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諸公・貴客を候う(候諸公貴客)第九十六

唐 · 李淳风 · 第25巻 / 26

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

陽宮寬大之日,有大風從天子上來,止於三公座上,此三公入賀,期一日、九日。諸寬大公正廉貞之日,風從丑上來,所止者,君得所,加遷賞賜,以四時位別其官。假令止三公座上,則三公受賀,以座處推之。

陽宮にしてまた「寛大」に属する日に逢い、大風の天子の所在する方位より吹き来る有りて、三公の座位の方位の上に停まるは、これは三公の将に朝に入りて道賀せんとするなり。応期は一天あるいは九天なり。およそ「寛大」「公正」「廉貞」の日に逢い、風が丑位より吹き来るは、それの停まる処が就中君恩の帰する処にして、あれの対応する官員は将に升遷・賞賜を得んとす。四季の方位の表に按じて分かちて何れの一級の官員なるかを定むるを要す。假如、三公の座位の方位に停まれば、あれば就中三公が賀を受くるなり。皆座位の所在する処に照らして推断す。

假令大風從丑上來,大寒迅急,君有暴令,知止何座,其座自當之。假令大風折木,從臣座上來,止於君者,此臣上書奏事於君也。寬大溫和為賀。假令廉貞寬大公正之日,其日清明溫和,風從臣座上來,止於君者,此臣忠正,必受賀賜。

假如、大風が丑位より吹き来り、奇寒にして急驟なれば、あれは君上の将に厳酷の命令を下さんとするなり。ただ風の何れの一個の座位の方位に停まるを看清せば、あの座位の対応する人は自己にて此の一道の命令を承受す。假如、大風が樹木を吹折し・臣下の座位の方位より吹き来りて君位の上に停まるは、これは臣下が君上に向かって書を呈し事を奏するなり。風気が寛舒・温和なれば、便ち道賀の事なり。假如、「廉貞」「寛大」「公正」の日に逢い、当天が清朗・明浄にして気候が温和、風が臣下の座位の方位より吹き来りて君位の上に停まるは、これは臣下が忠誠・正直にして、必ず嘉奨・賞賜を受けん。

假令宮日寬大,時加宮,此近貴相客也,四十里內;風半日止者,五十里貴客也;一日止君者,百里內也;二日止者,千里大客也;風三日止君者,外臺使者也;四日止君者,外州使者;五日止君,邊將使也。七日止君者,此四萬里夷狄使也。

假如、宮日に逢いてまた「寛大」に属し、起風の時辰もまた宮に加われば、これは附近に貴客の来訪する有りて、来る処は四十里の内に在り。風が半天を刮りて就中停まるは、五十里外の貴客なり。一天を刮りて君位に停まるは、百里以内の客なり。两天を刮りて停まるは、千里の外の大客なり。風が三天を刮りて君位に停まるは、外台の派遣せる使者なり。四天を刮りて君位に停まるは、外州の派遣せる使者なり。五天を刮りて君位に停まるは、辺将の派遣せる使者なり。七天を刮りて君位に停まれば、あれば就中四万里外の夷狄の来使なり。

風冥冥寒急,此遠方使至,非順氣也,必懷叛逆。其風氣來時,日加巳酉丑戌午,此為正臣欲貢獻於中國也。風以遠近遲疾清溫為吉,寒迅為憂。假令風從宮上來寒急,君欲行誅也;溫和雨者,欲知位賜也。占貴客,自天子已下至於庶人,其占皆同下臣貴客。同大國小國家人差次。四季受宮日,風從四季上來,止君若子,皆為客候主人,期一日九日。假令宮情合,君臣相會。

風もし昏黒・寒冷にして急驟なれば、あれは雖も遠方の使者の到来するも、気は順ならず。来使は必ず心に叛逆を懐かん。風気の吹き来る時に、日辰が巳・酉・丑・戌・午に加わるは、これは忠正の臣属の中原朝廷に向かって進貢せんとするなり。風を占うに路程の遠近・勢の来るの遅疾・気色の清朗・温和を以て吉と為し、寒冷・急驟を以て憂と為す。假如、風が宮位より吹き来りて寒冷・急驟なれば、あれは君上の将に誅罰を行わんとするなり。風が温和にしてまた雨を帯ぶれば、君上の将に位を授け賞賜せんとするなり。貴客の此の一事を占うは、天子より下りて百姓に至るまで皆用い得、占法は下臣・貴客を占うと相同じ。ただ大国・小国・家人の等級に照らして依次に分かちて看待するのみ。四季の日に逢いて納音が宮に属し、風が四季の方位より吹き来り、君位あるいは子位に停まるは、皆是れ客人の来りて主人を問候するなり。応期は一天あるいは九天なり。假如、宮音の情性がそれと相合すれば、あれは便ち君臣の相会するの象なり。

大兵の城を攻め并びに勝負・賊を候う占(候大兵攻城并勝負候賊占)第九十七

假令角日,大風折木,從申子亥卯上來,大寒過度。以日中夜半,其風益怒,比連三日至七日,此兵且乘攻城邑必下,主人宜出城邑避之。

假如、角日に逢い、大風が樹木を吹折し、風が申・子・亥・卯の幾個の方位より吹き来り、寒冷なること尋常に異なり。正午と半夜に到りて風勢が更に暴怒し、接連して三天より七天に至るまで刮れば、これは敵軍の将に勢を乗じて城を攻めんとするにして、城邑は必ず攻め下され、城を守る主軍は城を出でて躲避するを要す。

