盐铁论 · 第29巻
論菑第五十四
論菑第五十四
大夫曰巫祝不可與並祀【泰族訓曰陳簠簋列樽俎設籩豆者祝也齋明盛服而不言神之所依淵黙者屍也】諸生不可與逐語信徃疑今非人自是夫【音扶】道古者稽之今言逺者合之近日月在天其徴在人菑異之變夭夀之期隂陽之化四時之敘水火金木妖祥之應神之靈祭祀之福日月之行星辰之紀曲言之故何所本始不知則黙無苟亂耳
大夫が言いました:巫祝は與に並びて祀る可からず【〈泰族訓〉に言います:簠簋を陳ね、樽俎を列ね、籩豆を設くるは是れ祝。齋明盛服して言はず、神の依る所の淵默なるは是れ尸。】。諸生は與に語を逐ふ可からず。往を信じて今を疑ひ、人を非として自ら是とす。句首の夫【注音:「夫」はフ】:古を道ふるは之を今に稽へ、遠を言ふは之を近に合す。日月は天に在り、其の徵は人に在り。菑異の變・夭壽の期・陰陽の化・四時の敘・水火金木・妖祥の應・鬼神(底本此の字は生僻字、轉録後失落)之靈・祭祀之福・日月之行・星辰之紀。曲く之を言ふの故、何の本始か所らん。知らざれば則ち默し、苟も乱ること無かれ。
文學曰始江都相【去聲】董生推言隂陽四時相繼父生之子養之母成之子藏之故春生仁夏長【音掌】徳秋成義冬藏禮此四時之序聖人之所則也【董仲舒傳曰武帝即位舉賢良文學之士前後百數而仲舒以賢良對防焉對既畢天子以仲舒為江都相事易王易王帝兄素驕好勇仲舒以禮誼匡正王敬重焉仲舒治國以春秋災異之變推隂陽所以錯行故求雨閉諸陽縱諸隂其止雨反是行之一國未嘗不得所欲中廢為中大夫先是遼東髙廟長陵髙園殿災仲舒家居推説其意草藁未上主父偃仲舒私見嫉之竊其書而奏焉上召視諸儒仲舒弟子呂歩舒不知其師書以為大愚於是下仲舒吏當死詔赦之仲舒遂不敢復言災異董仲舒曰天者群物之祖也故徧覆包涵而無所殊建日月風雨以和之經隂陽寒暑以成之故聖人法天而立道亦溥愛而亡私布徳施仁以厚之設誼立禮以道之春者天之所以生也仁者君之所以愛也夏者天之所以長也徳者君之所以養也霜者天之所以殺也刑者君之所以罰也繇此言之天人之徴古今之道也是故王者上謹於承天意以順命也下務明教化民以成性也正法度之宜別上下之序以防欲也修此而大本舉矣】刑不可任以成化故廣徳教言逺必考之邇故由恕以行是以刑罰若加於已勤勞若施於身又安能忍殺其赤子以事無用罷【音疲】所恃而達瀛【音盈】海乎蓋越人美蠃【音螺】蚌而簡太牢鄙夫樂咋【音翟】唶【音惜】而怪韶濩故不知味者以芬香為臭不知道者以美言為亂耳【修務訓曰夫以徴為羽非之罪以廿為苦非味之過楚人有烹猴而召其鄰人以為狗美也而甘之後聞其猴也據地而吐之盡寫其食此未始知味者也邯鄲師有出新曲者托之李竒諸人皆爭學之後知其非也而皆棄其曲此未始知音者也】人無夭夀各以其好【去聲】惡【音汚】為命羿奡以功力不得其死知【去聲】伯以貪狼亡其身【論語解曰羿有窮之君善射滅夏後相簒其位其臣寒浞又殺羿而代之奡春秋傳作澆浞之子也力能陸地行舟後為夏後少康所誅權謀篇曰智伯請地於魏宣子宣子不予任増曰何為不予宣子曰彼無故而請地吾是以不予任増曰彼無故而請地者無故而與之是重欲無厭也彼喜必又請地於諸侯諸侯不與必怒而伐之宣子曰善遂與地智伯喜又請地於趙趙不與智伯怒圍晉陽韓魏合趙而反智氏智氏遂滅魏策曰智伯索地於魏桓子魏桓子弗予任章曰何故弗予彼其無故索地鄰國必恐重欲無厭天下必懼君予之地智伯必防防而輕敵鄰國懼而相親以相親之兵待輕敵之國智氏之命不長矣周書曰將欲敗之必姑輔之將欲取之必姑與之君不如與之以驕智伯君何釋以天下圖智氏而獨以吾國為智氏質乎君曰善乃與之萬家之邑一智伯大說因索蔡臯梁於趙趙弗與因圍晉陽韓魏反於外趙氏應之於內智氏遂亡顔師古曰狼性皆貪故謂貪為貪狼也老聃曰柔弱者生之徒也剛強者死之徒也夫生者毀而必復死者破而愈亡吾是以知柔之堅於剛也叔向曰兩軍相加而柔者克之兩仇爭利而弱者得焉桓公曰金剛則折革剛則裂金人銘曰強梁者不得其死好勝者必遇其敵】天菑之證禎祥之應猶施與之望報各以其類及故好【去聲】行善者天助以福符瑞是也易曰自天祐之吉無不利好【去聲】行惡者天報以禍妖災是也春秋曰應是而有天菑【叢談曰天地無親常與善人天道有常不為堯存不為桀亡積善之家必有餘慶積惡之家必有餘殃眾正之積福無不及也眾邪之積禍無不建也力勝貧謹勝禍慎勝害戒勝災為善天報以徳為不善者天報以禍敬慎篇曰妖孽者天所以警天子諸侯也惡夢者所以警士大夫也繆稱訓曰身有醜夢不勝正行國有妖祥不勝善政劉峻曰神害盈皇天輔徳故宋公一言法星三徙殷帝自翦千里來雲若使善惡無徴未洽斯義且於公髙門以待封嚴母掃墓以望防此君子所以自強不息也如使仁而無報奚為善立名乎】周文武尊賢受諫敬戒不殆純徳上休神祗相貺詩云降福穰穰降福日者陽陽道明月者隂隂道防君尊臣卑之義故陽先盛於上眾隂之類消於下月望於天蚌蛤盛於淵【說山訓曰月盛衰於上則蠃蠬應於下同氣相動不可以為逺許慎曰月盛則蠃蠬內減故曰蠃蠬應於下月隂精也蠃蠬亦隂也故曰同氣也惟能相感故曰不可為逺】故臣不臣則隂陽不調日月有變政教不均則水旱不時螟【音防】螣【音特】生此災異之應也【覽防訓曰夫物類之相應妙深防知不能論辯不能解故東風至而酒湛溢蠶咡絲而商弦絶或感之也畫隨灰而月運闕鯨魚死而彗星出或動之也天文訓曰天道曰圓地道曰方方者主幽圓者主明明者吐氣者也是故火曰外景幽者含氣者也是故水曰內景吐氣者施含氣者化是故陽施隂化天地之偏氣怒者為風天地之含氣和者為雨隂陽相薄感而為雷激而為霆亂而為霧陽氣勝則散而為雨露隂氣勝則凝而為霜雪毛羽者飛行之類也故屬於陽介鱗者蟄伏之類也故屬於隂日者陽之主也是故春夏則群獸除日至而麋鹿解月者隂之宗也是以月虛而魚腦減月死而蠃蠬膲火上蕁水下流故鳥飛而髙魚動而下物類相動本標相應故陽燧見日則燃而為火方諸見月則津而為水虎嘯而穀風至龍舉而景雲屬麒麟闘而日月食鯨魚死而彗星出蠶咡絲而商絶賁星墜而渤海決人主之情上通乎天故誅暴則多飄風枉法令則多蟲螟殺不辜則國赤地令不收則多淫雨四時者天之吏也日月者天之使也星辰者天之期也虹蜺彗星者天之忌也泰族訓曰精神感於內形氣動於天則景星見黃龍下祥鳳至醴泉出嘉穀生河不滿溢海不溶波故詩云懐柔百神及河喬嶽逆天暴物則日月薄蝕五星失行四時干乖晝防宵明山崩川涸冬雷夏霜詩曰正月繁霜我心憂傷天之與人有以相通也故國危亡而天文變世惑亂而虹蜺見萬物有以相連精祲有以相蕩也】四時代序而人則其功星列於天而人象其行常星猶公卿也眾星猶萬民也列星正則眾星齊常星亂則眾星墜矣【天文志曰凡天文在圖籍昭昭可知者經星常宿中外官凡百一十八名積數七百八十三星皆有州國官宮物類之象其伏見早晚邪正存亡虛實闊陿及五星所行合散犯守陵歴闘食彗孛飛流日月薄蝕暈適背宂抱珥防蜺迅雷祅風怪雲變氣此皆隂陽之精其本在地而上發於天者也政失於此則變見於彼猶景之象形鄉之應聲自然之符也】大夫曰文學言剛柔之類互勝相代生易明於隂陽書長於五行春生夏長【音掌】故火生於寅木陽類也秋生冬死故水生於申金隂物也四時五行迭廢迭興隂陽異類水火不同器金得土而成得火而死金生於巳何說何言然乎【白虎通曰尚書一曰水二曰火三曰木四曰金五曰土水位在北方北方者隂氣在黃泉之下任養萬物水之為言濡也隂化沾濡任生木木在東方東方者隂陽氣始動萬物始生木之為言觸也陽氣動躍火在南方南方者陽在上萬物垂枝火之為言委隨也言萬物佈施火之為言化也陽氣用事萬物變化也金在西方西方者隂始氣萬物禁止金之為言禁也土在中央中央者主吐含萬物土之為言吐也五行所以更王何以其轉相生故有終始也木生火火生土土生金金生水水生木是以木王火相土死金囚水休五行所以相害者天地之性眾勝寡故水勝火也精勝堅故火勝金剛勝柔故金勝木専勝散故木勝土實勝虛故土勝水也】
