Libo

哀公問

西汉 · 戴圣(辑) · 第25巻 / 32

哀公問於孔子曰:“大禮何如?君子之言禮何其尊也?”孔子曰:“丘也小人,不足以知禮。”君曰:“否。吾子言之也。”孔子曰:“丘聞之:民之所由生,禮為大,非禮無以節事天地之神也,非禮無以辨君臣、上下、長幼之位也,非禮無以別男女、父子、兄弟之親、昏姻、疏數之交也。君子以此之為尊敬然。然後以其所能教百姓,不廢其會節。有成事,然後治其雕鏤文章黼黻以嗣。其順之,然後言其喪筭,備其鼎俎,設其豕臘,修其宗廟,歲時以敬祭祀,以序宗族。即安其居,節醜其衣服,卑其宮室。車不雕幾,器不刻鏤,食不貳味,以與民同利。昔之君子之行禮者如此。”公曰:“今之君子胡莫行之也?”孔子曰:“今之君子,好實無厭,淫德不倦,荒怠敖慢,固民是盡,午其眾以伐有道,求得當欲不以其所。昔之用民者由前,今之用民者由後。今之君子莫為禮也。”

哀公孔子に向かいて問うて曰く、「大禮は如何?君子禮を說くに何ぞ彼の尊なる」と。孔子曰く、「丘は小人なり、以って禮を知るに足らず」と。君曰く、「否。なんじ說け」と。孔子曰く、「丘聞くに、民の生存する所賴るは、禮は大なり。禮なくば則ち以って天地の神に事奉するを節制する無し、禮なくば則ち以って君臣・上下・長幼の位子を辨別する無し、禮なくば則ち以って男女・父子・兄弟の親・婚姻・親疏往來を分別する無し。君子此に因りて之を以って尊敬と作す。然る後に其の能くする所を以って百姓を敎え、其の會合の節を廢棄せず。成就の事あれば、然る後に其の雕鏤文章黼黻を治理して以って繼續す。此に順從して、然る後に喪の等數を說明し、其の鼎俎を備辦し、其の豕腊を設置し、其の宗廟を修治し、歲時に按りて恭敬に祭祀し、以って宗族を排列す。是に於いて其の居處に安んじ、其の衣服を節制整齊し、其の宮室を降低す。車に凹凸花紋を雕飾せず、器具に刻鏤せず、食物に兩種の滋味なく、以って民と利を同じくす。從前君子禮を行うは是のごとし」と。公曰く、「如今の君子は何故人をして實行するなき」と。孔子曰く、「如今の君子は、財實を喜好して滿足なく、其の德を放濫して厭倦せず、荒廢怠惰傲慢して、民を以って搜刮盡淨の對象と爲し、衆人に逆らいて有道を討伐し、求得して欲望を滿足して正當の途徑を用いず。從前民を用うるは前面のごとく、如今民を用うるは後面のごとし。如今の君子は禮を爲す人なし」と。

孔子侍坐於哀公,哀公曰:“敢問人道誰為大?”孔子愀然作色而對曰:“君之及此言也,百姓之德也,固臣敢無辭而對?人道政為大。”公曰:“敢問何謂為政?”孔子對曰:“政者正也。君為正,則百姓從政矣。君之所為,百姓之所從也。君所不為,百姓何從?”公曰:“敢問為政如之何?”孔子對曰:“夫婦別,父子親,君臣嚴,三者正則庶物從之矣。”公曰:“寡人雖無似也,願聞所以行三言之道。可得聞乎?”孔子對曰:“古之為政,愛人為大。所以治愛人,禮為大。所以治禮,敬為大。敬之至矣。大昏為大,大昏至矣。大昏既至,冕而親迎,親之也。親之也者,親之也。是故君子興敬為親。舍敬,是遺親也。弗愛不親,弗敬不正,愛與敬,其政之本與?”公曰:“寡人願有言然,冕而親迎,不已重乎?”孔子愀然作色而對曰:“合二姓之好,以繼先聖之後,以為天地宗廟社稷之主,君何謂已重乎?”公曰:“寡人固。不固,焉得聞此言也?寡人慾問不得其辭,請少進。”孔子曰:“天地不合,萬物不生。大昏,萬世之嗣也。君何謂已重焉?”孔子遂言曰:“內以治宗廟之禮,足以配天地之神明;出以治直言之禮,足以立上下之敬。物恥足以振之,國恥足以興之,為政先禮,禮其政之本與?”孔子遂言曰:“昔三代明王之政,必敬其妻子也。有道:妻也者,親之主也,敢不敬與?子也者,親之後也,敢不敬與?君子無不敬也,敬身為大。身也者,親之枝也,敢不敬與?不能敬其身,是傷其親,傷其親,是傷其本,傷其本,枝從而亡。三者百姓之象也。身以及身,子以及子,妃以及妃。君行此三者,則愾乎天下矣。大王之道也如此,則國家順矣。”

