皇極經世書提要
以會經運(續)・經星之壬二百八十九至經星之癸三百
易経易学典籍
術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。
臣等謹案:《皇極經世書》十四卷,宋邵雍撰。邵子數學本於李挺之、穆修,而其源出於陳摶。當李挺之初見邵子於百泉,即授以義理性命之學。其作《皇極經世》蓋出於物理之學,所謂“易外別傳者”是也。
臣ら謹んで考案するに、《皇極經世書》は全十四卷で、北宋の邵雍が撰したものである。邵雍は字を堯夫、諡を康節といい、彼の治めた「數學」は、數をもって天地萬物の理を推究する學問であり、李之才(字は挺之)と穆修から直接傳えられ、さらに遡れば華山の道士陳摶に源を發する。かつて李之才が共城の百泉で初めて邵雍に會ったとき、すぐに「義理性命之學」――天理・人性・命運を探究する學問――を彼に傳授した。彼が《皇極經世》を撰したのは「物理之學」の系統に出るもので、萬物の生成變化の理を推究する學問、すなわち前人の言う「《易》外別傳」に當たる。經文に注釋を施す舊路を行かず、《周易》の外に別途、數と象をもって天地古今を推演する一つの體系を立てたのである。
其書以元經會,以會經運,以運經世,起於帝堯甲辰,至後周顯德六年己未,而興亡治亂之跡皆以卦象推之。朱子謂《皇極》是推步之書,可謂能得其要領。朱子又嘗謂:“自《易》以後,無人做得一物如此整齊,包括得盡。”又謂:“康節《易》看了,卻看別人的不得。”
この書の編成は三層に分かれる。まず「以元經會」で、一元をもって十二會を統攝し、次に「以會經運」で、一會をもって三十運を統攝し、最後に「以運經世」で、一運をもって十二世を統攝する。一世は三十年で、年代はここで初めて逐年に落ち着く。史事の記しうる部分は、帝堯が即位した甲辰の年(舊說では紀元前二三五七年に當たる)に始まり、五代後周の顯德六年己未(公元九五九年)に終わり、歷代の興亡治亂の跡はすべて卦象をもって推算される。朱熹は《皇極經世》を「推步之書」と言った――「推步」とはもともと日月五星の行度を推算する曆法の學を指し、この三字で定性したのは要領を得たものといえる。朱熹はまた言った。《周易》以來、これほど整齊に、これほど周到に包羅した體系を作り得た者はいない、と。さらに、邵康節の《易》學を讀めば、他人のものはもう讀めなくなる、とも言った。
而張崏亦謂:“此書本以天道質以人事,辭約而義廣,天下之能事畢矣。”蓋自邵子始為此學,其後自張行成、祝泌等數家以外,能明其理者甚鮮。故世人卒莫窮其作用之所以。
張崏もまた言った。この書は天道を根本とし、人事をもってこれを證し、辭は簡約にして義理は廣大で、天下のなしうる學問はすべてその中に包まれている、と。この學問は邵雍から始めて創始されたもので、のち南宋の張行成、祝泌など數えるほどの數家を除けば、真にその理を講明できた者はきわめて少なく、ゆえに世人はついにこの推演がいかに運作するかを窮められなかった。
然其起而議之者,則曰元會運世之分無所依據,十二萬九千餘年之說近於釋氏之劫數,水火土石本於釋氏之地水火風,且五行何以去金、去木?乾在《易》為天,而《經世》為日;兌在《易》為澤,而《經世》為月。以至離之為星,震之為辰,坤之為水,艮之為火,坎之為土,巽之為石,其取象多不與《易》相同,俱難免於牽強不合。
ただし起こって疑問を呈する者も言った。元・會・運・世という分層にはそもそも確かな根據がない。一元十二萬九千六百年という說は、佛門の言う「劫」に近い。水・火・土・石を萬物の體とするのは、佛家の地・水・火・風に本づく。そもそも五行がなぜ金と木を除けるのか。また乾卦は《周易》では天を象るが、《皇極經世》では「日」に配される。兌卦は《周易》では澤を象るが、ここでは「月」に配される。さらに離卦は「星」に、震卦は「辰」に、坤卦は「水」に、艮卦は「火」に、坎卦は「土」に、巽卦は「石」に配され、取象はおおむね《周易》と異なり、どれも牽強附會で互いに合わないところを免れない、と。
然邵子在當日用以占驗,無不奇中,故歷代皆重其書。且其自述大旨,亦不專於象數。如云“天下之事,始過於重,猶卒於輕;始過於厚,猶卒於薄”,又云“學以人事為大”,又云“治生於亂,亂生於治。聖人貴未然之防,是謂《易》之大綱”,又云“天下將治,則人必尚義也;天下將亂,則人必尚利也。尚義則謙讓之風行焉,尚利則攘奪之風行焉”類,皆立義正大,垂訓深切。是《經世》一書雖明天道,而實責成於人事。洵粹然儒者之言,固非讖緯術數家所可同年而語也。
しかし邵雍は當時この學問をもって占測應驗し、奇中しないことはなかったので、歷代はみなその書を重んじた。しかも彼が自ら述べた全書の宗旨は、象數だけに專らなものでもなかった。たとえば彼は言う。天下の事は、初めに重すぎれば、終わりにはかえって輕忽に流れ、初めに厚すぎれば、終わりにはかえって澆薄に流れる、と。また、學問は人事を大とする、と言う。また、太平は禍亂から生じ、禍亂も太平から生ず。聖人の尊いところは未然の防にある。これが《周易》の大綱領である、と言う。また、天下まさに大治せんとすれば、人は必ず道義を尚び、天下まさに大亂せんとすれば、人は必ず私利を尚ぶ。道義を尚べば謙讓の風が行われ、私利を尚べば爭奪の風が行われる、と。このたぐいの言は、立論がいずれも正大で、後人への垂訓も深切である。これを見れば《皇極經世》一書は天道を闡明しながら、實には責任を人事に落としているのであって、まさに純正な儒者の言であり、決して讖緯術數の流が同日に論じうるものではない。
乾隆四十六年四月恭校上。總纂官臣紀昀,臣陸錫熊,臣孫士毅;總校官臣陸費墀。
乾隆四十六年(公元一七八一年)四月、恭しく校訂を畢えて御覽に進呈した。列名するのは《四庫全書》の館臣で、總纂官は紀昀、陸錫熊、孫士毅、總校官は陸費墀。この段は四庫館臣が書を進める際の落款であり、これによって上の提要が《四庫全書總目》に出るもので、官修目錄が全書に下した定評であって、邵雍原書の自序ではないことが分かる。
皇極經世書卷一上
觀物篇一 以元經會一
日甲一,月子一。星甲一:辰子一、辰丑二、辰寅三、辰卯四、辰辰五、辰巳六、辰午七、辰未八、辰申九、辰酉十、辰戌十一、辰亥十二。星乙二:辰子十三、辰丑十四、辰寅十五、辰卯十六、辰辰十七、辰巳十八、辰午十九、辰未二十、辰申二十一、辰酉二十二、辰戌二十三、辰亥二十四。
ここから《皇極經世》の第一層の推演「以元經會」、すなわち一元をもって十二會を統轄する部分に入る。表頭の「日」「月」「星」「辰」は元・會・運・世の四級の時間單位の代稱で、日は元、月は會、星は運、辰は世である。「日甲一」は推し當たるこの一元を指し、天干の甲の字をもって第一元と標す。「月子一」はこの元の第一會を指し、地支の子の字をもって子會と標す。以下「星」の字で始まる行はすべて運で、星甲一・星乙二がすなわち第一運・第二運である。運の名號は十干を甲から癸まで循環させ、後ろの數字は全一元における通し順位である。各運の下に十二の「辰」を橫に列ねたものが、その管轄する十二世で、世の名號は十二支を子から亥まで循環させ、數字も同じく一元における通し順位である。一世は三十年、一運は十二世で合わせて三百六十年。ゆえに星甲一は第一世から第十二世まで、すなわち一元の第一年から第三百六十年を統轄し、星乙二は第十三世から第二十四世まで、すなわち第三百六十一年から第七百二十年を統轄する。後世の推算によれば、この元の起算の年はおよそ紀元前六萬七千年に當たり、寅會の半ばの開物の期まで、なお七十三運・二萬六千二百八十年がある。
星丙三:辰子二十五、辰丑二十六、辰寅二十七、辰卯二十八、辰辰二十九、辰巳三十、辰午三十一、辰未三十二、辰申三十三、辰酉三十四、辰戌三十五、辰亥三十六。星丁四:辰子三十七、辰丑三十八、辰寅三十九、辰卯四十、辰辰四十一、辰巳四十二、辰午四十三、辰未四十四、辰申四十五、辰酉四十六、辰戌四十七、辰亥四十八。
