沉之色、紫沉之色,其它青黃白黑,均有沉色在內也。其認定法,則分遠近耳:遠看無比色,近看有此色,均通稱為沉色。故上述有十四種氣色,則沉色亦有十四種氣色也。
第二種は「沈色」です。いわゆる沈は、顔色が皮膚の内に隠伏し、凝滯して光なく、昏昧として明らかでないものです。十四色の中の每一色も皆沈態を呈し得ます。それが主る事は、前に言った「気有りて色無し」のごとく、事が羈留され拖延することです。事の本身に成す可能があるものの、中間に糾紛を生じて牽制を成し、あるいは人事の変動、あるいは天時の転移、あるいは地方上の災患、要するに意外の障碍で、半途の改組に至らせます。これは「種因を埋下」したか「なお過渡に在る」かの例に属します。速くせんと欲してかえって遅く、進まんと欲してかえって徒労です。官職俸禄・財源の在所する事は、遅々として発表を見ず、行動と条約の議定する事は、遅々として落實できません。牽連の官司・口舌上の損失に至っては、皆似有似無・若隠若現の類です。ですから紅沈色・赤沈色・燥沈色・絳沈色・紫沈色があり、その余の青・黄・白・黒の各色も、同じく各々その沈色があります。認定の弁法もまたただ遠近に在りて、遠く見ればこの顔色がなく、近づいて見ればあるのを、一概に沈色と称します。ですから上の十四種の気色に対し、沈色も十四種あります。要するに沈色は一つの「遅」の字・一つの「滯」の字を主ります。およそ沈色を見れば、謀事は緩く図るべく急進すべからずで、愈々急げば愈々滯る。これが沈色を以て事を断ずる要訣です。
三.定色。定者,定而不移之色,內外一樣,明顯而可辨認也,而各色皆有定色。其事實如上論,即有氣有色相等,則為事實之先機,有此而為根據也。故凡有定色,則所者必發表,而達到目的,或有意外之兼,均為可能之達到,不另費手續,而無周折也。至於危險之色、驚險之色、驚疑損失之色、牢獄官非之色、孝服刑剋之色、破財牽制之色、受累是非之色,均從此定色而決斷之也。故有白定之色、慘定之色、黑定之色、枯定之色,其它青黃紅滑各色皆有定色。其認定法,則分遠近耳:其遠看有此色,近看有此色,均通稱為定色。放上述有十四種氣色,則定色亦有十四種氣色也。
第三種は「定色」です。いわゆる定は、定まって移らない顔色で、裏も外も一つの様で、明顕で辨認しやすいものです。十四色の中の每一色も皆定態を呈し得ます。それが主る事は、前に言った「気有り色有り」のごとく、事の確切な先兆で、これに拠って断語を下せます。ですからおよそ定色を見れば、謀る所の事は必ず公開に落實し目的に達し、さらに別に意外の収穫さえあって、皆順調に手に入り、別に周折の手続を費やす必要がありません。凶の一面に至っては――危険の色・驚険の色・驚疑損失の色・牢獄官非の色・孝服刑克の色・破財牽制の色・受累是非の色――も一律にこの定色に憑って決断を下します。ですから白定色・慘定色・黒定色・枯定色があり、その余の青・黄・紅・滑の各色も皆定色があります。認定の弁法はなお遠近に在りて、遠く見ればこの顔色があり、近づいて見てもやはりこの顔色なのを、一概に定色と称します。ですから上の十四種の気色に対し、定色も十四種あります。要するに定色は一つの「准」の字を主ります。吉でも凶でも、皆それが顕現する様の通りに期如に兌現し、浮・沈・定の三色の中で最も憑信できる一種で、断験する時はそれを以て主とすべきです。
第四章 気色関係
公篤曰:氣色為先天之動機,事實之表現,如其氣色發生,則有事實之應驗也。其氣色各有正當之關係,各有附帶之關係,各有連帶之關係,各有牽動之關係;又有因其人之地位如何,財產之等級如何,才智之賢愚如何,天性之剛柔如何,行事之廉潔與奸貪如何,決斷之持重與冒險如何,環境之安全與逼迫如何,器量之宏大與窄狹如何。此為相法之重要點,茲特分類詳註如下。
陳公篤が言う。気色は先天の動機の顕露であり、また事の外在的表現です。ある気色さえ発生すれば、必ず相応の事実があって応験します。毎一種の気色には皆それが正しく主る事があり、また附帯の・連帯の・牽動の各層の関係があります。このほかにさらにこの人の本身を看なければなりません。地位の高低は如何、財産の等級は如何、才智は賢か愚か、天性は剛か柔か、行事は廉潔か奸貪か、決断は持重か冒険か、環境は安穏か逼迫か、器量は宏大か窄狹か。同一種の気色が同じでない人の身に現れれば、応じ出る事は天差地別です。これまさに相法の緊要の処です。以下にあえて分類して詳しく注解を加えます。
一.黃色,為最吉之色,皆屬喜慶之事實,為升官進職,獲功得祿,造人丁,得子女;常人則主進田宅,得利源,或進人丁子女,以及喜信結合,佳音遠至。二.紫色,為最吉之色,皆為喜慶之事實,四時皆亨吉也,為升官進職,得祿獲功,進入丁;常人則主進田宅,得利權,及進人丁子女,亦主佳音遠至。
第一、黄色は、最も吉の顔色で、主る所は皆喜慶の事です。官を為す者は升官して級を晋め、功を立てて禄を受け、丁を添え口を進め、喜びて子女を得ます。平常人は田宅を置き辦え、財源を開くことを主り、あるいは人を添え丁を添え、および喜訊の伝わり来ること・婚姻の結ばれること・遠方の佳音の到達することを主ります。第二、紫色も、同じく最も吉の顔色で、主る所も皆喜慶の事で、しかも一年の四季皆亨通吉利です。官を為す者は升官して級を晋め、禄を得て功を立て、家に丁を添えます。平常人は田宅を置き辦え、利権を取得し、人丁を添えて子女を得ることを主り、また遠方より好消息の伝わることを主ります。
三.青色,為平常之小不吉,於春令不忌,尚以明潤而得平安也;其它時令主疾厄流連,事實牽制,小遺累而多憂思,虛驚恐而多罣誤。四.白色,以瑩潔為定色,而秋令不忌,尚為平安之色;其它時令,則主孝服之哭泣,憂愁之隱患,疾病之糾纒,驚疑之不遂,血統之損傷。
