至寶論(李某問答)
作盤ガイド: 八字作盤
昔時大仙觀命、觀星,皆非泛論人之賦命,稟天地造化之樞機,故曰天命。果老大仙,夜觀星象,日論五行,以為指要,而成其文,能易曉也。且論天經、地緯,夾拱不離者為貴。有甲寅生人,亥宮立命,木星在子,水星在戌,命躔壁度,坐天門之上。此是經緯夾拱,今為商賈之人何也?
従前、大仙の命を看る星を看るは、皆泛泛に一人の禀賦を議論するに非ず。人の受くる所は天地造化の枢機なり。故にこれを「天命」と呼ぶ。果老大仙は夜に星象を観察し、昼に五行を推論し、要領を整理して文字と作し、人をして容易に明白ならしめんとす。すなわち天経・地緯のこの一対を言う。両星が命宮を夾拱して相離れざれば、貴を主る。しかるに甲寅年生まれの人有りて、命宮は亥宮に立ち、木星は子宮に在り、水星は戌宮に在り、命度は壁宿に躔し、正に亥宮天門の上に坐す。これ分明に経緯夾拱の貴格なるに、何を以てか此の人はただ一個の商販を為したるや。
老仙聞之,一哂而言:子知其一,不知其二。此水木分明、經緯然也。斯命坐於劫殺,水漂白羊之宮,木入齊瓶之地。何況水木乃我所用,水為田宅之主,曜來傷財帛,木為官祿之用星,又損福德。以子丑二宮皆屬土言之,故為傷福。水木又為宮度之主,得用受損,入格破局,豈可概論。若使水子木戌,非此論也。
老仙これを聴き、笑いていう、汝はただその一を知りてその二を知らず。この命の水星木星は確かに分かれて清楚にして、確かに経緯の象に合す。しかるに命宮は正に劫殺の上に坐し、水星は漂流して戌宮白羊の地に至り、木星はまた子宮宝瓶の郷に落ち入り、両星は皆その所を得ず。況んや水木は本は我の用いんと欲する所にして、水は田宅宮の主にして、それの此の来るは却って財帛を傷め、木は官禄宮の用星にして、それの此の落つるは却って福徳を損す。子・丑の両宮は皆土に属し、土は能く水を剋しまた木に剋さるを以て、故に福を傷めるという。水木はすでに宮主また度主にして、本は用を得べきに、如今却って傷を帯びて入り、格に入ると雖も、実際はすでに局を破れり。怎んぞ一概に論ずることを得んや。倘若し両星を対調して、水は子宮・木は戌宮に在らしめば、すなわちこの断法に非ざるなり。
又辛卯生人,命立卯宮,木在寅,金在辰,金為天經星,木為地緯星,二星入垣,夾拱得地,為上格;不克不沖,不生不破為中格;拱夾破局失垣為下格。又值斗杓指破者是也。但經緯之理四,餘可用。
再び一つの辛卯年生まれの人を看よ。命宮は卯宮に立ち、木星は寅宮に在り、金星は辰宮に在り、一前一手して命宮を当中に夾む。その中、金は天経星、木は地緯星、両星は各々垣に入り、夾拱もまた皆地を得。これすなわち上格なり。もし両星がすでに相剋せずまた相沖せず、しかるもまた相生せず局を破らず、ただ平平に夾むのみなれば、あれは中格なり。もし拱夾の形勢は在ると雖も、格局すでに破れ星また垣を失わば、便ちあれは下格なり。再び斗杓の指し来る冲破に趕うれば、更に等の下に之るなり。同じ「経緯夾拱」の四個字も、その中の道理は却って好幾層に分かる。其余の各例は皆この思路に照らして以て用うべし。
又問:斗杓之地,安身立命為富貴之良也。且有戊寅正月巳時生人,命坐酉宮,斗柄之中乃一寒儒,生平不富不貴,何也。果老曰:然,寒士之格也,命居於敗鄉,地耗破碎,守照得斗杓,為聰明文善之人,若欲富貴,科甲,候之皓首無矣。又有甲戌生於十月丑時,寅上立命,值斗杓兼祿勳長生,得局入格,此為上格貴命矣;無貴祿,守命得生旺宮,亦為中格;有劫刃耗的相刑,則為下格。嫌值經緯破局。
李氏また問う、斗杓の所在の地は、身を安じ命を立つるに本は富貴の好去処なり。しかるに戊寅年正月巳時生まれの人有りて、命宮は酉宮に坐し、正に斗柄の中に落ちるも、却って一個の窮酸の書生にして、一辈子富まずまた貴からず、これは何を以てか。果老がいう、然り、これ正に寒士の格局なり。彼の命宮は沐浴敗地に坐し、また地耗・破碎の两煞有り、不過守照の処に斗杓を得たるのみ。故に人と為りて聡明にして文墨を擅む。もし富貴科甲を指望せば、すなわち白頭に至るまでも有ること無からん。別に一個の甲戌年十月丑時生まれの人有りて、命宮は寅宮に立ち、すでに斗杓に值し、また禄勲と長生とを兼ね、局を得また格に入る。これすなわち上格貴命なり。もし貴人と禄星と無くして、ただ命を守る処に長生帝旺の宮を得たるのみなれば、あれも中格と算す。もし更に劫殺・羊刃・耗煞・的殺の来りて相刑する有れば、すなわち下格に落ち到る。この一格の最も忌む所は、すなわち天経地緯の来りて局を破るに碰上することなり。
又問:卦氣在身命宮者主榮,反為執鞭墜鐙之人,何也。果老曰:可詳驗之,若非劫刃、雄雌拱夾,命位亦是天耗地耗,守照身宮,要知用此為榮,則於斗杓相似。又問:唐符、國印守命為奇,且如丙辰生人,安命在丑月,身在子,唐符在身,國印在命,不富不貴,何也。答曰:甲寅旬中子丑空亡之地,土空則崩,何富貴之有。
李氏また問う、卦気が身宮命宮に落つるは本は栄顕を主るに、何を以てか却って人の為に鞭を執り馬を牽くの仆役に淪落する者有るや。果老がいう、これは仔細に査験を要す。もし劫殺・羊刃・天雄・地雌の来りて拱夾するに非ざれば、すなわち命位の上に別に天耗・地耗の身宮を守照する有るなり。卦気の能く栄顕を帯び来るや否やを知らんと要せば、道理は斗杓と同一なり。本身は吉なりと雖も、凶煞に壓せらるれば便ち発し出す能わず。李氏また問う、唐符・国印の命を守るは本は奇格にして、例えば丙辰年生まれの人は、命宮は丑宮に安んじ、身宮は子宮に在り、唐符は身宮に落ち、国印は命宮に落つ。何を以てか此の人は富まずまた貴からざるや。果老答えていう、丙辰は甲寅の一旬に属し、この一旬の裏、子・丑の両宮は正に空亡の地なり。丑宮は土に属し、土は一たび空に落ちればすなわち崩塌せん。どこに更に富貴の言うべき有らんや。
又問:陰注陽受,身命守之,則可化凶為吉,更兼吉曜,乃是名利之人,且有庚辰四月卯時生人,立命酉上,注受之地,犯刑而死者,何也。老仙曰:此金為陽刃之殺,又值咸池居命甲戌旬中無申酉,將何為美。豈不因酒色之中,而害己亡身也。
李氏また問う、陰注陽受のこの位置は、身宮命宮がこれを守住すれば能く凶を化して吉と為し、もし更に吉曜を兼有れば、便ち名有り利有りの人なり。しかるに庚辰年四月卯時生まれの人有りて、命宮は酉宮に立ち、正に注受の地なるに、却って刑法を触犯して以て死す。これは何を以てか。老仙がいう、庚年は酉を以て陽刃と為し、此の人の命宮の所在の酉宮は、金正に陽刃の煞なり。又碰上して咸池桃花もまた命宮に居り。況んや庚辰は甲戌の一旬に属し、この一旬は申・酉に空あり、命宮恰好落空す。すでに刃また桃花また空亡に落つ。どこに更に一点の好处有らんや。かかる命は、豈に正に酒色の中に於て自己を害し性命を送掉せんとするに非ずや。
又問:天馬地驛,吉凶何以參詳。答曰:歸垣入廟則吉,遇貴祿者最妙,得長生旺相猶美,嫌值空亡不宜,天耗地耗休囚死絕,又忌克戰刑沖。又問:天地人三元,禍福何以取用。答曰:或為官福之星,或會命度之主,或遇田財,會此之間皆美,當詳十干變曜,又看入垣升殿。且如三元皆會官福,則為貴格;會田財,則是富翁;會命度,主滿用,猶奇。中間駁雜,必細推詳。
李氏また問う、天馬・地駅の両星の吉凶は怎んぞ参詳すべきや。答えていう、それらは垣に帰り廟に入れば則ち吉、貴人星・禄星に遇上すれば最も妙、長生・旺相の気を得れば更に美。最も嫌うは空亡に落ち入るにして、また天耗・地耗と同処するを宜しとせず、あるいは休・囚・死・絶の地に落ちるも然り。別にまた他星と剋戦刑沖するを忌む。李氏また問う、天元・地元・人元のこの三元は、禍福は怎んぞ取用すべきや。答えていう、三元はあるいは官禄福徳の星に充当し、あるいは命度の主と会合し、あるいは田宅財帛と相遇し、会してこの幾処に在るは皆美と算す。取用する時は細かに十干変曜を査し、またそれが入垣升殿有るや無きやを看るを要す。例えば三元が全て官禄福徳に会すれば、すなわち貴格。全て田宅財帛に会すれば、すなわちあれは富翁。全て命度に会して満用を湊成すれば、更に奇特と為す。もし三元の間に駁乱を夾雜せば、すなわち必ず仔細に推詳せねばならず、草率に論断する能わず。
又問:壽元星照本家,何以取斷。答曰:壽元星居於命位,宜臨祿貴生旺之方,乃為吉,論不雜者尤妙。又問:官朝陽不貴者,何也。答曰:格局高強,更兼官祿朝陽,則為至貴。若命元弱矣,縱官主朝陽,有何補焉。