文學が言いました:當初、江都相【注音:「相」は去声】董生は陰陽四時の相繼ぐを推言す:父之を生じ、子之を養ひ、母之を成し、子之を藏る。ゆえに春は仁を生じ、夏は徳を長【注音:「長」はチョウ】じ、秋は義を成し、冬は禮を藏る。此れ四時の序、是れ聖人の則る所なり【《董仲舒傳》に言います:武帝即位し、賢良文學の士を擧ぐること前後百數、而して仲舒は賢良を以て對策(底本は「對防」)す。對既に畢はり、天子は仲舒を以て江都相と為し、易王に事へしむ。易王は是れ帝の兄、素より驕りて勇を好む。仲舒は禮誼を以て匡正し、王敬して重んず。仲舒の国を治むるは、《春秋》の災異の變を以て陰陽の錯行する所以を推し、ゆえに雨を求めて諸の陽を閉ざし諸の陰を縱し、其の雨を止むるは之に反す、之を一国に行ふこと未だ嘗て欲する所を得ざるなし。中に廢れて中大夫と為る。是に先んじて遼東の高廟・長陵の高園殿災あり、仲舒家に居りて其の意を推說し、草稿未だ上らず。主父偃は仲舒を候(底本此の字は生僻字、轉録後失落)ひ、私に見て之を嫉み、竊かに其の書を取りて焉に奏す。上召して諸儒に視しむ。仲舒の弟子呂步舒は其の師の書と知らず、以て大愚と為す。是に於いて仲舒を吏に下し、死に當たる、詔して之を赦す。仲舒遂に敢えて復た災異を言はず。董仲舒が言います:天は是れ群物の祖、遍く覆ひ包涵して殊なる所なし、日月風雨を建てて以て之を和し、陰陽寒暑を經て以て之を成す。ゆえに聖人は天に法りて道を立て、亦た溥く愛して私なく、徳を布き仁を施して以て之を厚くし、誼を設け禮を立てて以て之を導く。春は是れ天の生ずる所以、仁は是れ君の愛する所以。夏は是れ天の長ずる所以、徳は是れ君の養ふ所以。霜は是れ天の殺す所以、刑は是れ君の罰する所以。此に由りて之を言へば、天人の徵は、古今の道なり。これにより王者は上は天意を承くるに謹んで以て命に順ひ、下は教化を明にして民をして以て性を成さしめ、法度の宜を正して上下の序を別して以て欲を防ぐ。此を修めて大本擧がりたり。】。刑は任せて以て化を成すべからず、徳教を廣むる所以なり。遠を言ふは必ず之を邇に考ふ、恕に由りて以て行ふ所以なり。これにより刑罰は己に加ふるが若く、勤勞は身に施すが若くし、又た怎んぞ能く其の赤子を殺して以て無用を事とし、疲【注音:「罷」はヒ】弊(底本此の字は生僻字、轉録後失落)恃む所にして瀛【注音:「瀛」はエイ】海に達せんことを忍びんや。大概越人は蠃【注音:「蠃」はラ】蚌を美として太牢を簡し、鄙夫は咋【注音:「咋」はダク】唶【注音:「唶」はセキ】を樂しみて韶濩を怪しむ。ゆえに味を知らざるは芬香を以て臭と為し、道を知らざるは美言を以て耳を乱ると為す【〈修務訓〉に言います:徵を以て羽と為すは、弦(底本此の字は生僻字、轉録後失落)の罪に非ず。甘(底本は「廿」)を以て苦と為すは、味の過に非ず。楚人有りて猴を烹りて其の鄰人を召す、以て狗羹なりとして之を甘くす、後に其の猴と聞きて、地に據りて之を吐き、其の食を盡く瀉す。此れ未だ味を知らざるに始まれり。邯鄲の師に新曲を出だす者有り、李奇に託し、諸人皆な爭ひて之を學ぶ、後に其の非なるを知りて皆な其の曲を棄つ。此れ未だ音を知らざるに始まれり。】。人は夭壽なく、各な其の好【注音:「好」は去声】惡【注音:「惡」はオ】を以て命と為す。羿・奡は功力を以て其の死を得ず、智【注音:「知」は去声】伯は貪狼を以て其の身を亡ぼす【《論語》の解說:羿は是れ有窮の君、射を善くし、夏后相を滅し、其の位を篡ふ、其の臣寒浞は又た羿を殺して之に代はる。奡は、《春秋傳》は澆と作す、浞の子、力能く陸地に舟を行く、後に夏后少康に誅せらる。〈權謀篇〉に言います:智伯は魏宣子に地を請ふ、宣子與へず。任增曰く:何を為して與へざる。宣子曰く:彼故なくして地を請ふ、吾是れを以て與へず。任增曰く:彼故なくして地を請ふ者は、故なくして之と與ふれば、是れ欲を重ねて厭くこと無し。彼喜ばば、必ず又た諸侯に地を請はん。諸侯與へざれば、必ず怒りて之を伐たん。宣子曰く:善し。遂に地と與ふ。智伯喜び、又た趙に地を請ふ。趙與へず、智伯怒り、晋陽を圍む。韓魏は趙と合して智氏に反き、智氏遂に滅ぶ。《魏策》に言います:智伯は魏桓子に地を索む、魏桓子與へず。任章曰く:何故に與へざる。彼故なく地を索むれば、鄰國必ず恐れん。欲を重ねて厭くこと無ければ、天下必ず懼れん。君之に地を與へば、智伯必ず驕り(底本は「防防」)て敵を輕んじ、鄰國懼れて相親しむ。相親しむの兵を以て輕敵の国を待てば、智氏の命長からず。《周書》に言います:將に之を敗らんと欲せば、必ず姑めて之を輔け。將に之を取らんと欲せば、必ず姑めて之と與ふ。君は之と與ふに如かず、以て智伯を驕らさん。君は何ぞ天下を以て智氏を圖るを釋れて、獨り吾が国を以て智氏の質と為さんや。君曰く:善し。乃ち之と與ふに萬家の邑一つ。智伯大いに說び、因りて蔡・皋梁を趙に索む。趙與へず、因りて晋陽を圍む。韓魏外に反き、趙氏之に内に應ず、智氏遂に亡ぶ。顏師古が言います:狼の性皆な貪なり、ゆえに貪を貪狼と謂ふ。老聃が言います:柔弱は是れ生の徒、剛強は是れ死の徒。生は毀れて必ず復し、死は破れて愈々亡ぶ。吾是れを以て柔の剛に堅きを知る。叔向が言います:兩軍相加はりて柔なる者之を克ち、兩仇利を爭ひて弱き者之を得ん。桓公曰く:金剛ければ則ち折れ、革剛ければ則ち裂く。《金人銘》に言います:強梁の者は其の死を得ず、勝を好む者は必ず其の敵に遇ふ。】。天菑の證・禎祥の應は、猶お施與の報を望むが如く、各な其の類を以て及ぶ。ゆえに善を行ふを好【注音:「好」は去声】むは、天は福を以て助く、符瑞即ち是れ。《易》に言います:天より之を祐けば、吉不利なき無し。惡を行ふを好【注音:「好」は去声】むは、天は禍を以て報ゆ、妖災即ち是れ。《春秋》に言います:是れに應じて天菑有り【《叢語》に言います:天地は親なく、常に善人と與す。天道は常有り、堯の為に存せず、桀の為に亡ばず。善を積むの家は必ず餘慶有り、惡を積むの家は必ず餘殃有り。衆正の積は福及ばざる無く、衆邪の積は禍逮ばざる無し。力は貧に勝ち、謹は禍に勝ち、愼は害に勝ち、戒は災に勝つ。善を為せば天は徳を以て報ゆ、不善を為せば天は禍を以て報ゆ。〈敬愼篇〉に言います:妖孽は是れ天の天子諸侯を警ます所以、惡夢は是れ士大夫を警ます所以。〈繆稱訓〉に言います:身に醜夢有りて正行に勝たず、国に妖祥有りて善政に勝たず。劉峻が言います:鬼神(底本此の字は生僻字、轉録後失落)は盈を害し、皇天は徳を輔く。ゆえに宋公一言にして、法星三たび徙る。殷帝自ら翦れば、千里雲を來らす。若し善惡に徵無からしめば、未だ斯の義に洽はざらん。且つ于公は門を高くして以て封を待ち、嚴母は墓を掃きて以て喪(底本は「望防」)を望む。此れ君子の自強して息まざる所以なり。仁にして報無からしむるが如くば、奚を為して善名を立てんや。】。周文・武は賢を尊び諫を受け、敬戒して殆からず、純徳は上に休く、神祇相贶す。《詩》に言います:福を降すこと穰穰たり、福を降すこと簡簡(底本此の二字は生僻字、轉録後失落)たり。日は是れ陽、陽道明し。月は是れ陰、陰道卑し(底本は「防」)。君尊く臣卑しきの義なり。ゆえに陽は先に上に盛んにして、衆陰の類は下に消ゆ。月は天に望みて、蚌蛤は淵に盛んなり【〈說山訓〉に言います:月上に盛衰すれば則ち蠃蚌は下に應ず、同氣相動く、以て遠と為すべからず。許慎が言います:月盛んなれば則ち蠃蚌内減ず、ゆえに蠃蚌の下に應ずるを說く。月は是れ陰精、蠃蚌も亦た陰、ゆえに同氣と說く。唯れ能く相感ず、ゆえに遠と為すべからずと說く。】。ゆえに臣臣たらざれば則ち陰陽調はず日月變有り。政教均しからざれば則ち水旱時あらず、螟【底本の注音は「防」、當に「冥」と作るべし】螣【注音:「螣」はトク】生ず。此れ是れ災異の應なり【〈覽冥訓〉(底本は「覽防訓」)に言います:物類の相應ずるは、玄(底本此の字は生僻字、轉録後失落)妙深微(底本は「深防」)にして、知も能く論せず、辯も能く解せず。ゆえに東風至れば酒湛として溢れ、蠶珥絲して商弦絶ゆるは、或いは之に感ず。或いは之に感ず。畫は灰に隨ひて月の運闕し、鯨魚死して彗星出づるは、或いは之に動かす。〈天文訓〉に言います:天道は曰く圓、地道は曰く方。方は幽を主り、圓は明を主る。明は氣を吐く、これにより火は曰く外景。幽は氣を含む、これにより水は曰く内景。氣を吐く者は施し、氣を含む者は化す、これにより陽施し陰化す。天地の偏氣の怒るは風と為り、天地の含氣の和するは雨と為る。陰陽相薄り、感じて雷と為り、激して霆と為り、亂れて霧と為る。陽氣勝れば則ち散じて雨露と為り、陰氣勝れば則ち凝りて霜雪と為る。毛羽は是れ飛行の類、故に陽に屬す。介鱗は是れ蟄伏の類、故に陰に屬す。日は是れ陽の主、これにより春夏に則ち群獸除き、日至れば麋鹿解ゆ。月是是れ陰の宗、これにより月虛なれば魚腦減り、月死せば蠃蚌膲る。火は上に荨き、水は下に流る、故に鳥は飛びて高く、魚は動きて下る。物類相動き、本標相應ず。ゆえに陽燧は日を見れば則ち燃えて火と為り、方諸は月を見れば則ち津いて水と為り、虎嘯きて谷風至り、龍擧がりて景雲屬し、麒麟鬪ひて日月蝕し、鯨魚死して彗星出で、蠶珥絲して商弦(底本此の字は生僻字、轉録後失落)絶え、賁星墜ちて渤海決す。