孔子哀公の所に陪坐す、哀公曰く、「敢えて問う人を爲るの道誰を大と爲す」と。孔子神色變動して答えて曰く、「君此の話を談るは、是れ百姓の福なり、臣豈敢えて答えざらんや?人を爲るの道は、政は大なり」と。公曰く、「敢えて問う何を以って政を爲ると謂う」と。孔子答えて曰く、「政は、是れ正なり。君端正すれば、則ち百姓政に跟從す。君の爲す所は、是れ百姓の跟從する所なり。君の爲さざる所は、百姓何に跟從せん」と。公曰く、「敢えて問う政を爲るは如何」と。孔子答えて曰く、「夫婦分別あり、父子親しく、君臣嚴たり、此の三樣端正すれば則ち衆事跟從す」と。公曰く、「寡人たとえ樣ならずとも、以って此の三句話を實行するの道を聽かんことを願う、聽るを得べきか」と。孔子答えて曰く、「古時政を爲るは、人を愛するを大と爲す。以って人を愛するを治理するは、禮を大と爲す。以って禮を治理するは、敬を大と爲す。敬極點に至れば、大婚禮を大と爲す、大婚禮極點に至れり。大婚禮已に到れば、冕を戴きて親ら迎接するは、是れ彼女に親しむなり。彼女に親しむは、是れ彼女を以って親と作るなり。故に君子敬を興起して以って親と作る。敬を捨棄すれば、即ち親を遺棄す。愛せざれば則ち親しまず、敬せざれば則ち正せず。愛と敬は、おそらく政の根本ならんか」と。公曰く、「寡人還お說かんことを要す、冕を戴きて親ら迎接するは、重しに太れずや」と。孔子神色變動して答えて曰く、「二姓の好を會合して、以って先聖の後嗣を繼續し、以って天地宗廟社稷の主を作る、君何を以って已に重しに太れりと說く」と。公曰く、「寡人固陋なり。固陋ならざれば、何處か此の話を聽るを得んや?寡人問わんことを要して辭を得ず、請うやかた進みて說かん」と。孔子曰く、「天地相合せざれば、萬物生ぜず。大婚禮は、是れ萬世の後嗣なり。君何を以って已に重しに太れりと說く」と。孔子繼ぎて曰く、「內に對して以って宗廟の禮を治理するは、以って天地の神明に配合するに足り。外に對して以って正言の禮を治理するは、以って上下の敬を樹立するに足り。事物の恥以って之を振起するに足り、國の恥以って之を興起するに足り。政を爲るに禮を以って先と爲す、禮おそらく政の根本ならんか」と。孔子繼ぎて曰く、「從前三代明王の政は、必ずその妻子を敬す。道理あり、妻は、是れ親人の主なり、敢えて敬せざらんや?子は、是れ親人の後嗣なり、敢えて敬せざらんや?君子敬せざるなし、自身を敬するを大と爲す。自身は、是れ親人の枝なり、敢えて敬せざらんや?能く自身を敬せざれば、即ち親人を傷害す。親人を傷害すれば、即ち根本を傷害す。根本を傷害すれば、枝隨いて滅亡す。此の三樣は百姓の象徵なり。自身より推して別人の自身に、兒子より推して別人の兒子に、妃より推して別人の妃に。君此の三樣を實行せば、則ち天下に充滿す。太王の道是のごとくなれば、則ち國家則ち順從す」と。

公曰:“敢問何謂敬身?”孔子對曰:“君子過言則民作辭,過動則民作則。君子言不過辭,動不過則,百姓不命而敬恭,如是則能敬其身。能敬其身則能成其親矣。”

公曰く、「敢えて問う何を以って身を敬するを謂う」と。孔子答えて曰く、「君子話錯れれば則ち民辭令と作し、行動錯れれば則ち民準則と作る。君子話辭を超過せず、行動準則を超過せず、百姓命令を用いずして恭敬す、是のごとくすれば則ち能く自身を敬す。能く自身を敬すれば則ち能く其の親人を成就す」と。

公曰:“敢問何謂成親?”孔子對曰:“君子也者,人之成名也。百姓歸之名,謂之君子之子,是使其親為君子也,是為成其親之名也已。”孔子遂言曰:“古之為政,愛人為大。不能愛人,不能有其身。不能有其身,不能安土。不能安土,不能樂天。不能樂天,不能成其身。”

公曰く、「敢えて問う何を以って親人を成就するを謂う」と。孔子答えて曰く、「君子は、是れ人の成就する名なり。百姓彼に名を歸す、君子の兒子と謂う、此れ其の親人をして君子と爲らしむ、此れ即ち其の親人の名を成就するなり」と。孔子繼ぎて曰く、「古時政を爲るは、人を愛するを大と爲す。能く人を愛せざれば、能く自身を保有せざらず。能く自身を保有せざれば、能く土に安んぜざらず。能く土に安んぜざれば、能く天に樂しめざらず。能く天に樂しめざれば、能く自身を成就せざらず」と。

公曰:“敢問何謂成身?”孔子對曰:“不過乎物。”

公曰く、「敢えて問う何を以って自身を成就するを謂う」と。孔子答えて曰く、「その事理を超過せざるなり」と。

公曰:“敢問君子何貴乎天道也?”孔子對曰:“貴其不已,如日月東西相從而不已也,是天道也,不閉其久,是天道也,無為而物成,是天道也,已成而明,是天道也。”

公曰く、「敢えて問う君子何を以って天道を看重する」と。孔子答えて曰く、「其の停息せざるを看重す。日月東西相随して停息せざるがごとき、此れ天道なり。閉塞せずして能く長久するは、此れ天道なり。作爲する無くして物成就するは、此れ天道なり。已に成就して顯明なるは、此れ天道なり」と。

公曰:“寡人惷愚冥煩,子志之心也。”孔子蹴然闢席而對曰:“仁人不過乎物,孝子不過乎物。是故仁人之事親也如事天,事天如事親。是故孝子成身。”公曰:“寡人既聞此言也,無如後罪何?”孔子對曰:“君之及此言也,是臣之福也。”

