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樂記

西汉 · 戴圣(辑) · 第20巻 / 32

大夫有私喪之葛,則於其兄弟之輕喪則弁絰。

大夫に私喪の葛あれば、則ちその兄弟の輕喪に對して弁を戴き絰を加う。

為長子杖,則其子不以杖即位。

長子の爲に杖を用いれば、則ちその兒子は杖を用いずして位に就く。

為妻,父母在,不杖不稽顙。母在,不稽顙。稽顙者,其贈也拜。

妻の爲に、父母在れば、杖を用いず頭を磕き地に觸れず。母親在れば、頭を磕き地に觸れず。頭を磕き地に觸るるは、是れ贈禮の時の拜なり。

違諸侯,之大夫,不反服。違大夫,之諸侯,不反服。

諸侯を離れ、大夫の所に到るに、反りて服せず。大夫を離れ、諸侯の所に到るに、反りて服せず。

喪冠條屬,以別吉凶。三年之練冠,亦條屬右縫。小功以下,左,緦冠繰纓。

喪冠の條連屬は、以って吉凶を分別す。三年の練冠も、條連屬・右邊縫。小功以下は、左邊。緦冠は淺絳色纓を用いる。

大功以上散帶。

大功以上は帶を散開す。

朝服十五升去其半而緦,加灰錫也。

朝服十五升は一半を去掉して是れ緦、灰を加えれば則ち錫衰なり。

諸侯相襚,以後路與冕服,先路與褒衣不以襚。

諸侯互相いに斂衣を送るは、后路と冕服を用いる。先路と褒衣は斂衣を送るに用いず。

遣車視牢具,疏布輤,四面有章,置於四隅。

遣車は牢具に比照し、疏布を以って載柩車の帷を爲し、四面に文あり、四角に放つ。

載粻,有子曰:“非禮也。喪奠,脯醢而已。”

車上に糧を載す、有子曰く、「禮にあらず。喪奠は、脯醢のみ」と。

祭稱孝子孝孫,喪稱哀子哀孫。

祭祀は孝子孝孫を稱し、喪事は哀子哀孫を稱す。

端衰,喪車,皆無等。

端衰・喪車は、皆等級なし。

大白冠,緇布之冠,皆不蕤。委武玄縞而後蕤。

大白冠・緇布冠は、皆帽穗なし。委貌・武・玄・縞は然る後に帽穗あり。

大夫冕而祭於公,弁而祭於己。士弁而祭於公,冠而祭於己。士弁而親迎,然則士弁而祭於己可也。

大夫は冕を戴きて公の所に祭り、弁を戴きて自らの所に祭る。士は弁を戴きて公の所に祭り、冠を戴きて自らの所に祭る。士は弁を戴きて親ら娶に迎え、此のごとき則ち士弁を戴きて自らの所に祭るも可なり。

暢,臼以椈,杵以梧,枇以桑。長三尺,或曰五尺。畢用桑,長三尺,刊其柄與末。

鬱金香草は、臼に柏を用い、杵に梧桐を用い、匕に桑を用いる。長三尺、或るは曰く五尺。畢は桑を用い、長三尺、その柄と末梢を削る。

率帶,諸侯大夫皆五采,士二採。

率帶は、諸侯・大夫皆五采、士兩采。

醴者,稻醴也,甕甒筲衡實見間,而後折入。

醴は、稻醴なり。甕・瓦瓶・竹器・横木は明器の間に充實し、然る後に折入す。

重既虞而埋之。

重は已に虞祭後に埋掉す。

凡婦人,從其夫之爵位。

およそ婦人は、その丈夫の爵位に隨從す。

小斂大斂啟,皆辯拜。

小斂・大斂・啓殯は、皆遍拜す。

朝夕哭不帷,無柩者不帷。

朝夕哭するに帷を設けず。柩なきは帷を設けず。

君若載而後吊之,則主人東面而拜,門右北面而踴,出待,反而後奠。

君若し已に柩を載せて然る後に來り弔えば、則ち主人東に面して拜し、門右に北に面して頓足し、出でて等待し、返回して然る後に奠す。

子羔之襲也,繭衣裳與稅衣纁袡為一,素端一,皮弁一,爵弁一,玄冕一。曾子曰:“不襲婦服。”

