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説卦伝・第六章(乾坤を去りて専ら六子を言い以て神の為す所を見ん)

清 · 陈梦雷 · 第31巻 / 34

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

第六章去乾坤而專言六子,以見神之所為。前即文王卦次,以明四時之序。後即伏羲卦次,以明對待之偶。蓋總先後天二圖言之,以見不可偏廢也。神也者,妙萬物而為言者也。動萬物者,莫疾乎雷。橈萬物者,莫疾乎風。燥萬物者,莫熯乎火。說萬物者,莫說乎澤。潤萬物者,莫潤乎水。終萬物始萬物者,莫盛乎艮。故水火相逮,雷風不相悖,山澤通氣,然後能變化,既成萬物也。

本章は乾坤を撇き開きて専ら六子卦を講じ、以て「神」の作為を顕出す。前半は文王後天卦の次序に依りて、四時の順序を説明す。後半は伏羲先天卦の次序に依りて、両々対待の配偶を説明す。総じては先天・後天の両図を合わせて講じ、以て二者の偏廃すべからざるを見んとす。《説卦伝》にいう、いわゆる「神」とは、それの万物を神妙莫测ならしむるに就きて立てたる名なり。万物を鼓動するは雷より迅疾なるはなし、万物を吹撓するは風より迅疾なるはなし、万物を烘干するは火より熾熱なるはなし、万物を取悦するは沢より欣悦なるはなし、万物を滋潤するは水より潤沢なるはなし、万物を終結しまた万物を開始するは艮より盛大なるはなし、と。故に水火は互相に追及し、雷風は互に違逆せず、山沢の二気は相通じ、こうあってこそ変化し得、従って万物を成就す。

此去乾坤專言六子。由後天流行之用,而推本於先天對待之體也。以主宰言曰帝,以功用言曰神。八卦各有所在,神無在無不在,故曰妙萬物。乾坤合而為神,言神則乾坤皆在其中。去乾坤而專言六子,見六子之為皆乾坤之為也。五卦皆言象,艮獨不言者。終始萬物,不繫於山也。文王後天卦次順四時之序而兌震以長男合少女,艮巽以長女合少男,則非其偶。

この一章は乾坤を撇き開きて専ら六子を講ずるは、後天流行の用より、先天対待の体に推尋し到るなり。主宰に就きて言えば「帝」と呼び、功用に就きて言えば「神」と呼ぶ。八卦は各々在る所の方位あり、神は却って在る所なくして而して在らざる所なし、故にそれを「万物を妙にす」という。乾坤は合わせれば則ち神なり、神を説けば、乾坤は已にその中に包含せり。乾坤を撇き開きて専ら六子を講ずるは、正に六子の作為が皆乾坤の作為なるを見出さんと要す。六卦の中に五卦は皆物象を挙出す、すなわち雷・風・火・沢・水、唯だ艮卦のみ物象を挙げざるは、万物を終結し万物を開始するのこの事が并な「山」のこの一物に繫がらざるを以てなり。文王後天卦の次序は四時に順いて排列す、ここに於て兌と震は長男を以て少女に配し、艮と巽は長女を以て少男に配しと成り、皆本来の配偶に非ず。

陰陽不相對待,則無由生成萬物矣。故此章先欲言神運萬物之妙,即文王卦次,以明四時之流行。後則推原其體,必由陰陽對待,各得其偶。故又本於先天之卦,以見陰陽交合之妙,而後有此變化之神。蓋合先天後天之妙總言之也。右第六章。

陰陽は若し両々対待する能わざれば、則ち万物を生成するに由なし。故に本章は先ず神の万物を运化するの妙用を講ずるを要し、便ち文王後天卦の次序に依りて、四時の流行を説明す。後面はまたその本体を推原せんと要し、必ず陰陽両々対待して各々その配偶を得せねばならず、ここに於て再び先天の卦に依りて、陰陽交合の妙処を顕出し、ここの一層有りて始めて変化の神有り。総之は先天・後天両図の妙処を合わせて講ずるなり。以上《説卦伝》第六章。

説卦・第七章(八卦の性情を言う)

乾,健也。坤,順也。震,動也。巽,入也。坎,陷也。離,麗也。艮,止也。兌,說也。

乾の徳性は剛健、坤の徳性は柔順、震の徳性は動、巽の徳性は潜入、坎の徳性は陥落、離の徳性は附麗、艮の徳性は静止、兌の徳性は喜悦(「説」は「悦」に同じ)。《説卦伝》は八卦の物象を鋪陳するの前に、先ずこの八個の字を用いて八卦に定性を与う。この八個の字の説く所は八卦の「何に象るか」に非ずして、而も八卦の「本身是れ何ぞ」——是れそれら各自の固有の気質と発用方式なり。

此節言八卦之性情。因下文欲言其象,先別其性情如此。蓋象者其似,性情者其眞也。性者其本體,情者其作用也。乾純陽剛故健,坤純陰柔故順。震一陽生二陰之下,剛而進故動。坎一陽在二陰之中,剛為陰所掩故陷。艮一陽出於二陰之上,無所往矣故止。巽一陰藏於二陽之下,順而伏故入。離一陰在二陽之中,順而附故麗。兌一陰在二陽之上,順而見故說。

この一節は八卦の「性」と「情」を講ず。下面の数章は八卦の取る所の物象を鋪陳せんと要すを以て、故に先ずそれらの性情を分辨して清楚と為す。物象はただ卦と相似するもののみ、性情は始めて卦の真実本体なり。「性」は卦の本体を指し、「情」は卦の作用を指す。乾は三画全陽、純粋剛強、故に性情は「健」なり。坤は三画全陰、純粋柔弱、故に性情は「順」なり。震卦は一個の陽爻が両個の陰爻の下に生ず、剛にして向上に推進す、故に「動」なり。坎卦は一個の陽爻が両個の陰爻の当中に夹まる、剛は陰に遮掩せられ、故に「陥」なり。艮卦は一個の陽爻が両個の陰爻の上に出づ、前面に再び去路なし、故に「止」なり。巽卦は一個の陰爻が両個の陽爻の下に蔵る、柔順にして潜伏す、故に「入」なり。離卦は一個の陰爻が両個の陽爻の中間に処る、柔順にして依附す、故に「麗」なり。兌卦は一個の陰爻が両個の陽爻の上に浮ぶ、柔順にして外に顕露す、故に「説」なり。

然乾健坤順。震坎艮三陽卦皆從健,巽離兌三陰卦皆從順。健則能動,順則能入。此震巽所以為動為入也。健遇上下皆順則必溺而陷,順遇上下皆健則必附而麗。此坎離所以為陷為麗也。健極於上,前無所往必止。順見於外,情有所發必說。此章以八字斷八卦之德,下章乃依類而分言之。自此以下乃以陰陽純卦及初中終為序,不用先天後天之序也。右第七章。

乾の純健・坤の純順は総綱なり。震・坎・艮は一陽を以て主と為し、陽卦に属し、それらの徳性は皆「健」より派生す。巽・離・兌は一陰を以て主と為し、陰卦に属し、それらの徳性は皆「順」より派生す。剛健なれば始めて推動を談ず可く、柔順なれば始めて潜入を談ず可し、これすなわち震の「動」・巽の「入」たるの道理なり。剛健の者若し上下皆柔順に包夹せられば、必然に沈溺して下陥す。柔順の者若し上下皆剛健なれば、必然に攀附依傍す。これすなわち坎の「陥」・離の「麗」たるの道理なり。剛健は最上の一爻に推し到れば、前面に路なく走る可からず、ただ停住するのみ、故に艮は「止」なり。柔順は外に顕露して情発する所有り、自然に歓悦に形る、故に兌は「説」なり。本章はただ八個の字を用いて八卦の徳を断定し、下一章に於て始めて分門別類に物象を鋪陳す。この一章より往下は、排列の次序は先ず乾坤の両個の純卦を挙げ、再び初爻・中爻・上爻に按じて長・中・少を分かち、并な伏羲先天卦序を採用せず、また文王後天卦序を採用せず。以上第七章。

説卦・第八章(遠く諸を物に取るの象)

