四時賦・鄭希誠注
作盤ガイド: 八字作盤
切以三冬之木遇水而寒。冬水不能始生木之功。九夏之土逢火而燥。夏火太旺,生土反燥。金埋土而反晦,秋金土重反晦,土混水而致濁。冬水冰結土混不清,無根之木遇惡水,而飄泛東西。木躔金度或與金同,夏月水勢盛反被漂流。受制之土見猛水,而崩潰四出。春夏生物之土乃為受制,遇水反崩潰。
試に論ず。隆冬の木が水に遇えば反って更に寒なり。冬天の水は木を生ずるの功用を起こすに到らず。盛夏の土が火に碰えば反って乾燥す。夏火は太だ旺にして、土を生ずれば反って焦燥と成る。金は土に埋められて反って晦暗す。秋金が重土に遇えば反って掩蔽を受く。土は水の中に混入すればすなわち水をして渾濁ならしむ。冬水は本は已に冰結す。土に一たび混ぜられれば更に清澈ならず。根無きの木が惡水に碰えば、すなわち東に漂い西に蕩う。木が金度に躔するかあるいは金と同宮して、夏月に到りて水勢正に盛んなれば、反って漂い去られん。制を受くるの土が猛水に碰えば、すなわち四処に崩潰す。春夏の万物を生養する土は本是れ受制の土にして、水に遇えば反って崩塌せん。
春金見月,淡薄無成;金未成不能助月,冬月遇金,飢寒刺骨。寒月不宜傍金星,火逢月朗而無權,望夜火月爭光,金得火明而煥發。秋金見火為奇,寒月最宜干陽。月借日光固喜,近陽冬月尤吉。夏火不妨見月。夏火本炎,遇太陰以解酷熱,火得令能助月。
春天の金が太陰を見れば、淡薄にして而して一事成る無し。金気は未だ成らず、能く月を助くる能わず。冬天の太陰が金星に遇えば、更に饑寒の骨に刺さるを覺ゆ。寒月は金星に傍うを宜とせず。火が月明に遇えばすなわち権を失う。望日の夜は火と月とが光を争う。金が火の明を得れば反って光彩を煥発す。秋天の金が火を見て始めて奇特と算す。寒月は最も乾陽の太陽に靠近するを宜とす。月は本是れ日光を借りて而して明なり。冬月に陽に近づくは尤も吉利なり。夏天の火は太陰を見るを妨げず。夏火は本より自ら炎熱にして、太陰に遇えば正にその酷暑を解する可く、火もし令を得ればも能く月を助けん。
未垣坐命、太陽行限,則柔而能剛。未乃陰宮,行限遇太陽,則陰從陽以剛濟柔也,昴日度。星度為元、太陰司用,則懦而無力。星乃陽度,行限遇太陰,則陽從陰受制於陰故懦。盛夏之火何須木氣生扶。木至六月則絕而不旺,見火反干。六月之水最怕火日枯涸。六月水主輔陽,反為不美。
未宮に於て命を坐して而して行限が太陽に走り到れば、すなわち柔中に能く剛ならん。未は是れ陰宮にして、行限が太陽に遇えば、便ち是れ陰が陽に順従し、剛を以て柔を済うなり。昴宿が日の度に属するもも是れ此の道理なり。星宿の度を以て元と為して而して太陰に由りて用を司らしめば、すなわち懦弱力無し。星宿は本是れ陽度にして、行限が太陰に遇えば、便ち是れ陽が陰に順従し陰に受制するなり。故に懦弱なり。盛夏の火は何ぞ「紫気」木気の来りて生扶するを須とせんや。木は六月に到りて已に絶えて而して旺ならず、火を見れば反って乾枯せん。六月の水は最も火と太陽とにそれを晒乾せらるるを怕る。六月の水は本は応に太陽を輔助すべく、如今反って美ならず。
夏金遇日銷鑠無聊。夏金與日同躔必鎔。秋木逢陽凋零,何補戌垣之火,取用與卯垣不同。戌火勢微,不論四時,最怕水孛卯火勢盛,惟冬怕水孛初生之火,宜木氣生扶。酉宮之金,行限與辰宮有異。土中之金不大,畏火羅。冬水喜於南奔,戌火忌於發露。居婁宿則吉,微弱宜藏。
夏天の金が太陽に遇えば、熔銷せられて而して如何ともする能わず。夏金は太陽と同躔すれば必ず熔化せられん。秋天の木が太陽に逢着すればただ凋零するのみ、太陽ももそれを補うことを得ず。戌宮の火は取用を卯宮と同じくせず。戌火は勢弱くして、四季を分かたず皆最も水星と「月孛」とを怕る。卯火は勢旺にして、ただ冬天のみ始めて水孛を怕る。初生の火は、応に「紫気」木気の来りて生扶する有るを宜とす。酉宮の金は行限の時に辰宮と同じくせず。土中の金は分量大ならず、最も火星と「羅睺」とを畏る。冬天の水は南に向いて奔流するを喜び、戌宮の火は却って鋒芒を顕露するを忌諱す。それは婁宿に居りて始めて吉にして、勢すでに微弱なればすなわち応に潜蔵するを宜とす。
冬春之木見日,則謂向陽;冰凍之土會火,始能發用。月圓火焰,奈爭鬥而無成;水凍金寒,縱相生而不發寒。土何生金之有。所謂土寒者,不生之故。秋水非滋木之時。秋木凋零,不能足水之滋。辰酉坐命,土犯月而尤佳,金命喜土為母,卯戌為垣,孛抱蟾而反害。火命怕孛為難殘晦之月見火增輝。初八以前,二十以後,三方對照得火相助。剛燥之土遇水滋潤。夏土乾燥,愛水滋潤。
冬春の木が太陽を見れば、すなわちこれを向陽と呼ぶ。冰凍の土が火に會して、始めて能く作用を発揮せん。月は已に円満して而又火焔に逢えば、争鬥するを奈何なくして而して一事成る無し。水は已に結凍し金はまた寒冷なれば、たとい相生するもも発すること能わず。寒土は豈に還って能く金を生ぜんや。いわゆる土寒とは、すなわち是れ生ずる能わざるの故なり。秋水もも是れ木を滋養するの時節に非ず。秋木は本は已に凋零して、水の滋潤に受け堪えず。辰・酉に於て命を坐すれば、土星が太陰を侵犯して反って更佳なり。金命は土を以て母と為すを喜ぶを以てなり。卯・戌を以て垣と為せば、「月孛」が月を抱きて反って禍害と成らん。火命は最も月孛の難を作すを怕るを以てなり。残缺晦暗の月が火を見れば反って能く光輝を增添せん。初八以前・二十以後の月は、三合対照より火の相助を得れば便ち是なり。剛硬乾燥の土が水に遇えば始めて滋潤を得たり。夏土は乾燥にして、正に水の来りて滋養するを愛す。
