日占第四
夫日者,天之所布,以照察於下而垂示法則也。日為太陽之精,積而成象人君。仰為光明外發,魄體內全,匿精揚輝,圓而常滿,此人君之體也。晝夜有節,循度有常,春生夏養,秋收冬藏,人君之政也。
太陽は上天の布設する所で、もって下方を照察し法則を垂示する。太陽は太陽の精が積聚して成り、人間において君主に取象する。仰いでこれを望めば、光明は外に向かって発散し、暗魄は内に保全され、精気を収斂して光輝を揚布し、形体は渾円にして常に満ちる——これがまさに人君の有すべき体統である。それは昼夜に運行して節度あり、軌道に循って常規あり、春に生発し、夏に養育し、秋に収斂し、冬に閉蔵する——これがまさに人君の有すべき政令である。
星月稟其光,辰宿宣其氣,生靈仰其照,葵藿慕其思,此人君之德也。是以日生道德,養生福佑仁恩。若人君有瑕,必露其匿,以告示焉。夫日之體象周徑之數,餘別驗之,著於《曆象志》,此非所須,故不錄之也。
星星と月はその光を承受し、衆星宿はその気を宣布し、蒼生はその照臨に仰頼し、葵藿の類の草木は心を傾けてこれに向かう——これがまさに人君の有すべき徳行である。ゆえに太陽は道徳を生じ、生命を養育し、福佑と仁恩を賜与する。假如人君に瑕疵あれば、太陽は必ず彼の隠した過失を顕露し、もって天下に告示する。太陽の形体の周長・直径などの数値に至っては、私は別に考験があり、《暦象志》に書き記した。ここでは用いないから、もはや録入しない。
日行於天,一晝一夜行一度。日出地上謂之晝,日沒地下謂之夜。一晝一夜謂之一日。日者實也,言光明盛實也。日之光後,不可名狀,假甲子乙丑以異之焉。
太陽は天上を運行し、一昼夜に一度を行く。太陽が地面の上に出るを昼と呼び、地面の下に没するを夜と呼び、一昼一夜を合せて一日と称す。「日」とはすなわち充実の意で、その光明が盛大にして充実するをいう。太陽の光華は前後相続いて、名目をもって一々に称説し得ないから、やむなく甲子・乙丑のごとき干支を借りて毎日を区別する。
其行於天,去極近,日長而暑;去極遠,日短而寒;去二極中,暄涼等,晝夜停。故聖人作歷,以推步焉,序之以四時,分之以八卦,正之以中氣,變之以節候,為二十四氣焉。
太陽が天上を運行し、北極に近い時は白昼が長く天気は炎熱し、北極から遠い時は白昼が短く天気は寒冷し、南北両極の正中に在る時は温涼相当にして昼夜均等である。ゆえに聖人は暦法を制作して日行を推歩する。四時をもって次序を排定し、八卦をもって方位を分配し、「中気」をもって校正を加え、節候をもって変換を顕示し、ここにおいて二十四節気を定出した。
上元乙巳之歲,十一月朔,甲子冬至夜半,日月如合璧,五星如連珠,俱起北方虛宿之中,合朔冬至已來,至今大唐正觀三年己丑之歲,積七萬九千二百四十五年算上矣。日行一度,即是日法一千三百四十分,一年行三百六十五度、一千三百四十分度之三百二十八,每歲不周天十三分矣。
暦元「上元」のあの年はちょうど乙巳に当たり、十一月初一、甲子日・冬至の夜半に、日月は並行して両玉璧の合するがごとく、五星は連珠のごとく排列し、一斉に北方の虚宿の中から出発した。あの合朔・冬至以来、如今大唐貞観三年己丑に至り、累計七万九千二百四十五年(本年を算入する)。太陽は一日に一度を行く——すなわち日法の定める千三百四十分である。一年に三百六十五度および千三百四十分度の三百二十八を行き、毎年周天より十三分をなお差し足りない。
欲求當時冬至日所在度者,置上元乙巳以來積算,盡所求年減一,以歲分四十八萬九干四百二十八乘之,為歲別日行積分,以周天分四千八萬九千四百四十一去之,餘不滿法者,以度法除之,為度餘。命起虛四度,宿次除之,經虛,去度分三百四十一。不滿宿算外,即冬至加時日所在宿度及分,
ある年の冬至に太陽の在る度数を求めるには、まず上元乙巳以来積算した年数を列し、求めるあの年まで算えて一を減じ、歳分四十八万九千四百二十八をもって乗じ、逐年日行の積分を得る。さらに周天分四千八万九千四百四十一をもって減除し、余りの一周天に満たない数を度法で除して、度数と余分を得る。虚宿四度から起算し、二十八宿の次第に按って順に相減する。虚宿を経るときは、度分三百四十一を扣去する。一宿に満たずして余った数が、すなわち冬至・加時に太陽の在る宿・度と分である。
求次氣日所在度及分者,加冬至日度十五,小餘二百九十二,小分五。小分滿六,去之後,從小餘一。小餘滿日度法,去之,從度數。一度滿宿,依次命之,即次氣日所在度及分,求次日者加一度,去命如前。
次の節気に太陽の在る度と分を求めるには、冬至の度数の上に十五度を加え、小余に二百九十二を加え、小分に五を加える。小分が六に満てば減じて小余一に進め、小余が一つの日度法に満てば減じて一度に進め、度数が一宿に満てば順に次の宿に進む。こうして得たものが、すなわち次の節気に太陽の在る度と分である。次日の度数を求めれば、一度を加え、進位と命宿の办法は前と同じである。
若求冬至日甲乙名者,置所求年歲別日行積分,以日法除之,為積日,不盡為冬至小餘。以六十去積日,不盡為冬至大餘。命以甲子起算外,即所求年冬至日。及小餘求次氣日名者,依求次日度法加之,滿法從日滿六十去之,命如前,即次氣日名也。俱日行之所在,目視不可見宿度,故須算知。推其分野,以辨災祥。
