Libo

女命について論ず

明 · 佚名 · 第15巻 / 35

作盤ガイド: 八字作盤

女命以夫星為主,看起在何宮。若得位,或吉星生之,或從陽三方對照,加吉星者,必嫁好夫可隨。人盤逐宮推詳:入官祿得地,主夫有貴;入福德,主夫有福;入財帛,主夫有財;入兄弟,主夫有見棄相嫌,恐與兄弟有情;入田宅,主夫有業;入奴僕,主夫勞碌,喜為庖廚,或與奴僕通;入男女,主有子媳;入七宮,或因親而成;入疾厄,主夫有疾;入遷移,主夫遠出或離祖;入相貌,主夫有貌;入命宮與吉加臨,得用相生,富貴雙全。

女命の推断は「夫星」を主とし、まず夫星がどの宮に起こるかを看る。もし夫星が得位の宮に居るか、あるいは吉曜の生扶あれば、あるいは陽位より三方に遥かに相照し、また吉星の会合を加えば、この女子は必ず良き丈夫に嫁ぎ、一生依頼し得べし。次に人盤に拠って逐宮に細推する。夫星が官禄宮に落ちて地を得れば、丈夫に貴顕あることを主る。福徳宮に落つれば、丈夫に福気あることを主る。財帛宮に落つれば、丈夫に銭財あることを主る。兄弟宮に落つれば、丈夫が彼女に嫌悪厭薄の意あることを主り、また彼女が夫家の兄弟と私情あるを惧れる。田宅宮に落つれば、丈夫に産業あることを主る。奴僕宮に落つれば、丈夫が奔波労碌して厨灶の事を好み、あるいは奴婢と私通することを主る。男女宮に落つれば、児あり・嫁ありを主る。第七宮すなわち夫妻宮に落つれば、あるいは親戚の関係に因って姻縁を結ぶ。疾厄宮に落つれば、丈夫に疾病あることを主る。遷移宮に落つれば、丈夫が他郷に遠出するか祖業を離れるを主る。相貌宮に落つれば、丈夫の儀表が抜群なるを主る。命宮に落ちて吉曜が同臨し、取用また相生し得れば、それは富貴双全である。

又看得經失經如何,或加殺,或加四餘,逐宮推看,恐三方對照何如,不可概論。女命重夫星,要夫星顯而無剋制者貴;如夫星暗藏受制,落陷不得時者主貧賤。夫貴妻亦貴,夫賤妻亦賤,理之必然也。一女命必看身主如何,一身最要清吉,不可駁雜,金水相從太陰則吉,逢惡星則凶,又看人盤得所,不可執論,逐宮推之則可。忌三方血刃,加沓計羅照命,或在刃宮,或守照,必主血氣疾亡,大忌飛廉刃鋒交破。

また夫星が「得経」か「失経」か、凶殺の加臨あるや否や、「紫気」「月孛」「羅睺」「計都」の四余の星が掺入したや否やを看、逐宮に細推し、さらに三方対照の星曜如何を看、一概に論ずべからず。女命は夫星を最も重んずる。夫星が顕耀にして剋制を受けざるは貴を主る。夫星が隠伏して制を受け陷落失時するは貧賤を主る。丈夫貴ければ妻子も随て貴く、丈夫賤しければ妻子も随て賤し。これ必然の理である。凡そ女命を看るには、必ず「身主」如何を看るを要す。身主は清純吉利なるを最も要し、駮雑なるべからず。「太白」金星と「辰星」水星が「太陰」に随て行を為すは吉、兇悪の星に遇えば凶。また人盤上の各曜が各々その所を得るや否を看るを要し、一端に拘執すべからず、必ず逐宮に推詳してこそよい。最も忌むは三方に血刃の殺を帯ぶ。もし「計都」「羅睺」が重畳して命を照し、あるいは刃宮に落ち、あるいは命を守り拱照すれば、必ず血気の疾に因って亡ぶを主る。殊に大忌は「飛廉」と刃鋒とが交々に衝破すること。

一凡丁亥生人,以太陰為刃,主逢飛廉大凶;次看福主如何,福主失經入弱宮,必無福,入強宮得所,則生平有福。一女命在驛馬,又帶水孛照身命者,或在五弱之宮,皆主淫奔,其餘與男子同斷。一女命不宜太陽在命,或拱照命加以身強,皆主欺夫奪權,性急有男子之志。一娼妓之命,必犯桃花計孛、金孛、水孛,福德不好,夫星不陷,必剝雜,相貌好,男女宮受傷,犯惡星。計孛金水皆女人之象,又犯淫星,必主下賤為娼。

凡そ丁亥年生の人は、「太陰」を以て羊刃とし、もしさらに「飛廉」に遇えば大凶を主る。次に福徳宮の主星を看るを要す。福主が経を失して衰弱の宮に落入れば、一生必ず福なし。福主が強旺の宮に進入して各々その位を得れば、一生享くべき福あり。凡そ女命は、命主が駅馬の位に落ち、また「辰星」水星と「月孛」を帯びて身宮命宮を照臨するか、あるいは五つの衰弱の宮に落つる者は、皆淫奔にして婦道を守らざるを主る。残りの看法は男命と同じ。凡そ女命は「太陽」が命に坐するを宜しとせず、あるいは「太陽」が命宮を拱照して身宮また強き者は、皆丈夫を欺凌し夫権を奪うことを主り、性情急躁にして男子気概を帯ぶ。娼妓の命は必ず桃花を犯し、また「計都」と「月孛」・「太白」と「月孛」・「辰星」と「月孛」のこれら数種の組合せを犯す。福徳宮良からず、夫星は落陷せずとも必ず剥雑不純、相貌は生まれ良くも男女宮は傷を受け、また兇悪の星を犯す。「計都」「月孛」「太白」「辰星」は皆女人の象徴で、さらに淫蕩の星を犯せば、必ず下賤の娼妓に淪落す。

一女人忌四餘星旺,皆主重婚;月孛當頭伶俐,太過剋夫害子,猶有丑聲,多淫下賤;若命坐咸池者必淫,行限遇之淫而凶;土孛淫穢,金氣無擇,水火淫而刑,火土孤孀;或男女星旺而得地,當生貴子,主有好稱呼也。咸池者即桃花殺也,乃子午卯酉沐浴之地。

女人の命は「四余」の星の過旺を忌み、皆再嫁・重婚を主る。「月孛」の頭に当たる人は聡明伶俐なるも、過旺なれば夫を剋し子を害し、また醜聞を招来し、多く淫蕩下賤。もし命宮が「咸池」に坐すれば必ず淫佚。行限が「咸池」に走れば、淫なるがごとくかつ凶。「鎮星」土星と「月孛」と相会するは淫穢を主る。「太白」金星と「紫気」と相会すれば、擇偶に揀択を加えず。「辰星」水星と「熒惑」火星と相会すれば、淫にしてしかも刑傷を帯ぶ。「熒惑」と「鎮星」と相会すれば孤寡・寡を守るを主る。反対に、もし男女宮の星曜が旺相にしてしかも地を得れば、貴子を生むべく、母もまた因って好名を得る。いわゆる「咸池」とは、すなわち桃花殺で、子・午・卯・酉のこの四つの沐浴の地を指す。

財帛について論ず

一財帛宮,人生受用之大端也。或福祿照財帛,日月照財帛,田財互垣,身命二主臨財及財星,又逢生旺得令得時,皆是有財之人。既有財,則可以養妻子、致名利、用奴僕。若財主失經,刑囚暗耗照財,此是無受用之人。若財帛不好,未可據言其貧,又看田宅何如。財為養命之源,人人得而喜,苟有失所,則為貧士矣。

財帛宮は人の一生の享用の大关目である。もし福徳宮・官禄宮の吉曜が財帛宮を照臨するか、あるいは「太陽」「太陰」の二曜が財帛宮を照臨するか、あるいは田宅と財帛の両宮がその垣を互換するか、あるいは身主・命主の二星が財帛宮および財星の上に臨み、また生旺に逢い・令を得時を得るは、これら皆財ある人である。財すでに有れば、すなわち妻児を養い・名利を博し・奴僕を使い得べし。反対に、もし財帛宮の主星が経を失し、また「刑」「囚」「暗」「耗」のこれら数種の悪曜が財宮を照臨すれば、それは一生享用なき人である。ただし財帛宮良からずとも、即座に彼を貧窮と断ずべからず、なお田宅宮如何を看るを要す。財は命を養うの根本で、人皆之を得て歓喜す。もし財星が所を失えば、則ちただの貧寒の士に過ぎぬ。

兄弟について論ず

一兄弟之分,與吾本同一氣。果老云:命卑關健,兄弟有爭釁之風。蓋命與兄弟,須是各安其分可也,若我旺則克彼,彼怒則仇我,故果老有爭鬥之論。閒星入命者亦然。如田財官福入其宮者,主兄弟豪富;空亡、劫殺、的殺入此,主兄弟貧賤;孤寡居之,則孤鴈獨行;官符居之,必逞訟刃;雄居之,必帶疾;馬星入則兄弟東西;咸池入則酒色迷戀,又看宮主何如。吉星入兄弟宮,如唐元宗友五王,建花萼春輝樓,與五王同樂;凶星入兄弟宮,使兄弟如仇敵忿爭也。

兄弟のこの宮の名分は、我と本は同じく一気より出ずる。張果老曰く:命宮が卑弱にして兄弟宮が強健なれば、兄弟の間に争闘結怨の風気あり。命宮と兄弟宮は各々本分を安んずるを要すればなり。我こちら旺なれば彼を剋せんとし、彼剋されて悩めば我を仇視する。ゆえに果老に兄弟争闘の論あるなり。閑雑の星が命宮に入るも道理は同じ。もし田宅・財帛・官禄・福徳の諸宮の吉曜が兄弟宮に入れば、兄弟の豪富を主る。もし「空亡」「劫殺」「的殺」がこの宮に落入れば、兄弟の貧賤を主る。「孤辰」「寡宿」がこの宮に占拠すれば、兄弟は群を離れた孤雁のごとく各々独行す。「官符」がこの宮に占拠すれば、必ず官司を好み刀筆を動かす。「天雄」がこの宮に占拠すれば、兄弟は必ず疾を身に帯ぶ。駅馬の星がこの宮に入れば、兄弟は東奔西走して各々南北に分かる。「咸池」がこの宮に入れば、兄弟は酒色に沉迷す。このほかなお本宮の宮主星如何を看るを要す。吉星が兄弟宮に入るは、唐玄宗が五位の兄弟を友愛して花萼春輝楼(すなわち花萼相輝楼)を修建し、五王と同游共楽したに似る。凶星が兄弟宮に入れば、兄弟をして仇敵のごとく忿争止まざらしむ。