公曰く、「寡人愚昧煩亂なり、なんじ心裏に記えよ」と。孔子恭敬して席を離れて答えて曰く、「仁人その事理を超過せず、孝子その事理を超過せず。故に仁人親人に事奉するに天に事奉するのごとく、天に事奉するに親人に事奉するのごとし。故に孝子自身を成就す」と。公曰く、「寡人已に此の話を聽れり、以後罪あれば如何」と。孔子答えて曰く、「君此の話を談るは、是れ臣の福なり」と。

仲尼燕居

仲尼燕居,子張、子貢、言遊侍,縱言至於禮,子曰:“居,女三人者,吾語女禮!使女以禮周流,無不遍也。”子貢越席而對曰:“敢問何如?”子曰:“敬而不中禮謂之野,恭而不中禮謂之給,勇而不中禮謂之逆。”子曰:“給奪慈仁。”

仲尼燕居し、子張・子貢・言游侍坐し、言を放ちて禮に談及す。孔子曰く、「坐れ、なんじら三個人、われなんじらに禮を告げ、なんじらをして禮を以って周流し、遍及せざるなからしめん」と。子貢席を越えて答えて曰く、「敢えて問う如何」と。孔子曰く、「敬して禮に合せざるを野と謂い、恭して禮に合せざるを便給と謂い、勇して禮に合せざるを逆と謂う」と。孔子曰く、「便給は慈仁を侵奪す」と。

子曰:“師,爾過,而商也不及。子產猶眾人之母也,能食之,不能教也。”子貢越席而對曰:“敢問將何以為此中者也?”子曰:“禮乎禮。夫禮所以制中也。”子貢退,言遊進曰:“敢問禮也者,領惡而全好者與?”子曰:“然。”“然則何如?”子曰:“郊社之義,所以仁鬼神也;嘗禘之禮,所以仁昭穆也;饋奠之禮,所以仁死喪也;射鄉之禮,所以仁鄉黨也;食饗之禮,所以仁賓客也。”子曰:“明乎郊社之義、嘗禘之禮,治國其如指諸掌而已乎?是故以之居處有禮,故長幼辨也;以之閨門之內有禮,故三族和也;以之朝廷有禮,故官爵序也;以之田獵有禮,故戎事閒也;以之軍旅有禮,故武功成也。是故宮室得其度,量鼎得其象,味得其時,樂得其節,車得其式,鬼神得其饗,喪紀得其哀,辨說得其黨,官得其體,政事得其施,加於身而錯於前,凡眾之動得其宜。”

孔子曰く、「師、なんじは過分、而して商は卻って足らず。子産は衆人の母親のごとく、能く彼らを養活し、能く彼らを敎えず」と。子貢席を越えて答えて曰く、「敢えて問う將に何を以って此の中を做到せん」と。孔子曰く、「禮や禮や。禮は是れ以って中を制定するなり」と。子貢退下し、言游進上して曰く、「敢えて問う禮は、是れ惡を治理して好を保全するか」と。孔子曰く、「然り」と。「然らば則ち如何」と。孔子曰く、「郊社の義は、是れ以って鬼神に仁するなり。嘗禘の禮は、是れ以って昭穆に仁するなり。饋奠の禮は、是れ以って死喪に仁するなり。射鄉の禮は、是れ以って鄉黨に仁するなり。食饗の禮は、是れ以って賓客に仁するなり」と。孔子曰く、「郊社の義・嘗禘の禮を明白すれば、國を治めるおそらく掌心を指すがごときのみ。故に以って居處すれば禮あり、故に長幼辨別する能わし。以って閨門之內に禮あり、故に三族和睦す。以って朝廷に禮あり、故に官爵次序あり。以って田獵に禮あり、故に戎事熟練す。以って軍旅に禮あり、故に武功成就す。故に宮室其の度を得、量鼎其の象を得、滋味其の時を得、樂其の節を得、車其の式を得、鬼神其の宴饗を得、喪紀其の哀を得、辨說其の類を得、官其の體を得、政事其の施行を得、身上に加えて面前に措置すれば、およそ衆人の擧動適宜を得るなり」と。

子曰:“禮者何也?即事之治也。君子有其事,必有其治。治國而無禮,譬猶瞽之無相與,倀倀乎其何之?譬如終夜有求於幽室之中,非燭何見?若無禮,則手足無所錯,耳目無所加,進退揖讓無所制。是故以之居處,長幼失其別,閨門三族失其和,朝廷官爵失其序,田獵戎事失其策,軍旅武功失其制,宮室失其度,量鼎失其象,味失其時,樂失其節,車失其式,鬼神失其饗,喪紀失其哀,辨說失其黨,官失其體,政事失其施,加於身而錯於前,凡眾之動失其宜。如此則無以祖洽於眾也。”

孔子曰く、「禮は何ぞ?即ち事の治理なり。君子其の事あれば、必ず其の治理あり。國を治めて禮なくば、譬えば盲人の搀扶するなく、茫茫然として何處に往かん?譬えば整夜暗室中に尋求するに、燭なくば何を以って看見せん?若し禮なくば、則ち手足措置する處なく、耳目施加する處なく、進退揖讓節制なし。故に以って居處すれば、長幼分別を失い。閨門三族和睦を失い。朝廷官爵次序を失い。田獵戎事策略を失い。軍旅武功規制を失い。宮室度を失い。量鼎象を失い。滋味時を失い。樂節を失い。車式を失い。鬼神宴饗を失い。喪紀哀を失い。辨說類を失い。官體を失い。政事施行を失い。身上に加えて面前に措置すれば、およそ衆人の擧動適宜を失う。是のごとくなれば則ち以って衆人に始めを爲して協和する無し」と。