星丙三は第二十五世から第三十六世まで、すなわち一元の第七百二十一年から第一千八十年を統轄し、星丁四は第三十七世から第四十八世まで、すなわち第一千八十一年から第一千四百四十年を統轄する。この表は橫に見れば一運の管轄する十二の世であり、竝に見れば運が一格ずつ前へ推すのである。世の編號は連續して斷えず、第一世から一元の末の第四千三百二十世まで排び、途中で運を換え會を換えても改めて起算しない。第三運が畢れば、子會はすでに三十六世・一千八十年を行き、第四運が畢れば四十八世・一千四百四十年で、本會にはなお二十六運殘る。開物の期まではなお七十一運・二萬五千五百六十年あり、全元に就いて言えば、三百六十運のうちまだ四運を行ったにすぎない。
星戊五:辰子四十九、辰丑五十、辰寅五十一、辰卯五十二、辰辰五十三、辰巳五十四、辰午五十五、辰未五十六、辰申五十七、辰酉五十八、辰戌五十九、辰亥六十。星己六:辰子六十一、辰丑六十二、辰寅六十三、辰卯六十四、辰辰六十五、辰巳六十六、辰午六十七、辰未六十八、辰申六十九、辰酉七十、辰戌七十一、辰亥七十二。
星戊五は第四十九世から第六十世まで、すなわち一元の第一千四百四十一年から第一千八百年を統轄し、星己六は第六十一世から第七十二世まで、すなわち第一千八百一年から第二千一百六十年を統轄する。邵雍は一元を一年に譬える。會は十二箇月にたとえ、運は日にたとえ、世は時辰にたとえる。以元經會の推算は冬至に起こり、大雪の末に終わる。子會はこの「年」の隆冬の開端に正しく當たる。第五運が畢れば、本會はすでに六十世・一千八百年を行き、第六運が畢れば七十二世・二千一百六十年で、なお二十四運殘る。開物の期まではなお六十九運・二萬四千八百四十年ある。
星庚七:辰子七十三、辰丑七十四、辰寅七十五、辰卯七十六、辰辰七十七、辰巳七十八、辰午七十九、辰未八十、辰申八十一、辰酉八十二、辰戌八十三、辰亥八十四。星辛八:辰子八十五、辰丑八十六、辰寅八十七、辰卯八十八、辰辰八十九、辰巳九十、辰午九十一、辰未九十二、辰申九十三、辰酉九十四、辰戌九十五、辰亥九十六。
星庚七は第七十三世から第八十四世まで、すなわち一元の第二千一百六十一年から第二千五百二十年を統轄し、星辛八は第八十五世から第九十六世まで、すなわち第二千五百二十一年から第二千八百八十年を統轄する。運の名號は十干の甲から癸まで循環し、十運を一周とし、世の名號は十二支の子から亥まで循環し、十二世を一周とする。二つの循環がそれぞれ輪轉し、これに重複しない序數を配すれば、一元の中の四千三百二十の世はすべて唯一の位置を得る。第八運が畢れば、子會は合わせて九十六世・二千八百八十年を行き、なお二十二運殘る。開物の期まではなお六十七運・二萬四千一百二十年あり、帝堯に接續する第一百八十運までは百七十二運ある。
星壬九:辰子九十七、辰丑九十八、辰寅九十九、辰卯一百、辰辰一百一、辰巳一百二、辰午一百三、辰未一百四、辰申一百五、辰酉一百六、辰戌一百七、辰亥一百八。星癸十:辰子一百九、辰丑一百一十、辰寅一百十一、辰卯一百十二、辰辰一百十三、辰巳一百十四、辰午一百十五、辰未一百十六、辰申一百十七、辰酉一百十八、辰戌一百十九、辰亥一百二十。
星壬九は第九十七世から第一百八世まで、すなわち一元の第二千八百八十一年から第三千二百四十年を統轄し、星癸十は第一百九世から第一百二十世まで、すなわち第三千二百四十一年から第三千六百年を統轄して、運名十干の第一輪はここで行き盡くす。表中の「辰丑一百一十」と同行の「辰寅一百十一」「辰卯一百十二」は書き方が揃わないが、底本の記數用字が前後で齊わないだけで、指すところは依然として第一百十世である。第十運が畢れば、子會はすでに一百二十世・三千六百年を行き、全會三十運の三分の一に正しく當たり、なお二十運殘る。開物の期まではなお六十五運・二萬三千四百年ある。
星甲十一:辰子一百二十一、辰丑一百二十二、辰寅一百二十三、辰卯一百二十四、辰辰一百二十五、辰巳一百二十六、辰午一百二十七、辰未一百二十八、辰申一百二十九、辰酉一百三十、辰戌一百三十一、辰亥一百三十二。星乙十二:辰子一百三十三、辰丑一百三十四、辰寅一百三十五、辰卯一百三十六、辰辰一百三十七、辰巳一百三十八、辰午一百三十九、辰未一百四十、辰申一百四十一、辰酉一百四十二、辰戌一百四十三、辰亥一百四十四。
星甲十一は第一百二十一世から第一百三十二世まで、すなわち一元の第三千六百一年から第三千九百六十年を統轄し、星乙十二は第一百三十三世から第一百四十四世まで、すなわち第三千九百六十一年から第四千三百二十年を統轄する。運の名はここでまた甲の字から始まり、第二輪の十干に入る。これで見れば、干名は十進で一周する記號にすぎず、真に位置を定めるのは後ろの序數によることが分かる。邵雍の宇宙紀年によれば、子會は「天は子に開く」の段階に屬し、天體は初めて成ったが地も人物もまだ現れないので、格中には編號があるだけで記すべき一事もない。第十二運が畢れば、本會はすでに一百四十四世・四千三百二十年を行き、なお十八運殘る。この四千三百二十年は、全元十二萬九千六百年の三十分の一にすぎない。開物の期まではなお六十三運・二萬二千六百八十年ある。
星丙十三:辰子一百四十五、辰丑一百四十六、辰寅一百四十七、辰卯一百四十八、辰辰一百四十九、辰巳一百五十、辰午一百五十一、辰未一百五十二、辰申一百五十三、辰酉一百五十四、辰戌一百五十五、辰亥一百五十六。星丁十四:辰子一百五十七、辰丑一百五十八、辰寅一百五十九、辰卯一百六十、辰辰一百六十一、辰巳一百六十二、辰午一百六十三、辰未一百六十四、辰申一百六十五、辰酉一百六十六、辰戌一百六十七、辰亥一百六十八。
星丙十三は第百四十五世から第百五十六世まで、すなわち一元の第四千三百二十一年から第四千六百八十年を統轄し、星丁十四は第百五十七世から第百六十八世まで、すなわち第四千六百八十一年から第五千四十年を統轄する。「以元經會」という層は一元を十二會・三百六十運・四千三百二十世に切り分けるだけで、具體の年份を鋪陳しないので、各格はすべて空の編號である。逐年の干支を見るには、卷三以下の「以會經運」に至らねばならない。月にまで細かくできるのは「以運經世」だが、その層は文を省くため月を書かない。三層が粗から細へと向かうのが、まさに全書の編成の次第である。第十四運が畢れば、子會はすでに一百六十八世・五千四十年を行き、なお十六運殘る。開物の期まではなお六十一運・二萬一千九百六十年ある。全元に就いて言えば、三百六十運のうち十四運を行き、四千三百二十世のうち一百六十八世を行ったにすぎない。
星戊十五:辰子一百六十九、辰丑一百七十、辰寅一百七十一、辰卯一百七十二、辰辰一百七十三、辰巳一百七十四、辰午一百七十五、辰未一百七十六、辰申一百七十七、辰酉一百七十八、辰戌一百七十九、辰亥一百八十。星己十六:辰子一百八十一、辰丑一百八十二、辰寅一百八十三、辰卯一百八十四、辰辰一百八十五、辰巳一百八十六、辰午一百八十七、辰未一百八十八、辰申一百八十九、辰酉一百九十、辰戌一百九十一、辰亥一百九十二。
星戊十五は第百六十九世から第百八十世まで、すなわち一元の第五千四十一年から第五千四百年を統轄し、星己十六は第百八十一世から第百九十二世まで、すなわち第五千四百一年から第五千七百六十年を統轄する。第十五運を行き終えれば、ちょうど子會の半分に滿ちる。一會は三十運・三百六十世・一萬八百年で、この時すでに十五運・一百八十世・五千四百年を過ごした。「一元は一年のごとし」の譬えで言えば、十二月のうち半月を過ごしたに相當し、寒氣は最も盛んで生機はまだ動かないので、表中には一事も記さない。第十六運が畢れば、本會はすでに一百九十二世・五千七百六十年を行き、なお十四運殘る。開物の期まではなお五十九運・二萬一千二百四十年ある。全元四千三百二十世のうちまだ一百九十二世を行っただけで、なお一元の初段にある。