田宅について論ず

一田宅之位,人生受用之源。或田主不起,或有福祿照田宅,日月照田宅,身命主坐田宅,亦是有財帛名望之人。既有田宅,則人生受用皆由此出。又婦人田宅最緊,如刑囚暗耗坐其宮,並有惡殺加之,皆主破財,外家冷落,兄弟無情。此宮惟喜土星居之,則安穩豐腴。

田宅のこの一宮は、人の一生の享用の根源である。もし田宅宮の主星が起こらなくとも、福徳・官禄の吉曜が田宅を照臨するか、あるいは「太陽」「太陰」が田宅を照臨するか、あるいは身主・命主が田宅宮に坐するならば、これもまた財産あり・名望ある人である。田宅すでに有れば、人の一生の受用は皆ここより出ずる。婦人の田宅宮は殊に緊要である。もし「刑」「囚」「暗」「耗」の諸曜がこの宮に坐し、また兇悪の殺が加臨すれば、皆家財を破敗し、娘家の門戸は冷落し、兄弟の間にも情義なきことを主る。この一宮はただ「鎮星」土星の居守を喜ぶ。土性は厚重にして、家宅の安穏・田産の豊饒を主る。

男女について論ず

水宮一數,火二,木三,金四,土五。加吉星則足其數,加凶星刑剋者必孤。若主起在強實宮,各添其數;若凶星三方對照者稍輕。大概諸宮相得相生者吉,相刑相剋者凶,皆隨星論之。如水居男女宮,水數一,則以一子斷之是也,餘仿此。

子女の数目は五行の成数に拠って推算する。水の数は一、火の数は二、木の数は三、金の数は四、土の数は五である。もし吉星に加会すれば、この数目は足額を得られ、もし凶星に加会して刑を受け剋を受ければ、必ず孤单にして後なし。もし男女宮の主星が強実の宮に起これば、各自なお原数の上にさらに幾つかを添え得べし。もし凶星がただ三方より遥かに対照すれば、害を為すこと軽し。大体、各宮が彼此相得相生するを吉とし、彼此相刑相剋するを凶とし、皆その臨む星に随て論ずべし。例えば「辰星」水星が男女宮に居れば、水数を一として、彼にただ一つの児ありと断じ、残りの各星もこれに依って類推する。

一男女宮坐貴人、祿馬、長生,及有吉星照者,皆主得貴子,及孝順賢能之子;更加吉星三方對照者,子宮必好。如子坐的劫、死絕之宮,及無吉星照者,皆不得好子,並無子斷。如吉神到男女宮相生者,亦主好子;相剋者,有子亦不孝。一男女宮有火羅、計孛,及化刑囚暗耗,皆主其人多子,婦人一年一產,及老皆不得力,如雞抱鴨相似;不然乃忤逆之兒,多出在外,雖有若無。

男女宮もし天乙貴人・禄神・駅馬・長生の位に坐し、また吉星の照臨あれば、皆貴子を生むことを主り、しかも孝順賢能の児である。さらに吉星が三方より対照すれば、子息のこの一宮は必ず円満である。もし子星が「的殺」「劫殺」の上に坐するか、あるいは死絶の宮に落ちて、また吉星の照臨なければ、皆良き児を得ること能わず、甚だしきは無子を以て断じてもよい。もし吉神が男女宮に来て宮主と相生すれば、また良き児を生むを主る。もし来る者が相剋の星ならば、児ありとも孝順ならず。男女宮の裡にもし「熒惑」火星と「羅睺」・「計都」と「月孛」および化出の「刑」「囚」「暗」「耗」の諸曜あれば、皆この人の子女衆多を主り、妻子はほとんど一年に一人を生むも、老いたるに一人も頼る能わず。母鶏が鴨を孵したがごとく、養い大きくしても親しまず。さもなくば忤逆の児で、多く外に流落し、有るも無きに等し。

一夜生太陽獨照男女宮,無星輔之,皆主無子;有星輔之,反有子。日生太陰獨見男女宮,亦然,以其孤陽不生、孤陰不成故也。猶有主星飛在強弱,宮分輕重論之:如主星飛在強實位,只主損頭胎,終還有子,先女後男之類;如主星落陷弱之地,則主多生多克。如白虎、六害、華蓋臨之流年,旬中又空,則可知其無子矣。孤陰孤陽者,猶男子之無妻、女人之無夫,曠夫寡女安得而有子乎?必得陰陽相合,男女交媾,方有子息而後可。

夜に生まれた人、もし「太陽」が孤零零として独り男女宮を照らし、傍に他の星の輔助なければ、皆無子を主る。星の輔助あれば、反って子あり。昼に生まれた人、もし「太陰」が独り男女宮に出現すれば、道理は同じ。これは孤陽の生育能わず・孤陰の胎を成す能わざるが故である。このほかなお主星が強宮に飛ぶか弱宮に飛ぶかを看、宮位に拠って軽重を分けて論ずべし。主星が強実の位に飛ぶは、ただ頭胎の損ずるを主り、終竟はなお児あり、あるいは先に女を生み後に男を生むの類である。主星が陷弱の地に落つるは、生むこと多く剋することも多きを主る。もしまた「白虎」「六害」「華蓋」が流年に臨み、かつこの旬の中にまた空亡に逢えば、則ち彼の無子を断定し得べし。いわゆる孤陰孤陽とは、譬えば男子に妻なく・女人に夫なきがごとし。曠夫寡女にどうして子女有ることを得ん。必ず陰陽相合・男女交媾して、然る後に子息を言うに足る。

一如男女主男女宮,暫為流旬所空,只是此十年無子,過旬又許生子,不可執一。如男女主是我命之殺,又在陽刃、的殺、六害、白虎之宮,則多生不肖之兒;如在天月二德、殿駕、貴人、祿馬、官福、田財之宮,與恩星同守,或男女主是恩星者,生子多得力也。旬空者,乃流年空亡也,凡值此者有十年空虛也,蓋一旬乃十年。

もし男女宮の主星が男女宮に在るも、暫く流旬の空亡に空せられるは、ただこの十年の内に児なきのみ、この一旬を過ぎればなお子を生むべし。一説に死執すべからず。もし男女宮の主星が恰も我が命を剋する殺星で、また「陽刃」「的殺」「六害」「白虎」の在する宮に落つれば、成器ならぬ児を多く生む。もし天徳・月徳の二徳および殿駕・天乙貴人・禄神・駅馬・官禄・福徳・田宅・財帛のこれらの宮位に落ち、恩星と同守し、あるいは男女宮の主星そのものが恩星ならば、生む児は多く得力を得べし。いわゆる「旬空」とは、すなわち流年上の空亡である。凡そこれに碰上る者は、十年の空虚あるが、一旬は正に十年なればなり。

奴僕について論ず

一身坐奴僕,有吉有凶。多有身命主入奴僕而貴者,亦有身命主入奴僕而賤者,何也?如奴宮原是祿馬、貴人、長生、帝旺、殿駕崇勳之地,皆不可以奴僕論,為奴出身;如原是的殺、劫殺、陽刃、亡神、飛廉、死絕敗之地,而身命又陷其上,此是奔波工役無成之人,方以奴僕言之。

身宮が奴僕宮に坐するは、吉あり・凶あり。常に見るに、身主・命主が奴僕宮に落入して反って顕貴するもあり、身主・命主が奴僕宮に落入すれば低賤するもあり。これは何の故ぞや。もとは奴僕宮そのものが何の位置かを看るを要するが故なり。もし奴僕宮がもとより禄神・駅馬・天乙貴人・長生・帝旺・殿駕のこれら尊崇有勲の位置ならば、奴僕を以て看待する能わず、さらに彼を奴僕の出身と言うべからず。もし奴僕宮がもとより「的殺」「劫殺」「陽刃」「亡神」「飛廉」および死・絶・敗のこれら衰敗の地で、しかも身宮・命宮がまたその上に陷るは、これこそ奔波労役・一事無成の人、この時にこそ奴僕を以て論じてよい。

一奴宮不獨轄人貴賤勞逸,亦主僕馬侍從。本星坐於強旺之地,更加吉星生之,必主奴僕豐盛;若主星弱、奴星強,反被奴欺,故果老云:主弱奴強,奴婢有侵凌之患。大抵以身命高強為上也。如驛馬在奴僕宮,多主逃走,或離遠鄉而不回也。

奴僕宮はただ手下の人の貴賤労逸を管轄するのみならず、また僕従・車馬・随侍の多寡をも主る。本宮の主星が強旺の地に坐し、さらに吉星の生扶を加えば、必ず奴僕衆多・使喚得力を主る。もし主星が衰弱にして奴星が強盛ならば、反って下人に欺圧されんとす。ゆえに張果老曰く:主弱く奴強きは、奴婢に主人を侵凌する禍患あればなり。大体はなお身宮・命宮の高強を以て上とす。駅馬の星が奴僕宮に落つるに至っては、多く奴僕の逃亡走失・あるいは郷土を遠く離れて一たび去れば返らざるを主る。

夫妻について論ず

一妻宮是祿貴、長生、帝旺之地,皆主好妻美貌多能;如是死絕、的殺、劫殺之宮,皆不得好妻,更會孤寡惡宿,必主無妻。術家云:鼓盆星,五行絕處是也。會喪吊二符、計都,必克妻。如妻主是殺星,坐強實殿駕,或守財帛田宅,主妻多做大模樣,欺凌夫主也。

妻宮もし禄神・貴人・長生・帝旺のこれらの位置ならば、皆良き妻子を娶るを主り、容貌美麗にしてしかも能なり。もし妻宮が死絶の地、あるいは「的殺」「劫殺」の宮ならば、皆良き妻を娶る能わず。さらに「孤辰」「寡宿」等の悪宿に会せば、必ず妻子をも並べて有せず。術家に「鼓盆星」と言う一説あり、指すは五行の絶の処――荘子が妻を喪い盆を鼓して歌いしに因って、これを借りて喪妻の象とす。もし喪門・吊客の二符および「計都」に会せば、必ず妻を剋す。もし妻宮の主星がそのものすなわち殺星で、また強実の宮あるいは殿駕の位に坐するか、あるいは財帛宮・田宅宮を守るは、すなわち妻子の大いに架子を擺るを主り、反って丈夫を欺圧す。

如以金為妻,若得其正位,必主妻有姿色而賢;若有水孛相侵,則不然。如妻宮主落陷居空弱地,有的殺、六害、白虎加其宮分,及臨其主所守之地者,必多克害。如妻星化值難,值咸池、的殺同宮,必多產厄而亡。如妻星是太陽,或入未,或在午,或入兄弟,多主因親致富,姨兄弟為之。