所以然者,夜半日中,子午也。純宮,土也。角木克土,春夏克土之時,攻城必陷也。此日宜為客,不宜為主人,土畏於木,主人必弱敗,近期九日,中期二十七日,遠期七十日。

此の様なる所以は、それは半夜と正午とが正に子・午の両辰に当たり、子午は純粹に宮音に属し、宮音は土に属す。角は木に属し、木は土を克する能くし、また正に春夏の木旺にして土を克する時節に逢えば、城を攻めれば必ず陥落せん。此の様の日子は進攻の客軍を為すに宜しく、城を守る主軍を為すに宜しからず。土は木を畏惧し、主軍は必ず衰弱・敗亡せん。近ければ九天に応験し、中に居れば二十七天、遠ければ七十天なり。

假令諸商羽之日,大風折木,從商上來,此兵且來圍城邑。日中夜半,其風益怒,此攻城不能下,客必敗。所以然者,商金羽水,母子為強,水畏於土,勢不能行,土必制水。日中夜半,城中強,可以外固守,客軍自喪。

假如、商日・羽日に逢い、大風が樹木を吹折し、風が商位より吹き来れば、これは敵軍の将に来りて城邑を囲困せんとするなり。正午と半夜に到りて風勢が更に暴怒すれば、あれば城を攻めるもまた攻め下す能わず、客軍は必ず敗れん。此の様なる所以は、それは商が金に属し・羽が水に属し、金は水を生じ、母子は相依りて気勢が強盛なり。但し水は土を畏惧し、その勢は推行し開く能わず、土は必ず水を制し定むるを得ん。正午と半夜に城中の気勢が正に強く、以て外に対して堅守すべし。客軍は自ら潰亡せん。

公正之日,風從公正上來,止寬大上,為長吏勝賊。陰賊之日,時加公正,風從陰賊上來,止奸邪,為賊勝吏敗也。

「公正」の日に逢い、風が「公正」の方位より吹き来りて「寛大」の方位の上に停まるは、これは地方の長吏が賊寇に戦勝するなり。「陰賊」の日に逢い、起風の時辰が「公正」に加わり、風が「陰賊」の方位より吹き来りて「奸邪」の方位に停まるは、就中これは賊寇の勝を得て官吏の落敗するなり。

候水中賊,常以壬子、壬戌、壬申、壬辰之日,有風從子上來,三日已上,日光不明,此水中大賊,欲攻王侯國。其風大寒,兵夜而至,亦不出七日,中二十一日,遠三十五日,王侯之國備之。風止有溫雨,和解;不雨,謀不解,當設計以待之。

水上の盗賊を占候するに、通常は壬子・壬戌・壬申・壬辰の此の几天を取る――もし風の子位より吹き来る有りて連刮して三天以上にして日光が昏暗にして明からざれば、これは水上の大股の盗賊が王侯の封国を攻打せんとするなり。風もし奇寒なれば、賊兵は夜裏に到來し、また七天を出ざらず、中に居れば二十一天、遠ければ三十五天なり。王侯の封国は早く防備を作るを要す。風が停まりて後にもし温和の雨を下さば、事情は便ち化解せり。もし雨を下さざれば、賊人の図謀の併せて打消さざるを説明し、計策を設けて彼らを待つを要す。

諸羽日,大風冥霧,夜半從申子上來,當雨不雨,陰冥寒迅急,水中大賊攻絕關梁不通,不出五日,遠五十日。若壬戌、癸亥、乙卯、壬辰、甲申、丁未,凡此日之有風從辰申子亥上來,有兵水中相殺,不出五日,遠五十日。風止大雨,不發。又常以壬申、壬子、壬辰、壬戌之日,有風寒,入人肌膚,慘慘不解,王風至,賊發疾,囚死風至,賊發為遲。夫大水將至殺人,連風冥晦,四日五日,萬人皆悲傷,此且有暴水殺人。

およそ羽日に逢い、大風が昏黒の濃霧を夾み、半夜に申位・子位より吹き来り、雨の下すべきにして下さざり、天色が陰晦にして風がまた寒冷・急驟なれば、これは水上の大股の盗賊の攻め来るにして、関隘・橋梁は切断せられて通ぜず、五天を出ずに応験し、遠ければ五十天なり。もし壬戌・癸亥・乙卯・壬辰・甲申・丁未に逢えば、およそ此の几天に風の辰・申・子・亥の幾個の方位より吹き来る有れば、就中兵馬の水上に互いに残殺する有らん。五天を出ざらず、遠ければ五十天なり。風が停まりて後に大雨を下さば、則ち発生せざらん。また通常は壬申・壬子・壬辰・壬戌の此の几天に、もし寒風の肌膚に侵入する有りて、凄惨の気が久久として散ぜざれば――風が来る時に正に五行の王気に当たれば、賊衆の発動は就中快し。風が来る時に正に囚死の気に当たれば、賊衆の発動は就中慢し。大水の将に来りて人を淹死せんとするに至りては、あれは連日の風を刮り・天色が昏晦にして、一連に四五天、万人が皆心に悲傷を懐けば、就中これは将に暴漲の洪水の人を淹死せんとするなり。

