Libo

喪服小記

西汉 · 戴圣(辑) · 第18巻 / 32

執虛如執盈,入虛如有人。

空なるを持つは滿を持つがごとく、空處に進入するは人有るがごとし。

凡祭於室中,堂上無跣,燕則有之。

およそ室中に祭祀するは、堂上は赤脚せず、燕飮は則ち有り。

未嘗不食新。

未だ新を嘗めざれば則ち新を食わず。

僕於君子,君子升下則授綏,始乘則式君子下行,然後還立。

君子の爲に車を駕るに、君子車に上り車を下れば則ち引繩を授給す。乘り始めれば則ち軾に憑る。君子車を下りて行走せば、然る後に車を轉じて來りて立つ。

乘貳車,則式,佐車則否。

副車に乘れば則ち軾に憑り、佐車は則ち是のごとからず。

貳車者,諸侯七乘,上大夫五乘,下大夫三乘。

副車有るは、諸侯七乘、上大夫五乘、下大夫三乘。

有貳車者之乘馬,服車,不齒。觀君子之衣服,服劍,乘馬,弗賈。

副車有る人の乘馬・服車は、年齒を論ぜず。君子の衣服・佩劍・乘馬を觀看するに、價錢を估せず。

其以乘壺酒,束脩,一犬,賜人。若獻人,則陳酒執修以將命,亦曰乘壺酒,束脩,一犬。其以鼎肉,則執以將命。其禽加於一雙,則執一雙以將命,委其餘。犬則執紲,守犬,田犬,則授擯者。既受,乃問犬名。牛則執紖,馬則執靮,皆右之。臣則左之。車則說綏,執以將命。甲若有以前之,則執以將命。無以前之,則袒櫜奉胄。器則執蓋,弓則以左手屈韣執拊,劍則啟櫝,蓋襲之,加夫襓與劍焉。笏、書、修、苞、苴、弓、茵、席、枕、幾、熲、杖、琴、瑟,戈有刃者櫝,莢、鑰,其執之皆尚左手。刀卻刃授穎,削授拊。凡有刺刃者以授人,則闢刃。

四壺の酒・一束の干肉・一隻の狗を以って人に賜う。若し人に進獻せば、則ち酒を陳列し干肉を持ちて命を傳え、亦た曰く四壺酒・一束干肉・一隻狗と。鼎肉を用いれば、則ち持ちて來り命を傳う。禽は一雙を超過せば、則ち一雙を拿りて命を傳え、その余を放下す。狗は則ち牽繩を持つ。守犬・田犬は、則ち擯者に授給す。已に接受して、纔かに狗の名を問う。牛は則ち鼻繩を持ち、馬は則ち韁繩を持ち、皆右手を用いる。臣は則ち左手を用いる。車は則ち引繩を脫下し、持ちて來り命を傳う。甲若しその前に物あれば、則ち持ちて來り命を傳う、その前に在らざれば、則ち甲囊を袒開き頭盔を捧ぐ。器は則ち蓋を持つ。弓は則ち左手を以って弓袋を屈し把手を持つ。劍は則ち匣を打開き、蓋重疊し、劍衣と劍を放上す。笏・書・干肉・苞・苴・弓・茵・席・枕・几・警枕・杖・琴・瑟、戈刃あるは匣を用い、蓍草・鑰は、之らを持つに皆左手を上にす。刀は刃を退して刀環を授給し、削刀は把手を授給す。およそ刺刃有るを人に授給するは、則ち刃を避く。

乘兵車,出先刃,入後刃。軍尚左,卒尚右。

兵車に乘るに、出づるは刃前に在り、進入するは刃後に在り。軍は左を崇尚し、士卒は右を崇尚す。

賓客主恭,祭祀主敬,喪事主哀,會同主詡。

賓客は恭を以って主と爲し、祭祀は敬を以って主と爲し、喪事は哀を以って主と爲し、會同は開暢を以って主と爲す。

軍旅思險,隱情以虞。

軍旅は險阻を想着し、實情を隱藏して測度す。

燕侍食於君子,則先飯而後已。毋放飯,毋流歠。小飯而亟之。數焦,毋為口容。客自徹,辭焉則止。

燕飮君子に陪して飯を食うは、則ち先ず飯を食いて最後に停止す。飯を器中に放回するなかれ、大口に湯を飲み流し下るなかれ。小口に飯を食いて速く嚥下す。屢次嚼み、口の容態を爲すなかれ。客自ら撤し、主人推辭すれば則ち停下す。