乾為馬。坤為牛。震為龍。巽為雞。坎為豕。離為雉。艮為狗。兌為羊。

乾は象を取りて馬と為し、坤は象を取りて牛と為し、震は象を取りて龍と為し、巽は象を取りて鶏と為し、坎は象を取りて猪と為し、離は象を取りて野鶏と為し、艮は象を取りて狗と為し、兌は象を取りて羊と為す。この一節は「遠く諸を物に取る」にして、すなわち人身以外の動物の中より八卦に対應を找む。下文は逐一に毎一種の取象の依拠する所の理由を交代す、随口の罗列に非ず。

此章言遠取諸物者如此。馬健行而不息,其蹄圓,故乾為馬。牛順而載重,其蹄析,故坤為牛。龍潛於淵在重陰之下,與地雷同其動奮,故震為龍。雞,羽屬,能飛。其性則入而伏。知時而善應,鳴於丑半重陽之時。

本章の説く所の「遠く諸を物に取る」はすなわちこのように取るなり。馬は奔走剛健にして日夜息まず、而且に馬蹄は渾円の一塊(円にして完整は天に象る)、故に乾は象を取りて馬と為す。牛は性情柔順にして而して能く重を負う、牛蹄は分瓣する(分かれて両半と為るは則ち偶数、陰に象る)、故に坤は象を取りて牛と為す。龍は深淵の裏に潜伏し、正に震卦の一陽が両陰の下に伏するの爻位に合す。それ一旦奮起して動けば、地下の雷の震発と同じ一種の気勢、故に震は象を取りて龍と為す。鶏に至っては、それは羽族に属し、能く飛ぶ、可なり習性は偏えに窝中に鑽り入りて潜伏す、正に巽卦「入」の徳性に合す。それはまた時辰を知り感應に善く、丑時の半ば過ぎ陽気漸く重なるの際に啼鳴す。

又其行則首動於前,足動於中,身不動而隨其後。能動象二陽在前,不動象一陰在後。故巽為雞。豕主汙溼,其性趨下。前後汙濁,中心剛躁。故坎為豕。雉性耿介。中心柔懦而外文明。故離為雉。狗外剛內媚。止於人而能止人。故艮為狗。羊外柔說群而中剛狠,故兌為羊。

再び鶏の走路の様子を看る。頭は先ず前面に於て一伸一縮し、脚は中間に跟いて迈動し、身子は却って動かず、ただ帯びられて後面に跟従す。能く動く頭と脚は、巽卦の上面両個の陽爻に象る。動かざる身子は、下面あの一個の陰爻に象る。故に巽は象を取りて鶏と為す。猪は污泥湿地を喜び、習性は低処に往きて鑽る、外表は前後一身に脏污し、心裏は却って剛烈躁急——外は柔濁にして内は剛、正に坎卦の一陽が両陰の中に陥るの様子、故に坎は象を取りて猪と為す。野鶏は性情耿介孤高、内裏は柔弱怯懦にして而して外表は文彩鮮明、正に離卦の外剛内柔・文明外見の様子、故に離は象を取りて野鶏と為す。狗は外表剛猛にして而して主人に対し内心は諂媚親暱、それは人の身辺に守りて走らず、また能く人に為に看守して別人を攔阻す——これ正に艮卦「止」の徳性に合す、故に艮は象を取りて狗と為す。羊は外表柔順にして合群を喜び、心裏は却って剛愎兇狠、正に兌卦の外柔内剛の様子、故に兌は象を取りて羊と為す。

此章取象於經有不盡合者。周公以乾為龍,夫子以為馬。文王以坤為牝馬,夫子以為牛。變通以觀,可悟而不可執。八者之中,乾馬、兌羊、巽雞、離雉、坎豕,與卦爻間有合者。如大畜乾爻稱馬,大壯似兌稱羊,中孚巽爻稱雞,鼎三應離稱雉,睽互坎稱豕是也。至坤牛、震龍、艮狗,畢夫子所自取。善觀之,則萬物無非卦也。右第八章。

本章の取象は《易経》経文と并な処処吻合せず。周公の爻辞を作す時は乾を取りて龍に象らせしに、孔子はここに却って乾は馬と為すと説く。文王の卦辞を作す時は坤を取りて母馬に象らせしに、孔子はここに却って坤は牛と為すと説く。見るべし取象は活看を要し、能くその中の道理を领会すれば則ち好し、一物を死执する可からず。この八種の取象の裏に、乾は馬・兌は羊・巽は鶏・離は野鶏・坎は猪のこの五項は、卦爻辞と還た対得上る処あり。例えば《大畜》卦の下体は乾と為し、爻辞の中に則ち馬を称す。《大壮》卦の上体は兌に近似し、爻辞の中に則ち羊を称す。《中孚》卦の上体は巽と為し、爻辞の中に則ち鶏を称す。《鼎》卦の九三は上体の離と相應し、爻辞の中に則ち雉を称す。《睽》卦の互体は坎を成し、爻辞の中に則ち豕を称す。坤は牛・震は龍・艮は狗のこの三項に至っては、則ち完全に孔子が自ら別立したる取象なり。ただ看るを會すれば、天下万物は一様として卦象に帰入し得ざるなし。以上第八章。

説卦・第九章(近く諸を身に取るの象を言う)

乾為首。坤為腹。震為足。巽為股。坎為耳。離為目。艮為手。兌為口。

乾は象を取りて頭と為し、坤は象を取りて腹と為し、震は象を取りて脚と為し、巽は象を取りて大腿と為し、坎は象を取りて耳と為し、離は象を取りて眼と為し、艮は象を取りて手と為し、兌は象を取りて口と為す。この一節は「近く諸を身に取る」にして、すなわち人の自らのこの一身の部位に就きて以て八卦に配す、上一章の外物より象を取ると正好く内外両路を構成す。

此言近取諸身者。首會諸陽,尊而在上。腹藏諸陰,大而容物。足在下而動。股兩垂而下。耳輪內陷,陽在內而聰。目睛附外,陽在外而明。手動在前。口開於上。此一身之合於八卦者也。

この一節の講ずるは「近く諸を身に取る」なり。頭は一身の諸陽経の交會する処にして、位置最尊にして最上に居る、故に純陽の乾に配す。腹中の蔵納する所は皆陰分にして、容量大にして能く万物を盛受す、故に純陰の坤に配す。脚は人身の最下端に長ちて而して行動を主管す、故に一陽の下に動く震に配す。大腿は両条并び垂れて下る、正に巽卦の下面あの一画の分開せる陰爻に象る、故に巽に配す。耳廓は内に向かい凹陷し、陽は裏面に蔵れて而して能く聴きて聡敏、正に坎卦の陽の中間に在るに象る、故に坎に配す。眼珠は外面に附着するにして、陽は外に顕れて而して能く看て明亮、正に離卦の陽の外囲に在るに象る、故に離に配す。手は総じて身前に伸びて活動す、艮卦の陽の上に在りて能く物を持するに象る。口は臉の上部に開く、兌卦の上面あの一画の缺口に象る。これすなわち人の一身の中に於て八卦と相合するの処なり。

近取諸身者,六子皆反對。遠取諸物者,六子皆以序對。四者易而坎離不易也。首以君之,腹以藏之。足履於下為動,手持於上為止。股下岐而伏,口上竅而見。耳外虛,目內虛。各以反對也。在物,乾坤與二少皆取走。二長二中一走一飛。龍者走之飛,雞者飛之走。各以序對也。

近く人身の象を取る時、震巽坎離艮兌のこの六子卦は「反対」(卦体の上下が颠倒相反する)に按じて以て配対す。遠く外物の象を取る時、六子卦は却って長・中・少の次序に按じて両々相配す。この両套の配法の中に四対は互換し得、唯だ坎離両卦のみ両套の裏に於て皆固定して動かざるなり。先ず人身を説く。頭は以て全身を統領し、腹は以て收藏す。脚は下面に踩りて動を主とし、手は上面に挙げて止を主とす。大腿は下に在りて分岔して隠伏し、口は上に在りて開竅して顕露す。耳は外廓虚陥、眼は眼眶の中虚——毎一対は皆上下相反の義を取るなり。再び外物を説く。乾坤と艮兌の両個の少卦の取る所の馬・牛・狗・羊は皆走獣なり。震巽の両個の長卦と坎離の両個の中卦の取る所は、則ち一走一飞(震の龍・坎の豕は走、巽の鶏・離の雉は飞)なり。龍は走獣の裏の能く飞ぶ者、鶏は飞禽の裏の走に偏する者——これすなわち長中少の次序に按じて相配するなり。