諸星皆退,主星獨順,乃中流砥柱之人;群曜都衰,身星有用,則獨步軒昂之士土。在子木、在午,似有沖而無害,子命、命居申土、居亥行,此限以何妨。申命不忌土計,在亥則土受制。婁乃金石之火,觸日方發。婁金安命相從太陽。
衆星が皆退行するの中、唯獨主星が順行するは、これ是れ中流砥柱のごときの人物なり。群曜が皆已に衰弱するの中、唯獨身主の星が用有るは、これすなわち是れ卓然独歩・気宇軒昂の士なり。土は子宮に在り木は午宮に在れば、看れば相冲に似て其の実害無し。あれは是れ子宮に命を安んずるの情形なり。命宮が申に居りて而して土星が亥に居れば、此の一限に行き到りて又は何の妨げか有らん。申宮に命を安んずるは本は土星と「計都」とを忌まず、土は亥宮に到れば反って制を受く。婁宿は是れ金石の中の火にして、必ず須く太陽に触着して始めて発出す。婁宿の金度を以て命を安んずる人は、正に応に太陽に順従すべし。
箕乃蒙泉之水,見金不清。得木蔭之乃清,若金伐木,不得廕庇,沙泥所以不清。惟參軫議論,不殊與亢星取用,歸一丑宮,坐命不可以木為刑囚。木受制不為害,星柳為垣,亦不可以木為難。木若失時不為惡,豈不有水中之火,巳翼火、火中之金,戌婁金、金垣之木,辰角木、木垣之土。寅艮土。
箕宿は是れ蒙泉のごときの水にして、金を見れば反って清ならず。木の遮蔭を得て始めて清澈なり。もし是れ金の来りて木を伐れば、泉水は蔭庇を失い、沙泥は泛起し故に清ならず。参宿と軫宿との議論は、亢宿の取用と同じく両様無く、皆一処に帰す。丑宮に於て命を坐すれば、木星を把りて刑囚と当作す可からず。木はここに於て制を受け、能く害を為す能わず。星宿・柳宿を以て垣と為すも、も木星を把りて難星と当作す可からず。木もし時令を失えばすなわち惡を作さず。豈に知らずや水中の火有るを。巳宮の翼宿は火に属す。火中の金有り。戌宮の婁宿は金に属す。金垣の木有り。辰宮の角宿は木に属す。木垣の土有り。寅宮の艮土なり。
冬水為命,太陽行限,財不足而福有餘。水滋其暖春土作主,火星發用,彼無力而我何藉。春土本不旺而火恩躔洩,則母無力而我何藉。論星先要論時,論殺無過論理。火本畏水,巳宮翼火為登殿;火翼金本畏火,戌宮婁度亦歸經,金婁木本怕金,辰宮角宿為登殿;木角土本怕木,寅宮艮土反長生。土寅,造化貴在擇用,術士妙在推詳,此論先聖之秘奧,而後學必寶敬之。
冬水を以て命と為して而して行限が太陽に遇えば、銭財は足らざると雖も而して福分は余り有らん。水が太陽の滋して温暖を以てするを得るの故なり。春土を以て主と為して而して火星に由りて発用せしめば、火は自身力無く、我は又は何を憑借する能けんや。春土は本は旺ならず、火の此の恩星が躔行して反って気を泄し、母星は力無ければ、我は便ち依託する所無し。星を論ずるは先ず応に時令を論じ、殺を論ずるは不過是れ一個の道理を論ずるのみ。火は本は水を怕るるも、巳宮の翼宿が火に属するは却って是れ登殿なり。金は本は火を怕るるも、戌宮の婁度が金に属するもも帰経と算す。木は本は金を怕るるも、辰宮の角宿が木に属するは却って是れ登殿なり。土は本は木を怕るるも、寅宮の艮土は反って長生と成れり。造化の妙は善く用を擇ぶを貴び、術士の本事は全く推詳に在り。此らは是れ先聖の秘奥の論にして、後学は必ず須く珍重敬守すべし。
広寒賦
立儀觀象,創法筭星,推天地之有準,定日月之可憑。風雲慶會,順言箕畢之由。箕星好風,畢宿好雨。朝暮昏曉,但看房昴之要。房為日出之所,昴為月生之地。日賦爾命,日為命源月躔乃身。月乃身主子夜朗耀於雙魚,宜逢太乙。夜半月居亥,宜孛星抱之。五更輝煌於巨蟹,喜近長庚。五更月居未,喜金星助之。
儀器を設立して天象を観測し、法度を創制して星辰を推算し、天地運行の準則を推求し、日月の憑信す可き度数を判定す。風雲際會の吉慶は、応に箕宿・畢宿の道理に順いて以て說くを要す。箕星は風を好み、畢宿は雨を好む。早晚昏暁の分別は、ただ房宿・昴宿の此の両個の関鍵を看る。房は是れ太陽の升起する処にして、昴は是れ太陰の生出する地なり。太陽はお前に命を賦与す。太陽は是れ命の本源なり。太陰の躔する所の処は便ち是れ身なり。太陰は是れ身の主星なり。半夜の時分に月光が双魚宮に朗照するは、応に「太乙」に遇上するを宜とす。夜半に月は亥宮に居り、応に月孛の抱守有るを宜とす。五更の時分に月華が巨蟹宮に輝煌するは、長庚に靠近するを喜ぶ。五更に月は未宮に居り、金星の相助を喜ぶ。
論其玉兔之形,到彼金牛之地,卻怕火羅,毋嫌土計。以金命言先觀陰精圓缺,須辨晦明,上下弦而月缺,十五六而月圓,日月相會而晦,日月相望而明;次看子夜、晨昏以分向背,日將出為晨,日已入為昏,子夜者,夜半之際也,夜生為向,晝生為背。