もし冬至の日の干支名を求めようとすれば、求める年の逐年日行の積分を列し、日法で除して「積日」を得、除し尽くせない余数がすなわち冬至小余である。さらに六十をもって積日を減じ、減じ尽くせない余数がすなわち冬至大余である。甲子から起算し、大余の数まで数えれば、すなわち求める年の冬至日の干支である。これによって小余を連ねて次の節気の日名を求めれば、次日を求める度法に依って加え、法に満てば一日に進め、六十に満てば減じ、干支を命ずる办法は前と同じで、得たものがすなわち次の節気の日名である。太陽の在る位置は、肉眼では直接それがどの宿・どの度に正当中するか見出せないから、必ず推算に憑らなければ知ることができない。それが対する分野を推し出せば、これに拠って災異と祥瑞を分辨できる。
又,二十四氣日影律候至與不至,皆有應驗。今故列之如左,並二十四氣影如後。及律氣應不應法,用此,虛是占日之大綱矣。二十四氣影長短,《易緯》占律名。祖沖之歷日中影長短。
ほかに、二十四節気の日影の長短、および律管候気の到ると到らざるは、各々応験がある。今それらを以下に開列する——二十四節気の影長は後に附し、また律気の応験する法则と応じざる法则がある。この一套の办法を用いれば、大略はすなわち太陽を占候する総綱である。以下に列する二十四節気の影長は、各気の応ずる律名は《易緯》に取り、日中の影長の数値は祖冲之の暦法に依拠する。
冬至中影長一丈三尺。律鍾中黃,律長九寸。(徑三分)小寒中影長一丈二尺四寸三分。大寒中影長一丈一尺二寸。律中大呂,律長八寸二百四十三分寸之一百三。立春中影長九尺八寸。雨水中影長八尺一寸七分。律中太簇,律長八寸。
冬至は日中の影の長さ一丈三尺で、一年中で最も長い。この気は律に黄鐘に中り、律管の長さ九寸(管径三分)。小寒は影の長さ一丈二尺四寸三分。大寒は影の長さ一丈一尺二寸、律に大吕に中り、律管の長さ八寸および二百四十三分寸の百三。立春は影の長さ九尺八寸。雨水は影の長さ八尺一寸七分、律に太簇に中り、律管の長さ八寸。いわゆる「律中某」とは、この節気の地気がこの支の律管に応ずることをいい、管内に実めた葭莩灰は時に至れば飛動する。
驚蟄中影長六尺六寸七分。春分中影長五尺三寸七分。律中夾鐘,律長七寸二千一百八十七分寸之一千七百五。清明中影長四尺二寸五分。穀雨中影長三尺二寸六分。律中姑洗,律長七寸九分寸之一。
驚蟄は日中の影の長さ六尺六寸七分。春分は影の長さ五尺三寸七分、律に夾鐘に中り、律管の長さ七寸および二千百八十七分寸の千七百五。清明は影の長さ四尺二寸五分。穀雨は影の長さ三尺二寸六分、律に姑洗に中り、律管の長さ七寸および九分寸の一。この数気の影長は逐次短縮し、まさに太陽が日々北に移るを顕す。文中の「七寸二千百八十七分寸の千七百五」の類の書き方は、整寸のほかになお一つの分数を帯びることをいい、分母は前にあり分子は後にある——すなわち七および二一八七分の一七○五寸である。
立夏中影長二尺五寸三分。小滿中影長一尺九寸九分。律中仲呂,律長六寸二萬九千六百八十三分寸之一萬二千九百四。芒種中影長一尺六寸九分。夏至中影長一尺五寸。律中蕤賓,律長六寸八十一分寸之二十六。
立夏は日中の影の長さ二尺五寸三分。小満は影の長さ一尺九寸九分、律に仲吕に中り、律管の長さ六寸および二万九千六百八十三分寸の一万二千九百四。芒種は影の長さ一尺六寸九分。夏至は影の長さ一尺五寸で、一年中で最も短く、これより後日影は転じて増長する。律に蕤賓に中り、律管の長さ六寸および八十一分寸の二十六。十二律のうち、黄鐘・太簇・姑洗・蕤賓・夷則・無射は六陽律、大吕・夾鐘・仲吕・林鐘・南吕・応鐘は六陰吕で、陰陽相間にして順に十二箇月に分配される。
小暑中影長一尺六寸九分。大暑中影長一尺九寸九分。律中林鐘,律長六寸。立秋中影長三尺五寸三分。處暑中影長三尺二寸六分。律中夷則,律長五寸七百二十九分寸之四百五十一。
小暑は日中の影の長さ一尺六寸九分で、芒種と相同じい。大暑は影の長さ一尺九寸九分、律に林鐘に中り、律管の長さ六寸。立秋は影の長さ三尺五寸三分。処暑は影の長さ三尺二寸六分で、穀雨と相等しく、律に夷則に中り、律管の長さ五寸および七百二十九分寸の四百五十一。林鐘の管長六寸はちょうど黄鐘九寸の三分の二で、これがまさに「三分損益」の生律の法である。黄鐘を三分してその一を去れば林鐘を得、林鐘を三分してその一を益すれば太簇を得、このごとく輾転相生して、十二律は順に成る。
白露中影長四尺二寸五分。秋分中影長五尺三寸七分。律中南呂,律長五寸三分寸之一。寒露中影長六尺六寸七分。霜降中影長八尺一寸七分。律中無射,律長四寸六千五百六十三分寸之六千五百二十四。
白露は日中の影の長さ四尺二寸五分。秋分は影の長さ五尺三寸七分で春分と相等しく、律に南吕に中り、律管の長さ五寸および三分寸の一。寒露は影の長さ六尺六寸七分。霜降は影の長さ八尺一寸七分、律に無射に中り、律管の長さ四寸および六千五百六十三分寸の六千五百二十四。秋分の影長は春分と相等しく、寒露は驚蟄と相等しく、霜降は雨水と相等しい——二分前後の日影もまた両両対称するを見るべし。
立冬中影長九尺八寸。小雪中影長一丈一尺二寸。律中應鐘,律長四寸二十七分寸之二十。大雪中影長一丈二尺四寸三分。
立冬は日中の影の長さ九尺八寸。小雪は影の長さ一丈一尺二寸、律に応鐘に中り、律管の長さ四寸および二十七分寸の二十。大雪は影の長さ一丈二尺四寸三分。さらに下ればまた冬至に帰り、影長は再び一丈三尺に長く、一年の影長はこのごとく周りて復始する。
候影法:先定南北,使正樹八尺表為勾,臥股一丈四尺。按其歷氣,日中視影與歷合則吉,不合則凶。日影中,年短於氣歷舊影,則為日行上道;與歷同,為行中道;長於舊影為行下道。行上道太平,行中道昇平,行下道為霸世也。
