喪大記
君吊則復殯服。
君來り弔えば則ち殯時の服を恢復す。
夫人吊於大夫士,主人出迎於門外。見馬首,先入門右。夫人入升堂即位,主婦降自西階,拜稽顙於下。夫人視世子而踴,奠如君至之禮。夫人退,主婦送於門內,拜稽顙。主人送於大門之外,不拜。
夫人の大夫・士を弔うに、主人出でて門外に迎接す。馬首を看見せば、先ず門に入りて右に靠る。夫人進入して堂に升りて位に就く。主婦西階より下りて、下面に拜して頭を磕き地に觸る。夫人世子を看るて頓足す。奠は君到れる禮のごとし。夫人退下せば、主婦門內に送り、拜して頭を磕き地に觸る。主人大門之外に送るも拜せず。
大夫君,不迎於門外。入即位於堂下,主人北面,眾主人南面,婦人即位於房中。若有君命,命夫命婦之命,四鄰賓客,其君後主人而拜。
大夫のその君に對するは、門外に迎接せず。進入して堂下に位に就く。主人北に面し、衆主人南に面し、婦人房中に位に就く。若し君命・命夫命婦の命・四鄰賓客あれば、その君主人の後面に拜す。
君吊,見屍柩而後踴。
君來り弔うに、尸柩を看見して然る後に頓足す。
大夫士,若君不戒而往,不具殷奠。君退必奠。
大夫・士は、若し君告誡せずして前往せば、殷奠を備辦せず。君退下すれば必ず奠す。
君大棺八寸,屬六寸,椑四寸。上大夫大棺八寸,屬六寸。下大夫大棺六寸,屬四寸。士棺六寸。
君の大棺は八寸、屬は六寸、薄棺は四寸。上大夫の大棺は八寸、屬は六寸。下大夫の大棺は六寸、屬は四寸。士の棺は六寸。
君裡棺用朱綠,用雜金鐕。大夫裡棺用玄綠,用牛骨鐕。士不綠。
君の棺裏は朱紅綠色を用い、雜金釘を用いる。大夫の棺裏は玄色綠色を用い、牛骨釘を用いる。士は綠を用いず。
君蓋用漆,三衽三束。大夫蓋用漆,二衽二束。士蓋不用漆,二衽二束。
君の蓋は漆を用い、三衽三束。大夫の蓋は漆を用い、二衽二束。士の蓋は漆を用いず、二衽二束。
君大夫鬊爪,實於綠中。士埋之。
君・大夫の亂髮指甲は、綠中に充實す。士は埋掉す。
君殯用輴,攢至於上,畢塗屋。大夫殯以幬,攢置於西序,塗不暨於棺。士殯見衽,塗上帷之。
君の殯は輇車を用い、堆積して上面に至りて、全部涂して屋と爲す。大夫の殯は帳を以って覆蓋し、堆積して西序に放ち、涂して棺に至らず。士の殯は衽を露出し、上面を涂り、帷を設く。
熬君四種八筐,大夫三種六筐,士二種四筐,加魚臘焉。
熬穀は、君四種八筐、大夫三種六筐、士兩種四筐、魚と干肉を加う。
飾棺,君龍帷,三池,振容,黼荒。火三列,黼三列。素錦褚,加偽荒,纁紐六。齊,五采,五貝,黼翣二,黻翣二,畫翣二,皆戴圭。魚躍拂池,君纁戴六,纁披六。大夫畫帷,二池,不振容。畫荒,火三列,黻三列。素錦褚,纁紐二,玄紐二。齊,三採,三貝,黻翣二,畫翣二,皆戴綏,魚躍拂池,大夫戴,前纁後玄,披亦如之。士布帷布荒,一池。揄絞,纁紐二,緇紐二。齊,三採,一貝。畫翣二,皆戴綏,士戴,前纁後緇,二披用纁。
棺を裝飾すに、君は龍帷・三池・振容・斧紋荒。火三列、斧紋三列。素錦を以って褚を爲し、僞荒を加え、淺絳紐六。齊は、五采、五貝。斧紋棺飾扇二、黻紋棺飾扇二、畫棺飾扇二、皆圭を戴く。魚躍起して池を拂う。君淺絳戴六、淺絳披六。大夫は畫帷、二池、振容せず。畫荒、火三列、黻紋三列。素錦を以って褚を爲し、淺絳紐二、玄紐二。齊は、三采、三貝。黻紋棺飾扇二、畫棺飾扇二、皆綏を戴く。魚躍起して池を拂う。大夫の戴は、前淺絳後玄、披も亦た是のごとし。士は布帷布荒、一池。揄絞、淺絳紐二、緇紐二。齊は、三采、一貝。畫棺飾扇二、皆綏を戴く。士の戴は、前淺絳後緇、二披淺絳を用いる。
君葬用輴,四綍二碑,御棺用羽葆。大夫葬用輴,二綍二碑,御棺用茅。士葬用國車,二綍無碑。比出宮,御棺用功布。