李氏また問う、寿元星が自己の本宮を照臨するは、怎んぞ断ずべきや。答えていう、寿元星が命位の上に落ち、最もよくまた禄位・貴人位および長生帝旺の方に臨めば、これ始めて吉と算す。もしそれが雑曜と相混せざれば、すなわち更に妙なり。李氏また問う、ある命は官星が太陽を朝拱するも、併し顕貴ならず、これは何を以てか。答えていう、必ず格局の本身の高強なるを須し、加えるに官禄の星の太陽を朝拱すれば、あれ始めて至貴なり。倘若し命元の本身衰弱すれば、縦い官主の前に往きて朝陽するも、また何を補い得んや。見るべし、諸般の好格は皆命元の強旺を以て前提と為すを。命弱ければ則ち好格も落空す。
評人生禀賦分金論(李某問答)
先生曰:賢愚壽夭,豈今日為然。太古之世,號為洪荒,而人也,固有壽夭焉。蓋拘於氣稟之始,而不知氣稟之所以終。前輩天綱,對李?言,號為善知天文象緯。象星也,以二十八宿為經,以十一曜為緯也。曾會諸星宿於竺羅。竺羅,山名也,在天西北,即竺羅國是也。夜半諸星聚此,李袁二士曾遊彼處,察禍福尤病鳶魚。鳶飛戾天,魚躍於淵,言天綱、察禍福,如天淵懸隔也。及得予旨,得吾秘旨,方知用宮主為非。
先生がいう、人に賢有り愚有り、寿有り夭有り、豈にただ今にして然るのみや。上古洪荒の世、人は一様に長寿有り短命有り。これ皆禀気の初めに拘限せられ、ただ人はこの股の気が最終にどこに走向するかを明白せざるのみ。(以下の夾注は後人の文に随いて加えたる所にして、正文と相間ふ。)前輩の袁天罡は曾て李氏に対していいし、彼は天文象緯に精通すると号す。いわゆる「象」とはすなわち星にして、二十八宿を以て経と為し、十一曜を以て緯と為す。彼はいう、曾て竺羅に於て諸星宿に会見せりと。竺羅は山名にして、天の西北方に在り、すなわち竺羅国なり。夜半里に衆星は皆そこに聚る。李・袁の二人は曾て此処を游歴せり。しかるに彼の祸福を察断するや、毛病はすなわち「鳶魚」の別に在り。鳶は天に飛び魚は淵に躍るとは、袁天罡の祸福を察するに、高下は天淵の遠きがごとき懸隔せりという。彼が我が旨要を領受するに至るに至りて、始めて単に宮主を用いて以て論断するは不对なるを知れり。
宮主者:子、丑、土、寅、卯、木、卯、戌、火、辰、酉、金、巳、申、水、午、日、未、月是也。以度主為是。度主者:即四日度、四月度、四木度、四火度、四土度、四金度、四水度。先生曰:開元間,唐朝年號,李?期我于衡廬,果老所寓處,果命氣稟井木犴,氣稟即命躔井木度,行限屢周天度,屢周限行數次,今左旋於亢。以宮言之,自子至丑,自寅至卯,謂之左旋;以度言之,自角至亢,自氐至房,謂之右旋。昨夜火逼金龍,逼克也,此言限到亢金,昨晚流火克金。太白今午,太白金星今日午時,合退於辰,火金交戰,必有大難。
いわゆる宮主とは、すなわち子丑の両宮は土に属し、寅卯は木に属し、卯戌は火に属し、辰酉は金に属し、巳申は水に属し、午宮は日に属し、未宮は月に属するのこの一套なり(底本の此処の「寅卯」は「寅亥」と作すべし)。先生の主張は応に度主を以て準と為すべし。いわゆる度主とは、すなわち四つの日度・四つの月度・四つの木度・四つの火度・四つの土度・四つの金度・四つの水度なり。先生がいう、開元年間(開元は唐朝の年号)、李氏は我を衡廬に約して相会せし(あれは果老の寄居する所)。我自己の命は気禀の井宿井木犴にして(「気禀」とはすなわち命の井宿の木度に躔するをいう)、行限はすでに周天を繞ること好幾輪(すなわち限行の数次)、如今左に旋りて亢宿に到れり。宮に就いて論ずれば、子より丑、寅より卯を左旋と呼ぶ。度に就いて論ずれば、角より亢、氐より房を右旋と呼ぶ。昨夜火星は亢金龍に逼近せり(「逼」とはすなわち剋にして、限行の亢宿の金に属する処に到り、昨晚流火の来りて金を剋するをいう)、太白金星は今日午時また合して辰宮に退かんとす。火金交戦し、我必ず大難有らん。
限宮限度皆被其傷,我當化象,披髮仗劍,太乙以禳之。太乙乃仙家祈禳之法也。言未畢,言之未終,明皇果詔試之。試以長生之術真假,飲以毒藥酒三杯,上賜酒不敢違,醺然若醉。似覺昏迷。先生曰:非佳酒也。頃之齒皆焦黑。果以手執鐵如意,擊之,齒皆落矣。假寐少時,齒再復生。時神其術。
限宮と限度とは皆火金の交戦に傷せられ、我はただ形象を変化して、頭髪を披散し手に宝剣を持ち、「太乙」の法を用いて以て禳解するのみ(太乙は仙家の祈禳の法術)。話なお說き尽さざるに、唐明皇は果して詔を下して来りて彼を試さんとす。試するは彼の長生の術の真假なり。彼に三杯の毒酒を賜う。皇帝の酒を賜うは違抗するを敢えてせず。果老は飲み下して便ち醺然として醉うがごとく、昏迷し去るに似たり。先生がいう、これは好酒に非ず。片刻の間、牙齒は皆焦黑せり。果老は便ち手に鉄如意を執りて牙を一一敲き落し、目を閉じて假寐すること一会儿、牙齒は重新たに長じ出づ。当時の人は皆彼の法術の神奇を以て為せり。この一段はすでに記事にして、また示範に在り。限宮限度の同時に傷を受くるや、凶険は幾許大なるかを。
李?再拜受教,請誨,問曰:福祿拱夾,福福主也,祿祿主也。三合曰拱,兩傍曰夾。其命必富耶,必貴耶。只知福祿拱夾,必富必貴。不知福祿拱夾,有貧有賤。先生曰:是淳風小兒之誣言也。言福祿拱夾之義,淳風仍未曾得之。
李氏は再三下拜して領教し、指點を請い、問うていう、いわゆる「福禄拱夾」とは、福は福徳の主を指し、禄は禄主を指す。三合遥抱するを拱と呼び、两旁緊挟するを夾と呼ぶ。かかる命は必ず富むか、それとも必ず貴しや。彼はただ福禄拱夾の一定に富を主り貴を主るを知るのみ、而して福禄拱夾にもまた貧賤の有るを知らず。先生がいう、これは李淳風のあの小子の胡說八道なり。見るべし、福禄拱夾の真義は、淳風もまた未だ得ざるを。同一の格局も、地を得ると地を失る・有情と無情とは、結果は正相反するを得べし。ただ死んだる一句の口訣を認むるのみなるべからず。
五星六曜:五星即木、火、土、金、水,六曜即日、月、氣、孛、羅、計。資我者吉,資者生也。傷我者凶,傷者克也,亦隨歲而變乎。此四句乃談星之骨髓,實果老之奧妙。且如金能克木,木為用神,若乙丑庚申生人,金掌刃雄,此謂殺中包刃,凶莫能解。其餘年分星殺,皆準此例推之。故予作羊刃六說,以並諸殺。宜細詳看,不可忽略。先生因取王勃命示之。勃乃唐之才子,年弱冠時作,滕王閣序,以此著名。
先生は接いでいう、盤上は共に五星六曜あり。五星は木・火・土・金・水、六曜は日・月・紫気・月孛・羅睺・計都。およそ我を資助するは則ち吉(「資」とはすなわち相生)、およそ我を傷害するは則ち凶(「傷」とはすなわち相克)、而してこの生剋の力量はまた流年太歳に随いて変化す。この幾句は星を談ずるの骨髓にして、実に果老の学問の奥妙の所在なり。例えば金は能く木を剋すも、而して木は正に我が用神なり。もし是れ乙丑年あるいは庚申年生まれの人なれば、金はまた羊刃と天雄とを兼掌す。これを「殺中包刃」と呼び、凶にして化解すること能わざるなり。其余の各年の星と煞とは、皆この例子に照らして以て推せ。故に我は羊刃六説を写し出し、諸般の凶煞を一併に帰攏す。応に仔細に研読すべく、忽略すべからず。先生はここにおいて王勃の命盤を取出して彼に看せしむ。王勃は唐代の才子にして、二十歳の上下に《滕王閣序》を写し、これに因りて名天下に満つ。
勃命坐翼,命躔翼火,水退朝陽於軫。水為官祿,退躔軫度,一為官祿,主朝陽;一為官祿,克命。木作援,援者,救也,水生木,木生火,氣又滋培奎壁之次。奎壁文章之府,氣星躔之對照於命,故其人秀而善屬文,木氣水日亦名文宿,以名立身,因官祿朝陽,故此得名也。以名敗身,水為祿主克命故也。金曜躔斗。金水二星,不離太陽前後三宮,此離太陽五宮者,抑恐唐朝曆法,與今之授時不同故耳。
王勃の命宮は翼宿に坐し、命度は翼火蛇。水星は退行して軫宿に於て太陽を朝拱す。水星は彼の官禄の主にして、軫宿に退躔し、ここにおいて一身に両重の身分を兼ぬ。一面は官禄朝陽にして、一面は官禄剋命なり。木星は旁に在りて援手と作す(「援」とはすなわち救にして、水は木を生じ木は再生して火を生じ、剋命の勢を転じて生命の勢と為す)。紫気はまた奎・壁の一帯を滋養し(奎壁は文章の府にして、紫気のそこに躔するは正に命宮に対照す)、故に此の人は清秀にして文章を写すに擅む。木・紫気・水・太陽もまた皆文宿と算す。彼は文名を以て身を立つるは、官禄の朝陽するを以てなり。彼はまた文名を以て身を敗するは、則ち水のこの禄主が同時に命を剋するを以てなり。金星は斗宿に躔す。此処に説明を要す。金水の二星は向來太陽の前後三宮を離れず、此処には却って太陽を離るること五宮の遠さ有り。恐怕是れ唐代の暦法と今天の授時暦との推算の同じからざるが緣故ならん。
