星癸一百七十
星癸一百七十:辰子二千二十九,辰丑二千三十,辰寅二千三十一,辰卯二千三十二,辰辰二千三十三,辰巳二千三十四,辰午二千三十五,辰未二千三十六,辰申二千三十七,辰酉二千三十八,辰戌二千三十九,辰亥二千四十。
第一百七十運、天干は癸に配し、巳會第二十運で、本會第二輪の天干はここに用い盡くされ、次の運はまた甲から起こる。十二世は第二千二十九世から第二千四十世までである。子世は第二千二十九、丑世は第二千三十に滿ち、亥世は第二千四十に滿ちる。二十運は合わせて七千二百年で、巳會一萬八百年の三分の二を占める。本運は三百六十年で、一元の第六萬八百四十一年から第六萬一千二百年に當たる。
星甲一百七十一
星甲一百七十一:辰子二千四十一,辰丑二千四十二,辰寅二千四十三,辰卯二千四十四,辰辰二千四十五,辰巳二千四十六,辰午二千四十七,辰未二千四十八,辰申二千四十九,辰酉二千五十,辰戌二千五十一,辰亥二千五十二。
第一百七十一運、天干は甲に配し、巳會第二十一運で、本會第三輪の天干はここから始まる。管轄する十二世は第二千四十一世から第二千五十二世までで、子に起こり亥に止まり、十二支が各々一世に當たり、酉世がちょうど第二千五十に滿ちる。每世三十年、本運は合わせて三百六十年で、一元十二萬九千六百年の中では第六萬一千二百一年から第六萬一千五百六十年に當たる。
星乙一百七十二
星乙一百七十二:辰子二千五十三,辰丑二千五十四,辰寅二千五十五,辰卯二千五十六,辰辰二千五十七,辰巳二千五十八,辰午二千五十九,辰未二千六十,辰申二千六十一,辰酉二千六十二,辰戌二千六十三,辰亥二千六十四。
第一百七十二運、天干は乙に配し、巳會第二十二運である。十二世の編號は第二千五十三世から第二千六十四世までで、其中の未世がちょうど第二千六十に滿ちる。この運以後、巳會の殘るは八運・二千八百八十年に過ぎず、元をもって通計すれば、一元四千三百二十世もすでに二千六十四世を過ぎた。本運は三百六十年で、一元の第六萬一千五百六十一年から第六萬一千九百二十年に當たる。
星丙一百七十三
星丙一百七十三:辰子二千六十五,辰丑二千六十六,辰寅二千六十七,辰卯二千六十八,辰辰二千六十九,辰巳二千七十,辰午二千七十一,辰未二千七十二,辰申二千七十三,辰酉二千七十四,辰戌二千七十五,辰亥二千七十六。
第一百七十三運、天干は丙に配し、巳會第二十三運である。管轄する十二世は第二千六十五世から第二千七十六世までである。子・丑・寅・卯・辰の五世は第二千六十九まで遞り、巳世は第二千七十に滿ち、午から亥までの六世が續いて第二千七十一から第二千七十六となる。本運は三百六十年で、一元の第六萬一千九百二十一年から第六萬二千二百八十年に當たる。
星丁一百七十四
星丁一百七十四:辰子二千七十七,辰丑二千七十八,辰寅二千七十九,辰卯二千八十,辰辰二千八十一,辰巳二千八十二,辰午二千八十三,辰未二千八十四,辰申二千八十五,辰酉二千八十六,辰戌二千八十七,辰亥二千八十八。
第一百七十四運、天干は丁に配し、巳會第二十四運である。十二世は第二千七十七世から第二千八十八世までで、子に起こり亥に訖わり、地支が一周して、卯世がちょうど第二千八十に滿ちる。邵雍がこの表を列ねた意は、人に「時に定數あり」を示すにある。元は會を統べ、會は運を統べ、運は世を統べ、世は年を統べ、層層相攝して、どの一世を擧げてもその運・その會・その元に遡ることができる。本運は三百六十年で、一元の第六萬二千二百八十一年から第六萬二千六百四十年に當たる。
星戊一百七十五
星戊一百七十五:辰子二千八十九,辰丑二千九十,辰寅二千九十一,辰卯二千九十二,辰辰二千九十三,辰巳二千九十四,辰午二千九十五,辰未二千九十六,辰申二千九十七,辰酉二千九十八,辰戌二千九十九,辰亥二千一百。
第一百七十五運、天干は戊に配し、巳會第二十五運である。管轄する十二世は第二千八十九世から第二千一百世までである。子世は第二千八十九、丑世は第二千九十に滿ち、その後寅から戌まで順遞し、亥世がちょうど第二千百に滿ちる。本運は三百六十年で、一元の第六萬二千六百四十一年から第六萬三千年に當たり、巳會はここまですでに九千年を行き、殘るは一千八百年のみである。
星己一百七十六
星己一百七十六:辰子二千一百一,辰丑二千一百二,辰寅二千一百三,辰卯二千一百四,辰辰二千一百五,辰巳二千一百六,辰午二千一百七,辰未二千一百八,辰申二千一百九,辰酉二千一百十,辰戌二千一百十一,辰亥二千一百十二。
第一百七十六運、天干は己に配し、巳會第二十六運である。管轄する十二世は第二千百一世から第二千百十二世までである。子から申までの九世は順に第二千百一から第二千百九、酉世は第二千百十に滿ち、戌・亥の二世は第二千百十一・第二千百十二である。本運は三百六十年で、一元の第六萬三千一年から第六萬三千三百六十年に當たる。