夫子此章取象,坤為腹與明夷六四同,巽為股與咸九三互體同,兌為口與咸上六同。餘亦多自取,鮮所合者。其取義本先儒所解如此。而有可疑者:既言足,又言股。於面獨不言鼻。按《麻衣易》謂艮為鼻,巽為手。鼻者面之山。風能鼓舞萬物,手之所以舞也。其說似亦可叅。右第九章。

孔子本章の取象は、ただ三処のみ経文と相合す。坤は腹と為し、《明夷》六四の爻辞「左腹に入る」と相合す。巽は股と為し、《咸》卦九三の互体が巽を成して而して爻辞「其の股を咸く」と言うと相合す。兌は口と為し、《咸》卦上六の爻辞「其の輔頬舌を咸く」の指す所の口と相合す。其余は多半は孔子の自立の取象にして、卦爻辞と対得上るは少なし。以上の取義の説法は、本は歴代先儒の解釈なり。不過ぎその中に可疑の処あり。既に脚を説きたるに、また大腿を説く、両者は未免重复す。而して面部の諸竅は偏えに鼻子を提せず。《麻衣易》の説法に按ずれば、艮は鼻と為し巽は手と為す。鼻子は一張の臉上に隆起する山にして、正に艮の山と為るの象に合す。風は能く万物を鼓動し、手は正に人身の舞动に用うるの部位、正に巽の風と為るの象に合す。この説法は似て以て参考す可し。以上第九章。

説卦・第十章(乾坤が索して以て六子を成すを言う)

第十章又即八卦而見其有父母男女之義也。蓋文王有父母六子之說,故孔子發明之也。乾,天也,故稱乎父。坤,地也,故稱乎母。震一索而得男,故謂之長男。巽一索而得女,故謂之長女。坎再索而男,故謂之中男。離再索而得女,故謂之中女。艮三索而得男,故謂之少男。兌三索而得女,故謂之少女。

第十章は八卦本身に就きて、その中に父母子女の名分を含むを看出す。これは文王に已に乾坤を父母と為し其余の六卦を六子と為すの説法有るを以て、故に孔子はここに於て加えて闡発す。乾は天、故に父と称し。坤は地、故に母と称す。震は乾の第一次に坤に向かいて求索して得たる男卦、故に長男と呼ぶ。巽は坤の第一次に乾に向かいて求索して得たる女卦、故に長女と呼ぶ。坎は第二次の求索にして得たる男卦、故に中男と呼ぶ。離は第二次の求索にして得たる女卦、故に中女と呼ぶ。艮は第三次の求索にして得たる男卦、故に少男と呼ぶ。兌は第三次の求索にして得たる女卦、故に少女と呼ぶ。(底本「坎再索而男」の一句は一個の「得」の字を脱す、今はその旧に仍る。)

索,求也。《本義》,揲蓍以求爻。後朱子語錄謂不當作揲蓍。大概陽先求陰,則陽入陰中而為男。陰先求陽,則陰入陽中而為女。乾求於坤而得震坎艮,坤求於乾而得巽離兌。一二三者,以其畫之次序言。以初中終三畫取長中少之序也。三男本坤體,各得乾之一陽而成男,陽根於陰也。三女本乾體,各得坤之一陰而成女,陰根於陽也。天地生萬物而人為貴,故以父母男女言之。然萬物亦皆有牝牡雌雄長少之分,則言人而物亦在其中矣。此卦畫已成之後,見有此象。猶之前後取象。不可以謂之二字,謂畫此卦以象人也。右第十章。

「索」はすなわち求なり。朱子《周易本義》は「索」を揲蓍して爻を求むるに解す、但し後来《朱子語録》はまた当に揲蓍に講じ成すべからずと説く。大体の道理は、陽は先ず往きて陰を求め、陽は則ち陰体の中に入りて以て男卦を成す。陰は先ず往きて陽を求め、陰は則ち陽体の中に入りて以て女卦を成す。乾は往きて坤を求め、震・坎・艮の三男を得。坤は往きて乾を求め、巽・離・兌の三女を得。いわゆる一索・再索・三索とは、陽爻或いは陰爻の居る所の画位次序に就きて説く所なり。初画に居るを長と為し、中画に居るを中と為し、上画に居るを少と為す。三個の男卦は本来は坤の卦体にして、各々乾の一個の陽爻を得て始めて男と為る、見るべし陽は陰の裏に扎根するを。三個の女卦は本来は乾の卦体にして、各々坤の一個の陰爻を得て始めて女と為る、見るべし陰は陽の裏に扎根するを。天地は万物を化生して而して人を以て最も貴重と為す、故に父母男女を用いて称説す。其実は万物もまた皆雌雄牝牡・長幼大小の分別あり、人を説けば、物もまた則ちその中に包含せり。これらの名分は卦画の画き成せる後に始めて看出せる象にして、前の両章の取象と一様なり。経文が「これを謂う」の両個の字を用いたるを因りて、則ち以て聖人は先ず人倫を想好して、再び照らして卦を画きて以て人に象らせしと為す可からず。以上第十章。

説卦・第十一章(八卦の象を広ぐ)

第十一章廣八卦之象。不必盡合於經,多夫子所自取也。乾為天,為圜,為君,為父,為玉,為金,為寒,為冰,為大赤,為良馬,為老馬,為瘠馬,為駁馬,為木果。

第十一章は八卦の取象を大いに推広し、これらの象は必ずしも処処に卦爻辞と相合するを要せず、多半は孔子が自ら別立したるなり。乾の取象有るは、天、円、君、父、玉、金、寒、冰、大紅、良馬、老馬、瘦馬、駮馬、樹上の果実。下文は逐項に毎一象の乾に属する所以の理由を交代す。

純陽至健天。陽體動為圜。又天之體也居上覆下,尊無不統君也。乾知大始,又生六子,父也。其德至粹,爻剛而位以柔相濟,玉也。純剛,金也。金故寒,而位西北,卦氣又立冬也,冬水始氷。寒之凝,陰之變而剛者也。盛陽之色,又四月在夏,故為大赤。坎一陽在中為赤。乾純陽,故赤曰大。別於坎也。

乾は三画純陽にして剛健は極処に到る、これすなわち天なり。陽の形体は運転して息まず、転じ出づる軌跡は円なり、故に円と為す。天の形体は高居して上に在りて而して下に覆蓋し、尊貴は統せざるなきに至る、これ正に君の地位、故に君と為す。《繫辞伝》に「乾は大始を知る」といい、乾はまた六子卦を生出す、故に父と為す。乾の徳性は至って純粋、爻は剛にして而して居る所の位にまた柔ありて調剤し、剛の中に潤を帯ぶ、正に玉の品質、故に玉と為す。純然剛硬なれば、あれは金なり。金性は寒を主とし、加うるに乾は後天方位に於て西北に居り、卦気は正に立冬に当たり、冬は水始めて冰を結ぶ、故に寒と為り冰と為る——寒気は凝結して冰を成す、是れ陰が変化して剛硬の物と成るなり。大紅は陽気極盛の顔色、乾はまた四月建巳・時令は夏に入るに当たる、故に大紅と為す。坎卦は一陽中に在り、また赤色を取る。乾は純陽、故に赤に一個の「大」の字を加え、以て坎の赤と相区別す。

馬曰良老瘠駁,純陽無陰,異於震坎陰陽相雜之馬也。良,健之善者。老,健之久者。瘠,多骨少肉,健之堅強者。駁,鋸牙食虎豹,健威猛者。又駁馬之色不純,純極而駁生也。圓而在上,以實承實,故為木果。異於艮之果蓏剛下有柔也。又荀爽《九家易》解此下有為龍,為直,為衣,為言。言字宜作玄。