限行井木,木為限度,對照受傷。斗木金克,復傷井木,大限行井,謂之頂度,孛羅一鋒一刃,孛掌鋒,羅掌刃,互爭勝負,兩相交戰,是年屬丁,此即亦隨歲而變乎,陽刃又臨,經云:無殺刃,豈能傷乎,惡死無疑,有何疑哉。子其待之。後果溺死,二十九歲。
再び彼の行限を看よ。限は井宿に走り、井木犴の木はすなわち限度の主にして、しかるにそれは正に対宮の冲照に傷を受く。斗宿の木はまた金に剋され、反って再び井宿の木を傷む。大限は井宿に行り、正にいわゆる「頂度」なり。限度が命度の頂頭上に撞き当たる。この時月孛と羅睺とは一は剣鋒を掌り一は羊刃を掌り、互いに勝負を争い両相交戦す。あの一年の天干は丁に属す。これ正に前面の「亦歳に随いて変ず」の話に応ず。陽刃はまた同時に頭に臨む。経にいう、「殺刃無くんば、怎んぞ人を傷つけることを得んや」と。如今殺刃は俱に全し。横死すでに疑う可き無し。先生がいう、汝は待ちて看よ。後に王勃は果して溺水して死し、年二十九歳なり。
?又引,天綱集曰:集經旨也。一生侘傺,失志貌。對宮怕逢羅火。因火羅對命之說未明,故設此以問。先生曰:是得其說,不知其所以說。只知其一不知其二。倘我命寶瓶女土之次,子宮女土蝠度,火羅旺午,對宮相生,得非福乎。自然有福,惟其命躔星日馬,星日太陽,怕逢火羅對照,日火爭光,所以為禍也。不言自明,若火命人,納音屬火,乃是自家星照,本家反為吉論。
李氏また袁天罡の書を引きて以て問う(《天綱集》は経旨を記録する書)、書の上にいう、一生潦倒失意(「侘傺」とはすなわち失志の様子)するは、対宮に羅睺と火星とに遇上するを以てなりと。彼は火羅の命宮を冲照するのこの一説をなお弄明白せざれば、故に拿て来りて発問す。先生がいう、この話は彼はただ皮毛を学び得たるのみ、其中の所以然を明白せず、依然としてその一を知りてその二を知らざるなり。仮に我が命が子宮宝瓶の女土蝠の度の上に落ち、火星と羅睺とが午宮に於て旺にして、午と子と対照し、午火は子土を生ずれば、豈に却って福に非ざらんや。自然に福なり。王勃のあの例の禍と為る所以は、彼の命の星日馬の度に躔するを以てなり。星宿は日に属し、すなわち太陽にして、太陽は最も火羅の対宮より照り来るを怕れ、日と火と光を争う。故に禍を成す。この道理は説かずして自ずから明なり。更に一層を進めん。もし生年納音の火に属する人が火羅に遇えば、あれは自家の星の来りて本家を照るにして、却って吉に拠りて論ずべし。
凡納音星,照命克命,不為忌也。四日度皆然,星房昴虛四日度也。又怕丑甲生人,丑生以火羅,為地雌,甲生以火羅掌羊刃,非夭則貧困之人也。此亦隨歲而變乎之論。先生曰:火躔昴,昴日金垣,天綱謂火燒牛角,酉為金牛故曰牛角,火命人不為忌,何也。納音是火不忌克命,蓋火即我也,火命人,火燒牛角,納音克命,乃我勢盛,星照本家,何傷之有。無自克自之理,其餘木虛,木打寶瓶,金尾、金騎人馬,土翼、土埋雙女,水婁、水泛白羊,皆可準此例推之。已上四星,若為納音之主,皆為星照本家,不忌論也。
およそ生年納音と同行の星は、たとい命を照り命を剋するも、忌と算せず。四つの日度は皆この道理なり(星・房・昴・虚すなわち四つの日度)。ただしなお年份を看るを要す。丑年生まれの人は火羅を以て地雌と為し、甲年生まれの人は火羅を以て羊刃を掌る。此の両種の人が火羅に遇うは、短命ならざれば則ち窮困なり。これもまた正に「流年に随いて変化す」のあの句に応ず。先生がいう、火星は昴宿に躔し、昴宿は日に属して而して所在の酉宮は金垣なり。袁天罡はこれを「火焼牛角」と呼びし(酉宮は金牛にして、故に牛角と称す)。しかるに火命の人がこれに遇うは忌と算せざるは何ぞや。納音の火に属する人は、火すなわち我自己なりを以てなり。火焼牛角は納音の命を剋すと雖も、実際は我の此方の気勢旺盛にして、自家の星の来りて自家の門を照るなり。何の損傷か言うべき有らん。天下に自己が自己を剋するの道理無し。其余は例えば木星の虚宿に躔するを「木打宝瓶」と呼び、金星の尾宿に躔するを「金騎人馬」と呼び、土星の翼宿に躔するを「土埋双女」と呼び、水星の婁宿に躔するを「水泛白羊」と呼ぶ。皆この例に照らして以て推すべし。以上の此の四顆の星は、ただ正に本命納音の主たれば、すなわち皆自家星が本家を照ると算し、忌に拠りて論ぜず。
先生曰:煽熾怕傷金位,煽熾火也火居辰酉,此天綱之言也。假使我命火,必不為忌。適楊國忠,貴妃從兄,丑時生子,昨夜丑時生男,命坐昴日,酉宮昴度,火羅兩夾,宮度兩傷,一為天雄殺,殺迭殺,一為羊刃星,凶並凶。又是咸池之地。即桃花殺也。?舉問:何如。先生曰:昨夜,客星犯金火,此火羅之驗也。先生又能觀天象,能知人事,恐後學者,不能如此精通。是子之壽,不出今日。果其夜不救。國忠神之,請詳己命。先生曰:是命泊處。泊者命安此也。雖得卦氣,官貴命無卦氣安能食天祿。身元坐刃,刃為殺首,而刃星又起逼命。逼命者克命也。吾論其富且貴者,何也。以度主祿主。
先生がいう、「熾烈の火は金位を傷るを怕る」(「煽熾」は火を指し、說くは火の辰・酉の両個の金宮に落つるをいう)、これは袁天罡の話なり。しかるに仮に我が本命が火に属せば、すなわち一定に忌と算せず。恰好楊国忠(楊貴妃の堂兄)が丑時に一個の児子を得たり。すなわち昨夜丑時生まれの男孩なり。この孩子の命宮は酉宮昴日鶏の度に坐し、火星と羅睺とは一左一右に夾住し、宮と度との両頭は皆傷を受く。その中の一顆は天雄の煞にして、煞の上に煞を加え、一顆は羊刃の星にして、凶の上に凶を加う。況んや此処はまた咸池の地、すなわち桃花煞なり。李氏はこの命を挙出して問うていう、如何なるや。先生がいう、昨夜客星の金・火を侵犯する有り、これ正に火羅の応験の徴兆なり。先生はすでに能く天象を観、また能く人事を知る。只怕るらく後学の人はかかる精通を為し到る能わざらんことを。この孩子の寿命は、今天を過ぐる能わず。果して当夜に救い得ず。楊国忠は之を視ること神のごとくし、便ち先生を請いて自己の命を細看せしむ。先生がいう、彼の命宮の落つる所の処に就いて論ずれば(「泊」とはすなわち命の此処に安んずるをいう)、卦気を得たりと雖も(官貴の命は卦気無くんば朝廷の俸禄を食む能わず)、しかるに身元は正に羊刃に坐し、刃は衆煞の首にして、刃星はまた起こりて命宮を逼剋す(「逼命」とはすなわち剋命)。然らば我は何を以てかなお彼のまた富みまた貴きを断ずるや。倚る所は度主と禄主となり。
度主,命度也。祿主,官祿也。起從陽於福德宮。言命主祿主,輔佐太陽於福德宮。而釣起又生本元,且三合對照,又有吉星以助之,然貴則貴矣,如此格高,則當貴顯,予未保其令終也。因身元坐刃,刃星又起逼命,故此不得其死。李?蹶起拜曰:請問所已。先生作色,對曰:後自知之,天機不可洩。後天寶年亂,果被陳元禮等所殺。先生曰:日,火也。太陽為火之精,月,水也。太陰為水之副,日,父也。日為君父,命從此出,月,母也。月為後母,身從此生,亦目之象。日為左目,月為右目,四日度坐命。
いわゆる度主とは、すなわち命度の主。いわゆる禄主とは、すなわち官禄の主。この両顆の星は一同に起こりて福徳宮に於て太陽に跟従し(意は命主と禄主とが福徳宮に於て太陽を輔佐す)、飛び起きたる後また回頭して本命の元神を生助し、加えるに三合対照し、なお吉星の相助有り。故に貴は真の貴なり。格局すでにかくのごとき高し、自然に顕貴に当たるを得。ただ我は敢えて彼の善終を得るを保せず。身元の羊刃に坐し、刃星また起こりて命を逼すれば、故に終竟好死を得ざるなり。李氏は猛然として身を起こし下拜していう、請い問わん、結局は究竟如何なるや。先生は顔色を変じて答えていう、以後汝は自然に知らん、天機は泄露すべからず。後に天宝年間の安史の乱、楊国忠は果して陳玄礼らの人の殺す所と為れり。先生は又いう、太陽は火に属し(太陽は火の精華)、太陰は水に属す(太陰は水の副貳)。太陽は父なり(太陽は君父を象徴し、命は此より出ず)、太陰は母なり(太陰は后母を象徴し、身は此より生ず)。日月はまた眼目の象なり。太陽は左目と為り、太陰は右目と為す。下面就くは四つの日度を以て命に坐するの情形を講ず。
