Libo

曲礼

西汉 · 戴圣(辑) · 第4巻 / 32

夫晝居於內,問其疾可也;夜居於外,吊之可也。是故君子非有大故,不宿於外;非致齊也、非疾也,不晝夜居於內。

晝日は室內に居れば、その病を問うべし。夜裏は室外に居れば、彼を弔うべし。それゆえ君子は大故にあらざれば外に過夜せず、齋戒を極盡せず、病にあらざれば晝夜室內に居らない。

高子皋之執親之喪也,泣血三年,未嘗見齒,君子以為難。

高子皋が雙親の喪を執持するに、泣血三年、未だ嘗て齒を露わにして笑わず、君子は難しと以爲す。

衰與其不當物也,寧無衰。齊衰不以邊坐,大功不以服勤。

衰服は事物と相當せざるより、寧ろ衰なきがまし。齊衰を穿てば側って坐せず、大功を穿てば勞役を服さない。

孔子之衛,遇舊館人之喪,入而哭之哀。出,使子貢說驂而賻之,子貢曰:“於門人之喪,未有所說驂,說驂於舊館,無乃已重乎?”夫子曰:“予鄉者入而哭之,遇於一哀,而出涕,予惡夫涕之無從也。小子行之。”

孔子が衛に至るに、舊館人の喪に遇い、入りて哭すること甚だ哀れり。出でて、子貢に驂馬を卸下して喪を助けしむ。子貢曰く、「門人の喪に對して、未だ嘗て驂馬を卸下せしことなし。舊館のために驂馬を卸下するは、重きに過ぐるにあらざるか」と。夫子曰く、「われさきほど入りて彼を哭し、あの一陣の哀に遇いて淚を出せり。われその淚に着落なきを惡む。小子照辦せよ」と。

孔子在衛,有送葬者,而夫子觀之,曰:“善哉為喪乎?足以為法矣!小子識之。”子貢曰:“夫子何善爾也?”曰:“其往也如慕,其反也如疑。”子貢曰:“豈若速反而虞乎?”子曰:“小子識之,我未之能行也。”

孔子が衛に在るに、葬を送る者あり、夫子觀看して曰く、「喪事の爲すこと善し!足りて取法すべし!小子記え」と。子貢曰く、「夫子なんぞ彼を稱許する」と。曰く、「彼の去るや依戀のごとく、彼の返るや遲疑のごとし」と。子貢曰く、「何ぞ趕快に返りて虞祭を行くに如かん」と。孔子曰く、「小子記え、われ未だ能くせざるなり」と。

顏淵之喪,饋祥肉,孔子出受之,入彈琴而後食之。

顏淵の喪に、祥祭の肉を送り來る。孔子出でて接受し、入りて琴を彈きて然る後に食す。

孔子與門人立,拱而尚右,二三子亦皆尚右,孔子曰:“二三子之嗜學也,我則有姊之喪故也。”二三子皆尚左。

孔子が門人と立つに、拱手して右手を上と爲し、幾人の弟子も皆右手を上と爲す。孔子曰く、「二三子學を好めるか、われは姐姐の喪あるの緣故なり」と。二三子皆改めて左手を上と爲す。

孔子蚤作,負手曳杖,消搖於門,歌曰:“泰山其頹乎?梁木其壞乎?哲人其萎乎?”既歌而入,當戶而坐,子貢聞之,曰:“泰山其頹,則吾將安仰?梁木其壞、哲人其萎,則吾將安放?夫子殆將病也。”遂趨而入,夫子曰:“賜,爾來何遲也?夏后氏殯於東階之上,則猶在阼也,殷人殯於兩楹之間,則與賓主夾之也,周人殯於西階之上,則猶賓之也。而丘也殷人也,予疇昔之夜,夢坐奠於兩楹之間。夫明王不興,而天下其孰能宗予?予殆將死也。”蓋寢疾七日而沒。