喪・疾を候う(候喪疾)第九十八

占壬子壬辰之日,風起夜半,止夜半,占皇后國夫人;起日中,止日中,皆為變及人君夫人。(他仿此。)庚子陽宮之日,日中夜半,大風折木,從子上來,五日止辰,此為宮動,宮止辰,為人入墓中,此天子有憂喪,百官改服,期九日,遠九十日。

壬子・壬辰の此の两天に占候す――風が半夜に刮き起こり・また半夜に停まるは、占う所は皇后と諸侯国の夫人なり。正午に刮き起こり・また正午に停まるは、皆変故の君主と夫人に牵连せんとするを表示す。(其余の情形は此に照らして類推す。)庚子の此の陽宮に属する日子に、正午あるいは半夜に大風が樹木を吹折し、風が子位より吹き来り、五天を刮りて辰位に停まるは、これを「宮」の驚動せらるると呼ぶ。宮音が辰に停まるに、辰は正に宮音の墓庫にして、人の墓の中に進むに等し。これは天子の将に丧事の憂有らんとするにして、百官は皆喪服に改換せん。応期は九天、遠ければ九十天なり。

庚午陰宮之日,日中夜半,大風折木,從子上來,五日止午,若辰,此皇后卒暴,子來為誅,午來為黜退,止辰為入墓中,近期九日,遠九十日。庚子陽宮之日,夜半大風,從巳酉上來,止午,五日巳上,天清明,風溫和,是拜皇后,群臣諸侯大賀,天子有喜,近期九日,遠期二十七日。

庚午の此の陰宮に属する日子に、正午あるいは半夜に大風が樹木を吹折し、風が子位より吹き来り、五天を刮りて午位に停まり、あるいは辰位に停まるは、これは皇后の将に猝然の変に遭わんとするなり。風が子位より来るは誅殺せらるるを主り、午位より来るは廃黜・退位せらるるを主り、辰位に停まるは則ち墓に入りて身亡ぶなり。近ければ九天に応験し、遠ければ九十天なり。庚子の此の陽宮に属する日子に、半夜に大風が起こり、巳位・酉位より吹き来りて午位に停まり、連刮して五天以上にして、天色が清朗・明浄・風気が温和なれば、これは皇后を冊立せんとするにして、群臣・諸侯が皆来りて大いに慶賀し、天子に喜事有らん。近ければ九天に応験し、遠ければ二十七天なり。

諸角日,大風起,從亥來,二日止未,為入墓中,二千石有憂喪,期九日,中二十七日。壬午角日,風從未來,止午,比連三日,使者、州刺史有憂喪。癸丑之日,有風從未來,止丑,一日如止,此令長有憂喪。

およそ角日に逢い、大風が刮き起こりて亥位より吹き来り、两天を刮りて未位に停まれば――未は正に木の墓庫なり――就中これを墓に入ると呼び、二千石の郡守に丧事の憂有るを主る。応期は九天、中に居れば二十七天なり。壬午の此の角日に、風が未位より吹き来りて午位に停まり、接連して三天を刮れば、朝廷の使者と州刺史とに丧事の憂有るを主る。癸丑の此の一天に、風の未位より吹き来る有りて丑位に停まり、一天を満たして刮りて就中停下するは、県令・県長に丧事の憂有るを主る。

巳亥之日,有風從亥上來,半日止未,丞有憂喪。丙戌之日,有風從未來,止戌上,此小尉有憂喪。諸四季受角之日,風從未上來,比連三日,至九日,民大疾病。若風從己亥上來,大寒止未,人有死喪,期二十七日。

巳亥の日に、風の亥位より吹き来る有りて半天を刮りて未位に停まるは、各衙署の丞の此一級の副職に丧事の憂有るを主る。丙戌の此の一天に、風の未位より吹き来る有りて戌位の上に停まるは、県尉の一類の小官に丧事の憂有るを主る。およそ四季の日に逢いて納音が角に属し、風が未位より吹き来り・接連して三天より九天に至るまで刮れば、百姓は大いに疾病を生ぜん。もし風が己位・亥位より吹き来りて、風勢が奇寒にして未位に停まれば、就中有人の死亡して喪を治する有らん。応期は二十七天なり。

己亥受角之日,有風從己亥上來,止己,若止亥,此長吏客喪。連客止亭傳,近期三日,遠九日,先有起居。五墓之日,有風從五墓上來若止墓中,皆為死喪憂事。假令宮墓在辰,以宮日,風從辰來,止辰是也。宮王長吏。商墓在丑,商日風從丑未,若止丑是也,皆為疾病死。角木在未,亦主病也。

己亥の此の納音が角に属する日子に、風の己位・亥位より吹き来る有りて、己位に停まりあるいは亥位に停まるは、これは地方の長吏が他郷に客死するなり。接連して客人の亭駅・伝舎に滞留する有り。近ければ三天に応験し、遠ければ九天、事の先には起居を問候する消息の伝え来る有らん。五墓の日に逢い、風の五墓の方位より吹き来る有り、あるいは墓庫の中に停まるは、皆死喪・憂患の事を主る。譬如、宮音の墓は辰に在れば、就中宮日を取りて準と為し、風が辰位より吹き来りてまた辰位に停まれば、便ち此の象なり。宮音が王に当たる時は、長吏の身に応ず。商音の墓は丑に在り、商日に風が丑位・未位より吹き来り、あるいは丑位に停まれば、便ち此の象なり。皆疾病・死亡を主る。角は木に属し、木の墓は未に在り。此一象もまた疾病を主るなり。