玉兔すなわち是れ太陰の形象に論じ到れば、金牛の地に行き到るは、最も火星と「羅睺」とを怕れ、倒って必ずしも土星と「計都」とを嫌忌するを要せず。これ是れ金命の人に就いて言うなり。先ず応に太陰の精の円缺を看て、晦と明とを分辨するを要す。上弦・下弦の時は月は是れ缺にして、十五・十六の時は月は始めて円なり。日月が同度相会すれば便ち晦にして、日月が遥遥相望すれば便ち明なり。其次に子夜と晨昏とを看て、以て向と背とを分別す。太陽が将に出んとするを晨と呼び、太陽が已に落つるを昏と呼び、子夜とはすなわち是れ半夜の時分なり。夜裏に生まるるは向と算し、白天に生まるるは背と算す。
職屬太后,配同母親,遇群凶,先主克母;逢惡曜,亦當損身。月為後、為母、又為身。南有張,北有危,南北正殿;午張子危東有心,西有畢,東西正垣。卯心酉畢既曰入垣而入廟,亦須相順以相生。逢吉星則吉,逢凶曜則凶。
太陰の職分は太后に属し、人に於ては則ち母親に配作す。それが一群の凶星に遇上すれば、首先母を剋するを主る。惡曜に碰上すれば、も応に自身を損傷するを要す。太陰はすでに后にして、是れ母にして、又是れ一身の主なればなり。南辺に張宿有り、北辺に危宿有り。これ是れ南北の正殿なり。午宮の張宿・子宮の危宿なり。東辺に心宿有り、西宿有り、西辺に畢宿有り。これ是れ東西の正垣なり。卯宮の心宿・酉宮の畢宿なり。すでに入垣入廟と說かるるも、も還って応に彼此和順相生して始めて行く可し。吉星に遇えばすなわち吉にして、凶曜に遇えばすなわち凶なり。
入晉而躔,觜參財星守命,申命以月為財在鄭而躔角亢祿主居辰。辰命以月為官身之如何,六奴僕位庶出偏生。月居奴僕九遷移宮過房離祖。月居遷移同水見孛兮,癰疽癆瘵,月同水孛同金見火兮,盲聾喑啞。月同金火如逢木氣,山間林下作生涯,月逢木氣若遇孛金,月下花前恣歌舞。月遇金孛。
太陰が晋地分野に進入して而して觜宿・参宿に躔すれば、すなわち是れ財星の命を守るなり。申宮に命を安んずる人は太陰を以て財と為すを以てなり。鄭地分野に行き到りて而して角宿・亢宿に躔すれば、すなわち是れ禄主の辰位に居るなり。辰宮に命を安んずる人は太陰を以て官と為すを以てなり。身宮如何なるもも太陰を看る。太陰が第六宮奴僕の位に落つれば、庶出偏房の所生を主る。第九宮遷移の位に落つれば、他人に過継し祖業を離るるを主る。太陰と水星とが同宮してまた「月孛」を見れば、癰疽労瘵の病を主る。金星と同宮してまた火星を見れば、眼瞎・耳聾・口唖を主る。もし「紫気」木気に逢えば、便ち山間林下の下に一生を過さん。もし「月孛」と金星とに遇えば、すなわち月下花前に恣意して歌舞せん。
其初也,出扶桑之地,卯宮生於蓬島之間,酉宮或掛柳梢之上,未宮柳度倘躔斗柄之前。丑宮斗宿,每日常行十三度。一晝夜間行十三度。逐月曆遍一周天,一月之內歷十二宮。圓缺不齊昨夜今夜。正望之際,月固圓明,未望前既,望後月尚缺矣。晦明迥別上弦下弦。上弦之後月漸明,下弦之後月漸晦。
太陰は起初扶桑の地より升出す。あれは是れ卯宮なり。有る時は蓬莱の間に生ず。あれは是れ酉宮なり。有る時は柳梢の上に挂る。あれは是れ未宮の柳宿の度なり。有る時は斗柄の前に躔行す。あれは是れ丑宮の斗宿なり。それは毎日常に十三度を行く。一昼夜の間に十三度を行く。毎月周天の一圈を歴遍す。一個月の内に十二宮を走り完す。それの円缺は昨夜と今夜とが各々相同じからず。正に望日に当たれば、月は固より円明なり。未だ望日の前に至らずと已に望日の後を過ぎれば、月はすなわち還って是れ缺なり。晦と明ともも上弦下弦に因りて迥然と別有り。上弦の後は月は漸漸明亮し、下弦の後は月は漸漸晦暗す。
二十八宿循環,禍福曉矣。二十八宿所屬,太陰躔此者,有禍福之所據。四十五度向背,吉凶瞭然。四十五度中間,太陰泊此者,有吉凶之所辨。與太乙同坐官宮,為官食祿;月同孛居官祿,會天乙而居財帛,問舍求田。月會氣居財帛。
二十八宿は循環運転し、禍福は此に由りて以て知る可し。二十八宿は各々所属する所有り、太陰がその上に躔行すれば、禍福は便ち依拠有らん。四十五度の内に向と背とを分かち、吉凶は此に由りて一目了然なり。太陰が此の四十五度の中間に停泊すれば、吉凶は便ち分辨有らん。太陰と「太乙」月孛とが同じく官禄宮に坐すれば、便ち能く官を做り禄を食まん。あれは是れ月と孛とが官禄に同居するなり。「天乙」紫気と財帛宮に會すれば、便ち能く屋を置き田を買わん。あれは是れ月と気とが財帛に同居するなり。
古人云:石崇鉅富,月在白羊;戌命月為田土,甘羅為官,月居天秤;辰命月為官主,火月逢孛,雖韓信未免遭刑;月愛火助豈使逢孛,金月遇羅,縱顏子亦須短命田。月喜金伴奚宜遇羅,刑囚犯月,須看三方,暗耗臨身,猶觀四正。月犯刑囚、暗耗等星,觀看三方、四正有援庶可。
古人は說く、石崇の巨富たりし所以は、是れ太陰の白羊宮に在るなりと。戌宮に命を安んずれば、太陰は便ち是れ田宅の主なり。甘羅の少年にして官と為りし所以は、是れ太陰の天秤宮に居るなり。辰宮に命を安んずれば、太陰は便ち是れ官禄の主なり。火と月とがまた「月孛」に逢えば、たとい韓信なるもも刑に遭うを免れず。太陰は本は火の来りて相助するを愛す。豈に可ならんや再び月孛に遇うは。金と月とがまた「羅睺」に遇えば、たとい顔回なるもも短命を免れ難し。太陰は本は金の伴と為るを喜ぶ。怎んぞ宜しからんや再び羅睺に遇うは。刑囚の星が太陰を侵犯するは、須く三合の方位に救援の有無を看るべし。暗耗の星が身宮に臨むも、も応に四正の位を察看するを要す。太陰が刑囚・暗耗の一類の星に犯着せば、応に三方四正に援助有りて始めて好しを看るを要す。