孔子早起して、手を背に負い杖を拖曳し、逍遙して門前に在り、歌唱して曰く、「泰山將に崩頹せんとするか。梁木將に毁壞せんとするか。哲人將に枯萎せんとするか」と。唱え終わり入りて、門に對して坐す。子貢聞きて曰く、「泰山崩頹せば、われ將に何を仰望せん。梁木毁壞し哲人枯萎せば、われ將に何に依傍せん。夫子おそらく將に病まん」と。乃ち快步して入る。夫子曰く、「賜、なんじなんぞ來ること遲き。夏后氏は東階の上に殯すれば、なお阼階に在り。殷人は兩楹の間に殯すれば、賓主夾む處に處る。周人は西階の上に殯すれば、なお死者を賓と爲す。而るに丘は殷人なり。われ昨夜、坐して兩楹の間に奠祭せらるるを夢見たり。明王興起せず、天下誰かわれを尊崇せん。われおそらく將に死せん」と。およそ病に卧すること七日にして死せり。

孔子之喪,門人疑所服,子貢曰:“昔者夫子之喪顏淵,若喪子而無服,喪子路亦然。請喪夫子,若喪父而無服。”

孔子の喪に、門人何を服すべきか疑惑す。子貢曰く、「昔、夫子が顏淵の喪を爲すに、兒子を喪するがごとくして喪服なし。子路の喪を爲すも亦た是のごとし。請う、夫子の喪を爲さば、父親を喪するがごとくして喪服なからん」と。

孔子之喪,公西赤為志焉,飾棺牆,置翣,設披,周也,設崇,殷也,綢練設旐,夏也。

孔子の喪に、公西赤が標誌を爲す。棺牆を文飾し、翣扇を設置し、披を設置するは周の做法。崇牙を設置するは殷の做法。素錦をもって旗杆を纏いて魂旗を設置するは夏の做法。

子張之喪,公明儀為志焉,褚幕丹質,蟻結於四隅,殷士也。

子張の喪に、公明儀が標誌を爲す。棺上の幕は紅底にして四角に蟻結を畫くは殷士の做法なり。

子夏問於孔子曰:“居父母之仇,如之何?”夫子曰:“寢苫,枕幹不仕,弗與共天下也。遇諸市朝,不反兵而鬥。”曰:“請問居昆弟之仇如之何?”曰:“仕弗與共國,銜君命而使,雖遇之不鬥。”曰:“請問居從父昆弟之仇如之何?”曰:“不為魁,主人能,則執兵而陪其後。”

子夏が孔子に問うて曰く、「父母の仇に處るに、どうすべきか」と。夫子曰く、「草墊を睡り、盾を枕とし、官を爲さず、彼と天下を共にせず。市朝に遇えば、返りて兵器を取るを待たずして鬥う」と。曰く、「請問、兄弟の仇に處るにどうすべきか」と。曰く、「官を爲すに彼と同一國にせず。君命を奉じて出使すれば、たとえ遇うとも鬥わず」と。曰く、「請問、從父兄弟の仇に處るにどうすべきか」と。曰く、「頭を當たらず。主人能く爲せば、兵器を執りて後に隨う」と。

孔子之喪,二三子皆絰而出,群居則絰,出則否。

孔子の喪に、幾人の弟子皆絰を戴きて出門す。群居すれば絰を戴き、出門すれば然らず。

易墓,非古也。

墓地を整治するは、古制にあらず。

子路曰:“吾聞諸夫子:喪禮,與其哀不足而禮有餘也,不若禮不足而哀有餘也;祭禮,與其敬不足而禮有餘也,不若禮不足而敬有餘也。”

子路曰く、「われ夫子より聞けり、喪禮は、哀足らずして禮餘れるより、寧ろ禮足らずして哀餘れるが如かず。祭禮は、敬足らずして禮餘れるより、寧ろ禮足らずして敬餘れるが如し」と。

曾子吊於負夏,主人既祖填池,推柩而反之,降婦人而後行禮,從者曰:“禮與?”曾子曰:“夫祖者且也,且胡為其不可以反宿也?”從者又問諸子游曰:“禮與?”子游曰:“飯於牖下,小斂於戶內,大斂於阼,殯於客位,祖於庭,葬於墓,所以即遠也。故喪事有進而無退。”曾子聞之,曰:“多矣乎?予出祖者。”

曾子が負夏に喪を弔うに、主人すでに祖奠し池を設けたるに、柩を推し回し、婦人を先に下ろして然る後に禮を行わしむ。從う者曰く、「是れ禮か」と。曾子曰く、「祖奠は暫且なり、暫且は何ぞ返回して再び一夜停まるべからざらん」と。從う者また子游に問うて曰く、「是れ禮か」と。子游曰く、「窗下に飯含し、戶內に小斂し、阼階に大斂し、客位に殯を停め、庭中に祖奠し、墓地に埋葬するは、遠きに就くをもってす。それゆえ喪事には進みて退くなし」と。曾子聞きて曰く、「豐富なり、わが出祖に關する說」と。