もし「太白」金星を以て妻星とすれば、金星その正位を得、必ず妻子に姿色ありしかも賢慧を主る。もし「辰星」水星と「月孛」と来て侵擾すれば、これと同じからず。もし妻宮の主星が落陷して空亡衰弱の地に処り、また「的殺」「六害」「白虎」がこの一宮の宮分に加わるか、あるいは妻宮主星の所守の位置に臨めば、必ず多く妻室を剋傷す。もし妻星が「値難」と化し、また「咸池」「的殺」と同宮ならば、妻子は多く難産に死す。もし妻星が「太陽」か、あるいは未宮に落入するか、あるいは午宮に在るか、あるいは兄弟宮に落入するは、多く親戚の関係に因って富を致すを主り、往々にして姨表兄弟のこの一層の関係に頼って事を成す。

或妻星單在華蓋及陽刃,我命坐白虎,則多與妻不和、隔角之類。如妻星落陷,又得金氣有力,必有小妻諧老。又如妻星坐咸池,與兄弟主、奴僕主同宮,又有的殺、驛馬夾之者,則主其妻與外人及奴僕通情者極驗,不可不察。

もし妻星が孤单に「華蓋」あるいは「陽刃」の上に落ち、しかも我が命宮がまた「白虎」に坐すれば、則ち多く夫妻不和・動けば彆扭抵触す。もし妻星が落陷するも、また「太白」金星と「紫気」の力ある扶助を得れば、必ず別に偏房小妻ありて彼と頭白きまで到老し得べし。また妻星が「咸池」に坐し、同時に兄弟宮主星・奴僕宮主星と同じく一宮に処り、また「的殺」と駅馬が両辺より夾まば、則ちその妻子が外人および家中の奴僕と私通することを主る。この一条は応験極めて准なり、細察せざるべからず。

疾厄について論ず

八殺之宮,非特主人疾厄,亦主人一生操權。若權星、印星、祿星、福星居之,皆主其人有重權。身命入八殺,得令得時,諸星扶之,貴格也。經云:身命登八殺,科名須早發;八殺入命來,災殃那可脫。八殺者,疾厄宮之主星也,其星主有權衡,掌邊鄙之能也,不可混作凶星而推。

第八宮「八殺」は、単に一個の疾病災厄を主るのみならず、またその一生の権を握り得るや否をも主る。もし権星・印星・禄星・福星がこの宮に居れば、皆この人の手に重権を握るを主る。身宮・命宮が八殺の宮に落入してしかも令を得時を得、さらに衆星の扶持あれば、それは貴格である。経文に曰く:身命が八殺の宮に登臨すれば、科挙功名は必ず早年に発達す。八殺が命に入り来れば、災殃はまた難くも脱せざるべからず。いわゆる「八殺」とは、すなわち疾厄宮の主星で、この星は権衡刑柄を主掌し、辺地を鎮守するの才干あり。一概に凶星を以て推断すべからず。

一看疾厄,先看命度身度受克否,又起處坐殺與不坐殺,更看疾厄宮有何星坐其上。如有火羅、計孛、刑囚暗耗諸凶並會其上者,皆主重疾;如無星而三方對照有凶星者,主帶疾。一身命居八殺,刃雄相併,或殺星照臨,主重疾;八殺主守照得所,主貴。土計羅帶天雄陽刃,夜生與月同躔,必主破相。

疾厄宮を看るに、まず命度・身度に剋を受けたるや否を看、次に起処が殺星に坐すや否を看、然る後に疾厄宮上にどの星が坐するかを看る。もし「熒惑」火星・「羅睺」・「計都」・「月孛」および「刑」「囚」「暗」「耗」のこれらの凶曜が一斉にその上に聚会すれば、皆重病を主る。もし宮中に星なきも、三方対照するが凶星ならば、身上に疾を帯ぶを主る。身宮・命宮が八殺の宮に落ち、「陽刃」と「天雄」と並列し、あるいは殺星の照臨あれば、皆重病を主る。ただし八殺宮の主星が守照して各々その位を得れば、反って貴顕を主る。「鎮星」土星・「計都」・「羅睺」が「天雄」「陽刃」を帯び、また夜間の出生にして「太陰」と同度ならば、必ず破相を主る。

遷移について論ず

一遷移主星守命,主遷居,或加殺,限危重則徒流,輕則遠行也。一遊行在驛馬,主人過房出祖,坐長生馬者有四方之志。一遊行遇吉星,則出入見貴扶持;會惡殺及浮沉水孛,主飄蕩而亡歸也。一天馬、地驛星會,多動也;或主星在馬宮,或小限入遷移,皆主有動也,此訣最善,不可輕洩。凡看遷移,必以馬星為主,若用馬必用鞍,無鞍不可騎;有馬必用攔,無攔則不止,乃為流馬也。如寅午戌馬居申,以未為鞍,以酉為攔,方為有用,此是一秘訣,世人無傳。

遷移宮の主星が来て命宮を守れば、この人の遷居あるを主る。もしさらに凶殺を加えば、行限の危重なるは流刑・充軍を主り、軽きもただ遠く行て外に在るのみ。遊行の星が駅馬に落つるは、この人の他姓に過継されあるいは祖業を離るるを主る。駅馬がまた長生の地に坐するは、胸中に四方の志あるなり。遊行の星が吉星に遇上すれば、門を出れば便ち貴人に結交し・処々に人の扶持を得、もし兇悪の殺および浮沉不定の「辰星」水星と「月孛」に会せば、漂泊流蕩・他郷に客死して帰るを得ざるを主る。天馬・地駅の両星相会するは、一生多く動くを主る。あるいは主星が駅馬の宮に落つるか、あるいは小限が遷移宮に走入るも、皆遷動の事あるを主る。この口訣は最も良し、軽々しく外洩すべからず。凡そ遷移宮を看るに、必ず馬星を以て主とす。馬を用うれば鞍を配するを得、鞍なくんば騎る能わず。馬有れば欄あるを得、欄なくんば拴ぐ能わず、則ち処々に乱走する流馬と為る。譬えば寅午戌年の駅馬は申に在り、未を以て鞍とし・酉を以て欄とす。かくのごとくしてこそ用あるを得べし。これは一条の秘訣、世人未だ伝えざるなり。

官禄について論ず

一官祿宮不宜財星生旺守照,及犯天雄陽刃諸殺,主人貪財壞名;亦不宜官星克命。經云:官祿克命,以名立身,以名敗身。更不宜十宮逢羅,主人粗豪健訟。官星只宜文魁、印星、祿神守照,則為純粹。一官祿不要殺星克其宮,名曰官鬼。如官祿在亥,卻不宜金星入,亦不宜三合四正宮值之,皆主其人健訟;不然遭官破家,亦主無官食祿之分,諸宮皆仿此。

官禄宮は財星の生旺して守照し来るを宜しとせず、また「天雄」「陽刃」等の諸殺を犯上するを宜しとせず。さもなくばこの人の財を貪り名聲を敗壊するを主る。同様にまた官星の反って命宮を剋するを宜しとせず。経文に曰く:官禄が命を剋する人は、名聲に倚って身を立て、また終に名聲に因って身を敗す。さらに第十宮が「羅睺」に遇うを宜しとせず、それは主人性情粗豪・好んで官司を打つを主る。官星はただ文魁星・印星・禄神の守照を有するを宜しとし、かくのごとくしてこそ純粋と算す。官禄宮は殺星の来て本宮を剋するを要せず、それを「官鬼」と呼ぶ。譬えば官禄宮が亥に在れば、「太白」金星の進入を宜しとせず、また三合宮・四正宮上に金星の値するを宜しとせず、皆この人の好訟を主る。さもなくば官司を喫して家を破り、また一生官を為り禄を食むの份なきをも主る。残りの各宮は皆この道理に照らして類推す。

福徳について論ず

一須先看福德宮為要。福德、官祿二宮最喜吉星臨照,若見福居福、祿居祿,身命主入官福,日月照官福,水日金月各居官福,皆是有福之人。如福祿二宮無星守照,或三方四正有吉星暗加其上者,亦吉。未有此二宮無吉星照臨者是為富貴之人。凡看福德、田宅、財帛三者為重,若俱無吉星,不可以為吉,只是庸常命斷之。福德一宮,人生賴之以安榮,苟有凶星雜之,以害人之福氣,則一生衣祿已矣乎。

命を看るにまず福徳宮を以て緊要とす。福徳・官禄のこの二宮は最も吉星の臨照を喜ぶ。福星が恰も福徳宮に落ち、禄星が恰も官禄宮に落ち、身主・命主が官禄福徳の二宮に進入し、「太陽」「太陰」が官禄福徳の二宮を照臨し、あるいは「辰星」水星と「太陽」・「太白」金星と「太陰」が分かれて官福の二宮に居る。これらは皆福ある人である。もし福徳・官禄の二宮に星の守照なくとも、三方四正上に吉星が暗暗として加臨すれば、また吉と算す。未だかつてこの二宮に吉星の照臨なくして、なお富貴と算し得たる人あらず。凡そ命を看るに、福徳・田宅・財帛の三宮を以て重とす。もし三宮に吉星なければ、吉と算する能わず、ただ平常庸碌の命を以て断ずべし。福徳のこの一宮は、人の一生の安穏栄顕に頼る所である。もし凶星がその中に混杂して人の福気を損害せば、則ち一生の衣食禄位もまたここに止まるのみ。

相貌について論ず

金星獨行,相貌清秀溫潤;木星瘦長清爽;水星眼目俊麗;火星日生則面紫黑,夜生則紅白;土星肥白長大,夜生矮黑;孛星額角骨露,日生長大好顏色,夜生額角露而細小;羅?頭角闊大,骨格粗多須;計長面骨粗露,夜則身小眼露;氣星好相貌多須;太陰溫潤白,夜黑小;太陽日黑色赤,夜生清白爽氣。

「太白」金星が単独に度を行きて相貌を主るは、人生まれて清秀温潤。「歳星」木星が相貌を主るは、身形痩長にして清爽。「辰星」水星が相貌を主るは、眼目生まれて俊俏明麗。「熒惑」火星が相貌を主るは、昼生まれは面色紫黒、夜生まれは面色紅白。「鎮星」土星が相貌を主るは、人肥白高大、夜生まれは則ち矮小黑痩。「月孛」が相貌を主るは、額角の骨骼外露、昼生まれは高大にして気色好く、夜生まれは額角露るも身形細小。「羅睺」が相貌を主るは、頭角開闊寛大、骨骼粗壮にして鬚髯多し(底本ここに一字を闕く、「羅星」と作るべし)。「計都」が相貌を主るは、臉長くして面骨粗露、夜生まれは身材矮小・眼珠突出。「紫気」が相貌を主るは、人生まれ好く、鬚髯も多し。「太陰」が相貌を主るは、肌膚温潤白浄、夜生まれは則ち黒くして痩小。「太陽」が相貌を主るは、昼生まれは面色黒中に赤を帯び、夜生まれは清白にして神気爽朗。