第三、青色は、尋常の小不吉に属します。春に当令する時は忌まず、ただ青くして明潤ならば、なお平安を主ります。他の季節に出れば、疾病が纏綿して去らず、事が処処に牽制を受け、小さな拖累があって心中に憂思多く、常に虚驚を受けて牽掛耽誤が多いことを主ります。第四、白色は、晶瑩潔淨の定色を以て准とし、秋に当令する時は忌まず、なお平安の色と算します。他の季節に出れば、戴孝して哭泣し、憂愁隠憂、疾病が糾纏し、驚疑不定で事事遂わず、および骨肉の血親が傷損を受けることを主ります。
五.燥色,為小損失之色,於夏令不忌,而無關係;其它時令皆不吉,主小損失,及細故之障礙,又生口舌是非,偏財遺累,及內顧之憂,而有牽制也。六.暗色,一名黯色,為疾厄病災之色,及有小人妨害,財星冷退,勞而不功,恩而有怨,及遺累多而義不容辭,事實煩而收效有限,又主心理隔塞,而不諒解。
第五、燥色は、小損失を主る顔色です。夏に当令する時は忌まず、関係ありません。他の季節に出れば皆不吉で、小さな破財、および瑣細の縁故に因って生ずる阻碍を主り、さらに口舌是非・偏門財上の拖累を招き、および家中の内顧の憂、処処に牽制を受けます。第六、暗色は、また黯色と呼ばれ、疾病災厄を主る顔色で、さらに小人の妨害・財運の冷退、力を出して功を見ず、恩を施してかえって怨みを招くことを主ります。牽累の事もまた多く、情面に碍げられて推托し得ず、事は繁瑣で収効は有限です。このほかにまた人と人の間に心に隔閡を生じ、彼此が諒解し得ないことを主ります。
七.滑色,為疾厄之經者,及小冷退,小損財顧忌而生是非,防不勝防之小累,及多費手續而有周折,及事實延長而不結束之類也。八.膩色,為虛浮之影響,而有覊延逗留,中道多生障礙,每事不滿其願,結仇結怨,反覆無功,交際失敗,預失信,每事不完善,而有鬱結之例,及小病也。
第七、滑色は、比較的軽い疾病(底本の「疾厄之經者」の「經」は「軽」とすべき)、および小さな冷退・小さな破財を主ります。心に顧忌を存してかえって是非を生じ、また防ぎ難く防ぎ難い小さな拖累があり、事を辦するに手続を多く費やし周折を多く繞り、事は拖いて遅々として了結し得ません。第八、腻色は、虚浮不実の影響を主ります。事が羈留逗留し、半路上に常に障碍を生じ、每件事が皆称心し得ません。また人と仇を結び怨を結ぶことを主り、反復して徒労にして功なく、交際上に失敗し、事先に約定したのに信用を失します。様様の事が皆円満でなく、心に鬱結して解け難く、同時にまた些かの小病があります。
九.慘色,一名枯色,為不祥之色,主孝服哭泣,官訟牢獄,及損失受屈之破財,驚恐疑嫉之疾厄,人口多災,本身多病,事實多累,略多敗,及死災也。十.赤色,為不吉之色,四時皆不利,主孝服哭泣,危險驚恐,牢獄柳鎖,受傷成殘,暗害爭端,大病大敗,損失較大,及有性命之憂者。
第九、慘色は、また枯色と呼ばれ、不祥の顔色で、戴孝して哭泣し、官司牢獄、屈を受け冤を含んで破財し、驚恐して猜疑妬忌して病災を生ずることを主ります。家中の人口に災が多く、本人に病が多く、事事牽累し、謀劃は大半失敗し、さらに死亡の災さえあります。第十、赤色は、不吉の顔色で、一年の四季皆利なく、戴孝して哭泣し、危険驚恐に遭遇し、身が牢獄枷鎖に陥り、傷を受けて殘疾となり、人に暗害されるか争端に巻き込まれ、大病一場・大敗一回し、損失が比較的重く、さらに性命の憂さえあります。
十一.絳色,為哭泣之色,專主刑人丁,主內哭泣之父母弟兄、妻妾子女,主外哭泣之血統至戚、母族妻族、叔伯姑嫜,亦主小疾,及失眠傷陰之例。十二.紅色,為不吉之色,而夏令減輕損失,主驚恐危險,受傷凶亡,飛災橫禍,失敗爭端,暗害牢獄,其妨害較大,危險較多,及死災之例。
第十一、絳色は、哭泣を主る顔色で、専ら家中の人口を刑克することを主ります。内に対しては父母兄弟・妻妾子女の喪で、外に対しては血親至戚・母家妻家・叔伯姑舅の喪です。このほかにまた小病、および失眠・陰分の受損する類の毛病を主ります。第十二、紅色は、不吉の顔色で、ただ夏に当令する時は損失を減軽し得ます。それは驚恐危険・傷を受けるか横死、飛來の災禍、事の失敗・人との争端、人の暗害に遭うか身が牢獄に陥ることを主ります。この一色は妨害が比較的大きく危険が比較的多く、さらに死亡の災を主ります。
十三.黑色,為最危險之色,四時皆危險,獨冬令可以減輕破敗,主驚險破敗,危險受傷,官非牢獄,橫禍飛災,及大病大災,可以死亡之例。十四.晦色,一名滯色,又名塵垢色,為大疾厄之色,均出弱症居多,而有痼疾宿病於前者;亦主冷退破財,刑傷人丁,神經昏憤,事實顛倒,及死亡之例。
第十三、黒色は、最も危険の顔色で、四季皆危険を主り、ただ冬に当令する時は破敗を減軽し得ます。それは驚険破敗・険に遇い傷を受け、官非牢獄、橫禍飛災、および大病大災を主り、さらに死亡に致り得ます。第十四、晦色は、また滯色・塵垢色と呼ばれ、大病災を主る顔色で、現れる所は多くは虚弱の症、あるいは先前からある痼疾宿病です。このほかにまた家道の冷退破財、家中の人口を刑傷し、神志が昏乱し(底本の「昏憤」は「昏憒」とすべき)、事を為すに顛三倒四し、重きものは同じく死亡を主ります。
気色関係軽重訣
公篤曰:上列各類氣色,而專司之各項事實,包括人事之吉凶禍福矣。然有輕重之點,而因其人指定之,以決其為何項事實也。此中當有輕重大小之分別,又有應受、傍受,及株累受之各異;有一項之專受,有兩項之兼受,有間接之連帶受也。茲特分類如下,以便持鑑者之推想而定之也。