人君欲救百姓疾疫之法:春以己角之日,戶曹出行,疾病未到,治壇救,白羊、大白雞禳之,則天氣消除,雖病不傷。夏遣法曹,秋遣金曹,冬遣水曹。四季月遣功曹,則復邑也。不者不安,期在月沖。

君主が百姓の疫病を救助せんと欲するに、弁法は此の様なり――春季に己日の角に属する日子を選択し、戸曹の官を派遣して出行せしめ、疫病の未だ蔓延し開かざるに趁りて、壇を築きて禳救し、白羊と大白鶏とを用いて祭品と為して災気を祓除すれば、あれば天地の間の疠気は便ち消散し、百姓は便ち病に染むるも傷害を受くるに至らざらん。夏季には法曹に改めて派遣し、秋季には金曹に改めて派遣し、冬季には水曹に改めて派遣す。辰・戌・丑・未の四季の月は則ち功曹を派遣して前往せしむ。此の様なれば城邑は就中安寧を恢復するを得ん。もし此の様に弁ぜざれば、地方は安定を得ざらん。応期は当月と相冲するあの月に在り。

四夷の中国に入るを候う(候四夷入中國)第九十九

丙辰、辛未、丙戌、辛丑,此日四季受宮之日,風從四季上來,折木,五日巳上,至九日,風止子午者,此夷狄君王萬里貢獻,近期一十日,中五十日,遠九十日,百五十日。

丙辰・辛未・丙戌・辛丑の此の几天は、皆四季の日にして納音が宮に属する日子なり。風が四季の方位より吹き来り・樹木を吹折し、連刮して五天以上より九天に至り、最後に子位あるいは午位に停まるは、これは夷狄の君王が万里の外より前來して進貢せんとするなり。近ければ十天に応験し、中に居れば五十天、遠ければ九十天乃至一百五十天なり。

如至壬辰、乙未、壬戌、乙丑,此四季日,有風從申子亥卯上來,迅急,比連三日,至七日,此界外群賊屯聚兵,與夷狄並勢,侵犯郡國,晝伏夜行,攻於中國,不出七十日。(一云:不出七日、十四日。)

もし壬辰・乙未・壬戌・乙丑に到れば、これもまた四季の日にして、風の申・子・亥・卯の幾個の方位より吹き来る有りて、来る勢が急驟にして接連して三天より七天に至るまで刮れば、これは境外の群を成せる盗賊が兵馬を屯聚し・夷狄と勢を合わせて郡県・封国を侵犯し・白天に隠伏して夜間に行軍し・中原を攻打するなり。七十天を出ずに応験せん。(もう一説――七天あるいは十四天を出ざらず。)

壬辰主東方夷,賊在水中,風從辰及貪狼上來,比連七日,至九日巳上,此東方海賊動,期五十日。乙未主南方夷,皆大風從未上來,比連七日巳上,此南方夷狄反叛,風從甲子上來,期七十日。壬戌之日主西方夷羌胡,風從戌上來,日中大怒折木,七日巳上,此西方夷大叛,期五十日。乙丑之日主北方夷,此日大風折木,從子上來,比連七日至九日,此北方大兵攻王侯國,不出七十日,遠百四十日。

壬辰の日は東方の夷人を掌管し、賊衆は水上に出没す――風が辰位および「貪狼」の方位より吹き来り、接連して七天より九天以上に至るまで刮れば、これは東方の海上の盗賊が事を起こすなり。応期は五十天なり。乙未の日は南方の夷人を掌管す――およそ大風の未位より吹き来る有りて接連して七天以上を刮れば、これは南方の夷狄が反叛するなり。もし風が甲・子の方位より吹き来れば、応期は七十天なり。壬戌の此の一天は西方の羌胡・夷人を掌管す――風が戌位より吹き来り、正午の時に風勢が暴怒し・樹木を吹折し・連刮して七天以上なれば、これは西方の夷人の大挙して叛乱するなり。応期は五十天なり。乙丑の此の一天は北方の夷人を掌管す――此の一天に大風が樹木を吹折し・子位より吹き来り・接連して七天より九天に至るまで刮れば、これは北方の大軍が王侯の封国を攻打するにして、七十天を出ざらず、遠ければ一百四十天なり。

諸四季受商之日,大風折木,從四季上來,此界外賊欲屯聚,往往相攻,關梁不通,道路斷絕,不出七十日。諸四季受商之日,風從四季上來,加子午,此客兵入界,自相攻殺,不出四十五日。

およそ四季の日にして納音が商に属し、大風が樹木を吹折し・風が四季の方位より吹き来れば、これは境外の盗賊が屯聚して夥を成さんとし・到る処に互いに攻掠し・関隘・橋梁が通ぜず・道路が断絶するなり。七十天を出ずに応験せん。同様に四季の日にして納音が商に属し、風が四季の方位より吹き来り・起風の時辰が子・午に加われば、これは外来の客軍が境内に侵入し・彼此に攻殺するなり。四十五天を出ずに応験せん。

庚辰、乙未、庚戌、乙丑、此四季受商之日,時加商,風從亥卯辰戌上來,止於巳午,五日已上,至九日,風則怒不解,如此夷狄兵起,晝伏夜行。若風中止,不滿五日,更轉巳酉上來者,此賊必還解,近期七十日,中九十日,遠百日。