日影を測候する方法。まず南北方向を定准し、端正に八尺の高さの表竿を竪てて「勾」とし、一丈四尺の尺を横臥させて「股」とする。暦書の載する各節気の影長に按り、正午に日影を観察し、暦書と相合すれば吉、合わなければ凶。日中の影長は、もしこの年が暦書の旧載の影長より短ければ、太陽が「上道」を行く。暦書と相同じければ「中道」を行く。旧影より長ければ「下道」を行く。太陽が上道を行けば天下太平を主り、中道を行けば時世升平を主り、下道を行けば覇主が道に当たる世である。
候氣法:截十二竹及銅為律管,口徑三分,各如其長短。埋於室中,實地依十二辰次之,上與地平,以葭莩灰實律中,以羅觳覆上。律氣至,吹灰動觳,小動為和,大動為君弱臣強,不動為君嚴暴之應也。
候気の方法。竹管と銅管を截取して合計十二支の律管を作り、管口の内径は三分で、各々前に列した長短に依って制作する。それらを密室の中に埋め、十二地支の方位に依って実地に排列し、管口を地面と相平らかにし、管内には蘆葦の内膜を焼いた葭莩灰を実め、その上に疎らな絹羅を一層蓋う。ある一律の属する節気の気が到来すれば、灰を吹き動かして絹羅を顫動せしめる。灰が微かに動くは和順、動きが大き過ぎるは君弱く臣強し、全然動かざるは君主の厳酷・暴虐の応験である。
其律聲有清濁,吹之以聽其音,以知世之和與不和。是故西戎猶解聽律,以辨國中。國有聖人,有聖人則東風應乎律矣。
各支の律管の発する声は清あり濁あり、吹奏して音色を聴辨すれば、時世の和順か否かを知ることができる。ゆえに西方の戎人すらも聴律を懂え、もって中原の国中の情形を判断する。国中に聖人あれば、東風が律管と相応する。
又,詩序稱:聲成文謂之音。世有治亂,音有哀樂,人君宰相須深察之。律應早晚,和與不和,乃史官之要事也,皆繫之於日行,故錄附於此,以示一隅。今史官傅仁均、薛頤等,並不考用影律,尸素之流也。
ほかに《毛詩序》にいう。声音が組み合わさって文采を成すを「音」と呼ぶ。時世に治あり乱あれば、音声に哀あり楽あり——人君と宰相は必ず深く体察を加えなければならない。律気の候に応ずる早晚・和与不とは、すなわち史官の要務である。これらは皆太陽の運行に係る。ゆえにここに附録し、一隅を挙げてその余を示す。当今の史官の傅仁均・薛頤などは、一概に影長と律管を考求せず、皆尸位素餐の輩である。
京房曰,日月行房乘三道,太平行上道,昇平行中道,霸世行下道。日不可視,以宿度影晷推之可知,影短則行上道矣。列宿當有道之國,日月過則光明,人君吉昌,民人安寧。日或黑或赤或黃,有軍軍破,無軍喪侯王。若人君不聞道德,其臣亂國背上,則日赤。
京房にいう。日月が房宿を経行するは、各々上・中・下の三道の一に乗る。天下太平ならば上道を行き、時世升平ならば中道を行き、覇主が道に当たれば下道を行く。太陽は直視できないから、それが在る宿度と日影をもって推算すれば知ることができ、影が短かければすなわち上道を行く。二十八宿の中、およそ有道の国に対するあの宿は、日月が経過するとき格別に光明で、人君の吉慶・昌盛、百姓の安寧を主る。太陽はあるいは黒を発し、あるいは赤を発し、あるいは黄を発す。もし軍隊が外にあれば軍隊の敗破を主り、軍隊が外になければ諸侯王に喪あることを主る。假如人君が道徳の言を聴聞せず、臣下が国政を扰乱し君上に背叛すれば、太陽は赤色を呈する。
劉向《洪範五行傳》曰:漢成帝河平九年正月二日朝,日出如血無光,漏上四刻五刻,乃頻有光,照地赤黃,食後乃復。是時成帝無道德,後宮趙氏亂於內,外家王氏擅權,遂至國亡也。
劉向《洪範五行伝》にいう。漢成帝河平九年正月初二の早朝、太陽は升る時、血のごとく紅く光芒がなかった。漏刻が四刻・五刻に上るまで、ようやく屡々光を透出し、地上に照らして赤黄色を呈し、早飯の時分を過ぎてから正常に回復した。当時成帝は道徳なく、後宮の趙氏姉妹は内に在りて政を乱し、外戚の王氏は外に在りて権を専らにし、終に亡国に致らしめた。
若臣逆君法,日赤如火,其國遂矣,國亡也。若臣逆君法,日赤如火者,其國內亂。若陰沉日月無光,晝不見日,夜不見星,皆有雲障之而不雨,此為君臣俱有陰謀,兩敵相當,陰相圖議。
もし臣下が君主の法度に違逆すれば、太陽は火のごとく紅く、その国家はこれによって敗壊し、亡国に至る。又一説。臣下が君法に違逆すれば太陽は赤紅にして火のごとく、その国家に内乱の発生を主る。もし天色が陰沈し、日月ともに光なく、昼は太陽を見ず夜は星星を見ず、皆雲に遮蔽されてしかも雨を降らさざれば、これは君と臣が各々陰謀を心に懐くを主る。もし両軍の対塁の時に出現すれば、双方が暗中に互いに図謀・算计しているのである。
若晝陰,夜月出,君謀臣。若夜陰,晝日出,臣謀君。若日濛濛,並無光,士卒內亂。日出一竿無光曜者,其月有三死,若有憂。若人君宰相不從四時行令,刑罰不時,大臣奸謀,離賢蔽能,則日月無光並見瑕謫,不改其行,其國五穀不成,六畜不生,人民上下縱橫,盜賊並起。
もし白天が陰晦し、夜に月が反って出れば、君主が臣下を図謀するを主る。もし夜が陰晦し、昼に太陽が反って出れば、臣下が君主を図謀するを主る。もし太陽が昏蒙にして明るからず、全く光輝なければ、士卒が内部に作乱するを主る。太陽が升ること約一竿の高さにして光芒なければ、その月に三重の死喪あるか、または憂患の事あるを主る。もし人君と宰相が四時に依って政令を頒行せず、刑罰の施用が時宜に合わず、大臣が暗に奸謀し、賢者を疏遠し能人を埋没せば、日月は光輝を失い斑点・瑕疵を現す。もしなお行事を改めざれば、その国家は五穀熟せず、六畜繁せず、百姓は上下横行して序なく、盗賊は一斉に興起する。