乾の取る所の馬は良馬・老馬・瘦馬・駮馬と称し、皆純陽にして陰なきの馬にして、震・坎の取る所のあの種の陰陽夾雑の馬と同じからず。「良」は健にして好き者、「老」は健にして久しき者、「瘦」は骨多く肉少なく健にして堅実なる者、「駮」は説く所に依れば一種の鋸歯利牙にして能く虎豹を食らう猛獣、その健にして威猛なるを取る。再者駮馬は毛色駮雑にして純ならず、純陽は極処に到りて反って駁雑を生出す、もまた一層の意思なり。果実は渾円にして而して樹梢上に結び、是れ実心を以て実心を承接し、正に乾の純陽に合す、故に木果と為す——これは艮の取る所の「果蓏」と同じからず、艮は一剛上に在り二柔下に在り、剛の下面に還た柔あり。另外荀爽《九家易》の解本はこの一串の下に還た龍と為り・直と為り・衣と為り・言と為るの四項を多出す、その中の「言」の字は当に「玄」と作るべし。

坤為地,為母,為布,為釜,為吝嗇,為均,為子母牛,為大輿,為文,為眾,為柄,其於地也為黑。積陰於下故為地。物資以生故為母。動闢而廣,旁有邊幅而中寬平,故為布。又地南北經而東西緯,亦布象也。釜虛而容物,金質生於土,受模冶而成,有效法之義,故為釜。

坤の取象有るは、地、母、布、鍋、吝嗇、均平、母子牛、大車、文彩、衆多、柄、土色に就きて言えば則ち黒と為る。陰気は下方に積聚す、故に地と為す。万物は皆それに倚りて始めて生長し得、故に母と為す。坤動けば則ち開張して広遠、四旁に辺幅あり中間は寛平、正に一幅の布の如し、故に布と為す。再者大地は南北を経と為し東西を緯と為し、経緯交織するもまた正に布の形象なり。鍋は中間空虚にして能く物を容る、金屬の質は本は土中より生出し、また范模冶鋳を経て始めて成形す、「效法」(様に依りて鋳成す)の意思を含み、而して坤の徳性は正に乾を效法す、故に鍋と為す。

靜翕而不拖。陰性吝嗇,女子小人未有不吝嗇者也。吝嗇者翕之守。均者闢之敷。其勢均平而無偏陂,其德則生萬物而無私均也。順之極而生物相繼,故為子母牛。厚而載物為大輿。坎二畫虛,為輿而不大。坤三畫虛,言大以別於坎也。

坤の静なる時は収斂閉合して肯んじて外泄せず。陰の本性はすなわち吝嗇、女子と小人は吝嗇ならざるなし。吝嗇は正に「翕」(閉合)の時の守、均平は則ち「闢」(開張)の時の施なり。形勢に就きて説けば、大地は平鋪して而して偏斜高下なく。徳性に就きて説けば、それは万物を生養して而して毫も偏私なし——この両層は皆「均」と呼ばる。柔順は極点に到れば便ち生生相継ぎ母子相承す、故に母子牛と為す。地は厚くして能く物を載す、故に大車と為す。坎卦はただ中間の一画のみ陽にして上下の両画は虚、もまた車象を取る可し、但し「大」と称す能わず。坤は三画全虚、容量最大、故に特に「大車」と説き、以て坎の車と相区別す。

坤畫偶,又物生於地至雜,故為文。偶畫多故為眾。有形可執,持成物之權,故為柄。又在下而承物於上。凡執持之物,其本著地者,柄也。地之土色有五。黑者,極陰之色也。又荀九家有為牝,為迷,為方,為囊,為裳,為黃,為帛,為漿。

坤の爻画は皆断開せる偶画にして、交錯して紋を成す。加うるに万物は地上に生じ、色類は極めて駮雑、故に文彩と為す。偶画の数目は多し(三画皆偶、共に六段)、故に衆多と為す。地は形体ありて把握す可く、また万物を成就するの権柄を掌握す、故に柄と為す。再者柄は総じて下面に在りて上面の東西を承托す、凡そ執る可きの物は、その根本の地に着くのあの一端はすなわち柄なり。土の顔色は本は青黄赤白黒の五種あり、その中の黒は陰の極処に到るの顔色、故に「其は地に於ては黒と為る」という。另外荀爽の輯せる九家易の本子は、この一串の下に還た雌と為り・迷と為り・方と為り・囊と為り・裳と為り・黄と為り・帛と為り・漿と為る等項あり。

震為雷,為龍,為玄黃,為,為大塗,為長子,為決躁,為蒼竹,為萑葦。其於馬也,為善鳴,為足,為的顙。其於稼也為反生。其究為健,為蕃鮮。陰閉而陽奮於下為雷。陽在下動為龍。乾坤始交生震,故兼天地之色。

震の取象有るは、雷、龍、玄黄相雑の色、花萼初放、大道、長子、決断急躁、青翠の竹、芦荻。馬に就きて言えば、善鳴の馬・白足の馬・額上に旋毛有るの馬と為る。庄稼に就きて言えば、種子倒生反長と為る。それ極処に変ずれば則ち剛健と為り繁茂鮮美と為る。(底本「玄黄と為る」の下に一字を脱し、通行本は「旉」と作り、花萼初放を指す、今はその旧に仍りて補わず。)陰気は上に閉塞し、陽気は下に奮起し、衝激して以て雷を成す。陽爻は下方に在りて鼓動す、正に龍の潜みて而将に起こらんとするの象なり。乾坤の初次交合して震卦を生出す、故に震は天地の両色を兼ね有す。

得乾初盡為玄,得坤中畫上畫為黃,雜而成蒼色也。陽氣始施為。又花蔕下連而上分為花也。一奇動於內,二偶開通。前無壅塞,萬物畢出。故為大塗也。一索得男,長子也。陽生於下,上進決陰而躁動也。蒼,深青色。竹之美者。竹之筠也。萑,荻。葦,蘆。竹與蘆葦,皆下本實而上虛也。

震の初爻は乾より得、乾色は玄(天青黒)。中爻上爻は坤より得、坤色は黄(地黄)。両色相雑じて則ち蒼(青黒に黄を帯ぶ)と成る。陽気は剛に施発を開始し、草木は便ち花萼を抽出す。花萼の下端は蒂に連り、上端は分開して則ち花と成る(底本は此の句もまた「旉」の字を脱す)。一個の陽爻は内に在りて鼓動し、上面の両個の陰爻は開裂通達し、前方に壅塞なく、万物は一斉に湧出す、故に大道と為す。震は乾坤の一索の得る所の男卦、故に長子と為す。陽気は下に生じて而して向上に推進し陰爻を決排す、故に決断急躁と為す。「蒼」は深青色。あの最も好き竹子は、取る所は竹皮の青翠の色なり。「萑」は荻、「葦」は芦、竹子と芦荻は皆下段の根本は結実にして上段は中空——正に震卦の下実上虚の爻象に合す。

上畫偶開出聲,又陽氣始亨,故馬善鳴也。左足白曰。震居左也。足超健曰作。下畫一陽動也。的顙,額有旋毛中虛,射者之的。言上畫之虛也。稼,諸榖之類。萌芽自下而生,反勾而上,陽剛動於下也。陽長必終於乾,故究為健。蕃,生。鮮,美。春生之草,下一根而開葉於上也。按《荀易》下有為玉,為鵠,為鼓。

震の上一画は断開せる偶画にして、中虚にして能く声を出す、加うるに陽気初めて通ず、故に象を取りて善鳴の馬と為す。左脚は白色の馬を「馵」と呼ぶ、震は後天方位に於て東に居り、東は左と為す、故にこの象を取る(底本は「馵」の字を脱す)。脚步騰躍矯健を「作足」と呼び、下面一個の陽爻の鼓動するの義を取る(底本「曰作」の下に「足」の字を脱す)。「的顙」は額頭の正中に一圈の旋毛あり中間空白にして、射箭の靶心に象り、取る所は上面両画の中虚の象なり。「稼」は泛指各種の谷物。種子発芽は底下より鑽り出で、先ず倒勾して再び向上に返長す、正に陽剛の下に在りて発動するの象、故に「反生」と為す。陽は一路生長し、最終には必ず純陽の乾に帰す、故に震は極処に変じて剛健と為す。「蕃」は滋生、「鮮」は鮮美、春天の新生の草は、下面に一条の根ありて而して上面は枝叶を舒展す、もまた震象なり。另《荀氏易》に按ずれば、震象の下に還た玉と為り・鵠と為り・鼓と為るの三項あり。