星庚一百七十七
星庚一百七十七:辰子二千一百十三,辰丑二千一百十四,辰寅二千一百十五,辰卯二千一百十六,辰辰二千一百十七,辰巳二千一百十八,辰午二千一百十九,辰未二千一百二十,辰申二千一百二十一,辰酉二千一百二十二,辰戌二千一百二十三,辰亥二千一百二十四。
第一百七十七運、天干は庚に配し、巳會第二十七運である。十二世は第二千百十三世から第二千百二十四世までで、子に起こり亥に終わり、編號は一路連貫して、未世がちょうど第二千百二十に滿ちる。巳會三十運は殘る三運のみで、まさに一萬八百年に滿ちて午會に交入しようとしている。年をもって論ずれば、本會はすでに九千七百二十年を行き、殘るは一千八十年のみである。本運は三百六十年で、一元の第六萬三千三百六十一年から第六萬三千七百二十年に當たる。
星辛一百七十八
星辛一百七十八:辰子二千一百二十五,辰丑二千一百二十六,辰寅二千一百二十七,辰卯二千一百二十八,辰辰二千一百二十九,辰巳二千一百三十,辰午二千一百三十一,辰未二千一百三十二,辰申二千一百三十三,辰酉二千一百三十四,辰戌二千一百三十五,辰亥二千一百三十六。
第一百七十八運、天干は辛に配し、巳會第二十八運である。管轄する十二世は第二千百二十五世(子)から第二千百三十六世(亥)までで、中間の巳世がちょうど第二千百三十に滿ちる。元をもって通計すれば、四千三百二十世のうちすでに第二千百三十六世を過ぎ、半元に近い。巳會の殘るはただ兩運・七百二十年である。邵雍は三十運をもって一會を成すので、每會末尾の數運は、編號は依然として例のごとく遞進しても、實はすでに交會の際に臨んでいる。本運は三百六十年で、一元の第六萬三千七百二十一年から第六萬四千八十年に當たる。
星壬一百七十九
星壬一百七十九:辰子二千一百三十七,辰丑二千一百三十八,辰寅二千一百三十九,辰卯二千一百四十,辰辰二千一百四十一,辰巳二千一百四十二,辰午二千一百四十三,辰未二千一百四十四,辰申二千一百四十五,辰酉二千一百四十六,辰戌二千一百四十七,辰亥二千一百四十八。
第一百七十九運、天干は壬に配し、巳會第二十九運である。十二世は第二千百三十七世から第二千百四十八世までで、子に起こり亥に止まり、卯世がちょうど第二千百四十に滿ちる。この運がすでに畢われば、巳會は殘る最後の一運のみで、本會一萬八百年はすでに一萬四百四十年を行った。しかるに次の一運の末の四世はすなわち唐堯・虞舜の世に相接し、邵雍の編年はそこから始めて帝王の年號を繫ぐことができる。本運は三百六十年で、一元の第六萬四千八十一年から第六萬四千四百四十年に當たる。
星癸一百八十
星癸一百八十:辰子二千一百四十九,辰丑二千一百五十,辰寅二千一百五十一,辰卯二千一百五十二,辰辰二千一百五十三,辰巳二千一百五十四,辰午二千一百五十五,辰未二千一百五十六,辰申二千一百五十七、唐堯二十一,辰酉二千一百五十八、唐堯五十一,辰戌二千一百五十九、虞舜九,辰亥二千一百六十、虞舜三十九。
第一百八十運、天干は癸に配し、巳會三十運の末運である。管轄する十二世は第二千百四十九世から第二千百六十世までで、亥世は正に第二千百六十に滿ち、ちょうど六會が各々三百六十世を領した累積の數である。巳會はここに至って終わり告げ、一元はすでに六萬四千八百年を行き、正に半元に滿ちた。本節でもっとも注意すべきは、後の四世から帝王の紀年を注記し始めることである。申世第二千百五十七には「唐堯二十一」、酉世第二千百五十八には「唐堯五十一」、戌世第二千百五十九には「虞舜九」、亥世第二千百六十には「虞舜三十九」と注し、注する所はいずれもその世の起首の年に帝王が位に在ってからの年數である。ここから以下、邵雍の推數はすなわち中國正史の帝王世系に相接する。本運は三百六十年で、一元の第六萬四千四百四十一年から第六萬四千八百年に當たる。
皇極經世書卷二上
觀物篇七 以元經會七
日甲一,月午七。
「日甲一」は依然として本元が第一元で天干が甲に配することを指し、「月午七」は紀するところの會が一元十二會の中の第七會で地支が午に屬することを指す。午會は第一百八十一から第二百十まで合わせて三十運を統べ、第二千百六十一世から第二千五百二十世まで合わせて三百六十世を統べ、一萬八百年に合して、一元の中では第六萬四千八百一年から第七萬五千六百年に當たる。中國で史に考えうる帝王の世系は、本會開篇の夏禹から世ごとに表中に注入され、前の六會の數あって事なき空表とは判然と異なる。
星甲一百八十一