星日馬,房日兔,昴日雞,虛日鼠,四日度也,以日為主。晝生忌火羅,火羅與日爭光,火為羊刃,掌刃愈凶,羅為岐鋒,並鋒尤惡。岐字未詳,或曰山名。不曰早喪父,火刃逼陽,亦主傷盲,必損其目。四月度坐命,張月鹿、危月燕、心月狐、畢月烏,四月度也,以月為主。夜生怕土計,土計卻能掩月,土計是羊刃殺。此謂之殺迭殺凶不可解。亦同此推。不曰早喪母,亦主傷盲。
星日馬・房日兎・昴日鶏・虚日鼠、この四つは日度にして、太陽を以て主星と為す。昼に生まれた人がこの四度に坐するは、最も火星と羅睺とを忌む。火羅は太陽と光を争わんと欲するを以てなり。火星もし羊刃を兼掌せば更に凶、羅睺もし岐鋒を兼作し剣鋒と併せ処れば更に悪し(「岐」の字の含义は詳ならず、或る人は山名という)。かかる命は、早年に父を喪うか、すなわち火刃の太陽を逼迫して以て眼目を傷及し、甚至失明せん。再び四つの月度を以て命に坐するを言う。張月鹿・危月燕・心月狐・畢月烏、この四つは月度にして、太陰を以て主星と為す。夜に生まれた人がこの四度に坐するは、最も土星と計都とを怕る。土計は能く月光を遮掩するを以てなり。もし土計がまた羊刃の煞を兼ねば、すなわちあれは煞の上に煞を加え、凶にして化解する由無し。断法は日度のあの一套と同じく、早年に母を喪うに非ざれば、また眼目の傷を受くるを主る。
因指張巡命視之。彼命坐心月狐,今限歷張月鹿。計掌刃星,在張月度之前。土為岐鋒,攻於後。土為鋒殺,在張月度之後,使其背行稍可。土前計後,相背不相向乃可,否則往來交斗,若計前土後,相向,不相背而斗,能脫此乎。蓋土順行,計逆行,兩相迎斗,焉能脫此。?曰:時方貴盛,正當權要。先生曰:貴盛可勝天乎。其能如天命何,天寶二載,天寶二年,刃殺復隨,刃並,流計加踏,更迭計星,必死於兵。
先生はここにおいて張巡の命盤を指し示して彼に講じ示す。張巡の命宮は心月狐の度に坐し、眼下の行限は張月鹿の度に走り到れり。計都は刃星を掌り、位置は張宿月度の前面に在り。土星は岐鋒と作し、後面より攻め上る(土星は鋒煞にして、張宿月度の後頭に落つ)。仮にそれらをして背向に行かしめばなお稍支撑する可し。土は前に計は後に、彼此相背して相向わざれば、あれはなお罷む。如今は却って計は前に土は後にして、両星は迎面して相向い往来交斗す。怎んぞ身を脱することを得んや。土星は順行し計都は逆行して、正好迎頭に相撞ずるを以て、どこにか躲れ開くべき。李氏がいう、しかるに張巡は此刻正に貴盛勢を得て、身は要職に居れり。先生がいう、貴盛は能く天に勝たんや。彼はまた能く天命を怎んぞせん。天宝二年に到れば、刃煞はまた跟いて来り、流年の計都は再び壓し上げ、必ず兵禍に死せん。
命限兩傷,刃鋒並踏,果死祿山兵手。?曰:敢問四木者,何也。日、月、木、火、土、金、水佈列於二十八宿,皆有其四。先生曰:角斗奎井:角木蛟、斗木獬、奎木狼、井木犴,為四木是也。遇此安命,以木為主,金曜強健,金能克木,則木危矣。命主受傷,木既危,則剝床以膚我,豈免於患乎。易曰:剝床以膚,凶切,近災也。若此命者,如此之格,必壞祖破家,傾家蕩產,從木得地,雖命主起強,亦須先破而後成。必須先難而後獲也。
命宮と行限とは両頭皆傷を受け、羊刃と剣鋒とは一斉に踏み来る。張巡は後に果して安禄山の兵刃の下に死せり。李氏がいう、請い問わん、いわゆる「四木」とは何物なるや。原来日・月・木・火・土・金・水の七政は二十八宿の上に分布し、每一曜は各々四宿を占む。先生がいう、角・斗・奎・井のこの四宿、角木蛟・斗木獬・奎木狼・井木犴は、すなわち四木なり。命宮がこの四度の上に安んぜられれば、すなわち木星を以て主と為す。倘若し金星が強健なれば、金は能く木を剋し、木はすなわち危険なり(命主の傷を受くる)。木すでに危険なれば、すなわち《周易》の剥卦のいう所の「剥牀以膚」のごとく、凶険はすでに身に逼到り、怎んぞ災患を免れんや。(《周易》剥卦の六四爻辞「剥牀以膚、凶」、意は災禍の切近するをいう。)かかる命格は、必ず祖業を敗壊し家産を傾蕩す。たとい木星が別に地を得命主が重新たに強く起るも、また先に破れて後に成し、先に一番の艱難を経て始めて收穫有るを要す。
?曰:請問四火,翼火蛇、觜火猴、室火豬、尾火虎。先生曰:舉一隅,必以三隅反。舉一可知其三,四火宜木盛,木為火母,木氣強,母強子旺,則壽堅福壯;如此格者福壽崇高,木氣弱,彼無力我何藉,而火躔得所,雖命元得地,只是清淡之士,主清閒而淡薄,火又弱,不旺相,失經失次。失經火,居水度,失次火,入水宮,只為貧賤之人。如此者,貧窮下賤之人。
李氏がいう、請い問わん、四火はどの四宿なるや。答案は翼火蛇・觜火猴・室火猪・尾火虎。先生がいう、一隅を挙げれば応に三隅を以て反推すべく、一様を説き出せば便ち其余の三様を推知する能うべし。四火に坐命するは、宜しく木気の旺盛有るべし。木は火の母親なるを以てなり。木気一たび強ければ、母強く子旺して、人は寿数堅固にして福分壮実なり(かかる格局は福寿崇高)。もし木気衰弱せば、母親力無くして、我はまた何に倚り頼まんや。この時縦い火星の躔するは其の所を得命元もまた地を得ると算すも、不過一個の清淡の士に過ぎず(一生清閑にして淡泊)。倘若し火の本身また弱く、すでに旺相せず、なお経を失い次を失わば(「失経」は火の水度の上に落つる、「失次」は火の水宮の裏に落つるをいう)、すなわちただ一個の貧賤の人を為すのみ。
四土:柳土獐,女土蝠,氐土貉,胃土雉;四水:軫水蚓,參水猿,箕水豹,壁水俞;四金:亢金龍,鬼金羊,牛金牛,婁金狗;皆準此論。凡坐命於此四土、四水、四金度者,皆同前四木、四火之例而推。?拜謝曰:命之矣。命者受敬也。先生袖出天圖,指示曰:天圖即命圖也,指示乃指教也。
四土は柳土獐・女土蝠・氐土貉・胃土雉、四水は軫水蚓・参水猿・箕水豹・壁水俞、四金は亢金龍・鬼金羊・牛金牛・婁金狗。此の幾組は皆同様の道理に照らして以て論ず。およそ命宮が四土・四水・四金の度の上に坐する人は、皆前面の四木・四火の例に比照して以て推せ。まず本行の是れ母気の滋養を得たるや否やを看、再び我を剋する星の強旺の有無を看、最後にそれが経を失い次を失うや否やを看よ。李氏は拜谢していう、領教せり(「命之」は教を受け敬を致すの意)。先生は便ち袖中より天図を取出し、指し点じて彼に看せしむ(天図はすなわち命図、「指示」とはすなわち指教)。
爾命泊軫,爾命即李?命,以水為主,命主水星,計攻水於奎。攻者,戰克也,言命主被克。天綱謂水泛白羊,此言命主失陷也。水勢盛,水居火位,我去克彼,故曰勢盛。復梗於計,梗謂相敵,計雖強,指火宮言而有所黨,又困於奎木,奎木克計乃曰為困,倘得金在奎,即計生金金生水,從水必發,展轉相生方許發達,但金起遠,遠者不在本宮度也。只為清貧之士。由此清貧可知,四十七歲限行參度,行申限參水度,必不在人世。決死無疑,?曰:何也。何故而死,土躔參水,限度已壞矣。命限兩傷故此而卒,餘仿此推。
先生がいう、汝の命宮は軫宿に落ち(此処に說くはすなわち李氏本人の命)、水星を以て主と為す(命主は水星)。計都は奎宿の上に於て水星を攻撃し(「攻」とはすなわち戦剋にして、命主の剋せらるるをいう)、袁天罡はこれを「水泛白羊」と呼びし。說くは正に命主の失陷なり。水の気勢は本来盛なり(水は火位に落ち、我の往きてそれを剋するにして、故に勢盛という)も、却って計都に梗阻せられ(「梗」とはすなわち相敵抗衡にして、計都強なりと雖も、それの所在する火宮に於て党助を得るに就いて言うなり)、同時にまた奎宿の木に困せらる(奎木は計を剋す。故に困という)。倘若し能く金星の奎宿に落ちる有らば、すなわち計都は金を生じ金は再生して水を生じ、水のこの一路に順えば必ず発達せん。展転相生してこそ発達を談ずるを得べし。可惜し金星の起躔は遠し(「遠」とは說くは本宮本度の上に在らざるをいう)。故に汝はただ一個の清貧の士を為すのみ。此より清貧の結局はすでに預知すべし。四十七歳に行限は参宿の度に走り到り(申宮の参水猿度)、汝は必ず人世に在らざらん。死は疑い無きなり。李氏問うていう、これは何を以てか。答えていう、土星の参水の上に躔するを以て、限度はすでに壊れたり。命と限とは両頭俱に傷み、故に此に於て終る。其余の各命は皆この办法に照らして推せ。