陳公篤が言う。上に列ねた各類の気色、およびそれらが各々主管する種種の事実は、すでに人事の吉凶禍福を皆包括し尽くしました。ただし同一種の気色にもなお軽重の別があり、当事の人の身分に就いて指し実せば、初めてそれが果たしていずれの一事に応ずるかを断定できます。この裏頭には既に軽重大小の分別があり、また「應受」(自身が正しく承受)、「傍受」(傍に涉って影響を受ける)と「株累受」(人に牽連されて受ける)の不同があります。あるものはただ専ら一項に応じ、あるものは兼ねて両項に応じ、また間接に連帯して受けるものもあります。以下にあえて分類して列ね出し、鏡を持ちて相を看る人がこれに拠って推想し論定する便とします。
一.黃紫二氣色,均為吉慶之氣色,如發現於有貴權之人,則應為升遷進職,得權獲功,增財祿而復嘉獎,旺人丁而復喜慶之例也。二.黃紫二氣色,如發現於富紳豪商之人,則應為增進田宅,開闢利源,乘時之厚利,無因之進財,人口平安,又旺子女之例也。
第一、黄・紫のこの二種の気色は皆吉慶の色です。もし爵位権柄ある人の身に現れれば、応験するのは升遷して級を晋め、権を得て功を立て、財禄が増加するほかにさらに嘉奬を受け、人丁が興旺するほかにさらに喜事を添えることです。第二、黄・紫の二色がもし富紳豪商の身に現れれば、応験するのはすなわち田宅を添置し、財源を開闢し、時機に乗じて厚利を賺得し、あるいは無縁無故に一筆の財が門に入ることです。同時に家中の人口は平安で、子女も興旺します。
三.黃紫二氣色,如發現於貧役苦工之人,則應為得意外之奇財,投機之倍利,或為族戚之補助,而有生機,或為鄰友之結合,而有辦法,人丁亦為安好之例也。四.黃紫二氣色,如發現於賤業下流之人,則應為雖奇之遇合,名噪於一時,意外之生機,獲利於膨脹,或為貴人之賞識,儘量成全,或為富者之愛惜,盡力提拔之例也。此為地位資格之不同,而貴賤富貧之等級各異,因之而享受也。
第三、黄・紫の二色がもし貧苦にして力役する人の身に現れれば、応験するのは一筆の意外の橫財を得るか、投機して巧みを取って倍する利を賺ぐことです。あるいは族人親戚の接濟を得て活路があり、あるいは鄰里朋友と合伙して弁法を想い出します。家中の人口も平安無事です。第四、黄・紫の二色がもし賤業に従事し身が下流に居る人の身に現れれば、応験するのは得難い奇遇で、名声が一時に轟動します。意外に一条の生路を得着し、行情の膨脹に乗じて獲利します。あるいは貴人に賞識されて力を尽くして成全され、あるいは富人に愛惜されて竭力して提拔されます。見るべきは、地位資格が同じでなく、貴賤貧富の等級もまた各々異なり、享受する所は自ずからこれに随って分かれることです。
五.黃紫二氣色,如發現於有才智之人,則應為略周詳而如願,時機相合而遂心,知交戚誼之援助,上親下合之融洽,儘量而獲其職權利益之倍功也。六.黃紫二氣色,如發現於無才智之人,則應為名不而達到,利不勞而成功,用人而得力,託人而可靠,而獲其自然利益之半功也。
第五、黄・紫の二色がもし才智ある人の身に現れれば、応験するのは謀劃が周詳で事事願う如く、時機が相合して称心し遂意します。知交と親戚の援手があり、上下の人等が皆親近融洽します。それに因って職権と利益を充分に獲取でき、加倍の成效を収めます。第六、黄・紫の二色がもし才智なき人の身に現れれば、応験するのは名声は求めずして自ら至り、利益は労せずして得ることです。人を用いれば力を得着し、人に托すれば頼りを得着します。ただし得る所はただ自然然とした一半の功で、才智者に比ぶべくもありません。
七.黃紫二氣色,如發現於中才之人,則應為借力而進取,因此而達彼之過渡階梯,結合而互利,守內而達外之同舟共濟,而獲其一舉兩得之名實相符也。此為才智之賢愚不同,而享受之利益有餘不足各異也。八.黃紫二氣色,如發現於性情急躁之人,則應為倉猝之進,而投其機,積極之勇為,而捷其時。其成功也速,其發達也暴,作暫而不久之例。
第七、黄・紫の二色がもし才具中等の人の身に現れれば、応験するのは他人の力を借りて進取し、こちらの一端から橋を架けて彼方の一端に通じ、過渡の階梯を成すことです。人と合作して彼此に利を得、内には本分を守り外には局面を拓展し、同舟共済します。それに因って名と実が相符し、一挙両得します。見るべきは、才智の賢愚が同じでなく、享受する利益にも余るものと足りないものとがあることです。第八、黄・紫の二色がもし性情急躁の人の身に現れれば、応験するのは倉促の間に先んじて一步、ちょうど機会に投じ合わせ、積極に勇為して先手を搶得することです。この種の人は成功が来るのが速く、発達が来るのが猛いですが、暫時に属して持久し得ない類です。
九.黃紫二氣色,如發現於性情慈柔之人,則應為遠深慮,稱見以成功,見解周到,入手而奏效。其成功也遲緩,其發達也平穩,作以守為進之例。十.黃紫二氣色,如發現於不剛不柔之人,則應為借題發揮之間接,而有進展;待時而動之正當,而有利益。其成功也穩固,其發達也知足,作守義持久之例。此為性情之剛柔不同,而所獲利益之勇為取守持久各異也。
第九、黄・紫の二色がもし性情慈和柔順の人の身に現れれば、応験するのは深謀遠慮、見識が穏当で後に成功し、考慮が周到で、一たび手を下せばすなわち効を見ることです。この種の人は成功が来るのが遅く、発達が来るのが平穏で、守りを以て進みと為す類に属します。第十、黄・紫の二色がもし剛ならず柔ならず、性情が中に居る人の身に現れれば、応験するのは由頭に藉りて間接に発揮して進展があり、時機が成熟するを待って初めて正当に行動して利を得ることです。この種の人は成功が穩固で、発達の後もまた知足し、道義を守って持久できる類に属します。見るべきは、性情の剛柔が同じでなく、得る利益が勇進・守成・持久の上でも各々同じでないことです。