星甲一百八十一:辰子二千一百六十一、夏禹八,辰丑二千一百六十二、夏太康二,辰寅二千一百六十三、夏仲康二,辰卯二千一百六十四、夏王相二十,辰辰二千一百六十五、夏少康二十三,辰巳二千一百六十六、夏少康五十三,辰午二千一百六十七、夏王槐四,辰未二千一百六十八、夏芒八,辰申二千一百六十九、夏不降四,辰酉二千一百七十、夏不降三十四,辰戌二千一百七十一、夏扄五,辰亥二千一百七十二、夏廑十四。
第一百八十一運、天干は甲に配し、午會三十運の頭の一運で、管轄する十二世は第二千百六十一世から第二千百七十二世までである。每世の下に注する所は、その世の起首の年に當たる帝王とその在位年數である。子世は夏禹八年、丑世は夏太康二年、寅世は夏仲康二年、卯世は夏王相二十年、辰世は夏少康二十三年、巳世は夏少康五十三年、午世は夏王槐四年、未世は夏芒八年、申世は夏不降四年、酉世は夏不降三十四年、戌世は夏扄五年――「扄」はすなわち夏帝の扃――、亥世は夏廑十四年である。一世三十年なので、在位が三十年を逾える者は兩世に連ねて注し、少康・不降のごとく各々兩世を占める。本運は合わせて三百六十年で、一元の第六萬四千八百一年から第六萬五千一百六十年に當たり、まさに夏代の禹から廑までの一段である。
星乙一百八十二
星乙一百八十二:辰子二千一百七十三、夏孔甲二十三,辰丑二千一百七十四、夏發十一,辰寅二千一百七十五、夏癸二十二,辰卯二千一百七十六、夏癸五十二,辰辰二千一百七十七、商太甲十七,辰巳二千一百七十八、商沃丁十四,辰午二千一百七十九、商太庚十五,辰未二千一百八十、商雍巳三,辰申二千一百八十一、商太戊二十一,辰酉二千一百八十二、商太戊五十一,辰戌二千一百八十三、商仲丁六,辰亥二千一百八十四、商亶甲八。
第一百八十二運、天干は乙に配し、午會第二運で、管轄する十二世は第二千百七十三世から第二千百八十四世までである。子世は夏孔甲二十三年、丑世は夏發十一年、寅・卯の兩世はいずれも夏癸――すなわち夏桀――の二十二年と五十二年と注す。辰世から改めて商代に屬し、商太甲十七年とし、その下の巳世は商沃丁十四年、午世は商太庚十五年、未世は商雍巳三年、申・酉の兩世は同じく商太戊の二十一年と五十一年と注し、戌世は商仲丁六年、亥世は商亶甲八年である。およそ一君の號が兩世に重出する者は、いずれもその在位の年が兩世の界を跨ぐからで、兩處に注する年數は必ず三十を差とし、夏癸の二十二と五十二、太戊の二十一と五十一がその例である。夏商の易代はちょうど本運の中に落ちる。本運は三百六十年で、一元の第六萬五千一百六十一年から第六萬五千五百二十年に當たる。
星丙一百八十三
星丙一百八十三:辰子二千一百八十五、商祖辛八十,辰丑二千一百八十六、商沃甲二十四,辰寅二千一百八十七、商祖丁二十九,辰卯二千一百八十八、商陽甲二,辰辰二千一百八十九、商盤庚二十五,辰巳二千一百九十、商小乙六,辰午二千一百九十一、商武丁八,辰未二千一百九十二、商武丁二十八,辰申二千一百九十三、商祖甲二,辰酉二千一百九十四、商祖甲三十二,辰戌二千一百九十五、商武乙二,辰亥二千一百九十六、商帝乙二十五。
第一百八十三運、天干は丙に配し、午會第三運で、管轄する十二世は第二千百八十五世から第二千百九十六世までで、通節すべて商代に屬する。子世は商祖辛八十年と注す(底本はかくのごとく、その數は祖辛の在位の年と合わず、訛脫あるを疑う)、丑世は商沃甲二十四年、寅世は商祖丁二十九年、卯世は商陽甲二年、辰世は商盤庚二十五年、巳世は商小乙六年、午・未の兩世は同じく商武丁の八年と二十八年、申・酉の兩世は同じく商祖甲の二年と三十二年、戌世は商武乙二年、亥世は商帝乙二十五年を注す。本運の十二世の中、武丁・祖甲は各々兩世を占め、その餘の八君は各々一世を占め、合わせて正に十二を得る。本運は三百六十年で、一元の第六萬五千五百二十一年から第六萬五千八百八十年に當たる。
星丁一百八十四
星丁一百八十四:辰子二千一百九十七、商受辛十八,辰丑二千一百九十八、周成王九,辰寅二千一百九十九、周康王二,辰卯二千二百、周昭王六,辰辰二千二百一、周昭王三十六,辰巳二千二百二、周穆王十五,辰午二千二百三、周穆王四十五,辰未二千二百四、周懿王八,辰申二千二百五、周考王十三,辰酉二千二百六、周厲王十二,辰戌二千二百七、周厲王四十二,辰亥二千二百八、周宣王二十一。
第一百八十四運、天干は丁に配し、午會第四運で、管轄する十二世は第二千百九十七世から第二千二百八世までで、まさに商末周初に當たる。子世は商受辛十八年と注す――受辛はすなわち紂王。丑世から改めて周に屬し、周成王九年、寅世は周康王二年、卯・辰の兩世は同じく周昭王の六年と三十六年、巳・午の兩世は同じく周穆王の十五年と四十五年、未世は周懿王八年、申世は「周考王十三」と注す(考王は戰國の末に在り、この處の世次と合わず、まさに孝王の訛であるべし)、酉・戌の兩世は同じく周厲王の十二年と四十二年、亥世は周宣王二十一年である。その中で卯世の編號はちょうど第二千二百世に滿ちる。本運は三百六十年で、一元の第六萬五千八百八十一年から第六萬六千二百四十年に當たる。