日出無光曜者,主病,一曰:主有負於臣,百姓有怨心。日失色,所臨之國不昌。日晝昏,行人無影,至暮不止者,上刑下急,民不聊生。不出一年,必有大水,下田不收。
太陽が出て光芒なければ、君主の生病を主る。另一説。君主が臣下に負う所あり、百姓が心に怨を懐くを主る。太陽が本色を失えば、それが照臨するあの国家が昌盛し得ないを主る。白昼が昏暗し、行人が路を歩んで影子なく、傍晚に至るまでなお止まなければ、上が刑を用うるに厳酷にして下が催逼するに急切で、百姓は生活する能わざるを主る。一年を出でず、必ず大水を発し、低窪の田地は顆粒の収穫なし。
日晝昏,烏鳥群嗚,國失政,臣持政。日無雲不見光,比三日,為大喪,必有滅國。日中烏見,主不明,為政亂,其分國有白衣會,大旱。三足烏出在日外,天下大國受殃,戴麻森森,哭聲吟吟。
白昼が昏暗し、烏鴉が群集して鳴けば、国家が政柄を失い大臣が朝政を把持するを主る。天上に雲なくして太陽に光芒見えず、連続三日なれば、大喪あるを主り、必ず国家の滅亡あるべし。日面の中に烏形を現ずれば、君主不明・政事昏乱を主り、それが対応する分野の国家に喪事の会あるべく、かつ大旱——「白衣会」とはすなわち喪事の聚会を指す。三足烏が日輪の外に出現すれば、天下の大国が殃を受け、人々頭に麻布を戴き、一片森森として、哭声呜咽して絶えざるを主る。
日光明盛,萬物不得視其體,猶人君之尊,權勢不可窺逾。今日無光,人皆見其體貌,將有伺察神物者焉,人君失其威柄之象,特宜修德政以禳之。
太陽の光明が盛大なるは、万物が皆その形体を直視し得ない——ちょうど人君の尊厳にして、権勢が窺測・僭越を容れざるがごとし。今太陽が光芒を失い、人々皆その形貌を看清し得るは、将に人の神器を窺伺・窃取せんとする徴候あり、人君が威権を喪失する象徴で、殊に応に明徳の政を修めてもってそれを禳解すべきである。
日中有火光氣現者,其國君左右大臣欲反。夫祭天不順,茲謂逆祀。日中有黑子、黑雲,若青若黃赤,乍二乍三,天子崩。按《晉中興書》云:昇平三年十月丙午,日中有黑子,大如雞子,俄而孝宗崩。晉太和四年十月乙未,日中有黑子如李。至八年十一月己酉,天子廢為海西公。
日面の中に火光の気を現ずれば、その国家の君主の左右の大臣が反叛を図謀するを主る。これもまた祭天が次序に合わざるより来たる——「逆祀」と呼ぶ。日面の中に黒子または黒雲を現じ、あるいは青くあるいは黄赤く、忽ち二つ忽ち三つとなれば、天子の駕崩を主る。《晋中興書》の記載に按るに。升平三年十月丙午、日中に黒子を現じ、大きさ鶏蛋のごとく、まもなく孝宗は駕崩した。晋・太和四年十月乙未、日中に李子ほどの大きさの黒子を現じた。八年十一月己酉に至り、天子は廃黜されて海西公となった。
若日足白者,有破軍敗將,諸侯王敗退。日足白者,日影屬地而純白也。日上有黃芒,天下攻戰。日消小,所當國君死。日中分,其國亡。
もし太陽の「足」が白色を呈すれば、軍隊が撃破され将領が打敗し、諸侯王が敗退するを主る。いわゆる日足白とは、日光が垂れ射して地面に連接して純白色を呈するをいう。太陽の上方に黄色の芒気あれば、天下が互いに攻戦するを主る。太陽の形体が消損して小さくなれば、それが対応する国の国君が死亡するを主る。太陽が中から裂けて両半に分かれれば、その国家の滅亡を主る。
日夜半見,天下不安,是謂陰明,天下大兵,洪水流行。日再出再沒,國亡君死,有兵,主降於臣,天下亡。日出非其所,天子失國,政令不行。
太陽が半夜に出現すれば、天下不安を主り、これを「陰明」と呼び、天下が大いに干戈を動かし、洪水が泛濫・流行するを主る。太陽が二度升り二度落ちれば、国亡び君死し、兵禍興起し、君主が臣下に降服し、天下が淪亡するを主る。太陽が升るべからざる方位から升れば、天子が国家を失い政令が通行せざるを主る。
兩日並出,諸侯有謀,是謂滅亡。天下用兵,無道者亡。兩日並照,是謂陽明。假主抗衡,天下有兩王並爭。眾日並見,天下裂分,百官各設,法令不一。王者並出,言天子多也。汲冢書曰:甲居於河曲,天有祅孽。
二つの太陽が同時に出現すれば、諸侯が不軌を図謀するを主り、これを滅亡の象と呼ぶ。天下が兵戈を動用し、無道の一方が滅亡する。二つの太陽が一同に照耀すれば、これを「陽明」と呼び、偽主が真主と抗衡して、天下に二つの王が并立して相争うを主る。許多の太陽が一同に出現すれば、天下の分裂を主り、各所が自ら百官を設け、法令が統一し得ない。いわゆる王者并起とは、天子を称する者が多いをいう。《汲冢書》にいう、「甲が河曲に居り、天に妖孽あり」と。
十日並出,日象似日形耳,非正如日也。兩軍相當,數日並出,當分營以應之。日斗者,日中三足烏見,常在日出至食時候之。或離而復合,白日與黑日斗,其國相攻,天下有兵,不出三年,天下大飢。日斗之時,或有五色仰珥之狀,為行隊而相追凌突,皆為天子失國,為軍兵滿野。
いわゆる十日并出とは、それらは不過形が太陽に似た幻象に過ぎず、真に太陽ではない。両軍対塁の時にもし幾つかの太陽が一同に出現すれば、応に営塁を分立して応対すべきである。いわゆる「日斗」とは、日面の中に三足烏が出現することを指し、通常は日出から早飯までの間にそれを観察する。あるいは両日が分離してまた合攏し、白日と黒日が相斗えば、その両国が互いに攻伐し天下に兵禍あるを主り、三年を出でず、天下大飢。日斗のとき、あるいは五色の仰珥形の雲気を現じ、行列を排して互いに追逐・衝撞すれば、これらは皆天子の失国・兵馬が原野に遍布するを主る。
日病主病,日赤黃是也。月死主死,日赤紫色是也。月並出,中國有兩主立。日月並見,是謂滅亡。天下兵起,國將亡。