人主の情は上に天に通ず、ゆえに暴を誅すれば則ち飄風多く、法令を枉げれば則ち蟲螟多く、不辜を殺せば則ち国赤地と為り、令收まらざれば則ち淫雨多し。四時は是れ天の吏、日月は是れ天の使、星辰は是れ天の期、虹蜺彗星は是れ天の忌。〈泰族訓〉に言います:精神内に感じ、形氣天に動けば、則ち景星見え、黃龍下り、祥鳳至り、醴泉出で、嘉穀生じ、河滿溢せず、海溶波せず。ゆえに《詩》に言います:百神を懷柔し、河の喬岳に及ぶ。天に逆らひ物を暴れば則ち日月薄蝕し、五星行を失ひ、四時干乖し、晝晦(底本は「晝防」)みて宵明らかに、山崩れ川涸れ、冬雷し夏霜す。《詩》に言います:正月繁霜、我心憂傷す。天の人とするは以て相通ずる有り。ゆえに国危亡すれば天文變じ、世惑亂すれば虹蜺見ゆ。萬物以て相連る有り、精祲以て相蕩る有り。】。四時は代序して人其の功を則り、星は天に列なりて人其の行に象る。常星は猶お公卿の如く、衆星は猶お萬民の如し。列星正しければ衆星齊しく、常星亂るれば衆星墜ちたり【《天文志》に言います:凡そ天文の圖籍に昭昭として知るべきは、經星常宿中外官凡そ百一十八名、積數七百八十三星、皆な州國官宮物類の象有り。其の伏見早晚・邪正存亡・虛實闊狹及び五星の行く所の合散犯守陵曆鬪食・彗孛飛流・日月薄蝕・暈適背穴抱珥虹蜺(底本は「防蜺」)・迅雷祅風怪雲變氣は、此れ皆な陰陽の精、其の本地に在りて上に天に發す。政此に失はれば則ち變彼に見ゆ、猶お影の形に象り、響の聲に應ずるが如く、自然の符なり。】。大夫が言いました:文學は剛柔の類互いに勝ち相代りて生ずと言ふ、《易》は陰陽に明く、《書》は五行に長ず。春生じ夏長【注音:「長」はチョウ】ず、火の寅に生ずる所以、木は是れ陽類。秋生じ冬に死す、水の申に生ずる所以、金は是れ陰物。四時五行迭かに廢れ迭かに興る。陰陽は類を異にし、水火は器を同じくせず。金は土を得て成り、火を得て死す、金は巳に生ず、何の說か何の言か、然らんや【《白虎通》に言います:《尚書》に一つ曰く水、二つ曰く火、三つ曰く木、四つ曰く金、五つ曰く土。水の位は北方に在り。北方なる者は陰氣が黃泉の下に在りて、萬物を任養す。水の言と為すは濡なり。陰化沾濡して木を任生ず。木は東方に在り。東方なる者は陰陽氣始めて動き、萬物始めて生ず。木の言と為すは觸なり、陽氣動躍す。火は南方に在り。南方なる者は陽上に在りて、萬物枝を垂る。火の言と為すは委随なり、萬物布施するを言ふ。火の言と為すは化なり、陽氣事を用ゐて、萬物變化す。金は西方に在り。西方なる者は陰始まりて氣、萬物禁止す。金の言と為すは禁なり。土は中央に在り。中央なる者は主に萬物を吐含す。土の言と為すは吐なり。五行の更王する所以は何ぞや?其の轉じて相生ずるを以て、故に終始有り。木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず。これにより木は王り火は相れ土は死し金は囚はれ水は休む。五行の相害する所以は、天地の性は衆は寡に勝ち、故に水は火に勝ち。精は堅に勝ち、故に火は金に勝ち。剛は柔に勝ち、故に金は木に勝ち。專は散に勝ち、故に木は土に勝ち。實は虛に勝ち、故に土は水に勝つ。】。
文學曰兵者兇器也甲堅兵利為天下殃以母制子故能久長聖人法之厭【音噎】而不【老子曰兵者不祥之器不得已而用之韓非子曰夫戰者萬乘之存亡也且聞之曰削跡無遺根無與禍鄰禍乃不存尉繚子曰兵者兇器也爭者逆徳也事必有本故王者伐暴亂本仁義焉】詩云載戢干戈載櫜【音髙】弓矢我求懿徳肆於時夏衰世不然逆天道以快暴心僵【音姜】屍流血以爭壤土牢人之君滅人之祀殺人之子若絶草木刑者肩靡於道以巳之所惡【音汙】而施於人是以國家破滅身受其殃秦王是也【班固曰秦始皇即位三十九年內平六國外攘四夷死人如亂麻暴骨長城之下頭盧相屬於道不一日而無兵由是山東之難興四方潰而逆秦秦將吏外畔賊臣內發亂作蕭牆禍成二世故曰兵猶火也弗戢必自焚信矣是以蒼頡作書止戈為武聖人以武禁暴整亂止息兵戈非以為殘而興縱之也易曰天之所助者順也人之所助者信也君子履信思順自天祐之吉無不利也兵畧曰古者天子一畿諸侯一國各守其分不得相侵有不行王道者暴虐萬民爭地侵壤亂政犯禁召之不至令之不行禁之不止誨之不變乃舉兵而伐之戮其君易其黨封其墓類其社卜其子孫以代之晚世務廣地侵壤併兼無已舉不義之兵伐無罪之國殺不辜之民絶先聖之後大國出攻小國城守驅人之牛馬傒人之子女毀人之宗廟遷人之重寳血流千里暴骸滿野以贍貪主之慾非兵之所為生也故兵者所以討暴非所以為暴也】
文學が言いました:兵は是れ凶器、甲堅く兵利なるは天下の殃なり。母を以て子を制すれば、故に能く久長なり。聖人是れに法り、厭【注音:「厭」はエツ】として發せず(底本此の字は生僻字、轉録後失落)【老子が言います:兵は是れ不祥の器、已むを得ずして之を用ゐる。韓非子が言います:戰は是れ萬乘の存亡。且つ之に聞く:迹を削りて遺根なく、禍と與に鄰せざれば、禍乃ち存せず。尉繚子が言います:兵は是れ凶器、爭は是れ逆徳、事必ず本有り。ゆえに王者は暴乱を伐ち、仁義に本づく。】。《詩》に言います:干戈を戢め、弓矢を櫜【注音:「櫜」はコウ】に納めん。我は懿徳を求めて、時の夏に肆けんとす。衰世は然らず、天道に逆らひて以て暴心を快くし、尸を僵【注音:「僵」はキョウ】せ血を流して以て壤土を爭ひ、人の君を牢し、人の祀を滅し、人の子を殺すこと草木を絶つが若く、刑せらるる者は道に肩を摩し、己の惡【注音:「惡」はオ】む所を以て人に施す。これにより国家破滅し、身其の殃を受くるは、秦王即ち是れ【班固が言います:秦始皇即位三十九年、内に六国を平らげ、外に四夷を攘ふ、死人乱麻の如く、骨を長城の下に暴し、頭顱は道に相屬し、一日として兵無きことなし。是に由りて山東の難興り、四方潰れて秦に逆らひ、秦の將吏外に畔き、賊臣内に發し、亂は蕭牆に作り、禍は二世に成る。ゆえに言ふ:兵は猶お火の如し、戢めざれば必ず自ら焚く、信なり。これにより蒼頡は書を作りて、戈を止めて武と為す。聖人は武を以て暴を禁じ亂を整へ、兵戈を止息し、以て殘と為し之を縱に興すに非ず。《易》に言います:天の助くる所は順なり、人の助くる所は信なり。君子は信を履みて順を思ふ、天より之を祐けば、吉不利なき無し。〈兵略〉に言います:古者、天子は一畿、諸侯は一国、各な其の分を守り、相侵するを得ず。王道を行はざる有りて、萬民を暴虐し、地を爭ひ壤を侵し、政を亂し禁を犯し、之を召して至らず、之を令して行はれず、之を禁じて止まず、之を誨へて變ぜざれば、乃ち兵を擧げて之を伐ち、其の君を戮し、其の黨を易へ、其の墓を封じ、其の社に類し、其の子孫を卜して以て之に代はらしむ。晚世は地を廣め壤を侵すを務め、并兼已まず、不義の兵を擧げ、無罪の国を伐ち、不辜の民を殺し、先聖の後を絶つ。大国は出でて攻め、小国は城を守り、人の牛馬を驅り、人の子女を傒し、人の宗廟を毀り、人の重寶を遷し、血流るること千里、骸を暴すこと野に滿つ、以て貪主の欲を贍ふ、兵の生ずる所に非ず。ゆえに兵は以て暴を討つに用ゐる、暴を為す所以に非ず。】。
大夫曰金生於己刑罰小加故薺麥夏死【地形訓曰木勝土土勝水水勝火火勝金金勝木故禾春生秋死菽夏生冬死麥秋生夏死薺冬生中夏死許慎曰禾者木也春木王而生秋金王而死豆火也夏火王而生冬水王而死麥金也金王而生火王而死也薺水也水王而生土王而死也】易曰履霜堅氷至秋始降霜草木隕【音允】零合冬行誅萬物畢藏【魯恭曰履霜堅氷隂始凝也馴致其道至堅氷也言五月微隂始起至十一月堅氷至也原道訓曰秋風下霜倒生挫傷鷹鵰搏鷙昆蟲蟄藏】春夏生長【音掌】利以行仁秋冬殺藏利以施刑故非其時而樹雖生不成秋冬行德是謂逆天道月令涼風至殺氣動蜻【音精】蛚【音列】鳴衣裘成天子行微刑始防【音樞】膢【音婁】以順天令【聲子曰古之治民者勸賞而畏刑賞以春夏刑以秋冬是以將賞為之加膳加膳則飫賜此以知其勸賞也將刑為之不舉不舉則徹樂此以知其畏刑也管子曰法者天地之位象四時之行以治天下四時之行有寒有暑聖人法之故有文有武天地之位有前有後有左有右聖人法之以建經紀春生於左秋殺於右夏長於前冬藏於後生長之事文也收藏之事武也是故文事在左武事在右聖人法之以行法令以治事理也司馬談曰夫陰陽四時八節十二度二十四節各有教令曰順之者昌逆之者不死則亡未必然也故曰使人拘而多畏夫春生夏長秋收冬藏此天道之大經也弗順則無以為天下綱紀故曰天下之大順不可失也魯恭曰夫陰陽之氣相扶而行發動用事各有時節若不當其時則物隨而傷應劭曰刑罰威獄以類天之震燿殺戮也溫慈和惠以放天之生殖長育也是故春一木枯則為災秋一木華亦為異時則訓曰孟秋之月涼風至白露降寒蟬鳴鷹乃祭鳥用始行戮求不孝不弟戮暴傲悍而罰之以助損氣】文學曰同四時合隂陽尚徳而除刑如此則鷹隼【音筍】不鷙【音至】猛獸不攫【音腳】秋不搜【音捜】獮【音癬】冬不田狩者也