客爵居左,其飲居右。介爵,酢爵,僎爵,皆居右。

客の爵は左に在り、その飲むは右に在り。介の爵・酢の爵・僎の爵は、皆右に在り。

羞濡魚者進尾。冬右腴,夏右鰭,祭膴。

濕魚を進むるは尾巴を進む。冬は右邊腹、夏は右邊鰭、祭は大塊肉を用いる。

凡齊,執之以右,居之以左。

およそ齊和は、右手を以って持ち、左邊に放つ。

贊幣自左,詔辭自右。

幣を贊佐するは左邊より、辭を詔告するは右邊より。

酌屍之僕,如君之僕,其在車,則左執轡,右受爵。祭左右軌範,乃飲。

尸の僕人に酒を斟るは、君の僕人に給するがごとし。彼車上に在れば、則ち左手に轡を持ち、右手に爵を接受す。左右の車軾と軾前を祭りて、纔かに飲む。

凡羞有俎者,則於俎內祭。

およそ饈に俎あるは、則ち俎內に祭る。

君子不食圂腴。

君子は圈養の豬狗の腹下肥肉を食わず。

小子走而不趨,舉爵則坐祭立飲。

小子は走りて快步せず、爵を擧げれば則ち坐して祭り、立ちて飲む。

凡洗必盥。

およそ爵を洗うは必ず先ず手を洗う。

牛羊之肺,離而不提心。

牛羊の肺は、割開して心を提起せず。

凡羞有湆者,不以齊。

およそ饈に汁あるは、齊和を用いず。

為君子擇蔥薤,則絕其本末。

君子の爲に蔥薤を挑選するは、則ちその根と末梢を去掉す。

羞首者,進喙祭耳。

首を進上するは、嘴を進め耳を祭る。

尊者,以酌者之左為上尊,尊壺者面其鼻。

尊を設けるは、酒を斟る人の左邊を以って上尊と爲す。壺を設けるはその鼻を人に對せしむ。

飲酒者,禨者,醮者,有折俎不坐。未步爵,不嘗羞。

酒を飲む・沐後飲む・醮するは、折俎あれば坐せず。未だ爵を行わざれば、饈を嘗めず。

牛與羊魚之腥,聶而切之為膾,麋鹿為菹,野豕為軒,皆聶而不切。麇為闢雞,兔為宛脾,皆聶而切之。切蔥若薤實之,醯以柔之。

牛與羊魚の生肉は、薄切にして再び細く切るは膾なり。麋鹿は腌菜を爲し、野豬は薄片を爲し、皆薄切にして細く切らず。麞は薄壓を爲し、兔は宛脾を爲し、皆薄切にして再び細く切る。蔥或いは薤を切りて放ち入れ、醋を以って之を柔軟ならしむ。

其有折俎者,取祭肺反之,不坐。燔亦如之,屍則坐。

折俎あるは、祭肺を取りて放回し、坐せず。燔肉も亦た是のごとし。尸は則ち坐す。

衣服在躬而不知其名為罔。

衣服身上に在りてその名を知らざるは、無知なり。

其未有燭而後至者,則以在者告。道瞽亦然。

未だ燭なくして後來到るは、則ち在座の人を彼に告ぐ。盲人に引路するも亦た是のごとし。

凡飲酒,為獻主者,執燭抱燋,客作而辭,然後以授人。執燭不讓,不辭不歌。

およそ酒を飲むに、獻主を爲すは、燭を持ち未燃の炬を抱く。客起きて推辭せば、然る後に人に授給す。燭を持ちて謙讓せず、辭せず、唱歌せず。

洗、盥、執食飲者,勿氣。有問焉,則辟咡而對。

洗・盥・食飲を持つは、對して噴氣するなかれ。問う所有れば、則ち嘴を側して對答す。

為人祭曰致福,為己祭而致膳於君子曰膳,祔練曰告。

他人を替えて祭るを致福と謂い、己の爲に祭りて膳を君子の所に送るを膳と謂い、祔祭・練祭を告と謂う。

凡膳告於君子,主人展之,以授使者於阼階之南,南面再拜稽首送。反命,主人又再拜稽首。其禮,大牢則以牛左肩,臂臑,折九個。少牢則以羊左肩七個,犆豕則以豕左肩五個。

およそ膳告君子の所に到るに、主人察看し、阼階南に使者に授給し、南に面して再拜頭を磕き地に至りて送る。回報すれば、主人又再拜頭を磕き地に至る。その禮、太牢は則ち牛の左肩・臂と前腿を用い、折して九箇と爲し、少牢は則ち羊左肩七箇を用い、單獨の豬は則ち豬左肩五箇を用いる。