十一.黃紫二氣色,如發現於行事廉潔之人,則應為好名而務德,從善而務功,其所也皆從正軌之進益,其所取也皆從正義之途徑,作名重利輕者論。十二.黃紫二氣色,如發現於行事奸貪之人,則應為奇巧之鑽營,無微不至;卑鄙之諂諛,無丑不備。其所也偏邪,其所取也苛斂,作利重名惡者論。
第十一、黄・紫の二色がもし行事廉潔の人の身に現れれば、応験するのは彼が名声を好んで勉めて徳を修め、善に従って力めて功を建てんとすることです。得る所の進益は全て正規を走り、取る所の財利は全て正義の路を循り、「名が利より重し」に按じて論断できます。第十二、黄・紫の二色がもし行事奸詐貪婪の人の身に現れれば、応験するのは彼が鑽営して巧みを取り、孔に入らざるなし、諂媚して逢迎し、醜態百出です。走る所の路子は偏邪で、取る所の銭財は苛刻に捜刮に拠り、「利を重んじて名声は悪し」に按じて論断できます。
十三.黃紫二氣色,如發現於廉潔奸貪之間,則應為盡其智力之進益,完其責任之成功,欲善而不敢自決,欲惡而不敢放縱,作名利相符者論。此為行事之廉潔奸貪不同,而務名趨利與雙得之各異也。十四.黃紫二氣色,如發現於決斷持重之人,則應為守規矩而不越,以獲其功;盡天職而不亂,以成其利。進取有止境,而獲平安之福;成功亦穩固,而採持久之計,作有秩序之利益論。
第十三、黄・紫の二色がもし廉潔と奸貪の間にある人の身に現れれば、応験するのは彼が自らの智力を尽くして進益を謀り、自らの責任を尽くして成功を求めることです。善を行わんと欲してまた敢えて自ら主張せず、悪を為さんと欲してまた敢えて手を放さず、「名と利と相當」に按じて論断できます。見るべきは、行事の廉潔と奸貪が同じでなく、名を求めるか、利を趨るか、それとも名利双収かも、また各々異なることです。第十四、黄・紫の二色がもし決断持重の人の身に現れれば、応験するのは彼が規矩を守って肯んじて逾越せずして功効を収め、本分を尽くして乱れずして利益を成就することです。進取は止まるべきを知り、それに因って平安の福を得、成功も穩固で、走るは長久の計で、「秩序ある利益」に按じて論断できます。
十五.黃紫二氣色,如發現於決斷冒險之人,則應為無限止之發達,有勉強之走險,不計危險飄搖,偏重於事業;不避嫌疑勞怨,偏重於私慾,作越軌之暴發論。十六.黃紫二氣色,如發現界於持重冒險之間,則應為苟安之進益,逼迫之發展;有意營,而偏發不足;無心進取,而偏能達到,作臨時採擇論。此決斷之持重冒險不同,而利益之多寡久暫各異也。
第十五、黄・紫の二色がもし決断冒険の人の身に現れれば、応験するのは発達し起りて止境なきことで、その中にも無理やり铤して険を走る成分があります。風険の飄搖を顧みず、一心に事業に撲し、嫌疑と労怨を避けず、また偏りて私欲を満足することを重んじ、「軌を越えた暴発」に按じて論断できます。第十六、黄・紫の二色がもし持重と冒険の間にある人の身に現れれば、応験するのは苟且に安を求める中に些かの進益を得、形勢に逼迫されて発展あることです。心ある経営は偏に発せず、心なき進取はかえって達成し、「臨時に因応し採択する」に按じて論断できます。見るべきは、決断上の持重と冒険が同じでなく、獲る利益の多少・久暫も各々一様でないことです。
十七.黃紫二氣色,如發現於環境安全之人,則應為少而多成,不勞而多遂,順其時勢而為之,因其人力而取之,作預者論。十八.黃紫二氣色,如發現於環境逼迫之人,則應為妄想之進取,僥倖而成功,過分之貪求,儘量而發展,逆其時勢而強為之,用其機智而櫻奪之,作乘機者論。
第十七、黄・紫の二色がもし処境安穩の人の身に現れれば、応験するのは費力少なく成事多く、労せずして多く願う如くなることです。時勢に順って為し、人力に藉りて取り、「早くより預備ありて水到渠成る」に按じて論断できます。第十八、黄・紫の二色がもし処境逼迫の人の身に現れれば、応験するのは妄想を抱いて進取し、僥倖に倚りて手に入れることです。貪求が過分ながら、また力を尽くして発展し、時勢に逆って強いて為し、心機を尽くして争奪し、「隙に乗じて巧みを取る」に按じて論断できます。
十九.黃紫二氣色,如發現於界於安全逼迫之間,則應為猶豫之理想,遠因之消息傳來拘定之行為,間接之事實進捷,美而不足之利益,而不遇之半遂,作小成功者論。此為環境之安全逼迫不同,而靜待強為與兩可之各異也。二十.黃紫二氣色,如發現於器量宏大之人,則應為舍小而全大,寧靜而致遠,先知之堅決,完善之成功,和衷共濟而利人利己,審勢逢時而獲利獲名,作明哲遠者論。
第十九、黄・紫の二色がもし処境が安穩と逼迫の間にある人の身に現れれば、応験するのは理想はあるものの猶豫して決せず、遠くより伝わる消息がかえって行動を框り、事は間接の門路に倚って初めて推進を得、手に入る利益は良いが終ぞ一截を差し、機縁が湊巧せずして半ば心愿を遂ぐるのみ、「小さく成就あり」に按じて論断できます。見るべきは、環境の安穩と逼迫が同じでなく、静かに時機を候うか、強いて作為するか、それとも両可の間か、情形が各々異なることです。第二十、黄・紫の二色がもし器量宏大の人の身に現れれば、応験するのは小を捨てて以て大を全うし、寧静にして以て遠きに致し、先見の明があって決断が堅定、成事が周全完満です。人と和衷共済して人を利し己を利し、形勢を審察して時機に趕きつきて名利双収、「明智にして遠見あり」に按じて論断できます。
廿一.黃紫二氣色,如發現於器量窄狹之人,則應為貪小而好勝,務多而負氣,力輕任重之發達,意驕氣傲之成功,作自用而專者論。廿二.黃紫二氣色,如發現於界於宏大窄狹之間,則應為念舊而不容惡,漏少盈多;好德而不忍辱,勞倍功半;短期之利益有成,暫時之同舟共濟,作因勢倚人者論。比為器量之宏大窄狹不同,而所容之利益、治亂之加減各異也。