太陽に病あれば、君主の生病を主り、すなわち日色が赤黄の情形である。月が晦死すれば、死喪あるを主り、すなわち日色が赤紫の情形である。二つの月が一同に出現すれば、中国に二つの君主が并立するを主る。日と月が同時に天上に出現するは、これを滅亡の象と呼び、天下に兵起り国家は将に亡びんとするを主る。
日月並見,相去數寸,臣下作亂,滅其國主也。日月大星,並出晝見,是謂爭明,大國弱,小國強,有立侯王。日月星俱見有者,天子不能禁制臣下,政令不行,大國亡。
日月が同時に出現して相距ることわずか数寸なれば、臣下が作乱しその国君を殺滅するを主る。太陽・月と大星が一同に白天に出現するを、これを「争明」と呼び、大国が転じて弱く小国が転じて強く、将に新立の侯王あらんことを主る。日・月・星の三者が一斉に出現すれば、天子が臣下を約束し得ず政令が通行せず、大国の滅亡を主る。
日入月中,不出九十日,兵大起,易法令,金鐵貴三倍。二旬而正,主病,不則將軍去,后死。日見月中,人主死。朔日日赤是也。月與日並照,日中光不盛,后妃持政。
太陽が月の中に入れば、九十天を出でず、大いに兵戈を起こし、法令を更改し、金鉄の価銭は三倍に漲る。もし二十天内に正常に回復すれば、君主の生病を主る。然らざれば将軍が職を去り、随いて死亡する。太陽が月の中に出現すれば、人主の死亡を主り、すなわち初一の日に太陽が紅を発する情形である。月と太陽が一同に照耀して日の中の光が盛んならざれば、后妃が朝政を把持するを主る。
日月旁気占第五
淳風按:夫氣者,萬物之象,日月光明照照之使見。是故天地之性,人最為貴,其所應感亦大矣。人有憂樂喜怒誠詐之心,則氣隨心而見。日月照之以形其象,或運數當有,斯氣感占召,人事與之相應,理若循環矣。
李淳風按す。いわゆる「気」とは、万物が天空の中に顕す形象で、日月の光明の照耀に憑って初めて見るべきものとする。天地の生ずる物は人を最も貴しとするから、それゆえ人の感応する気もまた最も大きい。人の心中に憂愁・喜楽・悩怒・誠実・詐偽の種種の情態あれば、気は人心に随って顕現し、日月がそれを照らせば各種の形象を顕す。あるいは気運・数術がもとよりしかるべきもので、ここにこの気が感召して生じ、人事とそれが彼此相応じる——その中の道理は循環・往复のごときである。
風雨氣見於日月之旁,三日內有大風,遠至七日內,大雨久淫者為災,無此風雨之應也。七日內無風雨之後,乃可論災祥耳。
もし風雨の気が日月の旁に出現すれば、三天以内に大風あり、遠ければ七天以内に大雨あり。久雨が災を成すは、ただこの風雨本身の徴候で、また別に他の占応あるではない。七天以内に並びて風雨の出現せざるを待って、然る後にこれらの気をもって災祥を論断すべきである。
一曰冠氣。青赤色立在日月之上,冠帶之象也。天子當立侯王,封建親戚,授之茅土以為蕃屏。白則有喪,赤則有兵。
第一種を「冠気」と呼ぶ。青赤色の気が日月の上方に竪立するは、冠を戴き帯を係くる象徴である。天子が将に侯王を冊立し、親族を分封し、彼らに茅土を授けて屏藩とせんことを主る——古代の分封では方位に按って五色土を取り、白茅をもって包みて受封者に授けた。ゆえに「授之茅土」と称す。もし気色が白を発すれば喪事を主り、赤を発すれば兵事を主る。
二曰戴氣。青赤色橫在日月之上,而小隆起,其分當有益土進爵推戴之象,亦為福佑之象。黑則有病,青則多憂。(五色鮮明黃潤為吉。此純赤、純黑、純白、純青為凶色。)三曰珥氣。青赤短小,在日月之旁,纓珥之象也。其色黃白,女主有喜。日朝有珥,國主有進幸之事。其不可行,女主戒之。純白為喪,間赤為兵,問青為疾,間黑為水,間黃為喜。他皆仿比。有軍而珥為喜,兩軍相當,軍欲和解,所臨者喜。在日西,西軍勝;在日東,東軍勝。南北亦然。敗處可知也。無軍而珥,為拜將。日有四珥,天子立侯王,有子孫之喜,期不出三年。日有六珥,其分有喪。若有赤雲掩日,下有亡國。
第二種を「戴気」と呼ぶ。それは青中に赤を帯びた色を呈し、日・月の上方に横陳し、中間は微かに隆起する。それが対応する分野の地は、当に土地を増封し爵位を晋升し、衆人が擁戴する事あるべく、また上天が降福・護佑する徴象である。気色が黒を発すれば疾病を主り、気色が青を発すれば憂患繁多を主る。(雲気が五色鮮明にして黄色の潤沢を帯びるは皆吉象。ここに言う純赤・純黒・純白・純青は皆凶色に属す。)第三種を「珥気」と呼ぶ。それは青中に赤を帯び、形状は短小で、日・月の両旁に出現し、冠纓の上に垂れた耳飾りのごとし。気色が黄白のものは后妃・女主に喜慶の事あるを主る。太陽が早朝に珥気を現ずれば、国君が進用・寵幸する人の事あるを主る。もしこの事が施行すべからざれば、女主はこれがために戒惧すべし。純白色は喪事を主り、赤色を夾雑すれば兵事を主り、青色を夾雑すれば疾疫を主り、黒色を夾雑すれば水災を主り、黄色を夾雑すれば喜慶を主り、その余の各色は皆この例に照らして類推する。軍隊が外にあって珥気を現ずるは喜兆。両軍が対峙する時に出現すれば、軍中に和解する意あるを説明し、珥気の靠近するあの一方に喜あり。珥気が太陽の西にあれば西辺の軍隊が勝を取り、太陽の東にあれば東辺の軍隊が勝を取り、南北両方もまたこれに照らして推し、どちらの一方が敗北するかもまた知るべし。軍事行動なくして珥気を現ずれば、将帥を拝授するを主る。太陽に四道の珥気あれば、天子が侯王を冊立し、かつ子孫が添丁する喜事あるを主り、期限は三年を出でず。太陽に六道の珥気あれば、その分野の地に喪事あるを主る。もしまた赤色の雲気が太陽を遮掩せば、その下に必ず亡国の禍あり。