凡看相貌,如命裡有星,須看先入者斷之;若命與相貌皆有星,亦依例斷之,及三合對照推之。主星起會刑囚暗耗,主破相暗疾,不然錭花刺紋之輩。且相貌之宮,乃人性情之所鍾,善惡之鄉也。吉星臨照,則為人君子;若殺星來據,更與福德陽刃同會,必寡情薄德、不仁不義之徒也。金命主人直方平而正,遇土則肥大,主有義;本命主人昂藏瘦而挺直而長,多有仁心;水命主人形起而浮潤,眉粗眼大而多智也;火命主人上尖下闊,性急而好禮;土命為人肥大敦厚,有信而不失。

凡そ相貌宮を看るに、もし命宮の裡にも星あれば、則ちどの星が先に宮に入るかを看、先入のその一に拠って断ず。もし命宮と相貌宮に皆星あれば、同様にこの例に依って断じ、さらに三合宮の対照を参照して推す。相貌宮の主星もし「刑」「囚」「暗」「耗」に会せば、臉上の破相あるいは身に暗疾あるを主り、さもなくば彫青刺紋のあの一類の人である。況んや相貌のこの一宮は、正に人の性情の聚集する所であり、また善悪の出ずる郷里である。吉星の臨照あれば、人たるや君子。もし殺星が来て占拠し、さらに福徳宮の「陽刃」と同会すれば、必ず寡情薄徳・不仁不義の徒。金を命主とする人は、形体方直平正、もしまた土に遇えば生長して肥大、人と為り義気を重んず。木を命主とする人は(底本「本」は「木」の訛)、身形軒昂痩削・挺直にして修長、多く仁愛の心あり。水を命主とする人は、体態活絡にして肌膚浮潤、眉毛は粗く眼睛は大、人と為り智謀多し。火を命主とする人は、上尖下闊、性子急躁にして礼節を好む。土を命主とする人は、肥大敦厚、信用を講じて約を失わず。

蓋人生處世,以福德為最,有福則立妻子,立名利,致富貴,福德既虧,前數者未見其為福也。若福德宮無星,更看三方對照,有吉星照福德者,皆為有福之人,為人性必端厚,量必寬洪,心必仁慈,氣必溫柔有壽。考之人,是可以定人之性情,每試累驗。若有刑囚暗耗諸殺居福者,必是刻薄兇狠、大寬小急、心多好殺、不仁不義、言不忠信、詭譎詐欺、奸謀機巧之人,未見其為福也。

人の世に生るるは、福徳を以て第一の緊要とす。福ある人のみ能く妻子を娶り児を生み・名利を成就し・富貴を招致す。福徳一たび虧けば、前に言うところのあの数様は皆福を言うに足らず。もし福徳宮の中に星なければ、則ち三方対照を看る。凡そ吉星の福徳宮を照らす者は、皆福ある人で、性情は必ず端方厚道、度量は必ず寛宏、心地は必ず仁慈、気質は必ず温柔にして寿考を享有す。これを以て人を考察すれば、則ち人の性情を定め得べし。屢試み屢験す。もし「刑」「囚」「暗」「耗」の諸殺が福徳宮を占拠すれば、それは必ず刻薄兇狠・大事に対しては寛縦にして小事に対しては急躁・心裏に殺を好み・不仁不義・言語に忠信を講ぜず・行事詭譎欺詐・専ら奸謀機巧を用うる人。かかるも福を言うに足らず。

張果星宗四

談星奥論

餘在江湖二十餘年,遍求談命之士,甚多技藝須廣,卻無實學。雖果老一書,諸篇精詳甚明,予詢試驗之,內有數條不准:天雄遇官星,祿宮及月孛同躔,前後不驗。今將有準斷條並彷佛格局凡例,續附於左。鄭希誠者,豈非虛中、袁李琴堂苟判僧之下乎?上達天文精星象,以人稟二五之精血而生,亦猶天地之稟陰陽而生人民也。以五星定五常,以五臟而應五星,以求人之禍福疾病也。故天命與人命相關,非小數也。

我、江湖上に奔走すること二十余年、命を談ずる術士を遍訪し、見る人は技藝の渉猟は広しといえども真才実学なし。果老のこの書に至っては、各篇の講ずる精詳明白なれども、我一条一条を以て検証するに、裡頭にもまた数条の准ならざるあり。例えば「天雄」が官星に遇い、禄宮がまた「月孛」と同度するは、この一条は前後とも応験せず。如今、我は断じて准なる条目を、大略近似の格局凡例とともに、一併せて下面に續附す。鄭希誠のごとき人は、豈に李虚中および袁氏・李氏・琴堂の諸家と判僧の下に屈居せんや。上は天文に通じ・星象に精しきの理はここに在り:人は陰陽二気と五行の精血を禀受して生ずれば、譬えば天地の陰陽の気を禀受して万民を生出するがごとし。ゆえに五星を以て五常に配定し、五臓を以て五星に対応し、これに拠って人の禍福と疾病を推求す。見るべし、天上の星命と人身の性命は互いに関聯す。これは一門の小なる術数にあらず。

一排命先求星曆,端正太陰晨昏起度不差,若差之毫釐,謬以千里。取三方對照,生克帶貴殺若何,夜生重身度主,要緊觀命局面,在乎通變。假如四火為命,或失經於水,得木氣為援吉;若水孛又高於木氣,展轉相生亦可取用。飛廉守照,遇星制伏,不為害。諸星沉退,一星滿用,大貴。

一つの命盤を排するに、まず星暦を查求し、「太陰」の晨昏の際に起こる宿度を端正分毫差なから定むべし。もし毫厘に差せば、断じ出せば千里に謬る。続いて三方対照を取り、生剋如何・帯ぶるは貴神か凶殺かを看る。夜に生まれた人は身度の主星を偏重す。最も緊要は命盤全体の局面を通観し、霊活通変を貴ぶ。譬えば火を命主として火が四つの位置を占むるも、もし水に剋されて経を失えば、「歳星」木星と「紫気」の接応を得て吉に転ず。もし「辰星」水星と「月孛」の力量がまた木と紫気に高過すれば、則ち輾転相生して、同じく取りて用を為すべし。「飛廉」は命宮を守照すといえども、他の星に遇ってそれを制伏せられれば、また害を為さず。衆星の皆沉伏退行する時、ただ一つの星の円満可用あれば、照様に大貴を主り得べし。

一看命度帶殺,限度重並,遇生星即死。假如庚戌八月生人,安命室火,木為劫殺,土為浮沉,火為劍鋒飛廉,三十二歲行斗木,水中死。一官福星宜守照身命,若化祿魁、天地人元,大吉。一恩星隨身為富格。假如坐命四土,火為恩,與月同行,又是夜生,得令得時,更遇生旺,諸吉扶之,為一二三品之貴。

命度を看てもし殺を帯び、行限の宿度がまたこれと重畳せば、一たびあの殺星を生扶する星曜に遇えば命を送るを要す。譬えば庚戌年八月に生まれた人は、命宮を室火宿に安じ、「歳星」木星を劫殺とし、「鎮星」土星を浮沉とし、「熒惑」火星を剣鋒・飛廉とし、三十二歳に至り行限が斗木宿に走れば、便ち溺水して死す。官星・福星は身宮・命宮を守照するを宜しとす。もしさらに禄星・魁星に化し、天元・地元・人元の三元俱に至れば、則ち大吉。恩星が身宮に跟随するは富格なり。譬えば命を坐する所に土が四位を占め、「熒惑」火星を恩星として「太陰」と同行し、また夜に生まれ、令を得時を得、さらに生旺の地に遇い、衆吉星の扶持あれば、一品・二品・三品の貴命なり。

一飛廉守命主夭,須看格局,格局高強有援有救,水命不為忌。如丙子正月生,命泊尾度,孛守照,土在命為援。又如室火安命正月,水為飛廉守照,若值太陽或木土同宮反吉;若坐的殺、劫刃,行弱限必凶,格高不忌。

「飛廉」が命を守るは、短寿を主るも、なお格局を看るを要す。格局高強にして星の接応あり・星の解救あるは、水を命主とする時は則ち必ずしもそれを忌むを要せず。譬えば丙子年正月生の人は、命宮を尾宿に停め、「月孛」が守照し、「鎮星」土星が命宮に在りて接応を為す。また譬えば正月生の人が室火宿を以て命を安ずれば、「辰星」水星が「飛廉」を充当して守照し、もし「太陽」に碰上るか、あるいは「歳星」木星・「鎮星」土星と同宮なれば、反って吉に転ず。もし「的殺」「劫殺」「陽刃」に坐し、また衰弱の限に行けば、必ず兇險なり。格局高きは必ずしも忌諱を要せず。

一八殺朝天,或守照得所,皆貴人。假如戌亥安命,金火獨守照,得令得時為上。又如泊命柳土度,及翼亢泊命者,金火土兼為八殺,主獨去占天門,得所為貴。殺至天門,乃至尊之位,雖有惡行而化為善人。一命在刃,不宜金守照,加火羅愈惡,壽不延長,木命人不得其死,逢空稍輕。

八殺が天門に朝向するか、あるいは守照して各々その位を得れば、皆貴人を主る。譬えば命を戌宮・亥宮に安じ、「太白」金星と「熒惑」火星が単独に守照し、また令を得時を得れば、それは上格なり。また譬えば命宮を柳土宿に停め、および翼宿・亢宿を以て命を安ずる人は、金・火・土が兼ねて八殺を為し、それらの独自に去りて天門を占拠するを主り、位を得れば貴を主る。殺星が天門に到るは、それは至尊の位で、たとえ本性兇悪なるも、また善に転化す。もし命宮が羊刃に坐すれば、「太白」金星の守照を宜しとせず、さらに「熒惑」火星と「羅睺」を加えばさらに兇悪、寿数長からず。木を命主とする人はなお善終を得ず、もし空亡に逢えば、害を為すことやや軽し。

一流刃並天雄遇木氣,為殺最重。坐命四土,或四月度者,或原月與木氣同躔,行限值刃有災,家口不寧。限雖不遇太陰,逐月行宮遇此刃氣,決主刑杖或墜之災。丙辰刃氣在張,行限見之多災,流行太陰遇之同日,受杖八十。予命在女,氣月同度在亥,丙辰年壬辰月戊寅日,太陰值流,氣木在角度,小限並刃值月官符,大限在氐值病符,原氣三方切照氐八度,忽高樓跌下,半月不知人事。