其餘水、土、火、金、日、月等星受克者,限行頂度處,必死。其論看倒限篇詳矣。先生曰:世人得袁公旨,袁公,袁天罡也,言得其秘旨。皆以行限,視度之休危。看人休咎危亡,皆以限度而論。假如命度角木,以木為主,到軫水,為吉;命木限水受生故也。到翼火,為凶。命木限火竊氣故也。殊不知當生水星,壯旺為福,否則而凶危矣。
其余の水・土・火・金・日・月の各星は、およそ本命の主の剋を受くる者は、行限が「頂度」に走り到れば、すなわち限度の命度の頂き上るあの一処、必ず命を喪わん。この方面の議論は、〈倒限篇〉に詳見す。先生がいう、世人は袁公の旨要を得て(袁公はすなわち袁天罡、彼の秘訣を得たるを指す)、一概にただ行限に拠りて以て限度の是れ安なるや危なるやを看る(人の吉凶危亡を判断するは、全て限度に憑りて立論す)。例えば命度は角木蛟にして、木を以て主と為し、行限が軫水に到れば便ち吉と断じ(命は木に属し限は水に属し、水は木を生ずるを以て)、行限が翼火に到れば便ち凶と断ず(命木の限火に泄気せらるるを以て)。彼らは併し知らず、なお出生盤の上の水星の本身を看るを要するを。水星壮旺なれば、水限に行りて始めて福なり。水星もし壮旺ならざれば、すなわち却って凶険なり。
此言只知命度受生為吉,而不知命度受生為凶。何也。且如限行水度,以水為限,主必看水星起躔,垣廟壯旺則為福。論設使水星起躔,衰弱失陷,則為凶斷。餘皆仿此。倘若翼火起弱,亦不能竊我之木也。此言以命去生限度,為竊氣,乃凶。且如限行翼火,火星起躔,失次陷弱,亦不能竊我命木也。若火星,起躔高旺,則能焚我木也。餘準此推。先生坐大覺寺,坐寓於此,或指金剛命試之。以塑日為生。
これはすなわち言う。世人はただ命度の生を受くるを吉と為すを知りて、却って命度の生を受くるもまた凶と為り得べきを知らず。何を以てか。例えば行限が水度に走り到れば、すなわち水を以て限主と為す。必ず再び水星の本身の何の処に起躔するかを看るを須す。それが本垣あるいは廟旺の地に在ってこそ真に福なり。仮にそれの起躍する処が衰弱失陷せば、すなわち凶に拠りて来り断ずべし。別の星は皆此に照らして類推せよ。反って言えば、倘若し翼火の起躔する時の本身衰弱せば、それも我が木気を窃み取る能わず(此処に講ずるは命を以て限度を生ずるを以てなり、「窃気」と呼び、本は凶象に属す)。例えば行限が翼火に走り到り、火星の起躔が次を失いて陷弱せば、すなわち我が命中の木を窃む能わず。しかるに火星もし起躔高旺なれば、すなわち真に能く我が木を焼き尽さん。其余の各例は此に照らして推せ。当時先生は正に大覚寺に寄住し(すなわち寺中に住せり)、ある人は殿上の金剛像を指して来りて彼を考え、塑像の落成の日を以てその生辰と算しき。
以其塑像年月日時推排。先生不視,卻之。不看也,忽爐中風蕩,火星墮地。先生起而言曰:此寺不久人間,經旬灰於火。言十日後,必遭火焚也。?曰:先生因金剛命知之乎。問是因金剛命而知之。曰:否。適火星自爐中下,金剛命亦可試也。若論其命,亦可知矣。?課其命限,行虛日。虛日在子,太陽為用,羅申火辰,攻破日鼠。三合拱限,日怕火羅,限度被傷,其凶可決。曰:得非命乎。先生曰:是人命,亦惡死。設若是人命,亦主不得其死。?曰:何也。何故,今年天雄在子,天雄在限,陽刃在午,陽刃照限,餘準此也。
すなわち塑像の年月日時に拠りて盤を排す。先生は看もせずして、それを推し開けし。忽然として香炉の裏に風一蕩し、一点の火星が地上に落ちたり。先生は身を起こしていう、この座の寺廟は人間に待つこと長からず、十数天にして灰燼に化さん(意は十日の後必ず火災を遭わん)。李氏問う、先生は金剛の命より推し出したるか。答えていう、否、刚才のあの一点の火星の炉裏より落ち来るが我に告げたるなり。不過金剛の命もまた妨げず一試す。もし真に往きて推せば、同様に能く看り出さん。李氏はここにおいてその命限を排算し、行限は虚日鼠の度に走り到れり。虚宿は子宮に在りて太陽を以て用と為す。羅睺は申に在り火星は辰に在り、申・子・辰の三合は限宮を拱住し、一斉に子宮の虚日鼠を攻破す。太陽は最も火羅を怕れ、限度すでに傷せらるれば、凶険はすでに断定すべし。李氏がいう、これ莫非れそれの命数なるか。先生がいう、これもし活の人の命なれば、も同様に横死の象なり(もし人命に換え作せば、同様に善終を得ざるを主る)。李氏問う、何を以てか。答えていう、今年天雄は子に在りて正に限の上に壓し、陽刃は午に在りてまた対宮より限を照るを以て。其余の各例は皆この办法に照らして推せ。
大凡論人命限,皆可仿此推之。李?試一人,試看何如,命坐氐土度,卯宮氐度,金守照為飛廉之主。月廉殺主,不宜起守命垣。何以能延。言其何不損壽,先生曰:爾乃專以苟見,苟略也,自謂苟且之見。而不知甲辰火命人,納音屬火,豈有畏於飛廉金乎。是我克廉非廉克我,若木命人,的不能延,納音屬木廉金克我,今限行井木,木為限主廉金傍克,飛廉、月符、官符同守照,是謂諸煞並踏,又加流星等殺,乃曰眾殺相攻,問之,此人已在囹圄中矣。囹圄古之牢獄。
およそ人の命と限とを推論するは、皆この办法に照らす可し。李氏は一個の人の命を拿て来りて試問す。この命は氐土貉の度に坐し(卯宮の氐宿)、金星の守照有るも、而して金正に飛廉の主なり(飛廉はすなわち月廉の煞主にして、本は起きて命垣を守るに宜しからず)。かくのごときは何を以てかなお寿を損せざるや。先生がいう、汝のこれはただ粗略の見に憑るのみ(「苟」とはすなわち苟且草率)、而して知らず、此の人は甲辰年生まれ・納音は火に属する人なり。どこにか飛廉の金を怕るるを得んや。これは我の往きて飛廉を剋するにして、飛廉の来りて我を剋するに非ず。仮に換え作して納音の木に属する人なれば、すなわち確かに生くること長からず。木命が廉金に遇うは正に金の来りて我を剋するを以てなり。如今彼の行限は井木の度に走り到り、木は限主にして、飛廉の金は旁より来りて剋し、飛廉・月符・官符また一同に守照す。これを「諸煞併踏」と呼ぶ。加えるに流年星曜等の煞、すなわちこれを「衆殺相攻」と呼ぶ。一問の下に、この人は果してすでに牢獄の裏に関せられて在りき(「囹圄」とはすなわち古時の牢獄)。
先生曰:汝知天罡之語乎。問?可知天罡語句否。劫刃地雌見夫星,劫殺羊刃,地雌怕居夫位於妻元。揚鞭再醮。鞭,絲鞭也。古者,公主招婿,執之可意者,投之。揚鞭者,女子將嫁,其母以酒醮之,曰:必敬必恭,相汝夫子。再醮,言再嫁其夫。或命坐空亡,六甲空地,妻宮為氣羅所傷。
先生がいう、汝は袁天罡のあの句を知るや。「劫刃地雌見夫星、揚鞭再醮」と。意は劫殺・羊刃と地雌の三者は、最も女命の夫宮あるいは妻元の位に落つるを怕る。「鞭」は絲鞭を指す。古時公主の駙馬を招選するに、手に絲鞭を執り、誰かを看中すればすなわち鞭を誰に投げ与う。「揚鞭」は女子の将に出嫁せんとするに、母が酒を以て彼女の為に醮礼を行い、囑咐していう「必ず敬し必ず恭しく、好く汝の丈夫を輔助せよ」と。「再醮」はすなわち再び一嫁するなり。故にこの句は說くは、女命の夫宮が劫刃地雌を犯上せば、必ず改嫁を主ると。あるいはまた命宮が正に空亡に坐し(六甲旬中の空の地)、妻宮が再び紫気・羅睺の傷む所と為るも、また同様の応験なり。
經云:水遇孛、氣,緇黃娼妓。嗣宮天雄及孛會。經云:五宮逢孛,男女虛花。皆主孤克。合此者必主孤孀,若嗣主受傷,餘氣強健,必有繼子。如子星屬火,被水孛克之,若羅?得所,必有繼子。也又如嗣星是木,土水星失陷。若得氣計孛餘專權,亦同此例推之。然看三方對照,何如不可概論。宜細詳之,不可造次。
経の上にいう、水星が月孛と紫気とに遇上するは、僧と為り道と為るかあるいは淪落して娼門に落つるを主る(「緇」は僧を指し、「黄」は道を指す)。又いう、子嗣宮にもし天雄と月孛との会合有れば、すなわち「五宮孛に逢えば、男女虚花」と、子女の成り難きを主る。これらは皆孤独刑剋を主り、これらの条件に合上するは、必ず孤身あるいは寡を守るなり。不過なお接済を看るを要す。倘若し子嗣の主が傷を受けて、而してそれと同類の余曜が依然強健なれば、すなわちなお継子有らん。例えば子星が火に属し、水星・月孛に剋せらるるも、ただ羅睺(火の余)のその所を得て躔せば、必ず継子有らん。また例えば子星が木にして、土星水星が皆失陷すも、ただ紫気・計都・月孛のこれら余曜が能く権に当たるを得ば、また同様の道理に照らして推せ。総じてなお三方対照の情形如何を合看するを要し、一概に論ずる能わず。須く細細に推詳すべく、草率に断を下すべからず。