庚辰・乙未・庚戌・乙丑の此の几天は、四季の日にして納音が商に属する日子なり。起風の時辰もまた商に属し、風が亥・卯・辰・戌の幾個の方位より吹き来りて巳位・午位に停まり、連刮して五天以上より九天に至り、風勢が暴怒にして平息せざれば、此の様の象は便ち夷狄の兵を興こし・白天に隠伏して夜間に行軍するなり。もし風が中途に停下して五天に満たず、また改めて巳位・酉位より吹き来るに成れば、あれば賊衆は必ず師を回らして解散せん。近ければ七十天に応験し、中に居れば九十天、遠ければ一百天なり。

占夷狄兵欲侵中國,又在道解散,相殺不至:風來,不滿日中止,轉從子午上來,雨若溼熱者,皆為道中離散。風從四季上來,不滿日,後從四仲來,轉從陰賊上來,更寒,日光不明者,此夷狄兵道自相殺,必不至也,近九十日,遠百二十日。假令四季之日,卒風暴起及遊風半日須臾止者,此為近界外雜居羌胡夷人為變,來必為千里外人也。

夷狄の兵が本來中原を侵犯せんと欲せしが、却って半路に解散し・自ら相い残殺して到るを得ざるを占うに、風象は此の様なり――風が刮き起こりて一天に満たざれば就中停まり、随後に轉じて子位・午位より吹き来るに成り、また雨を下すかあるいは天気が湿熱なれば、これらは皆敵兵の途中に离散するを表示す。風が先ず四季の方位より吹き来りて一天に満たず、後来に改めて子午卯酉の四仲の方位より吹き来り、再び轉じて「陰賊」の方位より吹き来るに成り、天気が愈々寒冷にして日光が昏暗にして明からざれば、これは夷狄の兵が半路の上に自ら相い残殺し・必ず到るを得ざるなり。近ければ九十天に応験し、遠ければ一百二十天なり。假如、四季の日に逢い、忽ち暴風を起こし、あるいは飄忽の游風がただ半天あるいは片刻を刮りて便ち停まるは、これは緊く隣接する辺界の外に雑居する羌胡・夷人の変故を生ぜんとするにして、而して真正に犯し来るは必ず千里之外の人なり。

小風小事,大風大事,風滿九日,萬里內也,千里、百里、一里、家、占法,亦如此占之。問曰:中國都市之內,如有夷狄之風,豈可千里外占之?對曰:風起都市之中,亦有羌胡夷狄應占,不必千里外也。近事中國人,遠以羌胡為變,亦是也。

風小なれば則ち事小、風大なれば則ち事大なり。風が九天を満たして刮れば、万里の内に応ず。千里・百里・一里および一家の範囲に至るまでも、占法はまた此の道理に照らして推算す。有人の発問す――中原の都市の内にもし夷狄に属する風象の出現せば、豈にまた千里以外に按じて占断せんと欲するか。回答えて曰く――風が都市の中に起こるも、同様に羌胡・夷狄の事有りて応験すべく、必ずしも千里之外に在るを要せず。近ければ中原の本地の人の身に応じ、遠ければ乃ち羌胡の変を生ずるを以て応ず。これもまた通例なり。

占知中國欲攻四夷,四季受角之日:時加夜半,大風折木,從四季上來,五日止四季上。此時中國欲攻四夷也。所以然者,四季土,土畏於木,今以角日木克土,故知伐四夷。假令止辰,伐東方夷;止未,伐南方夷;止戌,伐西方夷;止丑,伐北方夷;皆期九十日,風止有雨,不占。

中原の将に兵を出して四方の夷人を攻打せんとするを占知するには、就中四季の日にして納音が角に属する日子を看る――起風の時辰が半夜に在り、大風が樹木を吹折し・風が四季の方位より吹き来り・五天を刮りて仍ほ四季の方位の上に停まるは、此の時は便ち中原の将に四夷を攻打せんとするなり。此の様なる所以は、それは辰・戌・丑・未の四季が土に属し、土は木を畏惧す。如今角日に逢いて角は木に属し、木が来りて土を克す。此を因に四夷を討伐せんとするを知る。假如、風が辰位に停まれば、東方の夷人を討伐するなり。未位に停まれば、南方の夷人を討伐するなり。戌位に停まれば、西方の夷人を討伐するなり。丑位に停まれば、北方の夷人を討伐するなり。応期は皆九十天なり。風が停まりて後にまた雨を下せば、此一占は便ち成立せず。

占風大要。四季主關梁,主津渡,主道路,主關鑰,主遠方道客。四季為外,小事近門,占外郭、外界、外州、外夷狄,各以風日數知遠近,寒溫勝負,遲疾知進止。(他仿此。)凡大風從四季上來,止子午,此四方界分欲來和,隨日期之。

風を占うの大綱は下の如し。辰・戌・丑・未の四季は関隘・橋梁を掌管し、渡口を掌管し、道路を掌管し、門戸・鎖鑰を掌管し、遠道より来る行客を掌管す。四季は「外」に属し、小事は則ち近処の門戸の間に応じ、以て外城・辺界・外州および外面の夷狄を占うに用い得。各々風の刮る天数に按じて路程の遠近を判断し、風の寒冷あるいは温和に按じて勝負を判断し、風の来るの遅緩あるいは急疾に按じて敵人の是れ進か是れ止かを判断す。(其余の情形は此に照らして類推す。)およそ大風が四季の方位より吹き来りて子位あるいは午位に停まるは、これは四方の辺界の上の各方が前來して和を講せんと欲するなり。風の刮る天数に按じて応期を定め出すべし。