大夫が言いました:金は己に生じ、刑罰小さく加ふ、薺麥の夏に死する所以なり【〈地形訓〉に言います:木は土に勝ち、土は水に勝ち、水は火に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝つ。ゆえに禾は春に生じ秋に死し、菽は夏に生じ冬に死し、麥は秋に生じ夏に死し、薺は冬に生じ中夏に死す。許慎が言います:禾は是れ木、春は木王りて生じ、秋は金王りて死す。豆は是れ火、夏は火王りて生じ、冬は水王りて死す。麥は是れ金、金王りて生じ、火王りて死す。薺は是れ水、水王りて生じ、土王りて死す。】。《易》に言います:霜を履めば堅氷至る。秋始めて霜降り、草木隕【注音:「隕」はイン】零し、冬に至りて誅を行ふ、萬物畢ことごとく藏る【魯恭が言います:霜を履み堅氷至るは、陰始めて凝る。其道に馴致し、堅氷に至る。是れ五月に微陰始めて起こり、十一月に至りて堅氷至るを言ふ。〈原道訓〉に言います:秋風霜を下し、生を倒れ挫き傷つけ、鷹雕搏ち鷲り、昆蟲蟄藏す。】。春夏は生長【注音:「長」はチョウ】し、利ありて以て仁を行ふ。秋冬は殺藏し、利ありて以て刑を施す。ゆえに其の時に非ずして樹ふれば、生ずと雖も成らず。秋冬に徳を行ふは、是れを天道に逆ふと謂ふ。《月令》:凉風至り、殺氣動き、蜻【注音:「蜻」はセイ】蛚【注音:「蛚」はレツ】鳴き、衣裘成り、天子微刑を行ひ、始めて防【注音:「防」はシュ】(底本は「防」、音は枢)𦝼【注音:「𦝼」はル】して以て天令に順ふ【聲子が言います:古の民を治むる者は賞を勸めて刑を畏れ、賞は春夏を以てし、刑は秋冬を以てす。これにより賞を將にせんとして之が為に膳を加へ、膳を加へれば則ち飫賜す、此れ以て其の賞を勸むるを知る。刑を將にせんとして之が為に擧げず、擧げざれば則ち樂を徹す、此れ以て其の刑を畏るるを知る。管子が言います:法は是れ天地の位、四時の行に象りて以て天下を治む。四時の行は寒有り暑有り、聖人是れに法る、故に文有り武有り。天地の位は前有り後有り、左有り右有り、聖人是れに法りて以て經紀を建つ。春は左に生じ、秋は右に殺し、夏は前に長じ、冬は後に藏る。生長の事は是れ文、收藏の事は是れ武。これにより文事は左に在り、武事は右に在り。聖人是れに法りて以て法令を行ひ、以て事理を治む。司馬談が言います:陰陽・四時・八節・十二度・二十四節各な教令有り、曰く之に順ふ者は昌へ、之に逆ふ者は死せずんば亡ぶ、未だ必ずしも然らず。ゆえに人をして拘りて畏れ多からしむと說く。春生じ夏長じ秋收め冬藏る、此れ天道の大經、順はざれば則ち以て天下の綱紀と為す無し。ゆえに天下の大順は失ふべからずと說く。魯恭が言います:陰陽の氣は相扶けて行はれ、發動用事各な時節有り、若し其の時に當たらざれば則ち物は隨ひて傷ふ。應劭が言います:刑罰威獄は類を以て天の震曜殺戮に象り、温慈和惠は放りて天の生殖長育に象る。これにより春に一木枯るれば則ち災と為し、秋に一木華すれば亦た異と為す。〈時則訓〉に言います:孟秋の月、凉風至り、白露降り、寒蟬鳴き、鷹乃ち鳥を祭り、用ゐて始めて戮を行ひ、不孝不弟を求め、暴傲悍を戮して之を罰し、以て損氣を助く。】。文學が言いました:四時に同じく、陰陽に合し、徳を尚びて刑を除く。此の如くんば則ち鷹隼【注音:「隼」はシュン】鷲【注音:「鷲」はシ】らず、猛獸攫【注音:「攫」はキャク】はず、秋に搜【注音:「搜」はソウ】獮【注音:「獮」はセン】せず、冬に田狩せず。
文學曰天道好【去聲】生惡【音汙】殺好【去聲】賞惡【音汙】罰故使陽居於實而宣徳施隂藏於虛而為陽佐輔陽剛隂柔季不能加孟此天賤冬而貴春申陽屈隂故王者南面而聽天下背隂向陽前徳而後刑也霜雪晚至五穀猶成雹霧夏隕【音允】萬物皆傷由此觀之嚴刑以治國猶任秋冬以成谷也【董仲舒曰王者欲有所為宜求其端於天天道之大者在隂陽陽為徳隂為刑刑主殺而徳主生是故陽常居大夏而以生育養長為事隂常居大冬而積於空虛不用之處以此見天之任徳不任刑也天使陽出佈施於上而主嵗功使隂入伏於下而時出佐陽陽不得隂之助亦不能獨成嵗終陽以成嵗為名此天意也王者承天意以從事故任徳教而不任刑刑者不可任以治世猶隂之不可任以成嵗也為政而任刑不順於天故先王莫之肯為也丁儀曰天垂象聖人則之天之為嵗也先春而後秋君之為治也先禮而後刑春以生長為徳秋以殺戮為功禮以教訓為美刑以威嚴為用故先生而後殺天之為嵗先教而後罰君之為治也天不以久逺更其春冬而人也得以古今改其禮刑哉】故法令者治惡之具也而非至治之風也是以古者明王茂其徳教而緩其刑罰也【孔子曰治國有二機刑徳是也徳者養善而進闕者也刑者懲惡而禁後者也夫刑徳者化之所由興也王者尚其徳而希其刑霸者刑徳並湊強國先其刑而後徳淮南記曰急轡利錣非千里之御也嚴刑峻法非百王之治也政理篇曰政有三品王者之政化之霸者之政威之彊者之政脅之夫此三者各有所施而化之為貴矣夫化之不變而後威之威之不變而後脅之脅之不變而後刑之夫至於刑者則非王者之所得已也是以聖王先徳教而後刑罰則莫不慕義理之榮而惡貪亂之恥矣】網漏吞舟之魚而刑審於繩墨之外反臻其末而民莫犯禁也【司馬遷曰漢興破觚而為圜斵雕而為樸號為網漏吞舟之魚而吏治蒸蒸不至於奸黎民乂安由是觀之在彼不在此也】
文學が言いました:天道は生を好【注音:「好」は去声】み殺を惡【注音:「惡」はオ】み、賞を好【注音:「好」は去声】み罰を惡【注音:「惡」はオ】む。ゆえに陽をして實に居らしめて徳を宣べ施さしめ、陰をして虛に藏りて陽の佐輔と為さしむ。陽剛にして陰柔なり、季は孟に加ふる能はず。此れ天の冬を賤しみて春を貴び、陽を申べて陰を屈するなり。ゆえに王者は南面して天下を聽き、陰を背けて陽に向ひ、徳を前にして刑を後にす。霜雪晚く至れば、五穀猶お成る。雹霧夏に隕【注音:「隕」はイン】れば、萬物皆な傷ふ。此に由りて之を觀れば、嚴刑を以て国を治むるは、猶お秋冬を任じて以て穀を成すが如し【董仲舒が言います:王者は為す所有らんと欲すれば、宜しく其の端を天に求むべし。天道の大なる者は陰陽に在り。陽は徳と為し、陰は刑と為す。刑は殺を主りて徳は生を主る。これにより陽は常に大夏に居りて以て生育養長を事と為し、陰は常に大冬に居りて虛空不用の處に積む。此を以て天の徳を任じて刑を任ぜざるを見る。天は陽をして出でて上に布施して歳功を主らしめ、陰をして入りて下に伏して時に出でて陽を佐けしむ。陽は陰の助を得ざれば、亦た能く獨り歳を成さず。終に陽を以て歳を成すを名と為すは、此れ天意。王者は天意を承けて以て事に從ふ、ゆえに徳教を任じて刑を任ぜず。刑は任せて以て世を治むべからず、猶お陰の任せて以て歳を成すべからざるが如し。政を為して刑を任ずるは天に順はず、ゆえに先王は之を肯んずる莫し。丁儀が言います:天は象を垂れ、聖人是れに則る。天の歳と為すは、春を先にして秋を後にす。君の治と為すは、禮を先にして刑を後にす。春は生長を以て徳と為し、秋は殺戮を以て功と為す。禮は教訓を以て美と為し、刑は威嚴を以て用と為す。ゆえに先に生じて後に殺すは、天の歳と為す。先に教へて後に罰するは、君の治と為す。天は久遠を以て其の春冬を更へず、而して人豈に古今を以て其の禮刑を改むるを得んや。】。ゆえに法令は是れ惡を治むるの具、而して至治の風に非ず。これにより古の明王は其の徳教を茂くして其の刑罰を緩めたり【孔子が言います:国を治むるに二機有り、刑徳即ち是れ。徳は是れ善を養ひて闕を進め、刑は是れ惡を懲して後を禁ず。刑徳は是れ化の興る所由。王者は其の徳を尚びて其の刑を希にし、霸者は刑徳并び湊り、強国は其の刑を先にして徳を後にす。《淮南》の記に言います:急轡利錣は、千里の御に非ず。嚴刑峻法は、百王の治に非ず。〈政理篇〉に言います:政に三品有り:王者の政は之を化し、霸者の政は之を威し、強者の政は之を脅す。此の三者は各な施す所有り、而して之を化するを貴しと為す。之を化して變ぜざれば後に之を威し、之を威して變ぜざれば後に之を脅し、之を脅して變ぜざれば後に之を刑す。刑に至りては、則ち王者の得已に非ず。これにより聖王は徳教を先にして刑罰を後にすれば、則ち莫れ義理の榮を慕はずして貪乱の恥を惡まざるなし。】。網は舟を吞むの魚を漏らし、而して刑は繩墨の外に審らかなり、反りて其の末に臻れば民禁を犯す莫し【司馬遷が言います:漢興り、觚を破りて圜と為し、雕を斲りて朴と為し、號して網は舟を吞むの魚を漏らすと曰ふも、吏治蒸蒸として奸に至らず、黎民乂安たり。是に由りて之を觀れば、彼に在りて此に在らず。】。