星庚十七:辰子一百九十三、辰丑一百九十四、辰寅一百九十五、辰卯五百九十六、辰辰一百九十七、辰巳一百九十八、辰午一百九十九、辰未二百、辰申二百一、辰酉二百二、辰戌二百三、辰亥二百四。星辛十八:辰子二百五、辰丑二百六、辰寅二百七、辰卯二百八、辰辰二百九、辰巳二百十、辰午二百十一、辰未二百十二、辰申二百十三、辰酉二百十四、辰戌二百十五、辰亥二百十六。
星庚十七は第百九十三世から第二百四世まで、すなわち一元の第五千七百六十一年から第六千一百二十年を統轄し、星辛十八は第二百五世から第二百十六世まで、すなわち第六千一百二十一年から第六千四百八十年を統轄する。「星庚十七」の行内の「辰卯五百九十六」は、前後の次序からすれば「一百九十六」と作るべきで、底本はここで一字を刻み誤っているが、今はその舊のままにして改めない。この種の數字表は枯燥に見えるが、實は邵雍が全歷史のためにあらかじめ畫いておいた座標紙である。第十八運が畢れば、子會はすでに二百十六世・六千四百八十年を行き、なお十二運殘る。開物の期まではなお五十七運・二萬五百二十年ある。
星壬十九:辰子二百十七、辰丑二百十八、辰寅二百十九、辰卯二百二十、辰辰二百二十一、辰巳二百二十二、辰午二百二十三、辰未二百二十四、辰申二百二十五、辰酉二百二十六、辰戌二百二十七、辰亥二百二十八。星癸二十:辰子二百二十九、辰丑二百三十、辰寅二百三十一、辰卯二百三十二、辰辰二百三十三、辰巳二百三十四、辰午二百三十五、辰未二百三十六、辰申二百三十七、辰酉二百三十八、辰戌二百三十九、辰亥二百四十。
星壬十九は第二百十七世から第二百二十八世まで、すなわち一元の第六千四百八十一年から第六千八百四十年を統轄し、星癸二十は第二百二十九世から第二百四十世まで、すなわち第六千八百四十一年から第七千二百年を統轄して、運名十干の第二輪はここで行き盡くす。一會三十運は、まさに十干循環の三周であり、十二會合わせて三十六周で三百六十運を得る。これが「一元三百六十運」の由來で、一年三百六十日に相應する。同じ理で、一運十二世は一日十二時に應じ、一會三十運は一月三十日に應ずる。第二十運が畢れば、子會はすでに二百四十世・七千二百年を行き、全會の三分の二に正しく當たり、なお十運殘る。開物の期まではなお五十五運・一萬九千八百年ある。全元を合わせて計れば、すでに二十運・二百四十世・七千二百年を行った。
星甲二十一:辰子二百四十一、辰丑二百四十二、辰寅二百四十三、辰卯二百四十四、辰辰二百四十五、辰巳二百四十六、辰午二百四十七、辰未二百四十八、辰申二百四十九、辰酉二百五十、辰戌二百五十一、辰亥二百五十二。星乙二十二:辰子二百五十三、辰丑二百五十四、辰寅二百五十五、辰卯二百五十六、辰辰二百五十七、辰巳二百五十八、辰午二百五十九、辰未二百六十、辰申二百六十一、辰酉二百六十二、辰戌二百六十三、辰亥二百六十四。
星甲二十一は第二百四十一世から第二百五十二世まで、すなわち一元の第七千二百一年から第七千五百六十年を統轄し、星乙二十二は第二百五十三世から第二百六十四世まで、すなわち第七千五百六十一年から第七千九百二十年を統轄する。運の名は第二十一運でまた第三輪の十干を起こし、子會の三十運はちょうど三輪に分かれる。表中の數字は多いが、規律は二條しかない。運の序號が一增すれば世の序號は十二增し、世の序號が一增すれば紀年は三十增す。この二條を握れば、どの格でもすぐに一元における確かな年代に折算できる。第二十二運が畢れば、本會はすでに二百六十四世・七千九百二十年を行き、なお八運殘る。開物の期まではなお五十三運・一萬九千八十年ある。全元十二萬九千六百年のうち、ここまでで七千九百二十年を行ったにすぎない。
星丙二十三:辰子二百六十五、辰丑二百六十六、辰寅二百六十七、辰卯二百六十八、辰辰二百六十九、辰巳二百七十、辰午二百七十一、辰未二百七十二、辰申二百七十三、辰酉二百七十四、辰戌二百七十五、辰亥二百七十六。星丁二十四:辰子二百七十七、辰丑二百七十八、辰寅二百七十九、辰卯二百八十、辰辰二百八十一、辰巳二百八十二、辰午二百八十三、辰未二百八十四、辰申二百八十五、辰酉二百八十六、辰戌二百八十七、辰亥二百八十八。
星丙二十三は第二百六十五世から第二百七十六世まで、すなわち一元の第七千九百二十一年から第八千二百八十年を統轄し、星丁二十四は第二百七十七世から第二百八十八世まで、すなわち第八千二百八十一年から第八千六百四十年を統轄する。もし一元を一年に比すれば、子會は建子の月に相當し、陽氣が初めて動いて萬物がまだ形を成さない時である。「天は子に開く」とは、この一萬八百年を指し、天體はこの期間に成り告げ、地の形質と人物はいずれも後の會にある。第二十四運が畢れば、子會はすでに二百八十八世・八千六百四十年を行き、殘るは六運のみ。開物の期まではなお五十一運・一萬八千三百六十年ある。全元に就いて言えば、三百六十運のうち二十四運を行き、四千三百二十世のうち二百八十八世を行き、十二萬九千六百年のうち八千六百四十年を行った。
星戊二十五:辰子二百八十九、辰丑二百九十、辰寅二百九十一、辰卯二百九十二、辰辰二百九十三、辰巳二百九十四、辰午二百九十五、辰未二百九十六、辰申二百九十七、辰酉二百九十八、辰戌二百九十九、辰亥三百。星己二十六:辰子三百一、辰丑三百二、辰寅三百三、辰卯三百四、辰辰三百五、辰巳三百六、辰午三百七、辰未三百八、辰申三百九、辰酉三百十、辰戌三百十一、辰亥三百十二。
星戊二十五は第二百八十九世から第三百世まで、すなわち一元の第八千六百四十一年から第九千年を統轄し、星己二十六は第三百一世から第三百十二世まで、すなわち第九千一年から第九千三百六十年を統轄する。世の序號が三百に滿ち、年數が九千に滿ちるのは、いずれも自校に便な整數の處である。逆推もまた便利で、ある世の序號を知れば、十二で除し、滿たなければ一を進めて所屬の運を得、ある運の序號を知れば、三十で除し、滿たなければ一を進めて所屬の會を得る。第二十六運が畢れば、子會はすでに三百十二世・九千三百六十年を行き、なお四運殘る。開物の期まではなお四十九運・一萬七千六百四十年あり、全元三百六十運ではなお三百三十四運殘る。
星庚二十七:辰子三百十三、辰丑三百十四、辰寅三百十五、辰卯三百十六、辰辰三百十七、辰巳三百十八、辰午三百十九、辰未三百二十、辰申三百二十一、辰酉三百二十二、辰戌三百二十三、辰亥三百二十四。星辛二十八:辰子三百二十五、辰丑三百二十六、辰寅三百二十七、辰卯三百二十八、辰辰三百二十九、辰巳三百三十、辰午三百三十一、辰未三百三十二、辰申三百三十三、辰酉三百三十四、辰戌三百三十五、辰亥三百三十六。
星庚二十七は第三百十三世から第三百二十四世まで、すなわち一元の第九千三百六十一年から第九千七百二十年を統轄し、星辛二十八は第三百二十五世から第三百三十六世まで、すなわち第九千七百二十一年から第一萬八十年を統轄する。この篇が通體、記すべき事がないのは殘缺ではない。邵雍に見れば、天地はこの時まさに開き、人物は未だ生ぜず、言いうるのは時間そのものの刻度だけだからであり、ゆえにまず刻度を排び盡くし、後の篇卷に史事を填め込むのを待つのである。第二十八運が畢れば、子會はすでに三百三十六世・一萬八十年を行き、殘るは二運のみ。開物の期まではなお四十七運・一萬六千九百二十年あり、帝堯に接續する第一百八十運までは百五十二運あり、全元にはなお三百三十二運殘る。
星壬二十九:辰子三百三十七、辰丑三百三十八、辰寅三百三十九、辰卯三百四十、辰辰三百四十一、辰巳三百四十二、辰午三百四十三、辰未三百四十四、辰申三百四十五、辰酉三百四十六、辰戌三百四十七、辰亥三百四十八。星癸三十:辰子三百四十九、辰丑三百五十、辰寅三百五十一、辰卯三百五十二、辰辰三百五十三、辰巳三百五十四、辰午三百五十五、辰未三百五十六、辰申三百五十七、辰酉三百五十八、辰戌三百五十九、辰亥三百六十。