曾子襲裘而吊,子游裼裘而吊,曾子指子游而示人曰:“夫夫也,為習於禮者,如之何其裼裘而吊也?”主人既小斂,袒括髮,子游趨而出,襲裘帶絰而入,曾子曰:“我過矣!我過矣!夫夫是也。”

曾子が裘を掩い弔いに行き、子游は裼衣を露わにして弔いに行く。曾子子游を指して人に示して曰く、「あの人は禮に熟習せる者、何ぞ裼衣を露わにして弔いに行く」と。主人すでに小斂し、衣を袒ぎ髮を束ね、子游快步して出でて、裘を掩上げ帶絰を繫けて再び入る。曾子曰く、「われ誤れり!われ誤れり!あの人は是なり」と。

子夏既除喪而見,予之琴,和之而不和,彈之而不成聲,作而曰:“哀未忘也。先王制禮,而弗敢過也。”子張既除喪而見,予之琴,和之而和,彈之而成聲,作而曰:“先王制禮,不敢不至焉。”

子夏すでに喪服を除きて來り見ゆ。琴を與えれば、之を調るも和せず、之を彈くも聲調を成さず、起ちて曰く、「哀未だ忘れず。先王が禮を制定せしに、敢えて過ぐることせざりき」と。子張すでに喪服を除きて來り見ゆ。琴を與えれば、之を調れば和し、之を彈けば聲調を成し、起ちて曰く、「先王が禮を制定せしに、敢えて至らざることせざりき」と。

司寇惠子之喪,子游為之麻衰,牡麻絰,文子辭曰:“子辱與彌牟之弟遊,又辱為之服,敢辭。”子游曰:“禮也。”文子退,反哭,子游趨而就諸臣之位,文子又辭曰:“子辱與彌牟之弟遊,又辱為之服,又辱臨其喪,敢辭。”子游曰:“固以請。”文子退,扶適子南面而立,曰:“子辱與彌牟之弟遊,又辱為之服,又辱臨其喪,虎也敢不復位。”子游趨而就客位。

司寇惠子の喪に、子游は彼のために麻衰・牡麻絰を穿いた。文子が辭謝して曰く、「なんじ屈辱に彌牟の弟と交游し、また屈辱に彼のために喪を服す、敢えて辭す」と。子游曰く、「是れ禮なり」と。文子退き去り、返りて哭す。子游快步して諸臣の位に至る。文子また辭謝して曰く、「なんじ屈辱に彌牟の弟と交游し、また屈辱に彼のために喪を服し、また屈辱に親しく彼の喪に臨む、敢えて辭す」と。子游曰く、「再三請う」と。文子退き去り、嫡子を扶けて南に向かい立たしめ、曰く、「なんじ屈辱に彌牟の弟と交游し、また屈辱に彼のために喪を服し、また屈辱に親しく彼の喪に臨む、虎どうして敢えて正位に回復せざらん」と。子游快步して客位に至る。

將軍文子之喪,既除喪而後越人來吊,主人深衣練冠,待於廟,垂涕洟,子游觀之,曰:“將軍文氏之子,其庶幾乎?亡於禮者之禮也,其動也中。”

將軍文子の喪に、すでに喪服を除きて然る後に越人來りて弔う。主人は深衣を穿き練冠を戴き、廟中にて等待し、鼻涕眼淚を垂らす。子游觀看して曰く、「將軍文氏の子、差不多了なるべし。禮の無き所の禮、その擧動は中に合せり」と。

幼名,冠字,五十以伯仲,死諡,周道也。

幼年は名を稱し、冠禮を行いて字を取り、五十歳は伯仲を用い、死して諡を稱すは、周の道なり。

絰也者,實也。

絰とは、實質なり。

掘中溜而浴,毀灶以綴足。及葬,毀宗躐行,出於大門,殷道也。學者行之。

中霤を掘開きて沐浴し、竈を毁して腳を固定す。葬に至れば、廟牆を毁開き、行神の壇を越え、大門より出づるは、殷の道なり。學者は之を實行す。

子柳之母死,子碩請具,子柳曰:“何以哉?”子碩曰:“請粥庶弟之母。”子柳曰:“如之何其粥人之母?”“以葬其母也。”“不可。”既葬,子碩欲以賻布之餘具祭器,子柳曰:“不可。吾聞之也:君子不家於喪,請班諸兄弟之貧者。”