四曰抱氣。青赤而曲,向日抱扶。抱,向就之象也。日月旁有抱,鄰國臣佐來降,亦有子孫之喜,臣下忠誠以輔之象也。五曰背氣。青赤而曲,向外為背,背叛乖逆之象。其分有反城叛將,邊將欲去,善防之。六曰玦氣。青赤,曲向外,中有橫枝似山字,玦傷之象也。君臣不和,上下玦傷。兩軍相當,所臨者敗,有軍必戰。七曰直氣。青赤色,一丈餘,正立日月之旁,直立之象也。其分有自立者。
第四種を「抱気」と呼ぶ。それは青中に赤を帯びて彎曲の形を呈し、彎口は日・月に朝向し、双腕の環抱・扶持するごとき様である。いわゆる「抱」とは、趨向・帰附の徴象である。日・月の旁に抱気が出現すれば、隣国の臣属が来たり帰降するを主り、また子孫添丁の喜事あるを主り、臣下が忠誠に君主を輔佐する象徴である。第五種を「背気」と呼ぶ。同じく青中に赤を帯びて彎曲するが、彎口が外に向かうを「背」と呼び、背叛・乖違・忤逆の徴象である。その分野の地に城を拠って反叛する将領あり、辺地の守将もまた離去の心あり——よく防備すべきである。第六種を「玦気」と呼ぶ。青中に赤を帯び、彎曲して日月に背向し、中に別に一道の横枝が伸出し、形状は「山」の字のごとく、玉玦の残欠・彼此傷損の徴象である。それは君臣不和・上下が互いに残害するを主る。両軍対峙の時、玦気の臨近するあの一方が戦敗する。軍隊が外にあれば、必ず交戦するを要す。第七種を「直気」と呼ぶ。青中に赤を帯び、長さ一丈あまり、笔直に日・月の旁に竪立し、挺身自立の徴象である。その分野の地に自立して王となる人が出現する。
八曰交氣。青赤色,狀如兩直相交,淫悖之象也。人生有淫悖之行,則有此氣。常以九月上旬兩日候之,日月旁有交赤雲,其下有兵。九日提氣。日月四旁有赤雲曲向,名曰四提。提似珥而曲,不出其年,兵起,王者死,赤為亡地,有自立者。一雲氣形如三角,在日四方,為提。
第八種を「交気」と呼ぶ。青中に赤を帯び、形状は两道の直気が交叉相錯するごとく、淫乱・悖逆の徴象である。人間に淫乱・悖逆の行為あれば、天上にこの種の気が出現する。通常は九月上旬に二日を選んで観測し、日・月の旁にもし交錯する赤色の雲気あれば、その下の地に兵事あるべし。第九種を「提気」と呼ぶ。日・月の四周に赤色の雲気が彎曲して相向かうを「四提」と呼ぶ。提気は珥気に似て彎曲を帯び、出現の後当年を出でず、兵事興起し君王は身を死す。気色が赤を発すれば国土の喪失を主り、かつ自立して王となる者あり。另一説。この種の気は形状が三角に似て、太陽の四方に出現すれば、すなわち「提」と呼ぶ。
十曰纓紐承履。氣青赤色,在日下。上曲為纓,下直立為履。在日下兩邊,交曲而雙垂為紐,皆喜氣也。人君將有納女寵之象也。氣如半暈,在日下為承。承者,臣承君也,為君臣相承有喜。青赤氣橫直在日上下者為格。格者,格鬥之象也。日冠而珥,君有私事,在珥之所處,處東在東。他皆仿此。日戴而珥,天子有喜賀子孫之事。抱為和親,日多抱珥,則國中歡喜而和洽。若一抱兩背而玦,是謂大疫。軍眾在外,將有反者。日有背玦,四直交在其中,臣欲為邪。有芒刺,中青外赤,為逆,外青無芒,為謀。此數見,國家凶。抱而且背,不和之象。順逆相參,明者勝,抱明久順勝。他皆仿此。凡有抱者以攻戰,從抱擊之者勝,芒外刺者中人勝,芒內刺者外人勝,皆以象類為法也。
第十類を「纓・紐・承・履」と呼ぶ。この一類の気は青赤色を呈し、太陽の下方に出現する。上端が彎曲するを「纓」と呼び、下端が笔直に竪立するを「履」と呼ぶ。太陽の下方の両側で交錯・彎曲し、双々して下垂するを「紐」と呼ぶ。それらは皆喜気に属し、君主に将に寵妃を納娶する事あらんことを主る。気の形状が半箇の日暈のごとく太陽の下方に位するを「承」と呼ぶ。承とは、すなわち臣子が君主を承奉するで、君臣上下が彼此承接して喜慶あるを主る。青赤色の気が太陽の上下に横陳または直貫するを「格」と呼ぶ。格とは、すなわち格闘相争の徴象である。太陽の上に冠気あり旁にまた珥気あれば、君主に私下の事あるを主り、事は珥気の在る方位に発生する——珥が東方にあれば事は東方に応じ、その余の方位は皆これに類推する。太陽の上に戴気あり旁にまた珥気あれば、天子に子孫を慶賀する喜事あるを主る。抱気は和親・修好を主り、太陽の周囲に抱気・珥気多ければ、国中は歓欣にして上下和洽す。もし一道の抱気・两道の背気にさらに玦気を加えれば、これを「大疫」と呼ぶ。軍隊が外にあれば、反叛の人あるべし。太陽に背気・玦気を現じ、また四道の直気がその中に交錯すれば、臣下が邪僻の事を行わんとするを主る。気の上に芒刺を生じ内は青く外は赤きは叛逆を主り、外に青色を呈して芒刺なきは暗中の図謀を主る。この類の気象が屡々出現すれば、国家に凶禍あり。既に抱気ありまた背気あれば、上下不和の徴象である。順象の抱気と逆象の背気が交雑して並び見えるとき、どちらか一方が明亮なればその一方が勝を取る。抱気が明亮にして且つ久しく散ぜざれば、順の一方が勝を取る——その余は皆これに類推する。およそ抱気あるは、用兵作戦のとき抱気の方向に順って攻撃すれば勝を取り得る。芒刺が外に向かうは気中の一方の人が勝を取り、芒刺が内に向かうは気外の一方の人が勝を取る——これらは皆気象の形態に按り類比して占法を立てたものである。
十一日暈氣。暈周而匝,中赤外青,軍營之象也。對敵有暈,厚而鮮明久留者勝,在東東勝,他仿此。無軍在外而有此氣,天子失御,人民多叛。日月皆暈,共戰不合,兵罷。日以庚子暈,有赦令。日有青暈,不出旬日有大風,糴貴,人民多為病凶。日有黑暈,災在用事之臣。日暈七日無風雨,兵大作。不可起兵,眾大敗。日暈而珥,宮中多事,後宮忿爭。七日不雨,審察宮中。日暈而珥,立侯王,人有謀。軍在外,外軍有悔。日暈且珥如井干,國亡以兵亂大戰。一珥為一國兵戰,二珥為二國兵戰,以珥為數,日暈珥,貴人有罷,國有謀反,亦為拜將。