流年の羊刃と「天雄」とが並臨し、さらに「歳星」木星と「紫気」に遇うは、この種の殺は最も重し。命を坐する所に土が四位を占めるか、あるいは四つの月宿の度を以て命を安ずる人、あるいは本命の「太陰」が木・紫気と同度にして、行限がまた羊刃に値すれば、災禍ありて家口安寧を得ず。かかる限は、たとえ「太陽」に碰上らずとも、逐月に宮を行く時にこの股の刃気に遇えば、決定して杖責の刑あるいは墜落の災を主る。丙辰年に刃気が張宿に落ち、行限これを見れば災多し。流行の「太陰」がまた同じ日に遇上して、本人は便ち八十の杖を挨む。我が命宮は女宿に在り、「紫気」と「太陰」とは亥宮に同度す。丙辰年壬辰月戊寅日、「太陰」は正に流年に値し、「紫気」と「歳星」木星は角宿に在り、小限は羊刃に連なりまた月建官符に値し、大限は氐宿に在りて病符に値し、本命の「紫気」は三方より氐宿の八度を緊照す――その日、我忽ち高楼より跌下し、半月にして人事省せず。

此要原守星與流年星度、限度參詳有準。一月殺飛廉最要看。假如我命八月,月殺在亥,太歲值亥,木嫌,氣月同躔室度,所喜氣生身度,火與彼有情,作事盡有方略,未免亦有險撞。一看命不拘晝夜,須看太陰落在何宮何度,有無拱夾,吉凶與命相參取用;又看本生日干化曜,金木水火土加在月上,與別曜有無剋制。假如我命甲子日干,甲己化土,太陰即屬土,不宜月氣同躔,主有疾氣;為財福,又日生,人稍輕。行四月度,主脾胃疾氣;若帶殺,瘧疾經年不愈,脫限外方可。

これはすなわち本命の元来の守照の星と、流年の星度・限度とを合せて参詳してこそ、断じて准なり。月殺と「飛廉」は最も緊要に看るべし。譬えば我が命は八月に在り、月殺は亥に落ち、太歳はまた亥に値し、「歳星」木星はここに在りて嫌忌と為り、「紫気」と「太陰」とは室宿に同度す。幸いに「紫気」能く我が身度を生じ、「熒惑」火星はそれとまた情あり。ゆえに事を為すに方略甚だあり、ただ免れずしてまた幾回か險く衝撞して事を出す。命を看るに昼夜に拘泥せずとも、但し皆「太陰」のどの宮・どの度に落つるか、星の来て拱夾するや否を看、それの吉凶を命宮と合参して取用し、なお本人生日の日干の化する曜を看、金木水火土を「太陰」に加えて、他の星曜と剋制あるや否を看る。譬えば我が命は甲子の日干で、甲と己と合して土に化し、「太陰」は便ち土に属す。則ち「太陰」と「紫気」との同度を宜しとせず、それは病気あるを主る。ただしそれは兼ねて財星・福星と為り、また昼生まれなるが、害を為すことやや軽し。行限が四つの月宿の度に走れば、脾胃に病気あるを主る。もしさらに殺を帯ぶれば、瘧疾経年して愈えず、この一限を脱出してこそ好くを得べし。

一看命度帶殺與不帶殺,起在何宮度,有無相戰,方論吉凶。假如金為命度,又是飛廉羊刃等殺,或與火羅沖戰,或與太陰同道,決主重疾;若帶孤劫刃,亦主孤乏;若帶殺升殿入垣,更三元會此,皆是顯達上格。命度帶殺重者主殘疾,逢克戰主夭。

命度を看るに、まずそれが殺を帯ぶか帯びないかを分け明らかにし、どの宮・どの度に起こるか、他の星と相戦するや否を看、然る後に吉凶を談ずべし。譬えば「太白」金星を命度として、それがまた「飛廉」「羊刃」等の殺を兼作するか、あるいは「熒惑」火星・「羅睺」と衝戦するか、あるいは「太陰」と同行一道するは、決定して重病を主る。もし「孤辰」「劫殺」と羊刃を帯ぶれば、また孤単困乏を主る。もし殺を帯ぶも升殿入垣し、さらに天元・地元・人元の三元がこの所に会聚すれば、あれは皆顕達の上格である。命度の帯殺太重なるは、残疾を主る。さらに剋戦に逢えば、夭亡を主る。

一八殺宮刃雄並,或身命主星坐臨此宮,或殺星臨照,皆主重疾;八殺主守照得所,主權貴。一八字中諸劫刃並在年時上主疾,否則夭;若諸吉貴祿、注受、斗杓、符印在年日時上,大吉貴。如甲辰、甲子、甲申九月十一月,注受祿馬生旺在寅,寅時最好。一命坐刃鋒逢空,加福官國印得力,貴格。

八殺の宮上に「陽刃」と「天雄」とが並列するか、あるいは身主・命主がこの一宮に坐臨するか、あるいは殺星の臨照あれば、皆重病を主る。ただし八殺宮の主星が守照して各々その位を得れば、反って権を掌り貴顕することを主る。八字の中、もし各種の劫殺・羊刃が皆年柱と時柱に并集すれば、疾あるを主り、さもなくば夭折を主る。反対に、もし衆吉神の天乙貴人・禄神・注受・斗杓・符印のごときが年・日・時の三柱に落つれば、それは大吉大貴。譬えば甲辰・甲子・甲申の三日が九月・十一月に生まれ、注受と禄馬が生に逢し、旺が寅位に在るは、寅時を用うるが最も好し。命宮が刃鋒に坐してまた空亡に逢い、さらに福星・官星と国印星を加うるも、ただ得力すれば、なお貴格である。

一天元星最要緊,或守命得令相資,或是身命主聰明,加生旺貴祿為奇。天元者,如甲天元屬木,而木星守命,或命度純木尤奇。一同年月日時之命,出處不同,何也?想太陰交宮過度,有淺深先後,以八刻之分。假如前四刻,月在心五度,論太陰行事;後四刻到尾初,論火取用,故有不同。

天元星は最も緊要。それはあるいは命を守って令を得、また星の相助あり、あるいはそのものすなわち身主・命主にして人を聡明ならしむ。さらに生旺の地と貴人・禄神を加えば、さらに奇格となる。いわゆる天元とは、譬えば甲の天元は木に属し、則ち「歳星」木星が命を守れば合し、もし命度が純に木宿ならば殊に奇特なり。同年同月同日同時に生まるる人が、际遇は大いに相同じからざるは何の故ぞや。思うに「太陰」の宮を交り度を過ぐるに深淺先後の別あり、ただ八刻の間に高下を分くるが故なり。譬えば前四刻に「太陰」が心宿の五度に在れば、「太陰」の行度に拠って事を論じ、後四刻にはすでに尾宿の初めに至り、則ち「熒惑」火星に拠って取用を要す――ゆえに命同じくして人は同じからず。

夜生人乃身度主為要,因往推來可驗,此在時分八刻之論,一有先後次第、度數交行之上見之。一三元最宜照官祿,若安命在奎婁,更天元星得令得地會官福,必中進士狀元。一身命坐空,怕刃對照主夭,行限見凶星難過;坐命對生時,又遇殺守照亦夭。命既坐空,已險危矣,安受殺難沖照,死亡必矣,又何以福壽乎?

夜に生まれた人は、身度の主星を要とし、已往に拠って将来を推せば、一験すれば即ち准なり。この道理はすなわち時辰を八刻に分くるの講究の裡にあり、先後次第の分別は、全て度数の交行の処に見出ず。天元・地元・人元の三元は最も官禄宮を照臨するを宜しとす。もし命を奎宿・婁宿に安じ、天元星がまた令を得地を得て官禄福徳の二宮に会合すれば、必ず進士に考中し乃至状元となる。身宮・命宮が空亡に坐するは、最も羊刃の対宮より照らし来るを惧れ、夭折を主る。行限が凶星に遇えば度り難し。命を坐する所が生時に正対し、また殺星の守照に遇うも、同じく夭を主る。命すでに空に坐して、もとより險危、どうしてなお殺星の衝照に堪えん。則ち必ず死して疑いなし。また何の福寿を談ぜんや。

一四金泊命,主起殺宮,蓋殺氣太重,命不長久;若福祿身好發用,只宜引陽貴。大抵看命,要分寒暑,大寒不可背太陽火羅,近水月孛不利,大熱反是。一縊死必犯闌干殺。有甲戌生人,柳土泊命,土起亢,羅守照,一生發用,五十七限脫鋒入劫,自縊死。

四金が命宮に停まり、しかも命主がまた殺宮に起こるは、殺気太重にして、寿命は長久ならず。もし福徳宮・禄星と身宮とが皆好くして発用し得れば、ただ陽貴人を引用するを宜しとするのみ。大体、命を看るに寒暑を分つを要す。大寒の時節は「太陽」と「熒惑」火星・「羅睺」に背離すべからず、もし「辰星」水星と「月孛」に太く近づけば利ならず。大熱の時節は則ち恰も反対。縊死する人は必ず「闌干殺」を犯す。甲戌年生の人ありて、柳土宿を以て命を安じ、「鎮星」土星は亢宿に起こり、「羅睺」が守照し、一生頗る作為ありしが、五十七歳に至り行限が刃鋒を脱出して劫殺に入れば、上がり吊りて自ら尽きたり。

又甲寅生人,寅時軫水立命,月起官祿參水四度,十八歲限入張為生員,自吊死,以亢軫參度數為闌干故也。又有乙卯生人,壁水為命,日月夾水,中進士,官至六十二,行卯限末,將入刃縊死,何也?蓋宮火怒畢七原,闌干殺起畢七,與孛同道,命水又是廉劫,主不宜夾拱,故縊死。不獨看闌干,但諸殺並沓,壽元根基淺薄,亦主橫死。

また甲寅年生の人ありて、寅時に軫水宿を以て命を立て、「太陰」は官禄宮の参水宿四度に起こり、十八歳に行限が張宿に進入して生員に考中すも、後に上がり吊りて死す――これは亢・軫・参のこれらの度数が正に「闌干殺」の在所なればなり。また乙卯年生の人ありて、壁水宿を以て命とし、「太陽」「太陰」は両辺より水宿を夾輔し、進士に考中して官を六十二歳まで為り、卯宮の限を行きて将に尽きんとして羊刃に入り、竟に自縊して死す。これまた何の故ぞや。もとは宮中の火気が畢宿・七宿の本原を激怒し、「闌干殺」が正に畢・七の間に起こり、また「月孛」と同道して、しかも命は水に属し兼ねて「飛廉」「劫殺」と為り、夾拱せらるるを宜しとせざるを主れば、ゆえに縊死せり。見るべし、「闌干殺」の一項のみを看る能わず。凡そ諸殺の重重畳畳にして、しかも寿元の根基が浅薄なるは、同じく横死を主る。