國家靡敝,則車不雕幾,甲不組縢,食器不刻鏤。君子不履絲屨,馬不常秣。

國家凋敝すれば、則ち車に雕飾せず、甲に組絛を用いず、食器に刻鏤せず。君子は絲鞋を穿かず、馬は經常粟を喂わず。

學記

發慮憲,求善良,足以諛聞,不足以動眾。就賢體遠,足以動眾,未足以化民。君子如欲化民成俗,其必由學乎!

思慮を發出して法を取り、善良を訪求す、小さき聲聞あるに足るも、衆人を發動するに足らず。賢に親近し遠に體恤す、衆人を發動するに足るも、なお民を化するに足らず。君子若し民を化し風俗を成就せんと欲せば、おそらく必ず學より始めんか!

玉不琢,不成器,人不學,不知道。是故古之王者,建國君民,教學為先。兌命曰:“念

玉は雕琢せざれば器を成さず、人は學習せざれば道を知らず。故に古時の王者は、國を建立して民の君を爲すに、敎學を先に放つ。《尚書・說命》に曰く、「終結と開始を念じて

終始典於學。”其此之謂乎!

常に學に在り。」おそらく說くは即ち此れならんか!

雖有嘉餚弗食,不知其旨也;雖有至道弗學,不知其善也。是故學然後知不足,教然後知困。知不足,然後能自反也;知困,然後能自強也。故曰:“教學相長也。”兌命曰:“學學半。”其此之謂乎!

たとえ美好の肴ありとも食わざれば、その味美を知らず。たとえ至極の道ありとも學ばざれば、その善を知らず。故に學して然る後に不足を知り、敎えて然る後に困惑を知る。不足を知れば、然る後に能く自ら反省す。困惑を知れば、然る後に能く自ら強勉す。故に曰く、「敎と學は互相いに增長す」と。《尚書・說命》に曰く、「敎は學の一半なり」と。おそらく說くは即ち此れならんか!

古之教者,家有塾,黨有庠,術有序,國有學。比年入學,中年考校。一年視離經辨志,三年視敬業樂群,五年視博習親師,七年視論學取友,謂之小成。九年知類通達,強立而不反,謂之大成。夫然後足以化民易俗,近者說服而遠者懷之,此大學之道也。記曰:“蛾子時術之。”其此之謂乎!

古時敎を施すは、家に塾あり、黨に庠あり、遂に序あり、國に學あり。每年學に入り、一年を隔てて考核す。一年は經文を離析し志向を辨別する能否を看、三年は學業を專心し群處を樂しむ能否を看、五年は廣博學習し師長を親愛する能否を看、七年は學を論じて朋友を選取する能否を看、之を小成と謂う。九年は事類通達を知り、堅強自立して返回せず、之を大成と謂う。此のごとくして然る後に民を化し風俗を改變するに足り、近處は喜悅歸服して遠處は歸向す、是れ大學の道なり。記に曰く、「螞蟻は時時土を銜えるを學ぶ」と。おそらく說くは即ち此れならんか!

大學始教,皮弁祭菜,示敬道也。宵雅肄三,官其始也。入學鼓篋,孫其業也。夏楚二物,收其威也。未卜禘,不視學,遊其志也。時觀而弗語,存其心也。幼者聽而弗問,學不躐等也。此七者,教之大倫也。記曰:“凡學,官先事,士先志。”其此之謂乎!

大學始めて敎を施すに、皮弁を穿きて菜を祭るは、道を敬重するを顯示す。《小雅》三篇を演習するは、官を爲すの開始に由る。學に入りて鼓を擊ち書箱を打開するは、彼らをして學業に謙遜ならしむ。夏楚兩樣の東西は、威儀を收斂す。未だ禘祭を問卜せざるに、學を視察せず、是れ志向を游息せしむ。時時觀察して說話せず、是れその心を存養す。年幼は聽いて問わず、是れ學習等を越えざるなり。此の七樣は、敎の大倫なり。記に曰く、「およそ學は、官を爲すは先ず事を學び、士は先ず志を立つ」と。おそらく說くは即ち此れならんか!

