喪大記
曾子曰:“夫孝,置之而塞乎天地,溥之而橫乎四海,施諸後世而無朝夕,推而放諸東海而準,推而放諸西海而準,推而放諸南海而準,推而放諸北海而準。詩云:‘自西自東,自南自北,無思不服。’此之謂也。”
曾子曰く、「孝は、之を放置すれば則ち天地に充滿し、之を推廣すれば則ち四海を横貫し、後世に施行して一時の間斷なく、推廣して東海に放ちて準則と作り、推廣して西海に放ちて準則と作り、推廣して南海に放ちて準則と作り、推廣して北海に放ちて準則と作る。《詩經・大雅・文王》に曰く『西より東より、南より北より、想着して服從せざるなし』。說くは即ち此れなり」と。
曾子曰:“樹木以時伐焉,禽獸以時殺焉。夫子曰:‘斷一樹、殺一獸不以其時,非孝也。’孝有三:小孝用力,中孝用勞,大孝不匱。思慈愛忘勞,可謂用力矣。尊仁安義,可謂用勞矣。博施備物,可謂不匱矣。父母愛之,喜而弗忘;父母惡之,懼而無怨;父母有過,諫而不逆;父母既沒,必求仁者之粟以祀之。此之謂禮終。”
曾子曰く、「樹木は時を按りて砍伐し、禽獸は時を按りて宰殺す。夫子曰く『一棵樹を砍り・一隻獸を殺すにその時令に按らざれば、孝にあらず』。孝に三等あり、小孝は體力を用い、中孝は功勞を用い、大孝は匱乏せず。慈愛を想着して勞苦を忘記するは、以って體力を用いると謂うべし。仁を尊重し・義に安んずるは、以って功勞を用いると謂うべし。廣く施して物品を備辦するは、以って匱乏せざると謂うべし。父母彼を愛せば、喜悅して忘記せず。父母彼を厭惡すれば、畏懼して怨なし。父母過失あれば、勸諫して違逆せず。父母已に去世せば、必ず仁者の粟を求めて以って祭祀す。此を禮の終結と謂う」と。
樂正子春下堂而傷其足,數月不出,猶有憂色。門弟子曰:“夫子之足瘳矣,數月不出,猶有憂色,何也?”樂正子春曰:“善如爾之問也!善如爾之問也!吾聞諸曾子、曾子聞諸夫子曰:‘天之所生,地之所養,無人為大。父母全而生之,子全而歸之,可謂孝矣。不虧其體,不辱其身,可謂全矣。故君子頃步而弗敢忘孝也。今予忘孝之道,予是以有憂色也。壹舉足而不敢忘父母,壹出言而不敢忘父母。壹舉足而不敢忘父母,是故道而不徑,舟而不遊,不敢以先父母之遺體行殆。壹出言而不敢忘父母,是故惡言不出於口,忿言不反於身。不辱其身,不羞其親,可謂孝矣。”
樂正子春堂を下りて脚を傷し、數個月出でず、還お憂色あり。門下弟子曰く、「夫子の脚已に好く、數個月出でず、還お憂色あり、何故」と。樂正子春曰く、「好しやなんじの問うや!好しやなんじの問うや!われ曾子の處に聞く、曾子夫子の處に聞くに曰く『天の生ずる所、地の養う所、人より大いなるなし。父母完整地に彼を生下し、兒子完整地に歸還するは、以って孝と謂うべし。身體を虧損せず、自身を辱を辱沒せざれば、以って完整と謂うべし。故に君子半步も敢えて孝を忘記せず。如今われ孝の道を忘れり、われ此に因りて憂色あり。一擧脚敢えて父母を忘記せず、一說話敢えて父母を忘記せず。一擧脚敢えて父母を忘記せず、故に大道を走りて小路を走らず、船に乘りて水を游がず、敢えて先前父母の留め置ける體を以って危險を冒さず。一說話敢えて父母を忘記せず、故に惡言を口に出さず、忿怒の言自身に返回せず。自身を辱沒せず、親人をして羞を蒙らしめざれば、以って孝と謂うべし』」と。
昔者有虞氏貴德而尚齒,夏后氏貴爵而尚齒,殷人貴富而尚齒,周人貴親而尚齒。虞、夏、殷、周,天下之盛王也,未有遺年者。年之貴乎天下久矣!次乎事親也。
從前有虞氏は德を看重して年齒を崇尚し、夏后氏は爵を看重して年齒を崇尚し、殷人は富を看重して年齒を崇尚し、周人は親を看重して年齒を崇尚す。虞・夏・殷・周は、是れ天下の盛王、年歲を遺棄するなし。年歲天下に看重せらるる已に久しく、親人に事奉するに次ぐ。
是故朝廷同爵則尚齒。七十杖於朝,君問則席。八十不俟朝,君問則就之。而弟達乎朝廷矣。行肩而不併,不錯則隨。見老者則車徒闢,斑白者不以其任行乎道路。而弟達乎道路矣。居鄉以齒,而老窮不遺,強不犯弱,眾不暴寡,而弟達乎州巷矣。古之道,五十不為甸徒,頒禽隆諸長者,而弟達乎獀狩矣。軍旅什伍,同爵則尚齒,而弟達乎軍旅矣。孝弟發諸朝廷,行乎道路,至乎州巷,放乎獀狩,修乎軍旅,眾以義死之,而弗敢犯也。