火月入邊郵,蘇長卿甘處牧羊;邊郵者遷移也,水月坐遷移,郭令公宜見虜陣。此二古人流於夷地,常論金命月居卯戌,火命月居巳申,水命月居子丑,土命月居寅亥,木氣犯月命居於鶉火之位,土計臨身命躔於鶉首之宮。
火と太陰とが辺郵の地に進入すれば、蘇武は便ち甘心して北海に牧羊せん。辺郵とはすなわち是れ遷移宮なり。水と太陰とが遷移宮に坐すれば、郭子儀は便ち合当身自ら虜陣を歴せん。此の両位の古人は皆異域に流落せり。通常の論法は是なり。金命の人は太陰が卯・戌に居り、火命の人は太陰が巳・申に居り、水命の人は太陰が子・丑に居り、土命の人は太陰が寅・亥に居る。「紫気」木気が太陰を侵犯するは、是れ命が鶉火の位に居るなり。土星と「計都」とが身宮に臨むは、是れ命が鶉首の宮に躔するなり。
飛來陽刃、釣起三殺,重則犯刑惡死,輕則破相壓身有救,則非常富貴無助,則難免夭貧。已上數條,皆係身居難地。命亥月辰,正是厄宮當受病,命寅月酉,是真奴僕,主艱辛。此亦承上文言,人皆曰凶莫凶於火羅計孛,吉莫吉於木氣金水,殊不知身命入魯、宋不怕火羅,身命居齊、吳毋嫌土計。
本宮より陽刃が飛来し、又は対宮三合より三殺を釣起すれば、重きは応に刑に犯りて凶死し、軽きもも応に破相するかあるいは身に圧する厄を受くべし。もし星の来りて救う有れば、反って非常の富貴と成り、もし援助無ければ、すなわち夭折貧窮を免れ難し。以上の此の幾条は、皆是れ身宮が難星の地に落つるの情形なり。命は亥に在りて而して太陰は辰に在れば、正に是れ疾厄の宮にして、当に病痛有るべし。命は寅に在りて而して太陰は酉に在れば、あれは是れ真正の奴僕の位にして、一生艱辛を主る。これもも是れ上文を承接して言うなり。人人皆說く最も凶なるは火星・「羅睺」・「計都」・「月孛」に若くは無く、最も吉なるは木星・「紫気」・金星・水星に若くは無しと。却って知らず、身命が魯・宋の分野に落つる人は併せて火・羅を怕れず、身命が斉・呉の分野に落つる人もも必ずしも土・計を嫌忌するを要せざるを。
大凡人生天地之間,剛強正直有勇敢,為火羅計孛使之然也。不以火羅計孛為凶,勿以木氣金水為吉,各有所用不同。凡金星伴月以躔亢,辰命,水星伴月而入軫,巳命火星伴月向南斗,丑命木星伴月朝東井,未命,雖然一星伴月,自古宜有不如,眾星朗朗孤月獨明,宮清身吉休愁爾命。
大凡そ人生は天地の間に在り、剛強正直にして而して勇気有るは、正に是れ火星・「羅睺」・「計都」・「月孛」が彼をして此のごとくならしむるなり。故に応に一味に火・羅・計・孛を把りて凶と看なすを要せず、も応に一味に木・「紫気」・金・水を把りて吉と看なすを要せず。各々用有る所にして、併せて相同じからず。金星が太陰に伴いて亢宿に躔す。あれは是れ辰宮に命を安んずるなり。水星が太陰に伴いて軫宿に進入す。あれは是れ巳宮に命を安んずるなり。火星が太陰に伴いて南斗に朝向す。あれは是れ丑宮に命を安んずるなり。木星が太陰に伴いて東井に朝向す。あれは是れ未宮に命を安んずるなり。たとい一星の月を伴う有ると說くも、自古以来総じて還って衆星朗朗・孤月独明の来ること好きに如かず。ただ宮位清純・身主吉利なれば、便ち必ずしも自己の命の為に発愁するを要せず。
張果星宗八
観星要訣・二十四秘法
三主を看る
即宮主、度主、身主是也。身主不傍鬼,不冥晦宮度,三主要得局,不洩氣,不遲留伏逆於惡地,極喜朝元升殿垣局,生我之度也,所以不怕,三方忌星刑照,正是他來刑我,我居廟旺以何妨,不必論恩援二星於失次,亦富貴論之。宮身度主喜朝陽,三主高強福壽昌,恩援不須來輔助也,應富貴始終良。主猶人身,稟氣強壯且居廊廟之上,不受剋制,近於天庭終為貴也。
いわゆる三主とは、すなわち是れ宮主・度主・身主なり。身主は鬼星に傍う可からず、宮度もも昏暗不明なる可からず。三主は皆応に局を得、気を泄す可からず、凶惡の地に於て遅留伏逆する可からず、最も命元に朝向し殿に升り垣に帰し、我を生ずるの度の上に落つるを喜ぶ。かくのごとくなればたとい三合の方位に忌星の刑照有るもも怕れず。あれは不過それの来りて我を刑するのみにして、我は廟旺の地に居りて又は何の妨げか有らん。甚至って必ずしも再び恩星と援星との是れ失次か否かを論ぜず、も照様富貴に拠りて来り断ず。歌訣に說く、宮主・身主・度主は皆太陽に朝向するを喜び、三主が高強なれば則ち福寿昌盛し、恩星援星の来りて幇襯するを用いず、自然一生富貴始終良好なりと。三主は就きて人の身体のごとく、禀受の気は強壮にして、又は廊廟の上に居り、剋制を受けず、天庭に靠近すれば、終究是れ貴命なり。
四時を論ず
凡四時者,春溫、夏熱、秋清、冬寒,當分節前、氣後以定四時寒暑,故可論之,及後學不能精通,即道希奇八九之數,豈能通到於淵源,又如春木、夏火、秋金、冬水四季月土皆為令星,若宮度二主得時得令為美。經云:五星俱要比和,但以得時為貴。又云:看星須看得時星。二十四氣轉流通,四時寒暑在其中,寒凝不可居陰極,暑熱嫌居陽爍宮。時謂天地之氣,四時行焉,猶物之各得其時流通,則暢滯塞,則乖五行亦如之,況人命乎。