星壬二十九は第三百三十七世から第三百四十八世まで、すなわち一元の第一萬八十一年から第一萬四百四十年を統轄し、星癸三十は第三百四十九世から第三百六十世まで、すなわち第一萬四百四十一年から第一萬八百年を統轄する。一會三十運・三百六十世・一萬八百年で、第一會はここに圓滿する。次の篇は第二會の丑會に轉じ、運の序號は引き續き第三十一から起算し、世の序號は引き續き第三百六十一から起算し、全元十二會はこれに準じて推し、第三百六十運・第四千三百二十世・第十二萬九千六百年に至るまでである。開物の期まではなお四十五運・一萬六千二百年あり、ちょうど一會半の數である。全元を合わせて計れば、すでに三十運・三百六十世・一萬八百年を行き、なお三百三十運殘る。
觀物篇二 以元經會二
日甲一,月丑二。星甲三十一:辰子三百六十一、辰丑三百六十二、辰寅三百六十三、辰卯三百六十四、辰辰三百六十五、辰巳三百六十六、辰午三百六十七、辰未三百六十八、辰申三百六十九、辰酉三百七十、辰戌三百七十一、辰亥三百七十二。
觀物篇二も依然として「以元經會」の層にあり、ただ會が一つ代わっただけである。「日甲一」は變わらず、依然として推し當たるこの一元を指し、「月丑二」は第二會すなわち丑會に入ったことを示す。丑會の管轄する運は第三十一から起こり、世は第三百六十一から起こる。星甲三十一は第三百六十一世から第三百七十二世まで、すなわち一元の第一萬八百一年から第一萬一千一百六十年を統轄する。邵雍の說によれば「地は丑に闢く」ので、大地の形質はこの會の中に凝定して形を成すが、人と萬物は依然として未だ生ぜず、ゆえに表裏には依然として編號があるだけで史事はない。本會はまだ一運を行っただけで、なお二十九運殘る。開物の期まではなお四十四運・一萬五千八百四十年ある。
星乙三十二:辰子三百七十三、辰丑三百七十四、辰寅三百七十五、辰卯三百七十六、辰辰三百七十七、辰巳三百七十八、辰午三百七十九、辰未三百八十、辰申三百八十一、辰酉三百八十二、辰戌三百八十三、辰亥三百八十四。星丙三十三:辰子三百八十五、辰丑三百八十六、辰寅三百八十七、辰卯三百八十八、辰辰三百八十九、辰巳三百九十、辰午三百九十一、辰未三百九十二、辰申三百九十三、辰酉三百九十四、辰戌三百九十五、辰亥三百九十六。
星乙三十二は第三百七十三世から第三百八十四世まで、すなわち一元の第一萬一千一百六十一年から第一萬一千五百二十年を統轄し、星丙三十三は第三百八十五世から第三百九十六世まで、すなわち第一萬一千五百二十一年から第一萬一千八百八十年を統轄する。各世の支名は依然として子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の次序で輪轉し、運の干名の十進一周とは互いに干わず、二つの循環が重なり合って格ごとに分明である。第三十三運が畢れば、丑會はすでに三十六世・一千八十年を行き、なお二十七運殘る。開物の期まではなお四十二運・一萬五千一百二十年ある。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち三十三運を行き、四千三百二十世のうち三百九十六世を行き、年數は一萬一千八百八十年に積もった。
星丁三十四:辰子三百九十七、辰丑三百九十八、辰寅三百九十九、辰卯四百、辰辰四百一、辰巳四百二、辰午四百三、辰未四百四、辰申四百五、辰酉四百六、辰戌四百七、辰亥四百八。星戊三十五:辰子四百九、辰丑四百十、辰寅四百十一、辰卯四百十二、辰辰四百十三、辰巳四百十四、辰午四百十五、辰未四百十六、辰申四百十七、辰酉四百十八、辰戌四百十九、辰亥四百二十。
星丁三十四は第三百九十七世から第四百八世まで、すなわち一元の第一萬一千八百八十一年から第一萬二千二百四十年を統轄し、星戊三十五は第四百九世から第四百二十世まで、すなわち第一萬二千二百四十一年から第一萬二千六百年を統轄する。表中の「辰卯四百」「辰辰四百一」はいずれも省文で、第四百世と第四百一世を指す。第三十五運が畢れば、丑會はすでに六十世・一千八百年を行き、なお二十五運殘る。開物の期まではなお四十運・一萬四千四百年ある。全元を合わせて計れば、すでに三十五運・四百二十世・一萬二千六百年を行き、三百六十運のうちなお三百二十五運殘る。
星己三十六:辰子四百二十一、辰丑四百二十二、辰寅四百二十三、辰卯四百二十四、辰辰四百二十五、辰巳四百二十六、辰午四百二十七、辰未四百二十八、辰申四百二十九、辰酉四百三十、辰戌四百三十一、辰亥四百三十二。星庚三十七:辰子四百三十三、辰丑四百三十四、辰寅四百三十五、辰卯四百三十六、辰辰四百三十七、辰巳四百三十八、辰午四百三十九、辰未四百四十、辰申四百四十一、辰酉四百四十二、辰戌四百四十三、辰亥四百四十四。
星己三十六は第四百二十一世から第四百三十二世まで、すなわち一元の第一萬二千六百一年から第一萬二千九百六十年を統轄し、星庚三十七は第四百三十三世から第四百四十四世まで、すなわち第一萬二千九百六十一年から第一萬三千三百二十年を統轄する。第三十六運の末年はちょうど第一萬二千九百六十年で、一元十二萬九千六百年の十分の一に正しく當たり、また三百六十運の十分の一でもあり、二處が相應する。これで見れば、この數目は意図的に排べられたものであることが分かる。邵雍が表を布く用意は、もとより記事にあるのではなく、まず時間の尺度を定め盡くすことにある。第三十七運が畢れば、丑會はすでに八十四世・二千五百二十年を行き、なお二十三運殘る。開物の期まではなお三十八運・一萬三千六百八十年ある。全元を合わせて計れば、すでに三十七運・四百四十四世・一萬三千三百二十年を行った。
星辛三十八:辰子四百四十五、辰丑四百四十六、辰寅四百四十七、辰卯四百四十八、辰辰四百四十九、辰巳四百五十、辰午四百五十一、辰未四百五十二、辰申四百五十三、辰酉四百五十四、辰戌四百五十五、辰亥四百五十六。星壬三十九:辰子四百五十七、辰丑四百五十八、辰寅四百五十九、辰卯四百六十、辰辰四百六十一、辰巳四百六十二、辰午四百六十三、辰未四百六十四、辰申四百六十五、辰酉四百六十六、辰戌四百六十七、辰亥四百六十八。
星辛三十八は第四百四十五世から第四百五十六世まで、すなわち一元の第一萬三千三百二十一年から第一萬三千六百八十年を統轄し、星壬三十九は第四百五十七世から第四百六十八世まで、すなわち第一萬三千六百八十一年から第一萬四千四十年を統轄する。邵雍は水・火・土・石を天地の體とし、それぞれ坎・離・坤・艮の四卦に配する。丑會の主るところはまさに「地辟」で、水火土石はこの會の一萬八百年の間に凝結して形を成し、生物はまだ現れない。第三十九運が畢れば、本會はすでに一百八世・三千二百四十年を行き、なお二十一運殘る。開物の期まではなお三十六運・一萬二千九百六十年ある。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち三十九運を行き、四千三百二十世のうち四百六十八世を行き、年數は一萬四千四十年に積もった。
星癸四十:辰子四百六十九、辰丑四百七十、辰寅四百七十一、辰卯四百七十二、辰辰四百七十三、辰巳四百七十四、辰午四百七十五、辰未四百七十六、辰申四百七十七、辰酉四百七十八、辰戌四百七十九、辰亥四百八十。星甲四十一:辰子四百八十一、辰丑四百八十二、辰寅四百八十三、辰卯四百八十四、辰辰四百八十五、辰巳四百八十六、辰午四百八十七、辰未四百八十八、辰申四百八十九、辰酉四百九十、辰戌四百九十一、辰亥四百九十二。
星癸四十は第四百六十九世から第四百八十世まで、すなわち一元の第一萬四千四十一年から第一萬四千四百年を統轄し、星甲四十一は第四百八十一世から第四百九十二世まで、すなわち第一萬四千四百一年から第一萬四千七百六十年を統轄する。星癸四十は星甲三十一からの一輪の十干を收束し、星甲四十一はまた甲の字から改めて起こる。丑會の三十運は三輪に分かれ、この時第二輪がようやく始まったところである。第四十一運が畢れば、本會はすでに一百三十二世・三千九百六十年を行き、なお十九運殘る。開物の期まではなお三十四運・一萬二千二百四十年ある。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち四十一運を行き、四千三百二十世のうち四百九十二世を行き、年數は一萬四千七百六十年に積もり、なお三百十九運殘る。