君の下葬は輇車を用い、四條の紼兩座の碑、羽葆を以って棺を引導す。大夫の下葬は輇車を用い、兩條の紼兩座の碑、茅を以って棺を引導す。士の下葬は國車を用い、兩條の紼碑なし。宮を出るに及びて、功布を以って棺を引導す。
凡封,用綍去碑負引。君封以衡,大夫士以鹹。君命毋譁,以鼓封。大夫命毋哭,士哭者相止也。
およそ棺を下すは、紼を以って碑を離れて背き牽引す。君の棺を下すに衡を用い、大夫・士は咸を用いる。君喧嘩せざるを命じ、鼓を以って棺を下す。大夫哭せざるを命ず。士は、哭する人互相いに制止す。
君松槨,大夫柏槨,士雜木槨。
君は松の椁、大夫は柏の椁、士は雜木の椁。
棺槨之間,君容柷,大夫容壺,士容甒。
棺椁の間は、君は柷を容れるに足り、大夫は壺を容れ、士は瓦瓶を容れる。
君裡槨虞筐,大夫不裡槨,士不虞筐。
君の椁裏に虞筐あり、大夫の椁は裏せず、士は虞筐なし。
祭法
祭法:有虞氏禘黃帝而郊嚳,祖顓頊而宗堯;夏后氏亦禘黃帝而郊鯀,祖顓頊而宗禹;殷人禘嚳而郊冥,祖契而宗湯;周人禘嚳而郊稷,祖文王而宗武王。
祭法曰く、有虞氏は黃帝を禘祭して喾を郊祭し、顓頊を祖して堯を宗とす。夏后氏も亦た黃帝を禘祭して鯀を郊祭し、顓頊を祖して禹を宗とす。殷人は喾を禘祭して冥を郊祭し、契を祖して湯を宗とす。周人は喾を禘祭して稷を郊祭し、文王を祖して武王を宗とす。
燔柴於泰壇,祭天也。瘞埋於泰折,祭地也。用騂犢。
泰壇に燔柴するは、天を祭るなり。泰折に埋藏するは、地を祭るなり。赤色の牛犢を用いる。
埋少牢於泰昭,祭時也;相近於坎壇,祭寒暑也;王宮,祭日也;夜明,祭月也;幽宗,祭星也;雩宗,祭水旱也;四坎壇,祭四方也。山林川穀丘陵能出雲、為風雨、見怪物,皆曰神,有天下者祭百神。諸侯在其地則祭之,亡其地則不祭。
泰昭に少牢を埋むるは、時を祭るなり。坎壇に相近すは、寒暑を祭るなり。王宮は、日を祭るなり。夜明は、月を祭るなり。幽宗は、星を祭るなり。雩宗は、水旱を祭るなり。四坎壇は、四方を祭るなり。山林・山谷・丘陵の能く雲を出し、風雨を興起し、怪物を顯現するは、皆神と謂う。天下あるは百神を祭る。諸侯はその地に在れば則ち祭り、その地を失えば則ち祭らず。
大凡生於天地之間者皆曰命,其萬物死皆曰折,人死曰鬼。此五代之所不變也。七代之所更立者,禘郊宗祖,其餘不變也。
おおよそ天地之間に生まるるは皆命と謂う。その萬物の死するは皆折と謂い、人の死するは鬼と謂う。是れ五代の改變せざる所なり。七代の改立する所は、是れ禘・郊・宗・祖なり、その余は改變せず。
天下有王,分地建國,置都立邑設廟祧壇墠而祭之,乃為親疏多少之數。是故王立七廟,一罈一墠,曰考廟,曰王考廟,曰皇考廟,曰顯考廟,曰祖考廟,皆月祭之。遠廟為祧,有二祧,享嘗乃止。去祧為壇,去壇為墠。壇墠,有禱焉祭之,無禱乃止。去墠曰鬼。諸侯立五廟,一罈一墠,曰考廟,曰王考廟,曰皇考廟,皆月祭之。顯考廟,祖考廟,享嘗乃止。去祖為壇,去壇為墠。壇墠,有禱焉祭之,無禱乃止。去墠為鬼。大夫立三廟二壇,曰考廟,曰王考廟,曰皇考廟。享嘗乃止。顯考祖,考無廟,有禱焉。為壇祭之,去壇為鬼。適士二廟一罈,曰考廟,曰王考廟。享嘗乃止,顯考無廟,有禱焉。為壇祭之,去壇為鬼。官師一廟,曰考廟。王考無廟,而祭之,去王考為鬼。庶士庶人無廟,死曰鬼。