いわゆる四時とは、すなわち是れ春温・夏熱・秋清・冬寒なり。応に節前と気後とを分清して、以て四季の寒暑を判定し、然後にして始めて以て命を論ず可し。後学は能く此の理を精通する能わず、只顧往きてあれらの希奇怪の八九の数を講ずるのみ、豈に能く本源の上に通ぜんや。又如春天の木・夏天の火・秋天の金・冬天の水、および四季月の土は、皆是れ当令の星にして、もし宮主・度主の両主が皆時を得令を得れば便ち好し。経の上に說く、五星は皆応に彼此和順し、ただ時を得るを以て貴と為すと。又は說く、星を看るに須く時を得るの星を看るを要すと。歌訣に說く、二十四節気は循環流通し、四時の寒暑は皆その中に在り。寒気凝結の時は極陰の地に居る可からず、暑気炎熱の時もも陽光の炙烤する宮に落つるを嫌うと。いわゆる時とは、すなわち是れ天地の気が四時に拠りて運行するなり。万物が各々その時を得れば便ち通暢し、一旦滞塞すればすなわち乖違す。五行は此のごとく、何を況んや人の命をや。
昼夜を分かつ
晝生者,喜太陽木土計氣水孛於陽宮陽度;夜生者,愛太陰火金羅於陰宮陰度。如合此者,則福祿崇高、顯貴論之;倘或晝曜反於夜,夜星背於晝,以為孤克,乃是刑星,則減福氣;如晝行夜曜,夜行晝宿,亦不祥也。
白天出生の人は、太陽・木星・土星・「計都」・「紫気」・水星・「月孛」の陽宮陽度に落つるを喜ぶ。夜裏出生の人は、則ち太陰・火星・金星・「羅睺」の陰宮陰度に落つるを愛す。此の格局に合するは、すなわち福禄崇高・顕達貴盛に拠りて来り断ず。倘若し白昼に属する星曜が反って夜生の命の裏に於て権に当たり、夜晚に属する星が反って昼生の命の裏に於て主を作せば、すなわち孤剋と成り、刑星に等于し、福気は応に折扣を打つべし。白昼が夜曜に行き到り夜裏が昼宿に行き到るに至りては、同様に吉ならず。
故曰:日生怕逢中宵宿,夜裡須防日裡星。晝生日木土為奇,夜反孤星非所,宜月火金星,為夜曜日光晦昧克妻兒。謂陽星居晝,而陰星居夜,乃各得其所,苟有反背者,俱有所忌,當辨晝夜之分,則吉凶方驗。
故に說く、白天に生まるる人は半夜の星宿に逢うを怕れ、夜裏に生まるる人は須く白昼の星曜を防ぐを要すと。白昼出生は太陽・木星・土星を以て奇特と為し、此らの星もし夜生の命の裏に落つれば反って孤星と成り、すなわち宜とする所に非ず。夜裏出生は応に太陰・火星・金星有るを宜とし、此ら始めて是れ夜間の曜にして、此の時日光は反って晦暗にして、児妻を剋傷するを主る。これ是れ陽星は昼に在り陰星は夜に在りて、始めて各々その所を得るを說くなり。もし彼此顛倒背離せば、皆忌む所有らん。必ず須く先ず昼夜の分を辨明して、吉凶始めて験得準きを得ん。
陰陽を辨ず
凡初一二三四五日戌亥子丑時生人,日月俱晦,如為宮度身三主有二失次者,兼刑煞有犯,則主孤獨論之;若二十六七八九三十日酉戌亥子丑時生人,亦謂日月俱晦,論之皆不足取也。
およそ初一・初二・初三・初四・初五の此の幾天の戌・亥・子・丑の時に出生の人は、日月は皆晦暗の中に在り。もし宮主・度主・身主の三者の裏に両個の失次有りて、又は兼ねて刑煞に犯着せば、すなわち孤独の命に拠りて来り断ず。もし是れ二十六・二十七・二十八・二十九・三十の此の幾天の酉・戌・亥・子・丑の時に出生の人は、同様にこれを日月俱に晦と呼び、論じ来れば皆取るに足らず。
陰陽孤晦,主孤恓不損兒兮,便損妻。日月分明,妻子盛;無光,父母主生離。天得一以清,地得一以寧,天清地寧、物象咸亨,人物雍熙且晦者,陰陽交錯天地闇昧,如日月無光,所以酉言父母之災晦也。
歌訣に說く、陰陽は孤単晦暗にして、人の孤苦凄凉を主り、兒子を損傷せざれば、すなわち妻子を損傷す。日月分明のは、妻子兒女は興盛し、日月無光のは、父母と主に生離すと。《老子》は說く、天は一を得て始めて清明にして、地は一を得て始めて安寧なりと。天清く地寧なれば、万物万象は皆亨通し、人間ももすなわち和楽せん。いわゆる晦とは、すなわち是れ陰陽交錯して天地昏暗にして、比すれば日月の光明を失うがごとし。故に此の一条は說くは是れ父母に災晦の事有るなり。
遅留を推す
凡木火土金水而有遲留伏逆之辨,以尊其太陽故也,蓋太陽者,君象也,五星者,臣下也,臣見君,則讓於禮,所以五星近太陽,則遲遲,則行緩也;五星三方見太陽,則留留則不行也;五星與太陽同行,則伏伏則不見也;五星對照見太陽,則逆逆則退行也。
木・火・土・金・水の五星の遅・留・伏・逆の分別有る所以は、是れ太陽を尊崇するの故に為すが為なり。太陽は是れ君王の象徴にして、五星は是れ臣下なり。臣子は君王を見ればすなわち応に礼に依りて退譲するを要す。故に五星が太陽に靠近すればすなわち「遅」と呼ぶ。遅とはすなわち是れ行走緩慢なり。五星が三合の方位より太陽を望見すればすなわち「留」と呼ぶ。留とはすなわち是れ停住して走らざるなり。五星が太陽と同度して行けばすなわち「伏」と呼ぶ。伏とはすなわち是れ隠没見えざるなり。五星が対宮より太陽を望見すればすなわち「逆」と呼ぶ。逆とはすなわち是れ倒退して行くなり。
經云:伏逆無光,而順行有氣。五星遇日,須當伏,三合逢陽,便是留;要識對宮為逆度,不逢陽處,順行周。此謂群下尊君之禮,嚴敬有如此,不敢相犯,犯之則有觸君之罪,惟順而吉。