闌干之星,亦主傷殘自縊之禍,若遇官事,主徒杖等刑。自子年在午,丑年在未,則沖即是。如在命度有惡殺相併,決主非災而死。一月帶刃,不宜與火羅同躔,主目疾;若在已上,主耳聾。火羅帶殺險,火命人稍輕。如己未生人二月,九月又是未申泊命,月是殺,主最嫌與刑金同宮,若得令,先榮後刑。又如丁丑二月生,金月在子,火在午,亥宮泊命,金為兄弟帶殺,行殺限,被弟持刀殺死。

「闌干」のこの星は、また傷残と自縊の禍を主る。もし官司に碰上れば、徒刑・杖刑の一類の刑罰を主る。それの定法は:子年は午に、丑年は未に、相沖のあの一位を取れば即ち是なり。もしそれが命度に落ちてまた悪殺が并臨すれば、則ち一定して非命に死す。「太陰」が羊刃を帯ぶは、「熒惑」火星・「羅睺」と同度を宜しとせず、眼睛に病あるを主る。もし巳位上に落つれば、耳の聾を主る。「熒惑」と「羅睺」の殺を帯ぶは最も險にして、火を命主とする人は害を受くることやや軽し。譬えば己未年二月生の人は、九月に行限がまた未・申に逢い命を安ずれば、「太陰」は正に殺星、最もそれと刑を帯ぶる「太白」金星との同宮を嫌う。もし令を得れば、ただ先に栄顕して後に刑を遭うに過ぎず。また丁丑年二月生の人は、「太白」金星と「太陰」とは子に在り、「熒惑」火星は午に在り、命宮は亥宮に停まる。金星は兄弟宮の主にしてまた殺を帯び、殺限に行き到れば、便ち弟弟に持刀せられて殺される。

金為刃器也,又行殺限,主有是事,言命之理,信有之矣。一寒月要隨陽,日月同躔,又是四月泊命,更官福田財又好,為上格。一看官魁星要緊,名利人根基既好,更官魁在命,或在官福,在八殺獨行得令,為顯官。如甲壬生人,氣月為官魁;乙生人,水日是也。

「太白」金星はもとより刀刃の器、また殺限に行き到りて、始めてかかる事あり。見るべし、命を談ずるの道理は、確かに征験あるなり。寒月に生まれた人は「太陰」の「太陽」に随従するを要し、「太陽」「太陰」は同度にして、また四つの月宿の度を以て命を安じ、さらに官禄・福徳・田宅・財帛の四宮が皆好ければ、それは上格。官魁星を看るは甚だ緊要。一個の名を求め利を求むる人は根基すでに足らば、さらに官魁星が命に坐し、あるいは官禄福徳の二宮に落ち、あるいは八殺の宮に独行して令を得れば、顕赫の官員となる。譬えば甲年・壬年生の人は、「紫気」と「太陰」を以て官魁と為し、乙年生の人は、「辰星」水星と「太陽」を以て官魁と為す。

一五星帶天雄陽刃近太陽,主目疾,四日泊命尤驗,日守照亦然。若日帶孤廉刃守照,或遇殺星輔夾,俱主夭。日月為天之眼目,如帶殺則害之,如人之眼目,故主是疾。一用星或命或官本弱,得援星親切者為上。一命坐孤劫,或孤劫星守照者,必主害六親,各有輕重分之。一命坐四金,土對照金,勢強,假使金木同度,決然不利,因財致禍,刑殺重並者尤甚。

五星もし「天雄」「陽刃」を帯びてまた「太陽」に近づけば、眼睛に病あるを主り、四つの日宿の度を以て命を安ずる者は殊に応験し、「太陽」の守照もまた同じ。もし「太陽」が「孤辰」「飛廉」「陽刃」を帯びて守照し来るか、あるいは殺星に遇って両辺より輔夾せられれば、皆夭亡を主る。「太陽」「太陰」は天の眼目、殺を帯ぶればすなわちそれらを傷害するが、正に人の眼目の損ずるがごときが故に、眼疾を主る。取用する所の星、あるいは命宮、あるいは官禄宮、本身の力量弱きも、ただ接応の星の緊貼相助を得れば、則ち上等と算す。命宮が「孤辰」「劫殺」に坐し、あるいは孤劫の星の守照あるは、必ず六親を妨害す。ただ各々軽重の分あり。命宮が四金に坐し、また「鎮星」土星が金星に対照すれば、金勢は則ち太強。もし金と木と同度ならば、則ち決然として利あらず、銭財に因って禍を招き、もし刑殺の重畳并臨すればさらに甚だし。

一冬令金水嚴凝,若守照,或是命度,乃孤乏之人也。一計羅截斷,跳出一星,又嫌五殘守照,經書甚有理,中間多五殘守照而富貴。如白布政,己亥四月二十九日子時,危十二度泊命,計羅辰戌,漏一氣在斗木,到大梁,月孛胃宿土同躔,諸星皆不可取,年少登科。吾想月為天元祿,主身度起高故也。

冬季に生まれた人、「太白」金星と「辰星」水星とが寒気厳凝し、もし来て命宮を守照するか、あるいはそのものが命度なれば、それは孤単貧乏の人。「計都」「羅睺」が星盤を截断し、中間より一つの星が跳出すは、また「五残」の守照を嫌う。経書のこの話は甚だ道理あり。ただし実際にもまた少なからず「五残」の守照にしてなお富貴するあり。譬えば白布政は、己亥年四月二十九日子時生、命は危宿の十二度に在り、「計都」「羅睺」は辰・戌の両宮に分居し、一つの「紫気」を漏らして斗木宿に在り、大梁の次に行きて、「月孛」が胃宿・「鎮星」土星と同度し、諸星見るに皆取るに足らざるも、彼は年若くして登科す。我思うに「太陰」が天元の禄を作して、身度をして高く起こらしめたるが故なり。

又如己亥七月卯時柳土泊命,氣漏關,日月五星拱夾,早妨父母,出外發跡,此格可準。又有六月午時氐度安命,五星南離趨拱,此是貴格。又如己亥八月十四日午時寅尾泊命,氣在斗,月在危,脫氐土身亡。吾想月帶刃雄,不宜與火巳亥對沖,加金羅三方對照,謂三方四正俱是殺故也。

また譬えば己亥年七月卯時生の人は、柳土宿を以て命を安じ、「紫気」は関口に漏れ、「太陽」「太陰」と五星とが前後に拱夾し、早年に父母を妨剋し、外に出でて方に発跡す――この格局は准を作すこと可なり。また六月午時に氐宿を以て命を安ずる人ありて、五星は南方の離位に趨り前りて拱護す。これは貴格なり。また己亥年八月十四日午時生の人は、命宮を寅宮の尾宿に停め、「紫気」は斗宿に在り、「太陰」は危宿に在り、行限が氐宿と「鎮星」土星の地を脱出すれば身亡せり。我思うに「太陰」が「陽刃」「天雄」を帯び、巳亥の両宮に在りて「熒惑」火星と対沖するを宜しとせず、さらに「太白」金星と「羅睺」とが三方より対照するを加うるが故なり。いわゆる三方四正は全て殺星なるが故なり。

一貴一富,皆由星辰得局度數,得時得相生扶拱而致人有富貴者也,苟有毫釐克陷則不然也。一太乙抱鬼之說,曾有秋殘夜半不可孤居之論,吾觀貴命多有月孛同行,或前或後,或沉或晦,亦在辰戌丑宮者不妨,此又不可一概而取。一婦人命最難看,有坐臨官馬者,有坐咸池守照者,身星清吉亦無他事,雖發用一生多病;若殺宮安身命,終帶妨克。一女土泊命,木守照不妨,行限好即發用財福,克命之故。

一人の或は貴・或は富は、皆星辰の結成する格局と所居の宿度とに拠って定まる。時を得、また能く彼此相生扶拱して、始めて人を富貴ならしむ。ただ一糸一毫に差すれば、あるいは剋され、あるいは落陷して、則ちそれと同じからず。「太乙抱鬼」の説に就いては、前人かつて「秋残夜半は孤居すべからず」の議論あり。我、貴命の裡に「月孛」の同行する多きを看る。あるいは前に在りあるいは後に在り、あるいは沉伏しあるいは晦暗し、また辰・戌・丑宮に落つるもあり、皆妨げなし。見るべしこの話もまた一概に論ずべからず。婦人の命は最も看難し。臨官・駅馬に坐するあり、「咸池」に坐して守照せらるるあり。ただ身宮の星が清純吉利ならば、則ち別の事なく、能く発用するも、一生は多く病む。もし身宮・命宮を殺宮に安ずれば、終に妨剋を帯ぶ。女命ありて土宿を以て命を安じ、「歳星」木星の守照はもとより妨げなく、行限また好くして、財帛福徳の二宮に発用せり――これ正に木の命を剋し来るが反ってその用を成すが故なり。

一看太陰要緊。李侍郎己巳十二月十四日亥時,程副使十三日亥時,俱翼火度泊命,監生舉人出身,諸星無異,止是月躔畢度者,一生為風憲官,五十八致仕,富貴極厚,七十一死;月躔井一者,一生為部官,五十九病,六十死。又如乙卯八月辛丑日申時,金月在辰;又有己亥日申時者,二日命俱坐虛,日孛守照,諸星一般。太陰與木日在巳者,早中進士,御史尚書,子貴,壽至六十;月在辰者,為賢良保,起居京官。

「太陰」を看るは最も緊要。李侍郎は己巳年十二月十四日亥時に生まれ、程副使は十三日亥時に生まれ、両人とも翼火宿を以て命を安じ、一人は監生の出身、一人は挙人の出身。残りの星曜は並びて差別なく、ただ「太陰」の躔する宿度の同じからざるのみ。畢宿に躔するあの位は、一生監察風憲の官を為り、五十八歳に致仕し、富貴極めて豊厚、七十一歳に去世す。井宿の一度に躔するあの位は、一生ただ部裡の官を為り、五十九歳に病倒し、六十歳にして即ち死せり。また乙卯年八月辛丑日申時生の人は、「太白」金星と「太陰」とは辰に在り。別に己亥日申時生の人ありて、両人の命宮は皆虚宿に坐し、「太陽」と「月孛」が守照し、諸星もまた皆同じ。その中「太陰」が「歳星」木星・「太陽」と同じく巳宮に在る者は、早年に進士に中り、御史・尚書を歴任し、児も貴顕して、寿六十を享く。「太陰」が辰宮に在る者は、則ち賢良保挙の一類の京官起居の職まで為りたり。

八品行房日氐土死,其年四十四,子不貴。想日月為身命,木為財福,俱起八殺故也。大抵人之富貴壽夭,皆由星度之得位不得位者也,故有先富而後貧、先貴而後賤者,氣數之不齊,星度之不順,非人事之不修、德行之不高也。籲!天也,命也,豈人事乎!