星戊一百八十五
星戊一百八十五:辰子二千二百九、周幽王五,辰丑二千二百十、周平王二十四,辰寅二千二百十一、周桓王二,辰卯二千二百十二、周莊王十,辰辰二千二百十三、周惠王二十,辰巳二千二百十四、周襄王二十五,辰午二千二百十五、周定王十,辰未二千二百十六、周靈王五,辰申二千二百十七、周景王八,辰酉二千二百十八、周敬王十三,辰戌二千二百十九、周敬王四十三,辰亥二千二百二十、周貞王二十三。
第一百八十五運、天干は戊に配し、午會第五運で、管轄する十二世は第二千二百九世から第二千二百二十世までで、一節の內に西周の末と春秋の全體を函蓋する。子世は周幽王五年、丑世は周平王二十四年――平王が東遷し、春秋はここから始まる。寅世は周桓王二年、卯世は周莊王十年、辰世は周惠王二十年、巳世は周襄王二十五年、午世は周定王十年、未世は周靈王五年、申世は周景王八年、酉・戌の兩世は同じく周敬王の十三年と四十三年、亥世は周貞王二十三年である。十二世の中ただ敬王のみ兩世に重出し、餘は皆一世一君で、ここに春秋二百餘年の間の王位の更易の數を見ることができる。本運は三百六十年で、一元の第六萬六千二百四十一年から第六萬六千六百年に當たる。
星己一百八十六
星己一百八十六:辰子二千二百二十一、周威烈九,辰丑二千二百二十二、周安王十五,辰寅二千二百二十三、周顯王十六,辰卯二千二百二十四、周顯王十七,辰辰二千二百二十五、周赧王十八,辰巳二千二百二十六、周赧王四十八,辰午二千二百二十七、秦始皇十,辰未二千二百二十八、漢高祖元,辰申二千二百二十九、漢文帝四,辰酉二千二百三十、漢景帝十,辰戌二千二百三十一、漢武帝二十四,辰亥二千二百三十二、漢武帝五十四。
第一百八十六運、天干は己に配し、午會第六運で、管轄する十二世は第二千二百二十一世から第二千二百三十二世までで、戰國・秦を歷て西漢に入る。子世は周威烈王九年、丑世は周安王十五年、寅世は周顯王十六年、卯世もまた周顯王十七年と注す――兩世は實に三十年相へだたり、この處の底本の數字は脫誤あるを疑う。辰・巳の兩世は同じく周赧王の十八年と四十八年、午世は秦始皇十年、未世は漢高祖元年、申世は漢文帝四年、酉世は漢景帝十年、戌・亥の兩世は同じく漢武帝の二十四年と五十四年を注す。周顯王・周赧王・漢武帝の三君は各々兩世を占め、その餘の六君は各々一世を占める。本運の一節は周の衰・秦の興・漢の盛を跨ぎ、凡そ三姓が遞嬗した。本運は三百六十年で、一元の第六萬六千六百一年から第六萬六千九百六十年に當たる。
星庚一百八十七
星庚一百八十七:辰子二千二百三十三、漢宣帝十七,辰丑二千二百三十四、漢成帝六,辰寅二千二百三十五、漢平帝四,辰卯二千二百三十六、漢光武十一,辰辰二千二百三十七、漢明帝七,辰巳二千二百三十八、漢和帝六,辰午二千二百三十九、漢安帝十八,辰未二千二百四十、漢桓帝八,辰申二千二百四十一、漢靈帝十七,辰酉二千二百四十二、漢獻帝二十五,辰戌二千二百四十三、魏帝芳五、蜀帝禪三十二、吳帝權二十二,辰亥二千二百四十四、晉武帝十、吳帝皓十二。
第一百八十七運、天干は庚に配し、午會第七運で、管轄する十二世は第二千二百三十三世から第二千二百四十四世までで、西漢中葉から東漢を歷て三國・西晉に入る。子世は漢宣帝十七年、丑世は漢成帝六年、寅世は漢平帝四年、卯世は漢光武十一年、辰世は漢明帝七年、巳世は漢和帝六年、午世は漢安帝十八年、未世は漢桓帝八年、申世は漢靈帝十七年、酉世は漢獻帝二十五年を注す。戌世から天下分裂したので、一世に三國の君を竝列する。魏帝芳五年・蜀帝禪三十二年・吳帝權二十二年。亥世は竝びに晉武帝十年と吳帝皓十二年を注し、もって晉がすでに魏に代わり吳がいまだ平らがざるを見せる。この運の一節は、正統の在る所が漢より魏・蜀・吳の竝立となり、再び晉に歸したので、注文も一君より三君・兩君となり、時勢に隨って增損する。全表の體例のもっとも變化に富む一處である。本運は三百六十年で、一元の第六萬六千九百六十一年から第六萬七千三百二十年に當たる。
星辛一百八十八
星辛一百八十八:辰子二千二百四十五、晉惠帝十四,辰丑二千二百四十六、晉成帝九,辰寅二千二百四十七、晉哀帝三,辰卯二千二百四十八、晉武帝二十二、後魏道武一,辰辰二千二百四十九、宋帝義隆元、後魏太武元,辰巳二千二百五十、宋武帝二、後魏文成三,辰午二千二百五十一、齊武帝二、後魏孝文十四,辰未二千二百五十二、梁武帝十三、後魏宣武十五,辰申二千二百五十三、梁武帝四十三、西魏文帝十一,辰酉二千二百五十四、陳宣帝七、後周武帝十五,辰戌二千二百五十五、隋煬帝元,辰亥二千二百五十六、唐太宗九。