故に朝廷同一爵位すれば則ち年齒を崇尚す。七十歲は朝中に杖を拄き、君問えば則ち席を設く。八十歲は朝見の結束を等待せず、君問えば則ち彼の所に到る。悌是に於いて朝廷に通達せり。走路肩を幷行せず、步を錯えず跟隨す。老者を看見せば、車に坐するも步行するも皆避開し、頭髮花白のは彼をして物を擔いで道路上に走らしめず。悌是に於いて道路に通達せり。鄉里に住して年齒に按りて、老いて窮するは遺棄せられず、強きは弱きを侵犯せず、人多きは人少なきを欺凌せず、悌是に於いて州巷に通達せり。古時の規矩は、五十歲は甸徒を當たらず、禽獸を分發して長者に增多を給し、悌是に於いて田獵に通達せり。軍旅什伍は、同一爵位すれば則ち年齒を崇尚し、悌是に於いて軍旅に通達せり。孝悌朝廷より發出し、道路に行い、州巷に到達し、田獵に推廣し、軍旅に修治し、衆人義を以って其の爲に死して、敢えて觸犯せず。
祀乎明堂,所以教諸侯之孝也。食三老五更於大學,所以教諸侯之弟也。祀先賢於西學,所以教諸侯之德也。耕借,所以教諸侯之養也。朝覲,所以教諸侯之臣也。五者,天下之大教也。
明堂に在りて祭祀するは、是れ以って諸侯を敎えて孝なり。大學に在りて三老五更を宴食するは、是れ以って諸侯を敎えて悌なり。西學に在りて先賢を祭祀するは、是れ以って諸侯を敎えて德なり。籍田を耕すは、是れ以って諸侯を敎えて奉養なり。朝觐は、是れ以って諸侯を敎えて臣を爲るなり。此の五樣は、是れ天下の大敎なり。
食三老五更於大學,天子袒而割牲,執醬而饋,執爵而酳,冕而摠幹,所以教諸侯之弟也。是故鄉里有齒而老窮不遺,強不犯弱,眾不暴寡,此由大學來者也。天子設四學,當入學而大子齒。
大學に在りて三老五更を宴食するに、天子袒露して牲を割き、醬を持ちて饋を進め、爵を持ちて彼をして口を漱がしめ、冕を戴きて盾を總持するは、是れ以って諸侯を敎えて悌なり。故に鄉里年齒あって老いて窮するは遺棄せられず、強きは弱きを侵犯せず、人多きは人少なきを欺凌せず、此れ大學より來れるなり。天子四學を設立し、入學の時に到りて太子年齒に按りて排列す。
天子巡守,諸侯待於竟。天子先見百年者、八十九十者,東行、西行者弗敢過,西行東行者弗敢過。欲言政者,君就之可也。
天子巡守すれば、諸侯邊境に等待す。天子先ず百歲の人に見る。八十九十歲のは、東に走るは西に走るを敢えて越過せず、西に走るは東に走るを敢えて越過せず。政事を談せんことを要すれば、君彼の所に到れば則ち可なり。
壹命齒於鄉里,再命齒於族,三命不齒。族有七十者弗敢先。七十者,不有大故不入朝。若有大故而入,君必與之揖讓,而後及爵者。
一命は鄉里に在りて年齒に按りて、再命は族中に在りて年齒に按りて、三命は年齒に按らず排す。族中七十歲あるは敢えて先に居らず。七十歲のは、大事故なければ入朝せず。若し大事故ありて入朝せば、君必ず先ず彼と揖讓して、然る後に纔かに爵あるに輪る。
天子有善,讓德於天。諸侯有善,歸諸天子。卿大夫有善,薦於諸侯。士庶人有善,本諸父母,存諸長老。祿爵慶賞,成諸宗廟,所以示順也。昔者聖人建陰陽天地之情,立以為易。易抱龜南面,天子卷冕北面,雖有明知之心,必進斷其志焉。示不敢專,以尊天也。善則稱人,過則稱己,教不伐,以尊賢也。
天子善あれば、德を天に讓る。諸侯善あれば、天子に歸す。卿大夫善あれば、諸侯に薦す。士庶人善あれば、父母に本づき、長老に存在す。祿爵慶賞は、宗廟に在りて成就し、是れ以って順從を顯示す。從前聖人陰陽天地の情を建立し、《易》と作るを設立す。《易》を掌るは龜を抱きて南に面し、天子卷冕を穿きて北に面す、たとえ明智の心ありとも、必ず進みてその志願を決斷す。敢えて專擅せざるを顯示す、是れ以って天を尊る。善ければ則ち別人を稱說し、過失すれば則ち自己を稱說し、人を敎えて自誇せざる、是れ以って賢を尊る。
孝子將祭祀,必有齊莊之心以慮事,以具服物,以修宮室,以治百事。及祭之日,顏色必溫,行必恐,如懼不及愛然。其奠之也,容貌必溫,身必詘,如語焉而未之然。宿者皆出,其立卑靜以正,如將弗見然。及祭之後,陶陶遂遂,如將復入然。是故愨善不違身,耳目不違心,思慮不違親,結諸心形諸色而術省之,孝子之志也。