先生曰:爾知孤寡命乎。無妻曰鰥,無夫曰寡,無父曰孤,無子曰獨。?曰:敢問先生指示殊愉命。曰:殊愉,或曰人名,此命格局善。善者星格美而且善,然妻宮在亥,坐命巳宮,巳土金對,亥妻屬木金巳對克,妻宮壞矣。七宮被傷,雖木得垣,妻主得地,妻縱有,縱然有妻,不免鼓盆之嘆。
先生がいう、汝は何をか孤寡の命と呼ぶを知るや。妻子無きを「鰥」と呼び、丈夫無きを「寡」と呼び、父無きを「孤」と呼び、兒子無きを「独」と呼ぶ。李氏がいう、請う先生の殊愉のこの命を指點せんことを(「殊愉」は説に拠れば人名)。先生がいう、この命の格局は本来は好なり(いわゆる好とは、星格のすでに美にしてかつ善なるをいう)。しかるに彼の妻宮は亥に在り、命宮は巳に坐し、巳と亥とは正に相対照し、巳宮は金に属して而して亥宮の妻位は木に属し、金は対面より来りて木を剋し、妻宮はすなわち壊れたり。第七宮すでに傷を受けたれば、縦い木星の本身が垣を得妻主もまた地を得ると算すも、妻子は縦い娶るを得るも、終竟は「鼓盆の嘆」を免れず。すなわち妻子を死掉するを要す。
昔莊子喪妻,不哭,鼓盆而歌之。餘可準此例斷之。其餘宮仿此例推,先生因示一行僧,命安寅坐孤劫,孤辰劫殺皆守命宮,木起同氣從身。木氣本為孤星,更掌孤劫伴身。在申妻位,孤劫之主更守妻宮,水為妻元失經,即失躔也。又坐陽刃,妻臨刃也,此所以清孤。由此而為僧也,清閒孤高。
従前荘子は妻子を死せしも哭せず、却って瓦盆を敲きて歌いし。後世は便ち「鼓盆」を用いて喪妻を代指せり。其余の各宮は皆この例に照らして推す可し。先生はここにおいて又一位の行脚僧の命を指し出す。彼の命宮は寅に安んじ、正に孤辰と劫殺とに坐し(孤辰・劫殺は皆命宮を守る)、木星と紫気とは同気して起こり、身宮に跟従す(木・紫気は本来孤星にして、如今また孤劫を兼掌して身宮に伴う)。妻宮は申に在りて、孤劫の主は偏にまた妻宮を守る。水星は妻元なるも経を失し、すなわち躔するは地方に非ず。妻宮はなお陽刃に坐す。これすなわち彼の一生清冷孤独の緣由にして、また正に彼の出家して僧と為るの道理なり。清閑にして孤高なり。
?曰:然近貴,何也。既為僧,如何又近貴。先生曰:身坐斗杓,杓者,北斗之柄,主文章,又是注受之地。身命遇之,以化凶為吉,但祿主退遠,官祿主退行,離遠而又不干涉身命,此所以近貴不得爵祿,只為名僧耳。當與貴人相接,不能食天之祿,只為有養清高,僧人馳名於世而已矣。
李氏がいう、しかるに彼はなお権貴に接近す。これは何を以てか。すでに和尚を為したれば、怎んぞまた能く貴人と来往するを得るや。先生がいう、彼の身宮の正に斗杓に坐するを以てなり(斗杓はすなわち北斗の斗柄にして、文章を主る)。あそこは同時にまた陰注陽受の地なり。身宮命宮がこの両処に遇上すれば、能く凶を化して吉と為す。ただ禄主の退行して遠離するのみ(官禄の主はすでに退行し、また離るること遠く、身宮命宮と相い干涉せず)。故に彼はただ権貴に親近する能うも爵禄を得る能わず、充其量一個の名有る僧を為す罷り。すなわち言えば、彼は能く貴人と往来するも、朝廷の俸禄を食む能上らず、ただ一個の清高有養・名声の世間に伝わるを落るのみなり。
?曰:天耗地耗,切忌財鄉。田財身命皆忌耗星。姚崇命守天耗,或天耗星起照,又坐破碎,或破碎臨主命,何為宰相乎。既犯破耗,貴顯何也。先生曰:此祿元日也。官祿主星是日,金水引從卯位,三臺輔弼之格,日出扶桑,太陽得體,何知此人,言此命也。生不創府第,平生不造屋宇,寓居罔極寺。住於寺中,雖宰相,亦只是清淡儒。爵位雖尊,還是清貧淡薄之儒也。得非守耗坐破碎而然。可見耗破,其驗由此。
李氏がいう、天耗・地耗は最も財郷に落つるを忌む(田宅・財帛および身宮命宮は皆耗星を忌む)。しかるに姚崇の命は、命宮が天耗を守り、あるいは天耗の星の起きて命を照ると謂い、同時にまた破碎に坐し、あるいは破碎の命主の上に臨むと謂う。彼は何を以てかなお宰相を為し得るや。すでに破耗を犯したれば、怎んぞなおかくのごとき貴顕なるや。先生がいう、あれは彼の禄元が太陽なるを以てなり(官禄の主星はすなわち太陽)。金水の二星は卯宮に於て引従相隨し、「三台輔弼」の格を合成し、太陽は扶桑より升起するがごとく、その本体を得たり。しかるに汝は怎んぞこの人の実情を看り出すを得るや。彼は一辈子に府第を置かず(終生自己の屋宇を造らず)、ただ罔極寺の裏に寄居せり。位宰相に居ると雖も、也不過一個の清淡の儒者なり。爵位は尊しと雖も、依然として清貧淡泊の士なり。これ正に命が耗星を守りまた破碎に坐するの緣故に非ずや。見るべし、耗・破の二煞の応験はすなわち此処に在るを。
李?曰:示命坐唐符在午,命坐午守唐符,孛星破局,午乃太陽從火,故曰孛星破局,又有孛騎獅子之論。此當貧乎富乎。命坐唐符而孛星破局,故問之。先生曰:富也。?曰:何以知之。因何主富,此命在午孛,為福元。申為福德,以水為主,孛乃水餘,故為福元。凡福元克命,皆為上格。其它宮分,皆喜福星克命。仿此例推之。
李氏またいう、一個の命有りて、命宮は午宮に坐し、唐符を守るも、しかるに月孛が来りて局を破る(午宮は太陽に属し五行は火に従い、月孛は水に属し、水は来りて火を剋す。故に孛星の局を破るという。別にまた「孛騎獅子」の說有り。午宮の黄道の名は獅子なるを以て)。かかる命は是れ貧すべきやそれとも富すべきや。彼は正に命が唐符に坐して而して孛星に局を破られたるを以て、拿て来りて発問す。先生がいう、富。李氏問う、怎んぞ知れるや。答えていう、この命の午宮の孛は、正に彼の福元なり。彼の福徳宮は申に在り、申宮は水を以て主と為し、而して月孛は水の余曜なり。故に月孛すなわち福元なり。およそ福元の来りて命宮を剋するは、皆上格と算す。其他の各宮も同様にして、皆福星の来りて剋するを喜ぶ。この例に照らして以て推せば是れなり。
先生曰:安祿山命坐劫殺,巳宮安命,水為祿主,起於命垣,朝陽於巽宮,官星朝日,金為天地二元,祿主引前。天元、祿地、元祿前引命。又坐斗杓祿勳,然貴則貴矣,此所以得操權柄。蓋由此格局,而得掌重權也。但身命坐劫刃,劫殺坐命,羊刃安身。又夾土計,水為命元,土計又夾。決不善終。言不得其死也。限到參水發者,限主得地,祿主故也。水為官祿,朝陽限至水度,必發。五十二歲酉限昴日,太陽為用,孛羅兩夾,前關後鎖,孛羅是天雄殺星,又屬劍鋒岐鋒,凶迭凶神,必不在世。
先生がいう、安禄山の命宮は巳宮に坐し、正に劫殺を犯す。水星は彼の禄主にして、命垣の上より起こり、巽宮に於て太陽を朝拱す(すなわち官星の日を朝する)。金星は天元禄と地元禄とを充当し、禄主の前頭に走りて路を引き(天元禄・地元禄は前に在りて命宮を引導す)、命宮はまた斗杓と禄勲とに坐す。故に貴は真の貴なり。これすなわち彼の能く大権を手握するの緣由なり。正にかかる格局に倚りて始めて重兵を掌るを得。しかるに身宮命宮は同時に劫殺と羊刃とに坐し(劫殺は命に坐し、羊刃は身を安ず)、また土星と計都とに両辺に夾住せられ(水星は命元にして、偏偏として土・計の相夾に遭う)、故に決して善終を得ず。至りて行限の参水の度に走り到るに発達するは、あれは限主の地を得また禄主に逢うを以てなり(水星は官禄の主にして、太陽を朝拱し、限行の水度に到れば必ず発跡す)。五十二歳に到り行限は酉宮の昴日鶏の度に入り、太陽を以て用と為すも、却って月孛と羅睺とに前後に夾住せられ、前に関有り後に鎖有り。孛羅は本是れ天雄の煞星にして、また剣鋒・岐鋒を兼ね、凶の上に凶を加う。あの時彼は必ず人世に在らざらん。
果其年,謀廢立。其子慶緒,命李豬兒,操刃帳中殺之。按金水日坐命,當為文士。文人才士,為喜木氣金水。祿山武夫,亦用何疑。武將功臣,但用火羅計孛。先生因又取裴寂命示之。裴寂宰輔,寂命泊子,子宮坐命,子屬斗杓,命坐斗杓,火為官祿,主朝陽於注受之地。官祿從陽,宜居注受。月坐官祿,身居祿位,又得天祿地祿夾輔。天元祿地元祿,又輔夾身主。是宜佐太宗,唐太宗李世民,興唐天下致太平也。
果してすなわちあの一年、安禄山は廃立を謀划し、彼の兒子安慶緒は李猪児を指使して帳中に於て刀を動かして彼を殺せしめり。ある人は問わん、金・水・太陽の命に坐するは、本は文士を出すべし(文人才子にして、木・紫気・金・水の此の幾曜を喜ぶ)。安禄山は一個の武夫なるに、何を以てかまたかかる取用を為すや。其实疑惑するを須せず。武将功臣の取る所は、本来は火・羅睺・計都・月孛の此の一路なり。先生はここにおいてまた裴寂の命を取出して以て講ず(裴寂は唐初の宰輔)。裴寂の命宮は子宮に落ち(子宮は斗杓に属す。故に命の斗杓に坐すという)、火星は官禄の主にして、陰注陽受の地に於て太陽を朝拱す(官禄は太陽に跟従し、正に注受に落つるに宜し)。太陰は官禄宮に坐し、身宮は禄位に居り、また天元禄・地元禄の両辺より夾輔するを得たり。故に彼は理当に唐太宗李世民を輔佐し、唐室を興起し天下を太平に致すべし。