雑占・王侯・公卿・二千石の出入(雜占王侯公卿二千石出入)第一百

諸陽主長吏,諸陰主人間。假令天子、侯王、公卿、二千石、令長、出入郡臣不知,以風知之。假令天子在甲,二千石、使者、令長同占之。

およそ陽に属する日辰・方位は各級の長吏の事を掌管し、およそ陰に属する日辰・方位は民間の事を掌管す。假如、天子・侯王・公卿・二千石の郡守・県令・県長が外出しあるいは府に回るに、郡中の臣属は知る由無ければ、就中風に憑って判断す。譬如、天子の位次は甲に在れば、あれば二千石の郡守・朝廷の使者・県令・県長もまた同一の套の弁法に照らして占断す。

假令天子在甲,有風從甲上來,時加甲,風止寅,天子入皇后府中;甲來止丑,天子入將軍府中;甲來止卯,天子入太子府中;甲來止酉,天子侯白衣士;甲來止戌,天子入都市;甲來止□,天子入人家;甲來止四季,天子出遊千里;甲來止四仲,天子出百里;甲來止四孟,天子出行城郭中。

假如、天子の位次が甲に在りて、風の甲位より吹き来る有りて起風の時辰もまた甲に加われば――風が寅位に停まるは、天子が皇后の府の中に進入するなり。甲位より来りて丑位に停まるは、天子が将軍の府の中に進入するなり。卯位に停まるは、天子が太子の府の中に進入するなり。酉位に停まるは、天子が平民の士を接見するなり。戌位に停まるは、天子が都市に親臨するなり。□位に停まるは(此処の原書は一字を缺く)、天子が民家に駕臨するなり。辰・戌・丑・未の四季の位に停まるは、天子が千里之外に出游するなり。子・午・卯・酉の四仲の位に停まるは、天子が百里を出行するなり。寅・申・巳・亥の四孟の位に停まるは、天子がただ城郭の内に出行するのみなり。

天子諸侯如此以占,二千石、令長、人君出入同占。止甲之法。或半日止,或一日止,或五日止,此皆臣上事也。候長吏徵,占諸府庭,隨風所來。

天子と諸侯とは上面の此の套の弁法に照らして占断し、二千石の郡守・県令・県長および一国の君の出入も、また同一の套の占法を用う。風が甲位に停まるの推法に至りては――あるは半天を刮りて就中停まり、あるは一天を刮りて停まり、あるは五天を刮りて停まる。これらは皆臣下に上奏する事有るを表示す。地方の長吏の徴召せらるるを占候するには、就中各処の官府の庭院を以て対象と為し、風に随って何れの方位より吹き来るを以て推断す。

名官高下在何位也?春,天子在甲,風從未來,止甲,此九卿貴相上事入省;春,天子在甲,風從己來,止甲,此司空公上事入省;春,天子在甲,風從丙來,止甲,此司徒公上事入省;春,天子在甲,風從午來,止甲,此太尉公上事入省;春,天子在甲,風從丑來,止甲,此大將軍上事入省。

怎様にして上奏する人の官位の高低が何れの一格に落つるを定め出さんや。春季に天子の位次は甲に在り――風が未位より吹き来りて甲位に停まるは、これは九卿と貴相との上奏の事が台省に進呈するなり。春季に天子は甲に在り、風が己位より吹き来りて甲位に停まるは、これは司空の上奏の事が台省に進呈するなり。春季に天子は甲に在り、風が丙位より吹き来りて甲位に停まるは、これは司徒の上奏の事が台省に進呈するなり。春季に天子は甲に在り、風が午位より吹き来りて甲位に停まるは、これは太尉の上奏の事が台省に進呈するなり。春季に天子は甲に在り、風が丑位より吹き来りて甲位に停まるは、これは大将軍の上奏の事が台省に進呈するなり。

右從天子至令長、丞尉、百石、白衣長以貴人君上下同占。立春,司空在巳,司徒在丙,太尉在午,太傅在丁,九卿在未。申為司空,庚為詔獄,酉為民人,辛為卒徒,戌為夷狄,亥為宗廟,壬為內相,子為官府,癸為內藏。丑為大將軍,寅為皇后,甲為天子,卯為太子,乙為妃后,辰為大官廚。

以上は天子より下りて県令・県長・丞・尉・百石の小吏および白衣の百姓の中の頭面の人物に至るまで、皆尊卑・上下の次第に按じて同一の套の弁法を用いて占断す。立春以後の方位は――司空は巳位に在り、司徒は丙位に在り、太尉は午位に在り、太傅は丁位に在り、九卿は未位に在り。申位は司空と為し、庚位は詔獄と為し、酉位は百姓と為し、辛位は士卒・役徒と為し、戌位は夷狄と為し、亥位は宗廟と為し、壬位は内相と為し、子位は官府と為し、癸位は内府・庫蔵と為し、丑位は大将軍と為し、寅位は皇后と為し、甲位は天子と為し、卯位は太子と為し、乙位は妃后と為し、辰位は膳食を掌る大官厨と為す。