星乙四十二:辰子四百九十三、辰丑四百九十四、辰寅四百九十五、辰卯四百九十六、辰辰四百九十七、辰巳四百九十八、辰午四百九十九、辰未五百、辰申五百一、辰酉五百二、辰戌五百三、辰亥五百四。星丙四十三:辰子五百五、辰丑五百六、辰寅五百七、辰卯五百八、辰辰五百九、辰巳五百十、辰午五百十一、辰未五百十二、辰申五百十三、辰酉五百十四、辰戌五百十五、辰亥五百十六。
星乙四十二は第四百九十三世から第五百四世まで、すなわち一元の第一萬四千七百六十一年から第一萬五千一百二十年を統轄し、星丙四十三は第五百五世から第五百十六世まで、すなわち第一萬五千一百二十一年から第一萬五千四百八十年を統轄する。世の序號はここで五百に滿ち、年數は一萬五千に滿ちる。このような整數の處で立ち止まって照合すれば、格を誤りにくい。第四十三運が畢れば、丑會はすでに一百五十六世・四千六百八十年を行き、なお十七運殘る。開物の期まではなお三十二運・一萬一千五百二十年ある。全元を合わせて計れば、すでに四十三運・五百十六世・一萬五千四百八十年を行った。
星丁四十四:辰子五百十七、辰丑五百十八、辰寅五百十九、辰卯五百二十、辰辰五百二十一、辰巳五百二十二、辰午五百二十三、辰未五百二十四、辰申五百二十五、辰酉五百二十六、辰戌五百二十七、辰亥五百二十八。星戊四十五:辰子五百二十九、辰丑五百三十、辰寅五百三十一、辰卯五百三十二、辰辰五百三十三、辰巳五百三十四、辰午五百三十五、辰未五百三十六、辰申五百三十七、辰酉五百三十八、辰戌五百三十九、辰亥五百四十。
星丁四十四は第五百十七世から第五百二十八世まで、すなわち一元の第一萬五千四百八十一年から第一萬五千八百四十年を統轄し、星戊四十五は第五百二十九世から第五百四十世まで、すなわち第一萬五千八百四十一年から第一萬六千二百年を統轄する。第四十五運はまさに丑會の過半の處である。第三十一運から算えてすでに十五運・一百八十世・五千四百年を行き、なお十五運あって初めて寅會に交わる。邵雍は大地の形體が丑會に凝定し、山川水火がそれぞれその位に安んじたと考える。開物の期まではなお三十運・一萬八百年あり、ちょうど一會の數である。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち四十五運を行き、四千三百二十世のうち五百四十世を行き、年數は一萬六千二百年に積もり、全元の八分の一である。
星己四十六:辰子五百四十一、辰丑五百四十二、辰寅五百四十三、辰卯五百四十四、辰辰五百四十五、辰巳五百四十六、辰午五百四十七、辰未五百四十八、辰申五百四十九、辰酉五百五十、辰戌五百五十一、辰亥五百五十二。星庚四十七:辰子五百五十三、辰丑五百五十四、辰寅五百五十五、辰卯五百五十六、辰辰五百五十七、辰巳五百五十八、辰午五百五十九、辰未五百六十、辰申五百六十一、辰酉五百六十二、辰戌五百六十三、辰亥五百六十四。
星己四十六は第五百四十一世から第五百五十二世まで、すなわち一元の第一萬六千二百一年から第一萬六千五百六十年を統轄し、星庚四十七は第五百五十三世から第五百六十四世まで、すなわち第一萬六千五百六十一年から第一萬六千九百二十年を統轄する。この一會の空表は、實は邵雍が天地生成のために設けた準備期間である。地形が既定して初めて次の會の「人は寅に生ず」を語ることができ、次第を顛倒してはならない。第四十七運が畢れば、丑會はすでに二百四世・六千一百二十年を行き、なお十三運殘る。開物の期まではなお二十八運・一萬八十年ある。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち四十七運を行き、四千三百二十世のうち五百六十四世を行き、年數は一萬六千九百二十年に積もり、なお三百十三運殘る。
星辛四十八:辰子五百六十五、辰丑五百六十六、辰寅五百六十七、辰卯五百六十八、辰辰五百六十九、辰巳五百七十、辰午五百七十一、辰未五百七十二、辰申五百七十三、辰酉五百七十四、辰戌五百七十五、辰亥五百七十六。星壬四十九:辰子五百七十七、辰丑五百七十八、辰寅五百七十九、辰卯五百八十、辰辰五百八十一、辰巳五百八十二、辰午五百八十三、辰未五百八十四、辰申五百八十五、辰酉五百八十六、辰戌五百八十七、辰亥五百八十八。
星辛四十八は第五百六十五世から第五百七十六世まで、すなわち一元の第一萬六千九百二十一年から第一萬七千二百八十年を統轄し、星壬四十九は第五百七十七世から第五百八十八世まで、すなわち第一萬七千二百八十一年から第一萬七千六百四十年を統轄する。「以元經會」は元・會・運・世の四級の編號を列ねるだけで年份干支に涉らないので、各格はすべて空で、次の二層を待って初めて滿たされる。第四十九運が畢れば、丑會はすでに二百二十八世・六千八百四十年を行き、なお十一運殘る。開物の期まではなお二十六運・九千三百六十年ある。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち四十九運を行き、四千三百二十世のうち五百八十八世を行き、年數は一萬七千六百四十年に積もり、なお全元の七分の一に及ばない。
星癸五十:辰子五百八十九、辰丑五百九十、辰寅五百九十一、辰卯五百九十二、辰辰五百九十三、辰巳五百九十四、辰午五百九十五、辰未五百九十六、辰申五百九十七、辰酉五百九十八、辰戌五百九十九、辰亥六百。星甲五十一:辰子六百一、辰丑六百二、辰寅六百三、辰卯六百四、辰辰六百五、辰巳六百六、辰午六百七、辰未六百八、辰申六百九、辰酉六百十、辰戌六百十一、辰亥六百十二。
星癸五十は第五百八十九世から第六百世まで、すなわち一元の第一萬七千六百四十一年から第一萬八千年を統轄し、星甲五十一は第六百一世から第六百十二世まで、すなわち第一萬八千一年から第一萬八千三百六十年を統轄する。第六百世を收め終わる時、丑會はちょうど二十運・二百四十世・七千二百年に滿ちて、全會の三分の二となる。運名は第五十一運でまた甲の字に逢い、これはすでに全元の第六輪の十干である。第五十一運が畢れば、本會はすでに二百五十二世・七千五百六十年を行き、なお九運殘る。開物の期まではなお二十四運・八千六百四十年ある。全元を合わせて計れば、すでに五十一運・六百十二世・一萬八千三百六十年を行った。
星乙五十二:辰子六百十三、辰丑六百十四、辰寅六百十五、辰卯六百十六、辰辰六百十七、辰巳六百十八、辰午六百十九、辰未六百二十、辰申六百二十一、辰酉六百二十二、辰戌六百二十三、辰亥六百二十四。星丙五十三:辰子六百二十五、辰丑六百二十六、辰寅六百二十七、辰卯六百二十八、辰辰六百二十九、辰巳六百三十、辰午六百三十一、辰未六百三十二、辰申六百三十三、辰酉六百三十四、辰戌六百三十五、辰亥六百三十六。
星乙五十二は第六百十三世から第六百二十四世まで、すなわち一元の第一萬八千三百六十一年から第一萬八千七百二十年を統轄し、星丙五十三は第六百二十五世から第六百三十六世まで、すなわち第一萬八千七百二十一年から第一萬九千八十年を統轄する。表中の「辰子六百一」のたぐいの書き方は第六百一世の省文で、讀むとき六百に一を加えると誤解してはならない。後文、整十・整百の數に逢うたびに、書き方はすべてこの例に同じである。第五十三運が畢れば、丑會はすでに二百七十六世・八千二百八十年を行き、なお七運殘る。開物の期まではなお二十二運・七千九百二十年ある。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち五十三運を行き、四千三百二十世のうち六百三十六世を行き、年數は一萬九千八十年に積もった。