この一位は官八品に居り、行限が房日宿・氐宿と「鎮星」土星の地に走れば即ち死す。その年四十四歳、児もまた顕貴せず。思うに「太陽」「太陰」が彼の身宮・命宮の主を作し、「歳星」木星が彼の財帛福徳の主を作するも、皆八殺の宮に起こるが故なり。大体、人の富貴寿夭は、皆星度の位を得るか得ざるかに取決し、ゆえに先に富み後に貧し・先に貴く後に賤しの人あるなり。それは気数の斉からざる・星度の順ならざるが故で、決して他の人事修めず・徳行高からざるにあらず。噫!これは天意、これは命数。どうして人力の左右し得る所ぞや。

一諸星拱西北,一月順,而當陽宮度俱強,亦為大格;行限弱,則不能吉。如壬申四月亥時在斗泊命,壬戌日者,月坐官祿,官至一二品;乙丑日,月坐福德,官至四品三品,俱六十二入午限死。太陽在酉,孤立癸酉,流年陽刃在命,俱死於官,得唐符卦氣在午,結果甚美。又如壬申正月巳時胃土泊命,計羅己亥,一孛滿用,月與日在亥者,登進士,官至三品。一子月在八殺者,生員無子,三十五歲入刃病亡,重在太陰,不可不察。

衆星が皆西北に拱向し、「太陰」は一路順行して、しかも陽に当たるの宮度が皆強旺ならば、これもまた大格。ただし行限もし弱ければ、なお吉と算する能わず。譬えば壬申年四月亥時生・命が斗宿に在る人。その中壬戌日生は、「太陰」が官禄宮に坐し、官を一品二品まで為り。乙丑日生は、「太陰」が福徳宮に坐し、官を四品三品まで為り。両人とも六十二歳に行限が午に入りて死す。当時「太陽」は酉に在り、癸酉に孤立し、流年「陽刃」は正に命宮に在り。ゆえに皆任上に死せり。ただし唐符と卦気とが午に在るを得たるが故に、身後の結局はかえって甚だ円満なり。また壬申年正月巳時生・胃土宿を以て命を安ずる人は、「計都」「羅睺」は己亥に在り、ただ一つの「月孛」の円満可用あるのみ。「太陰」が「太陽」と同じく亥宮に在る者は、進士に考中して官を三品まで為り。「太陰」が八殺の宮に落つる者に至っては、ただ生員まで為りてしかも子なく、三十五歳に行限が羊刃に入り、病故して亡ぶ――関鍵は全て「太陰」に在り、細察せざるべからず。

一火羅攻破日鼠,有太陰得所,火羅不得令,水土火生人不忌。一元武引駕,水在日前,又值吉神化三元最妙,太歲兼之為上格,四水泊命,取之在午未辰巳愈妙,更太陽得地有光。此得引從之吉,扶助相資盡是吉神,且水助陽光也。

「火星」と「羅睺」とが「虚日鼠」のこの日度を衝破するは、もとより凶象に属す。ただし「太陰」が別に得宜の宮に居り、火・羅もまた時令に当たらず気焰張らざれば、水・土・火を本命五行とする人は忌諱を要せず。水は火を制し・土は火を泄し・火はこれと同類相親なれば、三者とも傷害を受けざればなり。「元武引駕」の一格は、「水星」が太陽の前に行きてこれが道を開く。もしさらに吉神の相助に遇い「三元」(天元・地元・人元)に化するは最も奇妙。能く「太歳」の力を兼得すれば上等の格局なり。命宮が箕水豹・壁水貐・参水猿・軫水蚓の「四水」宿に落つる人はこの格を取用し、命宮を午・未・辰・巳の諸宮に安ずるはさらに好く、さらに太陽が得地の宮に居りて光明有力を加えばさらに完備す。これは前に引路あり・後に随従あるの吉象で、前後に扶持相資するは全て吉神なり。況んや水気はもとより能く太陽の光輝を助長す。

一朱雀朝天,或捧御單行得所為上格,化三元最妙。假如戌亥安命,火守化為三元,或木為三元,三方宮度相資亦上格也。一昴日安命刃火,與日同躔本凶,若逢夜生,秋令不妨,更得金水相扶,主貴有壽。一身命在空亡名死窟,加刃拱禍偏,烈太歲實之,死於非命。一日月引領諸星,拱朝帝闕,及文武兩班天地開明,大貴格也,世人多不見。以北方為帝闕,猶紫微垣也,而眾星拱北辰之理也。

「朱雀朝天」の一格は、「火星」が天頂に朝向するを指す。あるいはそれが単独に運行して位置得宜・御駕を捧奉するの勢あれば、便ち上格と算し、もしさらに「三元」に化すれば最も妙なり。譬えば命宮を戌・亥の両宮に安じ、火星が命を守って三元に化するか、あるいは木星が三元に化し、三方の照らす宮位と宿度とがまた彼此相生資助すれば、同じく上格なり。命宮を「昴日鶏」に安じて陽刃・火星を帯び、火と太陽と同度するは、もとより凶。ただし夜間に生まれてまた秋令に逢えば妨げなく、さらに金・水の両星の扶助を得れば、反って顕貴にして寿あるを主る。身宮・命宮が空亡の位に落つるを「死窟」と呼び、もしさらに陽刃の夾拱を加えば、禍患は慘烈に偏す。一旦「太歳」が行き来てこの空位を塡実すれば、非命に死す。太陽・太陰が群星を引領し、環拱して北方の帝闕に朝向し、文星・武星が両班に分列し、天地一片の開明。これは大貴の格、世上に見るを得る人少なし。いわゆる帝闕とはすなわち北方、猶ほ天上の紫微垣のごとき、衆星の北極星を拱衛するの理を取るなり。

一宮主克度輕,八殺不宜,克命宮主克命遇之不吉。格局好須不妨,結果終不善。一土計羅帶天雄、陽刃,夜生與月共度,必有破相之疾,太陽帶之亦然。一丁酉十月丑時翼火泊命,金守照,月與火同度,在軫十二三,必是瞽者,金能音樂,月帶刃殺,最不宜火逼故也。

宮主星が度主星を剋制するは、害を為すことなお軽し。ただし「八殺」に碰上れば相宜ならず。宮主が反って命宮を剋し・命主を剋すは、遇上すれば吉利ならず。格局そのもの好くて、眼下は妨げなしといえども、結局は終に円満ならず。「土星」「計都」「羅睺」が「天雄」「陽刃」の両種の凶煞を帯び、また夜に生まれて太陰と同度するは、必ず破相の類の傷病あり。太陽がこれらの凶煞を帯ぶるも、情形は同じ。例えば丁酉年十月丑時生の人は、命宮が「翼火蛇」に落ち、金星が守照し、太陰と火星と同度して、皆「軫水蚓」の十二・十三度上に在る。この人は必ず瞎子なり。金は音律を主れば、ゆえに能く音楽を通暁す。ただし太陰は刃殺を帯び、最も火星に逼迫せらるるを忌む。ゆえに双目失明せり。

一身命坐八殺,得時得令,諸吉扶之貴格。如丁卯五月午時軫十度泊命,羅計截斷寅申,一金漏出在酉,本美,爭奈殺土克命,水在鬼,月帶刃,同水坐祿,見水得子妨妻,三十五行水身為內,使刃尾劫首見計,不好總論,一金得力故也。假如戌亥子坐命,八殺守照,更遇吉神大貴。大抵論命,要十一曜之得局,諸殺神不為害,限度相扶終為平和,可以言富貴也。

身宮・命宮が「八殺」の上に坐し、もし時令の助を得、また衆吉星の扶持あれば、なお貴格なり。例えば丁卯年五月午時生は、命宮が「軫水蚓」の十度に落ち、「羅睺」「計都」が寅・申の両宮を截断し、ただ一つの金星を酉宮に漏らす。もとより好き事なり。無奈や殺星を充当する土星が命宮を剋し、水星は「鬼金羊」に落ち、太陰は陽刃を帯びてまた水星と同じく禄位に坐す。ゆえに水を見れば子を得るも妻を妨ぐ。三十五歳に水星の限を行き、身宮は内に在り、陽刃は尾に居り劫煞は首に居りてまた計都を見る。総じての論断は良からざるも、ただあの一つの金星がなお得力なるが故に、大壊に至らざるのみ。もし命宮を戌・亥・子の三宮に安じ、八殺の星が守照し、さらに吉神に遇えば、反って大貴を主る。大凡そ命を論ずるは、総じて十一曜が各々局を成し、衆殺星が害を為す能わず、行限と宿度とが彼此扶持して、終に平和に帰してこそ、富貴を談ずるに足る。

一諸星皆晦,惟一福專權,又化催官或為三元,又值祿旺之地,不以晝夜為忌,此是大格局。雖有官祿從陽,若在弱宮與命相戰,皆不取用,與身命相資者貴,一犯三刑勾絞。如卯刑子是子安命者,八字日支又是子者,四旬外行,卯限犯刑而死。

満盤の星曜が皆晦暗光なく、独り一つの福星が専らその権を擅にし、それがまた「催官」の曜に化しあるいは「三元」を充当し、なお禄位旺地に坐す。かくのごとくは則ち昼生・夜生を分たず皆吉利と算し、極大の格局なり。反対に言えば、官禄の星が太陽に随従するも、もしそれが衰弱の宮に落ちて命宮と相戦せば、一概に取用すべからず。ただ身宮・命宮と互相資助し得る星曜のみ、顕貴を主る。もう一条は「三刑」「勾絞」を犯す。卯の子を刑ずるがごとき、命宮を子宮に安ずる人で、八字の日支もまた子なれば、四十歳以後に卯の限に行き到りて、刑を犯すに因って死す。

又如丑刑戌身命主,起在戌,又日支是戌,再行殺地,必犯刑死,若日干不相犯行殺限,或獄中死八殺,或犯殺主生毒,死守星善,善死犯者,終非吉人。一身命坐劫廉、刃鋒無星壓者,若星得局,主發用貴顯,限遇諸殺並沓重者,亦主死於非命,或見凶星火羅計孛,發惡瘡死。又有坐吉星,限遇殺交併,亦主橫死。