子柳の母が死せるに、子碩が葬具を備辦せんを請う。子柳曰く、「何をもってするか」と。子碩曰く、「請う庶弟の母を賣らん」と。子柳曰く、「どうして人の母を賣ることができようか」と。「もって彼の母を葬る」と。「不可なり」と。すでに葬りて、子碩は助喪布帛の剩余をもって祭器を置辦せんと欲す。子柳曰く、「不可なり。われ聞く、君子は喪事を靠りて家を發せず、請う兄弟の貧窮なるに分與せん」と。

君子曰:謀人之軍師,敗則死之;謀人之邦邑,危則亡之。

君子曰く、人のために軍隊を謀るに、敗れればこれがために死し、人のために邦邑を謀るに、危ければこれがために逃亡す。

公叔文子升於瑕丘,蘧伯玉從,文子曰:“樂者斯丘也,死則我欲葬焉。”蘧伯玉曰:“吾子樂之,則瑗請前。”

公叔文子が瑕丘に登るに、蘧伯玉が從う。文子曰く、「この丘は人を快樂せしむ、死せばわれここに葬られんと欲す」と。蘧伯玉曰く、「吾子がこれを喜ばば、瑗は請う先に死せん」と。

弁人有其母死而孺子泣者,孔子曰:“哀則哀矣,而難為繼也。夫禮,為可傳也,為可繼也,故哭踴有節。”

弁地に母が死して小孩のごとく哭する者あり。孔子曰く、「哀は哀なり、却って繼ぐべきを難しとす。禮は、傳うべく、繼ぐべくを爲るがため、故に哭踊に節あり」と。

叔孫武叔之母死,既小斂,舉者出戶,出戶袒,且投其冠,括髮,子游曰:“知禮。”

叔孫武叔の母が死せるに、すでに小斂し、抬ぐ者戶を出で、戶を出でて纔かに衣を袒ぎ、幷せて冠を丟棄し髮を束ねる。子游曰く、「禮を知れるなり」と。

扶君,卜人師扶右,射人師扶左,君薨以是舉。

君を扶くるに、僕人の長は右を扶け、射人の長は左を扶く。底本は「卜」と作るも、「卜」は「僕」の訛なり。君薨ずるも亦た是のごとく抬ぐ。

從母之夫、舅之妻,二夫人相為服,君子未之言也。或曰:同爨緦。

姨母の夫、舅舅の妻、この二人が互相いに喪を服するは、君子の言う所なし。或る人曰く、同竈して飯するは緦麻を服すと。

喪事欲其縱縱爾,吉事欲其折折爾,故喪事雖遽不陵節,吉事雖止不怠。故騷騷爾則野,鼎鼎爾則小人,君子蓋猶猶爾。

喪事は急促の樣子を欲し、吉事は從容の樣子を欲す。それゆえ喪事は急なりとも節を越えず、吉事は停頓すとも怠惰せず。それゆえ急に過ぐれば粗野、慢に過ぐれば小人、君子はおそらく緩急中に得たるの樣子。

喪具,君子恥具,一日二日而可為也者,君子弗為也。

喪具は、君子は預め備齊するを恥とす。一兩日にして能く成すものを、君子は爲さない。

喪服,兄弟之子猶子也,蓋引而進之也。嫂叔之無服也,蓋推而遠之也。姑姊妹之薄也,蓋有受我而厚之者也。

喪服は、兄弟の子は兒子のごとくするは、おそらく牽引して彼を親近せしむ。嫂叔に喪服なきは、おそらく推開して彼を疎遠せしむ。姑姊妹の喪服薄きは、おそらく我を受けて之を加厚する者有るなり。

食於有喪者之側,未嘗飽也。

喪事ある人の旁に飯するに、未だ嘗て飽きず。

曾子與客立於門側,其徒趨而出,曾子曰:“爾將何之?”曰:“吾父死,將出哭於巷。”曰:“反哭於爾次。”曾子北面而吊焉。

曾子が客人と門側に立つに、その弟子快步して出づ。曾子曰く、「なんじ將に何處に往かんとする」と。曰く、「わが父死せり、將に出でて巷に哭さんとす」と。曰く、「返りてなんじの房間に哭せ」と。曾子北に向かいて彼を弔う。