天下に王あれば、地を分かちて國を建立し、都を設置して邑を建立し、廟・祧・壇・𫮃を設立して祭祀し、乃ち親疏多少の數を制定す。故に王は七廟・一壇・一𫮃を設立す。考廟と曰い、王考廟と曰い、皇考廟と曰い、顯考廟と曰い、祖考廟と曰い、皆月を按りて祭祀す。遠廟は祧と爲し、兩個の祧あり、享嘗すれば則ち停止す。祧を去りて壇を爲し、壇を去りて𫮃を爲す。壇・𫮃は、禱告あれば纔かに祭り、禱告なければ則ち停止す。𫮃を去りて鬼と謂う。諸侯は五廟・一壇・一𫮃を設立す。考廟と曰い、王考廟と曰い、皇考廟と曰い、皆月を按りて祭祀す。顯考廟・祖考廟は、享嘗すれば則ち停止す。祖を去りて壇を爲し、壇を去りて𫮃を爲す。壇・𫮃は、禱告あれば纔かに祭り、禱告なければ則ち停止す。𫮃を去りて鬼を爲す。大夫は三廟二壇を設立す。考廟と曰い、王考廟と曰い、皇考廟と曰い、享嘗すれば則ち停止す。顯考・祖考は廟なし、禱告あれば、壇を爲して祭る。壇を去りて鬼を爲す。嫡士は二廟一壇、考廟と曰い、王考廟と曰い、享嘗すれば則ち停止す。顯考は廟なし、禱告あれば、壇を爲して祭る。壇を去りて鬼を爲す。官師は一廟、考廟と曰う。王考は廟なくして祭祀す。王考を去りて鬼を爲す。庶士・庶人は廟なし、死すれば則ち鬼と謂う。
王為群姓立社,曰大社。王自為立社,曰王社。諸侯為百姓立社,曰國社。諸侯自為立社,曰侯社。大夫以下成群立社,曰置社。
王は群姓の爲に社を立て、之を大社と謂う。王は自己の爲に社を立て、之を王社と謂う。諸侯は百姓の爲に社を立て、之を國社と謂う。諸侯は自己の爲に社を立て、之を侯社と謂う。大夫以下は成群して社を立て、之を置社と謂う。
王為群姓立七祀:曰司命,曰中溜,曰國門,曰國行,曰泰厲,曰戶,曰灶。王自為立七祀。諸侯為國立五祀:曰司命,曰中溜,曰國門,曰國行,曰公厲。諸侯自為立五祀。大夫立三祀:曰族厲,曰門,曰行。適士立二祀:曰門,曰行。庶士、庶人立一祀。或立戶,或立灶。
王は群姓の爲に七祀を立て、司命と曰い、中霤と曰い、國門と曰い、國行と曰い、泰厲と曰い、戸と曰い、竈と曰う。王は自己の爲に七祀を立つ。諸侯は國の爲に五祀を立て、司命と曰い、中霤と曰い、國門と曰い、國行と曰い、公厲と曰う。諸侯は自己の爲に五祀を立つ。大夫は三祀を立て、族厲と曰い、門と曰い、行と曰う。嫡士は二祀を立て、門と曰い、行と曰う。庶士・庶人は一祀を立て、或いは戸を立て、或いは竈を立つ。
王下祭殤五:適子,適孫,適曾孫,適玄孫,適來孫。諸侯下祭三,大夫下祭二,適士及庶人祭子而止。
王は下に向かいて殤を祭るに五等、嫡子・嫡孫・嫡曾孫・嫡玄孫・嫡來孫。諸侯は下に向かいて三等を祭り、大夫は下に向かいて二等を祭り、嫡士および庶人は兒子に祭るに至りて停止す。
夫聖王之制祭祀也,法施於民則祀之,以死勤事則祀之,以勞定國則祀之,能御大菑則祀之,能捍大患則祀之。是故厲山氏之有天下也,其子曰農,能殖百穀。夏之衰也,周棄繼之,故祀以為稷。共工氏之霸九州也,其子曰后土,能平九州,故祀以為社。帝嚳能序星辰以著眾,堯能賞均刑法以義終,舜勤眾事而野死,鯀鄣鴻水而殛死,禹能修鯀之功,黃帝正名百物,以明民共財,顓頊能修之,契為司徒而民成,冥勤其官而水死,湯以寬治民而除其虐,文王以文治,武王以武功,去民之菑,此皆有功烈於民者也。及夫日月星辰,民所瞻仰也。山林川穀丘陵,民所取財用也。非此族也,不在祀典。
聖王祭祀を制定す、法を民に施加せば則ち彼を祀り、死を以って事に勤めば則ち彼を祀り、勞を以って國を安定せば則ち彼を祀り、能く大災を抵禦せば則ち彼を祀り、能く大患を捍衛せば則ち彼を祀る。故に厲山氏天下あるや、その兒子農と謂い、能く百穀を繁殖す。夏衰微し、周棄接續し、故に彼を祀りて稷と作す。共工氏九州に稱霸し、その兒子后土と謂い、能く九州を平定し、故に彼を祀りて社と作す。帝喾は能く星辰を序次して衆人を顯明し、堯は能く賞賜均平刑法して義を以って終結し、舜は衆事に勤して野に死し、鯀は洪水を堵塞して誅死せられ、禹は能く鯀の功を修治し、黃帝は百物の名を端正して、以って民を顯明し・財を共享し、顓頊は能く之を修治し、契は司徒を爲して民成就し、冥はその官に勤して水に死し、湯は寬を以って民を治理して虐を除掉し、文王は文を以って治め、武王は武功を以って、民の災を去掉す。此ら皆民に對して功烈あり。日月星辰に至るは、是れ民の瞻仰する所なり。山林・山谷・丘陵は、是れ民の財用を取る所なり。此の類にあらざれば、祀典に在らず。