大學之教也,時教必有正業,退息必有居學。不學操縵,不能安弦。不學博依,不能安詩。不學雜服,不能安禮。不興其藝,不能樂學。故君子之於學也,藏焉修焉,息焉遊焉。夫然,故安其學而親其師,樂其友而信其道,是以雖離師輔而不反。兌命曰:“敬孫務時敏,厥修乃來。”其此之謂乎!

大學の敎は、時に按りて敎を施し必ず正業あり、退下休息するに必ず居處の學あり。調弦を學ばざれば、弦に安定する能わず。廣博比喻を學ばざれば、詩に安定する能わず。諸の服事を學ばざれば、禮に安定する能わず。その藝を興起せざれば、學を樂しむ能わず。故に君子の學に於けるは、心裏に藏して修治し、休息するに游習す。此のごとく、故にその學に安定してその師を親愛し、その友を樂しみてその道を信ず、故にたとえ師友の輔助を離るるとも返回せず。《尚書・說命》に曰く、「恭敬謙遜專力時時敏疾なれば、その修治乃ち到來せん」と。おそらく說くは即ち此れならんか!

今之教者,呻其占畢,多其訊,言及於數,進而不顧其安。使人不由其誠,教人不盡其材,其施之也悖,其求之也佛。夫然,故.隱其學而疾其師,苦其難而不知其益也。雖終其業,其去之必速。教之不刑,其此之由乎!

如今敎を施すは、その簡冊を誦讀し、訊問を多加し、節目の數を說到し、推進して彼が安定する否を顧みず。人を役使するにその誠を經由せず、人を敎うるにその材を盡くさず。その施行は悖逆、その求取は乖戾なり。此のごとく、故にその學を隱瞞してその師を憎恨し、その難を苦しみてその益處を知らず。たとえその學業を終結すとも、之を離るるは必ず速し。敎能く成功せざるは、おそらく此に由るならんか!

大學之法,禁於未發之謂豫,當其可之謂時,不陵節而施之謂孫,相觀而善之謂摩。此四者,教之所由興也。

大學の法、未だ發作せざるに禁止するを豫と謂い、正當可なる時を時と謂い、節度を超越せずして施行するを遜と謂い、互相いに觀察して善を取るを摩と謂う。此の四樣は、敎の興起する所以なり。

發然後禁,則扞格而不勝。時過然後學,則勤苦而難成。雜施而不孫,則壞亂而不修。獨學而無友,則孤陋而寡聞。燕朋逆其師,燕闢廢其學。此六者,教之所由廢也。

已に發作して然る後に禁止すれば、則ち抵觸して能く勝たず。時過ぎて然る後に學べば、則ち勤苦にして成就し難し。雜亂に施行して謙遜有序ならざれば、則ち敗壞紊亂して能く修治せず。獨自學びて朋友なければ、則ち孤陋にして見聞少なし。不好の友に安んじてその師に違背し、邪僻に安んじてその學を廢棄す。此の六樣は、敎の廢棄する所以なり。

君子既知教之所由興,又知教之所由廢,然後可以為人師也。故君子之教喻也,道而弗牽,強而弗抑,開而弗達。道而弗牽則和,強而弗抑則易,開而弗達則思。和易以思,可謂善喻矣!

君子已に敎の興起する所以を知り、又敎の廢棄する所以を知りて、然る後に人の師を爲すべし。故に君子の敎喻は、引導して牽拉せず、勉勵して壓抑せず、開啓して說盡くさず。引導して牽拉せざれば則ち和諧し、勉勵して壓抑せざれば則ち容易く、開啓して說盡くさざれば則ち思考す。和諧容易にして能く思考するは、善く曉喻すと說くべし!

學者有四失,教者必知之。人之學也,或失則多,或失則寡,或失則易,或失則止。此四者,心之莫同也。知其心,然後能救其失也。教也者,長善而救其失者也。

學習者に四種の過失あり、敎を施すは必ず知るべし。人の學に、或るは過失多きに在り、或るは過失少なきに在り、或るは過失輕看に在り、或るは過失停止に在り。此の四樣は、心相同ならず。その心を知りて、然る後に能くその過失を挽救す。敎は、善を增長しその過失を挽救するなり。

善歌者,使人繼其聲;善教者,使人繼其志。其言也約而達,微而臧,罕譬而喻,可謂繼志矣!

善く唱歌するは、人をしてその聲音を接續せしむ。善く敎うるは、人をしてその志を接續せしむ。その話簡約にして通達し、隱微にして善く、比喻少なくして能く曉喻す、接續志と說くべし!