星丁五十四:辰子六百三十七、辰丑六百三十八、辰寅六百三十九、辰卯六百四十、辰辰六百四十一、辰巳六百四十二、辰午六百四十三、辰未六百四十四、辰申六百四十五、辰酉六百四十六、辰戌六百四十七、辰亥六百四十八。星戊五十五:辰子六百四十九、辰丑六百五十、辰寅六百五十一、辰卯六百五十二、辰辰六百五十三、辰巳六百五十四、辰午六百五十五、辰未六百五十六、辰申六百五十七、辰酉六百五十八、辰戌六百五十九、辰亥六百六十。
星丁五十四は第六百三十七世から第六百四十八世まで、すなわち一元の第一萬九千八十一年から第一萬九千四百四十年を統轄し、星戊五十五は第六百四十九世から第六百六十世まで、すなわち第一萬九千四百四十一年から第一萬九千八百年を統轄する。逐年の干支と史事を見るには、卷三以下の「以會經運」「以運經世」の二層に至らねばならない。そこで初めて年份が一格ずつ排び開かれる。本書の詳略の別は、まさにこの三層の粗細によって決まる。第五十五運が畢れば、丑會はすでに三百世・九千年を行き、なお五運殘る。開物の期まではなお二十運・七千二百年ある。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち五十五運を行き、四千三百二十世のうち六百六十世を行き、年數は一萬九千八百年に積もり、なお三百五運・十萬九千八百年殘る。
星己五十六:辰子六百六十一、辰丑六百六十二、辰寅六百六十三、辰卯六百六十四、辰辰六百六十五、辰巳六百六十六、辰午六百六十七、辰未六百六十八、辰申六百六十九、辰酉六百七十、辰戌六百七十一、辰亥六百七十二。星庚五十七:辰子六百七十三、辰丑六百七十四、辰寅六百七十五、辰卯六百七十六、辰辰六百七十七、辰巳六百七十八、辰午六百七十九、辰未六百八十、辰申六百八十一、辰酉六百八十二、辰戌六百八十三、辰亥六百八十四。
星己五十六は第六百六十一世から第六百七十二世まで、すなわち一元の第一萬九千八百一年から第二萬一百六十年を統轄し、星庚五十七は第六百七十三世から第六百八十四世まで、すなわち第二萬一百六十一年から第二萬五百二十年を統轄する。全部の《皇極經世》の骨架はこのように一層一層を套ね下げたものである。一元十二會、一會三十運、一運十二世、一世三十年で、四級を相乘すれば正に十二萬九千六百年を得る。第五十七運が畢れば、丑會はすでに三百二十四世・九千七百二十年を行き、殘るは三運のみ。開物の期まではなお十八運・六千四百八十年ある。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち五十七運を行き、四千三百二十世のうち六百八十四世を行き、年數は二萬五百二十年に積もった。
星辛五十八:辰子六百八十五、辰丑六百八十六、辰寅六百八十七、辰卯六百八十八、辰辰六百八十九、辰巳六百九十、辰午六百九十一、辰未六百九十二、辰申六百九十三、辰酉六百九十四、辰戌六百九十五、辰亥六百九十六。星壬五十九:辰子六百九十七、辰丑六百九十八、辰寅六百九十九、辰卯七百、辰辰七百一、辰巳七百二、辰午七百三、辰未七百四、辰申七百五、辰酉七百六、辰戌七百七、辰亥七百八。
星辛五十八は第六百八十五世から第六百九十六世まで、すなわち一元の第二萬五百二十一年から第二萬八百八十年を統轄し、星壬五十九は第六百九十七世から第七百八世まで、すなわち第二萬八百八十一年から第二萬一千二百四十年を統轄する。十二萬九千六百年という數字は後に「一元之數」と稱され、宋代以降に天地の始終を論ずる者がともに用いる尺度となった。第五十九運が畢れば、丑會はすでに三百四十八世・一萬四百四十年を行き、殘るは一運のみ。開物の期まではなお十六運・五千七百六十年ある。全元を合わせて計れば、すでに五十九運・七百八世・二萬八百八十年を行き、なお三百一運・十萬八千七百二十年殘る。
星癸六十:辰子七百九、辰丑七百十、辰寅七百十一、辰卯七百十二、辰辰七百十三、辰巳七百十四、辰午七百十五、辰未七百十六、辰申七百十七、辰酉七百十八、辰戌七百十九、辰亥七百二十。
星癸六十は第七百九世から第七百二十世まで、すなわち一元の第二萬一千二百四十一年から第二萬一千六百年を統轄し、丑會はここに終わる。兩會がすでに畢わった。子會は天が開き、丑會は地が闢け、それぞれ三十運・三百六十世・一萬八百年で、合計二萬一千六百年、ちょうど一元の六分の一である。次の篇は寅會に入る。すなわち邵雍の言う「人は寅に生ず」の一會で、開物の時刻はその會の中間に落ちる。開物の期まではなお十五運・五千四百年あり、まさに半會の數である。
觀物篇三 以元經會三
日甲一,月寅三。星甲六十一:辰子七百二十一、辰丑七百二十二、辰寅七百二十三、辰卯七百二十四、辰辰七百二十五、辰巳七百二十六、辰午七百二十七、辰未七百二十八、辰申七百二十九、辰酉七百三十、辰戌七百三十一、辰亥七百三十二。
觀物篇三も依然として「以元經會」で、ただ第三會に轉じた。「月寅三」は地支の寅の字をもって第三會を標し、寅會の管轄する運は第六十一から起こり、世は第七百二十一から起こる。星甲六十一は第七百二十一世から第七百三十二世まで、すなわち一元の第二萬一千六百一年から第二萬一千九百六十年を統轄する。この一會は全書中最も緊要である。邵雍は「物を開くは寅の半ば」と言い、天地開闢以後、萬物と人が生じる起點がまさに本會の第七十六運に落ち、その時は一元の起點からちょうど二萬七千年である。本會はまだ一運を行っただけで、開物まではなお十四運・五千四十年ある。
星乙六十二:辰子七百三十三、辰丑七百三十四、辰寅七百三十五、辰卯七百三十六、辰辰七百三十七、辰巳七百三十八、辰午七百三十九、辰未七百四十、辰申七百四十一、辰酉七百四十二、辰戌七百四十三、辰亥七百四十四。星丙六十三:辰子七百四十五、辰丑七百四十六、辰寅七百四十七、辰卯七百四十八、辰辰七百四十九、辰巳七百五十、辰午七百五十一、辰未七百五十二、辰申七百五十三、辰酉七百五十四、辰戌七百五十五、辰亥七百五十六。
星乙六十二は第七百三十三世から第七百四十四世まで、すなわち一元の第二萬一千九百六十一年から第二萬二千三百二十年を統轄し、星丙六十三は第七百四十五世から第七百五十六世まで、すなわち第二萬二千三百二十一年から第二萬二千六百八十年を統轄する。三會を比べれば、子會は天を主り、丑會は地を主り、寅會は人を主る。「天は子に開き、地は丑に闢き、人は寅に生ず」というよく引用される三句は、まさにこの表の分會の次序から出てきたものである。第六十三運が畢れば、寅會はすでに三十六世・一千八十年を行き、なお二十七運殘る。開物の期まではなお十二運・四千三百二十年ある。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち六十三運を行き、四千三百二十世のうち七百五十六世を行き、年數は二萬二千六百八十年に積もった。
星丁六十四:辰子七百五十七、辰丑七百五十八、辰寅七百五十九、辰卯七百六十、辰辰七百六十一、辰巳七百六十二、辰午七百六十三、辰未七百六十四、辰申七百六十五、辰酉七百六十六、辰戌七百六十七、辰亥七百六十八。星戊六十五:辰子七百六十九、辰丑七百七十、辰寅七百七十一、辰卯七百七十二、辰辰七百七十三、辰巳七百七十四、辰午七百七十五、辰未七百七十六、辰申七百七十七、辰酉七百七十八、辰戌七百七十九、辰亥七百八十。
星丁六十四は第七百五十七世から第七百六十八世まで、すなわち一元の第二萬二千六百八十一年から第二萬三千四十年を統轄し、星戊六十五は第七百六十九世から第七百八十世まで、すなわち第二萬三千四十一年から第二萬三千四百年を統轄する。一元を一年に比すれば、寅會は建寅の月すなわち夏曆正月に相當する。古人は正月を歳首とし、萬物は春に發生するので、開物はこの一會に繫がる。第六十五運が畢れば、本會はすでに六十世・一千八百年を行き、なお二十五運殘る。開物の期まではなお十運・三千六百年ある。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち六十五運を行き、四千三百二十世のうち七百八十世を行き、年數は二萬三千四百年に積もり、なお全元の五分の一に及ばず、三百六十運のうちなお二百九十五運殘る。