祭義
祭不欲數,數則煩,煩則不敬。祭不欲疏,疏則怠,怠則忘。是故君子合諸天道,春禘秋嘗。霜露既降,君子履之必有悽愴之心,非其寒之謂也。春雨露既濡,君子履之必有怵惕之心,如將見之。樂以迎來,哀以送往,故禘有樂而嘗無樂。
祭祀は頻繁を要せず、頻繁なれば則ち煩み、煩めば則ち敬せず。祭祀は稀疏を要せず、稀疏なれば則ち怠惰し、怠惰すれば則ち忘る。故に君子天道に會合し、春禘祭し秋嘗祭す。霜露已に降れば、君子之を踩みて必ず凄愴の心あり、其の寒を說くにあらず。春雨露已に沾濕せば、君子之を踩みて必ず怵惕の心あり、將に彼を看見せんとするがごとし。樂を以って來るを迎接し、哀を以って往くを送走す、故に禘祭に樂ありて嘗祭に樂なし。
致齊於內,散齊於外。齊之日,思其居處,思其笑語,思其志意,思其所樂,思其所嗜。齊三日,乃見其所為齊者。
內に在りては齋戒を極盡し、外に在りては齋戒を疏散す。齋戒の日は、彼の居處を想い、彼の笑語を想い、彼の志意を想い、彼の樂しむ所を想い、彼の嗜好する所を想う。齋戒三日して、纔かに彼の爲する而して齋戒するを看見す。
祭之日,入室,僾然必有見乎其位;周還出戶,肅然必有聞乎其容聲;出戶而聽,愾然必有聞乎其嘆息之聲。
祭祀その日は、室に進入して、仿佛として必ず彼が位子上に在るを看見し、轉身して戸を出づれば、肅然として必ず彼が儀容の聲を聽聞し、戸を出でて聽けば、慨然として必ず彼が歎息の聲を聽聞す。
是故先王之孝也,色不忘乎目,聲不絕乎耳,心志嗜慾不忘乎心。致愛則存,致愨則著。著存不忘乎心,夫安得不敬乎?
故に先王の孝は、顏色眼裏に忘記せず、聲音耳裏に絕えず、心志嗜欲心裏に忘記せず。愛を極盡せば則ち存在し、誠愨を極盡せば則ち顯著す。顯著存在して心裏に忘記せざれば、何ぞ敬せざらんや?
君子生則敬養,死則敬享,思終身弗辱也。君子有終身之喪,忌日之謂也。忌日不用,非不祥也。言夫日,志有所至,而不敢盡其私也。
君子は生きるれば則ち恭敬に奉養し、死せれば則ち恭敬に享祀し、終身辱沒せざるを想着す。君子に終身の喪あり、說くは忌日なり。忌日は用いず、不祥にあらず。說くはその日は、志願到る所有り、而して敢えてその私を盡さざるなり。
唯聖人為能饗帝,孝子為能饗親。饗者鄉也,鄉之然後能饗焉。是故孝子臨屍而不怍。君牽牲,夫人奠盎。君獻屍,夫人薦豆。卿大夫相君,命婦相夫人,齊齊乎其敬也,愉愉乎其忠也,勿勿諸其欲其饗之也。
ただ聖人のみ能く帝を宴饗し、孝子能く親人を宴饗す。宴饗は、是れ面向なり。面向して然る後に能く宴饗す。故に孝子尸に面對して慚愧せず。君牲を牽き、夫人盎齊を奠す。君尸に獻し、夫人豆を進獻す。卿大夫君を輔助し、命婦夫人を輔助す、整齊の樣子彼の敬、和悅の樣子彼の忠、勉力の樣子彼が彼に享用せしめんことを想う。
文王之祭也,事死者如事生,思死者如不欲生。忌日必哀,稱諱如見親,祀之忠也。如見親之所愛,如欲色然,其文王與?詩云:“明發不寐,有懷二人。”文王之詩也。祭之明日,明發不寐,饗而致之,又從而思之。祭之日,樂與哀半。饗之必樂,已至必哀。
文王の祭祀は、死者に事奉するに生者に事奉するのごとく、死者を思念するに活きたくなきがごとし。忌日は必ず哀しみ、諱を稱するに親人を看見するがごとく、是れ祀の忠なり。親人の愛する所を看見するがごとく、その神色を要するがごとし、おそらく是れ文王ならんか?《詩經・小雅・小宛》に曰く、「天亮きて未だ睡らず、懷念する所有り彼の兩人」と。是れ文王の詩なり。祭祀の第二天、天亮きて未だ睡らず、宴饗して彼を招致し、又從而彼を思念す。祭祀その日は、樂と哀各々半ばなり。彼を宴饗するは必ず樂しみ、已に到來せば必ず哀しむ。