孝子將に祭祀せんとして、必ず整齊莊重の心を以って事を謀慮し、以って衣服物品を備辦し、以って宮室を修治し、以って百事を治理す。祭祀その日に到りて、顏色必ず温和し、行走必ず敬畏して、所愛に趕かざるを怕るるがごとし。彼奠する時は、容貌必ず温和し、身體必ず屈曲して、說話せんとして未だ說話せざるがごとし。助祭の人皆出でて去れば、彼立ちて卑下安靜にして端正して、將に看見せざらんとするがごとし。祭祀の後に到りて、陶陶遂遂として、將に再び進入せんとするがごとし。故に誠愨善良は身を離れず、耳目は心を離れず、思慮は親人を離れず、心裏に結びて顏色上に表現して加以省察するは、此れ孝子の志願なり。
建國之神位,右社稷而左宗廟。
國の神位を建立すれば、右邊は社稷にして左邊は宗廟なり。
祭統
凡治人之道,莫急於禮。禮有五經,莫重於祭。夫祭者,非物自外至者也,自中出生於心也。心怵而奉之以禮,是故唯賢者能盡祭之義。
およそ人を治理する道は、禮より急切なるなく。禮に五經あり、祭より重きなく。祭は、物品の外面より到來するにあらず、是れ裏面より生出して心裏に在るなり。心怵惕して禮を以って奉上す、故にただ賢者のみ能く祭の義を盡す。
賢者之祭也必受其福,非世所謂福也。福者備也,備者百順之名也,無所不順者謂之備,言內盡於己,而外順於道也。忠臣以事其君,孝子以事其親,其本一也。上則順於鬼神,外則順於君長,內則以孝於親,如此之謂備。唯賢者能備,能備然後能祭。是故賢者之祭也,致其誠信,與其忠敬,奉之以物,道之以禮,安之以樂,參之以時,明薦之而已矣!不求其為,此孝子之心也。
賢者の祭は必ずその福を受く、世俗の福と說く所にあらず。福は、是れ完備なり。完備は、是れ百事順從の名稱なり。順從せざる無きを完備と謂う、是れ說く內に對して自己に盡し、而して外に對して道に順從す。忠臣以ってその君に事奉し、孝子以ってその親人に事奉す、根本は一箇なり。上に對して則ち鬼神に順從し、外に對して則ち君長に順從し、內に對して則ち孝を以って親人に對待す、是のごとくを完備と謂う。ただ賢者のみ能く完備し、能く完備して然る後に能く祭る。故に賢者の祭は、彼の誠信を送上し、彼の忠敬に和し、物品を以って奉し、禮を以って引導し、樂を以って安定し、時を以って參驗し、顯明に進上するのみ、彼の作爲あるを求めず、此れ孝子の心なり。
祭者,所以追養繼孝也。孝者,畜也。順於道、不逆於倫,是之謂畜。
祭は、是れ以って奉養を追補し・孝を繼續するなり。孝は、是れ畜養なり。道に順從して倫に違逆せざる、此を畜養と謂う。
是故孝子之事親也有三道焉:生則養,沒則喪,喪畢則祭。養則觀其順也,喪則觀其哀也,祭則觀其敬而時也。盡此三道者,孝子之行也。
故に孝子親人に事奉するに三樣の道あり、生きるれば則ち奉養し、死せれば則ち喪を辦し、喪完れれば則ち祭る。奉養すれば則ちその順從を看、喪すれば則ちその哀を看、祭れば則ちその敬して且つ時に按るを看る。此の三樣の道を盡するは、是れ孝子の行爲なり。
既內自盡,又外求助,昏禮是也。故國君取夫人之辭曰:“請君之玉女與寡人共有敝邑、事宗廟社稷。”此求助之本也。夫祭也者,必夫婦親之,所以備外內之官也,官備則具備。水草之菹,陸產之醢,小物備矣;三牲之俎,八簋之實,美物備矣;昆蟲之異,草木之實,陰陽之物備矣。
已に內に對して自己心を盡し、又外に對して輔助を求む、婚禮即ち是のごとし。故に國君夫人を娶るの辭曰く、「なんじの玉女を請うて寡人と共同に敝邑を保有し・宗廟社稷に事奉せん」と。此れ輔助を求むるの根本なり。祭は、必ず夫婦親ら爲る、是れ以って外外內の職事を備辦するなり。職事備辦すれば則ち物品備辦す。水草の菹、陸地出産の醢は、小物備辦せり。三牲の俎、八簋の實物は、美物備辦せり。昆蟲の特異、草木の果の果實は、陰陽の物備辦せり。
凡天之所生,地之所長,苟可薦者,莫不鹹在,示盡物也。外則盡物,內則盡志,此祭之心也。是故天子親耕於南郊,以共齊盛。王后蠶於北郊,以共純服。諸侯耕於東郊,亦以共齊盛。夫人蠶於北郊,以共冕服。天子諸侯非莫耕也,王后夫人非莫蠶也,身致其誠信,誠信之謂盡,盡之謂敬,敬盡然後可以事神明。此祭之道也。
およそ天の生ずる所、地の長ずる所、若し以って進上すべきあれば、皆在らざるなし、是れ物に盡すを顯示す。外に對して則ち物に盡し、內に對して則ち志に盡す、此れ祭の心なり。故に天子親ら南郊に耕種して、以って齋祭の粢盛を供給す。王后北郊に蠶を養いて、以って純服を供給す。諸侯東郊に耕種して、亦た來りて齋祭の粢盛を供給す。夫人北郊に蠶を養いて、以って冕服を供給す。天子諸侯は耕す人なきにあらず、王后夫人は蠶を養う人なきにあらず、是れ親らその誠信を送上するなり。誠信を盡と謂い、盡を敬と謂い、敬盡して然る後に以って神明に事奉すべし。此れ祭の道なり。