第十一類を「暈気」と呼ぶ。暈気は日月を環繞して一周し首尾が閉合し、内圈は赤色・外圈は青色で、軍営の環衛の徴象である。敵と対陣する時に日暈が出れば、暈気が濃厚・鮮明にして且つ久しく散ぜざる一方が勝を取る。暈が東方にあれば東方が勝を取り、その余の方位はこれに類推する。軍隊が外にないのにこの種の気を現ずれば、天子が駕馭の権を失い百姓に叛離多きを主る。日・月が同時に暈あれば、双方は一地に共処すれど交戦せず、兵事は罷息するを主る。太陽が庚子日に暈気を現ずれば、赦令を頒布せんことを主る。太陽に青色の暈あれば、十天を出でず大風あり、米価騰貴し、百姓は疾病に染する者多く、凶を主る。太陽に黒色の暈あれば、災禍は権を当て事を用うる大臣の身に落ちる。日暈の後七天以内に風雨なければ、兵事大いに起るを主る。この時発兵すべからず、発兵すれば軍衆大いに敗す。日暈がまた珥気を生ずれば、宮中に事多く後宮の嬪妃が忿争するを主る。もし七天下雨せざれば、仔細に宮中の事を察訪すべし。日暈がまた珥気を生ずれば、侯王を冊立するを主り、また人の不軌を図謀するあるを主る。軍隊が外にあれば、外出の軍隊に悔咎あるべし。日暈が并せて珥気あり、形状が井欄のごとく方正なれば、国家が兵乱・大戦によって覆亡するを主る。一道の珥気は一国の交兵を主り、两道の珥気は両国の交兵を主り、珥気の道数に按って国数を計る。日暈が珥を帯びれば、貴人が罷黜せられ、国中に人の謀反するあり、また将帥を拝授するを主る。
十二曰負氣。負氣者,青赤如小半暈狀而在日上則為負,負者得地,為喜。日重暈四負,殃大,如內亂,三日雨,不占。戟氣者,青赤氣長而斜倚日旁,為戰戈戟相傷之象。日暈且有冠,且有戴,天下立侯王。若自立者,其分必有益土。日暈而有戴,若拜謁、立諸侯,德令矣。
第十二類を「負気」と呼ぶ。いわゆる負気とは、青赤色にして形は小半箇の日暈のごとく太陽の上方に位する気で、これを「負」と呼ぶ。負気の出現は土地の開拓を主り、喜兆である。太陽に両重の暈ありまた四道の負気を帯びれば、災殃の重大を主り、内乱の象のごとし。もし三天以内に雨降れば、占断を作さない。いわゆる「戟気」とは、青赤色の気が長長と太陽の旁に斜倚するで、交戦の時戈戟が相互に刺傷する徴象である。日暈の上に既に冠気ありまた戴気あれば、天下が侯王を冊立せんとするを主る。もし人の自立して王となるあれば、その分野の地は必ず疆土を増拓する。日暈の上に戴気あれば、将に朝覲・拝謁し諸侯を冊立する事あるを主り、また恩を施す徳政の号令を頒行するを主る。
日暈有抱,抱為順,日月之旁,王者有喜,子孫吉昌,政令行。兩軍相當,有抱者勝。日暈抱珥,上將易。日暈而背,兵起其分,失城背焉,逆有降、反城。背在東,東有叛;在西,西有叛。他仿此。蓋兩軍相當,背所在方敗,無背者勝。背者逆也。日暈中有璚為不順,與背同。人臣不忠,為外其心,君臣乖離。其國兵起,若有逃臣。
日暈の上に抱気あれば、抱は順従を主る。それが日・月の旁に出現すれば、君王に喜慶あり子孫は吉祥・昌盛し、政令は通行して阻なしを主る。両軍対峙の時、抱気ある一方が勝を取る。日暈が抱気と珥気を帯びれば、上将の更替を主る。日暈にして背気を生ずれば、背気の在る分野が兵事を興起し、城池を失守し朝廷を背棄する事あるべく、叛逆の中にも出降する者と城を拠って反叛する者とあり。背気が東方にあれば東方に叛乱あり、西方にあれば西方に叛乱あり——その余の方位はこれに類推する。大凡両軍対峙に、背気の在るあの一方が戦敗し、背気なき一方が勝を取る——「背」とはすなわち違逆だからである。日暈の中に璚気あれば、順従せざるを主り、占断は背気と相同じい。臣下が忠ならず心思が外に向かい、君臣が心を離れ徳に背き、その国は将に兵事を興起せんとし、あるいは臣子の出逃するありを主る。
日暈而玦,兩軍相當,所臨者敗。內外同,軍玦戰。日暈而有直氣在兩旁,其國有自立諸侯王者,封賞左右。兩軍相當,有直者勝。日暈四提,必有大將出亡。日暈而有背,抱珥直而虹貫之,宜從虹而擊之。日暈有背者,有軍不合戰,將有叛。內外同,在內為內,在外為外。
日暈にして玦気を生ずれば、両軍対峙の時、玦気の臨近する一方が戦敗する。暈内・暈外は一様に見做し、玦気ある軍隊は必ず交戦するを要す。日暈にして両旁に直気あれば、その国に自立して諸侯王となる人あり、かつ左右の近臣に対し官を封じ賞を行うを主る。両軍対峙の時、直気ある一方が勝を取る。日暈の四周に四道の提気あれば、必ず大将の出逃するあり。日暈にして背気あり、同時にまた抱気・珥気・直気あり、かつ虹霓に貫穿せられれば、宜しく虹霓の指す方向に順って攻撃を発起すべし。日暈に背気を現ずれば、軍隊が外にありて交戦せざるを主り、将領の中に叛変する人あるべし。暈内・暈外は一様に見做し、背気が内圈にあれば内部に応じ、外圈にあれば外部に応ずべし。
兩軍相當,日暈而冠珥及纓者,軍和解。抱戴者有喜。日月無精光,青赤暈,虹蜺背玦在心度中,是謂大蕩。兵喪並起,當以赦除之咎。日暈而珥,有雲穿之者,天下名士死。日暈而兩珥右外,有聚雲在中與外,不出三日,城圍出戰。