子曰:“慎聽之,女三人者,吾語女禮!猶有九焉,大饗有四焉。知此矣,雖在畎畝之

孔子曰く、「謹慎して聽け、なんじら三個人、われなんじらに禮を告げ、還お九樣あり、大饗に四樣あり。此らを知れば、たとえ田畝之

中事之,聖人已。兩君相見,揖讓而入門,入門而縣興,揖讓而升堂,升堂而樂闋。下管象武,夏鑰序興,陳其薦俎,序其禮樂,備其百官,如此而後君子知仁焉。行中規,還中矩,和鸞中採齊。客出以雍,徹以振羽。是故君子無物而不在禮矣。入門而金作,示情也。升歌清廟,示德也。下而管象,示事也。是故古之君子,不必親相與言也,以禮樂相示而已。”

中に於いて彼に事奉するも、亦た已に聖人なり。兩君相見れば、揖讓して門に入り、門に入りて懸挂の樂器奏起し、揖讓して堂に升り、堂に升りて樂停止す。堂下管を以って《象》《武》を奏し、《夏》籥依次興起し、其の薦俎を陳列し、其の禮樂を序次し、其の百官を備辦す、是のごとくして然る後に君子仁を知る。行走規に合し、轉身矩に合し、和鸞《采齊》に合す。客人出去するに《雍》を用い、席を撤するに《振羽》を用いる。故に君子一物の禮中に在らざるなし。門に入りて金奏作起するは、是れ情を顯示す。堂に升りて《清廟》を歌唱するは、是れ德を顯示す。堂下管を以って《象》を奏するは、是れ事を顯示す。故に古時の君子は、必ずしも親ら互相いに說話せず、禮樂を以って互相いに顯示するのみ」と。

子曰:“禮也者,理也;樂也者,節也。君子無理不動,無節不作。不能詩,於禮繆;不能樂,於禮素;薄於德,於禮虛。”子曰:“制度在禮,文為在禮,行之其在人乎!”子貢越席而對曰:“敢問夔其窮與?”子曰:“古之人與?古之人也。達於禮而不達於樂謂之素,達於樂而不達於禮謂之偏。夫夔達於樂而不達於禮,是以傳於此名也。古之人也。”

孔子曰く、「禮は、是れ理。樂は、是れ節。君子理なくば行動せず、節なくば發作せず。能く《詩》せざれば、禮に對して則ち謬誤す。能く樂せざれば、禮に對して則ち質素す。德に薄ければ、禮に對して則ち空虛す」と。孔子曰く、「制度は禮に在り、文飾作爲は禮に在り、之を實行するはおそらく人に在らん」と。子貢席を越えて答えて曰く、「敢えて問う夔おそらく窮盡せるか」と。孔子曰く、「是れ古人か?是れ古人なり。禮に通達して樂に通達せざるを素と謂い、樂に通達して禮に通達せざるを偏と謂う。夔は樂に通達して禮に通達せず、故に此の名を傳えり。是れ古人なり」と。

子張問政,子曰:“師乎,前,吾語女乎!君子明於禮樂,舉而錯之而已。”子張復問,子曰:“師,爾以為必鋪几筵、升降酌獻酬酢然後謂之禮乎?爾以為必行綴兆、興羽鑰、作鐘鼓然後謂之樂乎?言而履之,禮也;行而樂之,樂也。君子力此二者,以南面而立,夫是以天下大平也,諸侯朝,萬物服體,而百官莫敢不承事矣。禮之所興,眾之所治也;禮之所廢,眾之所亂也。目巧之室,則有奧阼,席則有上下,車則有左右,行則有隨,立則有序,古之義也。室而無奧阼,則亂於堂室也;席而無上下,則亂於席上也;車而無左右,則亂於車也;行而無隨,則亂於塗也;立而無序,則亂於位也。昔聖帝明王諸侯,辨貴賤、長幼、遠近、男女、外內,莫敢相踰越,皆由此塗出也。”三子者既得聞此言也,於夫子昭然若發矇矣。

子張政を問う、孔子曰く、「師よ、前に上り來れ、われなんじに告げよ!君子禮樂を明白し、擧げて措置するのみ」と。子張再び問う、孔子曰く、「師、なんじ以って必ず几筵を鋪設し・升降酌獻酬酢して然る後に禮と謂うと爲すか?なんじ以って必ず綴兆を排列し・羽籥を興起し・鐘鼓を敲作して然る後に樂と謂うと爲すか?說きて履行すれば、即ち禮なり。實行して快樂すれば、即ち樂なり。君子此の兩樣に力を盡し、南に面して站立し、乃ち天下太平し、諸侯來朝し、萬物體を得て歸服し、而して百官敢えて事を承受せざるなし。禮の興起する所は、是れ衆人の治理する所なり。禮の廢棄する所は、是れ衆人の亂るる所なり。眼力巧みなる房屋に對するは、則ち奧と阼あり、席に對するは則ち上下あり、車に對するは則ち左右あり、走るに對するは則ち跟隨あり、立つに對するは則ち次序あり、是れ古時の義なり。房屋して奧阼なくば、則ち堂室に亂る。席して上下なくば、則ち席上に亂る。車して左右なくば、則ち車に亂る。走りて跟隨なくば、則ち路に亂る。立ちて次序なくば、則ち位子に亂る。從前聖帝明王諸侯は、貴賤・長幼・遠近・男女・外內を辨別し、敢えて互相いに踰越するなく、皆此の路より出でたり」と。三個人已に此の話を聽きて、夫子の所に明白するに蒙蔽を去掉するがごとし。

孔子閒居

孔子閒居,子夏侍,子夏曰:“敢問詩云‘凱弟君子,民之父母’,何如斯可謂民之父母矣?”