及時將祭,君子乃齊。齊之為言齊也,齊不齊以致齊者也。是以君子非有大事也,非有恭敬也,則不齊。不齊則於物無防也,嗜慾無止也。及其將齊也,防其邪物,訖其嗜慾,耳不聽樂。故記曰:“齊者不樂。”言不敢散其志也。心不苟慮,必依於道,手足不苟動,必依於禮。是故君子之齊也,專致其精明之德也。故散齊七日以定之,致齊三日以齊之。定之之謂齊,齊者精明之至也,然後可以交於神明也。是故先期旬有一日,宮宰宿夫人,夫人亦散齊七日,致齊三日。君致齊於外,夫人致齊於內,然後會於大廟。君純冕立於阼,夫人副褘立於東房,君執圭瓚祼屍,大宗執璋瓚亞祼。及迎牲,君執紖,卿大夫從,士執芻,宗婦執盎從夫人。薦涗水,君執鸞刀,羞嚌,夫人薦豆。此之謂夫婦親之。
時に到りて將に祭らんとして、君子乃ち齋戒す。齋戒の意思は齊一なり、齊一ならざるを齊一にして以って齊一に達到す。故に君子は大事あらざるにあらざれば、恭敬あらざるにあらざれば、則ち齋戒せず。齋戒せざれば則ち物に對して防範なく、嗜欲止息なし。彼將に齋戒せんとするに及びて、彼の邪物を防範し、彼の嗜欲を止息し、耳音樂を聽かず。故に記曰く、「齋戒の人は樂を作らず」と。是れ敢えてその志願を分散せざるを說くなり。心は随便に思慮せず、必ず道に依據し、手足は随便に動作せず、必ず禮に依據す。故に君子の齋戒は、是れ專心して彼の精明の德に達到す。故に疏散齋戒七天して以って之を安定し、極盡齋戒三天して以って之を齊一す。之を安定するを齊と謂い、齊は精明の極致なり、然る後に以って神明と交接すべし。故に事先十一天に、宮宰夫人に告誡し、夫人も亦た疏散齋戒七天し、極盡齋戒三天す。君は外に極盡齋戒し、夫人は內に極盡齋戒し、然る後に太廟に會合す。君純冕を穿きて阼階に立ち、夫人副飾を戴き袆衣を穿きて東房に立つ。君圭瓚を持ちて尸に地に灌みて神を降ろし、大宗璋瓚を持ちて繼いで灌む。牲を迎接するに及びて、君牽繩を持ち、卿大夫跟從し、士草料を持つ。宗婦盎齊を持ちて夫人に跟從し、清澈の水を進上す。君鸞刀を持ち、嘗食を進上し、夫人豆を進獻す。此を夫婦親ら爲ると謂う。
及入舞,君執干鏚就舞位。君為東上,冕而摠幹,率其群臣,以樂皇屍。是故天子之祭也,與天下樂之。諸侯祭也,與竟內樂之。冕而摠幹,率其群臣,以樂皇屍,此與竟內樂之之義也。
舞蹈に進入するに及びて、君干戚を持ちて舞蹈の位子に就く。君東邊に在りて上と爲し、冕を戴きて盾を總持し、その群臣を率領して、以って皇尸を快樂せしむ。故に天子の祭は、天下と一緒に樂しむ。諸侯の祭は、境の祭は、境內と一緒に樂しむ。冕を戴きて盾を總持し、その群臣を率領して、以って皇尸を快樂せしむは、此れ境內と一緒に樂しむの義なり。
夫祭有三重焉:獻之屬莫重於祼,聲莫重於升歌,舞莫重於武宿夜。此周道也。凡三道者,所以假於外而以增君子之志也。故與志進退,志輕則亦輕,志重則亦重。輕其志而求外之重也,雖聖人弗能得也。是故君子之祭也,必身自盡也,所以明重也。道之以禮,以奉三重,而薦諸皇屍,此聖人之道也。
祭に三樣の重あり、獻の一類は灌地降神より重きなし、聲音は升堂歌唱より重きなし、舞蹈は《武宿夜》より重きなし。此れ周の道なり。およそ此の三樣の道は、是れ以って外面を借りて君子の志願を增添するなり。故に志願と一緒に進退し、志願輕ければ則ち亦た輕し、志願重ければ則ち亦た重し。彼の志願を輕くして外面の重を求むれば、たとえ聖人も得る能わず。故に君子の祭は、必ず親ら心を盡す、是れ以って重を顯明するなり。禮を以って引導し、以って此の三樣の重を奉上し、而して皇尸に進給す、此れ聖人の道なり。
夫祭有餕。餕者,祭之末也,不可不知也。是故古之人有言曰:“善終者如始。”餕其是已。是故古之君子曰:“屍亦餕鬼神之餘也,惠術也,可以觀政矣。”是故屍謖,君與卿四人餕。君起,大夫六人餕,臣餕君之餘也。大夫起,士八人餕,賤餕貴之餘也。士起,各執其具以出,陳於堂下,百官進,徹之,下餕上之餘也。凡餕之道,每變以眾,所以別貴賤之等而興施惠之象也。是故以四簋黍,見其修於廟中也。廟中者,竟內之象也。祭者,澤之大者也。是故上有大澤,則惠必及下,顧上先下後耳,非上積重而下有凍餒之民也。是故上有大澤,則民夫人待於下流,知惠之必將至也,由餕見之矣!故曰:“可以觀政矣!”