子羔の襲は、繭衣裳と稅衣淺絳緣を以って一套と算し、素端一套、皮弁一套、爵弁一套、玄冕一套。曾子曰く、「婦人の服を襲せず」と。

為君使而死,公館復,私館不復。公館者,公宮與公所為也。私館者,自卿大夫以下之家也。

君の爲に出使して死せば、公館に招魂し、私館に招魂せず。公館は、公宮と公所建造の。私館は、卿大夫以下の家なり。

公七踴,大夫五踴,婦人居間,士三踴,婦人皆居間。

公は頓足七次、大夫頓足五次、婦人中間に在り。士頓足三次、婦人皆中間に在り。

公襲捲衣一,玄端一,朝服一,素積一,纁裳一,爵弁二,玄冕一,褒衣一,朱綠帶,申加大帶於上。

公の襲、衮衣一套、玄端一套、朝服一套、素服一套、素積一套、淺絳裳一套、爵弁兩套、玄冕一套、褒衣一套、朱紅綠色帶、再び大帶を其上に加う。

小斂,環絰,公大夫士一也。

小斂は、環絰、公・大夫・士は一樣なり。

公視大斂,公升商祝鋪席乃斂。

公來りて大斂を看るに、公堂に升り、商祝席を鋪きて纔かに斂す。

魯人之贈也,三玄二纁,廣尺,長終幅。

魯人の贈は、三玄兩淺絳、寬一尺、長は一幅に滿つ。

吊者即位於門西,東面,其介在其東南。北面西上,西於門,主孤西面,相者受命曰:“孤某使某請事。”客曰:“寡君使某,如何不淑?”相者入告,出曰:“孤某須矣!”吊者入,主人升堂西面,吊者升自西階,東面致命曰:“寡君聞君之喪,寡君使某,如何不淑?”子拜稽顙,吊者降反位。

弔う人は門西に位に就き、東に面し、その介は彼の東南に在り。北に面して西を以って上と爲し、門の西邊に在り。主孤は西に面す。贊佐の人命を接受して曰く、「孤某某を派して來り事情を請示せしむ」と。客曰く、「寡君某を派し、如何に是のごとき不幸ぞ」と。贊佐の人進入して稟告し、出でて曰く、「孤某等候せり」と!弔う人進入す。主人堂に升り西に面す。弔う人西階より升り、東に面して致命して曰く、「寡君君の喪を聞き、寡君某を派し、如何に是のごとき不幸ぞ」と。兒子拜し頭を磕き地に觸る。弔う人下りて返回して位子に就く。

含者執璧,將命曰:“寡君使某含。”相者入告,出曰:“孤某須矣!”含者入,升堂致命,再拜稽顙,含者坐委於殯東南,有葦蓆。既葬,蒲席,降出反位。宰夫朝服即喪屨,升自西階,西面坐取璧,降自西階以東。襚者曰:“寡君使某襚。”相者入告,出曰:“孤某須矣!”襚者執冕服,左執領,右執要,入,升堂致命曰:“寡君使某襚。”子拜稽顙,委衣於殯東,襚者降,受爵弁服於門內溜。將命,子拜稽顙如初,受皮弁服於中庭,自西階受朝服,自堂受玄端。將命,子拜稽顙皆如初,襚者降出反位。宰夫五人,舉以東,降自西階,其舉亦西面,上介賵,執圭將命曰:“寡君使某賵。”相者入告,反命曰:“孤某須矣!”陳乘黃大路於中庭,北輈,執圭將命。客使自下由路西,子拜稽顙,坐委於殯東南隅,宰舉以東,凡將命,鄉殯將命。子拜稽顙,西面而坐委之,宰舉璧與圭,宰夫舉襚,升自西階,西面坐取之,降自西階,賵者出,反位於門外。