第一百八十八運、天干は辛に配し、午會第八運で、管轄する十二世は第二千二百四十五世から第二千二百五十六世までで、兩晉・南北朝を歷て唐初に至る。子世は晉惠帝十四年、丑世は晉成帝九年、寅世は晉哀帝三年、卯世は晉武帝二十二年(世次に依ればまさに孝武帝であるべし)を注し、竝びに後魏道武帝元年を注す。卯世より以下は南北竝立したので、每世に兩朝の君を兼ねて注す。辰世は宋帝義隆元年と後魏太武帝元年――義隆はすなわち宋文帝、巳世は宋武帝二年と後魏文成帝三年、午世は齊武帝二年と後魏孝文帝十四年、未世は梁武帝十三年と後魏宣武帝十五年、申世は梁武帝四十三年と西魏文帝十一年、酉世は陳宣帝七年と後周武帝十五年。戌世に至って天下は再び合し、ただ隋煬帝元年を注し、亥世は唐太宗九年を注す。本運は三百六十年で、一元の第六萬七千三百二十一年から第六萬七千六百八十年に當たる。
星壬一百八十九
星壬一百八十九:辰子二千二百五十七、唐高宗十五,辰丑二千二百五十八、唐中宗十一,辰寅二千二百五十九、唐玄宗十三,辰卯二千二百六十、唐玄宗四十三,辰辰二千二百六十一、唐德宗五,辰巳二千二百六十二、唐憲宗九,辰午二千二百六十三、唐武宗四,辰未二千二百六十四、唐僖宗元,辰申二千二百六十五、唐昭宗十六,辰酉二千二百六十六,辰戌二千二百六十七、宋太祖五,辰亥二千二百六十八、宋太宗十九。
第一百八十九運、天干は壬に配し、午會第九運で、管轄する十二世は第二千二百五十七世から第二千二百六十八世までで、盛唐・中晚唐を歷て北宋に入る。子世は唐高宗十五年、丑世は唐中宗十一年、寅・卯の兩世は同じく唐玄宗の十三年と四十三年、辰世は唐德宗五年、巳世は唐憲宗九年、午世は唐武宗四年、未世は唐僖宗元年、申世は唐昭宗十六年を注す。酉世第二千二百六十六は獨り年號を著さず、その時はまさに五代の更迭で正統の屬する所がなかったので、闕いて書かなかった。戌世は宋太祖五年、亥世は宋太宗十九年を注す。唐一代の君は、高宗から昭宗まで凡そ九世を注し、宋は太祖から始めて、次の一運の仁宗に相接する。本運は三百六十年で、一元の第六萬七千六百八十一年から第六萬八千四十年に當たる。
星癸一百九十
星癸一百九十:辰子二千二百六十九、宋仁宗二,辰丑二千二百七十、宋仁宗三十二,辰寅二千二百七十一,辰卯二千二百七十二,辰辰二千二百七十三,辰巳二千二百七十四,辰午二千二百七十五,辰未二千二百七十六,辰申二千二百七十七,辰酉二千二百七十八,辰戌二千二百七十九,辰亥二千二百八十。
第一百九十運、天干は癸に配し、午會第十運で、管轄する十二世は第二千二百六十九世から第二千二百八十世までである。子世は宋仁宗二年、丑世は宋仁宗三十二年と注し、この後寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十世は皆空しく注する所なし。邵雍は身を仁宗・英宗・神宗の朝に在り、丑世の第二千二百七十はまさにその生の年前後に當たり、編年はここに至ってすでに當代に入り、さらに下ればすなわち未來で、繫ぐべき史なし。ゆえにただその數を存してその事を書かない。全表のここから以下の空行は、皆この緣故であって、脫漏ではない。本運は三百六十年で、一元の第六萬八千四十一年から第六萬八千四百年に當たる。
星甲一百九十一
星甲一百九十一:辰子二千二百八十一,辰丑二千二百八十二,辰寅二千二百八十三,辰卯二千二百八十四,辰辰二千二百八十五,辰巳二千二百八十六,辰午二千二百八十七,辰未二千二百八十八,辰申二千二百八十九,辰酉二千二百九十,辰戌二千二百九十一,辰亥二千二百九十二。
第一百九十一運、天干は甲に配し、午會第十一運で、本會第二輪の天干はここから起算する。管轄する十二世は第二千二百八十一世から第二千二百九十二世までで、子・丑・寅の三世は第二千二百八十一から第二千二百八十三、その後卯から亥までの九世は順に遞加し、酉世がちょうど第二千二百九十に滿ちる。ここより下は皆邵雍の身後の數で、表中に再び帝王の年號を注さず、ただ編號を留めて來者を待つ。每世三十年、本運は三百六十年で、一元の第六萬八千四百一年から第六萬八千七百六十年に當たる。
星乙一百九十二
星乙一百九十二:辰子二千二百九十三,辰丑二千二百九十四,辰寅二千二百九十五,辰卯二千二百九十六,辰辰二千二百九十七,辰巳二千二百九十八,辰午二千二百九十九,辰未二千三百,辰申二千三百一,辰酉二千三百二,辰戌二千三百三,辰亥二千三百四。