刑徳第五十五
刑徳第五十五
大夫曰令者所以教民也法者所以督奸也令嚴而民慎法設而奸禁網疏則獸失法疏則罪漏罪漏則民放佚【音逸】而輕犯禁故禁下必法夫【音扶】徼【音交】幸誅誡蹠【音質】蹻【音腳】不犯是以古者作五刑刻肌膚而民不逾矩【公孫鞅曰行刑重其輕者輕者不至重者不來是謂以刑去刑也韓宣子曰董安於為趙上地守行石阜山見深澗峭如牆深百仭問其鄉左右曰人嘗有入此者乎曰無有有嬰兒狂聾人入此乎曰無有有牛馬犬彘入此乎曰無有安於嘆曰吾能治矣使吾法之無改猶入澗之必死則民莫之犯也】
大夫が言いました:令は是れ民を教ふる所以、法是是れ奸を督する所以。令嚴なれば民愼み、法設けられば奸禁ず。網疏なれば則ち獸失はれ、法疏なれば則ち罪漏る。罪漏れば則ち民放佚【注音:「佚」はイツ】して禁を輕んじて犯す。ゆえに下を禁ずるは必ず法なり。句首の夫【注音:「夫」はフ】:徼【注音:「徼」はコウ】幸せず誅誡すれば、跖【注音:「跖」はセキ】蹻【注音:「蹻」はキャク】も犯さず。これにより古者は五刑を作り、肌膚を刻めて民は矩を踰えず【公孫鞅が言います:刑を行ふに其の輕きを重くすれば、輕き者至らず、重き者來らず、是れを刑を以て刑を去ると謂ふ。韓宣子が言います:董安于は趙の上地守と為り、石阜山を行き、深澗の牆の如く峭しく、深きこと百仞を見て、其の鄉の左右に問ふ:人嘗て此に入る有るか。曰く:無し。嬰兒狂聾の人此に入る有るか。曰く:無し。牛馬犬彘此に入る有るか。曰く:無し。安于歎じて曰く:吾治むるを得たり。吾が法の改まる無からしめば、猶お澗に入るの必ず死するが如くんば、則ち民之を犯す莫からん。】。
文學曰道徳眾人不知所由法令眾人不知所闢【音避】故王者之製法昭乎如日月故民不迷曠乎若大路故民不惑幽隠逺方折手知足室女童婦鹹知所闢【音避】是以法令不犯而獄犴【音寒】不用也昔秦法繁於秋荼而網密於凝脂然而上下相遁奸偽萌生有司法之若救爛撲焦不能禁非網疏而罪漏禮義廢而刑罰任也【刑法志曰秦用商鞅連相坐之法造參夷之誅増加肉刑大辟有鑿顛抽脅鑊亨之刑至於秦始皇兼吞戰國遂毀先王之法滅禮誼之官専任刑罰躬操文墨晝斷獄夜理書自程決事日縣石之一而奸邪並生赭衣塞路囹圄成市天下愁怨潰而叛之泰族訓曰張瑟者小急而大緩立事者賤者勞而貴者逸舜為天子彈五之琴歌南風之詩而天下治周公殽臑不撤於前鐘鼓不解於懸而四夷服趙政晝決獄而夜理書御史冠蓋接於郡縣覆稽趨畱戍五嶺以備越築修城以守胡然奸邪萌生盜賊群居事愈煩而亂愈生故法者治之具也而非所以為治也而猶弓矢中之具而非所以中也】方今律令百有餘篇文章繁罪名重郡國用之疑惑或淺或深自吏明習者不知所處而況愚民乎此斷獄所以滋眾而民犯禁也【刑法志曰孝武即位外事四夷之功內盛耳目之好徴發煩數百姓貧耗窮民犯法酷吏擊斷奸軌不勝於是招進張湯趙禹之屬條定法令作見知故縱監臨部主之法緩深故之罪急縱出之誅其後奸軌巧法轉相比況禁罔寖密律令凡三百五十九章大辟四百九條千八百八十二事死罪決事比萬三千四百七十二事文書盈於幾閣典者不能徧睹是以郡國承用者駮或罪同而論異奸吏因縁為市所欲活則傅生議所欲陷則予死比議者鹹寃傷之漢元帝曰夫法令者所以抑暴扶弱欲其難犯而易避也今律令煩多而不約自典文者不能分明而欲羅元元之不逮斯豈刑中之意哉漢成帝曰甫刑雲五刑之屬三千大辟之罰其屬二百今大辟之刑千有餘條律令煩多百有餘萬言竒請他比日以益滋自明習者不知所由欲以曉喻眾庻不亦難乎於以羅元元之民夭絶亡辜豈不哀哉泰族訓曰不言而信不施而仁不怒而威是以天心動化者也施而仁言而信怒而威是以精誠感之者也施而不仁言而不信怒而不威是以外貌為之者也故有道以統之法雖少足以化矣無道以行之法雖眾足以亂矣】詩云宜犴【音寒】宜獄握粟出卜自何能谷刺刑法繁也親服之屬甚眾上附下附而服不過五【五服謂斬衰齊衰大功小功緦麻也】五刑之屬三千上殺下殺而罪不過五【五刑謂墨劓剕宮大辟也】故治民之道務篤其教而已【泰族訓曰有其性無其養不能遵道繭之性為絲然非得工女煮以熱湯而抽其統紀則不能成絲卵之化為雛非慈雌嘔暖覆伏累日積久則不能為雛人之性有仁義之資非聖王為之法度而教導之則不可使鄉方主術訓曰刑罰不足以移風殺戮不足以禁奸唯師化為貴至精為神塊然保真抱徳推誠天下從之如響之應聲景之像形不施而仁不言而信不求而得不為而成弗招而自來不麾而自往窈窈防防不知為之者誰而功自成矣】
文學が言いました:道徳は衆人由る所を知らず、法令は衆人避【注音:「辟」はヒ】くる所を知らず。ゆえに王者の法を制するは、昭かなること日月の如し、故に民迷はず。曠かなること大路の若し、故に民惑はず。幽隱遠方、手を折りて足を知り、室女童婦咸な避【注音:「辟」はヒ】くる所を知る。これにより法令犯されずして獄犴【注音:「犴」はカン】用ゐられず。昔、秦法は秋荼より繁くして網は凝脂より密なりしも、然れども上下相遁げ、奸僞萌生し、有司の法くや爛れを救ひ焦げを撲つが如くして能く禁ぜず、網疏にして罪漏るるに非ず、是れ禮義廢れて刑罰任ぜられたればなり【《刑法志》に言います:秦は商鞅を用ゐ、相坐の法を連ね、參夷の誅を造り、肉刑を增加し、大辟に鑿顛・抽脅・鑊亨の刑有り。秦始皇の戰国を兼吞するに至り、遂に先王の法を毀り、禮誼の官を滅し、專ら刑罰を任じ、躬ら文墨を操り、晝は獄を斷じ、夜は書を理し、自ら事を程決して日に縣石の一、而して奸邪并び生じ、赭衣路に塞がり、囹圄市を成し、天下愁怨し、潰れて之に叛く。〈泰族訓〉に言います:瑟を張る者は小弦(底本此の字は生僻字、轉録後失落)急にして大弦緩し、事を立つる者は賤き者勞して貴き者逸す。舜は天子と為りて、五弦の琴を彈き、南風の詩を歌ひて天下治まる。周公は肴臑前に撤かれず、鐘鼓懸に解かれずして四夷服す。趙政は晝に獄を決し夜に書を理め、御史の冠蓋は郡縣に接し、覆稽趨留し、五嶺を戍して以て越に備へ、修城を築きて以て胡を守るも、然れども奸邪萌生し、盜賊群居し、事愈々煩はしく亂愈々生ず。ゆえに法は是れ治の具、而して治を為す所以に非ず、猶お弓矢は中の具にして中る所以に非ざるが如し。】。方今、律令百有餘篇、文章繁く、罪名重く、郡国之を用ゐて疑惑し、或いは淺く或いは深く、吏の明習する者より自ら處する所を知らず、而況んや愚民をや。即ち是れ獄を斷ずるの滋衆にして民の禁を犯す所以なり【《刑法志》に言います:孝武即位し、外は四夷の功を事とし、内は耳目の好を盛んにし、征發煩數にして、百姓貧耗し、窮民法を犯し、酷吏擊斷し、奸軌勝げず。是に於いて張湯・趙禹の属を招進して法令を條定せしめ、見知故縱・監臨部主の法を作り、深故の罪を緩め、縱出の誅を急にす。其の後、奸猾は法を巧みにし、轉じて相比況し、禁罔浸密なり。律令凡そ三百五十九章、大辟四百九條千八百八十二事、死罪決事比萬三千四百七十二事、文書は几閣に盈ち、典る者能く遍く睹ること能はず。これにより郡國の承用する者は駁にして、或いは罪同じくして論異なり、奸吏因縁して市を為し、活さんと欲すれば則ち傅生の議し、陷れんと欲すれば則ち死比を予す、議る者咸な之を冤傷す。漢元帝が言います:法令は暴を抑へ弱を扶くる所以、其の犯し難く避け易からんと欲するなり。今、律令煩多にして約ならず、典文する者より能く分明せず、而して元元の逮ばざるを羅せんと欲す、此れ豈に刑中の意ならんや。漢成帝が言います:《甫刑》に云ふ、五刑の属三千、大辟の罰其の属二百。今、大辟の刑千有餘條、律令煩多百有餘萬言、奇請他比日に以て益々滋ぐ、明習する者より由る所を知らず、以て衆庶に曉喻せんと欲すも、亦た難からずや。以て元元の民を羅し、無辜を夭絶せんとするは、豈に哀ならずや。