孔子曰:“之死而致死之,不仁而不可為也;之死而致生之,不知而不可為也。是故竹不成用,瓦不成味,木不成斲,琴瑟張而不平,竽笙備而不和,有鐘磬而無簨虡,其曰明器,神明之也。”

孔子曰く、「死に送りて眞に彼の死せると爲すは、不仁にして爲すべからず。死に送りて眞に彼のなお生きたると爲すは、不智にして爲すべからず。それゆえ竹器は能く用いるに成らず、瓦器は能く盛るに成らず、木器は砍削を完成せず、琴瑟は弦を張りて調平せず、竽笙は具備して調和せず、鐘磬あって懸掛の架子なきを、明器と謂う、是れ彼を神明と爲すなり」と。

有子問於曾子曰:“問喪於夫子乎?”曰:“聞之矣:喪欲速貧,死欲速朽。”有子曰:“是非君子之言也。”曾子曰:“參也聞諸夫子也。”有子又曰:“是非君子之言也。”曾子曰:“參也與子游聞之。”有子曰:“然。然則夫子有為言之也?”曾子以斯言告於子游,子游曰:“甚哉!有子之言似夫子也。昔者夫子居於宋,見桓司馬自為石槨,三年而不成,夫子曰:若是其靡也,死不如速朽之愈也。死之慾速朽,為桓司馬言之也。南宮敬叔反,必載寶而朝,夫子曰:若是其貨也,喪不如速貧之愈也。喪之慾速貧,為敬叔言之也。”曾子以子游之言告於有子,有子曰:“然。吾固曰非夫子之言也。”曾子曰:“子何以知之?”有子曰:“夫子制於中都,四寸之棺,五寸之槨,以斯知不欲速朽也。昔者夫子失魯司寇,將之荊,蓋先之以子夏,又申之以冉有,以斯知不欲速貧也。”

有子が曾子に問うて曰く、「夫子に喪事を問いたりしか」と。曰く、「聞けり、喪事は速やかに貧せんを欲し、死せば速やかに朽ちんを欲すと」と。有子曰く、「是れ君子の言にあらず」と。曾子曰く、「參は夫子より之を聞けり」と。有子また曰く、「是れ君子の言にあらず」と。曾子曰く、「參と子游とともに之を聞けり」と。有子曰く、「然り。然らば夫子は指す所ありて言いしならん」と。曾子この言をもって子游に告ぐ。子游曰く、「甚だしきかな!有子の言は夫子に似たり。昔、夫子が宋に居りて、桓司馬が自ら石槨を作り、三年にして未だ成らざるを見たり。夫子曰く、かくのごとく奢侈せば、死せば速やかに朽ちんに如かずと。死せば速やかに朽ちんを欲すは、桓司馬に對して言いしなり。南宮敬叔が返るに、必ず寶を載せて朝見す。夫子曰く、かくのごとく財貨を用いれば、喪事は速やかに貧せんに如かずと。喪事は速やかに貧せんを欲すは、敬叔に對して言いしなり」と。曾子子游の言をもって有子に告ぐ。有子曰く、「然り。われ本來より夫子の言にあらずと言えり」と。曾子曰く、「なんじ何をもってか之を知る」と。有子曰く、「夫子が中都にて制定せしに、四寸の棺、五寸の槨、これをもって彼の速やかに朽ちんを欲せざるを知る。昔、夫子が魯の司寇を失い、將に楚に至らんとして、おそらく先ず子夏を派し、また申して冉有を派せり、これをもって彼の速やかに貧せんを欲せざるを知る」と。

陳莊子死,赴於魯,魯人慾勿哭,繆公召縣子而問焉,縣子曰:“古之大夫,束脩之問不出竟,雖欲哭之,安得而哭之?今之大夫,交政於中國,雖欲勿哭,焉得而弗哭?且臣聞之:哭有二道,有愛而哭之,有畏而哭之。”公曰:“然。然則如之何而可?”縣子曰:“請哭諸異姓之廟。”於是與哭諸縣氏。

陳莊子が死せるに、訃告魯に至る。魯人哭さざらんと欲す。繆公が縣子を召して問う。縣子曰く、「古の大夫は、一束干肉の問候すら國境を出ず、たとえ彼を哭さんと欲すとも、何處よりか哭せん。今の大夫は、中國にて政事を交接す、たとえ哭さざらんと欲すとも、どうして哭さざるを得ん。況んや臣聞く、哭には兩條の路あり、愛を因として哭するあり、畏を因として哭するあり」と。公曰く、「然り。然らばどうして乃ち可なるか」と。縣子曰く、「請う異姓の廟にて哭せん」と。乃ち彼とともに縣氏の所にて哭す。

仲憲言於曾子曰:“夏后氏用明器,示民無知也。殷人用祭器,示民有知也。周人兼用之,示民疑也。”曾子曰:“其不然乎?其不然乎!夫明器,鬼器也,祭器,人器也。夫古之人胡為而死其親乎?”