先生曰:子知萬乘主乎。萬乘主者,帝王之稱。萬乘主與下貴不同,帝王之格與人臣大異。必陰陽拱夾,日月拱命夾命,拱官福夾官福。五曜連珠。木、火、土、金、水佈列次序不間。今唐天子命乙酉,唐元宗命乙酉年生。其年五星,木火土金水,環拱天門。環者,連環無間;拱者,拱扶有情。天門,亥宮。日月分躔危室,日躔室,月躔危,金婁水,壁從陽,木火土輔太陰。命坐室宿,亥宮室度,汝可觀之。觀斯貴格,七政環拱。?看果然。命果非凡。
先生がいう、汝は何をか「万乗の主」の命を知るや(万乗の主は帝王の称呼)。帝王の命は臣下の貴と大いに相同じからず。必ず日月陰陽の拱夾を要し(日月は命宮を拱し命宮を夾み、官禄福徳を拱し官禄福徳を夾む)、また五曜連珠を要す(木・火・土・金・水は依次排布し、中間断えず)。当今の唐天子は乙酉年に生まれ(唐玄宗は乙酉年生まれ)、あの一年木・火・土・金・水の五星は亥宮の天門を環拱し(「環」は連環間無く、「拱」は拱扶情有り、天門はすなわち亥宮)、日月は分かれて危・室の二宿に躔し(太陽は室宿に躔し、太陰は危宿に躔す)、金星は婁宿・水星は壁宿に在りて太陽に跟従し、木・火・土の三星は太陰を輔佐す。命宮は正に室宿に坐す(亥宮の室度)。汝は自己看てみよ。李氏一見せば、果してかくのごとし。七政環拱して、この命は確かに凡響に同じからず。
先生曰:限行角木蛟則危矣。危困也,繼 而曰木蛟雖危,必有離宮之厄。言角木限,只有離宮之厄,不至傷壽。翼火不出矣。壽至於此,?問所從。問其所已,孛壞翼火蛇,限度被傷,角之一宿,木為限度,對照戌宮之金,金星對克,今限行氐土貉度。今行氐土貉之限,李林甫當國事可知。
先生がいう、彼の行限は一たび角木蛟に走り到れば、すなわち危険なり(「危」は困厄の意)。接いでまたいう、角木蛟に走るは危しと雖も、也不過一場の離宮去国の厄有るのみ(意は角木のこの一限はただ離宮の難に応ずるのみ、なお寿を傷るに至らず)。翼火に走り到るを待てば、すなわち出で来る能わず(寿数は此に到りて止む)。李氏はこの話の根拠を問う。答えていう、月孛の翼火蛇を破壊し限度の傷を受くるを以てなり。至りて角宿のこの一限は、木を以て限度と為すも、却って対宮戌宮の金星に隔宮して来り剋せらる。眼下彼は正に氐土貉の度に行り到れり。此より知るべし、この時は正に李林甫の国に当たるの時なり。
先生曰:爾知有令星乎。春木、夏火、秋金、冬水、季月、屬土。故當時者旺,如春令木旺,我生者相,如春令火相,生我者休,如春令水休,克我者囚,如春令金囚,我克者死,如春令土死,且如木旺於春七十二日,當時者旺,相於夏七十二日,我生者相,休於冬七十二日,生我者休,囚於秋七十二日,克我者囚,死於季月中節,我克者死,其餘星辰,火土金水,皆不離生剋制化。俱準此例推之。先生曰:汝知天綱之語乎,且如四土坐命,女、柳、胃、氐為四土度。
先生がいう、汝は何をか「令星」を知るや。春天は木に属し、夏天は火に属し、秋天は金に属し、冬天は水に属し、四季の季月は土に属す。故に当令するあの一行はすなわち「旺」(例えば春天の木旺)、我の生ずる所のあの一行は「相」(例えば春天の火相)、我を生ずるあの一行は「休」(例えば春天の水休)、我を剋するあの一行は「囚」(例えば春天の金囚)、我の剋する所のあの一行は「死」(例えば春天の土死)。再び具体些に說けば、木は春天に於て当令して旺し、七十二日を占む。夏天に到れば、木は火を生じ、木は退居して相と為り、も七十二日。冬天に到れば、水は木を生じ、木は便ち休し、七十二日。秋天に到れば、金は木を剋し、木は便ち囚し、七十二日。四季の季月の中節に到れば、木は土を剋し、木はすなわち死す。其余の火・土・金・水の各星も、皆生・剋・制・化の此の四層を離るる能わず。一律にこの办法に照らして推せ。先生は又いう、汝は袁天罡のあのらの話を知るや。例えば四土を以て命に坐するは、女・柳・胃・氐すなわち四つの土度なり。
火羅臨旺,命度受生,福尤昌熾,其福最熾,釣起飛居垣廟,如土星,命主起在他宮,入垣居廟。縱逢木氣不為忌。經云:他來刑我,我居廟旺,以何妨。彼得令旺相,彼指土言,此鬼縱在側,鬼指木言,不為忌矣。何足懼哉,因閱天綱集有曰:爍爍陽光,晝日之生,火羅可忌。星、虛、房、昴四日度也。娟娟蟾影,夜生之月,土計為防。心、張、危、畢四月度也。
四土に命を坐する人は、もし火星と羅睺とが旺地に臨めば、命度はそれらの生助を得て、福気は便ち格外に昌盛す。命主はまた飛び起きて自己の垣廟の中に落ち(例えば命主と為る土星は別の宮に起こるも、却って正好垣に入り廟に居る)、然らば縦い木星・紫気の来りて剋するに遇上するも、忌と算せず。経の上にいう、別の星の来りて我を刑するも、我ただ廟旺の地に居れば、また何の妨げか有らん。これは我の此方の得令旺相なるを以てなり(「彼」は土を指す)。あの我を剋する鬼星は旁辺に在ると雖も(「鬼」は木を指す)、も忌を構成せず。何の怕るべき有らんや。因而《天綱集》を翻閱すれば、其中にいう、耀眼の陽光は白天生まれの人の秉る所にして、すなわち火星と羅睺とを忌むべし。これ說くは星・虚・房・昴の四つの日度なり。皎潔の月影は夜裏生まれの人の秉る所にして、すなわち土星と計都とを提防すべし。これ說くは心・張・危・畢の四つの月度なり。
四火懼見漂流,翼、觜、尾、室四火度也,忌見水傷。四木怕逢金健。角、斗、井、奎四木度也,怕逢金克。四金坐度,鬼、牛、婁、亢四金度也。惟怕炎火。炎焰之火,必然傷金。四土何則為忌。女、柳、氐、胃四土度也。強梁之木,所忌木旺,要得金剛。以金制木,四水何則為防。參、箕、軫、壁四水度也。壅遏之勢,所畏土強,要得木槸。以木制土,壽甄迦羅,此言高壽,限度遞行而無滯。因限度遞行而無阻滯。福阿僧祗,此言享福,命源安居而有氣。因命源居強而有氣力。已上四句,西竺國有此語,乃無限之數也。
四火の度は水の冲漂に遭うを怕る。翼・觜・尾・室は四つの火度にして、水の来りて傷めるを忌む。四木の度は強金に遇うを怕る。角・斗・井・奎は四つの木度にして、金の来りて剋するを怕る。四金の度に命を坐するは、すなわち鬼・牛・婁・亢の此の四つの金度にして、ただ熾烈の火を怕る。烈焰一たび来れば、必ず金を傷せん。四土の度は何を忌むや。女・柳・氐・胃は四つの土度にして、忌む所は強横旺盛の木にして、金の来るを得てこそ剛健ならん。すなわち金を以て木を制す。四水の度は何を防ぐや。参・箕・軫・壁は四つの水度にして、畏るる所は壅塞阻遏の勢にして、すなわち土の太強なるにして、木の来るを得て疏導するを要す。すなわち木を以て土を制す。至りて「寿甄迦羅」は、高寿を說き、限度の一路に遞行して阻滞無きを以てなり。「福阿僧祇」は、福を享くるを說き、命源の安居して気力有るを以てなり。以上の此の両句は皆西天竺国の說法にして、無量無尽の数を指す。通じて此一節を看れば明白を得べし。命に坐する度のどの一行に属するや、すなわちそれを剋するあの一行を怕る。而して解救の法は総じて「制」と「化」の両条を出でず。我を剋する敵の星を用いて往きてそれを制住するか、あるいは能く通関する星を用いて敵気を転生して我に与するか。四火は水を忌みて土を喜び、四木は金を忌みて水を喜び、四金は火を忌みて土を喜び、四土は木を忌みて火を喜び、四水は土を忌みて金を喜ぶ。一一皆この思路に照らして自ずから推補すべし。
刃並天雄,羊刃並天雄,守星善,如有吉助,則險處獲財,險中獲利,劫加地?。疑是地雌也,劫煞加地雌。或劍鋒,或加劍鋒,身命兩危必惡死。身命二主又危困,必主惡死以無疑。大小耗並,大耗小耗,並於刃宮。盜劫身辱,非盜劫傷財,則遭官身辱。死在囹圄,牢獄中也,加金孛。金孛加於刃雄劫雌。風流喪身,癆瘵病患,不併不可概論。已上諸煞,不併會諸凶,不加迭惡殺,又不可一概而論也。