〈泰族訓〉に言います:言はずして信、施さずして仁、怒らずして威なるは、是を以て天心动化す。施して仁、言ひて信、怒りて威なるは、是を以て精誠之に感ず。施して仁ならず、言ひて信ならず、怒りて威ならざるは、是を以て外貌之を為す。ゆえに道有りて以て之を統べれば、法少なしと雖も以て化すに足り。道無くして以て之を行へば、法衆しと雖も以て亂るに足る。】。《詩》に言います:犴【注音:「犴」はカン】に宜しく獄に宜しく、粟を握りて出でて卜す、何より自りて能く穀せん。是れ刑法の繁なるを刺す。親服の属甚だ衆し、上附し下附して服は五を過ぎず【五服は斬衰・齊衰・大功・小功・緦麻を謂ふ。】。五刑の属三千、上殺し下殺して罪は五を過ぎず【五刑は墨・劓・剕・宮・大辟を謂ふ。】。ゆえに民を治むるの道は、務めて其の教を篤くするのみ【〈泰族訓〉に言います:其の性有りて其の養無くば、能く道に遵はず。繭の性は絲と為る、然れども工女の熱湯を以て煮て其の統紀を抽くを得ざれば、則ち能く絲と為らず。卵の雛と化するは、慈雌の暖め覆ひ伏し、日を累ね久しく積むに非ざれば、能く雛と為らず。人の性は仁義の資有り、聖王之が為に法度として教導するに非ざれば、則ち方に向かはしむべからず。〈主術訓〉に言います:刑罰は以て風を移すに足らず、殺戮は以て奸を禁ずるに足らず、唯れ神化を貴しと為す。至精は神と為り、塊然として眞を保ち、徳を抱き誠を推せば、天下之に從ふこと響の聲に應じ、影の形に像るが如し。施さずして仁、言はずして信、求めずして得、為さずして成り、招かずして自ら來り、麾かずして自ら往く、窈窈冥冥(底本は「窈窈防防」)として、之を為す者誰かを知らずして功自ら成る。】。
大夫曰文學言王者立法曠若大路今馳道不小也而民公犯之以其罰罪之輕也千仞之髙人不輕凌千鈞之重人不輕舉商君刑棄灰於道而秦民治【韓非子曰殷之法刑棄灰於道者子貢以為重問之仲尼仲尼曰知治之道也夫棄灰於街必掩人掩人人必怒怒則闘闘必三族相殘也此殘三族之道也雖刑之可也且夫重罪者人之所惡也而無棄灰人之所易也使人行之所易而無離所惡此治之道也又曰公孫鞅之法也重輕罪者人之所難犯也而小過者人之所易去也使人去其所易無離其所難此治之道夫小過不生大罪不至是人無罪而亂不生也李斯曰商君之法刑棄灰於道者夫棄灰薄罪也而被刑重罰也故唯明主為能深督輕罪夫罪輕且督深而況有重罪乎故民不敢犯也】故盜馬者死盜牛者加所以重本而絶輕疾之資也武兵名食所以佐邉而重武備也盜傷與殺同罪所以累其心而責其意也猶魯以楚師伐齊而春秋惡【音汙】之【春秋曰公以楚師伐齊取谷左傳曰凡師能左右之曰以寘桓公子雍於谷易牙奉之以為魯援楚申公叔侯戍之桓公之子七人為七大夫於楚穀梁傳曰以者不以者也民者君之本也使民以其死非其正也】故輕之為重淺之為深有縁而然法之防者固非眾人之所知也
大夫が言いました:文學は王者の法を立てるは曠として大路の若しと言ふ。今、馳道小ならず、而して民は公らに之を犯す、是れ其の罪を罰するの輕きを以てなり。千仞の高きは、人輕く凌がず。千鈞の重きは、人輕く擧げず。商君は道に灰を棄つるを刑して秦民治まる【韓非子が言います:殷の法は、道に灰を棄つる者を刑す。子貢以て重しと為し、之を仲尼に問ふ。仲尼曰く:治の道を知るなり。灰を街に棄つれば必ず人を掩ひ、人を掩へば人必ず怒り、怒れば則ち鬪ふ、鬪へば必ず三族相殘る。此れ三族を殘すの道、之を刑すると雖も可なり。且つ重罪は是れ人の惡む所、而して灰を棄つる無きは人の易き所。人をして其の易き所を行はせて其の惡む所に離れざらしむは、此れ治の道。又た曰く:公孫鞅の法は、輕罪を重くするは人の犯し難き所、而して小過は人の去り易き所。人をして其の易き所を去らしめ、其の難き所に離れざらしむるは、此れ治の道。小過生ぜず、大罪至らず、是れ人罪なくして亂生ぜず。李斯が言います:商君の法は、道に灰を棄つる者を刑す。灰を棄つるは是れ薄罪にして刑を被るは是れ重罰。ゆえに唯れ明主のみ能く輕罪を深く督す。罪輕くして督深ければ、而況んや重罪有らんをや。故に民敢えて犯さず。】。ゆえに馬を盜む者は死し、牛を盜む者は加ふ、是れ本を重くして輕疾の資を絶つ所以なり。武庫の兵・名食は、是れ邊を佐けて武備を重くする所以なり。盜傷は殺と同罪なり、是れ其の心を累して其の意を責むる所以なり。猶お魯の楚師を以て齊を伐ちしに《春秋》之を惡【注音:「惡」はオ】むが如し【《春秋》に言います:公は楚師を以て齊を伐ちて穀を取る。《左傳》に言います:凡そ師能く之を左右するを以てすと曰ふ。桓公の子雍を穀に置き、易牙之を奉じて以て魯の援と為し、楚申公叔侯之を戍る。桓公の子七人は楚に七大夫と為る。《穀梁傳》に言います:以とは以ならざるなり。民は是れ君の本。民をして其の死を以てせしむるは、其の正に非ず。】。ゆえに輕きを之を重くし、淺きを之を深くするは、縁有りて然るなり。法の微(底本は「防」)なるは、固より衆人の知る所に非ず。
文學曰詩云周道如砥其直如矢言其易也君子所履小人所視言其明也故徳明而易從法約而易行【韓嬰曰詩云俾民不迷昔之君子道其百姓不使迷是以威厲而刑措不用也故形其仁義謹其教道使民目晰焉而見之使民耳晰焉而聞之使民心晰焉而知之則道不迷而民志不惑矣詩曰示我顯徳行故道義不易民不由也禮樂不明民不見也詩曰周道如砥其直如矢言其易也君子所履小人所視言其明也睠言顧之澘焉出涕哀其不聞禮教而就刑誅也泰族訓曰治大者道不可以小地廣者制不可以狹位髙者事不可以煩民眾者教不可以苟夫事碎難治也法煩難行也求多難贍也寸而度之至丈必差銖而稱之至石必過石秤丈量徑而寡失簡絲數米煩而不察故大較易為智曲辯難為慧故無益於治而有益於煩者聖人不為無益於用而有益於費者智者弗行也故功不猒約事不猒省求不猒寡功約易成也事省易治也求寡易贍也眾易之於以任人易矣】今馳道經營陵陸紆【音於】周天下是以萬里為民穽【音阱】也罻【音尉】羅張而縣【音懸】其谷闢防設而當其蹊繳【音勺】弋飾而加其上能勿離【去聲】乎聚其所欲開其所利仁義陵遲能勿逾乎【孔子曰上陣之教而先服之則百姓從風矣躬行不從而後俟之以刑則民知罪矣夫一仞之牆民不能逾百仞之山童子升而遊焉陵遲故也今是仁義之陵遲乆矣能謂民勿逾乎】故其末途至於攻城入邑損府庫之金盜宗廟之器豈特千仞之髙千鈞之重哉管子曰四維不張雖臯陶不能為士故徳教廢而詐偽行禮義壊而奸邪興言無仁義也【管子曰國有四維一維絶則傾二維絶則危三維絶則覆四維絶則滅傾可正也危可安也覆可起也滅不可復錯也何謂四維一曰禮二曰義三曰亷四曰恥禮不逾節義不自進亷不蔽惡恥不從枉故不逾節則上位安不自進則民無巧詐不蔽惡則行自全不從枉則邪事不生故曰四維不張國乃滅亡主術訓曰臯陶喑而為大理天下無虐刑有貴於言者也師曠瞽而為大宰晉無亂政有貴於見者也不言之令不視之見此伏羲神農之所以為師也故民之化也不從其所言而從所行又曰國之所以存者仁義是也人之所以生者行善是也國無仁義雖大必亡人無善志雖勇必傷】仁者愛之效也義者事之宜也故君子愛人以及物治近以及逺傳【去聲】曰凡生之物莫貴於人人主之所貴莫重於人故天之生萬物以奉人也主愛人以順天也聞以六畜禽獸養人未聞以所養害人者也魯廐焚孔子罷朝【音潮】問人不問馬賤畜而重人也【董仲舒曰人受命於天固超然異於群生五穀以食之桑麻以衣之六畜以養之服牛乘馬圈豹檻虎是其得天之靈貴於物也故孔子曰天地之性人為貴呂氏春秋曰仁於他物不仁於人不得為仁不仁於他物獨仁於人猶若為仁仁也者仁乎其類者也故仁人之於民也可以便之無不行也】今盜馬者罪死盜牛者加乘車馬馳行道中吏舉苛而不止以為盜馬而罪亦死今傷人持其刀劒而亡亦可謂盜武庫兵而殺之乎【三輔黃圖雲武庫在未央宮蕭何造以藏兵器者也】人主立法而民犯之亦可以為逆面輕主約乎深之可以死輕之可以免非法禁之意也法者緣人情而制非設罪以陷人也故春秋之治獄論心定罪志善而違於法者免志惡而合於法者誅【範甯曰孔子因魯史修春秋舉得失以彰黜陟明成敗以著勸戒一字之褒寵逾華袞之贈片言之貶辱過市朝之撻徳之所助雖賤必申義之所抑雖貴必屈故附勢匿非者無所逃其罪潛徳獨運者無所隠其名信不易之宏規百王之通典也春秋元命包曰古者樹棘槐聽訟於其下棘赤心有刺槐之為言歸也言治人者原其心不失赤實事所以刺人真情令各歸實也荀子曰相形不如論心論心不如擇術形不勝心心不勝術形相惡而心術善無害為君子也形相善而心術惡無害為小人也】念傷民未有所害志不甚惡而合於法者謂盜而傷人者耶將執法者過耶何於人心不厭也古者傷人有創【音瘡】者刑盜有贓者罰殺人者死今取人兵刃以傷人罪與殺人同得無非其至意與大夫俛【音免】仰未應對