仲尼嘗,奉薦而進,其親也愨,其行也趨趨以數。已祭,子贛問曰:“子之言祭,濟濟漆漆然。今子之祭無濟濟漆漆,何也?”子曰:“濟濟者,容也,遠也。漆漆者,容也,自反也。容以遠,若容以自反也。夫何神明之及交?夫何濟濟漆漆之有乎?反饋樂成,薦其薦俎。序其禮樂,備其百官。君子致其濟濟漆漆,夫何慌惚之有乎?夫言豈一端而已,夫各有所當也。”
仲尼嘗祭し、薦を捧げて進上し、その親は誠愨、その走は急促にして頻繁。已に祭完せば、子貢問うて曰く、「なんじが祭祀を說くに、濟濟莊嚴專一の樣子。如今なんじの祭祀は濟濟莊嚴專一なし、何故」と。孔子曰く、「濟濟は、是れ儀容、是れ遠し。莊嚴專一是れ儀容、是れ自己を反省す。儀容此に因りて遠く、又如儀容此に因りて自己を反省す。何處か神明と交接せん?何處か濟濟莊嚴專一あらん?返回し饋食・樂成就し、其の薦俎を進獻す。其の禮樂を序次し、其の百官を備辦す。君子その濟濟莊嚴專一を送到せば、何處か恍惚あらん?話何處か一端あるのみ、各々適當ある所」と。
孝子將祭,慮事不可以不豫,比時具物不可以不備,虛中以治之。
孝子將に祭らんとして、事を謀慮するに預せざる可からず、時に及びて物を備辦するに完備せざる可からず、內心を空虛にして治理す。
宮室既修,牆屋既設,百物既備,夫婦齊戒,沐浴盛服,奉承而進之。洞洞乎、屬屬乎如弗勝,如將失之。其孝敬之心至也與!薦其薦俎,序其禮樂,備其百官,奉承而進之。於是諭其志意,以其慌惚以與神明交。庶或饗之,庶或饗之,孝子之志也。
宮室已に修治し、墻屋已に設置し、百物已に完備せば、夫婦齋戒し、沐浴して盛服し、捧げて承受して進上す。誠懇專一の樣子勝任する能わざるがごとく、將に失去せんとするがごとし。その孝敬の心極點に至れるか!其の薦俎を進獻し、其の禮樂を序次し、其の百官を備辦し、捧げて承受して進上す。是に於いてその志意を曉喻し、其の恍惚を以って神明と交接す。或いは彼享用し、或いは彼享用す、是れ孝子の志なり。
孝子之祭也,盡其愨而愨焉,盡其信而信焉,盡其敬而敬焉,盡其禮而不過失焉。進退必敬,如親聽命,則或使之也。
孝子の祭祀は、その誠愨を盡して誠愨し、その信を盡して信し、その敬を盡して敬し、その禮を盡して過失なし。進退必ず敬して、親人命を聽くがごとく、則ち或いは役使ある所。
孝子之祭可知也。其立之也敬以詘,其進之也敬以愉,其薦之也敬以欲。退而立,如將受命。已徹而退,敬齊之色不絕於面。孝子之祭也,立而不詘,固也。進而不愉,疏也。薦而不欲,不愛也。退立而不如受命,敖也。已徹而退,無敬齊之色,而忘本也。如是而祭,失之矣。
孝子の祭祀は知るべし。彼立つるに敬して屈曲し、彼進上するに敬して和悅し、彼進獻するに敬して要す。退下して立つるに、將に命を接受せんとするがごとし。已に撤して退下するに、恭敬整齊の顏色面上に絕えず。孝子の祭祀に、立ちて屈曲せざれば、是れ固陋。進上して和悅せざれば、是れ疏遠。進獻して要せざれば、是れ愛せず。退下立ちて命を接受するがごとくせざれば、是れ傲慢。已に撤して退下して、恭敬整齊の顏色なければ、是れ本を忘る。是のごとくして祭れば、則ち錯れるなり。
孝子之有深愛者必有和氣,有和氣者必有愉色,有愉色者必有婉容。孝子如執玉,如奉盈,洞洞屬屬然如弗勝,如將失之。嚴威儼恪,非所以事親也,成人之道也。
孝子深愛あるは必ず和氣あり、和氣あるは必ず和悅の顏色あり、和悅の顏色あるは必ず婉順の儀容あり。孝子玉を持つがごとく、滿てるを捧ぐるがごとく、誠懇專一の樣子勝任する能わざるがごとく、將に失去せんとするがごとし。嚴威莊重恭敬は、以って親人に事奉するにあらず、是れ成人の道なり。