第二十一、黄・紫の二色がもし器量窄狹の人の身に現れれば、応験するのは小利を貪図して勝ちを好み、事事多きを求めて意気に任せて事を為し、能力が足りないのに重任を担って僥倖に発達し、志得意満・気焰が驕傲して成功を取得することで、「剛愎自用・獨斷專行」に按じて論断できます。第二十二、黄・紫の二色がもし器量が宏大と窄狹の間にある人の身に現れれば、応験するのは旧情を念うも悪人を容れず、小処には疎漏あるも大体はなお盈余でき、徳行を好むも屈辱を受けず、力を出すこと加倍するも功を収めること半減し、ただ短期の利益を得るのみ、ただ暫時の同舟共済を為すのみで、「勢に因りて人の力を借る」に按じて論断できます。見るべきは、器量の宏大と窄狹が同じでなく、容れ得る利益、および治世・乱世における増減も、各々同じでないことです。
廿三.黑赤紅慘之氣色,為死亡破敗、危險傷殘最凶之氣色。如發現於有貴權之人,則應為危險牢獄,罷職失權,重則滅門赤族之例:有應震上之招嫉,有應爭權之暗害,有應結黨之仇讎,有應守義之赴難。廿四.黑赤紅慘之氣色,如發現於富紳豪商之人,則應為驚險破產,損失株累,亦主重刑人丁之例:有應盜匪之殘害,有應小人之乘隙,有應戚族之內患,有應鄰里之覬覦。
第二十三、黒・赤・紅・慘のこの四種の気色は、死亡破敗・危険傷殘を主る最も凶の色です。もし爵位権柄ある人の身に現れれば、応験するのは身が危険の牢獄に陥り、官を罷められ権を奪われ、重きはさらに満門抄斬です。あるものは功高くして主を震わせ人の嫉恨を招くに応じ、あるものは権位を争奪して人の暗算に遭うに応じ、あるものは党を結び私を営んで仇家を結ぶに応じ、あるものは節義を堅守して慷慨して難に赴くに応じます。第二十四、この四色がもし富紳豪商の身に現れれば、応験するのは驚険の破産・損失が人に牽連され、また重ね重ね家中の人口を刑克することを主ります。あるものは盗匪の劫掠残害に応じ、あるものは小人が隙に乗じて手を下すに応じ、あるものは親戚族人の引き起こす内患に応じ、あるものは鄰里の覬覦図謀に応じます。
廿五.黑赤紅慘之氣色,如發現於貧役苦工之人,則應為驚災損失,株累拘留,重則為天災發生於意外,次則為人事發生於不測:有應水火之浩劫,有應盜之誣攀,有應血光之災厄,有應時勢之危害。廿六.黑赤紅慘之氣色,如發現於下流賤業之人,則應為驚災伽鎖,喪財流離,重則為懸樑刎頸,而出下策之短見;輕則為流離辛苦,而受挫折之困乏:有應妄貪而受禍,有應愚拙而受詐,毀飢膚,殘肢體,人流離,財耗散。此為地位資格之不同,而貴富貧賤之等級各異,其正受傍受連帶受之禍患也。
第二十五、黒赤紅慘の四色がもし貧苦にして力役する人の身に現れれば、応験するのは災に遭い驚を受け、破財損失し、人に牽連されて拘押に遭うことです。重きは意外に飛來する天災で、次等は人事上の不測です。あるものは水火の大難に応じ、あるものは盗賊に誣攀牽連されるに応じ、あるものは血光の災に応じ、あるものは時局動盪の禍害に応じます。第二十六、この四色がもし賤業に従事し身が下流に居る人の身に現れれば、応験するのは災に遭い驚を受け、身に枷鎖を戴き、銭財を喪い尽くして流離して所を失うことです。重きはさらに上に吊りて自ら刎ね、短見を尋ねる下策を走り、軽きも流離辛苦、挫折を受けて窮困します。あるものは貪心妄想して禍を招くに応じ、あるものは愚笨拙劣で人に欺詐されるに応じ、以致って肌膚を毀傷し、肢體を殘損し、人は四散流離し、財は耗散して一空します。見るべきは、地位資格が同じでなく、貴富貧賤の等級が各々異なり、受ける禍患もまた自身正受・傍及而受・人に連累されて受の幾種に分かれることです。
廿七.黑赤紅慘之氣色,如發現於有才智之人,則應為弄巧反拙之驚險,欲益反損之危害;或為自恃之養癱遺患,或為強行之中道崩潰;厚利而蔽其聰明,私慾而忘其危險也。廿八.黑赤紅慘之氣色,如發現於無才智之人,則應為投陷阱而猶貪,蹈白刃而罔覺;或為權利之引誘而傾覆之,或為邪淫之縱慾而亡身也。
第二十七、黒赤紅慘の四色がもし才智ある人の身に現れれば、応験するのは自ら聡明を作してかえって巧みを弄して拙を成し驚険を生じ、もとより利を得んと欲してかえって損を受け危害に遭うことです。あるいは自ら才の高きを恃むが因に、癰を養いて患を遺し、あるいは強いて推進するが因に、半途に崩潰します。そもそも言えば、厚利が彼の聡明を蒙蔽し、私欲が彼に危険を忘れさせたのです。第二十八、この四色がもし才智なき人の身に現れれば、応験するのは明々乎たり陷阱に踏み入りてなお貪心足らず、足は刀刃を踏みて毫も察覚なし、あるいは権勢利禄に引誘されて傾覆し、あるいは情を縦きり邪淫し、恣意に声聲色を恣にして身を喪うことです。
廿九.黑赤紅慘之氣色,如發現於中才之人,則應為受屈之隱患,株累之驚險,蛛絲馬跡之糾纏,損失而復牽延,族欺戚累之包圍,親情而復仇敵。此為才智賢愚之不同,而巧受屈受與間接受之禍患各異也。三十.黑赤紅慘之氣色,如發現於性情急躁之人,則應為剛愎自用之輕舉,種因招尤之飛災。強梁作膽,執一而不計其生死,不顧其後也;驕悍為懷,辱人而不達其時機,取咎之道也。
第二十九、黒赤紅慘の四色がもし才具中等の人の身に現れれば、応験するのは冤を含み屈を受ける隱憂、人に株連される驚険です。事は蛛糸馬跡のように纏い夾まって清らず、財を破ってなお拖延して糾纏し、族人の欺壓・親戚の拖累の重ね重ねの包囲を受け、もとは親人なるに面を翻して仇讐を成します。見るべきは、才智の賢愚が同じでなく、巧みを取るに因って禍を受けるか、屈を受けるに因って禍を受けるか、それとも間接に牽連されるか、各々同じでないことです。第三十、この四色がもし性情急躁の人の身に現れれば、応験するのは剛愎自用して軽挙妄動し、自ら禍因を種して飛災を招くことです。蠻橫を仗りて胆量と為し、死理を認めて生死を顧みず後果を計らず、驕橫凶悍の気を懐き、他人を侮辱して時機を看ず――これらは皆自ら罪咎を取る路数です。