経の上に說く、伏と逆との星は光無く、順行の星は始めて気力有りと。歌訣に說く、五星が太陽に遇えば就当に伏すべく、三合の方位が太陽に逢着すれば便ち是れ留なり。応に対宮に在ればすなわち逆度と成るを知り、ただ太陽に逢わざるの処のみ始めて周天を順行すと。これ說くは是れ臣下の君王を尊敬するの礼数にして、恭謹厳粛して此の地步に到り、敢えて冒犯せず。一たび冒犯すればすなわち君王に触忤するの罪有り、ただ順従して始めて吉利なり。
伏逆を考う
但凡遲留伏逆,在於廟旺受生之地,恩情之度,不相剋戰,又在君前,禮不相拘,反能為吉;若遲留伏逆,在於克洩鬼制之宮,相戰相剋之度,又在君后死絕之地,不祥之甚。經云:順則優遊,逆則退縮,留則拘繫抑鬱,伏則韜晦無光。遲留廟旺在君前,富貴雙全發,少年克我,無情洩我,氣伏逆君后反為迍。伏與逆者,言其不敢與太陽相見也,五行居旺相之方賓。主有情禮,法不拘且吉,無情克戰且凶。
ただおよそ遅・留・伏・逆は、もし廟旺受生の地・恩情相与の度に於て発生し、彼此相克戦せず、又は太陽の前に処りて、礼数の上に拘束を受けざれば、反って能く転じて吉利と成らん。もし遅・留・伏・逆が我を剋し我を泄し鬼制の宮に於て発生し、又在りて相戦相克の度にして、併せて太陽の後の死絶の地に落つれば、すなわち極めて吉祥ならず。経の上に說く、順行すれば則ち従容優游し、逆行すれば則ち畏縮退却し、留すれば則ち拘繋抑鬱し、伏すれば則ち韜光晦跡して而して光無しと。歌訣に說く、遅留して而して廟旺に在り、又は君前に在れば、富貴双全して、少年に便ち発す。もし是れ我を剋し・無情・我の気を泄して、又は伏逆して君後に在れば、反って困頓すと。いわゆる伏と逆とは、說くは是れそれが敢えて太陽と相見えざるなり。五行が旺相の方に居り、賓主の間に情有り礼有り、礼法拘らざればすなわち吉にして、無情にして而して相克交戦すればすなわち凶なり。
禄貴を明らかにす
凡宮身度主俱坐祿貴馬鄉,或祿貴拱之,或祿貴夾之為上,更兼宮度身主得經得位,不失次於惡地,乃為富貴福壽;若見身命度主在殺宮,星辰失次者,夭折貧窮之論。宮身度主貴人宮,祿貴相生富壽翁,設使逢空,星失次,一生蹇滯不亨通。且祿與貴者,人之所欲也,全在三主歸垣得地,乃為真祿;若值空亡弱陷,又為虛祿虛貴,得之無益。
およそ宮主・身主・度主が皆禄星・貴人・駅馬の郷に坐するか、あるいは禄貴に拱照せられるか、あるいは禄貴に夾護せらるるは、是れ最も上等なり。再加えるに宮主・度主・身主が皆経を得位を得て、凶惡の地に於て失次せざれば、すなわちあれは是れ富貴福寿の命なり。もし身主・命主・度主が殺宮に落ち、星辰がまた次序を失せるを見れば、すなわち夭折貧窮に拠りて来り断ず。歌訣に說く、宮主・身主・度主が貴人の宮に落ち、禄と貴とがまた相生すれば、便ち是れ富寿の翁なり。仮使空亡に遇上し星辰失次せば、すなわち一生蹇滞して而して亨通せずと。禄と貴とは本是れ人人の欲する所にして、全く三主の垣に帰し地を得るを看て、始めて真禄と算す。もし空亡・衰弱陥落に碰上せば、すなわちあれは虚禄虚貴と成り、得るもも益所有無し。
生旺を利す
凡身命度主要居長生之地,帝旺之宮,倘命立敗宮,身度主飛入死絕不得地,貧賤的矣。宮身度主旺生鄉,名利重重,坐廟堂若見空亡臨敗地,貧窮、夭折、絕三綱。生旺則富貴,猶人氣質敦厚,信而有之,則主富潤屋而德潤身矣。
およそ身主・命主・度主は、皆応に長生の地・帝旺の宮に落つるを要す。倘若し命宮が敗地に立ち、身主・度主がまた死絶に飛入して而して地を得ざれば、すなわちあれは是れ貧賤の命なり。歌訣に說く、宮主・身主・度主が皆旺相長生の郷に在れば、名利は重重畳畳して、以て廟堂に高坐する可し。もし空亡を見て又は敗地に臨めば、すなわち貧窮夭折して、三綱の親を連ねても絶えると。生旺すればすなわち富貴にして、比すれば人の気質の敦厚篤実にして、確実に内に有る諸がごとし。便ち能く《大学》の說く所のごとく、財富は房屋を光潤せしめ、徳行は身心を光潤せしむ。
断躔を忌む
木凋天秤與金牛、火怕申鄉巳亦憂、土走雙魚人馬位、金銷天蠍白羊州、水漂羊角流巨蟹、計虎豬兒兔亦愁、紫氣亦嫌雞唱曉、孛逢戌上是三坵、羅?酉亥君須忌、日月無光卯酉頭、縱爾神仙並活佛、涅盤尸解去悠悠。此謂五星躔度相遇之宮,各有所忌之宮度也,主人晦昧反覆甚,則必死。
歌訣は各星の最も忌む宮位を列出す。「木星」は天秤と金牛との両宮に於て凋零す。「火星」は申宮を怕れ、巳宮に於てもも堪憂なり。「土星」は双魚・人馬の両位に走り到る。「金星」は天蝎・白羊の州に於て銷熔す。「水星」は白羊に漂い巨蟹に流る。「計都」は虎・猪の二宮に在り、兎宮に到りてもも愁を発す。「紫気」もも鶏鳴報暁の酉宮を嫌う。「月孛」は戌の上に逢着すれば便ち是れ三丘の地なり。「羅睺」は酉・亥の両宮に在りてお前は須く忌諱すべし。日月は卯・酉の両頭に到ればすなわち光明を失う。此らに碰上すれば、たといお前が神仙活佛なるもも、只好涅槃尸解して悠悠として去るのみ。これ是れ五星の躔度の遇う所の宮に、各々忌諱有るを說くなり。それに犯れば、人は昏昧不明・反復無常を主り、重きは必定命を喪わん。
死絶に逢う