先王之所以治天下者五:貴有德,貴貴,貴老,敬長,慈幼。此五者先王之所以定天下也。貴有德,何為也?為其近於道也。貴貴,為其近於君也;貴老,為其近於親也;敬長,為其近於兄也;慈幼,為其近於子也。是故至孝近乎王,至弟近乎霸。至孝近乎王,雖天子必有父。至弟近乎霸,雖諸侯有必兄。先王之教因而弗改,所以領天下國家也。
先王天下を治理する所以に五樣あり、德あるを尊重し、貴きを尊重し、老いたるを尊重し、長者を尊敬し、幼少を慈愛す。此の五樣は先王天下を安定する所以なり。德あるを尊重するは、是れ何の爲ぞや?其の道に接近するを以ってなり。貴きを尊重するは、其の君に接近するを以ってなり。老いたるを尊重するは、其の親人に接近するを以ってなり。長者を尊敬するは、其の兄に接近するを以ってなり。幼少を慈愛するは、其の兒子に接近するを以ってなり。故に至極の孝は王に接近し、至極の悌は霸に接近す。至極の孝王に接近すれば、たとえ天子も必ず父あり。至極の悌霸に接近すれば、たとえ諸侯も必ず兄あり。先王の敎因循して改變せざるは、是れ以って天下國家を統領するなり。
子曰:“立愛自親始,教民睦也。立教自長始,教民順也。教以慈睦,而民貴有親。教以敬長,而民貴用命。孝以事親,順以聽命,錯諸天下,無所不行。”
孔子曰く、「愛を樹立するは親人より始まる、是れ民を敎えて和睦せしむ。敎を樹立するは長者より始まる、是れ民を敎えて順從せしむ。慈睦を以って敎えば、而して民親人あるを看重す。敬長を以って敎えば、而して民命を用うるを看重す。孝を以って親人に事奉し、順を以って命を聽從し、天下に施行せば、行う能わざるなし」と。
郊之祭也,喪者不敢哭,凶服者不敢入國門,敬之至也。
郊の祭祀は、喪あるは敢えて哭せず、凶服を穿くは敢えて國門に進入せず、是れ敬の極致なり。
祭之日,君牽牲,穆荅君,卿大夫序從。既入廟門,麗於碑,卿大夫袒,而毛牛尚耳,鸞刀以刲,取膟膋,乃退。爓祭祭腥而退,敬之至也。
祭祀その日は、君牲を牽き、穆應答して君し、卿大夫次序に按りて跟從す。已に廟門に進入せば、碑上に係る。卿大夫袒露して、而して牛毛を取り耳を崇尚し、鸞刀を以って割り、油脂を取り、纔かに退下す。半生を以って祭り・生肉を祭りて退下するは、是れ敬の極致なり。
郊之祭,大報天而主日,配以月。夏后氏祭其闇,殷人祭其陽,周人祭日,以朝及闇。
郊の祭祀は、大いに天を報答して日を以って主と爲し、月を以って配す。夏后氏は昏暗の時に祭り、殷人は陽の時に祭り、周人は日を祭るに、早より昏暗に至る。
祭日於壇,祭月於坎。以別幽明,以制上下。
壇に在りて日を祭り、坎に在りて月を祭る。以って幽明を分別し、以って上下を制定す。
祭日於東,祭月於西。以別外內,以端其位。
東に在りて日を祭り、西に在りて月を祭る。以って外內を分別し、以ってその位子を端正す。
日出於東,月生於西,陰陽長短,終始相巡,以致天下之和。
日は東より出來し、月は西より生出す。陰陽長短は、終始互相いに循環し、以って天下の和諧を招致す。
天下之禮,致反始也,致鬼神也,致和用也,致義也,致讓也。致反始以厚其本也,致鬼神以尊上也,致物用以立民紀也,致義則上下不悖逆矣,致讓以去爭也。合此五者以治天下之禮也,雖有奇邪而不治者,則微矣!
天下の禮は、開始に返回するを招致し、鬼神を招致し、和用を招致し、義を招致し、謙讓を招致す。開始に返回するを招致してその本を加厚し、鬼神を招致して上を尊重し、物を招致して以って民の紀綱を確立し、義を招致すれば則ち上下悖逆せず、謙讓を招致して爭奪を去掉す。此の五樣を會合して天下の禮を治理すれば、たとえ奇邪あって治理する能わざるとも、則ち微小なり!