祭に祭余を食うあり。祭余を食うは、是れ祭の末尾、知らざる可からず。故に古人話あるに曰く、「善く終結するは開始のごとし」と。祭余を食うは即ち是のごとし。故に古時の君子曰く、「尸も亦た鬼神の剩余を食う、是れ惠を施すの方法、此より政事を看るべし」と。故に尸起身すれば、君と卿四個人祭余を食う。君起身すれば、大夫六個人祭余を食う、臣君の剩余を食う。大夫起身すれば、士八個人祭余を食う、賤き貴きの剩余を食う。士起身すれば、各々器具を持ちて出去し、堂下に陳列し、百官進上し、撤去し、下面上面の剩余を食う。およそ祭余を食うの道は、變する每に人數增多す、是れ以って貴賤の等級を分別して惠を施すの形象を興起するなり。故に四簋黍を以って、彼が廟中の修治を顯明す。廟中は、是れ境內の象徵なり。祭は、是れ恩澤中の大なり。故に上面大恩澤あれば、則ち惠必ず下面に到達し、不過上面先・下面後のみ、是れ上面堆積厚重して下面受凍挨餓の民あるにあらず。故に上面大恩澤あれば、則ち民人人下游に等待し、惠必ず將に到來せんことを知る、祭余を食うより看見すべし。故に曰く、「以って此より政事を看るべし」と。
夫祭之為物大矣,其興物備矣,順以備者也,其教之本與?是故君子之教也,外則教之以尊其君長,內則教之以孝於其親。是故明君在上,則諸臣服從。崇事宗廟社稷,則子孫順孝。盡其道端其義而教生焉。是故君子之事君也,必身行之。所不安於上,則不以使下;所惡於下,則不以事上。非諸人,行諸己,非教之道也。是故君子之教也,必由其本。順之至也,祭其是與?故曰:“祭者教之本也已。”
祭事と作るは大なり、其の興起する物品は完備なり、順從して完備せば、おそらく敎の根本ならんか?故に君子の敎は、外に對して則ち彼らを敎えて君長を尊重し、內に對して則ち彼らを敎えて親人に對して孝を盡す。故に明君上面に在れば、則ち諸臣服從す。宗廟社稷を崇奉事奉すれば、則ち子孫順從して孝を盡す。その道を盡し・その義を端正して敎此より生出す。故に君子君に事奉するは、必ず親ら實行す。上に對して安からざる所は、則ち以って下を使喚せず。下に對して厭惡する所は、則ち以って上に事奉せず。別人を責備して、自己卻って往きて爲るは、敎の道にあらず。故に君子の敎は、必ずその根本より來る。順從の極致は、祭おそらく是れならんか?故に曰く、「祭は敎の根本なり」と。
夫祭有十倫焉:見事鬼神之道焉,見君臣之義焉,見父子之倫焉,見貴賤之等焉,見親疏之殺焉,見爵賞之施焉,見夫婦之別焉,見政事之均焉,見長幼之序焉,見上下之際焉。此之謂十倫。
祭に十樣の倫あり、鬼神に事奉する道を顯見し、君臣の義を顯明し、父子の倫を顯明し、貴賤の等を顯明し、親疏の差等を顯明し、爵賞の施行を顯明し、夫婦の分別を顯明し、政事の均平を顯明し、長幼の次序を顯明し、上下の交接を顯明す。此を十倫と謂う。
鋪筵設同幾,為依神也,詔祝於室,而出於祊,此交神明之道也。
筵席を鋪設し・同一張の几を設置するは、是れ神に依託せんが爲なり。室中に祝を告げて、而して廟門外に祊祭を擧行するは、此れ神明と交接するの道なり。
君迎牲而不迎屍,別嫌也。屍在廟門外則疑於臣,在廟中則全於君,君在廟門外則疑於君,入廟門則全於臣,全於子。是故不出者,明君臣之義也。
君牲を迎接して尸を迎接せざるは、嫌疑を分別するなり。尸廟門外に在れば則ち臣に疑似し、廟中に在れば則ち完全に君なり。君廟門外に在れば則ち君に疑似し、廟門に進入すれば則ち完全に臣・完全に子なり。故に出去して迎接せざるは、是れ君臣の義を顯明するなり。
夫祭之道,孫為王父屍,所使為屍者,於祭者子行也。父北面而事之,所以明子事父之道也。此父子之倫也。
祭の道は、孫子祖父の尸を爲る。尸を爲らしめる所は、祭る人に對しては子の一輩なり。父親北に面して彼に事奉するは、是れ以って兒子父親に事奉するの道を顯明するなり。此れ父子の倫なり。
屍飲五,君洗玉爵獻卿。屍飲七,以瑤爵獻大夫。屍飲九,以散爵獻士及群有司。皆以齒,明尊卑之等也。
尸五飮めば、君玉爵を洗いて卿に獻す。尸七飮めば、瑤爵を以って大夫に獻す。尸九飮めば、散爵を以って士および群有司に獻す。皆年齒に按りて、是れ尊卑の等を顯明するなり。
夫祭有昭穆,昭穆者,所以別父子、遠近、長幼、親疏之序而無亂也。是故有事於大廟,則群昭群穆鹹在而不失其倫。此之謂親疏之殺也。
祭に昭穆あり。昭穆は、是れ以って父子・遠近・長幼・親疏の次序を分別して亂れざるなり。故に太廟に事あれば、則ち群昭群穆皆在りてその倫を失わず。此を親疏の差等と謂う。
古者明君爵有德而祿有功,必賜爵祿於大廟,示不敢專也。故祭之日,一獻,君降立於阼階之南,南鄉,所命北面,史由君右,執策命之,再拜稽首,受書以歸,而舍奠於其廟。此爵賞之施也。
古時明君德あるに爵を封じ功あるに俸祿を給すれば、必ず太廟に在りて爵祿を賜う、敢えて專擅せざるを顯示す。故に祭祀その日は、一獻の後、君下りて阼階の南邊に立ち、南に面し、命を受くる人北に面す。史君の右邊より、簡冊を持ちて彼を策命す。再拜して頭を磕き地に觸り、策書を接受して歸り、而してその廟に奠を陳設す。此れ爵賞の施行なり。