孔子閒居し、子夏侍坐す。子夏曰く、「敢えて問う《詩經》に曰く『和樂平易の君子、是れ民の父母』、如何せば則ち以って民の父母と謂うべき」と。

孔子曰:“夫民之父母乎,必達於禮樂之原,以致五至而行三無,以橫於天下,四方有敗,必先知之。此之謂民之父母矣。”

孔子曰く、「民の父母を爲るや、必ず禮樂の本原に通達し、以って五至に達到して三無を實行し、以って天下に横貫す。四方敗壞あれば、必ず先に知る。此を民の父母と謂う」と。

子夏曰:“民之父母既得而聞之矣,敢問何謂五至?”

子夏曰く、「民の父母已に聽聞するを得たり、敢えて問う何を以って五至と謂う」と。

孔子曰:“志之所至,詩亦至焉;詩之所至,禮亦至焉;禮之所至,樂亦至焉;樂之所至,哀亦至焉。哀樂相生,是故正明目而視之不可得而見也,傾耳而聽之不可得而聞也,志氣塞乎天地。此之謂五至。”

孔子曰く、「志願の到る所は、《詩》も亦た到れり。《詩》の到る所は、禮も亦た到れり。禮の到る所は、樂も亦た到れり。樂の到る所は、哀も亦た到れり。哀樂互相いに生出す。故に眼を大きく睁きて之を看るに能く看見せず、耳を側けて之を聽くに能く聽聞せず、志氣天地に充滿す。此を五至と謂う」と。

子夏曰:“五至既得而聞之矣,敢問何謂三無?”

子夏曰く、「五至已に聽聞するを得たり、敢えて問う何を以って三無と謂う」と。

孔子曰:“無聲之樂,無體之禮,無服之喪,此之謂三無。”

孔子曰く、「聲音なきの樂、儀容なきの禮、喪服なきの喪、此を三無と謂う」と。

子夏曰:“三無既得略而聞之矣,敢問何詩近之?”

子夏曰く、「三無已に大略聽聞するを得たり、敢えて問う何の詩か之に接近する」と。

孔子曰:“夙夜其命宥密,無聲之樂也。威儀逮逮,不可選也,無體之禮也。凡民有喪,匍匐救之,無服之喪也。”

孔子曰く、「『日夜其の命を奉行して寬仁寧靜』、是れ聲音なきの樂なり。『威儀安和、以って挑選す可からず』、是れ儀容なきの禮なり。『およそ民喪事あれば、爬りて往きて救助す』、是れ喪服なきの喪なり」と。

子夏曰:“言則大矣美矣盛矣!言盡於此而已乎?”孔子曰:“何為其然也。君子之服之也,猶有五起焉。”

子夏曰く、「話說るを得たり大に・美に・盛に!話說り完せば則ち此に到るのみか」と。孔子曰く、「何を以って此のごとくせん。君子之を實行すれば、還お五起あり」と。

子夏曰:“何如。”

子夏曰く、「如何」と。

孔子曰:“無聲之樂,氣志不違;無體之禮,威儀遲遲;無服之喪,內恕孔悲。無聲之樂,氣志既得;無體之禮,威儀翼翼;無服之喪,施及四國。無聲之樂,氣志既從;無體之禮,上下和同;無服之喪,以畜萬邦。無聲之樂,日聞四方;無體之禮,日就月將;無服之喪,純德孔明。無聲之樂,氣志既起;無體之禮,施及四海;無服之喪,施於孫子。”

孔子曰く、「聲音なきの樂は、氣志違背せず。儀容なきの禮は、威儀舒緩す。喪服なきの喪は、內心己に推して甚く悲傷す。聲音なきの樂は、氣志已に得たり。儀容なきの禮は、威儀恭敬す。喪服なきの喪は、四方の國に施及す。聲音なきの樂は、氣志已に順從す。儀容なきの禮は、上下和同す。喪服なきの喪は、以って萬邦を畜養す。聲音なきの樂は、日日四方に傳到す。儀容なきの禮は、日成就する所有り・月進むる所有り。喪服なきの喪は、純德甚く顯明す。聲音なきの樂は、氣志已に興起す。儀容なきの禮は、四海に施及す。喪服なきの喪は、子孫に施到す」と。

子夏曰:“三王之德,參於天地,敢問何如斯可謂參於天地矣?”

子夏曰く、「三王の德は、天地と幷列して三と爲る、敢えて問う如何せば則ち以って天地と幷列して三と爲ると謂うべき」と。

孔子曰:“奉三無私以勞天下。”

孔子曰く、「三無私を奉行して以って天下を慰勞す」と。

子夏曰:“敢問何謂三無私?”