両軍対峙の時、日暈の上に冠気・珥気および纓気あるは、両軍の和解を主る。抱気・戴気あるは喜事あるを主る。日・月が光輝を失い、青赤色の暈を現じ、また虹霓・背気・玦気が心宿の度数の中に聚集するを、これを「大蕩」と呼び、兵禍と喪事が一同に発生するを主り、応に大赦をもってこの災咎を消除すべきである。日暈にして珥気を生じ、また雲気がその中を穿ち過ぐれば、天下に名望ある士人の死亡を主る。日暈にして两道の珥気が右外方に偏し、暈内と暈外にともに雲気の積聚あれば、三天を出でず、城池は将に囲困せられて出城して交戦せんとするを主る。
日月暈,仰視之,順臾當有雲氣從旁入者,急隨雲以攻之,大勝。日暈,有聚雲不出者,兵起三日,內城受圍。日暈,而白雲如車蓋臨日上,城降得地。日暈再重,有德之君得天下,其分有攻戰。
日・月に暈ある時に頭を擡げて仰観し、片刻の間にもし雲気が旁から暈中に侵入せば、応に急速に雲気の来る方向に順って攻撃を発起し、大勝を獲べし。日暈の内に雲気が積聚して散ぜざれば、三天以内に兵事興起し、内城が囲まるを主る。日暈の時、白雲が車蓋のごとく太陽の上方に臨圧すれば、敵城が帰降し我方が地を得るを主る。日暈に両重あれば、徳ある君が将に天下を取得せんとするを主り、その分野の地に攻戦あるべし。
日暈色青再重,外戚、親屬在內為亂,王者有憂,有亡地。日暈三重,諸侯王反,天下受兵,期三年有攻戰。日暈四重,滅。有野有反相,亡國死王。日暈五重,是謂陰謀。女主喪,其年飢。天下有兵,其地破亡。日暈六重,國失政,兵起國喪。
日暈が青色を呈して両重あれば、外戚・皇親が朝廷の内部に作乱し、君王に憂患あり、かつ国土を喪失するを主る。日暈が三重なれば、諸侯王が反叛し天下が兵禍を受くるを主り、期限三年以内に攻戦あり。日暈が四重なれば、覆滅の象を主る。郊野の間に反叛する輔相の臣出現し、国家は敗亡し君王は身を死す。日暈が五重なれば、これを「陰謀」と呼び、女主の喪亡を主り、当年飢饉し、天下に兵事あり、その地は攻破せられ敗亡す。日暈が六重なれば、国家の政事が失序し、兵事興起し且つ国喪あるを主る。
日暈七重,中國弱,戎狄強,有急使至。日暈八重,士人亂,天子傷。日暈九重,天下亡。日暈十重,天下大亡。各以其日所在辰、星宿、國分占之。
日暈が七重なれば、中原衰弱し戎狄強盛し、緊急の使者の到来あるべきを主る。日暈が八重なれば、士人が作乱し天子が傷害を受くるを主る。日暈が九重なれば、天下危亡を主る。日暈が十重なれば、天下大乱・危亡を主る。以上の各条は、皆日暈の出現したあの日に太陽の在る辰次・星宿および対応する分野の国に按って占断すべきである。
日暈再重而有兩珥,白虹貫之,天子有憂,大戰流血,橫尸遍野。日暈三重兩珥,其國有兵,亡其市邑,有相叛。日交暈,立大夫為將軍。交暈無厚薄,交爭力勢均,厚者勝,交暈居上者勝。交暈而珥,天下兵起,有兵者罷,暈而不匝者敗。有暈在東,東軍勝。兩半暈相向者,風殘五穀。日交暈,貫日,天下有破軍死將。
日暈が両重にしてまた两道の珥気あり、白虹がその中を横貫すれば、天子に憂患あり、将に大戦・流血し屍が野に横たわらんことを主る。日暈が三重して两道の珥気あれば、その国に兵禍あり城邑を喪失し、かつ輔相の臣が叛離するを主る。両重の日暈が交錯して相接すれば、大夫を提拔して将軍に充任するを主る。交錯の両暈が厚薄相同じければ、交戦双方の力量が勢均することを説明する。暈気の濃厚なる一方が勝を取り、交暈の位置が上に在る一方が勝を取る。交暈がまた珥気を生ずれば、天下に兵起るを主り、已に兵事あるは将に兵を罷めんとし、暈気が環繞・閉合し得ざる一方が戦敗す。暈が東方にあれば東方の軍隊が勝を取る。二つの半暈が彼此相向かえば、大風が五穀を摧残するを主る。日が交暈して太陽を横貫すれば、天下に軍隊の潰敗・将領の戦死する事あるを主る。
日暈有一抱一背,兩軍相當,從抱擊背者勝。暈不匝空而軍敗。有赤氣如布掩日,為大戰。日月旁有懸鐘,如人臥其下,有死將。日旁有黑氣,如龍銜日,及如人背日,大將欲反。
日暈の上に一道の抱気・一道の背気あれば、両軍対峙の時、抱気の一方から背気の一方に攻撃するが勝を取る。暈気が合囲し得ず中間が空缺すれば、軍隊の敗亡を主る。赤色の気が布幅のごとく太陽を遮掩すれば、大戦あるを主る。日・月の旁に形が懸鐘のごとき雲気あり、また人が鐘の下に卧するがごとければ、将領の死亡あるを主る。太陽の旁に黒気あり、形状が竜の口に日を銜むがごとく、あるいは人が太陽に背対するがごとければ、大将が将に反叛せんとするを主る。
伏虎守日,大將軍反。四虹貫日,有人謀亂,氣赤猶甚。赤雲如人頭懸鏡,皆兵起流血之象。白虹貫日,虹蜺連結,展轉刺日,並后族悉黜,天子外戰,若兵威內奪。
形が伏虎のごとき雲気が太陽の旁に守れば、大将軍の反叛を主る。四道の虹霓が太陽を横貫すれば、人の作乱を図謀するあるを主り、気色の赤紅なるは禍を為すこと殊に甚し。赤色の雲気が形状は人頭に鏡を懸けたるがごときは、皆兵事興起・流血・傷亡の徴象である。白虹が太陽を横貫し、虹と霓が連結して一となり、反復して日面を穿刺すれば、后族・親属が全て貶黜せられ、天子が外に向かって兵を用うるか、あるいは兵権が朝内に在りて人に奪わるるを主る。
赤暈有一虹,所在將死。日月始出,有黑雲貫之,或一或二或三,不出三日,必有暴雨。有赤雲如杵,長七八尺,撞入日月,所宿國主死。日月中有人者,臣害主,兩主爭。
赤色の日暈の上に一道の虹あれば、虹の在る方位の将領が死亡するを主る。日・月が剛く升起する時、黒雲がその中を横貫し、あるいは一道・あるいは两道・あるいは三道あれば、三天を出でず必ず暴雨あるべし。赤色の雲気が形状は木杵のごとく長さ七八尺で、日・月の中に衝撞して入れば、日月の宿する星宿に対応するあの国家の君主が死亡するを主る。日・月の中に人形を現ずれば、臣下が君主を謀害し、两位の君主が相争うを主る。