巽為木,為風,為長女,為繩直,為工,為白,為長,為高,為進退,為不果,為臭。其於人也為寡髮,為廣顙,為多白眼,為近利市三倍。其究為躁卦。木,乾陽而根陰。又物之善入者莫如木也。陰凝於下,陽發於外。周旋不舍則為風。又氣之善入者莫如風也。坤始交於乾而得巽,長女也。

巽の取象有るは、木、風、長女、縄墨以て直を取る、工匠、白色、長、高、進退不定、猶疑して果決せず、気味。人に就きて言えば、頭髪稀少・額頭寛広・眼白多し・利を逐うに三倍の利を獲可し。それ極処に変ずれば則ち躁動の卦と成る。先ず木を説く。樹幹は上に在りて陽に属し、根須は下に在りて陰に属す、正に巽卦の二陽上に在り一陰下に在るに合す。而して万物の中の最も鑽入に善いは樹根より過ぐるなし、正に巽「入」の徳性に合す。再び風を説く。陰気は下に凝聚し、陽気は外に発散し、回旋して止まずして則ち風と成る。天地の気の最も滲入に善いもまた風より過ぐるなし。坤の第一次に往きて乾を求めて巽を得、故に巽は長女と為す。

繩,糾木之曲而取直者。工,引繩之直而制木者。巽德之制,故為繩直,為工也。巽少陰,故於色為白。木下入而上升,故為長,為高。又長者風之行,高者木之性也。陰性多疑,盤旋於二陽之下。又風行無常,或東或西。故為進退不果也。陰伏二陽之下,氣鬱不散,故為臭。

縄墨は以て木材の弯曲を矯正しその平直を取るを用とし、工匠は則ち縄墨の直線に依りて以て木材を加工する者なり。《繫辞伝》に「巽は徳の制なり」という、巽は裁制・約束の義あり、故に縄直と為り工匠と為す。巽は一陰初生の少陰の卦、陰気は尚お清し、故に顔色上に於ては白と為す。樹木は下に向かい扎根し上に向かい抽長す、故に長と為り高と為す。再説、能く綿延伸長するは風の行迹、能く高聳するは木の本性なり。陰の本性は多く疑う、あの一個の陰爻は両個の陽爻の下に盤桓し、進退不定。加うるに風の行は定向なく、忽ち東忽ち西。故に進退と為り果決せずと為す。陰爻は両陽の下に潜伏し、気は郁結して而して発散する能わず、郁久しければ則ち味を生ず、故に気味と為す。

陽盛於上,陰血不升,故為寡髮。二陽在上,陽氣上盛。故為廣顙。眼白為陽黑為陰,反離之黑在下而白居中,故多白眼也。陽義陰利。陰主於內,近利之至,如賈之得利三倍也。三爻皆變,則為震之決躁,故究為躁卦也。然震變乾,變上二畫而已。巽不言中上之變為坤,而以三畫盡變為為震者。蓋陰欲變為陽,陽又欲變為純陽。此又聖人扶陽抑陰之意也。《荀易》有為楊,為鸛。

陽気は頭頂に盛んにして、陰血は上養する能わず、故に頭髪稀少なり。両個の陽爻は上に居り、上部の陽気充盛、故に額頭寛広なり。眼睛の白仁は陽に属し黒仁は陰に属す、巽卦は正に離卦の反面——離は黒が中間に在り白が上下に在り、巽は反ってこれ、便ち黒が下に在りて白が中に居る、故に眼白多し。陽は道義を主とし、陰は貨利を主とす。巽の陰爻は内裏に主として、利を逐うこと極処に至れば、則ち商賈の能く三倍の利を獲るが如し。巽の三爻全変すれば則ち震と成る、震は決断躁動の卦、故に巽は極処に変じて躁卦と為るという。不過ぎ震は乾に変ずるは、ただ上面両画を変ずるを須うるのみ。ここに巽は中爻上爻の変じて坤を成すを取らず、偏えに三画尽変して以て震を成すを取るを説くは、陰は総じて陽に変ぜんと想い、陽はまた総じて純陽に変ぜんと想うを以てなり——これは仍お聖人の陽剛を扶助し陰柔を抑制するの用意なり。《荀氏易》は另に楊樹と為り・鸛鳥と為るの両項あり。(底本「尽変して震と為る者」は一個の「為」の字を衍す、今はその旧に仍る。)

坎為水,為溝瀆,為隱伏,為矯輮,為弓輪。其於人也為加憂,為心病,為耳痛,為血卦,為赤。其於馬也為美脊,為亟心,為下首,為薄蹄,為曳。其於輿也為多眚,為通,為月,為盜。其於木也為堅多心。一陽在內而明,二陰在外而陷,故為水。溝瀆所以行水,水流而不盈。

坎の取象有るは、水、溝渠、隠伏、揉曲して直を取る、弓と車輪。人に就きて言えば、憂慮加深・心病・耳痛・血を主とるの卦・赤色と為る。馬に就きて言えば、脊背美好・性子急躁・低頭して昂らず・蹄薄し・拖曳して行き難し。車に就きて言えば、多災と為る。また通と為り、月と為り、盗賊と為る。木に就きて言えば、堅硬にして中心多筋と為る。一個の陽爻は内裏に在りて明亮、両個の陰爻は外面に在りて下陥す、外暗内明・外柔内剛、正に水の形態、故に水と為す。溝渠は以て水を通ずるを用とす、水はその中に流れて而して満溢せず、もまた坎象に合す。

陽畫為水,二陰夾之,故曰溝瀆。陽居中而無陰以蔽之,則見而不隱。陽在陰下得時,則起而不伏。坎,陽陷陰中而包之,故為隱伏。水勢曲直方圓唯勢之利,因人所導,故為矯輮。弓蓋二十八,蔽車之上。輪輻三十六,運車以行。皆矯輮所成也。

中間のあの一陽画は水流に象り、上下両陰画は両岸の夹峙に象る、故に溝渠と呼ぶ。仮使陽爻中に居りて而して遮蔽する陰なければ、それは顕露して而して隠蔵せざらん。仮使陽爻陰の下に在りてまたその時に逢えば、それは奮起して而して潜伏せざらん。坎卦は偏えに是れ陽が陰の中に陥りて包裹せられ、故に隠伏と為す。水の走勢は或いは曲或いは直・或いは方或いは円、全く地勢の便を看て、人の疏导に任凭し、屈す可く伸ぶ可し、故に「矯輮」(矯は弯を弄りて直と為し、輮は直を弄りて弯と為す)と為す。車蓋の弓骨は二十八根あり、車頂上に撑覆す。車輪の輻条は三十六根あり、轉動して車を行かしむ。これらの弯曲の構件は皆矯輮の工に倚りて製成せらる、故に坎はまた弓と為り輪と為る。

陽陷陰中,心危慮深,故加憂。心耳皆以虛為體。坎中實,故為病為痛。離火在身為氣,坎水在身為血。血運於身,猶水之行於天地間也。得乾中畫之陽,故為赤而不大也。

陽は陰の中に陥りて脱身を得ず、処境は危険にして而して思慮は深沉、故に憂慮加深と為す。心と耳は皆中空を以て常態と為す。心虚なれば始めて思を容れ得、耳虚なれば始めて声を納れ得。坎卦は偏えに中間の一画は実、虚処は填塞せられ、故に心病と為り耳痛と為す。火は人の身上に於ては気に表現し、水は人の身上に於ては血に表現す。血は周身に運行し、水の天地の間に流行するが如し、故に坎は血卦と為す。坎の中爻は乾の中画の陽より得、故にもまた赤色を取る、但しただ赤と称するのみ可く、乾の如く「大赤」と称する能わず。