宰我曰:“吾聞鬼神之名,不知其所謂。”子曰:“氣也者,神之盛也。魄也者,鬼之盛也。合鬼與神,教之至也。”
宰我曰く、「われ鬼神の名を聞く、說くは何かを知らず」と。孔子曰く、「氣は、是れ神の盛なり。魄は、是れ鬼の盛なり。鬼と神を會合するは、是れ敎の極致なり」と。
眾生必死,死必歸土,此之謂鬼。骨肉斃於下,陰為野土。
衆生は必ず死し、死すれば必ず土に歸る、此を鬼と謂う。骨肉は下面に斃滅し、陰暗に野土と爲る。
其氣發揚於上為昭明,焄蒿悽愴,此百物之精也,神之著也。
その氣は發揚して上に在りて昭明と爲り、煙氣凄愴たり、此れ百物の精、神の顯著なり。
因物之精製為之極,明命鬼神以為黔首,則百眾以畏,萬民以服。
物の精に依據して其の極致を制定爲し、顯明に鬼神を命名して黔首の法則と作れば、則ち百衆此に因りて畏懼し、萬民此に因りて服從す。
聖人以是為未足也,築為宮室,設為宗祧以別親疏遠邇。教民反古復始,不忘其所由生也。眾之服自此,故聽且速也。
聖人以って此れ未だ足らずと爲し、宮室を築成し、宗祧を設置爲して親疏遠近を分別す。民を敎えて古に返回し始めに回復し、彼の生まれ從る所を忘記せず。衆人の服從は此より始まり、故に聽從して且つ迅速なり。
二端既立,報以二禮,建設朝事,燔燎羶薌,見以蕭光,以報氣也。此教眾反始也。薦黍稷羞肝肺,首心,見間以俠甒加以鬱鬯,以報魄也。教民相愛,上下用情,禮之至也。君子反古復始,不忘其所由生也。是以致其敬、發其情,竭力從事以報其親,不敢弗盡也。
兩端已に確立し、二禮を以って報答す。朝事を建設し、燔燎して膻香し、艾蒿の光を顯現して、以って氣を報答す。此れ衆人を敎えて始めに返回す。黍稷を進獻し・肝肺首心を進獻し、中間に一對の瓦瓶を夾みて郁鬯を加え、以って魄を報答す。民を敎えて互相いに愛し、上下情を用うるは、是れ禮の極致なり。君子古に返回し始めに回復し、彼の生まれ從る所を忘記せず。故に彼の敬を送到し・彼の情を發露し、竭力して從事して彼の親人を報答し、敢えて盡さざらず。
是故昔者天子為借千畝,冕而朱紘,躬秉耒。諸侯為借百畝,冕而青紘,躬秉耒。以事天地山川、社稷先古,以為醴酪齊盛,於是乎取之,敬之至也。
故に從前天之の爲に籍田千畝を爲し、冕を戴きて朱紅帽帶し、親ら耒を持つ。諸侯之の爲に籍田百畝を爲し、冕を戴きて青色帽帶し、親ら耒を持つ。以って天地山川・社稷先古に事奉し、醴酪と黍稷と作るは、乃ち此より取る、是れ敬の極致なり。
古者天子諸侯必有養獸之官。及歲時,齊戒沐浴而躬朝之,犧牷祭牲,必於是取之,敬之至也。君召牛,納而視之,擇其毛而卜之,吉,然後養之。君皮弁素積,朔月月半君巡牲,所以致力,孝之至也。
古時天子諸侯は必ず養獸の官あり。歲時に及びて、齋戒沐浴して親ら朝見す。純色完整の祭牲は、必ず此より取る、是れ敬の極致なり。君牛を召し、納入して察看し、その毛を選擇して問卜す。吉利せば、然る後に之を養う。君皮弁を戴き素積を穿く。朔月月半君牲を巡視するは、是れ以って力を極盡し、是れ孝の極致なり。
古者天子諸侯必有公桑蠶室,近川而為之,築宮仞有三尺,棘牆而外閉之。及大昕之朝,君皮弁素積卜三宮之夫人,世婦之吉者,使入蠶於蠶室,奉種浴於川,桑於公桑,風戾以食之。歲既單矣,世婦卒蠶,奉繭以示於君,遂獻繭於夫人,夫人曰:“此所以為君服與?”遂副褘而受之,因少牢以禮之。古之獻繭者,其率用此與。及良日,夫人繅,三盆手,遂佈於三宮夫人世婦之吉者,使繅遂朱綠之、玄黃之以為黼黻文章。服既成,君服以祀先王先公,敬之至也。
古時天子諸侯は必ず公桑蠶室あり、河川に靠近して建造し、宮を築くに一仞三尺、棘墻にして外面より關閉す。天大亮きの早晨に及びて、君皮弁を戴き素積を穿き、問卜して三宮の夫人・世婦の吉利なるに、彼女らをして蠶室に進入して蠶を養わしめ、種を捧げて河川に洗濯し、公桑に於いて桑を采り、風干して喂す。歲已に盡きて、世婦蠶を養うを結束し、繭を捧げて君に看さしめ、乃ち夫人に繭を獻す。夫人曰く、「此れ以って君の服を爲すならんか」と。乃ち副を戴き袆衣を穿きて接受し、少牢を以って禮待す。古時繭を獻るは、おそらく皆此を用いたらんか。好日に及びて、夫人絲を繅り、三次盆裏に手を用い、乃ち三宮夫人世婦の吉利なるに分給し、彼女らをして絲を繅らしめ、乃ち朱紅綠色・玄黃色に染成し、黼黻文章と作す。服已に做成せば、君之を穿着して先王先公を祭祀す、是れ敬の極致なり。