仲憲が曾子に對して曰く、「夏后氏は明器を用い、民に死者の知なきを表示す。殷人は祭器を用い、民に死者の知あるを表示す。周人は兼ねて之を用い、民に疑惑を表示す」と。曾子曰く、「おそらく是のごとくにあらざるか。おそらく是のごとくにあらざらん!明器は鬼の器、祭器は人の器。古の人何ぞその親を眞に死せりと爲さんや」と。

公叔木有同母異父之昆弟死,問於子游,子游曰:“其大功乎?”狄儀有同母異父之昆弟死,問於子夏,子夏曰:“我未之前聞也。”魯人則為之齊衰,狄儀行齊衰,今之齊衰,狄儀之問也。

公叔木に同母異父の兄弟死するあり、子游に問う。子游曰く、「おそらく大功ならん」と。狄儀に同母異父の兄弟死するあり、子夏に問う。子夏曰く、「われ以前に聞かざりき」と。魯人乃ち彼のために齊衰を服す。狄儀齊衰を實行す。今の齊衰は、狄儀のこの一問を因として來れり。

子思之母死於衛,柳若謂子思曰:“子聖人之後也,四方於子乎觀禮,子蓋慎諸!”子思曰:“吾何慎哉?吾聞之:有其禮無其財,君子弗行也,有其禮有其財,無其時,君子弗行也。吾何慎哉!”

子思の母が衛に死せり。柳若が子思に謂うて曰く、「なんじは聖人の後代、四方なんじより禮を觀看す、なんじおそらく謹愼すべし」と。子思曰く、「われ何をか謹愼せん。われ聞く、その禮あってその財なければ、君子は實行せず。その禮ありその財あり、その時機なければ、君子は實行せず。われ何をか謹愼せん」と。

縣子瑣曰:“吾聞之:古者不降,上下各以其親。滕伯文為孟虎齊衰,其叔父也,為孟皮齊衰,其叔父也。”

縣子瑣曰く、「われ聞く、古は降等せず、上下各々その親に按る。滕伯文が孟虎のために齊衰を服す、孟虎は彼の叔父なり。孟皮のために齊衰を服す、滕伯文は彼の叔父なり」と。

後木曰:“喪,吾聞諸縣子曰:夫喪,不可不深長思也。買棺外內易,我死則亦然。”

后木曰く、「喪事、われ縣子より聞けり、喪事は深長に思慮せざるべからず。棺を買うに內外平整、われ死するも亦た是のごとし」と。

曾子曰:“屍未設飾,故帷堂,小斂而徹帷。”仲梁子曰:“夫婦方亂,故帷堂,小斂而徹帷。”

曾子曰く、「尸未だ飾を設けざれば、帷をもって堂を遮る故なり、小斂すれば帷を撤す」と。仲梁子曰く、「夫婦正に忙亂すれば、帷をもって堂を遮る故なり、小斂すれば帷を撤す」と。

小斂之奠,子游曰:“於東方。”曾子曰:“於西方。”斂斯席矣,小斂之奠在西方,魯禮之未失也。

小斂の奠、子游曰く、「東方に在り」と。曾子曰く、「西方に在り」と。入斂すれば席有れり。小斂の奠が西方に在るは、魯禮末流の過失なり。

縣子曰:“綌衰繐裳,非古也。”

縣子曰く、「粗葛をもって衰を爲し、細にして疏なる布をもって裳を爲すは、古制にあらず」と。

子蒲卒,哭者呼滅,子皋曰:“若是,野哉!”哭者改之。

子蒲が死せるに、哭する者その名「滅」を呼ぶ。子皋曰く、「是のごとくは、粗野なるかな」と。哭する者改む。

杜橋之母之喪,宮中無相,以為沽也。

杜橋の母親の喪に、宮中に贊禮の人なく、人は之を簡略と以爲す。

夫子曰:“始死,羔裘玄冠者,易之而已。”羔裘玄冠,夫子不以吊。

夫子曰く、「剛死せば、羔裘を穿き玄冠を戴く者は、換え去るのみ」と。羔裘玄冠は、夫子は之をもって弔喪せず。

子游問喪具,夫子曰:“稱家之有亡。”子游曰:“有無惡乎齊?”夫子曰:“有,毋過禮。苟亡矣,斂首足形,還葬,縣棺而封,人豈有非之者哉?”