坎中畫陽故為馬為美脊。剛在內而躁,故馬亟心。上柔,故首下而不昂。下柔,故蹄薄而不厚也。曳亦下之弱者。柔不任重,故在輿馬多眚。坤輿行於平地則安。坎多險陷阻礙也。通者水之性,坎維心亨也。月者水之精。盜者隱伏而險。剛在中,故在木為堅多心也。按《荀易》又有為宮,為律,為可,為棟,為叢棘,為狐,為蒺藜,為桎梏。

坎の中画は陽、馬脊梁のあの道の挺起する骨脊に象る、故に脊背美好の馬と為す。剛は裏面に在りて躁動して安ならず、故に馬の性子急なり。上爻は柔なり、故に頭は低垂して昂起せず。下爻は柔なり、故に蹄は薄くして厚実せず。腿を拖えて走るも、また下部軟弱の表現なり。柔弱は重載を担い起こす能わず、故に坎馬の駕車は事故を出だし易し。同じく車なり、坤車は平地上に行きて穩当、坎車は却って処処に陥陥阻礙に遇う。「通」は水の本性、《坎》卦《彖伝》に「維心亨」という、険を行きて而して心志は能く通ず、故に通と為す。月亮は水の精華、故に月と為す。盗賊は暗処に隠伏して而して人をして険に渉らしむ、正に坎の隠伏と険に合す、故に盗と為す。剛は中央に在り、故に樹木に就きて言えば質地堅硬・中心多筋と為る。另《荀氏易》に按ずれば、坎象に還た宮室と為り・音律と為り・可と為り・棟梁と為り・叢棘と為り・狐と為り・蒺藜と為り・桎梏と為る等項あり。

離為火,為日,為電,為中女,為甲冑,為戈兵。其於人也為大腹,為乾卦,為鱉,為蠏,為蠃,為蚌,為龜。其於木也為科上槁。離者,麗也。火麗木而生,又內暗外明,故為火。日,火之精也。陰麗陽而明,又有火光,故為電。坤再交於乾,故為中女。剛畫在外為甲冑。

離の取象有るは、火、太陽、閃電、中女、鎧甲頭盔、戈矛兵器。人に就きて言えば、大肚子と為る。また乾燥の卦と為り、鼈・螃蟹・螺・蚌・亀と為る。樹木に就きて言えば、上端枯槁の中空の物と為る。「離」の本義は附麗なり。火は必ず柴薪に依附して始めて燃焼し得、而且に火焰は内部は暗を発し外囲は光明、正に離卦の外陽内陰に合す、故に火と為す。太陽は火の精華、故に日と為す。閃電は陰気が陽気に附着して光を発し、また火光を帯ぶ、故に電と為す。坤は第二次に往きて乾を求めて離を得、故に中女と為す。両個の剛爻は外面に包み、鎧甲頭盔の身外に護るが如し、故に甲胄と為す。

火銳於上為戈兵。中虛有容為大腹,又得坤之中爻也。火熯燥故為乾卦。外剛內柔,故為鱉蠏蠃蚌龜。又鱉性靜,取中畫之柔。蠏性躁,取上下二畫之剛。蠃取善麗之象。蚌取中虛之象。龜取文明之象。

火苗は尖鋭にして向上し、戈矛の鋒刃に象る、故に戈矛兵器と為す。中間の一画は虚にして能く容る、人の大肚子に象る。再者この一の中爻は正に坤の中画より得たる、坤は本に物を容るるの義あり、故に大腹と為す。火は能く烘烤して物を乾燥せしむ、故に乾燥の卦と為す。外面は剛硬にして裏面は柔軟、正に甲殻類の構造、故に鼈・蟹・螺・蚌・亀と為す。その中に鼈の性は沈静、中間のあの一の柔画を取る。蟹の性は躁動、上下の両剛画を取る。螺は岩石に附着すること善し、「麗」(附着)の象を取る。蚌殻は張開して中間は空、中虚の象を取る。亀背には紋理あり、文明の象を取る。

科上槁,一作科空也。本中空,上必枯槁。一曰科非木。科,巢之附於木上者。科中虛有離象。上槁者,科上之木乾燥,如花鵲巢以木枝結構而成者。二說雖不同,皆於離象可通。按《荀易》有為牝牛。

「科上槁」のこの三個の字には両種の解釈あり。一説に「科」はすなわち空、樹身の中間が空ければ、上頭は必然に枯槁す、正に離卦の中虚に合す。另一説に「科」は樹を指すに非ずして、而も樹上に搭えたる鳥の巢を指す。鳥の巢の中間は空にして、離卦の中虚の象あり。いわゆる「上槁」とは、巢下の圧する所の樹枝の乾燥枯脆するを説き、喜鵲の乾樹枝を以て架搭して巢を成すが如し。両説は同じからざる虽も、但し皆能く離の中虚の象と講じ通ず。另《荀氏易》に按ずれば、離象に還た母牛と為るの一項あり。

艮為山,為徑路,為小石,為門闕,為果蓏,為閽寺,為指,為狗,為鼠,為黔喙之屬。其於木也為堅多節。靜以止者,山也。徑者,路之小。艮為震之反體。高山之上成蹊,非如平地之大塗也。剛在坤土之上,象山頂高處之小石。若坎剛在坤土之中,則平地土中之大石矣。

艮の取象有るは、山、小路、小石頭、門闕、木実と草実、門を守る閽人と近侍の寺人、手指、狗、鼠、および黒嘴の一类の猛禽走獣。樹木に就きて言えば、堅硬にして多節と為る。静止して動かざるは山より過ぐるなし、故に山と為す。「径」は狭小の路なり。艮は震卦の倒过来たるの卦体、震は大道と為り、艮はこれに反すれば則ち小路と為る——高山の上に踩み出だせる蹊徑、自然に平地の通衢大道に象らず。艮の一個の剛爻は坤土の上に圧し、山頂の高処に露出する小石頭に象る。若し坎の如く剛爻が坤土の中に埋まれば、あれは平地の土裏の大石頭なり。

闕者,門之出入處。上畫連亙,中二畫雙峙而虛,似門闕也。果,木實;蓏,草實。乾純剛為木果,艮一剛二柔故為果蓏。震為,草木之始。艮為果蓏,草木之終。果蓏能終又能始,故於果蓏為切。

「闕」は宮門の両旁の高台、人は中間より出入す。艮卦の上面の一画は横貫相連し、下面の両画は分開対峙して而して中間空虚、正に両台の夹峙して中に通道を開くの門闕の如し。「果」は樹上の結ぶ実、「蓏」は藤蔓草本の結ぶ実なり。乾は純剛、故にただ木果を説くのみ。艮は一剛二柔、剛の中に柔を帯ぶ、故に兼ねて果蓏を説く。震は花萼初放と為す、あれは草木生長の開端(底本「震為」の下に「旉」の字を脱す)。艮は果実と為す、あれは草木生長の終結なり。而して果実は地に落ちて又能く重新に萌発す、既に終にして又是れ始、正に艮卦「万物を終え万物を始む」の徳性に合す、故に果蓏の象を取るを最も貼切と為す。

閽,掌王宮之中門之禁,止物之不應入者。寺,掌王之內人及宮女之戒令,止物之不得出者。手以止物,而用以止者在指。又諸物之末,骨之外見者也。鼠黔喙,皆前剛也。黔鉗通。山居之獸,齒牙如鐵能食生物。又鳥亦善以喙止物者也。緊多節,亦剛在外也。按《荀易》有為鼻,為虎,為狐。《麻衣易》亦以艮為鼻。朱子曰鼻者,面之山。管輅嘗言之。