命坐敗宮,身入死絕,縱吉亦貧,大限又在死絕之地,小限犯原流旬空,太歲天空,決死之兆。死絕休囚不足觀,宮身度主怕相干,若逢二限行空地,薤露歌聲日落山。謂原守與流年犯旬空者,必死。薤露歌者,送死之歌,田橫死,門人義之而作其歌,曰薤上露,何易晞露晞明,朝更復落,人死一去何時歸。
命宮が敗地に坐し、身宮が死絶に落ち入れば、たとい吉星有るももただ是れ貧命なり。もし大限がまた死絶の地に在り、小限が再び原盤と流年との旬空に犯り、太歳がまた天空に逢えば、すなわちあれは是れ必死の兆なり。歌訣に說く、死絶休囚の星は一見に値せず、宮主・身主・度主は皆それの来りて干犯するを怕る。もし両限が皆空亡の地に走り到れば、すなわちただ薤露の挽歌の落日西山に伴うを残すのみと。これ是れ原盤の守る所と流年とが皆旬空に犯る人は、必ず死すを說くなり。薤露歌は是れ送葬の歌にして、当年田横が自殺せしに、門人は彼の義気に感念して此の歌を作れり。說く、薤葉の上の露水は何ぞ容易に晒乾せん、露乾けば天はすなわち亮かにして、第二天早上露は又は落つ、人は一たび死すれば却って再び帰来らざるなりと。
太歳の冲
太歲者,至尊之煞,當權司令,諸星節制,命坐人君,在家不能為禍,若在大小限,為禍不可言,如當生太歲沖,犯大限、流太歲、犯小限,以凶斷之。原流太歲煞,相沖二限相干,子哭翁,天德解援來救,護貲財耗散一場空。
太歳は是れ至尊の煞神にして、権に当たり令を司り、衆星は皆それの節制を受く。それが命宮に坐するは、比すれば君王の自己家の裏に在るがごとく、反って能く禍を為す能わず。もし大限・小限の上に落つれば、禍を為すはすなわち說尽くす能わず。例えば出生のあの年の太歳が来りて大限を冲犯するか、あるいは流年太歳が来りて小限を冲犯すれば、皆凶に拠りて来り断ず。歌訣に說く、原盤の太歳と流年の太歳との此の両重の煞は、互相冲犯して而又両限を干擾すれば、すなわち小輩の老人を哭するの丧事有らん。たとい天徳星の前来して解救護持する有るも、銭財もも応に耗散して一場空ならんと。
神煞の露
假如命限是金行,逢火度火星與水交戰,流水或三方對照正犯之,決死無疑,坐命亦然。露殺交爭氣散傾,根源最怕忌流星,若然流煞相呼殺,導氣修身要上升。五行一例,而推今,舉一隅而知其三矣。根源乃原守之辰,流星乃流歲之曜。
例えば本命の行限が金に属するも、却って火度に行き到り、火星がまた水星と交戦し、流年の水星あるいは三合の方位より対照して来りて正に此処に犯れば、すなわち必死无疑なり。もし是れ命を坐する処が此のごとくなれば、も一様なり。歌訣に說く、顕露の殺星が彼此交争すれば、元気は便ち涣散傾覆す。命の根源は最も忌む所の流星を怕る。もし流年の煞星がまた呼び招きて別の殺神を来らしめれば、すなわち只好真気を導引し身心を修養して、飛升を準備するのみと。五行は皆此の一例に照らして以て推し、一角を挙出せばすなわち応に其余の三角を知るべし。いわゆる根源とは、是れ原盤の守る所の星辰なり。いわゆる流星とは、是れ流年の行運の曜なり。
寿令の泄
如納音屬火,命躔參水,夏生之人,限行胃土度為壽令,俱洩乃生,土克度之,故度主又失經者,決死斷之,命度身主仿此。從來土宿能克水,壽令生彼號死鬼,流土再逢刑命限,仙人救助無道理。納音鬼谷子所作,如甲子乙丑海中金之類是也。
例えば納音が火に属し、命は参宿に躔して水に属し、又は是れ夏天出生の人は、行限が胃宿の土度に走り到れば、此の土度はすなわち是れ「寿令」なり。火は往きて土を生じ土は又は水を剋し、両頭皆泄耗して本命の気を耗し、度主が再び本経を失えば、すなわち彼を断じて必死と為す。命主・度主・身主もも此のごとくに照らして類推せよ。歌訣に說く、従来土宿は皆能く水を剋す。寿令は反って往きてそれを生ずれば、これすなわちこれを死鬼と呼ぶ。流年の土星が再び来りて命限を刑犯すれば、神仙もも救い得るの道理無しと。納音は是れ鬼谷子の定める所にして、例えば甲子・乙丑を海中金と為すの類は便ち是なり。
命度を剋す
庸術概以宮分斷之,誤錯多矣。假如丑上安命,女初女一度,限行斗一、斗二、斗三、斗四。戌上婁度安命,忌行箕風。角木斷躔,命躔女初女一女二度者是。寅宮斗一斗二斗三,限行亢金鬼關。軫九度命者,胃土柳土內皆忌,如過軫十,則無害也。鬼觜參度虎口真忌。參度命者,女土之忌,若犯正真躔度,限行到此,必有大災,應如影響,若有忌,星居上則重吉,星居上則輕,不可一例而推。
平庸の術士は一概にただ宮位に拠りて来り断ずるのみ、錯りて太だ多し。例えば丑宮に於て命を安んじ、命は女宿の初度・一度に躔し、行限が斗宿の一度・二度・三度・四度に走り到ればすなわち妨有らん。戌宮婁宿に於て命を安んずれば、すなわち箕宿の風度に行き到るを忌む。角宿が木に属するの断躔とは、指すは命が女宿の初度・一度・二度に躔するの人なり。寅宮の斗宿一・二・三度は、行限が亢宿の金度に到れば便ち是れ鬼関なり。軫宿九度を以て命を安んずる人は、胃宿土・柳宿土の内は皆忌む所に在り、もし軫宿十度を過ぎればすなわち害無し。鬼宿・觜宿・参宿の此の幾度は是れいわゆる虎口にして、真正に応に忌むを要す。参宿の度を以て命を安んずる人は、女宿の土を忌む。もし正好に此らの真躔の度に犯着せば、行限一たび到れば、必ず大災有らん。応験は影の形に随い响の声に随うがごとし。不過忌む所の処に忌星の上に圧する有ればすなわち重く、吉星の上に圧する有ればすなわち軽く、一概にして推す可からず。