君子知至學之難易,而知其美惡,然後能博喻;能博喻,然後能為師;能為師,然後能為長;能為長.然後能為君。故師也者,所以學為君也。是故擇師不可不慎也。記曰:“三王四代唯其師。”此之謂乎!

君子學に到達するの難易を知り、その美惡を知りて、然る後に能く廣博曉喻す。能く廣博曉喻すれば、然る後に師を爲すべし。能く師を爲せば、然る後に長を爲すべし。能く長を爲せば、然る後に君を爲すべし。故に師は、以って君を爲るを學ぶなり。故に師を選擇するに愼重ならざるべからず。記に曰く、「三王四代ただその師に在るのみ」と。說くは即ち此れならんか!

凡學之道,嚴師為難。師嚴然後道尊,道尊然後民知敬學。是故君之所不臣於其臣者二:當其為屍,則弗臣也;當其為師,則弗臣也。大學之禮,雖詔於天子,無北面,所以尊師也。

およそ學の道、師を嚴待するは難し。師嚴待せられて然る後に道尊ばれ、道尊ばれて然る後に民學を敬重するを知る。故に君その臣に對して臣に按りて對待せざる兩樣あり、正當彼尸を爲すに、則ち彼を臣と爲さず、正當彼師を爲すに、則ち彼を臣と爲さず。大學の禮は、たとえ天子に詔告するとも、北に面せず、是れ以って師を尊ぶなり。

善學者,師逸而功倍,又從而庸之。不善學者,師勤而功半,又從而怨之。善問者如攻堅木,先其易者,後其節目,及其久也,相說以解。不善問者反此。善待問者如撞鐘,叩之以小者則小鳴,叩之以大者則大鳴,待其從容,然後盡其聲。不善荅問者反此。此皆進學之道也。

善く學ぶは、師安逸して功效加倍し、又從って功を彼に歸す。善く學ばざるは、師勤勞して功效減半し、又從って彼を怨む。善く問うは堅硬の木を攻するがごとく、先ずその容易、後にその節目、久しきに及べば、互相いに喜悅して解開す。善く問わざるは此と相反す。善く問に對待するは鍾を撞くがごとく、小さきを以って敲けば小響し、大きを以って敲けば大響し、その從容を等待し、然る後にその聲音を盡くす。善く問に答えざるは此と相反す。此ら皆學を進むるの道なり。

記問之學,不足以為人師。必也其聽語乎!力不能問,然後語之。語之而不知,雖舍之可也。良冶之子,必學為裘;良弓之子,必學為箕。始駕馬者反之,車在馬前。君子察於此三者,可以有志於學矣!

記誦問難の學を靠るは、人の師を爲るに足らず。必ず聽きて然る後に說話せよか!力量問う能わざれば、然る後に彼に告ぐ。彼に告ぐるも知らざれば、たとえ放下するも可なり。善き冶匠の兒子は、必ず皮衣を爲るを學ぶ。善き弓匠の兒子は、必ず簸箕を爲るを學ぶ。始めて車を駕るを學ぶ馬は反りて後に在り、車馬の前に在り。君子此の三樣を察明せば、學に志有るべし!

古之學者,比物醜類。鼓無當於五聲,五聲弗得不和。水無當於五色,五色弗得不章。學無當於五官,五官弗得不治。師無當於五服,五服弗得不親。

古時學習するは、事物を比照し類聚して相比す。鼓は五聲に相當せず、五聲は之なくして和諧せず。水は五色に相當せず、五色は之なくして顯明せず。學は五官に相當せず、五官は之なくして治理せず。師は五服に相當せず、五服は之なくして親しまず。

君子曰:“大德不官,大道不器,大信不約,大時不齊。”察於此四者,可以有志於學矣!

君子曰く、「大德は一官に限らず、大道は一器に限らず、大信は要約に限らず、大時は整齊を求めず」と。此の四樣を察明せば、學に志有るべし!

三王之祭川也,皆先河而後海,或源也,或委也。此之謂務本。

三王河川を祭祀するに、皆先ず河して然る後に海、或るは源、或るは委積。此を專力本に於くと謂う。

The original text is in the public domain. The Japanese is a machine-assisted translation of this library’s own Chinese paraphrase, checked against a fixed glossary so that technical terms match the definitions used elsewhere on this site. It is a reading aid and does not replace the original.