含の人璧を持ち、命を傳えて曰く、「寡君某を派して來り含せしむ」と。贊佐の人進入して稟告し、出でて曰く、「孤某等候せり」と!含の人進入し、堂に升りて致命す。再拜頭を磕き地に至る。含の人坐して璧を殯東南に放つ、葦席あり。已に下葬せば、蒲席を用いる。下りて出でて返回して位子に就く。宰夫朝服を穿き喪屨に就き、西階より升り、西に面して坐して璧を取り、西階より下りて東に向かう。斂衣を送る人曰く、「寡君某を派して來り斂衣を送らしむ」と。贊佐の人進入して稟告し、出でて曰く、「孤某等候せり」と!斂衣を送る人冕服を持ち、左手領を持ち右手腰を持ち、進入し、堂に升りて致命して曰く、「寡君某を派して來り斂衣を送らしむ」と。兒子拜し頭を磕き地に觸る。衣を殯東に放つ。斂衣を送る人下り、門內霤に爵弁服を接受す。命を傳うに、兒子拜し頭を磕き地に觸ること當初のごとし。中庭に皮弁服を接受し、西階より朝服を接受し、堂上より玄端を接受す。命を傳うに、兒子拜し頭を磕き地に觸ること皆當初のごとし。斂衣を送る人下りて出でて返回して位子に就く。宰夫五人、擧げて東に向かい、西階より下る、その擧げるも西に面す。上介喪を贈するに、圭を持ちて命を傳えて曰く、「寡君某を派して來り喪を贈せしむ」と。贊佐の人進入して稟告し、回報して曰く、「孤某等候せり」と!四匹の黄馬と大路車を中庭に陳列し、車轅北に向かう。圭を持ちて命を傳う。客の使者は下より路車西邊より。兒子拜し頭を磕き地に觸り、坐して殯東南角に放つ。宰擧げて東に向かう。およそ命を傳うは、殯に向いて命を傳う。兒子拜し頭を磕き地に觸り、西に面して坐して放下す。宰璧と圭を擧げ、宰夫斂衣を擧げ、西階より升り、西に面して坐して取り、西階より下る。喪を贈する人出でて、返回して門外に位子に就く。

上客臨曰:“寡君有宗廟之事,不得承事,使一介老某相執綍。”相者反命曰:“孤某須

上客臨哭して曰く、「寡君宗廟の事あり、事を承擔する能わず、一箇の老臣某を派して來り紼を執るを輔助せしむ」と。贊佐の人回報して曰く、「孤某等候せり」と!

矣!”臨者入門右,介者皆從之,立於其左。東上,宗人納賓,升,受命於君,降曰:“孤敢辭吾子之辱,請吾子之復位。”客對曰:“寡君命某,毋敢視賓客,敢辭。”宗人反命曰:“孤敢固辭,吾子之辱,請吾子之復位。”客對曰:“寡君命某,毋敢視賓客,敢固辭。”宗人反命曰:“孤敢固辭,吾子之辱,請吾子之復位。”客對曰:“寡君命使臣某,毋敢視賓客,是以敢固辭。固辭不獲命,敢不敬從。”客立於門西,介立於其左,東上,孤降自阼階拜之,升哭,與客拾踴三。客出,送於門外,拜稽顙。

了!臨哭の人門に入りて右に靠り、介皆彼に跟從し、彼の左邊に立ち、東を以って上と爲す。宗人賓を接納し、堂に升り、君に向きて命を接受し、下りて曰く、「孤敢えてなんじの屈辱を推辭す、なんじ返回して位子に就かんを請う」と。客答えて曰く、「寡君某を命令し、敢えて自ら賓客に比せず、敢えて推辭す」と。宗人回報して曰く、「孤敢えて再びなんじの屈辱を推辭す、なんじ返回して位子に就かんを請う」と。客答えて曰く、「寡君某を命令し、敢えて自ら賓客に比せず、敢えて再び推辭す」と。宗人回報して曰く、「孤敢えて再びなんじの屈辱を推辭す、なんじ返回して位子に就かんを請う」と。客答えて曰く、「寡君使臣某を命令し、敢えて自ら賓客に比せず、故に敢えて再び推辭す。再び推辭するも允許を得ず、敢えて恭敬して跟從せざらんや」と。客門西に立ち、介彼の左邊に立ち、東を以って上と爲す。孤阼階より下りて彼を拜し、堂に升りて哭し、客と交替して頓足三次。客出づ、門外に送り、拜して頭を磕き地に觸る。

其國有君喪,不敢受吊。

その國に君喪あれば、敢えて弔を接受せず。

外宗房中南面,小臣鋪席,商祝鋪絞紟衾,士盥於盤北,舉遷屍於斂上。卒斂,宰告,子馮之踴,夫人東面坐馮之,興踴。

外宗は房中に南に面す。小臣席を鋪き、商祝絞・單被・被子を鋪く。士盤北に手を洗い、擧げて尸を斂上に遷す。斂完せば、宰稟告す。兒子憑きて頓足し、夫人東に面して坐して憑き、起きて頓足す。