子夏曰く、「敢えて問う何を以って三無私と謂う」と。

孔子曰:“天無私覆,地無私載,日月無私照。奉斯三者以勞天下,此之謂三無私。其在詩曰:‘帝命不違,至於湯齊。湯降不遲,聖敬日齊。昭假遲遲,上帝是祗。帝命式於九圍。’是湯之德也。天有四時,春秋冬夏。風雨霜露,無非教也。地載神氣,神氣風霆,風霆流形,庶物露生,無非教也。清明在躬,氣志如神,嗜慾將至,有開必先。天降時雨,山川出雲。其在詩曰:‘嵩高惟嶽,峻極於天。惟嶽降神,生甫及申。惟申及甫,惟周之翰。四國於蕃,四方於宣。’此文武之德也.三代之王也,必先令聞。詩云:‘明明天子,令聞不已。’三代之德也。弛其文德,協此四國,大王之德也。”

孔子曰く、「天は私心なく覆蓋し、地は私心なく承載し、日月は私心なく照耀す。此の三樣を奉行して以って天下を慰勞す、此を三無私と謂う。《詩經・商頌・長發》裏に曰く、『帝の命違背せず、湯に到りて天と齊一す。湯降生遲緩せず、聖敬日日齊一す。昭明舒緩に到達し、上帝此に因りて敬重す。帝命九州に取法す』と。此れ湯の德なり。天に四時あり、春秋冬夏。風雨霜露は、敎にあらざるなし。地神氣を承載し、神氣風雷と爲り、風雷流動して形を成し、衆物顯露して生ず、敎にあらざるなし。清明自身に在り、氣志神のごとく、嗜欲將に到來せんとして、開導あるは必ず先に在り。天及時の雨を降下し、山川雲を出す。《詩經・大雅・崧高》裏に曰く、『高大なるは岳、高峻天に到達す。岳神を降下し、甫と申を生下す。申と甫は、是れ周の骨干なり。四方の國彼らを靠りて藩籬と爲し、四方彼らを靠りて宣揚す』と。此れ文王武王の德なり。三代王を稱するは、必ず先ず美好の名聲あり。《詩經・大雅・江漢》に曰く、『明明の天子、美好の名聲停息せず』と。是れ三代の德なり。その文德を舒展し、此の四方の國を協和す、是れ太王の德なり」と。

子夏蹶然而起,負牆而立,曰:“弟子敢不承乎?”

子夏急ぎ立上りて、墻に背靠りて立ちて、曰く、「弟子敢えて承受せざらんや」と。

坊記

子言之:“君子之道,闢則坊與?坊,民之所不足者也。大為之坊,民猶踰之。故君子禮以坊德,刑以坊淫,命以坊欲。”

孔子曰く、「君子の道は、譬えれば則ち堤坊ならんか?堤坊は、是れ民の不足する所なり。大いに其の堤坊を爲るに、民還お之を越過す。故に君子禮を以って德の堤坊を爲し、刑を以って淫の堤坊を爲し、命を以って欲の堤坊を爲す」と。

子云:“小人貧斯約,富斯驕,約斯盜,驕斯亂。禮者,因人之情而為之節文,以為民坊者也。故聖人之制富貴也,使民富不足以驕,貧不至於約,貴不慊於上。故亂益亡。”

孔子曰く、「小人貧窮すれば則ち困窘し、富裕すれば則ち驕傲す。困窘すれば則ち盜竊し、驕傲すれば則ち亂る。禮は、是れ人の情に因りて之の爲に節制文飾し、以って民の堤坊を爲るなり。故に聖人富貴を制定し、民をして富は驕傲するに足らず、貧は困窘に至らず、貴は上に在るを怨恨せざらしむ。故に亂漸次に無くなれり」と。

子云:“貧而好樂,富而好禮,眾而以寧者,天下其幾矣。詩云:‘民之貪亂,寧為荼毒。’故制國不過千乘,都城不過百雉,家富不過百乘。以此坊民,諸侯猶有畔者。”

孔子曰く、「貧窮して樂を喜好し、富裕して禮を喜好し、人多くして能く安寧するは、天下能く幾個あらん。《詩經・大雅・桑柔》に曰く、『民亂に貪り、寧く荼毒を爲らん』と。故に國を制定するに千乘を超過せず、都城は百雉を超過せず、家の富は百乘を超過せず。此を以って民に堤坊を爲るに、諸侯還お背叛するあり」と。

子云:“夫禮者,所以章疑別微,以為民坊者也。故貴賤有等,衣服有別,朝廷有位,則民有所讓。”

孔子曰く、「禮は、是れ以って疑惑を彰明し・隱微を分別し、以って民の堤坊を爲るなり。故に貴賤に等あり、衣服に分別あり、朝廷に位子あり、則ち民謙讓する所有り」と。

子云:“天無二日,土無二王,家無二主,尊無二上,示民有君臣之別也。春秋不稱楚越之王喪,禮,君不稱天,大夫不稱君,恐民之惑也。詩云:‘相彼盍旦,尚猶患之。’”

孔子曰く、「天上に兩個の日なく、土地上に兩個の王なく、家裏に兩個の主なく、尊に兩個の上なし、是れ民に君臣の分別あるを向かいて顯示す。《春秋》は楚越の王喪を稱呼せず。禮は、君は天を稱せず、大夫は君を稱せず、是れ民の迷惑を怕るるなり。《詩經》に曰く、『彼の盍旦鳥を看るに、尚且還お之を憂患す』と」と。

子云:“君不與同姓同車,與異姓同車不同服,示民不嫌也。以此坊民,民猶得同姓以弒其君。”

孔子曰く、「君は同姓と同車せず、異姓と同車するに同樣の服を穿かず、是れ民に嫌疑なきを向かいて顯示す。此を以って民に堤坊を爲るに、民還お能く同姓を以ってその君を弑す」と。

子云:“君子辭貴不辭賤,辭富不辭貧,則亂益亡。故君子與其使食浮於人也,寧使人浮於食。”