卅一.黑赤紅慘之氣色,如發現於性情慈柔之人,則應為守己而安其欺詐,持理而安其株累,受侮辱而復破敗,臨不測而復忐忑,猶豫不決,輕重失當也。卅二.黑赤紅慘之氣色,如發現於不剛不柔之人,則應為識人不足之損失,明知故犯之妨害;或為小利熏心而蒙蔽,大患隨之;或為倉猝失足而觸阱,兩禍攻之。此為性情之剛柔不同,而受禍之輕重與複雜各異也。
第三十一、黒赤紅慘の四色がもし性情慈和柔弱の人の身に現れれば、応験するのは分を安んじ己を守るもただ他人の欺詐を忍び受け、理に拠って行うもただ人に株連されるを忍び受け、侮辱を受けてまた破敗に遭い、不測の事に臨んでさらに心中忐忑たり、事に遇って猶豫して決せず、軽重緩急も拿捏して當を失することです。第三十二、この四色がもし剛ならず柔ならず性情中に居る人の身に現れれば、応験するのは人を看るに准なくして損失を受け、可ならざるを明知しながら之を為して妨害を招き、あるいは小利に心を薫られ蒙蔽されて大禍が踵を接して至り、あるいは倉促の間に足を失して陷阱に踏み入り、両重の禍事が一齊に夾攻することです。見るべきは、性情の剛柔が同じでなく、禍を受ける軽重と複雑の程度も各々異なることです。
卅三.黑赤紅慘之氣色,如發現於行事廉潔之人,則應為不貪而受損失,慕義而受禍患,無因而受毀謗,意見不合也;有為而受狙擊,志向不黨也。卅四.黑赤紅摻之氣色,如發現於行事奸貪之人,則應為妄念之受牢獄,卑汙之結仇怨;奇珍玩品之爭奪,而為大破敗;狗馬聲色之淫蕩,而成暗殺機。
第三十三、黒赤紅慘の四色がもし行事廉潔の人の身に現れれば、応験するのは彼は並びに貪求せざるも照様に損失を受け、道義を仰慕してかえって禍患を招き、無縁無故に人に毁謗されるはただ人と意見が合わざるが因に、作為あるにかえって暗算狙撃に遭うはただ志向が人と同流合汙を肯んぜざるが因です。第三十四、この四色がもし行事奸詐貪婪の人の身に現れれば、応験するのは妄念に因って身が牢獄に陥り、卑汚に因って仇怨を結び、奇珍玩物を争奪するが為に大破敗に閙じ至り、走狗跑馬・聲色淫蕩に沈溺するに因って暗中に身を殺す機を招くことです。
卅五.黑赤紅慘之氣色,如發現於行事廉潔奸貪之間,則應為細故而生大患,片言而動殺機;恩怨混合,而為凶禍之門;親疏離間,而為是非之窟。此為行事之廉潔奸貪不同,而安禍之舍取與附勢各異也。卅六.黑赤紅慘之氣色,如發現於決斷持重之人,則應為預算中變之損失,穩見顧忌之危害,求全不全之驚損,疑是疑非之遺誤,臨時中潰,患生肘腋也。
第三十五、黒赤紅慘の四色がもし廉潔と奸貪の間にある人の身に現れれば、応験するのは細小の縁故に因って大禍を釀成し、一句の言に因って殺機を動かし、恩と怨と攪り合って凶禍の門戸を成し、親疎の間に彼此離間して是非の窩巢を成すことです。見るべきは、行事上の廉潔と奸貪が同じでなく、禍を招く時に取るか捨てるか、権勢に攀附するか否か、情形も各々異なることです。第三十六、この四色がもし決断持重の人の身に現れれば、応験するのはもとよりの預算が中途に変を生じて損を受け、穏を求め過ぎ顧慮多すぎてかえって危害を成し、全を求めてかえって全からずして驚を受け破財し、是を疑い非を疑いて時機を貽誤し、事に臨んで忽然崩潰し、禍患はすなわち肘腋の間に出ることです。
卅七.黑赤紅慘之氣色,如發現於決斷冒險之人,則應為孤注行止之傾覆,力輕任重之失敗;忘恩思怨之進逼,而受反動之圈套;以淫害正之偏見,而受親近之愚弄也。卅八.黑赤紅慘之氣色,如現發於決斷持重冒險之間,則應為計劃周詳而反掣肘,人力充足而反障礙,經危險而有急智之轉機,見破敗而有中止之變。此為決斷之與持重冒險不同,而受禍之大小與減等亦各異也。
第三十七、黒赤紅慘の四色がもし決断冒険の人の身に現れれば、応験するのは孤注一擲して全盤傾覆し、力量足らざるに重任を担って失敗し、恩を忘れ怨を記えて歩々に進逼するも、かえって人に圏套を設けられて算計され、邪を以て正を害するの偏見を抱くも、かえって身辺の親近の人に愚弄されることです。第三十八、この四色がもし持重と冒険の間にある人の身に現れれば、応験するのは計劃は周詳なるもかえって掣肘を受け、人手は充足するもかえって障碍を成し、ただ危険を経歴する時に急智に憑って転機が現れ、眼に破敗を看る時にまた中途に止住して変を生ずることです。見るべきは、決断上の持重と冒険が同じでなく、禍を受ける大小と減等し得るか否かも、各々同じでないことです。
卅九.黑赤紅慘之氣色,如發現於環境安全之人,則應為嗜好引誘之危害,族戚連帶之侵犯;內務有隙,而入凌虐之;外交設阱,而入陷害之。四十.黑色紅慘之氣色,如發現於環境逼迫之人,則應為一再之挫折,三四之驚險,身敗名毀,力盡援絕;或為仇怨嫌族之阻撓,或為血光疾厄之逗留,而臨不測也。
第三十九、黒赤紅慘の四色がもし処境安穩の人の身に現れれば、応験するのは個人の嗜好に引誘されて害を受け、族人親戚に連帯して侵擾され、家中の内務に一たび縫隙あれば人に虚に乗じ入られて凌虐を加えられ、外面の交際に陷阱を設けられてもまた人に機に乗じて加害されることです。第四十、この四色がもし処境逼迫の人の身に現れれば、応験するのは一再に挫を受け、接連して三四次の驚険、落ちて身を敗り名を裂き、力尽きて外援が斷絶し、あるいは仇家に・嫌隙ある族人に阻撓され、あるいは血光の災と疾病に拖れ、以致って不測に遭遇することです。