士喪有與天子同者三,其終夜燎,及乘人,專道而行。

士の喪に天子と相同なる三樣あり、その整夜燎火し、および人來りて拉し、道路を專行す。

有父之喪,如未沒喪而母死,其除父之喪也,服其除服,卒事,反喪服。

父親の喪あり、若し未だ喪を結束せざるに母親死せば、その父親の喪を除去して、その除去の服を穿き、事情完畢し、喪服に返回す。

雖諸父昆弟之喪,如當父母之喪,其除諸父昆弟之喪也,皆服其除服之服,卒事,反喪服。如三年之喪,則既顈其練祥皆行,王父死,未練祥而孫又死,猶是附於王父也。

たとえ諸の父輩兄弟の喪なりとも、若し正當父母の喪なれば、その諸の父輩兄弟の喪を除去して、皆その除去の服を穿き、事情完畢し、喪服に返回す。若し三年の喪なれば、則ち已に葛を改換せり、その練祭・祥祭皆擧行す。祖父死して、未だ練祭・祥祭せざるに孫又死せば、なお是のごとく祖父に祔す。

有殯,聞外喪,哭之他室。入奠,卒奠出,改服即位,如始即位之禮。

殯ありて、外面の喪を聞けば、別の室に到りて哭す。奠に進入し、奠完せば出でて、衣服を改換して位に就く、開始位に就くの禮のごとし。

大夫士將與祭於公,既視濯而父母死,則猶是與祭也。次於異宮,既祭,釋服出公門外,哭而歸其它如奔喪之禮。如未視濯,則使人告,告者反而後哭。如諸父昆弟姑姊妹之喪,則既宿則與祭,卒事,出公門,釋服而後歸,其它如奔喪之禮。如同宮,則次於異宮。

大夫・士將に公の祭祀に參與せんとして、已に洗濯を察看して父母死せば、則ちなお是のごとく祭祀に參與す。別の宮に住す。已に祭完して、服を脫下し公門外に出で、哭いて歸る。その他は喪に奔るの禮のごとし。若し未だ洗濯を察看せざれば、則ち人を派して稟告せしめ、稟告する人返回して然る後に哭す。若し諸の父輩兄弟姑姊妹の喪なれば、則ち已に宿戒を接受して祭祀に參與し、事情完畢し、公門を出で、服を脫下して然る後に歸る。その他は喪に奔るの禮のごとし。若し同宮なれば、則ち別の宮に住す。

曾子問曰:“卿大夫將為屍於公,受宿矣,而有齊衰內喪,則如之何?”孔子曰:“出舍乎公宮以待事,禮也。”孔子曰:“屍弁冕而出,卿大夫士皆下之,屍必式,必有前驅。”

曾子問うて曰く、「卿大夫將に公の所に尸を爲さんとして、已に宿戒を接受せるに、齊衰內喪有れば、然らば如何に辦すべき」と。孔子曰く、「出でて公宮に住して事情を等待するは、此れ禮なり」と。孔子曰く、「尸弁冕を戴きて出づれば、卿大夫士皆車を下り、尸必ず軾に憑り、必ず前驅あり」と。

父母之喪,將祭,而昆弟死,既殯而祭,如同宮。則雖臣妾,葬而後祭。祭主人之升降散等,執事者亦散等,雖虞附亦然。

父母の喪は、將に祭らんとして、兄弟死せば、已に殯して纔かに祭る。若し同宮なれば、則ちたとえ臣妾なりとも、下葬して然る後に祭る。祭の時主人の升降は散等を用い、事を辦するも散等を用いる。たとえ虞祭・祔祭なりとも亦た是のごとし。

自諸侯達諸士,小祥之祭,主人之酢也,嚌之,眾賓兄弟,則皆啐之。大祥,主人啐之,眾賓兄弟皆飲之可也。

諸侯より士に通達す、小祥の祭祀は、主人の酢は、一下嘗む。衆賓兄弟は、則ち皆一下啜む。大祥は、主人一下啜み、衆賓兄弟皆飲み盡くすも可なり。

凡侍祭喪者,告賓祭薦而不食。

およそ喪祭に陪侍するは、賓に告げて薦を祭りて食わず。

子貢問喪,子曰:“敬為上,哀次之,瘠為下。顏色稱其情,戚容稱其服。”“請問兄弟之喪?”子曰:“兄弟之喪則存乎書策矣。”