君子曰:“禮樂不可斯須去身。”致樂以治心,則易直子諒之心油然生矣。易直子諒之心生則樂,樂則安,安則久,久則天,天則神。天則不言而信,神則不怒而威。致樂以治心者也,致禮以治躬則莊敬。莊敬則嚴威,心中斯須不和不樂,而鄙詐之心入之矣。外貌斯須不莊不敬,而慢易之心入之矣。故樂也者,動於內者也。禮也者,動於外者也。樂極和,禮極順。內和而外順,則民瞻其顏色而不與爭也,望其容貌而眾不生慢易焉。故德輝動乎內而民莫不承德,理髮乎外而眾莫不承順。故曰:“致禮樂之道而天下塞焉,舉而錯之無難矣。”樂也者,動於內者也。禮者也,動於外者也。故禮主其減,樂主其盈。禮減而進,以進為文;樂盈而反,以反為文。禮減而不進則銷,樂盈而不反則放。故禮有報而樂有反,禮得其報則樂,樂得其反則安。禮之報、樂之反,其義一也。
君子曰く、「禮樂は片刻も身を離る可からず」と。樂を極盡して心を治理すれば、則ち平易・正直・慈愛・誠信の心自然に生出す。平易正直慈愛誠信の心生出すれば則ち快樂し、快樂すれば則ち安定し、安定すれば則ち長久し、長久すれば則ち天のごとく、天のごとくなれば則ち神のごとし。天のごとくなれば則ち說話せずして信あり、神のごとくなれば則ち發怒せずして威あり。是れ樂を極盡して心を治理するなり。禮を極盡して身體を治理すれば則ち莊敬す。莊敬すれば則ち嚴威あり。心中片刻不和快樂せざれば、而して鄙陋欺詐の心進入す。外貌片刻不莊不敬せば、而して怠慢輕易の心進入す。故に樂は、是れ內に在りて發動す。禮は、是れ外に在りて發動す。樂は和諧を極盡し、禮は順從を極盡す。內和諧して外順從すれば、則ち民彼の顏色を瞻望して彼と爭わず、彼の容貌を望見して衆人怠慢輕易を生ぜず。故に德の光輝內に在りて發動して民德を承受せざるなく、理外に發露して衆人順從を承受せざるなし。故に曰く、「禮樂の道を極盡して天下充滿し、擧げて施行して難なし」と。樂は、是れ內に在りて發動す。禮は、是れ外に在りて發動す。故に禮は減損を以って主と爲し、樂は盈滿を以って主と爲す。禮減損して進取す、進取を以って文と作る。樂盈滿して返回す、返回を以って文と作る。禮減損して進取せざれば則ち銷蝕し、樂盈滿して返回せざれば則ち放縱す。故に禮は報答ありて樂は返回あり。禮その報答を得れば則ち快樂し、樂その返回を得れば則ち安定す。禮の報答・樂の返回は、その義は一箇なり。
曾子曰:“孝有三:大孝尊親,其次弗辱,其下能養。”公明儀問於曾子曰:“夫子可以為孝乎?”曾子曰:“是何言與?是何言與?君子之所為孝者,先意承志,諭父母於道。參直養者也,安能為孝乎?”
曾子曰く、「孝に三等あり、大孝は親人を尊重し、その次は辱沒せず、その下等は能く奉養す」と。公明儀曾子に向かいて問うて曰く、「夫子は以って孝と算すべきか」と。曾子曰く、「此れ何の話ぞ?此れ何の話ぞ?君子の孝と算する所以は、意を先に志を承えて、父母を道に曉喻す。參はただ奉養するなり、何ぞ孝と算する能わん」と。
曾子曰:“身也者,父母之遺體也。行父母之遺體,敢不敬乎?居處不莊,非孝也;事君不忠,非孝也;蒞官不敬,非孝也;朋友不信,非孝也;戰陳無勇,非孝也。五者不遂,災及於親。敢不敬乎?亨孰羶薌嘗而薦之,非孝也,養也。君子之所謂孝也者,國人稱願然曰‘幸哉’。有子如此,所謂孝也已。眾之本,教曰孝,其行曰養。養可能也,敬為難。敬可能也,安為難。安可能也,卒為難。父母既沒慎行其身,不遺父母惡名,可謂能終矣!仁者仁此者也,禮者履此者也,義者宜此者也,信者信此者也,強者強此者也。樂自順此生,刑自反此作。”
曾子曰く、「身體は、是れ父母の留め置ける體なり。父母の留め置ける體を以って行事に往くに、敢えて敬せざらんや?居處莊重せざれば、孝にあらず。君に事奉して忠せざれば、孝にあらず。官位に到りて敬せざれば、孝にあらず。朋友に對して信守せざれば、孝にあらず。戰陣勇なければ、孝にあらず。此の五樣做到せざれば、災禍親人に延及せん。敢えて敬せざらんや?烹熟して膻香を品嘗して進上するは、孝にあらず、是れ奉養なり。君子の孝と說く所は、國人稱贊羨慕して曰く『幸運かな、此の兒子ある』、此れ纔かに孝と謂う。衆人の根本は、敎は孝と謂い、實行は養と謂う。養は做到する能わし、敬は卻って難し。敬は做到する能わし、安は卻って難し。安は做到する能わし、善終は卻って難し。父母已に去世せば、自身を謹慎修養し、父母に惡名を留下せざれば、以って能く善終と謂うべし。仁の人は此に仁するなり、禮の人は此を履行するなり、義の人は此に適宜するなり、信の人は此を信守するなり、強の人は此に強するなり。樂は此に順從するより生出し、刑は此に違反するより興起す」と。