第一百九十二運、天干は乙に配し、午會第十二運である。十二世は第二千二百九十三世から第二千三百四世まで。子から午までの七世は遞って第二千二百九十三から第二千二百九十九、未世はちょうど第二千三百に滿ち、申・酉・戌・亥の四世は續いて第二千三百一から第二千三百四世である。午會三十運はすでに十二運・四千三百二十年を行った。本運は三百六十年で、一元の第六萬八千七百六十一年から第六萬九千百二十年に當たる。
星丙一百九十三
星丙一百九十三:辰子二千三百五,辰丑二千三百六,辰寅二千三百七,辰卯二千三百八,辰辰二千三百九,辰巳二千三百十,辰午二千三百十一,辰未二千三百十二,辰申二千三百十三,辰酉二千三百十四,辰戌二千三百十五,辰亥二千三百十六。
第一百九十三運、天干は丙に配し、午會第十三運である。管轄する十二世は第二千三百五世から第二千三百十六世までで、地支は子から亥まで各々一世を主る。午會一萬八百年はここまですでに四千六百八十年を行き、一元四千三百二十世もすでに第二千三百十六世を過ぎ、半を越えてやや多し。本運は三百六十年で、一元の第六萬九千百二十一年から第六萬九千四百八十年に當たる。
星丁一百九十四
星丁一百九十四:辰子二千三百十七,辰丑二千三百十八,辰寅二千三百十九,辰卯二千三百二十,辰辰二千三百二十一,辰巳二千三百二十二,辰午二千三百二十三,辰未二千三百二十四,辰申二千三百二十五,辰酉二千三百二十六,辰戌二千三百二十七,辰亥二千三百二十八。
第一百九十四運、天干は丁に配し、午會第十四運である。十二世は第二千三百十七世から第二千三百二十八世までで、其中の卯世がちょうど第二千三百二十に滿ちる。邵雍がこの表を編んだ本意は、某年某事を預言するに在らず、人に時間は自ら節度あることを示すに在る。史あれども史なかれども、元會運世の數目は同じく推移する。午會一萬八百年はここまですでに五千四十年を行き、まさに半に及ばんとす。本運は三百六十年で、一元の第六萬九千四百八十一年から第六萬九千八百四十年に當たる。
星戊一百九十五
星戊一百九十五:辰子二千三百二十九,辰丑二千三百三十,辰寅二千三百三十一,辰卯二千三百三十二,辰辰二千三百三十三,辰巳二千三百三十四,辰午二千三百三十五,辰未二千三百三十六,辰申二千三百三十七,辰酉二千三百三十八,辰戌二千三百三十九,辰亥二千三百四十。
第一百九十五運、天干は戊に配し、午會第十五運で、ちょうど本會三十運の中に居る。管轄する十二世は第二千三百二十九世から第二千三百四十世まで。子世は第二千三百二十九、丑世は第二千三百三十に滿ち、亥世は第二千三百四十に滿ちる。本運終了に至り、午會はすでに五千四百年を行き、まさに一會一萬八百年の半に當たる。一元十二萬九千六百年もまたすでに七萬二百年を過ぎ、その半を越えて五千四百年を餘す。本運は三百六十年で、一元の第六萬九千八百四十一年から第七萬二百年に當たる。
星己一百九十六
星己一百九十六:辰子二千三百四十一,辰丑二千三百四十二,辰寅二千三百四十三,辰卯二千三百四十四,辰辰二千三百四十五,辰巳二千三百四十六,辰午二千三百四十七,辰未二千三百四十八,辰申二千三百四十九,辰酉二千三百五十,辰戌二千三百五十一,辰亥二千三百五十二。
第一百九十六運、天干は己に配し、午會第十六運である。十二世は第二千三百四十一世から第二千三百五十二世まで。子から申までの九世は順に遞って第二千三百四十九まで、酉世は第二千三百五十に滿ち、戌・亥の二世は第二千三百五十一・第二千三百五十二である。午會三十運はすでに十六運・五千七百六十年を行き、餘る所は十四運・五千四十年。運號はここに至って一百九十六で、一元三百六十運はなお一百六十四運を餘す。本運は三百六十年で、一元の第七萬二百一年から第七萬五百六十年に當たる。
星庚一百九十七
星庚一百九十七:辰子二千三百五十三,辰丑二千三百五十四,辰寅二千三百五十五,辰卯二千三百五十六,辰辰二千三百五十七,辰巳二千三百五十八,辰午二千三百五十九,辰未二千三百六十,辰申二千三百六十一,辰酉二千三百六十二,辰戌二千三百六十三,辰亥二千三百六十四。
第一百九十七運、天干は庚に配し、午會第十七運である。管轄する十二世は第二千三百五十三世から第二千三百六十四世までで、子に起こり亥に終わり、編號は連貫して、未世がちょうど第二千三百六十に滿ちる。運名の天干はただ次第を標するのみで、吉凶を寓せず、世名の地支もまた然りで、占算の用いる干支納音とは竝び相渉らない。世をもって論ずれば、一元四千三百二十世はすでに第二千三百六十四世を過ぎ、なお一千九百五十六世を餘す。本運は三百六十年で、一元の第七萬五百六十一年から第七萬九百二十年に當たる。
星辛一百九十八