星己六十六:辰子七百八十一、辰丑七百八十二、辰寅七百八十三、辰卯七百八十四、辰辰七百八十五、辰巳七百八十六、辰午七百八十七、辰未七百八十八、辰申七百八十九、辰酉七百九十、辰戌七百九十一、辰亥七百九十二。星庚六十七:辰子七百九十三、辰丑七百九十四、辰寅七百九十五、辰卯七百九十六、辰辰七百九十七、辰巳七百九十八、辰午七百九十九、辰未八百、辰申八百一、辰酉八百二、辰戌八百三、辰亥八百四。
星己六十六は第七百八十一世から第七百九十二世まで、すなわち一元の第二萬三千四百一年から第二萬三千七百六十年を統轄し、星庚六十七は第七百九十三世から第八百四世まで、すなわち第二萬三千七百六十一年から第二萬四千一百二十年を統轄する。「星庚六十七」行内の「辰未八百」はすなわち第八百世、「辰申八百一」はすなわち第八百一世で、整數の處に逢えばすべてこの省文の書き方を用い、後の各卷も例に同じである。第六十七運が畢れば、寅會はすでに八十四世・二千五百二十年を行き、なお二十三運殘る。開物の期まではなお八運・二千八百八十年ある。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち六十七運を行き、四千三百二十世のうち八百四世を行き、年數は二萬四千一百二十年に積もった。
星辛六十八:辰子八百五、辰丑八百六、辰寅八百七、辰卯八百八、辰辰八百九、辰巳八百十、辰午八百十一、辰未八百十二、辰申八百十三、辰酉八百十四、辰戌八百十五、辰亥八百十六。星壬六十九:辰子八百十七、辰丑八百十八、辰寅八百十九、辰卯八百二十、辰辰八百二十一、辰巳八百二十二、辰午八百二二十三、辰未八百二十四、辰申八百二十五、辰酉八百二十六、辰戌八百二十七、辰亥八百二十八。
星辛六十八は第八百五世から第八百十六世まで、すなわち一元の第二萬四千一百二十一年から第二萬四千四百八十年を統轄し、星壬六十九は第八百十七世から第八百二十八世まで、すなわち第二萬四千四百八十一年から第二萬四千八百四十年を統轄する。「星壬六十九」行の「辰午八百二二十三」は、前後の次序によれば「八百二十三」と作るべきで、底本は「二」の字を一字多く刻んだが、今は原樣のまま保留する。第六十九運が畢れば、寅會はすでに一百八世・三千二百四十年を行き、なお二十一運殘る。開物の期まではなお六運・二千一百六十年ある。全元を合わせて計れば、すでに六十九運・八百二十八世・二萬四千八百四十年を行った。
星癸七十:辰子八百二十九、辰丑八百三十、辰寅八百三十一、辰卯八百三十二、辰辰八百三十三、辰巳八百三十四、辰午八百三十五、辰未八百三十六、辰申八百三十七、辰酉八百三十八、辰戌八百三十九、辰亥八百四十。星甲七十一:辰子八百四十一、辰丑八百四十二、辰寅八百四十三、辰卯八百四十四、辰辰八百四十五、辰巳八百四十六、辰午八百四十七、辰未八百四十八、辰申八百四十九、辰酉八百五十、辰戌八百五十一、辰亥八百五十二。
星癸七十は第八百二十九世から第八百四十世まで、すなわち一元の第二萬四千八百四十一年から第二萬五千二百年を統轄し、星甲七十一は第八百四十一世から第八百五十二世まで、すなわち第二萬五千二百一年から第二萬五千五百六十年を統轄する。第七十運を行き終えれば、一元はちょうど二萬五千二百年を行った。さらに五運を過ごせば開物の期に至る。この五運一千八百年は、天地の間の最後の一段の物なき時である。第七十一運が畢れば、寅會はすでに一百三十二世・三千九百六十年を行き、なお十九運殘る。開物まで殘るは四運・一千四百四十年のみ。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち七十一運を行き、四千三百二十世のうち八百五十二世を行き、年數は二萬五千五百六十年に積もり、なお二百八十九運殘る。
星乙七十二:辰子八百五十三、辰丑八百五十四、辰寅八百五十五、辰卯八百五十六、辰辰八百五十七、辰巳八百五十八、辰午八百五十九、辰未八百六十、辰申八百六十一、辰酉八百六十二、辰戌八百六十三、辰亥八百六十四。星丙七十三:辰子八百六十五、辰丑八百六十六、辰寅八百六十七、辰卯八百六十八、辰辰八百六十九、辰巳八百七十、辰午八百七十一、辰未八百七十二、辰申八百七十三、辰酉八百七十四、辰戌八百七十五、辰亥八百七十六。
星乙七十二は第八百五十三世から第八百六十四世まで、すなわち一元の第二萬五千五百六十一年から第二萬五千九百二十年を統轄し、星丙七十三は第八百六十五世から第八百七十六世まで、すなわち第二萬五千九百二十一年から第二萬六千二百八十年を統轄する。本書附錄《皇極經世機要圖》の記すところによれば、冬至の日甲・月子・星甲・辰子から起算し、二會半・七十五運・九百世・二萬七千年を歷て開物に至り、この表の編號と一つ一つ相合する。第七十三運が畢れば、寅會はすでに一百五十六世・四千六百八十年を行った。開物まで殘るは二運・二十四世・七百二十年のみ。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち七十三運を行き、四千三百二十世のうち八百七十六世を行き、年數は二萬六千二百八十年に積もった。
星丁七十四:辰子八百七十七、辰丑八百七十八、辰寅八百七十九、辰卯八百八十、辰辰八百八十一、辰巳八百八十二、辰午八百八十三、辰未八百八十四、辰申八百八十五、辰酉八百八十六、辰戌八百八十七、辰亥八百八十八。星戊七十五:辰子八百八十九、辰丑八百九十、辰寅八百九十一、辰卯八百九十二、辰辰八百九十三、辰巳八百九十四、辰午八百九十五、辰未八百九十六、辰申八百九十七、辰酉八百九十八、辰戌八百九十九、辰亥九百。
星丁七十四は第八百七十七世から第八百八十八世まで、すなわち一元の第二萬六千二百八十一年から第二萬六千六百四十年を統轄し、星戊七十五は第八百八十九世から第九百世まで、すなわち第二萬六千六百四十一年から第二萬七千年を統轄する。第九百世はまさに開物の前夜である。起點から算えて、すでに二會半・七十五運・九百世・二萬七千年を行き、次の一格が萬物初生の始まりであり、全書最も關鍵の轉折がこの二行の間に落ちる。第七十五運が畢れば、寅會はすでに一百八十世・五千四百年を行き、全會の半ばに正しく當たり、なお十五運殘る。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち七十五運を行き、年數は二萬七千年に積もり、全元十二萬九千六百年の二割あまりであり、三百六十運のうちなお二百八十五運殘る。
星己七十六:辰子九百一、辰丑九百二、辰寅九百三、辰卯九百四、辰辰九百五、辰巳九百六、辰午九百七、辰未九百八、辰申九百九、辰酉九百十、辰戌九百十一、辰亥九百十二。星庚七十七:辰子九百十三、辰丑九百十四、辰寅九百十五、辰卯九百十六、辰辰九百十七、辰巳九百十八、辰午九百十九、辰未九百二十、辰申九百二十一、辰酉九百二十二、辰戌九百二十三、辰亥九百二十四。
星己七十六は第九百一世から第九百十二世まで、すなわち一元の第二萬七千一年から第二萬七千三百六十年を統轄する――邵雍の言う「物を開くは寅の半ば」とはまさにこの一格を指し、一元がここに行き至って初めて、天地の間に人物が生じ始める。星庚七十七は第九百十三世から第九百二十四世まで、すなわち第二萬七千三百六十一年から第二萬七千七百二十年を統轄する。ここから以下、戌會の半ばに物を閉じるまで、中間に八會・二百四十運・二千八百八十世・八萬六千四百年があり、これが萬物の存在する全部の時段である。閉物の後になお一會半・四十五運・五百四十世・一萬六千二百年あって、一元は初めて終わる。第七十七運が畢れば、寅會はすでに二百四世・六千一百二十年を行き、なお十三運殘る。開物以來はすでに二運・二十四世・七百二十年を行った。