文學が言いました:《詩》に言います:周道は砥の如く、其の直なること矢の如し、是れ其の易きを言ふ。君子の履む所、小人の視る所、是れ其の明なるを言ふ。ゆえに徳明にして從ひ易く、法約にして行ひ易し【韓嬰が言います:《詩》に云ふ、民をして迷はしめず。昔の君子は其の百姓を道りて迷はしめず、これにより威厲にして刑措して用ゐず。ゆえに其の仁義を形はし、其の教道を謹み、民をして目に晰として之を見、民をして耳に晰として之を聞き、民をして心に晰として之を知らしめば、則ち道迷はずして民志惑はず。《詩》に言います:我に顯なる徳行を示せ。ゆえに道義易からざれば、民由らず。禮樂明らかならざれば、民見ず。《詩》に言います:周道は砥の如く、其の直なること矢の如し、是れ其の易きを言ふ。君子の履む所、小人の視る所、是れ其の明なるを言ふ。眷言として之を顧れば、潸焉として涕を出だす、是れ其の禮教を聞かずして刑誅に就くを哀む。〈泰族訓〉に言います:治大なる者は道以て小なるべからず、地廣き者は制以て狹なるべからず、位高き者は事以て煩なるべからず、民衆き者は教以て苟なるべからず。事碎けば治め難く、法煩ければ行ひ難く、求多ければ贍ひ難し。寸を以て度りて丈に至れば必ず差へ、銖を以て稱りて石に至れば必ず過つ。石秤丈量は、徑にして失を寡くす。絲を簡び米を數ふれば、煩にして察せず。ゆえに大較は智を為し易く、曲辯は慧と為り難し。故に治に益なくして煩に益有るは、聖人為さず。用に益なくして費に益有るは、智者行はず。ゆえに功は約を厭はず、事は省を厭はず、求は寡を厭はず。功約なれば成り易く、事省なれば治め易く、求寡なれば贍ひ易し。衆之を易くすれば、人を任ずるに易きを以てす。】。今、馳道は陵陸を經營し、天下に紆【注音:「紆」はウ】周し、これにより萬里は民の阱【注音:「穽」はセイ】と為る。罻【注音:「罻」はイ】羅張りて其の谷に懸【注音:「縣」はケン】け、機辟(底本は「辟防」、獵具の對文により當に「機辟」と作るべし)設けて其の蹊に當て、繳【注音:「繳」はシャク】弋飾りて其の上に加ふれば、能く離【注音:「離」は去声】れざらんや。其の欲する所を聚め、其の利する所を開き、仁義陵遲せば、能く踰えざらんや【孔子が言います:上之を教へて陳べて先に之に服せば、則ち百姓風に從ふ。躬行して從はざれば、後に之を刑を以て俟てば、則ち民罪を知る。一仞の牆は民能く踰えず、百仞の山は童子升りて焉に游ぶ、是れ陵遲の故なり。今、仁義の陵遲せること久し、民に踰えざれと謂ふを得んや。】。ゆえに其の末途は城を攻め邑に入り、府庫の金を損し、宗廟の器を盜むに至る、豈に特に千仞の高・千鈞の重のみならんや。管子が言います:四維張らざれば、皋陶と雖も能く士と為らず。ゆえに徳教廢れて詐僞行はれ、禮義壞れて奸邪興るは、是れ仁義無きを言ふ【管子が言います:国に四維有り。一維絶ゆれば則ち傾き、二維絶ゆれば則ち危ふく、三維絶ゆれば則ち覆り、四維絶ゆれば則ち滅ぶ。傾きは正すべく、危ふきは安くすべく、覆りは起こすべく、滅びは復た錯くべからず。何を四維と謂ふ?一つ曰く禮、二つ曰く義、三つ曰く廉、四つ曰く恥。禮は節を踰えず、義は自ら進まず、廉は惡を蔽はず、恥は枉に從はず。ゆえに節を踰えざれば則ち上位安く、自ら進まざれば則ち民巧詐なく、惡を蔽はざれば則ち行自ら全く、枉に從はざれば則ち邪事生ぜず。ゆえに曰く:四維張らざれば、国乃ち滅亡す。〈主術訓〉に言います:皋陶は喑にして大理と為りて、天下虐刑なく、言に貴ぶ者有り。師曠は瞽にして太宰と為りて、晋に亂政なく、見に貴ぶ者有り。言はざるの令、視ざるの見、此れ伏羲・神農の師と為る所以。ゆえに民の化は、其の言ふ所に從はずして其の行ふ所に從ふ。又た曰く:国の存る所以は仁義、人の生くる所以は善を行ふ。国に仁義無くんば大なりと雖も必ず亡び、人に善志無くんば勇なりと雖も必ず傷ふ。】。仁は是れ愛の效、義は是れ事の宜。ゆえに君子は人を愛して以て物に及ばし、近を治めて以て遠に及ぶ。傳【注音:「傳」は去声】に曰く:凡そ生の物は人より貴きは莫し、人主の貴ぶ所は人より重きは莫し。ゆえに天の萬物を生ずるは以て人に奉じ、主は人を愛して以て天に順ふ。六畜禽獸を以て人を養ふを聞くも、未だ養ふ所を以て人を害するを聞かず。魯の廐焚け、孔子は朝【注音:「朝」はチョウ】を罷めて人を問ひて馬を問はず、是れ畜を賤しみて人を重んず【董仲舒が言います:人は命を天に受く、固より超然として群生に異なり。五穀を以て之を食はせ、桑麻を以て之を衣せ、六畜を以て之を養ひ、牛に服し馬に乘り、豹を圈し虎を檻す、是れ其の天之靈を得て物より貴き所以。ゆえに孔子が言います:天地の性は人を貴しと為す。《呂氏春秋》に言います:他物に仁にして人に仁ならざれば、仁と為すを得ず。他物に仁ならずして獨り人に仁なれば、猶お仁と為すが若し。仁なる者は、其の類に仁なるなり。ゆえに仁人の民に於けるは、以て之を便にすれば行はざる無し。】。今、馬を盜む者は罪死し、牛を盜む者は加ふ。車馬に乘りて道中を馳せ、吏擧げて苛として止まらざれば、以て馬を盜んだと為して罪亦た死す。今、人を傷つけて其の刀劍を持ちて亡げば、亦た武庫の兵を盜みて以て之を殺したりと謂ふべけんや【《三輔黃圖》に言います:武庫は未央宮に在り、蕭何造りて以て兵器を藏る。】。人主法を立てて民之を犯す、亦た以て面を逆へて主の約を輕んじたりと為すべけんや。之を深くすれば以て死すべく、之を輕くすれば以て免るべし、法禁の意に非ず。法は是れ人情に縁りて制し、罪を設けて以て人を陷るるに非ず。ゆえに《春秋》の獄を治むるは、心を論じて罪を定む:志善にして法に違ふ者は免れ、志惡にして法に合ふ者は誅す【范寧が言います:孔子は魯史に因りて《春秋》を修め、得失を擧げて以て黜陟を彰かにし、成敗を明らかにして以て勸戒を著す。一字の褒は、寵は華袞の贈を逾え、片言の貶は、辱は市朝の撻に過ぐ。徳の助くる所は賤しと雖も必ず申べ、義の抑ふる所は貴しと雖も必ず屈す。ゆえに勢に附きて非を匿す者は其の罪を逃るる所なく、徳を潛めて獨り運る者は其の名を隱す所なし。信に是れ易へざるの宏規・百王の通典なり。《春秋元命包》に言います:古者は棘槐を樹てて其の下に訟を聽く。棘は赤心にして刺有り、槐の言と為すは歸なり。是れ人を治むる者は其の心を原め、赤實を失はざるを言ふ、事の人の眞情を刺し、各な實に歸せしむる所以なり。荀子が言います:形を相るは心を論ずるに如かず、心を論ずるは術を擇ぶに如かず。形は心に勝たず、心は術に勝たず。形相惡くして心術善なれば、君子と為るに害なく、形相善にして心術惡ければ、小人と為るに害なし。】。念ずるに民を傷つけて未だ害する所有らず、志甚だ惡ならずして法に合する者は、盜みて人を傷つくる者を謂ふか。將た法を執る者の過か。何ぞ人心に厭はざる。古者、人を傷つけて創【注音:「創」はソウ】有る者は刑し、盜みて贓有る者は罰し、人を殺す者は死す。今、人の兵刃を取りて以て人を傷つくれば、罪は人を殺すと同じ、其の至意に非ざるを得ざるか與。大夫俯【注音:「俛」はベン】仰して未だ應對せず。
御史大夫曰執法者國之轡銜刑罰者國之維檝【音接】故轡銜不飭雖王良不能以致逺維檝不設雖良工不能以絶水【主術訓曰法律度量者人主之所以執下釋之而不用是猶無轡銜而馳也群臣百姓反弄其上是故有術則制人無術則制於人吞舟之魚蕩而失水則制於螻蟻離其居也猨狖失木而擒於狐狸非其處也許慎曰王良晉大夫御無恤子良也謂御良也一名孫無政為趙簡子御死而托精於天駟星天文有王良星是也】韓子曰疾有國者不能明其法勢御其臣下富國彊兵以制敵御難【去聲】惑於愚儒之文詞以疑賢士之謀舉浮淫之蠧【音妬】加之功實之上而欲國之治猶釋階而欲登髙無銜橛【音蹶】而御駻馬也【銜馬勒也橛車鉤心也】今刑法設備而民猶犯之況無法乎其亂必也【刑法志曰教笞不可廢於家刑罰不可捐於國誅罰不可偃於天下用之有巧拙行之有逆順耳】