星辛一百九十八:辰子二千三百六十五,辰丑二千三百六十六,辰寅二千三百六十七,辰卯二千三百六十八,辰辰二千三百六十九,辰巳二千三百七十,辰午二千三百七十一,辰未二千三百七十二,辰申二千三百七十三,辰酉二千三百七十四,辰戌二千三百七十五,辰亥二千三百七十六。
第一百九十八運、天干は辛に配し、午會第十八運である。十二世は第二千三百六十五世から第二千三百七十六世までで、其中の巳世がちょうど第二千三百七十に滿ちる。午會三十運の餘る所はなお十二運・四千三百二十年あり、世をもって論ずれば、一元四千三百二十世はすでに第二千三百七十六世を過ぎた。およそ表中の一行は、皆この三重の數目――運號・世號と年數――を兼ね、讀者はどの一項によってもその餘の二項を推し得る。本運は三百六十年で、一元の第七萬九百二十一年から第七萬一千二百八十年に當たる。
星壬一百九十九
星壬一百九十九:辰子二千三百七十七,辰丑二千三百七十八,辰寅二千三百七十九,辰卯二千三百八十,辰辰二千三百八十一,辰巳二千三百八十二,辰午二千三百八十三,辰未二千三百八十四,辰申二千三百八十五,辰酉二千三百八十六,辰戌二千三百八十七,辰亥二千三百八十八。
第一百九十九運、天干は壬に配し、午會第十九運である。管轄する十二世は第二千三百七十七世(子)から第二千三百八十八世(亥)までで、十二支が一周し、卯世がちょうど第二千三百八十に滿ちる。天干は壬に至り、次の運の癸に相接すれば本會の第二輪の十干を滿たす。午會一萬八百年はすでに六千八百四十年を行き、餘る所は三千九百六十年・十一運。この下、運數はまさに二百に滿ちんとし、全表中の一つの整齊した節點である。本運は三百六十年で、一元の第七萬一千二百八十一年から第七萬一千六百四十年に當たる。
星癸二百
星癸二百:辰子二千三百八十九,辰丑二千三百九十,辰寅二千三百九十一,辰卯二千三百九十二,辰辰二千三百九十三,辰巳二千三百九十四,辰午二千三百九十五,辰未二千三百九十六,辰申二千三百九十七,辰酉二千三百九十八,辰戌二千三百九十九,辰亥二千四百。
第二百運、天干は癸に配し、午會第二十運で、本會第二輪の天干はここに用い盡くされる。十二世は第二千三百八十九世から第二千四百世まで。子世は第二千三百八十九、丑世は第二千三百九十に滿ち、その後寅から戌まで順遞し、亥世がちょうど第二千四百に滿ちる。運數はここに至ってちょうど二百に滿ち、一元三百六十運はすでにその半を行き過ぎ、年數もまた七萬二千に滿ち、午會一萬八百年はすでに七千二百年を行った。本運は三百六十年で、一元の第七萬一千六百四十一年から第七萬二千年に當たる。
星甲二百一
星甲二百一:辰子二千四百一,辰丑二千四百二,辰寅二千四百三,辰卯二千四百四,辰辰二千四百五,辰巳二千四百六,辰午二千四百七,辰未二千四百八,辰申二千四百九,辰酉二千四百十,辰戌二千四百十一,辰亥二千四百十二。
第二百一運、天干は再び甲から起こり、午會第二十一運で、本會第三輪の天干はここから始まる。管轄する十二世は第二千四百一世から第二千四百十二世まで。子から酉までの十世は遞って第二千四百一から第二千四百十、戌・亥の二世は第二千四百十一・第二千四百十二である。每世三十年、本運は三百六十年で、一元の第七萬二千一年から第七萬二千三百六十年に當たる。
星乙二百二
星乙二百二:辰子二千四百十三,辰丑二千四百十四,辰寅二千四百十五,辰卯二千四百十六,辰辰二千四百十七,辰巳二千四百十八,辰午二千四百十九,辰未二千四百二十,辰申二千四百二十一,辰酉二千四百二十二,辰戌二千四百二十三,辰亥二千四百二十四。
第二百二運、天干は乙に配し、午會第二十二運である。十二世は第二千四百十三世から第二千四百二十四世までで、子に起こり亥に訖わり、其中の未世がちょうど第二千四百二十に滿ちる。午會三十運はただ八運・二千八百八十年を餘すのみで、まさに未會に交入しようとしている。世をもって論ずれば、一元四千三百二十世はすでに第二千四百二十四世を過ぎた。本運は午會第三輪の十干の中で第二位に居る。本運は三百六十年で、一元の第七萬二千三百六十一年から第七萬二千七百二十年に當たる。
星丙二百三
星丙二百三:辰子二千四百二十五,辰丑二千四百二十六,辰寅二千四百二十七,辰卯二千四百二十八,辰辰二千四百二十九,辰巳二千四百三十,辰午二千四百三十一,辰未二千四百三十二,辰申二千四百三十三,辰酉二千四百三十四,辰戌二千四百三十五,辰亥二千四百三十六。
第二百三運、天干は丙に配し、午會第二十三運である。管轄する十二世は第二千四百二十五世から第二千四百三十六世までで、十二地支が各々一世に當たり、巳世がちょうど第二千四百三十に滿ちる。世數について言えば、一元四千三百二十世はここまで行ってすでに第二千四百三十六世を過ぎ、なお一千八百八十四世を餘す。年數について言えば、午會一萬八百年はすでに八千二百八十年を行き、餘る所は二千五百二十年。本運は三百六十年で、一元の第七萬二千七百二十一年から第七萬三千八十年に當たる。