六甲の空
如命限犯原空、流太歲又空,或限度主又空,決死而無疑矣。空命空限並空神,縱爾聰明志不靈,太歲加空來激限,南柯一枕夢泉扃。如土空則崩,木空則折,水空則流,金空則向火,空則發。大抵火空終歸煨燼,不如金空者妙。
もし命限が原盤の空亡に犯着し、流年太歳がまた空に逢うか、あるいは限主・度主もも空に落つれば、すなわち必死无疑なり。歌訣に說く、命もも空にして限もも空にして、再び空神を併上せば、たといお前が聡明人に過ぐるも、志向もも展開する能わず。太歳が空亡を加着して来りて行限を冲激すれば、就きて南柯一夢のごとく、転眼に便ち黄泉の門に入らんと。応に土は空に落つればすなわち崩塌し、木は空に落つればすなわち折断し、水は空に落つればすなわち流瀉し、金は空に落つればすなわち火に朝向し、火は空に落つればすなわち発作するを知るを要す。大抵火の空なるは終に帰して灰烬と化し、総じて金空の来ること妙なるに如かず。
四刑の忌
凡金騎人馬土埋雙女,火燒牛角木打寶瓶,命限逢此怒星者,決死之道也。四刑三忌亦非良怒處,行兇逞惡強星怒,得時空有救,行逢怒殺豈為祥。此四者賤格之謂,寅為人馬,已為雙女,酉為金牛,子為寶瓶,遇此則為刑忌。
いわゆる「金騎人馬」「土埋双女」「火焼牛角」「木打宝瓶」の此の四様は、命限が此の種の発怒の星に碰上せば、すなわち是れ必死の道なり。歌訣に說く、四刑三忌は皆好き事に非ず、怒星の所在する処は便ち凶を行い惡を逞ぶ。たといそれが時を得令を得て、空に落つるも還って救有るも、行限は一旦怒殺に逢上せば、豈に還って吉祥を談ずるに足らんやと。此の四様は皆下賤の格に属す。寅宮は是れ人馬にして、巳宮は是れ双女にして、酉宮は是れ金牛にして、子宮は是れ宝瓶にして、此らに遇上すれば便ち刑忌と成る。
值難枵
值者,正二太陽之類也;難者,八殺宮主也;枵者,天囚天耗也。且如宮身度主犯此三端者,或值難度中安身命,或又限行此惡星,再加流星迭逢,如雪上加霜,必死無疑也。枵神莫近命身宮,碌碌,浮生一世窮,值難相刑猶可畏,莫教限犯死囚凶。一云:八殺宮主,即疾厄之宮主也。
いわゆる「值」とは、是れ正月・二月の太陽の此の一類なり。いわゆる「難」とは、是れ八殺宮の宮主なり。いわゆる「枵」とは、是れ天囚・天耗の両星なり。仮如宮主・身主・度主が此の三様に犯るか、あるいは值・難の度の上に身を安んじ命を安んずるか、あるいは行限がまた此らの惡星の上に走り到りて、再加流年の星が層層畳遇すれば、就きて雪の上に霜を加うるがごとく、必死无疑なり。歌訣に說く、枵神は命宮身宮に靠近するを要せず。否らば一生碌碌・浮生して老に到りて皆窮せん。值と難とが互相刑剋して已に畏る可し。更に行限をして再び死囚の凶に犯上せしむるを要せずと。別に一説有り。八殺宮主とはすなわち是れ疾厄宮の宮主なり。
怒失令
凡春土、夏金、秋木、冬火為黑道之星,又為休廢之曜,命身度主躔於此上,彼無力我何施,終是不祥,如限路值此,為災莫大,無生旺恩星解救者,死無疑矣。須知失令怒生嗔,黑道無光闇昧,身限主無情君切忌,無常一到作泉人。謂失令者,亦猶人之失時,作事不通,手足無所措也,失令即無權也,東不遇而西不偶,惟枕泉石而樂幽林可也。
およそ春天の土・夏天の金・秋天の木・冬天の火は、皆是れ黒道の星にして、も是れ休囚廃棄の曜なり。命主・身主・度主が此の上頭に躔行すれば、それは自身すでに力無く、我は又は何を施展する能けんや、終究祥ならず。もし行限の路の上に正に此の星に值すれば、災禍は此より大なるは無く、再び生旺の恩星の来りて解救する無ければ、すなわち必死无疑なり。歌訣に說く、須く失令の星が発怒生嗔し、黒道は光無くして而して昏暗なるを知るべし。身主と限主とがすでに無情なれば、お前は務めて切に忌むべく、無常は一たび到ればすなわち泉下の人と成ると。いわゆる失令とは、も就きて人の時運を失うがごとく、事を做れば通ぜず、手脚は皆安んずる所無し。失令とはすなわち是れ権柄無きにして、東辺は遇合せず西辺は投縁せず、只好泉石に枕き幽林を以て楽と為すのみ。
煞は煞を畳む
如限見原天雄,再犯流天雄,並的刃劫亡等殺是也,故云:刃並天雄劫加地雌限路危則亡,生喪魄,依此仿之驗矣。天雄的劫刃宮中,怕迭流年太歲沖,禍起蕭牆生百出,官災死敗轉為凶。蕭牆,門屏也,言禍起蕭牆甚近也。
例えば行限が原盤の天雄星に遇上し、又は流年の天雄に犯り、再び的殺・陽刃・劫殺・亡神の此らの煞を併上すれば、すなわち是れ煞の上に煞を加うるなり。故に說く、陽刃は天雄を併着し劫殺は地雌を加えて、行限の路は一たび危険なればすなわち応に命を喪うべく、生くるもも応に魂を失い魄を落とすべしと。此に依りて類推せば、屢試すれば屢験せらる。歌訣に說く、天雄・的殺・劫殺・陽刃が一宮の中に聚まれば、最も再び流年太歳の来りて冲するを畳上するを怕る。禍事は門屏の内より生出し、百般紛起し、官司・死喪・敗落、様様皆転じて凶と成ると。蕭牆とはすなわち是れ門内の屏風にして、禍蕭牆に起こると說くは、是れ禍患の眼前に近きを形容するなり。