御史大夫が言いました:執法は是れ国の轡銜、刑罰は是れ国の維楫【注音:「檝」はショウ】。ゆえに轡銜飭まらざれば、王良と雖も以て遠を致す能はず。維楫設けられざれば、良工と雖も以て水を絶つ能はず【〈主術訓〉に言います:法律度量は是れ人主の下を執る所以、之を釋きて用ゐざれば、猶お轡銜なくして馳するが如く、群臣百姓は反りて其の上を弄す。これにより術有れば則ち人を制し、術無ければ則ち人に制せらる。舟を吞むの魚は蕩れて水を失へば則ち螻蟻に制せらる、是れ其の居を離る。猿狖は木を失ひて狐狸に擒へらる、是れ其の處に非ず。許慎が言います:王良は是れ晋大夫御無恤・子良、御良と謂ふ、一名は孫無政、趙簡子の御と為り、死して精を天駟星に託す。天文に王良星有り即ち是れ。】。韓非子が言います:疾むらくは国を有する者の能く其の法勢を明らかにし、其の臣下を御し、国を富め兵を強くして以て敵を制し難【注音:「難」は去声】を御ぎ、愚儒の文詞に惑ひて以て賢士の謀を疑ひ、浮淫の蠹【注音:「蠹」はト】を擧げて功實の上に加へ、而して国の治まらんと欲するは、猶お階を釋きて高きに登らんと欲し、銜橛【注音:「橛」はケツ】なくして駻馬を御するが如し【銜は是れ馬勒、橛は是れ車鉤心。】。今、刑法設備して民猶お之を犯す、況んや法無きをや。其の亂必ならん【《刑法志》に言います:教笞は家に廢すべからず、刑罰は国に捐つべからず、誅罰は天下に偃すべからず、之を用ゐるに巧拙有り、之を行ふに逆順有るのみ。】。
文學曰轡銜者御之具也得良工而調法勢者治之具也得賢人而化【泰族訓曰禹以夏王桀以夏亡湯以殷王紂以殷亡非法度不存也紀綱不張風俗壊也三代之法不亡而世不治者無三代之智也六律具存而莫能聽者無師曠之耳也故法雖在必待聖而後治律雖具必待耳而後聽故國之所以存者非以有法也以有賢人也其所以亡者非以無法也以無聖人也故臧武以其智存魯而天下莫能亡也蘧伯玉以其仁寧衞而天下莫能危也張敞曰懇懇用刑不如行恩孳孳求奸未若禮賢舜舉臯陶不仁者逺隨會為政晉盜奔秦虞芮入境讓心自生化人在徳不在用刑】執轡非其人則馬奔馳執舳【音逐】非其人則舩【音船】覆傷昔吳使宰嚭【披上聲】持舳【音逐】而破其舩【音船】秦使趙髙執轡而覆其車【越絶書曰太宰者官號嚭者名也伯州之孫伯州為楚臣以過誅嚭以困奔於吳是時吳王闔廬伐楚悉召楚仇而近之嚭為人覽聞辯見目達耳通諸事無所不知因其時自納於吳言伐楚之利闔廬用之伐楚令子胥孫武與嚭將師入郢有大功還吳王以嚭為太宰位髙權盛専邦之枋未久闔廬卒嚭見夫差內無柱石之堅外無斷割之勢防心自納操獨斷之利夫差終以從焉而忠臣籥口不得一言嚭知徃而不知來夫差至死悔不早誅傳曰見清知濁見曲知直人君選士各象其徳夫差淺短以是與嚭専權伍胥為之惑是之謂也陳琳曰曩者彊秦弱主趙髙執柄専制朝權威福由已時人廹脅莫敢正言終有望夷之敗秦紀曰秦二世夢白虎齧其左驂馬殺之問占夢涇水為祟二世乃齋望夷宮欲祠涇水使使責讓趙髙以盜事髙懼乃隂與其女壻咸陽令閻樂數二世二世自殺鄒陽曰偏聽生奸獨任成亂】今廢仁義之術而任刑名之徒則復吳秦之事也夫【音扶】為君者法三王為相【去聲】者法周公為術者法孔子此百世不易之道也韓非非先王而不遵舍正令而不從卒蹈陷穽身幽囚客死於秦本夫【音扶】不通大道而小辯斯足以害其身而已【韓非傳曰韓非者韓之諸公子也喜刑名法術之學而其歸本於黃老非為人口吃不能道說而善著書見韓之削弱數以書諫韓王韓王不能用故作孤憤五蠧內外儲說林說難十餘萬言人或傳其書至秦秦王見孤憤五蠧之書曰嗟乎寡人得見此人與之遊死不恨矣李斯曰此韓非之所為書也秦因急攻韓韓王始不用非及急廼遣非使秦秦王恱之未信用李斯姚賈害之毀之曰韓非韓之諸公子也今王欲並諸侯非終為韓不為秦此人之情也今王不用乆留而歸之此自遺患也不如以過法誅之秦王以為然下吏治非李斯使人遺非藥使自殺韓非欲自陳不得見秦王后悔之使人赦之非已死矣】
文學が言いました:轡銜は是れ御の具、良工を得て調ふ。法勢は是れ治の具、賢人を得て化す【〈泰族訓〉に言います:禹は夏を以て王と為り、桀は夏を以て亡ぶ。湯は殷を以て王と為り、紂は殷を以て亡ぶ。法度存せざるに非ず、是れ紀綱張らず、風俗壞れたればなり。三代の法亡ばずして世治まらざるは、三代の智無きなり。六律具に存れど能く聽く莫きは、師曠の耳無きなり。ゆえに法在ると雖も、必ず聖を待ちて後に治まり。律具ると雖も、必ず耳を待ちて後に聽く。故に国の存る所以は、法有るを以てせず、賢人有るを以てす。其の亡ぶる所以は、法無きを以てせず、聖人無きを以てす。ゆえに臧武仲は其の智を以て魯を存して天下莫れ能く亡ぼさず、蘧伯玉は其の仁を以て衛を寧くして天下莫れ能く危ふからず。張敞が言います:懇懇として刑を用ふるは恩を行ふに如かず、孳孳として奸を求むるは賢を禮するに若かず。舜は皋陶を擧げ、不仁の者遠ざかる。隨會政を為し、晋の盜は秦に奔る。虞芮境に入り、讓の心自ら生ず。人を化するは徳に在りて、刑を用ゐるに在らず。】。轡を執る其の人に非ざれば則ち馬奔馳し、舳【注音:「舳」はチク】を執る其の人に非ざれば則ち船【注音:「舩」はセン】覆り傷ふ。昔、呉は宰嚭【注音:「嚭」は上声、ヒ】をして舳【注音:「舳」はチク】を持たしめて其の船【注音:「舩」はセン】を破り、秦は趙高をして轡を執らしめて其の車を覆せり【《越絶書》に言います:太宰は是れ官號、嚭は是れ名、伯州の孫。伯州は楚臣と為りて過を以て誅せられ、嚭は困を以て呉に奔る。此の時、呉王闔廬は楚を伐ち、悉く楚の仇を召して之に近づく。嚭の人と為りは聞を覽して辯見し、目達り耳通じ、諸の事知らざる無し、其の時に因りて自ら呉に納れ、楚を伐つの利を言ふ。闔廬之を用ゐて楚を伐ち、子胥・孫武と嚭とをして師を將ゐて郢に入らしめ、大功有り。還りて、呉王は嚭を以て太宰と為し、位高く權盛んにして、邦の枋を專にす。未だ久しからずして闔廬卒す。嚭は夫差の内に柱石の堅なく、外に斷割の勢なきを見て、曲(底本は「防」)りて心自ら納れ、獨斷の利を操り、夫差終に以て之に從ふ、而して忠臣は口を鑰して一言を得ず。嚭は往を知りて來を知らず、夫差は死に至りて早く誅せざるを悔ゆ。傳に曰く:清を見て濁を知り、曲を見て直を知る。人君は士を選ぶこと各な其の徳に象る。夫差は淺短、これにより嚭と權を專にし、伍胥之が為に惑ふ。說は此れを謂ふ。陳琳が言います:曩者、強秦弱主、趙高は柄を執り、朝權を專制し、威福己に由り、時人迫脅せられて敢えて正言する莫く、終に望夷の敗有り。《秦紀》に言います:秦二世は白虎の其の左驂馬を齧み殺すを夢み、占夢に問ふ、涇水祟を為す。二世乃ち望夷宮に齋して涇水を祠らんと欲し、使をして趙高を責讓して盜の事を以てせしむ。高懼れ、乃ち陰に其の女壻咸陽令閻樂と與に二世を數ふ。二世自殺す。鄒陽が言います:偏聽は奸を生じ、獨任は亂を成す。】。今、仁義の術を廢して刑名の徒を任ずれば、則ち呉秦の事を復せん。句首の夫【注音:「夫」はフ】:君と為るは三王に法り、相【注音:「相」は去声】と為るは周公に法り、術と為るは孔子に法る、此れ百世易へざるの道なり。韓非は先王を非として遵はず、正令を舍てて從はず、卒に陷阱を蹈み、身幽囚せられ、秦に客死す。句首の夫【注音:「夫」はフ】:大道に通ぜずして小辯するは、此れ以て其の身を害するに足るのみ【《韓非傳》に言います:韓非は是れ韓の諸公子、刑名法術の學を喜びて其の歸は黃老に本づく。非の人と為りは口吃、能く道說せずして著書を善くす。韓の削弱するを見て、數たび書を以て韓王に諫むも、韓王用ゐる能はず、故に《孤憤》《五蠹》《內外儲》《說林》《說難》十餘萬言を作る。人或いは其の書を傳へて秦に至る。秦王《孤憤》《五蠹》の書を見て曰く:嗟乎、寡人此の人を見て之と游ぶを得ば、死して恨みず。李斯曰く:此れ韓非の為す所の書。秦因りて急に韓を攻む。韓王始めて非を用ゐず、急に及びて乃ち非を遣はして秦に使はしむ。秦王之を說び、未だ信用せず。李斯・姚賈之を害し、之を毀りて曰く:韓非は是れ韓の諸公子。今、王諸侯を併せんと欲す、非終に韓の為にして秦の為にせず、此れ人の情。今、王用ゐず、久しく留めて之を歸さば、此れ自ら患を遺す。過を以て之を法に誅するに如かず。秦王是れを然りと為し、吏を下して非を治む。李斯人をして藥を遺りて非をして自殺せしむ。韓非自ら陳せんと欲して見るを得ず。秦王後に之を悔ゆ、人をして之を赦さしむ、非已に死せり。】。
鹽鐡論卷十一
塩鐡論卷十一
欽定四庫全書
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