四一.黑赤紅慘之氣色,如發現於環境在安全逼迫之間,則應為進取而受損阻,退守而失權利;虛榮引入危機,特利誘入絕地;進退狠狠而有害,行止顧忌而招尤。此為環境之安全逼迫不同,而受禍出於意外與趨向各異也。四二.黑赤紅慘之氣色,如發現於器量宏大之人,則應為天災之驚恐損失,時勢之風潮妨害,血統之連帶憂患,氣候之六淫疾苦,及刑人丁而破敗也。
第四十一、黒赤紅慘の四色がもし処境が安穩と逼迫の間にある人の身に現れれば、応験するのは進取せんと欲すれば阻まれ損を受け、退守せんと欲すればまた権利を失掉し、虚栄心に危機に引き入れられ、特殊の厚利に絶境に誘い入れられ、進むも難く退くも難く、處處に害あり、行止の間に顧慮多すぎてかえって怨尤を招くことです。見るべきは、環境の安穩と逼迫が同じでなく、禍事が意外に出るか迹循るべきがあるか、走向も各々異なることです。第四十二、この四色がもし器量宏大の人の身に現れれば、応験するのは天災の帯來する驚恐損失、時局風潮の造成する妨害、血親の牽連の生ずる憂患、気候の「六淫」外邪の引き起こす病苦、および家中の人口を刑克して家道を破敗に致すことです。
四三.黑赤紅慘之氣色,如發現於器量窄狹之人,則應為剛復自用之損失,才短蹈危之刎頸;驕慢見害於上下,負氣見逼於親近;邪淫之種惡因,財利之生媒孽也。四四.黑赤紅慘之氣色,如發現於器量界於宏大窄狹之間,則應為欲忍不忍之失機,疑是疑非之妨害;恩怨相混而動殺機,疏懶不常而傷人口;輕重不當之乖戾,去就不宜之損失。此為器量之宏大窄狹不同,而持靜與走險之禍患各異也。
第四十三、黒赤紅慘の四色がもし器量窄狹の人の身に現れれば、応験するのは剛愎自用して損失を招き(底本の「剛復」は「剛愎」とすべき)、才具足らざるに身が険地に履みて以致って自ら刎ねて命を喪い、驕慢に因って上下皆その害を受け、意気に任せて事を為すに因って親近の人に逼られ、邪淫に沈溺して悪因を種し、財利を貪求して禍端を招くことです。第四十四、この四色がもし器量が宏大と窄狹の間にある人の身に現れれば、応験するのは忍ばんと欲して忍び得ずして時機を錯失し、是を疑い非を疑いて妨害を受け、恩怨が混雑して殺機を動かし、懈怠して常なくして家中の人口を傷つけ、軽重の處置が當を失して乖戾を生じ、去留取舍が當ならずして損失を受けることです。見るべきは、器量の宏大と窄狹が同じでなく、静を守って禍を招くか険を走って禍を招くか、情形も各々異なることです。
四五.滑膩躁晦之氣色,皆為冷退疾厄、憂疑哭泣之氣色也。如發現於有貴權之人,則應為七情六慾而成內因之病,交達遊戲而損浮耗之財;或為奴僕倫盜之損失,或為血統瓜葛之哭泣,或為意見不合之同僚嫉妒,或為措置不宜之用人遺誤也。四六.滑膩躁晦之氣色,如發於於富紳豪商之人,則應為醫藥遺誤而成反覆之病,六親遺累而損吞聲之財;小人之偷盜,鄉黨之搕詐,人丁之災疾,哭泣之冷退也。
第四十五、滑・腻・燥・晦のこの四種の気色は、一概に家道の冷退・疾病災厄、および憂疑哭泣の事を主ります。もし爵位権柄ある人の身に現れれば、応験するのは七情六欲が擾動して内傷の病を生じ、交際應酬して遊樂して錢財を虚耗し、あるいは奴僕の偸盜の造成する損失、あるいは血親の糾葛の引き起こす喪事哭泣、あるいは同僚と意見が合わずして嫉妬に遭い、あるいは安排が當を失し人を用いるに明ならずして過失を鑄成することです。第四十六、この四色がもし富紳豪商の身に現れれば、応験するのは醫藥が耽誤して反復纏綿の病を落下し、六親に拖累されて財を破ってなお忍氣吞聲するのみです。このほかにまた小人の偸盜・鄉鄰の訛詐・家中人口の災病、および喪事哭泣と家道の冷退があります。
四七.滑膩躁晦之氣色,如發現於貧役苦工之人,則應為五勞六淫而成外因之病,交易失慎而損委屈之財;友鄰之煩擾,同室之是非,妻官之遺失物品,子女之疾厄血光也。四八.滑膩躁晦之氣色,如發現於賤業下流之人,則應為失調失慎而成養身之病,物器破壞而損浮費之財;同業網羅而受其欺詐,應付失宜而受其垂辱;環境之顧忌叢生,影響之憂患常至。此為地位資格之不同,而富貴貧賤之等級各異,所受之疾厄冷退、憂患牽制之事實不一也。
第四十七、滑腻燥晦の四色がもし貧苦にして力役する人の身に現れれば、応験するのは「五労」「六淫」が侵襲して外感の病を生じ、売買を為すに謹慎ならずして委屈を受け破財します。さらに鄰里朋友の煩擾・同住一処の是非・妻子の一宮上の物品の遺失、および子女の病災血光があります。第四十八、この四色がもし賤業に従事し身が下流に居る人の身に現れれば、応験するのは起居が調を失し保養を知らずして病を生じ、器物が損壞して一筆の冤枉の花費を多く出し、同行に網羅を設けられて欺詐を受け、應付が當を失して人の羞辱を受け、環境上に處處に顧忌を生じ、憂患が接連して斷えません。見るべきは、地位資格が同じでなく、富貴貧賤の等級が各々異なり、受ける病災冷退・憂患牽制も、情形が各々一様でないことです。文中の「五労」は久視・久卧・久坐・久立・久行の五者が人を傷るを指し、「六淫」は風・寒・暑・濕・燥・火の六種の外邪を指し、皆外感が病を致す由頭です。
四九.滑膩躁晦之氣色,如發現於有才智之人,則應為易地失養而成水土不和之病,放浪不羈而損輕視之財;不矜細行之遺悞,不拘小節之招嫉,驕慢不禮之結怨,輕視不屈之失利也。五十.滑膩澡晦之氣色,如發現於無才智之人,則應為形神不和而有凝滯痞塞之病,恍憾昏沉而損欺詐吃虧之財;錯受其累而復遭凌虐,枉費其勞而復受拖累,根本錯侯,事實顛倒也。