宮羽墓在辰,角在未,商在丑,徵在戌。五音墓所在,風從墓上來,入止墓中,此而死喪憂凶暴害,至期如五音數也。假令風從墓來,時加己酉,止王相,此死得生,入墓後出罪,天赦必生。(他仿此。)

宮音と羽音の墓庫は皆辰に在り、角音の墓庫は未に在り、商音の墓庫は丑に在り、徴音の墓庫は戌に在り。五音の墓庫の所在する方位の上に、風が墓庫より吹き来りてまた墓庫に入りて停まるは、就中これは死喪・憂患・凶険と暴虐の害を主る。応期の長短は五音の各々の数目に依って推算す。假如、風が墓庫より吹き来り、起風の時辰が己酉に加わり、最後に王位・相位の上に停まれば、あれは便ち死の中に生を得るにして、雖も已に墓に入るも仍ほ罪責を脱し出る能くし、天赦に遇上すれば必ず命を活かせん。(其余の情形は此に照らして類推す。)

何以知風為大兵先起?按其商角之風,兵起風上;宮羽微之風,兵起風下。假令陽角之日,風從起角上來,故知風為大將軍先起兵是也。知誰勝負者,按法言之,凡風起動,相生則和,相剋必凶。今角日風從羽來,角羽相生,大將軍出兵,必有勝利。

怎様にして一陣の風が大軍の先行発動するの徴兆なるを知らんや。成法に按じて曰く――商音・角音の風は、兵事は風の来る所の上方に起こる。宮音・羽音・徴音の風は、兵事は風の去る所の下方に起こる。假如、陽に属する角日に逢い、風がまた正に角位より吹き来れば、此に由って此の一陣の風が大将軍の率先して兵を起こすの徴兆なるを知る。誰が勝ち誰が負くるを判断するにも、また法則に按じて説かば――およそ風が一たび発動し、日辰の五行と相生すれば便ち和順し、相克すれば便ち必ず凶険なり。如今角日に逢いて風が羽位より吹き来れば、角木と羽水と相生す。大将軍が兵を出せば必ず勝を得る能くせん。

甲子戌亥、甲戌申酉、甲申午未,甲午辰巳、甲辰寅卯、甲寅子丑,此六甲寬大日。辰戌丑未四季,子午卯酉四仲,寅申巳亥四孟。春,王東,相南,休西,廢北。諸王相休廢,其次如此。休廢即為囚死。

甲子の旬は戌・亥に配し、甲戌の旬は申・酉に配し、甲申の旬は午・未に配し、甲午の旬は辰・巳に配し、甲辰の旬は寅・卯に配し、甲寅の旬は子・丑に配す。此の六組は就中六甲の「寛大」の日なり。辰・戌・丑・未は四季と呼ばれ、子・午・卯・酉は四仲と呼ばれ、寅・申・巳・亥は四孟と呼ばる。春季の五行の気――王は東方に在り、相は南方に在り、休は西方に在り、廃は北方に在り。各季の王・相・休・廃は、皆此の次序に照らして排列す。所謂休・廃とは、すなわち囚・死の気なり。

貪狼主強暴,長吏發財物;陰賊主誅殺,長吏考姦情;奸邪主淫泆蔽匿,長吏捕治罪;公正主報仇,長吏義謙虐;廉貞主清公,長吏主賢良;寬大主貴客,長吏賜賀遷也。

「貪狼」は強横・暴虐の事を掌管し、長吏の身に在りては財物を搜刮するに応ず。「陰賊」は誅戮・殺伐の事を掌管し、長吏の身に在りては奸私の情を拷問するに応ず。「奸邪」は淫乱・放縦・蔵匿・隠蔽の事を掌管し、長吏の身に在りては拘捕して罪を治するに応ず。「公正」は仇を報じ恨を雪ぐの事を掌管し、長吏の身に在りては義理を秉持し・暴虐を抑損するに応ず。「廉貞」は清廉・公正の事を掌管し、長吏の身に在りては賢良を挙用するに応ず。「寛大」は貴客の門に臨むの事を掌管し、長吏の身に在りては賞賜を受け・慶賀を得・升遷を獲るに応ず。

京房善用德,張平子善用日辰,伏氏善用刑,翼氏善用溫寒。謝臨泰抄四家風角所長,有效驗,略文取要。刑德王相,災應吉凶,凡十五事,辭慮意深,以近知遠,觀省事情,君可以知臣,臣可以知君。

漢代の京房は「徳」を用いて占うを擅みとし、張平子(すなわち張衡)は日辰を用いて占うを擅みとし、伏氏は「刑」を用いて占うを擅みとし、翼氏(すなわち翼奉)は寒温を用いて占うを擅みとす。謝臨泰は此の四家の風角の術の各自の長処を抄集し、皆甚だ応験有りて、繁文を删削して要旨を摘取せり。刑と徳・王と相、災異の感応と吉凶の判断、総じて十五条、措辞は謹慎にして寓意は深遠なり。能く近処より遠処を推知し・事情の実情を考察・省視するを得。君主はそれに憑って臣下を了解するを得、臣下もまたそれに憑って君主を了解するを得。

神貫聖理,號令未發,萬里以應,王者之心,乾坤相示,分授後賢傳者,保祿令祚巳矣。占風圖:凡占風之術,方法甚多。有難辨而難精者,今並不錄。嘗見八卦風來,多有徵驗,今錄圖於後。