子游喪具を問う。夫子曰く、「家の有無と相稱せよ」と。子游曰く、「有と無とどうして齊一せん」と。夫子曰く、「有れば、禮を超過するなかれ。若し無ければ、頭腳形體を收斂し、就近埋葬し、棺を懸げて下葬せば、人何れにか彼を非議せん」と。

司士賁告於子游曰:“請襲於床。”子游曰:“諾。”縣子聞之,曰:“汰哉叔氏!專以禮許人。”

司士賁が子游に告げて曰く、「請う、牀上にて死者に衣を穿せしめん」と。子游曰く、「諾」と。縣子聞きて曰く、「自大なるかな叔氏!擅りに禮をもって人に許諾す」と。

宋襄公葬其夫人,醯醢百甕,曾子曰:“既曰明器矣,而又實之。”

宋襄公がその夫人を葬るに、肉醬と醋醬百甕。曾子曰く、「既に明器と稱すや、却って之を裝滿す」と。

孟獻子之喪,司徒旅歸四布,夫子曰:“可也。”

孟獻子の喪に、司徒の屬吏が四處より送られし布帛を歸還す。夫子曰く、「可なり」と。

讀賵,曾子曰:“非古也,是再告也。”

賵單を宣讀するに、曾子曰く、「古制にあらず、是れ再び告ぐるなり」と。

成子高寢疾,慶遺入請曰:“子之病革矣!如至乎大病,則如之何?”子高曰:“吾聞之也:生有益於人,死不害於人。吾縱生無益於人,吾可以死害於人乎哉?我死,則擇不食之地而葬我焉。”

成子高が病に卧す。慶遺入りて請示して曰く、「なんじの病危急なり!若し死に至らば、どうすべきか」と。子高曰く、「われ聞く、生きて人に益あり、死して人に害なし。われ縱令生きて人に益なきとも、われ死して人に害あらんや。われ死せば、莊稼を長ぜざる地を擇びてわれを葬れ」と。

子夏問諸夫子曰:“居君之母與妻之喪,居處言語飲食衎爾。”

子夏が夫子に問うて曰く、「君の母親と妻子の喪に處るに、居處・言語・飲食安然たり」と。

賓客至,無所館,夫子曰:“生於我乎館,死於我乎殯。”

賓客至るに館舍なし。夫子曰く、「生きてはわが所に住し、死してはわが所に殯す」と。

國子高曰:“葬也者,藏也。藏也者,欲人之弗得見也。是故衣足以飾身,棺周於衣,槨周於棺,土周於槨,反壤樹之哉。”

國子高曰く、「葬とは藏なり。藏とは人に見えざらんを欲するなり。それゆえ衣服は足りて身體を文飾し、棺は衣に周遍し、槨は棺に周遍し、土は槨に周遍す、反りて土を堆し樹を種えんや」と。

孔子之喪,有自燕來觀者,舍於子夏氏,子夏曰:“聖人之葬人,與人之葬聖人也,子何觀焉?昔者夫子言之曰:吾見封之若堂者矣,見若坊者矣,見若覆夏屋者矣,見若斧者矣,從若斧者焉。馬鬣封之謂也。今一日而三斬板,而已封,尚行夫子之志乎哉。”

孔子の喪に、燕より來りて觀看する者あり、子夏氏に住す。子夏曰く、「聖人が人を葬ると人が聖人を葬ると、なんじ何をか觀看せん。昔、夫子言いてり、われ封土の堂のごときを見、堤坊のごときを見、覆う夏屋のごときを見、斧のごときを見る、斧のごときに從う。即ち所謂馬鬣封なり。今一日に三度斬板して、封は完す、まだ夫子の志向を實行せると算せんか」と。

婦人不葛帶。

婦人は葛をもって腰帶と爲さず。

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