また丑の戌を刑ずるがごとき、身主・命主が戌宮に起こり、八字の日支もまた戌で、さらに殺星の在する地に行き到れば、必ず刑を犯して死す。もし日干がこれと相冲犯せず、ただ殺限を行きしも、多く獄中に死す。凡そ「八殺」を触犯するか、あるいは殺を犯して殺星をして毒害を生出せしむるは、皆凶死を主る。もし命を守るが善星なれば、なお善終を得べし。ただし凶煞を触犯する人は終に吉利の人にあらず。身宮・命宮が「劫煞」「廉貞」あるいは「陽刃」「剣鋒」に坐して、他の星のそれを圧制し往くなく、もし衆星が別に局を成し得れば、反って重用を受けて貴顕することを主る。一旦行限が衆殺の重重畳加に遇上すれば、また非命に死することを主り、あるいは火星・羅睺・計都・月孛のこれらの凶曜に遇い、悪瘡を発して死す。また命が吉星に坐する人もありて、行限の時に衆殺が交会并至すれば、同じく横死を主る。

有壬申生人七月卯時星日泊命,水輔陽在午,唐符卦氣在局,中年保為訓導,癸酉流年六十二歲,限交室火見計,六月被同僚打死檢尸,此是陽刃與木對照於命,申反刑亥,加勾絞亡神貫索在亥,氣月在丑羅,火在巳酉,諸殺交攻故也。

壬申年七月卯時生の人ありて、命宮が「星日馬」に落ち、水星は太陽を輔佐して同じく午宮に在り、「唐符」と卦気もまた局に入り、中年に保挙を経て訓導を為り。癸酉流年六十二歳に至り、行限が「室火猪」に交入して「計都」に遇い、六月の裡に同僚に打死せられ、尸身は官府の検験を経る。これは陽刃と木星とが命宮に正対し、申と亥とがまた反刑を成し、さらに「勾絞」「亡神」「貫索」の諸煞が皆亥宮に聚り、紫気と太陰とは丑宮に在り、羅睺と火星とが巳・酉の両宮に分居し、衆殺が一斉に交攻するが故なり。

命坐吉星,限遇惡殺者,如一盞燈本是光明之象,炳炳煥煥然,猛猛的忽被一陣狂風吹滅,亦猶吉星被凶殺而害之,以人命詳之,由是理也。一安命立身坐實占高強,且如六辛生人,酉上泊命,遇丁酉日最佳,若身命福祿星好,一二品格。戌為刃處安命,遇戌曰凶,大凡命坐日支為第一,坐年月時上次之。

命宮が吉星に坐して、行限が悪殺に遇上するは、譬えば一盞の灯がもとより光明四射・燦爛通亮なるに、忽ち一陣の狂風に猛く吹き滅されんがごとし。吉星が凶殺に害せらるるは、正にこの様子。人の命局を以て細看すれば、道理はここに在り。命を安じ身を立つるは、踏実に坐り・高強を占むるを要す。譬えば辛丑・辛卯・辛巳・辛未・辛酉・辛亥のこの六辛年生の人は、命宮を酉宮に安じ、また丁酉日に生まれれば、最も上佳。もし身宮・命宮の福星・禄星がさらに好ければ、一二品の貴に至るべし。戌宮は陽刃の居る所に至っては、命を戌に安じてまた戌日に逢えば、反って凶と為る。大凡そ命宮が八字の日支の上に坐するは第一等、年・月・時の三柱の上に坐するはこれに次ぐ。

又如金星在已遇己巳日,又是巳上安命,文旺官高。又如水旺到卯,又遇卯日,更在卯宮安命大貴。一八字有合天月二德,命度身好大貴格,或時帶天月二德亦美。假如已生人,寅戌為天月二德,月日時有寅戌相合為奇。

また金星が巳宮に行き、恰も己巳日生に逢い、命宮もまた巳に安ずれば、文運昌盛・官位高顕を主る。また水星が旺行して卯宮に到り、また卯日に生まれ、命宮もまた卯宮に安ずれば、大貴を主る。もし八字の中に「天徳」「月徳」の両位の貴神を合し有し、しかも命度・身宮がまた好ければ、便ち大貴の格。たとえただ時柱が天月二徳を帯ぶも、また美事と算す。譬えば巳年生の人は、寅・戌を以て天徳月徳の在所とし、月・日・時の三柱の中に寅・戌のこれと相合するあれば、則ち難得の奇格なり。

一四月泊命,月起失經土計,或羅孛帶殺夾拱,夭亡。金水雖好,若帶重殺夾拱,亦不久長,大抵太陰只宜獨居,夜深火金與月助光相宜,帶天元中舉,與孛同躔妨母,若有坐位已不妨寒月,不可孤居。太陰獨居,謂之孤月,獨明主人清貴出於母蔭,若得一吉星伴之尤妙。

命宮が心月狐・危月燕・畢月烏・張月鹿の「四月」宿に落ち、しかも太陰の起処が常道を失い、土星・計都に侵されるか、あるいは羅睺・月孛に凶煞を帯びて夾拱せられれば、夭亡を主る。金星・水星はもとより好き星、もしまた重殺を帯びて夾拱し来れば、寿命は同じく長久ならず。大抵、太陰は独居を以て宜しとす。夜深の時、火星・金星が月と同じく在れば、能くその光輝を助長し、最も相宜なり。太陰もし「天元」を兼作すれば、中挙成名を主る。もし「月孛」と同度なれば、則ち母を妨剋す。ただ別に星曜の位を占め相伴うあらば、寒月は孤寂と算せず。切に孤零零として独り一宮に処るべからず。太陰が孤零零として独居するを「孤月」と呼び、それが独り明亮するは、主人清雅顕貴にして母の蔭庇に得力す。もし能く一つの吉星の相伴を得ればさらに妙なり。

一孛隨火後行,火限忌之,若四火安命,或火命人,主壽不長,火旺尤可隔二三度主夭,十六度外有援亦不妨。四火者,尾火虎、室火豬、觜火猴、翼火蛇之類。一四木安命,木土同度得躔,又得生旺財帛擁進,更財福二宮有吉星扶為上格。四木者,斗木獬、奎木狼、井木犴、角木蛟之類。

「月孛」は火星の後に跟って運行し、火星の限に行き到るを最も忌諱とす。もし命宮を「四火」宿に安ずるか、あるいは本命が火に属する人は、皆寿数長からざるを主る。火気正に旺なる時は殊にそのごとし。たとえ両星の相隔たる二三度も、夭折を主る。十六度以外に隔たりて別に吉星の救援あってこそ、妨げなしと算す。いわゆる「四火」とは、尾火虎・室火猪・觜火猴・翼火蛇の一類なり。命宮を「四木」宿に安ずれば、木星と土星と同度して躔次得宜、また生旺の気を得れば、銭財は便ち滾々として擁来す。さらに財帛・福徳の二宮に吉星の扶持あれば、上格なり。いわゆる「四木」とは、斗木獬・奎木狼・井木犴・角木蛟の一類なり。

一四土安命宜火得令,獨居守照,或去近土為上格;再不宜近羅謂逢生,不宜重見,若火太燥為下格。四土者,女土蝠、胃土雉、柳土獐、氐土貉之類。一四日泊命,不宜木氣與日同躔,日生人主夭。若火羅日同躔,只不益親於己不妨。惟四日不怕廉火。四日者,房日兔、星日馬、昴日雞、虛日鼠是也。

命宮を「四土」宿に安ずれば、当令の火星のそれを生ずるを有するを宜しとし、火星が独居して命宮を守照するか、あるいは土星に近づくも、皆上格と算す。ただしさらに「羅睺」に近づくを宜しとせず、それを「逢生」と呼び、火性が重複して出現すれば反って美ならず、火気太く燥ければ下格に落つ。いわゆる「四土」とは、女土蝠・胃土雉・柳土獐・氐土貉の一類なり。命宮が「四日」宿に落つるは、木星・紫気と太陽との同度を宜しとせず、昼生まれの人は夭折を主る。もし火星・羅睺が太陽と同度なれば、ただ親長に益なきのみ、自身に於いてはかえって妨げなし。ただ「四日」宿のみ「廉貞」と火星とを惧れず。いわゆる「四日」とは、房日兎・星日馬・昴日鶏・虚日鼠なり。

一妻星入遷移,招重婚之婦,遷移主亦不宜守照,主遷移。一身命坐孤劫,無吉星輔者,結果欠好,縱有福祿享用,到底不得力,或死於外方不見妻子面,凡殺宜空,福祿吉星不可空。

妻宮の星が遷移宮に走入るは、再嫁の婦を娶るを主る。遷移宮の宮主星もまた来て命宮を守照するを宜しとせず、それは一生奔波遷徙を主る。身宮・命宮が「孤辰」「劫煞」に坐して、また吉星の輔佐なきは、結局は総じて理想ならず。たとえ福禄の享くべきありとも、畢竟頼るに足らず、甚だしきは他郷に客死して、妻児の面をも見るを得ず。大凡そ凶殺の星は空亡に落入するを以て宜しとし、福星・禄星等の吉曜は則ち万万空に落つべからず。

一看命格最要緊,中間星辰有吉有凶。且如火羅計孛守辰戌丑未,或月坐殺得地,先貴後刑。一命坐旺地,行庫限不吉,或死亡或剝官,有援不妨。一壬癸生人,土為陽刃,又為血支、血忌,若四水或月度安命,土計克度,主血光災,如是五六月為飛廉主必夭,又金命人見土不甚凶。

命を看るに最も緊要は、まず格局を定むること。盤中の星辰に吉あり・凶あり、須く分別して看待すべし。譬えば火星・羅睺・計都・月孛が辰・戌・丑・未の四墓宮に守るか、あるいは太陰が殺星の上に坐してしかも地を得れば、皆先に貴顕し・後に刑傷を遭うを主る。命宮が旺地に坐する人は、辰戌丑未のこれらの庫地の限に行き到れば便ち不吉、あるいは死亡の危あり、あるいは官職を削奪されんとす。もし別に吉星の救援あれば妨げなし。壬・癸年生の人は土星を以て「陽刃」とし、土はまた「血支」「血忌」なり。もし命宮を「四水」宿あるいは「四月」宿に安じ、土星・計都が来て度主を剋すれば、便ち血光の災を主る。もし五・六月に生まれば、土は「飛廉」の凶煞と成り、必ず夭亡を主る。ただし本命が金に属する人は土を見ても、兇險は重しと算せず。

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