孔子曰く、「君子貴を推辭して賤を推辭せず、富を推辭して貧を推辭せず、則ち亂漸次に無くなれり。故に君子は其の人に俸祿を超過せしむると與るに、寧く人をして其の俸祿を超過せしめん」と。

子云:“觴酒豆肉,讓而受惡,民猶犯齒。衽席之上,讓而坐下,民猶犯貴。朝延之位,讓而就賤,民猶犯君。詩云:‘民之無良,相怨一方。受爵不讓,至於已斯亡。’”

孔子曰く、「一杯酒一豆肉を、謙讓して差のを接受せば、民還お年齒を冒犯す。衽席之上に、謙讓して下位に坐せば、民還お貴きを冒犯す。朝廷の位子に、謙讓して賤位に就けば、民還お君を冒犯す。《詩經・小雅・角弓》に曰く、『民善良なく、互相いに怨恨するに一方に在り。爵を接受して謙讓せず、自己此に至りて則ち滅亡す』と」と。

子云:“君子貴人而賤己,先人而後己,則民作讓。故稱人之君曰君,自稱其君曰寡君。”

孔子曰く、「君子別人を看重して自己を看輕し、別人を先にして自己を後にすれば、則ち民謙讓を興起す。故に別人の君を稱呼するに君と謂い、自己の君を稱呼するに寡君と謂う」と。

子云:“利祿先死者而後生者則民不偝,先亡者而後存者則民可以托。詩云:‘先君之

孔子曰く、「利祿は先ず死者に給して而後生者に給すれば則ち民背棄せず、先ず逃亡するに給して而後留まるに給すれば則ち民託付すべし。《詩經・邶風・燕燕》に曰く、『先君の

思,以畜寡人。’以此坊民,民猶偝死而號無告。”

思念、以って寡人を畜養す』と。此を以って民に堤坊を爲るに、民還お死者を背棄して哭號して告ぐる處なし」と。

子云:“有國家者貴人而賤祿則民興讓,尚技而賤車則民興藝。故君子約言,小人先言。”

孔子曰く、「國家有るは人を看重して俸祿を看輕すれば則ち民謙讓を興起し、技能を崇尚して車を看輕すれば則ち民技藝を興起す。故に君子少なく說話し、小人爭先して說話す」と。

子云:“上酌民言,則下天上施。上不酌民言,則犯也。下不天上施,則亂也。故君子信讓以蒞百姓,則民之報禮重。詩云:‘先民有言,詢於芻蕘。’”

孔子曰く、「上に在るは民の話を酌取すれば、則ち下面上の施與を以って天と作る。上に在る民の話を酌取せざれば、即ち冒犯なり。下面上の施與を以って天と作らざれば、即ち亂なり。故に君子信讓を以って百姓に臨み、則ち民回報の禮重し。《詩經・大雅・板》に曰く、『先民話あり、草を割り柴を打つ人に向かいて詢問す』と」と。

子云:“善則稱人,過則稱己,則民不爭。善則稱人,過則稱己,則怨益亡。詩云:‘爾卜爾筮,履無咎言。’”

孔子曰く、「善ければ則ち別人を稱說し、過失すれば則ち自己を稱說すれば、則ち民爭わず。善ければ則ち別人を稱說し、過失すれば則ち自己を稱說すれば、則ち怨漸次に無くなれり。《詩經・衛風・氓》に曰く、『なんじ卜を問いなんじ蓍草を用い、卦兆災咎の話なし』と」と。

子云:“善則稱人,過則稱己,則民讓善。詩云:‘考卜惟王,度是鎬京。惟龜正之,武王成之。’”

孔子曰く、「善ければ則ち別人を稱說し、過失すれば則ち自己を稱說すれば、則ち民善を別人に讓る。《詩經・大雅・文王有聲》に曰く、『卜を問うはただ王、此の鎬京を規劃す。龜之を端正し、武王之を成就せり』と」と。

子云:“善則稱君,過則稱己,則民作忠。君陳曰:‘爾有嘉謀嘉猷,入告爾君於內。女乃順之於外曰:此謀此猷,惟我君之德。於乎是惟良顯哉!’”

孔子曰く、「善ければ則ち君を稱說し、過失すれば則ち自己を稱說すれば、則ち民忠を興起す。《尚書・君陳》に曰く、『なんじ好謀略好計劃あり、內に進入してなんじの君に告げよ。なんじ乃ち外に在りて順從して說く、この謀略この計劃は、ただわが君の德なり。嗚呼、此れ纔かに賢良顯明なり!』と」と。

子云:“善則稱親,過則稱己,則民作孝。大誓曰:‘予克紂,非予武,惟朕文考無罪。紂克予,非朕文考有罪.惟予小子無良。’”

孔子曰く、「善ければ則ち親人を稱說し、過失すれば則ち自己を稱說すれば、則ち民孝を興起す。《尚書・泰誓》に曰く、『われ紂を戰勝するは、わが武にあらず、ただわが文考罪なきなり。紂われを戰勝するは、わが文考罪あるにあらず、ただわが小子良善なきなり』と」と。

子云:“君子弛其親之過而敬其美。論語曰:‘三年無改於父之道,可謂孝矣。’高宗云:‘三年其惟不言,言乃讙。’”

孔子曰く、「君子親人の過失を放下してその美を敬重す。《論語》に曰く、『三年父の道を改變せざれば、以って孝と謂うべし』と。高宗に曰く、『三年ただ說話せず、說話すれば纔かに喜悅す』と」と。