「閽」は王宮の中門の門禁を掌管する人、職責は進み来るべからざるを攔住す。「寺」は宮内の女官宮女の戒令を掌管する人、職責は出で往くべからざるを攔住す。一進一出は皆「止」なり、故に艮象に合す。手は能く東西を按住す、而して真正に抵住に用うるの部位は手指に在り。手指はまた人身の諸物の末端・骨節の外露の処、正に艮の一陽が上に在りて外露するの象に合す、故に指と為す。老鼠と黒嘴の猛獣は、皆前面の部位の剛硬なる者(門牙・利喙は前に在り)。「黔」は「鉗」と相通じ、山中に居るあの類の獣を指し、歯は鉄の如く能く活物を咬食す。鳥類もまた善く喙を用いて東西を鉗みて放さず、皆「止」の意思なり。樹木に就きて言えば堅硬多節も、また剛の外に顕るの表現なり。(底本「堅多節」は「緊多節」に誤作れり、今はその旧に仍る。)另《荀氏易》に按ずれば、艮象に還た鼻と為り・虎と為り・狐と為るあり。《麻衣易》もまた艮を以て鼻と為す。朱子曰く、鼻子は一張の臉上の山なり。三国時の管輅は早くもすでにこのように講じ過ぎたり。

兌為澤,為少女,為巫,為口舌,為毀折,為附決。其於地也為剛滷,為妾,為羊。澤者水之聚。二陽沉於下,一陰見於上,坎壅成澤也。巫,以言語說神者。兌上折,口象,故為巫,為口舌。金氣始殺,條枯實落,故為毀折。

兌の取象有るは、沼沢、少女、巫祝、口舌、毀壊折断、依附して而して後に决裂。土地に就きて言えば堅硬の鹽鹼地と為る。又妾と為り、羊と為す。沼沢は水の匯聚する処。両個の陽爻は下面に沈み、一個の陰爻は上面に顕露す、則ち坎水の壅塞せられて流走する能わず、積みて沢と成せるが如し。「巫」は言語を倚りて神霊に向かい陳説祈禱する人なり。兌卦の上面の一画は断開せる缺口、正に人の張開せる口の如し、故に巫と為り口舌と為す。兌は後天方位に於て西方に属し、秋金の気は始めて肅殺し、草木の枝条は枯萎し果実は墜落す、故に毀壊折断と為す。

柔附於剛,剛乃決柔,故為附決。陰在上皆有決義。震陽動故躁,兌陰說故附決。躁者有所去,以達其怒。附決者始雖親,而動不免於去也。陽在下為剛,陰在上為滷。剛滷之地不生物。滷者,水之死氣也。坎水絕於下而澤見於上則為滷。滷暫熯而乾,乾而復潤,天下之潤者莫久焉。然不生物,以氣之在外也。少女從娣故為妾。內狠外說故為羊。

上面のあの一の柔爻は両剛の上に依附す、而して剛は終究にそれを決去せんと要す、故に「附決」と為る——先ず附着し、後に决裂す。凡そ陰爻上に居るの卦は、皆決去せらるるの義を含む。同じく陰の上に在るに、震は陽動を以て主と為す故に躁進と顕れ、兌は陰悦を以て主と為す故に附して而して後に決と顕る。躁進のは衝き出でてその怒気を発泄せんと要す者、附決のは則ち起初は親暱す虽も、一動き起これば終帰に離去を免れざるなり。下面の両陽は土質の堅硬に象り、上面の一陰は浮出する鹽花に象る、故に堅硬の鹽鹼地と為す。鹽鹼地は庄稼を長ぜず。鹵は水の死気なり。坎水は下に於て断絶し、ただ沢面の上面に浮ぶのみ残れば、則ち鹵と成る。鹵地は一晒せば則ち乾き、乾けばまた返潮す、天下の最も能く持久して潤を保つはそれより過ぐるなし、可是終究に万物を生養せず、その気の外に浮いて而して土に入らざるを以てなり。少女は嫡姊に随いて嫁を出でて陪媵と為るを要す、故に妾と為す。羊は内裏は狠戾にして而して外表は和悦、故に羊と為す。

按《荀易》有為常,為輔頰。前章以八卦象八物,此章又推廣以盡萬物之情。其中有相對取象者,如乾天、坤地之類是也。上文乾為馬,此則為良馬老馬瘠馬駁馬。良取其德,老取其知,瘠取其骨,駁取其力,皆取其健也。上文坤為牛,此則為子母牛,取其生生有繼,兼取其順也。

另《荀氏易》に按ずれば、兌象に還た常と為り・面頬と為るの両項あり。前面の第八・第九の両章はただ八卦を用いて八種の物に配す。本章は則ち大いに推広し、務めて万物の情を皆収め入れんと求む。その中に或るは相対して成双に取象する者あり、譬えば乾は天と為り坤は地と為るの類の如し。前文の乾はただ馬と為るを説くのみ、本章は却って良馬・老馬・瘦馬・駮馬を分かち出す。良はその品性の好きを取り、老はその経験の熟するを取り、瘦はその骨力の硬きを取り、駮はその気力の猛きを取る、四者は皆一個の「健」の字を出でず。前文の坤はただ牛と為るを説くのみ、本章は却って母子牛を説く、その生生相継いで絶えざるを取り、同時にまた牛の柔順を取る。

乾為木果,結於上而圓。坤為大輿,載於下而方。震為決躁,巽為進退,為不果,剛柔之性也。震巽獨以其究言剛柔之始也。坎內陽外陰,水與月則內明外暗。離內陰外陽,火與日則內暗外明。坎中實,故於人為加憂為心病為耳痛。離中虛,故於人為大腹。艮為閽寺為指,陽之止也。兌為巫為口舌,陰之說也。

乾は木果と為す、果実は樹梢の上に結びて而して形状渾円、天の円にして上に在るに合す。坤は大車と為す、車は物を下に載せて而して車廂方正、地の方にして下に在るに合す。これもまた相対して成双なり。震は決断急躁と為り、巽は進退猶疑と為す、一個は剛決・一個は柔疑、説く所は剛柔両種の性情なり。八卦の中にただ震・巽両卦のみ特に「其の究」(極処に変ずる)に説き及ぶは、要点に剛柔互変の起点を明らかにせんとするなり。坎は陽が内に在り陰が外に在り、故に水と月を取る、水月は皆内裏明亮にして外表晦暗なり。離は陰が内に在り陽が外に在り、故に火と日を取る、火日は皆内裏は暗を発し外囲は光明なり。坎の中爻は実、故に人の身上に於ては憂慮加深・心病・耳痛と為る。離の中爻は虚、故に人の身上に於ては大肚子と為る。艮は閽人寺人と為り手指と為す、皆陽剛上に在りて止を主とす。兌は巫祝と為り口舌と為す、皆陰柔上に在りて悦を主とす。

有相反取象者。震為大塗,反而艮則為徑路。大塗,陽闢乎陰,無險阻也。徑路,陽阻而下陰,不能闢也。巽為長為高,反而兌則為毀折。長且高者,陽之上達。毀而折者,陰之上窮也。有相因取象者。

還た一类ありて是れ卦体を倒过来して相反の象を取る者なり。震は大道と為す、倒过来て艮を成せば則ち小路と為る。大道は陽爻下に在りて陰爻を開闢し、一路暢通して阻なし。小路は陽爻が上面に頂けられ下面にまた陰を圧し、開きて通途を出だす能わず。巽は長と為り高と為す、倒过来て兌を成せば則ち毀壊折断と為る。長にして且つ高きは、陽気の一直に向上に通達するなり。毀壊折断は、陰気の最上頭に爬り到りて已に尽頭に走り尽くせるなり。此の外に還た一类ありて是れ彼此相因り此より彼に及びて取象する者、下文を見よ。

乾為馬。震得乾之初之馬,故於馬為善鳴足作足的顙。震陽下而陰上也。坎得乾中爻之馬,故馬美瘠亟心下首薄蹄曳。坎陽中而陰外也。善鳴似乾馬之良,美瘠似乾馬之瘠。作足,陽下而健。薄蹄者,陰下而弱也。