羊刃と天雄とが併せて一処に在るは、ただ守る所の星の本身の是れ善なる限り(すなわち別に吉星の相助有る)、却って能く険処に財を得、危険の中に於て利を取る。もし劫殺に更に地雌を加え(底本の此の字は残缺、疑うらくはすなわち地雌)、あるいは再び剣鋒を加えれば、然らば身宮命宮の両頭は皆危うく、必ず横死して疑い無し。大耗・小耗は一同に併せて羊刃の宮に到れば、盗賊に劫掠せられて財を破るに非ざれば、すなわち官府の責罰に遭いて辱を受け、甚至牢獄の中に死せん。もし更に金星と月孛とを加えれば(金孛の刃・雄・劫・雌の上に加わる)、すなわち風流の事に因りて身を喪い、あるいは労瘵の疾を患うべし。不過話し回って言えば、以上の此らの煞は、倘若し併せて衆凶と会合せず、また悪煞の層層加曡も無ければ、すなわち一概に論ずべからず、なお須く分別して軽重すべし。
李?曰:人貌醜妍,丑者,惡也;妍者,善也。何以知之。謂何以知其善惡。先生曰:慈心敬順,性善人也,善曜居命之鄉,善曜乃吉神,獰然兇頑,性惡人也,惡星躔之命宮,惡乃凶神也,刃在命,必有疾。刃為殺首,故有疾。加天雄,必破相。刃雄並命,必主破相,豈止於疾。坐陽刃者,性必橫,陽刃坐命,性必橫惡。坐天雄者,性必雄。天雄坐命,性主豪雄。淳風曰:木在命,其人必長軀,加氣則多須。此則不足信也。此論不足信,須變通消。
李氏がいう、人の相貌には醜有り美有り(「醜」は悪、「妍」は善)、怎んぞ看り出すことを得るや。すなわち怎んぞ彼の性情の善悪を知るを得るや。先生がいう、心地の慈祥・人に待する恭順なるは、是れ性善の人にして、あれは善曜の命宮に居るなり(善曜はすなわち吉神)。面目の猙獰・性情の凶頑なるは、是れ性悪の人にして、あれは悪星の命宮に躔するなり(悪星はすなわち凶神)。羊刃の命に在れば、必ず疾病有らん(刃は衆煞の首にして、故に病を帯ぶ)。再び天雄を加えれば、必ず相を破らん(刃と雄とが一斉に併せて命に到れば、相を破るを主り、ただ病を生ずるのみならず)。命が陽刃に坐するは、性情必ず強横なり(陽刃の命に坐すれば、性は必ず横悪)。命が天雄に坐するは、性情必ず雄豪なり(天雄の命に坐すれば、人と為りて豪邁を主る)。李淳風がいう、木が命宮に在る人は身材必ず高大なり、再び紫気を加えればすなわち鬍鬚濃密なりと。この話はすなわち信と為すに足らず。須く変通して以て看べく、死守する能わず。
先生曰:六甲之例,甲子、甲寅、甲辰、甲午、甲申、甲戌。古未有也,軒轅時,大撓所定。黃帝祭天,天降十干,帝命大撓作十二支,以配之。五行納音,甲、子、乙、丑、納音是金之類。古無有也。顓帝時,洪範所究,斯時所究,四七星宿。四七二十八宿也。古未之有,天綱屬諸星象,而知之,斯時方知,古人惟齊七政。七政者,日、月、木、火、土、金、水是也。
先生がいう、六甲の体例、すなわち甲子・甲寅・甲辰・甲午・甲申・甲戌の此の六旬は、上古本来無かりしも、軒轅黄帝の時に大撓の制定する所と為れり。伝説に黄帝は天を祭り、上天は十天干を降下し、黄帝は便ち大撓に命じて十二地支を造出して之と相配せしめたりと。五行納音、例えば甲子・乙丑の同じく金に属するあの一套も、上古には無かりしも、顓頊帝の時に《洪範》の一系の学問に拠りて推究し出したるなり。四七二十八宿も、上古同様に無かりしも、袁天罡がそれらを各種の星象に帰属せしめ、人々はこれ始めて知れり。古人の能く整斉に排定し得たるは、ただ七政のみなり。七政はすなわち日・月・木・火・土・金・水。
四曜何得同參,四曜氣孛羅計也。七政猶人中之君子也,經云:以木、氣、金、水為君子也。四曜乃餘氣耳。經云:以火、羅、計、孛為小人。李?請問餘氣。問其所以,先生指星璣,語之曰:星璣,即天文秘旨也。水之餘孛也,孛為水餘,木之餘氣也,氣乃木餘,火之餘羅也,羅乃火餘,土之餘計也。計乃土餘,寧五星犯餘氣,犯者,侵克也,如木犯計,土犯孛,金犯氣,水犯羅,寧可我去克他。莫餘氣犯五星,如氣犯土,孛犯火,羅犯金,計犯水,莫使餘氣犯我,禍患必大。為餘氣所犯,必大有凶害。
然らば四余は怎んぞ能く七政と同等に看待するを得るや(四曜はすなわち紫気・月孛・羅睺・計都)。七政は譬如ば人の中の君子にして、経の上にいう、木・紫気・金・水は皆君子と算すと。四曜は不過余気のみ。経の上にいう、火・羅睺・計都・月孛は皆小人と算すと。李氏は何をか余気と呼ぶを請教し、その所以然を問う。先生は《星璣》の一書を指し(《星璣》はすなわち天文秘旨を講ずる書)彼に告げていう、水の余気は月孛、木の余気は紫気、火の余気は羅睺、土の余気は計都。寧ろ五星をして余気を侵犯せしめよ(「犯」とはすなわち侵剋)。例えば木の計都を犯し、土の月孛を犯し、金の紫気を犯し、水の羅睺を犯すは、これは我の往きて彼を剋するなり。切莫く余気をして来りて五星を侵犯せしむること勿れ。例えば紫気の土を犯し、月孛の火を犯し、羅睺の金を犯し、計都の水を犯すは、もし余気の犯す所と為れば、禍患必ず甚だ大にして、凶害少なからず。此処の分別は名分に在り。七政は正曜にして、四余は附属の気なり。正曜の余気を剋するは上の下を剋するにして、理の応に当たる所。余気の反って正曜を剋するは、便ち下を以て上を犯すにして、故に禍と為ること格外に重し。盤を看る時はまずどの一顆が是れ正・どの一顆が是れ余かを分清し、再び誰が誰を剋するかを看れば、君子小人の進退の勢はすなわち明白なり。
先生論秦階,未詳,李?問曰:問其所有,淳風晝火夜土,晝忌火,夜忌土,忌曜之說,如此忌曜,可得聞乎。先生曰:四火坐命,翼室尾觜,則忌水,火為命忌水克,得土謂之援曜。援者救也,以土制水,四土坐命,胃柳氐女,則忌木,土為命忌木克,得火謂之益資。益者生也,以火化木,如土曜火曜,土星火星,為我度主,命度之主,飛起朝陽,起近太陽,又謂之忌曜可乎。豈可概以忌曜論哉。
先生はまた秦階に論及す(此の人の事迹は詳ならず)。李氏問うていう、李淳風の講ずる「昼火夜土」、說くは白天生まれは火を忌み夜裏生まれは土を忌む、この一套の忌曜の說法は、能く先生の講じたまうを得んや。先生がいう、四火に命を坐する人は、すなわち命の翼・室・尾・觜の四度に在るは、忌む所は水なり(火は命主と作して而して水の来りて剋するを怕る)。この時もし土星有れば、土は能く水を制すれば、すなわちこれを「援曜」と呼ぶ(「援」とはすなわち救)。四土に命を坐する人は、すなわち命の胃・柳・氐・女の四度に在るは、忌む所は木なり(土は命主と作して而して木の来りて剋するを怕る)。この時もし火星有れば、火は能く木を化して土を生ぜば、すなわちこれを「益資」と呼ぶ(「益」とはすなわち生)。しかるに同じ此の両顆の土星・火星も、仮にそれらが正に我が度主なれば(命度の主)、また飛び起きて太陽を朝拱し太陽に貼近せば、豈になお忌曜と呼ぶことを得んや。見るべし、能わず一概に忌曜を以て論ずべからずを。
先生言畢,拂衣長嘯而去,不知所終。李?記是語而編之,目曰:稟賦分金,別人生之貴賤也,後學融會此理,驗命應如符券,以決人之休咎也。靈臺秘訣甚分明,奧妙元機理義精。探本窮源尋造化,出言發語見天真。經書記載宜當重,龜櫃珍藏不可輕。若把天機輕漏洩,鬼神暗地罰前程。嘉平二年九月朔旦,中都石室山人李?記。
先生は說き終り、衣を拂いて長啸して去り、終る所を知られず。李氏はこれらの話を記録して編みて一巻と為し、題して《禀賦分金》と作し、以て人生の貴賤を分辨するに用う。後学の人もし能く其中の道理を融會貫通せば、命を験するに符契のごとく厳絲合縫し、以て人の吉凶禍福を断定すべし。末尾に一首の詩を附す。霊台の秘訣は講ずること極めて分明、奥妙の玄機は義理精微。本を探り源を窮めて造化の根柢を尋ねんと要し、口に説き出す話こそ天真を見るを得ん。経書の上の記載は応に看重すべく、亀櫃の裏に蔵する珍宝のごとく軽慢すべからず。もし天機を軽易に泄露し去らば、鬼神は暗中に於て汝の前程を処罰せん。嘉平二年九月初一の清晨、中都石室山人の李某記す。
前後問答數十條,俱論唐世朝臣及星芒,見諸分野,應安史之亂。以其文語、聱牙用事詭異,故節之也。然談星之要,實不外乎此。後學者融心於此,即有所得矣。不可忽略,宜細詳之。
以上前後の几十条の問答は、講ずるは皆唐代の朝臣の命造、および星芒の各処の分野に顕現して安史の乱を預示するの事なり。原文の詞句の拗口にして読み難く、用典また詭奇少見なるを以て、故に刪節を為し、ただ緊要の部分を留下せり。不過星を談ずるの関鍵は、実に此らの内容の外に出でず。後学の人はただここに講ずる所を用心して体会せば、自然に所得有らん。切に軽忽略過すべからず、応に仔細に推詳すべし。