第四十九、滑腻燥晦の四色がもし才智ある人の身に現れれば、応験するのは地方を換えて水土が服さずして病を生じ、行為が放浪不羈・錢財を輕忽して破財し、小さな行止を注重せずして過失を留下し、小節に拘らずして人の嫉恨を招き、驕慢無禮にして怨仇を結び、他人を輕視して肯んじて屈就せずして利益を失掉することです。第五十、この四色がもし才智なき人の身に現れれば、応験するのは形体と精神が和せず、気機の凝滯・胸腹の痞塞の毛病を生じ、神思が恍惚昏沈し、人に欺詐されて喫虧して破財し、平白に牽累を受けてなお人に凌虐を遭い、一場の辛労を白費してなお人に拖累され、根本上より判断を錯り、事は自然に顛三倒四します。
五一.滑膩躁晦之氣色,如發現於中才之人,則應為煩擾顧忌而成鬱結怔忡之病,挪雜不一而損牽制失宜之財;名受毀謗而復羈絆,利受損阻而復不結;防不勝防之人丁災刑,忍無可忍之是非交際。此為才智之賢愚不同,而受損阻冷退之原因各異也。五二.滑膩躁晦之氣色,如發現於性情急躁之人,則應為氣血兩傷而成神經之病,浮大矜誇而損嫌費之財;強迫進而見挫折,好勝竹人而生暗害,偏見之誤而刑人丁,執一之失而招反向也。
第五十一、滑腻燥晦の四色がもし才具中等の人の身に現れれば、応験するのは煩擾顧慮多すぎて鬱結・心悸怔忡の病を生じ、事が雑亂無章で、處置が當を失し牽制を受けて破財し、名声は人に毁謗されてまた羈絆を受け、利益は阻まれ損を受けてまた了結し得ず、家中人口の災禍刑傷は防ぎ難く防ぎ難く、交際上の是非は忍び難く忍び難いです。見るべきは、才智の賢愚が同じでなく、阻まれ損を受け・家道冷退の原因も各々異なることです。第五十二、この四色がもし性情急躁の人の身に現れれば、応験するのは氣血両傷して神經方面の病を生じ、言行が浮誇矜張して一筆の人に嫌怨を招く銭を花し、強いて推進してかえって挫折に遭い、勝ちを好み人を壓してかえって暗害を招き、偏見の失誤に因って家人を刑克し、一端に固執して反彈を招くことです。
五三.滑膩躁晦之氣色,如發現於性情慈柔之人,則應為反覆遲疑而成拖延之病,養癱遺患而損欺詐之財;每事不結束而波外生波,猶豫不決斷而怨中生怨;措施不宜,誤人累己;認識不當,遺患結仇;誤惜之刑剋,狐疑之冷退也。五四.滑膩躁晦之氣色,如發現於性情執中之人,則應為天地六淫之氣候病,情義包圍誤財,畏嫌招嫌之是非口舌,疑損終損之糾纏障礙。此為性情剛柔之不同,而損阻之誤受正受各異也。
第五十三、滑腻燥晦の四色がもし性情慈和柔弱の人の身に現れれば、応験するのは反復遲疑して纏綿拖延の病を落下し、姑息して奸を養い癰を養いて患を遺し、人に欺詐されて破財し、每件事が皆尾を収め得ず、一波未だ平らざるに一波また起り、事に遇って猶豫して決せず、怨の上に怨を加え、處置が當を失して既に他人を誤りまた自らを連累し、認識が清らでなく禍患を留下してまた仇家を結び、一時の錯愛姑息に因って刑克を招き、狐疑不定に因って家道冷退を致すことです。第五十四、この四色がもし性情執中の人の身に現れれば、応験するのは天地間の風寒暑濕燥火の「六淫」の致す所の時氣病、人情道義に包囲されて錢財を誤り、愈々嫌を招くを怕れて愈々嫌を招き、口舌是非を惹き出し、損失せんと疑心て結果真に損失し、糾纏して清らずして處處に阻まれることです。見るべきは、性情の剛柔が同じでなく、損を受ける時に誤受か正受かも、各々同じでないことです。
五五.滑膩躁晦之氣色,如發現於行事廉潔之人,則應為拘泥不妄而成隱鬱氣質之病,慎細中止而損審查固執之財;無稽之黑白飛來,而不見容於濁;好名之影向數見,而不見容於貪;哭泣執體而鋪張,處事穩見而不達也。五六.滑膩躁晦之氣色,如發現於行事奸貪之人,則應為花天酒地而成虛弱之病,機深狡詐而損橫禍之財;進而不知足,任意驕淫以生暗害;退而不守矩,違言忤戾而結仇怨;哭泣誤於惜小,冷退誤於私慾也。
第五十五、滑腻燥晦の四色がもし行事廉潔の人の身に現れれば、応験するのは拘謹して正を守り敢えて妄為せず、心の裏に鬱して気機鬱結の病を生じ、事を辦するに過ぎて謹細、中途に手を停め、反復審査・成見に固執するに因って財を損し、無端に飛來して黒白を顛倒する誹謗はただ汚濁の輩に容れられざるが因に、一心に名を好む影響が屡々顕現するはただ貪婪の徒に容れられざるが因です。喪事を辦するに體面に拘って鋪張し、事を處するに穩當なるも通達し難いです。第五十六、この四色がもし行事奸貪の人の身に現れれば、応験するのは花天酒地して虚弱の病を弄し成し、機心が深沈狡詐にして橫禍破財を招き、勢を得た時は滿足を知らず、任意に驕橫淫佚して暗中に禍を招き、勢を失った時はまた規矩を守らず、言を出して違逆忤觸して仇怨を結び、喪事を辦するに小錢を捨て得ずして事を誤り、家道の冷退は私欲の重きに誤ることです。
五七.滑膩躁晦之氣色,如發現行事界於廉潔奸貪之間,則應為煩擾不堪而成複雜之病,動靜躊躕而損顧忌之財;散漫無綱領之舉動,猶豫有過折之徒劣,是非不決,恩怨不明。比為行事之廉潔奸貪不同,而有餘不足之損阻各異也。五八.滑膩躁晦之氣色,如發現於決斷持重之人,則應為深遠慮而成胃噎傷陰之疾,預準備而損蛛絲馬跡之財;舍小全大而均受障礙,謹言慎行而反招讒嫉;時事轉移之妨害,人事變遷之挫折也。
第五十七、滑腻燥晦の四色がもし廉潔と奸貪の間にある人の身に現れれば、応験するのは煩擾に堪えずして錯綜複雜の病を生じ、一動一靜も皆躊躇して定まらず、顧慮多きに因って財を損し、擧動が散漫して綱領なく、猶豫の中に一再轉折して徒然に低劣し、是非は定まらず、恩怨も分け清らかならずです。見るべきは、行事上の廉潔と奸貪が同じでなく、受ける阻碍の多少も各々異なることです。第五十八、この四色がもし決断持重の人の身に現れれば、応験するのは思慮が深きに過ぎて噎膈傷陰の類の胃疾を生じ、事事予め準備を作すも錢財は蛛糸馬跡の瑣碎の処に流失し、小を捨て大を全うせんと欲するも處處に阻まれ、言を謹み行いを慎むもかえって讒言妒忌を招き、このほかにまた時局轉移の帶來する妨害・人事變遷の造成する挫折があります。