いわゆる相因りて取象するとは、譬えば乾は本は馬と為す。震は乾の初爻を得、故に震馬は善鳴・白足・騰躍・額に旋毛あり、これは震の陽が下に在りて陰が上に在るを以てなり(底本「善鳴足作足的顙」の処に「馵」の字を脱す)。坎は乾の中爻を得、故に坎馬は脊美・瘦勁・性急・低頭・蹄薄・拖曳、これは坎の陽が中に在りて陰が外に在るを以てなり。細看せば、善鳴は乾馬の「良」に近く、脊美瘦勁は乾馬の「瘠」に近し。「作足」は陽の下に在りて而して力あるなり、「薄蹄」は則ち陰の下に在りて而して軟弱——同じく乾馬に出づるも、却って爻位の同じからざるに因りて強弱の別あり。

坤為大輿,坎為輿為多眚。坤中虛而力能載,坎中滿而下無力也。巽為木,乾陽而根陰也。坎中陽,故於木為堅多心。艮上陽,故於木為堅多節。離中虛,故於木為科上槁。震為。乾為木果,艮為果蓏。震之一陽花之敷。乾之三陽果之結。果蓏則陽上而陰下也。

又如坤は大車と為す、坎もまた車と為すも却って多災の車なり。坤は三画皆虚、中空にして載力大なり。坎は中間填実して底下は反って力なく重を承る能わず。又如巽は木と為す、樹幹の陽に属し樹根の陰に属するを取る。同じく木を説くに、坎の陽は中間に在り、故に木の取象は堅硬にして中心多筋。艮の陽は上面に在り、故に木の取象は堅硬にして多節。離の中間は虚、故に木の取象は中空にして上枯す。再如震は花萼初放と為す(底本「震為」の下に「旉」の字を脱す)、乾は木果と為し、艮は果蓏と為す。震の一陽は花の綻放、乾の三陽は果の凝結、艮の果蓏は則ち陽が上に在り陰が下に在り、剛殻に柔瓤を裹るなり。

有一卦之中自相因取象者。坎為隱伏,因而為盜。巽為繩直,因而為工。艮為門闕,因而為閽寺。兌為口舌,因而為巫。有不言而互見者。乾為君以見坤之為臣。乾為圜以見坤之為方。吝嗇者,陰之翕也,以見陰之闢。均者,地之平也,以見天之高。

還た同一卦の内に於て前後相因じて以て取象する者あり。坎は已に隠伏と為り、ここに於て勢いに順いて盗賊と為す。巽は已に縄墨の直を取ると為り、ここに於て勢いに順いて工匠と為す。艮は已に門闕と為り、ここに於て勢いに順いて門を守る閽人寺人と為す。兌は已に口舌と為り、ここに於て勢いに順いて巫祝と為す。另に一类ありて是れただ一辺を説き、另一辺は対照に倚りて自ら見る。乾は君と為るを説けば、坤は臣と為るは必ずしも説くを要せず。乾は円と為るを説けば、坤は方と為るは必ずしも説くを要せず。坤の吝嗇を説くは、あれは陰気の閉合する時の様子、反ってこれ則ち陰気もまた開張の時有るを見出だし得。坤の均平を説くは、あれは大地の平鋪する様子、反ってこれ則ち天の高遠を見る。

為文者,物生於地離而可見也,知其始於天者不可見矣。為柄者,有形之可執也,乾之氣不可執矣。離為乾卦,以見坎之為溼。坎為血卦,以見離之為氣。巽為臭,以見震之為聲。巽離兌三女,震為長子而坎艮不言者,尊嫡也,於陽之長者尊之也。兌少女為妾而巽離不言者,少女從墒為娣,於陰之少者卑之也。乾為馬,震坎得乾之陽皆言馬而艮獨不言者,艮,止也,止之性非馬也。其大畧如此,他可觸類而通。

坤の文彩と為るを説くは、万物の地上に生じて形色分明して見る可きを以てなり。これより反照すれば、万物の天に起始するのあの一段は無形にして見る可からざるを知る可し。坤の柄と為るを説くは、地上の物に形ありて執る可きを以てなり。これより反照すれば、乾の気は把捉するに由なきを知る可し。離の乾燥の卦と為るを説けば、則ち坎の潮湿と為るを見出だす。坎の血を主とるの卦と為るを説けば、則ち離の気を主とるを見出だす。巽の気味と為るを説けば、則ち震の声音と為るを見出だす。巽・離・兌は皆点明して是れ三女と為し、震は点明して是れ長子と為すも而して坎・艮は却って提せず、これは嫡長を尊重し、陽の長たる者に対し要してそれを抬高せんとするなり。兌は点明して少女は妾と為るも而して巽・離は却って妾を提せず、これは少女は須く姊に随いて嫁を出でて陪媵と為るを以て、陰の少なき者に対し要してそれを圧低せんとするなり(底本「墒に従う」は当に「姊に従う」と作るべし)。乾は馬と為し、震・坎は乾の陽爻を得ても皆馬を説く、唯だ艮のみ馬を説かず、艮の徳性は止にして、止の性情は馬に合せざるを以てなり。大略この如し、其余の可以るは類に依りて推想して以て通ず。

至於卦象之中有與卦爻相符者,如乾天坤地之類是也。有不與卦爻相符者,如乾坤稱龍而不必在震,坤屯稱馬而不必在乾之類是也。有見於卦爻而此不載者,如漸之鴻中孚之豚魚之類是也。有見於此而卦爻無之者,如為釜為布為蠃為蚌之類是也。若夫大琴謂之離,小罍謂之坎。此見於他書,而易與說卦又可以類推也。

再び《説卦》の列する象と経文との関係を説く。卦爻辞と相符する有り、例えば乾は天と為り坤は地と為るの類。卦爻辞と相符せざる有り、例えば《乾》《坤》両卦の爻辞は皆龍を称すも、而して龍は本は震象にして并な震に限らず。《坤》卦と《屯》卦の爻辞は皆馬を称すも、而して馬は本は乾象にしてまた乾に限らず。卦爻辞に見えて而して《説卦》は載せざる有り、例えば《漸》卦の鴻雁・《中孚》卦の豚魚の類。《説卦》に見えて而して卦爻辞の裏に根本に有らざる有り、例えば釜と為り・布と為り・螺と為り・蚌と為るの類。大琴を把りて離と呼び小酒器を把りて坎と呼ぶに至っては、この類の説法は別の書に見ゆ、而して《周易》と《説卦》の取象もまたこの路子に照らして類推す可し。

至若自坤而降,或曰其於地,其於人,其於馬,於輿,於稼,於木,唯乾不言者,蓋物不足以盡卦,則正言為天為地之類。卦不足以盡物,則言其於人,其於馬之類。至乾之為物無不周遍,萬物不足以盡之,故無所言焉。要之天地之物,大而天地山川,微而草木禽蟲,君臣父子之倫,毛髮爪甲之細,無一不備於卦。即無一不本於太極,無一不在於吾心。知此可與言八卦之象矣。右第十一章。以上說卦傳十一章,備言卦象卦位。疑古者若《八索》之書,所載有此。夫子因筆削之,以為傳也。

還た一点あり。坤卦以下より、各卦は皆「其は地に於ては」「其は人に於ては」「其は馬に於ては」「其は輿に於ては」「其は稼に於ては」「其は木に於ては」の这一类の分類説法を出現す、唯だ乾卦のみ一処もなし。これは以ての故は、当に一物を以て整卦の意思を説き尽くすに足らざる時は、則ち直接に「天と為る」「地と為る」と説く。当に一卦の意思が如何なる一物の装い下す能わざるに非ずの時は、則ち退きて「人に就きて言えば」「馬に就きて言えば」と説き、某一類の裏に限定して講ず。乾に至っては、それは物象と為して包まざるなし、万物を加え合わせてもそれを盛り下す能わず、故に索性にこの種の限定を作さず。総之天地の間の東西は、大は天地山川に至り、小は草木禽虫に至り、上は君臣父子の人倫に至り、細は毛髪爪甲に至るまで、一様として卦中に備わらざるなし。則ちまた一様として太極に本づかざるなし、一様として我が心の内に在らざるなし。この一層を懂得して、始めて彼と八卦の象を談ず可し。以上第十一章。以上《説卦伝》十一章は、卦象と卦位を講じて甚だ完備せり。推想すれば古代にほぼ《八索》の一类の書ありて、裏頭にこれらの内容を記載し、孔子は加えて刪定し、編みてこの篇の伝を成せり。

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