子云:“從命不忿,微諫不倦,勞而不怨,可謂孝矣。詩云:‘孝子不匱。’”

孔子曰く、「命令に跟從して忿怒せず、微微に勸諫して厭倦せず、勞苦して怨なければ、以って孝と謂うべし。《詩經・大雅・既醉》に曰く、『孝子匱乏せず』と」と。

子云:“於父母之黨,可謂孝矣。故君子因睦以合族。詩云:‘此令兄弟,綽綽有裕。不令兄弟,交相為愈。’”

孔子曰く、「父母の親族に對するは、以って孝と謂うべし。故に君子和睦を憑りて族人を會合す。《詩經・小雅・角弓》に曰く、『此れ善良の兄弟、寬綽にして余裕あり。善良ならざる兄弟、互相いに傷害す』と」と。

子云:“於父之執,可以乘其車,不可以衣其衣。君子以廣孝也。”

孔子曰く、「父親の執友に對するは、彼の車に乘る可し、彼の衣を穿く可からず。君子此を以って孝を推廣す」と。

子云:“小人皆能養其親,君子不敬,何以辨?”

孔子曰く、「小人皆能く其の親人を奉養す、君子敬せざれば、何を以って辨別せん」と。

子云:“父子不同位,以厚敬也。書云:‘厥闢不闢,忝厥祖。’”

孔子曰く、「父子同位子せず、是れ以って敬を加厚するなり。《尚書》に曰く、『其の君君に似ず、其の先祖を辱沒す』と」と。

子云:“父母在,不稱老,言孝不言慈。閨門之內,戲而不嘆。君子以此坊民,民猶薄於孝而厚於慈。”

孔子曰く、「父母在れば、老を稱呼せず、孝を說いて慈を說かず。閨門之內は、戲樂して歎息せず。君子此を以って民に堤坊を爲るに、民還お孝に薄くして慈に厚し」と。

子云:“長民者,朝廷敬老則民作孝。”

孔子曰く、「民を治理するは、朝廷老を敬すれば則ち民孝を興起す」と。

子云:“祭祀之有屍也,宗廟之主也,示民有事也。修宗廟,敬祀事,教民追孝也。以此坊民,民猶忘其親。”

孔子曰く、「祭祀に尸あり、宗廟に主あり、是れ民に事奉する所有るを向かいて顯示す。宗廟を修治し、祀事を恭敬するは、是れ民を敎えて孝を追念せしむ。此を以って民に堤坊を爲るに、民還おその親人を忘記す」と。

子云:“敬則用祭器,故君子不以菲廢禮,不以美沒禮。故食禮,主人親饋則客祭,主人不親饋則客不祭。故君子苟無禮,雖美不食焉。易曰:‘東鄰殺牛,不如西鄰之禴祭,寔受其福。’詩云:‘既醉以酒,既飽以德。’以此示民,民猶爭利而忘義。”

孔子曰く、「敬すれば則ち祭器を用いる。故に君子菲薄を以って禮を廢棄せず、美を以って禮を淹沒せず。故に食禮は、主人親ら饋を進めば則ち客祭り、主人親ら饋を進めざれば則ち客祭らず。故に君子若し禮なくば、たとえ美なりとも食わず。《周易・既濟》に曰く、『東邊の鄰牛を殺すは、西邊の鄰薄祭するに如かず、確かに其の福を受く』と。《詩經・大雅・既醉》に曰く、『已に酒を以って醉い、已に德を以って飽きたり』と。此を以って民に向かいて顯示するに、民還お利を爭いて義を忘記す」と。

子云:“七日戒,三日齊,承一人焉以為屍,過之者趨走,以教敬也。醴酒在室,醍酒在堂,澄酒在下,示不淫也。屍飲三,眾賓飲一,示民有上下也。因其酒肉,聚其宗族,以教民睦也。故堂上觀乎室,堂下觀乎上。詩云:‘禮儀卒度,笑語卒獲。’”

孔子曰く、「七天戒し、三天齋し、一個人を承受して尸を爲らしめ、彼の快步に走り去るを經過するは、是れ以って敬を敎うるなり。醴酒は室に在り、醍酒は堂に在り、澄酒は下に在り、是れ沉溺せざるを顯示す。尸三次飮み、衆賓一次飮む、是れ民に上下あるを向かいて顯示す。其の酒肉を憑りて、其の宗族を聚合す、是れ以って民を敎えて和睦せしむるなり。故に堂上は室を看、堂下は上を看る。《詩經・小雅・楚茨》に曰く、『禮儀盡く度に合し、笑語盡く其の宜を得』と」と。

子云:“賓禮每進以讓,喪禮每加以遠。浴於中溜,飯於牖下,小斂於戶內,大斂於阼,殯於客位,祖於庭,葬於墓,所以示遠也。殷人吊於壙,周人吊於家,示民不偝也。”

孔子曰く、「賓禮は進む每に謙讓し、喪禮は加わる每に更に遠し。中霤に沐浴し、窗下に含飯し、小斂は戸內、大斂は阼階、殯は客位、祖奠は庭、葬は墓、是れ以って遠を顯示す。殷人墓穴に弔い、周人家に弔う、是れ民に背棄せざるを向かいて顯示す」と。

子云:“死,民之卒事也,吾從周。以此坊民,諸侯猶有薨而不葬者。”

孔子曰く、「死は、是れ民の終結の事、われ周に跟從す。此を以って民に堤坊を爲るに、諸侯還お死して葬らざるあり」と。

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