それの神妙の処は聖人の道理に貫通し、号令は未だ発出せざるに、万里の外に便ち已に感応する所有り。帝王の心意は、天地・乾坤が予め昭示して出さん。此の套の学問を分かちて後世の賢者に伝授するは、他ならず彼らをして禄位を保住し・美好の福祚を成就せしめんと欲するのみ。以下は占風の図なり。大凡そ風を占うの方術は、路数は甚だ多し。其の中に或る分辨し難く・精通し難きは、此処に一概に収録せず。我は曽て八卦の方位の来る風を見、多く応験有り。今図を後面に録す。

八風を占いて主客の勝負を知る法(占八風知主客勝負法)

乾,折風,從西北來,主將死,客勝。坎,大罡風,從北來,客勝,主人敗。艮,小罡風,從東北來,客勝,主人不利。震,宄風,從東來,主人勝,客不利。

乾位より来る風は「折風」と呼ばれ、西北方より吹き来れば、主帥は将に死し、客軍が勝を得ん。坎位より来る風は「大罡風」と呼ばれ、北方より吹き来れば、客軍が勝を得、主軍が落敗せん。艮位より来る風は「小罡風」と呼ばれ、東北方より吹き来れば、客軍が勝を得、主軍に利あらず。震位より来る風は「宄風」と呼ばれ、東方より吹き来れば、主軍が勝を得、客軍に利あらず。

巽,小弱風,從東南來,主人勝,客不利。離,大弱風,從南來,主人勝,客不利。坤,諫風,從西南來,主人勝,客不利。兌,沖風,從西來,客勝,主人不利。

巽位より来る風は「小弱風」と呼ばれ、東南方より吹き来れば、主軍が勝を得、客軍に利あらず。離位より来る風は「大弱風」と呼ばれ、南方より吹き来れば、主軍が勝を得、客軍に利あらず。坤位より来る風は「諫風」と呼ばれ、西南方より吹き来れば、主軍が勝を得、客軍に利あらず。兌位より来る風は「冲風」と呼ばれ、西方より吹き来れば、客軍が勝を得、主軍に利あらず。

風を占いて軍を出す法(占風出軍法)

凡出軍,有風逆軍,不可行。風帶刑煞,大凶。風隨軍行,逢戰大勝。軍行,左右有風起,賊有伏兵。忽有風起西北,卻復東南,四轉五覆,主將貪虐,士卒謀逆。或挾月刑煞,慎勿出戰,必敗,凶。風從敵來,而合三刑,賊欲來攻我,歲刑、日刑凶,月刑遲緩。

およそ兵を出すに、もし風の迎面して軍に逆らいて吹き来る有れば、就中行軍すべからず。風もし刑・煞の気を帯ぶれば、大凶なり。風が軍隊の行進する方向に順いて吹けば、交戦に遇上せば必ず大勝せん。行軍の途中に左右の両側に忽然として風の起こるは、敵方の伏兵を設くるを説明す。もし忽然として風の西北に起こる有りてまた反轉して東南に到り、四回五轉して反復して定まらざれば、あれは主将が貪婪・暴虐にして士卒が心に反意を懐くなり。風もしまた月刑・煞気を夾帯せば、務めて謹慎し、出戦する莫れ。出戦すれば必ず敗れん。是れ凶象なり。風が敵方より吹き来りてまた三刑と相合すれば、あれは敵人の我が方を攻打し来らんとするなり。歳刑・日刑と合するは凶と為り、月刑と合すれば則ち来るの遅緩する些かなり。

旋風を占う法(占旋風法)

若旋風卒起敵軍上,急擊,必勝。旋風自敵來入我營中,賊心欲降。如挾三刑上來,必卻謀我。若旋風卒起而合三刑,兼挾五墓,賊有伏兵。若旋風頻起,而出逢敵,我敗,移營,吉。

もし旋風が突然として敵軍の頭頂の上に刮き起これば、就中速やかに攻撃を発起し、必ず勝を獲せん。旋風が敵方より一路に我が軍の営中に吹き進むは、敵人の心裏に投降せんと欲するを説明す。もし此の旋風が三刑の気を帯びて来れば、あれは敵人の反って我が方を算計する在るなり。もし旋風が突然として刮き起こりて正に三刑に合し、また五墓の気を夾帯せば、敵人の伏兵を設くるを説明す。もし旋風が接連として断えずに刮き起こり、一たび営を出づれば就中敵人に撞上すれば、あれは我が方の将に敗れんとするにして、速やかに営地を転移して乃ち吉利なり。

挾時刑,主利疾戰;日刑,客勝。若旋風直沖於天,急戰,破賊,大勝。若風揚旗幟,東西南北,迴轉周旋,將死軍覆。若風繞旗杆,直而垂下,鼙鼓無響,將死於野,大敗之徵。

旋風が時刑の気を夾帯すれば、速戦・速決するに宜し。日刑の気を夾帯せば、則ち客軍が勝を得ん。もし旋風が筆直に天に冲りて起これば、就中速やかに開戦し、敵人を撃破し・大いに全勝を獲るべし。もし風が旗幟を吹きて東南西北に来回に旋轉せしむれば、あれは主将の将に死し・全軍の将に覆没せんとするなり。もし風が旗子を旗杆に巻き繞けて、筆直に垂下して展開せざれば、軍中の鼙鼓もまた声响を敲き出す能わざれば、あれは主将の将に郊野に死せんとするにして、是大敗の徴兆なり。

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