君卷冕立於阼,夫人副褘立於東房,夫人薦豆執校,執醴授之執鐙,屍酢夫人執柄,夫人授屍執足,夫婦相授受,不相襲處,酢必易爵,明夫婦之別也。
君卷冕を穿きて阼階に立ち、夫人副飾を戴き袆衣を穿きて東房に立つ。夫人豆を進獻する時豆の中央を握り、醴を持つ人彼女に授給する時鐙を握る。尸夫人に回敬する時柄を握り、夫人尸に授給する時足を握る。夫婦互相いに授受し、同一處を沿用せず、回敬すれば必ず爵を換る、是れ夫婦の分別を顯明するなり。
凡為俎者,以骨為主,骨有貴賤:殷人貴髀,周人貴肩,凡前貴於後。殂者,所以明祭之必有惠也。是故貴者取貴骨,賤者取賤骨。貴者不重,賤者不虛,示均也。惠均則政行,政行則事成,事成則功立。功之所以立者,不可不知也。俎者,所以明惠之必均也,善為政者如此。故曰:“見政事之均焉。”
およそ俎を爲るは、骨を以って主と爲す。骨に貴賤あり、殷人髀を看重し、周人肩を看重す、およそ前面は後面より貴し。俎は、是れ以って祭必ず惠あるを顯明するなり。故に貴きは貴骨を取り、賤きは賤骨を取る。貴きは重復せず、賤きは空缺せず、是れ均平を顯示す。惠均平なれば則ち政事事行う能わし、政事事行う能われば則ち事成就し、事成就すれば則ち功建立す。功建立する能うる所以は、知らざる可からず。俎は、是れ以って惠必ず均平なるを顯明するなり。善く政を爲るは是のごとし。故に曰く、「此より政事の均平を看見す」と。
凡賜爵,昭為一,穆為一。昭與昭齒,穆與穆齒,凡群有司皆以齒。此之謂長幼有序。
およそ爵を賜うは、昭一列を爲し、穆一列を爲す。昭と昭は年齒に按りて、穆と穆は年齒に按りて、およそ群有司皆年齒に按る。此を長幼有序と謂う。
夫祭有畀、輝、胞、翟、閽者,惠下之道也,唯有德之君為能行此。明足以見之,仁足以與之,畀之為言與也,能以其餘畀其下者也。輝者甲吏之賤者也,胞者肉吏之賤者也翟者樂吏之賤者也,閽者守門之賤者也。古者不使刑人守門。此四守者,吏之至賤者也,屍又至尊,以至尊既祭之末而不忘至賤,而以其餘畀之。是故明君在上,則竟內之民無凍餒者矣!此之謂上下之際。
祭に輝・胞・翟・閽に給與するあり、是れ下に惠を施すの道、ただ德ある君のみ能く此を行う。明以って看見するに足り、仁以って給與するに足り。畀の意思は給與なり、能くその剩余を下面に給與する。輝は甲吏中の賤、胞は肉吏中の賤、翟は樂吏中の賤、閽は門を守る中の賤なり。古時は刑を受けたる人をして門を守らしめず。此の四種職守は、是れ吏中最も賤し、尸又最も尊し、最も尊きを以って祭の末尾に還お最も賤きを忘記せず、而してその剩余を彼らに給與す。故に明君上面に在れば、則ち境內の民受凍挨餓するなし。此を上下の交接と謂う。
凡祭有四時:春祭曰礿,夏祭曰禘,秋祭曰嘗,冬祭曰烝。礿、禘,陽義也;嘗、烝,陰義也。禘者陽之盛也,嘗者陰之盛也。故曰:“莫重於禘嘗。”古者於禘也,發爵賜服,順陽義也。於嘗也,出田邑,發秋政,順陰義也。故記曰:“嘗之日,發公室。”示賞也。草艾則墨,未發秋政,則民弗敢草也。故曰:“禘嘗之義大矣!治國之本也,不可不知也。”明其義者君也,能其事者臣也。不明其義,君人不全;不能其事,為臣不全。夫義者所以濟志也,諸德之發也,是故其德盛者其志厚,其志厚者其義章,其義章者其祭也敬。祭敬,則竟內之子孫莫敢不敬矣。是故君子之祭也,必身親蒞之,有故則使人可也。雖使人也,君不失其義者,君明其義故也。其德薄者其志輕,疑於其義而求祭,使之必敬也弗可得已。祭而不敬,何以為民父母矣!
およそ祭に四時あり、春祭は礿と謂い、夏祭は禘と謂い、秋祭は嘗と謂い、冬祭は烝と謂う。礿・禘は、是れ陽の義。嘗・烝は、是れ陰の義。禘は陽の盛、嘗は陰の盛なり。故に曰く、「禘嘗より重きなし」と。古時禘に在りては、爵位を頒發して衣服を賞賜す、是れ陽の義に順從す。嘗に在りては、田邑を拿出し、秋政を發布す、是れ陰の義に順從す。故に記曰く、「嘗の日は、公室より頒發す」と。是れ賞を顯示す。草刈割すべければ則ち墨刑を用い、未だ秋政を發布せざれば、則ち民敢えて草を割かず。故に曰く、「禘嘗の義大なり!是れ國を治するの根本、知らざる可からず」と。その義を明白するは君、其の事を爲る能わしむは臣なり。その義を明白せざれば、人君を爲るに完備せず。其の事を爲る能わざれば、臣を爲るに完備せず。義は、是れ以って志願を成就するなり、是れ諸德の發露なり。故に德盛んなるは志願厚く、志願厚きは義顯著し、義顯著なるは祭則ち敬す。祭敬すれば、則ち境內の子孫敢えて敬せざるなし。故に君子の祭は、必ず親ら場に到り、事故あれば則ち人を使うも可なり。たとえ人を使うとも、君その義を失わざるは、是れ君その義を明白するの故なり。德薄きは志願輕く、その義に對して疑惑ありて祭を求むれば、彼をして必ず敬せしめんとするは得る能わず。祭りて敬せざれば、何を以って民の父母を爲らん!