星丁二百四
星丁二百四:辰子二千四百三十七,辰丑二千四百三十八,辰寅二千四百三十九,辰卯二於四百四十,辰辰二千四百四十一,辰巳二千四百四十二,辰午二千四百四十三,辰未二千四百四十四,辰申二千四百四十五,辰酉二千四百四十六,辰戌二千四百四十七,辰亥二千四百四十八。
第二百四運、天干は丁に配し、午會第二十四運である。管轄する十二世は第二千四百三十七世から第二千四百四十八世まで。其中の卯世は底本に「二于四百四十」と刻まれており、「于」は「千」の字の訛で、まさに第二千四百四十世と讀むべきである。今は依然として底本の原文を存し、改易を加えない。その餘の各世は子・丑・寅が前に、辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥が後にあり、編號は順次遞增して一として間斷なし。午會はここまですでに二十四運・八千六百四十年を行った。本運は三百六十年で、一元の第七萬三千八十一年から第七萬三千四百四十年に當たる。
星戊二百五
星戊二百五:辰子二千四百四十九,辰丑二千四百五十,辰寅二千四百五十一,辰卯二千四百五十二,辰辰二千四百五十三,辰巳二千四百五十四,辰午二千四百五十五,辰未二千四百五十六,辰申二千四百五十七,辰酉二千四百五十八,辰戌二千四百五十九,辰亥二千四百六十。
第二百五運、天干は戊に配し、午會第二十五運である。十二世は第二千四百四十九世から第二千四百六十世まで。子世は第二千四百四十九、丑世は第二千四百五十に滿ち、亥世は第二千四百六十に滿ちる。およそ整十整百の數に遇うは、皆流水の編號が自然に進位するのであって、配する所の地支と對應の理はない。午會の餘るは五運・一千八百年。一元三百六十運はすでに第二百五運を行った。本運は三百六十年で、一元の第七萬三千四百四十一年から第七萬三千八百年に當たる。
星己二百六
星己二百六:辰子二千四百六十一,辰丑二千四百六十二,辰寅二千四百六十三,辰卯二千四百六十四,辰辰二千四百六十五,辰巳二千四百六十六,辰午二千四百六十七,辰未二千四百六十八,辰申二千四百六十九,辰酉二千四百七十,辰戌二千四百七十一,辰亥二千四百七十二。
第二百六運、天干は己に配し、午會第二十六運である。管轄する十二世は第二千四百六十一世(子)から第二千四百七十二世(亥)までで、中間の酉世がちょうど第二千四百七十に滿ちる。午會はここに至ってただ四運・一千四百四十年を餘すのみ。世をもって論ずれば、一元四千三百二十世はここまで行ってすでに第二千四百七十二世を過ぎ、なお一千八百四十八世を餘す。邵雍のいわゆる「會」は、一會一萬八百年で、正に一元十二萬九千六百年の十二分の一である。本運は三百六十年で、一元の第七萬三千八百一年から第七萬四千百六十年に當たる。
星庚二百七
星庚二百七:辰子二千四百七十三,辰丑二千四百七十四,辰寅二千四百七十五,辰卯二千四百七十六,辰辰二千四百七十七,辰巳二千四百七十八,辰午二千四百七十九,辰未二千四百八十,辰申二千四百八十一,辰酉二千四百八十二,辰戌二千四百八十三,辰亥二千四百八十四。
第二百七運、天干は庚に配し、午會第二十七運である。十二世は第二千四百七十三世から第二千四百八十四世までで、子に起こり亥に終わり、未世がちょうど第二千四百八十に滿ちる。この運以下の三運がすでに畢われば、午會一萬八百年はすなわち圓滿を告げ、表次は以元經會の八に轉入する。本會はすでに九千七百二十年を行き、餘る所は一千八十年で、正に三運の數に合する。世をもって論ずれば、一元四千三百二十世はすでに第二千四百八十四世を過ぎた。本運は三百六十年で、一元の第七萬四千百六十一年から第七萬四千五百二十年に當たる。
星辛二百八
星辛二百八:辰子二千四百八十五,辰丑二千四百八十六,辰寅二千四百八十七,辰卯二千四百八十八,辰辰二千四百八十九,辰巳二千四百九十,辰午二千四百九十一,辰未二千四百九十二,辰申二千四百九十三,辰酉二千四百九十四,辰戌二千四百九十五,辰亥二千四百九十六。
第二百八運、天干は辛に配し、午會第二十八運である。管轄する十二世は第二千四百八十五世から第二千四百九十六世までで、其中の巳世がちょうど第二千四百九十に滿ちる。年をもって計れば、午會一萬八百年はすでに一萬八十年を行き、ただ七百二十年を餘す。世をもって計れば、一元四千三百二十世はすでに第二千四百九十六世を過ぎた。本運は午會第三輪の十干の中で第八位に居り、前の兩輪の辛運と相へだつこと各々十運である。本運は三百六十年で、一元の第七萬四千五百二十一年から第七萬四千八百八十年に當たる。