子貢喪を問う、孔子曰く、「敬は上、哀はその次、消瘦は下。顏色その情と相稱し、悲傷の儀容その服と相稱す」と。「請う兄弟の喪を問わん」。孔子曰く、「兄弟の喪は則ち書冊上に存せり」と。

君子不奪人之喪,亦不可奪喪也。

君子は人の喪を奪去せず、亦た人をして喪を奪去せしめず。

孔子曰:“少連、大連,善居喪,三日不怠,三月不解,期悲哀,三年憂,東夷之子也。”

孔子曰く、「少連・大連は、喪に居るに善し、三日夜怠惰せず、三月懈めず、期年悲哀し、三年憂愁す、是れ東夷の人なり」と。

三年之喪,言而不語,對而不問。廬堊室之中,不與人坐焉。在堊室之中,非時見乎母也,不入門。疏衰皆居堊室,不廬,廬嚴者也。

三年の喪は、說話して談論せず、對答して提問せず。倚廬・堊室之中に、人と坐せず。堊室之中に、時に按りて母親に見えるにあらざれば、門に入らず。疏衰皆堊室に住し、倚廬に住せず。倚廬は更に嚴峻なり。

妻視叔父母,姑姊妹視兄弟,長中下殤視成人。

妻は叔父母に比照し、姑姊妹は兄弟に比照し、長殤中殤下殤は成人に比照す。

親喪外除,兄弟之喪內除。

親人の喪は外面より除去し、兄弟の喪は裏面より除去す。

視君之母與妻,比之兄弟,發諸顏色者,亦不飲食也。

君の母と妻を看待するは、兄弟に比照す。顏色に發露するは、亦た飲食せず。

免喪之外,行於道路,見似目瞿,聞名心瞿,吊死而問疾,顏色戚容,必有以異於人也。如此而後可以服三年之喪,其餘則直道而行之是也。

喪を免除の外、道路上に走りて、相像を看見して眼驚懼し、名を聞きて心驚懼す。死者を弔い疾病を問うに、顏色悲傷の儀容は、必ず別人と不同なる所有り。是のごとき然る後に三年の喪を服すべし。その余は則ち直道に按りて實行するのみ。

祥,主人之除也,於夕為期,朝服,祥因其故服。

祥は、主人の除去なり。前夕に日期を約定し、朝服を穿く。祥祭はその原來の服を沿用す。

子游曰:“既祥,雖不當縞者必縞,然後反服。”

子游曰く、「已に祥すれば、たとえ縞を穿くべからざるとも必ず縞を穿き、然る後に服に返回す」と。

當袒,大夫至,雖當踴,絕踴而拜之,反改成踴,乃襲。於士,既事成踴,襲而後拜之,不改成踴。

正當袒に、大夫到來せば、たとえ正當頓足なりとも、足を停頓して彼を拜し、返回して重ねて頓足を完成し、纔かに掩上す。士に對しては、已に事情を完成し頓足を完成せば、掩上して然る後に彼を拜し、重ねて頓足を完成せず。

上大夫之虞也少牢,卒哭成事附皆大牢。下大夫之虞也犆牲,卒哭成事附皆少牢。

上大夫の虞祭は少牢を用い、卒哭・成事・祔は皆太牢を用いる。下大夫の虞祭は一頭牲を用い、卒哭・成事・祔は皆少牢を用いる。

祝稱卜葬虞,子孫曰哀,夫曰乃,兄弟曰某,卜葬其兄弟曰伯子某。

祝稱葬と虞を問卜す、子孫は哀と謂い、丈夫は乃と謂い、兄弟は某と謂う。葬を問卜してその兄弟を伯子某と謂う。

古者貴賤皆杖。叔孫武叔朝,見輪人以其杖關轂而輠輪者,於是有爵而後杖也。

古時貴賤皆杖を用いる。叔孫武叔朝に上りて、輪人がその杖を以って轂を穿きて輪を轉ずるを看見し、乃ち爵ありて然る後に纔かに杖を用いる。

鑿巾以飯,公羊賈為之也。

巾上に孔を鑿きて飯を含せしむは、公羊賈の爲せるなり。

冒者何也?所以揜形也,自襲以至小斂,不設冒則形,是以襲而後設冒也。

冒は何ぞ。是れ以って形體を掩蔽するなり。襲より小斂に至るまで、冒を設けざれば形體顯露す、故に襲して然る後に冒を設く。

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