夫鼎有銘。銘者自名也,自名以稱揚其先祖之美而明著之後世者也。為先祖者莫不有美焉,莫不有惡焉,銘之義,稱美而不稱惡,此孝子孝孫之心也,唯賢者能之。銘者論譔其先祖之有德善、功烈、勳勞、慶賞、聲名,列於天下而酌之祭器,自成其名焉,以祀其先祖者也。顯揚先祖,所以崇孝也。身比焉,順也。明示後世,教也。夫銘者,壹稱而上下皆得焉耳矣。是故君子之觀於銘也,既美其所稱,又美其所為。為之者,明足以見之,仁足以與之,知足以利之,可謂賢矣。賢而勿伐,可謂恭矣。故衛孔悝之鼎銘曰:“六月丁亥,公假於大廟。公曰:‘叔舅,乃祖莊叔,左右成公。’成公乃命莊叔,隨難於漢陽,即宮於宗周,奔走無射,啟右獻公。獻公乃命成叔:‘纂乃祖服,乃考文叔,興舊耆欲,作率慶士,躬恤衛國,其勤公家,夙夜不解。’民鹹曰:‘休哉!’公曰:‘叔舅,予女銘,若纂乃考服。’悝拜稽首曰:‘對揚以闢之,勤大命,施於烝彝鼎。’”此衛孔悝之鼎銘也。古之君子,論譔其先祖之美而明著之後世者也,以比其身、以重其國家如此。子孫之守宗廟社稷者,其先祖無美而稱之,是誣也。有善而弗知,不明也。知而弗傳,不仁也。此三者君子之所恥也。
鼎に銘あり。銘は、是れ自ら名を稱し、自ら名を稱して以って先祖の美を稱揚して顯明に後世に著錄す。先祖を爲るに美なきなく、惡なきなし。銘の義は、美を稱して惡を稱せず、此れ孝子孝孫の心、ただ賢者のみ能く做到す。銘は、是れ先祖の德善・功烈・勳勞・慶賞・聲名を論撰し、天下に列して斟酌して祭器上に鑄し、自らその名を成就し、以って先祖を祭祀するなり。先祖を顯揚するは、是れ以って孝を崇尚す。自身上に比附するは、是れ順從なり。明白に後世に顯示するは、是れ敎なり。銘は、一次稱揚して上下皆得たり。故に君子銘を看るに、既に其の稱揚する所を贊美し、又其の爲したる所を贊美す。此を爲るは、明以って看見するに足り、仁以って給與するに足り、智以って之に利するに足り、以って賢と謂うべし。賢して自誇せざれば、以って恭と謂うべし。故に衛國孔悝の鼎銘に曰く、「六月丁亥、公太廟に到る。公曰く『叔舅、なんじの先祖莊叔は、成公を輔佐せり』と。成公乃ち莊叔を命じ、逃難に跟從して漢陽に到り、宗周に宮室に就き、奔走して厭倦せず、獻公を開導佑助せり。獻公乃ち成叔を命じて曰く『なんじの先祖の職事を繼承せよ。なんじの父親文叔は、舊日の志願を興起し、善士に表率と作り、親ら衛國を體恤し、公家に勤勞し、日夜懈怠せず』と。民皆曰く『美かな』と。公曰く『叔舅、われなんじに銘を給う、なんじなんじの父親の職事を繼承せよ』と。悝拜して頭を磕き地に觸りて曰く『對答顯揚して以って之を彰明し、大命に勤勞し、烝祭の彝鼎上に施行せん』と」と。此れ衛國孔悝の鼎銘なり。古時の君子は、先祖の美を論撰して顯明に後世に著錄し、此を以って自身に比附し・此を以ってその國家を看重するに是のごとし。子孫宗廟社稷を守るは、その先祖美なきに稱揚するは、是れ誣妄。善ありて知らざるは、是れ不明。知りて傳えざるは、是れ不仁。此の三樣は君子の羞恥とする所なり。
昔者周公旦有勳勞於天下,周公既沒,成王、康王追念周公之所以勳勞者而欲尊魯,故賜之以重祭,外祭則郊社是也,內祭則大嘗禘是也。夫大嘗禘,升歌清廟,下而管象,朱干玉鏚以舞大武,八佾以舞夏,此天子之樂也。康周公,故以賜魯也。子孫纂之,至於今不廢。所以明周公之德,而又以重其國也。
從前周公旦天下に對して勳勞あり、周公已に去世せば、成王・康王周公の勳勞ある所以を追念して魯を尊崇せんことを想い、故に之に重祭を賜う。外祭は即ち郊社、內祭は即ち大嘗禘なり。大嘗禘は、堂に升りて《清廟》を歌唱し、堂下に管を以って《象》を奏し、朱紅盾・玉斧を以って《大武》を舞し、八佾を以って《夏》を舞す、此れ天子の樂なり。周公を褒獎する、故に魯に賜給す。子孫繼承し、如今に至りて廢せず。是れ以って周公の德を顯明し、而又以ってその國を看重するなり。
經解
孔子曰:“入其國,其教可知也。其為人也溫柔敦厚,詩教也;疏通知遠,書教也;廣博易良,樂教也;絜靜精微,易教也;恭儉莊敬,禮教也;屬辭比事,春秋教也。故詩之失愚,書之失誣,樂之失奢,易之失賊,禮之失煩,春秋之失亂。其為人也溫柔敦厚而不
孔子曰く、「その國に進入すれば、其の敎以って知るべし。其の人を爲るに温柔敦厚なるは、《詩》の敎なり。疏通して遠を知るは、《書》の敎なり。廣博平易善良なるは、樂の敎なり。潔靜精微なるは、《易》の敎なり。恭儉莊敬なるは、禮の敎なり。文辭を連綴し事に比附するは、《春秋》の敎なり。故に《詩》の過失は愚、《書》の過失は誣妄、樂の過失は奢侈、《易》の過失は賊害、禮の過失は煩瑣、《春秋》の過失は亂。其の人を爲るに温柔敦厚して
愚,則深於詩者也;疏通知遠而不誣,則深於書者也;廣博易良而不奢,則深於樂者也;絜靜精微而不賊,則深於易者也;恭儉莊敬而不煩,則深於禮者也;屬辭比事而不亂,則深於春秋者也。”