星辛七十八:辰子九百二十五、辰丑九百二十六、辰寅九百二十七、辰卯九百二十八、辰辰九百二十九、辰巳九百三十、辰午九百三十一、辰未九百三十二、辰申九百三十三、辰酉九百三十四、辰戌九百三十五、辰亥九百三十六。星壬七十九:辰子九百三十七、辰丑九百三十八、辰寅九百三十九、辰卯九百四十、辰辰九百四十一、辰巳九百四十二、辰午九百四十三、辰未九百四十四、辰申九百四十五、辰酉九百四十六、辰戌九百四十七、辰亥九百四十八。
星辛七十八は第九百二十五世から第九百三十六世まで、すなわち一元の第二萬七千七百二十一年から第二萬八千八十年を統轄し、星壬七十九は第九百三十七世から第九百四十八世まで、すなわち第二萬八千八十一年から第二萬八千四百四十年を統轄する。開物はすでに過ぎ去ったが、史冊に記される帝王の世系はまだはるか後にある。「以運經世」の層に至り、第一百八十運・第二千百五十六世において初めて帝堯即位の甲辰の年に接續する。第七十九運が畢れば、寅會はすでに二百二十八世・六千八百四十年を行き、なお十一運殘る。開物以來はすでに四運・四十八世・一千四百四十年を行った。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち七十九運を行き、年數は二萬八千四百四十年に積もり、なお二百八十一運殘る。
星癸八十:辰子九百四十九、辰丑九百五十、辰寅九百五十一、辰卯九百五十二、辰辰九百五十三、辰巳九百五十四、辰午九百五十五、辰未九百五十六、辰申九百五十七、辰酉九百五十八、辰戌九百五十九、辰亥九百六十。星甲八十一:辰子九百六十一、辰丑九百六十二、辰寅九百六十三、辰卯九百六十四、辰辰九百六十五、辰巳九百六十六、辰午九百六十七、辰未九百六十八、辰申九百六十九、辰酉九百七十、辰戌九百七十一、辰亥九百七十二。
星癸八十は第九百四十九世から第九百六十世まで、すなわち一元の第二萬八千四百四十一年から第二萬八千八百年を統轄し、星甲八十一は第九百六十一世から第九百七十二世まで、すなわち第二萬八千八百一年から第二萬九千一百六十年を統轄する。第八十運が終わる時、一元はちょうど二萬八千八百年を行き、全元の九分の二である。運名は第八十一運で再び甲に逢い、これは全元の第九輪の十干である。第八十一運が畢れば、寅會はすでに二百五十二世・七千五百六十年を行き、なお九運殘る。開物以來はすでに六運・七十二世・二千一百六十年を行った。全元を合わせて計れば、すでに八十一運・九百七十二世・二萬九千一百六十年を行き、三百六十運のうちなお二百七十九運・十萬四百四十年殘る。
星乙八十二:辰子九百七十三、辰丑九百七十四、辰寅九百七十五、辰卯九百七十六、辰辰九百七十七、辰巳九百七十八、辰午九百七十九、辰未九百八十、辰申九百八十一、辰酉九百八十二、辰戌九百八十三、辰亥九百八十四。星丙八十三:辰子九百八十五、辰丑九百八十六、辰寅九百八十七、辰卯九百八十八、辰辰九百八十九、辰巳九百九十、辰午九百九十一、辰未九百九十二、辰申九百九十三、辰酉九百九十四、辰戌九百九十五、辰亥九百九十六。
星乙八十二は第九百七十三世から第九百八十四世まで、すなわち一元の第二萬九千一百六十一年から第二万九千五百二十年を統轄し、星丙八十三は第九百八十五世から第九百九十六世まで、すなわち第二萬九千五百二十一年から第二萬九千八百八十年を統轄する。邵雍に見れば、この大きな段は人物すでに有って文字の考証しうるものなき時期に屬する。格子の中は依然として編號だけで、帝王の紀しうる時代になって初めて、表中に史事が填め込まれる。第八十三運が畢れば、寅會はすでに二百七十六世・八千二百八十年を行き、なお七運殘る。開物以來はすでに八運・九十六世・二千八百八十年を行った。全元を合わせて計れば、三百六十運のうち八十三運を行き、年數は二萬九千八百八十年に積もり、なお二百七十七運・九萬九千七百二十年殘る。
星丁八十四:辰子九百九十七、辰丑九百九十八、辰寅九百九十九、辰卯一千、辰辰一千一、辰巳一千二、辰午一千三、辰未一千四、辰申一千五、辰酉一千六、辰戌一千七、辰亥一千八。星戊八十五:辰子一千九、辰丑一千十、辰寅一千十一、辰卯一千十二、辰辰一千十三、辰巳一千十四、辰午一千十五、辰未一千十六、辰申一千十七、辰酉一千十八、辰戌一千十九、辰亥一千二十。
星丁八十四は第九百九十七世から第一千八世まで、すなわち一元の第二萬九千八百八十一年から第三萬二百四十年を統轄し、星戊八十五は第一千九世から第一千二十世まで、すなわち第三萬二百四十一年から第三萬六百年を統轄する。「辰卯一千」から、世の序號は四位數に入り、書き方は「九百九十九」から「一千」「一千一」に改まるが、依然として同一の連續編號である。第一千世が滿ちる時、一元はすでに三萬年を行った。第八十五運が畢れば、寅會はすでに三百世・九千年を行き、なお五運殘る。開物以來はすでに十運・一百二十世・三千六百年を行った。全元にはなお二百七十五運・九萬九千年殘る。
星己八十六:辰子一千二十一、辰丑一千二十二、辰寅一千二十三、辰卯一千二十四、辰辰一千二十五、辰巳一千二十六、辰午一千二十七、辰未一千二十八、辰申一千二十九、辰酉一千三十、辰戌一千三十一、辰亥一千三十二。星庚八十七:辰子一千三十三、辰丑一千三十四、辰寅一千三十五、辰卯一千三十六、辰辰一千三十七、辰巳一千三十八、辰午一千三十九、辰未一千四十、辰申一千四十一、辰酉一千四十二、辰戌一千四十三、辰亥一千四十四。
星己八十六は第一千二十一世から第一千三十二世まで、すなわち一元の第三萬六百一年から第三萬九百六十年を統轄し、星庚八十七は第一千三十三世から第一千四十四世まで、すなわち第三萬九百六十一年から第三萬一千三百二十年を統轄する。邵雍が「開物」をこの一會の中點に按排したのは、まさに萬物が春に發生するの意を取ったもので、《周易》が震卦をもって動と春を主るという說とも相通ずる。第八十七運が畢れば、寅會はすでに三百二十四世・九千七百二十年を行き、殘るは三運のみ。開物以來はすでに十二運・一百四十四世・四千三百二十年を行った。全元を合わせて計れば、四千三百二十世のうち一千四十四世を行き、三百六十運にはなお二百七十三運・九萬八千二百八十年殘る。
星辛八十八:辰子一千四十五、辰丑一千四十六、辰寅一千四十七、辰卯一千四十八、辰辰一千四十九、辰巳一千五十、辰午一千五十一、辰未一千五十二、辰申一千五十三、辰酉一千五十四、辰戌一千五十五、辰亥一千五十六。星壬八十九:辰子一千五十七、辰丑一千五十八、辰寅一千五十九、辰卯一千六十、辰辰一千六十一、辰巳一千六十二、辰午一千六十三、辰未一千六十四、辰申一千六十五、辰酉一千六十六、辰戌一千六十七、辰亥一千六十八。
星辛八十八は第一千四十五世から第一千五十六世まで、すなわち一元の第三萬一千三百二十一年から第三萬一千六百八十年を統轄し、星壬八十九は第一千五十七世から第一千六十八世まで、すなわち第三萬一千六百八十一年から第三萬二千四十年を統轄する。世の序號が一千を越えて以後、各行の字數が明らかに長くなるが、それは數目が大きくなっただけで、格數は變わらず、毎運は依然として十二世・三百六十年である。第八十九運が畢れば、寅會はすでに三百四十八世・一萬四百四十年を行き、殘るは一運のみ。開物以來はすでに十四運・一百六十八世・五千四十年を行った。全元を合わせて計れば、年數は三萬二千四十年に積もり、三百六十運にはなお二百七十一運・九萬七千五百六十年殘り、一元之數はこれによって推すことができる。
星癸九十:辰子一千六十九、辰丑一千七十、辰寅一千七十一、辰卯一千七十二、辰辰一千七十三、辰巳一千七十四、辰午一千七十五、辰未一千七十六、辰申一千七十七、辰酉一千七十八、辰戌一千七十九、辰亥一千八十。
星癸九十は第一千六十九世から第一千八十世まで、すなわち一元の第三萬二千四十一年から第三萬二千四百年を統轄し、寅會はここに終わる。三會がすでに畢わり、一元の四分の一に正しく當たる。開物以來もすでに十五運・一百八十世・五千四百年を歷た。次の篇は卯會に轉じ、運は第九十一から起算し、世は第一千八十一から起算する。帝堯に接續する第一百八十運までは、なお九十運・三萬二千四百年ある。