愚ならざれば、即ち《詩》に深きなり。疏通して遠を知りて誣妄ならざれば、即ち《書》に深きなり。廣博平易善良して奢侈ならざれば、即ち樂に深きなり。潔靜精微して賊害ならざれば、即ち《易》に深きなり。恭儉莊敬して煩瑣ならざれば、即ち禮に深きなり。文辭を連綴し事に比附して亂れざれば、即ち《春秋》に深きなり」と。
天子者,與天地參,故德配天地,兼利萬物,與日月並明,明照四海而不遺微小。其在朝廷則道仁聖禮義之序,燕處則聽雅頌之音,行步則有環佩之聲,升車則有鸞和之音,居處有禮,進退有度,百官得其宜,萬事得其序。詩云:“淑人君子,其儀不忒。其儀不忒,正是四國。”此之謂也。發號出令而民說謂之和,上下相親謂之仁,民不求其所欲而得之謂之信,除去天地之害謂之義。義與信,和與仁,霸王之器也。有治民之意而無其器,則不成。
天子は、天地と幷列して三と爲る、故に德天地に相配し、普遍に萬物に利あり、日月と同樣に光明し、光明四海を照耀して微小を遺漏せず。彼朝廷に在れば則ち仁聖禮義の次序を引導し、燕居すれば則ち雅頌の音を聽き、走路すれば則ち環佩の聲音あり、車に上れば則ち鸞和の音あり。居處に禮あり、進退に度あり、百官適宜を得、萬事次序を得。《詩經・曹風・鳲鳩》に曰く、「善い人君子、その儀差錯なし。その儀差錯なし、端正して此の四方の國」と。說くは即ち此れなり。號を發し令を出して民喜悅するを和と謂い、上下互相いに親しむを仁と謂い、民彼の要する所を求めずして得る能うを信と謂い、天地の害を除去するを義と謂う。義と信、和と仁は、是れ霸王の器具なり。民を治理するの心意ありて其の器具なければ、則ち成就する能わず。
禮之於正國也,猶衡之於輕重也,繩墨之於曲直也,規矩之於方圜也。故衡誠懸,不可欺以輕重;繩墨誠陳,不可欺以曲直;規矩誠設,不可欺以方圜;君子審禮,不可誣以奸詐。是故隆禮由禮,謂之有方之士。不隆禮不由禮,謂之無方之民。敬讓之道也,故以奉宗廟則敬,以入朝廷則貴賤有位,以處室家則父子親、兄弟和,以處鄉里則長幼有序。孔子曰:“安上治民,莫善於禮。”此之謂也。
禮の國を端正するに對するは、秤の輕重に對し、繩墨の曲直に對し、規矩の方圓に對するがごとし。故に秤眞正に懸挂せば、以って輕重を欺く可からず。繩墨眞正に陳設せば、以って曲直を欺く可からず。規矩眞正に設置せば、以って方圓を欺く可からず。君子禮を審察すれば、以って奸詐を誣妄す可からず。故に禮を崇尚し・禮を遵循するを、有方の士と謂う。禮を崇尚せず・禮を遵循せざるを、無方の民と謂う。是れ敬讓の道なり。故に以って宗廟に奉すれば則ち敬し、以って朝廷に進入すれば則ち貴賤位子あり、以って室家に處れば則ち父子親し・兄弟和し、以って鄉里に處れば則ち長幼有序す。孔子曰く、「上に在るを安定し・民を治理するは、禮より良きなし」と。說くは即ち此れなり。
故朝覲之禮,所以明君臣之義也。聘問之禮,所以使諸侯相尊敬也。喪祭之禮,所以明臣子之恩也。鄉飲酒之禮,所以明長幼之序也。昏姻之禮,所以明男女之別也。夫禮,禁亂之所由生,猶坊止水之所自來也。故以舊坊為無所用而壞之者,必有水敗。以舊禮為無所用而去之者,必有亂患。
故に朝觐の禮は、是れ以って君臣の義を顯明するなり。聘問の禮は、是れ以って諸侯をして互相いに尊敬せしむるなり。喪祭の禮は、是れ以って臣子の恩を顯明するなり。鄉飲酒の禮は、是れ以って長幼の次序を顯明するなり。婚姻の禮は、是れ以って男女の分別を顯明するなり。禮は、亂の生出する所を禁止する、堤坊の水の到來する所を阻止するがごとし。故に舊堤坊を以って用處なしと作して之を毁壞するは、必ず水災あり。舊禮を以って用處なしと作して之を去掉するは、必ず亂の禍患あり。
故昏姻之禮廢,則夫婦之道苦,而淫闢之罪多矣。鄉飲酒之禮廢,則長幼之序失,而爭鬥之獄繁矣。喪祭之禮廢,則臣子之恩薄,而倍死忘生者眾矣。聘覲之禮廢,則君臣之位失,諸侯之行惡,而倍畔侵陵之敗起矣。
故に婚姻の禮廢棄せば、則ち夫婦の道困苦し、而して淫邪の罪則ち多し。鄉飲酒の禮廢棄せば、則ち長幼の次序喪失し、而して爭鬥の獄訟則ち繁多す。喪祭の禮廢棄せば、則ち臣子の恩薄く、而して死者を背棄し生者を忘記する則ち多し。聘觐の禮廢棄せば、則ち君臣の位子喪失し、諸侯の行爲惡に變し、而して背叛侵陵の敗亂則ち興起す。
故禮之教化也微,其止邪也於未形,使人日徙善遠罪而不自知也,是以先王隆之也。易曰:“君子慎始。差若豪釐,繆以千里。”此之謂也。
故に禮の敎化は隱微なり、其の邪を制止するは未だ成形せざるの時に在り、人をして日日善に遷り・罪を遠離せしめて自己知らざる、故に先王之を崇尚す。《周易》曰く、「君子開始を謹慎す。差錯毫厘のごときに、謬誤千里に至るべし」と。說くは即ち此れなり。
